Coolier - 新生・東方創想話

マックシング慧音先生!

2012/07/03 15:52:13
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  教育とは読んで字の通り、教え、育てることだ。
 そして、それを行う先生とは、先に生まれたもののことだ。

 つまり先に生まれたお前が、後から生まれてきたもの達を、教え、育てるんだよ。

  
  私がまだ、今ほど歳をとっていない頃。
 教師になりたいのです…と、告げると、世話になった恩師は、穏やかに笑って、そう教えてくれた。
 

  それからどれくらいの月日が経ったか。恩師はとうに亡くなり、時代も移ろった。
 子供といっても十人十色、頭を悩ませることも少なくない。だが、私はいつでも、その言葉を胸に、子供たちと真摯に向き合ってきたつもりだ。

  つもりですが…

  先生…
 ゴールデンエイト・坂本先生…

私は果たして、あなたのような、立派な先生になれているのでしょうか?


 
  「なーなー那梶間(なかじま)ー! 昨日の紙芝居見たかー!? 『頭文字T』の新作なんだけどよー!」
 「見てないけど野球しようぜ伊園(いその)ー!」
 「そっれがくっそつまんなくてさー! ゴッシャアアアアアとかドゴォオオオオとかで行間稼ぎまくった上に、シャイニングナイトとシスタースカーレットがまた乱闘始めんだよー! ワンパすぎてつまんねーから、俺途中からカードファイト・ヴァンダースカッツやってたらよー!」
 「ちょっと男子ー! もうすぐ先生くるよー! 座りなさいよー!」

  ここは人里にある寺子屋、その教室内。
 いつであろうと、どこであろうと、子供というものは変わらないようだ。
 そう多くない人数であるが、教師不在の教室は騒然としており、殆ど無秩序状態であった。
 
  そんな中、坊主頭の少年と、眼鏡をかけた少年を筆頭に、大声で話す男子たちを見かねたのか、女子児童の一人が立ち上がり、注意する。
 しかし坊主頭の少年は、おとなしくなるどころか、更に大きな声で、反撃を開始する。

  「るっせーんだよ鼻座和(はなざわ)! オメー慧音チャンに気に入られて、通信簿よくしてもらおうってんだろー! 女子ってきたねーよなー! なー那梶間ー!」
 「僕ショート守るから野球やろうぜ伊園ー!」
 「やーめーなーよー男子ー! 先生に言いつけるよー!」
 「アーアーきーこーえーまーせーんー! そんでよー那梶間ー、ヴァンダースカッツやってたらよー! 煮紙原(にしはら)の奴、ヤクモ・ミラージュとかアシュラ・ちぇんプルとか最後にゃ破烈の上海人形とか出してきてよー! 金持ちってきったねーよなー!」
 「何言ってるかわからないけど野球でケリつけようぜ伊園ー!」
  
  もはや聞く耳もたずの伊園、那梶間に憤る女子生徒たちであったが、そうこうしている内に、遠くから聞こえてきた足音に感づいたのか、にやりと笑ってそのまま席につく。
 そして当の悪ガキ二名は、かみ合っているのかかみ合っていないのか理解しがたい会話を続ける。
 やがて足音は扉の前で止まり、軽い咳払いが扉越しに聞こえる。
 
  「お、やべ、慧音チャンきた」
 「慧音先生はキャッチャーだよね伊園ー」
 
   先ほどの喧騒が嘘のように、しん、と静まり、教室には扉を開く音だけが響く。
  
  「きりーつ」
 「きをつけー」
 「れい!」
 「ちゃくせきー」

  入ってきた上白沢慧音は、ゆっくりとした動作で教科書やチョーク、教鞭などを置くと、子供たちの挨拶を受けたのち、静かな口調で「おはよう」と返した。
 そして、子供たちを見回すと、また、咳払いを一つして、口を開いた。

  「えー、昨日の話だが。山の手にある胃笹蚊(いささか)さんのお宅で、家で飼われている犬が、油性マジックで『めひょう』と落書きされた挙句、郵便受けに大量のカメムシを突っ込まれるという事件が発生したそうだ。目撃者の情報によると、丁度お前達くらいの年齢の子供が走り去るのを見たそうだが…」
 
  慧音はそこで話を止め、若干険のある目つきで、伊園と那梶間を見る。
 しかし二人は我関せず、といった表情のまま、慧音の視線を受けてなお平然としていた。
 
  「とりあえず謝っておいたが、まさか、とは思うが、この中の誰かの仕業じゃないだろうな?」
 「慧音チャーン、あっこのセンセー怖いんだぜー、誰がそんなことすんだよー? なー那梶間ー?」
 「怒り狂ったガルベスより怖いよなー伊園ー」
 「ほう…」

  黒板の前を行ったり来たりしつつ、二人の言葉を聞いていた慧音だが、やがて立ち止まると、そう呟いて、ポケットから何かを取り出した。
 白いロボットの様なものが描かれた、小さなカードである。

  「あ! 不夜城L.E.Dミラージュじゃん! 慧音チャン、カードファイト・ヴァンダースカッツやってんの!?」
 「そんな名前だったか。今流行ってるらしいな?」

  それは大妖怪である八雲紫が、外の世界から入手した漫画を元に作成、頒布したもので、弾幕を張れない人間の子供たちの間で、それなりのブームになっているカードゲームである。
 だが、慧音の言いたいことは、そこにはないらしい。カードをくるくると回しつつ、伊園を見据える。
 
