Coolier - 新生・東方創想話

ふたりのしあわせ

2012/05/12 18:01:22
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 博麗霊夢が病に倒れたと聞いたのは二日前のことだった。永琳の見立てでは、治療は不可能。後は死を待つしかない、らしい。霊夢はあっさりとそれに納得して、周りの者たちばかりが慌てふためいた。魔理沙は泣き喚いて永琳に縋り付いた。あんまりに無様な光景であったけれど、紫も、誰も、彼女を咎めはしなかったし、無様だと笑いもしなかった。皆、悲しみに塗れていた。
 ここで不自然なのが、霊夢だ。何故彼女は自らの死にまで無関心を貫いていられるのか。死が恐ろしくないのか、と。魔理沙だけじゃなく、皆が聞いた。「人間だもの、いつか死ぬ」と、これもまたあっさりと霊夢が答える。いっそうそれが、彼女の憐れさを引き立たせたようで、見舞いに訪れた者たちは、皆目に涙を浮かべるか、そうでなくても明るい顔立ちで境内を降りる者はいなかった。

 私と霊夢が幻想郷で始めて邂逅してから四年が過ぎていた。














 「泣いてはくれないのね」



 布団を胸まで被せて、天井を眺めていた彼女の傍に寄って、まず言われたのがそれだった。

「泣いて欲しいの」
「ううん。鬱陶しいからいい」
「私も、涙を流すほど子供じゃないわ」

 はあ、とため息をつく。病に冒されても、霊夢は霊夢だった。何事にも冷めている。それはきっと、私も。一応、儀礼的には聞いておくことにする。

 「死ぬのは、怖くないの」

 もう彼女だって何度も問われたであろう問いだ。彼女の口元がうっすらと歪む。貴方もそんなことを聞くのね、とでも言いたげに、くくっと笑っていた。
 「何それ、流行ってるの」
 「こんな言葉が流行っているなら、きっと幻想郷は墓場よりもじめじめしてるわ」
 「それも、そうね」
 あーあ。と言いながら笑っている。きっと魔理沙が泣きすぎたのだろう。それから、他の人妖たちも、霊夢に聞いたに違いない。間違いなく霊夢は、こういった問答を愉しんでいた。それに気が付いていたから私だって、同情も何も無く彼女に問えたのだけれど。でなければ、余りに酷だ。

 「死ぬのは、そうね、怖いわ。けれど、先が知れてる」
 「そうでは無くて、何か心残りは無いの」
 「アリス。アンタは私が亡霊になるとでも思っているの」
 「いいえ、これっぽっちも」

 霊夢に心残りなどあるわけが無かった。それだけの隙を持ち合わせている女でもなかったし、何より、彼女にそれだけの心を寄せるものがあったとは思えない。彼女はいつだって踏み込まない。ある程度の距離をとって、中立という立場を取り続ける必要があったから。
 けれど、誰からも心を寄せられていた。その理由ははっきりとわかる。彼女の、利己というものが決して他の者に見せられることが無かったから。自らの醜さを、はっきりと自覚させてくれる対象であったから。それ故、誰にも心を寄せない彼女は、頼られる存在足りえたのだ。
 「心残りは、無いと思う。跡継ぎも紫が何処かから見つけてくるだろうし」
 「やりたいこととかは」
 「元々、そんなものなかったもの。神社でぼうっとしていたら充分」
 「空っぽね」
 「ええ、空っぽ。判ってたでしょ」
 「本当に、そうなの」
 「そうでなくてはならないの」
 「なら、本当の貴方は」
 意味のない問いを、彼女に投げかける。蝉がみんみんと鳴いていた。滝のように止まらない音たち。けれど、私と霊夢の間に横たわるのは、間違いなく停滞だった。やかましくて、せき立てるような彼らの声とは真逆だった。いずれ――いいや、今でさえ、命はまっすぐに終わりへと向かって走っていくのだ。だというのに、慌てて取り乱して、残された時間を無駄にすることの方が余程愚かしいことに思える。きっとそれは、霊夢も思っているのだろう。使命だけでは説明できない。あんまりに冷ややかな顔。それは、その裏に隠されたかなしさに、おそろしさに震える心に、それから、強すぎる覚悟によって支えられていたのだと、思う。

