Coolier - 新生・東方創想話

「永久の余命宣告」 二告

2012/05/22 00:33:51
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永久の余命宣告 一告
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永久の余命宣告 二告
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永久の余命宣告 三告










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「いきましょうよ、魔理沙」
「そうだな」

 埋葬祭を終え、帰家祭のあとで二人は強かに酔った。
 
 幻想郷がいかに理想郷とはいえ、人は死ぬ。いや、あるいは外よりもそれは如実に残されたものへの気枯れを感じさせる。

 春は、人の気枯れや穢れを瞬く間にかき消す。まさか死人が自分の死を調節できるとも思えないが、陽気に誘われ物心つかない子供が笑っていた事は救いだった。

 魔理沙は爽やかな風、夜道に月を見上げる。

「なぁ霊夢」
「なに」

 霊夢は鼻歌こそ歌わないが、それでもご機嫌なのだろう、遺族たちに手渡された包みを振り回して今にもどこかに飛び出してしまいそうだ。

「よかったのかな、あれで」
「いいに決まってんでしょ」

 一瞬きょとんと無表情になった後、急に興が削がれたと言わんばかりに溜息をつく。
魔理沙は霊夢の様子に、自分が考えなしの発言をしてしまったのだと、ちょっと肝が冷える思いがした。

 こういう話は巫女をしている霊夢のほうが造詣が深い。

「あんた、あの子が笑ってて『あの子は何も分かってない、ああなんてかわいそう』とか考えちゃうタチでしょ?」
「・・・・」

 図星だった。「まぁな」と口籠るように返事をするのがやっとだ。

「あそこは善い家よ」
「・・・・そりゃそうだろうけどさ」
「あんなに人も集まった、親戚も大勢いるしお金もたくさん残ってる、若いし真面目で頭もいい、今日は悪い気分じゃないの」
「けど・・・」
「子供に辛すぎる現実を焼き付ける必要はないわ」

 使い古された、霊夢らしくもない安っぽい台詞だ。霊夢はまた包みをぶらぶらさせて夜道を歩きだした。

「あら」
「ん」

 そんな使い古された言葉に言い返すこともできずにいると、二人の前に人影があった。正確には妖精だったが。

 影は大きいのと小さいの、それが親子の様に仲睦まじく手をつないで歩いている。

「はるですよぅ」
「こんばんは」
「・・・よう」
「変わりない様ね」

 春告精を連れて歩く女は、大人びた色気がある。正直に言って魔理沙はこの女の事をそれほど好きになれずにいた。

 あまりに違いすぎる。今に始まった事でもないが。

「なにしてんの?」
「見送り」

 女は霊夢に極めて短い答えで返し、それから霊夢のうしろでもじもじとしていた魔理沙に気づいて、優しく微笑んだ。

「こんばんは、魔理沙」
「・・・オウ」

どうにか挨拶を声にしようと思ったが、色んな思いだけ胸の中で溜まるばかりで形にならなかった。

(これじゃ、子供みたいだぜ)

 深く帽子を被り直してお互いの視線を遮る、その魔理沙の様子に女は邪気のない苦笑いをするしかない。

「はるですよぅ」
「あーはいはい、分かってるわよ、もうすぐ桜の季節よね」

 春告精は霊夢の言葉を嬉しそうに受け取る。小さい手のひらを、近くの木々に向かって煽ると、その枝に淡い色の花弁が付いた。

 桜だ。

「あら」
「春になったわねぇ」
 
 やはり妖精というのは不思議な存在だ。彼らなしでは幻想郷は存続できない。たとえそれが些細で当たり前の事であっても。

「お勤めご苦労様」
「はるですよぅ」

 春告精は握っていた女の手を放して、かわいらしく手を振ってお別れを告げる。
女も魔理沙と霊夢もそれに手を振って答える。

「気を付けて」
「はるですよぅ」
「また来年」

 春告精が去ると、彼女らが居た一帯に桜の花がいっぱいになる。春告精ができる精一杯のお礼ということだろうか。

「保護者は大変ね」
「そうかしら?」
「あーあー、まったくお前は大した奴だぜ」

 魔理沙が女のいる場所に一瞬目を向けると、そこだけがまるで絵本か、あるいは絵画を切り取ったようなある意味現実離れした映像のようだった。

(綺麗だな)

 どうしても心臓が高鳴る。

 桜の花弁が舞う中で佇む女は、おそらく幻想郷に一番ふさわしい美しさを持った女なのだと、誰しもが納得するだろう。そのぐらい魔理沙は女の立ち姿に動揺した。

「ねぇ、ちょっといい?」
「なんだよ」
「この辺で妖精を見なかった?」
「・・・・」
「あんた、まだやってんの?」

「はぁ」と落胆した様子で霊夢は溜息を吐く。

 この女は出来ない約束をしている。それが分かっているのに諦めることができないのだ。

「もう春なのよ、分かってる? もう無理よ」
「私、そうは思わないけど」
「・・・・」

 女はにこにこと微笑んでいるばかりで真意が分かり辛かった。強い妖怪や神などがよくする表情で、この女ももちろん例外ではない。

 魔理沙は女の事が哀れに思えてきた。どうしてこうまでして固執するのだろう? それがこの女を好きになれないでいる理由の一つでもある。

 昔はこんなじゃなかった。

「見たの? それだけ教えてもらえばいいわ」
「何度あっても無駄、っていうか前よりもわかりにくくなってるじゃないの、あんた」
「魔理沙、貴女はどう思うのかしら?」
「・・・・いや、そいつは・・・どうだろうかな?」

 大人しく割り切って諦めればいいのに、何故ここまで固執するのだろう。

「はっきりしないわね、子供みたい」
「安請け合いはしないんだよ」
「いつもの湖よ。 私たちに聞くまでもないでしょうに」

 霊夢が「酔いが醒めちゃったわ」と白けた感じで吐き捨てると、女は「ありがとう」とその場をあっさり後にした。

 魔理沙は自分よりも頭一つ高い背中が闇の中に消えるまで眺めていた。桜吹雪のなかにうっすら消えていく女はやはり綺麗で、洒落ていた。

「ほら、わかったでしょ? あれがそうよ」
「え?」

 霊夢が不意に同意を求めると訳が分からなくて、聞き直す。これじゃあ本当に無知な子供の様だ。

「あれがなれの果てよ」
「・・・・」
「子供は現実に責任を負わなくてもいい、逃げてもいいし、大人に頼ってもいい」
「むしろ、そうしなければならないわ」

 そうかもしれない、と魔理沙は考え始めた。あの女を見るたびに辛く哀れに思うのは事実だったからだ。もしもあの女が一人で責任を受け入れなければああはならなかっただろう。

「ああ、わかったぜ」
「あいつも諦めてくれたら、楽になれるでしょうに」

(やっぱり言いくるめられちまったな)

「やれやれ」と適当に帽子の置き具合を直すと、急に視界が開けたような気がした。やはり自分たちはこれでいい。さっきの葬儀もそんなに悪くなかった。

「霊夢は子供か?」
「そういうあんたはどうなのよ?」

 また仲良しの二人に戻って、帰路を歩き始める。
 
「見つかるといいな」
「魔理沙ったら、又そんなこと言う」
「別にいいだろ、考えるだけならだれでもできる」
「そうかしら」
「そうだろ」

 二人はちょっとだけいつものようにへらへらと笑い、もう一度、他愛もない話題に興じ始める。今年は暇だな、だとか、誰か面白いことでもやらないかしらね、とかいつもの会話だった。

