Coolier - 新生・東方創想話

SO-NANOKA-7

2012/07/08 02:22:37
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 チルノの視界がぐるぐる回る。それでもチルノは必死に足元を見て、ステップを踏む。パーティー用の大ホールのまさに中心でチルノは踊らされていた。その踊りを見るために人々が円を描き、チルノ、そして共に踊るルーミアを囲んでいる。素材が人の即席ステージだ。
 器用にステップを踏み、チルノをリードするルーミアは、黒のタキシードを着ていた。高貴なパーティーにもってこいだろうと、レミリアが半ばネタで着せたものだ。子供が背伸びをして、大人の格好をしているように見える。はじめてルーミアのタキシード姿をみたとき、チルノは思わず吹き出してしまった。
 かく言うチルノも、青のドレス姿を着ている。水を連想してしまうから嫌だ、との理由で一度も着られず、ずっとレミリアのタンスに眠っていた一品だ。新品同様で、チルノの髪の色にも勝るにも劣らない透き通った青を保っていた。溶け合う青と青。そう、チルノとの相性は最高のドレスだ。
 実際、着ると大人になったような気分だった。だったのだが……。
 それを着たチルノを見て咲夜の放った「あら、かわいいじゃない」という言葉で、チルノの妄想、脳に描いた自画像が撃沈されてしまった。結局、「きれい」ではなく「かわいい」で、子ども扱いなのだ。勿論、ルーミアはここぞとばかりに笑い、反撃した。
 チルノのドレスの裾が左右に揺れる。社会人たる者、子ども扱いされるわけにはいけない。ダンスをきっちり決めて、威厳を保たなければ。
 ルーミアの作るタンスの波に乗り、チルノは何とかミスをせずに踊り続けた。『亡き王女のためのセプテット』のメロディがいよいよ終盤に差し掛かかる。動きの合間にチルノは必死に酸素を取り込み、酸欠を防いだ。
 ふいにルーミアが勢いをつけ、半回転した。ルーミアの両手を握っているチルノの体は、ルーミアを軸に半円を描こうとする。が、その半円が完成する前にルーミアが手を持ち替え、片手だけ離した。一瞬内臓が浮き上がるような無重力に襲われたが、チルノはあくまで流れに忠実に動く。投げ出されたチルノの体と手が遠心力に飲まれ、円を描く。その動きにルーミアも乗ってきた。
 チルノとルーミアの接点、握り合う手を中心に二人は回る。チルノがルーミアを追いかけ、ルーミアもまたチルノを追いかける。そのとき、チルノは『あたいはルーミアに追いつけない』という錯覚に陥った。なぜだかわからないが、ルーミアが一瞬とても遠い存在に見えたのだ。
 しかしそんなチルノの思考とは裏腹に、ルーミアは止まり、まだ回ろうとしているチルノを振り向き様に受け止めた。チルノよりも体が小さいにもかかわらず、ルーミアが揺らぐことはない。二人が抱き合う形になる。
 音楽のフィニッシュ。静寂。それから、盛大な拍手。
 体を離し、チルノはルーミアの瞳を覗く。黒縁眼鏡の奥にある瞳は、いつものように微笑んでいた。呼吸を整えるようにルーミアは息を吐き、チルノの手を引く。チルノはいまだ整わない呼吸と、ルーミアと、それと盛大な拍手と共に人の作った舞台を後にしたのだった。





 冬も深まり、雪が降ってもおかしくない時期に差し掛かっている。しかし会場には暖房がかかっているため、少し暑いくらいだった。寒いの大好き暑いの大嫌い、のチルノにとっては嬉しくない環境だ。
「るーみゃ、どこでダンスなんて覚えたの?」
 パーティー会場の隅っこの席をチルノ等は陣取っていた。シルクのテーブルクロスがかけられたテーブルでステーキをむさぼるルーミアは、チルノの問いに答える素振りを見せない。代わりに彼女はこのテーブルにつく、もう一人の人物に目を向けた。
