Coolier - 新生・東方創想話

鬼のさとり

2012/09/10 19:46:56
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「通話・・・ね」

古明地さとりは手元にある陰陽玉を手にとって溜め息をついた。
先だってペットの鴉が暴走した際に、事態に介入した人間共が持っていたものだ。
人間共は地の底に在りながら陰陽玉を通じて地上の者と会話をしているようであった。

それが非常に画期的な機構である事はあの時、一目見た時から理解していた。
陰陽玉越しの相手の心を読むことは出来なかったからだ。
けれども意志の伝達が可能であった。
地上の者の間では珍しくもないのだろうけれど、地の底の住人にとっては酷く目新しいものであった。
率直に言って欲しいと思った。
巫女と魔法使いを相手にしながら、陰陽玉の事ばかり考えていた。

あの陰陽玉があれば自らの意思を手紙以外の方法で伝える事が可能だろうか。
直接相対しなくとも率直な会話を行う事が出来るだろうか。
こんな地の底にわざわざ誰かを招かなくとも誰彼と通じ合う事が出来るのではないだろうか。
あるいはペットへの指示も簡便になるのかもしれないし、ひょっとしたら妹とも常時連絡が取り合えるのではないだろうか。
互いの意識を読み合う事もなく・・・

そう考えるといよいよ陰陽玉こそは自らが抱えるあらゆる問題を殆ど解決する事が可能な一大発明品のように思えてきた。
人間共が去ってからというもの日がな一日中考える事は陰陽玉の入手方法であった。
色々と考えてみたのだが、どうにも名案が浮かばなかった。
陰陽玉が欲しいと手紙か何かで地上の者に伝えればきっと貸与するなり販売するなりしてくれる事は分かっていた。
何故ならば地底と連絡が取り合える事は向こうにとっても悪い話ではないからだ。
けれども古明地さとりは地霊殿の主であるし、地上の者に媚びたり貸しを作るのは気が引けた。
いっそもう一度怨霊を地上に放出し人間共をおびき寄せようかと思ったくらいである。
しかしそんな事をしたら今度こそは本気で討伐されてしまかねない(巫女本人はともかく地上の妖怪達は本気で事態を憂慮していたようだ)ので自重していた。
まずは手紙を巫女宛に書くというオーソドックスな手段を(気が進まないが)採用するべきなのだと自らを説得していた最中に彼女は来た。
一升瓶を抱えながら彼女はやってきた。
何の用だろうか。
星熊勇儀はあの事件以降、何故か度々地霊殿に顔を出すようになっていた。





「相変わらず辛気臭い顔しているじゃないか」

鬼は寸分の悪意も無く言った。
地底には鬼が沢山住んでいて星熊勇儀もその一人だ。
さとりは鬼が苦手である。
何故ならば鬼は嘘をつかないからだ。

嘘こそはさとりが相手に対して優位に立つ為に必要な要素であった。
妖怪であれ神であれ人間であれ、皆何かしらの思惑というモノを持って生きているだろう。
普通思惑をそのまま口する者は少ない。
互いに余程の信頼関係があっても、何かしら秘密や嘘を抱えているだろう。

さとりという種族はその秘密ないし嘘を見透かす事が出来る。
他者を知るという事は嘘を見透かす事に等しい。
誰しも何かしら隠蔽したい事があって、それこそがその者の本質なのである。
故にさとりは嫌われる。
当然の事だ。
何故ならば本質的な自らが如何に卑近で矮小であるか心の奥底では誰もが認めているからだ。
さとりの前に自らを晒すということは矮小な自らを認めるに等しい。
誰がさとりの事を好意的に思うだろうか。

しかし翻って鬼という種族はどうだろう。
鬼には思惑は存在しない。
嘘もない。
こんな奇妙奇天烈な者をどのように扱ったら良いだろうか。
一対一で相対した瞬間に精神的に優位に立てない者を相手取った事など余り経験がない。
故に鬼が苦手だった。
鬼には嘘や通り一遍の慰めが通用しない。
有り体に言って相手にする事が面倒であった。
会う度にそのような気持ちを極力表情に出すようにしている。
けれど鬼は一向に意に介さないようだ。

