Coolier - 新生・東方創想話

永夜 終わる時(三)

2005/07/22 06:25:22
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永琳の所見に間違いはなかった。
彼女の言うとおり栄養のある物(慧音特製・薬膳粥スペシャル)を食べ、体を冷やさないように温かくして床に就いたら翌朝にはすっかり顔色もよくなっていたのだ。
・・・もっとも、色白な妹紅の顔色の微妙な変化に気付くのは慧音くらいしかいないのだが。

「もうすっかり良さそうじゃないか、妹紅殿」
「すっかり・・・って程じゃあないかな。まだ少し体が重い感じ・・・・・」

うーん、と大きく伸びをしてぼやいてみたりする。
だがぼやく余裕があるというのは元気な証拠、声の調子も暗くはない。
布団から出た妹紅は着替えもそこそこに外へ飛び出し、大きく深呼吸して外の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
清新な大気が胸を満たし、まるで手足の爪の先まで力が行き届くような感じを覚え、わずかに残る倦怠感はこの深呼吸一回で完全に追い出されてしまったようだ。
後に残るはすっかり全快した妹紅と、彼女を数歩後ろから見守る慧音の姿。もう一度大きく伸びをして背筋をしゃんと伸ばす。

「んッ・・・・・・・・・・・・・・ふぅ。でも治った・・・・んだよね?」
「その分だと問題なさそうだな・・・・・よかったよ、一晩で治ってくれて」
「まーね・・・・・・ねぇ、ところで慧音」


握り拳を何度も作っては解き、力の入り具合でも確かめているのだろうか神妙な面持ちで自分の手と腕を見つめ、そして妹紅は背後の慧音に向き直った。
その顔に快気の明るさはなく、病み上がりの気だるさも見えない。その目はひたすら真剣で、妹紅の快気を喜ぶ慧音すら根拠のない気まずさを感じるほどのものだった。

「ッ・・・・・・な、何だ?」
「気になってた事があるんだけどさ・・・・・」
「あ、ああ・・・・」

間違いない。
妹紅は自分の風邪の事を聞こうとしている・・・慧音の直感がそう告げていた。
怪しまれないように全身の緊張をそっと解き、引きつらない程度に表情を作り、自然に受け答えしているように見せかける。
そんな慧音の姿を一瞥し、妹紅は視線を落としまるで独り言のように呟いた。



「なんで・・・・・・・私が風邪なんか引くんだろうね」



やっぱりだ。昨晩、自分が永琳に聞いたのと全く同じ質問だ。
覚悟はしていても息が詰まり、胸の高鳴りを抑え切れない慧音。しかし悟られてはならない。
詰まった息をゆっくり吐き出し、あくまでも平静を装い言葉を紡ぐ。

「さ・・・さぁなぁ・・・・・鬼の霍乱という奴じゃないか?永琳殿も『風邪を引かない人間なんていない』って言ってたし」
「アイツもそう言ってるんだ・・・・・でも、ちょっと信じがたいね」
「風邪を引いた本人が信用しなくてどうする・・・・まぁ、『病は気から』って言うしあまり気にしすぎない方がいいと思うが」
「・・・・いやまぁ・・・・・・じゃ、そういう事にしておこうかな。『私は風邪を引きました、でも一晩できれいさっぱり治りました』、おしまい!」


鋭く静かな視線にようやく柔らかな色が差し、顔から険がふっと消える。
カラッとした笑顔が似合う、いつもの妹紅に戻った・・・・・・と内心胸を撫で下ろす反面、慧音の胸の中にはしこりのような引っ掛かりが残っていた。

「慧音も看病ありがとう・・・もし独りだったら私、ずっとうなされてたかも知れないもんね」
「べ、別に改まるほどの事じゃない・・・・・当然の事をしたまでさ」
「でも、慧音には本当に感謝してるんだよ・・・・・・・・・あ・り・が・と」

