Coolier - 新生・東方創想話

天狗の空 天人の初夏

2012/05/26 23:53:29
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 ――――遠いわね 空




 挑むように空を見上げ、挑戦的に拳を振りかざすその瞳は緋色
 流れるようなその髪は空よりもはっきりとした深い蒼


 緋色に映るは空の蒼、相反する輝きはキラキラと光を反射していた。
 まるで宝石の様で思わず見惚れてしまうけれど、私も空を仰いで口を開く。



「眩しいですね」



 何がとは言わない
 こちらが呆れた様に呟けば彼女は不服そうな顔で木陰に座る此方を向く。



――――あんた、何でこっちに来ないのよ



 断る術なんていくらでもある
 日差しに焼けるのが嫌だから、木陰が好きだから、そちらに行きたくないから
 天狗は口達者だ、天人ぐらい幾らでも言いくるめられるだろう。
 だけど、私は口ごもった


 此方をじっと見据える瞳
 強い瞳
 気を抜けば取り込まれてしまいそうな気さえする程の意志を宿したガーネット。
 そんな瞳で見られたら、誰だって見惚れてしまうに違いない。

 にへら、とやる気の無い笑いを一つ。
 それだけで比那名居天子と言う天人は聞く気を無くしてしまうのだという事を私は知っていた。



「いえ、眩しいですから」



 あなたが、と言う事は到底出来なかった。







■□■







 今日のように空が遠いいつか、轟音と共に蒼髪は降って来た。



 ―――あんたが射命丸ね



 開口一番この台詞である。
 だからどうしたと聞きたかった、幻想郷に居る天狗の大半は妖怪の山の天狗だ。例外は居るかもしれないが私は未だかつて出会ったことは無い。

 だが透き通る様な空から要石と轟音と降って来た彼女の名を比那名居家の総領娘、比那名居天子と言うのだという事を私は知っていた。

 なにせ我々にあれだけのインパクトを残した異変を起こした主犯である。早々に忘れられるものでは無いだろう。

 あの日のままに傲然とした表情のまま、燃えるような瞳が此方をねめつけていた。
 一体何を、そう言う暇も無く腕が強い力で引かれるのをどこか遠くで感じる。


「さあ、行くわよ」


 ぐいと腕を引っ張られたままに、私がさしたる動きも見せない事に苛立ったのか彼女はそう言う。だが私と言えばほぼ下着姿に眼鏡に手入れもしていない髪の毛、とても外に出れる姿では無い。

 かと言って彼女は天人、腕力では到底勝てないし無下に扱った所でへこたれるとも思えないし暴れられても困る。私は平穏が好きなのだ、あくまで私が生きる分にだが。


「待ってください、せめて体裁は整えたい」
「そんな痴女としか思えない様なスカート履いておいてよく言うわ」
「天狗のスカートは鉄壁ですよ、見えそうで見えない」
「いいじゃない、少しぐらい見せても」
「私はスクープを追いかけますがスクープになるのは遠慮願いたいのです」


 あくまで私の生活は安穏であってほしいものだ、そう思いつつ空を仰ぐのは今日何度目か。
 彼女と実質初めて会話したのは、生きていて何百回目かの初夏の一日だった。






 暇だから連れてきたのだと彼女は笑いながら言う。
 誰も彼もが忙しそうだし、相手にしてくれそうにないからだと。
 私は相手をしてくれそうな甘ちゃんだと思ったのだろうかと内心溜息を吐きつつ、実際こうして相手をしてしまっているのだから甘ちゃんなのだろうとまた溜息を吐く。

 苦悶の種は現在私の横で暇そうに大欠伸をかいている所だった、うざい。


「あっついわねぇぇぇぇ」


 自由だと思っていたが、まさかここまでとは思っていなかった。
 見られる程度には手入れを終えた私の手を引いて空をしばらくすっ飛んだはいいが急に立ち止まって「これからどうしよう」なんて。