 「本当の私は、私。博麗霊夢。それ以外じゃないの」
 「そうね。きっと、そう」

 貴方は、不器用だから。言葉の最後にそれを添えるのを留まったのは、間違いなく悟ってしまったからだった。笑って見せたのだ。霊夢は。かなしそうに、何も得ることの出来ない、死産していく赤ん坊が浮かべるのかもしれない、あんまりにかなしそうな笑顔で、私を見ていたから。彼女自身が、判っているのだと。

 彼女は、自分を形作る『博麗霊夢』と戦って、そうして、負けてしまったのだと。
 そうして、辛うじて息絶えなかったその意識を、必死に、私の前に晒しているのだと。
 たった、今。アリス・マーガトロイドの目の前にいるのは、何もかもを得ることの出来なかった、ただの憐れさそのものであるのだ、と。

 私は黙って、息を呑むしかなかった。人間であるはずの彼女は、間違いなく妖怪やらよりもはるかに明確な、かなしみそのものであったのだ。そうであるならば、いっそう、私は彼女の覚悟に付き添う他ないのだろう。あんまりにも残酷な停滞だ。けれども何よりも雄弁な停滞でもある。
 霊夢は躯を起こして茶を催促する。いつもは人形に用意させるのだけれど、今は席を立った。霊夢の顔を見ているのが辛かった。台所へ向かう。要するに私は、冷静なフリをしていた愚か者で、それをした覚悟を貫き通せもしない情けない女だった。彼女の、最期の彼女のかなしみとやさしさをこんな風に覗き見てしまうなんて。そうなのだ。霊夢だって人間なのだ。そんなことは判っている。それでも辛いのは、霊夢が消えてしまわないと信じている自分が、確かにいるからだった。彼女のことをわかったつもりで、結局は『博麗霊夢』に縋る弱い自分を知っているからだった。何も手に入れていないのは、私も同じだった。湯が沸いた。急須に注ぐ。霊夢に塩の味を悟られないように、ハンカチで目元を拭いた。冷静な顔を作るよりも、嘘くさい笑顔を作る方が余程簡単なのだと知っていたから、そのまま固めて霊夢の下に戻る。彼女は、何も言わずに茶碗を受け取った。彼女が飲み始めてから少しして、私も啜った。けれども何故だろう。気をつけたはずの塩の味が、確かにしたような、そんな気がした。














 冬になって、博麗霊夢は死んだ。
 魔理沙は、霊夢が死ぬ前の数倍、泣いた。無様に泣いた。
 魔理沙だけでない。他の人間も妖怪も、泣いていた。
 小さな鬼は喚きながら延々と酒を飲んでいた。どれだけ飲み続けても酒の消えない瓢箪がいっそう憐れさを醸し出していた。悼みの叫びはまるで、経の代わりとでも言うようだ。
 紅魔館の名代として来た咲夜は、泣きこそしなかったが、大切な何かを喪ったかのような、そんな顔をしていた。「変わり者は、こうして死んでいく」。そうぼそりと呟いたのを聞いてしまった。けれども、言葉にこもるのは侮蔑では決して無い。彼女は、時を操るといえ人間で、孤独なのだ。こうしてまた一つ、救いの形をしたものが消えてしまったのだと、言外に滲ませていた。
 そうして賢者も、泣いていた。こちらは静かに、一筋の涙を霊夢の頬に零していた。妖怪らしくもない優しさを、人間の少女のために捧げていた。まるで聖者のような、あんまりに似合わない愚。

 あまりに早すぎる死だと、誰かが言った。

 けれどそれは、博麗霊夢の死を嘆くことは、何よりも残酷な悪なのだと、今の私は、思う。
 何も叶えることのできなかった、一人の少女の涙を見たのは、葉が赤く染まって、暫く後のこと。