「・・・・・・・・!!」



言いながら顔を近づけ、慧音の頬に柔らかい感触を残す妹紅。
慧音の顔はどこぞの紅白のように赤く染まり、妹紅もその名のごとく頬を赤らめ、お互い目と目を合わせる事すらできずにいる。
息が止まるほど呆然とし、そして本当に息苦しさを感じるまでの数秒間。束の間の永遠を感じ、ようやく慧音が呼吸をする事を思い出した頃。妹紅の足は慧音の方を向いていなかった。

「・・・・ちょ、ちょっと運動がてら散歩に行ってくるね!晩ご飯までには帰ってくるから!」

さっさとソッポを向き、長い髪をなびかせてふわりと宙に舞い上がる。
キスなどしておきながら、彼女もやはり恥ずかしいのだ。あまりにストレートな感情表現は慧音ばかりか妹紅自身の心をも惑わし、平静のままその場に留まる事を許さない。一人になる事こそが唯一の特効薬となるのだ。

「え・・・・・ぇ!?も、妹紅殿!?まだあまり無理は・・・・・・・・・」
「大丈夫。病み上がりですぐアイツの所に行くほど馬鹿じゃないよ」
「・・・それならいいんだが・・・・・・・・・何なら私も一緒に行こうか?」
「い・・・・・い、い、いいよ!一人でもちゃんと飛べるし、どこか目的があるってわけでもないし・・・」

確かに妹紅の体は少しずつだが確実に浮き上がっていて、慧音は妹紅の靴と話をしているようで滑稽にすら見えてくる。
だがやがてその靴も慧音の頭を大きく跨ぎ、竹の枝葉の間を縫うように白い体が舞い上がっていく。
追いかけてもどうせ逃げるだけだろう・・・・・・妹紅の言葉を信じ、小さくため息をつくと慧音は地上に留まって妹紅を見上げつつ見送った。


「・・・・・・・・じゃあ、気をつけて!」

はるか上空・・・竹林から抜け出る辺りで妹紅が手を振っているのがかすかに見えた。もしかしたら声が届いていたのかも知れない。
そして妹紅の姿が見えなくなって竹林にぽつり残されると、それまで真っ赤になったり笑顔を見せたりと忙しかった慧音の顔から明るい色が消え、代わりにいつも以上に鋭い気配と重苦しい色が混ざりこんできた。





「ふぅ・・・・・・・・・・・・・・・」

考えるのは、妹紅の事。悩むのは、彼女の体の事。
もし正直に話したら、彼女はどんな反応をするのだろう?死に往く己の体を喜ぶのか、または永夜の終わりを嘆くのか。
もしずっと黙っていて、ある時真実を知ったら彼女はどんな反応をするだろう?
自分の事を気遣ってくれたと感謝するのか、なぜもっと早く言わなかったのかと憤慨するのか。
幾度も幾度も思いは廻り、それでも慧音の中に答えは出ない。

「どうすれば・・・いいんだろう・・・・・・・・・?」

永琳は言った。『私なら、どこまでもついて行き、どこまでも信じ、どこまでも尽くす』と。
だが、真実を知らないであろう妹紅の何を信じたらいいのだろう。彼女の為に尽くせる事とは何だろう。
結局永琳のアドバイスは、今の慧音にとっては励まし程度の物でしかなかったのだ。


竹林に朝陽が差し込み、辺りに光と薄闇の道が何本も現れる。
朝の心地よい涼しさと相まってそこは幻想郷の中においても幻想的な世界を創り出していたが、心の晴れない慧音にとってそれは視界を潰す眩しい光にしか感じられなかった。










少しばかり時は経ち、それから三度目の満月の事。慧音も妹紅も、それまでと全く変わらない時を過ごしていた。

妹紅の体の変化を彼女自身に教えてやるべきかという慧音の悩みは、平穏な時が少しずつ薄めてくれていた。
あれ以来、妹紅は輝夜と殺し合いをしていないし病気も怪我も何一つしていない。その平穏が慧音を安心させ、『何もないならそれに越した事はないだろう』という推測・甘い考えで妥協させてしまい、決断を鈍らせていたのだ。


