Coolier - 新生・東方創想話

ときをかける少女

2012/08/08 15:37:17
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 *

 セミが鳴いている。
 生い茂る木々のおかげでここいらは少し涼しいがどこに行ってもこのセミの声だけは避けられない。
 それにしても、と私は思う。
 せっかくなら着替えてくるべきだった。いつも着ているメイド服は少々この場所には合わない。着替える時間はいくらでもあった。作れると言った方が正確か。とにかく、時間はあった。
 着替えてこなかったのはただ億劫だっただけ。
 それでも、この格好は人生の中で一番しているし、一番私らしい恰好だと思うのでよしとする。
 理由なんて後からいくらでもつけられるのだ。

 ここは古くから幻想郷にあるお寺の集合墓地。今日はお盆。
 私はお墓参りにやってきたのだ。
 と、言っても私は住み込みのメイド。役に立たない数だけはいるメイドを束ねるメイド長であり、メイドの中で唯一主人の世話ができるメイドである。そんな私に、本来なら墓参りなどする暇はないし、お盆だからと言って休みをいただくなんてこともできない。
 そんな私がなぜお墓参りが出来るのか……
 実はこれにはからくりがあり、私が『時を止める』能力を持っているからである。この能力を使って住んでいる屋敷の家事をすべてこなしているのだが、今回は時間を止めてこのお墓までやってきたのだ。
 まあ流石にすべて時を止めて墓参りをしようという気はない。花を変えたり掃除したりするときは時間を止めても、線香を供えるときくらいは時を止めずにおこうと思う。この墓で眠る故人に叱られてしまう。「故人を敬う気持ちが足りない」と。
 冗談がなかなか通じない真面目な人だったので笑っても許してもらえないだろう。

 しかし、私も律儀なものだ。
 あの人が亡くなってもう随分経つ。
 別に恩なんて感じたことは無いし、毎年墓参りに来いと遺言を残されたわけでもない。それに、私は自分で言うのも何だが自分のことを情の薄い女だと思っている。
 なのに私は毎年お盆になるとここに足を運んでいる。雨が降ろうが、台風が来ようが、だ。
 純粋に、私はあの人が好きだったのだろう。

 線香をあげるために私は線香を置き、風を避けるためにしゃがんでマッチに火を点ける。
 手慣れたもので、火はすぐに点いた。
 と、思ったら強い風が吹き、マッチの火は消えてしまった。
 はあ、と私はため息を吐き、消えたマッチを投げ捨てた。
 しかし、意地悪な風だ。ご丁寧に火が付いた瞬間に吹いた。

 「火が欲しいなら貸してやらんこともないぜ」
 そう横の方から声がした。
 「ありがたいけど遠慮しておきますわ。貴方、火加減が雑だから火事になりかねないんですもの」
 「安心しろ。きっちり線香を燃やし尽くしてやるから」

 私は視線を越えの下方向へ向ける。
 霧雨魔理沙が箒と桶を持って立っていた。

 「よお、咲夜。こんなところで会うとは珍しいな。お前のお嬢様はいないのかよ?」
 「ええ、これは私用ですから」
 そう言って私は視線を戻し、再びマッチに火を点けた。
 今度は風は吹かず、無事に線香に火を灯すことができた。
 マッチを捨て、線香を供える。

 ――手を合わせる。

 「貴方こそ、お墓参り?」
 「まあな。お盆だし当然だろ?」
 「誰のお墓参りかしら?」
 「いろんな奴の墓参りさ」
 「相変わらず八方美人ね」
 「いろんな奴と交友があるって言ってくれよ。
 ったく、姿も変わらず毒舌だな」
 そう言って魔理沙は顔をしかめた。
 「まあ、いろんな奴って言うが次で最後だけどな」
 「最後って言うと、歴代博麗の巫女の墓かしら?」
 「ご明察。
 相変わらず鋭いな」
 「変わらないのはお互い様でしょう?」
 私はそう言って笑った。

 このお寺の墓地には歴代の博麗神社の巫女の眠る墓がある。
 そこにはこの霧雨魔理沙の親友(悪友?)にして、私こと十六夜咲夜のちょっとした知人である博麗霊夢も眠っている。

 「貴方も律儀ね。昔の友人の墓参りなんて」
 「うるさいなぁ。別にいいだろ?」
 「駄目なんて言ってはいないけど」
 この人は薄情なようで意外と情が厚い。知人が病気をすれば見舞いに行ったり行かなかったりと気まぐれではあるが、肝心な時はしっかりとしている。私の見てきた霧雨魔理沙はそういう人間だった。
 いや、もう既に人間ではないが。