 「魔理沙に言われたの」

 そう、ぼうっとした目つきで口を開く霊夢。何事かと、手元の小説から顔を上げた私に、彼女は扱けた頬や細くなった頸を震わせながら、言った。思えばそれが、『博麗霊夢』でない彼女の、たったひとつの叫びだったのだ。からからと落ち葉たちが音を立てて、ふたりぼっちを強調していた。
 「なんて」
 「アリスみたいに、妖怪になる道はないのかって」
 「……あの子も、馬鹿ね。霊夢は、博麗の巫女なのに」
 霊夢は、博麗の巫女なのだ。妖怪側に寄ることは赦されない。まして、生き永らえるためだなんて。人間が、幻想郷が望むのはあくまでも霊夢が『博麗霊夢』として死ぬこと。美しく死ぬこと。魔理沙だって、そんなことが分かっていないはずが無い。けれども、あんまりに幼い人間だった。少なくとも、友人の死を嘆いてしまうくらいには。
 「そうね、私は、博麗の巫女」
 霊夢は言った。呟いた。至って、普通に。普通のはずだった。けれどもどうしてだろう。私は、その言葉の端に、なんとなく、寂しさのような、かなしさのような何かを、けれども感じた。

 「ねえ、アリス」

 私を呼ぶ、霊夢。

 「殺して」

 そう言った。霊夢は確かに、私にそう請うた。

 「妖怪らしく、私を殺して」
 「どうして」
 「私が、博麗霊夢だから」


 何一つ変わらない表情。声色。けれど、苦しそうだった。目の前の女の小さな心臓が、この世界の全てから押し潰されようとしていると言われても不思議じゃなかった。風で枯葉が割れる音が聞こえる。今にも降ってきそうに、どんよりと曇る空。私は必死に言葉の真意を探っていた。答えあぐねて彼女を見つめる。すると、これまでの冷静が嘘みたいに、霊夢は口を切る。


 「どうして、私は妖怪になってはいけないの。答えは判っている。私が博麗の巫女だから。そうなの。私、博麗の巫女なの。歴代でも飛びぬけて才能があるんですって。ええ、そう。いつだって、そう。人間だって、妖怪だって、皆『博麗の巫女』が大切なの。『博麗霊夢』が全てなの。皆を守る『博麗霊夢』。いつだって公平な、『博麗霊夢』。死ぬまで、ずっと。全く愚かしいわ。人間も妖怪も、『博麗霊夢』を夢見てる。信仰してる! けれど、どうだろう。『博麗霊夢』が妖怪になったら、自殺したら、ヒトを殺したら――。きっと私、頭がおかしくなってるのね。でもね、ひとりぼっちで眠れない、息苦しい夜にね、こんなことを考えていたら、私、初めて生きているって感じたの」

 言い切った。息を荒げて、咳をして。

 復讐だった。

 かつて、『博麗霊夢』だった、否、『博麗霊夢』を演じていた、たった一人の女の子。
 何処にも存在を赦されず、その力故に、孤独だった、女の子。
 『博麗霊夢』への復讐。これまで、現すことの出来なかった、怒り、悲しみ。それら全てが、私の前で爆発した。それは、霊夢の弱さそのものだった。私ですら、忘れていた、知らなかった――当たり前のことなのだ。霊夢はまだ、少女だと言うこと。

 「誰も私のことを見てくれない。皆が見ているのは、『博麗霊夢』。私じゃない。なら、私は何処」

 目の前にいるのは、悲痛な叫びを外に出すかわいそうな女の子だ。
 なのにどうしてだろう。
 喜びを感じた。


 背徳の裏にあるのは、恍惚だった。

 霊夢の、強い女の子だった霊夢の、弱さを知った。誰も知らない、霊夢。
 霊夢はいつだって負けていた。負け続けていた。他でもない『博麗霊夢』の仮面に。それでも、逃げることなく、立ち向かい続けていた。けれどももう、それも終わり。

 「アンタだって、そうなんでしょう。必要なのは、『博麗霊夢』。そうでしょ。だから、殺してよ。アンタに必要な誰かはもういないんだから、私だって、もう、いらないでしょ」

 自らを嘲るように、笑いながら、霊夢ははっきりと、殺してくれと言った。涙を拭く様子も無い。博麗の巫女は使命をかなぐり捨てて、妖怪の前に弱さの全てを晒していた。強すぎる覚悟は、今更不要な物だと知ってしまった、頬の扱けた泣き顔。その涙が塩の味がするとは、どうしても思えない。――鉄の味だろう。私はそう思う。傷付き切った霊夢の心から流れる、血の味だ。