「おーい、妹紅殿ー?」
「・・・なーにー?」
「野菜を切ってほしいんだが」
「はいはい。この大根でいいの?」
「ああ。私は洗濯物を取り込んでくるから」

慣れというのは恐ろしい物で、最初はあれだけ妹紅の事が気になっていたのにわずか三ヶ月でその気持ちもいつもと同じ平坦な物に均されていた。
いつものように食事を作り、いつものように里の人間と付き合い、いつものように二人で語り合い・・・・・・その様子はむしろ、慧音の方から積極的に暗い話を忘れようとしているようにも見えた。





「さて、と・・・・・・妹紅殿、野菜の方は切り終わっ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・!?」

二人暮しだから洗濯物といっても大した量ではない。数分もあれば洗濯物を取り込み、畳む事ができる。
そして手早く仕事を片付け、台所に戻る慧音が見た物は。

まな板と包丁の刃先を赤く染め、指をくわえる妹紅の姿だった。


「も、妹紅殿!?」
「イタタ・・・・ごめん慧音、ちょっと油断してた」

油断してた、では済まないほどの血の赤。少々深い所まで指を切ってしまったらしい。
慧音が慌てて薬箱を取りに走り、薬を塗って包帯を巻き終わるまでにそれほどの時間は必要としなかった。

「・・・い、いいよ慧音・・・・・これくらいすぐ治っちゃうから」
「ダメだ、バイ菌が入ったりしたら困る。その分だけ妹紅殿が大変な思いをするだろう?」
「・・・・そうだけど・・・・・ありがと、慧音」

妹紅を心配する気持ちが薄れたとはいえ、それが完全になくなったわけではない。
むしろ表面上だけは普通に見えるだけで、いざ妹紅の体に異変が起こった時・起こりそうな時になると慧音は今まで以上に敏感になっていた。
例え包帯をぐるぐる巻きにされて妹紅が指を曲げづらそうにしていても、彼女の体には代えられない・・・・・・そんな慧音の想いが妹紅にはおせっかい焼きに感じられ、しかしそんな所が慧音らしいな、と嬉しくもあった。


「・・・・・・ねぇ慧音。まだ私に手伝える事、ある?」
「え・・・と・・・・・・・今は大丈夫かな。夕餉の準備ができたら呼ぶよ」
「ん。じゃあ、邪魔にならないように外で星でも見てるね」


手を振って駆け出す妹紅。
その指に巻かれた包帯が、慧音が巻いた物なのに妙に痛々しく見え、脳裏に焼きついてなかなか消えようとしない。
『それ』は慧音の心の中で漠然とした黒い靄となり、言い表せぬ不安をかき立て、しかし妹紅を追う決意も固められぬまま、ただただ彼女は血に塗れた野菜を前に立ち尽くすしかできなかった。










幻想郷の満月は強く、明るい。
『幻想郷で見る月は外の世界と違う物なの?』と慧音に聞いたら笑われた事がある。慧音が言うには幻想郷からも外の世界からも見える月は同じ物であるらしい。
ではなぜ幻想郷の月は・・・・・・という問いには答えてもらえなかったが、とにかく幻想郷で見る満月は常に強く輝いている。
それも、太陽のような力強さではない。ロウソクの炎が、見えにくい蒼い炎ほど熱く静かに燃えているように、満月の輝きは目に見えない力を静かに、そして燦々と放ち続けているのだ。

満月の光は狂気を内包している、と慧音は言っていた。
『狂』の字が表す物はまさに『獣の王』、即ち見る者の中にある獣の心を引き出してしまうのだとか。狼男の話は有名だし、吸血鬼は満月の夜にその本領を発揮する。大猿になる少年の話も細々と伝えられている、と慧音は言っていた。
とにかく満月の光は多くの人妖に少なからず影響を与えているのだ。


