Coolier - 新生・東方創想話

空に二つ目の太陽 (3/6)

2012/07/16 18:51:30
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七月二十八日 朝方 博麗神社

胸のつかえが取れた霊夢は鼻歌を歌いながら軽やかに空を舞って神社へ帰って来た。
眼下の博麗神社、山に囲まれた境内は歩いて来るには非常に都合の悪い場所であり、従って当然参拝客が少ない。
さらには妖怪や鬼が住み着いていると言う噂が立ち(噂でなく実際にそうなのだが)里の人間がここに訪れることはほとんど無いと言ってもいい。
それでも依然と比べてずいぶんと人間が参拝に来るようになった、残念ながらそれは博麗神社ではなく博麗神社にある守矢神社の分社へ、なのだが。
神社の上空までやってきた霊夢の視界にその分社に向かって何かをしている人影が写った。
「まさか、賽銭泥棒?」
悲しいかな本殿の賽銭がほとんど期待できない博麗神社にとって分社の賽銭は貴重な収入源なのだ。
急降下して賽銭泥棒の身柄を確保に向かった霊夢は後頭部にキックをかましてやるつもりで勢いよく突っ込む。
しかし命中する寸前に人影が風のように移動した。霊夢のキックはむなしく空を切りバランスを崩した霊夢はそのまま地面に倒れこむ。
「あやややや、神社の清掃にきた善良な妖怪に挨拶代わりに飛び蹴りとは恐ろしい暴力巫女ですね、これはスキャンダルになりますよ。」
賽銭泥棒だと思われた人影は山の天狗射命丸文、どうやら分社の清掃をしていたようである。
「もう、なんでそんな事してるのよ、てっきり賽銭泥棒かと思ったじゃない。」
「正直私もなんでだと思ってますよ、神社の清掃は巫女の仕事で私の仕事ではありませんので。あ、賽銭の事ならご心配なく、いつも通り一銭も入っておりませんでしたので。」
「いちいち一言多いのよあんたは。でもどういう風の吹き回し?この期に及んで守矢神社の清掃だなんて。」
少し前までこの分社は霊夢が博麗神社のついでに清掃を行っていた、しかし今回の件があって頭に来ていたまったく清掃をしなくなったのである。
雑草が茂りなんだかよくわからない気持ちの悪い虫が住み着いたり蜘蛛の巣が張ったりとそれはひどい有様だった。
「一言で言えば仕事ですよ、大天狗様の御指示で私が清掃に来たのです。天狗は山の本殿に参拝できますが里に住んでいる人間の信者さんがたはここに来ているようなので。」
文は汚れた石の宮形に洗剤をつけては丹念に磨き上げている。
「どうです?河童に分けて頂いた洗剤なのですが、なかなか綺麗になるものでしょう?」
「それはいいんだけどさ、山の妖怪はまだ守矢神社を信仰してるの?」
「そうですよ、河童はエネルギー問題を考えたら守矢神社につくのは当然ですし、私たちは天魔様が引き続き守矢神社を信仰すると仰ってますから。」
しかし霊夢には腑に落ちない事がある、だったら目の前にいる天狗は何なのだ。
今は大天狗の指示だという事で分社の清掃をしているが例の会議にも顔を出していたではないか。
「天狗全体があいつらを信仰するってのはわかったけどあんたはどうなの?あの異変の黒幕が守矢だって知ってるでしょ?」
「もちろん知ってますよ、あと天魔様も大天狗様もご存知のはずです。なにしろ私が報告しましたので。」
文は霊夢にはまったく視線を向けず宮形を磨き続けながらさらりととんでもない事を言った。
「え、天狗は黒幕の事を知ってて信仰するって決めたっての?!」
「ええ、私たちにとって天魔様の方針は絶対ですから。ちなみに本殿は今頃非番の白狼天狗が清掃しているはずです。私もここが終わったら合流するように言われてますが正直面倒なのでここをもう少し丁寧にやろうかと。」
「つまり掃除してるように見せかけてサボってるって事ね。」
「有り体に言えばそうですね、まあ私たち鴉天狗は取材を行う身分なのである程度自由が認められていますからその分は気楽なもんです。」
「ただねぇ、一つ気になることもあるのですよ。」
ここで文は初めて清掃の手を休めて霊夢に向き直った。
「私が黒幕の件を大天狗様に報告に行った時ですがね、どうも大天狗様はその前からわかっていたみたいなんですよ、黒幕の正体を。」
「あんたより先に誰かがすっぱ抜いただけなんじゃない?前に言ってた引きこもりの商売敵とか。」
「それはありえませんね、飛行速度もスクープも幻想郷最速を誇るのがこの私、射命丸文ですから。それに大天狗様の驚き方があまりにもわざとらしかったんですよ、実のところ笑いを堪えるのに大変でした。」
「本当は知ってたけどあんたには知らないフリをしてたって事?確かに怪しいわね。」
「何か裏があると思いますよ、もっとも裏があるとしても私個人には関係ありませんけどね。」
今度は宮形の土台に洗剤をつけて磨きはじめた。
「無関心?記者がそんな事でいいの?」
「無関心ではありませんよ、私がどう考えていようと上からの命令には従うしかないのですから関係ないとはそういう意味です。」
「そんなんでいいの?それじゃ自分の意思がない操り人形みたいじゃないの。」
「残念ながら組織に属すると人間も妖怪もこうなってしまうのですよ、楽もある反面面倒な事も多いです。」


丁寧に土台を磨く文、丁寧というよりもわざとゆっくり磨いているようにも見える、よほど本殿の清掃に行きたくないのだろうか。
「実際ね、疲れるときもありますよ。特に白狼天狗は融通が利かないもんですからね。」
「実はさっき本殿の清掃にも行ってきたのですよ、そうしたら何やら空気が険悪なのです。なぜかわかります?縄張り争いですよ、誰がどこを掃除するかって。」
土台を磨き終わった文が今度は宮形の屋根を磨き始めた、屋根はもうピカピカですでに磨き終わっているように見える、ここから先は本格的にサボるつもりなのだろう。
「ほんと彼らは犬の本能なのか三度の飯より縄張り争いが大好きでしてね、だから警備の仕事を任されているんでしょうがこっちはたまりませんよ。それで暇だから縄張り争いしている白狼天狗の写真を撮っていたんです。」
文は話に夢中になって気付かないようだが、背後に白い人影が音もなく降りてきていた。
「白狼天狗の犬走椛を覚えていますか?霊夢さん達が山に入って来た時に戦ったと思いますけど、可愛げのない子なのですがねぇ、なぜか鼻高天狗の間では大人気なのですよ。」
「だから鼻高天狗達が余り見られない縄張り争いしている時の椛の顔をバッチリスクープしましてね、後で頒布しようと思っていたのですが椛にえらく怒られてしまいましてね。」
霊夢はここにいてもつまらない喧嘩を見せられるだけだと思いさっさとその場を離れると箒を持って階段の掃除を始めた。
「いやはや本当に困ったものですよ、確かに黙って立っていれば少し可愛げがあるとは思いますよ、しかし白狼天狗は皆そうですが生真面目すぎて怒りっぽいのです。」
「それで撮ったフィルムを寄越せなどと言い出しましてね、記者にとってネタが詰まったフィルムを渡すと言うのは命を差し出すのと同じくらい大事じゃないですか。」
「当然拒否しますよ、そんな横暴を許すのはメディアの自殺行為です。しかしあの子もしつこいんですよ。終いには無理やりフィルムを奪おうとしてきたりしましてね。」
「埒が明かないのでこっそり予備のフィルムと取り替えて渡したんですよ、あの子には見分けがつかないだろうからバレはしませんね。今頃地面に穴を掘って空のフィルムを埋めてるんじゃないでしょうか、骨を貰った犬みたいに。」
「まぁ白狼天狗は生真面目なんですがその分お間抜けなので、特に椛は。この写真を鼻高天狗に売ればさっき取られた予備のフィルム代くらいはでますかね、でてくれないと困りますけど。」
「霊夢さんも気をつけたほうがいいですよ、あの子達はしつこいですからね。目をつけられたら大変ですよ。」
「それはそれは色々と大変そうですね、心中お察しします。」
背後からその声が聞こえた瞬間、文は身を翻して声の主から5mほど離れた位置で身構える。
「あやややや、貴方がそんな嫌味を言えるようになったとは驚きですね。」
「貴方のいい加減なところが伝染ったのかもしれません、困ったものです。」
椛がゆっくりと文ににじり寄る、それに対して文は距離を縮められないように後ずさりする。
「ちょっと、せっかく掃除したんだから。喧嘩なら余所でやってよね。」
箒を持ったままの霊夢が目の前を通り過ぎる二人に嫌味を言う。
「私は喧嘩したくないのですよ、しかし椛が見逃してくれそうにありませんので、まずはその物騒な刀を仕舞いませんか?」
「私も喧嘩したくはありません、文さんが黙って真面目に仕事をしてくれれば刀など必要ないのですが。」
「私は天狗世界におけるサボリーマンなのです、貴方達のように飽きもせず仕事ばかりしているわけにいきませんよ。」
「またわけのわからない事を。そうやってすぐ人を煙にまこうとするのが貴方の悪い癖です。そんな風だから貴方だけ・・・いやなんでもありません。」
「先日河童に頂いた外の世界の本に書いてあったのですよオフとオンを上手く使い分ける優秀な組織人をサボリーマンと言うそうです、椛も読んでみますか?山に篭もってばかりいないで見識を広める事も重要ですよ。」
「必要ありません!山窩!エクスペリーズカナン!」