 しばらくそうしていると、一匹の小さな妖精が二人の視界を横切った。

「・・・・」
「あいつ」

 その妖精が来た方向を向くと、花の咲き乱れる中、独りぼっちの女が小さな妖精に手を振っていた。

 とても寂しそうにして。

「・・・・」
「見つかるといいわね」
「あいつらのかくれんぼは、まだ終わらないんだな」





















永久の余命宣告 「二告」


























「パトロール隊、いぐみ到着!」
「てんこぉ!」

 チルノの号令と共に、妖精たちの隊列が一列に行進する。

 もうすぐ夏。木々の影が濃い、妖精たちは一列に並んで額に汗を滲ませていた。

一匹一匹がどこから持ってきたのかヘルメットをかぶっていたり、木の棒を携えていたり。 兵隊の様に真面目な顔をしてチルノの前に行儀よく並んだ。

「いーち」「にーぃ」「さん!」「さん!」「しぃ!」

 五番目の妖精が「ごぉ」と点呼するのに多少手間取る。妖精で正確に数を数えられるのは大変なステイタスなのだ。

 だいちゃんがこっそり耳打ちして数え方を教えると、何とか元気よく点呼に加わることが出来た。

「てんこ、よぉし!」
「チルノちゃん、ひとつ足りないよ」
「あ、そっか」
「うん、けど同じ番号数えてた人がいるから全員無事だね」

 だいちゃんが平たい石に、ひっかき傷を一つ付けた。おそらく全員無事の印なのだろう。

「い組は全員無事だね、何か報告はある?」
「上流のほうで、一個みつけたわよ」
「ほんと?」
「ほんとであります!」

 紅魔館付近の湖、その畔での勝利の後、妖精たちは相談してパトロール隊を編成しつつあった。妖精の自警団である。

 妖精達の『見つけた』というのは、汚泥にまみれた川の事だ。

「大隊長、どうしましょう?」
「むっ」

 だいちゃんに大隊長と呼ばれる氷精は、湖の畔で一番大きな岩の上に踏ん反り返っていた。こういうのは形が大事だ。

 チルノは今や名実ともに妖精の大将であり、他の妖精とは隔絶した地位を築きつつあった。

「よし、あたいがやっつけてやる! ついてこい!」
「皆、ろ組とは組が戻ってきたら出発するよ」

 飛び出そうとするチルノはだいちゃんに「ちょっと待っててね」と止められ、また大岩の上に座らされた。

 正直お尻がそろそろ痛いのだが、だいちゃんの言うことなのだ、仕方がない。

「じゃあ、物資を支給するね」
「やった!」
「わぁい!」

 だいちゃんは粗末な社の中からざくざくと音のする金平糖の入った袋を取り出した。 荒くれの妖精たちをまとめるためにはこのくらいの知恵が必要だ。

「あたいもほしい!」
「チルノちゃんには後で、きな粉餅あげるから」
「やったぁ!」

 だいちゃんがパトロール隊の隊長に金平糖の入った袋を手渡すと、隊長がそれを子分に配る手筈だ。隊長は先の戦争で逃げずに戦った勇士が選ばれた。この辺でも妖精社会に序列が決まりつつある。

 隊長はチルノにも増して、偉そうに金平糖を配り歩いていた。

 パトロール隊編成の言いだしっぺは、意外にもチルノであった。畔での戦争直後、緊急会議の席でチルノが思うがままに舌を動かし始めたのだ。

「あたいが隊長ね!」
「いきなり何をいいだすのよ?」
「あたいが一番活躍したんだから、あたいが隊長に決まってんじゃん!」
「おーい、だいちゃん、通訳してくれ」

 仲間のほとんどは「また何か言い出した」とうんざりしたが、親分であるチルノの発言なので無視するわけにもいかず、だいちゃんに助け舟を頼む。

 親分のチルノはある程度、大将らしい的を射た見解を持っているのだが、なにぶん頭が弱いので周りの妖精達は理解に苦しむことが多かった。

 チルノの通訳にはたいてい頭の良いだいちゃんが選ばれる。この時点で大ちゃんの地位も望むに関わらず、チルノに次ぐ存在になっているのだ。

「だって! あたいサイキョウだよ?」
「えぇと、あのお化けを退治できるのは今のところチルノちゃんだけだよね?」

 チルノは元気よく頷き、ない胸を張る。仲間も「それもそうだな」と頷いた。

 妖精たちは戦勝ムードと、勝利を捥ぎ取った誇りを持っていたが、事実お化けを撃退出きたのはチルノのおかげなのである。

 ここで挙げられる「あのお化け」とは、近日湖の畔でよく目撃されるようになった、妖精の敵性勢力の略称である。チルノはその敵性勢力の撃退に成功した唯一の妖精だった。

「おまえたちを分隊長ににんめいする!」
「これからの安全のために、皆で力を合わせて団結しないと駄目だよ!」

 相当な歪訳であったが、そういうことらしい。仲間たちは「尤もな話だ」と腕を組んで頷いた。

チルノもだいちゃんの発言に感心したのか目を輝かせる。

「あたいが敵をぶっとばす!」
「だから、ただ襲われた時だけじゃなくてこっちからお化けを見つけて、やっつければもっと安全になるよ!」

 仲間が「おおぉ!」と一様に頷いた。確かにこちらから先手を撃てば敵を封殺できるかもしれない。攻撃は最大の防御だ。

「だからあたいが隊長!」
「トリはチルノちゃんがやるわけだから、チルノちゃんが隊長だよね!」

 何もかもだいちゃんの意見の様に思われるが、それは違う。あくまでだいちゃんはチルノの代弁者なのだ。勘違いしてはいけない。

 チルノが「この指とーまれ」と元気よく手を掲げると、その場にいる全員がチルノの手を取った。

 まぁ、結局ほとんどの事はだいちゃんが決めたのだが、隊長たちは首尾よくチルノの思惑を理解して行動に移り、戦果を上げつつあった。

 チルノが大将であることに関しても反対意見は出なかった。パトロール隊の編成はつつがなく進められる。

 チルノは馬鹿で、だいちゃんが大将をやればいいのにと思わなくもないが、チルノが少しばかしの知恵を持っていたらいたで、それは面倒くさいことになっただろうから意外と収まりが良かったのだ。

「よーし、出発だ!」
「おぉ!」
「いくぞ!」

 チルノを先頭とした妖精の編隊が戦地に向かって飛び出した。二、三十とある妖精の大群が勇ましく編隊を組んで飛行するのは相当に変な図だった。

 局地でチルノが敵を各個撃破する間に、他の妖精はヘドロの妖怪を引き付けておくのだ。ヘドロはのろかったので、逃げるだけなら誰でもできる。

 戦略を得た妖精たちは破竹の勢いで敵を殲滅した。

「大勝利だ!」
「チルノ、川を封印しちまえ!」
「おぉ!」
「そこ! チルノちゃんは大隊長だよ! 命令しちゃだめ!」
「そ、そうか」
「そ、そうだった・・・あたい大隊長だった」

 一番偉いチルノよりもだいちゃんの方が厳しかった。
 
 仲間の見守る中、チルノはじっくりと汚泥の川を凍らせていった。ヘドロとの戦いで敵は寒さに弱いというのは知っていたので、こうした手段が取られている。

 こうすると川から新たなヘドロが生まれることもなく、腐臭もほとんど殺がれる。この処置ができるのは妖精はおろか幻想郷でもチルノくらいで、それがますます妖精たちの信頼を買った。

「できた!」
「やった!」
「これで一安心ね」

 仲間たちは戦果に満足し、任務の達成を喜び合った。

 だがどういうわけかだいちゃんの顔は晴れない。

「チルノちゃん、大丈夫?」
「えっ?」

 チルノの腕にや脚にヘドロに噛みつかれたり、引っ掻かれたりしただろう傷がついている。チルノはヘドロの妖怪全てと対峙しなければならない、他の妖精と違い責任と危険が桁違いだった。

 いくら妖精の中で強いとは言え、チルノに怪我を強いるのは避けられない。

「別にへーき、あたいサイキョウだし」
「・・・・」

 チルノは、さっと腕を後ろに回し皆から見えないようにする。大将というのは見方が不安になる情報は断固として遮断するのだ。

 しかしチルノは大将が備えるべき、嘘をつくという能力が致命的に欠けていた。

「ん~♪ ふふーん♪」
「・・・・」
「・・・・?」

 白々しく鼻歌を歌って後ずさり、無茶苦茶不自然な姿勢で仲間から離れだした。仲間も「変だな」と勘付き始めてチルノが離れる分だけ詰め寄る。

「チルノちゃん、手みせて」
「えっ?」

 チルノの様子を不審に思っただいちゃんがチルノの隠した腕を引っ張る。

「あっ」
「うおっ?!」
「ゆ、指が」

 仲間が仰天する中チルノの手のひらが晒される。あるべき指のひとつが足りない。先ほどのヘドロ妖怪に取られてしまったのだろう。

「チルノ、痛くないのか?」
「全然!」
「どうしよう・・・」
「へーきったら平気!」

 チルノの声にやや怒気がはらむと、仲間はしんと静かになる。まるで大人に叱られた子供の様でもあった。

「明日になれば治ってるから」

 仲間の沈んだ空気に慌てて、急に声色を優しくすると仲間は直ぐに顔を上げて「それもそうだな」「急にでかい声出すなよ」とまたチルノの周りで騒ぎ出す。

 だいちゃんだけ仲間が明るい声を出す中で、一人表情を暗くしていた。

「チルノちゃん、やっぱりチルノちゃんだけ危なすぎるよね」
「・・・そう?」

 チルノは上の空、といった感じで欠伸をしてみたり頭を掻いてみたり、だいちゃんの話を真剣に聞く様子ではない。いつもチルノはだいちゃんの言うことは分からないなりに真剣に聞くものだが、今日はどうも違った。