 何か目的があるんじゃないかとは思ったがそんな物は無いと物凄くいい笑顔で返された、阿保かと。
 じっとりした目線もからっとした笑顔で返されてはやり場がない、せめて解放されるかと思えばそうでもなく「だって勿体ないじゃない」だそうで、阿保かと、馬鹿かと。

 もう一度馬鹿の方を見ると顎に手を当てて何かを思案している、経験上こういうタイプの存在が何か考え出すと碌な結果を出さないが。


「あんた、いろんな情報を持っているわよね」
「まあ、それなりには」
「私にどこか面白い所を案内しなさい!」


 ああ、やっぱり
 そう来ると思った
 思わず空を見上げてはもう一つ溜息、数える気はとうに失せていた。
 どうせここでこの我儘娘が離してくれる筈も無いだろう、現状最適な手は抵抗もせずに満足させることに他ならない。

 本当に降って湧いたような厄災だ、実際降って来たが。

 熱い


 ああ、熱い














 飛んで行って
 立ち止まって
 思い出して
 置いて行かれて

 待っていてと、言われて



 どうして私なのだろう
 なぜ

 考えたくはないが、暇そうだったから?
 とんでもない

 だったら
 こう紫煙をくゆらせて待っている私は何なのだろうか


 ―――ここで、待っていて


 そう言うのは良い、だが帰って来るなんて誰にも保障できはしない。
 誰にも?
 誰にもって、誰だろう


「――――-や」


 誰かが呼んでいる。


「――――あや」
「――――――ぁ」
「あ、起きたわね。良かった」


 緋色
 途端、頭に衝撃

 叩かれたのだろうか、痛い

 途端に意識が浮遊を初めて


「呆れた、帰ってきたら寝てるんだもん」


 目の前に顔があった。


「……すみません」
「やぁね、寝てても煙草だけは手放さないんだもん」
「一応、仕事道具なもので」
「煙臭い輩に取材されるってどんな気分でしょうね、天狗って皆そうなのかしら」
「加減はしてますよ、きっと」


 きっと、ねえ。
 どこか遠い所を見ている彼女を見ながらのったりと、思考が眼を開いてゆく。
 どこからか漂ってきた桃の香りはきっと天人特有のもので、木にもたれ掛かっているとは思えない微妙な硬さの枕があって。


「膝枕、ですか」
「そうだけど」


 よくもまあ、平然と言ってのけるものだ。
 普通膝枕なんてものは気がある相手にしかしないと思うが、まさか気があるのかしらん。
 一瞬考えてぶんぶんと掻き消す、まさか、ぞっとしない話ではないか。


「嫌がらないのね、なんらか抵抗すると思ったけど」
「いえ、特に気にする事ではありませんし」
「変なの」


 奇人の中の奇人であるあなたには言われたくない、そう言いたい。多分言った所でどこ吹く風なのだろうけど。
 何もかもが変わりゆく中でこの天人は昔から一つも変わらなかった。

 温い風が吹いてくる
 それは紛れもなく初夏の訪れだった、これから訪れる灼熱の季節を微塵も感じさせない様な、そんな風。
 時折、深い青に染まった髪が嫋やかに靡く。


「綺麗ですね、髪の毛」


 思わず口に出すほどには綺麗だった、滑ったと言った方が正しいか。
 だが、当の誉められた本人は何の感慨も無い様でそう、と呟くだけだった。





▼△▼





 しばらく、そうして
 ようやく本来の目的を思い出した様に懐から何かを取り出す、それは薄い水色の塊だった。
 頬に近づけるだけで冷涼な気配を感じさせるそれは、外の世界でアイスキャンデーと呼ばれている代物。確かラムネ味では無かっただろうか。