  「伊園、お前はこのカードを持っているか?」
 「持ってるに決まってんじゃーん! 最強クラスのカードなんだぜー!?」
 「そうか、じゃあ特別に許可してやるから、ちょっと見せてくれないか」
 「いいぜー! 慧音チャンもやるならダブりのカードとかやるよ!」

  伊園は青いカバンの中身を漁り、分厚いケースに入ったカードの束を取り出してみせる。
 得意気にその束をめくり、にやにやと笑っていた伊園であったが、その表情はすぐに消え、かわりに焦りのそれが表れてきた。

  「あ、あれ? ねぇなー」
 「どうした?」
 「おかしいな、昨日ヴァンダった時はあったんだけど…」
 「…伊園、これはな…胃笹蚊さんのお宅のすぐ傍に落ちていたんだそうだ。お前のじゃないのか?」

  事情を理解したのか、伊園を注意していた女子たちが、くすくすと笑い始める。
 それを受けて、伊園はすまなさそうに笑い、教壇の前まで進み出ると、手を伸ばした。

  「お、落としたんだよ! いやーよかった、返してよ慧音チャン!」
 「ほう…お前の家は胃笹蚊さんのお宅とはまるっきり反対の方角だった筈だが…。何でそんなところで、わざわざこれで遊んだのかな?」  
  
  伸ばした手からカードを遠ざけ、慧音が声のトーンを落として尋ねる。
 伊園はそんな事はどうでもいい、といった風情で、カードを取ろうとするが、慧音はそれをポケットにしまい、もう一度、同じことを尋ねた。

  「た、たまたま通っただけだってさ! ほら、紙芝居とか見てたしさー!」
 「で、だ。目撃者によると、逃げて行った子供たちの内、一人は青いカバンを持って、頭は坊主だったそうだぞ。伊園」
 「…」
 
  ばつの悪そうに黙り込む伊園を見て、慧音は更に追撃を開始する。
 
  「この教室で、頭が坊主なのはお前だけだ。カバンが青いのもお前だけだな、伊園?」
 「かーえーせーよー!」
 「返してもいいがな、まずは胃笹蚊さんのお宅まで、何をしにいったか、聞かせて貰いたいな」

  ポケットに手を突っ込んでまで、カードを奪い返そうとする伊園の頭を抑え、慧音が静かに問う。
 もはや語るに落ちた伊園であったが、よほど大切なものなのだろう。投げやりな口調で「はいはい、やりましたー!」と答え、必死に慧音にすがりつく。

  「そうか。伊園、とりあえずそこに立て。那梶間もだ」
 「スターティングメンバーの発表だ!」
 「違う」

  ごん、という、鈍く、大きな音が響く。
 遅れてもう一発。

  慧音必殺の頭突きである。
 凄まじい威力を持ち、喰らったものを問答無用でスタン状態にさせるそれは、慧音が寺子屋の教師として赴任して以来、数々の伝説を生み出してきた。
 伊園と那梶間もまた、その威力からは逃げられない。

  はずであった。 
 だが、明らかに様子がおかしかった。

  「ぐ…!?」

  頭突きを見舞われた側の二人ではなく、見舞った側の慧音が、額を押さえて、よろよろと後退する。
 長い歴史の中で、一度としてそんな事はなく、二人が悶絶する様を期待していた女子たちも、目を丸くして驚いていた。
 つい最近も、悪戯が過ぎてこの制裁を受けた伊園、那梶間であったが、その時は、大きなたんこぶを拵えて、泣きそうになっていた。
 だが今回はどうだ。

  「カード返してもらうぜ慧音チャン!」
 「あ、待て伊園…くっ」

  脳震盪を起こすでも、こぶを拵えるでもなく、伊園は素早くカードを抜き取ると、カバンを抱えて、那梶間を促す。
 
  「慧音チャンは体調悪いから今日はもうお休みだなー! 那梶間、帰ろーぜー!」
 「今日はビジターでやろうぜ伊園ー!」
 「ちょっとイソノー! 何勝手に帰ろーとしてんのよー!」
 「慧音チャンそんなんで授業できるわきゃねーだろー! バーカバーカ! お前の父ちゃん宅地建物取引主任者ー!」
 
  伊園は馬鹿にしているのか褒めているのか判断のつきかねる悪口を振りまくと、那梶間とともに教室を出て行ってしまった。
 その様子に騒然となる教室内。女子たちは慧音に判断を仰ぐべく近づくが、慧音は頭を押さえたまま動かない。

  「け、慧音先生…?」
 「くぅ…す、すまんお前たち…」
 「だ、大丈夫ですか?」
 「あ、ああ…しばらく休めば平気だろう。だがこれじゃちょっと、授業は出来んな…今日は休みにするから、もう帰っていいぞ。また月曜日にな」

  女子たちはそう言われると、慧音のことを心配しつつも引き下がり、各々、帰り支度をして、教室を出て行く。
 すっかり空になった教室を見回した後、慧音はその場に座り込んでしまった。

