Coolier - 新生・東方創想話

永江さんちのご近所騒動 ~雨降って、地盤沈下~

2012/07/30 22:44:54
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「緊急事態だ……」

 永江衣玖は竜宮の使いの中でもできる女であり、空気も読めると評判であった。
 よって、龍神様にいきなり呼び出されても、表面上は平静を保つ。
 無駄に広い謁見の間に入ったとき、いきなり龍神様が青い顔をしていたとしても、ポーカーフェイス。
 
「衣玖、こういったことを相談できるのはお前くらいだ、頼まれてはくれまいか」

 この龍の住まう別次元の城、そこに通じる歪みの近くに家を構えていたせいで、古くから永江家と龍神とはご近所付き合いがあり、相談事があるとまっさきに通達がある。
 そんな衣玖にとっても、今回の龍神の落胆振りは目に余った。
 人型形態で椅子に座ったまま、項垂れ。顔を上げるそぶりすら見せず。背中からどんよりとした闇色のオーラが目視できそうなほどなのだから。
 奥方様に慰めてもらえばどうか、などと発言できる空気ではない。
 だから、天子のお世話の片手間でできるようなことならいいかと、言葉を待って――

「しばらく儂の朝食を作ってくれまいか」
「……」

 衣玖が思わず首を傾げると、

「しばらく儂の朝食を……」

 躊躇いがちに、再度同じ言葉が聞こえてきた。
 そこで衣玖は迷いなく微笑んで。

 だんっ!

 その動き、まさに雷光。
 くるりと踵を返すと、床を蹴ると同時に妖力を放出。
 普段の移動速度からは想像できない速さでその場から退散――

「させるかっ!」

 しかし、回り込まれてしまった。
 そしてまた逃げようとする衣玖に対し後ろから抱きつき。

「あの龍神様、私愛人とか全然興味がないので他の竜宮の使いを当たってはいかがでしょう? というか離してください。奥方様に言いつけます、というか叫びます」
「冷静な口ぶりで上司にエルボー連発とか、さすがだな衣玖。しかし、他の者では駄目なのだ」
「私の他にも適任がいるじゃないですか、調理係の○○さんとか、△△さんとか、私よりも肉つきがよろしいとおもいますので、夜の意味でも食べても楽しめると思いますよ。ですから離してください」
「いや、その、そやつらはもう愛人で、いろんな意味で良く知っておる」
「……」
「こら、無言で電気を溜め始めるでない。そもそも儂が求めておるのは愛人ではなく、儂の家系を良く知っておる者でな」
「……本当ですか?」
「本当だとも、これが、証拠だ」

 やっと龍神の腕の中から開放され、衣玖は一息ついた。ただ不信感を拭いきることはできないようで、すぐ動けるような体勢で龍神が取り出したメモのようなものを眺める。
 そこには龍神とは別の誰かが書いた、綺麗な文字が並んでいおり、たった一言。

『実家に帰らせていただきます』

 衣玖は空気を読める竜宮の使いであり、その文字を見ただけで何があったのかを察する。
 龍神の手前だというのに、大げさに肩を落とし、恨めしそうに視線を飛ばした。

「ま・た・で・す・か!」

 叫ぶと同時に、びしっと指先を突きつける。
 ばちばちと電撃を指に纏わせつつ。

「誤解するでない。儂はちょっと可愛いミズチやオロチどもと夜遊びをしただけで」
「えーっと、8時13分、限りなく真っ黒な容疑者確保」
「なに? この前は4人と遊んでも笑顔で『あなた♪ もうちょっと誠意をみせてくれないと、こちらにも考えがあるわ♪』なんて言うだけで終わったぞ?」
「それって、最終警告だと思います」

 なぜこの龍神に奥方がいるのかという根源的な疑問は置いておくとして、つまりは妻に出て行かれたから、しばらくこっそりご飯を作ってということなのだろう。
 それをやっと理解した。
 衣玖は、ふふっと微笑み。
 龍神も、ははっと小さく笑い。

