Coolier - 新生・東方創想話

未練の果てに

2012/08/20 02:02:10
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◆この話は作品集149『嫉妬に聖者の祝福を』の続編となります。
◆また、作品集139『紛い者の鬼』・作品集160『ハートブレイカー』・作品集161『ブロークンハート』・作品集163『バニシングハート』の設定を継いでいます。










































◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



――未練とは、叶わぬ願いを求める事――
――これ程愚かで無駄な想いは存在しない――



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





地上の陽光を浴びながら私は命蓮寺の縁側で一人、呆けていた。
地底暮らしが長かったせいか、明るい場所にいるのはどうも馴れない。
見渡せば、木々は緑をなびかせ、川は青を揺らす。土は赤く染まっていて、その上に黒い昆虫達が動いている。
見える全てが天の光を受け、各々が色を放ち、己の存在を主張している。


それを恐れる事無く、謳歌できる地上の全てが妬ましい。



私の住む地底は闇一色。
それでは何も見えないため、灯篭や光る鉱石等で足場を燈してはいるが、明かりそのものの色に染められてしまい照らされたものの真実の色は見える事は無い。赤い火で照らされた地底の地面は、地上の様に赤いのかもしれないし、痩せこけた茶色なのかもしれない。もしかすると青や緑であったとしても、本当は誰にも分かりはしない。
けれど、地底の妖怪達は真実など求めない。地上を追いやられた者が己の醜い部分をさらけ出す事など望む訳が無い。

私だってそうだ。
こんな所、本当は居たくないんだ。すぐにでも地底の縦穴に帰りたい。



「……どうしたんですか?難しい顔をして。」
「してない。地底が恋しいだけだ。」
食糧を携えた蟻達が穴に入り、巣へと戻っていく様を眺めながら私は答えた。
「ダメです。貴女の自閉症が治るまではここに留まってもらいますからね。」
「誰が自閉症だ!!」
怒鳴って私は食って掛かる。しかし、コイツはニコニコした顔を変えずに私に茶を差し出した。
「冗談です。さぁさぁ、これを飲んで気分を落ち着けて下さいな。」
「嫌だ。」
腹いせに差し出した茶を叩き落としてやろうと手を振ったが、難なくかわされる。
「……避けるな。」
「勿体無いですもの。」
「く、コイツ!ホント腹立つ!もう私に話し掛けるな!」
「嫌です。」
「こ、この……!!」
頬を引っ叩いてやろうとしたが、受け止められ腕を捻り上げられてしまった。
「う…ぐぐ!!」
捻られた腕はどれだけ力を入れても動けないどころか、反動で逆に私の身体に痛みが走り、思わず呻く。


……自分が情けない。人間を辞めた者同士だというのに、どうしてコイツとはこんなにも差があるのか……。強くて、人望もあって。妬ましくて、悔しくて。。。


「暴力はやめなさい。厄介者を殴れば解決する事でもないでしょう?」
「……そうだよな!どんなに鬱陶しい厄介者でも、私はお前の理想を叶える踏み台だもんな!」
「それだけの為に貴女を此処においているわけではありません。」
くそ……なんだってこんな状況に……。
全部……なにもかもコイツとさとり達の所為だ……!





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





「わ……私を命蓮寺に!??」
地霊殿に来いと唐突に古明地さとりに呼び出され、また縦穴にいる事で下らぬ小言を延々聞かされるのだろうと渋々訪れた私は、入るなりすぐさま会議室に通された。
そこにはさとりだけでなく、旧都一の権力者・星熊勇儀と、地上で人間と妖怪の協和を目指している僧侶、聖白蓮が座っていた。
地底の大事というなら勇儀が居るのは分かるが、なぜ地上の聖がここにいるのか。
その疑問に答える様にさとりは開口一番、私に命蓮寺に住めと言い放ったのだ。

「そうです。地底と地上の妖怪同士がいつまでも隔離されたままではなく、共に歩める為の道。
そして、これまであったしがらみを払拭する手段として、聖さんが提案してくださいました。
この話は是非局曲庁は無論、幻想郷の管理人や地上の権力者にも話は通してあります。」
淡々と話を進めるさとり。いつの間にそんな大それた話が進んでいたんだよ……。
「地底の妖怪が地上でも大きな諍いを起こさず、生活が営めるのかという証明が必要です。そこでパルスィ、貴女にそのテストケースのモニターを務めてもらう事にしました。」
「な……。」
「今の貴女は地上に嫌われた妖怪達が住まう地底でも、鼻摘み者ですからね。。。
その様な妖怪がテストを無事終わらせられれば、説得力と箔がつく。」
「ふざけるな!!私の意志は!??」
「ありませんね。そのようなものは。」
噛み付いてみせたが、さとりは微動だにもせず続ける。
「そも、意志を訴えられる程の成果を貴女があるのですか?
来るものを導かず、気まぐれに攻撃している事も知っています。

それと。
地底の道は現在、聖輦船が打ち開いた道があります。
あの道は正規のものではありませんので塞ぐつもりなのですが、折角結びかけた地底と地上の絆。――暫くはあのままにしておこうと思います。
今まで体面的に本道の橋守をしてもらっていましたが、あれがある間、貴女が縦穴に立つ必要はありませんので。」
「回りくどい事を……。私が要らないなら、はっきりそう言えよ!」
「問題を起こさぬというのなら、再び旧都で暮らすという選択肢も与えましょう。
『誰も通らぬ地底と地上を繋ぐ道の橋守』という温い閑職を与え、貴女の答えを先延ばしにしてきたに過ぎません。
パルスィ、どうします?
モニターとして地上に行くか。
旧都で一住民として生きるか、選んでください。

時間は与えません。
今、ここで決めなさい。」


冷め切った視線で言い放たれ、思わずつばを飲んだ。


さとりは…地上に行く事を望んでいる。
厄介者が消えるんだ、悩みの種が消えるわけだから。
でも……私は嫉妬の妖怪だ。すぐに自制を失う事は自分でも分かってる。
こんな大役、私に果たせるわけがない。





でも……旧都は嫌だ。





まだ地底が是非曲直庁から勇儀達に手渡された頃。
嫉妬と狂気に染まって、暴れた事が思い出していく……。



一時、旧都で営んでいたときがあった。
けれど、どれだけ暮らしても馴染めなくて、後から地底にきたヤマメ達の方が馴染んでいって、つまらない事で腹を立て、諍いばかりを起こして。


置いてけぼりにされる孤独感と追い抜かれる焦燥感で私は嫉妬に狂った。


自制を捨て街中で暴れ、勇儀に押さえつけられ、さとりに縦穴に追放された。
特別な理由がなければ、旧都に入る事を禁じられた。



今でこそ本当に、さとり達に迷惑を掛けたと思ってる。
でも今のまま、あそこで暮らしたって…。
私は……嫉妬に狂って、旧都を追い出されて…。
きっと、いずれまた、同じ事を…………。



「私らの事を気にする必要は無い。行くなら羽根を伸ばす休暇だと思って行けばいいよ、パルスィ。」
声を上げたのは、椅子にだらしなくもたれながら言う勇儀。
私の気も知らないで余裕ぶって……。
「私としてはパルスィが旧都に来てくれた方が嬉しいんだけどねぇー。

――安心しな。どっちを選んでも、私はアンタを支える。
……鬼の私が、地上にホイホイ出て行く訳には行かないけど、出来る限りの事はする。
だから――。
悩まず選びなよ。
腹は決まってるんでしょ?」
「星熊勇儀…。」
「アンタには重荷でしかないかもしれないけどね、気まぐれや嫌がらせで行かせる訳じゃない。
暗い地底に明るい光が差す未来が掛かってるからね。

――ヤマメにお燐、お空も候補に上がってたんだけどさ。
さとりが言い出した事だよ。パルスィがいい、って。
地上に行くならアンタが適任だとさ。」
「気負って行く必要はありませんよ、パルスィ。あるがままに過ごしてくれるだけでいいのです。
体裁を気にして無理に馴染んでもらっても意味がありません。私達、地底の住民が堂々と地上で暮らせなければこの計画に価値は無いので。」

「……そんな事言ったって、私は……。」





「あぁー!もぅ妬ましいですねぇ!」
「「「うぉぁ!??」」」

いきなり立ち上がって叫びだした聖に私達は驚いてしまった。
その勢いのままズカズカと私の肩を両手で掴――いだだだだだだだ!!
「ちょ、聖!!?肩もげる!!肩だだだだあッッ!!!」
シャレになってない!!コイツは身体強化魔法とかを使っててバカ力なんだ!!
しかも前後にガックンガックンって!??振動で身体がバラバラになりそう!!
「どうして素直にならないんですか!?
『はい!』って言ったら済む話じゃないですか!?
さとりさんも勇儀さんも本音を投げかけてるんですよ!?
受け止めてあげて下さい!!」
「わ、分かった!!分かったから止めて死ぬぅぅぅぅ!!」
「妖怪はこんな事じゃ死にません!」
「死ぬぅぅぅぅ離してぇぇぇぇ……――」





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





「よくよく考えたら、私が此処にいるのはお前だけのせいじゃないか!」
そうだ!地底と地上を和解しようと言い出したのも、今みたいに力業で言い伏せられてるのも!全部聖のせい!!
……いきり立って言ってるのに、何でキョトンとしてるんだよお前は!!
「そんな事ないですよ。皆は納得してくれました。」
「嘘をいうな!考え無しの勇儀はともかく、地底を管理しているさとりがそんな簡単に納得する訳……!」
「しましたよ?あっさりと。」
「え……あっさり?」
「勇儀さんの方が渋ったくらいでした。『もし地底と地上がケンカとかになったらどうしようかなぁ……困ったなぁ……。』って。
何故か笑っていましたけど。」
「渋ってないし!!というか、私信用されてないし!!あのアホ鬼!!」
アイツは絶対、私が火種を撒いて帰って来る事を期待してる!
「まぁまぁ、落ち着いてくださいな。
始まった事にケチを付けても仕方ありませんよ?」

確かに……ここでゴネたって何の解決にもならない。
早々に結果を出して、こんな生活終わらせる方がみんな得する……。


「……離せ。もう暴れたりしないから。」
「――わかりました。」


聖が手を放した腕を振る。変に力を入れたせいで関節の感覚が変になってしまった。
この怪力女め……。勇儀みたいにすぐ力で訴えて。痣になったらどうするんだよ。。。

「あら、ブンブン腕を振り回して。元気が余ってるようですね。
――そうだわ!今日は良い天気ですし、預かっているお墓のお掃除を徹底的にしましょう!」



え?



「え……いや、違……。」
「善は急げです!
星ー!ムラサー!みなさーーーん、今日はお墓のお掃除ですよぉぉぉぉぉ!!」





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





結局、聖のいう大掃除をする事になった。
内容は命蓮寺で預かっている墓地の整備。
……預かっているというより、封印が解けた聖はすぐさま強引にこの場所に寺を立てて、その土地代がわりに墓地を管理しているらしい。


……ホントに聖は何を考えているのか分からない。


しかし、傍目では綺麗に見えるものの墓石を近くで見れば、雨風で泥に汚れ、石の隙間から細かい雑草が生えている。
「それではみなさん!先人の敬意を忘れずに、しっかりお掃除するんですよ!」
「「「はい!!」」」
色んな掃除用具を背中や腰に差し、フル装備の命蓮寺メンバーが張り切って墓地に駆け込んでいく。

……どうしてアイツ等は、あんなにもテンションが高いのか。





「……パルスィが余計な事するから。」



あの謎のテンションについて行けずに取り残された旧地獄の地底妖怪、封獣ぬえが悪態をついてくる。
「私のせいじゃないだろ!???」
「居候って肩身が狭いんだよねぇ……こういうイベントに遭遇すると拒否権なんてないから、隠れたり外出とかして避けて暮らしてたのに不意打ちで来るとか。
パルスィってホント昔からトラブルメーカーだよねぇ……。」
「居候なら働けよ!」
元々、数ある地獄施設の一管理者だったぬえは以前起こった異変の時に、村紗が封印されていた聖輦船に乗って地上へ脱出する際に加担し、それをさとりに咎められしまい、任されていた役職を解かれてしまった。
地底に居場所がなくなったぬえは、いつの間にか地底にいた頃から仲の良かった村紗のいる命蓮寺に転がり込んでいたのだ。
「この寺、働いても働かなくてもご飯出るし。まぁ精進料理だけど。
……でもさ、どっちにしろ出るなら働かない方に精出すでしょ??」
目を輝かせながら何を言ってるんだよコイツは!!
「お前に精進料理を食う資格なんてない!!」
「えー!どうしてさー!どっちかっていうと昔から何の進歩の無いアンタの方が資格ないわよ!
ご飯与えるだけ無ー駄ー無ー駄ー!」

このおんなぁぁぁぁぁッッッ!!