椛がカードを取り出し頭上に投げ、手に持った刀で三度斬りつけた。
六つに分かたれたカードがそれぞれ渦巻き型の弾幕となって目の前にいる文に襲い掛かる。
「残念でしたね、貴方の得意な地上で勝負するほど私もお人よしではありませんよ。」
椛も気付かぬ間に空中へ飛んでいた文は悠々と弾幕を回避し上空で腕組みしながら余裕の表情で椛を見下ろしていた。
しかし椛が動くと同時に空中へ逃げた文も気付いていなかった。椛が最初に投げたカードは二枚、一枚目がかわされるのは計算のうちだ。
未だひらひらと宙を漂う二枚目のカード、椛は気合いと共にそれを一刀両断した。
「狗符!レイビーズバイト!」
椛を見下ろしている文の上下に牙のような弾幕が現れ獲物を噛み潰そうと襲い掛かる。
文は錐揉みしながら頭上の弾幕に自ら飛び込む、牙と牙のわずかな隙間を縫うように抜けて椛のいる地上に向きなおした。
「今のは危なかったですよ、さすがの私も・・・ってぇ?!」
新しく現れた牙が文に襲い掛かる、間一髪で牙から逃れる文。
椛の追撃はまだ続いた、続けざまに襲い掛かる牙は徐々にその間隔を狭めて文を仕留めようとする。
ついに椛の牙が獲物を捕らえた、文は瞬時に体を捻って直撃を免れたが足に手痛い一撃を受けてしまった。
食い千切られたスカートの裾が宙を舞う、椛の追撃はまだ止まらない、獲物を完全に仕留めるまで食い下がるつもりなのだろう。
「んー、これはちょっとまずいですよ。仕方がありませんね。」
逃げるのを諦めた文はポケットからカードを取り出し手に持った団扇で風に乗せる。
「風神!二百十日!」
文の周囲を取り囲むよう四つの竜巻が現れる、竜巻は文に追いすがる椛の牙を飲み込み巻き込んでいく。
「ふふふ、私を少しだけ本気にさせた貴方が悪いのですよ椛。」
地上の椛に向け、オーバーアクションで団扇を仰ぐ文。
文が呼び出した竜巻はその指示に従うように突風となって椛に襲い掛かる、もちろん椛自身の牙を巻き込んだままだ。
「え?え?ば・・・馬鹿なッ!」
椛は目の前で起こった出来事が信じられなかった。
左腕に装着した盾を構え身を守るのに精一杯である。
牙と風の衝撃を盾に受けた椛がジリジリと後ずさる、砂煙で周囲が見えない椛は音で周囲の気配を探ろうとするが風の吹き荒ぶ声がそれも許さない。
ようやく風が収まった、視界が開けた椛が空を見るが文は見当たらない。
「一体・・・どこに・・・あっ!」
千里眼をフルに働かせて漸く見つけた文はすでに山を三つ越えた辺りまで遠ざかっていた。
見つけることはできてもここから椛が文に追いつく事は不可能である。
文が逃げてしまった博麗神社には獲物に逃げられてイライラしている白狼天狗と掃除した階段を砂と落ち葉まみれにされてイライラしている巫女が二人残されただけだった。


七月二十八日 夕刻 灼熱地獄跡

「想起!ギガフレア!」
両足を踏ん張り拳を握り締めた右腕を前方に突き出す。
空が核融合の力を使う時のポーズを真似たさとりが右腕に妖力を集中する。
右腕が千切れて四散しそうな激痛を少しでも和らげようと空いた左手で右腕を握り締めている。
さとりの妖力が超高熱に変換されて拳から放出されはじめた。
右腕を苛む激痛が激しくなる、激痛はそのままさとりの集中を掻き乱しそれがさらに妖力を分散させてしまう。
それでもさとりは耐えた、さとりの拳から発せられた擬似的な核融合の炎が大きな球体となって空気を振るわせる。
「っ・・・!」
激痛に顔を歪めながらもなんとか球体のコントロールを保とうと妖力を篭める。
球体はゆっくりと、しかしまっすぐに前へ進みだした。
「あ、今度はうまくいきましたよ!」
後ろで見ているお燐が小躍りして喜ぶ。
その隣では空が難しい顔をしてじっと主人の姿を見つめている。
長い時間を掛けて球体が1mほど進んだところでついにさとりの集中が切れてしまった。
制御を失ったエネルギーの塊は無数に分裂し、四方八方無差別に放たれる。
「危ない!」
空がさとりの前に立ちふさがり暴走したエネルギーの雨をマントで受け止める。
流れ弾が足元を直撃したお燐があわててさとりの背中にくっつくように抱きついた。
空が山の神様に与えられたマントは八咫烏の羽に倣い本物の核融合熱にも耐えるように作られており、この程度のエネルギーならば難なく受け止められるものだ。
「ごめんなさい、やっぱり私にはメガフレアまでが限界のようです。」
その場にへたり込み肩で息をするさとり、右腕をさすっているのはまだ痛みが残っているのだろう。
「仕方ないですよ、いくらさとり様とはいえ核融合を完全に模倣するのは難しいと思います。」
それは空の言う通り、想起はあくまでさとりの妖気を使って対象の記憶を擬似的に模倣する術である。
単純な火力だけならば幻想郷の妖怪でも並び立つものの少ない空のスペルを完全にコピーするのは不可能だった。
「でもまさかあたいがおくうと喧嘩した時のトラウマがこんな役に立つとは思わなかったよ。あんときはほんと黒焦げにされるかと思っちゃった。」
「そうね、私もおくうのスペルを想起に使う事になるとは思わなかったわ。」
当初の計算に入っていなかった妹紅が参加した事によって、紫の計算ではさとりがメガフレア程度の熱量が出せれば充分だとの結論だった。
しかしそれでも万が一の事を考えてさらに上、できればペタフレアをモノにしようと3人で灼熱地獄跡に篭もったのが昼食後すぐ。
ここは景色もまったく変わらず時間の感覚がわからないがもう6時間以上ぶっ通しで特訓しているのだ。
「さとり様、少し休みましょう。」
「うん、さとり様、あたいもお腹空きました。」
「そうね、一度地霊殿に戻ってお夕飯にしましょう、おくうとお燐も久しぶりに地霊殿で一緒に食べましょうか。」