「……霞でも食べてろ♪」
「酷い、主に部下が酷い」
「龍向けの料理なんて作れませんし、つくろうとも思いません」
「最近一部の竜宮の使いのドラゴニックハラスメントが過激で困る」
「何を言っているのやら、朝ごはんとかそんな目先のことより、奥方様を探すのが先決だとは思いますよ」
「む……」

 龍神の浮気癖を知りながら千年単位で一緒にいた奥方の方から飛び出すというのは、いままでにないこと。
 龍神は待っていれば戻ってくると思っているようだが、意地っ張りな奥方のこと。

「あやつが迎えにくるまで動かぬ!」

 とかなんとかいって、どこかの世界に拠点をつくって引き篭もる可能性がある。

「私が探してきますから、迎えに行くときは一緒に来てください。いいですね?」
「おお、動いてくれるか」
「ええ、そりゃあもちろん……仕事ですから」

 竜宮の使いの仕事、というか存在意義の中に、地震などの災害を予期し伝えるというものがある。
 それに今回の件が該当するのだから、動かざるを得ない。
 
 え? 何故かって?

 天人や月人すら太古からあまり干渉しようとしなかった龍族である。
 それが『帰りたくない』とか駄々をこねて暴れたらどうなるか。
 答えは簡単。
 天子の地震が可愛く見えるほどの大災害が発生すること間違いなし。
 それがもし狭い幻想郷の中で起こるとすれば、結末は一つ。
 平たく言えば、壊滅の危機である。


 龍神の浮気のせいで。


「ふふ、わかっておるぞ衣玖。その躊躇いがちな言い方。儂のポイントを上げようと頑張っておるわけじゃな、この、愛いやつめ!」
「えいっ♪」
「あばばばばばっ」

 電撃で若干こんがりとした龍神を残し、衣玖はひとまず龍神信仰が残る外の世界へと足を運んだのだった。





 ◇ ◇ ◇





「……さて、どうしたものでしょうか」

 外の世界の信仰の拠点、それを順に回って早一週間。
 心当たりの場所を回り終えても、龍の気配一つしなかった。
 ときに妖怪の気配がして、当たりかと思って近寄ってみたら亜竜が住処にしていたとか。そんなオチ。
 もう一度プランを練り直すにあたり、歴史から調べようと人里へ足を運んでみたが……

「……ふむ、60点」
「わかっております。最善とは言えない策であることくらい」

 いらないおまけ(龍神)が付いてきた。
 しかも人間の男の子の姿で。
 報告に戻って、幻想郷の中の歴史書を調べてみるといったら、行くときかなかったのだからしょうがない。
 口には出していないが、やはり見つからない奥方が心配で――

「ふむ、そうだな。見よ、あの者を、幼さの残る外見をしておりながら、あのような露出に走るなど、愚作としか言いがたい。ゆえの60点だ。ああいった場合は素材を生かし、ハツラツとした印象を与える衣服を――
 む? 衣玖? 何故だまりこんでおる?
 ああ、なるほど、わかっておるとも! お前はしっかり80点の合格ラインを突破――」
「えいっ♪」
「いぃぃあぉぉぉぅぅうう」

 衣玖はとりあえず、微笑みながら両腕で握りこぶしを作り。
 こめかみをぐりぐりと。
 子供の姿であるため、ちょうどいい高さに頭があるのだから仕方ない。
 むしろ、こうやって粛せ……いや、注意をしていかないと、大問題なのだ。

「衣玖、何この人間の餓鬼なんなの? 低俗すぎで哀れみすら出てこないんだけど」

 だって、振り返れば総領娘様がいる。
 衣玖が一週間ほど他の者に身の回りの世話を任せていたら、急に退屈だとか言い出して無理やり付いてきたのである。

「ほう、天人ごときの分際で吠えるものよ。いつのまに犬畜生になりさがったのやら」
「な、こいつ!」
「まあまあ、総領娘様。子供の言うことではありませんか。そんなものにいちいち目くじらを立てていては天人の素養を疑われますよ」
「……誰も怒ってなんてないわよ。躾のつもりなんだから!」
「ほう、躾とは笑わせる。この40点以下の絶壁娘――」
「えいっ♪」
「もふぅっ」