 「本当の私は、『博麗霊夢』なんかじゃない。ただの、霊夢」

 背筋が震えた。間違いなく、恐怖であり、悲しみであり、喜びのそれだった。
 霊夢が『博麗霊夢』を捨てると言うのなら、この幻想郷の、たった一つの正義を葬り去ると言うのなら、赦されないことなんてあるだろうか。無い。赦されないことなんて無い。有るとするならば、それは今この欲望に従わないで、浅ましくも『アリス・マーガトロイド』を演じ続けようとする私の理性そのものだ。

 不意に、唇を奪った。

 「……え」

 呆ける霊夢。

 「何」
 「キス。ベーゼ。或いは、接吻」
 「そうじゃなくて、どうして」
 「好きだから」
 「え」
 「貴方が好きだからよ、霊夢」


 溢れ出る情動が嘘みたいに、すとんすとんと言葉は出た。自分で思ったよりも、頭の中は冷静だった。何よりも必要なのは、たったひとりの、弱い女の子なのだと、私の中で誰かが告げていた。『博麗霊夢』じゃない。たったひとりの、女の子。

 雨が降り出していた。ざあざあと、屋根に当たってやかましい音を立てていた。怨嗟だろうか。それとも、怒りだろうか。妖怪が、たった一人の妖怪が、この幻想郷の神秘を汚して、独り占めしようとしていることへの。――それも、構わない。たった一時の情動が愛情や優しさを模るというのなら、それこそ嘘なのだ。アリス・マーガトロイドの狡猾な心根は、ずっと前からこの女を絡めとろうとしていたのだから、嘘であるはずが無い。
 誰とも、必要以上に関わろうとしないのは、私も同じで、信条だった。それは、喪うのが怖いから。そうしてひとりになって、なんとなしの孤独に浸って、そうして見つけたのが、霊夢。ひとりぼっちで、けれども自らの責任のために耐え続けている女の子。飢えた私の心が、同類を求めない筈が無い。気が付けば霊夢は大切な存在になっていた。喪うのが耐えられないほど、大切に。


 「私の物になって」
 「どういうこと」
 「死なないで、私のものになって。妖怪でも、なんでもいい。私には、貴方が必要なの」
 「嘘よ」
 「嘘じゃない」
 「だって私は、もう博麗の巫女なんてうんざりなの。ただの霊夢でいたいの」
 「ただの霊夢でいいの。私には、それだけあればいい」

 それが、本心だった。少なくとも、孤独を恐れる妖怪の。

 「本当に」霊夢は問う。目の前の妖怪に問う。「本当」。だから、貴方のことを殺してはやらない。一緒に生きてもらう。私がひとりにならないように。貴方のひとりを癒すために。ひとりのかなしみはいつまでもかなしみのままだけれど、二人でいればそれがあることにも気が付かないで済むのだと、いつだったか知ったのを覚えている。それは間違いなく霊夢に教えてもらったもので、これから霊夢に教えなければならないことなのだ。
 霊夢は泣いた。延々と泣いた。やせ細った躯の何処から、そんな声が出るのだろうと思うほど、大きな声で泣いた。私には、霊夢が必要なのだ。例え彼女が『博麗霊夢』を捨てたとしても、それで彼女が生きていけると言うのなら、それで良い。
 霊夢。喪えば必ず、悲しみに変わるだろう強くて弱い人間。アリスという妖怪の心を平静に保つには、喪わないことが必要なのだと知っていた。それが理に反することであったとしても、博麗の巫女を信仰する誰かから恨まれることになったとしても。私は、一人にはなりたくない。

















 「馬鹿なことをしたものね」
 「貴方だってわかっていたでしょう。泣いてまで見せるなんて、相当な役者ね」
 「悲しかったのよ。本当に」

 まさか、あの子が人間をやめてしまうほど、追い詰められていたと気が付かなかったなんて。
 目の前の賢者はふふと笑った。私も情けないものね。そう言って。

 「きっとひとりぼっちの悲しみも、擦り切れてしまったのよ。私は、ね」

 だから、どうしようもなく羨ましい。
 紫は紅茶を飲みながら、何かを思い出しているようだった。かつて、手に入れられなかった何かを。賢者と言えども、愚かで貪欲な妖怪だったのだと、その目は言外に語っている。

