Coolier - 新生・東方創想話

いつもの夜~牛タン~

2012/08/30 19:11:58
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 人通りの少ない真っ暗な道の一角。
 そこにわたしの自慢の屋台はある。
 店も大きくないし、くる人(妖怪?)も少ないけれども、毎日楽しくやっています。
 今日も赤提灯に火を入れて、準備完了。
 通り雨があったので、土の香りがあたりに漂う中、わたしは暖簾を入り口にかけた。

☆☆☆

「ごめんくださーい」
 今日の一番手は、紅魔館の門番、美鈴さんだった。
 八目鰻に串をうつ手を止めて、簡単にお通しを準備する。今日のお通しは、きんぴらごぼう。普段は煮物が多いけど、それ以外のものを出すことも、珍しくはない。
「今日は凄い雨でしたね。ミスティアさんは大丈夫でしたか?」
 お通しを出すと、美鈴さんは気さくに話しかけてくれる。
「もう屋台を準備したあとだったので。今日は、ちょっと早めに準備をしておいたので助かりました」
「やっぱり妖怪の勘ですかね」
「これでも、長く屋台をやってきているので」
 長く同じことをしていると、結構いろいろな勘が働くようになってくる。一番顕著なのは料理の味付けだが、天気に対する勘も、外で屋台をやっていると、自然と身に付いてくる。なんとなく雨の匂いを感じたりするのだ。
「ごめんくださーい」
 美鈴さんにお酒を尋ねようとすると、次のお客さんがきた。白玉楼の従者、妖夢さんだ。かなりお酒には強いけど、ほとんどレモンハイしか飲まない。なぜだか凄く疲れた顔をしている。
「妖夢さん、随分とお疲れみたいで」
 美鈴さんが、妖夢さんを隣の席に招きながら話しかける。妖夢さんは、その席に座ると大きくため息をついた。
「疲れましたよ……」
 妖夢さんは、お酒を頼むこともせずに、愚痴をもらし始めた。とりあえず、お通しをだして、レモンを絞りながら耳をかたむける。
 今日は幽々子様と、霊夢さんが一日中将棋をしていたんですよ。いつの間に話が決まっていたのか知らないですけど。それだけならいいんですが、おやつにマンゴーやらコーヒーやら。お昼には買い出しに行かなくてはならないですし。
 だいたい、幽々子様が鰻。霊夢さんが麻婆豆腐定食にシューマイって、どういうことですか? せめて合わせてくださいよ。それに麻婆豆腐定食って、白玉楼は定食屋じゃないですし。
 しかも霊夢さんは、それ以外にも固形の栄養価の高い栄養食とか、熱を冷ますシートを買って来いとか。
「モグモグしながら、頭に冷やすシートを貼ってる人なんか初めて見ましたよ」
 妖夢さんは一際大きなため息をつきながら、レモンハイを飲み干した。新しいレモンハイとジョッキを取り替える。
「それで、将棋はどうだったんですか?」
 美鈴さんが日本酒をお猪口に注ぎながら尋ねる。
 美鈴さんは、この屋台に来る中でも一番の聞き手だ。
「幽々子様がトン死しました」
「トン死?」
「玉が6二で霊夢さんの急戦を受けていたので。わたしは四間飛車で、端にニ手もかけるのは無茶だと思うんですけどね」
「将棋のことはあんまりわからないですが……。とりあえずお疲れさまでした」
「あ、一方的に話してしまってすみません」
「ここはそういう場所でもありますから」
 美鈴さんが、「面白かったですよ」と言いながらほんわかと笑う。釣られるように、妖夢さんもため息混じりに笑った。
 こんなとき、わたしは屋台をやってて良かったなぁと思う。なんだか、こっちの気持ちまで暖かくなるのだ。

