Coolier - 新生・東方創想話

厄神さまはキュウリが嫌い

2012/05/10 19:52:41
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ナズーリンシリーズです。
公式設定本【東方求聞口授】が出て色々慌てておりますが、自分勝手設定を貫く所存です。
微変態、とっちらかり、長すぎる、この辺りをご容赦いただけましたらご覧ください。





河城にとりの目に映ったのは見知らぬ模様の天井だった。

「ここは……どこ?」

誰にともなくつぶやく。

「永遠亭だよ」

聞こえてきたのは馴染みのある声。

にとりは声の聞こえる方に頭を傾ける。
古い友人、犬走椛がいた。
切れ長の目、すっきりとした鼻梁、薄い唇。
度々【美少年】に間違えられる端整な面だが、今はいつもの艶と張りが半分以下だった。
随分とお疲れのご様子だ。

にとりは布団から半身を起こし、未だボンヤリしている頭を左右に振り、目玉をぐるぐる動かしながら記憶を手繰り寄せてみる。

「ねぇ椛、ワタシ、どうなっちゃたのかな?」



新開発の【厄除けスーツ】をまとって、厄神さま=鍵山雛に近づいたところまでは覚えている。

『ほーら、このとーり、だいじょうぶでしょー?』

厄神さまにそう言ったはずだが、その後のことは記憶にない。

白狼天狗は軽くタメ息、そして少し間をとってから告げた。

「にとりは厄神さまに話しかけてからすぐに倒れたんだよ」

(すぐに倒れた? ……うーん、そっか、そういうことだったんだ……)

ようやく分かってきた。

(そっか、【厄除けスーツ】ダメだったんだな。
ワタシ、厄にやられちゃったのか。
厚手のビニール地の下に吸着用の炭素繊維を仕込んでおいたからうまくいくと思ったんだけどな……
防げなかったのか……厄は通っちゃったんだ)

倒れた自分を永遠亭まで運んでくれたのは椛なのだろう。
ちょっと疲れ気味に見えるのは、厄に犯された自分の体に触れたからなのだろうか。

「椛が運んでくれたんでしょ? ワタシに触って大丈夫だったの?」

心配顔のにとりに椛が答える。

「私も途方にくれていたんだよ。
そうしていたら、たまたま射命丸さまが通りかかってね。
にとりの体に張り付いていた厄を羽団扇の一振りで吹き飛ばしてくれたんだ」

「へー、厄を吹き飛ばす風かぁ。
さすがは【風の三郎ヶ岳】の筆頭天狗、射命丸さまだね。
ふーん、そうだったのかぁ」

新聞記者として振る舞うときの射命丸文はとても低姿勢。
取材対象には媚びへつらうようにも見える。
しかし、幻想郷最速を誇り、自由に風を操る能力の保持者であり、実は天狗の中でもかなり高位の存在。
なのに本人はその地位に全く関心を示さず、奔放な振る舞い。
それでも、山の総責任者である天魔の懐刀と言われている。
この捉えどころのない風神少女のこと、山の妖怪たちは、皆、一目置いている。


(椛ってば【射命丸さま】だってさ)

二人が付き合っていることは結構バレバレなのに、あくまで世間体を気にする椛がちょっと可愛い。

射命丸文が、たまたま通りかかったなんて都合が良すぎる。
きっと椛に頼まれて予め近くで待機してくれていたのだろう。  
だとしたら、この白狼は端から失敗すると踏んでいたのか。
いや、何事にも備えを怠らない慎重な彼女が万が一を考慮してくれたのだ。
悪く考えるべきではないのに、まだショックが残っているのか前向きな思考ができないエンジニア。



「入りますよ」

襖越しに声がかかる。
一拍置いて入ってきたのは八意永琳。
独特の色使いのロングドレスはメリハリの利いた盆急馬なプロポーションを隠しきれていない。
知性に満ちた瞳は賢人のそれであるが、口元に浮かべた笑みは【慈】か【嘲】か分かりづらい。
なんとも掴みどころがなく、別世界の住人の様だ。

「体に染み込んだ厄はほとんど取り除いたけど、もう少し寝ていて。
念のため今夜は泊まっていきなさい」

医者に言われ、素直に横になるにとり。

「迅速な対応が功を奏したのよ。 
お友達にうんと感謝しなさいね。
ヒトでも妖でも他人のためにあんなに真剣になれるモノは希だわ」

その言葉に改めて友人を見上げる河童の娘。

横を向いてしまった白狼天狗。

きっと自分を抱え、必死の形相で永遠亭に駆け込んだのだろう。

この美少年風天狗、饒舌ではないが、じっくり話し込めば深長な知性と清涼な感性が滲み出てくる。
意外にシャレも通じて愉快な一面もある。
ぶっきらぼうにも見えるが、信じたことにはとってもひたむき、そしてここ一番では泣きたくなっちゃうほど優しくて熱い。
だからこそ誰よりも深くその心根に触れてしまったあの鴉天狗は、ゾッコンのベタ惚れ、メロメロになってしまったのだし。


「椛、ありがとね」

横を向いたままの椛は、左の眉をピクっと上げただけ。

「うん」

返事もそれだけ。


お大事に、と言って医者は退出してしまった。 
再び二人きりの空間。

「もう一眠りしたらもっと楽になるよ」

そう言ってにとりの額に手を当てる。

「ふあー、椛の掌、冷たくて気持ちいいよー」

「そう?」

普段はほとんど変わらない表情が、柔らかく崩れたように見えた。
疲労困憊の美少年が自分のためだけに無理をして笑顔を作ってくれている。
そんなふうに錯覚してしまう。

(うおー! 椛、コイツ、かっけー! 惚れちゃうぞー! 
……なんちゃってね)

ホントこんなイイ奴、滅多にいない。
種族を超えて生涯の友誼を結べるモノはそうはいない。
コイツに出会えて良かった。





「八意先生ありがとうございました」

犬走椛は永遠亭の外玄関まで見送りに来てくれた永琳に頭を下げる。

「最近暇なのよ、医者が暇って良いことなんでしょうけどね」

礼の言葉に対してはピントの外れた返答。
素性不明で危険なほど妖艶な医者は度々こんなズレた受け答えをする。
そのことを伝え聞いている椛はあまり気にせずにそのまま辞去しようと踵を返した。
返したその先に人影を見つけてしまった。

二十間(40m弱)ほど先に鍵山雛がいた。

今回の元凶、いや、元凶といっては失礼極まりない。
にとりが勝手に挑んで勝手に倒れたことなのだし。
自分のせいで傷ついた河童の娘を気遣ってここまでやってきたのだろう。
そして長い時間、外で待っていたのだろう。

派手な装束の厄神さまが心配そうに様子をうかがっているのを見た椛。

「厄神さまー! にとりは大事ありません!
明日には元気になっているでしょー!」

大きな声で告げ、軽くお辞儀をした。
鍵山雛の口元が少し緩む。
少し肩を下げ、安堵の表情。



「あら、貴方が噂の厄神さまね?」

雛に気がついた永琳が、すたすたと近付いていく。

「私に近寄ってはいけません! 厄に犯されます!」

慌てる元雛人形。

「私はこの星の厄には無縁ですからね」

せっかくの忠告にもまったく頓着せず、更に接近する。

椛にもこの不思議な薬師が秘めているであろう膨大な力は感じ取れる。
だが、その力の源は見極められない。
単なる妖力や魔力ではない、としか分からない。
それでもきっと、厄神が集める厄ぐらいなら、醤油をかけてパクパク食べてケロリとしていそうだ。

「厄神さま、ちょっと診てあげましょうか?」

そう言って小さく華奢な手を掴む。

「い、いえ、結構です、どこも悪いところはありませんから」

本能的な恐怖から後退る流し雛の軍団長。

「そんな遠慮なさらず。
顔が真っ白よ、それに体温も随分と低いわ」

「わ、私、元は人形ですからこれが普通なんです!」

「暇なのよ、タダで診てあげるから」

診療の押し売りってのもなんだか怖いものがある。
しかし、この押し問答の結末はすでに見えている。
雛は押し切られるだろう。
あらゆる面のウエイトが違いすぎる。

止めに入ろうかと一瞬考えた椛だが、『アナタもついでに』と言われそうだ。

今日は肌をさらしたくない。
昨夜の情事の証、小さな鬱血痕(いわゆるキスマーク)が無数にあるから。

「八意先生、厄神さま、私は仕事に戻らなければなりませんので失礼いたします」

心の中で厄神さまに手を合わせつつ、返事も聞かずに永遠亭をあとにした。





一人になったにとりはここ数日のことを回想してみる。

にとりはなんとか鍵山雛に近寄るための手段を考えていた。

厄神さま、鍵山雛は妖怪の山を流れる川を主な仕事場としている。
中流から下流にかけて川の上空でくるくると回って流水に含まれた厄を綿菓子のように絡め取る。
大体は山で一番大きな川に居るが、厄の量によっては細い支流や他の場所に出向くこともある。
空が明るくなった頃からゆっくりくるくると回り、日が沈む頃にどこへともなく去って行く。

豪奢で華美なドレスを着ているが、薄緑色で艶のある髪、優しい顔立ち、そして清楚な振る舞いが彼女の雰囲気をとても上品なものにしていた。
川をいつも綺麗にしてくれている綺麗な神さま。
河童をはじめとする水妖の間では鍵山雛はトップアイドルだった。
【えんがちょ】なんて呼ぶのは口の悪い一部の人妖だけだった。

だが、常に厄をまとった彼女に近づくことは容易ではない。
妖怪たちは遠くから大きな声で呼びかけるだけ。

『厄神さまー! こんにちわー!』

『鍵山さまー! おつかれさまでーす!』

声をかけるといつも優しく微笑みながら手を振ってくれる。
その仕草がとても愛らしいので、挨拶を返された方は幸せな気持ちになる。


きっかけは仲間内の度胸試しのようなものだった。
誰が厄神さまと仲良くなれるか、それはどこまで厄に耐えて近づけるかということ。
何人かが厄神さまの制止も省みずに近づき具合が悪くなった。

にとりは無策ではなかった。

(要は厄を何とかすれば良いんだよね)

【厄除けスーツ】を作りはじめ、そのことを将棋敵の犬走椛に得々と語った。
聞いていた椛は片方の眉を一瞬だけあげた。

『それはすごいね、私もにとりの勇姿を見に行こうかな』

『いいとも! 是非見に来ておくれよ!』

今思えば万事に慎重な友人はあの時から備えを考えてくれていたのだろう。



(次の手を考えなきゃね)

一度や二度の失敗なんて文字通り屁のカッパだ。
チャレンジャーにとりはあきらめるつもりなど微塵もない。
だがとりあえず今は眠ることにした。





翌朝、簡単な問診だけで退院の許可を得たにとりは自分の工房に向かった。
治療費は支払い済み、とのこと。
また椛に借りを作ってしまった。

髪の毛をいつものツインテに結わえる。
これでエンジニア河城にとりが【スイッチオン】になる。

工房の中を片付けながら今後のことを考えた。

(次の手といっても、【厄除けスーツ】の改良かなぁ。
うーん、なにか違う面から考え直した方が良いのかなぁ)

厄神さまのことは優先したいが、他に頼まれている仕事もこなさなければならない。
一番の大仕事は霧雨魔理沙から頼まれている星成分の制御アイテムだ。
魔理沙の星屑系魔法を強化するために大気中の星成分を集散させるアイテム。
もうじき完成する【八望手纏】(はちぼうたまき)と命名した腕輪は擬似的な魔導力を通じて正常に作動した。
魔法動力の補助があればにとりでも星成分を集められることが確認できた。
あとはオーバーフローしたときのシャットダウンの動作確認と魔理沙自身の魔力とのマッチングを詰めるだけだ。

その他、頼まれている仕事は細かいものがいくつか。
そのうちの一つが工房の隅に置いてあるバカでかい鍋。
直径五尺(約150cm)の中華鍋、重量も半端ではない。
曲面の打ち出しにいささか苦労した。

(この鍋、ダンナが今日あたり引取りに来るよね、うん、多分)

エンジニアがボンヤリと予想していると、工房の戸を叩く音がした。

「おーい、親方ー、いるかーい?」

少女のような声にも拘らず、男衆の如き問いかけ。

(ほーら当たった、ダンナだよ、仕上げといて良かったー)

「はいはーい、いるよー!  どーぞー」

戸を開けて入ってきたのは小柄なネズミ妖怪だった。



常識はずれに大きい鍋を注文された時にも驚いたが、使い手は巨人ではなく、普通の大きさの女性だと聞いて二度びっくり。
どうにも合点のいかなかったにとりは使い手に会わせるくれるよう求めた。

『金は出す、何も聞かずに言われたとおりに作ればいいんだ』

仮にそんな上からモノを言うような注文だったら断っていただろう。
これまでも、にとりはその手の注文をことごとく突っぱねてきた。
誰がどのように使うのか、それがイメージできないと作る気が起こらない。
特注品に関しては滅法頑固なエンジニアだった。

ネズミ妖怪ナズーリンはこの頑固職人の気質を理解していたので、その日の夜に当事者を連れて工房を再訪した。

にとりは命蓮寺の寅丸星が毘沙門天の代理でナズーリンのご主人様であることは知っていたが、実は初対面。
確かに女性にしては大柄だが、柔和な雰囲気としなやかなボディーラインは大力とは無縁に見えた。

(おやまあ、よく見ればエッッライ美人じゃん! 
それに、おっぱい超スゲェーー! ばいん、ばいーん! うっひょー!
……うん、全然関係ないね。
でも、このヒトがそんな大きな鉄鍋を振れるのかな?)