 「霊夢、いるんでしょう」

 そう紫が呼びかけると、扉を開けて霊夢が顔を出した。
 何を言おうか戸惑いながらも、けれども何かを言わなければと、頭の中で考えているらしい。見かねた紫が「落ち着きなさいな」と言うと、やっと深呼吸をして、言葉を紡ぎだした。

 「ごめん」
 「貴方が、博麗の巫女として死ななかったこと」
 「そう」
 「どうして謝るの」

 だって、と霊夢が続けようとする。それを紫は手で遮った。

 「死が美徳なんて、そんなものは嘘よ。きっと、きっとね。死んでしまうより、生き続けることの方がずっと難しいことなの。貴方が妖怪として生きていくこれからは、きっととても辛くて、耐え難いものよ。大切なものをたくさん喪っていく。魔理沙も、咲夜も、他の妖怪たちだって、もしかしたなら貴方よりも先に死んでしまうかもしれない。貴方は、それをずっと目の当たりにして、生きていくの。それはとても、かなしいこと」

 紫の目に溜まるのは、紛れもない優しさだった。妖怪が持つには余りに暖かすぎる、愛情じみた何かだった。それが一筋流れ落ちたとき、やっと気が付いた。彼女は霊夢に言っているのではない。否、霊夢だけに言っているのではない。彼女がこれまで喪ってきた、死んでしまった誰かに、伝えられなかった優しさを、こうして言葉にしているのだ。

 「死ぬはずだった貴方が、妖怪として生きるのは確かに浅ましいことなのかもしれない。博麗の巫女を信仰していた誰かの心を裏切るものなのかもしれない。けれども、貴方は生きるということを選んだ。なら、それにどんな間違いがあると言うの。何もない、何もないのよ。霊夢。貴方が生きていることに、間違いなんて、何も。何をしたっていい。復讐でも、何でも。だって、『博麗霊夢』は確かに死んでしまったんですもの。貴方を今更縛るものは、何もないわ」



 誰かのために生きることは出来ないのだと、思った。
 私は、私のために霊夢を生かした。妖怪にしてまで。
 霊夢は、霊夢のために博麗の巫女を捨てて、妖怪として生きている。
 紫ですら、自らの後悔を晴らすために、霊夢を利用しているのだ。
 けれども、そうであってもそれは、醜いものなのだろうか。違うと思う。例えそれが浅ましいエゴであっても、優しさの形を、ぬくもりの形を取っているのなら、それは間違いなく優しさなのだ。

 「ありがとう」

 霊夢だって、悲しみでない涙を流している。それは、私が『死んで燃やされるはずの霊夢と入れ替えた人形』には流せない涙だった。本物の霊夢は、ここにしかいない。優しさも喜びも何もかも、ここにしかないのだ。だから、私は後悔していない。霊夢が悲しまないでいられるなら。



 「これから、どうするの」
 「暫くは二人でこの家にいるつもり。幸いここは人気も少ないし、客もそう来ないから」
 「魔理沙たちには言わないの」
 「ええ、暫くは。その後は、判らないわ」
 「そう」

 紫はそれだけ聞いて、帰っていった。またいつか来てくれるのだろうか。少なくとも、彼女は強くて、大きな理解者であることは間違いなかった。
 霊夢も袖で涙を拭いていた。かつて、巫女服を着ていた彼女は、今は洋服を身に纏っている。可愛らしさもそうだが、何より、笑顔が似合うようになった。なぜなら、何物にも心を寄せない『博麗霊夢』は、私の人形とともに燃えてしまったのだから。今の彼女は、ただの少女だ。

 「アリスも、一人が怖かったのね」
 「ええ」
 「私も、怖かったよ」
 「わかってる」

 弱さを見せてくれてありがとう。そう言ってやりたかった。
 あの時感じた恍惚は、きっと、自分だけが弱いわけじゃないと、知ったが故の恍惚だったのだ。本当に、霊夢が同類なのだと、知ったが故の感情。だからその救いのお返しに、私は彼女の中の強すぎる『博麗霊夢』を、すっぱりと殺したのだと思う。だから、私も霊夢も、もう自由なのだ。


