Coolier - 新生・東方創想話

絶対にゆるさない……

2012/05/08 19:54:42
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 コツ……コツ……コツ……

 私の手の中には、可愛らしいお人形がある。
 触れても梳くことができない、布でできた髪と。
 着せ替えることもできない、桃色の服が可愛らしいお人形。
 ベッドと、石壁しかない部屋の中で、私は楽しくって、嬉しくって、いつも笑っていた、と思う。
 
 コツコツ……コツコツ……

 だって、お人形さんの黒い羽根なんて、もうおねーさまそっくり。
 私が指を動かすたび、表情がくにくにって変わるの。
 だから、私は寂しくなんてない。
 生まれてから、10年ちょっとくらい経つらしいけど、そんな時間は私たちにとって全然意味がないっておねーさまが教えてくれたから。

 コツコツコツ……コツコツコツ……

 おねーさまから貰った初めてのプレゼント。
 私がここで意思を持つようになって、初めて触れたモノ。
 手を動かしてあげると、凄くうれしそうにする。
 羽を動かしてあげると、凄くたのしそうにする。
 それだけでも笑顔が零れちゃうのに。
 もうすぐお友達が来てくれるんだって。
 『せーりゃくけっこん』
 って、おねーさまが言ってた。
 二人目の子供として産まれたら、そうするのが決まりだって。お父様もお母様も言ってたし。
 だから、家族以外誰にも会っちゃいけなくて。
 外にも出ちゃいけないんだって、穢れちゃうから。

 コツコツコツコツ……

 それでね、今日はその『名家の旦那様』っていう人が来るらしくてね。遊んでくれるっていうのよ。
 素敵でしょう、おねーさま。
 ほら、足音だってもう、扉の前。

 コンコン、

 ノックの後に、声がして羽がピンってなっちゃった。
 だって、お父様以外の男の人の声なんて聞いたことなかったから
 もう、私は石畳が壊れちゃうんじゃないかってくらいの勢いで駆け出して、慌ててドアを開けていたわ。
 あ、でも、おねーさま言ってったっけ。
 あまり動きすぎると、落ち着きのないレディに見られてしまうって。あ、失敗しちゃったかな。

 え、元気があっていい?
 可愛いって?


 当たり前だよね、私、おねーさまの妹なんだもの。
 あ、でも、知らない人におねーさまのことを言うときはあいつって言わないとダメなんだっけ。
 仲のいい姉妹って思われたら、弱味を握られるっとか。
 なんかよくわかんないこといってたけど、まあ、いっか。


 なんでもいいから遊ぼうよ。お兄さん!
 私ね、この日のためにトランプを覚えたのよ。
 ポーカーっていうの、二人でやるとすっごく楽しんだって!


 え? もっと楽しいことがあるの?
 え? え? 凄く、気持ちよくなるの?


 どれぐらい?
 ポーカーの何倍くらい?


 え、ひゃ、100倍っ!?


 そんな遊びがあるなんて!
 凄いわ、おねーさま!
 外の世界には、私の知らないことが一杯あるのね!
 じゃあ、じゃあ、教えてよお兄さん。
 その楽しいこと、私に教えて!


 え? 遊ぶのにベッドのところにいくの?
 寝ちゃったら遊べないよ?


 ふーん、とりあえずこう横になる。
 それがルールなのね、お兄さん。
 うん、じゃあさっそく遊ぼう! 
 早く遊ぼう!
 いますぐ遊ぼ――



 あれ?




 ……あれ?




 なんでだろう。
 なんでなんだろう。



 お姉様が、泣いてる。
 ごめんなさいって、泣いてる。 
 ちょっとだけ、破れちゃったり、汚れちゃった私の服にしがみついて。
 私を強く抱きしめて、
 ずっと、ごめんなさいって言ってくるの。
 自分の力が、運命を操る力が自由に使えたらこんなことには、って。
 おねーさまが泣いてる。


 知らなかったんだって。
 あんな○○野郎だって思わなかったんだって。


 普段のおねーさまから聞いたことのない言葉がどんどん出てくる。それはおねーさまが私に使うなって言ってた、凄く汚い言葉。
 大人のレディが使ってはいけない言葉なんだって。
 それを聞いてみたら。

 今は特別なんだって。
 今だけはいいんだって。




 特別な日らしいから、私もちょっとだけ、おねーさまに甘えてみた。




 こわかったって。
 よくわかんなかったって。
 ぜんぜんたのしくなかったって。


 気が付いたら――



 吸血鬼のお兄さんが、消えちゃってた。
 紅い染みだけベッドに残して、霧みたいに吹き飛んじゃってたって。
 ちゃんと正直に話したの。
 ふらん、えらい?
 うん、褒めてくれる?
 えっとね、あと、私のお願い聞いて?
 うん、一つだけ、でいいから、ね?



 ねえ、おねーさま。




 私、ここで、遊んでるから……




 ずっと、ここにいて、いいよね……


 

















 コツ……コツ……コツ……

 廊下から足音が聞こえてくる。
 お人形遊びの途中だったのに、なんなのかしら。
 ああ、そういえば、お姉様がいってたっけ。
 新しい従者を一杯雇ったって、その中から私の遊び相手を探してくれるって。

 コツコツ……

 そういえば、お姉様変なこと言ってたなぁ。
 違う世界に飛んできたとか。
 食べ物は心配しなくていい、なんとかしてみせるとか。

 コツ……

 でもね。
 ここは、くすんだ色したお人形と、私だけの世界なの。
 外の世界が変わったとしても、何も変わらない。
 だから心配しなくてもいいのよ、お姉様。
 お父様とお母様が死んじゃったときも、私、泣かなかったでしょ?

 コンコン、

 あのとき、お姉様は私に抱きついて、泣かないでって言ってたけど。
 逆に笑っちゃったよ。
 だって、ほとんど会ったこともない相手が死んだからって何が悲しいかわかんない。
 だから今回だって平気だよ。安心して。ほら、お姉様の姿のお人形も、私が動かしてあげてるから今日も元気。
 ん~、でも、あんまり長く遊んでたから、ちょっとだけ埃とかで汚れちゃったかな?
 魔力でお掃除してるんだけどなぁ。

 コンコンコン、 コンコンコン、

 ああもう、煩いなぁ。
 せっかく私がお姉様のこと思い出してるのに集中できないじゃない。
 しばらく無視してたら消えるかなと思ってたのに、ノックは続いて、だんだん音が大きくなってくるの。
 もう、イライラする。

 イライラするなぁ……、邪魔するんなら、消えちゃえば……

「レミリアお嬢様から、ここにいけっていわれたんですけど~?」
「ほぇ?」

 あれ? 何? お姉様の命令?
 あ、そっか、遊び相手ってやつね!

「どうぞ、お入りなさい」

 じゃあ、私もちゃんとお招きしないとね。
 こほんって咳払いして、お姉様みたいに少しだけ声を低くするの。それが威厳ある態度の基本なんだって。
 床に座ったまま私が入口のドアをじぃって見てたら、ゆっくりと開いて。小さな影が飛び込んできたの。

「うわぁぁ……」

 そしたらさびっくりしちゃった、じーって眺めちゃったよ。
 だって、だって!
 すっごく可愛らしいんですもの!
 羽も私と違う、透明で、透き通って綺麗。
 まるで、まるで……

「お人形さん?」
「違うよ?」
 
 私と同じくらいの女の子。
 でも作り物みたいにくりっくりな瞳なんて、初めて見たわ。

「やっぱり、お人形さん?」
「ううん、私は妖精です。妖精のメイドさん」

 めいど、めいど……メイド?
 そういえば、そんな単語話してたっけ?
 お世話をしてくれる誰かが来るって。

「遊ぶようにと、言われてきたんだけど」
「あ、やっぱり遊んでくれるんだ! うふふ、嬉しいわ。何する? お人形遊び?」

 うん、なんだか軽い感じなのね。妖精さんってこんな感じなのかしら。
 でも、遊べるならなんでもいいかな。

「お人形? 私持ってないけど」
「ん~、仕方ないなぁ。ほら、ベッドのところの熊さんを貸してあげる」

 私は、ほら、このお姉様のお人形を使うから。
 ね? そっくりでしょう?
 じゃあ、私がお姉様の役をやるから、あなたが私の役ね。

「妹様役ですね」

 妹様? ん~、それって私のこと?
 ま、呼び名なんてどうでもいいか。
 ほらほら、ティータイムから始めましょう。二人だときっと楽しいわ。


『ねえ、お姉様。今日はどこでお茶を飲むの?』
「たまには、フランのお部屋もいいかもしれないわね」
『本当、お姉様。嬉しい』
「ええ、今日は私の大好きなBを準備したわ」


 ふふ、楽しい。
 やっぱり、二人だとすっごく楽しいよ。
 あ、妖精が小声で、『Bって何?』って聞いてきたけど、知らないのかな。紅茶の人間の味に決まってるのにね。
 ちゃんと説明したのに、まだ首をかしげてる。
 って、私も『人間』がどんな形で木になってるかわかんないんだけど。