  「馬鹿な…頭突きに甘えがあったのか?」
 
  そう呟いた慧音は、手鏡を取り出し、己の額を見る。
 赤くはれ上がった額。
 長く生きてはきたが、このようなことは初めてであった。己の繰り出した頭突きを、己自身が喰らったら、おそらくはこうなるのだろうな…そう考えていると、教室の扉が開き、白い髪の少女…藤原妹紅が入ってきた。

  「どうしたの慧音、子供たち、帰っちゃったみたいだけど」
 「あ、ああ妹紅か…いやなに、ちょっと体調が優れなくてな」
 「そりゃ珍しい。寝不足?」

  妹紅は座り込む慧音の傍にしゃがみ、その顔をまじまじと見つめる。
 やがて赤くなった額に気づいたのか、そこに手を当ててきた。

  「何、頭突きのしすぎ!?」
 「い、いや、そういう訳ではないんだが…」

  慧音は妹紅の冷たい手の感触に、表情を和らげ、今さっき起きたことを話し始めた。
  

  「あーっはっはっは! ひー! おっかし…はー、あーダメ、お腹いたい…」
 「笑い事じゃないぞ妹紅!」

  事の顛末を聞いて、笑い転げる妹紅に、慧音が声を張り上げた。
 古くからの友人ではあっても、笑っていいことと悪いことがある。だが妹紅はそのような事はお構いなしとばかりに、笑いすぎて出た涙を拭いつつ、慧音の肩を叩いた。
 
  「いやぁ、褒めるべきはその二人の石頭っぷりでしょ? 慧音必殺の頭突きを喰らって平然としてるなんてねぇ…代わりに慧音がパンチドランカー…や、頭突きドランカーか…ぷ…くく…ファイトファイトーネー、ケーネ・カミシラサーワー!」  
 「まったく…しかし、こんなことは初めてだよ…あの二人、以前はちゃんと痛がっていたのに、何でだろうか」
 「んー、多分慧音、頭突きを過信しすぎちゃってたんじゃない? 伝家の宝刀って言っても、研がずにほっとけば錆びて、切れなくなるよ」

  先ほど、慧音自身が考えていた、頭突きに対する甘え、ということと符合する意見を述べる妹紅。
 慧音はそれを聞き、やはり、と膝を叩いた。
 
  教師たるもの、時として厳しく接することも肝要だ。
 ただ優しく導くだけが、子供のためになるとは限らない。

  恩師であるゴールデンエイト・坂本の言葉を思い出しつつ、慧音は立ち上がった。
 目には決意と、強い意志が見て取れる。

  「お、どうしたの?」
 「私は厳しくも優しい教師であろうと、常に心がけていたが、どうやら、長い教師生活の中で、厳しさについては、鈍ってしまっていたらしい」
 「ふむ」
 「ちょっと、己を見つめなおす必要があるようだ」
 「ほう…で、具体的にどうするの?」

  口ではそうは言ったものの、慧音は特に何も考えていなかったらしい。 
 顔を赤くして、うろたえる。
  
  「あ、アレだ…えーと…まずは頭突きの基本から」
 「何だそりゃ。えぐりこむように打つべし、とかそういうの? でもあれボクシングじゃん」
 「何の話かわからんが、とにかく…この土日で、どうにかする」 

  慧音はそう言うと、教科書やチョーク箱を小脇に抱え、教室の外へと出て行ってしまった。
 後に残された妹紅であったが、何かを思いついたのか、掃除用具の入ったロッカーを勢いよく開き、にやり、と笑いを浮かべてみせた。


  人里から程近い場所にある、小高い山…中腹には命蓮寺が存在しており、人の往来もそれなりにある山であるが、慧音が今現在いる頂上付近には、訪れる者もいない。時折、天狗や妖精の類が飛んでいくのが見える程度である。
 そしてその慧音は、髪を後ろで束ね、ジャージの上下に身を包み、大きな楠の木に、何度も何度も、頭突きを叩き込んでいた。
 それをもし誰かが見れば、頭突きの修行だとは決して思わず、あまりの悔しさに頭がアレになった人、という感想を抱きかねないほどの激しさである。
 
  何度も頭突きを見舞う内に、慧音の額は充血し、やがて皮が裂けて、鮮血が滲み出す。
 しかし慧音は、頭突きをやめなかった。
 伊園や那梶間が憎いのではない。頭突きは、己が所業を省みて、正しい道へと戻ってもらいたいという、決して器用とはいえない慧音なりの優しさが、打撃系という形で顕れたものだ。
 だがその愛の鞭が、子供一人改心させられない程に錆び付いていたのは、己の怠慢である。
 教師とは、先生とは、己を厳しく戒め、律してこそ、他者を導けるのだと、慧音はそう信じていた。

  「噴ッ!」

  気合と共に、渾身の頭突きが打ち込まれる。
 ばっ、と、赤い血の華が咲く。慧音はよろよろと下がり、そして大の字に倒れてしまった。

  空は抜けるような青空だったが、慧音の心は晴れぬままだ。
 血を拭い去り、再び立ちあがって楠へと歩み寄る慧音だが、その足取りは重い。
 
  そんな慧音の後ろから、高らかな笑い声が響き渡った。

  「ファーハハハハハ! いかんなァ、それではいかんぞ小娘!」

  黒い空手道着に身を包んだ、背の低い人物であった。
 その人物はもじゃもじゃの頭髪で目が隠れてしまっているため、男か女か、人間か妖怪かすら判別できない。

  「だ、誰だ!?」
 「ククク…俺か? 俺はお前のよーく知っている人物だが、藤原妹紅とかいう不死身で美しくてかっこよくて不死鳥ライクな藤原妹紅ではない。藤原妹紅の父親の弟の息子が海外赴任した際に現地の女とアバンチュールして生まれたのがこの俺よ! 名前は藤原モサド! またの名を竹林のバラクーダ! 覚えておいてもらおうか!」
  