にとりの心配は簡単に払拭された。
寅丸星が工房に置いてある大型の旋盤機を軽々と移動させたからだ。



「うーむ、この曲面、良いね、良いよ。
親方、打ち出しにかなり手間がかかったろう?」

特大中華鍋を検分しているナズーリン。

「それに、この取っ手の補強、力強いのに洒落ているね、さすがだ」

直径の割りに細い取っ手は寅丸の手に合わせたからだが、単に溶接しただけでは本体の重さに耐えられない。
そこでにとりは付け根の部分に三本の支柱を副え、がっちりと補強する工夫を施した。

「まあねー」

にとりは鼻を少し膨らませ、嬉しそう。
苦労したところ、工夫したところをすかさず見抜き、さらりと褒める。
この依頼人は技術屋のツボをくすぐるのがいつも上手い。



にとりは数ヶ月前のナズーリンとの出会いを思い返してみる。

当時、河童の工房村に出入りしている小柄なネズミの妖怪が噂になっていた。
河童はあまり共同作業をしないので、独立した工房をてんでに構えている。
ネズミの娘はその工房を一つ一つ訪ね、品物を買い求めながら河童たちと色々おしゃべりをしていた。

にとりは最近出没する口数の多いネズミ妖怪のことを仲間内から聞いていた。
作品を見ては、どこがどのように良いのか、あるいはなにが物足りないのか、常に具体的な指摘をするという。
かなり細かいところまで見ているようで、質問も鋭く、なかなかモノの分かっている人物らしい。

何日か後、にとりの工房にやってきた小柄な獣妖は、挨拶もそこそこに『なか(工房内)を見せてもらって構わないかい?』と聞いてきた。
河童のエースエンジニアは『スイッチの類はむやみに触らないように』と注意をしただけであとは勝手にさせることにした。

ナズーリンと名乗った小妖は完成した作品よりも、工作機械や工具、道具に関心を示したようだ。

『このスパナは他の河童が使っているモノとは随分と形が異なるけど、どうやって使うのかな?』

ナズーリンが手に取ったスパナは、ゆるいS字のカーブを描いていた。
にとりが自作した工具だった。

『アンタ、変なトコ気にするんだねー。
えーとね、【締める】時、ワタシはスパナを指先だけで使うんだよ。
その方がネジ山にホントに必要な力加減が分かる気がするから。
締めすぎはロクな事にならないからね、だから少しカーブをつけて指がかかりやすくしているの。
逆に【緩める】時は掌の【かかと】を使うんだ。
その時もカーブしている方が力をかけられるからさ。
まあー、こんなこと気にしているのはワタシだけだろうけどね』

『ふーむ、なるほどね。
では、こちらのレンズ研磨機だが、幻想郷ではそれほどレンズの需要は無いと思うんだけど、わざわざ造ったのかい?』

『えっ!? よく分かったね! 
それがレンズ研磨機って分かったのアンタが初めてだよ!』

『元にいた世界で色々な機械や道具を見てきたからね、おおよそは分かるさ。
しかし、この研磨機は独創的だ、でも、研磨強度はどうやって調節するのかな?』

『へっへー、実はそこがコイツの最大の売りなんだよー。
いいかい? ここのツマミを……』

得々と語る河城にとり、ふむふむなるほどと聞くナズーリン。

『でも、アンタ、さっきから工具ばっかり気にしているね、変わったヒトだなぁ』

そう言いながらも、にとりはナズーリンが次にどの道具に興味を示してくれるかワクワクしている。

自分がある程度腕の良い技術者だと自負しているが、効率を無視していること、こだわりが強いことも自覚していた。
作品の完成度には勿論だが、にとりは製作過程にもこだわっていた。
そのこだわりはもろもろの道具(工具)に顕著だった。
【道具にこだわる】、物をつくるモノなら皆そうであろうが、にとりのそれは河童仲間でも理解されにくいほど強かった。

『河城どの、キミの作品の出来栄えが群を抜いていることは見れば分かるさ。
これでも私は古今東西の工芸品、産業品、美術品をこの目で確かめてきたからね。
完成された作品も興味深いが、私のもう一つの興味はそれらがどうやって造られたか、なのだ。
出来上がるまでの過程、特に、それらを造り出すために用いられた工具・道具たち。
専用工具であれば尚更興味深い。
【彼ら(専用工具たち)】の特化した儚くも潔い在り方に私は敬意を表する』

そう言って、にとりのスパナに優しく口づけする。

『一流の製作者は押しなべて道具にこだわりがあるものだ、まぁ、当たり前だよね?
ここからは私の持論だが……』

ここで一息入れたネズミの妖怪は河童のエンジニアに力強い視線を向けた。

『単なる一流では収まらない者、【超】一流の製作者は自分が造りたいもののために自ら道具を創造する』

にとりは唾を飲み込んだ。

『なぜなら、足りないからだ。
自分が目指すものを造るには既存の道具では間に合わないからだ!』

ズギューン!

にとりの魂に銃弾が撃ち込まれた。

(そ、そうなんだよ! 細かいところを精確に造るにはもっと繊細で気の利いた工具が必要なんだよ!
でも、そんな工具ないから、遠回りでも自分で作るしかないじゃない! 必要なんだもん!)

『道具へのこだわりと言ってもピンキリだ。
職人の中でも、くだらんこだわりってのはあるよ。
高級な道具にこだわるだけの見当はずれの輩が多くて実に残念だ。
真にこだわるべきは自分のイメージを忠実に表現する専用の道具【ツール】なのに』

ズギュズギューン!!

『私が知っている数少ない【超】一流の製作者は皆、自分だけの製法や道具を苦心して創造した。
やがて【彼ら】は道具たちと一体となり、研ぎ澄まされ、誰にも真似のできない存在と成っていった。
そしてその作品に心を激しく揺さぶられた者たちによって、永く語り継がれる存在と成っていった』

ナズーリンは手に持ったスパナでにとりをビシッと指す。

『河城どの、……キミのようにね』

ズバコーーン!! とどめを刺された。

にとりはナズーリンに背を向けてしまった。

(や、やだー、どうしよう、涙が出てきちゃった)

誰が何のために使う物なのか、納得できなければ取りかからなかった。
今までに無いものであれば制作の手順、必要な【道具】を納得するまで吟味した、それが無ければ手間隙かけても自分で造った。
【腕はいいが、仕事に取りかかるまでが面倒な偏屈モノ】
これまでのにとりの評判はおおむねそんな感じだった。

(ワ、ワタシの造った工具、変じゃないんだ、こだわっても良いんだ。
うううっ、良かったー。
えーん、なんだかとってもうれしいよーー)

初対面の小妖に技術屋魂を鷲掴みにされた。
純粋で壊れやすい、しかし、いつでも真っ赤に燃えている魂をギュウっと掴まれ、息が詰まるほど抱きしめられた。
だが、それは荒々しい中にも優しさを感じさせる熱くて激しい抱擁だった。

『河城どの、キミに作って欲しいものがある。
まぁ、キミにしか作れそうにないんだが。
まずは話を聞いてくれるかな?』

にとりに否のあろうはずは無かった。

その後、ナズーリンは、二つほど特別注文をこなしたにとりを敬意を込めて【親方】と呼ぶようになり、にとりは【ナズーリンのダンナ】と呼ぶようになった。
金払いは良いし、技術屋の好奇心を熱くさせる妙に難しい注文内容。
なによりこの小さな賢人はエンジニアの魂を理解し、尊重してくれている。
【ダンナ】と呼ぶのがなんとなくしっくりきた。





そして現在の関係に至る。

「親方、昨日は終日留守だったね」

「あ、ごめんね、うん、ちょっとね……」

「少し顔色が優れないようだが、妖怪と言えど体は大切にしないといけない。
これを食べて元気を出しておくれ」

持参の風呂敷包みから出てきたのはキュウリが十数本。
青々としいて表面の祖毛は触ったら痛そうなほど刺々しかった。

「おおっ! これは美味しそう!」

「ウチの入道使い、雲居一輪は【緑の親指】を持っているようでね。
魔力も妖力も使わずに活きの良い野菜を作れるんだ。
時期はずれだが、味は保証するよ」

命蓮寺の裏庭は、まるで魔法の菜園だった。
雲居一輪、この実直な娘には野菜作りの才があった。
彼女の手が加わると、作物たちは競うように育ち、その実を捧げた。
京人参は因幡てゐが絶賛するほどの出来だし、紫蘇、茗荷、葱、生姜等の香菜は寅丸星の料理を一段引き上げている。


「あと、コイツもお土産だよ」

ナズーリンが別の包みから取り出したのはオモチャのトランシーバーが一組。

本格的な仕様の通信機器とは異なり、現界ではオモチャのレベルのトランシーバーは随分と廃れていた。
それに代わる通信手段が子供でも手に入るようになったので、幻想郷入りしたのかも知れない。
幻想郷の通信手段は、無線、有線が一部で使われているだけで、個人が自由に使える端末機器はもう少し先になりそうだ。

壊れているようだと前置きしながら、使い方を簡単に説明するナズーリン。

「へー! ふーん! 面白そうー!」

探し物を求めて幻想郷を飛び回っているネズミのダウザーは、ついでに見つけた品物(ほとんどはガラクタだが)をにとりに渡すことが多い。
にとりはそれをとても楽しみにしていた。

(ナズーリンのダンナにはいっつもビックリドキドキさせられちゃうな。
頭が良いのは間違いないし、物識りだし、話は面白いし、なんだか頼りになるんだよねー。
うん、そう、【賢者さま】って感じ、それも取っつき易い【長屋の賢者さま】って感じかな)

聞いた話では、鴉天狗の姫海棠はたてが師匠と仰いでいて、山の神さまたちや竹林のお医者とも対等に話ができると。 
人里でも人気があるようで、何と言っても、あの霊夢や魔理沙が一目置いているらしい。

トランシーバーいじりながら、改めて小さな賢将を見る。

(こんなスゴいヒトでも誰かを好きになったりするのかなぁ)

にとりは想像してみる。
誰かの言動に一喜一憂するナズーリン。
誰かに懸命に愛の言葉を告げるナズーリン。
誰かに抱きつき甘えまくるナズーリン。

(うーん、なんかピンとこないなぁ、ダンナはそんな事やらなさそうだし)

実は結構リアルにやっているのだが。

(でも、ダンナに認められるヒト、好かれるヒト、愛されるヒトってどんなヒトなんだろう?
ダンナはどんなヒトを好きになるのかな?
ダンナにも夢中になるほど好きなヒトっているのかな?)

現在、【好きなヒト】の件で自分の感情に整理がついていない河童娘は頭の中がグルグルしている。


「ダンナは好きなヒトいるの?」

「なんだい、藪から棒に」

思っていたことが口に出てしまっていた。

「あ! う、うん、そうだね、ワタシなに言ってんだろ?」

にとりの様子を伺うナズーリン。
訳ありと察する。

「うむ、私と親方の仲だ、聞かれたからには答えよう。
好きなヒト、いるよ」

「そ、そうなんだ」

それっきり黙り込む河童娘。

「……誰、とは聞かないのかい?」

「え?」

びっくりしているにとり。
ナズーリンはこの時点でにとりがなにを話したいのかを理解した。
興味半分の恋バナを振ったのではない。
自分のことであっぷあっぷなのだろうと察する。

ここは自分がリードしてみるか、とナズーリン。

「私の好きなヒト、恋人は寅丸星だよ」

いきなりの宣告に理解が追いつかないにとり。

「へ!? そうなの? こ、恋人? でも、だって、ダンナのご主人さんなんでしょ!?」

にとりの指摘に表情を和らげる【長屋の賢者さま】。

「いかにも寅丸星は私の【ご主人様】だ。
私は千年以上前からあの方の全てを慕っていたんだよ。
誰より好きだった、何とも代えがたかった、恋しくて愛しくて、何があっても守りたかった。
だから持てる力の限りを尽くし、できることは何でもやった。
しんどい時もあったが、苦にはならなかったよ。
【ご主人様】いや、【寅丸星】のためなら、私は何でも出来たんだ。
私のほとんど全ての存在だったから」

(せ、千年以上も!? そんなに長い間、一人のヒトを想い続けられるの? 尽くせるの?)