☆☆☆

 まな板の上には、牛タンと呼ばれる部位の固まりが乗っている。その隣では、網が炭火によって焼かれ、肉が来るのを待ちかまえている。
 しかし、カウンターの前では妖夢さんと美鈴さんによる激論が行われていた。
「薄切りです!」
「いや、厚切りですよ!」
「だって、厚切りなんか食べたら、薄切りが食べられなくなるじゃないですか!」
「いや、せっかく厚切りを食べられる機会なんですから、厚切りで食べるべきです!」
「もう、ここは大妖精さんに決めてもらいましょう!」
「え!? わたしですか?」
 突然妖夢さんに話を振られた大ちゃんが慌てる。
 大ちゃんは、たまに夜の屋台にもやってくる。カルアミルクが好きで、どんな食事に対してもカルアミルクを合わせるので、他のお客さんからは不思議がられたりもする。
「さぁ、大妖精さん、どちらにしますか?」
「め、美鈴さん、顔が近いです。その、厚切りで……」
「そ、そんな……」
 ガタリと崩れる落ちる妖夢さん。まるでこの世の終わりに直面しているようだ。
 それとは対照的に、美鈴さんは嬉しそうにお猪口に入っていた日本酒を飲み干す。
「さ、ミスティアさん、厚切りでお願いします。それと、ビールください」
「祝杯ですか?」
「そんなところです」
 美鈴さんは、ジョッキに注がれたビールを一気に半分ほど飲み干すと、大きく息を吐いた。
 美鈴さんが妖夢さんの肩を叩いている間に、牛タンを厚めに切って塩をふる。準備の整った牛タンを網の上に乗せると、香ばしい音をたてながら、食欲をそそる煙をあげた。
「あぁー、この香りはダメです」
 美鈴さんが悲鳴をあげる。もう、煙をつまみにお酒を飲んでいる状態だ。
「今日牛タンだったんだ」
 切った牛タンを並べきると、大ちゃんに突然話かけられた。
「うん。久しぶりに手に入ったから。どうかしたの?」
「ちょっとね。チルノちゃんも連れてきてあげればよかったなぁって思って」
「あぁ。たしかにね。でも、とっておくと痛んじゃうからなぁ」
「チルノさんって、そんなに牛タンが好きなんですか?」
 まだ残っていたきんぴらごぼうに箸をのばしながら、妖夢さんが尋ねる。大ちゃんは、しばらく難しい顔をしていたが、「あ!」と言って、妙なたとえをした。
「たぶん、カスタネットの代わりに牛タンを持って、リズムを取りながら『ぎゅったん♪ぎゅったん♪』って踊るくらい大好きです」