 仲間は幾許かの不審を持ったが、それほどは気にしなかった。

 だってチルノは馬鹿だから。

「やっぱり、もっとチルノちゃんが危なくないように考え直す」
「別にぃ、そんなことしなくてもいいよ、だいちゃん」

 チルノはにかっといつものようにだいちゃんに笑いかけた。明るく振る舞うチルノを見ると、だいちゃんの胸はぎゅっと苦しくなる。

 作戦考案はだいちゃんなのだ、これではまるでだいちゃんがチルノに怪我をさせたみたいで、だいちゃんの落ち込む理由はそこにある。

「そんなことより、はやくきな粉餅食べたいなぁ」
「早く帰ろうぜ!」
「あ―疲れた」

 妖精達の勝利の歓声にも関わらず、だいちゃんは俯いて、顔に影を落とす。

「だいちゃん?」
「・・・」
「平気だよ、だいちゃん!」
「?」

 仲間が浮かれている、そんな時にチルノは頼りになる参謀に駆け寄る。

「だいちゃん、心配しなくてもあたいがまもってあげるから!」

 チルノの笑顔は全然的外れだった。チルノは姉が妹を愛でる様に、だいちゃんのあたまを撫でる。

「・・・うん!」

 変なチルノを不思議に思うだいちゃんだが、変なのはいつものことなので「別にいいや」と思った。チルノはいつも仲間の事を第一に想っている、それさえいつも通りなら後は何でもいいはずだ。

「みんな、帰るよ!」
「おう」
「あーもう、くたくたよ」

 戦地を後にし、妖精たちは凱旋門を潜る戦士たちの様な、誇らしい気分。

「ねぇ、チルノちゃん」
「なに、だいちゃん?」
「チルノちゃんはサイキョウだよね」
「そうそう! あたいサイキョウ!」

 いつものチルノだ、大丈夫。きっと自分達は無敵の戦士に違いない。チルノがいれば怖いもの無しなのは間違い。

「けど、一人だけで頑張らないでね」
「うん! だいちゃんはいっとうに守ってあげるから!」

「ありがとう」と返すだいちゃんは苦笑いだった。チルノはだいちゃんの遠回しの話など理解する気もないのだろうか。

(私もチルノちゃんのことを守るよ)

 思いは喉まで上がり、口に出かかる、けどだいちゃんはチルノの冷たい手を握るしかできなかった。結局自分は小知恵を回すだけだ。

 自分の小知恵から来ているらしい、他の妖精からの信頼すらチルノのリーダーシップにあやかっているに過ぎない。

 もしも、チルノがもしも自分よりも知恵の回る妖精なら、自分はチルノと親友でいられただろうか?

「点呼するよぉ」
「いち」
「にぃ」

 チルノが点呼の号令をかけると、だいちゃんが数を数える。点呼が終わるころにはチルノは目を回していた。

「えっと、えぇっと・・・」

 チルノは指折り数えて、指の数を越えたあたりでわからなくなった。これでは点呼の意味がない。そもそもチルノは数えるべき人数の値を覚えることすら出来ないなのだ。

「三十五、三十六・・・。全員無事だね」
「・・・・」

 だいちゃんがさらりと解答する。チルノは両手の指を前に情けない顔をしていた。

「チルノ頭わりーっ!」
「ぬぐぐぐ・・・」
「そういうアンタだって数えられないでしょうが」
「だいちゃんってアタマいい!」

 仲間が輪になりチルノとだいちゃんを囃し立てた。ある意味二匹の妖精は対照的だ。例えるなら、チルノは腕っぷしのガキ大将で、だいちゃんは賢い委員長のイメージ。

「いつかだいちゃんよりもアタマよくなるもん!」
「無理じゃね?」
「身の程をわきまえなさいよ」
「・・・・」

 大ちゃんはできることならば、チルノにそのままでいてほしいと思った。

 もしチルノが賢くなったら、チルノと友達でいられないかもしれない。取り柄が不要になればチルノはもう遊んでくれないかもしれない。

「ふん!」とチルノがそっぽを向くと、だいちゃんは心底焦りまくった。だいちゃんはこんな理由でチルノと仲違いはしたくないのだ。

 もしかして嫌われただろうか?

 だいちゃんの心配を余所にして、チルノは強くだいちゃんの手を握りしめた。

「だいちゃん、いこっ」
「あたたた」
「あっ」
「待てよチルノ!」

 チルノはだいちゃんの腕を強く無理やり引っ張り空に舞い上がる。それに慌てて妖精たちが続く。

 乱暴に手を引かれる、それが逆にほっとする。自分は今誰よりも近く、チルノの横にいる。

「待てってチルノ」
「そっちが遅いのが悪いんでしょ!」
「あーもう、面倒くさいわね!」
「待ってよぅ」







*******









 守矢神社、その中では三人の神々が一枚の紙切れを取り囲み、ある時は目を通し手に取る。だが彼等はそれをどうすることもなかった。

 汚物を喰う妖怪が居る。
 妖精の姿が見えない。
 川から異臭が漂い始めた。

 妖怪の山での異臭という異常事態からそれほども経たないうちにあちこちで報告が上
がり始める。

「情けないですね」
「そうだね」
「・・・・」

 幻想郷に入ってすぐ、彼等は受け居られ外の技術の一端を妖怪達に伝えることにした。その思惑は至って単純。

 守矢に関わらず、多くの神々は外の世界で権威を失いつつある。具体的な恩恵や畏怖を以て迎えられることがなくなった。

 その最たる理由が科学技術の発展。人々は目に見えない信仰よりも、確実に、そして自分たちが勝ち取った技術と進化を信じることにした。かつては神々の頂にいた二人の神ではあるが、人々の力が増せば増すほど信仰を失い、八百の神となりその他大勢に加わる。

 そのうちの片割れの神はそれほどにかつての栄光に未練を持っていない様であったが、もう一人は違った。

 忘れられた神々や妖怪、思いが訪れるという最後の楽園がある。

 幻想郷という惨めに敗れた者たちの最後の受け皿。

 そこにもう一度信仰を求めよう、もう一度やり直そう。

 二人の神は意見を交わし、新たにその地を生きる場所として定めた。かつて自分たちに泥を塗った技術を引っ提げて殴り込みをかける。

「河童たちから、機材の動力が確保できないと」
「そりゃそうだ、発電所止めてんだもの。」
「発電所止めても川の様子が変わるとも思えないけどね」
「天狗達の指示ですよ、疑わしきは全て止めろですって」

 早苗は深く溜息をついた。 河童たちは初動動作に始まり、周辺調査、水質調査、地質調査、各専門への報告書。

 三人の目の前に山積みになっているファイルはそのレポートだ。

「止めさせなさいよ、それ」
「彼等、職工よりも地位が高いですから、下手に指示できないのよ。 どうしてこう妖怪の文明ってのは」
「他人の事言えます? 彼らをスケープゴートにしたのは私たち、こうなってしまった原因も私たち」

 彼女たちは既に何もかも知っていた、知っているうえで嘘を付いたのだ。どうして川が汚れ始めたのか、現れた妖怪は何者なのか、河童たちに責任はない。

 守矢の体裁を保つために、河童に体よく罪を着せて、汚名を被ってもらったのだ。責任の矛先は現場の責任者であるにとりに集中した。謂れのない誹謗中傷を浴びせられたが、それでもにとりは事態を収拾しようと河童たちをまとめて調査に乗り出した。