そこまでの捨身の献愛が現実に在り得るのか。
尋常ではない精心を何とか理解すべく想像力を全開にしようと試みるにとり。


「従者という対場であったし、それ以外にも、まぁ、ちょっと複雑な立場でもあったから、告白なんかできなかったんだけどね」

「じゃあ、じゃあどうやって恋人に?」

反射的に聞いてしまった。

「【ご主人様】が私への気持ちを告げてくださったんだ」

少し俯くナズーリン。

「【ご主人様】は、ずっーと昔から私だけを想っていたんだとさ。
私と引き換えなら全てを捨てても良いんだとさ、……笑っちゃうだろ?
毘沙門天の代理にまでなって、あと少しで神格を得られそうなのに、こんな私の方が大事なんだって。
こんな私が欲しいんだって……おかしいよね?」

賢将の恥ずかしそうな顔を初めて見た。

(ダンナ、ワタシ、絶対笑わないよ! 何もおかしくなんかないよ!
ワタシ、寅丸さんの気持ち、全部じゃないけど、なんだか分かるもの。
だって、ナズーリンのダンナ、アンタ、スゴイいいヒトだもん!
寅丸さん、このダンナと千年の間ずーっと一緒だったんでしょ? 
寅丸さん、このダンナから千年の間ずーっと大事にされ続けてたんでしょ?
好きになって当たり前だよー!)

にとりは他人事なのに胸が熱くなっていた。

「私の愚かな思い込みと【ご主人様】の遠慮で千年以上も無駄にしてしまったことになるんだが、今はかなり幸せなので良しとしている」

ふぃっと笑ったナズーリン。

(あー、ダンナ、今、とっても幸せなんだね、良かったじゃん!)

「これからも【ご主人様】の憂いは私が全て取り除く。
【ご主人様】を害するモノがあれば私が叩きのめす。
【ご主人様】が喜ぶなら私はなんでもする。
【ご主人様】の喜びは、即ち私の喜びなのだ」

堂々と言い放った。
あまりに濃厚で熱暑なセリフに河童娘はとまどってしまう。

「ねえ、ダンナ、自分で言ってて恥ずかしくない?」

「全然」

今度は照れることも恥ずかしがることも無く、自信に満ち、揺るぎの無い返事だった。
 
「寅丸さんのお話、とても素敵だったけど、最後の方、聞いてる方が恥ずかしくなっちゃったよ」

「親方が何故恥ずかしがるのか分からんね。
私は恥ずかしいことなど何もないよ。
【ご主人様】が望むなら、私はどんなにタクティクスでプログレッシブな羞恥プレイ、隷属プレイでも受け入れる」

「……ダンナぁ」

(うーん、途中まではかなりカッコ良かったのになぁ。
たまーに挟んでくるロクでもない下ネタが無ければもっと【賢者】っぽいのに、なんだかもったいないよ)



「私のことはこのくらいで良いだろう?
親方、もっと他に言いたい事があるんじゃないのかい?」

このヒトはお見通しだ。
それにこれだけ【想う】ことに誠実なのだから、相談にも真剣に乗ってくれるだろう。

(うん、やっぱりダンナに話してみよう!)

にとりは覚悟を決めた。





「ダンナは厄神さまを知ってる?」

「鍵山雛、だったよね?
会ったことはないが遠くから見かけたことはあるよ。
麗しい女神さまだよね」

「そうでしょー! キレイだよねー!」

「話では元流し雛だそうだね、かなり腕の良い人形師だったのだろう。
人形は顔が命とも言うから」

「ところがキレイなのは顔だけじゃないんだなー、これが」

「ほう? 顔以外というならどこらへんのことをいっているのかね?
そもそもなんで親方が知っているんだい?」

「え!? いや、その……たまたま見かけたことがある、っていうか、その、えっと」

ごにょごにょ。

「はっきり言いたまえよ。 たまたまだと? 何があったんだい?
ここだけの話にしておくから、ね? 言ってみたまえよ、ね?」 

にやっと笑うネズミのダンナ。

詰め寄られたにとりは、ぽつぽつと話し始める。



一月くらい前のことなんだけど、仕事帰りの厄神さまのあとをなんとなくついていったの
ふーん、なんとなくねぇ
集めた厄をどこに貯めているのか興味があったんだ
ふーん、ホントは?
厄神さまがどんなところに住んでるか知りたかったから、って! ちょっと待ってよ!
まぁ、いい、気づかれなかったのかい?
気づかれなかったと思うよ、たまたま光学迷彩スーツを着ていたから
ふーん、たまたまねぇ
だって、気を遣わせちゃいけないでしょ?
まぁ、そういうことにしておくか
お家は山の中腹、入り組んだ小径を抜けたトコロにある小さいお堂だったんだ
ふーん、それで?
厄神さまが無事についたから、これで良しって思ったんだけど……
思ったんだけど?
なんとなくそこで待ってたの、何かを期待していたわけじゃないんだけど
ふーん、なんとなくねぇ
そしたら浴衣に着替えた厄神さまが表に出てきたの、飾りをはずし、髪もほどいていたからなんだか別人みたいだった
待っていた甲斐があったね
どこかへ行くみたいだから後をついていったの、だって、危険があってはいけないから
ふーん、まぁいいや、それでどこへ?
川だったの
予想の範囲だね
水が貯まっているところ、んー、つまり淵だったの
展開が読めてきたぞ、そして?
そのー、えーと、……浴衣を脱ぎ始めたの
まぁ、当然そうなるな
見てはいけないって、いけないことだと分かっていたの
ふんふん、そりゃそうだ
でも、得体の知れない暗黒の力がワタシを支配しようとしたの
ほうほう、暗黒の力ねぇ
身動きもできず、目もそらせず、とても苦しかった
ふんふん、そりゃ大変だったね
そのうちに飛び出して抱きつきたいって暗黒の衝動が湧き上がってきたんだけど必死で戦ったの
ふんふん、お疲れさん
苦しい戦いだったけどワタシは勝ったの、見ているだけに抑えたの 
ほう、たいしたもんだ、と言っておこう
弱い月明かりだったけど、透き通るように白い肌はスベスベに見えたの
距離があったろうに、親方は目が良いんだな
目は普通だよ、たまたまスターライトスコープ仕様の双眼鏡を持っていたから
……たまたまか、ツッコむ気にもなれないな、で?
淵に入って水浴びを始めちゃったの
ほうほう、いわゆる風呂覗きだね
濡れた髪が少し濃い色に見えて、白い肌にはじかれた水がキラキラしていて、キレイだったぁ
覗きが犯罪だって知っているかい?
おっぱいはそんなには大きくはなかったけど、腰はキュッと細くて、お尻は結構ムッチリだった
完全に開き直っているね?
毛が生えてなかったから、やや高めの土手もスジもはっきり見えちゃったの
おい! さすがにそれはマズいぞ? かなりマズい!
その時、この感動をどうにかして残したいって思ったの
親方、大丈夫か? かなり危ないんだが
たまたま夜間撮影用の超高感度カメラを持っていたの
待てーい! それはダメだ! それをやったらダメだ!
でも、それはやっぱりいけないことだと気づいたの、犯罪だなって
それまでも十分犯罪だって分かっているのかね?



その夜はおとなしく帰ったが、その夜から厄神さまのことが頭から離れなくなったと河城にとりは告白した。

「親方、今度から【エロガッパ親方】と呼ぶことにするよ」

「え!? なんで? これは純粋な好奇心だよ!」

「そこまで周到に準備していた確信犯が純粋もヘッタクレもない、これは犯罪だよ、は・ん・ざ・い」

自分のことをかなり高い棚に上げているナズーリン。

「え!? でも、ほんの出来心なんだよ?」

「ほう、認めてしまったね?」

「あぅ……あの、ごめんなさい! もうしません!」

「私に謝っても仕方ないだろう」

腕組みしたまま、ふーっと息を吐く覗きのグランドマスター(現在休業中)。

「まぁ、覗きの事実をどうするかは置いておいて、親方が言いたいのは別のことなんだろ?」

糾弾の手を緩め、柔らかく問いかける。

「そ、そう! 裸のことじゃなくて、ダンナに言いたいのは一目惚れってあるのかなってことなの!」

「全裸覗きから始まる純愛か、うーむ、紛ごうかた無き変態だ。
親方、なかなかやるな、さすがだね」

「ねぇ! やめてよ! 変態って言わないでよ!」

「親方の変態性もこの際置いておくとして」

「変態は確定なの!?」

にとりの目が潤んできた。

「全裸に一目惚れか、顔を見ただけで惚れることがあるんだから、まぁ、あるんだろうね」

「だから! 裸のことじゃなくて! 
確かにそれがきっかけかもしれないけど、まだホントに好きなのかどうかも分からないよ。
まだちゃんと話をしたこともないし、それで好きだなんて言えるか分からないし……」

(気になる存在から好意の対象へ、か。
きっかけはともかく、すでに好意へ昇華しているのは間違いないな。
だが、エロいくせに変に生真面目なこの娘は厄神さまとの交流を通してからで無いと自分の気持ちに納得したくないのか。
偏屈なのか、理屈っぽいのか、まぁ、好感は持てるけどね)

ナズーリンは目の前であたおたしている純情助平な河童娘を優しく見つめた。

「厄神さまの裸体か…… 明るいところで見たいとは思わないかね?」

「見たい!」

間髪入らない返答。

「……あ、そ、そうじゃなくて! その、裸のことじゃなくて!」

このカッパちゃん、正直すぎる。

「そしてキレイな肌を愛でてみたいと」

「そ、そんなことまで考えてないよー!」

「しかし、いずれは肌を合わせて、あんな事やこんな事をと」

「だから、まだ早いんだってばー!」

「……まだ、と言ったね?」

「はうっ!」

(しまった! ダンナの目、なんだか冷たいよー、これって、軽蔑されちゃったんだよね、ううっ言わなきゃ良かった)

いつのまにかナズーリンの右手が差し出されている。

「握手をしよう」

「へ?」

「同志、今夜は女体の神秘についてたっぷり語り明かそうではないか」

「へ?」

にまーっと笑っている賢将、何がなんだか分からないエンジニア。

(女体の神秘? 一晩中? ちょっと待って、なんでそうなるの!?)

「む、そうもいかないか、この鍋、ご主人が楽しみに待っているんだったな。 
親方、申し訳ないが日を改めるとしよう」

少し残念そうな長屋の賢者様。

「いずれにせよ、今のままじゃ進展は無いだろう。
なんとかするんだね。
鍵山雛の体を完全に支配し存分に舐り倒す日を目指し、発想と技術と情熱を駆使するのだ」

「ちょっとダンナ! 待ってよ! それが目標じゃないよ!?」

「いまさらキレイ事を言っているのかね?」

「でも、今のままでは話もできないんだよ!」

そろそろからかうのを止めるかな、とナズーリン。

「【そこ】にこだわるなら、こだわりたいなら、自力で何とかしたまえ」

望みはハッキリしているし、叶えるための手段もいくつかある、その能力も彼女にはある。
ならばここは突き放すべきだ、それが賢将の結論だった。





にとりはその夜、ナズーリンからもらった玩具の通信機を整備してみた。
乾電池は幻想郷製を入れてみたが、問題は無かった。
幻想郷の電池は旧式のマンガン電池が主流だった。
一部の小型機器に組み込まれているボタン電池や小型バッテリーの類は実は魔力・妖力の補助によって成り立っている。
切れていた配線を繋ぎ直し、比較的単純な基盤をチェックし、壊れた外装を補強した。
音はちゃんと【飛んだ】。



翌日、鍵山雛の元へ赴き、厄にやられないギリギリまで近づき、トランシーバーの片方を河原に置いた。
こちらに気づいた厄神さまに手振りでトランシーバーの存在を示し、その場を離れる。

少しの間、不思議そうにしていた雛だが、中空から降りてきてトランシーバーとその脇に置かれた手紙を手に取った。
手紙には河城にとりからの挨拶と、濃い緑色をした小さな箱の使い方が書いてあった。
雛は使用書に従って電源をONにしてみる。

「こちら河城にとり!
鍵山雛さん、聞こえますか? どーぞ ”ガッ”」

小さな箱から元気いっぱいの声が聞こえてきた。
驚いて危うく落とすところだった。

「あー、えーとねー! 『どうぞ』って言ったら返事してってことなんだよー!
【送信ボタン】を押しながら話してみてくださーい! どーぞ ”ガッ”」

雛は戸惑いながらも【送信ボタン】を押しこんでみる。

「あ、あのー、かぎやま、ひな、です…… あ、そうか どうぞ ”ガッ”」

ボタンを離す。

「ぃやったーーー!! 話せたー! うっひゃー! うれしーー!
ワタシ、河城にとり! にとりって呼んでくださーい! どーぞ ”ガッ”」

すごい興奮の仕方だ。

「あ、はい、私は鍵山雛、さっき言いましたね、にとりさん、こんにちは どうぞ ”ガッ”」

「はいはいこんにちは! 厄神さまとお話ししたかったんですよー、ワタシが見えますかー? どーぞ ”ガッ”」

少し離れた川の上流で手をぶんぶん振っている河童の娘がいた。

「にとりさん、見えましたよ、あのー、今さらですけど、これはどういうことなんでしょうか? ……あ、どうぞ ”ガッ”」

「あれー? さっき言いましたよー、ワタシ、厄神さまとお話したかって、一昨日の【厄除けスーツ】は失敗でした!
でも、今度の【トランシーバー】は良い感じです!」

「お話、ですか? なぜ私なんですか? いえ、嫌とかじゃないんですよ? 
私なぞのためにお手間をかけていただいて申し訳ないんです……どうぞ ”ガッ”」

「えーっと、ワタシもよく分かりませーん! 
鍵山雛さんとお話ししたかったんです! 
それからのことはこれから考えます! どーぞ ”ガッ”」

(この河童の娘さん、どういうつもりかしら?)

