Coolier - 新生・東方創想話

幽香が咲かせ、幻想の花 ~巫女とお米と豊穣の神~

2012/10/14 16:41:25
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 この話は、拙作、「ヤクモラン」から続く、「幽香が咲かせ、幻想の花」シリーズの設定を用いています。
 ですが、幽香が幻想郷の人物をモチーフにして植物を創っている、とういことを許容していただければ問題ありません。
 いいよ、気にしないよ、という方は、本文をお楽しみください。














============================================================================================

「お米食べたい!」

 玄関のドアを蹴り破る音と共に響いた叫び声に、たった今口に含んだばかりの紅茶を吹き出しそうになった。何事かと視線を移すと、まるで積年の恨みを晴らしにでも来たような形相をした人物が立っていた。軽く思い返してみたが、ここ最近恨みを買うようなことをした覚えは無い。そうこうしている間に、その人物はずかずかと家の中に入り込み、私の目の前に仁王立ちになった。

「お米食べたい!」

 先程と同じ言葉を投げかけられる。私は椅子に座っているから、上から怒鳴られている形になっている。とにかく、相手の主張はこれ以上ないほどわかりやすいものだ。そして、主張に対する私の回答はこのようになる。

「勝手に食べればいいじゃない……」

「喝!」

 どこからともなく取り出した祓棒で頭を叩かれる。見た目は紙が付いた細い棒なのに、どういう訳かやたらと痛い。これが彼女の腕力のなせる業ではないとわかってはいるが、今の彼女なら大岩をも片手で持ちあげそうな気がしてならない。

「……ったいわね。何なのよ、急に押しかけて来たと思ったら殴りかかるなんて。喧嘩を売りに来たなら買ってあげても良くってよ。」

「売りに来たものは無いし、買っていくつもりもないわ。ほら、あなたの力でお米100俵分くらい、サクッと出してちょうだい。」

 巫女が強盗まがいのことをするとは世も末だ。最も、私の家には提示された条件を満たすほどの備蓄はないから、盗られる心配は無いのだが。問題は、どうして人里ではなく私の所に来たのかということだ。……あぁ、つまり、そういうことか。

「人里で強盗まがいのことをすれば、博麗神社に悪評がたつ。だから、代わりに私の所に来たっていうことね。」

「何をとぼけたことを。私は正当な博麗の巫女の役目を果たしに来ただけよ。」

「最近の巫女は、犯罪に手を染めだしたのかしら。」

「異変の解決をすることが、どうして犯罪になるのかしら?」

 異変という言葉に反応しかけたものの、私には心当たりが無い。答えてくれるとは期待していないが、素直に尋ねてみる。

「異変って…… 何のこと?」

「とぼけないで。人里で起きている不作と、あなたが無関係ってことは無いでしょう。おかげで、買い物に行ってもお米が買えないのよ。観念して、今年も豊作にしちゃいなさい。」

 ここで、お米が無ければお菓子を食べればいいじゃない、なんて口走ったら、問答無用で夢想天生が飛んでくるだろう。そうでなくても、相手は既に臨戦態勢だ。焼け石に水かもしれないが、まずは敵意を沈めなければ。

「落ち着きなさい、霊夢。私は花を操ることはできるけれど、不作とか豊作とかをつかさどるような真似をすることは無いわ。そんなことは、むしろ神の所業じゃなくて?」

「むぅ……」

 眉間にしわを寄せ、まじまじとこちらの様子を伺っている。息がかかるほどに顔が近い。……恐怖心は全く感じないが、胸がドキドキしている。このままだとボロを出しそうだから早く身を引いて欲しいのだが、別にこのままでも悪くないかな、なんて思ったりして、結局どちらがいいのだろうと考えを巡らしているうちに、突然、目の前の顔が遠ざかった。

「……行ってくる!」

 ゴオッという音が聞こえるほどの勢いで振り返ったと思ったら、天狗に迫るのではないかというほどの速さで玄関を飛び出して行った。行ってくるって、どこへ? そういう質問をする暇すら与えてくれなかった。
 まぁ、彼女の勘は良く当たると言うから、思うままに行動すれば問題は解決するだろう。いや、まて。良く当たるはずの勘を頼ってきたのなら、何故私の所に来たのだろう。今回の異変とやらに、私は全く関与していないはずだ。少なくとも、今までは。ということは……

