Coolier - 新生・東方創想話

想い出

2005/07/13 07:56:21
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「……変わってないわね」
思わずそんな言葉が口に出た。
目の前にそびえ立つ、一軒の洋館。
かつて霧雨邸と呼ばれていたもの。
私……いや、誰かがここを訪れるのは、数十年振りの事だった。



古めかしい木製の扉。
錠が下りていないのを確認すると、そっと押し開く。
……重い。
永い間、開閉されていなかったのだから、当然と言えば当然だけど。
込める力を強めると、扉はガタピシという不安な音を立てつつも、少しずつ開いていった。

がこん

「……っ~~~~~~!」

後頭部への痛打。
痛みに唸りを上げつつ、目の前の床に転がっている犯人を睨みつける。
俗に金ダライと呼ばれている生活用品。
破壊力を高める為か、金ダライの中にはご丁寧にも大量の石が詰め込まれていた。
……恐ろしい。
もし、これに引っ掛かったのが私でなかったら、今頃は冥界の住人が一人増えていたかもしれない。
この時ばかりは自分の石頭に感謝した。
「……ったく! 下らない悪戯仕込むんじゃないわよ!」




『あー? 下らないとは聞き捨てならないな。
 悪戯って言うのは、仕掛ける側と受ける側の知恵がぶつかりあう、高度な心理ゲームだぜ?』
『知恵以前の問題でしょ! こんなの喰らったら普通死ぬわよ!』
『大丈夫だ。お前は普通じゃない』
『うきぃーーーーーーー!』



「……」
遠い昔に交わされたやりとりが再生された。
何の変哲も無い、ただの日常の一コマであったはずなのに、とても明確に思い起こされた。
それだけ、この家での出来事は、私の中で大きなものであったという事だろうか。
「何を感傷的になっているのよ……」
私は、金ダライを蹴り飛ばしつつ、奥へと歩みを進めた。
……重かった。








「うわぁ……」
思わず、そんな呻きを漏らしてしまう。
恐らくは応接間であっただろう部屋の辺り一面に散乱する収拾物の山、山、山。
本当にこんな空間で魔理沙は生活していたのかと、疑問に思えてしまう。
とてもじゃないが、私には無理だ。
この状況なら散乱は愚か、物体Xが産卵していたとしても不思議じゃない。
一匹姿を見たなら、百匹居ると思えと言われるアレとか……。
……少し怖くなったので、ぶんぶんと頭を振って、脳内からイメージを振り払う。
よし、もう大丈夫。


がたん


「きゃああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

意思とは無関係に、声帯をフル活用して叫ぶ。
余りの音量に、自分の耳が痛くなった。
恐る恐る振り返ると、そこには一本の古びた箒が転がっていた。
音の発生源はこれだろう。
何となく手にとって眺めてみる。
柄にはA・Mの二文字が刻まれていた。
……A・M?
この箒は午前の掃除に使うものです。の意で記したという可能性も、極僅かながらあるかもしれない。
でも、あの魔理沙の所有物という時点で、その可能性は完膚無きまでに潰えた。
とすると……これはやはり私の名前なのだろうか。
「……ああ、あの時の箒ね」





『時にアリスよ』
『何よ』
『前々から気になってていたんだが、仮にも魔女を名乗っているにも関わらず、
 空を飛ぶのに箒を使わないというのはいかがなものか? と私は思うんだ』
『別に、必要無いもの。媒体なんて無くったって飛べるんだし。
 それに私は魔法使いであって魔女だなんて名乗って無いわよ』
『そこで、だ。あの子は本当に親切ね、とご近所の奥様方に大評判のこの私が、
 お前のために専用の箒をこしらえてやったという訳だ』
『どこに奥様方なんているのよ……というか、そんな事頼んだ覚えも無いんだけど』
『屁理屈の多い奴だな。いいから黙ってこいつを使え!』





確かあの日は、訳の分からないまま、箒での飛行訓練を一日中やらされて、
挙句に『アリス。お前には箒乗りの才能が無い』とか言われたんだっけ。
そりゃ温厚な私でも切れるってものよ。
箒を乗り物から鈍器にジャンル変更しての打ち合い……アレは壮絶だったわ。
でも、こうして名前まで彫っているのを見ると、魔理沙は本気だったんだろう。
その意図も、今となってはもう分からない。