鍵山雛は正直、戸惑っていた。


自分は流し雛として作られた存在。
いつ【厄神】になったのかはっきり覚えていない。

厄を納める上位の存在との交流はあるが、他のモノとの接触はほとんどない。
いつぞや山に侵入してきた人間には警告のために接近したが、その際は周囲の厄を放散させないためにかなりの【力】が必要だった。
あの後しばらく具合が悪く、力の調節がうまくできなかった。

山の妖怪たちは皆、厄神さまと呼んで愛想よく接してくれる。
でも、自分はそんな大層なモノではない。
ただ厄を集めるための【道具】にすぎないのに。
なのにわざわざこんな道具まで用意して、自分と話したいなんて、変わった娘さんだ。

でも、うれしい。

『話したかった』と願い、話すための手段を用意し、本当に話しかけてきた。
他人から好意的に話しかけられたのは何十年振りだろう。

うれしかった。


「厄神さまー、どうしたんですかー? どーぞ ”ガッ”」

「ご、ごめんなさい、ちょっと考えごとをしてしまいました。
あの、にとりさん? 私のことは雛と呼んでください、それに敬語はやめてください。 どうぞ ”ガッ”」

「え? だって神さまだし、マズいですよ、罰が当たっちゃいますよ、 どーぞ ”ガッ”」

「その【神さま】がお願いしているんです、罰なんか当てさせません! どーぞ! ”ガッ”」

「ははは、面白いんだなー、よーし分かった! 雛! これからは呼び捨てでいくよー! どーぞ! ”ガッ”」

「はい! そうしてください、にとりさん、 どうぞ ”ガッ”」

「えーー? にとりさんってなんだよー、おかしいじゃない?
ワタシのことはにとり、にとりでいいの! どーぞ ”ガッ”」

「そうですね、では、にとり、これでよろしいでしょうか? どうぞ ”ガッ”」

「なんで敬語なんだよー、それもおかしいって、どーぞ ”ガッ”」

「これはいわゆる【仕様】ということで勘弁してください、どうぞ ”ガッ”」

「んー、まーいいや」

しばらくのやり取りの後、二人で決めごとを作った。
トランシーバーの会話は一日四半時(15分)だけ、日中に限ると。
主な理由は、この玩具の通信機、連続使用しているとヤバいほど熱くなってくるからだった。
それにあまり長い時間、雛の仕事の邪魔をするわけには行かないから。
最後に【10・10(テンテン)】と言って交信を終了することも決めた。

翌日も翌々日も箱越しの会話を楽しんだ二人。
雛はにとりの奇想天外な話に振り回されながらもそれを楽しんだ。
にとりは雛が情感豊かに話す深山幽谷の穏やかな移ろいに感動した。
お互いに新鮮で、刺激的で、無条件に楽しい時間だった。 





その夜、にとりの工房の戸が叩かれた。

「どなた?」

「こんばんは。こちら河童の河城さん?」

少し開けた戸口に立っていたのは深緑の髪を長く垂らした若い娘だった。
その髪は山の神社の巫女や鍵山雛よりも濃い緑。
背丈は小柄なにとりと大差ない。
少し釣り上った目は金色だった。
簡素な和服に裸足、人間ではなさそうだが、妖怪とも妖精ともつかない儚げな雰囲気を持っていた。

「そうだけど、なにかご用なの?」

「腕の良い技師さんがいるって聞いたの。
直して欲しいモノがあるんだけど」

「そういうことなら話を聞くよ、入って」

戸を全開にして迎え入れる。

「アンタの名は?」

「アタシはハニー」

「ハニー? なんだかずいぶんと俗な名前だねー」

「初対面なのにひどいわね。
本当は『はに』、葉っぱに似ているから『葉似』だからハニーって呼んでね」

笑った顔には愛嬌がある。
確かに濃い緑色は広葉樹のその色に見える。

「ふーん、じゃあ、ハニー…… うーん、なんだか照れるね」

「もっと優しく、甘く呼んでもいいのよ?」

「よしておくれよ、ところで直して欲しいモノってなに?」

ハニーが包みから取り出したのは片手で持てるくらいの木製の箱だった。
脇に金属製のクランクが付いている。

「オルゴールだね?」

「うん、ねじが捲けなくなっちゃったの」

「ちょっと見せて」

オルゴールを受け取ったにとりは作業机に置いて手元用の照明を点ける。
蓋を開け、先の曲がった細いピンセットであちこち摘まんでつついてみる。

「うーん、ゼンマイが切れちゃってるね。
櫛の歯もドラムのピンも欠けてないし、ガバナーの羽根車も大丈夫だ。
全体的にしっかりした作りだからゼンマイを交換すれば元通りになるよ」

「ホント!? よかったー!」

ちょっと飛び上がったハニー。

「喜ぶのはちょっと早いよ、ちょうど良いゼンマイなんて無いから作らなきゃなんだよ?」

「ええー、どのくらいかかるの?」

「ばね鋼の選定、焼き入れの検討、あとはうーん……他の仕事も仕上げなきゃならないしなぁ」

腕組みして天井を見ているエンジニアを不安そうに見ている緑色の娘。

「ざっと一ヶ月」

「そ、そんなぁ! お金はいっぱい用意してきたのよ!」

そう言って作業机に小さな布袋を少し乱暴に置いた。
開いた口から見える硬貨は、錆びて汚れた少額貨幣ばかりだった。
量はそれなりにありそうだが、それでも今回の仕事の内容からすれば大分足りない。
貨幣価値と世間相場を知らないのだろう。

お金の入った袋をぼんやりと見やるにとり。

「盗んだお金じゃないわ! ずーっと貯めてきたアタシの全財産なんだから!」

疑うつもりなんてない、きっと何年もかけてビタ銭を拾い集めたのだろう。

「ハニー、どうしたの? 急ぎなの?」

にとりの穏やかな問いかけにハッとしたハニー。

「あ、い、急いでるって言うか、時間があんまりないって言うか、その……」

「ふーん、なんか事情があるんだ?」

そう言ってにとりはハニーの顔を少し覗き込んだ。

「うう」

小さく唸ったきり、下を向いて黙り込んでしまった。

(言えないけど、急ぐ理由があるんだろうね、それも大事な理由が)

いつもなら理由がはっきりしないと仕事に取り掛からないし、金なら払う、なんて言われたら突っぱねるのに。

(ふー、まいったなー、結構忙しいんだけどなー)

この娘をこれ以上問い詰めるのは気がひけた。
それになんだか必死なのは分かる。
にとりは職人の矜持を少しだけ曲げることにした。

「五日」

「え?」

「だから五日で仕上げるよ」

「ホント? でも、なんで? さっきは一ヶ月って言ってたじゃない」

「【河城にとりは偏屈だけど、抜群に腕の良いエンジニア】なんだよ。
今回は、その偏屈モノの気まぐれだね」

言ってて恥ずかしくなった。

「ふ、うわー! かっこいいーー! 河城さん、かっこいいー! 素敵ーー!!」

思いっきり抱きついてきたハニー。

「お、おい! やめてよ! だめだよ! はなれてよ!」

高出力の好意には耐性の無い純情なエロガッパ娘だった。





今日も雛とトランシーバー。

「昨日の夜、変なコがやってきてさー」

ハニーのことを話す。
彼女は自分を【べとべとさん】だと言っていた。
べとべとさんは【ついてくる】妖怪。
夜道や山道で後ろから『べとべと』『ぺたぺた』『ぺとぺと』と足音が聞こえる。
振り返って見ても誰もいない。
ほとんど害のない妖怪。
にとり自身も『そんな妖怪いたんだー』くらいの認識だった。
妖怪は実に多種多様、知らない妖怪はいくらでもいる。
山の妖怪を全て把握しているのは位の高い天狗や各種族の長老たちくらいだろう。  



「ところでさー、キュウリ、食べてみてよ、どーぞ!  ”ガッ”」

にとりがトランシーバーと一緒に置いていったキュウリに戸惑っている雛。

「私、普段はほとんどモノを食べないのよ、どーぞ ”ガッ”」

「ふーん、じゃあ、キュウリの美味しさも知らないんだね? 試してみてよ、きっと気に入るよ、どーぞ!  ”ガッ”」

ぼりっと齧ってみた。
一口で分かった、これはダメだ。
あまり飲食をしない厄神の口は濃厚な青臭さに耐性がない。
でも、にとりがせっかく自分のために持ってきたくれたのだ。

「と、とても新鮮で美味しいキュウリね、うぷ、 どーぞ ”ガッ”」

「ひーなー、無理しなくていいのに……美味しくないんだろ? どーぞ ”ガッ”」

(え!? なんで分かるの?)

河原に座っているにとりが双眼鏡でこちらを見ている。
表情を見られてしまったようだ。

「ごめんなさい、ダメみたい……どうぞ ”ガッ”」

「雛が謝ることないじゃないよ、ワタシが勝手にススメただけだもの。
こちらこそゴメンね、どーぞ ”ガッ”」

「でも、にとりが私のために持ってきてくれたのだからいただきます! どーぞ!  ”ガッ”」

そう言ってぼりぼりぼりと一本食べきった。
自分の食べかけ、厄付きキュウリなんて残したら迷惑なだけだし。

「ああー! もう! 無理しなくて良いって言ったのに。雛は優しすぎだよー!」

この厄神さま、困っちゃうほど優しくて気ぃ遣いだ。





「こんばんは」

その夜、再びハニーがにとりの工房を訪れた。

「うん? ああ、アンタかい」

「河城さん、今日もアナタのお仕事、見ていて良い?」

「かまわないけど、河城さんはやめておくれよ。
ワタシはにとり、せっかくなんだから名前で呼んでもらいたいね」

「にとりさん?」

「にとり、にとりでいいよ」

「にとり?」

「おっけー、それでいいよ。
あ、ハニー、キュウリ食べる?」

「今頃キュウリ?」

「旬じゃないけど、ちょっとツテがあってねー、とてもウマいんだよ」

少しでも親しくなったらキュウリをすすめる、これは河童の挨拶のようなものだ。
ためらいも無く、ぼりっぼりっと噛り付くハニー。

「あ、おいしー! 味が濃いよね!」

「へっへー、分かる? ブランドものだからねー【命蓮寺のおいしい野菜】なんだよ」

自分のことのように自慢するにとり。



しばらくはエンジニアの仕事振りを見ていた【べとべとさん】だが、やがて辺りを少しずつ片付け始めた。

「にとりは散らかしすぎだよ、ちょっとずつ片づければ手間はないのに!」

「あ、ハニー! それはゴミじゃないよ! 型を作るための粘土なんだから捨てちゃダメなんだよ、もーひどいじゃんか!」 

「あ、ごめんねー、だって気になるんだもん。少し掃除してあげるからにとりは仕事していて」

「うー、それは助かるけど、捨てる前にワタシに聞いておくれよ?」

「おっけー、おっけー」

そう言ってニッコリ笑った。

ごそごそ、ぱたぱたと掃除を始めてしまったハニーを、やれやれと眺めるにとり。
この娘、勝手をしているはずなのに、一緒にいるとなんだか和む。



翌日も雛とお話。

(雛ともっと近くでたくさん話したいな)
(私もそうしたいです、こんな気持ち初めて)
(夜はダメなの?)
(夜……ですか……夜は【お役目】に備えて、休まないといけないんです、ごめんなさい)
(あ、いいんだよ、ワタシのわがままだし)
(ごめんなさい)
(ねぇ、今日は元気がないよ、もしかして昨日、無理してキュウリを食べたから?)
(い、いえ! そんなことありません! 絶対そんなことありません!)
(うー、それならいいんだけど……)



今夜もハニーがやってきた。
にとりの仕事を見ていたかと思えば、いつの間にか掃除をしている。
その間、にとりの邪魔にならない程度にぽつりぽつりと話しかけてくる。
出会って三日しか経っていないのに、ハニーがいるゆったりとした空間が心地よくなってきている河童娘。

戸が叩かれた。

「にとりー、誰か来たみたいだよ」

「んー? ハニー、ちょっと待っててね」

「アタシのことは気にしないで、 どうぞ」

立ち上がりかけたにとりが一瞬止まる。

『どうぞ』?