「空へ上がれよ天邪鬼!心ごと潰してやる!」
「ハッ!!ヘタレのアンタが私に勝てると思ってんの!?」

両手で取っ組み合いしながらぬえを睨みつける。
こいつは昔からそうだ!ずっとずっと私を見下して!!今日こそ決着をつけてやる!





「まぁまぁパルさんもぬえさんも。ここはみんなでお掃除しましょう。」



私とぬえの間に割って入ったのは、命蓮寺のメンバーの様にフル装備したこいしだった。

「……なんでこいしまでいるんだよ……。」
怒り心頭になりながら見る私達に対して動じもせずに、にかーっと笑うこいし。


ほんと、こいつの笑顔は反則だ。無邪気すぎる。


すっかり怒気を抜かれた私達は組み合った手を解き、膝を折って彼女と視線の高さを合わせる。
「…また無意識を使って地上でお散歩か?こいし。」
「ううん、違うの。
この間、地霊殿に聖さんが来てたんだけどね、お話してたら無意識の力に興味があるって言ってくれてね、いつでもお寺に遊びに来ていいって言ってたから、今日来たの。」
満面の笑顔で言う。
こいしとぬえを見て、思わず溜め息が出てしまった。
「……これ、私が地上で生活やる意味あるの?」
地底の住人がもう既に二人、地上に出てるし……。私、意味ないじゃん。
こいつらにモニターやってもらえばいいじゃん…。

肩をガックリ落した私を見てケタケタ笑うぬえ。
「いやー、私はノーカウントよ?パルスィ。
正体不明が私の本質だし。
それがおおっぴらになったら存在意義を失ってしまうもの。」
「パルさん、私もダメだよ。無意識で漂ってるだけだから参考になんてならないよ?」
こいしは持っていた雑巾を私の手に押し付ける。
「パルさんが頑張るの。
頑張って、みんなに見てもらうの。パルさんはホントは凄いってところを。」
「こいし……。」



「お掃除が凄くできるところを見てもらうの。」
「………そっちかよ。」





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





仕方なく、私は聖と一緒に掃除をする事にした。
墓地の掃除といっても何をやっていいかも分からないので誰かに教えてもらわなければならないし。
……まだ来てから日が浅い私は寺の者達とは馴染めていない。
ホントは村紗の所に行きたかったが、どうせぬえが居るだろう……。
地底に居た頃から妙に仲良いんだよな……あいつら……妬ましい。





「どうして人は墓を建てるのか。
分かりますか?パルスィ。」
道に生えている硬い雑草をぷちぷち捻っていると、唐突に聖が問いかけてきた。
「さぁ…。昔からの風習でやってるだけなんじゃないのか?」
こちらを見ずに、布で石碑を磨きながら聖は言う。
「……墓は世に生きた者達の終着点。
今を生きる者は死の先を知りません。だから想像します。

一つ、天国がある。地獄がある。輪廻があり転生する。それを繰り返し、生物としてこの世界で永遠に生き続ける。
二つ、肉体を地へと帰し、俗世で生きるという試練を経た魂は神の眷属となり、この世界を永遠に見守り続ける。
三つ、いつしかこの世界に還る為に、魂の器である肉体をこの世に保管し続ける為に棺の中に骸を遺す。

死の概念は風土によって様々です。
ですが共通して言えるのは、必ず訪れる死を恐れるのではなく、次なる生の為に安らかなる死を求める事。それが信仰の根たる教えです。」
雑草を手で引き抜きながら私は黙って聞く。
「墓を立てる事は死者に対する敬意と、知らぬ世界へ旅立った者の生を想い返し、今なお故人と繋がっていると認識する為の標です。」

分かる話だ。
死は切り離すことの出来ない生きる者の末路。
愛した者も、仲の良い者とも否応無しに別れさせられる。
だから誤魔化す。死は無慈悲な別れなどではなく、次の生に繋がる尊い過程だと。

そうでなければ、死に向かって生きる事を約束された人生など、恐怖そのものだ。





「――でも、私は死ぬ事が怖かった。」
ふと一言、呟いた聖。
見ると、墓石にもたれ掛かる様に動きが止まっていた。
「聖……どうした?」
かすかに、震えている。
「人であった頃の私は傲慢でした。
弟と共に僧をし、人を導いていた。
その行いを繰り返す度、私は人では無いと思い始めました。」
「どういう意味だよ?」
「俗世とは無縁だと思っていたのです。
あの頃は欲が起こした戦が横行していました。
貧困にあえぎ、犯罪に手を染める者も多かった。

だからこそ、信仰が必要だと信じていました。
我欲に塗れる事無く、他者を思いやり善行を重んじる世界を築けば、皆が救われると。
それを行う私達は、神の代理人であると勘違いをしました。」

再び、墓石を拭く作業に戻る聖。
……心なしか、それは慈しむ様に、撫でる様な動きにも見える。

「……私の弟は、殺されました。
誰かは分かりませんが、寺から町へ向かう山道で無数の矢傷を負って。
それだけでなく、骸は動物達に啄ばまれ、ほとんど人の形を残していませんでした。
――これが仏に仕える者の末路だと思うと、恐ろしくて堪りませんでした。

当時は仏教を快く思わない者が多かった。
中でも朝廷の息が掛かった権力者達はその後、寺院・仏閣を支配下におこうと、圧力を掛けていきました。逆らう高僧達は悉く……。」
「見せしめに殺された、と。」
「私は逃げました。
無残な死に方では成仏できない。弟や仲間たちが報われない。
次第に私の心は死への恐怖に染まっていきました。

どうしても生き永らえたい。
私はあらゆるものを研究しました。体得した魔法もそうですが、陰陽術、呪術、神仙術。人の仕組みや構造はもちろん、妖怪や神をも。

……それが行き過ぎて、魔界に封印されてしまったのですけどね。」

笑いながらこちらを振り向いた聖。
でも、表情の内側から複雑な念を感じた。後悔でも未練とも違う……。


これは――。


「……どうして私に懺悔紛いの事をする?
どうして私に告白した?」
私とは旧知の仲という訳でもないだろうに。
「……言わなければ、伝わらないのですよ。パルスィ。
どんな相手だって、言葉に想いを乗せて発しなければ心に響かない。
分かって貰えていると勘違いし、冷たくあしらわれていると思い込み、自分を追い詰めない様に。」
「……理解してもらいたい事なんて、何一つないよ……。」

私はどうしようもない奴だから。

「放っておいて欲しい位だ。。。」
「そうですか……。」





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





寺の方から行ってきた掃除も終わりに近づき、反対側の入り口が見えた。
「もう一息ですよ、パルスィ。頑張って。」
聖に励まされながら何とかやってきたが、いい加減腰が痛い。

明日は腰が立たないんだろうなぁ……。

空に向かって手を伸ばし、しっかり腰を伸ばす。



ん?



ずっと屈んでいたので気づかなかったが。
入り口付近の一角に、3メートルはあるだろう厳かで巨大な石碑の前に背を向けて佇む霊。
命蓮寺で一番背の高い寅丸星と比べても劣らぬ長身と体格だが、下半身は足の形を留めておらず、魂の様に白く尾の様になっていた。
薄い緑色のショートヘアをなびかせながら墓地の入り口に顔を向けている。

微動だにせず、しかし、何を見ている訳でもないらしい。


しかし、見れば見るほど、心が高鳴る。
あれは……橋姫が好む感情を持っている。



――地縛霊――



果てぬ未練を抱え、未だ現世に留まり続ける霊だ。
……まぁ、ここは幻想郷。霊の一体や二体いてもおかしくは無い。



「聖、あの大きな石碑は何だ?」
私は刈った雑草をちまちま箒で集めている聖に尋ねた。
「あぁ、あれは昔、戦や疫病などで身元が分からぬ死者を供養するために使われた石碑です。大きく目立ちますが、誰とも知らぬ人が大勢供養される、名を刻まれることの無い墓標ですね。」
「不特定多数の墓ってわけか。」
「ほとんどは他所から来た身受けの無い旅人が供養されます。」
「じゃああれはその石碑を護る守護霊って事か。高尚な霊も居たもんだなぁ。」
……それとも死んだ事に納得できず、知己な人物が通ることを待つ霊か。



「……霊?どこにいるんですか?」



聖が探しものをする様に額に手を当てキョロキョロしている。
「どこにいるって、あの大きな墓の前に佇んでるじゃないか。」
「えぇ?いませんよ?そんな目立つところに居たら分かりますし。
……あ、からかってるんですね?パルスィ?」
ゾクリと、命の危険を感じた私は聖に対して身構える。

ポイっと箒を放り捨てて、右手が頭の上に位置し、振りかぶる体制に入りながら摺り足でジリジリ私に迫ってくる。

「なななな何する気さ、聖!??」
「ダメですねーパルスィー、嘘吐きはメーでしょ??」

気持ち悪いくらいの良い笑顔!

あれは初めて聖と出会った時にされた、身体強化術を上乗せして放つ死ぬほど痛い張り手。
聖はお茶目でやってるつもりだけど、喰らったらガチ泣き確定だ。

「嘘じゃない嘘じゃない!ほら今もいるもん!て……ちょッ!??」


ボッ!!


咄嗟に後ろに仰け反って、聖の腕は大砲が掠めたかの様な音を鳴らし空を切った。。。って、問答無用で振り下ろしてくるし!
『ボッ』って何だよ!とても素手で出る様な風きり音じゃないし……!
「やはり無い事を言い撒かれては困りますからねぇ。
妖怪寺と言われ、少し村の人達から敬遠されてるんです。嘘吐き妖怪は矯正しないと。」
「だから居るっていってるじゃん!」
「ん~。見えなくても居たら気配で分かるんですよ、私。敏感なんです。」
「鈍感だろ、あらゆる意味で。」
「失礼なことをいう子は……。」
「聞けよ人の話!!もう!!」
腕を振り上げる前に腕を掴み、ずかずかと霊の前に引き連れる。
そしておもいっきり指をさして、
「ほら!ここにいるだろ!」
「……?……分かりません。」
人差し指を口に当ててカワイ子ぶるな。
霊の方も反応もなく動いてないし、こんなに前で騒いでるのに無視かよ、こいつらの図々しさが妬ましい!!
「もう!ほら、こんなところに突っ立ってたら掃除の邪魔だろ!
あっちいけよ!」
私は怒りながら霊の肩を掴み墓から追い出す。



――つもりだったのに、霊の身体が掴めずに身体ごと奥へすり抜けてしまった。



ごちん。



勢いよく飛び掛った事と触る事ができない事の二つの要因が重なった結果、私は霊の背後にあった石碑に顔面から飛び込んでいってしまった。
手で鼻を押さえながら、地に打ち揚げた魚の様に身体を跳ねさせる。
「ひゃ……ひゃな……!いたひ……!!」
呻きながら地面を何度もひっくり返って、鼻が潰れる程の痛みをまぎらわす。
……ジタバタしてないと耐えられない!!
「な……何やってるんですか?パルスィ??」
こら!若干引き気味に言うな!!必死なんだよこっちは!!
もぅ、聖と一緒に居たら碌な目にあわない!!これから離れて暮らす!
ぬえみたいに見つからない様に暮らす!!もう決めた!!





(未練だけで漂っている思念の様な地縛霊だからな……どれだけ霊視に優れた者であっても、何の力の無い霊っていうのは見えないんだよ。)





聞き覚えのない声。痛みに堪えながら私は見上げた。
虚ろな瞳で私を睨みながら、霊は続けて口を開いた。
(なぜ眼を見開いている?驚いているのか?)
声……は声なんだけど、言葉が耳から入っていくんじゃなくて頭に直接入ってくる……心に響く感覚……?
(どちらかと言えば私の方が驚きだよ。亡霊になってから誰にも見られる事も知られる事も無く生きてきたのに。)
……未練の念を言葉に乗せて話している……言霊だ……。
(妖怪の様だな……。パルスィ……と言ったか?)
「……なんだよ、私の名前がどうかしたか?」
(ふふ……、パルスィは私の声が聞こえるのだな?)
変な奴……薄ら笑いをしながら私をずっと見ている……。
「人の名だけ知っておいて……お前は何て言うんだよ。」
(私か…?)