「これじゃあ、外の人間と同じだね」
「本来責任を負うべき人間が謝らない、真面目な技術者が馬鹿を見る」
「私たちがまた信仰を失ったら、次はどうなる。信仰を無くした神がどうなるか知ってるだろ? 仕方ないんだ」

 彼等は自分たちが敗れた科学技術を幻想郷に持ち込み、それで新たな信仰を得ようとした。



 自分たちは外の世界の代表、その御利益が欲しいなら、自分たちを信仰しろ。



 計画は驚くほどうまくいった。外の技術や文化に興味を持っていた妖怪達が食いついたのだ。形は変わってしまったが、これもまた信仰。

 ダムの建設、新たな素子、エレクトロ二クス、薬品、数学、それに伴う技術者の法体制。外で長く培われた膨大で、数えるのも億劫になる様々なものが一気に幻想郷に流れ込んだ。

 彼等は神としての消滅を免れた。

「どうしましょうか」
「どうもしない、どうにもならないね。ここからじゃ手が出せないよ」
「こんなはずじゃなかった」

 そして、河童たちが調査を開始する前から知っていた、もう事態が自分達の手に負える範囲ではない場所で起こっていること。

「YSO、妖怪標準化機構。今思うとこんなのを必死に作ったのも変な話ですよね」

 早苗の手には一冊の本がある。妖怪に技術を伝える際に作られた、全ての技術に対する指南書。幻想郷にいるだろう妖怪たちは全員これを必ず持っているのだ。それがイコールで信仰の数につながった。だが、いまはそれも無駄。

 幻想郷はあと数か月もしない間にあの妖怪に食いつくされるだろう。半年か一年か、幻想郷に海が存在しないという事、極端なインフラの差。里との技術
に対する知識の違い。

 何もかもが裏目に働いた。

 なにより幻想郷には巨大な下水処理施設がない。幻想郷の人間もまた農耕用の糞尿を分別するなどの衛生知識、感性は鋭いがそれは今回の異変とは全くの異質なものだった。

 幻想郷に広がる豊かな自然、豊作。こんな事件幻想郷ではありえないだろう。



 今から現場を特定して、処理施設を作って、あと何か月かかるだろう?
 もしも河口が一つじゃなかったら? それを集積するためのプールは?



 手を出すべきではなかったのだ。

「『ボーリング調査 地下水脈の汚染状況についての報告』」

 早苗が手に取ったレポートはつい最近河童たちが幻想郷中を穿り回して得た結果らしい。それには以下のように記されていた。

/

























汚水調査に伴うボーリング調査報告


●×年 五月△日

 守矢式会社にとり技建

〒×××-○○○○ 妖怪の山 沙悟浄池 △-△△-△△△
YEL ○○-○○-○○○○
          YAX ○○-○○-○○○○



目次

1 調査の目的並びに概要

  1.1 調査目的

  1.2調査地案内図  

  1.3調査位置平面図

2 調査方法





(上文省略)


2.1 ボーリング調査

 ボーリングは支持された地点に置いて守矢式ロータリボーリング機械を使用し実施。掘削は半径33ミリを標準とし、原則として地下水を確認するまでは空水堀とする。発見以降は孔の保護と汚泥妖怪の排除を進めながら掘削。土壌構成を把握し合わせえてYso―ゐ―134 ※(妖怪標準化機構、youkai organization standardzation) に基づいて一メートル毎に地盤の密度と調度を検査。

(以下作図が続く)

2.2 土質試験

 採取した試料を力学圧縮を行い検査を行った。

(以下結果が続く)

 結果は浄化対策提案報告書製作にて審議が行われる。 リン、フッ素、窒素などの量が甚だ多い。





3 調査結果

3.1 現地調査の地形・地質概要

 調査地は太陽の畑にあり、幻想郷に妖怪の山とは反対に位置する。人間の里からは射命丸速度9.3sでの距離となる。

 太陽の畑には風見幽香とよばれる危険度極高の妖怪が在住しており調査は極めて危険。太陽の畑は南向きのすり鉢状になっており、遠景からは発見が困難。

 夜間での作業は多数の蟲妖怪の集合地点になるためさらに危険。作業は日中に行う。

 以下、現地人との交渉記録を付けたレポートを参照のこと。
 (い-a-f 風見幽香 ボーリング調査協力許可の確認報告)
















「にとり、いけってば」
「よっ、にとり、男前!」
「女は度胸だって!」
「・・・・」

なんでこんなことになったんだろう。

 わたしの目の前には、一面に広がる向日葵畑(まだ蕾ではあるが)と小奇麗で洒落た一軒家が建築されている。そこの入居札にはでかでかと『風見幽香』。さらに花畑の周囲には申し訳程度の手製の柵が作られている。

 別に柵など設けなくてもこんな恐ろしい場所にやっくる奴は自殺願望があるか、余程の馬鹿しかいないだろうに。向日葵畑の横には一本の粗末な立札、かわいらしいくりくりとした文字。

 それにはこの場所がこの世で一番恐ろしい立地条件であることをしっかりと記されていた。

 

『ゆうかりんランド』
『見学するときは、ゆうかりんに入場の許可をとってね ♥』

「・・・・」
「ほら、いけいけ!」
「責任者なんだから私たちのために命張りなさいよ!」
「にとりが死んだら、次は課長ですからね」

 背中ではいつも額に汗して働く同僚たちの温かい声援と、無慈悲な手の平の圧力がかかる。もうこいつらを友達とは思うまい。

「それいけっ」
「ひゅいっ?」

 背中をどしりと押されてつんのめりそうになると、なにか柔らかいクッションの様なものが顔に当たって転倒を免れた。

「いきなり突き飛ばすないっ!」
「・・・・」
「・・・・」

 私は乱暴な同僚の仕打ちに抗議しようと振り返ると、同僚たちが青ざめてじりじりと後ずさっていた。何が起こっているのか容易に想像できたので私の顔もあっという間に血の気が引くのが分かった。

「おはよう」
「・・・おはよー」
「ゆうかりんランドにようこそ」

 私の見上げた先には花の妖怪が居た。突っ込んだのは妖怪の胸の谷間だったらしい。
 
 一軒家の主が爽やかに微笑むと、同僚たちは全速力で逃げ出した。あっという間に一人極悪妖怪の視線に晒される羽目になったので、私は早々に人生を観念した。

「如何したの、具合でも悪いの?」
「うんにゃ、そういうわけではないんだけどね」

「見学の申し込み書ならこれよ」と見当違いの事を言いながら小さな用紙を手渡してきた。私は「ありがとう」などと訳の分からないことを言いながらそれを笑顔で受け取る。こんなことをしなければならない身の上を呪う他ない。

 だが意外にも花畑の主はフレンドリィであったので、もしかしたら生き残る手段が残されているかもと思った。

 土地を穴だらけにしても、彼女の機嫌が良い間なら何とかなるのでは?

「河童が花畑の見学なんて珍しいわね」
「あ、うん、まぁ似たようなもんだけど、大体そんな感じだよ」
「後ろのその大きな機械は何?」
「えーと、穴を掘る機械」
「ふぅん」

 この場所に来た理由は至って単純、最近現れた水質汚染の調査のために私たちはあちこちでボーリング調査を行っている。具体的には5メートル間隔で地下水に当たるまで穴を掘って地質や水質を調べて回っているのだ。そしてこの太陽の畑は調査員が行きたくない場所ナンバーワンの調査地だった。

「それで? その穴掘り機械で何処を掘るつもりなのかしら?」

 つまり私たちはこの極悪妖怪が後生大事にしている花畑を5メートル間隔で穴だらけにするためにやってきたのだ。

「えぇっと、まずはこれを読んでほしいんだ」
「はいはい」

 リュックからファイルを取り出して、令状というか調査の協力を設えた用紙を手渡す。なにせ、あの用紙には里の賢者の上白沢慧音と阿求の署名が入っているのだ。これが私の切り札である。いくらあの風見幽香といえどもこのお上の威光には逆らい難いはず。

 一通り読み終えたらしい彼女が、用紙を丁寧に畳み、笑顔のままこちらに向き直った。

「これは何かしら?」
「見ての通り、上白沢氏と阿求氏の署名さ。 いま妖怪の山は里と、もとい幻想郷全てと共同歩調をとっているんだ」
「・・・そうなんだ」
「そういうわけで私たちの調査に全面的に協力してほしいんだ」
「・・・ふぅん」

 彼女はまるで、少女が恋の不安に胸をいっぱいにしたような、実に頼りない顔をしている。

 (これはいけるよ!)