七月二十八日 黄昏時 地霊殿食堂

さとりは普段一人で自分の部屋に篭もって食事を取る事が多い、しかし今日はペット達が集まる食堂へやってきた。
動物の姿を残したペット達は嬉しそうにさとりの足にじゃれついたり肩に止まったりする。
反面人の姿を持ったペット達はそれとなくさとりを避ける、さとり本人は慣れたものだが一緒にいる空お燐にはそんな光景がひどく痛々しく感じられた。
もちろん空もお燐も心を読まれるのが好きなわけではない、実際のところそれだけはいつまで経っても苦手なままだし今後も慣れるとは思えない。
しかしさとりとお燐はさとりが地霊殿に来て間もなくからずっと一緒にいたペットであり、単なるペットの枠を超えた家族のような存在だった。
さとりは他のペット達に気を使い一番奥の隅に空いているテーブルを見つけ腰を下ろす。
さとりから見て右に空、左にお燐、久しぶりにこうして三人並んで食事をするのだが自然と一番落ち着くこのポジジョンに収まった。
空もお燐もまだ動物だった頃から三人一緒にいる時はずっとこのポジションが多かったのだ。
三人の目の前に置かれているのは冷たいころうどん、さっぱりした味が暑くジメジメした地底では人気のメニューである、そのころうどんを三人は三者三様に食べる。
さとりは無難に箸を使い、空は最初からお盆に置かれた箸には見向きもせずにフォークで食べる。
お燐も少し前までフォークを使っていたのだが地上へ遊びに行くようになってから巫女らの影響を受けたらしく危なっかしく箸を使っている。
「ごちそうさま。」
さとりと空がほとんど同時に食べ終わるがお燐はまだ半分ほど残っている、ここで漸く食べにくいので箸はあきらめてフォークを使い始めたようだ。
「地底のうどんは食べにくいよー、地上のはもっとコシがあって掴みやすかったのにー。」
「無理に箸なんか使わなくてもいいじゃないか、食事は美味しく食べられればそれでいいんだから。」
お燐が食べ終わる頃には回りにもうペット達はほとんどいなかった。
おずおずと食器を下げにきた食堂担当のペットも逃げるように厨房に戻っていく。
「やっぱり、寂しいですね。」
空にはペット達の気持ちも判るので彼らを責める気にはなれないがやはりこういう場面を見るのは辛い。
「そうでもないわよ、私を避けるようになるのは動物が知恵を持ったという事だから。子供が成長したような嬉しい気分だわ。」
そうは言うもののやはりさとりの表情には曇りの陰が見える。
「そういえばおくう、核融合には山の神様にもらった元がいるって言ってたけど大丈夫なの?」
「それは問題ありません、間欠泉地下センターの警備もあるのでいつも多めに預かっていますから。それに先日なぜかいつもより多めに貰いました。」
変な話だ、異変を起こすのに空の火力が驚異になる事は充分有り得るのになぜそのような事をするのだろう。
考えてもわからないのでひとまずその事について考えるのはやめる事にした。
「それよりもまだ旧地獄の異変の事を気にしているのね、今度の戦いで贖罪ができないか考えているの?」
「はい、実は先日命蓮寺の説法を聞きに行ってからずっと考えていました。罪人は輪廻の中で贖罪を果たして新しく生まれ変わるのだと。」
「輪廻の輪に入るのは今の貴方が死ぬという事よ?私もおくうと離れるのは嫌だしお燐も嫌がると思うけど。」
ボーっとして話を聞いていなかったお燐は急に名前を呼ばれて驚いた。
「あたいだっておくうと別れるのは嫌だよ、ずーっと一緒にいた仲間がいなくなっちゃうじゃない。」
「私だってもちろん嫌ですよ、でもそれが私の運命だと思うのです。いつもなら住職の話など一晩寝たら忘れてしまうような私でさえしっかりと覚えているのですから。」
「おくう、私は貴方達よりも外に出た事が無いけど、外の人たちの事は色々知ってるわ。そしてみんな多かれ少なかれ罪を犯している、それでも前向きに生きているのよ。」
「でもそれは私が聞いた話とは・・・」
「それはたくさんの人間に向けた話だと思うわよ、中には当てはまらない者もたくさんいるわ。特に力のある者、私も本で読んだ事があるけど、力のある妖怪や神霊は自分の運命を切り開く事ができるから必ずしも輪廻の輪を辿る必要はないのよ。自分の意思で輪廻を拒否した魂は現世の罪を現世で償うために生きるの、何をするかは人それぞれ。」
「でも私は・・・」
空の言葉をさとりが遮る。
「あら、私は世紀の大罪人だからですって?でも貴方のは未遂だからいいじゃない、私の罪のほうがよっぽど大罪よ。」
「え・・・?」


空とお燐が息を飲んだ。さとりをよく知る二人にとってさとりと大罪などまったく結びつかない言葉である。
この二人でなくともさとりを知っているものは皆そう言うだろう。
さとりが嫌われるのはすべてその力のせいであり、さとり自身は清廉潔白、罪などという言葉とはまったく無縁の存在だ。
「私の罪が何なのか判らなくて混乱してるの?そうよね、誰にも話した事はないから。」
「心配しないで、貴方達には関係ないわよ。貴方達と出会うずっと前の話だもの。」
空もお燐も主人に対して久しぶりに感じた感情、恐怖。
続けざまに相手の心を読み、内容を言い当てながら薄ら笑いを浮かべる今のさとりには何か得体の知れない恐怖を感じる、むしろこれが妖怪覚の本当の姿なのかもしれないが。
「私の罪はこいしよ。私はこいしの心が壊れるのを止められなかった、これが私の背負っている大罪ね。」
「でもこいし様は自分で、その・・・第三の目を閉じたのではなかったでしたか。」
空が恐る恐る尋ねる、家族同様の関係な三人の間でもこいしの話はアンタッチャブルとなっている。
誰が決めたわけでもないがいつしか自然とそうなっていったのだ。
「そう、私の目の前でね。ものすごく悲しい顔をしてわんわん泣きながら、誰にも仲良くなってもらえないのならもうこんな力は要らないって。」
その光景を想像した空もお燐も、その緊迫した空気を実際に肌で感じているような気分だった。
主人の妹であるこいしも、二人にとっては家族のような物である、しかしこいしとはたまに顔を合わせるが彼女にはもう存在自体に恐ろしい何かを感じるのだ。
いつも楽しそうに笑ってはいるがそれは作られた紛い物の笑顔、いつも本当の表情が見えないように思えるこいし。
そもそも二人にもこいしがどこにいるのか、もし今すぐ隣にいたとしてもその存在を感じることはできない。
こいしの方から二人に用事がある時にだけ姿を現すのだ、そんなこいしの力も三人の間でこいしの話をさせない抑止力になっていた。
「私にもその時はわからなかったわ、まさか覚の力を捨てる事が心を捨てる事に繋がるなんて・・・」
「でもそれは・・・」
「違うの、止めようと思えば止められたの。あの時はまだ私のほうが力も上だった。その気になれば無理やりに止める事もできたわ、実際そのつもりだった。」
「え、それでは・・・」
「そうよ、止められなかったんじゃなく止めなかったの。うーん、それも少し違うかしらね。」
「本当は力ずくにでも止めるつもりだった、その時は。でもこいしが覚の力を捨てて色んな人や妖怪と仲良く遊ぶんだって叫んだ時にね・・・」
さとりはここで一つ大きく息を吐いた、次の言葉を捜しているのか、どちらかというと次の言葉を吐き出すのを躊躇っているようだ。
「羨ましかったわ。覚の力を捨てれば皆と仲良くなれる、私もひょっとしたらそうなれるのかもって思ってこいしを止めるのを躊躇してしまったの。その隙にこいしは第三の目を閉じてしまった。」
「結果は二人も知っての通り、覚じゃなくなったこいしも皆と仲良くする事はできない、皆に嫌われるか皆に相手にされないかの違いだけだったのよね。」
空とお燐はさとりの顔を見ることができなくて、下を向いてじっと床を眺めていた。
付き合いの長い二人でも今まで見た事もない悲しい顔をしているさとり、その目には涙が大粒の溜まっていた。
「その上こいしは覚の力と一緒に心も捨ててしまった。私が止めてあげなかったせいで、だから私はこの大罪を償わなければいけないの。」
「それは・・・ひょっとして・・・」
空が少しだけ顔を上げた、しかしやはりさとりの顔を見るのが怖くてすぐに顔を伏せてしまう。
「こいしの心を取り戻すこと、その為であれば何でもするつもり。こいしが覚に戻れるかはどっちでもいいの、でもこいしの心だけは絶対に取り戻してあげたいから・・・」
さとりはもう涙を我慢する事を諦めた。こぼれ落ちた大粒の涙がテーブルを濡らす。
空もお燐も声を殺して泣いていた。
「だからおくう、貴方も簡単に死ぬなんて言わないで。貴方には輪廻を拒絶するだけの力がある、生きて罪を償う道がきっとあると思うわ。」
「私も、さとり様の贖罪を手伝わせて頂きたいです。今考えられるのはこれしか・・・」
「あたいも、さとり様とこいし様の為ならなんでもする、もちろんおくうの為もだけど・・・」
さとりはポケットからハンカチを取り出して顔を拭き、改めて二人を見回す。
「二人ともありがとう、貴方達とこいしがいてくれたらもう幻想郷の全員に嫌われても笑っていられそうだわ。」
「さとりさまぁ・・・」
お燐がたまらずさとりに抱きついた。
先を越された空はバツが悪そうに腕を組む。
「じゃあ二人とも、もうちょっと特訓に付き合ってくれるかしら。まずあの太陽をなんとかしないとこいしを助けるどころじゃないからね。」