「行ってきた!」

 たった今口に含んだばかりの紅茶を吹き出しそうになった。ドアを蹴り破る音は無くなったが、やはり不意打ちで叫び声が発せられると対応するのは難しい。それより何より、さっきの行ってくる宣言から数十秒くらいしか経っていない。にもかかわらず、帰ってきた彼女は『戦利品』を持ってきていたのだ。それは米俵ではなく、本来ならもっと畏れるべき存在だった。

「……御苦労様。」

 どちらにでもなく声をかける。自身の正義を疑わぬ勝者に対しては称賛の意味を込めて。巻き込まれた敗者に対しては労いの意味を込めて。

「御苦労様、じゃないよ。こっちはわけがわからないままノックアウトされて連れてこられたんだから。どういうことか、説明してもらおうじゃないの。」

 『戦利品』もとい、秋の神、名前は…… 穣子、とかいったか。彼女を連れてきたということは、おそらく、想像通りの展開が待っているということだろう。つまり、この異変に私が関与せざるを得ない展開が。状況をまとめるために、私は説明を促す。

「……霊夢、説明、お願い。」

「説明って、私は、幽香がこの異変の原因は神の所業だって言ったから、心当たりのある神をやっつけてきただけよ。」

「あなた…… そんなこと言ったの?」

「合ってる、けど、合ってないわね。私は、人里の不作についての自分の意見を提示しただけ。それが正しいかどうかなんて、知る由もないわ。」

「そんな理由で、私は、こんな目に……」

 穣子を観察すると、ところどころ、服が破れているのが見てとれる。弾幕をかわしきれなかったのは自身の責任だろうという思いはあるが、今回の件については相手が悪いと諦めてもらうしかないだろう。

「そういうことで、やっつけたはいいけど、不作は解決してないわよ。どうするつもりよ、幽香。」

「知らないわよ。そもそも、やっつけるっていう発想自体が間違ってるでしょう。神の力で豊穣を与えてるのに、その力を抑えつけてどうするつもりよ。」

「働いてない神に働けっていう行為の、どこが悪いのよ。」

「働いてないとは失礼な。私はちゃんと働いてるよ。」

「じゃあなんで不作なのよ。神様でしょ? この程度の不作も解決できないの?」

 霊夢の言うことは、半分は的を射ている。神の力を持ってすれば、豊穣を与えることはそう難しいことではないはずなのだ。ただし、条件付きではあるが。それこそ、神であるが故の。

「もしかして、あなた、最近信仰が少なくなってるんじゃないの?」

 オーバー気味なリアクションで、ギクリとした反応を見せる穣子。図星であることは、疑う余地もない。

「そもそもおかしいと思ったのよ。あの霊夢が相手とはいえ、ものの数十秒で捕獲されるなんて。」

「あの霊夢が、って、どういう意味?」

「特別な意味は無いわよ。……で、どうなの? 人里の不作は、信仰が足りなくて力が充分振るえないから、というのが理由であるように思えるのだけれど。」

「うむむ……」

 穣子は悔しそうな表情を見せる。信仰が足りないということは、必要とされていない事を示すようなものだ。しかしながら、今回の事例はそのせいで被害が出ている。といっても、私が認識している被害報告は1件のみだが。

「私だって、精一杯頑張ってるんだよ。なのに、今年は思うように力が振るえない。考えないようにはしていたけど、やっぱり信仰が足りないせいなのかな。」

「……どうする、霊夢? 異変解決が、博麗の巫女の役目でしょう?」

「どうすると言われても…… もし、信仰が足りないせいだったとしたら、私一人の力じゃどうしようもないわよ。……こればっかりは、力ずくでという訳にはいかないし。」

「……力ずくって自覚はあったのね。」

「聞こえてるわよ。」

 霊夢が怖い顔で睨みつけてくる。やはり、迂闊な言動はするべきではないらしい。軽く手を振って謝罪の意志を見せると、軽いため息をついて黙り込んでしまった。
 それにしてもどうしたものか。私には関係ないと思っていたことだが、里の不作が続いて飢饉にでもなってしまえば、人間の勢力が弱まる分、幻想郷の勢力バランスが崩れることになる。単純に稲が元気に育てばいいのだろうが、問題の本質はそこではない。豊穣の神の信仰を集めることができなければ、今後も同じようなことが起こるだろう。

