Coolier - 新生・東方創想話

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2012/05/24 23:52:04
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真っ暗な夜だった。
新月ゆえ月明かりもなく、辺りはひたすら真っ暗だった。


――今日は何も見えないわねぇ。


就寝前の博麗霊夢は、一人そんな事を思いながら真っ暗な博麗神社内をゆっくりと歩き、境内の端の方にある厠を目指していた。


――今日は新月だったか。


真っ暗な空に目をやり、今宵は月が見えない事を確認、またなぜこんなに全てが真っ暗なのかも確認。


――まあ、寝る前にいつも行ってるから真っ暗でも勘で行けるけど。


神社が真っ暗であろうとなかろうと、寝る前に厠は霊夢の日課、厠までの道程はもはや体に染み付いていて、真っ暗だろうと厠までは余裕で辿り着ける。
霊夢の中で厠はこのような位置付けであり、わざわざ辺りの様子を注意深く確認する必要はない。

だから、気づかなかった。

さらに、気づけなかった。

……厠の前に真っ黒い色をしたスキマがあって、それが人間一人を丸呑みするくらい大きく裂け、霊夢を待っている事に――





――翌朝、早朝、日の出。

「きたぜ霊夢!」
「おはようです!」
「おはよう霊夢」

霧雨魔理沙、魂魄妖夢、十六夜咲夜の三人が博麗神社を訪れる。
まだ太陽が昇って間もない時間帯なのに、霊夢と非常に仲が良い三人は、博麗神社を訪れる。
そして神社内のどこかに居るだろう霊夢へ向け朝の挨拶をし、霊夢が出てくるのを待つ。

「楽しみですね、みんなでお料理会!」

「まあそうね」

「なんか楽しみ過ぎて昨晩は一睡もできませんでしたよ~」

「どんだけ楽しみにしてるんだよ妖夢」

三人がこんなにも朝早くに来訪した理由、それは実に単純かつ明快。

「だってみんなでお料理会ですよ? ケーキ作るの初めてですし、みんなと一緒に作れて楽しいし……」

先程から妖夢が言っているように、今日はここ博麗神社にて、
霊夢咲夜魔理沙妖夢合同お料理会
が開かれる。
このお料理会はその名の通り、霊夢達がみんなして何か料理を作る、というもの。
まあ文字通りといえば文字通りであるが。
ちなみに今回霊夢達はケーキを作る予定。
ただ咲夜以外はケーキを作った事がないので、みんな咲夜の指示に従いケーキを作る形になる……で、そんなお料理会の開始時刻がたまたま早朝に設定された。

「ひとまず最初は私の手順を真似て作るのよ、いい?」

「お願いします咲夜!」
「私が一番美味いケーキを作ってやるぜ!」

こういう次第で、咲夜達は朝早くから博麗神社に居るのだ。
そしてなんだかんだとてもワクワクしながら(主に妖夢が)霊夢を待つ。

「……にしても出てこないですね、霊夢」

「そうだな」

だがしかし霊夢が神社から出てこない。
いつもならぶつくさ言いながらも姿を現すところだが、今日は一向に姿を現さない。

「珍しくまだ寝てるのかもね、起こしにいきましょ」

「おぉー」
「了解です!」

なかなか出てこない霊夢を待ち切れなかった咲夜達は、博麗神社に不法侵入を開始、どこかで寝ている霊夢の元へ直接赴くことに。

「れーむー!」
「そろそろ起きなさいな」
「朝ですよー!」

……しかし、霊夢の姿は神社内のどこを捜してもなかった。





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「なんだ、寝ていたのか」

――ふっと、急に視界が明瞭になる。
目に映る景色は雲一つ無い青い空。

「叩いても蹴っても起きなかったから、てっきり死んでるのかと思ったぜ」

さらにすぐそばから声も聞こえる。
どうやら私は、仰向けで寝転がっているようだ。

「まったく、厠の前で寝るなんて、どんな趣味してやがるんだ?」

……顔を横に向ければ、いつも通りの服装をした魔理沙と、魔理沙の背後に建つ博麗神社が確認出来た。

「とにかくそこをどいてくれ 扉の前に人が居たんじゃ、おちおち用も足せん」

呆れた声で言う魔理沙。
魔理沙の反対側に顔を向けると、私の愛用している厠があった。
……ここまでの状況から判断するに、なぜか私は厠の前で寝ていたようだ。
なぜこんな場所で寝ていたのか我ながら意味不明だけれど、現状そう判断せざるをえない。
昨日はしっかり布団で寝たと思うのだが……いや、そういえば厠に向かって歩いていて……
「おい、考え込んでないでどいてくれよ」