何かが引っかかったが、とりあえず応対が優先だ。



「にとりー、私だ、椛だよ」

来訪者は古い友人だった。

「椛? どうしたの?」

「夜回りの当番なの、明かりのついている家の様子をうかがうだけなんだけどね」

「それはご苦労さん」

「仕事だからね、それで『何か変わったことはありませんか?』って聞くのも決まりごとなんだよね」

そこまで言って、気に聡い哨戒天狗は室内の気配に気付いたようだ。

「お客さん?」

「あ、うん、知り合いの娘が遊びに来ているんだよ」

「危険はないんだね?」

「ないない、全然ないよ」

両手をぷるぷると振るエンジニア。

「それなら私はこれで失礼するよ」

「あ、椛、待って」

後ろ手で戸を閉めたにとりは椛の肩を押しながら少し歩く。

「どうしたの?」

少し強引な誘導に不審気な白狼。

「ねえ、【千里眼】で見て欲しいものがあるんだけど」

小声で話す河童娘。

「にとり、知っての通り、私の能力は【覗き】には使わないよ?」

一応、釘を刺す。

「知ってる、でも、今回だけ頼むよ」

自分の能力と任務を理解してくれている古い友人がわざわざ頼むのだから、退っ引きならない理由なのだろう。

「今回だけだよ?」

「助かるよー、椛ってばステキー」

「お世辞はいらないよ、それで、何を見ればいいの?」

山の中腹を指差した河童の娘。

「あの辺りに小さなお堂があるんだよ。
厄神さまのお住まいなんだ。
今、居るかどうか、何をしているか、それを見て欲しいの」

もちろん厄神さまのことは椛も知っている。
だが、どこに住んでいるかなんて気にしたことはなかった。
そもそも何故にとりが知っているのか? 何故気にするのか?
聞きたいことはいくつもあったが、とりあえず意識を集中する。

「あー、あんなところにお堂があったんだ。
うん、厄神さまは、お休みのようだね、横になっている」

「ホント?」

「ああ、間違いない」

「そ、そうなんだ……」

「どうしたの?」

「ゴメン、今度ちゃんと話すよ」





大滝の裏にある大きな洞は哨戒任務に就く天狗たちの詰所だった。
犬走椛は大将棋の駒を布で拭いている。
汚れが染み付き、傷のついた駒たちは、歴戦の兵【つわもの】ども。
使い込まれた長い年月をその身で語っていた。

(そろそろ新しい駒を作ってやろうかな)

駒たちを労いながらも、引退の時期を考える椛。
そんな時、仲間の一人が声をかけてきた。

「もみじー、にとりが来てるよー」

訪ねてきた河童のエンジニアはイケメン狼を外に連れ出した。

「椛、昨日はありがとね。
……それでね、聞いて欲しいことがあるの」

昨夜約束した通り【事情】を切り出した。


厄神さま、鍵山雛とトランシーバーを使って話をしていること。
ハニーと言う名の【べとべとさん】が訪ねて来ること。
事細かに、聞いていて恥ずかしくなるようなことまで打ち明けた。

「雛はスゴい優しいし、お話も綺麗なの、ドキドキするの。
ハニーは気さくで楽しくて一緒にいるとなんだか心が暖かいの。
二人ともとても気になっちゃって、困っちゃってるんだ。
だって、こんなの、その、浮気モノみたいじゃん?」

顔を赤らめながらも困り顔。

「昨日、椛が訪ねてきた時、ハニーの『どうぞ』って言い方が引っ掛かったんだ。
とてもバカバカしいんだけど、ハニーは雛なんじゃないかなって思ったの」

一転、真剣な表情を椛に向けた。

「それで私に厄神さまの様子を聞いたの?」

「うん、でも違ったみたいだよね。
まあ、あの二人、性格や好みも全然違うからありえないんだろうけどさ」

そう言いながらも納得がいっている様子はない。

椛は旧友が何を相談したいのかよく分からない。
恋愛相談なのか、真相解明なのか。
きっと、言っているにとり自身も分かっていないのだろう。

だが、この意外に生真面目なエンジニアがかなり困っている様子は分かる。

「もみじー、ワタシ、どうしたら良いのかな?」

「うーん、私に聞かれてもねえ」

射命丸文にすべてを捧げている椛には複数並行の恋愛感情が理解しにくい。
結局この時は、気の利いたことが言えず、ちょっと気まずい雰囲気のままにとりと別れた。





「いいぜ! これ! いいぜ! にとり、オマエ、やっぱスゴイな!」

霧雨魔理沙から特上の笑顔を真正面から向けられ、河城にとりはちょっと戸惑った。

次の日は雨だった。
いつもの河原まで行ってみたにとりだが、雛はいなかった。
雨足が強いと川が濁る、濁流からは厄が集めにくいと言っていた鍵山雛。
あきらめたにとりは、工房に戻って大仕事の依頼主を待つことにした。

魔理沙は昼過ぎにびしょ濡れの雨合羽をまとって訪れた。

【星成分】を集散させるアイテム【八望手纏】(はちぼうたまき)と名づけた腕輪。
要求以上の出来栄えに若い魔女はとても喜んでいる。

にとりにしてみれば、ついこの間生まれたばかりの幼い人間の女。
輝くような生命力、無視することが困難な存在感、無邪気なのに、たまーに気ぃ遣い。
知ることに貪欲で、話は面白いし、一緒にいて飽きることが無い。
親愛の印だと言って、口づけされたこともあった。
自分の日常を引っ掻き回す騒々しくて不思議な娘。


アイテム製作は思ったよりも手こずった。
【星成分】それ自体が捉えにくいモノであることから、成分濃度、分布状況を客観視するために観測・測定できる【装置】が必要だった。
まずその装置作りから取りかからねばならなかった。

技術者としての挑戦心と、この娘の喜ぶ顔が見たいという想い。
努力のかいがあって、両方とも満たされ、かなった。
久しぶりの大仕事は、にとりにとっても大変満足のいくモノだった。

「にとりー! ホントありがとな!」

抱きつかれて頬にキスされた。
若い魔女はこのアイテムを使って、幻想郷中がびっくりするようなスペルカードを編むのだろう。

「う、うん、がんばってね、魔理沙」



魔理沙が辞した後もしばらくぼーっとしていたにとり。

(魔理沙も素敵だよね、って…… ワタシ! おかしいよ!? こんなの変だよ!)

純情な河童娘は浮ついている自分の恋心がどうにも許せない。
涙が出てきた、頭を抱えて蹲ってしまう。


「にとりー、いるかい? 私だよ」

戸口から声がかかった。

「も、もみじ!? どうしたの? こんな天気なのに」

慌てて戸を開けると傘を差した哨戒天狗が微笑んでいた。

「特に用事ってわけではないけど、昨日はちゃんと話できなかったじゃない?
どうしているかなって思ってさ。
ん? にとり、どうしたの? 目、赤いよ?」

自分を気にしてわざわざ来てくれたのか。
椛の心配顔を見たら我慢ができなくなった。
にとりは自分より少し背の高い友人に抱きついていた。

「もみじー!! もみじぃー!」



泣き疲れたにとりを寝かしつけた椛は、詰所に戻るべく飛んでいた。

好奇心旺盛で、茶目っ気たっぷりの河童娘だが、その中身はとても繊細で臆病。
椛は旧友の悩みがかなり深刻なのだと理解したが、解決のための【次の一手】が全く思いつかない。
誰かに相談したいが、色恋沙汰となると、これもなかなか思いつかない。
捧身献愛の相手である射命丸文は根は優しいし、聡明で頼りになる。
だが、この手の事柄には好奇心が勝って、面白おかしく煽るかもしれないから相談相手としては向いていないと思う。



悩んでいるうちに滝の裏の詰所に到着してしまった。

詰所には鴉天狗の姫海棠はたてがいた。
哨戒天狗の一人と話していたが、椛に気付き手を振ってきた。

「あら、椛、ひさしぶりー 元気?」

はたては白狼天狗を見下さない。
誰とでも気さくに話すその様を見て、引きこもりで世間を知らないからだと陰口を叩くモノもいる。
引きこもっていた時期はたまにしか見かけなかったが、それでも目が合えば大きな声で挨拶をしてくれて、ちょっとした会話を仕掛けてきた。
緊張し、声も上ずり、それでも必死に笑顔を作りながら、下位の天狗たちにも気を遣って丁寧に話しかけてきた。
きっと、はたてなりに他者とのつながりを大事にせねばと、無理をして頑張っていたのだろうと思う。

偉ぶらず、痛々しくも健気な態度を長年見てきた一部の下級天狗たちは秘かに応援していた。

(はたてさま! がんばーー!)

【花果子念報】は彼等の購読によって支えられていた時期が長かった。

その大昔、はたてが鴉天狗になった当初、【射命丸を凌ぐのでは?】と期待された逸材だったが、ほどなく引きこもってしまった。
理由は誰も知らないし、本人も語らない。

最近自宅から出るようになり、文との対抗新聞同士(ダブルスポイラー)を宣言し、張り切っている。
下級天狗たちは、この突然の変容に驚きながらも暖かく迎え入れた。
下積み時代から応援してきたアイドルがメジャーデビュー目前までのし上がってきた、そんな感じ。
だから皆、喜んで取材に応じるのだ。



「椛、どしたの? 難しい顔しちゃって、美人さんがもったいないわよ?」

にこっと笑うツインテ天狗。
実は椛も秘かに応援していた一人。
文がはたてをこき下ろすのをいつも複雑な気持ちで聞いていた。

(このタイミングでこの方と出会うということは、天の配慮と思って良いよね)

椛は自分を納得させた。


「はたてさま、私、ちょっと困っているんです」

「あらー? いつでも剛速球をド真ん中の椛が困るなんて珍しいじゃなーい?」

軽く茶化してみたが、相手は全く乗ってこない。

「あ……ごめん、真面目な話なのよね? ちゃんと聞くからさ、外に行こうか?」

こういった気遣いができるからこそ本当に近しいモノからはとても好かれるている鴉天狗。



「命蓮寺に行ってみたら?」

岩棚の下、雨を避けながら椛の話を聞き終えたはたての一言。

「二股に罪悪感を覚える真面目な娘の話、うーん、それだけじゃないわよね。
なにかもう少しカラクリがあるような気がするのよね」

「カラクリですか?」

はたての考察と命蓮寺が結びつかない椛はちょっと首を傾げる。

「ナズーリンデスクを知っているでしょ?」

幻想郷新参のネズミ妖怪。
目の前にいる元引きこもりの鴉天狗を射命丸文のダブルスポイラーになるまで叩き直した辣腕デスク。
その他にも数々の言伝えのある得体の知れない小柄な妖獣。
文からも散々聞かされている。 

「今聞いた話だと、突然現れた【べとべとさん】の娘が気になるのよねー。
なんだかひっかるわ。
とっても興味深いから私自身で調べてみたいけど、その【べとべとさん】、オルゴールのことから察するに、なにか時間制限を抱えているみたいでしょ?
手遅れになったら良くないわね、急ぎの揉め事ならデスクに頼むのが一番よ」

「ナズーリンさん、ですか?」

「そう、頼りになるわよー、ホント頼りになるの」

文をはじめ、幻想郷の有力者たちが一目置いているミラクルダウザー。
そう言えば、にとりも度々その名を口にしている。
『ナズーリンのダンナ』と。
相談してもいいかも知れない。

一緒に行こうか、との申し出を感謝の言葉とともに断った。
これは自分の問題だから。

「早速、行ってまいります。 
はたてさま、このような瑣末なことにお心遣いいただき、ありがとうございます」

丁寧に礼をする椛の肩をぽんと叩くはたて。

「椛は自分のことは自分でなんとか解決すると思うの。
でも、ヒトのためを思うからこんなに困っていたんでしょ?
そんな椛だから私も力になりたいわけよ」

そう言って優しく笑った。

もう一度深々と礼をした白狼天狗。
空を見上げると雨は上がっていた。





命蓮寺を訪れた椛。

「こんにちわーー!!!」

濡れた参道を掃除していた犬耳の妖怪が驚くほど大きな声で挨拶してきた。

「こんにちは」

会釈する白狼。
近くまで寄って、小柄な妖怪に改めて話しかける。

「アナタも犬系の妖怪だね?」

「ワタシ、山彦!! アナタも犬の妖怪!?」

「私は白狼天狗、白い狼と書いて白狼だよ」

「白いオオカミ!? うっわー!! カッコイイイーー!! きれーー!!」

「ははは、ありがとうね、私のことは椛(もみじ)と呼んで」

「もみじさん!! ワタシ、響子(きょうこ)! 幽谷響子!!」

「響子さん、可愛いね、ホントに可愛い」

頭をなでてやると、くすぐったそうにしている山彦。

「響子って呼んで!!」

「じゃあ響子、ナズーリンさんを呼んで欲しいの、犬走椛が話をしたいって」

「ナズーリン!!? ナズーリンにご用事なのね!?
お任せくださーーーい!!」

ぱたぱたと駆け出していく。
天涯孤独の椛は、いきなり妹ができたようで嬉しくなった。
ここのところ考え込むことが多く、やや鬱屈していた自分にとって、これはなんとも清々しい出会いだった。