「……仕方ないわね。上手くいくかわからないけれど、力を貸してあげる。」

 霊夢の勘は良く当たる。結局は、私はこの異変に関与することになってしまった。ちらりと横を見ると、さっきまで黙り込んでいた霊夢が満面の笑みを浮かべている。

「幽香! あなたならそういうと思っていたわ! さぁ、私のお米を早く出しなさい!」

「問題を正しく認識しなさい。とりあえず、里で起きている不作を解消するためには、この頼りない神様に信仰を集めることが必要よ。そのための策なんだけれど……」

 私は穣子をまじまじと見つめる。

「え? 何? いきなり、何?」

「あなた、演劇の心得はあるかしら?」

 穣子に対して笑顔を向ける。当の本人はまだ理解が追いついていないようだが、もとはと言えば信仰を失ったことが悪いのだ。自身の責任は自身が請け負ってもらうに限る。私は、そのためのちょっとした準備に手を貸すだけだ。私はゆっくりと立ち上がり、いつもの作業部屋へと足を運んだ。




============================================================================================




「幽香、あんなので本当に大丈夫なの?」

「大丈夫かどうかなんて保証はしないわ。全てはあの神様次第。上手く信仰が集められればいいんだけれど。」

 私と霊夢は人里の水田を物陰から見守っていた。今、穣子は数株の苗を手にして水田の近くをうろうろしている。なにせ、この策を成功させるには、証人となるべき多くの人間が必要なのだ。だと言うのに、今、水田で作業をする者は誰もいない。

「なんで誰も働いてないのよ。まさか、働くのを諦めたとでもいうの?」

「もしかしたら、ね。稲作は1年をかけて行うもの。かけた時間に見合う報酬が得られないとなれば、心が折れるか、もしくは、他の作業をしようとするのは、容易に想像できるわ。」

「私だったら、絶対に諦めたりなんかしないわ。何が何でも搾りとってやるんだから。」

 搾ったところで、種籾は成長するわけではない。そんな会話をしていると、ようやく水田に近付く人影が現れた。一人は若く、もう一人は年老いている。大方、農家の親子といったところだろう。大きな声で話しながら近付いてきたおかげで、何を話しているかははっきりと聞きとることができた。

「里の若い衆は諦めが早くていかん。ちょっと稲の元気がなくなったからって、世話をしなくなったら取り返しのつかんことになると、どうしてわからないものか。」

「そんなこと言っても、もう誰の目にも不作は明らかなんだ。だったら、いつまでもそれに固執することはないだろう。」

「だからお前は青二才だというのだ! いいか、赤子を一月もほったらかしにしてたらどうなると思う? 元気な姿で生きていられると思うか? まして、体調を崩してたりしたら放っておく親はおるまい。稲も似たようなもんだ。具合が悪いなら、なおさら世話をしてやらなければいかんのだ。」

 老人の方が若い方を怒鳴りつけている。若い方が苦い顔をしているところを見ると、どうやら気乗りはしていないらしい。おそらくは、こんなやりとりを何度もしてきたのだろう。

「……あの老人。心意気や良し。まさに農家の鏡だわ。」

「確かに、言ってることは悪くないんだけれど、だからといって、あの人間に何かできるかっていうと、そうでもないのよね。こればかりは、一人の人間で抱えるには荷が重すぎる。」

「穣子は何をしてるのかしら? 早く神の御力を見せつけてあげなさいよ。」

 すると、都合よく、2人の歩いていく方向に穣子がいるのが見えた。うろうろとしていた穣子だったが、こちらが視線を送っていることに気づくと、いそいそと2人の方へ歩み寄って行った。さて、ここからが、彼女の腕の見せ所なのだが……

「……きゃぁっ!」

 2人組みの手前辺りで、穣子は可愛らしい声をあげて盛大に転倒した。いや、転倒というより、地面に対してダイビングしたという方が適切な表現かもしれない。余りにもあざとい演技に、私と霊夢は呆気にとられる。
 2人組みも突然の出来事に呆気にとられた様子だったが、おもむろに若い方が声をかける。

「あ、あの、大丈夫かい?」

 屈んで手を伸ばしてきたところに、穣子は顔をあげて答える。ちょうど、上目づかいで見上げる格好になっている。しかも、目にはじんわりと涙を浮かべていた。

「痛いよう…… 苦しいよう……」

 震える声で訴える声が聞こえた。手を伸ばした若者も、少しばかり身を引きかけている。

「あのさ、幽香。」

「言いたいことはわかるわ、霊夢。私も、あんなにわざとらしい演技をするとは思ってなかったから。」

 私が穣子に提案した策は、自然な雰囲気で農民に近付き、準備した苗、これこそが、私が創った穣子の花なのだが、それを使って神の力を見せる、ということだ。今の穣子の行動が自然なのかと問われれば、10人中9人は不自然と言うだろう。若者の反応がその証拠だ。そんな心配を知ってか知らずか、穣子は演技を続ける。