「え? ……ああごめん魔理沙」

「お、おう……」

魔理沙は若干驚きながら厠へ入り扉を閉める。
私が素直にどいたのがそんなに意外だったのか。

「ねぇ魔理沙」

とりあえず色々と聞きたい事があるので、厠の中の魔理沙へ扉越しで話し掛ける。

「な、なんだよ」

「私はずっとここで寝てたの?」

「……まあ、そうだな 私が起きた時、お前はそこに仰向けで寝てた」

「ふーん」

ずっと寝ていた……か。
魔理沙が嘘を言っているようにも聞こえないし、私は本当にこんな場所で寝ていたようだ。

「……なんで?」

「わ、私が知る訳ないだろ! てかお願いだからトイレさせてくれ お互い話は後でじっくりとだ、な?」

「わ、分かったわよ」

なぜか多少魔理沙から怯えのオーラを感じつつも、ひとまず私は居間に移動し、そこで魔理沙を待つ事にした。



「……なに、これ」

居間に戻った私は、居間の惨状に思わず口をあんぐりと開け呆然としてしまった。

「昨日までは、こんな……」

……なんと、ちゃぶ台と緑色の畳で覆われていた私の居間が、憩いの場である私の居間が、魔理沙が持ち込んだと思われる大量のマジックアイテムで埋め尽くされていたのだ。

「いったい何なんだあいつは」

ここで厠で用を足した魔理沙が居間に登場。

「ちょっと魔理沙!!」

思わず怒鳴り付ける私。
これだけ部屋を散らかされたらさすがに怒鳴りたくもなる。

「な、なんだよ!?」

「どういうつもりよ! こんなに部屋散らかして!」

「はあ!? 別にいいだろ私の神社なんだから!」

「は? ……あんた何ふざけた事言ってんの、ここは私の神社よ!!」

「ふ、ふざけてるのはお前だろ! 人ん家で勝手に寝てたばかりか挙げ句ここは私の神社だ? いい加減にしろここは霧雨魔理沙の霧雨神社だ!!」

「……」

言っている事が衝撃的過ぎて、意味不明過ぎて、思わず黙ってしまった。
不思議と、魔理沙がふざけているとは思えなかった。

「そもそもお前誰なんだよ、なんで私の名前を知ってるんだ?」

「……え?」

続けざま信じられない言葉が飛んできた。
もはや混乱どころではない。
ついまじまじと魔理沙の顔を凝視してしまう。

「魔理……沙?」

……そしてそこには、いつものような彼女の顔はなかった。
私が見た霧雨魔理沙は、見る者を警戒しているような、さらに彼女がよく敵に対して向けるような、そんな冷たい視線を私に向けていた。
とても冗談で向けるとは思えない視線を、魔理沙は私に向けていた。

「お前さっきから私の名前を呼んでるよな? 私はまだ名乗ってすらいなかったのに 私達、初対面なはずだぜ?」

追い撃ちをかけるようにこの言葉。
ふざけている様子は微塵もなく、魔理沙は真剣そのもの。
迷いがなく真剣ということが、私を余計に混乱させる。
……もうなんか、誰でもいいから色々と助けて欲しくなってきた。

「お前、何者だ 一応人間のようだが……なぜ私の名前を知っている?」

「……」

私は言葉を返せない。
返す言葉はあるのだが、その言葉を口から出したくなかった。
それを口から出したら、結果として私はもっと混乱してしまうのではと思えたから。

「は~い魔理沙 元気してる?」

突如空間が裂け、中から八雲紫が現れた。
私は一瞬、これで助かったと思った。
……だが、そうでもなかった。

「ん、あなたは……、……誰? 初めて見る顔ね」

紫が間違いなく私に放ったその言葉で、私はより一層混乱せざるをえなくなった。
紫もまた、ふざけている様子は微塵もなかった。

「ゆ、紫まで……」

「あら……どっかでお会いしたかしら?」

「なあ紫 そいつ、誰だか分かるか?」

魔理沙に指でさされ、そいつと言われた。
紫は紫で、私の事を舐めるように見てくる。

「……いえ、全く分からないわね」

結果、紫が出した答えはこれだった。
いやまったくなにがどうしてこんなに混乱しているのだろう、私は。

「でも、私達に対する敵意は見られないから、敵ではなさそうね」

紫がまだ何か言っている。
私は言いたい。

敵じゃないわよ、当たり前でしょ 魔理沙も紫もさっきから何言ってんの?

だが私は言えない。
言った所で、返ってくる二人の真剣な言葉に対応出来ず、さらなる混乱に陥ると思うから。

「あ、敵じゃないのか」

しかし意外にも、紫が発した敵ではないという言葉で、魔理沙が私へ抱いていた警戒意識が多少ではあるが薄れたようだ。
私の事は本当に知らないらしいが、警戒されなくなった事はとても嬉しい。

「あー、悪かった 確かにお前は妖怪じゃなくて人間だ ちょっと警戒しすぎたか お前、どこから来たんだ? 名前は? なぜ私や紫の名前を知ってる? なぜ私に喧嘩を売ってきた?」

警戒心が薄れた途端、矢継ぎ早に質問を吹っかけてくる魔理沙。
……というか喧嘩は売っていない、自分の憩いの場がこうガラクタでぐちゃぐちゃにされていたら誰だってああなる。
まあひとまず、色々安心した私。

「魔理沙、ひょっとするとこの娘は他の所から来たのかもしれないから、この娘に我々が住むこの地について教えてあげたら? ついでに発見した時の状況とかも」

「外来人って事か? ……まあそれがいいか」

安心していると、魔理沙が何か解説を始めた。
とりあえず、話をよく聴く事にする。


少女静聴中……


魔理沙や紫から聴いた事をそのまま簡単に纏めてみる。

ここは幻想郷という場所で、外界から結界により隔離されている世界。
今私がいるこの神社は、巫女の霧雨魔理沙がいる霧雨神社。
私は霧雨神社の厠の前で寝ていて、それを魔理沙が見つけ今に至る。
という感じだ。
ここは幻想郷……なのだが、なぜか魔理沙が巫女をやっている幻想郷。
私が知っている幻想郷と少し違う。
話を聴く限り、何やら私はいつもの幻想郷ではない別の幻想郷に居るようだった。

一体全体、どうなっているのか……

とにかく色々教えてくれたので、私も色々と教え返した。
私も幻想郷に住んでいること。
私の住んでいる幻想郷には霧雨神社ではなく、博麗神社があること。
私はそこの巫女の博麗霊夢だとか、霧雨魔理沙は普通の魔法使いだとか、厠の前に居た理由は自分でも謎だとか……