 竜宮の使いですが、仲間の空気が最悪です。
 とりあえずNGワードを言いかけたので、衣玖は献身的に羽衣で口を塞いだ。周囲からは仲のいい姉弟程度に見えるかもしれないが、親しいなどとは口が裂けてもいえない状況であり、その証拠に衣玖の心労がものすごいペースで溜まっていく。
 
「いいですか、二人とも。私はもうすぐあるかもしれない天災を知らせるために動いているだけですからね」

 と、天子や人里の人間向けにはそう言うことにしておいて、裏は語らない。
 そんな単純作業で天子が飽きて帰ってから、本来の目的を遂行しよう。
 そう思って、第一里人に話しかけたら。

「災害がやってくるって? これ以上酷くなるって言うのかい?」

 少々やつれた主婦から聞こえてきたのは、予想を裏切る意味深な言葉。
 衣玖が『やばい』と思ったときにはもう遅く。
 天子の瞳が爛々と輝き始めた。

「この前の地震よりも、酷い?」
「そりゃあ酷いよ。だって雨が降らないんだからね」

 話によると、梅雨時期の雨が少なすぎたのだという。
 そしてそのままからっとした夏に突入してしまったせいで、田んぼに与える水がなくなってきたというのだ。畑も似たような状況らしい。

「雨、ですか……」

 しかし、雨となると、衣玖には心当たりがるわけで。

「妖怪の山の神様は、そういったことに強いのではありませんか? そちらのほうに参拝されてはいかがでしょう」

 こうなっては仕方ない。
 天子が手伝うとか厄介なことを口走る前に、済ませてしまおう。そう判断した衣玖は、最も妥当な答えを探し、口にした。
 すると、予想通り天子は不満そうに口を尖らせるものの、先手を取った衣玖の勝利。

「山の神様か、確か里の代表の人も話をしにいったらしいね」
「そうですか、それではもうすぐ解決ですね」
「……ぐぬぬ」

 加えて、もう事態が動いているのなら、口を挟むこともできない。

「らしいんだけどねぇ……」

 はず、なのだが。
 女性の表情は暗い影を帯びたまま。衣玖が嫌な気配を感じるより早く。

「神様たちがね、雨乞いのマツリゴトを神社でやらないと助けてやらない、とか。もう少し信仰をくれとか言ったらしいんだよ。そしたらさ、水がなくて苛々してた人たちと喧嘩になって交渉決裂になっちゃってさ。
 なんか、その後慌てて、緑の髪の巫女さんっぽい人が人里に、『悪気があってああいったことをいったわけではなく。雨を降らせるためにはもう少し信仰の力が足りないとか、そういった意味なんです。ごめんなさい』とか言ってたけど。
 どうなったことやら……」
「……何やってるんですか、あの神様たちは」

 大方、これは大きく信仰を得るチャンスと考えて、掛け分を引き上げたら逃げられたというヤツに違いない。

「へー、そうなのー、ふーん」

 そして、天子はいつにもましてにこやかであった。
 何故かといえば、天子は解決する手段を持っているから。
 もちろん、衣玖だって百も承知。
 その力のせいで、どれほど苦労したか。
 一時期は悪者に仕立て上げられたりもしたのだ。忘れようもない。
 もちろんそれは……

『緋想の剣』

 気質により局地的な天候を操ることのできる武具である。

「だからね、天気が変わったら目が光ったりする龍神の像があるでしょう? それにちなんで、龍神を奉りあげて雨乞いをしようかって……」

 それでも、にこにこ笑ったままで名乗り出ないのは、いろいろ試したけどやっぱり駄目でした。という結論を聞いてから、意気揚々と私がやると言うためだろう。
 そしてとうとうその瞬間はやってきた、女性の言葉が途切れ始めたのである。
 しかも雨乞いという最後の手段が出てきたのだから、これ以上のことは――
 