「接待してたら自然に身についた。だって」
 ルーミアの言葉を代弁したのは地霊館の主、さとり。彼女もいつもの私服姿ではなく、桃色のドレスを羽織っていた。
「素晴らしいダンスだったわ」
 個人の感想をさとりは付け加える。ルーミアにリードされながら踊っただけなので恥ずかしかったが、それでもやっぱり誇らしかった。
「でも、ね」
 分厚いステーキの肉汁がルーミアのタキシードにつかないか気にしながらチルノはつぶやく。
「『EX本社』で踊ることになるなんてね」
 チルノは改めて会場を見渡す。天井に吊るされる豪奢なシャンデリア。大きなホールケーキが吊るされているように見える。壁には風景画が数点に、それに肖像画も。その肖像画の中でも、最も目立つ趣味の悪い金縁の枠の絵にはEX社の社長である八雲紫が描かれていた。
 知っての通り、紅魔とEXは対立している。そのため、普通ならば紅魔関係者はEXのパーティーに参加できない。
「ごめんなさい。まさか紅魔とEXが対立しているとは思わなかったの」
 チルノの思考を読み取ったさとりがあやまる。本来、スペルカード業界からは程遠い観光産業を営む彼女だ。情報が入ってなくても致し方ない。
 さとりのあやまる理由。言うまでもなく、ここに招待したのは彼女なのだ。観光系の産業であるさとりだが、スペルカード業界での発言力は強い。だからEXも断るわけにはいかず、しぶしぶといった形で受け入れることにしたようだ。
「いや、生きてるうちにこんなパーティーにこれるなんて思いもしなかったよ。ありがと、さとり」
 本心だ。本来ならば紅魔の社長であるレミリアが代表して参加するパーティーなのだ。しかし、当然ながらさとりに招待されているチルノ等のみが来れるもので、招待されていない紅魔関係者であるレミリアは来ていない。テーブルからミルクの入ったコップを取り、チルノはドレスにこぼさないように気をつけながらそれを口元で傾けた。遊びに来たのは確かであるが、ここに来れたことを存分に活かさなければならない。
 有名人ばかりの会場を見回し、さとりは人が周りに居ないのを確認した。
「EXの機密情報の調査よね」
 さとりに隠し事はできない。
「そうだね。さとりには悪いけど……」
「私と遊んでる暇はないと?」
「いや、そんなわけないよ!」
 意地悪く笑い、さとりは「冗談よ冗談。会社が潰されそうなのに対抗しない方がおかしいわよ」とほのめかす。
「うう……。ずるいよ、さとりは」
 会話の主導権なんてさとりから取れっこない。トランプのばば抜きを手札オープンでやるようなものだ。読まれているとわかっていながらも、チルノは心の中で嘆く。
「にしても、EXも大胆ね」
「うん」と、チルノは頷き返した。
 幽々子から聞き出したEXの機密情報。それを端的に言えば、EXは犯罪行為を行っている、だ。どうもEX本社の地下には、極秘のスペルカード製造工場があるようなのだ。そこで作られるスペルカードに違法性があるらしい。違法性を理解するには、大まかながら商品用のスペルカード製造方法を知らなければいけない。
 スペルカードを作るには、まず術式を書き込み、それから魔力を注入しなければならない。ぶっちゃけ、術式の記入は機械でもできる。型を作ってしまえば、複製は簡単なのだ。しかし、魔力の注入はそうはいかない。当然、機械は魔力を持たない。だからこの過程は手作業でなくてはならないのだ。
 魔力の注入作業が、スペルカードの製造において最も時間とコストがかかる。
 もし、もしもの話。この魔力注入の作業を何らかの形で省けたとしたら、収益は三倍から四倍に跳ね上がる。
 どのスペルカード会社も一度は夢見る。他の会社を差し置いて、この過程をなくせないかなぁ、と。