 いくら有名な風見幽香といえども、幻想郷全体の協力を無視するわけにもいかないだろう。村八分にされて喜ぶ奴なんていないのだから。自分の敷地内を好き勝手に荒らされることを快くないと感じさせることは申し訳ないと思う。だがこれも環境維持のため、異変の解決を一刻も早く進めるためだ。

 私は気分よく舌を回して喋りまくった。

「それで、調査の協力でここでボーリングさせてほしいんだ」
「つまり、あの穴掘り機械でここを調べたいのね」

「何処を掘るのかしら?」と不安そうな顔でおずおずと訪ねてくる。お上の威光とはすごい。あの大妖怪が紙切れ一枚でおとなしくなってしまう。

 意外や意外、殺されるかもしれないと思ってやってきたが、見た目通りの年相応な反応はまるで疎い少女の様でかわいらしくも感じる。意外にもあっさり許可が降りそうなので私は「えへん」と胸を張って答えてやった。

「大体5メートル間隔で掘りたいんだけど」
「それは、何処を?」

 少しだけ背の低い私に、彼女は顔を寄せてきた。なんだか口元が笑ってるのに、目元が全然笑っていないような気がする。

「あそこだけど」
「あそこって、あの柵の中のこと?」
「そうだよ」

 私がそう答えた瞬間、なんとなくだけど首筋によく切れる刃物を当てられたような冷たい気配がした。それは彼女からざわざわと漂ってきている。

「花畑の中にあの機械を持ち込んで、そこらじゅうに穴をあけるのね?」
「・・・ええ、まぁ」
「私の大事なお花畑に穴をあけるのねぇ?」
「そう・・・です」

 花の妖怪は先ほど手渡した署名の用紙を私の鼻先にそっと触れさせる。

「職工さん、実はね、私いつも大切にしてることがあるの」

 蜃気楼だろうか? まだそんなに暑くもないけどお花の景色が一部だけ揺らいでる。主に畑の主を中心にして。殺気で空間が歪むということを初めて知った。彼女は「いいかしら?」と微笑を崩さないで私の肩を優しく撫でてくる。私はクルミ割り人形のように顎をカクカクさせて頷いた。

 ようやく私はここで人生の選択肢を間違えた事に気が付く。

 職工になんてならなければよかったんだ。

「私ね、大切な話をするときはねぇ、顔を合わせてお話しすることにしてるのぉ」
「御尤もです」
「お手紙もいいけれど、一応ここは私の大切な場所だって解ってもらえるかしら?」
「はい、存じております」

 彼女が指に力をちょっとだけ込める。
 
 丁寧に折り目正しく畳まれていた紙が柔らかな風に優しく吹かれると、彼女の白い指の間でサラサラと崩れていく。とても不思議な現象だ。どうやったらあんな風に紙を一瞬で塵にすることができるのだろう?

「だから、なんでそんな酷いことをこんな手紙ひとつで納得しろって言われるのか、私分からないの」
「はい、誠に申し訳なく思います」

 まぁ、私もいきなりラボを問答無用で取り壊されたら怒るだろう。彼女の言う通りかもしれない。

「貴女ってとっても賢いのね、この紙に書いてあったことなんて私ちっともわからない。きっとたくさん勉強したんでしょう?」
「恐れ入ります」

 彼女は何度も頷いて私を褒めてくれた。こうして褒められるのは久しぶりだなと思った。技術者は仕事が出来て当たり前なのだ。怒られることはあっても、褒められることは意外に少ない

「謙遜なんてしなくてもいいの、貴女はきっと偉い職工さんなのね、遠いところまでご苦労様」
「いいえ、仕事ですから」

 彼女がついさっきまで紙だった灰の粉をさらさらと地面に撒くと、風に吹かれてどこかに飛んで行った。灰は植物の成長を助ける、私の灰もきっとお花に良い栄養になるだろう。

 そこらで比較的元気に鳴いていた虫の音は静かになっていた、花の妖怪の澄んだ声だけが響いて、風の音で耳鳴りがする。

 彼女の声がよく聞こえる。

「だから、あんな名前だけの屑共が書いた手紙じゃなくてね、貴女の言葉でしっかり私にも解るように説明してほしい、いいかしら?」
「はい、解りました」

 私は被っていた帽子を取ってお辞儀した。ワルツを踊る前の様に礼儀正しく。

 踊る相手は死神より怖いけど、お誘いは無下にできないから仕方ない。

「説明させて頂きます」
「ありがとう、河童の職工さん」

 彼女は見惚れてしまうほど綺麗な笑顔で答えてくれた。留まる所、このお花の妖怪が言わんとするのはこういうことなのだろう。


 命乞いをするときは相手を納得させることが大切だ
お前はまだ私を納得させていないよ?


 とりあえず話すことは出来ると思う、ただ私はどんな素敵な説明をしたとしても彼女を納得させることは無理だろうなぁと思う。

 ちょびっと頭の中でシュミレートしてみた。

『なんでここを掘りたいの?』
『幻想郷で水質汚染が広がっています、そのための調査です』
『なんで水が汚れちゃったの?』
『河童の工場排水が原因で汚れました』
『私の花畑も汚れそうなの?』
『はい、そうです』
『死になさい』

 恐らくこうなる。

「なんでここを掘りたいの?」
「幻想郷で水質汚染が広がっています、そのための調査です」
「なんで水が汚れちゃったの?」
「河童の工場排水が原因で汚れました」

 彼女と会話を交わすと一字一句同じ。すごい、もしかしたら私は予知能力があるのかもしれない。まぁそうだとしたらもう意味はないけど。

「私の花畑も汚れそうなの?」
「はい、そうです」

 思えば母の腹の中で父の声を聞き、この世に生を受けることを了承したわけだが。こんな終わり方をするのであれば別に母の腹の中で意地悪くくたばっても別に差異はなかったのだなと思った。

「・・・・」
「・・・・」

 彼女はにこりと微笑んで軽く私の頬に指を這わせる。

「あの、今回の事は申し訳なく。 全面的に保証をする次第で」
「言い訳は結構よ」

 未練がましく言い訳を講じる私はピシリとした彼女の声でしゃべることを禁止された。

 彼女の笑みが消える。肩にぐいと力が入ると、身動きが出来ない。蛇に睨まれた蛙でももう少し動けるだろうに。

(あ、終わったな)

 次の瞬間私は自分の惨めな死を連想した。せめて切断とか圧死とか工場で見るような悲惨な死に方をしたくないとは思っていたが。こんな形で終わるとは。多分、生命保険は降りないだろう。まぁ私には家族が居ないので関係ないか。

「早く仕事に取り掛かって頂戴な」
「爆死ですか?」
「は?」
「え、あれ?」

 彼女は訝しげ、もしくは不思議そうな顔をして私を見ていた。自分の体を点検するが、どうやら五体満足らしい。

「あれ、わたし生きてる」
「いつ死んだっていうのよ」

彼女は「冷たいものを持ってくるわ」と唖然とする私を横切って自宅に向かった。

「・・・?・・・?」
「おまちどうさま」

 彼女は手にしていた魔法ポット(外の世界でそう呼ばれている飲料水を入れておく器)を手にして戻ってきた。どうやら私は九死に一生を得たらしい。

「最近お花の調子が悪いのよね」
「さいですか」

 手渡された湯呑に冷たい水が入っている。

 ぐいっと飲むと冷たくておいしい。

「水を溜めてあるのよ」と彼女は微笑んで言った。確かに、地下水の水ですら汚染され始めているから、井戸の水も臭いだろう。農家は日頃こういう貯水をするものなのだろうか?