「あー、それでしたら、おば様。私の力――」
「そんなことを相談してたら、いきなり妙な手紙が人里に届いたんだ。子供を一人とある洞窟に連れて来いってね。そしたら、雨を降らせてやるって……」
「え?」
「あ、ごめん、何か言ったかい?」
「う、ううん。なんでもありませんわ」

 あった。
 ものすごいことがあった。
 あの天子すら話を続けたら不味いと思った事柄が。

「生贄……ですか、なんと古典的な」
「ああ、それで今、人里の偉い連中が雁首そろえて会議してるってわけさ。回覧板で回ってたから間違いないと思うよ」

 おそらく、この機に乗じて人間の柔らかい肉を食べようという妖怪の悪知恵に違いない。しかし、もしも本当なら子供一人の命で雨を降らせられるのだという。
 そのもしもを期待して、子供を差し出す。
 このままでは進退窮まった農家が暴走しかねない。
 そういったことで会議しているとか。

「すいません、貴重な話を」
「ああ、私も愚痴を言えてちょっとはすっきりしたからね。お互い様だよ」

 そう言って、その女性と別れてから。同じようなことを他の人間に尋ねてみたら、やはり答えは同じ。

「……もう、人里の外にも伝わっていたか」

 その会議とやらに参加していたのだろうか。
 通り道で疲れきった顔の慧音を見つけて話しかけてみても、肯定の返事があった。

「子供の命は無駄にできないから、山の神様と交渉するしかないと思う。ただ、その時間を他の者が待てるかどうか……」

 ある程度権限のある慧音がこういうのだから、話は進んでいるのだろう。
 ただ、他人目で見ても……

「えーっと、慧音とか言ったかしら?」
「おや、そちらはいつぞやの天人だと思うが」
 
 救いの手を出す絶好のチャンスであった。

「ええ、雨が問題でしたら、私が力になれるとおもうのだけれど?」
「雨……、っ!?」

 慧音はある程度妖怪に関する知識がある。
 そしてもちろん、歴史の編纂中に天子の能力やその持ち物の力を把握していた。

「手を貸してくれるか!!」
「ええ、もちろんですわ。困ったときはお互い様ですもの」

 そして、衣玖も把握した。
 天子のお淑やかな微笑を見て、確信した。
 暇つぶしって理由で絶対次の異変の仕掛けするに違いない、と。
 しかし、こうも話が盛り上がってから、衣玖が話を蹴ることなどできるはずがなく……

「……ほどほどにお願いします」

 それだけ釘をさすのに精一杯であった。
 笑顔でも胸を張る天子と、意気消沈の衣玖。その二人を見比べて慧音は首をかしげ、最後にちょうど二人の真ん中へと視線を動かした。

「ところで、その気配からして人間ではないと思うのだが……」

 そして、ゆっくり指差し。

「そのぐったりしてるやつ、大丈夫なのか?」
「……あ」
「……あ」

 恐る恐る二人が振り返ると、衣玖の羽衣に口を固定されたままの子供の姿をした何かが、地面に転がっていた。





 ◇ ◇ ◇





「衣玖? 昨日のことだが、生贄あたりの話から記憶が曖昧なのは何故か?」
「サア、オツカレナノデハ アリマセンカ?」

 仮初の肉体が死亡したとしても、龍の本体には何の影響もない。
 妖怪というものが、精神に依存するということを実体験で把握した衣玖は、丁寧に龍神の疑問に答え、一礼する。
 別に罪悪感があるわけではない。
 普段どおりにしているだけである。

「どこか様子がおかしく見えるが? 昨日何かなかったか?」
「ナニモナイ イク ウソツカナイ」
「そうか、それならばよいが、しかし生贄か……ふむ……」

 どうやら衣玖の応対より地上のことが気になるようで、龍神は玉座に座ったまま深い息を吐いた。

「厄介ごとは続くものよのぅ」
「しかし、総領娘様が動くようですから、問題はないでしょう」
「尻拭いは適格にな」
「……わかってるならそちらから手を回してくださいよ」
「いや、儂もこれから準備をせなばならんのでな。そちらは一任する」
「はぁ……」