会う度に鬼の気持ちをしっかり読むように心がけていた。
せめて目的くらい知りたいものである。
けれども鬼の心持ちは何時も同じで、一人寂しいであろう私を気遣っているだけであった。
さとりの存在と境遇をあの事件の後に人間共の側に居た鬼(イブキというらしい)から聞いたらしい。
以来何を勘違いしたのか、さとりという妖怪の事を憐れみ、何とかしなければならないと思ったらしい。
嘘が無い鬼ならばさとりという妖怪とも対等な関係でいられるのではないかと考えているようだ。
そして考えているだけならばともかく早速行動に移ってしまう辺り鬼なのだろう。
甚だ迷惑である。

「あのですね星熊さん」

「勇儀って呼べって何時も言ってるだろ?」

「・・・星熊さん。私はさとりですから常に率直に言いますが、私は一人で寂しい訳でも憐れんで欲しい訳でもないのです。何時も唐突に現れては益体もない話をして帰るだけの貴方に心底迷惑しているのです。もしも私に貴方を排除するだけの力があるのならばとうの昔にそうしています。要するに帰って欲しいという訳で」

「嫌だね」

「しかし」

「私はねえまどろっこしい事は嫌いさあ。そこでねえさとり、お前さんときたらどうだい。私の考えている事全部分かるんだろ。じゃあ今、私の胸の中にある思いも全部伝わっている訳だろ?なら私が帰らない訳も全部分かっているじゃないか」

「それは・・・」

「だからさ」

「つまり、お前の辛さも悲しさも全部受け止めてやるから私のモノになれ・・・ですか。いや、私はそんなを事して欲しくは」

「嘘だね」

「はい?」

「お前さんの素直になれない様は長い間つもりに積もった誰かに対する不信感があるからだな。今まで一度だって誰かに気を許した事がないのだろう。それがいけないのさ。さとり、お前さんの事を聞いてから私は気が気でなかったよ。こんなに近くに居たってのにさあ。私は今まで何もしてやれなかったんだ。お前さんの孤独と私の孤独は違うかもしれないが、けれどお前さんが今のような境遇である事に対して私と決定的に違っている事があるよ。それは、お前さんが未だ誰かに対して気を許した先の裏切りを体験していないんだ。誰かに気持ちを預ける事の怖さを知らないし予測して逃げているだろう。だから私を目の前にして避けることしか出来ない。私と関わったら、もしかしたら深く関わり過ぎると思ってしまうんだ。そして、それが怖いのさ。何故って今までそういう深い関係性というモノを築いてこなかったから。でも、お前さんも地上を追放された身だし、永久にここで生きていくと决めたのだろう。なら、やはり誰かと関わるべきさ。それが地獄の者であるならば尚都合がいいだろう。私は近くに居るしな」

「私はそのような関係性を望みませんし、星熊さんの言うことは的外れにも程が」

「鬼に嘘はつけないぜ!あと勇儀って呼べよ」

「・・・」

「さとり、嘘や秘密に対して敏感なのはお前さんだけじゃあないんだ。いいか?鬼に嘘をつくという事は重大なんだ。嘘をつき続けるとどうなるか分かっているんだろう?」

星熊勇儀の目を見ながら会話を続ける事は息苦しかった。
嘘をつき続けたら・・・
星熊勇儀の思考がなだれ込んでくる。
その有様は酷く恐ろしかった。
鬼の制裁・・・
嘘を、つけない関係性等と。

「そうだ。それが鬼の制裁だ。嘘の代償だよ。私と居ればお前はもう嘘をつかなくても良いし、考えを見透かす事で気を使う必要もないんだ」

さとりの能力は嘘を自在に操る事が容易だ。
その事実こそが相対する者への優位性につながっている。
それは嘘を弄して相手を自在に操る事に他ならなかった。
相手がこちらの言うことを信じたかそうでないか。
それすらも瞬時に感知できるさとりに死角は無かった。
あくまで、相手が何事かの嘘を持ち続けているという前提があればこそだが。