七月二十九日 黄昏時 紅魔館

誰でも一度くらいは経験があるのではないだろうか?
のんびりと一日の疲れを入浴で癒しいい気分で脱衣所に戻ったところで着替えの用意を忘れていた時の絶望感。
紅魔館の主、レミリア・スカーレットが今まさにそんな絶望感を味わっていた。
「咲夜ぁ!いないの?咲夜ぁ!」
いつもならばレミリアが浴室から出てくる頃には咲夜が綺麗に畳んだレミリアの寝巻きを置いてくれているはずなのだ。
しかし今日はどこをどう探しても見当たらない。
こういう時に普通ならば急いで着替えを取りに行くのだがレミリアにはそれができない事情があった。
いつも咲夜に任せきりだったので自分の着替えが普段どこに仕舞われているのかもわからないのだ。
着替えは無い、咲夜は何度読んでも反応がない、しばらく考えあぐねたレミリアだが結局強硬手段をとるしかないと判断した。
小さな体にバスタオルを巻いて咲夜の部屋に向かう、知らぬ者が見たらとてもこの館の主だとは信じられない姿だがそんな事に構ってはいられない。
「(この時間なら咲夜は部屋にいるはず、妖精メイドでは話にならなかったから咲夜の部屋まで行くしかないわね。)」
途中何度か妖精メイドとすれ違い服を持ってくるよう命令したのだがどうにも要領を得ない、そういえば咲夜はいつもどうやって彼女らに指示をしているのだろうか。
咲夜に館の内部を広くしてもらうよう頼んだのはレミリアだが、まさかこんなくだらない理由でその事を後悔するとは思っていなかった。
幸い季節は夏、体が冷えるような事はないがせっかく汗を流していい気分だったのが台無しである。
「まったく咲夜ったら何をしてるのかしら・・・」
こんな時はレミリアでなくとも愚痴くらい出ようというものだ。
漸く咲夜の部屋の扉が見えてきた、レミリアはノブに両手をかけると苛立ちに任せて勢いよく扉を開けた。
「ちょっと咲夜!何やってるのよ!」
「へ、あ!お、お嬢様?!」
レミリアの声に焦った咲夜はガタガタと目の前のクローゼットを閉じ、改めて仁王立ちするレミリアに向き合った。
ふくれっ面でバスタオル一枚を纏い腰に手を当てて仁王立ちするレミリア、どうやら今の彼女は紅魔館の主としてのカリスマをどこかに置き忘れてきてしまったらしい。
そんなレミリアの姿を見て咲夜は何を言いたいのかすぐに理解した。
「すいませんお嬢様!すぐに寝巻きをお持ちするのでそこに掛けてお待ちください!」
「そうさせてもらうわ、急いでね。」
バタバタと部屋を出て行った咲夜、レミリアはドアから顔だけ廊下に出して咲夜の姿が見えなくなったのを確認して部屋の中に戻った。
「咲夜、さっき何を慌てて隠したのかしら?」
先ほど咲夜が慌てて閉めたクローゼット、当然中身が気になる。
クローゼットの脇には咲夜が好みそうな質素だが上品なデザインの化粧台があり、その上に真鍮の鍵と錠前が置かれていた。
恐らくこのクローゼットは普段施錠されているのだろう、こんな物まで見せられたらますます中身に興味が沸くのも無理は無い。
観音開きのクローゼット、両側の取っ手に手を掛けてゆっくりと引く。
古いクローゼットがギィギィと軋む音を立てながら開く、鍵まで掛けてここには一体どんな仰々しい物が仕舞われているのだろうか。
「(ん、この服は・・・なるほど、そういう事ね。こっちはいつもの服?とはちょっと違うかしら、生地が厚いしホルスターの数が多いから戦闘用?)」
バタバタと廊下を走る音が聞こえてきた、咲夜が戻ってきたのだろう。
「申し訳ありません!お嬢様お待たせしました!」
「ちょっと咲夜、いつも廊下を走るなって言ってるのは貴方じゃないの。」
部屋に入るなり咲夜は丁寧に畳んで抱えてきたレミリアの寝巻きを玉案に置くとクローゼットの前に立ってニヤニヤしているレミリアの脇に走ってきた。
「そんなに慌てなくても大丈夫よ、もうしっかり見ちゃったから。」
咲夜が持ってきた薄いブルーのネグリジェに着替えたレミリアは改めてクローゼットの中を覗き込んだ。
「懐かしいわ、まだ持っていたのねこれ。」
「はい、いつか着る事があるかもしれないと思ってずっとしまってありましたので。」
「その割にはちゃんと手入れもしていないみたいだけど?」
黒いレザーで作られた細身のチュニック、スカートは短いがところどころ金属で補強がされており同じ素材のコートとセットになっている。
チュニックは丈が短く膝上くらいまでだろうか、コートの方には内側に武器を隠し持つ為のポケットやベルトがいくつも隠されている。
レミリアが言うほど雑に扱われているわけではないようで真っ黒な素材には埃ひとつついてはいない。
しかし一箇所だけ、胸元の辺りに大きなシミがついている、素材が黒い皮なので黒く見えるがレミリアにはこれが血なのだとすぐにわかった。
服にそれらしい傷がまったくついていないところを見るとこれは着ていた者でなく相対していた者の血なのだろうか。
「ずっと手入れを怠った事はありませんがその血だけは消せませんね、孤独だった私の運命を変えた切欠とも言える物ですから・・・」