「はい、これ」
「私にですか」
「そうじゃなきゃ、他に誰が居るってのよ」


 取り敢えず受け取ってペロリと舐める、途端に舌先から痺れるような感覚が広がった。冷たくて、甘い。


「意外に美味しいわね、これ」
「食べたこと無かったんですか」
「まあ、いつか食べようとは思ってたんだけどね」


 中々食べたい機会が無くてねー
 そう言いつつ中空に浮かんだ要石の上で寝転がる、本当に自由だ。


「急に、食べたくなったのよ」
「意志の赴くまま欲の赴くまま、どこかの閻魔様が見たら涙を流すでしょうね」


 天人のあるべき姿とあまりにもかけ離れているから、とは言うまい。どうせ本人も分かっている事だ。 

 冷涼な味に騙されたのだろうか、どこか遠くで季節外れの蝉が鳴いた気がした。











 アイスキャンデーを食べている時は良い、だが食べ終えて暫く経つと反動で余計暑くなったように感じてしまう。おまけに壊れたラジオの様に熱い熱い繰り返す天人が傍に居るから尚更熱い。

 食べてしまわなければこんな事にはならないのに、とは思う。
 それは紛れも無い正論で、その通りにすればこんな苦悩は味合わずに済むに違いない。
 だけど、それでもその涼しげな味を求めてしまうのは、それがあんまりにも魅力的だからなのだろう。

 相変らず天人は上を仰ぎ見ていた
 何も無い空を望む彼女は、どこか“薄い”様な気がして。私の口を滑らせたのは今日何度目になるだろうか。


「なぜ、今日なのでしょうか」


 息を飲む音と、ふいふいと草笛を吹いた様な笑い声。
 気が付いていたのかしら、そう言いたげな瞳。
 馬鹿にするにも程がある、そんな寂しげな瞳をされて気が付かない訳が無い。


「博麗の巫女が、萃香と食べててね」


 つい、羨ましくなったのよ。それだけ
 それっきり彼女は喋らなかったし、私も全てを了解して何も言わなかった。

 きっと博麗霊夢ならば、どんなに迷惑をかけた天子と言えど受け入れるだろう。彼女はそう言う人間だった。
 来る者は拒まず、去る者も拒まず、それは彼女も彼女の周りに居る妖怪も同じで。だからこそ天子はそこに居る事が出来ていた。








 だが
 あの巫女は

 天子を受け入れてくれた博麗霊夢は、今から大凡百年前に死んでいるのだ。





▼△▼





 運命と言う物をこんなにも憎らしく思ったことは無いのだがね

 その日、紅い館の主は目覚めて開口一番こう言ったとメイドが言っている。
 とっくのとうに銀髪のメイドが姿を消してしまった紅い館は彼女が来る以前よりも不気味に静まり返っていたけれど、それでも幼い悪魔の言う事ぐらいは理解できたのだ。

 かのヴァンパイアだけでは無い
 大江山の総大将も
 境界の大賢者も
 永夜の主従も
 山の神々も

 挙句は湖の氷精まで、その事を知っていた。
 かく言う私もその日はいつだって手放す事も無かったカメラを手に取る気がおきなかった。

 知っていても誰もが動かなかった、動いてしまえば全てが終わってしまう気がした。
 彼女の最後を見たのは皮肉にも、里の人間で。彼らは眠る様に死んでいる博麗霊夢の魂がかつて宿っていた物を見つけたのだ。

 彼らの内を驚嘆やら、驚愕やらが広がって俄かに騒がしくなり。
 そこでようやく博麗霊夢は死んだのだ。






 葬式は行われなかった、元よりそれは彼女の意志であったがそんな事より飲んでいたかった。
 そんな妖怪は必然的に神社に萃まり、結果として史実に残る程の大宴会が発生する。