 ぎゅったん♪ぎゅったん♪ぎゅったん♪ぎゅったん♪ぎゅったん♪ぎゅったん♪

 網の上で音を立てる牛タンと、チルノちゃんの「ぎゅったん♪」が、頭の中でよく分からない二重奏を奏でる。おそらく、美鈴さんも妖夢さんも同じ状態だろう。
「大妖精さん、酔ってます?」
「え、酔ってませんけど?」
 美鈴さんに、「ぜんぜん酔ってません」という顔で答える大ちゃん。
 うん、大ちゃんあんまり飲んでないもんね。
 でも、できれば「酔ってる」って言って欲しかったかな。
 そうすれば、笑って流せたのに。
「ぎゅったん♪ぎゅったん♪」とした空気の中で、網の上のぎゅったん……、じゃなくて牛タンをひっくり返す。
 肉の上に乗っていた油が炭の上に落ちて、炎が燃え上がり、肉汁の香りが広がった。
「あぁー、これだけでご飯三杯はいけます」
 美鈴さんは瞳孔に牛タンが描かれた瞳で言った。
「もう、そんなに食べたら、太りますよ?」
 妖夢さんが呆れたように笑う。
「大丈夫ですよ。牛タンはローカロリーですから」
「カルビとかに比べたらローカロリーですけど。でもプリン体は多いんですよ?」
「通風は女性には少ないので大丈夫です。あぁ、でもカルビも……」
「カルビは脂が……」
「何言ってるんですか!」
 美鈴さんが、「バンッ!」とカウンターを叩いて立ち上がる。
「にくづきに旨いと書いて脂ですよ!? 旨いものに脂があるのです!」
「じゃあ、脂が少ない牛タンは、美鈴さんにはなしで」
「あぁ……、せっかくの名言が。しかも、この匂いの中で、それは拷問ですよ!?」
 ヘナヘナと座りながら、「牛タンにもそこそこ脂があるんですよ」と言う美鈴さん。
 妖夢さんは、「知りません」といった具合にレモンハイを飲んでいる。
「これ、使ってくださいね」
 小皿にレモンを絞って、それぞれの前に置いた。美鈴さんが、空になったジョッキを出したので、新しいジョッキによく冷えたビールを注ぐ。
 他の二人も空になっていたので、レモンハイとカルアミルクをそれぞれに出した。
「さ、いよいよ主役の登場ですね」
「もう、美鈴さん。食い意地が張りすぎですよ」
 美鈴さんの希望に答えて、ほどよく脂が落ちて食べごろになった牛タンを皿に盛りつける。
「さ、お待たせしました」
「いっただきます!」
 美鈴さんが、焼きたての牛タンを、レモンをつけないで頬張る。最初は、素材そのものを味わうという趣向のようだ。一切れ食べ終えて、ビルを流し込んだ美鈴さんの顔は、とろけきっていた。
「牛タンは、この食感がたまらないんですよねぇ。ちょっと砂肝みたいな」
「言葉で表現しにくいですよね。あぁもう……、薄切り牛タンが食べられなくなる……」
「『ぎゅっ』と噛んで、『たん』と切る感じじゃないですか? 『ぎゅっ』の時に美味しさが溢れだしてくる感じで」
「あ、なんとなく分かる気がします」
 大ちゃんの表現に頷く妖夢さん。美鈴さんは「そこまで考えた『ぎゅったん』だったんですかぁ」と関心している。
「でも、食べている時って、どうしてこんなにも幸せなんでしょうね?」
 大ちゃんが箸の先を口の中に入れたまま言った。
「あはは、大妖精さん、本当に幸せそうな顔をしていますよね」
「妖夢さんも幸せそうですよ?」
「だって、本当に美味しいですし」
「食べている時に幸せなのは、三大欲求を満たしているからですよ。」「三大欲求?」
 美鈴さんの言葉に、妖夢さんがオウム返しに尋ねる。
「三大欲求というのは、食欲と睡眠欲それに……」
「うわぁ、美鈴さん、それ以上は言っちゃだめです!」
「それだけレモンハイを飲んでる人に言われても困るんだけど……」
「ダメなものはダメです」
 顔を赤くして両手を美鈴さんの顔の前につきだしている妖夢さんは、ちょっと可愛い。
 ちなみに妖夢さんは、いくら飲んでも赤くならないタイプだ。
「でも食べることは、寝ることと同じくらい幸せってことなんですよ」
「眠い時に寝るのは、本当に幸せですもんね。美鈴さんも、よく門の前で寝ていますし」
「え、大妖精さんも見ていたんですか?」
「美鈴さん、わたしが行くと、いつも寝てますよ?」
「あーぁ、これはお恥ずかしい」
「仕方ないですよ。お昼は眠いですし。お腹が空いているときに牛タンが目の前にあって、我慢するなんて無理ですから」
「そう言われると、たしかに……。でも何か認めちゃいけない気が……」
 珍しく美鈴さんが屋台で悩んでいる。
 まぁ、大ちゃんの言い分は、職務倦怠を誤魔化すための詭弁だし。
 わたしが牛タンを焼きながら、眠いから寝ていたらマズイだろう。
「わたしもたまにはお昼寝できるくらいのんびりしたいなぁ」
「妖夢さんも、毎日お仕事なんですか?」
「大妖精さん、妖夢さんは一見お仕事ばかりのようですが、実は一番ここに……」
「美鈴さんは、黙っていてください! 本当に、朝から晩まで食事の支度と片づけなんですから!」
「でも、ゆっくりしたいって、霊夢さんと同じ夢ですよ?」
 大ちゃんが、ちょっと意地悪な顔をして言う。
「え、霊夢さんが? あれだけのんびりしているのに?」
「よく、『明日ものんびりお茶ができればなぁ』って」
「明日『も』ですか?」
 妖夢さんが目をパチパチさせる。
 そういえば、霊夢さんはここでも「明日ものんびりお茶ができれば」と言っていた。
「『も』ってことは、今と同じ一日を望んでいるってことですよね?」「妖夢さんの言うとおりですね……。よく、毎日毎日妖怪が来てしょうがないって言ってますけど」
「なんか、面白いですね」
 そこまで言うと、妖夢さんは小さく笑いだしてしまった。わたしと大ちゃんも、つられて笑ってしまう。
 しょっちゅう文句を言っている印象の霊夢さんが、今と同じ毎日を望んでいるなんて。
「でも、博麗の巫女らしいかもしれませんね。霊夢さんがのんびりしているなら、幻想郷は平和ということですから」
 最後の牛タンを食べながら、美鈴さんが言った。
「霊夢さん、そこまで考えているんですかね?」
 妖夢さんの質問に、美鈴さんが「うーん」と考え込む。
「まぁ、可能性としてはありかな? 霊夢さん、ああ見えて結構しっかりしてるから」
「確かに、異変の時はちゃんと動いてますよね」
「それ以外でもね。ちょっとしたことでもしっかり動いているし。本当にゆっくりできる日は、結構貴重なのかもね」
「なんか、そうやって考えると、結構頼りない夢ですね」
「霊夢さんも、人間だからね。時々忘れそうになるけど」
「人間だと、何か関係があるんですか?」
 美鈴さんは、「うーん」と考えてから、ビールを残っていた飲み干すと、空になったジョッキをカウンターの上に置いた。
「いや、人の夢だなぁ、と思っただけ。あ、ミスティアさん、ビールと牛タンください」
「もう、美鈴さん! 本当に飲み過ぎですよ?」
「妖夢さんもレモンハイ追加します? それに大丈夫ですよ、牛タンがありますから」
「レモンハイは飲みます。あ、それと牛タンも。って、それがビールを追加する理由にはなりませんって!」
「妖夢さんも美鈴さんと変わらないじゃないですか」
 大ちゃんが指摘すると、一生懸命美鈴さんを止めていた妖夢さんがシュンとなる。
 わたしは、「やっぱり屋台は楽しいなぁ」と思いながら、牛タンとお酒の準備に取りかかるのだった。