年代月日不詳 湖畔に立つ館

館に侵入した狩人はやや拍子抜けしていた。
このような館には門番代わりに低級な魔獣が放たれていたり侵入者を阻む為のトラップがあるものだがそんな物は一切存在しなかった。
麓の村で話題になっているこの館、四六時中深い霧に包まれており吸血鬼が住んでいると噂されている。
何よりこの館を建設しているのを誰も見ていない、一晩で建てられたのかどこからか運んできたのか、どちらにせよ人間のなせる業ではない。
村人は対策を話し合った、このままでは館に住む吸血鬼がいつか村を襲うだろう、ならばそうなる前にその吸血鬼を退治するしかない。
村長は村中から寄付金を集めて一人の狩人を招聘した。
彼女が狩るのは野生の動物ではなく魔物、特に吸血鬼退治の依頼を受ける事が多かった。
狩人の来歴はすべて謎に包まれている、どこから来て何の為にその仕事をしているのか、名前すら誰にも明かす事が無い。
あくまで噂ではあるが彼女は遠い空の上の世界からやってきて何かの恨みを晴らす為に吸血鬼と戦っているのだとか。
しかしそういった噂と言うものはいつでも尾ひれが尾ひれを呼ぶものでありどこまでが本当の話なのかは疑わしい。
廊下の突き当たりにある大扉の前についた狩人は扉に耳をつけて慎重に中の様子を伺う。
何者かの気配はある、しかしいつもとはまったく違う違和感。
いつもであれば扉の向こうからおぞましい空気を感じるのだがこの中にいる何者かは敵意も殺意も発していないようだ。
確かにこの館の主がこれまでに人を襲ったと言う話は聞いていない。
だがこの館の主は間違いなく人外の者、しかも吸血鬼となればこの狩人にとって相手を狩る理由として充分だった。
「そんなところにいないで、入っていらっしゃい。罠なんて無粋な物は仕掛けていないわよ。」
部屋の中から話しかけられた狩人は慌てて扉から離れた。
「(この声は・・・恐ろしい相手のようね・・・)」
おそらくこの館の主と思われる声を聞いた狩人は相手がかなり強い力を持った吸血鬼だと確信した。
吸血鬼は食料となる人間を誘惑する為に魅力的な人間の姿を取る。
そしてその美しさは吸血鬼自身の力の強大さに比例する事を狩人はこれまでの経験から知っていた。
威厳を含んではいるがあどけない少女をお思わせる不思議な魅力のある声、心の弱い人間ならこの声を聞いただけで簡単に魅了されてしまうだろう。
警戒しつつ扉の前に戻った狩人がゆっくりと扉を開ける。
そこは予想した以上に広い空間だった。壁一面に様々な絵画が飾られ棚にも宝石や様々な装飾品が飾られている。
中央辺りにテーブルとソファが置かれており、部屋の奥には豪華な装飾が施されたベッドがある、天蓋から薄い紅色の帳が掛けられておりここからではその中を見ることはできない。
部屋の中でベッドだけが浮いているように見える、恐らく元々は応接室だった部屋にベッドだけを持ち込んだのだろう。
「ようこそ紅魔館へ、私がここの主レミリア・スカーレットよ。」
ソファに腰掛けている人物、その容姿は人間で言えばまだまだ子供であるが油断はできない、何しろ相手は吸血鬼なのだから。
狩人はコートの内ポケットからナイフを取り出し左手に構え、そのまま構えを崩さず主ににじり寄る。
「戦う気はないわ、その物騒なモノを仕舞ってくださらないかしら?」
レミリアの傍まできた狩人は妙な事に気付く、確かにこの吸血鬼は強い力を持っているようだがいまいち覇気が感じられない、元は強大な吸血鬼だが何かの理由で弱っているのだろうか。
「残念ながら貴方にその気はなくとも私にはあります。」
「あら、それは何故かしら?私はここで人間が困るような事をした覚えはないわよ。しばらくは静かに暮らしたいからここに引っ越してきただけなのに。」
レミリアもソファから立ち上がって狩人に相対する。
腕を組み冷たい視線を投げかけて狩人を威嚇するレミリア、敵対しないとは言うが当然ながら歓迎しているわけでもないようだ。
「村の人間は不気味がっています。確かに今はまだ何もしていないでしょうけど貴方達は人間を食べるのでしょう?」
「私だって食べられるものなら食べたいわ。でも今は我慢してるのよ、さっきも言ったけど今は静かに暮らしたいの。だから貴方みたいな無粋な人間が寄り付かないように食事も我慢しているんじゃない。そもそも私は悪人の肉しか食べないわよ、スカーレット家の伝統だからね。」
「一体何を企んでいるの?」
「何度も言わせないで、私はここで静かに暮らしたいだけなの。」
狩人の持つナイフがその手を離れレミリアに襲い掛かった。
突然の奇襲だが易々とそれをかわすレミリア。
「人間ってのは本当に自分勝手なのね、どこへ行ってもこんな調子だから嫌になっちゃうわ。お父様はどうしてこんな生き物が好きだったのかしら。」
「だったら吸血鬼に生まれた事を後悔するのね!」


新しいナイフを取り出し今度は投げるのでなく自分の手で確実に刺しにいく。
しかしレミリアの額を狙ったナイフはまたも空を切った。
攻撃をかわし狩人の背後に回ったレミリアが軽く足を引っ掛けると勢いのままにつんのめった狩人はそのまま毛の長い絨毯に倒れこんだ。
「帰りなさい、村の人間に雇われてるんでしょうけど依頼どおり私を殺したって言っておけばいいわ。どうせ外に出るつもりはないから。」
「しかし今後も一切食物を口にしないと?そんな事はありえないでしょう。」
「ここではしないわよ、静かに暮らす為にここに来たんだから騒ぎになるような事はしないわよ。」
うつ伏せに這い蹲らされた狩人が一瞬で仰向けに向きなおし、足元に立っているレミリアに蹴りを放ちながら起き上がる。
レミリアは難なくかわして部屋の入り口近くに立つ。
三度ナイフを構えた狩人。
「さすがに強いですね、でもこれで終わりです。」
彼女の目が赤く光り、時の流れが止まる。
周囲の空間が歪んでいる事から自分の力が発動したのをはっきりと感じる。
さきほどまで小刻みに揺れていたレミリアの黒い翼も完全に静止して、幼いながらも妖艶な顔は不敵な笑みを浮かべたまま凍りついている。
勝ちを確信した狩人がレミリアの眉間を狙ってナイフを投げる。
仮に動かれて急所を外したとしてもこの銀のナイフで傷をつける事ができれば相手の力を大幅に削ぐ事ができるはずだ。
数秒が時間停止の限界、時計はすぐに元通りに時を刻み始める。
時が流れ出すと同時に狩人の視界が闇に覆われた。
「(これは、蝙蝠?まずい!)」
もう一度ナイフを取り出し我武者羅に振り回すが手ごたえは無い。
狩人の視界を覆っていた蝙蝠が彼女の目の前に集まり元の姿に戻った。
「面白い手品だけど残念ね、一瞬でも隙があれば貴方の鈍間な攻撃をかわす事なんでわけないわ。」
腕を組み、不敵に笑いながら狩人に歩み寄るレミリア。
「時間を止めている間に私を刺せれば倒せると思うけど、それをしないという事はそこまでの力は無いみたいね。」
図星である。
時間を止めるという事は周囲のすべてが不変不滅になるという事、仮に停止しているレミリアにナイフを突き立てたとしても刺さる事は無いのだ。
力の強い術士であれば停止した時間の中で例外設定を与える事もできるがこの狩人はまだそこまでの力を持っていなかった。
狩人は生涯二度目、身を切られるほどの恐怖と絶望に苛まれた。
自分の切り札は完全に破られてしまった、もう目の前に立つ吸血鬼を倒すことは不可能。
なんとかこの状況を打開する方法はないのか、いくら思考を巡らそうともそんな方法があるはずはなかった。
「これが最後の警告よ、大人しく帰りなさい。」
レミリアがニヤリと笑う、口の端から牙が覗き、僅かに見えた口の奥が真っ赤に光ったように見える。
それは恐怖に怯える狩人が見た幻覚だったのかもしれない、しかしこの光景で彼女は完全に我を忘れてしまった。
「いやあああああああああああ!!」
大声で叫びながらレミリアがいる位置から部屋の反対側に逃げる。
そこにはこの部屋に入った瞬間におよそ部屋には不釣合いだと感じたベッドがあった。
錯乱した狩人は帳を掴みベッドに逃げ込もうとする、それを見たレミリアの表情が一瞬で変わった。
さきほどまでの余裕に満ちた表情が一変し、文字通り悪魔のような恐ろしい形相になる。
「すぐにそこから離れなさい!殺すわよ!」
レミリアが狩人に飛びかかる、怯えた狩人は咄嗟にナイフを取り出してレミリアの方へ向くと自分を守るように胸の前にナイフを構える。
レミリアの体当たりを受けて大きな衝撃を受けた狩人の体が壁に叩きつけられ、そのまま床にへたり込んでしまう。
一体何が起こったのかわからず恐怖に目を瞑ったまま震えている狩人の耳にうめき声が聞こえた。
恐る恐る目を開けるとすぐ目の前に苦しそうに表情を歪めるレミリアがいた。
胸元に何か熱い物を感じる。血だ、自分の胸元が鮮血に染まっている。
視線を動かし血溜まりの元を辿る、持っているナイフには血の跡がある。
だが自分はまったく痛みを感じていない、ならばこの血は吸血鬼のものなのか。
今度はレミリアに視線を移す、やはりこの吸血鬼の首筋から狩人の胸元に血が滴り落ちていた。
「(吸血鬼の血・・・こんなに熱いものなの?人間と変わらない?)」
「やってくれたわね、ついカッとなってたいとはいえ私に傷をつける人間なんて大したものじゃない・・・」
「え・・・う・・・」
さっきの恐怖など比べ物にならない、狩人の記憶に悪夢が再現されるこれこそが本物の恐怖。何か言おうとするのだが口をぱくぱくするだけで舌が回らない。
「でも気に入ったわ貴方。貴方にも手伝ってもらうわよ・・・る為に・・・」
首に銀のナイフを受けて弱っているレミリアの声がかすれたのか、恐怖に気を失う寸前の狩人が聞き逃したのかはわからない。
レミリアは恐怖に蒼白となりガタガタ震えている狩人の唇に軽いキスをする。
「まだ名前を教えてもらっていないわよね?」
狩人は恐怖に凍りついた首を横に振る、それだけが精一杯だった。
「名前が無いのかしら?珍しい人間ね・・・ますます気に入った・・・わ、じゃあ咲夜でどう?夜に咲く殺人花、貴方に相応しいと思う・・・けど。」