  藤原モサドの全部は怪しさで出来ています、と言わんばかりのモサドであったが、出血と疲労と脳震盪で朦朧としていた慧音は、藤原モサドが誰であるのか…まあ、声で妹紅とわかる程度の変装なのだが、それについては特に追及せず、再び楠へと頭突きを叩き込み始める。
 慧音のおもしろリアクションを期待していたのか、妹紅…いや、モサドは慌てて慧音に近づき、聞かれもしていなことをペラペラと喋り始めた。

  「けい…いや、小娘。何ゆえ頭突きをする? その樫の木に、人気のバームクーヘンの最後の一個を買われでもしたか?」
 「これはッ! 楠だっ! そしてッ! あなたにはッ! 関係ないッ! 話だっ!」
 「ほ、ほォー、やるねぇ。知ってたよ、クスノキとカシノキは似てるからね。だがそんなんじゃあ、ダメだな」
 
  モサドは慧音の隣に立つと、額を楠の表面に押し付け、深く息を吸い込んだ。
 
  「破ァ!」

  気合と共に、木がざわざわと揺れる。   
 そして、大量の木の葉が降り注ぎ、一面を埋め尽くした。
 ワンインチパンチ、あるいは寸剄という技があるが、それを頭突きでやってのけたモサドに、慧音は驚きを隠せないようであった。
 頭を打ち付けるのをやめ、木から離れたモサドの前に立って、その肩を掴む。

  「今のは…!?」
 「フフ…これくらい出来なければ、頭突きとは言えんよ」
 「あ、あなたは頭突きに関して、どれほどの研鑽を積んだのですか!?」
 「さてね。俺の母親が臨月のころ、俺が爆誕する間際になってやっと見舞いにきた父親にキレて頭突きをかましたら、そのまま俺が生まれたとか何とか。つまり俺はボーン・トゥ・ビー・ヘッドバットでロケンローな存在というわけさ。参ったね」

  あからさまな嘘であるのは、誰にでも判るが、その話が冗談なのか真実なのか、それはどうでもよいらしく、慧音はモサドの足元に座ると、手をついて頭を下げる。
 
  「お、御見それいたしました! 私は上白沢慧音といって、人里で教師をしているものです。思うところあり、ここで鍛錬をしておりましたが…正直、行き詰っておりました!」
 「ほうほう」
 「もし、もしよろしければ…あなたの技を、私に伝授しては頂けないものでしょうか!」

  土下座も辞さない勢いの慧音を見て、モサドはぷるぷると震えながらその表情をだらしなく崩していく。
 普段は口うるさく、姉、あるいは母親でも気取っているのかという態度の慧音であるが、今はまるっきり、立場が逆転してしまっている。
 モサド…妹紅にとってそれは、至上の喜びであった。
 そうして愉悦に浸っていたモサドであるが、やがて慧音の手を取ると、口を開いた。

  「その意気やよし。だが俺の特訓は並ではない…あるいは死ぬかもしれん」
 「死ぬ…!?」
 「うむ。頭突きとは読んで字の如く、頭で突く技術だ。単純明快ながら破壊力は高く、パチキやチョウパンなどとも呼ばれ、チグリス・ユーフラテス流域では禁じ手として扱われていたともいう。また、不破刃という男の頭突きは、直撃した相手を垂直に打ち上げたとも伝わっている…」
    
  チグリスもユーフラテスも関係あるまいが、モサドは得意気に訳のわからない理論を展開していく。
 だが慧音はその嘘八百を真面目な面持ちで静聴し、時折頷いては、続くモサドの言葉を待っているようであった。


  「…以上のことから、アメリカ合衆国の歴代大統領は全て男であるということが判るし、かの大納言、藤原不比等も、藤原流絶叫頭突きの名手として、並み居る政敵を屠ってきたという」
 「はい」
 「と、まぁ、頭突き道は斯様に奥深く、そして危険だ。命を落とす危険も顧みず、邁進するものだけがヘッドバッターとして大成することが出来るのだよ。ケイン・武蔵小杉(むさしこすぎ)とか言ったな、お前にその覚悟があるのか!?」

   恩師であるゴールデンエイト・坂本はかつて刑事であったそうで、木製のハンガーをヌンチャクとして扱い、数多の相手をブタ箱に送り込んで、周りからハンガーヌンチャカー坂本と呼ばれたという。
 そのハンガー裁きは、血のにじむような修練と、強靭な精神力で身につけたものだったらしい。
 尊敬する恩師がそうであったように、自分も今、そういった苦境に身を置き、限界を突破することが必要なのかもしれない…
 慧音は力強い眼差しでモサドを見つめ、大きな声で、その決意を口にした。