「薬をあげても一向に良くならないし、変なドロドロの妖怪もよく見るようになったし、困ってるの」
「そういう報告例がたくさん上がってます」
「そこでやってきたのが貴女ってわけ」

 私は仲間が収集した情報を掻い摘んで彼女に伝えた。彼女は「へぇ」と相槌を打って聞いてくれた。





「にとり、コンデンサもってきたよ」
「取り付けて、配線後で確認するから」
「あいよ」
「継電保護は?」
「大丈夫」

 ボーリング機械がごうごう鳴りはじめる。四散した仲間も戻ってきてくれた。

戻ってきた仲間が「あれ、なんで生きてんの?」と拍子抜けした顔をしたときは一発ぶん殴ってやった。職場で見かけたら今後はうんと苛めてやる。

「水源の特定ねぇ」
「そう、こうやって特定すれば水源に処置ができるしね」

 風見幽香はやってきた河童に冷たい水を配ったりと、なかなかどうして気が利く。

 本人の言では、「貴女を殺しちゃったらお花が枯れちゃうでしょ?」とのことらしい。

 今や私の命はこの花畑が枯れるまでの猶予しかないのだ。急いで異変を解決せねば。

「ふぅん、なるほど、工場の汚い水がねぇ」
「大体は窒素とかリン、フッ素、まぁ乳酸とか・・・そういうのの含有が多いって報告があがってるよ」
「それってお花の栄養じゃない・・・・ああ、それで元気がなくなったのね」
「それってどういうことだい?」

 話すうちにちょっと打ち解けてきて、私の緊張はほぐれていつもの口調になってきた。どうやらこの場で死んじゃう可能性はだいぶ低くなったらしい。

「あるのよ、肥料のやり過ぎで逆に元気がなくなるってのがね、妖精が最近姿を見せなくなったのもそういうことかしら?」
「妖精が、見えないって?」
「違うのかしら、妖精は植物に宿るものだから・・・・」
「そういう報告はあんまり聞いてないけど」

 調査の中では初めて聞く内容だった。妖精と植物との素朴な関係だが、確かに植物が弱れば妖精の元気もなくなるのかもしれない。

「いや、もしかしたら逆かしら」
「逆ねぇ」
「畑を持ってる人には常識のことなんだけど、作物が元気なのは妖精がそこに宿っているからなの」

 それはそうだろう、幻想郷に無数と存在する妖精は草木に寄生、あるいは宿ってその植物に生命力を与えることは此処では誰もが知っている常識だ。

「野菜が美味しく大きくなったりとかね、幻想郷の自然環境は妖精の力に寄っている場合が多いのよ、逆に言うと妖精が弱まると植物も枯れちゃうわ」

 妖精がいなくなる。

「益のある妖精、解りやすいのは春告精かしら、あれを呼ぶためにお菓子を用意したりする人もいるのよ」

 空気の様に存在する妖精、私は今まで妖精の事をお邪魔虫くらいにしか思っていなかった。しかし、どうやら農家、水産、林業に携わる人々にとって妖精はかなり重要なファクターらしい。

「うーん、妖精は見かけたら食べちゃうか、弄っちゃうかくらいだから」
「それよ、小腹が空いて妖精を食べる奴が良くいるけど、妖精は妖怪にとっても食料なのね、妖精は有象無象としてるけど大事なのよ」
「・・・・ん?」
「どうしたの?」
「いや・・・・」

 ここで私は一つの報告例を思い出した。妖精の被害など大したことがないと思ってそのまま忘れていたのだが、こんな報告があった。

『ヘドロの妖怪は汚物を喰う意外にも妖精を喰っていた』

「それにしても変な話よね」
「なにがさ」
「妖怪の山で流れた汚い水が、どうしてここまで広がるのかしら? というか此処を調べる前に工場を止めた方が良くなくって?」
「・・・・うん、まぁ」

 適当に言葉を濁す私に、じっと視線を向けてから。

 彼女は興味なさげに視線をボーリング機械に移した。

「まぁ、貴女がそれでいいならいいのだけれど」
「・・・・」

 事件発生から早々に、私たち職工は工場の故障を調べた。その結果、かなり早い段階で『原因は工場ではない』という結論に行きついていた。運転されている化学プラントは川で流れ出ている薬品とは違うものだ、つまり川の汚水は当然の如く工場から別の場所によって流されていることになる。

 天狗達がそれでは納得しないので、申し訳程度に工場の点検を進めながらこうして他の原因を探っていた。 

「にとり、地下水に当たった」
「移動して、もう一度」
「了解」

 本来、妖怪の世界では職工の命は軽かった。それが違うものだと認識され始めたのは守矢が幻想郷にやってきてからだ。

 職工捕殺法などと言うのもがまかり通っていた時もかつてはあった。

 私を初め他の職工たちが守矢の指摘を訂正、間違いだと証拠を立てて抗議しなかったのはそのためだ。普段いいように顎で使われても文句を言わないのは、私たちは私たちなりに守矢を命の恩人だと思ってるから。

「ねぇ、職工さん」
「なに?」

 彼女の声色はそれほど恐ろしく感じなくなってきた。恐怖と言うのは浴び続けると濃度が下がったように感じるらしい。労わる様な彼女の声になんだかほっとしてしまったのは、私がとうとうおかしくなってしまったからに違いないだろう。

「今すぐできる対応ってないかしら? お花の元気がなくなっているのを見ているだけなのは忍びないの」
「うーん・・・・」

 とりあえず私は近くの水場に簡単な濾過機と中和剤を置いておくことを提案した。気休め程度でしかないが、元凶を押さえないことには幻想郷への汚染は止まらない。ここだけに多くの時間を割くわけにはいかなかった。

「科学も万能ってわけじゃないのね」
「万能だよ、ただ今回は効果が出るまでは時間がかかっちゃうかもしれない」
「ふぅん」

 彼女は「ほかに対策はないか?」と聞いてきた。私はその問いに「妖精を集めれば花も元気を取り戻すかもしれない」と答える。

「けど、あの気味の悪い妖怪のせいで妖精は近寄らないわ」
「ぶっ飛ばせばいいんじゃないの?」
「もうやったわよ、やったけど無駄だったわ」
「?」
「バラバラにしてもいつの間にか元通りになるみたいなの。臭いしどうすれば良いのか分からないのよ、リグルも嫌がってるし」
「バラバラにしてももとに戻る?」

 私は驚いた、そんな不可思議な妖怪が現れていたとは。ヘドロ妖怪の報告自体は聞いていたがこうして直に妖怪と対峙した話を聞くのは初めてだ。

「もうすぐ夏でしょ? なんだか匂いもキツク感じじゃって本当に困ってるの、何かないかしら?」

 彼女との会話で、今まで収集してきた情報が頭の中でかみ合った。今回起こっている事件の一端が見えた様な、そんな感じだ。川の汚染、栄養過多の水、気温の上昇、それに伴う悪臭。

「まさか」

 もしかしたらあのヘドロ妖怪の正体は私が知っている妖怪かもしれない。外の世界で、技術革命に伴い現れた現代の妖怪。いや、けど外の世界はもう処理施設があるはずなのに。彼らがもう一度現れるなんてありえない。

「もしかして」
「心当たりがあるのね」
「あ、いや・・・ヘドロ妖怪は」
「何?」

 私はちょっと考えて言葉を選んだ、まだ特定するわけにはいかない。あとで皆と相談しなければ。

「微生物・・・小さな生き物が集まって妖怪化したものかもしれないね」

 たった今立てた推論を彼女に話してみる。彼女はちょっと納得いかないといった感じだったけど、私の話の続きを聞いてくれた。

 彼女にはあまりプランクトン、微生物などの知識がなかったため、掻い摘んで説明する。

「それならバラバラにしても死なないってわけね」
「植物の元気がないのは、ヘドロ妖怪、微生物が土壌の環境を狂わせてるからかもしれない。微生物は喰ったり喰われたりしてバランスを取っているんだけど、今回の栄養過多な水のせいで異常にふえたんじゃないかな? 今思いついたことだけど」

 だとすると、あの川からの腐臭も納得がいく。工場からの刺激臭のする薬品の排水だけではあの匂いは出ない。彼らの放つ腐臭は微生物の死臭ではないだろうか?