(私は…蘇我屠自古という。聖君・豊聡耳神子に使える兵……の魂だ。)
一呼吸置いてから、霊は名乗った。若干、遠くを見る様な瞳をしながら。

「そがとじこ……?それと、とよ…さ……?誰だよそれは。」
私の言葉を聞いた屠自古は、がっくり肩を落として憐れむ様に見てくる。
(……何だ知らんのか。学の無いやつだ。)
「だッッ!?誰が学が無いって!??」

殴り倒してやろうと腕を振るうが、やはり触れられないらしく身体を通り抜ける。
(…お前はさっきも私に触れようとして顔を打っただろう。。。バカだなぁ。
ホントに頭の悪い奴……。)
目の前の霊から、プッと息のもれる音が聞こえた……。
「うううううるさい黙れこのダイコン足!!」
「ちょっと、落ち着いてくださいパルスィ!!」
暴れる私を後ろから慌てて羽交い絞めにする聖。
「放せ聖!殴る!!絶対コイツ殴る!!」
「分かった!分かりましたから!貴女は嘘をついていません!います!ここに幽霊はいますから!」
「もうそんな事どうでもいいんだよ!放せってば!!」
「私が悪かったんです!慣れない地上の生活に多大な疲労とストレスが溜まっていたのに配慮を怠ってしまいました!さ、寺に帰って休みましょう!?ね!!」
「ち……違うし!幻覚じゃないしぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





「……で、お前は何でそんなところにずぅーっと突っ立ってるんだよ。」

10分ほど聖と擦った揉んだをしてようやく落ち着きを取り戻した私は、聖に霊と会話をしてみて欲しいと言われたので、とりあえずバカみたいに立ち尽くしている理由を聞いた。

(……なんとなく。)
「は?」
(なんとなくここがいいなぁ……って。)
呆けた表情で呟く屠自古。
「お……お前、人をバカ呼ばわりしておいて!『なんとなく』って何だよ!!バカはお前じゃないか!!」
(仕方ないだろ……そういうもんなんだから、地縛霊っていうのは……。)
……なんか話し甲斐の無い奴だなぁ……。
「……ここに惹かれたっていうのは、この石碑の下にお前の身体があるとか、そういう事じゃないのか?」
(違うなぁ……もう私の身体は無いし。こんな場所知らないし……。)
「じゃあその、とよさとみみのみこ、とかいう奴がこの石碑に……。」
(……太子は皇族だ。こんなへんぴな所に身体を埋める訳が無い。『聖君』だと言っただろ。少しは考えろ、バカ。)

ムカッッッ!!
こいつ、こいつは絶対許さない!
右手に力を込める。パリパリという音を鳴らしながら手が緑色に発光する。

「パルスィ!暴力はいけません!」
聖は咄嗟に後ろに張付いて私の動きを制する。
「暴力ばっかり振るう僧侶に言われたくない!
こいつはさっきからバカバカと!もう我慢できない!!放せよ聖!!」
橋姫は嫉妬と未練の妖怪だ!
私の妖力なら少なからず波長が合うはずだから、精神的にダメージを与えられる!
この惚けた魂の心を弄って嫌というほど狂わせてやる!


バチィ!!
(うぉぁぁ!!)


撃ち込んだ瞬間、碧い電撃が屠自古を纏った。
抵抗できずに身体を痙攣させている。


ふん!私を馬鹿にするから――!

(おぉ、なんだこれ……力が溢れてくるぞ……?)



……あれ?


おかしい!?手ごたえはあったのに!!?

「……パルスィ、どうしました?手先から不自然に妖力が無くなったみたいですけど?」
「くそ!もう一回!!」
もう一度力を込める。ありったけだ!


バチュン!!
(おおぅ!?)


こ……今度は…?


(……すこぶる爽快になってきた!こんな気分は幽霊になってから初めてだ!!)

「あれぇ…?なんでぇ…?」
力を失った右手をまじまじ見つめても……答えなんて出ないけど……何かもう疲れてきた……。

突然おでこにヒタッと手を当てられた。聖の手か。
冷たくて気持ち良い。。。
「…うーん、妖力が減ってますね。
もしかして、吸われてるんじゃないですか?」
「吸われてるって……?」
「波長を合わせて撃ったんですよね?
未練という想いを乗せて攻撃しても、地縛霊はいわばそのエネルギーの塊です。
火に火を掛け合わせるようなものですよ?」

え、そういうものなの?

(ブッ!!やっぱりバカだ!バカパルスィうはははは!!)
うぅぅぅぅ!!
もう泣きそう!何でやりたくもない掃除してバカ呼ばわりされなきゃいけないの!??
もうやだ!何もかもいやだ!!
「も、もう帰る!!」
「ちょ、ちょっと待ってください!帰るなら掃除道具を持って帰ってください!」
「そんなもんお前が持って帰れ、聖!私はもう知らな――ッ!?」

バッチィン!!



「……後片付けの出来ない子はメーでしょ?」
「ぐぅぅぅ……はいぃぃぃ……。」

聖の……平手が……背中に……ぃ…。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



あぁ、もう今日は散々だ……。
したくも無い掃除に借り出されるし、地縛霊に馬鹿にされるし、聖に思いっきり叩かれるし…。
力が抜けてるから掃除道具も重たく感じる…。
「パルスィ、元気出してください!そんな事じゃ幸せは訪れませんよ!?」
「今日、私が不幸なのは八割方お前のせいだろうが……!!」
「おいしいご飯が待ってます!」
「味気ない精進料理だろうが……。」
聖は一人でワイワイ喋っているが、私はそれっきり無言で黙々と寺に向かって歩く。
もう話もしたくない。無駄な体力を消費したくない。
これ以上口を開くと碌な事が無い気がする……。


(おい、せっかくお前を思って話かけてるんだろうに、この尼さん。
全く礼儀も思いやりも知らないバカだなぁ。)


……なんでついて来てるんだよこいつは!!!
睨み付けてやりたいが、どうせからかわれるのが目に見えている!
こういう奴は無視だ無視!
振り向いたら絶対付きまとわれる……気がする!


(無視するなよー。バカにしたのは謝るからさー。)
「無視しないでくださいよー。叩いた事は謝りますからー。」
(なー。こっち向いてくれよパルスィ~。)
「こっち向いてくださいよパルスィ~。」

「うるさい!二人して懇願するな!!」
なんだよこいつら!口裏合わせた様に同じ事を!!

「え?ついて来てるんですか?その幽霊さんは?」
「いるよ…お前の頭上に。」
「えー、何も感じません。」
「鈍感女は黙っていろ。
――おい、屠自古。お前はなんでついて来るんだよ……。」
指を向けてなじった。からかい相手でもできて嬉しいのか…。
(なんでついて来るのかって……そりゃあ、お前は私が見えるからだよ。
こういうのってさ、運命めいたものを感じないか?)


う……目を輝かせてる。。。
「感じるか!運悪く犬のフンでも踏んだ心地だよ!!」
(おい!クソ呼ばわりは酷いだろう!?)
「パルスィ!そんな言葉を相手に放ってはいけません!」
「うるさいよ!あと聖は黙ってろ!!」
(はん!そういう言い方をするならこちらにも考えがあるぞ!
これからずっとお前に取り憑いて騒ぎまくってやる!!
夢枕にも立ってやる!!お前じゃ祓う事もできないからなー!
いびり倒してやる!)
こ、コイツ…自分の境遇を利用して……!!
(ほらー!謝らなきゃ取り憑いちゃうぞー!
ど・う・す・るー、パ・ル・ス・ィ-♪)
「ぐ……ぎぎ…!!」
このけたたましいアホに叫ばれ続けたら、こちらの精神が耐えれない…!でもこいつの相手をしては、一人暴れている様に見えて周囲に変人扱いされる……ううううううううう!!!!
「……よ、要求は!!」
(へ?)
「さっき言った事は取り消す、謝る!
けど、このままお前に取り憑かれたら私が変に思われる!独り言をぶちぶち言ってて頭がおかしいとか思われるのは嫌だ!!」
「そうですねぇ、元気が良いのは結構ですが、一人で騒ぐ妖怪がお寺にいるという噂が出るのはちょっと……。」
「いちいち会話に入ってこなくていいんだよ、お前はッ!
屠自古、何をすれば私から離れてくれるんだ!??」
(えー。長い霊生活でようやく話し相手が見つかったのに。寂しいから一緒にいたい。)
「だったら!
さっきの墓の場所に行くから!会いに行くから纏わり憑くな!」
(そうか…。じゃあ毎日な。)
「ま……毎日!??」
(おう。毎日来い。
来なかったら寺に行く。)
「毎日は……さすがに……私にも都合ってものが。。。」
「毎日雑務が終わったら、寺の縁側でボーッとしてるじゃないですか。
大丈夫です。ちゃんと時間は作ってあげますよ。」
(おー、ヒマがあるんじゃないか。行ける行ける♪)
ひ、聖のアホォォォ!!どうしてそういう事言うんだよ!!
(今日は帰るからな!ちゃんと明日来いよな!)
そう言い残し、高笑いしながら飛んで帰ってしまった……。



あ……悪夢だ……。

唖然としている私にぽんぽんと肩を叩きながら、
「良かったですね!友達ができて!!」
「良くねぇよ!!このアホ坊主!!」
私は怒りに任せて持っていた桶を力いっぱい振って聖の頭を殴った。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



翌日、昼食を済ませた私はしぶしぶ屠自古のいる墓へ足を運んだ。
どうして私がこんな目に……あらゆる意味で足取りが重い。



辿り着けば、昨日と同じように遠くを眺めている屠自古。

(おぉ、来たかパ……ル……?
ど、どうした?何でそんな身体中包帯だらけに……。)
「言うな……思い出したくも無い…。」

殴った後すぐに聖とスペルカード戦になって、一度もスペルブレイクできずにボロ負けした事なんて……思い返しただけでも腹の立つ……。

(体調が悪いなら無理して来なくてもいいんだぞ。私がそっちに行けばいいだけの話なんだからな。)
「うるさい!来させない為に来てるんだよ!!」
(そういう言い方は辛いなー。傷ついちゃうなー。)
「いらないから、そんなのは!!」

うぎぎ、こいつの相手は疲れる!さっさと帰りたい!!

(まぁ、そんな顔をするな。可愛い顔が台無しだぞ?)
「可愛くなんて無い!」
(自分を卑下するなよー。)
「用が無いなら帰る!!」
足を引き摺りながら私は来た道を引き返す。今日は会うだけ会った。ちゃんと約束は果たしたのだ。さっさと帰って不貞寝してやる。
(ま、待て待て!落ち着けって!)
慌てた様に私を遮る屠自古。
(は、話をしよう!ほら、昨日の続きだ!私がここにいる理由を聞いてくれ!)
「知るか!そんなもん!」
(だから聞いて欲しいんだ!言って、少しスッキリしたいんだ!頼むよ!)
懇願する様な叫びをする……未練がましい奴は大概そうだ。他者から共感を得られれば多少気持ちが穏やかになる。
「……分かった。聞くよ。」
やむを得ず、私はその場に腰を下ろした。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



(私は生前、太子を守護する近衛兵だったんだ。)
私の隣に腰掛け…といっても腰は浮いているが、並びながら言葉を紡ぐ屠自古。
(政務、行事、食事をする時でも常に傍にお仕えし、いつ来るやも知れぬ外敵を払うのを役割としていたんだ。)
「聖君とやらの側近で生前はよっぽど出来る奴だったと言いたいわけだ。ふん、妬ましい。」
(そんなんじゃない。家柄だ。
蘇我家は代々、太子の一族を支える事を使命としている一族だからな。
実力があろうと無かろうと、蘇我に生まれた者はそういう生き方しか許されない。)
生まれた時点で自分の生き方を決められているのか……。
「嫌じゃなかったのか?自分の意思を無視された人生なんて…。」
(当時はそれが当たり前だったからな。
けど、私はその運命に対して不満など無かった。太子は聡明な方で、私に生きている理由と価値を与えてくれた。本当に素晴らしい方だった。
太子は私を大層愛でて下さった。私も許されるなら……なんてな、あはははは!!)