「嘘は苦しいだろう?それとも嘘だけの世界で生きてきたから嘘を嘘と思えなくなったか?」

あるいは真実だけの世界で生きてきたからこそ嘘が必要だったのか。

「と、まあ、幾らこんな話をしてもお前さんをどうこう出来るとは思ってもいないさ」

鬼は腰紐にぶら下げてある包の中から、さとりが心底希求していた例の陰陽玉を無造作に取り出すと、さとりに向かって放り投げた。
星熊勇儀がこういう隠し玉を持っているにも関わらず、今の今まで感知する事が出来なかった。
と言うことは、鬼は今この瞬時に包の荷を思い出したのであり、先程までは本気で言葉だけで口説こうとしていたのだ。

幾らさとりでも相手の意識に昇らない事は感知する事は出来ない。
トラウマを想起させる事は出来るかもしれないが、それとて完全ではないのだ。
トラウマを相手に想起させても、そのトラウマの全てをさとりが把握する事は出来ない。
あくまで相手が勝手に思い出すだけで、さとりはそれを促すまでだ。
その想い出を感知する事によって初めてトラウマの内容を知る事が可能だが、それは大抵の場合支離滅裂で理解する事は出来なかった。

如何に自らの能力が限定的であるかという事は先の人間共がたっぷりと教えてくれた。
もしも完全に相手の思考を把握出来るのであれば間違っても弾幕勝負等という御遊戯で負けるはずがないだろう。
本当にトラウマを完全に想起させられるのならば、相手は意識を保つ事は出来ないだろう。

「これ、なんだか分かるだろう?」

「・・・さて、なんでしょうか」

「だからさ、嘘をつく必要はないんだよ。鬼に駆け引きは必要ない」

絶句して声を出せなかった。
真摯な眼差しがさとりを射抜く。
星熊勇儀の心の内を感知しようとすればするほど、彼女の真剣な愛情が伝わってくる。
けれど、それを受け止める覚悟など持てる筈もなかった。
それに、受け止めるにしてもどのようにして受け止めれば良いのか皆目検討もつかなかった。
今まで他者から真剣に己を求められた事など無い。
そんな事態とは無縁だと思っていたのに。

「この陰陽玉は遠く離れた相手とも声で繋がる事の出来る地上の道具さ。伊吹に無理言って貸して貰ったのさ。これは対になっていてね。一つは私が持つ。もう一つはお前さんが持っているんだ。そのうち私が話しかける。さとりは応えるんだ」

「嫌だと言ったら?」

「何度でも話しかけるさ。応えてくれるまでな」

「でも私は応えないかもしれない・・・」

「そんな事はないさ。さとりは応えるよ。鬼が言うんだ間違いない」

「そんな事・・・」

「こうやって陰陽玉越しに話しかける事を通話というそうだよ。通じて話し合うのさ。さとりも通話なら私と通じ合えるかもしれないな」

「おかしな人・・・こんな嫌われ者にどうして。そんなにも真剣で一途な思いを・・・」

「さとり相手にもったいぶらないさ。最初はからかい半分だったんだ。萃香から話を聞いてね。さとりってのが地底にいて何だか珍しい奴だったって聞いてさ。なら、酒の肴にでも見に行くかって最初思っていたのさ。でも、お前さんを一目見て確信したね。悟ったのさ。ずっと逃げてきた目をしていると思ったよ。そして、何が今までそうさせてきたかも全て分かってしまったのさ。ならばやる事はひとつだろう。鬼は正直者が好きなんだ。こんなに誰かを求めているのに誰もいなかったんだ。なら私がその誰かだろう」

鬼は言うだけ言いたい事を言うと地霊殿から出ていった。
鬼は酒が好きだと聞くが彼女は一滴も飲んでいなかった。
誰かと繋がるとはどういう事だろうか。
今も尚、何も分からなかった。