 その夢のような話を、EXが現実にしていると言うのだ。ただし、はじめに言ったように合法ではない。しかもやろうと思えば誰にでもできる方法。
『魔力を注入しない』
 これだけだ。
 魔力は生命力に近いもので、人間誰しもが持っている。しかし絶対量には明らかな差があるのだ。スペルカード業界に携わる者は総じて魔力の総量が多い。それに比べ、一般人の持つ魔力は本当に微々たる物だ。二、三枚スペルカードを使ったら魔力が尽きてしまう。そして魔力が尽きるというのは、生命力が尽きるのと同意。死にはしないが、虚脱に陥ってしまう。
 だから魔力注入していないスペルカードを販売してはいけない。そもそも、魔力使用の肩代わりをするのはスペルカード会社の大切な役割なのだ。そこを省くのは外道の外道。畜生。違法だ。
「どう考えても、違法よねぇ」
 あごに手をあてがえながらつぶやくと、さとりはワインの入ったグラスを傾けた。洗練された動作で、この辺りは大人びている。
「あらチルノ。逆にどの辺りが大人じゃないのかしら?」
 本能的にチルノの肩がびくんと跳ねる。こいしのように無意識を操れるようになりたいと、チルノははじめて真剣に願った。話を、話を逸らさなくては。
「必死ね」
 さとりのつぶやきを聞き流して、チルノは仰々しく溜め息をつく。
「犯罪性があるからEXを潰せるんだけどね」
「それも、そうだけど。ねぇ」
「あー、やっぱりこいしが心配だったり?」
「チルノも悟りね」
 さとりの笑みには戸惑いが含まれていた。さとりの妹、こいしはEXの情報課を勤めており、これがまた優秀なのだ。前に紅魔も一杯食わされたことがある。
「ま、こいしがこっちに戻ってくるのも悪くないわね。むしろ戻ってきて欲しいわ」
 その言葉を放つ際、さとりの顔は少し締まりのないものになっていた。どうやらレミリアと同種の煩悩を彼女も持ち合わせているらしい。
 しかし何故だろう。煩悩の中にはやはり憂鬱気にしているさとりが見え隠れしている。
「チルノは人をよく見るわね。なんでもないわよ。それより、煩悩という言葉を取り消しなさい!」
 チルノとさとりが言葉を使い、共にじゃれあう。しばらくそうしていると、ステーキと格闘していたルーミアの手が止まった。ルーミアの食事の手が止まるときは、決まって何かある。
 チルノは辺りを見回す。そしてルーミアの食事の手が止まった理由を見て、思わず露骨に嫌な表情を出してしまった。
『EXの社長』が薄笑いを浮かべてこちらに歩いてきていたのだ。隙間使いの彼女が歩いているのを見るのは、これがはじめてかもしれない。
 EXの社長、八雲紫はルーミアの横にまで歩いていき、軽く微笑んだ。
「お久しぶり、ルーミア」
 完璧にルーミアは無視をした。こっちに来るな。雰囲気だけでルーミアはそう語っている。チルノもあまり一緒に居たくない相手だ。一つ追い払う案を閃いたので、チルノは威嚇がてらに放ってみる。
「紫、幽々子から聞いてると思うんだけど、さとりも含めてあたい達はEXの情報を握ってるんだよ。なのに、心の読めるさとりの前に出てくるなんて無謀じゃない?」
 心中でチルノはさとりにあやまる。脅しの種に使っちゃってごめんね。チルノの言葉に対し、紫はなんでもないように笑って見せ、ルーミアのリボンにそっと手をかけた。
「結構良い手をうってくるわね。チルノは随分賢くなったのね。でも、まだ足りない。ねぇ、ルーミア」
 リボンが外された。ルーミアの黒縁眼鏡の奥にある眼球がぎょろりと動き、紫を睨みつける。しかし彼女はすぐにあきらめたように溜め息をついた。
「どうせ紫は『やってる』って心の中で暴露してるわ。でも、それがなんなのって話ね。証拠なきうちは紫の夢物語、空想ですんでしまうもの」
 あ、そうそう。物はついで、とでも言うようにルーミアは一人頷く。
「だからさ、私、今日本気で証拠を取りに行くわ」
