Coolier - 新生・東方創想話

メイドは熱い紅茶を淹れる

2012/06/06 10:46:45
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 珍しい茶葉が入ったのだと、彼女は言った。淹れてあげますから、先に出て待っていなさい、とも言った。取り立てて拒否する理由もなかったし、せっかく珍しいお茶が飲めるのならと思い、私は今、彼女に言われるがまま、陽光を眺めている。
 ガゼボの屋根によって作られた影の外では、春の陽が庭を暖かく照らし、蝶たちのスポットライトとなっている。良い日柄だった。つい昼寝をしてしまいそうになる。ぽかぽか日差しの中、うとうとするのは気持ちがよかった。

 当たり前のことではあるが、瀟洒なるメイド長はさほど待つこともなしにカートを押してきた。彼女と待ち合わせをすると待たされることがまずないものだから、少し面白くないと私は思っている。待つのもなかなか情緒のあることである。もう少し微睡んでいたかった、という訳ではないが。
 私が笑って立ち上がると、彼女は押してきたものをテーブルの脇に止めて、「お待たせしました」と形式ばった言葉を放って、手の仕草で私に座るよう促した。自身は座らずにさっそくティーカップに紅茶を注いでいた。
 深い橙色を湛えたカップを私はしばらく眺めてから「これはなんと言う紅茶ですか」と問うたところ、「ジョルジというの」と答えてくれた。
「ロシアで好まれて飲まれる茶葉でね、こちらの国ではあまり手に入らないから、幻の茶葉と言われているらしいわ」
「ほうほう! そんな珍品をどこで?」
「内緒です」
 得意気にしながら席に着く彼女だったが、実は私には大方の予想ができていた。彼女が変なものを仕入れてくるところといったら一ヶ所しかないからだ。このメイド長は、何故だかは知らないがずいぶんとあの店を気に入っているのだった。
 彼女は続ける。
「もともと甘味のある種だから、ストレートで飲むのに適しているの。一応砂糖とミルクも用意しているけれど」
「いえいえ、咲夜さんのイチオシとあらば、もちろんストレートで飲みますよ」
 というか、もとよりストレート派な私である。甘いのが嫌いなわけではない。単に砂糖をいれる手間が面倒なだけである。
 カップに顔を寄せると、澄んだ香りが柔らかな春の花の薫りと混ざって鼻腔をくすぐった。いい匂いだ。
 一口すする。かなり熱い。だけど私にはこのくらいがちょうどいい。飲み物は熱い方が好きなのである。口に含んでそのまま呑みこむとき、熱を帯びた仄かな甘味が舌を撫で、喉の奥へ消えていった。なるほど、砂糖はいらないかもしれないし、ストレートに適しているというのもよくわかった。
「おいしいですねぇ……ほぅ」
「良かった。クッキーとジャムもあるから、どうぞ」
 テーブルの上に並べられた皿を指してから、彼女も紅茶に口をつけた。うん、おいしい、と満足そうに呟いていた。
「これならお嬢様もきっと気に入られるわね」
「あれ、お嬢様にはまだお出ししてないんですか?」
「そりゃあ、初めて淹れる茶葉ですもの。美味しくなかったらまたティーカップが割れるでしょう?」
「ああ……」
 思わず苦笑いを溢した。我らが主、レミリア・スカーレット嬢は、何故かは知らないがことあるごとにティーカップをふいにする。その度に件の行きつけの店の在庫が減っていくのはまた別の話であるが。
「つまり私は毒味ですか」
 苦笑いしたまま訊いてみると、そうよ、と彼女は答えた。毒は入ってないけれど、とも何故か付け足した。
「まぁ別に構いませんけどね。おいしいお茶が戴けるなら何でも」
「食い意地の張った妖怪ですこと」
「亡霊嬢ほどじゃありませんがね。飲食は大事ですよ、特に美味しいものを味わうことが」
 ジャムを舐めると不思議な甘酸っぱさが口いっぱいに広がった。何のジャムだろうか。ベリー類だとは思うのだが。
「たしかに、口に入るものの美味しいに越したことはないわね」
「そうでしょう」
 少し満足して紅茶を飲み干す。すぐにカップは新しい液で満たされた。
「やや、これはどうも……しかし咲夜さん。どうやったらこんなに美味しい紅茶を淹れられるものですかね。私じゃこんなに上手くはいきませんよ」
 いつも思っていることではあるが、改めてもう一度考えてみると、やはり彼女の紅茶は美味しい。料理や菓子ももちろん美味だが、紅茶に関しては頭一つ飛び抜けているように思われる。彼女に紅茶の淹れ方を教えたのは私なのに、いつの間にか私など足下にも及ばなくなっていた。少し悔しくもあったが、そんなことよりどんなコツがあればたかだか十年満たずでこれほどまでに成長できたのか、気になって仕方がなかった。
「何か秘訣でもあるんですか?」
 ストレートに問うてみると、咲夜さんは少し尖った顎に人差し指を添えて、ふむん、と唸った。それから、一頻りふむふむと何事かを考える素振りを見せた後、いたずらっぽい笑みを浮かべて、このように答えた。
「やっぱり愛情かしら」
「へっ?」
 ――……。
「へっ?」
「そんな二回も素頓狂な声出さないでよ、ちょっと恥ずかしくなるじゃない……」
 言ったことを今さら後悔しているかのように、ちょっとそっぽを向いて文句を言う咲夜さんに、私も多少の平静を取り戻した。まぁ落ち着こう。ちょっと咲夜さんらしくない言葉が飛び出ただけだ。しかしここは幻想郷。常識及び固定観念に囚われたら負けだと、三日くらい前にお嬢様も仰っていた。ティーカップを割りながら。
 私は笑顔を取り戻して少し意地悪い声音で言う。
「なるほど、愛情は最高の調味料ということですね。さすが咲夜さん。私のために愛をたっぷり込めてくれたんですね。嬉しいなぁ」
「お嬢様にお出しする紅茶の試飲なんだから、お嬢様にお出しするつもりで淹れたに決まってるでしょう」
 デレやしねぇ。
 すごく真顔で言われてしまって少し凹んだが、こんなことでは挫けないのが門番である。いけいけ無敵のめーりんさん。
「で、でもあれですよね! パチュリー様でも妹様でもなしに私に味見役を任せてくれるあたり、きっとそこには何か特別な理由が」
「たまたまあなたが厨房にきたからでしょう」
 くじけました。めーりんさん無敵じゃなかった。
「何をしょげてるのよ」
「なんでもないですよ……いいですよもう。どうせ私は誰にも愛されない寂しい妖怪なのです。ロンリーウルフなのです」
「めんどくさいわね」
「どストレートにそんな心をえぐるようなことを言いますか! 鬼!」
「あんなに酒癖悪くないわよ、失礼ね」
「そういうことじゃないです……いや、もういいです」
 思いっきりため息を吐くと、何だこいつみたいな視線が突き刺さるのを感じた。負けないもん、門番は世知辛い時代にも屈しないってお母さんが言ってたもん。
「さて、そろそろ片付けて仕事に戻りましょう」
「ああんご無体な」
 まだクッキーちょっとしか食べてないのに!
「クッキーならあげるからひっつかないでちょうだい、暑い」
「うう……咲夜さんが冷たい。昔はめーりんめーりんってひっついてきてくれたのに」
 あの頃はすごくかわいかった。お嬢様に叱られるたびに私の所に逃げて来てグズグズ言ってたのに。今ではどうだろう。こんなにも逞しく成長しました。
「いつの話よ……ほら、あなたは早く門に戻る。お嬢様にどやされるわよ」
 お嬢様がどやすより先に普段私の頭にはナイフが突き立っている事の方が多いのだが。
「はやく行きなさいな」
「わかりましたからナイフをしまってください」
「はよ」
「はい」
 全速で回れ右。刃物コワイ。だって刃に映った咲夜さんの目が据わってるんだもの。
 仕方なしにその場を立ち去ることにした。これから夕飯時まで、また仕事だ。けれど、それ自体は憂鬱でも何でもない。むしろ熱い紅茶を飲めたので活力に満ちているくらいである。シエスタをかまして起きたらナイフが眉間に突き刺さっていたとか、そういう事態だけがないようにしなければならないのが一番の問題と言えば問題か。なんせ今日は暖かいから――