 「ねえ、せっかくだし私も一緒に霊夢の墓参りに行ってもいいかしら?」
 「仕事は良いのか?」
 「ちょっとくらい良いんじゃない? 私にかかれば帰るのは一瞬。家事も一瞬。一秒も掛からないわ」
 何をしても手間は感じない。何をしても、時を止めなくても、私の“時間”は流れたりしないのだから。だからこそ、私にはメイドが務まる。
 「さあ、行きましょう」
 私は自分の桶と取り換えた花を持った。

 *

 集合墓地の一番奥の一番大きな墓が歴代博麗巫女の墓である。
 この幻想郷は神社が中心となっているが、博麗神社はあくまで幻想郷を管理する場所なので葬式や墓の管理は寺がやることになっている。
 その昔、空飛ぶ船が寺になったことがあり、人気が出たがその人気も今では落ち着き、この古い寺も今でも現役である。

 お盆ともあって、博麗巫女の墓にはたくさんの花とお供え物が供えられている。
 信仰心はあまりなくとも、これでどれだけ博麗の巫女がこの幻想郷に愛されているかが分かる。中には妖怪や妖精が供えて行ったであろう木の実や作物や、山の神社が贈り物として持ってきたであろう『守矢神社』と書かれた花もある。
 これなら私も主人から紅魔館からのお供え物を預かって来れば良かったな、と思った。尤も、私の主人はそういうことを考えたりしないのですべて私に任せるだろうが。

 「それにしても」と、魔理沙が言う。「毎年思うけど、結構人来るんだな。みんなそんなに暇なのか?」
 「さあ? ご利益でもあるんじゃない?」
 「ご利益ねぇ。金運から始まって、健康、安産、交通安全、学業と来て、最後に勝負運ってか?」
 「ついでだから妖怪退散も欲しいわね」
 「それは無理だろ」
 「無理ね」
 そう言って私たちは笑った。
 「冗談抜きでみんな感謝してるんじゃない? 幻想郷の安泰に対して」
 「そんなもんか。
 まあそうだよな。深い親交で博麗巫女の墓参りなんて来る奴は私たちくらいだよな」
 「私はただの気まぐれだけどね」
 「……なるほど、私だけか」
 魔理沙は苦笑いした。

 思えば霊夢が亡くなってもう一世紀近く経っている。
 博麗の巫女も何代か変わった。私の見る限り、幻想郷の風景に変わりはないが、人々は少しづつ変わりつつある。
 私も歳を取ったな。
 否、私は一つも歳を取っていない。私の時間は一秒も流れていない。霊夢と出会ったあの日よりも以前から、いや、幻想郷に来るよりも以前から、私は何も変わっていない。
 なんだか取り残された感がある。そんなに気にしていなかったが、いざ状況を考えると少し来るものがある。
 そう言えば、と私は魔理沙を見る。
 この人は自分から進んで老いから遠ざかったんだった。
 「ん? なんか顔に付いてるか?」
 「口元にケチャップが付いてる」
 「おっかしいな、昼飯は素麺だったんだが」
 「口紅?」
 「してねえよ。もっと上手な嘘つけ」
 「ねえ、魔理沙。昔――そうね、霊夢が亡くなる数週間前に霊夢が紅魔館を久しぶりに訪れたのよ」
 「へえ。病気で飛べなかったんじゃないのか」
 「飛んできたわ。まああの娘は飛ぶことが能力ですもの」
 「それで? 遺言でも残したのか?」
 「似たようなことね」

 *

 九十年程前。
 巫女を引退した霊夢は一人で暮らしていたが、三十を過ぎたころに大病を患い、博麗神社に戻り、次代の巫女に看病されていた。
 看病、と言ってもほとんど治る見込みも無く、余命も半年ほどと宣告され、残った余生を巫女の指導と知り合いへの面会に充てていた。