……ベタ惚れじゃないか、妬ましい……。

(けれど、あの人は身体が弱くてなぁ。。。
いつも激務に追われ、床に伏せながら仕事をこなす事もしばしばあった。)
徐々に屠自古の表情が陰りだす。
(よく薬に頼っていたんだが……それが原因で身体を壊してしまったんだ。
それからあの人は弱くなってしまった。死ぬ恐怖に怯えながら衰弱していった……。
外敵なら護る自信はあったが……あれほど見ていて歯がゆかった事は無かった。

……ある日、中国から渡ってきたという仙人が太子に謁見を申し込んできたんだ。
培った知恵と技術を以って、仙人となり永久の生命を得る秘術を知っていると言って。
私は信じていなかったが太子は大層お喜びになられてな……進められて、私にも術を施してもらった。
――けれど、その行為が周囲にバレてしまって。外法だと言い、反発した者達が術で眠ったままの太子を墓ごと封印してしまい、気付けば私も身体だけ無くしてこのザマだ。)
「失敗したのか……?」
(そうだろうなぁ……。私は結局死んでしまっているわけだし。
でもな、不思議と感じるんだ……。あの人の心を。
もしかすると太子は私の所に戻ってきてくれるんじゃないかって…。
……そんな想いが心につっかえてるんだ。)

初めて見た、佇んでいた時と同じ。
遠い目をしながら、屠自古は言った。

きっと、自分の一部分みたいに一緒にいるのが当たり前で。
取り替えられないくらいに、手放したくなかった相手。

そこまで想える相手が心の中にいるなんて、羨ましい。。。

「そうか……本当に大切な人だったんだな……。」
(触れる事もできない身体だけど、最後に太子の墓くらい見つけてあげたいんだ。
ひっそりと、誰とも知られずと言うのは寂し過ぎるから…さ。)



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



(ありがとうな、パルスィ。話を聞いてくれて。)
話を聞いていただけなのに、周囲は赤みを帯びた陽光に染まってしまった。
日没になるまでに帰らないと食いっぱぐれる。命蓮寺は夕飯が早い。
「らしくもない。お前が礼なんて。」
(感謝してるよ。人に聞いてもらえるって言うだけで心がスッと落ちつくものなんだなぁ。)

本当に満足そうな顔をしている。

「どうせ私にはやる事が無いんだ。聞くだけならいくらでも聞くよ。」
(本当か?それは嬉しいなぁ……。)
赤らめた頬を隠すように手で覆う屠自古。
「……何を恥らってるんだよ。」
(こういう気持ちになるのも久しぶりすぎてな……思わず顔に出てしまうな。)

……。

「やっぱり、羨ましいな。」
(え?)
「そうやって思った事をそのまま相手に表現できるって、羨ましいと思っただけだよ。」
(そんなものか?お前だってよく怒ったりしてるじゃないか。)
「笑ったり、喜んだりするのは無縁だよ、私には。」
(似たようなものだと思うけどなぁ。)
「私がそう感じただけの話よ。今言ったのは忘れて欲しい。」
(お、おぅ?)

「それじゃ。また明日。」
そう言い残して、私は寺の方に向かって飛んだ。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





食事を終えた私は暫く、縁側に座りながら屠自古のいる方へ目をやった。

遥か昔に身体を無くし、ずっと主君の事を想い続けた亡霊、か。
誰とも触れ合うことも出来ず、ただその一念だけで生きているという事だけ聞けばロマンチックに思える


(感謝してるよ。人に聞いてもらえるって言うだけで心がスッと落ちつくものなんだなぁ。)


あの言葉が、今でも心の中で反芻している。

私は。
屠自古と違って触れ合える。
他者と話し合う事だって出来る。


なのに。





――(貴女を卑下してるわけじゃないんです!お願いだから、聞いてください、パルスィ!)――
――(捨てるはずが無いでしょう!?勇儀さん達に媚を売った訳でも気移りした訳でもない!決して!だから……!)――
――(わ、私は……貴女の事を想って……それだけなのに……どうして分かってくれないんですか……。)――
――(……貴女の様な自分勝手な分からず屋なんて……知らない!顔も見たくない!!)――
――(もう近寄らないで……もし勝手に私の目の前に出てきたら……今度こそ貴女の心を……)――





私は…どうして分かり合えなかった?
……なぜ話し合えなかった?

ずっと、心に刺さっている後悔の思い出が。
楽しそうな奴を見ていると自動的に思い出される。


「こんなの……ただの未練だ……。」


もう…終わった事なんだ……。無くしたものをいまさら欲したって……なんにもならない……。
疼く自分の左胸をわし掴みながら、空から半端に照らす半月を眺めた。





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



それから私は毎日、屠自古のところへ足を運んでは話を聞いたり、妖力を与えたりして日々を過ごした。
彼女の話は聞いていて楽しく思う。……旧友の悪口話が多かったが。

日を追う毎にまんざらでもない感じになり、もはや私には外せぬ日課になっていた。
寺でボーッとしている頃と比べれば有意義に感じる程度だが。
聖は言った通り、雑務を減らしてくれて屠自古と会う時間を作ってくれた。
というより、私が抜けた分はぬえに代わりをさせていた。良い気味だ。


そんな生活が、1ヶ月程続いた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「屠自古……おい屠自古!!」
(……んん?)
人目をはばからず眼を擦り、大きなあくびをして……こら、身体中を掻くな、女だろお前は……。
(あぁ、よく寝た…もう朝か。)
「地縛霊が眠りこけて……いつから寝てたんだよ……。」
(あー、パルスィと別れてすぐかな……起きていたってやることないし、腹も減らんからなぁ。なかなか霊というのは便利にできているものだ。)

呆れた……。そんな怠惰な生活が許されるのか……。

(それよりパルスィ。前みたいに妖力を与えてくれよ。
あれをやってくれると元気になるんだ。)
「……また未練の気持ちを増幅させるのか?」
(いいじゃないか、減るもんじゃないんだから。
私がそういう気持ちを高まらせれば、お前の妖力の源になるんだろう?
クリーンな食物連鎖じゃないか!)
「……お前にいい様に使われてる感じがして嫌だし、疲れるんだよあれは。」
(そういうなよー。無害な亡霊だぞー?)
「どこが無害なんだよ……うるさいし、約束破って枕に立とうとするし…。」
(寂しかったんだよー。)
「黙れ。」
悪態を付きながらも私は右手に力を込めた。
ただ妖力を充てるだけでなく、地縛霊の糧になる様なエネルギーを捻出する。

バチンッ!!

回数をこなす内に、ロスを減らせばあまり力を出さずとも屠自古に力を注げる事が分かった。
……まぁ、力のコントロールする練習台になってくれてると思えば……得かな。

(今日はいつも以上に力が湧いてくる!
日に日に上手になっているなぁ!関心関心!)
「褒めたって何にもくれないくせに。」
(あげれるものならあげたいんだけどなぁー。)
「全く、くれるのは減らず口ばかりだ。」
いつも偉そうで、上から目線で。。。



でも。



初めの頃とは違って、腹が立つ事が無い。
私に普通に接してくれる。それ以上に頼ってくれている。
地底でもはみ出し者だった私と、話をしたいと言ってくれている。



「いつも、ありがとう。」
(え?)

思わず声に出てしまった。
久方ぶりだ。こんなに心が弾む想いは。



そっか。

……嬉しいんだな。私は。



(いきなり礼だなんて……どうした?いつもと違ってえらく上機嫌じゃないか。)
「うん……。どうしてだろう……言っておかなきゃって思って。」
(パルスィ…?)
「私はただ、期限付きで地上にいる妖怪だから。
……ある日突然、地底に還される事になったらどうしようかなって……。
そうなったら会えなくなるから今言っておきたかった。
ありがとう。私なんかを頼ってくれて。」
(こ、こちらこそありがとうな。。。いつも私のところへ来てくれて。。。)
「もし、私が地底に戻されて……地上と地底の交流がうまくいって再び地上に出る事ができたら……また会いに来ても良いかな……?」
(良いも何も、大歓迎だよ!私達、友達だろう!?)
「友達……?」





(あ、あれ?私、変な事言った?
……おーい、パルスィ?固まっちゃって、どうしたんだー?)

――友達……か……。

「そっか。私達は友達になってたんだね。嬉しいな……。」
(まぁ……私が一方的に来いって言ってるだけだったな……。)
認めてくれていたんだ……私の事……。

永い間、ずっと独りだったけど。
やっと、私を欲してくれている者を見つけた。
嬉しい。

とても、嬉しいなぁ。

(本当に……私のところに来てくれるのか?)
「うん。行けるなら、行くよ。お前とできた絆を大事にしたいんだ。」
(絆かぁ……。いい言葉だなぁ……。
うん、私もお前との絆を大事にしたいな。)
「じゃあ約束。げんまんはできないけど。」
(あぁ、これからもよろしく!)

そして私達は互いに笑った。

嫌だったと思っていた地上生活だったけど。
来て良かったと、心の底から思えた瞬間だった。





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





いつも座っている縁側で夕涼みをしながら屠自古のいる方に目を向けた。
明日も今日の様に屠自古と話をして一日を過ごすのだろう。
いつもと同じ生活なのに、明日が楽しみで仕方ない。こんな考えをするのは初めてかもしれない。思わず笑みがこぼれてしまう。


「ん~?なにニタニタしてんのよ?」


……あーあ。折角良い気分だったのに。全く……。


「別にいいだろ、それよりちゃんと仕事してるの?ぬえ?」
「ちゃんとやってますぅー。パルスィよりちゃんとできてますぅー。」
「そりゃ結構。しっかりやりなよ。」
「つーか、アンタもちょっとは寺の手伝いしなよ!
もう私の身体ガタガタよ!星のヤツ、私をコキ使いすぎ!」
「頼られるって事じゃないか。妬ましい。」
「嬉しくないし!明日から手伝え!!約束しろ!!」
「うるさいな。私は………ん……?」



突然、心がざわつく。
なに……この感覚は……。空から……?



素足のまま、私は庭を出て私は空を眺めた。
いつも通り、月の出ている空だけど……。

よく分からないものが……押し寄せてくる?

寺に向かって何か、力の波みたいなものを感じた。





ざぁぁぁぁぁ……。





突然、空が真っ白い波が覆った。速いスピードで私の頭上を駆け抜けるように。
雲じゃない。一つ一つ、思念を感じる……。
「どうしたのパルスィ、裸足で庭に出たりして……ッ!?」
同じように出てきたぬえは空を見て息を呑んだ。
「なんだいありゃあ……白い波みたいなものが空に……。」

「けど、どこかに向かって行ってる様に見えるね。」
ぬえの呟きに、いつの間にやら縁側に屈みこみながら答える村紗。
「あれは……霊かな?にしても、一体一体に厳かな風体を感じるなぁ……。
向かっているのは墓地の方……?」
「アンタ舟幽霊だったわね。そういうのには敏感なの?」
「幽霊同士、波長が合うってだけよ。別段、あの波に流れたいって気は起きないわね。」
「けど、あれは尋常じゃないわよ、村紗。何か起きている……?」


二人のやり取りを聞きながら、霊の向かう方を見つめる。
確かに墓地の方に集まっている。


こちらとは反対側の……入り口の方……。










屠自古?










彼女の顔が過ぎった。










その後、私の身体に震えと寒気が全身を襲った。
動悸が激しくなる。
不安が止まらない。





「……屠自古!!」
心配で堪らなかった。あの群集に飲み込まれているのではないかと。

墓地に飛び出す私だったが、右腕を掴まれ勢いを殺される。
「離せよ、ぬえ!私は行かなきゃならないんだ!!」
また気紛れで邪魔をして!コイツは!!

振り向き様に睨みつけるが、視界に入ったぬえは苦い表情をしていた。
「離す?冗談じゃない!!
アンタは今、地底の代表でここにいるって事を忘れたの!?
取り決めで地上の生活を許可されているけど、地底の妖怪を疎んでる地上の妖怪だってごまんといる!
あんな異変の中に入ってしまったら、地底と地上の交流を阻む理由と難癖を付けられるわ!」
「うるさい!!お前に関係ないだろ!!」
「ええそうよ!!私には関係ない!!そんな交流知った事じゃないわ!!
――けど、アンタはまた一人で突っ走って、さとり達に迷惑を掛ける気なの!?」
「……ッ!!」





言い負かされるのは悔しいけど……言い返せなかった。

ぬえの言う通りだ。
今の私は代表として地上にいるんだ。
そんな私が身勝手を起こせば当然、地底の皆に迷惑が掛かってしまう。



でも。



「屠自古が……心配なんだ……。巻き込まれていないか……怖くて……。」



いくら見えない幽霊だといっても、あれだけ強力な霊が津波の様に動いている。霊体同士、飲み込まれてしまう可能性がある。下手をすると力の無い屠自古では霊障に耐え切れずバラバラになりかねない。

手が震えていた。どちらを選んでも後悔が襲い掛かってきそうで。
このまま向かえば、この異変に地底の妖怪が絡んでいるという噂が流れる可能性。
このまま留まれば、屠自古が巻き込まれいなくなってしまうかもしれない可能性。



選べというのか。
地底の安全か、彼女の安否を。





「……私も行く。何かあれば私のせいにすればいいよ。」
「ぬえ……?」
「……地底から抜け出たはみ出し者だからね、私は。
そっちの方がダメージ少ないでしょ…?」

気づけばぬえは、はにかんでいた。
いつも毛嫌いしている私に向かって。

「……お前の言葉は嬉しいけど……。
そういう訳にはいかない……今のお前は命蓮寺の一員だろう。
村紗達にも迷惑を掛けるわけにはいかない。
お前が作った仲間の絆だ。大事にするべきだよ。」
もし、親しい者と離れ離れになったとしたら、辛い思いをする。
「でも、それでアンタは納得できるの!?」
「それは……。」