「はぅ・・・・・・・」

そして、妹紅は庵の屋根に寝そべってこの狂気の満月を見上げるのが好きだった。
夜空に散りばめられた数多の光の中でも、満月は最も大きく強く輝いている。そんな月を見ている限り、自分は自分でいられるような気がしたのだ。

忌まわしき永夜を纏った日の事。
大好きな慧音と出会った時の事。
輝夜への想い。強い想い。恨み。

想いが走馬灯のように浮かんでは消え、己の足跡を改めて思い知らされる。
ともすれば自暴自棄に走ってしまいそうな妹紅だが、月を見る事で正気を保ってきたのだ。
例えそれが、狂気をもたらす物であるとしても。
例えそれが、憎んでも憎みきれない者の故里であるとしても。

今までも、そしてこれからもきっと、ずっと。





「・・・・・・ん?」

体が――疼く。
狂気を呼び醒ます光を浴びて、体の内から力が漲ってくる。
胸の鼓動が高まり、指先の一本一本に至るまでが熱くなり、昂りだした心は思わず笑みをこぼしてしまう。


――今夜なら、アイツを殺せるかも・・・・・・

――今夜なら、アイツに殺されるかも・・・・・・


今まで何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も・・・・・・・・・・・・気が遠くなるほどそう思ってきた事なのに、今夜はその想いもまた一入。
ある種邪悪にも似た『気』は燃え盛る炎となり、鳥類特有の複雑な形を作って妹紅の背に宿る。自らの炎で己が身を灼き、灰の中から甦るという神獣、鳳凰・・・・・・

「・・・・・・ふふ・・・・・・・・・・ふふふふふ・・・・・・うふふふふふふふあはははははははははははは・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


不死たる者の象徴を背に負い、いよいよもって己を抑えられなくなった妹紅の口からは笑い声が漏れ、真紅の翼から放たれる炎気に巻かれ静かな竹林は急激にざわめき出していた。










「・・・・・・妹紅殿!?こ、これは一体・・・・・・・・・・・・・・!」

頭上で笑い声が聞こえたり、竹の枝葉が嵐のように鳴り響くものだから、前掛けをつけたまま慧音が慌てて屋根に上ってきた。


「ああ、慧音・・・・・・・・・もうすぐ晩ご飯って時に悪いんだけどさ、ちょっと出かけてくるね」

慧音の姿を視界の端に認め、妹紅の体がゆらりと動く。
その歩き方は見方によっては色気を発しているようにも千鳥足のようにも見え、少なくとも普通でない事だけは見て分かる。
そして月に導かれるようにゆっくり歩を進める妹紅の行く手を、慧音が塞いだ。

「・・・・だ、駄目だ妹紅殿・・・・・・・・・・・・竹取の姫の所に行く気だろう?」
「勘がいいわね・・・じゃあ話が早い、そこを通してくれる?」
「・・!・・・うぅっ・・・・・・!?」

炎の翼がゆらりと揺れ、辺りに熱気を撒き散らす。
立っているだけで汗が吹き出てくるほどの暑さと熱さが慧音を襲うが、彼女とてここは一歩たりとも退くわけにはいかなかった。妹紅に起こっている異変が未だ解決していないであろう現状では、彼女の体はガラスのように繊細なのかも知れないのだ。
そんな時に真剣な殺し合いをするような相手に遭わせてしまったらどうなるか・・・・・
熱気に圧され、一歩ずつ後ずさりをしながらも、慧音は妹紅の前に立ちはだかり続けていた。

「行っては駄目だ・・・・何か、途轍もなく悪い事が起こりそうな予感が・・・するんだ・・・・・・・・・」
「悪い事か・・・・・・・案外、それっていい事なのかも知れないわ」
「・・・と、止まれ!・・・・・・止まってくれ、妹紅殿・・・・・頼む」

「慧音・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

慧音の言葉を意に介さず、ゆっくりと歩み寄る妹紅。そして鳳凰の翼で慧音を包んでしまえそうなほど近付き、その顔には触れれば崩れてしまいそうなほどの儚げな笑顔を浮かべ・・・・・・