 飲み 笑い 泣いた
 そうでもしなければやっていけなかった







 後に誰かが言う、あれは未曽有の天災だったと
 そう笑いごとにできるぐらいには、傷は癒えていた。

 一部を除いては












「萃香と、巫女と、隙間と、ああ氷精も居たわね。探せば火焔猫とあの鴉も居るんじゃないかしら」


 皆で楽しげに笑っていたのだと、無感情に彼女は言った。
 恐らくは隙間が持ってきたのであろう甘くて冷たいお菓子、それを頬張る仲間。


「見てたら、何だか食べたくなってきちゃって」


 それが、誤魔化しである事ぐらいは分かっている。







 当然、博麗霊夢の次代は迅速に建てられた。
 今度の巫女は気立てが良く、平等で、先代の巫女とは付き合いづらかった人間も次第に博麗神社に出入りするようになる。
 八雲や守矢神社、竹林の勢力を始めとする権力者はすぐさまこの新しい巫女に馴染み親交を深める。
 こうして博麗を中心とする新しい交友図が出来上がり、当然の様に比那名居天子はその輪から抜け出した。

 気が付くと居なくなっていた、と言った方が正しいのだろうか。
 とにかく彼女は博麗霊夢が死ぬと同時にふっつりと居なくなり、そして今私の前に居る。







 相変らず、天子はこちらに背を向けたまま空を仰いでいた。
 空はどこまでもラムネ色で、多分彼女は泣いていた。どこまでも静かに泣いているのだろうと当てもなく確信した。


「じゃ、帰るわ」
「もっと変な所を連れまわされると思ったんですが」
「当初の目的は果たせたし、満足よ」


 その言葉の真偽なぞ容易に掴む事は出来る。
 だがそんな事を咎めて何になるだろう、馬鹿らしい。

 すぐ帰るだろうと思っていたが、不意に思い出したかのように動きを止めて。
 振り向きは、しなかった。

「あ、そうだ。今度あんたの家行っていいかしら」
「何を藪から棒に」
「いいじゃない、行っていいのかしら」


 どうせ許可しても許可しなくても来るだろう、それとも此処で嫌だと言ったらもう来ないのかしらん。あほらし

 来ても良いし、来なくてもいい そんな曖昧な返事を出すとやっぱり憮然とした口調でそう、とだけ返された。
 ひょうと音がして、要石ごと彼女は上に持ち上がっていく。
 結局、私は彼女が何を思っているか聞く事は出来なかった。





▼△▼





 天子が来るのは多分一週間先か、それとも永遠に来ないかだろうと思っていたが。
 翌朝うるさいノックの音に耐えかねた私が見たのはその“もう会わないだろう”と思っていた正にその天人だった。


「おっす」
「………天人は、時間も気にしない様な階級なんでしょうか」
「そりゃまあ、年柄年中暇だし」


 朝の、しかもこの朝が最大限煩い時期に更に煩い要因が来るとは。
 そりゃ 来て良いとは言ったが翌日に来られるとは思ってもいなかった。
 しかも早朝、まだ日も昇っていない時に来るとは。

 ないわー 流石にないわー

 まあ、傍若無人かつ暇人なこの天人に許可を与えたら即日行使してもおかしくは無いので一日はよく持ったと言っても良いが。

 かの天人は早速家に上がり込んで色々物色している
 人の家に上がっておいてする事がそれか、とか
 それは天人の行いとしてどうなのか、とか
 そもそもなんで早朝に来るのか、とか
 そう言った事を一笑にふしてしまうのが彼女なのだと言う事を知っているから、私は溜息一つで収めておくことにした。


「あんたの家って、案外物少ないのね。もっとごちゃごちゃしてるのかと思った」
「…一言目がそれですか」
「感想よ、何の意味も無い感想」


 だからどうしたと
 そんな言葉も喉から出かかって、やっぱり出ないのは頭が上手く働かないせいだろう。

 天子が着ているのは普段の服装では無くもっとカジュアルな服装、確かそれは人里で店を構えている一風変わった服飾店の物だったと錆びついた記憶のどこかが囁いた。






 山の神がそういったビジネスに手を出し始めたのは、丁度あの風祝が人間として死んでからだろうか。
 彼女は同じ人間である霧雨魔理沙とは違った
 十六夜咲夜とも違った
 そして博麗霊夢とも違った。