陰陽玉はあれから何も反応がない。
日がな一日中陰陽玉を見つめる生活が続いてどれだけ経っただろうか。
一週間かもしれないし数百年かもしれない。
内的な時間の感覚など既に失せて久しい。
地霊殿に昼も夜もないだろう。
今はただ、この陰陽玉が震えるのを待つだけであった。
そこに何かの答えがあるだろうか。

通話。
通じて話し合うのだそうだ。
けれど、今まで他者と通じあって良いことなど何一つなかった。
何時も酷く警戒された表情で誰も彼も離れていった。

最初は何も分からなかった。
やがてさとりこそは悪意の根源である事を知った。
さとりにとっては誰かの事を本当に理解する事は当然の事だった。
けれど、それは大多数にとって幻想の出来事だった。

陰陽玉が震える。
確か、手に取り話しかける、だっただろうか。
陰陽玉の震えが止まったと思ったら星熊勇儀の声が聞こえてきた。
酷く安堵した気持ちに全身が包まれた。
既に自らの気持ちを偽る事は出来ないだろうか。
けれど、どうしても認められなかった。
怖かった。
本当はこんなさとりを見て鬼は嘲笑っているのではないだろうか。

「さとり。私の気持ちを今さとりは知る事が出来ないだろう。だからあえて声にだして言うよ。さとり、お前を私のものにしたい。一日中お前を愛していたいのさ。真実の気持ちだけで通じ合う関係でいたいんだ。それはさとり、お前としか出来ない関係だろう」

「でも、私は勇儀の気持ちを信じきる事が出来ない。どれだけ真実だと言われても、さとりの私に誰かを信じるなんて」

「やっと勇儀と言ってくれたな。嬉しいよ。私はさとりに同情しただけではないんだ。鬼の愛情はそんな事では生まれはしないよ。真実の孤独を知る者同士だけが通じ合える気持ちが必ずあるはずだ。それを思った瞬間たまらなくお前が愛おしくなったんだ。肉体を合わせる安堵と快楽をお前は知らないだろう。私ならお前に教えてあげれるよ。さとりの孤独を癒せるのは鬼だけだ」

「私は一体何を思えば・・・もう何も分からない・・・」

「もう言葉もいらないんだ。さとり・・・」

星熊勇儀は地霊殿のさとりの居室に足を踏み入れた。
それを認めたさとりの胸は生まれて初めて高鳴ったのだ。
彼女の心のうちからは純粋な欲求しか感じられなかった。
古明地さとりという一匹の妖怪を心底求め、自らのものにしてしまいたいという酷く強い欲求だけで、それだけで良かった。
星熊勇儀は古明地さとりに限りなく強い口づけを交わした。

ざらついた鬼の不器用な口づけに全身が蕩けてしまい、己の我身を全て逞しい鬼の身に委ねてしまった。
それから、幾度度となく深い口づけをかわしたのだった。


(了)
間違いなく七作目。

勢いだけで書いてしまいました。
さとりんは可愛い。
春日傘
asagayatown@gmail.com
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コメント



0.840簡易評価
4.100南条削除
さとりん可愛い。
やはり勇儀姐さんくらいのパワーがないとさとりはモノにできないのですね。
8.80奇声を発する程度の能力削除
さとりん可愛いよ
10.90名前が無い程度の能力削除
まっすぐ行って右ストレートで……さとりという種族はこのような強引な手段には手も足も出なくて。強烈な愛情は、心の弱いものにとっては暴力に等しい。
さとりが誰かと繋がっていたい欲求を持っていたからハッピーエンドに終わったけれど、たとえさとりにその気がなくても同じ結果になってそうで甚だ怖ろしい。
13.80名前が無い程度の能力削除
これは糖分が高いw
16.80名前が無い程度の能力削除
きっと姉さんは緒方ボイスだな
17.90名前が無い程度の能力削除
あまーい。
勇儀とさとりの組み合わせは大好きです。
でも、鬼の勇儀と比べて覚りのさとりがなんとなく人間的過ぎるようにもちょっと感じられたかな。
まぁでもこいしの例もあるから、そんなものなのかな。