  「生徒たちの礎となれれば、それで本望です!」
  「よかろう。それ程言うなら、藤原流絶叫頭突きモサドカスタム、教えて進ぜよう。ではまず…」

  
  特訓が始まった。

 積み上げられた石を頭突きで砕く。
  
  「インドの達人…手足を自由に伸ばせる男は、頭突きを連発しているだけでそれを成す! ヨガだ! お前はヨガになるんだ!」
 「はい師匠!」

 落ちてくるタルを頭突きで砕く。
  
  「ロシアのレスラーはJ8強Pでそれを成す! コサックだ! お前はコサックになるんだ!」
 「ウラーーーー!」

 竹林の中、屋敷の外に止まっている牛車…KGYと刻印されたそれを頭突きで破壊する。
  
  「世の牛車はとりあえず、二種類に大別される。即ちアレだ、壊してもいい牛車とそうでない牛車だ! そしてそれは壊してもいい牛車だ! 思う存分破壊したらすぐに逃げろ! そして言わせてやれ、オーマイガーってな! ざまあみろ!」
 「はぃイイイイイ!」
 「壊れる牛車はただの牛車だ! 壊れない牛車は訓練された牛車だ! やれ! Do it!(それをやれ)」
 
 飛んでくるバスケットボールを頭突きでブロッキングする。
  
  「師匠! あのボール投げてる人は誰ですか!」
 「気にするな!」
 
 飛び出てくる藁人形を頭突きで切断する。
  
  「ウォオオオオオ!」
 「キャラの何人かが鈍器装備なせいで、幻想入りしてしまったボーナスステージだ! 存分に活用しろよ!」
 「頭突きも鈍器に入るのでは!?」
 「そういう余計なことを考えなくなるのが一流ヘッドバッターだ!」
 「は、はい!」 

 腕相撲マシンと頭突きでやりあう。
 
  「ぬぐぐぐぐぐ…!」
 「こちらも幻想入りしたボーナスステージだ! 連打だ! とにかく連打しろ!」
 「な、何をですか!」
 「ボタンだ!」


  日が暮れ、夜が更け、やがて朝日が顔を出す頃、それら全てのメニューをこなした慧音は、切り立った崖の上に立ち、汗にまみれたジャージを脱ぎ捨てて、風を浴びていた。
 その表情は、どこか吹っ切れたように、爽やかなものであった。ただし、その額は、往年のヒールレスラー、アブドーラ・ザ・ブッチャーのようにズタズタになってはいたが。
 だが慧音はそれを治療をしようともせず、朝刊を配るため奔走する天狗たちを目で追いながら、大きく、深呼吸をする。
 
  「うむ…よくぞこなした。正直無理かと思っていたが、なかなかどうして見所があるようだ」

  そんな折、後ろから現れたモサドが、慧音の肩に手を置いて、そう言った。
 頭に乗せられたモップからは、饐えた牛乳のような臭いが漂っているが、それを咎めるものはいない。

  「無我夢中でした。しかし、とても清清しい気分です」
 「全力を出し切り、やりとげたのだ…結果はどうあれ、自分に恥じ入るところはあるまい」

  掛けられた言葉に、慧音は涙を浮かべ、モサドの手を取って跪いた。
 そんな二人を、眩い朝日が照らし出す。

  「よし、では最後の仕上げだ…ケイン、ここから飛び降りろ」
 「はい師匠! わかりま…はい?」
 「技は既に達人の域…あとは、精神だ」
 
  頭突きとはまるで関係のないことを言い出したモサドに、慧音は戸惑いを隠せないでいた。
 ここから飛び降りて、どうなるのだろう。
 まさか頭突きで地面に突き刺されとか、そういう無茶を言うのではなかろうか。
 慧音は腕を組み、己を見つめるモサドの目を見た。

  やれ、やっちまえ。面白そうだからやっちまえ。

  目は口ほどに物を言い、という言葉があるが、モップの隙間から見え隠れするモサドの目は、正にそんな風情である。 
 尊敬すべき師匠ではあるが、これはさすがに理解の外だ。慧音は言葉を返そうと立ち上がり、モサドを見据えた。
 
  「しかし、師匠…」
 「脳内火薬というものを知っているか、ケインよ」
 「脳内…いえ、知りません」
 「そうか。それらは危機が迫ると多く分泌され、感覚を研ぎ澄ますのだという。エントロピーとかドーパントとかいうそれらの働きにより、五体は覚悟完了し、結果として危機を逃れることもあるのだ」
 「は、はあ…」
 「お前は覚悟があると、そう言ったな。これは最後の試練だ…口では何とでも言える。だから実際、生命の危機に瀕して貰い、新たなる境地へと踏み込むのだよ。成功すればもう、頭突き道では並び立つもの無し! 子供たちはお前を見るだけで素直になり、成績アップは確実。やがてビッグなサクセスを手に入れたりしちゃったりするはずだ!」
 
  慧音は半信半疑でその言葉を聞いていたが、子供たち、という単語が出ると、己の使命…教育について思い出したのか、やがて、真っ直ぐな目で、モサドを見た。
 モサドは腕を組んだまま頷き、朝日を指差す。

  「さぁ行けケインよ! 希望の未来へレディーゴーだ! 獅子はウサギを狩るのにも全力で大量の保険金をかけ受取人を自分にしたのち、千尋の谷に突き落とすという! ああ、下は川になっているから多分大丈夫だ。途中で怖くなって飛んだりするなよ。そんなことをしたら多分、後ろから何かこう、かの有名な科学忍法パゼストバイフェニックス的な何かが飛んできてお前を焼くぞ」
 「師匠は妹紅をご存知なのですか」
 「まぁな。親戚とは言え、奴は美人で可愛くて知的で不死身なイモータルガールで常に尊敬しつつ優しくしないと駄目な奴だからな! わかったな! わかったら、行け!」
 「は、はい…!」
 
  ごくり、と唾を飲み込み、慧音は崖下を見る。
 軽く100mはあろうかというその高さを、飛翔することなく落下し、無事生きて帰る…
 己の身体、その半分に流れる白澤の血は…後天性とは言え、それを可能としてくれるだろうか?