「あ、ナズーリン!! 今、呼びに行くところだったんだよ!!」

本堂に駆け込もうとしていた響子をナズーリンが両手を広げて止めた。

「まぁ、ほとんど聞こえていたからね。
犬走椛どのがお見えなんだね?」

「そう!! もみじさん! スゴいカッコいいんだよーー!!」

いつにも増して興奮している山彦妖怪。
ニッと笑うナズーリン。

「そうだね、なかなかの【色男】だよね」

「おとこじゃないよーー! 女のヒトだよー!?」

「ものの例えさ、分かっているよ」



ナズーリンが響子を伴って歩み寄ってくる。

「やあ、犬走どの」

軽く手を上げたナズーリン、丁寧にお辞儀する椛。

「椛で結構です。
姫海棠はたてさまから貴方さまのことを教えていただきました。
折り入ってご相談があるんですが、よろしいでしょうか?」

「こちらもナズーリンで結構だ、社務所で伺わせていただこうか。
案内しよう」



「友人のことなのです。
ナズーリンさんもご存知の河城にとりのことです。
順を追って話します」

これまで見聞きした事実を感想を交えずに話す。 
細大漏らさず正確に。
簡単そうで実は難しい伝達作業だが、椛は得意としている。
そもそもこれができなくては哨戒・報告の任務はこなせない。

「以上が私の見聞きした全てです」

ナズリーンは話の途中から半眼になっていた。
胡散臭い、下らない話と思われてしまったろうか。
無理もないが、このままではいけない。
椛はなんとか話に乗ってもらうべく、フォローを試みる。

「単なる色恋沙汰です、お手を煩わせるようなことではないと重々承知の上ですが、なんとかお力添えを」

切羽詰まった椛の訴えを片手を上げて制した賢将。

「椛どの、随分と堅苦しいなぁ、にとりには私も世話になっている。
なんとかしてやりたい気持ちは一緒だよ?」

そう言って表情を和らげた。

自分の地位を必要以上に意識してしまっている白狼天狗は、明らかな外敵以外にはいつも下手に出てしまう。
これは習性とも言える。

ナズーリンの半眼は真剣に考えている時の癖。
相手によっては不快感を与えてしまうので注意しているのだが、気を抜くとやってしまう。
今のナズーリンはかなり真剣に考えていた。


「椛どの、いくつか確認したい、そしてキミの意見を聞きたい」

ネズミの賢将が聞いてきたのは、ハニーの風体、滞在時間帯、雛の寝方、雛とハニーの話し方や対応、等々。
椛自身はハニーを見たわけではないし、雛とも直接の面識はない。

「にとりが感じた雛=ハニーの仮説についてキミはどう思う?」

「私は二人を別々の場所で感知したのです、だから無いと思います」

「それを伝えたのに、にとりは合点がいっていないようだったんだよね?
 何故だろうね?」

「恐らく、同一人物だったら良かったのに、それなら自分はこんなに悩まなくてすむ。
そういった願望があったからだと思います」

事実関係を再確認しながら、椛の感想、考察を巧みに聞き出す。

「ふーむ、興味深いね、キミは目が良いだけではなく、洞察にも秀でている」

「わ、私のことはどうでもいいんです、にとりが心配なんです」

ナズーリンは椛をじっと見つめた。
美少年然とした面。
涼しげな眼差し、うすい唇、肌理の細かい艶やかな頬。
アップに耐えられる造作だ。

(精悍と言って良いほどの面立ちだけど、柔らかさと妖艶さもあるな。
これはかなり女を泣かせるだろうね)

確認、問いかけが続く。

「椛どのがハニーの姿を見ておけば印象も聞けたのだが」

賢将の言葉に眉根を寄せた千里眼使い。

「白状いたします。
実は厄神さまのお住まいを【視た】とき、工房の中も【視た】のです」

犬走椛は能力の使い方に自ら制限を設けおり、そのことを他者にも明確に伝えている。
便利な能力だが、興味本位で際限なく行使すれば【覗き魔】のレッテルが貼られるだろう。
だから椛は能力を行使する際はあえて声高に宣言するし、普段の生活態度も律し、自身の言動が信用されるよう心掛けている。
たとえそのつもりが無くとも、この能力を持っていると言うだけで忌み嫌われる存在となるかもしれないから。
かの地霊殿の主のように。

「それなら話は早い、どんな印象だった?」

「それがはっきり視えなかったのです、ぼんやりとしか。
なにかの呪でしょうが、単なる魔力や妖力とは違うような気がしました。
恐らく距離を置いたら完全に【視界】から消えるような気がします」

「それは重要な情報だ、ふーむ、何かの能力かな? 
悪さをするとは思えないが、椛どのが【視られない】時点で何とも怪しいね。
正体を隠す準備をしてきているとしたら尚更怪しい。
どうやらハニー側からの解明は一筋縄ではいかないようだ。
それならばどうするかな?」

ナズーリンは顎に手を当てたまま、椛に問いかけた。

「進展があるという保証はありませんが、今の時点では厄神さまから直に話を聞いてみるしか無いように思います」

厄神さまが何か知っていたとしても、トボケられたらそれっきりだ。
だが、今のところそのくらいしかできることはなさそうだ、普通であれば。
ナズーリンには情報収集の【手段】が別にあったが、椛に言えることではないので黙っていた。

「まぁ、そんなところだね。
しかし、話すにしても厄対策が必要だね、どうする?」

「射命丸さまならどうにかしてくれると思うんです」

(厄くらいならいくつか手はあるけど、椛どのが鴉天狗を頼りたいのならそれも良いだろう。
私も風神の化身と呼ばれる射命丸どのの力を見てみたいしね)

「それでは早速行くとしようか」

二人が立ち上がった時、社務所の扉が開いた。

「ナズーリン……あ、ごめんなさい、お客様でしたのね、失礼いたしました」

お盆を持ったまま軽く頭を下げたのは寅丸星だった。

「構わないよ、ご主人。
話は粗方済んだところさ、これからちょっと出かけてくるよ。
あ、椛どの、私の主人、寅丸星だ。
ご主人、こちらは山の哨戒天狗、犬走椛どの」

「犬走椛さんですね、寅丸星でございます。
お山の皆さんには大変お世話になっております」

毘沙門天の代理が改めて挨拶をする。
椛も返す。

「犬走椛です。
本日は賢将と名高いナズーリンさんのお知恵をお借りしたく伺いました」

「まあまあ、そうですかー、どうぞどうぞどうぞ」

寅丸はナズーリンが褒められると、我が事のように喜ぶ。

「ご主人、ご用はそれかい?」

主の持つお盆に目をやる。

「ぼた餅を作りました。
すぐにお出かけなら包んできますね、オヤツにしてくださいな」



「もみじさーーーん!! また来てくださいねーー!!! 

「うん、次は響子に会いに来るね」

「きっとですよーー!!」

二人は山彦に見送られながら命蓮寺を後にした。





「この辺りで射命丸さまに会えると思います」

「ほう、【千里眼】の力かね?」

「そのようなものです。後少しでここを通るはずです」

山の中腹、木々の少ない岩場に降り立った哨戒天狗とダウザー。
実は椛と文は毎日この時間にこの場所で待ち合わせている。
互いに用事があれば仕方ないが、何もなければここで寸暇の逢瀬を楽しむことにしている。
椛の任務時間は割と固定されているし、文は幻想郷のどこにいても数瞬で駆けつけられるから逢瀬のかなう確率はかなり高かった。
今回はたまたまその時間が近かった。

厄神さまと話をするのは椛一人。
見知らぬ妖怪が側にいては会話も鈍るだろうとの、ナズーリンの提案だが、元より椛はそのつもりだった。

「それなら、射命丸どのが来るまでオヤツにしよう、さあ、どうぞ」

濡れていない岩の上で包みを解く。
ぼた餅が六つ。

一つを口にした白狼が仰天する。

「このぼた餅、美味しいです! これまで食べた中で一番美味しいです!」

もっしゃ、もっしゃ、もしゃもしゃしゃ、むぐむぐと咀嚼する速度が上がっていく。

「それは良かった、私は一つで十分だから残りは全部召し上がれ」

「むぐっ! むぐぐう!?」(いいんですか!?)

無邪気な驚きの笑顔、なんとも愛嬌がある。

(ははは、これは誰でもヤラれるな、とても可愛いじゃないか)



いつの間にか射命丸文が降り立っていた。
ナズーリンに一瞬だけ不審気な視線を向けたが、記者モードで対応を始めた。

「ナズーリンデスク、お久しぶりですね。
本日は山にどんなご用ですか?」

誰に対しても物怖じしない文ではあるが、このナズーリンは微妙な相手だった。
以前、姫海棠はたてと新聞のランキング入りを競ったが、ナズーリンの指導によってその才能を開花させた彼女に敗退した。
その後、このネズミ妖怪の指導の元、はたてと共同で作った新聞は大変な反響を呼んだ。
記者としての自分の特性と可能性を掘り起こされ、叱咤され、容赦なく錬成された。
正直苦しかったが。あの時の経験によって間違いなく記者レベルが上がった。

いつかは見返したいが、感謝もしたい、借りも返したい相手。
意地っ張りの文にとって、複雑な思いのある難しい相手だった。


「椛どのに呼ばれてね、ちょいとした野暮用なんだ、気にしないで欲しいんだがね」

「ふーん、その野暮用ってのがとっても気になりますねぇ」

お互い牽制しようとしていたところに無邪気な声が割って入った。

「あや、射命丸さま! このぼた餅、とても美味しいです! どうぞお一つ!」

椛が嬉しそうにぼた餅の包みを差し出してきた。

その勢いに毒気を抜かれた射命丸がやれやれと白狼天狗を見た。

「もう、椛ったら。
あら、口の周りに餡コがついているじゃない。
アナタはしっかりしているようで、ところどころ抜けているのよね。
放っておけないんだから、まったく……」

ハンカチで椛の口を拭ってやる。
椛も目を閉じ、文にされるがまま。

ごしごし…… じいぃぃー

ナズーリンの視線に気付いた文が慌てて身体を離した。

「お構いなく。どうぞ続けてくれたまえ」

続けられるわけもない。



「事情があって、厄神さまに会いたいのですが、私では厄に耐えきれません。
射命丸さま、なんとかならないでしょうか?」

少しだけ気まずかった場の空気を、椛の凛とした声がかき混ぜた。
文も通常モードに戻った。

「ふーん。厄神さま、鍵山雛さんですね?
天狗同士のよしみです、力添えいたしましょうか」

あくまで二人の仲は秘密のつもりなので【天狗同士】を強調する。
文は詳しく問わない。
きっと後で椛が説明してくれるから。
だから最信の片翼の願いをかなえることに力を傾ける。

文が羽団扇を軽く振ると、椛の周りを風が通り抜けた。
その風が【ぐいっ】【きゅるっ】と戻ってきた。
その風はひゅるひゅるとたくさんの小さな渦巻きとなって椛の体にまとわりつく。
白狼は賑やかな風のガウンを羽織らせてもらった。

「その風がアナタを【厄】から守るわ。
日が落ちるまでは保つでしょう」

高位の鴉天狗であり、風を操る能力を有する射命丸文ならではの具現。
ナズーリンは心底感心していた。

(これは見事なものだ、単に大きな力を放出するのではなく、必要な力をコンパクトにまとめ、しかも持続させるている。 
繊細で複雑な制御を瞬時にやってのけるとはスゴいな。
射命丸文、思っていたより上級の力の持ち主だ、やはり侮れない)


「文さま! スゴいです! 素敵です! あーちょっとくすぐったいですけど」

興奮のあまり『射命丸さま』と呼び損なったが気づきもしない。
まとった風のガウンの具合を確かめるように、くるりと回って見せる。
あら可愛い。

文は珍しく無邪気な椛の様子に目を細めていた。
なんだかいつも白狼天狗に主導権を握られている気がするので軽口が出てしまう。

「厄神さまにどんな御用か知らないけど、浮気はダメよ?」

ふふん。
余裕たっぷりに笑って見せる。

「浮気? ……ですか?」

文に向き直り、ぴくっと眉を上げた椛。

その顔を見てはっとする文。
しまった、調子に乗って余計なことを言ってしまった。
無表情になった椛が自分を正面から見据えている。

「浮気なんてありえませんよ。私は文さまにすべてを捧げたんですよ? 
文さまの魔性の虜なんですから」

いたって真面目にモノスゴいことを言い放った。

「ちょっとぉ! 魔性の虜ってなによ! ヒト聞きが悪すぎるじゃない!」

そうは言いながらも、もはや第三者の存在を失念している天狗ラバーズ。

「私、文さまのしなやかで滑らかな肢体を隅々まで味わってしまったのです。
そして、とても感じやすくて被虐嗜好が旺盛な文さまの本性を知ってしまったのです。
そんな貴方に夢中になっています」

「あの、もっ、も、椛? ちょっと?」

「『ダメヨダメヨ、ヤメテヤメテ、ユルシテユルシテ、ナンデモシマスナンデモシマス』
 懇願する時の文さまは素晴らしく愛らしいんです」

「あの、あの、あの、あの」

目を真ん丸くして赤面している文、余裕はとうに吹き飛ばされている。

「強くて賢いのに、弱くて可愛い文さま、素敵過ぎます。
私はもう、他のモノでは満足できません、できるはずがありません。
犬走椛は、もはや射命丸文さま無しでは生きてはいけません。
これが虜ということですよね?」