「あの、妹様。そのお人形私に触らせてもらえません?」

 あ、こら!
 私が考え事してる間になにしてるの。
 これは、お姉様が私にくれた大切なお人形で、私以外が触っちゃいけないんだから。

 もう、邪魔しないでよ……、あなたは私の言うとおり遊んでればいいの……

 だから、やめなさいっていって――

 私は、人形を奪われないように胸に抱きながら、妖精を見た。
 そしたら、何か、見えるの。

 小さな、小さな、まんまるの黒い塊。
 それが、妖精の体の中にある。
 闇色なのに、それはすっごい綺麗で……
 遠いはずなのに、近くに見えて……

「妹、様? 目が、真っ赤で……」

 右手を伸ばせば、すぐ届きそう。
 だから私は、闇色の球体に来てってお願いしたの。
 そしたらね。
 私のお願いした通り、妖精の体からソレが出てきてくれた。


 綺麗……


 右手の上で、遊びながら、私を誘ってくるのよ。
 楽しいよ、楽しいよ。
 凄く気持ちいいよって。


 そう……


 これをぎゅっ、ってしたら。
 すごく、気持ち良いよって。



 だから、私は右手を動かしたの……



 きっと、素敵なことがおきるって、そう信じた。
 信じたのよ。


 なのに……


「――っ!」

 なんで、なんでよ!
 お姉様がせっかく連れてきてくれた、私の遊び相手。
 それが、『ばんっ』て。
 内側から弾けるみたいに壊れて、いなくなっちゃった……
 破片なんてどこにもなくて、服だけが残ってるの。
 
 あのとき、みたい。

 お兄さんが、いきなり私の目の前から消えたのと一緒。

 でも、あの時と違うのは。
 何かした感覚が、右手の中にこびりついてる。
 だから怖くなる。
 あのときは、お姉さま、許してくれたけど……
 今回は、どうなっちゃうんだろう。

「どうしよう……やだ、やだよ……」

 お姉様、怒っちゃうかな。
 私、ダメな子って思われちゃうかな。
 いらない子だって思われちゃうかな。

 片づけないと……
 
 残ったメイドの服だけでも、隠さな……

「フラン?」
「っ!?」

 なん、で?

「あら、フラン? 私が準備してあげた使用人はどうしてしまったのかしら?」
「あ……あぁ……おねえ、さま」

 うまく声が出ない。
 手が震えて、メイドの服をうまく隠せない。
 背中に手を回すのが、精一杯。

「メイドの姿が見えないと、私は聞いているのよ?」
「私……、わた……し……」

 なんで、こんなときに私の部屋にお姉様がやってくるの?
 酷いよ、こんなの、
 お姉様の命令だけは守るいい子でいたいのに……
 お姉様だけには嫌われたくないのに……
 お姉様だけには捨てられたくないのに……

「ははっ……、あははっ……」

 だからもう、笑うしかなかった。
 背中に隠したメイド服を、着る相手がいなくなっちゃった服を前に差し出して、あははって笑うの。
 そしたらね、お姉様。
 すっと、目を細めて、

 私に、ゆっくりと、翼を動かしながら近づいてきて……

 叩かれる!

 そう思った時にはもう、お姉様の顔は目の前にあって……
 爆発しそうなくらい、胸が熱くなる。
 顔が、手が、つま先までもが。その鼓動に侵される。
 もう何も考えられなくて、お姉様を見つめ返すこともできなくなる。

 でも、お姉様は止まらなくて……

「いいのよ、フラン」
「え?」

 私の頭を、お姉様が撫でてくれる。
 下を向いて、声だけで笑う私の頭を、撫でてくれる。
 なんで? 私……悪いことしたんじゃないの?
 お姉様のプレゼント、壊しちゃったんだよ?
 少しだけ揺れる視界の中で、お姉様を見上げてみたら。

「あなたが消し飛ばしたのは、この世界で妖精と呼ばれる種族。物理的に死を与えても何度も蘇る、自然が生み出した化生よ。そんなものを壊したからと言って、いちいち気に病むものではないわ」

 私より少しだけ大きな手で、わしわしと撫でてくれる。
 帽子越しに、冷たい手の平が、お姉様を感じられる。

「闇の眷族であるならば、壊して当然、よくやったと言ってあげたいくらいよ」

 誉めてくれてる。
 お姉様が、私を……
 そう思っただけで、ほっぺたが暖かくなる。

「でもね、フラン。壊してもかまわないけれど、加減は覚えなさい。自分の力をどれくらい使えば、どの程度の破壊が生まれるか。遊びの中でそれを覚えていくの。わかる?」
「うん! うんっ!」
「いい子ね。あなたが安心して暮らせるよう私も尽力するつもりよ。その作業が終わったらあなたと一緒に遊んであげる」

 お姉様が部屋の中から出て行った後も、頭の上が少し暖かく感じた。
 吸血鬼って体が冷たいのに、不思議。
 やっぱりお姉様が触れていた場所だからかしら。
 こんなに胸が弾むのも、そのせい?

 ああ、お姉様。

 えっとね。

 今日くらい、身体綺麗にしなくても、いいよね?




 ◇ ◇ ◇




 コツ……コツ……

 お姉様の言うとおりだった。
 この前壊しちゃった妖精の子は、5日もしないうちに復活して、また私と遊ぶことになったみたい。

 コツ……、コツ……

 でも、何か変。
 私がお人形と一緒に待ってあげてるのに。
 
 コツ……

 ノックの音を聞き逃さないようにって、静かにして待ってるのに。
 扉越しに聞こえる、硬い音が、全然近寄ってこない。
 それでも待ってあげてたら。

 コン……、コン……
 
 やっと部屋の前に来たと思ったら、耳に入るか入らないかくらいの小さな音でノックをしてくるの。
 もう、なんなのかしら。

「ほら、さっさと入ってよ。今日はお人形持ってきたんでしょうね?」

 しまいには、声をかけてもゆっくりとしか入ってこない。
 私をこんなに焦らして、何なの?
 ちょっとだけ、むっとしたから、ベッドの上から下りて近寄りながら睨んでやったら。

「すみません、妹様。お、お人形は忘れてしまいまして?」

 は? 何?
 私と遊ぶのにお人形のひとつも持ってこなかったわけ?
 それに、何その口調?
 この前まで、もっと楽しそうな感じだったのに。
 なんでそんなつまらない口調なの?

「はい、あのっ、申し訳、申し訳ありません!」

 がたがた震えて、声まで揺れてるじゃない。
 あー、そっか。そういうこと。
 私、わかっちゃった。
 私と遊ぶの、嫌なんだ。
 だから、廊下のあの足音も、あんな感じだったんだ。

「わかった、妖精さん。うん、大丈夫。もういいよ」

 じゃあ、仕方ないよね。
 私と遊ぶために来たのに、私と遊びたくないんだもんね。
 
 それってさ。あれだよね?

「ふふ、あはははっ」

 意味、ないよね?
 だから、さ。
 私、手を動かしてもいいよね?

「っ!? やめ、やめてくださいっ! 助けーー」
「はい、ドーン!」

 相手の綺麗な黒い点を手の中に移して。
 手を軽く握る。
 たったそれだけ、なんでもない仕草をしてみせただけで、
 また、妖精が吹き飛ぶ。
 今度はメイド服まで綺麗に。

「そうか、うん。この強さでやると服まで吹き飛んでしまうのね。ふふ、あははっ」

 あはは、あははははっ

 はは……

 それからかもしれない。

 私が、妖精の間で狂気の妹って呼ばれるようになったのは。







 その後、私の部屋に来る妖精のメイドたちは全員が全員、2回目には怯えたようになって。屋敷から姿をけしちゃうようになった。
 だから私も慣れてきて、妖精は私の遊び相手じゃなくて、
 『おもちゃ』
 うん、おもちゃって思うようになった。
 力加減を覚えるための、単なる遊び道具。
 腕だけを吹き飛ばすには?
 逃げられないように足だけ消しちゃうのは?
 いろいろ試して、いろいろ理解した。

 お姉様が言ってたから。
 つまらなくても、がんばってみたよ。
 能力以外もそう。
 魔力の使い方だって、覚えたつもり。
 ほら、こんなにおっきな炎の塊を生み出せるくらいになったんだよ。
 綺麗だよね?
 凄い、よね?

 ……ねえ、お姉様。

 お姉様に頭を撫でて貰ってからどれくらい経ったのかわからないけど。
 私、まだ、足りないかな。
 もっともっと、妖精で力加減覚えないとだめなのかな。

 
 まだ、一緒に遊んでくれないのかな……


 汚れが落ちにくくなったお姉様の人形をベッドの上で撫でてたら、また廊下から足音が響いてきた。でも、この音は妖精じゃない。
 もしかして、お姉様!