 そんなある日、霊夢は私と私の主人のレミリア・スカーレット様他の暮らす紅魔館に久しぶりにやってきた。

 「久しぶりね霊夢。色々と変わったわね」
 「アンタは全然変わらないわね、レミリア」
 二人は食卓を挟んで椅子に座り、互いの顔を懐かしそうに眺めた。
 私は二人に紅茶を出す。流石に病人がいるのでまともな紅茶を出した。
 「なんだか痩せ細って病人みたいよ? すぐにでも死ぬんじゃない?」
 「みたいじゃなくて病人なのよ。それに、余命も幾ばくない」
 霊夢は呆れるように苦笑した。
 「……うつらないわよね?」
 「うつらないわよ。大体アンタ吸血鬼なんだから心配ないでしょ?」
 「私は人間ですけどね」
 私はレミリア様の後ろで呟いた。
 「人間ねぇ……」と、私の言葉に対して霊夢が反応する。「ま、良いわ。別にどうだって」
 「で、霊夢。何か用かしら?」
 「邪魔した?」
 「いや、全然。むしろ来てくれてうれしいわ。ちょっと暇してたところだから」
 「そう、それは良かった。と、言っても私もアンタの暇を潰せるようなことをしに来たわけじゃないのよ。ただ、ちょっとアンタらに挨拶しに来ただけ」
 「挨拶?」
 「うん、お別れの挨拶。多分これが最後になると思うから」
 そう言って霊夢は紅茶を一口飲んだ。
 「レミリア。それと咲夜。たぶん次に会うときはお葬式で、私はきっと何も言えないだろうからあらかじめ言っておく。
 今までありがとう。それから、次の博麗巫女をよろしく。あの娘は若干短気で怒り狂うと周りが見えなくなるけど、根は真面目だから良くしてあげて。それから、あんまり暴れない様に。アンタの力は大きい。アンタが暴れたら幻想郷のバランスが崩れちゃうからね。それと、もっと頭で考えて行動すること。アンタ、やることが幼稚で後先考えないから後で何が起こるかわからない。
 それと、咲夜。アンタはもっと自分を持ちなさい。私がいなくなったらアンタくらいしかこいつの暴走を止めれる奴はいなくなるんだから。
 とりあえずこれだけかな? 今言いたいことは。
 まあ、アンタらにこんなこと言ったって無駄ってことは分かってるけど、とりあえず、これが私の気持ちかな?」
 それを言い終わると、霊夢は再び紅茶を飲んだ。
 「で、アンタは何かある?」
 「そうね……」レミリア様は少し考えると、悪戯っぽく笑った。「私からは別に何もない。正直、貴女が死のうが別にどうだっていい。
 ――でも、ちょっといい考えがあるの。
 霊夢、貴女の運命を変えてあげようか? 貴女の死の運命を――変えてあげようか?」
 すると霊夢は、
 「いや、遠慮しとくわ」
 と、即答した。
 「私は、死ぬのが分かってても人間でありたいかな。アンタらみたいに置いて行かれるのはやだもん」
 そう言って、霊夢は私の方を見た。
 その眼は少し悲しそうで、まるで憐れむような眼だった。
 私は――その瞳を今でも鮮明に憶えている。
 「そう……それは残念ね」
 レミリア様は少しつまらなさそうな顔をした。

 「じゃあ、私はこれで帰るから。長居したらアンタに勝手に運命変えられそうだし」
 そう言って霊夢は椅子から立ち上がる。
 「パチェには挨拶しないの?」
 「ああ、これからするわ」
 「フランには?」
 「……間違いなくその場で殺されるような気がするから遠慮しとく」
 「ああそう。んじゃあフランには私から言っておくわ。
 それじゃあね、霊夢。来世で会えるといいわね」
 「……そうね。来世は博麗の巫女じゃないけど、もしかしたら異変以外で会えるかもね」
 そう言って霊夢は部屋の外へ出て行った。

 *

 「はーん、霊夢の奴そんなこと言ってたのか」
 そう言って魔理沙は笑った。
 「レミリアの奴もおかしいぜ。運命変えるなんて言い出して、やっぱり寂しいんじゃねえか」
 「レミリア様にとっては数少ない人間の友達ですからね」
 レミリア様は霊夢のことが好きだった。レミリア様にとって、霊夢は自分のやることを叱ってくれる唯一の存在だったのだ。
 霊夢の死後、レミリア様は葬式に出なかった。しかし、レミリア様が霊夢の葬式に出なかったのは夜の支配者としてのプライドがあったからだけではない。霊夢が死んだことを認めるのが嫌だったから葬式に出ることを拒んだのである。