☆☆☆

 店の中には、まだ牛タンの匂いが残っていた。話疲れたのか、妖夢さんと美鈴さんは、まったりとお酒を楽しんでいる。静かな屋台の中は、お祭りの後のような雰囲気だ。
「もう夏も終わりだね」
「大ちゃん急にどうしたの?」
「セミの声が聞こえないから」
「あ、たしかに」
 大ちゃんの言う通り、毎日うるさく鳴いていた蝉の声が聞こえなくなっていた。
「なんだか寂しいね」
「大ちゃんって、夏が好きだっけ?」
「この時期は、ちょっと嫌いかな。なんだか寂しくなるし」
「あ、分かる気がする」
 夕暮れの赤くて寂しい空が、イメージに浮かぶ。
 今までは、抜けるような高くて青い空だったのに。
 それだけ、夏の終わりが近付いてきているのだろう。
「でも、夏が終わったら、すぐに秋だからさ」
「秋かぁ」
「大ちゃんは、何の秋?」
「うーん、何の秋だろう」
 ちなみに、わたしは食欲の秋だ。
 やっぱり秋はいろいろなメニューが出せて楽しい。一番お客さんが来るのも秋だ。
「わたしの秋は、これから探すかな?」
「それもいいかもね。まだ夏も終わってないし」
「あ、まだわたあめ食べてない。ねぇ、屋台のメニューにわたあめはどうかな?」
「それは難しいかも……」
 道具買わなくちゃいけないし、お酒にも……。たしか、醤油ラーメンにわたあめは悪くないって、聞いたことがあるけど、ラーメン屋ではないし……。
「それじゃあ、かき氷は?」
「それも……」
 大ちゃんが、次々にアイデアを出してくれる。実現できるかは微妙だけど。
 けれども、新しいメニューを考えるのも楽しそうだ。
 もちろん、今の楽しい雰囲気を変えるつもりはないけれども。
 あくまで料理やお酒は、話を楽しむための手段にすぎないから。
 わたしは、ここに来てくれたお客さんが、幸せな雰囲気や会話を楽しんでくれれば、それでいい。
 そこまで考えて、不意に霊夢さんの言葉が浮かんだ。
「明日ものんびりお茶ができればなぁ」
 もしかしたら、霊夢さんが望んでいるものは、わたしと変わらないのかもしれない。
 いつもわたしが閉店のときに思うことは、
「明日もまた楽しい夜になるといいな」
 だから。
将棋王座戦の昼食のタンシチューがおいしそうだったのでつい・・・。

13度目の琴森ありすです。

ひさしぶりの屋台ネタでした。
ぜひ、ビールでも片手に。

今夜は黒ビール系の第3のビール片手にぎゅったん♪ぎゅったん♪します。

少しでも楽しんでいただければ幸いです。

それでは
乾杯
琴森ありす
http://yaplog.jp/vitalsign/
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コメント



0.1130簡易評価
4.100名前が無い程度の能力削除
こんな屋台で私も飲みたい!
それはそうと一カ所美鈴がビルを流し込んでる所があります
12.100名前が無い程度の能力削除
ぎゅうたんたたんたんたたたんたん♪
ぎゅうたんたたん♪

平和だなぁ。
人間(扱い)、妖精、妖怪が集まって、楽しそうにお酒を飲む。
こうしている限り、霊夢は暇なんでしょうね。
いやぁ、平和ってとても良いものですね。
13.100詐欺猫正体不明。削除
みすちー可愛いよみすちー。
大妖精がカルアミルクが好きなのが、とても彼女らしいと思いました。
14.80奇声を発する程度の能力削除
和やかで良かったです
17.80名前が無い程度の能力削除
あぁ・・お腹が空いてきた。
牛タン食べたいなぁ
19.100名前が無い程度の能力削除
いつも通りの、されど素晴らしい日常ということですね
屋台に来て飲んだくれるお客たちの様子が浮かぶようでした
20.100名前が無い程度の能力削除
ああ、和む.....
癒しをどうもありがとうございます!
30.80名前が無い程度の能力削除
ぎゅったん♪ かわいい。
31.100名前が無い程度の能力削除
丸山九段ネタと藤井システムかwww
分かる人には分かるネタ


ちょっと牛タンと冷えピタ買ってくる