七月二十九日 夜半 紅魔館

「それで、貴方は狩人に戻りたいの?」
「迷っています、今までのような勝負や遊びでなく今度は本当の戦いですから。あの頃のようになるほうがいいのかと。」
咲夜は戸棚からティーセットを二客出して薬缶のスイッチを入れた。
以前に河童のバザーで買って来たもので咲夜にも原理はわからないのだがスイッチを入れると火に掛けなくとも湯が沸くという紅茶好きな咲夜のお気に入りの逸品だ。
レミリアは勢いよくソファに腰を下ろした。
「貴方がそうしたいなら止めないわ。でもね、あの時どうして私が貴方に勝てたのかわかる?」
「それはもちろんお嬢様のほうがお強かったからでは。」
「そんなの当たり前じゃない、何言ってるのよ。と言いたいところだけど、最後は本当にマズかったわ。」
「そうですね、お嬢様があんな失態を犯すなんて今でも信じられません。」
レミリアと自分の分の紅茶をもってきた咲夜がレミリアの向いに座った。
「それでも最後には私が勝った、それは私が勝つ運命だったのよ。」
「運命操作・・・ですか?」
「実は運命操作なんて私じゃなくても誰にでもある力よ、私はそれが特別強いけど皆強いか弱いかの違いだけ。咲夜はあの部屋にベッドがあったのを覚えている?」
レミリアは咲夜が持ってきた紅茶の匂いをくんくんと嗅ぐ、どうやら普通の紅茶だと確認してカップに口をつけた。
「覚えています、あの部屋には不釣合いなものでしたから・・・あ!」
咲夜がハッとした顔でレミリアの顔を見る、レミリアに初めて会った時から今までずっと疑問に思っていた事、その答えが今出た。
「妹様ですか。」
「ええ、あの時まだフランは完全に眠ってしまっていつ目を覚ますかわからなかった、だから私はフランが目を覚ますまで隠れていたのよ。」
「なるべく人間と敵対しないようにまったく知らない場所に館ごと引っ越して、食事をすると人間と敵対するからずっと我慢していたわ、それなのに貴方が来てしまって。」
「すみません、あの時は・・・」
「気にしなくてもいいのよ、おかげで今貴方がここにいるのだから、でもわかったでしょう?貴方があの時何のために私の所に来たかは知らないし興味も無い、でも私がフランを守るという運命が勝ったという事よ。」
「あの時私が何のために吸血鬼を狩っていたか、思い出すだけでも恥ずかしい話です。お嬢様に負けたのは必然ですね。」
「私は貴方の主人だけど貴方がどんな服を着るかなんていちいち命令しないわ、後は自分で考えなさい。それじゃ咲夜おやすみ。」
レミリアはあくびをしながら咲夜の部屋を出て寝室に向かっていった。
一人残された咲夜はレミリアが開けっ放しにしたクローゼットの中をじっと見て何か考えているようだった。


七月二十九日 黄昏時 白玉楼
「ねぇ妖夢~、ごはんまだ~?」
「はいはい、今お持ちしますよ。」
方形の卓袱台の前にちょこんと正座した幽々子が妖夢を待っている。
ほどなく妖夢がお盆に大きなお櫃や茶碗を乗せて持ってきた。
「あら、美味しそうな匂い。今日は鰻重ね。」
妖夢がお盆から下ろすのを待ちきれずに幽々子がさっさとお櫃を取って自分の前に置く。
「鰻重みたいですがこれは櫃まぶしという料理です、今お茶を持ってきますので少しお待ちください。」
妖夢はお盆に乗り切らなかったお茶を取りに台所へ戻っていった。
幽々子は妖夢を待たずにさっさとお櫃の中身を自分の茶碗に盛って食べ始める。
「幽々子様、お茶をお持ちしましたよ。」
妖夢の予想に反して幽々子は箸を持たずにじっと座って待っていた。
「おや、幽々子様がちゃんと待っていてくださるとは珍しいですね。今よそいますのでもう少しだけ我慢して・・・」
妖夢が蓋を開けたお櫃はすでに空になっていた。
「ねえ妖夢、おかわりまだ?」
「ありませんよ、今のだって私と幽々子様の二人分だったんですから。」
「え~、最近妖夢ケチになったわね。前はもっとたくさん食べさせてくれたのに。」
「仕方ないですね、何かすぐに食べられる物を探してくるので少しお待ちください。」
妖夢は幽々子がすっかり空にしてしまったお櫃を持ってまた台所へ戻っていった。
幽々子は上品に両手で湯飲みをもってお茶を飲みながら待っている。
「今日はなんの用かしら?差し入れだったらいつでも大歓迎よ。」
幽々子以外誰もいない部屋で幽々子が呼びかけると背後の空間が割れて中から人影が現れた。
「やっぱり気付いてたのね。」
「当然よ、ずっと隠れてたんでしょ?」
「隠れてたとは心外ね、食事時に貴方の所なんか現れたら横取りされると思って問答無用の弾幕勝負でも挑まれかねないじゃないの。」
隙間から現れた紫は幽々子の座っている反対側にどっしりと座った。
「お茶くらいなら貰ってもいいかしら。」
「お茶くらいならあげるわよ、ごはんはあげないけど。」
「釣れない言い方ねぇ、親友の私に対して。差し入れ用意してきたのにそんな事言うんならあげないわよ。」
紫は座ったまま隣に隙間を開くと中に呼びかけた。
「藍、あれちょうだいあれ。」
呼ばれた藍が隙間から上半身だけ現れた。。
「あ、幽々子さんこんばんわ。さっきうちの橙が大きな魚を釣ってきましてね、煮付けにしたので幽々子様にも召し上がっていただこうかと。」
「いいから早くもってきなさいよ、モタモタしてて幽々子に食い殺されても知らないわよ。」
幽々子が口を尖らせる。
「なによそれ、いくら私だって生の狐なんて食べないわよ。」
「あ、はい今お持ちしますね。」
隙間から出てきた藍は両手でやっと抱えきれるくらいの大きな皿を卓袱台に乗せた。
皿の上には1mほどの大きな魚が一匹丸ごと煮付けられている。
「あら美味しそう、でも全部貰っちゃっていいの?」
「ええ、二匹釣ってきましたので一匹はさっき私と紫様で頂きました。なかなかに美味しかったですよ。」
「じゃあ遠慮なく頂くわ、橙ちゃんにもお礼言っておいてね。」
「いえ、そんなお礼だなんてもったいないです。では私は洗い物が残っているので失礼します。」
藍は用事が済むとそそくさと帰っていった。
「いただきま~す。」
幽々子は早速煮魚に箸をつける。
「ん、これ美味しい。うちの妖夢も藍の所に修行に行かせようかしら。」
「やめたほうがいいわよ、あの子は素直じゃないからねぇ。」
「そこは主人に似たんじゃないのかしら?うちの妖夢はすごく素直でいい子よ。最近ちょっとケチだけど。」
ほどなくして妖夢がたらいを抱えて戻ってきた。
「お待たせしました、幽々子様。即席ですが散らし寿司ができましたのでどうぞ。」
たらいを乗せようと卓袱台を見た妖夢は絶句した。
卓袱台の上には見た事のないほど大きな皿が乗っており、その上にはこれまた見た事のないような大きさの魚の骨と尻尾が乗っていた。
頭も残ってはいるが食べられそうな部分はすべて食べられておりほとんど骨しか残っていない。
「紫様ですか・・・いつもありがとうございます・・・」
あまりに衝撃的な光景にそれだけ言うのがやっとだった。
「あ、妖夢このお皿ちゃんとお返ししてね、あと散らし寿司早く頂戴。」
妖夢は釈然としない思いと大きなお皿を抱えて台所に帰っていった。