 それが何かの理由で妖怪化、活発化し始めた。

「妖精を襲うのはどうして?」
「・・・・多分、妖精もヘドロ妖怪と同じ、幻想郷にとっての『微生物』に当たるからじゃないかな? 増えすぎた微生物は自然の釣り合いを破って他の微生物を喰いちらかしながら繁殖を続けていくんだ、バランスが取れなくなっているんだね」
「そこまで知っているなら退治する方法も知っているんでしょう?」
「・・・・・」

 普通妖怪には必ず退治の手段と言うものが用意されている。鬼なら炒った豆とか、吸血鬼は十字架、ニンニク。挙げていくとキリがないのだが。

 もちろんそれを大々的に広める奴はいない。もしかすると有名な妖怪の弱点と言うのは真の弱点を隠すための嘘の弱点なのかもしれない。

 吸血鬼の弱点が日光というのはどうにも嘘くさい、幻想郷の吸血鬼は日中平気で出歩くこともあるくらいだ。鬼の弱点が炒った豆なんて何かの冗談だろう。

「えぇ~と、そうだねぇ」
「もう! 教えてくれてもいいじゃないの」

 幽香はかわいらしい仕草で「えいっ、えいっ」と私の帽子を突っついたりしているが、何時頭を指でぶち抜かれるかと気が気でない。

「わ、わかったから、止めておくれよ」
「えぇ~?」

 彼女は円らな瞳をこっちに向けて悪戯っぽく微笑む。まったく可愛くないからやめてほしいと思った。口には絶対出来ないけど。

 幽香は「自分だけが知らない」とでも思ってるらしいが、多分幻想郷にいる連中でこいつの弱点を知っている奴はほとんどいないだろう。そして私の予想が正しければ、私はそいつの撃退方法を知っている。
 
 加えて私は首筋がぞっとする怖気を感じた。今の幻想郷ではこの妖怪を退治するための手段を用意できない。例えあの鬼やスキマ妖怪ですら彼等を完全に殺すことはできない。

「ねぇ、もったいぶらなくてもいいじゃない」
「・・・・乾燥に弱いかな、今回は水伝いに移動するみたいだし」
「お花畑で水が無くなったら大変よ」

 御尤もな話だ、外の世界の妖怪は乾の力を使ってこの妖怪を撃退することに成功しているが、殺したわけではない。追い返しただけなのだ。完全に黙らせるには特殊な神殿の建設が必要だ。

「他にはないの?」
「他の方法・・・」

 微生物は多種多様で、今回どんな性質を持つ微生物が発生したのか分からないが、彼等に大体あてはまるだろう弱点を思い出した。

「温度差に弱い、微生物には適した温度があってそれ以外の温度になると活動できなくなる」

 私の専門はエレクトロニクスだが、まるで知識がないわけじゃない。ある程度は化学、生物系統の知識も持っている。職工同士の対立を避けるためにも掛け橋的な職工は必要だ。

「燃やしちゃう?」
「それもいいかもね、けど川を熱して沸騰、蒸発させるわけにはいかないだろ?」
「じゃあどうするのよ」
「冷やせばいい、常温活動する微生物は10℃以下になるとかなり行動が制限される、それこそ」


「凍るくらいに川を冷やせば動かなくなるだろうね」


 畑の主は眉を寄せて、非難するような口調で言った。

「今は初夏よ、どうやって川を凍らせるの?」

 それもそうだった。





*********






「あんたがどこさ くまもとさ くまもとどこさ せんばさ」

 あたしは、夜遅くにだいちゃんから貸してもらった綺麗な鞠をついて練習している。

「せんばやまには たぬきがおってさ それをりょうしがてっぽでうってさ」

 遊び方が難しい、だからこっそり練習している。だけどそれ以上にヘドロに食べられた指の付け根が痛んだ。

 今までは大怪我してもすぐに治ったし、そんなにも痛くなかった。けど指の痛みは全然治まらない。

 寝れない。

 痛くて目が覚めてしまった。

 皆が寝てしまったあとでこっそりと家を抜け出てきた。最近は危ないからみんなで寝てるようにしてる。

「にてさ やいてさ くってさ それをこのはでちょいとかぶせ・・・」

 できた・・・。

「できた!」

 これで大丈夫、なんだか最近すこし頭が良くなったような気がする。今まではかくれんぼくらいしかできなかったのに。

「これでだいちゃんと遊んであげられるよね」

 ・・・・あれ?

「あれ?」

 遊んであげるのはだいちゃんの方だ、だいちゃんは物知りだからいろんなことを教えてもらってる。

 今日は数の数え方を教えてもらった。だいちゃんは大事な友達だ。

 遊んであげる、なんて、そんなつもりじゃないのに。なんでそんなこと思っちゃったんだろう?

「ごじゅう、ごじゅいち、ごじゅに、ごじゅさん」

 あれ、なんだか変だな?

 あたしは指折り数えて、折った指をまた開いて数を数えていく。指が一本ないし、痛いしで大変だ。

「・・・・きゅうじゅきゅう、ひゃく、ひゃくいち、ひゃくに・・・・」

 皆、寝てるかな。みんな疲れて眠たそうにしてたから大丈夫のはずだ。そうだ、ここで皆が居ない内にあのヘドロをやっつけておくのはどうだろう?

 大体、この指だって子分をかばって千切れちゃったんだ。皆が居ない内にやっつけた方がいい。そっちのほうが皆も危なくないし一石二鳥だろう。

 もしかしたらこの指はもう治らないのかもしれない、けっこう辛いけど、『そうじゃないかな』とは思ってた。

 皆の無事に比べれば大したことない、これでいいんだ。

 今日は月も明るいし、良く見える。あいつらは弱いからあたし一人の方がいい。皆を連れて行くのはもう止めておこうかな。

 けどそんなこと言ったら皆怒るかな。どうだろう?

「・・・・きゅうひゃくきゅうじゅうきゅう、せん、せんいち、せんに・・・・」

 それにしてもお腹が痛い、お腹が背中とひっつきそうだ。なんなんだろうこの感じ?

「・・・・やめた」

 あたしは数を数えるのを止めた、めんどくさくなった。それより何か口にしたい、そうすればお腹の痛みが治りそうだ。

「にてさ やいてさ くってさ それをこのはでちょいとかぶせ」

 匂いのする方へと進んでいくと、あった。あいつ等だ。ドロドロとしてて気味が悪い。今すぐやっつけてしまおう。

 ヘドロはあたしを見るなりゆっくり、のっそりとやってきた。よくよく見ると心底気味の悪い顔をしている。人間が言う「セイリテキにダメ」というやつだ。

 それにこいつらは皆を食べようとする敵だ。絶対に殺してやる。

「えいっ」

 あたしが手を翳して冷たい風を送り込むと、あいつらはあっさり動かなくなった。へなへなと崩れて地面に広がる。あたしはそれを踏んで動いている奴を探す。

「お、あったあった」

 わずかに身じろいで、逃げようとする破片を捕まえた。凍らせてしまうのもいいが、それだといつか溶けて逃げてしまう。

「むぐっ」

 口に入れて咀嚼して、飲み下す。ぐちぐちと口の中で跳ね回るのがうっとうしい。

「・・・ふうっ」

 それが腹に納まると、お腹の痛みが消えた。これでいい。けど正直まずい。

「まずっ」
「なら食べなければいいんじゃないの?」

 後ろを振り向くと、綺麗な女の人がいた。綺麗な金髪に白い日傘。

 確かどこかであった様な気がする。

「あ! あぁっ!・・・・えぇっと、えぇっとぉ」
「・・・・」

 しばらく、名前を思い出そうと考えている間、女の人はにこにこして待っていてくれた。

「そうだ! ゆかりだ!」
「こんばんはチルノちゃん」

 あたしは駆け寄って抱きつこうとすると、ゆかりが持ってた傘でばこんと頭を殴られた。

「なにすんのさ!」
「その汚いお手てを、まずは洗って頂戴」
「それもそうか」

 ここら辺は水が綺麗なところが多いから、そこで手を洗った。

「この辺りは、水が汚れてないのね」
「うん! あたいゆかりの約束守ったよ!」

 やっぱりあたしは嘘吐きじゃない、ちゃんと約束を守った。だからご褒美をもらってもいいはずだ。

「そう、そうなんだ、偉いわね」
「えへへへぇ」
「・・・・」

 紫は頭を撫でくれた、大人にアタマを撫でられるのは気持ちいい。指が細くって櫛で髪を解いてるみたい。

「あんなもの食べたら体に悪いわ」
「けど、食べないとあいつ等また元通りになるんだもん、仕方ないよ」
「ふぅん、そうなんだ」

 今度は水辺で遊びながら、ゆかりと話をした。水辺に月が写ってて綺麗だ。隊長になったこと、こっそり抜け出てきたこと、あたしがちゃんと約束を守っている事。

「あたいの氷がそいつに命中!」
「ふぅん、そうなの」

 あたしは腕を振って、妖怪をやっつけたときのことを話した。

 ゆかりは静かにあたしの話を聞いてくれる、たまに「うんうん」と頷いて。

「それでね、妖怪をやっつけたんだ!」
「ねぇチルノちゃん」

 せっかく気分よく喋ってたのに、紫が割り込んできた。人の話に割り込むのはよくないのに。

「なにさ、せっかくあたいが喋ってるのに」
「・・・・チルノ、貴女が私にまるで子供の様に振る舞い、私もそれを許容する。 それはもう止めましょう」
「?」
「貴女の事はずっと見ていたわ、貴女が幻想郷の小粒の意思だという確証はもうあるのよ」
「コツブのイシ?」