 「ありがとう、アリス」


 霊夢が、花の咲いたような笑顔で、言った。
 私も、笑っていた。果たして、嘘くさい笑顔だろうか。はたまた、冷静な顔だろうか。違うだろう。だって私は、今こんなにも嬉しい。だから、本当に笑っているに違いない。
 ぎゅ――っと、霊夢を抱き締めた。私の背中に回った霊夢の腕が、本当に温かかった。何処にも霊夢が逃げないように。何処にも幸せが、逃げないように、願いながら、強く、強く。
 そう願うのが、孤独を恐れる心なのだと、判っている。自分のためだと、判っている。
 けれども、例え、自分のために誰かを求めているのだろうと、今私と霊夢の間にあるのは、間違いなく幸せなのだと。二人が、それで充たされているのだと、信じることが、何よりの今の幸せなのだと。そう信じることができるだけの強さを、今ならこの手に持っているのだと信じられる気がした。
どうも、カルマです。今回も、色々と実験的な作品です。
前作でも言ったとおり、短いの書いてみました。バッドエンドにしようと思っていましたが、何か納得できないところがあったので、このような形になりました。読んで頂けたら幸いです。
カルマ
https://twitter.com/#!/ark11karma
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コメント



0.2890簡易評価
1.80奇声を発する(ry in レイアリLOVE!削除
最後はどうなるのだろうと思っていましたが、
良い終わり方で良かったです。
7.90名前が無い程度の能力削除
霊夢死んだのかと思ったら、二人とも幸せそうで安心した。
15.100名前が無い程度の能力削除
好き
17.100名前が無い程度の能力削除
レイアリの魅力が濃縮された作品だと思いました。
19.90名前が無い程度の能力削除
そんなにすぐ手の届くところに延命の方法があると妖怪が増えちゃいそうだね
21.100名前が無い程度の能力削除
見た目句読点が多いかな、と思いきや読めば読むほどキャラクターの言葉が聞こえてきて全く気にならなくなった。
静かで淡々とした文章の中にまざまざと感情の動きが見て取れて、まるでひとつの舞台を見ているような。
いやぁ素晴らしい。
23.100名前が無い程度の能力削除
うん、とても良かった。
静かで幸せな日々が長く続くことを、祈らざるを得ないレイアリでした。
26.100名前が無い程度の能力削除
霊夢とアリスは似てるってよく言われますからなぁ…
だからこそ、かも。
30.100魅入る程度の能力削除
こういう解釈もあるのだなと思いました。
個人的には霊夢は素で超越者な気がしてます。
31.100名前が無い程度の能力削除
Good
35.90名前が無い程度の能力削除
東方の二次創作界では人間として死を迎えることが、理由もなく最上の美徳とされがちな風潮がありますが、実際のところは本人がどう判断するかなんですよね。
我々と違い幻想郷にあっては、生も死も選択できるわけですから。
カビ臭い英雄じみた紛い物のような所謂人間らしい死ではなく、孤独を恐れる本当の意味での人間らしさが出ていて良かったと思います。
42.100名前が無い程度の能力削除
良かった
どう言われようと生きる道があるなら生きていてほしい
46.100名前が無い程度の能力削除
この終わり方は私の追い求めるレイアリの理想型であった。
47.100名前が無い程度の能力削除
なんで東方って人間キャラが普通に死ぬのが美徳とされるんだろうね
咲夜のセリフからかな?
あの世界では妖怪も人間もそんなに大きな差とは思えないけど
そう言えば紫のテーマは「ネクロファンタジア」だったなあとふと思った
61.100非現実世界に棲む者削除
この作品を前に読もうとしたら序文で「ああ、これは寿命ネタだな」と思って今まで避けてきましたけど、今になって思い切って読んでみました。
そしたらこんなにも素晴らしい作品だったのかと今更ながらに感動しました。
霊夢、アリス、末永くお幸せに!
63.100絶望を司る程度の能力削除
別に本人達が幸せならわざわざ人間としての死を選ばなくても良いと思う。
つまりなにが言いたいかというと、もう最高です。
78.100Yuya削除
レイアリのいちゃいちゃ目当てで読みに来たけど、それ以上に霊夢の心情を吐露する描写が素晴らしかった
79.100ひとなつ削除
文章も綺麗で読みやすく、展開も好きでした。
霊夢とアリスは似ている、と言われますがまったくその通りだと思います。博麗の巫女が妖怪になるって考えられなかったので、あまりラストが受け入れがたいですが良かったです。