「その通りです。貴女方二人を行かせる訳にはまいりません。」
突然、割って入る声。
背後を振り向くと、声を出した聖が星と並んで立っていた。
「私が行きます。
命蓮寺で預かっている墓地でこの異変。管理人の私が調査をする必要があります。
ですがこの状況、一人で行くには手が掛かる。
――パルスィ、私に手を貸してください。」
「聖……?」
「あれは神霊。古の人が死して魂となっても、なお神を崇め続け力を持ったもの。
ですが力の根源は、神を信じ続け報われなかった莫大な未練と怨念です。
橋姫になら、あれの本質を見極められるでしょう。
星、人間の里と寺の安全を頼みます。」
「分かりました、聖。
一度、里の様子を見に行きます。村紗は命蓮寺の守護を。
ぬえは私について来て下さい。」
星に呼ばれ、物言いたげな表情をしていたが、おずおずとついて行くぬえ。
残った村紗は自分の胸を叩き、笑って見せた。
「大丈夫。帰る場所は私が守るよ!」
それに答える様に外套を翻す。

「それでは行きましょう、パルスィ。屠自古さんの元へ。」





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





屠自古のところへ通う為、もう慣れた墓地だと思っていたけど……。

状態は最悪といっても過言じゃない。
霊が飛び回り、害が及びそうなまでに瘴気が蔓延している。

しかも、神霊達は気が立っているかの様にせわしなく動き回っている。
刺激を与えては戦闘になりかねない。なるべく低空で飛びながらゆっくりと墓地を抜けていく。
「……霊障が凄いですね……。ただ飛んでいるだけなのに若干身体に痺れを覚えます。普通の人間が当てられてしまったら気絶してしまうほどに強い……。パルスィは大丈夫ですか?」
「正体は未練から来る憎悪だよ……これは。私の糧の範囲内だ。問題ない。それより……!」
目をやった先、あの大きな石碑がある場所はさながら白い竜巻と化していた。
「……うぅ。」
ギリリと、歯を鳴らした。手遅れなんじゃないのか……あれじゃ……。
「パルスィ、急ぎましょう!」
聖に促される様に加速し、屠自古の居た石碑の前に降り立った


「屠自古…!!」


彼女のいた場所に着いた私は――絶句した。
おびただしい数の霊が、気を失った屠自古を取り巻いていた。
これじゃ、近づけない……!
迂闊に手を出して、暴れでもしたら――!?



(ようやく、復活される。)
(鍵となる寄り代が力を得た。)
(目覚める機会を得た。)
(ただ信じ、信じ抜いた故に、憐れに散った我々を。)
(奈落の絶望から救い出してくれる聖人が。)



この声は…。
霊達の未練の声だ…。
けど…。

「聖人って……何を言ってるんだ…?」
「!?……声が聞こえるのですか?」
「聞こえるって、喋っているじゃないか…。」

聖には霊が見えているのに、声は聞こえていないのか?

私と霊達を見比べ、神妙な面持ちで聞く聖。
「――パルスィ、あの者達は、何と言っているのか教えていただけませんか?」
「え、ああ。。。
寄り代が力を得て……
信じて死んだ自分達を、聖人が救い出してくれるって…。」
――それを聞いて、何か考え込んでいるようだけど……。





やがて聖の頭の中で答えが出たのか、ゆっくりと言葉を紡ぎだす。
「……。そういえば、言っていませんでしたね。
命蓮寺を此処に建てた理由を。」
「理由……?」
「命蓮寺は元々、村紗に委ねた聖輦船を仏閣に変えたものです。
あれは私が過去、魔術を研究している際に手に入れた強力な魔道具。
とはいえ、使い方といえば魔力をただ溜め込むだけの代物です。
それに術式を付加させ、舟幽霊である村紗の式という形をとり、船へ形を変えていただけの事。」
「あ…あの寺、村紗の船だったのか…。」

村紗が寺からあまり出歩かず、ヒマそうにしてるのはそういう事か……。

「誰もが自由に選ぶ信仰。ですが、決められる信仰は一つだけ。
異教同士では反発しあう。
信仰は神の糧です。生存競争で考えれば和を持つというのも次第では難しい事なのでしょうね。
早急に調べた結果、此処に封印されている神格は、少なくとも毘沙門天では無い事は分かりました。
しかし、その力は幻想郷のバランスを崩す程の力。
だから、星を代理として立てている毘沙門天の信仰心を寺という錨に変え、封印された神が目覚めぬ様、重石にしました。」


……何か分からないけど、得体の知れぬ神が此処にいる?


「けれど、時間稼ぎにしかならなかったようですね。
錨を振り切るだけの波風を得てしまった。
この神霊の数々。そして――

目的地の航路となるのが、屠自古さんなのでしょう。」



「どういう事……?どうして屠自古が!??
はっきり言ってよ、聖!!」
胸がざわつく。
イライラしているのか、不安なのか、分からないけど……。
「……あの巨大な墓石の正面。
今、霊の渦の中心のあの場所に、幻想郷を揺るがすほどに強大な力を持つ神格が封印された歪みがあるのです。

祀らう場所に崇めた霊がいる事は不自然ではありません。
ですが、貴女が言った屠自古さんの話が真実ならば。
……その歪みの向こうに、想い人がいるという事です。」

「じゃあ……屠自古は神の眷属だったっていうの……?」

「生きた人間が莫大な徳を経て神へと昇華される例はあります。
屠自古さんが人間であったなら、恐らくその方は人から神となったのでしょう。
そして、彼女の抱えた想いが、神の居場所を導くのだと思います。」


でも…。だって屠自古は死んだって。
永遠の命を得る事に失敗して……。





(……パル……スィ…………。)





身体が一瞬、震えた。
恐る恐る、声の方に目をやる。

虚ろな目で佇む屠自古。
でもその表情はいつかの様に、物静かに優しく、遠くを見ていた。
初めて出会った頃の様に。。。

けれど神霊達は私を警戒し、まるで守護するかの様に彼女を取り囲んでいる。

「屠自古!そっちに行ってはダメだ!私の所へ来い!!」
行ってしまったら、もう会えなくなる!
確証なんてないのに、心の中で確信している!
止めなきゃ……止めなきゃいけない!!



(……私は……行かなくちゃ……。
聞こえるんだ……。私が敬う太子の声が……。
……ようやく、還ってきてくれた……。)

「聞こえるわけ無いだろ!!お前が言ったんじゃないか!!
自分の愛した人は死んだって!!
死んだ人間が生き返るはず無い!!そんなの、ただの未練だ!!
お前が地縛霊になって今まで永らえたのはその想いがあるからなのは良く知ってる!
けど、そんな感傷だけで動いたって何の意味も無いんだ!!
終わった事を望んだって……何にも……。
……頼むから……聞いて……私の言う事を聞いてよ屠自古!」



私は心の底から叫んだ。
喉がカラカラになって、なかなか次の言葉が紡げぬ程。

でも……屠自古は動じない。
彼女の決意は揺るがなかった。縋った未練が漂う、あの微笑みを崩さない。



(…………ごめんな……パルスィ。
でもな……私は……懸けたいんだ……当たろうと外れようとも……きっと、これが私の最後の今生だ……。

……ホントは……ずっと辛かった……。
ずっと彷徨って……
でも、喚いても叫んでも誰も聞いてくれなくて……


……寂しかった……。


……これでダメだったらさ……素直に成仏するよ……。
……未練をきっぱり捨てて……。


……短い間だったけど……私は……お前と一緒にいられて……
本当に……幸せだったよ……パルスィ……。)



「やだ…行くな……屠自古……!!」



(……誰かと話ができるという事が……
……こんなにいいものだとは思いもしなかったよ……。
あの人は……ずっと苦しんでいた……。
人の話を……欲を……聞いて……軋轢に苦しんで……。)





ぱぁん。





乾いた音が墓場に響いた。

……屠自古と霊達が消え、代わりにその場所が光って……いや、光が漏れているのか?
彼女の背丈程の大きさをした光を放つ空間が現れていた。





(……私は……あの方が抱えた苦しみを……少しでも和らげたかった。
あの方を……お護りしたかった……。


我が名は……蘇我屠自古。


家の為でも……己の為でもなく……。
唯、我が主……。


聖君・豊聡耳神子が見る未来の糧と成す為に身命と魂魄を奉げる者……。)





――得体の知れないもので、危険だとか用心とか、そんな思考は私の中に無かった。
夢中だった。
彼女の声が途絶えた瞬間、私は自分の身を光の中に自ら投じた。





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





見たことも無い光景。
入ってみると眩むほど明るい場所ではなく、空間のあちらこちらにぼんやりと文字が輝き浮かんでいる。さながら聖の持つエア巻物の様に。



――感じる――
――屠自古の心が――



その方向に顔を向けると、その先は瞳に痛みを感じる程に白く光っているが、
次第に光度を失い、私の周囲に浮かぶ文字列が現れてくる。



――この文字が封印――
――彼女がここの封印を消滅させている――

――急がなければ――
――間に合わなくなる――



神と崇める程の存在が封印されるだけの力ある結界。
屠自古自身の力で解除しているとしたら、力尽き消滅する危険がある。



――薄くなっている――
――彼女の心が――力が――



「追いつく……追いつかなきゃダメだ!!」



弱気な自分に言い聞かせる様に呟いた直後、上方から白い波が襲い掛かってきた。
霊が、墓標を目指した神霊達がこちらを阻んでいく。
「どけよ……お前ら!!」
力を込め、目いっぱいに『グリーンアイドモンスター』を放つ。
碧く輝く龍が阻む霊を喰い散らかしていく。
真っ直ぐ、屠自古が攫われた方へ。
一刻も早く――。


「ぐッッ……!!」


肩に衝撃が奔り、堪えられず二、三度宙で身体を廻してしまう。
弾幕……正面から!?
私のスペルを喰らったはずの霊が、倒せていない!?

(阻むな、我々の願いを。)
(幾星月、待ち続けた我らの願いを。)
(浅ましき嫉妬の妖怪ごときが。)
(我らの栄光の灯火を消す事は許されない。)



障壁を展開するが、被弾の度に身体が強く響く。
何だよ…こいつらの強さは……!?



堪らずテレポートを使い後ろに下がるが、霊達は執拗にこちらに襲ってくる。
引いてる時間なんて無いのに……!!


バォゥゥゥ!!


突如、轟音とともに上方から虹色に輝く閃光。
霊達を飲み込み、轟音と共に薙ぎ払っていく。

「パルスィ!落ち着いて下さい!」
「聖か!」
私のカバーに入ってくれた!?
「肉体は無くとも、『神』を冠する霊なのです!
力押しでは向こうの数で押し切られてしまいます!
それに、探し当てる前に貴女がやられてしまっては何の意味も無いんですよ!?
私には屠自古さんが見えません!
――方向さえ指示してもらえれば、私が道を作ります!!」


(邪魔などさせぬ。)
(邪魔などさせぬ。)
(厄を抱えた妖怪に。)
(邪魔などさせぬ。)


……黙れ!黙れ!
私を厄介者にするな!
突然奪っておいて!
一方的に罵って!

「もたついてる暇なんて無いんだよ!もう……手遅れなんてごめんなんだ!!
通せよ…!!屠自古を……返せよぉぉぉ!!」

言った瞬間、四方から波のように押し寄せる弾幕。
凌ぐしかないと、再び障壁を張ろうとすると、聖は私を抱えて大きく下がる。





超人『聖白蓮』





聖が白光し、反転すると私ごと迫る弾幕に突っ込んだ。
まるで用意されたレールを走る様に高密度で襲い掛かる弾幕の隙間を綺麗にかいくぐる。
「パルスィ、屠自古さんは!??」
「このまま、右前方!!」
「凌ぐだけではこちらが持ちません!
こちらを纏う霊を振り切る一点突破で行きます!」
「分かった!」





花咲爺『シロの灰』
大魔法『魔人復誦』





向かう先にスペルを集中させる。
撃ち込んだ弾幕は桜を模した花弁を残し、その花道を駆け抜ける。
聖は道を阻む神霊達を貫く魔法で一掃させ、再び屠自古の方へ私はスペルを放つ。それを何度も繰り返しながら、私達は屠自古の所へ向かった。





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





霊を振り切り、奥へ進んでいくと建物らしきものが視界に入った。
古風な井出達をしているがバカでかく、その姿はさながら摩天楼の様。宙にいるこの場所では、天守も地表も見えない程に高い。

「パルスィ、屠自古さんはあの建物の中に?」
「多分……そうだと思う。」

――彼女の心が希薄になりすぎて確信が持てない――

「何だか……だんだん、分からなくなってきて……。」
「上層か下層か分かりませんか?」
聞かれて返事をしたいのだが、おのずと息が荒くなっていく。
……焦っている。心が平常に戻らない…。
悩んでる時間なんて無いけど……もし間違えて、時間切れになってしまったら……。
「下の様な気がする……けど……。」
怖い……自信が出ない…。
「もし……間違えていたら……私……。」



突如、聖が私を上に引っ張る。
下から札と弾幕が入り混じった攻撃が、私達を追う様に迫っていたのだ。
咄嗟にスペルを使い、私を抱えながら聖は弾幕を相殺していく。
「目覚めてみれば、墓荒らしか!おのれら!!」
白い導師服を着た……子どもか…!?
「なんだ、アイツは……人間?」
「……にしては、異質な雰囲気があります。先程のスペルを見た所、力のある陰陽師の類でしょうか?
しかし、『墓』と言いましたね、今。」
「うわ…!?」
不意に重力の感覚が…。あわててバランスを取り、宙に留まる。
聖は私を投げ捨てて、一直線で子どもの方へ向かっていった。
「やぁぁぁぁぁッッ!!」

ゴガン!!