 当然、彼女は神になる資格があって。それでも彼女はそれを放棄した。
 もう老い先短い時に彼女によって下されたその決断は八坂神奈子の承諾と、守矢諏訪子の反発、そして反目と戦争を生む事になる。

 戦争と言っても大した事では無く精々神社があった場所に焼け野原が生まれた程度の物だったが、二人の間作られた溝は深かったように思う。


 なんで、どうして


 土着神の頂点は、再び大和神話の神によって下され、倒れ伏した後もそう譫言のように呟いてた。
 彼女にとってすれば東風谷早苗は大切な子孫であるし、それにまさか彼女が人として死のうとしている事なぞ微塵の想像もしていなかったに違いない。

 私もそれを疑問に思っていて、故に調べた。
 彼女が何を思って、何の為に、どうして人として死ぬ事を望んだのか。
 
 調べて分からず
 考えて、考えて 気が付いた
 彼女は嘗ての仲間に憧れていたのではないか、そうなりたいと思ったのではないか。


 人外になる術はあったのに“人間として”の死に拘った十六夜咲夜の様に
 人外にならずに“人間として”大成する事に拘った霧雨魔理沙の様に
 人外にも、人間にも、何にも拘らなかったが“人間として”死んだ博麗霊夢の様に

 人である事

 人として死ぬ事に彼女が拘ったのは彼女の中で嘗ての英雄達がそうであった事に起因するのだろう、そんな考えに至る。


 今となっては神社には今日も嘗て争った神々と、何代目かの風祝の笑い声が響く。


 だが、私は


「あ、この写真に写ってるの文?」
「…うん?あ、それは」


 こちらに向かってひらひらと降られる手
 いつの間にか、その手に一枚の写真が握り込まれていた。
 遠目から見ても分かる程に色褪せたその写真に写っているのは、多分まだ年若い烏天狗が二人写っている筈だ。


「ありゃ?ここに写っている鴉天狗って」
「私と、はたてですよ。姫海棠はたて」


 確かに覚えている
 当時はたてと私は同級生で、親友で、よき理解者だった。
 卒業しても、新聞屋として競い合うんだと誓ったのが懐かしい。
 結果としてその後なぜか彼女は引き籠って出てこなくなり、私は張り合いの無いまま記者として歩み出すわけだが。


「髪、長いのね」


 だが、気儘なこの天人としてはまず気になる箇所はそうでは無いらしく、しきりに私の髪の毛と写真を見比べていた。
 まあ、確かに昔は髪が長かった。今はツインテールにしているはたてよりも長かった、腰よりちょっと上程だったのではなかろうか。


「何で切っちゃったのさ、似合いそうだったのに」
「空を飛ぶのに邪魔でしたから」
「うわっ、そんな理由?」


 そんな理由も何も無い、記者に大切な物は速さだ。
 始めは抵抗心もあった、学校に行っている頃、おしゃれをしている事は一種のステイタスで、無くてはならないものだったから。

 でも、それが原因でスクープを横取りされた。私の髪が長く無ければあのとっておきは私の物だっただろうけど、それをみすみす逃した。
 それが許せなくて、私は髪をバッサリと切った。


 求められるのは速さ
 捨てねばならない物は過去
 友情は程々にせねば情報を獲られる
 親切も程々にせねば命取り
 御洒落なぞはもっての外


 はたてが引き籠ったのは、私と違ったのはそこなのかもしれない。
 私は捨てて、彼女は捨てられなかった。
 優しいもんな、はたては優し過ぎる。昔本人にそう言ったのを思い出して、私はクスリと笑った。

 笑い声に一瞬不審そうな顔をして、それからあたりをもう一度見回して。


「新聞記者として、何も無さ過ぎるわね」


 ぶっきらぼうにそう言った、まるで面白味がないとつまらなそうに。
 確かに今家にある物と言えば随分小さい書類棚と、小さい机と椅子と、後は細々した物。
 この時期
 風通しの良いすっきりとした住居だとは思うのだがそれが面白くないらしい。