 と、思ったけど、なんだろう。
 足音が多い。
 大きな扉をじっと眺めていたら、ノックの後で聞き覚えのある声がして。

「フラン、入るわよ」
「お姉様! 来てくれ――たの、ね?」

 ベッドの上から飛びつこうとしたけれど、お姉様以外の影に、私は動きを止める。
 まるで何かを観察するような瞳をした、パジャマみたいな服を着た奴と。
 私たちと同じなのかな、驚いた顔で私を見ている黒い羽の奴と。
 なんだかもの珍しそうに私の部屋を見渡してくる、緑色の長身の奴。
 
「フラン、そんな警戒する必要はないわ。この3人は私たちのために働いてくれる、仲間よ。魔女のパチュリーとその従者の小悪魔、そして、えーっと、……妖怪? の、美鈴」
「仲間?」
「そうよ、さすがに新しい世界でなんの知識もない作戦は困難でしょう? だから仲間を集めたの。私とフランが暮らしていけるように」
「……私の、ため?」
「そうよ、フランのため」

 そっか、私のためなんだ。
 私のこと放っといたんじゃなくて、作戦とか、そういうやつのために必要な仲間を集めていたのね、お姉様。

「えっと、お姉様? 私ね、妖精相手に頑張ってるの。だから!」
「そう、いい子ね。フラン」

 お姉様が頭を撫でてくれる。
 妖精を壊したときと同じ感じで、優しく撫でてくれる。
 でも、違うの。
 同じじゃない。
 
 何か、違う。
 わかんないけど、心の奥に引っかかる。

「じゃあね、フラン。いい子にしているのよ」
「あ……」

 離れていく、お姉様の手。
 それと、ドアに向かう背中を見て、やっとわかった。

「お姉様!」

 慌てて伸ばした手の先にあったのは、閉まり始めた紅いドアだけで。
 私の声を飲み込んだまま、その口を閉ざした。


 低い、重い音を残したまま。




 私はベッドの上でひざを抱えて座る。
 膝に冷めた息を吹きかけながら、自分の重さに引っ張られて、ぱたんっと横になって。少しだけ自分の体温を感じられる布団を強く抱きしめた。

 あの時、私はなんと言えばよかったんだろう。

 私、もう能力を使いこなせるよ。
 お姉様の、手伝いができるよ。

 ううん、そんな回りくどい言葉じゃない。
 きっと、もっと素直に伝えることができたはずなんだ。

『お願い、仲間に入れて』

 たったそれだけの言葉がでなかった。
 それが悔しくて、無意識に布団に牙を突き立ててしまう。
 おかげさまで、ベッドの周りは中身の綿だらけ。
 掃除しにくる妖精メイドは、私が睨んだだけで逃げようとするから。
 全然綺麗にならない。

「あ、人形……」

 いつもあるはずの場所に手を伸ばして、思い出す。
 ベッドの上に置かれてあったはずのお姉様も人形も、あの日から見つからない。
 いらいらして、おもいっきり部屋のものを投げまわってたら、いつのまにか、なくなってた。
 たぶん、掃除しながら探せば見つかるはずだけど、そんな気力なんておきるはずもなかった。

「臭い……」

 埃臭い。
 床も、布団も、顔をうずめるためにあるスカートも。
 みんな、嫌な匂いしかしない。
 私に嫌な思いしかさせない。

 だから、理解したの。

 臭いってことを、殺せばいいって。
 埃を一個一個消していくこともできるけれど、うん、それよりも、ちょっとの時間だけ『臭い』っていうイメージを壊しちゃうの。
 妖精とかを壊すより難しいけど、退屈よりは良いと思うの。

 最初は時間を壊しちゃおうかって思ったんだけど。
 なんか嫌な感じがしたからやめた。
 きっと、未来にあるはずの『お姉様と遊ぶ時間』まで壊れちゃう気がしたからかな。
 でも、モノじゃないのを壊すって、もしかしたら凄いのかもしれない。
 だって、見えないんだよ?
 あるんだけど、わからないんだよ?
 
 それを、ぼんってできる私はきっと、凄い。
 凄いって、思いたいよ……
 
「お姉様……」

 ねぇ? まだ足りない?
 この程度じゃ、まだ、お姉様とお外に出ちゃいけないの?
 待ってなきゃダメ?

 ずっと、自分に問いかけて、一日が終わっていくんだ。
 能力を使って、飽きたら布団に身体を埋めて。
 たまにくる妖精を壊して。

 コツコツコツ……

「あれ?」

 今日って妖精を壊す日だったっけ。
 足音が聞こえてきたから、入口の方を見てみる。
 でも、その音はすぐ止まっちゃった。

 ああ、やっぱり、妖精か。

 私を怖がって、足を止めたんだろう。
 怖いんなら、来なきゃいいのにね。
 私はいつでも壊せるように、ベッドの上に座って右腕に力を集める。

 ほら、おいでよ。
 遊んであげるから。

 コツ……

 どうせ、ゆっくりしか近寄ってこれないんでしょう?
 わかってるよそんな、

 コツコツコツ

 え?

 コッ、コッ、カッカッカッカッカッ!

 え? え?

 変だ、足音が変。
 私の部屋に近づいているっていうのに、動き出してから遅くならない。
 いや、むしろどんどん速くなって――

 カッカッカッカッ――バタンッ

「はぁ、はぁ、はぁ~、助かったぁ……」

 扉の前で止まるどころか、その足音の主は私の部屋にいきなり、ノックもなく、無遠慮極まりない態度で突入してきた。
 しかも、何?
 助かった?
 私の、この、フランドール・スカーレットの部屋に入って来て、助かった?

 おもしろいじゃない、この――
 えーっと、この――何? 何者?
 確か、一度見たことがあるような気はするんだけど、あの緑の変な服。なんて考えてる場合じゃなくて、ここは部屋の持ち主として威厳を示しておくべきよね? お姉様?

「あなた、ここがどこかわかっているの? ここは私、フラ――」
「いやぁ、小悪魔さんってば。プリン勝手に食べただけであんなに怒るなんて思いませんでしたよ」
「……ここは私、フランドール・スカーレッ――」
「まさかまさか、いきなり羽が6本に増えるなんて、どうしようかと……、って、追ってきてませんよね~? うん、平気平気」
「……」

 何、何なの、何なのコイツ!
 私が、この私が声をかけてやってるって言うのに!
 遮るばかりか、無視するなんて!
 しかも、私にお尻を向けて、廊下の方を覗くなんて、ありえない!
 ありえない、ありえないっ! ありえないっ!!

「……むぅぅぅぅぅ~~~っ!!」
「……あ、すいません。お邪魔してます」

 あははーって笑いながら、右手を後頭部に当てて小さく会釈。
 もう、吐き気がするほどふてぶてしい態度に、右手をぎゅってしてやろうかと思ったけれど――

「あのー、そんなにぷくーっとされると。可愛いお顔が台無しですよ? まあ、そういった顔の方が可愛いという男性もいるかもしれませんが」
「……うるさい、とっとと出てって」
 
 私の右手は、すぐに動こうとしなかった。
 ベッドの上で少し揺れただけ。
 なんでだろう、この、よくわかんない妖怪(?)に見覚えがあるから?

 それも、あるかも。

「そんなこと言わないでくださいよ。いきなり入ったのは謝りますから。そうです、私、以前から妹様と友好を深めたいな―って思ってたとこなんですよ。あ、ちょうどよかったー! これから、少しの時間遊ぶっていうのはどうでしょう? ソウシマショウソウシマショウ」
「ふーん、小悪魔ってやつから逃げる口実を作りたいだけでしょう?」
「……ソ、ソンナコトナイデスヨ? ほら、見てくださいよ、この綺麗な瞳」
「うん、おもいっきりスライドしてるね」
「私、運動得意ですから」
「運動なんだ、それ」
「ええ、中国四千年の歴史的な運動です」

 でも、見覚えがあるだけじゃなくて。
 なんていうんだろう。
 こいつ、似てる。
 私に、無防備に顔を近づけてくる馬鹿さ加減が、誰かに似てる。

「ねえ? わかってる? 私がここの妖精たちになんて呼ばれてるか?」
「狂気の妹」

 そんな言葉を悪びれることなく、言う。
 まるで、対等な立場みたいに。

「……へぇ、言ってくれるじゃない?」
「あれ? ほんとのこと言っちゃまずかったですかね? 個人的には、そう答えて欲しそうな顔に見えたんですけど?」
「っ!?」

 そうだ、初めて会った時の、妖精だ。
 あいつに、生意気さを加えたら、こんな感じになるんだろう。きっと。
 狂気の妹、という名を知りながら。
 物怖じ一つせず答えるそのおかしな性格。
 私が睨み続けているというのに、右手の指を一本立てたまま直立不動、笑顔を崩そうともしない。

「ほらほら、見たところベッドの上で暇を持て余していたご様子ですし、ね? これだけ部屋も広いのですから」
「勝手にしてれば? こんな埃っぽいところで遊びたくないもん」
「え、えーっと、ご自分のお部屋ですよね?」
「悪い?」
「いや、悪いとかそういう問題じゃなく手ですね? 綺麗にしようとか」
「勝手にすれば?」
「……」