  脚が震える。
 汗が止まらない。

  「ハリーアーップ! 貴様の覚悟はそんなもんかァ! 大丈夫、ちょっと痛いくらいが気持ちいいんだ!」
 「くっ…」
 「お前の子供たちに対する思いはそんなもんかァ!」

  子供たち、という単語に、慧音の心は再び燃え上がった。
 そうだ。これは子供たちを正しく導くための、試練なのだ。
 見ていてくれ、今までの教え子たち…そして待っていてくれ、未来の教え子たちよ…!
 慧音はそう意を決し、一歩、また一歩と、崖に向かって進んでいく。
 もう崖しか見えてない、そんなタイトルがつきそうなくらい、真っ直ぐな目だ。
  
   そんな折、盛り上がる二人を遠巻きに、気味悪そうに眺めていた天狗たちの隙間をぬって、一人の天狗が、凄まじいスピードで慧音に近づいてきた。

  「あややや! け、慧音さんじゃないですか!」
 「ぬ、貴様はあばれ新聞屋(ブンヤ)! 邪魔をするな! このおもしろ…いや、この切迫した頭突きングシチュエーションを理解せぬ駄天狗め! 貴様は適当に究極とか至高とかのメニューを担当してろ!」

  現れた射命丸文を、モサドが牽制する。
 理解しろ、と言われて、理解できる者の方が極めて少ないであろうその状況を、射命丸は『慧音と謎の男? の痴情のもつれによる投身自殺イン早朝』と認識し、慌ててカメラを取り出して構える。
 慧音とは知らぬ仲でもないし、スクープが撮れれば助ける腹積もりの射命丸であったが、モサドは激昂し、凄まじい勢いで射命丸目掛けて飛び掛ってきた。

  「ノットテイクアピクチャー! ゲラゥトヒァ! ノー! ユーダメ! テングパワーキンジラレタチカラー!」
 「わ、わああ! 何なんですあなた! モップなんてのっけて!」
 「シャーラーップ! 師匠と言えば八割はこんな感じで解決する! あとの二割は東の方で不敗ならばそれでよし! さぁどっかあっちの方へいけ! どこまでも行け! 行かないと兎けしかけるぞ!」
 「ちょ、ちょっと! 翼を掴まないで!」
 「フゥーフゥー、一人十傑集こと、不死身不老不死そしてスタンドパワーのもこた…否、モサドと、三流マスゴミ天狗シャメーマルの百合百合しい絡み、通称モサあやで業界が騒然となっている隙に飛べケイン! 飛んでる間に戦闘終了して経験値だけ貰っちゃってまわりの仲間から微妙な目で見られてる某竜騎士の気持ちで飛べカイン! 高度256mまで上昇して何かこう全身から発光して敵に体当たりしろ慧音ーーーーッ!」
 「あ、あなた何かヤバい薬でもキメてるんですかあ!」
 「あたぼうよ、蓬莱の薬ナメんな! 一回キメればあら不思議、たちまちみなぎる不死身のちかーらー!」

  
 
  徹夜明けのテンションと、不意に入った邪魔によって完全におかしくなったモサドと、必死でそれを振りほどこうとする射命丸。
 だがそんな二人をよそに、慧音は雄たけびを上げ、その身を宙に躍らせた。
 
  「うおおおおおおおおッ!」
 「やりなすったァーーーーッ!」
 「け、慧音さーん!」

  モサドに絡まれつつも、射命丸は足先にマクロバーストを発生させ、距離を一瞬で詰めると、垂直落下していく慧音に手を伸ばす。
 状況は理解できないが、目の前で、しかも知り合いを死なせる訳にはいかないのだろう。
 
  「この暴れん坊天狗がァーーー! 貴様は目玉と唾を射出しまくってアメリカでも救ってやがれーーーーー!」
 
  しかしそうはさせじと、モサドが絶叫し、かぶっていたモップを取り、射命丸の顔面に押し付けた。
 腐った牛乳と、埃との臭いを肺一杯に吸い込み、射命丸はたまらずコントロールを失い、モサドと共に落下する。

  「フハハハ! この為のモップッ! この為の百合ッ! 勝てばよかろうなのだァーーーーッ!」

  どこかで聞いたような台詞を吐いて勝ち誇り、射命丸を振りほどこうとしたモサドであったが、カメラのストラップが首に巻きつき、それは叶わない。
 必死にそれを解こうとするものの、じたばたと暴れる射命丸が邪魔になり、手こずるモサド。