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ごめん」



ドズッ



「はぁうっ!!?」

瞬間、慧音の鳩尾に小さな拳が叩き込まれた。
無防備だった所へ強烈な一撃を受け、決して小さいとは言えない体はくの字に曲がり、一瞬浮き上がる。
鳩尾を押さえ、そして息を継ぐ間も与えられず・・・・・首筋から頭部へ突き抜けるような衝撃が走った。


「ぅぐっ!・・・・・・・・・・ぁ、な・・・・な・・・・・・・・・・・・・・ぜ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・?」



――意識が断ち切られる。

眠気にも似た感覚で、すっかり糸のごとく細くなった意識の中で力を振り絞り、妹紅を見上げる慧音。
右手で手刀を作っていた妹紅の姿がうっすらと目に留まる。


――なぜ?どうして?こんな事を・・・・・・・・・・

思いを巡らせるだけの猶予は、もはや慧音には残されていなかった。
細切れになり無数に拡散する意識を収斂する事は遂に叶わず、引力に身を任せて倒れ伏す。
意識が途切れる寸前、最期にチラリとだけ見えた妹紅の顔に感情らしき物は刻まれていなかった・・・・・・・・・・・・
その事を頭の片隅に留めていく事が、彼女の精一杯だった。





「・・・・・・・ごめんね、慧音・・・・・」

長い長い髪を縛るリボンを一本ほどき、慧音の手に握らせる。

「今夜だけは、誰にも・・・・・・・・慧音にも邪魔されたくないの」


ここに留まれば留まるほど、出かけの一歩を踏み出すのが辛くなる。
未練を振り切り、鳳凰の翼を大きく広げて慧音から背を向ける。

「・・・・でも、もし・・・・・・もし私が帰ってきたら・・・・・・・・・・そのリボン、返してもらうからね」



屋根を蹴り、翼を羽ばたかせ、月の光を頼りに飛んでいく。
慧音が巻いてくれた包帯は、鳳凰の炎気に当てられその端から燃えてほどけていた。するすると白い包帯が指から離れ、離れた所からすぐに黒い燃えかすと白い灰となって消えていく。そしてその下から覗く傷跡は・・・・・・・・・・・・・・・

未だ、生々しく残っていた。










「・・・・・・・・・・・・いつの頃からだったかしらね」

竹林の中で少女が呟く。
艶のある黒い髪を夜風になびかせ、誰もいないはずの闇に向かって。



「この竹林に火を放って私達を焼き討ちにするでもなく」

従者たちは全て、屋敷に残してきた。
見届け人を一人くらいつけてもよかったかも知れないが、今夜はその見届け人の無事を保障できない・・・・・・
それに、今夜は今までの夜とはワケが違う。彼女もそれを感じ取っていたのだ。



「闇の闇に紛れて私の寝首を掻くでもなく」

ザッ、ザッ、と土を踏みしめる音がする。
怯えながら近付いてくる弱々しい足音ではなく、獣性を丸出しにした荒々しい足音でもなく。
冷静と激情を併せ持った、とても落ち着いた足音が。



「そうやって平然と歩いて私の所に来るようになったのは」





                ザッ  ザッ

「・・・・・いつだっていいじゃない・・・・・・・・・そんな事より、輝夜・・・・・・・」

闇の向こうから聞こえてきた声は、足音と同じように落ち着き払っていた。
まるでその辺りを散歩するかのように、何気ない会話をしているように。



                ザッ  ザッ

「『永夜を終わらせに来た』?それとも『私を殺しに来た』?もう何度目かしら・・・・・・いい加減聞き飽きたわ」

輝夜、と呼ばれた少女も落ち着き払ったものである。
闇の向こうの、顔の見えない相手。しかし彼女はその声を知っている。自分を名指しで呼ぶ相手を知っている。



                ザッ  ザッ

「今夜はいつもと違うのよ・・・・・ええ、絶対に違う」

足音がゆっくりと、着実に大きくなってきているのが分かる。
今、輝夜がいるのは竹林の中の開けた広い場所。そこに相手がやってくれば、
月の明かりに照らされて嫌でも姿が露になる。