 ここまで突き放してやれば、出ていくだろう。
 私は、ふんって鼻を鳴らしてから、良く分からない相手に背を向けて。埃が溜まった布団の上によこにな――

「えい♪」

 なろうとしたら、ベッドがなかった。
 いや、違う。
 私の眼はちゃんと、ベッドが動くのを見てたから。
 私を置き去りにして、すっと、後ろに引き抜かれる瞬間を。

 だから、私の体は支えを失って、ゆっくり真下に傾いていき。
 えーっと、つまり。
 このままだと、床にごっつんこ。

 そう思って、慌てて羽を動かしたり、手を動かしたりした。
 そしたら、なんとか汚れた床との口づけだけは避けられた。
 でもね、私が、この、ふらんどーる・すかーれっとが?
 床すれすれで、羽を動かして。ふふ。
 こんな無様な姿を見せたまま引き下がれるはずがない。

「……おかしなことをするのね。あなた」
「え?」
 
 とんっと、床に足を付いて、そこを中心に魔力を解放。
 それだけで、力が空気に乗って広がって、埃が舞い上がる。
 床が壊れなかったのは、お姉様が私の為に準備した結界のおかげね。

「ほら、今泣いて謝るのなら許してあげるわよ? この私に、無礼を働いてごめんなさいって」

 これだけの力を見せてやったんだ。
 きっと、妖精たちみたいに、私にすがりついて許しを請うに違いない。
 そうやって、抱きついてきたところを……

 ぎゅっ、てする。

 それが凄く気持ちいいの。
 お姉様にも教えてあげたくなるくらい。
 ほら、だからね?
 おいでなさい、ほら、私の傍に……

「……え~っと、どうして私が謝る流れになっているのでしょう?」
「なっ!?」

 ……もしかしてこいつ。バカなの?

「あなたが! 私の乗っているベッドを、無理やり奪ったんでしょう!」

 ほら、そこの。
 あなたが今置いた、それ!
 それをいきなり退かしたから!

「えー? でも、妹様、おっしゃいましたよね?」
「私が何を命令したっていうのよ!」
「勝手にすればっ? って」
「……あ」

 うん、確かに、そんなことをいったような気がする。
 だから勝手にベッドを退かしたということ……ね。

「で、でも、だからって! なんであんなことをする必要があるのかしら!」
「え?」
「え? じゃないわよ!」
「だって、掃除しにくいじゃないですか?」
「……んぇ?」
「いやいや、そんな奇妙な声を出されましても。妹様が勝手にしろと言ったので、勝手に掃除をさせていただく。そういうわけですが? そのためにも、大きな荷物を一旦外に出してから始めようかと」
「……んー、あー、そう……」

 この振りかざした私の人差し指はどうすればいいんだろう。
 どうしようもないので、頭の上に、腰に、胸に、順番に移動して、最期は結局頬に落ち着いてしまう。

「さぁて、忙しくなりますよー!」

 それでも、まあ、私の乗っているベッドを動かしたから気に入らないってことで、ぎゅってしちゃってもいいのかもしれないけれど。
 身軽な動きで家具を運び出しているのを見てたら、変な感じがした。
 なんていうのかな、なんかこう。

 目が離せないっていうか。

 遠慮なしに、家具をポイポイって廊下に出していく姿が、気になるっていうか。

「あ、あああああ~~~っ!!」
「な、何よ! いきなりびっくりするじゃない」

 そうやって目で追ってたら、部屋の隅っこ。
 クローゼットの陰のところでいきなり大声を上げるんだもの。
 そしたら、今度は『ふっふっふ』なんて、私に背中を向けたまま含み笑いを始めるの。吸血鬼の部屋の埃には、妖怪を狂わせる効果でもあるのかしら。
 なんて、変なことが頭の中に浮かんだ時だった。

「……フラン、私と一緒に遊びませんことよ?」
「……」

 そいつが振り返ったから、どんな間抜けな顔になっているんだろうって眺めてたら。
 うん、バカだ。

「あれ? えーっと、あれ~? 若干、発音が違いましたかね? じゃあ、もう一回。フラン? 私と一緒に、遊びませんことですのよ?」

 ちょうど顔のところ、埃でまっくろになった人形がぴこぴこ。
 人形が勝手に動くはずがない。こいつが動かしてる。
 私の視線に合わせるために、腰を曲げる、間抜けな格好で。
 間抜けな発音で、誰かさんの真似をして。
 きっと人形の後ろにある顔も、間抜けに違いない。

「……遊びましょう」
「へ?」
「……そういうときは、遊びましょう、でいいの!」
「え? そうなんですか? もう~、妹様ったらそういうの早く言ってくれないと」

 ああもう、なんで私がこんなバカの相手しないといけないのかしら。
 もう、バカで間抜けで、よくわかんなくて。
 
 でも、まぁ。

「……あら、妹様。いまちょっとだけ可愛かったですよ?」
「へぇ? ちょっとって、どういう意味かしら?」
「あ、いや、そういう意味じゃなくて、妹様はいつも可愛いです! びゅーてぃふるです!あーっと、だからですね。頭の上におっきな火の玉作らなくてもいいかなーって、切実に思うわけです、ね? そういう危ないのは、しまっちゃいましょ~ね~」
「うん、わかった」
「わかったならなにより――」
「えいっ」
「って、何でこっちに投げるんですかぁぁ!」

 こいつを見てると、うん、やっぱりそうだ。


「あら? 私が直々に遊んであげているんじゃないの。感謝するべきところよ?」
「いや、こういうハードな遊びはちょっ――、にゃぁあああっ!」
「あ、お姉様の人形こがしたらお仕置きね」
「え、ぇぇええええっ!」


 なんか、ほっぺたが、ちょっと暖かくなる気がする。






 ……埃が燃え上がっちゃってるせいかもしれないけど。




◇ ◇ ◇





『紅 美鈴』

『ほぉん、めいりん』

 それが、おかしな奴の名前らしい。
 『Fon?』って呼んだら、『ほぉん!』ってなんだか一生懸命否定してくるからおもしろい。同じようなものだと思うのにね。
 面倒だから、『めいりん』って呼ぶことにした。
 お姉様以外で私が名前を呼んでやるのだから光栄に思うべきね。

「……それでですね。お嬢様は倒れ伏す妖怪たちにこうおっしゃったのです。我が軍門に下り、あるべき闇の眷族として生きるか、この場で朽ち果てるか。好きな方を選びなさい、と」
「ふーん」

 だから、私のベッドに座らせてあげてるのも。
 その太腿に私が座ってあげているのも。
 光栄に思うべきであって。

「妹様?」
「……何?」
「……若干、重いのですがっ!? って、何で抓るんですか!」

 当然のことであるが、無礼な口を開いた場合、足を抓る権利は私にある。

「乙女心っていうやつよ!」
「……あー、この前私が教えてあげた言葉を無理につかおうとしなくてもよろしいかと……あ、す、すごーい、いもうとさまーはくしきだなー、ぱちぱちぱちー、い、いたぁっ!?」
「いいから続けなさいよ、バカ」

 とりあえず妖精とは違って、美鈴はお姉様と行動を一緒にしてる。
 だから、情報源として有効活用するのは賢い主のあり方というものであって、

「……素直にお嬢様から聞けばいいのに」
「なにか、いったかしら?」
「いいえ、なんでもありませんっ」
 
 決して、お姉様に聞くのが恥ずかしいとかそういうのじゃない。
 だから、どうでもいいことはほっといて。情報を寄こしなさいよ、このバカ。かかとを美鈴の脛にぶつけて急かしてみたら、やっと続ける気になったみたい。

「どうやらお嬢様は、この霧の湖一帯を自分の領地として、実力で支配地域を広げていっている。ということで――」

 
 美鈴が部屋に来てから、もう10日間。
 報告を聞いて、わからない単語が出てきたら、パチュリーってあの魔法使いのいる図書館から辞書を持ってこさせて、調べて。
 それで大体わかったの。


 お姉様が、この幻想郷って世界を支配しようとしてるって。


 当たり前よね。

 お姉様は、誰かの下にいるんじゃない。
 高貴な吸血鬼は、頂点にいるべきなのだから。

「それでですね。今夜は大事なお仕事がありまして、妖怪の山ってしってます?」
「しらない」
「……でしょうね。とにかく、そこの天狗っていう種族の方々がご挨拶に領地付近へといらっしゃるそうで」
「お姉様に謁見してもらうためね、ふふ。ようやくお姉様の威厳に気がついたと言ったところかしら」
「……ま、まあ、会うには違いありません」
「何? 変な言い方ね。まさかお姉様が危険な目に会うとでも言うのかしら?」
「そ、そんなことありませんって! ほんとにっ! ほら、この私だって、パチュリー様だって、最近メイドとして雇われた咲夜さんだっているわけですし」
「ふーん」

 仲間はずれ。
 図書館の本を調べてたらそういう言葉があった。きっとさっきから美鈴の歯切れが悪いのも、そのせいね。私を一人部屋に置いておいて、みんなで毎日そんな楽しいことばかりしてるんだもの。
 何よ、お姉様。
 壊して、怯えさせればいいんでしょう? あの妖精たちみたいに。
 なんでそんな簡単なことに、私を呼んでくれないの?
 最近は、妖精じゃない種族の、変なメイドにも手伝わせて、なんで私は駄目なのよ。
 料理は美味しいから、そういうので雇ったならいいけど。
 戦力が足りないからとか、私の代わりとかだったら、許さないんだからね!