「それで、首尾はどう?」
大き目なたらいいっぱいの散らし寿司を食べ終わった幽々子、今は先ほど妖夢が運んできた食後の餡蜜を楽しんでいる。
「おおよそ順調ね、上の状況は連絡しようがないからわからないけどまだ降ってこないって事は健在なんでしょう。」
「紫はあの作戦、うまくいくと思ってる?」
「うまくいかないと困るわ。折角その為に苦労してあちこち根回ししたんだから。」
「幻想郷の管理者も大変なのね。」
「他人事みたいだけど貴方も冥界の管理者じゃなかったのかしら。」
紫が苦笑いする。
「う~ん、冥界にくる子達はみんないい子だから、管理者なんて言われてもほとんどする事もないわよ。」
「じゃあ今度の事は?」
「今度の事は管轄外、私の仕事はあくまで冥界に入ってきた子達の管理。」
「へぇ、意外とクールな事言うのね。」
「そう?直接責任が無いとはいえやる事はしっかりやるつもりよ。だから貴方達の悪巧みに一口乗らせてもらったんじゃないの。」
「悪巧みだなんてそれこそ失礼ね、私は管理者としていつもいつも粉骨砕身頑張ってるのに。」
「でもどうせそれと別に何か企んでるんでしょ?いつもみたいに。」
「そりゃぁね、それくらいの役得がないと管理者なんてやってられないわよ。」
「ん、なんのお話ですか?」
妖夢が小さなお盆におにぎりを二つとたくわん二切れ、湯のみを乗せて廊下を歩いてきた。
寂しい内容だがこれが今すぐに用意できる食事のすべてである。
「妖夢には関係ないわよ、それよりそのおにぎりちょうだい。」
「ダメですよ、幽々子様はもうデザートを召し上がられたじゃないですか、これは私のお夕飯です。」
「んもう、ほんと最近ケチになったわね妖夢。」
妖夢は最後に残った自分の夕飯を取られまいとさっさと自分の部屋に行ってしまった。
「彼女には教えてないのよね?」
「妖夢は素直でいい子すぎるから、黒幕一味に加わるのは向いてないわ。」
「確かにね、そんな風に見えるわ。」
妖夢が去って行った後で二人は顔を見合わせてクスクスと笑っていた。


月日時間不詳 守矢神社上空

「ほら神奈子!次が来るよ!急いで!」
「無茶言わないで、こいつ図体がでかいだけあってしぶといんだから!」
二つ目の太陽のすぐ近く、守矢神社の二柱はもう2週間以上も不眠不休で敵と戦っていた。
敵とは言うまでもなくすぐ近くにある巨大な物体、会議でレギオンと呼ばれていたものだ。
地上への降下を諏訪子がミジャグジで止め、零れ落ちる破片が地上へ落ちる前に神奈子が破壊する。
破片はいつ落ちるかわからないしその大きさもバラバラだが大きな破片ほど束ねられた恨みが強く妖怪としての力も強い。
五十体ほどならどうという事はないが今神奈子が相対している破片は悠に百体を超えている大きな物だ。
神奈子の手から放たれた大量の刀が人型に分離した破片に吸い込まれるがさほど効いているようには見えない。
神奈子の身長の五倍ほどもある破片は神奈子の攻撃よほどが気に食わなかったらしく両手で神奈子に掴みかかる。
人型の両手が神奈子を掴もうとした寸前、人型は掌から腕に向かって崩壊していく。
カウンター気味に神奈子が両手から打ち出したオンバシラが人型の腕から肩を貫き崩壊させていた。
この人型が痛みを感じるとは思えないが腕を失った人型は恐ろしい咆哮を上げる。
「五月蝿いわよ!さっさと彼岸へ渡りなさい!」
今度は人型の頭上から雨のように降り注ぐオンバシラ、一撃は軽いようだが少しづつ人型を削り最後には小さな破片のみになる。
小さくなった破片は自らバラバラに崩壊し会議で言っていたように自然と彼岸へ向かっていった。
「神奈子!次!次!」
何匹ものミシャグジが折り重なるように巻きついている巨大な本体から新しい小さな破片が剥がれ落ちる。
「ええい!もう鬱陶しい!」
大きな人型を破壊した勢いのまま神奈子は新しく生まれた破片に突進、勢いのまま蹴り飛ばされた破片は四散して飛び去っていった。
「宣言なしのスペルカード二回使用、減点二十ってとこかな。」
「馬鹿言ってるんじゃないの、あの状況でそんな暇ないわ、大体これは弾幕勝負なんて甘いもんじゃないのよ、戦よ戦!」
緊張感に欠ける会話だが軽口でも叩いていなければやってられないのだ。
山の妖怪や里の大半の人間は変わらず信仰を続けてくれているから神力が尽きる事は無い。
とはいえ周辺は並の妖怪であれば一瞬で燃え尽きてしまうほどの超高温の世界、それを防ぐためにも常時神力を注ぎ続けなければならない。
さらに相手は休む暇など与えてはくれない、文字通り不眠不休で相手をしなければいけないのだ。
「偉そうな事言ってるけど諏訪子もそろそろ限界なんじゃないの?」
「へん、私とミシャグジの力を甘く見ないで欲しいわね。まだまだどって事ないわ。」
強がりを言ってはいるが限界が近いのは明らかだ、神奈子にももちろん判っている、相方も自分も限界が近い事を。
「最近よく暴れるようになったわ、早苗達が来るのも近いんじゃないかしら?」
「自分の危機を感じてるって事?それだったらありがたいね、さっさと終わらせてまたあの美味い酒が飲みたいよ。」
「どれはどうかしら?これが片付いたら私たちは大罪人で幻想郷から爪弾きかもしれないわよ。」
「えー、それは困るよ。なんとかなんないの?あ!そこの下のあたり、また落ちるよ!」
諏訪子が指差した辺りから十五体ほどの小さな塊が剥がれて落下する。
神奈子はそちらに顔を向けるまでもなく右掌から放出した弾幕で破片を四散させた。
「だいぶ慣れてきたね、あのくらいならもう余裕かな?」
「そりゃもう何体片付けたかわからないし、そういえば今日何日だっけ?」
「どうだろ、もう忘れちゃったね。それよりこうやってチマチマ削ってたらいつか終わるんじゃない?」
「貴方がそれまで維持できれば可能かもね、でも一万年以上はかかると思うわよ?」
「あはは・・・早苗達早く来てくれないかなー。でも早苗達、これなんとかできると思う?」
「本当に協力し合えばできると思うわよ、その為にあんだけ危機感煽ったんだからやって貰わないと困るけど。」
「あれはねー、神奈子が無理にかっこつけすぎるから私は後ろで笑い堪えるのに大変だったわよ。」
「無理にとは失礼ね、軍神として威厳を示す時はちゃんとやるものよ。」
怨霊の発する高熱に耐えかねて赤熱したミシャグジの一匹がボロボロと崩壊を始め、粉々になって消滅する。
塊を抑えこむ為、鎖のように絡まり合うミシャグジの体に大きな隙間が開いた。
その隙間から逃げ出そうとしているのか、塊から大きな腕が生えてまだ健在なミシャグジの胴を掴んで剥がそうとする。
「ミシャグジ、来なさい!」
すかさず諏訪子は新しいミシャグジを呼び出し開いた隙間を塞ぐ、しかしそのミシャグジは他と比べて明らかに細く弱々しい。
隙間から生えていた腕が切り離されていくつかの破片に分解した。
分解したいくつかの破片はそのまま地上へ落下しようとするが神奈子がそれを見逃すはずもない。
「神符、水眼の如き美しき源泉。」
カードを取り出し顔の前に構えてた神奈子が静かに唱えると水に溶けるように消えたカードから清流を模した弾幕が放射される。
弾幕はすべての破片を捕らえて溶かすように分解してしまった。
「宣言なしどころか登録とはまったく違う使い方、減点百ってところかしら?」
「もー、そんな事言わないでよ。もう私のかわいいミシャグジも休息が間に合わなくなってきてるんだから。」
「そうね、このペースだともって三日というところ?」
「とにかく早苗達に早く来てもらわなきゃ、でなきゃほんとに私たち幻想郷を滅ぼした世紀の大悪神になっちゃうよ。」
「それもいいんじゃない?その後あなたと私で世界を作りなおせば世界の創造神として君臨できるわよ。」
「またまたー、そんなつもりもないくせに。でも神奈子はあのすきま妖怪だっけ?信用できると思う?」
「胡散臭い事この上ない相手だけど、今回の件に関しては信用していいと思ってるわ。あんなでもこの世界の管理者みたいな事を言ってたし。」
「私も信用出来ないとまでは言わないけどさ、なーんか嫌な予感がするんだよねー。」