 気のない返事を返し、それでは、と謁見の間を出る。
 そうして空中を飛び、時限の壁を越えて、幻想郷の空付近へと移動。
 そこが天子との合流地点。
 厄介な仕事を引き受けたのは仕方ない。さっさと人里の天候も改善させて、奥方探しに専念する。
 そう胸に誓って、そのあたりをふよふよと漂っていたら。

「えへへー、おまたせー」

 思いのほか軽いノリで天子がやってくる。
 ちょっとだけ遅刻して。

「もう、そちらが主役なのに遅刻してどうするのですか」
「ごめんごめん、ちょっとややこしいことになって」
「また天界で問題でも起こしました?」
「いやー、そーいうのじゃー、ないんだけどぉ」

 なんだか、様子がおかしい。
 そう思って、衣玖は天子の腰元に視線を這わせ……

 あれ? と首を傾げる。

 そして、両手に視線を動かして……

 あれ? と首を傾げた。

 最後に、天子の後ろに回って背中を見て……

「あの、総領……娘、様?」

 ――衣玖は冷静に考える。
 まさか、である。
 アレだけ昨日、慧音に啖呵をきったのだ。
 任せておけと、希望を持たせたのだ。
 だから、こんなことが起きるはずがない。
 きっと、何かの悪戯だろう。
 そうに違いな――

「剣を勝手に使うなって、怒られちゃった。て、てへ♪」
「そうですか、怒られたのですか」
「うんー、ま、まあ、仕方ないよね」
「そうですね、仕方ありません」
「あははは」
「うふふふ……」

 だっ!
 
「あ、こら衣玖! 何で逃げるのよ!」
「離してください! 私は無関係です! 調子に乗った総領娘様がいけないんです! 
 勝手に地上でお仕置きされればいいんです!」
「そしたら衣玖がお父様に告げ口したから剣をもってこれなかったって言うわ!」
「そんなっ!? 天人としてのプライドはないのですか!」
「それを守るためにどうにかしろって衣玖に言ってるの!」
「嫌です! 離して~、離してください~~~!」

 衣玖の悲しい叫び声がこだまする中で、二人の身体はゆっくりと地上へと降りていくのだった。
 そうして、半分諦めた衣玖と天子が人里の入り口にたどり着いたとき――
 機能まではなかった看板が、目に飛び込んできた。



『雨を降らせて欲しければ、若い娘を洞窟まで連れて来い』



 昨日とは違う場所の洞窟、そして異なる要求。
 奇妙な看板がそこにあった。





 ◇ ◇ ◇





 溺れるものは藁をも掴む。
 
 そんな言葉にあるとおり、なにを思ったのか里は生贄となる若い女を二人選んだ。
 それでも、二人は選んだ人里の人間たちに恨み言一つ言わず。

『私の力が助けになるのなら』

 と、献身的な言葉を残し、暗い、暗い洞窟へと足を運ぶ。
 頼りになるのは、手に持つランプの明かりだけ。
 頭からすっぽりとフードを被り、顔や身体を布で覆ったまま、二人は無言で歩いていく。それでも、不安は消せないのか。
 一人が、声を漏らす。

「どうして、私たちが行かなければ行けないのでしょう?」

 それは最後まで行くのを渋った女性の声。
 それでももう一人は励ますように、

「もし相手が雨を降らせる能力を持っているなら、活用しない手はないわ」

 なんだかあくどい事を言い始めた。

「雨を降らせられないとか、先にやりはじめた妖怪の真似とか言い出したら、こう、首をきゅって」

 最悪である。
 奥に待つ妖怪よりも、こちらの少女が退治されるべきかもしれない。

「そうですね。雨を降らせることが第一ですからね……誰かさんが、剣を持ってきていればこのようなことにはならなかったのですが」
「衣玖、後ろを振り返ってばかりじゃ。前には進めないのよ」
「ちょっと電撃飛ばしていいですか?」
「なんでっ!? ちょっといい事言ってみただけじゃない!」