「あ、いもうとさま、ぷくー」
「ぷくってなんてしてない!」

 よくわかんない。
 よくわかんないけど、わかっちゃう。
 美鈴と話すようになってから、私が少し変になってるっとこと。前は、何時間だって、何日だって、何週間だって、一人でいても気にならなかったのに。

「美鈴も、出かけるのよね?」
「縁の下の力持ちであるこの私、紅 美鈴が出ない理由はありま――」
「こんな頼りないのに?」
「純粋に酷いっ! 無垢な瞳で告げないでくださいますか!」

 美鈴が部屋から出ていくときの、あの妙な感覚。
 心のどこかで、何かが引っ掛かりっぱなしの、嫌な感覚。
 そんな、よくわかんないのが私の中に生まれた。
 ぎゅって壊そうとしても、どこにあるのかすらわからない。憎いやつ。

「そっか、みんなでかけるのかー」
 
 きっと、屋敷の中は妖精メイドと私だけ。
 だからあの嫌な感じが出てきちゃう。
 
「ふ~ん……」

 やだな、そういうの、やっぱり……やだ。
 私だって、お姉さまみたいに……

「えっと、妹様? かかとをそんな風にこんこんっとされると地味に痛いというか……」
「ねえ、美鈴?」

 とんっと、美鈴のふとももの上から飛び降りて、ふわりっと衣服を大きく靡かせて見せる。お姉様が動いてるみたいに、少しでも自分を大きく、優雅に見せてやるの。

「あなたはこの屋敷に仕える者なのよね?」
「ええ、まぁそうですが?」
「そうよね、スカーレット家に従う者、ということで間違いはない。なら」

 私が考えられる中で、一番魅力的な顔。
 お姉様のあの笑顔をイメージして、真似っこしてやる。
 吸血鬼である私が魅了されるんですもの、きっと美鈴なら簡単に、ね?

「……えっと、妹様?」
「ふふ、なにかしら」

 そしてこう、威厳たっぷりに胸を張ってやれば、私のこれからするお願いだって、自然に、何の疑いもなく、聞いてくれるはずで――

「何か、企んでますね?」
「――え、ぇぇぇええええっ!? なんでっ!?」

 なのに、なんでばれてるのっ!?
 こんなにがんばったのにっ!

「いや、そんなびっくりされても困るんですが」
「だって、私まだなにもしてないのに! 言ってないのに!」
「あー、だってほら、さっきの笑顔と良い……ふふっ」

 驚いてたら美鈴が笑った。
 むっとするくらい清々しい笑顔で

「『良いこと』を思いついたときの、レミリアお嬢様そっくりでしたから」
「えっ!?」
 
 ちょっとだけ、嬉しい言葉を掛けてくれた。









 吸血鬼は、太陽の光に弱い。
 そして、太陽は夜には上らない。

「つまり、この薄暗いのが夜の証明というところかしら!」
「……ちょ、ちょっと! 妹様っ!? そんなに急がなくてもっ、それに、このお屋敷はいつも薄暗いのが普通なんですっ」
「ふーん、あ、っそう。あぁ~、美鈴何これっ! 見てみなさいよ、変なの~」
「それは、抽象画という絵の一種で、決してらくがきとかそういったものではないのですよって、だから妹様ぁっ、おいてかないでくださいよ~」

 吸血鬼の弱点を教えてくれたのは、お姉様。
 でも、それを肌で感じたことはなかった。
 ううん、そんなことより。

「美鈴、この部屋は?」
「ここは料理をするための部屋で、台所、キッチンともいいますね」

 この屋敷で長く暮らす私より、美鈴の方が詳しいのがちょっと悔しい。
 廊下に敷かれた赤い絨毯は、なんだか必要以上にふかふかだし。
 そんな絨毯を見ながら歩いてみれば、真っ黒な私が揺れながら一緒に付いてくる。追いぬいてみたり、伸びてみたり、後ろに回ってみたり。
 ときには数人に分かれてしまう、落ち着きのない真っ黒な私。

「あ、そういえば。妹様の部屋のランプは一つだけでしたっけ」
「そうね、こんなに多くはなかったかしら」

 真っ黒な私の正体は、ランプに照らされた私の陰っていうのはわかる。
 でも、それがこんなに忙しく形を変えるなんて、初めて見たかもしれない。

「さあ、次はどこにエスコートしてくださるのかしら♪」
「じゃあ、地下に……」
「何で帰ろうとしてるのよ! 夜は始まったばかりじゃない!」
「だって、私、レミリアお嬢様から直々に『フランのこと、頼んだわよ』って任されちゃったんですよ! あちらの方を手伝う予定だったのに……」
「それと私が部屋に戻るのが何の関係があるというの? 私を部屋に閉じ込めておけなんて命令されたわけ?」
「だって、妹様! さっきも廊下の置物あっさり壊しちゃったじゃないですか! おもむろに叩いて! お嬢様にどうやって言い訳すれば……」
「私の力に耐えられない置物が悪い」
「だ、だったら、言いますからね! いっちゃいますからね!
 レミリアお嬢様に妹様が悪い子だったって!」
「……そんなことをしたらどうなるか、わかるわね?」
「……もうやだ、この姉妹……」

 美鈴が肩を落としてしくしく泣き始めちゃったけど、気にしない。
 そもそも、私が部屋から出るのを反対しないのが悪いのだから。
 てっきり、部屋から出ちゃいけないんだと思ってたのに……
 
『お嬢様曰く、待ってなさいとは言ったが、ずっと部屋の中にいろって意味じゃない。ということらしいですよ、妹様。むしろ外に興味を持つのは良いことだ、と』

 伝言役に使った美鈴の口から、そんな言葉が飛び出した。
 あんまりあっけなく部屋から出て良いって言われて、私が驚いちゃった。なんか最初から部屋から出るのを待ってたみたいな言い方ね、お姉様。

『でも、今夜は外に出ないこと』

 あっさり釘さされちゃったけど。
 でもね。
 今は、夜。なんだよね?

「ねえ、美鈴。せっかく部屋の外に出たのだから、羽を伸ばして飛んでみたいわ」
「あ~、そう言われればそうですね。でも、私といるときは結構、地下のお部屋の中で飛び回ってたというか。お陰様で私のお肌に傷が絶えないというか」
「美鈴が下手なんだよ」
「うぐっ、そろそろ職業安定所に出向いた方がいいでしょうかねぇ……」
「何のこと?」
「いいえ、なんでもありません。とにかく、おもいっきり飛び回りたいんですね?」

 私が廊下を指してみたら、予想通り美鈴は全力で首を横に振る。
 
 じゃあ、ここは? ぶんぶん
 ここは? ぶんぶん
 ここも? こくこく

 屋敷の中を駆け回って、いろんな部屋に突撃したけれど、私の思惑通り美鈴はダメっていう。
 地下から一階へ、一階から二階へ、そしてまた一階へ。
 何度繰り返してもダメっていう。
 そう言われる度、私の眼はどんどん細く、鋭くなってく。

「い、妹様? ね、ほら、思いっきり飛ぶよりも楽しいことありますって! ほら、私が武術の型というものを教えて差し上げますから! で、ですから、落ち着きましょう?」

 美鈴がこれだけ慌てるんだもの。
 そう見えてるってことに間違いない。
 じゃあ、私、そろそろ怒っても、いいよね?
 不自然じゃないよ、ね?

「もう! 美鈴! じゃあ一体どこで遊べばいいっていうの!」

 ほらほら、いつもの私みたいに、簡単に怒った風にして。
 ぶんって、腕を大きく前から後ろへ。
 美鈴が慌てて動いたけれど、そんな動きが間に合うはずもない。
 だって、目標は私のすぐ背中。

 ドゴンッ

「ああああああっ!」
「へえ、案外柔らかいのね、欠陥住宅?」

 美鈴が私を怒らせたから、壊れちゃった。うん、それでいこう。
 硬いものが弾け飛ぶ音が、私の後ろの壁の末路を教えてくれた。
 続けて、私の肌を何かが撫でていく。
 手でもなく、毛布でも、カーテンでもない。
 もっと柔らかくて、心地よい。目に見えない何かが、私を通り抜けて屋敷の中に入ろうとしてる。
 それが通ろうとする度、私のスカートがばさばさって揺れるの。

「ねえ、美鈴? 私が動いていないのに、周りが流れていくわ? これはいったい何?」

 後ろを振り向かないまま美鈴に尋ねてみたら、帽子で半分ほど顔を隠してた。それでも、肩を落としながらも応じてくれるのは、私の教育のおかげかしら。

「はい、妹様……それが風というものです」
「痛くない?」
「時に痛い時もあります」
「へぇ~」

 後ろを振り返ってみたら、うん、確かに痛い。
 前髪が目にちくちくしたよ。
 でもね、そんなこと言ってられなかった。
 壁の穴をすーってくぐってみたら。

「――っ!?」

 ないの、壁が、屋根が、何にもない!
 何、なんなのこれ!
 地下室と違う、全然違うじゃない!