「……勝手に決めて、勝手に終わらせるんじゃないってのよ」

刻まれたイニシャルを、そっと一度撫でる。
これは持って行こう。
そう、思った。




二階へと繋がる階段を慎重に上る。
木製のそれは、年代のせいか、明らかに腐っていると思われる部位もあった。
思わず、手すりにかける力が強まる。
「!?」
宙に浮くような感覚と共に体が泳いだ。
寸での所でバランスを取り戻し、事なきを得る。
……流石に手すりが壊れるとは思わなかったわ。


「……うっわぁ……」
魔理沙の私室は、更に酷い惨状だった。
足の踏み場も無い。とは比喩表現ではないと改めて思う。
希少と思わしきアイテムから、ガラクタと呼ぶのも躊躇われる程のゴミまで、
どれも分け隔てなく、平等な扱いだった。
要するに、全部適当に放り投げてあるという事。
右手の本棚にはキノコやら薬品の類やらが雑多に並べられているし、
左手にある本の山は、ところどころに本以外の物が混ざっている。
軽く突付くだけで崩れてしまいそうだ。
「やらないわよ?」
何となく言ってみる。
……空しい。
ため息を付きつつ、窓際へと歩みを進める。
そこには、普段魔理沙が使っていた机が置かれていた。
「こんな状態で、まともに作業できたのかしらね……」
机の上も、様々な物がばらまかれており、とても本来の役目が果たせる状態とは思えなかった。
そこで、私の目に珍しいものが映った。
メガドライブ、と書かれた黒色の物体……の下敷きになっている一冊の魔道書。
グリモワールと呼ばれたそれは、記憶が確かならば、以前に何かの取引で魔理沙に譲り渡したものの筈だった。
「……ったく、この様子じゃ一度も開いてないんじゃないの?」
思わず愚痴が漏れた。
人が断腸の思いで譲ってやったというのに、この扱いだ。
余りと言えば余りにも酷いが、とことん捻くれている魔理沙らしいとも思った。
「そう、捻くれてるのよ」
何気なく椅子に座り、両肘を突く。
この家での様々な思い出が、頭の中を駆け巡った。
そして、浮かび上がるのは、ここでの最後の記憶。



『魔理沙……あんた、本気で言ってるの?』
『ああ、本気だ』
『馬鹿! それがどういう結果を生み出すのか分かってるの!?』
『分かってる。だからこそ私はやるんだ。
 お前が何と言おうと、決心は変わらない』
『……そう、でしょうね』
『……ったく、そんな顔するなよ。決心が鈍るじゃないか』
『だって……』
『安心しろ。私のやる事に間違いなんて無い』



「……」
確かに間違いでは無かったんだろう。
でも、未だに考えてしまう。
本当に、あれで良かったのだろうか、と。

主が去って久しいこの場所で、私は延々と思いに浸っていた。
















「で、お前は人の机で何をしてるんだ?」
「!?」
意識が急速に現実へと引き戻された。
後ろを振り向くとそこには、ニヤニヤ笑いを浮かべた魔理沙の姿があった。
あの時と、何ら変わらない外見のままで。

「べ、別に何だって良いでしょ!」
「ま、アリスの考えてる事くらいすぐ分かるけどな」
……そうだった。
これだけ長く付き合っていると、お互いの考える事など、筒抜けに等しい。
きっと、先に行くと言った時点で、大体の事は看破されていたのだろう。
「それより、何だそれ?」
魔理沙の視線は、私の手元の箒へと注がれている。
「こいつは私観だが、部屋の掃除に使うには目が粗すぎる気がするぞ」
「誰もこんな部屋、掃除しようとなんて思わないわよ。
 ほら、いつだったか、私に箒で空を飛ばせようとしたじゃない。あの時のやつよ。
 ……って、あんたが作ったんじゃないの?」
「……記憶に無いな」
これだ。
多分、イニシャルを彫った事も覚えてないんだろう。
私の想像通り、あの時の魔理沙の意図は、永遠に分からないままという訳だ。