  そんなモサドの頭上に、慧音の頭が迫っていた。

  「うおおおおおおおお!」
 「えっ」
 「だーーーー!」

  射命丸が墜落を避けるため、上空も見ずに再び発動したマクロバーストにより、モサドと射命丸の身体が急激に浮き上がる。
 そして…

  どごん、と、慧音の頭とモサドの頭がぶつかり、三人は絡み合って、そのまま眼下の川へと墜落した。


  「…」
 「…」

  吹き上がる水柱を見て、他の天狗たちは顔を見合わせる。
 初めは心配そうに様子を伺っていた天狗たちであったが、数十秒経っても、誰一人として浮かんでこないのを見ると、私たちは何も見なかった、とばかりに、そのまま飛び去っていってしまった。


  それからしばらくして…

  「ぶあっ!」

  流木に掴まり、射命丸が水面に顔を出す。
 水を吐き出し、周囲を見るが、大分流されたようで、景色は先ほどとは異なっている。
 だが超高速で飛行することができる彼女に取って、距離というものはあまり意味をなさない。
 それを理解しているのか、射命丸は首から下げたカメラを手に取り、確認した。 
  
  「った~…ああ、カメラは無事だ…よかった。防水加工が効いたかな」
 「ドゥエーーーーイ!」

  己の命とも言えるカメラの無事に、安心しため息をついた射命丸の後方で、もう一本の流木に掴まり、モサドが顔を出す。
 こちらも水を吐き、射命丸と同じように、周囲の様子を伺っている。 
 だが先ほどまで頭に被っていたモップは当然なくなっており、藤原妹紅の素顔が晒されていた。
 それを見た射命丸は驚きに目を丸くし、その後に妹紅へと声をかけた。
 
  「あややや! あなた藤原さんだったんですか!?」
 「き、貴様暴れん坊天狗! 世迷言を吐くな! 私は藤原妹紅などではない! 竹林のバラクーダこと藤原モサド! 天狗の子、そこのけそこのけモサドが通るのでどっかいけ!!」
 「い、いや、あなた、その顔、藤原さんじゃないですか! 一緒にお酒とか飲みましたよね!?」
 
  最初は見苦しく弁解していた妹紅であったが、射命丸のその言葉に、己の顔、頭を、ぺたぺたと触り、確かめる。
 そして変装(カバー)が剥がれ、素顔が露になっているのを確認すると、妹紅は青ざめ、射命丸に組み付いてきた。

  「う、ウオオオオ!? 誰も知らない知られちゃいけない藤原ンナチュラルフェイスがァーッ! か、川が綺麗になっちゃう! こうなれば貴様もう死ね! 死なずとも川底で考えるのをやめろ、梅雨明けくらいまで!」
 「わあああ! ちょ、落ち着いて藤原さん! ギャア、胸を触らないで!」
 「ウオオオオーこんな時まで誘い受けか貴様ァア! 百合はもういいと骨身に染みたろうがァアアアア!」
 「何言ってるんですか貴女ァ! あぶ、っ、溺れ、溺れる!」
 
  バシャバシャと水しぶきを上げながら、二人は絡み合い、流れて行くが、そうこうしている内、妹紅の目の前に、巨大な岩が姿を現した。
 しかし妹紅はそれに気づかず、射命丸を亡き者にせんと暴れている。
 一方の射命丸は、その岩に気づいたらしく、死の物狂いで妹紅を振りほどき、その場から飛び上がった。

  「貴様、水空両用天狗かァ! だが逃がさん、貴様だけh」

  逃がすまいと、己も飛翔する体勢をとり、何事か叫ぼうとした妹紅が、その瞬間、岩に衝突した。
 そしてそのまま、妹紅の姿は見えなくなり、後には射命丸だけが取り残される。

  「…えーと…」

  そこまで深い付き合いでもないが、それでも彼女が不死身であるということを知っている射命丸は、しばらく逡巡したのち、「まぁ、いいか」とだけ呟いて、その場から飛び去っていった。

 慧音のことはすっかり忘れて、である。



  翌、月曜日。

  慧音のいない寺子屋の教室は、珍しく静かであった。
 
  「なぁ那梶間ー、慧音チャン来るかなー?」
 「中二日だからちょっと厳しいんじゃないかな伊園ー」
 「そ、そうだよな…なぁ、やっぱその、白蓮様に習った鉄頭功のこと、黙ってたほうがいいかなー?」
 「うーん…ゴメンナサイはしないといけないんじゃないかなー」
  
  慧音が特訓し、しまいには川に流されてしまった原因である二人は、若干怯えながら、そう話し合っていた。
 今年の初め、命蓮寺で起きたある事件…通称、毘沙門天餅つき事件を切欠に、その寺の住職である白蓮から、身体能力を強化する鍛錬法を教わるのが、子供たちの間でブームとなったことがある。
 伊園、那梶間の両名も例外ではなく、二人は慧音の頭突きをしこたま見舞われた経緯から、頭を鉄のように硬くする『鉄頭功』を学んだのである。
 
  つい一週間ほど前に頭突きを喰らった際には、気の集中を忘れ、ダメージを受けたものの、一昨日の頭突きに際しては、その力を存分に発揮し、慧音にカウンターダメージを与えることに成功した。 
 
  だがそこはやはり子供である。
 口うるさくも、何だかんだで信頼のおける教師である慧音が、自分たちのせいで自信を失くしてしまったら…
 教師をやめる、などと言い出したら…