「うぅ…… わかる? 私の痛みが。聞こえる? 苦しいって訴える、稲の叫び声が。」

「あ、あんた、一体、何者だ? まさか、妖怪……?」

 怯えさせてどうする。遠目で見ていても、若者の方は目に見えて青ざめている。これじゃあ神の力を見せるとかいう話にすらならない。出て行って手助けをするわけにもいかない。やきもきしながら見守っていると、老人の方が何かに気付いたような反応を見せた。

「むぅ、あんた、どこかで見たことがあるような……」

「親父、こいつのことを知ってるのか? 見たことがあるって、どこで?」

「たしか、去年の収穫祭で…… まさか、あんた、いや、あなた様は……!」

「ふっふっふ…… ようやく気付いたみたいね。」

 これまでの泣き顔とは一変して、いかにも悪人らしい笑い顔を見せる。味方をしようとしている相手に悪人面を見せてどうするというツッコミを入れたいのだが、遠すぎてかなわない。ぱっと身を翻して、空中から2人を見降ろす格好になる穣子。

「私こそが、豊穣の神、秋穣子よ!」

 キリッ、としてドヤ顔を決める穣子だったが、若者は胡散臭そうに見上げるだけで、老人の方は地面に平伏している。というか、名乗りが普通すぎる。今までの演技と比べると、あまりにもギャップがあり過ぎて気が抜けてしまった。

「……で、その、豊穣の神様が、どのような用件で?」

「どうもこうも無いわよ! 何なのよこれは! 不作だと言うからさぞみんな悲しんでいるだろうと思って来てあげたのに、誰一人働いてやしない。こんなんじゃ、自業自得ね。今年は諦めて、不作の事実を受け止めなさい。」

 穣子の発した言葉に、隣にいた霊夢が息をのむ。

「ちょっと!? 話が違うじゃない! 不作を解決するために策を立ててきたんでしょう?」

「慌てないで。たぶん、あれが、あの子のやり方なんでしょう。黙って見守っていましょう。」

 焦りを見せた霊夢をなだめ、改めて様子を見守る。正直なところ、私の目から見ても、これは人間の自業自得だ。ただで面倒を見てやろうとは思えない。

「時間の無駄だったわ。それじゃ、私は帰るから、後は御勝手に―――」

「お待ちください! 神様は、この稲を見捨てるというのですか?」

 そう言って穣子を止めたのは老人の方だった。その眼は、言葉通りの神頼みにすがるようなものに見えた。

「この水田で育つ稲は、わしにとっては子どものようなもの。死にかけの子どもを放っておけるような親はおりませぬ。……ただ、わしにも解っている。わしの力だけじゃあ、これ以上はどうしようもできぬ。ですが、あなた様なら、豊穣の神であれば、この子たちを救っていただけるのではありませぬか? どうか、この子たちを見捨てないでおくんなせぇ。」

 改めて平伏す老人。その様子を隣で見ていた若者も、老人にならって平伏した。ここでようやく、神を信仰する人間という場景が完成した。穣子はうっすらと笑みを浮かべ、静かに着地した。

「顔をあげなさい、人間よ。」

 いかにも神の口上という風に、穣子は声をかける。顔をあげた2人に向かって、さらに言葉を続ける。

「今から起こることを良く見ておきなさい。まず、この苗をあなたの水田に植えつけます。すると、あなたの育てた稲は、みるみるうちに元気を取り戻すでしょう。」

 そして、穣子は近くの水田に近付いて、手に持っていた苗を植えようとした。その時、老人は慌てて声をかける。

「か、神様、そこは、わしの水田ではありませぬ。」

「え? じゃ、じゃあ、あなたのは、どこ?」

「え、と、こちらの……」

 そう言って老人は指を指し示す。穣子は少しばかり顔を紅らめながら、示された水田に駆け寄っていく。……せっかくのシリアスな場面なのに、どうも締まらない。もしかしたら、肝心なところでミスをするタイプなのかもしれない。
 呆れながら見守っていると、穣子がそっと水田に苗を植えた。すると、水田の区画が煌々と光り輝き始めた。老人と若者は目を丸くしながらその様子に見入っている。やがて光が治まると、水田一帯に柔らかな風が吹き渡った。風に撫でられた稲は太陽の光を浴びて黄金色の輝きを放っている。不作などという印象は全く感じない、まさに、豊穣の神の寵愛を受けたという表現がふさわしいほどに、たわわに実った稲穂が頭を垂れていた。