この話を聞いた魔理沙は大いに驚いていた。
紫は、なんかいつも通り妖しく笑みを浮かべていた。
……にしても、霧雨神社の霧雨魔理沙か。
この幻想郷には、私の立場に魔理沙が居る。
おまけに博麗霊夢という人間は、どうやらこの幻想郷には存在していないらしい。
まあ魔理沙も紫も本気で私の事知らないらしいから、当然って言えば当然になるか。

「……にしても博麗神社の博麗霊夢か……本当に全く聞いた事がないな なぜ私の神社に居たのかも謎とは……お前さんはだいぶ謎多き人物だな」

魔理沙が難しい顔をしている。

「私だって霧雨神社の霧雨魔理沙とか聞いた事ないわよ」

私が言うと、魔理沙は「まあそうだよな」と頷き返してきた。
……しかしまあどうしたものか、話を聴く限り本当に私達は初対面らしいが、私からすると全く初対面な気がしない。
多分いつもの魔理沙と全てが似ているからだ。
服装、雰囲気、喋り方、何より聞いていて安心出来る声。
唯一、いつもの魔女っぽい服装で巫女をやっている事には違和感満載だが。

「博麗霊夢、ちょっと私なりに考えを纏めてみたから聞きなさい」

紫の方も、全く初対面な気がしない。
含みのある笑みといい、常に上から目線な事といい、いつもの紫にそっくり。

「あなたは多分、パラレルワールドから来たのよ」

そして紫が言ってきた。
私はパラレルワールドからやってきたのだと。

「……?」

「パラレルワールドってのは、いわば並行世界 ある時空から分岐して、分岐した時空に並行して存在する別の時空の事 時空ってのは……この世界の事と思って大丈夫よ」

そのまま紫がパラレルワールドを解説する。
しかし、わざわざ解説してくれるのはありがたいのだけど、私には理解出来そうもない。
ここが私の居る幻想郷と違う幻想郷だというのは、なんとなく分かっているけども。

「朝起きてご飯を食べた時空、食べなかった時空、顔を洗った時空、洗わなかった時空……これだけの違いで立派な並行世界が四つもできるわ こんな感じの違いで発生した並行世界が、この宇宙には無限に存在するらしいわよ」

私は魔理沙を見てみた。
……
よかった、理解してない顔をしている。
少し安心した私。

「……まあ、無理に理解しなくてもいいわ とりあえず、本来並行世界同士は、決して交わる事のない世界……のはずなんだけど、あなたは並行世界から来たようだし……ねぇ?」

「ねぇ?って言われてもね どうにかして私の居た幻想郷に帰れないの?」

「ふふふっ、何とも言えないわね……でも、来れないはずなのに、あなたはこちらに来てしまった 本来訪れる事の出来ない、こちらの世界に……その事実をお忘れなく」

紫はいかにも何か悪巧みをしてそうな顔で言うと、空間を切り裂き始めた。
多分帰るのだろう。
……思えば何しに来たのだろう、紫は。

「そうそう、ここはあなたが居た幻想郷ではない

博麗霊夢の存在しない幻想郷

あなたはみんなを知っていても、みんなはあなたを知らないから、行動には注意することね じゃ魔理沙、この娘のお世話をヨロシク 今この娘は独りなんだから、ちゃんと面倒みてあげなきゃダメよ?」

「え、おい紫!?」

「では、また後ほど」

宵闇の如く真っ黒……なスキマに潜り込み、紫が退出。
そして神社には私と魔理沙の二人が残る。
しかしこの魔理沙は私の事を全く知らない魔理沙。
そのせいからか、魔理沙はなんだか落ち着かない。
それもそうか、魔理沙にしてみれば全く知らない人と二人きり、無理もないか。
……
でも魔理沙と違い、私は落ち着いている。
さっきは珍しく焦ったり混乱したりしたが、今はいたって冷静。
もともと急展開には慣れているし。
よく考えたらこの幻想郷だって、私が存在しない事を除いていつも通りだ。
ひとまず私は、誰一人として私の事を知らない幻想郷で、魔理沙と一緒に暮らす事になるらしい。

「まあ……なんだ、うん」

向き合う事数秒。
先に喋りだしたのは魔理沙だった。

「改めて言うが、私は霧雨魔理沙だ 話を聞く限りお前は私と知り合いらしいが、私はお前と初めて会う……何て言うか、これからよろしく……だぞ?」

そして握手のつもりか、手を伸ばしてくる。
魔理沙が伸ばした手は小刻みに震えていた。
見ず知らずの私に怯えているのだろうか。
そういえば厠の時も怯えていたような。
魔理沙に怯えられるのは新鮮だが、どこか悲しい。

「手が震えてるわよ あんたをどうこうするつもりは無いんだから、そんなに怯えないでよね」

「いや、怯えてる訳じゃないぜ そりゃ厠の前でいきなり名前呼ばれた時は驚いたし、少し怖かったが……」

口をもごもごとさせる魔理沙。
割と本気で怖がられていたようだ。

「正直に言うと、いきなり見ず知らずの奴と住む事になっちまって、ちょっと緊張してるだけだ」

「緊張?」

魔理沙のくせに、私と居て緊張するとか……いやでもこっちは私を知らない魔理沙、よく分からないが緊張も仕方ない……のだろう、多分。

「……緊張なんてしなくても平気よ いつも通りに過ごしてくれれば」

私がこう言うと、魔理沙は疲れたようにため息をついた。

「お前なぁ、お前ならいつも通りは余裕だろうけど、私はお前と初対面なんだ」

そしてそのまま吐き出すように喋り出す。

「いいか、初対面な奴といきなり暮らすんだぞ? 会話くらいならいつも通りで出来るけどさ、一緒に暮らすとなると別だぜ 緊張しない方がおかしいだろ いくらお前が私と知り合いだって言ったってよ、それはお前んとこの霧雨魔理沙の話 こちらの霧雨魔理沙はお前と知り合いじゃない、むしろ初対面だ いつも通りとか言われても……はっきり言うと困る それにお前、なんか神々しいんだよ 近寄り難いっていうか……」