  それは大変なことだ。
 幼い頭なりにも、それは理解していた。

  「や、やっぱそうだよなー…もし慧音チャンがやめるとか言い出したら、俺、姉さんに殺されるよ」
 「それはあるなー」

  二人がそんな調子で肩を寄せ合い、相談していると、遠くから、足音が聴こえてきた。
 おそらくは慧音のそれであろう。
 だがその足音はいつもと違い、軽くはなかった。
 むしろ、地響きのような音だ。ついでに、びしゃり、びしゃり、と、水音のようなものまでが伴う。

  「お、怒ってるんじゃないか慧音チャン…」
 「ガルベスどころじゃないよな伊園ー…星野仙一クラスだよ…」

  そして、扉が開かれる。

  「きりーつ…」

  ずしん、と、教室が揺れる。

  子供たちは立ち上がったまま、言葉を失った。
 
  「おはよう」
 
  身長はざっと見て+30センチ、体重はおよそ倍。
 
 脚はそこらの丸太より太く
 腰は大木の如し
 胴は岩盤のようで
 肩の筋肉は小山のように盛り上がり
 腕は子供の脚よりも太かった。    
  
  その全身は傷、痣だらけで、しかも、ずぶ濡れだ。


  「ウワーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!」
 
  満場一致、全員同時に、子供たちが絶叫する。
   
  「な、何だお前たち! どうした!」
 「ウワワーーーーーーーー!!!!!!!」

  顔以外別人と化した慧音に、子供たちは逃げ惑い、泣き出し、あるものは泡を吹いて気絶する。

  「あ、ああ、気にするな! ちょっとな、年甲斐もなく川遊びに夢中になってしまってな…気づいたら今朝で、着替えるヒマもなくてな…そのう…」
 「そ、そそ、そうじゃねえよ慧音チャン!!!!! なんだよその身体ーーーーーー!!!!!」
 「ジャックハンマーみたくなってますよ先生ーーーーーーーー!!!!!」
 「ハハ、何を馬鹿な…確かに、ちょっと体を鍛えはしたが…どれどれ」

  慧音は教室の壁に設えてある鏡の前に立ち、己の姿を確認した。
 最初は笑顔を浮かべていた慧音であったが、それはすぐに消えて、驚愕とかそういうレベルではもはや表現できぬ表情を見せる。
 
  「ウワーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!」

  びりびりと空気が震え、慧音の絶叫がこだました。
 そして、子供たちの絶叫も、その後を追う。

 その後に、何か巨大なものが、地に倒れる音と振動が、響き渡った。

  
  慧音はその数時間後に、大量のきれいな液を全身から放出して元に戻ったものの、大事をとって、寺子屋は一週間ほど休みとなった。
 
  慧音に何がどう起こってそうなったのかは、誰にも判らなかったが…伊園、那梶間はおろか、全ての生徒たちは、卒業するまでの間、慧音に対して絶対に歯向かうことはせず、極めて従順かつ素直な態度で接したのは言うまでもない。
 何かあれば、「牙猛(きも)慧音が来るぞ」、その一言だけで場が静まってしまうほどに…。 
 


  そして、寺子屋ではないどこか。

  「ヘーイストーップ! スターップ! オゥシィーット! サノバビーッチ!」

  
  そこには、通り過ぎていくオープンカーに悪態をつきつつ、『幻想郷』『GENSOUKYOU』と書かれたフリップを叩きつける妹紅の姿があった。
 妹紅は袋からハンバーガーを取り出すと、それを齧りながら、空を見上げる。
 抜けるような青空と、太陽が眩しい。
  
  「…世界って広いなあ…」

 妹紅は泣きそうな顔で、そう呟くのであった。




  了
 慧音、妹紅ファンの方には焼き土下座させていただきます。

 家の近くに小学校があるのですが、朝な夕なに大騒ぎしながら登下校する小学生たちを見るにつけ、「教師って大変そうだなあ」などと思う自分であります。で、教師と言えば慧音なので、今回の話になりました。
 しかし毎回そうですが、熱心なファンの方には本当、すいません。
そして読んで下さった全ての方に感謝を。

 関係ない話ですが、今更ながら鳥船遺跡を買いました。東方楽曲の中でも一番好きな、「感情の摩天楼」が収録されてて大変嬉しかったです。
ナイスガッツ寅造
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コメント



0.1020簡易評価
3.80名前が無い程度の能力削除
相変わらずのテンションの高さで安心しました。子供の性格が妙にリアルで楽しい。
4.80奇声を発する程度の能力削除
テンション高く面白かったです
14.100名前が無い程度の能力削除
もこたんも慧音先生も頭突きのやりすぎで頭が…もこたんは最初からか
17.90名前が無い程度の能力削除
子供が憎たらしいまでにリアル!
18.40名前が無い程度の能力削除
(iPhone匿名評価)
20.70名前が無い程度の能力削除
>慧音はその数時間後に、大量のきれいな液を全身から放出して元に戻った

何を出したww
24.90名前が無い程度の能力削除
パロネタが自然に入りこんでるのが凄いわ
28.80名前が無い程度の能力削除
ヒッチハイクじゃ無理だろう…。次のモサドはよりネイティブな発音になってるのですねわかります。
31.90名前が無い程度の能力削除
結局命蓮寺のせいかよw
>ギャア、胸を触らないで!
ちょっとかわいい