Coolier - 新生・東方創想話

《ブラッサム・シャワー》

2012/08/05 00:24:54
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 紫陽花の咲く梅雨の半ば。しとしとと雨の降る日のこと。
 夏も近いというのに、冷たい風が皮膚をなでる。日が通らないことも重なって、薄手では少し肌寒いほどだ。

 そんなある日、女が一人、歩いていた。
 右手で雨傘をさし、左手には曲がった日傘を携えて、とある店へと。

 目印にしている大きな木のそばを過ぎれば、その目的の店は見えてくる。

 魔法の森の入口に構えられた店。
 もとより陰気な場所であるが、雨の湿気がそれをより引き立てせていた。


 ――きぃん、かららん。


「店主、いるわね?」


 靴の泥を落とし、傘の雨粒を払ってからドアを開けた女の第一声はそれだった。


「いないよ」


 奥に座る男は本から視線もあげず、その声に応える。


「あら、いないの。それならこの辺でマスタースパークの試し撃ちでもしてようかしら」
「折れた傘でマスタースパークを撃つのはやめてほしいね」


 ぱたりと本を閉じ、如何にも面倒くさそうに男は顔をあげた。
 女はその顔を見て、実に満足そうな笑みを浮かべる。





 店の名は香霖堂。幻想郷の外から流れつく道具を売る店であると同時に、魔法具などの修理も行っている。

 女の名は風見幽香。その修理の常連客であり、店主に傘の修復を頼んでいる大妖怪。

 男の名は森近霖之助。香霖堂の店主であり、風見幽香の愛用の傘を直せる、幻想郷ただ一人の男だった。





◆◇◆





 香霖堂の奥、霖之助の工房。その中では、霖之助がカチャカチャと工具を動かす音が響いている。
 手前の母屋には、あがりこんだ幽香。修理を続ける霖之助に背中を向ける形で、茶を飲んでいた。


「あんまり美味しくないわねえ、この御茶」
「家にあるのでは一番のものだよ」
「ふうん、そうなの。まぁ無料サービスなら、この程度の物でしょう」
「無料とは一言も言っていないんだが」
「つれないこと」


 工房の戸と母屋の戸は開かれているため、互いに声が届く。


「前にも頑丈に修理したんだがね。どういう使い方をしたら、こんなにすぐに曲がるんだい」
「紫と幽々子の遊びに何度か付きあったのが原因かしら」
「どんな遊びだ」
「聞きたい?」
「…………遠慮しておく」


 背を向けあったまま、暇つぶし程度の会話をすること。
 いつからかそれが、幽香が霖之助に修理を頼んだ際の、二人の日課となっていた。
 ……もっとも、幽香も霖之助も口数の多い方ではないから、会話の途切れる時間のほうが長いのだけれど。