 しかし、新聞記者としてか。
 思わず込み上げた笑いがついつい漏れてしまう。


「な、何よいきなり」
「いえいえ、久しぶりに聞く単語なもので」
「だって、あんた新聞記者なんでしょ?」
「辞めたんですよ」


 へっ?
 とんでもない事を聞いてしまったかのように目を瞬かせる、面白い。


「だから、辞めたんですよ。新聞記者」


 東風谷早苗が御して、私が暫くの間を置いて一つの結論に行き着いて。
 私がその後筆を折るのに数日の期間も置かなかった。





▼△▼


 最初にそれを止める様言いに来たのは皮肉な事にはたてだった。
 私を目指して引き籠りを止めたのに、当の本人が筆を折るとは卑怯だと涙ながらに言われた。
 が、そもそも私ははたてを誘ったことは無いし、張り合うと言うあの頃の約束を先に破ったのも、出るも出ないも全てはたての決めた事だ。そう言うと悔しげに、でも少量の笑顔と共に肩をぶっ叩かれた。

 私に追いついて、追い越されたと思ったら謝りますよ。その言葉を糧にしたのかしていないのか知らないが彼女は今山の新聞ランキングで例年一位を取る活躍をしているらしい。


 はたてと同じように呼び止める者
 私が居なくなって喜ぶ者
 お前ならやると思ったと諦念する者


 反応はそれぞれだったが結果として私は記者を廃業した、山の歴史が認められてから史上初であると呆れ顔の天魔様には言われたが。


「なんで、あんなに記者として執心している風だったのに」
「さぁ?」
「はぁ!?」


 間抜けだが
 そこの所はよく分からないと言うのが、正直な所。

 朝起きて、歯を磨いて、記者を止めようと思った
 こんなことはたてに言ったら至近距離でスペカぶっ放されるだろうが。
 ただそうしない事には何も進まない気がした、そうしなければいけないと思った。


「と言うより、家に掛けられてる看板見なかったんですか?」
「知らないわよ、私看板なんていちいち見ないもの」
「説明書も見ないで何かをやり始めるタイプ典型的な例ですね」
「よく言われるわ」


 “なんでも屋 射命丸”
 就労時間は太陽が昇ってから月が沈むまで
 連絡をくれれば即時駆けつけます
 郵送業、探偵業、スペカ練習、探し人・妖怪、挙句は恋の相談まで何でも御座れ

 多分そんな文句だったと思う、正直看板を凝視しないのは私も同じ。


「なんでも屋って、あの魔法使いと同じね」
「同じですね、まあ彼女よりはまともに働いてますが」


 霧雨魔法店を営んでいたあの白黒も、最早この幻想郷には居ない。
 種族人間のまま、笑って逝った。

 彼女は星のように駆け抜けて、あの人間たちの中では一番早くにゴールしてしまった。
 徒競走や何かじゃないんだからと言って笑いあって、その後ろに不安も何もかもを押し隠していたのは私だけなのだろうか。

 まだ若い盛りだった彼女が残した物と言えば彼女の集大成ともいえる満天の星空と、強烈なまでの記憶と、数々の盗品で。今となってそれらはもう殆ど残っていない。


 忘れてしまって
 無くしてしまった

 そして、傷は癒えてゆく





 だけど
 私は




「あんたも、捕われてるんじゃないの」


 私は、笑えなかった

 あの何事にも捕われない巫女を
 星と共に駆け抜けた魔法使いを
 あの完璧に瀟洒だったメイドを
 外界から突風の様に来た風祝を

 そのどれもが、いつの間にか私の中で大きい場所を占めていて。
 忘れられなかった、癒す事が出来なかった。
 傷口を弄り続けて、その痛みで我に返ってでも彼女たちを失いたくなかった。