 フォークを思い切りステーキに突き刺し、ルーミアは宣言した。
「大歓迎よ。今日はパーティーだもの」
 相変わらず余裕の表情で紫は受ける。それから紫はルーミアの真似をし、あ、そうそう。と呟き「その前戦ってことで一つゲームしない?」
 唐突な提案だった。しかしルーミアはそれを待っていたかのように笑う。
 ルーミアの白く光る犬歯が油のたぎるステーキを引き千切った。
「上等よ」





 チルノとルーミアは再び人目に晒されることになった。先ほどと同じ、人の作る円の中だ。
 紫の提案したゲームはロシアンルーレット。円の中心に置かれたテーブルに、だんごの乗った皿が置かれている。だんごは八個あり、そのうちの一個に激辛唐辛子あんがはいっているらしい。
 普通はこんな大規模なパーティーでやるものではない。当然、一度は失笑を買った。が、そこは紫。
「いつも冷徹の仮面をつけている商人が泣く姿を見れるのよ」
 盛り上げ方を心得ており、この一言で会場は一気にヒートアップした。
 参加メンバーが異常なほど有名人ばかりと言うのもヒートアップの原因だろう。参加者は、チルノ、ルーミア、さとり、紫。そして、幽々子、妖夢、フラン、こいしだ。あきらかに仕組まれた面子。一度ルーミアに潰されている者ばかりだ。だが、おそろしく有名な者ばかり。お子様用ロシアンルーレットをわざわざやる価値のある顔ぶれだ。
 マイクを持ち、紫がゲームを進行する。
「はーい。ではではゲームを始めるわ。じゃ、一番は私」
「え?」
 止めるまもなく、紫は大皿からだんごを選びさっさと口に入れてしまった。
「私はセーフ」
 あっという間にだんごを噛み砕き、飲み込んだ紫はマイクを握りなおす。
「さ、司会に専念するわ。あ、選ぶのは早い者勝ちってことで」
 観客からすれば外れを引いてほしい筆頭が消えた、だ。会場のあちらこちらで溜め息が漏れる。その吐息にまぎれて、ルーミアが舌打ちをした。あらかじめ外れのだんごを把握してたんだろうな、とルーミアの言いたかったであろう言葉をチルノは推測する。
 続いて出たのはフラン。こちらもさっさとだんごを口に放り込んで、噛み砕いた。セーフ。フランは当然だと言わんばかりの表情でさっさとテーブルから離れた。紫と同じ……。
 続いてこいしが向かおうとする。が、それをさとりが阻止。
 ちらりと紫を見て、さとりは苦笑を洩らした。「過保護だよ、お姉ちゃん」とふくれっ面で講義するこいしを押しのけ、さとりはだんごを選び出す。そしてそのだんごを、やわらかく食んだ。
 紫の心を読んで、当たり外れを調べたのかぁ。
 結果、さとりもセーフ。
 テーブルから離れる際、さとりとこいしがすれ違った。ほんの一瞬だが、よくよく見ると二人はアイコンタクトを交わしている。イカサマだらけ。場の流れを読み取ったチルノは頬を引きつらせた。
 こいしも、さっさとだんごを噛み潰す。
 嫌な予感を感じた。このままだと外れをひくのは間違いなくチルノ自身だと。すでに四人セーフ。早めにひいた方がいいのではないか? チルノはイカサマを持ち合わせていない。だから後になればなるほど不利なのだ。
 悪い方向に思考を張り巡らせ、チルノが行きあぐんでいる間に、妖夢がテーブルへと向かってしまった。神妙な顔をしてだんごを見比べる彼女は、真剣そのもの。
――妖夢もイカサマを持ち合わせていない。
 チルノの直感がそう訴えた。今までイカサマを使ってきた者は、迷わず、すぐに選んでいる。
 妖夢が外れを引いてくれないかな。
 妖夢の表情が覚悟を決めたことを告げた。彼女は一つだんごを選び出し、口に放り込んだ。数秒待つ。が、表情に変化はない。
 セーフだ。
 大きく溜め息をつき、チルノはがっくりと頭を落とす。すでに外れを引く確率は三分の一。
 幽々子はイカサマを持ち合わせているのだろうか?