ため息から続いたこの長い魔理沙の言葉は、私の頭や心臓にガンガンと響いた。

「……そう」

……そうだ、魔理沙の言うように誰だって緊張して当たり前だ。
私が初見の魔理沙にとって、いつも通りとか無理な話。
ここの魔理沙にとって私は、

厠の前で寝ていた謎多き人間

こんな位置でしかない。

何だかんだ長年一緒に過ごしてきた友人

ではない。
これくらい、理解しているはずだった。
私は目の前の魔理沙の事、全然理解出来てなかった。
理解した気でいた。

「……ごめん」

魔理沙に謝る。
理解してなかった事への謝罪か。

「うぅ……」

珍しく、目から涙も出てきた。
魔理沙にあんな事言われたせいもあるけど、自分がいつも通りに接したせいで、魔理沙をかなり困らせていた事もある。
他にも泣きたい原因はありそうだが、立場的にそれが何かはあまり分かりたくない。

「げっ! お、おい泣くなよ! そんな……おい、泣かれても……困るんだぜ」

また困らせてしまった。
正直泣きたくないが、この涙は多分しばらく止まらない。



……ここは私が住んでいた幻想郷ではない。
紫にも言われたが、私の事を知っている人物など、誰も居ない幻想郷。
私はこの幻想郷で、
独りなのだ。



「……落ち着いたか?」

「……うん」

魔理沙が縁側に置いてくれたお茶を、私は手に取り啜る。

「……おいしいお茶ね」

「……そっか、よかったぜ」

私達は今、二人して縁側に腰掛け、お茶を啜りつつ幻想郷の景色を眺めている。
その景色は私の住む幻想郷とそっくりで、何も変わらない。
……でも、ここに住む人は誰も、私の事を知らない。
魔理沙と紫だけでなく、咲夜や妖夢さえも、私の事は知らない。
そういえば、今日はみんなでケーキ作る約束をしていたっけか。
理由はどうあれ結果的に約束を破ってしまった、みんな怒っているだろうな。

「……あのさ」

「ん?」

ここでいきなり魔理沙が立ち上がった。
何かと思って見ていると、なんと頭を下げ謝罪の格好に。

「さっきは悪かった! 異世界に来て独りなお前を突き放すような事を言っちまって! 私は初対面な奴に言ったつもりでも、お前は……お前は親しい奴から言われてたんだよな? 親しかった友人に、あんな事言われたら……本当にすまん!」

「えっと……」

まさか、謝罪されるとは思わなかった。
どう考えても私が悪い、私が悪かったのに。
それなのに魔理沙に謝罪なんてされたら……よし。

「ねぇ魔理沙」

もうこの流れは、断ち切った方がいい。

「……ん?」

「これからよろしく……ね?」

私は笑みを浮かべる。
自分では見えないけど、私はとても柔らかい笑みを浮かべたつもりだ。

「……」

じいっと私を見続ける魔理沙。

「……ああ」

「?」

「ああ、よろしくな! 霊夢!」

……この時初めて、私はこちらの霧雨魔理沙に名前で呼ばれた――





――博麗霊夢が我が幻想郷から消えて、今日で三日になる。
少しずつだけど、霊夢が消えたという事態がこの幻想郷に悪影響をもたらし始めた。
悪影響と言っても、こう幻想郷の存在がかかったとかでは無く、もっと精神的な方向で……まあようするに、彼女と親しかった人達の精神状態が限界に近い訳。
具体的に言うと、霧雨魔理沙、十六夜咲夜、魂魄妖夢の三人。
私がスキマから見ている限りだと、彼女達は神社に霊夢が居ないと分かってから、様々な手段を使用しほとんど寝ずに捜索を続けている。
博麗神社はもちろん、人里、魔法の森、迷いの竹林、妖怪の山、冥界、地底……思い当たる場所にはすべて行き、丸々三日かけて霊夢を捜していた。
だが、霊夢は居なかった。
どこにも居なかった。
……今日もまた、彼女達はどこに居るか分からない霊夢を捜す。
見つかるかも分からない霊夢を捜す。
それこそ、見てられないくらい必死に。
ほんとにあの娘達は霊夢が大好きよね。
まあ私も人の事は言えないが。
彼女達ほどじゃないけど、私もほとんど寝ずに霊夢を捜している内の一人だし。
三日でこの幻想郷……というか地球という惑星の全てを捜索し尽くしたくらい。
結局居なかったけどね。
今は藍を使って別の時空に霊夢の生存反応がないか探っている所。
私は我が家で寝転び、スキマ越しに妖夢達を眺めつつ少し休憩中……
ひとまず私達は、霊夢を見つけ出すまで捜索を止めないでしょうね。

「……紫様」

おっと、私のかわいい式からお呼びがかかった。

「霊夢確認、準備が整いました」

「そ、よくやったわ」

どうやら藍が霊夢を発見したようだ。

「そしてお疲れ様、あなたはゆっくり休んでて」

軽く労い立ち上がる。
そして藍の横にある紫色のスキマを目指し進む。

「いよいよね……」

妖夢達を見ていた先程のスキマとは違い、今度のスキマはなかなかに大きく、人一人余裕で飲み込む大きさ。
そのスキマに私は体を半分ほど入れ、止まる。

「……霊夢を取り返すまで、幻想郷の事は頼んだわよ あと、妖夢達の事も任せたわ」

「……分かりました 紫様も、お気をつけて」

「ありがとう、藍 じゃあまたね」

そして藍と軽く会話をした後、私はスキマに身を投じる。
……にしても、どこの自分かは知らないけれど、私から霊夢を掻っ攫うなんて、ふざけた事をしてくれたわね――





――とりあえず私が居ないこの幻想郷に来て、早くも三日がたった。
最初の方こそ魔理沙との間に距離があったが、もはや双方慣れたもので、今となってはそれこそあっちの魔理沙と同じような感覚で過ごせるようになった。
少なくとも私は。
……魔理沙はどうだろう?
また思い込みで困らせていたら嫌だけど、魔理沙も積極的に話しかけてくるようになったから、多分私に慣れてきているはず。
……そして今日は魔理沙と一緒に外出することになりそう。