 ――きりきり、キリキリ。


 それまでに無かった音が工房の中から響き始める。
 修理工程の段階が変わり、霖之助が別の工具を使い始めたためだ。

 この段階に入ると、霖之助はめっきり口を利かなくなる。
 幽香もそれを知っているため、この音が聞こえ始めると、何を言うでもなく、ただ黙して待つ。

 聞こえるのは、工具の音と、雨の音だけ。




「……ところで店主」




 珍しいことに、その沈黙を破ったのは幽香だった。

 霖之助は答えない。
 無視しているわけではなく、集中しているためにその呼びかけが聞こえていないのだ。

 ――ミシッ。

 幽香の持つ茶碗が軋んだ。


「――店主」


 幽香は少し強めの語調で、再び呼びかける。


「なんだい」


 今度は聞こえたのか、霖之助はそう返事をした。
 しかし、振り返ろうとはせず、修理の手を休める様子も無い。





「魔理沙の八卦炉には、ヒヒイロカネが使われているそうね」





 ぴたりと。

 霖之助の動きが止まった。





「……ああ、そうだが」
「ふうん、本当なの」

「それがどうかしたのかい」
「別に? あの娘の八卦炉には、良い素材を使うのね、と思っただけ」

「きちんと対価を貰ったうえでの塗装だよ」
「へえ? ヒヒイロカネと釣り合う対価を、あんな子供が手に入れられるなんて、楽な世の中になったものね」

「……」
「同じマスタースパークを撃つものには、同じ素材が使われるべきじゃないかしら、店主?」


 ……霖之助は、嘆息。


「分かった分かった。今は手持ちにないから、ヒヒイロカネが手に入ったら、次の機会に塗装させてもらうよ」
「結構。話が早くて助かるわ」

「はぁ……あれはとても貴重な金属なんだよ」
「あら。それほど大切なものを魔理沙の得物には使ってあげて、私の傘には使ってくれていなかった、ということね」

「……もう勘弁してくれ」
「ふふ」




◆◇◆




 数刻後。香霖堂店内。
 修理の工程が全て完了した。


「どうぞ、お客様」
「はい、どうも」


 霖之助が幽香へ傘を渡し、幽香は傘をなでる。
 幽香は傘の手触りに、満足した様子で微笑んだ。


「相変わらず良い仕事するわね」


 幽香を知る者がその言葉を聞けば驚くだろう。
 彼女が人を褒めることなど、まず無いのだから。 


「お褒めにあずかり光栄だよ」


 霖之助の言葉を聞けば、その者はさらに驚くかもしれない。
 幽香の滅多に聞けぬ褒め言葉を、さして嬉しそうでもなく受け取っているのだから。


「さて、と。修理の代金だが――」
「今回はツケにして頂戴」


 この言葉にはさしもの霖之助も驚いた。


「……何か、あったのかい?」
「いいえ。今日も代金はちゃんと持ってきているわ」
「だったら」
「どうせ魔理沙も、ツケにしているのでしょう?」


 幽香は変わらず、笑顔を絶やさない。
 霖之助は顔をしかめた。


「……分かった。次に纏めて払ってくれればそれでいい」
「ふふ、ありがとう。次もまたお願いね」


 くすくすと幽香は笑い、くるりと入り口に向かって歩き出す。
 霖之助はその背を見て――今日の幽香のからかいに対して、反撃をしてやろうと思った。

 反撃と言っても、ただの冗談だが。





「やれやれ、今日は随分と突っかかったね。まさか魔理沙に妬いてるのかい」





 ぴたりと。

 幽香の動きが止まった。





 空気が止まる。時間が止まる。





 ――軽率すぎたと、霖之助は悟った。

 如何に軽口をたたき合う関係といえど、霖之助は半妖で、幽香は大妖怪。

 幽香を本気で怒らせてしまっては、霖之助が適う道理はない。

 霖之助の背を、冷や汗が伝う。





 幽香はゆっくりと振り返り――





「ええ。そうよ」





 そう言って、にっこりと。





「妬いているわ。――とても」





 笑った。





 霖之助は、動けない。
 その笑顔の視線に縛られたように。





「またね。霖之助」





 幽香は出口の扉を開き、ひらりと手を振った。 

 ――きぃん、かららん。

 カウベルの音が残り、消える。








 聞こえるのは、雨の音だけ。

 静かな静かな、梅雨の日のこと。








《了》
紫陽花の花言葉は「浮気」。



タイトルは某カードゲームから
お読みいただき、ありがとうございました。
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コメント



0.2960簡易評価
11.100名前が無い程度の能力削除
この幽香は色っぽいね
12.100名前が無い程度の能力削除
大人な雰囲気。
綺麗な作品でした。
14.80名前が無い程度の能力削除
スタイリッシュ踏み倒し
18.80奇声を発する程度の能力削除
良い雰囲気の作品でした
19.100愚迂多良童子削除
この色男めw
23.100名前が無い程度の能力削除
いいね。
26.50名前が無い程度の能力削除
(iPhone匿名評価)
29.100名前が無い程度の能力削除
直球ほど怖いものは無いなw
32.100名前が無い程度の能力削除
もっと評価されるべきだろ
33.50名前が無い程度の能力削除
スタイリッシュ踏み倒し・・・という言葉が浮かんだが、もうすでにコメされてた
34.100名前が無い程度の能力削除
鈍い店主には直球がよく効きますねぇ。
36.60賢者になる程度の能力削除
幽香さんマジ魔性の少女

もっちっとばかし肉付けがあればなぁと
51.100名前が無い程度の能力削除
イイネ
73.100名前が無い程度の能力削除
GJ