真剣な眼差しに怯んでしまう最速の鴉天狗。

「あの、あの、あの、あの」

「お疑いなら、幻想郷の中心で愛を叫んでも良いのですが……」

そう言って、にいっと口の端をつり上げる。 

「お、お願いだからそれはヤメてー!!」

椛の眉が再び、ぴくっと上がる。
その表情は難色、あるいは不満を伝えていた。

「……お願い? 文さま……【お願い】の仕方は教えたはずですよね? どうするんでしたっけ?」

椛が決めた【お願い・おねだり】するときのかなり恥ずかしいルール。
ここで解説するのはちょっとマズい。

「あ、あの、でも、でも……」

文はスカートをいじりながら、キョロキョロ、もじもじ。
そこでようやくネズミ妖怪が視界に入った。

「あの、あの、ヒト前であの格好はちょっとぉ……」

白狼天狗も第三者を思い出した。

「ん? 左様ですね、うっかりしていました。
保留といたしましょう、夜で結構です」

だが、妙にテンションが上がってしまった椛は止まらなかった。

「今夜はお礼も兼ねてシチュエーションプレイをセッティングいたしましょう」

ふっと優しい表情になった椛、少し安心した文がたずねる。

「シチュエーションプレイ?」

「≪わがままでちょっと意地悪な【文お嬢様】に仕える召使いの純朴な少年【モミジ】≫でいきましょうか。
今宵、一緒に入浴することを強要され、目隠しをし、真っ赤になりながら、おずおずと憧れの【文お嬢様】の体を洗う初心な少年【モミジ】。
しかし【文お嬢様】は執拗に際どい誘惑を仕掛けてきます。
そして【モミジ】はとうとう我慢できずに暴走してしまいます。
『モミジ! なにをするの!? この無礼者!』
『あ、文お嬢様がいけないんです!!』
『だ、だめよ! キスはだめよ! そ、そこ、そんなに強く掴んじゃだめぇ!』
『文お嬢様をメチャクチャにしたいんです!』
……こんな流れでいかがでしょう?」

目線が右上方へ固定されたままの射命丸文がしばらくして返事をした。

「あの、その、う、うん、それでいいと思うわ……」



「それではナズーリンさん、私は行って参ります、後ほどお寺にうかがいますので。
文さま、ありがとうございました」

飛び立っていく白狼天狗を見上げている伝統の幻想ブン屋。 
胸を押さえ、腿をこすり合わせながらなにやら呟いている。

「射命丸どの、射命丸どのっ!」

ナズーリンが話しかけるが反応がない。

「んーと……文お嬢様?」

ビックーーンッ! 
一尺ほど飛び上がった鴉天狗。

「!? い、いまのは、あの、ちょっと違う話なの、そう、じょ、冗談なのよ!」

「射命丸どの、なにやら複雑な事情がお有りのようだが、聞かなかったことにするよ。
なにせ、個人の嗜好に関することだ、面白おかしく振れ回って良いものではないからね」

真面目くさって話しかけてくるネズミ妖怪を見た文は、今更ながらことの重大さに気づいた。
最も注意しなければならない相手の前でトンでもない痴態を晒してしまった。
なぜ存在を忘れていたのか、気配を感じられなかったのか、迂闊にもほどがある。

「まぁ、色々と参考になったので礼を言おう。
ところで、折り入って頼みがあるのだが、聞いてくれるだろうか?」

断れるはずがなかった。



鍵山雛は無縁塚の入り口辺りでくるくる回っていた。
雨はあがったが、川が澄むにはしばらく時間がかかりそうだったから。

何かが自分めがけて飛んで来ているようなので回転を止め、待ってみる。
先日永遠亭でにとりの容態を伝えてくれた白狼天狗だった。
山の妖怪は厄エリアをおよそ知っているのでその手前で止まるのが常だった。
だが、白髪の天狗はエリアに入ってもさらに近づいてくる。

「と、止まってください!!! 危険です!」

「厄神さま、私は哨戒天狗の犬走椛と申します。
お話ししたいことがございます」





ナズーリンは社務所で白狼天狗の報告を聞いていた。

椛はまず【べとべとさん】のハニーに心当たりはないかと雛に聞いた。
剛速球をド真ん中、彼女らしいと言えばらしい。
『知りません』との回答。そりゃそうだ。
厄神さまの答えは予想の範囲。
続く二球目。

『河城にとりはその妖怪に心を乱されています』

剛速球投手犬走椛の二球目はアウトローぎりぎりのストライク。

「そのときの厄神さまの反応は?」

「驚いておいでのようでしたが、言葉は何もありませんでした」

そしてトドメの三球目。

『河城は貴方さまに恋しています。
なのに毎夜通いの妖怪にも心を奪われそうな自分が許せずに苦しんでおります』

対角のインハイへ本日最速の速球が唸りをあげて決まった。

(椛どの、スゴいな。厄神さまはあまりの球速と厳しいコースに思わず仰け反っただろう。
にとりの恋心は内緒、とは言われていないようだが、それでもこんなにストレートに伝えてしまうとは)

「椛どの、厄神さまは何と?」

「大変動揺されていましたが、はっきりとしたことは何も」

「それでも何かあったろう?」

「はい、声には出ていませんでしたが、口の動きは『そんな、そんなつもりじゃ』と。
その後はずっと俯いておられ、話を続けることが適わず辞去してまいりました」

哨戒天狗は眉間に皺を寄せ、頭を下げた。

「ナズーリンさん、申し訳ございません。
勇んで出かけたのに、全く情報を取れませんでした」

「そんなことはないよ、とても有益な情報があったよ。
椛どの、お疲れさま」

小さな賢将は白狼天狗を労う。

(この揺さぶりで鍵山雛とハニーに関係があることは確定だね。
しかしまぁ、犬走椛どの、真っ直ぐ過ぎるほどの感性と友を思いやる心根、そして抜群のエロスのセンス。
この娘と知り合いになれたことは大きな収穫だ、うん)

「さて、次は私の番だね。
ハニーのこと、些か心当たりがある、今夜中に調べておくよ」

「ナズーリンさん! 何か分かったんですか!?」

「道は見えてきそうだ、確認せねばならないことがあるがね。
まぁ、白狼天狗きっての俊英、犬走椛どのがわざわざ頼ってきてくれたのだ。
力になれねば女が廃るってものさ」

そう言って不敵に笑った。

「よろしくお願いいたします!!」

椛は深々と腰を折った。





ナズーリンは椛を見送ると迷いの竹林に向かった。
今宵は週に一度の小宴、因幡てゐとの飲み会だった。
生来の性格と複雑な立場上、これまで友人のいなかった小妖同士が生まれて初めて友誼を結んだ相手。
憎まれ口を叩き合いながらスリリングな会話を楽しむひととき。
二人にとって大事な時間だった。

「ナズリン、今日は随分と早いじゃない?」

日が暮れて間もない頃、詐欺ウサギ(現在休業中)が屁理屈相談ネズミ(絶賛営業中)を迎える。

「てーゐ、今夜は妖怪の山で飲まないか?」

ナズリン、てーゐ、互いに呼びやすいように呼んでいる。

「ん? なんかあるの? ワタシに見せたいもの? それとも見て欲しいもの?」

察しの良さを隠そうともしない。

「まだ何とも言えないね、以前キミが話した【お師匠様】の道楽に絡むかもしれないから念のためってところだ」

「夜、山の中でふらふらしていたら天狗にしょっぴかれちゃうよ?」

「そのあたりは大丈夫だ、話は付けてある」

「準備万端なのね、また何か面倒ごと?」

「それほどでもないんだがね」

「ふーん、まあいいよ、後でじっくり聞かせてもらうから」



ナズーリンは寅丸から小宴用の酒肴とは別にぼた餅を包んでもらっていた。

「酒のツマミにぼた餅はないでしょ?」

「これは知り合いへの差し入れだよ」

にとりの工房に到着する。

「てーゐ、ちょっと隠れていてくれ、キミはいかにも怪しいから」

「アナタに言われちゃうわけ?」

「いちいち突っかかるなよ」

「ナズリンが余計なこと言うからでしょ?」

文句を言いながらも姿を消すウサギの長老。
工房の戸を叩くネズミのダウザー。



「あれ? ダンナ、どうしたの?」

「親方、こんばんは。
ご主人様がぼた餅を作ったんだ、食べておくれよ、おいしいから」

元気のない河童娘と工房内の様子を瞬時に確認する。

「あの、あ、ありがとう、え……と」

「用事はこれだけだよ、では失礼する」

にとりは何か話したそうだったが、切り捨てるように辞した。



工房の裏口の鍵がかかっていなかったことを確認したナズーリンは、帰ったと見せかけ、てゐを伴い、裏へ回り込み、室内に忍び込んでいた。
工房内の物陰に隠れ、息を殺している。
引っ張り回されている相方のウサギ妖はため息を一つついただけで黙っていた。
相棒のネズミ妖の無茶に慣れてきている自分へのため息だった。


にとりはもちろん侵入者に気づいていない。
いつもの溌剌とした動きではないが、それでも作業をこなしている。
差し入れのぼた餅をつまんだ。

「あ、ホントおいしいや、親方、いつもありがとう」

誰も見ていないはずなのにわざわざ口に出し、お辞儀をする。
こんなところに誠実さが表れる。



しばらくして戸が叩かれた。

「ハニーかい?」

「うん」

にとりは客を迎え入れる。

「約束通り、今日、渡すからね」

約束の五日目、思い悩みながらも手を動かし、仕事をこなしていたエンジニア。

「そ、そう」

【べとべとさん】は何か言いたそうに見える。

「あと少しで調整が終わるから待ってて。
あ、ぼた餅食べてよ、とても美味しいから」

すすめられたぼた餅を口に含んだハニー。

「う、うん、うぷ、お、おいしいねー」

「ハニー、無理するなよ、甘いのダメなんじゃないの?」

「でも、せっかくにとりが……いただきます!」

もしゃもしゃもしゃ。

「無理しなくていいのに……ハニーやっぱりアンタ……」

苦笑しているにとり、でもその顔は泣きそうだった。



そうこうしているうちにオルゴールの調整が終わった。

「これで大丈夫なはずだよ」

クランクを回しゼンマイを巻くにとり。

流れてきたのは楽しげながら少しうら悲しい旋律【うれしいひなまつり】だった。

にとりとハニー、しばしの間、聞き入っていた。

「灯りをつけましょボンボリに、か、良い曲だね。
ハニー、修理完了だよ」

手渡された小さなオルゴールをじっと見つめているハニー。

「にとり、ありがとう、これはアタシの思い出の品。
アタシと一緒に流されたアタシの分身」

にとりに顔を向ける。

「ねえ、にとり、これを受け取って」

オルゴールを差し出す。

「? それはハニーの大事なモノなんだろ?」

「だからアナタにあげるの、いえ、河城にとりに持っていて欲しいの」

にとりは返されたオルゴールを受け取る。

「アタシ、今夜でお別れするわ。……アナタに言わなくちゃいけないことが」

「いい! いいんだ!! 何も言わなく良いよ!」

ハニーの話を遮り、抱きついたにとり。

「に、にとり!?」

「いいんだ、いいんだよ、ありがとう、ハニー」

どれほどの間抱きあっていただろう。
二人とも涙を流していた。

『ごめんなさい』『ありがとう』

お互いに何度も繰り返しつぶやいていた。





「ワタシに見せたいのって、あのハニーって娘ね?」

こっそり外に出た最凶コンビの片割れが言った。

「ああ、そうなんだけど、ほとんど片がつきそうな気配だったね」

ナズーリンは射命丸文に山の【べとべとさん】はどのくらいいるのかと、確認していた。
それぞれの名前も。
山のことで高位の天狗である文が知らないことはほとんどない。
だが、他人においそれと話して良いことでもない。
しかし、とある事情から射命丸は密偵ネズミに話してしまっていた。
結果、【ハニー】と言う【べとべとさん】はいなかった。

雛とハニー、外見も性質も嗜好も異なるがナズーリンは雛=ハニーと断定した。
おそらくにとりもそう確信したのだろう。
文からの情報、椛に揺さぶられた雛の反応、これらからナズーリンは断定したが、にとりは先ほどのやりとりの中で決定的な何かを感じ取ったのだろう。

では、ハニーの正体は? 同時に別の場所に存在するカラクリは?

ナズーリンは以前てゐから聞いた八意永琳の【道楽】を思い出し、相棒を実地検証に引っ張り出したのだ。



「師匠さまが一時【召使い造り】に凝っていたのは話したよね?」

因幡てゐが語り始める。

鈴仙、今も頼り無いけど、昔はもっとダメっ娘だったのよねー
それでお師匠さまは役に立つ召使いを造ろうとしてたのよね
結構いろんなの造っていたわ
人間を元にしたり、妖怪を元にしたりね
なかなか上手く行かなかったみたいだけど
自分で考えられるようにするのが難しいらしくて、結局よその魂を封入することにしたらしいんだけど、なかなか上手くいかなかったって
ん? あのヒト、面倒ごとに限ってワタシにこっそり相談してくるんだよ?
ふふん、今と変わってないかもね、ナズリン?