七月八日 夕刻 八雲紫の屋敷

「紫様、お客様がお見えですが。」
紫と幽々子は茶を飲みながら居間で他愛無い話に興じている、そこに藍がやってきた。
「うちにお客なんて珍しいわね、誰?」
「それが・・・先日妖怪の山に住みついた神様です、用件はわかりません。どうしても直接紫様にお伝えしたいとの事でして。」
「いいわよ、そういう事ならお通しして。あとお茶の用意もね。」
「わかりました。ではお連れします。」
しばらくして神奈子と諏訪子が藍に伴われてやって来た。
四角い卓袱台を挟むように紫と幽々子、神奈子と諏訪子がそれぞれ座る。
「突然の訪問で申し訳ない、本来であればきちんと筋は通したいところなのだが火急の用ゆえ御容赦頂きたい。」
神奈子が恭しく挨拶を述べ、持ってきた箱を卓袱台に置いた。
「挨拶の品と云うには粗末ですがお納めください。」
紫は知らなかったが里で有名な老舗の饅頭だ、幽々子の目が箱に釘付けになる。
「そんなに畏まらないで、お互い堅苦しいのは無しにしましょう。貴方達の噂は聞いてるわ、山の軍神と祟り神がどんな御用かしら。」
神奈子は紫の隣で饅頭の箱を見つめている幽々子の方をチラチラと見ている。
「ああ、彼女は気にしないで。私の親友だし信用できるわ、力もあるし内容次第では協力してもらえるわよ。」
「西行寺幽々子よ、よろしくね。」
幽々子は饅頭から視線を神奈子に移してにっこりと笑った。
「ねえ紫、お饅頭頂いていい?」
「饅頭?ああ、これ饅頭なのね、いいわよ。」
「んじゃ失礼して頂いちゃうわよ。」
幽々子か開けた箱には一口サイズの茶色い饅頭が50個ほど入っていた。
「やっぱりここの味噌饅頭は美味しいわねー。」
さっそく一個目を口の中に放り込んだ幽々子。
「じゃあ早々だけど、本題に入らせてもらうわね。」
普段の口調に戻った神奈子が今度は20センチほどの銅鏡を卓袱台に乗せた。
「ちょっとこれを見て貰えるかしら。」
紫と三個目の饅頭を食べ終わった幽々子が鏡を覗き込むとそこには本来映るはずの天井ではなく空に浮かぶ赤黒い巨大な球体が映っていた。
「怨霊玉?でもこんなに大きいのは私も見たことが無いわ。」
四個目の饅頭を口に入れた幽々子が言った。
「こういうのは私より幽々子のほうが詳しそうね。同じ恨みを抱いた怨霊が繋がりを持って一匹の妖怪みたいになるんだっけ?」
「ほとんどの場合は同時に同じ理由で命を落とした人間の怨霊が繋がるのだけど、それだからこそこんな数は異常よねー。」
そう答えた幽々子は五個目と六個目の饅頭を同時に頬張る。
「外の世界にいる時は戦争や災害の時にこんな現象を見たわ、もちろんこんな大きさは初めてだけど。」
神奈子の言葉に合わせるように諏訪子が頷く。
「これはどこにあるの?私の所に持ってくるって事は幻想郷のどこかなのよね?」
「うちの神社の上空ね、とはいえゆっくりと降下してきているから放っておいたらいつか地上に落ちてくるでしょうけど。」
「どんな事情で死んだにしろ怨霊は生きている魂を恨んで仲間に引き込もうとするから、こんな物が地上に落ちてきたら大変な事になるわよ。それにこの規模じゃ物凄い高熱を出しているんじゃないかしら、まさに灼熱地獄になるわね。」
そう言って幽々子は12個目の饅頭を飲み込んだ。
「破壊するにしろ並みの力では無理でしょう、怨霊ひとつは弱くても何しろこの数だから。」
「確かに、それで私に何を期待してきたのかしら?流石にこれは私の手にも余りそうだけど。」
神奈子がなかなか本題に入らないので紫はストレートに訊ねる事にしたようだ。
「この幻想郷には強い力を持った妖怪や人間が多い、それらを束ねる事ができればこれを破壊できると思うのです。私達はまだ幻想郷に来て日が浅い、そこで貴方に纏め役をお願いしたいのです。」
「なるほどね、話はわかったわ。でも今すぐは流石に難しいわよ、人間はともかく妖怪は呑気なのが多いから。」
「貴方が纏め役を引き受けてくれたら纏まるまで私と諏訪子でなんとか降下は食い止めるわ、そんなに長い間は無理だと思うけど。」
「一ヶ月、食い止められる?一ヶ月あれば幻想郷最強の布陣を敷いてみせるけど。」
「正直やってみないとわからないわ、こんな巨大な怨霊玉は初めて見るし。」
「それしか方法は無さそうね、私もできる事があれば協力するわよ。」
そう言って幽々子は最後の饅頭を口に放り込んだ。
「(あの幽々子って人、あんだけの饅頭全部食べちゃったよ・・・)」
諏訪子はあっという間に空になった箱をまじまじと見た。
「そうね、じゃあ細かい事も色々決めておかないといけないし、そろそろ夕食だからお二人も一緒にどうかしら、勿論幽々子も。」
「藍ちゃんのお料理美味しいわよー、久しぶりに頂くから楽しみだわー。」
「(この人、饅頭全部食べてまだご飯食べるの・・・?)」
神奈子と諏訪子は幻想郷に来て様々な経験を経て大分この世界にも慣れたつもりだった。
しかし今、改めてここが常識の通用しない世界なのだと思わぬ所から痛感させられていた。
三話目です。
別にあややが嫌いなんじゃありません、もみもみと対比するとどうしても屁理屈ウザい感じになってしまったのです、好きな人ごめんなさい。
ぷっち
https://twitter.com/maripuchichi
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コメント



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3.無評価名前が無い程度の能力削除
お空がシリアスだw。でも、真面目になる時は行過ぎるぐらい真面目
になるからような奴じゃなかったら地上を滅ぼそうなんて考えないか?
細かい設定上の齟齬は、わかりませんが、私は久しぶりにストレートな
二次創作とシリアスなお空が読めて面白かったです。
4.100名前が無い程度の能力削除
すみません。上のコメント携帯で間違えてフリーレスで送信したので
5.50名前が無い程度の能力削除
(iPhone匿名評価)