「しっかし、見事なまでにボロボロだな。月日が経ったって事を実感するぜ」
魔理沙がベッドをぱんぱんと叩きつつ、感慨深げに呟く。
「そりゃ、ねぇ。魔理沙が私の家に来てからもう五十年以上よ?」
「そんなに経つのか。……いや、まだその程度って言うべきかな」
曖昧な言い回しだった。
それもそうだろう。
今の魔理沙は、永遠を生きる身となった、文字通りの魔女なのだから。
「お、あったあった」
ごそごそと棚を探っていた魔理沙が、何やら一つの包みを取り出した。
中から現れたのは、直径二十センチはあると思われる、丸っこい物体。
「……何それ?」
「聞いて驚け。これが例の丹の初期型だ」
「こ、これが!?」
聞いて驚いた。
大きくて飲み込めないとは聞いていたが、まさかここまで巨大だったとは。
これを一息に飲み込める奴などいるわけが……。
……一人だけ思い浮かんだけど、それは忘れておいた。
亡霊が丹を飲んだらどうなるのかと、少し興味深くはあったけど。
『飲まないわよ、そんなもの』
いや、答えられても困るんだけど。

「ま、こいつがあったから、今の私があるとも言えるからな」
あれから魔理沙は改良に改良を加え、ついに飲み込めるサイズの丹を作り出した。
そして、それを躊躇する事なく飲んだのだ。
肝心なときは失敗ばかりだった魔理沙の魔法も、どういう具合かこの時だけは上手く行った。
そして魔理沙は、不老不死の身体を手に入れたという訳である。

「魔理沙」
「ん、なんだ?」
「後悔、してない?」
「……またか。何回言わせりゃ気が済むんだ。
 私は自分がこうしたいって思ったから丹を飲んだんだ。
 大体、後悔するくらいなら、最初から作ったりするわけ無いだろう?」
「……うん」
「そりゃまぁ、少しくらいは考える事もあるけどな。
 でも、現実に私はこうしてアリスの隣にいる。それじゃ不満か?」
「そんな事……あるわけ無いでしょ」
「……んー、まだ迷いが見られるな。
 仕方ない。妖夢じゃないが、その迷い断ち切って進ぜようじゃないか」
「え? ……ん……」

魔理沙の一閃は、私の迷いをあっさりと寸断した。
我ながら現金だなぁとも思うが、それも仕方ない事だろう。
愛に勝る感情など、ありはしないのだから。

どうも、YDSです。
宣言してはみたものの、明確なマリアリ話って一度も書いてないなぁと思い、出来上がったのがコレです。
やっぱり致命的に薄い……心のどこかに照れがあるんでしょうね。
それに加え、ギャグ要素殆ど無しの一人称と、私にとっては大冒険でした。
結果は、宝箱のトラップに引っ掛かっていしのなかにいる。な気がしますが、
これも経験として受け止めようと思う次第です。
YDS
[email protected]
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コメント



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2.60沙門削除
 オチでワードナを倒したら、実はもう一人いましたよ。な驚きです。甘い話はにやけてしまいますね。ご馳走様でした。
24.80no削除
マリアリ! ・・・失礼、取り乱しました。
死に別れ系の話が多かったので、こういうのもまた新鮮です。
35.60日間削除
メガドラ噴いたw
裏を掻かれました、素直に。
48.70名前が無い程度の能力削除
魔理沙が寿命で死んだ後の話だと思ったら・・・
54.60karukan削除
予想外な展開が面白かったです。
58.70SSを読む程度の能力削除
違う時間を生きる者同士が別れるか、それとも…
これは永遠の命題ですね。
まあ、自分はマリアリなので(笑)楽しく読ませてもらいました。
59.80名前が無い程度の能力削除
>今の魔理沙は、永遠を生きる身となった
脳内の公式設定が上書きされました
67.90名前が無い程度の能力削除
ビバマリアリ!
完全に騙されてしまいました
72.90名前が無い程度の能力削除
完璧騙されました。
これはいいアリマリですね。
73.80名前が無い程度の能力削除
やっぱり自分はハッピーエンドが好きだ!
99.100名前が無い程度の能力削除
こういうの大好きです。