「美鈴! 美鈴っ!!」
「はい、妹様……」

 あれ! あれなに!
 いっぱい! 黒の中にきらきらが一杯!

 そう言ってるつもりなのに、口が固まって動かないのっ!
 手だけが、上に向かって凄い動いちゃうけど。全然届かないわ!
 何、この、何よこれ!

「ああ、妹様がみあげていらっしゃるのが、空、というものです」
「そ、ら?」
「ええ、今は夜ですから、夜空といいます。晴れていて星がいっぱい出てますので、星空ともいえるでしょうか」
「あの、きらきらのが、星ってことね!」
「そうです、妹様はお利口であられる」
「ふふん、当然の話ね!」
「……誉めたわけではないのですが」
「なんかいった?」
「いえ、何も……」

 そう、この真っ黒なのが夜というものなのね。
 涼しくて、気持ちいい。
 お空を見てたら、凄く心地が良いわ。
 
「美鈴、このあたりは、屋敷よりも寒いのかしら?」
「いえ、多少暖かいくらいかと……」
「何をいっているの? そんなはずないじゃない」

 お屋敷の中にいたら、こんなに空気が気持ちいいなんてことなかった。
 だから、お外の方が寒いんだ。
 うん、そうだよ。

 気持ちいいからさ……

 身体が、あったかくなって、ね。
 ううん、熱く、熱くなってね。

 なんだろう、つま先から頭のてっぺんまで、
 凄い魔力が突き抜けてく感覚……
 うん、そうだ。あれだ。

 お空の、あの、まんまるの、半分の塊を見てから……

「妹様、押さえてください。満月でもないのにそのような……」
「まん、げつ?」
「お月さまのことです、妹様」

 へー、あれってお月さまっていうのね?
 まんげつってことは、あればまんまるになるってこと?
 
 ふふ、半分でこんなに気持ちいいなら……

 まんまるだと、どうなっちゃうんだろう……うふ、あははははっ

「いもうとさまぁ、えーっと、わかりました。わかりましたから、お庭の中でかけっこしましょう! 飛ぶのもありでいいですから! ね? ねっ!」
「飛ぶ?」
「そう、そうです! さっき言ってたじゃないですか、おもいっきり飛びたいって! ですから~、ほら、私と一緒に――で―――する」

 美鈴がなんか言ってる。
 耳元で、五月蠅いくらいになんか言ってる。
 でも、よくわかんないや。

 だって、ね?

 お空は、あんなに高いんだもの。
 お月さまは、あんなに遠いんだもの。

 それに――

 あっちの方から伝わってくるの。
 感じたことのある、力が。
 いつも、いつも、ぎゅってするたびに私から漏れる力に、似て――

「――っ!」

 わかる、わかるわっ!
 だって、同じなんだものているんだもの。
 あの力、あの流れを生み出しているものこそっ!

「お姉様っ!!」
「――――――っ!」

 夜空をずっと見上げているだけなのに、後ろにいる美鈴が何をしようとしてるかわかる。私の中に溢れ始めた力が、教えてくれる。
 だから私は、後ろから飛びつこうとする美鈴の腕を擦り抜けて、飛ぶの。
 高く、高く、高くっ!
 真っ黒な世界を突き抜けて、光の線を描くのよ。
 きっと私の羽は、このためにあったのね!

 羽の後ろに力を集中してやれば、風景が動く速さも私の思い通り!
 大きな水の塊が地面に落ちてるのを超えていけば、すぐお姉様のところにつくわ。
 あ、でも、まっすぐいくのはなんだか違う気がする。
 お姉様に内緒でお屋敷を出たんですもの。

 こっそり近づいて驚かしちゃうのも、楽しいかもしれないわ。
 うん、やっぱりそれがいい。
 ほら、かくれんぼって遊びがあるって、壊れる前の妖精が言ってた気がするし。
 高く飛ぶのをやめて、本で見たことのある木の陰滑り込んだ。
 隠れながら飛ぶのもおもしろいし。
 お姉様、どんな顔をするかしら、なんて創造するだけで胸が一杯になる。

「あっ」

 右側斜め上、距離もう少し。
 あとは、木の間からそっちに飛び上がってしまえば、お姉様の近くに出るはず。私は笑い声を抑えながら、そっと空を覗いてみた。
 そうしたら、お姉様がいたの! 予想通り!
 あのパチュリーってやつも少し離れた場所にいるけど、問題ないわ。
 後は、お姉様に私の力を見せてあげれば、きっと――

 なんて、胸がぽかぽかすることを考えていたときだった。

 ひゅんって。音がしたの。
 お姉様がいるあたりで。

「え?」

 ううん、音だけじゃない。
 何かが、通り過ぎてる。

「え、えっ?」

 何か、黒っぽい陰がお姉様と私の間を遮るたび、お姉様が身を捻る。
 その瞬間、服が破れて、少し赤くなった肌が見えた。
 なんでだろう。
 こんなに暗いのに、私の瞳は、鮮やかにお姉様の姿を映す。
 その黒っぽい陰から逃げるように身を翻し、それでも追いつかれて。

 苦しそうに、顔を歪める。

「嘘よ……」

 そんな、見たくないお姉様の姿を、鮮明に私に伝えてくる。
 
「……なん、なの? なんなのよ……あいつら」

 黒い影の速さは、よくわからない。
 私が目で追うのがやっとのなんて、わからないとしか言えない。
 そんなのが、いくつも、いくつも、お姉様に纏わりついてる。
 その姿に、目を奪われていたから。

「妹様、あれが天狗というものです

 美鈴が追いついていたなんて気がつかなかった。
 私のすぐ横に立って、お嬢様がいるあたりを指差す。
 馬鹿な美鈴の癖に、なんだか、悲しそうな顔をしながら。

「天狗というのは、妖怪の山を実質的に支配している妖怪です。ご覧のとおり、その速度は吸血鬼と同等かそれ以上。しかし、それよりも恐ろしいのは、その統率力と個体数にあります。現在お嬢様が相手をしているのは鴉天狗の一団。個体であればお嬢様の足元にも及ばないでしょう。しかし、全速力で攻撃した後の隙を一体一体がカバーし、消している。あれを打ち壊すのは骨が折れますよ。何か別の要因があれば話しは別ですが」
「……なら、私がっ」
「いえ、どうやらその仕掛けはもう――」

 美鈴の言葉が終わるのが早いか、私の視界の中でお姉様が足を止める。
 あぶないっ。
 外で戦ったことのない私でもわかるほど、その行為は愚かに見えた。
 そのチャンスを逃さないと言わんばかりに、天狗の影たちが群がっていって。

「っ!?」

 一瞬、お姉様が笑って見えた。
 その直後だった。
 お姉様の体が霧状になって、何体もの蝙蝠に分かれる。
 目標をいきなり失った天狗たちは、もう面白いくらい仲間同士で体をぶつけあって。

「やったっ!」

 その天狗たちの後ろから、再び姿を取り戻したお姉様の大きな魔力弾が叩き込まれる。
 仲間たちのせいで避けることも、防御することもできない天狗たちはそれをまともに受けて、地面へと落ちていく。
 数は、1、2……、合計5。
 そうやって、ゆっくり落ちていくのを見て初めて、天狗たちがみんな変な帽子をつけていたり、変な靴をはいているんだってわかった。
 
「ふふん、さすが私のお姉様ね。 さあ、お姉様。そんな妖怪たちなんて、どーんってやっちゃ――」
「そんな余裕はありませんよ」
「え?」
「言ったでしょう? 妹様、天狗というのは、統率力が高い、と。それは仲間意識にも連結しておりまして、すぐさま、別の天狗が行動を起こすでしょう。現に、ほら」

 美鈴の視線を追うと、ちょうどお姉様が館へと戻ろうとしているところだった。
 身体のところどころに傷を負って飛ぶその姿は、いつものお姉さまと違って弱々しく思える。

「おそらくパチュリー様が指示したのでしょうね。ここは引くべき、と、現に、ほら」

 館の方向とはまた違う場所、その空。
 星の光に隠れて、いくつもの小さな、小さな陰が浮かんでいた。
 
「天狗の山に近づこうとしたこちらの戦力の確認か、先遣部隊の安否の確認かもしくはその両方か。もしも、お嬢様がこの場に残り、天狗たちの傷ついた仲間を発見されでもすれば、すぐさま牙を向いていたはず。
 ですから、お嬢様は引いたのです。作戦は上々、成功といったところでしょうか」
「……冗談じゃないわ!」

 これが、成功?
 外の種族にやられて、逃げ帰るみたいなのが?
 これをお姉様が望んでいたって言うの?