 ゆかりは溜息をついて「止めましょう、こんな茶番」とあたしにキツイ目を向けた。

「相応しくない、私と貴女は既に同格なのだから」

 紫はいつの間にか、水辺で遊んでいた私の目の前までやってきていた。さっきまで結構遠くにいたはずなのに。

 私の手を取って、じっと見つめた。もしかして指が無いのが気になるのかな?

「貴女は、自分達、妖精たちを守るために戦う。そう選択したのね?」
「えっ?」

 いきなりゆかりは難しそうな話を始めた。いきなり何のつもりだろう? けどなんだか、無視できない。

 ほかのことが考えらんない。

「確かに、私は貴女に約束と言う形で自衛を促したわ、けど貴女が命を懸けるかどうかは貴女だけの意思よ」
「・・・友達だもん」
「ええ、そして在ろうことか貴女は自分の生命よりも仲間を優先した、幼い妖精にとって許されない事よ」

 大人は狡い、子供相手にイキナリ難しい言葉を並べて困らせるんだ。駄菓子屋のおっちゃんにそうやっていくら巻き上げられたかわからない。

「弱者の生命に責任を持つ。家族、仲間の生活を守るために自分を犠牲にしたときから、貴女は守られるだけの弱者ではなくなった」

 ゆかりの大きな手が、わたしの欠けた手に重なった。温かくて、痛みが引いていくようだ。

「貴女が望むに関わらず、沢山の変化が貴女を襲うでしょう。心の変化、周りの対応、体の変化・・・新しい関係、敵」
「ワケわかんない・・・いきなりなんなの、ゆかり?」

 ゆかりは厳しい顔をするだけで、今迄みたいに笑ってくれない。

「自覚はなくともね、もしかしたらもう始まっているかもしれない」
「わかんないよ、何言ってるの?」
「嘘を言っては駄目よ、特に貴女が大切だと思う人に対しては。これはアドバイスの一つよ。まだ同等とは言い難いかもしれないけど、私もこの幻想郷を守りたい、時には汚い手も使うわ」

 紫が手をどけると、痛みが消えていた。

 欠けていた指がもとに戻っている。いつの間にあたしの指を生やしたんだろう?

「私にできるのはこのくらい、次に会う時は友人として」
「・・・・・」
「貴女の自己犠牲、愛するもののために我が身を削るという稀有な勇気、感動したわ」
「・・・・・」

 今のゆかりには、きっと何を言っても言い返されるだけだ。

 あたしは頭が悪いんだ。ゆかりが何を言ってるのかちっともわからない。

 けど、なんかイヤだ。何がおかしいのか分からないけど、それを口にすると嘘になっちゃう気がする。

「それが自覚よ、沈黙にも意味がある。空の器ほど鳴る、貴女の口の重さは心の重さよ。直に慣れて言葉に出来るようになるわ」

 あたしは黙ったままなのに、紫はあたしの心を読んだ。

 何、なんなの? イヤだ。

「ゆかり、悪いけどあたい、もう・・・帰らなきゃ」
「絶対に負けちゃ駄目、貴女の死は貴女を頼る者全てに責任を負っている。それを忘れないで、それが・・・」

 わからない、いきなり紫がそんなこと言い出したのか、全然わかんない。



「それが、オトナになるということよ」



 紫の話は終わった。

 だいちゃんからもらった、大切な鞠。それを掴んで逃げた。

 酷い、紫は酷い。

 なんだかイキナリ肩に何か凄く重たいものが圧し掛かったみたい。

 早く帰ろう、みんなが居るところに、今日は妖怪をやっつけたから明日はだいちゃんといっぱい遊べるはずだ。

 あれ? おかしいな? 

 そんなこと気にしなくてもいいはずなのに。あたしが頑張らなくても皆も頑張ってくれるはずだ。

 だからあたしは気にせず明日は遊んでいいはずだ。

 あれ? おかしいな?


 皆がまだ寝てる家まで大急ぎで帰った。いつもよりもうんと早く帰れた。

 迷子にもならなかった。

「・・・・ただいま」
「むにゃ・・・・なんだチルノかよ」
「ちょっとぉ、五月蠅いわよ」

 皆が被っている布団に頭を突っ込んだ。忘れよう、紫の言ってたことは忘れよう。


 大体オトナの言うことなんて全部ウソだ。


 駄菓子屋のおっちゃんも嘘ばっかりつく。

「チルノちゃん・・・・どぉしたのぉ?」
「別にっ」

 だいちゃんの胸に顔を突っ込んだ、こうしないと重たい気持ちが落ちてしまいそうだ。

「チルノちゃん、怖い夢でも見たの?」
「・・・・」

 だいちゃんはあたしの頭を抱きしめてくれた。そうだ、あたしはこうしててもいいんだ。

「ね、だいちゃん」
「何、チルノちゃん?」

 だいちゃんはいつもみたいに笑ってくれた、だいちゃんがいると安心できる。

「明日、遊びに行こうよ、どっか」
「いいよ、何処行こうか?」
「だいちゃんの好きなとこ」

 だいちゃんは「変なの」と笑っていた。

 ちょっとずつ、だいちゃんと喋る言葉も少なくなっていって、私も眠くなってきた。明日は平たい地面で鞠付をしよう。練習の成果を見せればだいちゃんもきっと驚くに違いない。


 布団から伝わるみんなの温かさで、あたしは眠りについた。







/
作者のねおです

こっそりあげてます


というわけでようやく話が始まりました。いきなりの展開で申し訳ないです。これからも「ええー・・・」という展開がテンコモリになるでしょう。

 ヘドロ妖怪についてですが、元のオリジナルはあるのですが都合よく設定をいじってあります。どうかご容赦を

 次回、ヘドロ妖怪の正体が明らかに!

 お付き合いいただきありがとうございました。

 見直してはいるのですが、誤字脱字、表現の不適切などありましたら指摘してくださるとありがたいです。 こうしたらいいと思うなど、思ったことなどお気軽にコメントください。

では)ノシ
ねお
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しかしチルノにイヤなフラグが…
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誤字報告
下手に支持できないのよ。
指示

正直、守矢一家に語らせすぎだと思いました。
あれでどういうストーリー展開をするか容易に予想出来ます。
後、2、3話で終わるならいいですけど、そうでないならネタバレが早いです。
今後も純粋にチルノメインで話が進んで欲しいです。都合良く、魔理沙や紫、幽香が手助け、解決するのは勘弁です。
7.90愚迂多良童子削除
発電所も止めてるってことは核は関係ないのか・・・いや、あるのか?
ベトベターだと思ったらイエローテンパランスだった。なにを(ry
12.100名前が無い程度の能力削除
非常に続きが気になります
14.無評価名前が無い程度の能力削除
女=変質したチルノ?
15.90筑紫削除
面白かったです。
途中で入った霊夢たちの話も、続きを色々考えながら読めました。
次回も楽しみに待っています。
16.100名前が無い程度の能力削除
とても面白いです
今回までの描写から予想するとヘドロ妖怪の元ネタはゴジラシリーズにでてきたアイツ・・・?
19.無評価ねお削除
誤字の訂正をいたしました。ご指摘ありがとうございます。

色々な憶測が飛び交い、非常に嬉しく思います。これからもお付き合いいただければ幸いです。