「うおぉぉぁぁぁぁぁぁ……。。。。。。」

難なく弾幕をすり抜けられ懐に飛び込まれてしまい、慌てて対策を講じようとした子どもだったが、成す術も無く私達が来た方向へ聖に蹴飛ばされてしまった。
「パルスィ!あれの相手は私がします!
貴女は屠自古さんのところへ!」
聖が叫ぶ。
「けど、振り切った神霊達だって向かっているんだ!
聖一人じゃ……!
それに、どっちに行ったらいいのか……。」
「パルスィ、私の事は気にせず進んでください。此処まで来て悩む時間は勿体無い。
――心配せずとも、私は必ず貴女の元へ帰ります。」
「し……心配なんて……。」
「なら行きなさい。貴女が想う者の所へ。
向かうべきは下。
先程の者が下方から来たこと。そして魂は天に、骸は地へ還るものです。
信じなさい、自分自身を。」



――信じてくれる人の言葉を信じるだけの事――
――聖の言葉に応えなきゃ――



「分かった……。聖…、私は行くよ……。」





私は力を抜いた。
空を飛ぶ力も排し、ただ、彼女の思念だけを探る。
自由落下の状態で、私はただ一人、目的の場所へ……。





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





――近づいている――

――微かに感じる、彼女の存在を――



重力に身を任せ、数分程で私は地表へたどり着いた。
妖しい摩天楼の入り口。一軒家がまるごと入りそうな程に大きい。



「屠自古…!」



私はその入り口に飛び込んだ。
中は明かりなどなく、真っ暗で何も見えない。
だけど、屠自古がいる方向に走った。がむしゃらに。



私が護るんだ。護りたいんだ。

短い時間だったけど、私を必要としてくれた。

嬉しかったんだ。本当はとても。

ずっと、独りで、縦穴に居て。

憐れみと同情を遠目で見られて。

近づけば厄介だと払われて。


「屠自古……屠自古……!!」


自分が何者かも分からなくて。

生きてる意味さえ分からなくて。

嫌になって塞ぎこんでいて。


「……必要なんだ……屠自古が……!!」


ようやく、見えてきたんだ。私の生きる理由が。

手放したくない。

私は。

もう捨てられたくない。

必要とされたい。

必要としてくれる者を……!


「屠自古……ッ!??」










突如、目の前に淡い光が現れた。





その光の中には。





咽ぶ様に泣きながら、喜ぶ屠自古と。





優しい表情で屠自古を抱きしめている――誰かがいた。










「と…じ……こ。」



私は。





私はどうして、気づかなかったんだろう。
少しでも考えれば誰でも解る事だったのに。


屠自古は亡霊になっても、誰にも見えず、見られず、孤独の中でも生きてきたのは、捨てきれない未練があったからだ。
アイツがずっと見続けていたのは。





かつての主だけ。





私が屠自古を護らなければならないと。
独り片隅で生きていた屠自古を。
彼女の願いが叶わぬと決め付け、諦めろと囁き。
彼女の苦労と努力を見ないで。





勝手に勘違いしたのは私だった。





屠自古が必要な存在は私だけだと。





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇










「ハァ……ハァ……。」

目眩が激しい。天と地が分からない。
頭の中を掻き回されている感覚。

足がもつれ、地面に着く前に顔に衝撃があった。

木にぶつかっただけ。
けれど、それが引き金になったのか、突如腹にマグマでも入れられたかの様な熱い痛みが滲んできた。

「ガハ……ゴホ……ゴホ……ァァ……。」
その熱が喉まで込み上げ、口からうち撒けた。

吐き気が止まらない。

両腕で木を抱えながら、身体の芯から焼け上がる痛みに暫く耐えていた。





臓内のものをうち撒けた後、うって変わり身体が急速に冷え、落ち着きを取り戻していく。
まだ身体の不調と吐き気で思考と視界がぼやけているが、先程と雰囲気が違うことに気付き周囲を見渡す。
……ここは山か、森の中か……。
所狭しと木が立っていて、鬱蒼としていて、暗くて……。





おかしい……分からない……。

ここは何所……。

私は……なんでこんな所に……。

屠自古のところにいた筈なのに。


















「アァ……。」



そうだ……逃げたんだ……私は……。

屠自古があんな幸せそうな笑顔で。

誰かと抱き合ってていて……。



「う……ぅああアアアァァァ……。」



私といた時には、あんな笑顔をしてくれなかった事実と。



「やだ……やだよぉ……。」



私じゃ、アイツに弾ける様な笑顔を咲かせる事ができなかった事実が。



「屠自古……とじこぉ……。」



悔しさが心を支配して。



「……屠自古は……私は……。」



嫉妬が心を蝕んで。



「……ァァ……ァ……。」



思い出したくない……。
妬ましくて……心が……頭が……。










――また 繰り返したの?――


――心の底から期待して、心の底から諦めて――
――どうして同じ事を繰り返すの?――
――求めたところで傷ついて――
――欲したものは手元に残せず――
――傷ばかりを心に残して――


――願っても縋っても手に入らないなら――
――奪って討ち果たして勝ち取るしかないわよ?――
――貴女が愛した人を奪った、愛した人が愛する人を――



「そんな事……できない……屠自古は喜ばないよ……。」



――他の事を気にしている余裕があるの?――
――貴女がそう思っても、周囲はお構い無しに奪う世界よ?――



「だって、私が好きなわけじゃないんだもん……意味無いよ……。」



――なら、諦められる?――
――屠自古を想った事を、無かった事にできる?――



「……言わないで……お願いだから……。」



――屠自古は、未練の末に願いが叶った――
――貴女は、未練の果てに何を望むの?――





「私は……。」





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





「パルスィ!!」


呼んでる。


誰かが私を。


「ああ、パルスィ……良かった。見つかって……。」


でもこの声じゃない。


屠自古じゃない。


私の名前を呼んで欲しい者は……。


「突然、来た道を戻って……一体どうしたんです、パルスィ……?」


聞かないで……。


「心配したんですよ。あの様な状況で一人でいなくなってしまったので。」


掘り返さないで……。


「……この異変は、じきに収まるでしょう。
神霊達は尸解仙として蘇った者を求めていたようです。
古より伝わりし賢者を。

……パルスィ、屠自古さんは見つかったのですか?」



「言うなぁぁぁぁぁ!!」



その言葉を聴いた瞬間、私は咄嗟に聖を押し倒し、胸倉を締め上げた。



「パ……ル…スィ……!?」
「もう言うな、聞くな!!放っといてくれぇぇぇ!!」


ミシミシと首の骨が軋む音が聞こえる。
聖は私の手を掴み抵抗するが、力が入らないのかほどけない。
「……止め…て……。」
「何で私じゃないんだ!!私だって、アイツの事を心配して、可哀想だと感じて、
私が面倒見てあげなきゃって……見ていくはずだったのに!!」
聖に言っても、八つ当たりだって分かってるのに、止まらない。
怒りと悲しさのやり場が無くて、でも心に留めていたら侵され狂ってしまいそうで。
「……あ……ぁ…。」
「どうして屠自古をあのままにしてくれなかったんだ!!
地縛霊をやってくれていたら、屠自古はずっと、私の事だけを見てくれていたのに!!
私の屠自古を返して……!返してよぉーーーーー!!」



叫べば叫ぶほど。

自分が情けない奴で。

下賤で。

それを認めて自虐でもしないと。

私は本当に嫉妬で気が狂いそうだった。



「パル……スィ…。」
「アハハハハハ!!惨めな奴だろう、聖!卑しい奴だろう、聖!!
私はさ、他者の不幸を願って生きる最低の奴なんだよ!!
アイツは想い人と再会できた!!普通の友なら祝福する!!
でもさ……私は出会う事なんて在り得ないと思って……
ずっとあのままだと信じて疑わなかった。。。
そんなろくでもない考えを抱えたまま……屠自古に優しく振舞っていたんだ……。

私が……ずっと誰とも馴染めないのは運命とか、世界の意地悪とか、何かのせいだと思ってた……。
……違うんだ……私が……下賤で……自分の事しか考えてない……性根が屑みたいな奴だから……みんな離れていったんだ……。
こんな……どうしようもない自分を……現実を……突き付けられるなら……来るべきじゃ無かった……地上なんて……。」

興奮の為か、頭に熱が廻って一瞬気を失いかけた。
あれほど溢れた力が急激に無くなって、聖の上で四つんばいになる。



丁度向かい合う聖の顔は苦痛で歪んでいた。
……首に痣ができている。

聖はよくバカ力で私を掴んでいたけど、痣になる事なんて無かった。
同じ様に拘束したって力任せにしていたわけじゃない。聖は力で訴えても、常に相手を気遣っていたんだ。
でも、私は傷つけるしかできなくて。自分の事ばっかりで。


こんな私に愛想を尽かせて突き飛ばしてよ……。
そしたら地底に帰れる。不出来な奴のレッテル貼られてさ……。
きっと誰も寄らなくなって……。
これ以上傷付かず、独りでひっそり生きていけるのに……。





かくんと、重力が強くなった感覚。


違う。


下にいた、聖が両腕で私を引き寄せた。




「パルスィ……。」
「慰めなんていらない……呆れて追い出してよ……。」



「どうして、諦めるんですか?」
「諦めるって……何が……。」
「貴女は屠自古さんに自分の想いを伝えたのですか?」
「伝えるも何も……アイツが想っているのは私じゃないんだよ……。」
叶わないって分かって告白したって、何の意味も無いじゃないか……。」
「そうですか……。
では、屠自古さんのところへ行きましょう。」
「何を聞いてたんだよ…。行ったところで何にも……。」
「貴女はそうやって、未練を抱えるのですか。何もせずに、未練だけを。」
「やったって意味無いから未練なんだろう……?」
「一度終わったと思い込んで諦めたら、本当に終わってしまいますよ?
無駄足だと分かっていても行動する事に意味があるのです。
屠自古さんは地縛霊になり未練を抱えながらも、叶うと信じながら待っていました。
貴女は、叶わぬと信じて未練を抱えて生きていくのですか?」
「けど……だけど……!!」

聖の腕の力が、一層強まった。
互いの心臓の鼓動が感じるくらいに。

「貴女の心の声を聞いて、想いを受け入れてくれるかもしれませんし、拒まれるかもしれません。また別の結果になるかもしれません。
ですが、もし屠自古さんとその想い人が貴女の告白を蹂躙する様な輩であるならば、私が彼女達を許さない。」
「ひ……聖?」
「前々から私が危険であると判断し、聖輦船を重石代わりにして塞いだ場所です。
そこに封印された者が、いずれどの様な存在なのか見極める必要があります。」

次第に目が鋭くなっていく。
本気だ。聖は。

「違うよ聖!屠自古はそんな奴じゃない!
相手の心を踏みにじる様な心なんてない!
彼女の未練は純粋だった!ただ、逢いたい人と逢いたいだけだって、ただそれだけでやましい事なんて……。」
「それならいいのですけど――
でも、貴女は、自分が身を引いた方が彼女の為だと思って、自分が愚かであると言い聞かせているだけでしょう。」
「そんな事無い!だって……!」
「パルスィ、自分の心に嘘をつかないで。
貴女は、こんなに苦しんでいる。

生きる事は、自分を想って行動する事なのです。

ただ、己が在るがままに。

軋轢に苦しみ耐え切れないほどの痛みを心に抱えて生きる必要なんて無いんですよ。
気付かずとも自分の下賤な欲望で罪を犯したなら、いずれ相応の罰が裁いて帳消しにしてくれます。
野暮であっても、貴女は屠自古さんに告白できるだけの理由と権利を持っています。
だから、素直になって屠自古さんに会いに行きましょう。