                ザッ  ザッ

「まあ・・・・・・なんにせよ、逢いに来てくれて嬉しいわ。妹紅」





                ザリッ



そして足音がやんだ。
今、輝夜の目の前にいるは鳳凰を背に宿した少女、妹紅。
千年の長きに渡り殺し合いを続け、千年にも及ぶ因縁を持つ仇敵を前にして、その体勢は自然体の極みである。

「・・・・・・こんなに綺麗な月夜に出逢って早速だけどさ、輝夜・・・・・・・・・・ 始 め よ う か 」
「せっかちねぇ。久しぶりだから、もう少しお話に付き合ってくれてもいいのに」
「話す事なんて、アンタにあっても私にはない・・・・・でも、どうしてもって言うんなら・・・・・・・・・・・・・!」
「!」


鳳凰が大きく翼を広げた瞬間。ドン、という衝撃と共に熱風がその場を支配した。
それを合図に妹紅の体はゆっくり浮き上がり、その姿はまさに灰の中から甦る鳳凰を思わせ、荒々しさと共に優雅ささえ感じられる。

「・・・私はこの弾幕と力で話してやるよ!」
「・・全く野蛮ねぇ・・・・・・・・・まあ、あなたらしいと言えなくもないけど」

地に立ったままの輝夜も黙ってはいない。
自らの強さの象徴にして語り部とも言うべき五つの神宝。それらの封印を解き、虚空に掲げて攻防を成す。


「『永夜を終わらせる』って言うけどねぇ・・・永遠は終わりがないからこその永遠なのよ。あなたごときの力でそれを破れるとでも・・・・・・・・」
「・・・・破ってみせる!!」
「・・・!?」

それは、今まで輝夜が片手に収まる程度しか見た事のないほどの妹紅の剣幕だった。
上から見下ろされている状況で頭ごなしに叫ばれては、流石に輝夜の言葉も止まってしまう。

「永遠が何よ、蓬莱が何よ・・・・・・・・・・『私ごときの力で破れるものか』・・・?そんなの関係ない、関係ないのよッ・・・・・・・・・・・!」

妹紅の体が震えているのが、地に立つ輝夜からも見て取れる。
この後、妹紅は確実にキレる・・・・キレて、力の限りの攻撃を仕掛けてくる。千年も付き合いをしていれば、相手の行動パターンなど勝手知ったるもの。慌てず騒がず、輝夜は力を集中させて防御に臨む。



「私は・・・・・・・・・・・私は・・・この弾幕と私の全力で!私の永遠をブッ壊してやるわ!だからその為にアンタを本気で殺す!
 ちょっとでも手加減なんかしてみなさい・・・・・・あの世に行ってもアンタを殺し続けてやるッ!!」
「・・・・学習しない子ね・・・・・・・・今まで何度殺されたのか覚えてないのかしら?」


輝夜は眉一つ動かさず、殺気だけが大きく膨れ上がった。
彼女自身から放たれる力は妹紅の炎気を押し返し、二人の間でせめぎ合い、大気に奇妙なゆらぎを作る。

「何を根拠にそんな強気になっているのか知らないけれど・・・私から見たら何も変わってはいないわ、あなた」
「ハッ、別にアンタに分かってもらおうなんて思っちゃいないわ」
「・・・やれやれだわね・・・・・・・・・・・・・・・・それじゃあ」





「永遠は決して破れない・・・・・粛清してやるわ、永遠の蓬莱人!」

「私は私の永遠を破ってみせる・・・布石になれ、狂気の竹取姫!」





ゆらぐ大気をつんざき、二人の怒号が重なり合った。
漸くスタートラインに立てた感じではある。
・・・・かなりどこかで見たような展開ですが。
あと、非常に単純な言葉いじりを仕込んでみたり。


待つな次回!ずいぶん先の事になるから!
0005
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つ・づ・き! つ・づ・き!(AA略