ちょっとはこっちの幻想郷にでも出掛けてみるか?
こっちの住人に会ってみるのも、霊夢にとって面白い経験になると思うんだ

という感じで魔理沙が誘ってくれたのだ。

わざわざ私を誘ってくれたってことは、やっぱりもう慣れてくれたよね?
緊張してないよね?

「出発だ!」

という事で私達は霧雨神社を出てまずは人里に向かう。
当然横にはホウキに乗っている魔理沙。
霧雨神社の巫女という話だが、服装はいつもと同じ魔法使い風味、さらにはホウキ乗車安定ときた。
巫女なんだか魔法使いなんだかよく分からなすぎる。
まあそれはさておき、私の事を全く知らない人しか居ない人里か……どんな感じなのだろう。
不安六割期待四割、人里を目指す私はこんな状態だったりする。



              ―人里―

人里だ。
誰がどうみても人里。
私が知っている人里。
私がよく行く八百屋、寺子屋もあれば、よく挨拶をする人達も大勢いる。
しかし、私はいつも通りの行動をしてはいけない。
いけないって言うのはちょっと厳しいか。
とにかく行動に注意しなければならない。

誰も私の事は知らない

これに注意しなければならない。

「お、見ろ霊夢」

注意するのは……
とか考えていたら、魔理沙が私を呼んできた。
魔理沙を見ればピンと指を伸ばし誰かを指さしていた。
その誰かは私のよく知る人物達。

「あ、慧音に妹紅」

この二人だ。

「やっぱ霊夢は知ってるのか どうする、会って話してみるか?」

「うん、話してみる」

かくして慧音と妹紅と話してみる事に。

「おぉ魔理沙じゃないか」

「ん、黒白の巫女か」

「よ、慧音に妹紅!」

放つ雰囲気、表情、口調……やはりこの二人も私の知っているいつもの二人。

「……と魔理沙、その紅白な娘は誰だ? 初めて見る顔なんだが」

まあ、私を知らない事を除いて。
……みんなが私を知らないのは分かっているつもりなのだが、やはり知り合いから面と向かって

誰?

とか言われると地味にショックを受ける。
認めたくはないが、魔理沙の時もそうだったように、私は何だかんだ寂しいのかもしれない。

「……はじめまして、博麗霊夢っていいます」

珍しく礼儀正しくペコッと頭を下げた。
多分相手が慧音達なので、なんとなく礼儀正しくなったのだと思う。

「あぁ、君が霧雨神社に来たとかいう外来人か 私は上白沢慧音、この人里で寺子屋の先生をやってる これからよろしくな」

「私は藤原妹紅、普段は迷いの竹林ってとこに住んでる……他に言う事がないから、とりあえずよろしく」

二人は私にとって既に知っている事実を述べ挨拶してきた。
ちなみに私の事は、

突如霧雨神社に現れた外来人、博麗霊夢

という設定で、紫や魔理沙が幻想郷中に知らせてくれた。
おそらく二人の中での私は、こういう位置付けになっているはず。
まさか私が外来人……外の世界からやって来た人間として扱われる時が来るとは夢にも思わなかった。

「魔理沙さーん」

二人と話していると遠方より聞き慣れた声が聞こえた。
この声は……

「おー早苗じゃないか」

やはり、早苗か。

「魔理沙さん! なんと本日神奈子様が……」

意気揚々と魔理沙に話し掛ける早苗。
しかし、私に気づいたらしく言葉が停止した、動きも停止した。

「……ああ、こいつは博麗霊夢っていうんだ」

「あ、霧雨神社に来た外来人の……」

「よろしくね、早苗」

「え?……あ、はい よろしくお願いします、霊夢さん……あ、で神奈子様がですね」

「おう、山の神様がどうしたって?」

「なんと神奈子様、何を血迷ったのか、歌って踊れるアイドルになりたいだとかおっしゃいまして」

「はぁ?」

「それでミスティアさんに弟子入りをして……という夢をみました」

「あぁ、夢ね」

「そういえば慧音、午後の授業、何を手伝えばいいんだっけ?」

「やる授業は算術……妹紅は計算で困ってそうな子供の手助けをしてやってくれ」

「分かった」

……ほんとに皆、私の事知らないんだなぁ。

楽しそうに話す魔理沙達。
彼女達を見て、私は心から思った。

ほんとにここは、私の居た幻想郷じゃないんだなぁ。

目に入る人々や建物、もちろん自然も、全部が見慣れた上に住んでいたいつも通りな幻想郷の姿。
さらに早苗が居る事から、時間帯も私が居た幻想郷と同じだろう。
しかしここは、確かに私の住んでいる幻想郷ではない。
私は改めて実感した。