「あらチルノ。イカサマをするの? って顔してるわね」
 鋭い。けれどさとりの読心に慣れてしまったチルノにとってはどうってことなかった。チルノは皮肉った笑みを幽々子に返す。
「あらあら、かわいくないわねえ」
 もどらないチルノを見て幽々子は残念そうに首を振る。それから、彼女はテーブルへと進み出た。
「さぁ、大富豪かつ有名人がやってまいりましたわ」
 観客を盛り立て、紫は場を作る。紫の人を、いや、集団を操る能力には舌を巻くものがある。集まった人がどう動くかを知っている。あきらかに指揮者よりの人物だ。
 紫が腕を振れば、その通りに人が動く。紫の思惑通り、人々から感じる熱気が倍増した。
「西行寺幽々子の番よ」
 幽々子の名は相当売れているらしい。名が発せられた瞬間、会場がどよめいた。
「幽々子。なにか言いたいことは?」
 ぶっきらぼうに紫は幽々子にマイクを突き出す。
「観客の皆さんには悪いけど、私は外れを引かない。外れを見極める術を持ってるから」
 マイクに向かって、幽々子は大胆に言い放つ。その言葉に「イカサマだ!」と、客の一人が噛み付いた。
「そこのお客さん」
 幽々子は妖しい笑みを唇に乗せ、クレーマーを睨みつける。
「誰がイカサマするなんて言ったの?」
 有無を言わせない迫力。クレーマーはその一撃で反撃する気概をすべて削がれ、潰れた。だんごを一つ手に取り、幽々子はそれを鼻に近づける。その様子を、チルノは息を呑んで見守った。
 幽々子が行おうとしていることはわかっていた。しかし、できるのだろうか?
「これ、大丈夫ね。とうがらし独特の刺激臭がしないわ」
 においで判別なんて、むちゃくちゃだ。
 選ばれただんごはあっという間に幽々子の歯に噛み潰された。
「おいしいわ。上物ね」
 満足そうに幽々子はテーブルを離れていった。チルノ、そして観客も唖然とするしかなかった。ありえない。そう思うよりも先に、幽々子ならば可能ではないか、という思いのほうが先に来るから不思議だ。
「……と、これはこれは。におうだけで判別できるなんてね。一応においが漏れないようにしてるんだけど……。ま、イカサマじゃないから良いわ。ではお次。あら、面白い二人が残ってるわね」
 残りのだんごは二つだけ。チルノかルーミアのどちらかが外れを喰らうはめになる。一息つき、紫は続ける。
「紅魔社平社員チルノ。そして、ルーミア」
 タキシード姿でぼんやりと立っているルーミアに視線が集まる。
『ルーミア』の名が出たとき、会場が火を消したように静かになった。が、それも一瞬。次の瞬間には音が爆発し、会場が揺れた。一人の平社員がここまで影響力を持つのは異常だ。幽々子の名が出たときと同じくらい、いや、それ以上の影響力ではないだろうか。けれど、あまり上品な盛り上がりではない。幽々子のときは純粋に引いて欲しい、という思いしか感じ取れなかったが、今は違う。どことなく幽々子が紅魔に見せるような対抗心めいた物を会場から感じる。中には対抗心なんて甘い物ではなく、もっと黒いオーラを飛ばしてくる者も居た。
 ふとチルノは思う。今までルーミアに叩き潰された者がこの会場にどれくらい居るのだろうか。雰囲気を感じる限り、相当数居るのだ。
 会場に居る大半の人はルーミアが外れを引くことを望んでいる。
 この場合、どうすれば良いんだろう。ぶっちゃけ、運勝負だ。おそらくルーミアもイカサマの準備をしていない。チルノにも勝機はあるのだ。
 ルーミアに勝てるかもしれない。
 チルノはどんな小さな勝負でも、ルーミアに勝ったことはない。
 ああ、そうか。チルノは一人で頷く。会場がこんな雰囲気になる理由が頷けた。