 人間に拘ってはいない、私にとっては彼女達でなければならなかった。
 彼女達が居るからこそ私は記者で居られたのではないかと思う、最もこれは辞めてから気が付いたことではあるが。

 圧倒的に、全てを塗りつぶす程の個性
 短い生故に、生き急ぐと思える程に颯爽と駆けてゆくその姿



 東風谷早苗と言う人間が人間として死んだと心の中で理解した時、私は

 ただ、笑う事もできず


「ねえ、あんた泣いてるわよ」
「知ってます」
「拭かないの?」
「袖で拭くなんて、みっともないので」


 ほとほとと、泣いていた。
 音や空気は妙に正確に伝わってきて、視界だけがぐちゃぐちゃに歪んでいた。


「そのまま 泣いているのも みっともないですが」


 泣くのは久しぶりだと気が付いた
 静かに、涙が枯れるまで泣いた後はもう泣かないと思ったのに
 私はまた泣いていた

 涙の止め方が分からないなんて、小説の中だけだと思っていたのに

 どうしようもない程みっともなくて、情けなくて。
 また涙が零れて





「泣きなさいよ」





 瞬間
 あれだけ煩かった風の音が
 鳥の声が



「なんで抑える必要があるのかしら」



 ぴた、と潜んで



「泣きたい時に泣いちゃいけないなんて法が下界あるのかしら、なら天人でよかったわ」



 ただ一つの声が届く
 どれだけ責められようと、罰を受けようと
 凛と自分を貫き通した彼女の声が


「天子さんだって、あの時泣いてたじゃないですか」
「泣いて無い」
「いいえ、泣いてました」
「泣いて無い!」
「泣いてましたって!」


 泣いてないと、声からも分かるぐらい顔を真っ赤にしてむきになる彼女がおかしくて。

 私は泣きながら笑った。
 また涙が枯れ果てて、お腹が痛くなるぐらいに。












 ぐちゃぐちゃになった衣服を文明の利器に放りこんで、すっかり疲れた私はそこにあった椅子に座りこんだ。因みに天子の方はベットに堂々と座っている。


 多分、彼女も泣いたのだろう
 泣いて、泣いて、その結果何が分かったのか私には分からない。

 けれども、意味の無い涙なんて無い。
私はそう思う。


「あんたがなんでも屋、ねぇ…」


 思い込んだように天子は顎を撫でる。

 予想もしていなかったのだろう、私が新聞屋を廃業している事に。
 彼女にとって必要な物が”新聞記者である私”であったとしたら、私は不必要と言う事で。




 その口から否定の言葉が出る事。
 なぜだかそれがどうしようもなく怖かった。

 けれども天子はさも興奮したように目を見開いて。
 それからまるで晴天の様な笑みを浮かべて、こちらを見て。


「ねえ、あんたの顔すっごく楽しそうよ?」


 あれ

 胸が痛い
 どうしようもなく、泣きたいぐらいに胸が痛い
 泣きたいけど涙は枯れているし、どうしようか



「こんなに楽しそうな事、私に黙ってるなんてずるいわ。私にもやらせなさい」


 からからと笑う彼女の顔をまじまじと見つめても治る様子は見せず、いっその事ずきずきと音がするぐらいに痛くなって。


「ね?いいでしょ?」


 笑って











 あ、そうか


 その瞬間 がちゃんと扉が閉まる音がした


 一つの籠から抜け出したと思ったら、違う籠の中に捕われた
 扉が開け放たれた前の籠とは違ってこちらの扉はがっちりと閉められている
 どうしようもなく扉は強固で鍵は壊せそうも無い檻。




 でも、不快じゃない
 このまま捕えられても良いかな、そう思うぐらいには。








■□■






 髪を伸ばした

 どうせ私は新聞記者じゃない、速さを求める必要は無い。

 やっぱり、凄く似合うわ。正面切ってそう言われるとむず痒い




 見上げると晴天

 見下ろせば幻想郷

 誰しもが望んだ理想郷では無いけれど 多分幸福は此処に在る

 隣に居た彼女がこちらを向いて、笑って


―――楽しい事 しましょ?