               ―紅魔館―

人里に続いて私達は咲夜達が住む紅魔館へやってきた。

「……例え巫女でも基本的にやる事は変わらないのね」

「あ? 向こうの私もこんな感じか」

「うん、こんな感じ」

「マジか、そりゃだいぶ悪い子だな」

紅魔館での魔理沙も、やっぱりいつも通りだった。
門番をマスパで倒して堂々と侵入したり、パチュリーの前で堂々と本を盗ったり、ひたすらいつも通りだった。

「ふーん、お前が外から来た博麗霊夢……か」

「……お嬢様、むやみに近づくのは危険です」

「わーい! 魔理沙がおもちゃくれたー!」

咲夜達も概ねいつも通りだが、やはり当然だけど私の事は知らない。
レミリアが興味津々といった具合で私に近づけば、警戒心剥き出しの咲夜がそれを止め、フランにおいては無邪気にも私をおもちゃと判断。
パチュリーは安定の無関心、諦めているのか魔理沙にも無関心、美鈴はとりあえず倒れている。

「お姉様、早速この紅白壊していい?」

「ダメよフラン この娘はとても面白い、壊すのはもったいない」

「面白いって何よ」

「そこの紅白、気安くお嬢様に話し掛けるな」

「まあまあ咲夜、こいつはこういう娘らしいから気にしなくていいわ」

「そ、そうなのですか?」



……結局のところ、私が初見なだけで、紅魔館もいつも通りだった。



                 ―白玉楼―

「何者ですかあなたは! 怪しい方の白玉楼への侵入は、この魂魄妖夢が許しません!」

紅魔館でレミリア達と適当に戯れた私は、今度は白玉楼へとやって来た。
そしてやはりと言うべきか、目の前には咲夜同様警戒心剥き出しな妖夢が居る。
近づいたら容赦なく斬り掛かってきそうな剣幕で私の前に立ち塞がっている。

「落ち着け妖夢、こいつは外の世界から私の神社にやって来た博麗霊夢だ、よって怪しくはない」

「た、確かに怪しくない……ですね、なら良いです」

だが魔理沙に軽く諭され、あっさり私の前からどく。
それでいいのか魂魄妖夢。
まあいつも通りな妖夢だからこれで良いのかもしれない。

「あらー」

と、ちょうど通り掛かったらしい幽々子が私を見つける。
と思ったら凄い速さで私に近づいてきた。

「あなたが……別の所から来たっていう博麗霊夢ちゃん?」

「は、はいそうです」

迫力により思わず敬語に。
よく見ればなぜか慈愛に満ちた瞳で私を見ている。

「うふふっ、かわいい~」
「ちょ、ちょっと……」

しかもかわいいとか言いながら頭まで撫でてくる。

「こりゃ紫があなたに夢中になる理由もよく分かるな~」
「!?」

さらに抱きしめられる。
……何なんだ、この亡霊は。
いきなりこんな謎抱擁されたら、きっと妖夢がなんか言ってくる……
「ゆ、ゆゆこさま!?」

ほら、きた。

「なんでそんな見ず知らずの外来人を抱きしめるのですか!?」

「なによ妖夢、そんな顔を赤くして」

「赤くありません!」

「いや、なんかちょっと赤いぞ」

「魔理沙は黙ってて下さい!」

「へいへい」

……実際、妖夢の顔は赤い。
妖夢の事だから、初対面でいきなり幽々子に抱き着かれさらに頭まで撫でられてる私に、嫉妬でもしているのだろう。
やはり妖夢は妖夢。
私の所と同じでまだまだ子供、見た目相応、……いつも通りだ。

「いいじゃない、私が誰を抱きしめようが 別の所から来て誰も知らないようだし、独りで寂しいんじゃないかなーって抱きしめてあげただけよ」

「それだけで初対面の人にですか!?」

「まったく五月蝿いわねぇ、妖夢も後で抱きしめてあげるからいいでしょ?」

「そ、そういう問題では……ぃゃ、うーん……」

……扱い易いというか何と言うか、妖夢はどこでも妖夢してる。
謎の安心感……と、幽々子と目が合う。

「ね、妖夢ってどこでも妖夢で安心かつ安定でしょ」

幽々子は、はにかみながらそう言った。

「そうね」

……幽々子も、いつも通り何考えているのか全然分からない。
ひとまずこう言い返しておく。

「あと、幽々子もどこでも幽々子してるわね」

「……あら、やっぱり私も安心かつ安定なのね」



……その後、少しの間幽々子に抱擁され、適当に妖夢達と話し、私と魔理沙は白玉楼を後にした。





――こんな感じで、私は魔理沙と一緒に様々な場所を訪れた。
人里等の他にも、
魔法の森、迷いの竹林、妖怪の山、地底……魔理沙が思い当たる場所にはすべて行き、私には知り合いが増えた。
それはもう、元居た幻想郷と同じくらいに――





――で、私がこちらに来てから一週間が経った夜、急に魔理沙が言ってきた。

今夜、霧雨神社にて私が主催した博麗霊夢歓迎大宴会が開催される、
と。

「ってちょっと魔理沙! いいわよそんな歓迎なんかしなくたって! もう私が来て一週間経ったんだし、改めて歓迎とか恥ずかしいわよ!」

「はっきりと言ったな霊夢 しかし残念だがキッチリと歓迎はさせて貰うぜ?」

冗談ではない。
魔理沙が至る所に連れていってくれたおかげで、この一週間でこっちの幻想郷のほとんどの奴らと知り合いになっている。
今さらそんな改めて歓迎とかされたら恥ずかしい。

「霊夢だって歓迎されて嫌な訳ないだろ?」

「そりゃ……そうだけど」

確かに歓迎自体が嫌な訳ではないのだが。

「……私はさ、霊夢になんかお礼がしたいんだ」

「お礼……?」

「そう、お礼だ……霊夢が来てからな、私は毎日がとても楽しくなったんだ 今までは茶飲んでるか掃除してるかだったし それに霊夢と一緒だと、なんでか知らないけど安心するんだ ……だからさ、ここらで私からのお礼って事で、歓迎会 いいだろ?」

……知らなかった。
魔理沙が私の事をこんな風に思ってくれていたなんて。
ここまで言われたら、さすがに私はもう断れない。

「……仕方ないわね、お言葉に甘えて歓迎を受けてあげるわよ」

「へへっ、じゃあ霊夢のお許しを得た所で……」

パチン!