 お分かりかと思うが、目深にフード付コートを被っているのは天子と衣玖であった。
 衣玖としては、

『総領娘様の体型なら、子供を欲しがる妖怪でもいけるんじゃないですか?』

 などと言ってやりたかったが、本気で目を潤ませそうだからやめた。
 何はともあれ、里に恩を売る、プラス、剣のことをなかったことにして貰うために二人は洞窟へとやってきたわけだ。
 発案者の天子はランプをもってずんずんと進んでいくわけだが、衣玖は正直半信半疑であった。
 魔女や天子が異変時に簡単にやってのけてはいたが、あれは高度な術式や道具の助けがあったから。
 準備なしでやれるものではない。
 雨の元となる湿気があれば天狗でも可能だが、今の乾ききった空気ではそれも難しい。
 やれるとすれば、雨や水を司る妖怪となるのだが、最低でも龍神様の浮気相手のミズチくらいでないと、広範囲の雨は期待できないだろう。
 ただ、そうなってくると……
 そんな幻獣クラスのものがぽこぽこ出てくるわけもない。

「広いところに出るみたいね、準備いい?」
「……ええ、それなりには」

 だから衣玖はどこか疑いながら天子の歩みに続く。
 ごつごつした通路の先の、光が放物線に広がる大きな空間。
 その半球状と思われる場所に一歩足を踏み入れて、

 ぺたんっと、天子が部屋の隅で座る。
 ランプを足元に放り出し、ただ、信じられないものを見上げるようにして。

「うそ、でしょ?」

 そこまでは、作戦通り。
 最初は脅えた少女を装って、相手の隙を探って退治する。
 たったそれだけの単純な計画だ。

 現に天子は、その行動を取っている。
 煌々と灯っていたランプは、斜めにされたことでアルコールが漏れ出し、その地面ごと激しく焼く。そのせいでわずかに光量があがり、天子が見上げた先にいる妖怪の姿が大きく浮かび上がった。
 ただ、予想外だったのが……

『脅えることはない、少女よ……』

 伝承では鋼すら打ち返すという、硬いうろこに覆われた長い身体は広間に収まりきらぬほど。
 そして、人間一人をあっさり飲み込めるほど大きな口と、鋭い牙。
 岩のような角を顔から生やし、圧倒的な威圧感を与えると同時に、神々しさも感じさせるそのたてがみは炎のように揺れる。

「なんで、こんなのが幻想郷にいるのよ!」

 予想外だったのは……まさに、幻獣クラスの化け物が、今目の前にいるということ。
 まさに、それは……たった一文字。

『龍』

 それ以外の何者でもなかった。

「天子様……、お逃げください」

 ゆえに、衣玖は躊躇わなかった。
 座り込む天子の側まで近寄ると、耳元に唇を持っていき、そう告げた。
 
「な、何を、言っているの? 天人である私が、逃げるなんて……」
「では、天子様には勝算がおありですか?」
「……ない、わ」

 あるはずがない。
 能力が大きくものをいうこの幻想郷では、単純に力が弱いからといって弱者になりえないというのに。力の差が歴然である相手、加えて能力がわからない化物相手に勝つなど、できるはずがない。

「幸いなことに、私は電撃で光を発することができます。それで目をくらませることはできるでしょう。その間に天子様は、私が仕える竜宮まで……そちらなら対処法があるはずです」
「でも、そうしたら衣玖が……」

 二人が会話をしている間にも、大きく首を上げた龍が迫ってくる。
 もう、残された時間は本当にわずかしかない。

「大丈夫です。総領娘様、私はこれでも竜宮の使い、龍を扱うことには慣れています。それに総領娘様のような我侭な人が一緒では、逃げ遅れてしまいそうです」
「……衣玖」
「さあ、お早く」

 鼻を鳴らす龍が段々と近づくにつれ、衣玖のコート内で帯電が大きくなる。
 ぱちぱちという音を間近に聞きながら、天子は体を起こして地面を蹴った。逃がすまいと、龍が大きく吠えた瞬間。
 衣玖は全身から電気を放出する。
 顔を近づけていた龍は、その閃光を間近で受けて目標を失い。
 やすやすと天子を逃がすこととなる。
 その足音が十分離れたのを確認して、衣玖はふふっと微笑んだ。
 あまりにも圧倒的な、化物に向けて……