 少なくとも、彼女が居れば退屈しないに違いない




 ああ、眩しいなあ




 私の言葉は、どこまでも高い空に吸い込まれていった。






.
鴉は眩しい物に目が無かったりするんです


(2012/7/1 コメント返信)


>>7さん
アドバイスありがとうございます
登場人物が分からない事については、その物語の都度どうすればいいのか考えます。

>>9さん
メインがあやてんなのであまり人間側についての説明がないです。
それとあくまで文サイドの描写なので人間の気持ちが分からないと言う意味でも。

>>10さん
それ程の時間が経たなければ二人は取り残されないと思って居ます。
咲夜さんについては何も言わずにクールに去りそうな気がするので抜きました、あまりとやかく言わなそうな気がするので。

>>12さん
ありがとうございます、綺麗な文章を目指したりそうでなかったりするので嬉しいです。

>>14さん
天子ちゃんは楽しければいいのです

>>18さん
Thanks

>>奇声を発する程度の能力さん
ありがとうございます

>>22さん
ディ・モールトを付けていただけるようにしたいです

>>25さん
励みになります…しかしいいお話は書き辛い

>>30さん
なんでしょう、見事に書きたかった事を書いてくれている上に褒めて頂けるとは身に余る光栄
分かり辛い描写と言うより奇妙にくねくねした読み辛い文になってしまうので精進

>>34さん
夏と言うより雰囲気を出す事が苦手ですので光栄です
まさかネタがばれるとは思いませんでした

>>36さん
だって死ななければ人間ではありませんから
暑さを感じさせるssを書きたいなあ


それでは

かしこ
芒野探険隊
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コメント



0.1460簡易評価
7.30名前が無い程度の能力削除
10行以上読んだけど、その間に誰が主人公なのかがまるで分からなくて、そこから読む気が失せた。
タグにも誰が出てくるのか乗ってい中ら想像もしづらい。
誰が主要人物なのかはハッキリさせた方が良いと思います。
8.90名前が無い程度の能力削除
人間側についての描写及び説明が少なかったから、いまいち文に感情移入ができなかったかな。他は良いし、文体も好き。
10.80名前が無い程度の能力削除
百年経ってる必要はあったんでしょうか…
天子が時間に取り残されていたかのような。
あと咲夜さんについても言及してほしかったですね。
雰囲気自体は好きでした。
12.90名前が無い程度の能力削除
全然いい話だし、綺麗な文章だと思いました
14.100名前が無い程度の能力削除
楽しいことしようず
18.100名前が無い程度の能力削除
Good
19.80奇声を発する程度の能力削除
全体的に綺麗な感じがあり良かったです
22.100名前が無い程度の能力削除
ベネ
25.100名前が無い程度の能力削除
いいお話でした。
30.90名前が無い程度の能力削除
素晴らしい話だったと思います。
長生きするのも辛いものですよね……幻想的で、それつでいて身につまされる感覚があって。楽しめましたわ。
文と天子という組み合わせも見事。人間に最も近しい感性を持ちながら、取り残される妖怪という立場のふたり。欲を言うなれば、みょんと香霖あたりの反応が見たかったかもしれません。

100点満点といかなかったのは、仰られているかたもいらっしゃいますが、少々情景が掴みにくかった点。
しっかりと読めば分かるのですが、ばばっと読むと分かりにくいかもしれません。
まぁ、そもそも文章を飛ばし読みするなど失礼千万な行為なのですが。場所柄、そういう方も多いでしょうし。

とにかく、楽しい時間を過ごさせていただきました。
自分もこんな作品が書きたいです。
34.80名前が無い程度の能力削除
来る夏が感じられるね。題名がすっごくUFO
36.90名前が無い程度の能力削除
やっぱりどのssでも人間勢は人間として死ぬんだよな…

夏が感じられる話っていいですね