私が屠自古さんなら……願いが叶うまで護ってくれた貴女に会いたいわ。」
「でも……怖いよ……拒まれたら……私……。」

私の顔に、手が触れた。
その手のぬくもりが、私の狂った体温を平常に導いていく。

「私は、今の貴女を見ている事がとても辛い。
貴女だけが心の傷を抱え込んで、独り泣いて生きていく事が。
私は、貴女を救いたい。
後悔なんて無くす事はできないのでしょうけど、それを、少しでも減らしてあげたい。」


そういうと、聖は私の頭をなぜてくれた。

優しい感触。
心が……次第に落ち着いてきて……。


「どうして……どうして優しくしてくれるの…私なんかを……?」
「私はただ、貴女の抱える八苦を和らげてあげたいだけ。
――村紗から聞いたのです。自分を犠牲にしてでも他人を護ろうとする者がいる。
けれど、報われず孤独に寂しく生きているから救って欲しいと。」
「またあいつは……余計な事を……。」
「村紗はきっと、貴女の事が好きなんでしょうねぇ。
ふふ、妬ましいです。」
「……アイツが一番想っている相手はお前だろう……何が妬ましいんだよ…。」


少しだけど、笑えた。
気分も落ち着き、私は立ち上がって倒れている聖の手を引いた。
立ち上がったのを確認し、手を離そうとするが聖はかなくなに握り、そのまま宙に浮き出す。


「行きましょう、パルスィ。
貴女の心の未練を、晴らすために。」





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





再び来た、摩天楼の入り口。
おびただしい数の神霊が建物に取り巻いているが、先程来た時とは違い私達を阻もうとする霊達はいなかった。


もう、聞こえない。
霊達の未練の声が。あれほど憎悪の声を上げていたのが嘘のようだ。


私は恐る恐る、入り口へ入っていく。





そこには、脳裏に焼きついたままの笑顔をした屠自古とその想い人。



ずきり、と。
心に刃物でも刺さったかの様な痛み。
誰の目から見ても、二人の世界は完結している。
もう、私が入る余地なんて無い事は明らかだ。

「パルスィ、行きましょう。」
「でも……。」
拒みたい気持ちを抵抗させる様に聖は後ろから私の肩を押す。
トボトボと、私は彼女達に近づいていく。





……先に、想い人の方と目があった。
ぞくりと、背筋が震える。
一度見ただけでも分かる、嫉妬するとかそんな次元の存在じゃない。神々しく厳かで。
耐えられず視線を逸らす。
あの瞳は……さとりと同じに見えた。私の心を全て見透かされている様だった。
「……。屠自古、君にお客様が。」
「え?」


屠自古が振り向き、私を目で捉える。
「……あぁ、パルスィ!!来てくれたのか!!」
子どもの様に飛び跳ねながら彼女はこちらに向かってくる。



「……あれが屠自古さんですか?パルスィ。」
「……見えるの?聖。」
「ええ。恐らくあの方が屠自古さんに神通力を注いだのでしょう。
未練の力だけで無くとも亡霊のまま存在できる様にと。はっきりと見えますよ。」
「……そっか……。」
「こちらに伝わるくらい、はつらつとした方ですね。」
「……。」





「よく来てくれた!会いたかったよパルスィ!」
私の手を掴むと勢いよく腕をブンブン振り回す。
「あぁ……よ、良かったな……屠自古。」
「姿を見てもらえる!声も聞いてもらえる!……それにほら、触って掴む事もできる!!
良かったよ、本当に!信じて待っていた甲斐があったんだよ、パルスィ!!」
「幸せそうで何よりだ……屠自古…。」
「パルスィが力をくれたお陰だよ!
結界を壊して、太子の元へ辿り着けた!でも途中で太子の柩に着く前にもうヘロヘロになってて、もうダメだーって所で布都の柩があったんたんだよ!アイツ、私の事を出し抜いてこんなところで寝てて、途端にムカついて引っ叩いてやろうとしたんだけど、触ったらビカーって光って目を覚ましてね!私が触ると目覚める仕掛けになってたみたいなんだよ!」
「そ、そっか…。」
「でも布都の奴、礼も言わずに『太子様はいずこー!?』とか言って私の来た道に行ってしまって、アイツは昔からバカというか何と言うか……。」



違う。
私が知ってる屠自古は、こんなにはしゃいだりしなかった。
やる気が無くて自分勝手で……。
……きっと、これが本当の彼女なのだろう……。
なら……今まで私が見てきた屠自古は……。



「……おーい、聞いてるか、パルスィ?」
「え?……あぁ、大変だったな。」
「全く、思い返すだけで散々な地縛霊生活だったよ。
――そうだ、パルスィに太子を紹介しておきたいんだ。」
「え……?いいよ、私は……。」
「何を言ってるんだよ、此処まで来ておいて。ホラ!」
私ははしゃぐ屠自古に逆らえず、グイグイと引っ張られ太子と呼ばれる者の前まで連れて行かれた。



再び、視線が合う。
相手はじっと見つめ、私の全身をくまなく見る。
見透かされる感覚が蘇り、非常に気分が良くない……。
しかし、変わった出で立ちだ。特に気になるのが大きな耳栓のような髪飾り……。
「……なに震えてるんだ、パルスィ?別にお前を取って喰ったりなんてしないぞ、太子は!」
「……屠自古、私は飢えた獣ではないのだけども…。」
苦笑いをしながら屠自古を諫める。
「申し遅れました。私は豊聡耳神子。過去に忌むべき存在とされ、この地に封印された尸解仙です。
――水橋パルスィさん、そしてお連れの方は聖白蓮さんですね?
屠自古から話は聞いています。」
「わ、私も……聞いてる…屠自古から……。」

別に私はコイツと話をしに来た訳ではないのに……。
……どう話を続ければいいのか分からない。

「すみません、太子様。」
悩んで立ち止まっていると、聖が前に出てひざまづいた。
「よもや、ここに封印されている者が名高き聖徳皇だとは思いもしませんでした。
ですがそれほどの御力、突然目覚められてしまえばこの幻想郷は混乱してしまう危惧がありました故。」
「良いのです、聖さん。貴方の選択は正しい。
私はただ目覚めの時を待ちながら眠っていただけ。やはり穏やかな目覚めを欲します。」
「ありがたきお言葉。暫く貴女と言葉を交わしたく思いますが、今ここにいるのはこれとは別件の為。」
「分かっています。」
二人は話を終えると、私の方を振り向いた。



「パルスィさん。君は屠自古に言うべき事があって此処にきたのでしょう?」
え…?なんで…?
何で……知っている?
「私は他者の声が良く聞こえてね、とりわけ欲に関しては見ているだけでも分かる。」


太子は歩み寄り、持っていた訝しげな棒を私の肩に当てる。


「君がどういう想いでここに来たかは理解している。」


身体が……動かない…。
金縛りにあっているかの様に……。

「でも、私個人としてはそういう行動は不快だよ。」

私の肩を伝う様にずらし始め、トン、と、首筋に当たる感触。


「…ぁ……。」


思わず息を呑む。
歯が擦り当たってカチカチいっている。
殺意の乗った気迫をぶつけられている。

当てられているのは板切れの様な棒なのに、真剣の刃を当てられている様な恐怖。
でも、聖も屠自古も気付いてない……。

格が……違いすぎる……力づくにでもなってしまえば私じゃ敵わない……。


言ったら……
言えば……殺される……。





凍りつく様な視線で。

私の表情を観察するように見定め。



静かに、スッと、太子は首筋から棒を引いた。

ドッと顔から汗が噴き出し、慌てて触れていた部分に手を当てる。
本当はもうすでに、首を斬られているのではないかという不安が止められなかった。

「けれど、私は君を止められない。
私が無責任に残してしまった魂を護っていたのは紛れも無く君だ。
もし、君の願いが叶うなら、私はこれを己の罰だと思って諦めるよ。

――屠自古。パルスィさんが言いたいことがあるそうだよ。」
「なんだ改まって。さっさと言ってくれよ、パルスィ。」

太子が手招きすると、上機嫌で屠自古が眼前にやってくる。

「屠自古……。」
俯きながら呟く。
前髪が瞳にかかって、屠自古がよく見えない。


違う。
見られたくない。
眼を……合わせたくない、見られたくない。
「なんだ?パルスィ?
――もったいぶるなよ、私とお前の仲だろう?」





心臓の高鳴りが分かる。呼吸が整わない。


――(未練だけで生きてる地縛霊だからな……どれだけ霊視に優れた者であっても、何の力の無い霊っていうのは見えないんだよ。)――


怖い。目頭が熱くなってきて。唇が震えてきて。


――(ふふ……、パルスィは私の声が聞こえるのだな?)――


いやだ……言いたくない。
言ってしまえば、もう会えない。


――(なんでついて来るのかって……そりゃあ、お前は私が見えるからだよ。
こういうのってさ、運命めいたものを感じないか?)――





……私は。
別れを告げる為に告白しに来た。
屠自古と太子は両想いだ。私が入る余地なんて無い事は分かり切っている。
言わなければ自らが生み出す嫉妬に狂ってしまう。


――(本当に……私のところに来てくれるのか?)――


だから。

未練を断ち切る勇気が欲しい。
心に抱えた未練を捨てる勇気が――。



視界を聖の方にやると、彼女は真っ直ぐ私を見つめていた。





見護る様に。










「屠自古。私は貴女が好き。愛している。」
「え?」
「純粋で一途な貴女に心惹かれた。私が持てない強さを心に宿している貴女を。
ずっと傍にいて貴女を護っていたい。そして私にその心の強さを分けて欲しい。
私と一緒に生きよう。魂が果てるまで。
――お願い、屠自古。」










「……ごめんな……パルスィ。」

心底辛そうな顔で、応えてくれた。
手はぶらんと下げているのに、握りこぶしを作り。
顔が次第に赤くなって、俯いて。

「私は……生きてる時から決めてたから。
曲げられないし、今更曲げる気もない。
永遠に太子と共に在り続ける事を……誓ったから……。」





その言葉を聞いて。



次第に気持ちが穏やかになっていく。
胸に妬き付く痛みが取れていく。
清清しいくらいに振られたのに。
悔しい筈なのに。



「本当にごめんな…パルスィ。
お前の気持ちに応えられなくて……。
でもな、私は――。」
「……いいの、屠自古。分かってた。」
瞳に溜まった雫を手で拭ってやる。
初めて触れた屠自古の身体。
霊体の割には柔らかくて温もりを感じる。

もっと。
触りたかった。触れ合いたかった。

けれど。
終わった事だ。私達の間は。これ以上は、ただの未練だから……。

「そういう屠自古だから好きになったんだよ。
振られる事も分かって言ったの。迷惑を掛けた。
でも良かった。もし頷かれでもしたら、私が太子を橋姫にしてしまう。」
「なんだよ……その言い方…。」
「その絆、大事にしてあげてね。
二人が幸せになってくれる事が、屠自古が出来る私への恩返し。分かった。」
「うん、分かったよ……。」
「それが聞ければもう思い残す事はないから……。
――じゃあね、屠自古。」





踵を返した。
来た入り口へ引き返す。
屠自古は私の名を呼びながら何か言っている様だけど、構わず早歩きで廟から出る。



――これでいい。
素直な気持ちを言った。
そして彼女の本心を聞いた。
私の事で、あそこまで心を痛めてくれた。
酷い事をしたと感じてはいるけど、私は幸せだった。

もう――思い残す事はない。



私はただ、彼女の幸ある未来を願うだけ。










▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽





日が高い正午過ぎ、降り注ぐ日光を受けながら私は命蓮寺の縁側で一人、呆けていた。
地上で暮らせと言われても寺の雑務をこなす毎日。事が終わればやることもない。
寺の皆は全員、人間の里へ行ってしまったので話す相手もいない。
とはいえ下手に里へ出て聖達の手伝いをしても、地底の妖怪と恐れられて仕事にならない。

「……退屈だ。」

ふと墓地に目をやる。
以前、皆で大掃除をしたというのに墓が少し荒れている感じがした。
しかし屠自古と会ってからと考えれば……割と月日が経っているものだと思い返す。
「仕方ない……。掃除道具は倉庫だったか…?」
腰を上げ、この縁側とは裏側にある倉庫に足を運んだ。





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





私は黙々と一人、墓地の掃除をしていた。
大掃除以前ほどではないにしても、参道を見れば少し散らかったイメージを受けた。

あちらこちらに散った落ち葉を集め、袋に詰める。かなりの量になったが持って帰らないと村紗がうるさい。曰く、調理や風呂を沸かす燃料の一部にするらしい。
雨風で汚れた石碑を雑巾で拭き、井戸で汲んできた綺麗な水を振掛けて清める。

「墓は死者と生者の絆の標……。」
まじないの様に呟きながら二、三度水を掛ける。
「でも、生きている者同士をも繋げ合う。」
屠自古と、太子の様に。
「故郷になるんだろうね、身内のお墓がある場所は。」