「――あ、」
 あることを思い出して、歩みを止めた。振り返ると咲夜さんはまだガゼボの下にいて、シルバーのポットを見つめていた。
「咲夜さん」
「なにかしら」
 影の世界から声がする。銀色の髪が春風に揺れるのを、柔らかそうだなとか下らないことを考えながら、思い出したことを、メイド長に告げた。

「紅茶、お嬢様に出す時はもう少しぬるめにして出すの忘れないで下さいね」
 お嬢様は少し猫舌気味だから、あまり熱いとすぐにティーカップを割るのである。もちろん完璧なメイドのことだから了解しているとは思ったが、一応念押しに言ってみた。何せ、お嬢様にお出しするつもりで淹れたらしいから、もしかしたらということがあるかも知れなかった。

 私のおせっかいな忠告を聞いた彼女は、少しばかりキョトンとした表情を見せて、分かってるわよ、と吐き捨ててから――何故か、少し拗ねたようにこう言った。

「熱い紅茶なんか、貴女にしか出さないわよ」
こちらに投稿するのは三作目になります、俺式です。
そろそろ梅雨入り。長い梅霖の季節ですね。
雨の日には外に出ず、窓越しに雨音を聞いていたいものです。紅茶でも飲みながら。
季節の変わり目ですので、皆さまお体には十分注意してお過ごしくださいね。

それでは、また次回。

( ゚∀゚)o彡°めーりんめーりん
俺式
http://fullfloweryfield.blog.fc2.com/
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コメント



0.1670簡易評価
1.100名前が無い程度の能力削除
おう、このめーさく熱いじゃねえか!
最近見なかった分しっかり補充できましたぜ。
4.100白銀狼削除
すっきりとしてて甘い。
こんなめーさくも良いですね。
6.80名無しな程度の能力削除
いいですね。この紅茶飲んでみたい。
7.80奇声を発する程度の能力削除
程良い甘さで良かったです
8.100名前が無い程度の能力削除
素直じゃないところがらしいね。
10.80名前が無い程度の能力削除
紅茶もストレートだが、見せ方もストレート
11.90名前が無い程度の能力削除
硬めの水で入れたブラックティーのような味わいがある文章ですね。
私は好きです。
22.100名前が無い程度の能力削除
美鈴と同じでデレないのか~と思っていたら最後にきっちりと〆てくれましたね
31.80みすゞ削除
好きなめーさくでした。