 過程でどんなに負けようと、最終的にはルーミアは勝っている。無敗だ。だからこそ勝ちたくなる。負けるところを見たくなる。
 大皿に残され、さみしげにこちらを見ているだんごを横目に、チルノは決定する。どんな些細な勝利でも良い。例えそれが運勝負でも良い。
 勝ってみたい。そしてその欲求はすぐに言葉になった。
「るーみゃ。イカサマなし、恨みっこなしで勝負しない?」
 鋭く光るルーミアの眼球がチルノを睨みつけた。
「へぇ、チルノが……」
 人の悪い笑みをルーミアは浮かべる。
「面白そうね。かまわないわ。ま、運勝負だけどね」
 ルーミアの左頬がかすかに上がった。これは彼女が相手を罠にはめてようとするときに出る、癖だ。この癖はチルノしか気付いていない。そして罠にはめようと考えるならば、運勝負する気はさらさらないということだ。
「だんごに触れるのは取るときだけ。選ぶ順番もじゃんけんで決めようよ」
 ルーミアが罠を張る前に、だんごに触るのを禁止しておきたかった。
「良いわよ」
 思いのほかあっさりとルーミアは条件を飲んだ。それどころか、良い条件を頂いたと言わんばかりに笑ったのだ。
「面白くなってきたわ。チルノがルーミアに宣戦布告。見たところ、勝負の要素は運だけ。ルーミアの力が生きる場面があるのかしら?」
 会場にかすかな笑いが漏れた。それはルーミアの外れ引きを期待してのものか、チルノの無謀さを笑うものかはわからない。
 今のチルノにできるのは、ルーミアのイカサマを先回りして止めることだけ。そこではじめて勝負は五分五分だ。
「順番、じゃんけんで決める必要なんかなかったのにねぇ。早い者勝ちなんだから私が策を講じる前にさっさとだんごを取っちゃえば良かったのに」
「あ……」
 ミスその一。大きなミスだ。
 しかしやってしまったことだ。致し方ない。
 切り替えをすぐに済ませ、チルノはいかにルーミアのイカサマを防ぐかを考えた。自分ならばどうやって外れを確かめるか……。
 と――。
「るーみゃ!」
 チルノが思考を張り巡らしている間に、ルーミアがいつの間にかだんごに触れようとしていたのだ。あまりにも堂々と触れようとしていたのでチルノは危うく見逃すところだった。
「ん。どしたの?」
「触っちゃだめって言ったよね!?」
「まあ良いじゃない。におうだけよ」
「だめ!」
「少しだけ」
「だめ」
 片目を閉じ、ルーミアは品定めするような視線をチルノに送る。
「頑固ねぇ。まぁ、良いことだけど」
 うーん、と腕を組みルーミアは辺りを見渡す。ルーミアの目線はさとりの元で止まった。
「私は教えられないわ」
「妹限定ってことね」
「さぁ、なんのことかしら」
 わざとらしくさとりは肩をすくめる。残念そうに首を振り、ルーミアはだんごに目をやった。
「これ、もう運ね」
 癖は出てないが、どこまで信じて良いのかはよくわからない言葉だ。だが、ルーミアはそういった。
「もうあきらめて引きなさいよ」
 ここで幽々子が横槍を入れる。それから、彼女は頬をかきながら「以前もこんな感じで紅魔を追い詰めれば良かったわ」と、残念そうに肩を落とした。勝利を確信したようだが、幽々子は物足りないようだった。
「あー、チルノ。先に選んで良いかしら?」
 あっさりとルーミアは幽々子の言葉を聞き流す。
「だめ。じゃんけんって言ったよ」
「どうしても?」
「どうしても」
 目を逸らさずにチルノはルーミアの瞳を射続ける。先に選ばせたら、何をするかわかったものではない。証拠にまた頬が僅かに動いた。
「じゃあ良いわ。じゃんけんね。さーしょはぐーじゃーんけん、ぽん」