――結ばれたとしても、ずっと一緒に暮らせる訳ではないものね――
「そうだね、やっぱりお互いに帰れる様な目印がいるんだよ。」
――帰りたい? 故郷へ――
「……無理だよ。今行っても迷惑しか掛けられない。」
――じゃあ、このままずっと独りぼっちで生きるつもりなの?――
「……でもさ、地上の暮らしが終わったら、一度話をしようと思うんだ。さとりや勇儀達と。屠自古に告白したみたいな素直な気持ちで。」
――そっか。――



こつんと音が鳴った。
桶に汲んだ水が無くなり柄杓が底を叩いた音。
四杯ほど担いできたけど足りない事は分かっていた、お墓はたくさんあるんだし。
重いから嫌なんだけどなぁ……。
一度伸びをして、やる気を再注入する。何事も途中で投げ出す事は不誠実だ。
歩きながら残りの桶を置いた場所に向かう。

「……あれ?」

そこには使い尽くして空だったはずの桶に、水がなみなみと盛られていた。
誰かが入れてくれたのだろうけど、辺りを見回しても姿が見えない。
もし水を入れるなら寺の誰かだろう。隠れる必要なんて……。



ドスン。



背中に大きな衝撃。足音どころか気配も感じさせない不意打ちで私は踏ん張れず石造りの参道にペタンとうつ伏せに倒れこんでしまった。
しかし、衝撃を与えた物体は袖をがしりと掴み、そのまま背中に引っ付いたまま離れない。丁度背後になってしまって見えないし……。力の入れ辛い体勢と相手の大きい重量で押し返すことも出来ない。
「こら、誰だ。いきなり体当たりなんかして、ケガしたらどうするんだよ……。
こういう事をするのはぬえか?村紗か?それとも聖か?」

…聞いてみたものの、返事がない。

「こいし……は違うな。身体は大きいみたいだし。
もう離れてよ。掃除が終わらないじゃないか。」





「……言うまで離れないぞ、私は。」
「……ッ!??」



その声…。その話し方は……。



「屠自古……か?」

屠自古は霊体だ。気配や姿を消すのは簡単なのかもしれない。それに今思えば、この重さは体重じゃない。目いっぱい地面に押し付けられている。並の妖怪くらいには腕力のある私がビクともしないなんておかしな話だ。
けど、どうしてここに……。
「何で来てくれないんだ…。時間はあるっていつも言ってたじゃないか。」
押し殺す様な喋り方。
「来るって……どうして?」
私がそう言った瞬間、力が強くなった。

「酷い…パルスィは酷いぞ!!」
背中に顔を押し付けているのだろう、ビリビリと伝わってくる。心臓が震えるほどに。
「『どうして』って何だ!?私はずっとお前に会いたかったのに!
ようやく太子達の身辺整理ができて、時間を作って会いに来て見ればボサーっと寺で寝転んで!
動いたかと思えばのんびり墓掃除など!!」
「……仕方ないだろ、掃除は誰かがしなきゃならないんだから。」
「掃除の話をしてるんじゃない!!」

悲鳴に近い声で叫ばれた。

「……もう私に会いに来てくれないのかよ……。」
「……。」
「私達はようやく、こうやって触れ合えるようになったんだ。
言葉だけじゃなくもっと色んな事が知り合えるはずなんだ。
やっとお前と同じ場所に立てたところなんだよ……なのに…なのに。
振った瞬間から、もうパルスィの中から私は居なくなってしまったのか…?
あの時にも、何度呼びかけて謝っても振り返ってくれなくてさ……。」


謝る必要なんてないのに。
悪いのは私だったんだから。


「……もう会わない方が良い、屠自古。
私の心は弱いから、きっとお前達を見ていると嫉妬する。耐えられなくなる。」
「でも、こんな別れ方じゃ私が耐えられない!!
恋仲でしか維持できない仲じゃないだろ!?私たちは!?
私は今でもずっと、掛け替えの無い友達だって思ってる!!
お前にとっては無茶な事を言ってるかもしれないけど、失いたくない!別れたくないんだよ!!

ずっと……一緒に居たい……。お前との絆を大事にしたいんだよ……。」



言葉を聞くたびに。
心が突き動かされる。

未練は捨てたはずなのに。
もう会う必要はないと納得したはずなのに。


……なのに。
……やっぱり。





「離して、屠自古。」
「嫌だ!何も聞かずに逃げる気だろう!!」
極力、諭す様に語り掛ける。
「逃げないから。話をしようよ、前みたいに二人っきりで。
屠自古の言う通り、私達はお互いを知らなさ過ぎるんだ。
私は情とか憐みを未練というフィルターを通して屠自古を見ていただけ。
お前も同じ。歪んだまま私を見ていたんだ。
……きっと幻滅するよ。私の事。」
「するわけ無いだろ!」
ガバッと上に身体が引き上げられた。
勢いがつきすぎて反対側に慌てて手を突いたが、変な形で尻餅をついてしまって鈍い痛みが伝わる。
私の頭に覆いかぶさる風に、逆さまの状態で私を睨む屠自古。
「お前の事をいっぱいいっぱい知りたい!
あの頃は私ばかり喋っていたからな!!」

「こんどは根掘り葉掘り聞いてやるから、お前の身の上話を!お前の喉が枯れるまで!!」
そう捲くし立てるとぐいぐいと手を引っ張る屠自古。

「ちょ、ちょっと!?どこ行く気?」
「無論、私の住まいだ!!腰を据えて話をする!
立派な建物にしたからな、もしかすると見ただけで妬み狂うかもな、パルスィは!」
「……駄目だよ、屠自古。今は行けないよ。」
「な、何で!?逃げないと言っただろう!?」
「だって掃除が…。」
「え?掃除??」


少し考えて、桶と私を見比べながら手を叩く屠自古。


「あ、あぁ、そうだった。
その為に私がわざわざ水を汲んできてやったんだ!
ありがたく思え!パルスィ!!」

偉そうに胸を張って言う屠自古。様になっていると言えばなっているのだけど。
「……。」

「あ、あれ……?何をポケーッとしてるんだよ?」





「プッ……あははははは!!」



思わず、笑いが込み上げてしまった。
ホントにこいつは偉そうで、見下した物言いで。
そのくせどこかしら抜けてて、考え無しで周りが全然見えてなくて。
賢ぶってるくせに頭悪そうに首かしげて……ホントにこいつは。

「な、なんで笑うんだよ!?笑うとこなんて全然無かっただろ!?」
「アハハハ、お前がアホすぎて堪えられない!アハハハハ!!」
「だッッ!?誰がアホだ!!誰がぁぁぁ!!」

顔を真っ赤にして被っていた帽子で私の頭をバシバシ叩いてきたので、私は笑いながら
腕でガードする。

「ああもう損した!こんなにモヤモヤした気持ちで会いに着たのに冷めちまったよ!!
コラ、ガードするな!頭ボッコボコにしてやんよ!!」
「あ、アホ屠自古アハハハ!!」
「むきぃぃぃぃ!!」



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



バシバシ殴られ続けた挙句、どちらも疲れて暫く参道で二人寝そべっていた。
屠自古は肩でゼーゼー息しながらぐったりしていた。私は腹と腕が痛んで立ちあがれない。

「バカにアホ呼ばわりされるなんて屈辱だ……!」

あぁ、拗ねてしまった。
私に背を向けながら、ペンペンと帽子でリズム良く地面を叩いている。

「……屠自古?太子とは上手くやってる?」

聞きたかった。
長いブランクがあるのだから、多少の諍いがあるんじゃないかと少し不安な所があったから……。

「はん!聞かれるまでも無い!こんな事なら太子の傍にいるべきだったよ!」
「そう、良かった。」
「何だその味気ない返事は!信じてないだろ!?太子も連れてきて、お前に見せ付けてやれば良かった!」
「……。」
「――しかし、余計なお邪魔虫がいるからな。二人で行こうものなら『我だけ除け者にするな!我も我もー!』と騒がしくていか……ん……。」
喋りながらぐるりとこちらを向く屠自古。

「……なんて顔してるんだよ、お前は。」
「……え?」
じとーっと屠自古は私の顔を睨んでいる。
そんなにおかしな顔をしているのだろうか?
「もの言いたげな顔して、言いたい事があるならはっきり言えよ。心が読めるほど器用な眼を持ち合わせていないぞ、私は。」
「……幸せそうで妬ましいって思っただけだよ。」
「ふん、そうか。」
「それと……もう屠自古は私の手の届かないところに行ってしまって……ちょっと寂しさを覚えた。」





「……パルスィ。」

パシッ。

手を握られ、寝そべった状態のまま引き寄せられる。
そこから上半身だけ抱きかかえられ、真正面から屠自古と見つめあう状態になった。
「何を言う。届くどころか掴む事だってできるぞ?」
「そういう意味で言ったんじゃないけど……。」
「私は、いつだってお前に手を伸ばすよ。」
その言葉を聞いた瞬間、目を奪われた。
私に似た、彼女の緑の瞳の奥に、私には無い炎の様に燃える信念が見えた気がしたから。
「お前が困ったら、私は何時だって手を伸ばして支えてやる。
恩を返すとかそんなんじゃない。他でもない、お前だからだ。
私達は親友。そうだろう?」
「屠自古……。」
「いつでも頼れよ。遠慮なんてしたらぶっ飛ばすからな。
――分かったか?」



「うん、ありがと。」
私は少しだけ、彼女の力強く離さぬ手を握り返した。





私と彼女は、一緒になれなかった。

正直に言えば、悔しいけれど。

でも。

これもまた。

相愛でなくとも、一緒に生きて行ける絆の形。





「そうそう。お前は笑った方が良い顔するんだからな。
ずっと笑っとけ。きっと気分も高揚する。
笑えないなら、私が笑わせてやるから、な!」
う……。
いきなり不意打ちでそんな自信満々に言って……。
「ね、妬ましい……。」
耳まで火照ってくるのが分かり、慌てて手で顔を覆った。



「とりあえず掃除をしないとな!
ほら、私も手伝うから。さっさと終わらせるぞ!!
話したい事は山ほどあるからな!」
屠自古は意気揚々と桶を掴み、寺の方向へと飛んでいってしまった。
「あ、え!?
ちょっと屠自古!桶だけ担いでどこに行くの!?
掃除道具も持って行かなきゃ意味ないじゃないか!!
それにそっちはもう終わったところだって!聞いてる!?屠自古ぉぉぉ!??」

桶から水を零しながら飛んでいく屠自古を、私は慌てて布や柄杓を握り締めて必死で追いかけた。
パルスィが本当に未練を無くす事ができるのは何時の日になるのか。
話の構想はあるのですが、一作品では収まりきらなかったので時間掛けながらちまちま続けて書いていきます。

ご高覧ありがとうございました。


2012/8/20
タグと後書き追記しました。
続き物というのを書いていませんでした。前にも書いとけって言われたのに……。


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ヘンシン!

1様◆途中で止めてしまう様な拙作にわざわざ感想を書いていただき本当にありがとうございます。それと同時に申し訳ない事をしました。次はこうならない様に自分の肝に銘じます。

2様◆ご指摘ありがとうございます。とても勉強になります。
以前にも表現が直接すぎるとコメントいただいてるのに反省できてませんでした。……分かってはいるのですが難儀してます……。
あと書いた描写をほったらかしにしているというのも盲点でした。タメになります。
フェッサー
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コメント



0.500簡易評価
1.10名前が無い程度の能力削除
ごめんなさい。途中で飽きました。作者さま、作品は全く悪くありません。悪いのは私一個人です。
2.40名前が無い程度の能力削除
良いところ
・起承転結がはっきりしている。
・弾幕戦の描写がある。
・登場人物が多く華やかさがある。こいしを除けば、サブキャラクターの位置もそこまで破綻はしていない。
悪いところ
・冒頭で提示した、パルスィの任務がどうなったか、結末で提示されていない。さとり・勇儀は最後に再登場しても良かったのでは。
・直接的な感情表現が多すぎて、抒情に乏しい。
・導入部の効果が薄い。導入に地上と地底の色彩の違いをネタで使ったのなら、作中のシーンの変わり目ごとに色彩感覚を利用した描写をするなどした方がいい。
・季節がよく分からない。「夕涼み」とあるが、作者の独自設定なのだろうか。
6.80oblivion削除
クソ執念深い橋姫の、あきらめかあ……
辛いなんてもんじゃなさそうだ
9.70鳥丸削除
自分に向けられた想いを散々叩き落として、逃げ続けてきた橋姫が
ようやく他人と向き合う勇気を持ったお話だったように思います。
結末に期待します。
12.80山猫削除
パルスィの未練が無くなるのは本当にパルスィが救われる時だと思います。
屠自古さんは太子様の未練が果たされたどうなるのか気になりました