 ふざけないでっ!

「私たち吸血鬼は最強で、並ぶもののない高貴な血族のはず! あんなやつらに劣るなんて! そんなの変よ!」
「お静かにっ! 妹様、天狗にみつかってはお嬢様がやろうとしていることが全部無駄に……妹様?」

 ……あーわかった。
 私、わかっちゃった。
 美鈴は怖いのね、あの天狗ってやつらが。
 だからそんな、だめだめって言うんだ。
 やっぱり、私たちとは違うんだ。

「きっと、お姉様は引いたんじゃなくて、天狗たちを待ち構えているのよ。うん、きっとそう。だから私がお手伝いしないと……」
「っ!? いけません! それだけは本当に許すわけにはっ!」
「うるさいな。ぎゅってされたいの?」
「妹様……天狗は、軽々と殺してはいけないんですっ!」

 やったことはないけど、できる気がした。
 私の目の前で、お姉様を傷つけた天狗。
 憎い、憎い、汚らしい天狗。
 空を飛ぶのが、私たちと同じか、それ以上に速い?
 ふふ、それなら……

「なら、壊しきらなければいいんでしょう?」

 私は、とんっと軽く片足を踏み出して、空へとあがる。
 すると、天狗たちが気づいたようで、一斉に私のほうへと向かってきた。その途中に、うめき声を上げて転がる仲間たちを見つけて怒っているのかしら。
 私へと向かってくる速度が上がった。
 けれど、ねぇ?
 
 くふっ、あははっ……

 まっすぐ飛んでくるんだもの。
 私の攻撃ならすぐよけられると、思っているのね?
 天狗は速さで負けないって、そう思っているのよね?
 だって、私とあなたたちの距離は、まだ10個数を数えるくらいの余裕があるのだもの。
 でもね、私はもう、見えてるんだよ。

 あなたたちのその、華奢な腕が、肩が、翼がね。

 丸見えなの。


「ぎゅっとして……」

 
 だから私は右手に集める。
 目の前の、鴉の群れの腕や翼の弱い部分を。
 物質の緊張している目を集めてやる。
 ほら、もう私の手には10個の綺麗な闇色が集まったわ。
 あなたも、欲しい?
 先頭のお馬鹿さん?


「……どかーん」
 
 
 私の視界の中で天狗がどんどん大きくなり、その一番速い天狗が私の額にその拳をぶつけるのと、私が右手を握るのは、ほとんど同時だった。
 でも、本当なら相打ち。
 二人とも、どーんって弾かれちゃうんだけどね。

 ほら、ね?

「あはっ」
「え、なん――」

 あなたが伸ばした右腕、ドコニアルノカシラ?

「あはははははははははっ!」
「う、うわあああぁぁぁっ!?」

 私の目の前で鮮血が咲く。
 ばぁーって、綺麗に、心躍るほど闇を彩る。
 だから本当に楽しくて、面白くて、笑うことしかできないのよ。
 肩からなくなっちゃった腕を押さえて、落ちてく天狗。
 
 それにね、私が握ったのは一人分じゃないからね。

 さっきまですっごいスピードで飛んできたやつらがさ、まっさかさまに落ちてくの。
 それがいくつも重なるものだから、ね? 見てるだけで面白いでしょ? 妖精なんかの何倍も。
 だってね、速さ自慢のやつが、いつ攻撃されたかわからず、やられてく。
 こんな興味深い遊びが有るかしら。
 あんまり楽しかったから、元気そうな天狗のところに降りていってね。

「くぁぁぁっ!?」
「いいのかなぁ、私の目の前でそんなことして?」

 笛みたいので、音を出そうとしてたからもう片方の手も壊してあげたの。
 きっと、さっきみたいに仲間を呼ぼうとしてたんだよね?
 私と遊ぶのじゃ不満ってことかしら?
 あははっ、あははははっ

 ねえ?
 
 いらないよね?

 これ以上私と遊んでくれないなら。

「その足も、いらないよね?」
「ひぃっ!?」

 なんだか不恰好に飛んで逃げようとするから、仕方なく背中を踏んづけて、続けて右手をぎゅって――

 やろうとしたら、私の体が急に後ろに飛んだ。
 自分で飛んだんじゃない、誰かにお腹あたりを掴まれて、引っ張られてた。
 最初美鈴かと思ったけれど、美鈴にしては手も小さいし、腕も細い気がするし。
 確認するために、体をよじって後ろを見ようとしたら。

「お、お姉様っ!?」

 声を上げたら、背中越しに睨まれちゃった。
 静かにしてなさいってことかな、うん。
 だったら私は、お姉様に体を預けて、風景が変わっていくのを見てることにしよう。


 ふふ、お姉様、やっぱり――やわらかい。




 ◇ ◇ ◇




 素敵な夜だった。
 初めてお外に出て、お姉様のお役に立てて、お姉様に抱っこされてお屋敷に戻ったのだもの。
 屋敷の前の広い空間にとんっと、着地してからいったんお姉様から距離をとって、また飛びついてみる。
 周りにはパチュリーも小悪魔ってやつも美鈴も、咲夜ってメイドも居たけど関係ないわ。
 だってほら、お姉様も立ったまま私を受け入れて――

「美鈴? 私はあなたに、どういった命令をしたのだったかしら?」

 びくり、と。
 思わず体が震えた。
 お姉様の声とは思えないほど低く、重い声。
 
「い、妹様を外に出してはいけない、と」
「ええ、そうね。そのとおりよ。何か言いたいことはある?」

 美鈴の声も聞いたことがないくらい震えている。
 きっと私と同じなのね。
 私に向けられたものじゃないのに、怖いっておもっちゃうもの。

「いえ、ありません。すべては私の責任です……」
「そう、フランは何も悪くないのね?」
「はい」
「わかった、しばらくそうしてなさい」

 美鈴への質問を終えたお姉様は、今度は私の肩を掴んだ。
 そしてゆっくりと私を引き離して、微笑んだまま私に問いかけてくる。
 低い声音を、そのままで。
 真紅の瞳を、目蓋に隠して。

「フラン、正直に答えなさいね? あなたは、あなたの意思で外に出たのかしら?」
「ち、違うの、お姉様。私は、そんなんじゃなくてね……」

 怒ってる。
 お姉様は、たぶんすっごく怒ってる。
 だって、こんなに強く肩をつかまれたことなんてない。
 こんなに真っ赤な目を見せたことなんて、ない。
 嫌だ、怒られたくない。

 私は一度、美鈴の居るほうに視線を動かして、大きく深呼吸してから。

「美鈴がね、私を怒らせるからいけないのよ。私が思いっきり遊びたいって言うのをダメダメって言って、だからつい、その辺にあった壁を叩いてしまったの。
 そうしたら、壊れちゃって」
「それで、外に出たのね?」
「うん、そしたら。お姉様の力を感じて、私も近くに行きたくなって……、でもお姉様に天狗ってやつらが意地悪してたから、仕返しした」
「そう、私のために?」

 私が一生懸命説明したら、お姉様、わかってくれたみたい!
 微笑んだまま、私の左肩を掴む右手の力を緩めてくれた。

「うん! うん! お姉様のためよ! 全部、ぜ~んぶ、お姉様のため! だから私がんばって――」

 パァンッ!!

 一瞬、どこからその音がしたのかわからなかった。
 最初に頭が理解したのは、じんわりと左の頬に広がる痛みと、熱さ。
 左手で触れてみても、熱を持ちはじめているのがわかる。

「……ぇ」

 そして、次に理解したのは、目の前のお姉様の手。
 その私の顔の横で止められた右手は、何をしたのかをはっきりと教えてくれた。

「恥を知りなさい……フラン」
「え?」
「あなたが勝手に外に出たことを怒ってはいない。
 パチュリーと考えた作戦を台無しにしたことも、許すつもりだった。
 あなたの行動を運命で知ろうとしなかった私の責任でもあるからね。
 けれど、さきほどの言葉は何かしら?
 あなた、従者である美鈴に罪をなすりつけようとしたわね?」
「え? だ、だって、だってぇ……」
「自分の行動に責任を取れないような愚か者に、スカーレットを名乗る資格なんてない!」
「う、うぅぅぅぅぅぅっ!」

 叩かれた、お姉様に叩かれた。
 それが私を崩していく。
 大好きな、お姉様。大切なお姉様。私とは違う、凄いお姉様。
 そう思っていたから、我慢してた言葉が想いが――
 溢れ出そうになる。