 グーとチョキ。チルノの勝ち。
「あらぁ?」
 珍しくルーミアが素っ頓狂な声を上げた。チルノからすれば当然だ。
 このじゃんけん一つとってもそうだ。ルーミアは運勝負に持っていく気などまったくない。息も尽かさずじゃんけんにもちこむことでチルノにパーを出さそうとした。実は、チルノは焦ったときじゃんけんでパーを出す癖がある。これは以前妖夢とチルノ、そしてルーミアの三人がじゃんけんしたときもそうだった。ただ、この癖はチルノ自身も把握しているし、ルーミアがチルノの焦りを誘ってくるのがわかっていたから対処は簡単だ。
「そうだよね。あたいのパーを狩りに来るよね」
 牽制程度にチルノは言葉を放った。
「あらあら、かわいくないわねえ」
 幽々子の口真似をし、ルーミアは苦笑いする。
 これではじめて勝率は五分五分。ここで外れを選んでしまったのではお話にならない。しかしこればかりは運勝負。直感に任せ、チルノはだんごを選び取る。
 にやにやと笑みを浮かべながら、ルーミアは残った一つのだんごを取った。笑みははったりか、否か。
「さぁ、これはルーミアと言えど運勝負をせざるをえないようね。もしかしたら、ルーミアの泣く姿が見れるかもしれないわ」
 その言葉を待っていたと言わんばかりに、会場がヒートアップ。地震でも起きたかのように会場が揺れる。その中で、カメラを用意する者もちらほら見て取れた。
「じゃ、チルノから食べてもらおうかしら」
 頷き、チルノはつばを飲む。卑怯でも、小さくても一回くらい勝ってみたいよ。けれど、この戦いに勝った先にはなにがある? ただただ、自分のくだらない欲求を満たすだけではないのか。勝つ、だけが目的。利益も何もない戦い。
 けれどその誰から見てもくだらないであろう、利益無き勝利が、ルーミア相手だと、変わるのだ。
 ぽいっとだんごを口に放り込む。
 かまずに飲むには大きすぎる。……なぜ結果を見ることを怖がってるのだ。舌でだんごを転がす。唾液がだんごに絡みついていくのがわかった。皮は、甘い。かと言って、甘すぎるわけではない。絶妙の甘さ加減で、富豪の幽々子が上物と言ってたのも頷ける。
 いただきます。
 歯でだんごを真っ二つに割り、断面を舌で舐めた。
 甘い。
「チルノは、セーフのようね。ってことは……」
 会場がどよめき、揺れる。
「外れはルーミアね」
 満面の笑みを浮かべて紫は言い放つ。がりがりとルーミアは頭をかく。
「まったく、もう……」
 溜め息をつき、「そんなに私の泣き顔が見たいの?」
 しなびたなすびのようにげんなりとしたルーミアは、もう一度盛大に溜め息をつく。それから、迷いなくだんごを口に放り込んだ。目をつむり、彼女はこめかみを手で押さえた。
 だんごのあまりの辛さにぼろぼろと涙を流すルーミアの姿がチルノの脳裏に浮かんだ。
 違う。なにかが違う。勝ち、とかじゃなくて、もっと根本的なもの。チルノの中に抱いていたルーミアの像。最強。これが崩れてしまう。
 今更になって、チルノは勝負を挑み、勝ったことを後悔した。チルノはルーミアを越えることを目標にしている。卑怯でも良い? 小さくても良い? 勝てば良い? ばかな。そんなことで勝って一体何になる。ただただルーミアの最強像が崩れ、小さな小さな勝負に卑怯な手段で勝ったチルノが残るだけだ。むなしいだけ。運勝負で、ここで負けるようならそこまでの奴だ。などという漫画がある。しかし実際、このような運勝負において、勝つチャンスは平等なのだ。
 もっと別の、運勝負じゃなくて、本当にチルノが勝ちたかったのは技術、力そんな面ではないだろうか。
 静まり返った会場に息を呑む音が響き渡る。