魔理沙が指を鳴らす。
すると間髪入れずに、

『ようこそ幻想郷へ!!』
「えぇ!?」

霧雨神社のふすまというふすまが開き、見知った幻想郷の住人がなだれ込んできた。

「魔理沙の頼みを受け、本日はあなたを精一杯歓迎してさしあげますわ 覚悟して下さいね、紅白さん」

「ククク……私は吸血鬼らしい歓迎をしてあげるわ」

「じゃあ私は亡霊らしい歓迎をするわ」

「ゆ、幽々子様?」

「霊夢さんは外の世界のどこから来たのですか?」

「きっと諏訪だよ~そんな顔してるし」

「そりゃどんな顔だよ諏訪子」

「今さら歓迎なのって気もするけど」

「いいじゃないか妹紅、改めて幻想郷へようこそだ」

「という事で写真を撮りまくる私、射命丸文です! 霊夢さんの歓迎会の模様は明日の朝刊の一面にしましょう!」

「メルラン!」
「リリカ!」
「……ルナサ」

「三人揃ってプリズムリバー三姉妹!」
「本日は博麗霊夢歓迎会でのBGM係を承ったよ!」
「……まあ、よろしく」

……凄かった。
怒涛に様々な言葉を投げ掛けられ、挙げ句にはあの騒霊三姉妹の演奏まで始まってしまった。
……悔しいくらい、嬉しい。

「どうだ、驚いたろ?」

ニカッと笑う魔理沙。
素直に驚いたので、ここは頷かざるをえない。
にしても魔理沙、こんな散らかった居間によくみんなを呼ぶ気になった。
というかいつの間にみんなを召集したのだ……あ、みんなと言えば紫達御一行は来ていないみたいだ。

「……あれ、紫はどうした、 呼んであったろ?」

「紫はねぇ、自分と戦ってるから行けないって言ってたよー」

「なんだそりゃ」

幽々子曰く、紫は来れないようだ。
……思い返せば、紫とは初日に会って以来さっぱり会っていない。
まあ、紫に会いたい訳でもないから別にいいけど。

「ま、仕方ない、始めるか!」

魔理沙がテーブルにあったコップを手に取る。
人数も人数、テーブルの上には大量のコップが存在、私もその内の一つを取る。
中は安定のお酒。

「それでは! 霊夢さんのご来訪を記念し……」
「おい文、幹事は私だ、よって私が仕切る」
「では乾杯」
「あ、こらレミリアお前!」
『かんぱーい!』

こんな感じで私の歓迎大宴会は開始した。
最初は恥ずかしいのではと思っていたが、実際始まってしまえば全く恥ずかしくなく、むしろかなり楽しめた。
まあ何を隠そういつもの宴会のメンツだ。
今になって思えば恥ずかしくなる訳がなかった。

「ほら紅白さん、どんどん飲んで下さい」

「あ、うんありがとう」

「霊夢さんって見かけと違って凄くお酒に強いのですね」

「まあなんかしらね」

……ただ、ほんの少し寂しかった事もあった。
それは咲夜に名前で呼ばれなかったり、妖夢には[さん]付けで呼ばれたりした事。
初対面の時に比べればかなりマシにはなったけど、これだけは少し寂しく感じてしまった。
出会って数日だから、仕方のない事なのだけども――





――すっかり夜も更けた頃になって、歓迎の宴会が終わった。
みな飲んだくれて、それぞれあちらこちらでよだれを垂らし寝転んでいる、そんな霧雨神社に私は居る。

「ふへ~気持ちいいぜ~」

でも私と魔理沙は寝転ぶ事なく縁側に座り宴の後の余韻を楽しむ。
この余韻を楽しむのもまた、宴会の楽しみ方の一つ。

「……そうねぇ~」

夜風が吹き、木の枝が擦れる音がする以外、静か。
完全に静寂な空間。
夜空に浮かぶは真ん丸いお月様。
そのお月様は透き通った輝きを幻想郷に放つ。
あまりにも透き通っているので、よく目を懲らせば餅をついている兎とやらが見えるかもしれない。

“ウィ~ン”

ほんとに突然、お月様に紫色のスキマが出現。
そしてそれが切り裂かれ、

「霊夢みっけ」
「紫!?」
「うお!!」

中から紫が現れた。
実に静かだったとこに突然の来訪だったので、私はもれなく驚く。
宙に浮く紫は、そんな私を見て安堵したようにため息をついていた。
……何て言うか、この紫はこちらの幻想郷の紫ではなく、間違いなく私の幻想郷の紫。
のような気がした。

「紫……?」

魔理沙が紫に対して何か違和感を得ているようで、首をかしげている。
……確信した。
やはりこの紫は間違いなく私の幻想郷の紫だ。

「ゆかりぃ」

確信すると共に体中に沸き上がる安心感。
紫が突然出てきたというのにこの嬉しさ。
こんな気持ちは珍しい。

「ようやく見つけたわ霊夢 一週間寝ずに捜してたのよ~」

そう言う紫の目は赤く充血している。
本当にあまり寝てないみたい。
おまけによく見ると体中傷だらけ、ボロボロといった形容が相応しい状態。
見ていて痛々しい紫とか……これまた珍しい。