 「しかし、『アンタらみたいに置いて行かれるのはやだ』か……置いて行かれてるのは明らかに私たちのことだよな」
 魔理沙は少し寂しそうな表情をした。
 そう、置いて行かれたのは私たち。
 人間をやめた魔法使いと、時の流れないメイド。私たちは霊夢に置いて逝かれたのだ。
 「別に置いて行かれるのは構わない。私はいくらでも待っていてやるつもりで人間をやめたんだ。
 ハッピーエンドは望んじゃいない。ビターエンドくらいが丁度良いんだよ、私たちには」
 魔理沙はそう言いながら笑った。
 「そう? 私は――この別れがハッピーエンドじゃないわけないって思ったけどね」
 そうだ、あんなに幸せだったんだ。バッドエンドでも、ビターエンドでもない。
 私とあの人は――まぎれもなくハッピーエンドだった。

 「そう言えば、お前が参ってたあの墓……あれは、誰の墓なんだ?」
 魔理沙が訊ねる。
 「ああ、あれは――私の主人のお墓よ」
 「レミリアのか? あいつ死んだっけ?」
 「違う、勝手に殺さないで頂戴。その主人じゃなくて、私の夫」
 「え? …………ああ、あの執事の墓か」
 魔理沙は納得して頷く。
 そう、私は結婚していた。
 子供こそいないが、夫はいたのだ。

 八十年近く前になるだろうか。
 ある日のこと、レミリア様は突然「執事が欲しい」と言い出したのだ。
 最初は私もただの思いつきのわがままかと思ったが、あまりにしつこく、ことあるごとに執事の有用性や要望をぶつけてくるのでついに私も折れ、人里に執事をスカウトしに行った。
 そこで出会ったのが一人の青年だった。
 外の世界で職に就けず、借家の家賃も払えず追い出され、途方に暮れていたところで幻想郷に迷い込み、外の世界より職業情勢の豊かな幻想郷に住むことにしたという。しかし、真面目で頑固、その上幻想郷での常識も知らず、特に外の世界の技術を持っていなかった彼は幻想郷でも職に就くことができず、途方に暮れていた。
 そんな時、私は彼に紅魔館での執事の仕事を持ち掛けた。彼はすぐにその仕事に飛びついてきた。
 本当は他の人にも声を掛けてみたのだが、幻想郷で知らぬ者はほとんどいないであろう吸血鬼の館の執事など吸血鬼を知らない彼以外誰も就こうとするはずもなく、彼はすぐに採用された。

 おそらくその頃からだろう。妖怪ばかりで時間の流れない紅魔館に時が流れだしたのは。

 彼は外の世界の話でレミリア様を楽しませる一方で、その真面目な性格でレミリア様の幼稚な悪巧みを阻止していった。レミリア様も彼に叱られると不貞腐れながらも素直に従った。
 霊夢以外の自分を叱ってくれる存在に、レミリア様は少し心地よさを感じていたんだと思う。その証拠に、彼に飽きることなく、ずっと彼を手元に置いていた。

 私自身も彼の存在に心地よさを感じていた。
 冗談を言えば真に受けてからかい甲斐があったし、何かレミリア様の身の回りのことで相談したいことがあれば親身になって相談に乗ってくれた。
 彼と一緒にいることで自分の人間らしさというものを少し取り戻したような気がした。
 私が自分に時を止める能力があると話した時、彼は少し動揺はしたもののすぐに、
 「ここはそういうところなんだろう? 誰が何を持ってたとしても不思議じゃないさ」
 と、納得した。
 そしていつの頃からか、私たちは夫婦になることを決めた。別に恋や愛があったわけじゃない。ただ、互いにそうであればいいと思っただけだ。だから、私たちは特に式を挙げることも、姓を変えることもなく、レミリア様に『夫婦になります』とだけ告げて夫婦となった。レミリア様は盛大に式を挙げたがっていたがそれはお断りしておいた。

 そして何度も何度も桜が咲き、暑くなり、紅葉が訪れ、雪が降った。
 私とレミリア様には何の変化は訪れなかった。しかし、彼の髪には白髪が混じり始め、顔には皺が寄り始めた。
 その変化を受けて、ようやく私たちは時の流れというものを感じた。もう彼が紅魔館にやってきて何十年も経っていた。
 レミリア様は焦るように彼を色々な所に連れまわした。眷属にならないかと話を持ち掛けたこともあった。しかし、彼はその誘いを拒み続けた。彼は――いずれこうなることをわかっていたのだ。
 「長く続く命なんていりませんよ。ただ、憶えていてくれるだけでいいんです。この目で何も見れなくても――この耳で何も聴けなくても――ただ憶えていてくれさえいれば存在できる」
 そう言って彼はいつも笑うのだった。