「……な・に・を・な・さ・っ・て・い・る・の・で・す?」

 もう一度、ばちばちと発光した直後。
 面白いくらいに龍の巨体が跳ねた。
 軽く地震が発生する程度に。

「え、あ? ……ま、まさか、衣玖か?」
「ええ、残念ながら」

 ばさり、とフードを取って見せたとき。
 圧倒的な力の差などないように、急に龍が『伏せ』の体勢を取る。

「……ふむ、さすが、衣玖……人里には美人で若い者を寄越せといってみたのじゃが、ふふふ、やはり人里のものも見る目があるのう。衣玖を選ぶとは?」
「……で?」
「お、おう、その地味な茶色のコートも中々似合っておるではないか。やはり美人は何を着ても似合うというが、衣玖は別格だな」
「……で?」
「いや、まあ、うむ、あれだ……」
「……」

 お世辞にもまったく反応なし。
 ただ、電撃を纏いながら冷たい視線を向け続ける衣玖を、上目遣いでしばらく見つめていた龍神は、参ったという様子で目を伏せた。

「……悪ふざけが過ぎた、雨を降らせるから、そろそろ許せ」
「初めからそうしてください、まったく」

 ミズチよりももちろん上位種である龍神の力により、雨は幻想郷全体に程よく降り注いだ。
 これでやっと、奥方捜索を再開できると衣玖は胸を撫で下ろした。
 龍神も人型(子供)に戻り、

『地上で雨を喜ぶ人間たちの様子を見よう』

 ということで話が落ち着いたのだが、洞窟を出た瞬間。
 
「え……? 衣玖?」
 
 雨の中傘も差さずに立ち、
 一度は父親に怒られて諦めた剣を握り、ぜぇぜぇと荒い息をつく。
 そんな天子とばったり鉢合わせして……

「――」

 雨でぐっしょり濡れたまま、無言で抱きついてきた天子をそのまま受け止め、
 衣玖はしばらくその背中を撫で続けた。
 けれど、そんな時間はそう長くは続かず。

「ああ、良かった! 二人とも無事だったかっ! って、ん? どうした?」

 様子を見に慧音が近寄ってきた途端、天子は慌てて衣玖を押し退ける。
 そのせいで衣玖は水溜りの上で尻餅をついてしまった。

「ドジだから水に足を取られて転んだだけです。出迎えていただきありがとうございました。狙い通り、雨を降らせることに成功いたしましたわ」

 そして突き飛ばした本人はこの天人スマイルである。

「ああ、それはこの雨が証明してくれている。異変の中心となった経緯からあまり信じすぎるのもどうかと思っていたのだが、疑った私を許して欲しい」
「頭を上げてください。過ちは誰にでもあるもの、そういった過ちを通じて人は成長すると聞きます」
「ありがとう、里を代表して改めて礼を言う」

 何か言いたそうに座ったままの衣玖であったが、天子の笑顔を横目で眺めつつ立ち上がると。

「お先に失礼します」

 とだけ言い残してその場を去る。
 もちろん、人間の子供状態の龍神を連れて。
 あれだけ満足そうにしているのならば、天子が異変の種を振りまくのはしばらくないと判断したこともある、が。
 やはり奥方の居場所を探さなければと、龍に関する歴史書を貰うために阿求のところへと急ぐ。

「ところで、もう一つの雨を降らすという妖怪は放っておいていいのか?」
「もう雨は降りましたから、脅しにもなりません。無駄足を踏む必要はないでしょう。それよりも奥方を先に見つけなければ」
「はっはっは、そうそう見つかるものではないだろうよ。あやつも儂と同じでなかなか頭が回るからのぅ」
「……え?」
「なんだその不思議そうな顔は」
「まあ、確かに意地っ張りなところや、一部似たところはあるかも――」