「なんか色々大丈夫?」

「霊夢こそ大丈夫だったの? 寂しくて泣いたりしなかった?」

「うっ」

珍しくても紫は紫。
人の事を何でも知っていそうな物言いは、真にいつも通りの紫だった。

「な、泣いてなんかないし別に寂しくも」
「いいのよ、博麗の巫女とはいえ霊夢も人間なんだから そういう気分の時だってあるものね」

いつも通りのくせして、温かい笑みを零す紫は、やっぱり珍しい。

「さ、帰りましょう、あなたの幻想郷へ」

「か、帰れるのね?……よかった」

「ここまで来るのに、凄く苦労したのよ? さあ」

紫が手を差し延べる。
私は流れのままに手を差し出す。
そして紫の元へふわふわと近づく。

「……やっぱり」

……と、背後から声がして私の動きは止まる。

「やっぱり、帰るんだよな」

「……」

……喋って欲しくなかった。
聞きたくなかった。
出来れば無言で、見送って欲しかった。
いつもなら聞いていてとても安心出来る声が、今は聞いていてとても辛い声に変貌している。
……たった一週間、こっちで皆と過ごしただけ、あっちが私の居るべき幻想郷、こっちは私が居てはいけない幻想郷。
だというのに、なぜこんなにこっちと別れるのが辛いのだろうか。

「帰っちまうんだよな?」

「……うん、一応あっちが私の……住む所だからね」

「そう……だよな」

振り返ればそこに、手を使い帽子を深々と顔まで被り俯く魔理沙の姿。
……初日に泣いておいて言うのもなんだが、出来れば湿っぽい展開にはしたくない……よし。

「ねぇ魔理沙」

「……なんだぜ」

「またどこか、別の時空でね」

私は笑みを浮かべる。
一週間前と同じように、私はとても柔らかい笑みを浮かべたつもりだ。

「……」

また、じいっと私を見続ける魔理沙。

「別の時空で……か、そうだな」

魔理沙が、小さく笑う。

「……じゃあね、魔理沙」

それを見て私は、右手を振る。

「じゃあな、霊夢」

魔理沙も右手を振り返す。
私は再び魔理沙に背を向ける。

「紫、行くわよ」

「あら、お別れはもういいの?」

「いいから、いこ?」

「……ええ」

私は眼前に広がるスキマに入る。
途端に私が今居た幻想郷は、遥か時空の彼方へと消え去っていった――





「まったく霊夢の奴、別の時空でとか言われても、私は会えないっての」

魔理沙は一人呟いた。

「あーなんか、向こうの私に嫉妬しちまうな」

既に霊夢は時空の彼方、現在この場には魔理沙ただ一人。

“ウィ~ン”
「はーい魔理沙」
「おっと紫」

と魔理沙の真横に真っ黒いスキマが出現、中から八雲紫が登場。

「遅かったな、宴会はもう……ってお前もボロボロなのか」

しかも、つい数分前までここに居た八雲紫同様、こちらの八雲紫も傷だらけのボロボロ状態。

「珍しいな、お前がボロボロとは、何があった?」

「……ただ単に、異変の元凶が倒されたってだけよ」

「異変?」

「そ、時空の彼方より来訪した妖怪によってね」

「妖怪……って紫?」

「まあ私だったわね いずれにせよ、いくらかわいいからって別時空に手を出しちゃダメね」

「……ま、そりゃそうだろうな」

魔理沙は改めて思った、博麗霊夢は帰った、そしてここはいつも通りの幻想郷に戻った、と。





「ありがとね、紫」

「ん、いきなりどうしたの霊夢?」

「いや、その、そんなに傷ついてまで私を見つけてくれてさ ……嬉しかった」

まがまがしいスキマ内部にて、私は紫にお礼をする。
普段なら紫にお礼とか絶対したくないが、今回ばかりはお礼をしないと私の気持ちが収まらなかった。

「霊夢、やっぱりあなた凄くかわいい」

「……、は?」

「このかわいさは犯罪ね、誘拐する気持ちも分かるわ」

お礼をしたら悶えだす紫。
お礼、しない方がよかったかも。

「まあ私にお礼もいいけど、とりあえず帰ったら、妖夢達に真っ先に会ってお礼を言ってあげなさいよ? 彼女達、あなたを心配しまくってた上に、捜しまくってたんだから」

「……うん、分かってる」

……スキマの出口が見えてきた。
鳥居が見える。
恐らくあの鳥居は、私が住む博麗神社の鳥居だろう。
博麗神社、なんとなく魔理沙達が居そうな気がする。
なんとなくだけど、そんな気がする――





――翌日、博麗神社からは博麗霊夢と霧雨魔理沙、十六夜咲夜、魂魄妖夢の楽しそうな声と、甘いケーキの香りが漂ってきたという。
いくら霊夢でも寂しいと泣いちゃうのではないかと思ったのですがどうでしょうか。
あと分類なのですけど、色々考えた結果霊夢のみが一番スッキリしたので霊夢のみにしました。

将来パラレルワールドに行ってみたいです。当然、幻想郷にも。
積分ティッシュ
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コメント



0.940簡易評価
1.90名前が無い程度の能力削除
とりあえず、霊夢が愛されているのでよかった
16.70楽郷 陸削除
霊夢はどこへ行ってもやっていけるんだなぁ、と感じました。
18.90名前が無い程度の能力削除
あと6割くらい肉付けされたのが読みたい
あいされいむが前提なのでまとまっていますが
もう少しこっちの住人との触れ合いを描いて霊夢の印象を強めて欲しいところ
23.100名前が無い程度の能力削除
霧雨神社の方の幻想郷のその後が猛烈に知りたい···と思ったけど鬱になりそうだ
まあ、ハッピーエンドならそれはそれで