イキモノの造っちゃおうってんだから、バチあたりだよねー
ほとんど神様のやることだけど、あのヒトってそこいらの神様よりよっぽど【力】があるからね
しばらくしてスゴいのが完成したみたいなの
ほとんど奇跡だったって言ってた
自分の髪の毛を使って、姫さまの能力も一部だけど移すことが出来たんだって
ほとんど完璧な従者が出来たって喜んでいたんだよ
でもソイツ逃げちゃったんだよね
どこに行ったかは知らないよ
もう一度って意気込んでいたお師匠さまに鈴仙が泣きながら言ったの
『私、頑張りますから、だから召使い造りはヤメてください』って
そんなこと言っちゃったからそれまで以上に扱き使われてるのにさ 
それ以来お師匠さまは【道楽】はやっていないみたいだけどね



「それであのハニーは?」

「お師匠様の蔵にあったよ、緑色の髪が目立っていたから覚えている。
意識だけを移せる妖怪型の入れ物、うーん【仮桶】だっけな?
入れる側はスゴい疲れるらしいし、四、五回使うとダメになっちゃうって言ってた」

「それで修理の日数にこだわっていたのか」

いろいろ合点のいったナズーリン。

(八意永琳と鍵山雛の接点がどこにあったのか不明だが、厄神さまはその【仮桶】を譲り受けたのだろう)

興味本位で鍵山雛を診断した八意永琳がお節介をしたくだりをナズーリンは知らない。

「嗜好や感覚は【仮桶】の体に依存するみたいよ」

「ふーん、それが好き嫌いの違いか、性格も【仮桶】に引きずられるのかな?」

「そこまでは分からないわ」

以前、ナズーリンが霧雨魔理沙から聞いた異変解決時の各面ボスとのやりとり。
鍵山雛と対戦した時の印象は、かなりハッキリとモノを言う神さまのようだし、ざっくばらんでお茶目な雰囲気だったと。
ならば山の妖怪相手にはかなり意識してイメージを作っていたのではと推測したナズーリン。
尊崇されている自分の立場を意識し、少々無理をして高貴な振る舞いをしていたのでは。
本当は一途で感情的で取っつきやすい性質なのかもしれない。

優しいにとりと触れ合いたいと強く願い、怪しい医者の申し出に乗ったのだろうか。
あくまで仮の存在だったはずなのに河童童の娘との交流は予想以上に楽しかったのだろう。
しかし、仮の自分が想われてしまうとは予想していなかった、だから慌てたのか。



「そういうことか、うん、大丈夫そうだ」

今回の小騒、放置しても問題なし、むしろ放置すべきと判断したナズーリン。

「んー、ナズリン、最初からきちんと話してくれるんだよね?」

片目をつぶって意地悪そうに問いかけるウサギ妖怪。

「お、その顔、なかなかイケるな、グッときたぞ、可愛いよ、てーゐ」

「ゴマカさないでよ! 変態!」

「まぁ、今宵はちょっと歪んだ優しい恋の物語を聞かせてあげよう」





翌日、ナズーリンは犬走椛に事の顛末を話した。
存在自体がヤバげな八意永琳製の【仮桶】の辺りはボヤかしたが。

「この先二人はどうなるのでしょうか?」

「にとりは雛がハニーと気づいたのだし、そのことを雛も分かっているはずだ。
きっかけがあれば互いが気持ちを打ち明け【福了】、いやこの場合は【福始】になるだろう」

それでも心配そうな椛。

「きっかけはどうするのですか? このままではなんとも不憫です。
離れたまま短い時間の会話だけなんですよ?」

「まずは厄対策からだね。
我らがエンジニアは【超】一流だ、きっと奇跡を起こすさ」



一日おいて河童のエンジニアの工房を訪れたナズーリン。
落ち込んでいたら喝を入れてやろうかと思ったが、スッキリした表情のにとりを見て安心した。
たわいない話が一区切りしたところで純情河童が穏やかに告げた。

「あのねダンナ、ワタシ厄神さまが、雛が、本気で好きになっちゃったみたい。
神さまなのに好きになっちゃったよー。
まいったなー、ホントまいっちゃったよ」

顔をでれんでれんにして体をぐねぐねと動かす。
少し気持ち悪いが、かなり高めの本気度だ。

「もっとお話ししたいし、手だってつなぎたいし、仲良くなりたいの」

なにやら吹っ切れて楽しそうだ。

「しかし、今のままではそばにも寄れないんだろ?」

「厄対策を考えたんだよー、あれなんだけどね」

にとりが指さしたのは作業机の上にある大きな腕輪。


魔理沙の腕輪を作ったときに【星成分】を調べたの
それがヒントだったんだ
特定の成分を集めることが出来たんだから厄も集められるかなって
厄の正体は未だに分からないけど川に流すくらいだから水に馴染むと思ったの
あの腕輪の中、水がぐるぐる回っているんだよ
ワタシ、実は水を操れるんだよね
川を逆流させたりとかは無理だけど
このくらいの量ならなんとでもできる
雛は黙っていても厄が集まっちゃうみたい
その厄を一時的に腕輪の中の水に取り込ませて保定させるの
そんなに多くの厄は溜められないけどそれでも二三刻はいけそうだよ
あと少しなんだ
必ず完成させてみせるよ



「ダンナ、ワタシ、ぶきっちょなんだ、いろいろと。
モノを造ったり、バラしたり、それしか能がない。
その他は、からっきしダメなんだよ。
だから、造るモノで想いを伝えようと思うの。
やってみるよ」

にっこり。

【超】一流の製作者の決意、その姿は間違いなく美しかった。






「初めまして、かな?」

「そうね、これが本当の初めまして、ね」

「雛、って呼んでいいのかな?」

「もちろん。 私もにとりって呼んでいいでしょ?」

「じゃあ、雛、ワタシ、雛に話したいことがいっぱいあるんだよ」

「それはとっても楽しみだわ、聞かせて。
でも、にとり、私の話も聞いてね?」

「うん、もちろん」

そう言いながらも河童のエンジニアと流し雛は手を取り合って黙って互いを見つめているだけ。

ようやくスタートラインについた二人はそれだけで幸せだった。





紅川です。待っていてくださった方には重ねてお詫びいたします。
遅くなってしまいました。
私の東方熱は冷めていません、冷めるどころかギアが一段上がっております。
椛が目立ちすぎかなと。
椛の能力とさとりの能力はかなり似ているなと。
ナズとにとりはウマが合うはずだなと。

無謀なことを計画しております、本出そうかなと、出展しようかなと。
その辺りのドタバタはサイトのブログをご覧ください。

次はチャンバラ庭師がナズーリンにイジクり回される話の予定です。
http://benikawatoramaru.web.fc2.com/index.html
紅川寅丸
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コメント



0.1390簡易評価
5.100名前が無い程度の能力削除
ぜひそのままのスタイルで突き進んで下さいお願いします! なんでもしますんで!
9.100君の瞳にレモン汁削除
続き待ってた!紅川さんきた!これで勝つる!!

文さんもう完全に喰われてるじゃないですかーやったー!!

……皆揃いも揃って変態しかいないじゃないですかーヤダー!!

本が出るなら買うしかない。
これはC82以降全裸待機!!
10.100名前が無い程度の能力削除
いやぁ面白かったぞ
特に野球の言い回しがうまかった
12.100終焉刹那削除
朝っぱらからエロイもん見てしまった、間違えたエライもんってあんま変わらんか。
いやーおいしい、おいしいよー牡丹餅!ごちそうさまでした。
13.90奇声を発する程度の能力削除
とても面白く、あっという間に引き込まれました
14.100名前が無い程度の能力削除
きたで!きおったで!

あなたの望むように、望むがままに
でも委託もして欲しいかmドゴォ

はたパチェはよ
16.100名前が無い程度の能力削除
イケメン美少年の椛がいいーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!
召使役採用!!!
18.90名前が無い程度の能力削除
ああ、やっぱりナズの下ネタって「ろくでもない」って思われてたんだ
話が合う慧音とはたてもそっちの世界の住人なんやな…
19.100アリス・マーガトロイド削除
 久々の新作に心が躍りました。そして、今回も楽しく読了する事が出来ました。
 ただ、時系列で飛んでしまっている魔理沙の【八望手纏】などが唐突すぎる上に話にも全く関係なく、
過去の話を読んでる人へのファンサービスなのもしれませんが蛇足に感じました。
この話が先で『二人がプリポナ!』が後だとすっと伏線回収として受け止められたのですが。
 次に、90kb有る割には本筋のにとりと雛(ハニー)の二人の繋がりといいますかエピソードがやや少なく感じました。
もちろん、連作で独自の世界感、個性あるキャラ達が複数いるからこそ話がどんどん展開して長編となったとは感じております。

批判ばかりとなりましたが点数は100点です。次回も心待ちにしております。
(全話読んでる者としては当初出番の無かったキャラや神霊廟のキャラなども含めた改訂版『ナズーリンの星』の話などが読みたいです)
22.100名前が無い程度の能力削除
にとり君
お兄さんにもう少し詳しく雛の裸体のことを聞かせてくれないかな?
26.90なるかみ削除
いろいろウィットの効いた独特の表現があって、とても楽しく読ませていただきました。

ちなみに、神社の事務所を社務所と言いますが、寺の事務所は寺務所と呼ぶことが多いです
28.無評価紅川寅丸削除
5番様:
 ありがとうございます、スタイルなどと言っていただき恐縮です。
 まぁ、他は書けないんですけどね、がんばります。
君の瞳にレモン汁様:
 それでも文はとっても幸せなんだと思います。
 いつ、どのイベントとは決まっていませんが、準備を開始します。ありがとうございます。
10番様:
 ありがとうございます。野球言い回しは他にも用意しています。
 【ピッチャーナズーリンとしては、ランナーを背負った場面で最も対戦したくない強打者、十六夜咲夜。どこへ投げても打たれそうだ】なーんて。
終焉刹那様:
 早朝よりありがとうございます。寅丸はあんこ作りが得意なのです、あ・ん・こですよ?
奇声様:
 いつもありがとうございます。最高のお褒めの言葉です。
14番様:
 ありがとうございます。少し先になりますが、ナズとはたてが紅魔館でお泊りする話があります。テンションが上がりすぎて壊れそうなパチュリーをいつものように小悪魔がビシッと抑えます。ご期待ください。
16番様:
 イケメンで優しくて、エロい椛、私の中では確定しています(笑)。ありがとうございます。
18番様:
 やっぱりって……少し謙遜(?)したのに。でも、にとりも【こちら側】ですよ。
アリス・マーガトロイド様:
 ご指摘、ありがとうございます。魔理沙の件、確かに独りよがりの感がありますよね。
 にと雛のエピソードについてもおっしゃる通りかもしれません、現に二人の交流場面を二つカットしました。(長すぎるかなって思ったから)
 全作丁寧にお読みいただいた方からの心のこもったご感想、今後の糧とさせていただきます。
22番様:
 ありがとうございます、もう、えっちなんだから……
なるかみ様:
 寺務所の件、ありがとうございました。知らなかった。次からはこちらでいきます。
30.100名前が無い程度の能力削除
新作!今回はにと雛ですか!
にとりは魔理沙が好きかと思ってたら裏でこんな葛藤があったんですね。
光学迷彩スーツで他にもやらかしてなきゃいいんですけど。
それにしてもこの椛エロすぎである。勇パルのときの健気さとは大違いですな。

一輪さんの野菜♪命蓮寺メンバーの影が薄くなるのは仕方ないことか。
サイドストーリーももっと読みたいです!
はたパチェ予告があり嬉しい限りです♪
31.無評価紅川寅丸削除
30番様:
 ありがとうございます。椛は一貫して真面目エロです(w)。
 命蓮寺ネタは結構用意しております、ただ、書くのが追いつかないだけです(何を偉そうに)。
 サイドストーリーの短編としてアップできたら良いなと思う今日この頃です。
32.100名前が無い程度の能力削除
いいね
35.100名前が無い程度の能力削除
最初は長いなと思ったが、読み進めるうちにどんどん引き込まれていく、続きが気になる良いお話だた。変態達の純愛。
ちょっとした言葉使いから、愛を感じずにはいられないなぁ。

ところで文お嬢様は夜まで我慢できたのかな?ん?どうなのかね?
36.無評価紅川寅丸削除
32番様:
 ありがとうございます。
35番様:
 お褒めの言葉、恐縮です。
 文は椛の「待て」に忠実です。もじもじごそごそしながらイイ子でおとなしく待っていると思います。
37.70ぺ・四潤削除
規制解除だー!
今更ですしアリスさんが大体言いたいことを言ってしまったので端折ります。
前にも魔理沙の話で似たような情景描写が無くて台無しになってしまったことがあったので今回のことは非常に悔やまれます。
70点か60点か迷いましたが文ちゃんがエロかったのでプラスして今回はこの点数で。
39.無評価紅川寅丸削除
ぺ師兄:
 今後の作品で挽回します、それだけしかありません。
 
45.100名前が無い程度の能力削除
ナズーリンくん、ほったて小屋に帰りたまへ。
50.100名前が無い程度の能力削除
ここで地霊殿の名が出ていたのか。さとりが自身の能力をどう捉えているか、楽しみです。