 と、言いかけて。
 衣玖はふと、基本的なことを思い出した。

「すいません竜神様、龍って基本的に一人でいるときどうやって過ごします?」
「……ふむ、だいたいは洞窟の奥で、眠っておることが多いな。後は暇つぶしに好きなものを集めてみたりとか。宝石など、輝くものが好きなやつは多いな。ふむ、だから儂は若い女子を集めて、寂しい気持ちを紛らわせようかと考えたわけであって……、ん、なんだ? なんで急に儂を引っ張って?」
「……ああもう、それを早く言ってください!」
「ん? む?」

 急に阿求の家行きのルートから外れながら進む衣玖に引っ張られ、龍神は戸惑いながら付いていったのだった。
 




 ◇ ◇ ◇





 子供を要求した妖怪がいるはずの洞窟の中、そこに二つの足音が響く。
 それはどんどん、どんどん奥へと広がり。

「……やはり、来てくれたか」
「まあ、いろいろと遠回りはしたが」

 広間の中で、人間状態の龍。
 衣玖があれほど探して井はずの奥方が、ぼうっと天井を眺めていた。そんな奥方に対し龍神はゆっくりと近づいていき。

「しかし、あなたがこのような計らいをしてくれるとは思わなかった」
「ん?」

 そして、奥方は恥ずかしそうに、微笑み。

「子供がいれば、あのときのようにあなたの愛を一身に感じることができる。そう思ってわざと馬鹿げた要求をした。それを理解し、まさか始めて生んだ子供の誕生日を選んで来てくれるなんて」
「……え?」

 奥方に近づき始めていた龍神の動きが止まり、何故か衣玖に視線を向けてくる。
 しかし、衣玖はそれに首を左右に振って返すことしかできない。
 空気を読める衣玖ですら理解できない状況だったからである。
 とりあえず、龍の生態と若干性格が似てるという点で、もしかしたらあたりかもしれないと足を運んだだけなのだ。
 深い意味などあるはずがない。
 龍神が固まっている間に、奥方のほうはしなだれかかり。

「もう、あなたったら。この場所だって、初めてあなたと出会ったところだとわかっていらしたのでしょう?」
「……え?」
「幻想郷から出る前に、熱い一夜を過ごしたのもここ」
「……」
「……まさか? お忘れで?」

 あ、これ、否定したら死ねる。
 かなり距離があるというのに、奥方がわずかに放出した敵意で、衣玖の全身に怖気が走る。
 そんなものを超至近距離で受けた龍神は……

「もちろんだとも、ムードを作るためにわざと焦らせてしまってすまなかった……」
「ああ、あなた!」

 大災害発生の危機と世界を駆けずりまわって、振り回された結果がこれ。
 衣玖は幸せそうに抱き合う二人を遠めに眺めながら、邪魔者は去るべきと洞窟から出た。そして、まだ雨が降り注ぐ中、傘も差さずに天子のところに戻り。
 笑顔でこう言った。


「総領娘様、あの洞窟付近に地震をお願いします」






 あのときの衣玖の目はまったく笑ってなかった……    by 天子
 
 
い「ところで竜神様、何故子供の姿を?」
り「わかっておらぬな……」
い「やはり相手に本音を語らせるためとか?」
り「子供であれば、ふとした瞬間のソフトタッチが許されるではないか!」

 バチィッ!
pys
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コメント



0.1980簡易評価
3.100名前が無い程度の能力削除
まさか龍神様が続くとはw
今地震起こしても、おそらくムード作るだけなんだろうなぁ
5.90奇声を発する程度の能力削除
また龍神様w
とても面白かったです
18.100名前が無い程度の能力削除
またまた楽しく読ませていただきました。面白かったです。
戻ってきた天子が、衣玖に無言で抱きつくところも良かったです。
短い文ながらも、天子の気持ちが伝わってくるようでした。

それにしてもこの龍神様ダメすぎるだろwww
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凄く面白かったですwwそして龍神様はこれからも懲りないんだろうなぁ…衣玖さんご愁傷様としか…
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ダメな龍神様ww
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龍神さまは本気でダメみたいだ。爽快なラストでした。思わずにやり。
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これが幻想郷の最高神…
またまたお騒がせで面白かったです