 私はただ、その時が来るのを彼と待った。
 どう足掻いたって彼の時間は流れるし、私の時間は流れない。
 だから私はただ見送ることにしたのだ。霊夢が逝った時のように、私は待つ側に回ることにした。
 人は誰かに憶えていてもらわないと存在できない。いなくなれば記憶の中の存在がそのままその人になってしまう。それは妖怪も同じだ。憶えていてもらわなければ、存在しなかったのと同じだ。
 しかし、私は妖怪でも、人間とも違う。憶えてもらえなくても命ある限り自分の存在を証明できるし、その命も時の流れによって失われない。
 だから私は記憶する側に回ったのだ。
 霊夢や彼を、いや、私を取り巻く妖怪たちのことも、憶えておくことでその存在を守ることに決めたのだ。

 やがて彼は自由に動くことができなくなり、そして記憶にあるだけの存在になった。
 レミリア様が彼のことを記憶の片隅に置いて気にしなくなっても、私はこうしてお盆に彼の墓を参り、彼と過ごした日々のことを思い出す。

 私は思い出は過去にすがるためにあるのではないと考える。
 思い出は――記憶を未来へと持って行くためにあるのだ。

 *

 「しかし、みんな律儀だよな。お盆になったら墓参りに行くんだからさ」
 寺の階段の下で、魔理沙はそう呟く。
 「お墓参りはきっかけに過ぎないわ。本当の目的は故人のことを思い出すことにあって、それをするなら別にお墓参りをする必要はない」
 「故人を思い出す、ねぇ。何で故人を思い出す必要があるんだ?」
 「それはね、お盆に故人が帰ってくるから。誰かに存在を認識してもらえないと、故人は帰ってくることができないのよ」
 「なるほど、そうなると無縁仏は忘れられてしまったからお盆に帰ってこれないんだな」
 「そう言うことになるわね」
 「そっか。じゃあ私は香霖でも誘って無縁塚の無縁仏の墓参りにでもしゃれ込んでやるかな。で、お前はどうする?」
 「そうね……」流石に時を止めずに無縁塚まで行くのはしんどい。それにそろそろレミリア様が私のことを探し始める頃だろう。「遠慮しとくわ。流石にそろそろ戻らないと」
 「そっか。じゃあまたな」
 「それじゃあ、御機嫌よう」

 こうして私は魔理沙と別れ、寺を後にして紅魔館へと戻って行った。

 「またね」と、どこかで声がしたような気がした
 時の流れと言うのは残酷で人の命をすり減らすのですが、実は『記憶』と言う名の存在も削って行くのです。語り継がなければ人の存在はやがて消えて行き、最後にはその人が『いた』という記憶さえもなくなってしまいます。その『記憶』も曖昧なもので、例えば歴史上の人物の本当の姿を我々が知らないように、どんなに語り継いでも当事者がいなくなってしまえば事実は分からなくなってしまいます。

 この物語に登場する咲夜は一般的には時を止めることができる普通の人間で、いろいろな話の中で寿命を迎え、ただの記憶になってしまいます。
 しかし、その咲夜が本当は自分の時が止まっていて、寿命を迎えることが出来なかったら――仮に彼女の肉体年齢を二十とし、零でも無限でもなく、二十がずっと続く状態だったら――どうなるかと考えてこの物語は生まれました。
 永遠にも一瞬にもなりえない咲夜がどのような生き方をするのか。その妄想のようなものです。
 そしてお盆が近かったのでお盆についても少し自分なりの解釈を入れてみました。

 最後に、この物語の咲夜が、あなたの中の『十六夜咲夜』という人物の人物像に、少しでも影響を与えることがあればと期待します。
 少しドライな物語ですが、楽しめれば光栄です。
昌幸
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コメント



0.550簡易評価
4.100もんてまん削除
生き続ける事と置いて行かれる事。この二つは自分の、今となっても捨てきれない夢の一つなんです。厨二病臭いですがね。
それにジャストミートした言葉が出てきたので、完全にお話に引き込まれてしまいました。
残念ながら自分の十六夜咲夜の人物像が揺らぐことはありませんでしたが、こういうお話は大好きです。それに文章も良かった。面白かったです。
6.90奇声を発する程度の能力削除
うーん良いですねこの雰囲気
素晴らしかったです
12.80保冷剤削除
途中までは特に目新しさを感じることはなかったのですが急に咲夜さんに未亡人属性がついて!? ってなりました。
思い切った事をしますね。〆方からして、どうにも咲夜さんではなく霊夢の存在の大きさに目が行ってしまいますが
おそらく彼女は故人の代表なんでしょうね、ここでは。