「待って、るーみゃ。食べないで」
 チルノの声は驚くほど会場に響いた。ルーミアがだんごをいざ噛み砕こうとする直前だ。
「あたいは、こんな運勝負で勝ちたかったんじゃなかったよ」
 ルーミアの瞳が大きく見開かれる。そこには、青のドレスを着たチルノの姿しか映っていなかった。
「食べないで」
 もう一度チルノは頼んだ。しかし、ルーミアはチルノの懇願には応じず、肩をすくめただけだった。罰ゲームは中断できない。と言いたいのだろう。
 心の最も大事だった部分が、侵食されていく。ルーミアは大きく口を開けた。中には、唾液にぬれただんご。歯の断頭台にかけられただんごは、間もなく殺される。が、実際に壊れるのは断頭台そのものだ。
 断頭台の刃が下ろされた。
 チルノのルーミア像も、一緒に断頭台にかけられた気分だった。
 けれど、運命は最後の最後でひねくれた結果を残す。
「最後の最後まで甘いわ。チルノもだんごも」
 だんごを飲み下すと、辛さによるゆがみが一切ない笑みをルーミアは浮かべる。
 え、の口を作ったままチルノは動けなかった。
「さっさと終わらせるわ」
 細いの足からは想像もできない瞬発力でルーミアが始動する。
「このだんごが最後の一つだとは限らない。そうでしょう、妖夢」
 妖夢との距離を一気につめ、ルーミアは妖夢の肩にすばやく手を回す。蛇のように絡みつくルーミアの腕から逃れようと、妖夢は暴れたがすぐにあきらめた。
「妖夢、あなただけだんごを噛んでないわ。まだ口の中に残ってるでしょ」
 妖夢の表情がぎこちなくゆがんだ。それを見て、勝ちを確信していた幽々子、そしてチルノは頭を抱えて深く溜め息をついたのだった。
 勝ってなんか、なかったんだね。
 嬉しいようでどこか残念な、チルノはとても複雑な心境だった。





 妖夢は外れだんごの辛さのため失神し、チルノは勝者の言葉をならべた恥ずかしさに失神しそうだった。ルーミアに勝ったかのように立ち振る舞ってしまったのだ。
「さ、妖々夢もあしらっちゃったし、EXのイカサマを狩りに行くわよ」
 ルーミアと視線を合わせないようにチルノは辺りに目をやる。
 パーティーはまだまだ続くのだが、アルコールがまわって人々の意識は散漫になっている。それを踏まえたうえで、ルーミアは切り出したのだ。
「やっぱり仕事なんだよね」
「勿論。この忙しい時期に社長が私達の休暇に対して文句一つ付けなかったのはそのためなんだから」
 あっさりとした口調で、ルーミアはレミリアの黒々とした思惑を語る。会場の端でこそこそと話すチルノとルーミア。たとえチルノがとびっきり顔をしかめていようとも、気に留める者は居ない。さとりすらも。彼女は、こいしに手を引かれてどこかへ言ってしまったのだ。
「さとりには悪いけど、行くしかないんだね」
 もしかしたら、さとりはこのことを事前に察してわざとこいしに連れて行かれたのかもしれない。
「さぁ、ちょっとした探検に行くわよ」
 ルーミアは一番手近にある扉を開いた。そこは客人用の入り口とは真反対に位置し、本来人が居ない場所だ。しかし凛とたたずむ影が一つ。それは、どこにでも現れるEXの社長だった。
 そこには虫一匹すら居ない。そんな足取りで、ルーミアは紫の脇を抜ける。紫もそれを止めるような真似はしない。けれど、二人が横並びになったとき、言葉の刃が交わされた。
「今夜でEXを潰すわ」
「なら私は今夜で紅魔を潰すわ」
読んで下さり、ありがとうございました。
晴れ空
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