「凄いわ…… 幽香、あなたの花って、あんなこともできたのね。」

「いいえ、あれは穣子自身の力と演出よ。私が込めた力は、近くにある稲を元気にするように働きかけるというものだけ。あれほどの速効性は無いわ。いかにも神の御力っていうのを見せつけるには、あれくらいやるのがちょうどいいんでしょう。その証拠に、見てみなさい。」

 霊夢を促した先には、顎が外れるほど大口を開けて放心している2人の人間がいる。穣子は仁王立ちでドヤ顔を決めている。とりあえず、神の力を見せつけるという試み自体は成功した、ということだろう。

「どう? 豊穣の神の力は。私の化身であるこの苗を植えていれば、不作なんて事にはならないわ。その代わり、信仰を忘れないことが条件だけれど。」

「………はっ!? あ、ありがとうございます! これからは、なお一層の信仰を捧げると誓います。……おい、お前、このことを他の奴らに知らせてこい!」

「……お、おう、わかった。急いでみんなを連れてくる!」

 そして、若者は集落のある方へ走って行った。これで他の村人が来れば、信仰集めの策は成功となるだろう。ひいては、人里で不作になるような事態を防ぐことができたということだ。とりあえず、安堵の溜め息を漏らす。

「ふぅ、これで一件落着かしら。」

「ホウジョウノカミ、ねぇ……」

「どうしたの、霊夢?」

「なんというか、安直過ぎる名前じゃない?」

「いいのよ、そんなことは。人間が求めているのはその花の持つ効果なんだし。変に複雑な名前よりは、わかりやすいじゃないの。」

「なんか、幽香が神様みたいに見えてきたわ。」

「馬鹿なこと言わないで。私は人間なんてどうなってもいいと思ってるし、今回の件だって、あなたが来なかったらきっと知らんぷりしてたわよ。」

「……といいつつ、顔を紅らめる幽香なのであった。」

「そんなことないって言ってるでしょう! 私はそんなに御人好しじゃないんだから。」

 目の前でくすくす笑っている霊夢が憎たらしく見える。用事が済んだし、これで帰ろうと思っていたところに、くぅ、という音が聞こえてきた。音のする方に目をやると、霊夢が顔を紅くして苦笑いを浮かべていた。

「一仕事終えたら、お腹が空いちゃった。」

「はぁ、どうしようもないわね。……家に帰って、食事の準備でもしましょう。ついでだから、あなたも食べて行きなさい。」

「幽香……! やっぱり、あなたは神様だわ。」

「食事一つで神様になれるなら、苦労はしないわね。」

 と言いつつ、改めて考えてみると、実りを与えると言うことは食を司ることを意味しているようにも思える。人間に限らず、全ての生き物にとって食は大切な要素の一つだ。そのうちの一つを司る神、秋穣子。信仰を集めて力を与えたのは、もしかしたらまずかったかもしれない。
 ……まぁ、心配はいらないだろう。肝心なところで何かが抜けている神ならば、まだ対処のしようもある。それに、そもそも害を与えるような存在ではないのだから、放っておいてもかまわないはずだ。それよりも、今心配すべきことは、今晩の献立だ。一人だけならともかく、今夜は二人分。そういえば、霊夢の好き嫌いはどうだっただろうか。そんな考えを巡らせながら、私たちは人里を後にするのだった。
「さぁて、たっぷり信仰も集まったし、不作も解消できたし、一件落着っと…… あれ? お姉さま?」
「み~の~り~こ~っ! あんたばっかり、なんでそんなに信仰に溢れてるのよ!?」
「なんでって…… 幽香に創ってもらった花のおかげ、かな?」
「私だって…… 私だって…… うわぁぁん! 今度は私の花を咲かせてもらうようにお願いしてくるんだから!」
「お姉さまの花って…… もみじ、とか?」
「そうよ! 紅く色付く秋のもみじ! ……よし、行ってくる!」
「行ってくる、って、あぁ…… 行っちゃったよ。大丈夫かなぁ……」

ホウジョウノカミ Minoria Hojyonokami
 見た目は稲と変わらないが、自らの籾は発達せず、代わりに周囲の稲の発育を良くする作用がある。
 豊穣の神の化身として信仰される植物であり、信仰心が高いほど豊かな実りをもたらすと言われている。

 ということで、kirisameです。今回は穣子の花でございます。
 失って初めて感じる、食の大切さ。お米一粒には、農家の1年分の労力が詰まっています。毎日の食事に感謝、そして、実りをもたらす自然と神様に感謝。
 ……と、固いことは抜きにして、今回はあとがきを除いてお姉さんが全く登場してないですね。気になるセリフを残していますが、ふむ……

 余談ですが、稲の花言葉は「神聖」というそうです。神の象徴たる植物にふさわしい言葉で何よりです。
 ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
kirisame
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コメント



0.480簡易評価
2.90名前が無い程度の能力削除
おもしろかったです!
これで穣子もしばらくは大丈夫……だといいな
3.20名前が無い程度の能力削除
自分のシリーズとしての作品にしようとするせいで余りにも展開に無理がありすぎでした。
キャラも話も周りを全く見ていない。
5.90白銀狼削除
おお!?新作ktkr!
稲に花言葉有ったんだ…勉強になりました(笑)

kirisameさんの作品、私はのんびりと待ってますので、のんびりと自分のペースで書いてくださいね!
6.90奇声を発する程度の能力削除
相変わらず発想が上手いですね
面白かったです
8.100名前が無い程度の能力削除
短めでしたが面白かったです。次はお姉さんの番ですかね、楽しみです。紅葉がどんな花になるのかな。
その次は風神録繋がりでにとりなんかどうです?
9.80名前が無い程度の能力削除
シュールあり、笑いあり、キマシあり、イイハナシあり。充実した内容だった。
11.80名前が無い程度の能力削除
ちょっと小粒な感じ
14.90名前が無い程度の能力削除
さて姉妹コンプをだな(チラッ
16.80名前が無い程度の能力削除
  いつも楽しく読ませていただいています。ただ、このシリーズを通じてひとつだけ
気になったことがあります。それは、植物の命名についてです。「ヤクモラン」のよう
に元になった種、またはその種が属するであろう属名が不明のものを除いて、学名
がついたものは12種類。そのうちの10種類を以下にまとめました。
 和名                   学名
アシ                    Phragmite communis
ショウブ                  Acorus calamus L. var. asiaticus
ニンジン Daucus carota L. var. sativa
ブドウ Vitis vinifera L.
フキ Petasites japonicus
ジャカラタズイセン(アマリリス) Hippeastrum reginae
セイヨウバラ Rosa hybrida
ホオズキ Physalis alkekengi L. var. francheti forme bungaedii
セイヨウセキチク(カーネーション ) Dianthua caryuophyllus
イネ                     Oyza sativa L.                          以上原色牧野植物大図鑑(北隆館)参照。
 幽香の行った行為は品種改良の一種であろうと思われます。よって上記の種を元に
して改良を行って出来た品種に学名を付ける場合、種小名の後ろに園芸種であるこ
とを示すcv. を付けてそのあとに新しい名前を続ける、とうい命名ルールを一応守るべき
だと思います。もし種小名を自分で考えてしまった場合、新しく出来上がった植物は元に
なった植物とは違う種類であり、独立した種なのですよと宣言している事になってしまうか
らです(同属間の種の違いを判り易くたとえると、キク属のナガワノギクとシオギク、サクラ
属のヤマザクラとチシマザクラの間に見られる程度の相違があります。普通同じ植物の園
芸品種は、一見大きく違うように見えたとしても、葉の形や茎の断面、花の構造においてか
なり多くの共通点を持つものです)。また、ジャカラタズイセンやショウブのように属名まで与
えてしまうと、はもはや学術上それ相応の隔たりがあることを示す事となり、かなりまずい事
になります。(例えば、オランダイチゴとヤマザクラとワレモコウは生育環境も外見も大きく異
なりますが、全てバラ科の植物です。属が変わるには雑種に稔性がないなどの分類学上か
なり大きな性質の相違が必要です。)また、学名を付ける際に他にも決まりがありますので
一応確認されることをお勧めします。たとえ作品の中にしか登場しない植物だとしても、やは
りいい加減な事をするのはよろしくないと思われます。
 貴方の作品はいつも楽しく読ませていただいています。がんばってください。