「あなたは、400年以上の間何をしてきたの?」

 ああ、駄目だ。 駄目だよ、お姉様。
 それ以上言わないで……

「他人を貶めるような、下賎な知識しか集めようとしなかったのかしら?」
 
 それ以上……

「あなたに、そんなことを学ばせた覚えなんてないわ!」

 ……その言い方は、反則だよ。お姉様。

「……くせに」
「何? 何かいいたいことでも」
「お姉様! 私に何も教えてくれなかったくせに!」
「っ!?」

 ごめん、もう止まらない。止められないよ。

「ご飯の食べ方も、お話の仕方も、遊び方も、力の使い方も! 全部教えてくれなかった! 教えてくれようともしなかったくせに勝手なこと言わないでよ!」
「何を言っているの! 私は、あなたにっ!」
「自分で考えて行動して欲しかったとか、言うつもり? そんなのお姉様の自己満足じゃない! 私はね! 私は!
 全部お姉様から教えて貰いたかったっ!」
「フランっ!」
「今夜だって、美鈴じゃなくて! お姉さまと一緒にお外に出たかった! お姉様と一緒に飛びたかった! お姉さまと一緒に戦いたかった! お姉さまと一緒に――っ!」
「黙りなさいっ! フランっ!」

 また、お姉様が右手を振り上げた。
 叩くんだ、また、私を叩くんだ。
 そんなに紅い目で、歯を食いしばって。
 そんな怒った顔のままで、私を――

 がづっ

「え?」

 でも、お姉様の手は私に届かなかった。

「なんのつもり?」

 そいつが、お姉様の手を両手で受け止めたから。
 全力に近い吸血鬼の手を、止めてしまったから。

「何のつもりかと聞いたぞ! 美鈴!」

 私とお姉様の間に割り込んだ直後、地面にしゃがみ。
 私にあたらないように、攻撃を受け止めた大きな背中の妖怪。
 美鈴は、震える声のままで、やっとお姉様に答える。

「無礼ながら、お嬢様。妹様は確かに、私に罪をきせようとしたかもしれません。けれど、それは子供なら致し方のないこと」

 それを瞳を紅くしたまま聞いていたお姉様は、手を引き、代わりに魔力で作った槍先を美鈴の首筋に突きつけた。

「……続けなさい」

 たった一言だけ、命令して。
 それでも、美鈴は怯えることなくまっすぐに声を吐き出す。

「はい、家族と少しでも長い時間過ごしたいと願い、嘘をついただけ。それに何の罪がありましょうか。
 そういったことで目くじらを立てるのは、お嬢様の器から判断してどうかと」
「ほぅ?」
「それと、これは私の持論なのですが。子供には、無条件で信じてあげられる人が1人くらいはいたほうがいいと思うんですよねぇ。特にそれがご家族であれば尚更……とか?」

 最後、少しだけおどけて見せる美鈴にため息をぶつけたお姉様は、

「……馬鹿馬鹿しい」

 と一言つぶやいてから。パチュリーと咲夜を呼んで、屋敷の中へ歩いていこうとする。私と美鈴をこの場に残して。
 じっと、背中を眺めていても、振り返ろうとしない。
 声すらかけてくれない。

「ほ、ほら、私は門番でここにいないとですし、ね? 夜明けまでもう少しありますから妹様もここにいてはどうかって配慮ですよ、たぶん……」

 美鈴はそういってくれてるけど、お姉様はきっと私のことが嫌いになったんだ。
 だから、もうお屋敷にいらないんだ。
 そんな黒い感情が湧き出てきて、自然と頬が濡れる。
 スカートをぎゅっと握り締めたまま、お姉さまを見送ることしかできなくて、

「……ふらん? 何をしているの?」
「え?」
「……今日から、ご飯を一緒に食べるのでしょう? 早くいらっしゃい」
「え?」
「来ないの?」

 顔を上げて、美鈴を振り返れば。
 くすくす笑いながら手を振っていた。
 それで、やっと理解した私は慌てて駆け出す。

「……ぇ、い、いくよ! 何言ってるの、お姉様!」

 地面を蹴って、お姉様の隣へと。

「今日だけじゃないのよね? ね?」
「ええ、今日からといったでしょう?」

 本当に夢みたい!
 私が、お姉さまと一緒にご飯を食べられるなんて!

 嬉しくて、たまらなくて。

「でも、礼儀作法はしっかりすること」

 えっ!?

「心配要らないわ、私が、覚えるまで教えてあげるから♪ 朝までじ~っくりとね」

 え、えーっと。
 



 お姉様って、意外と根に持つタイプ?




 ◇ ◇ ◇




 コツ……コツ……コツ……

 私が廊下を歩くと、綺麗に道が開く。
 別に冗談でもなんでもないの。
 だって、私を見た瞬間、妖精メイドたちが壁際に寄るんだから。歩くのに邪魔じゃないから別にいいんだけど。
 部屋の外では遊ぶつもりもないから、そんな怖がらなくてもいいのにね。

「あら、妹様。お散歩ですか?」
「まあね、気分転換。お姉様はどこかしら?」
「パチュリー様と図書館で作戦会議をしていらっしゃいます」

 こっそりと抜け出した夜の後、私は一日のうち少しだけ部屋から出るようにしてる。ご飯のときは当然だけれど、特に用がなくてもね。
 
「妹様に会ったら、しばらく図書館に来ないようにと、伝えて欲しいと」
「わかってるわよもぅ」

 あの夜からもう10日くらい経つのに、お姉様はまだパチュリーと会議中だって。
 よくわかんないけど、私が何かの作戦を邪魔しちゃったって美鈴が言ってたから。大人しくするつもりよ。
 退屈で仕方ないけれど。

 あれ? 退屈、か。

 1人のときが退屈って思うようになったのは、いつからだったかしら。
 ああ、そうだ。
 あの美鈴って馬鹿な妖怪が部屋にきてからだっけ。

「妹様、どちらへ?」
「ん? 美鈴のところだけれど?」
「そうですか、先ほど日が沈んだばかりですので夕日にはご注意を」

 一度外へ出てしまえば、こんなもの。
 なんで出なかったんだろうって思うくらい、みんな自然に相手をしてくれる。
 もう外は暗くなってるのに、持っていけって咲夜がうるさいから、仕方なく日傘を持って玄関を出てみたら。

「ほら、全然痛くないじゃない」

 空の端はまだ少し明るいけど、傘を広げなくても身体に痺れとかそういうのはなかった。一度だけ、太陽ってやつが上がってるときに外に出たときのあの痛さなんてまるで嘘みたい。
 だから、傘を閉じたまま手で持って。
 これで美鈴を突いたらびっくりするかしら。
 星が少しずつ輝き始めた空の下、忍び足で門まで近づいて。

「美鈴―、遊びにきてあげたわよーっ、ってあれ?」

 傘が思いっきり空を切った。
 いつもの暢気な美鈴の返事がなかったから。

「美鈴~?」

 それどころか、返事もない。

「まったく、私が来てあげたのに、どういうつもりで――」

 仕方ないから、門のところまで歩いていってその姿を探してみるけれど。

「んー?」

 やっぱり、美鈴はいない。
 屋敷を覆う塀に沿って少し歩いてみても、結果は同じ。
 お姉様風に言うなら、こう?

「まったく、どこで油を売っているのかしら? あとでお仕置きね」

 なんて言葉を。

「ねぇ? あなたもそう思わない?」

 さっきからずっと門の近くで立ちっぱなしの、妙なヤツに聞いてみた。
 空がぼんやりと明るい方角に体を向け、私と紅魔館の方を向こうともしない。傾けた傘が背中くらいまで隠しちゃってるから服装も良くわからなくって。
 わかることといえば、私と身長が同じくらいってこと。
 でも、何か見たことのあるスカートのような――

「あら? 『あなた』とは随分他人行儀なのね」
「え、えっ!? お、お姉様っ!」

 びくって、体が揺れて。
 変な高さの声がでちゃった。
 だってそうでしょう?
 振り返った妙なヤツが、お姉様だったんですもの! びっくりどころじゃないわ。

「え、だ、だっておねえさま、ぱちゅりーとはなしあいちゅうで、でも、え? ここにおねーさ、ま、え? ええっ!?」

 私にできたことは、館とお姉様を交互に振り返ることと。
 手をぶんぶん振り回すだけ。
 そのせいで持ってた傘が曲がっちゃったけど……

「その話をあなたにしたのは、誰?」
「咲夜よ。咲夜から聞いたわ!」
「あら、そう。それならば仕方ないわね。少し早く話し合いが終わったことを伝えていなかったから。それでも、フランが私のことを気付かないなんてね、ふふ」
「うー、お姉様の意地悪」

 だって、初めは本当に誰だかわからなかったんだもの。
 そんな感じがしたんだもの。

「ごめんなさい、そんなに怒らないで」
「……やだ、許してあげない」
「許してくれないの?」
「うん、許さない。でも、もし、頭撫でたりしてくれたら許しちゃうかも」
「そう、じゃあお詫びの気持ちをたっぷりこめないとね」

 帽子越しにわしわしって、頭を撫でてくれたから。うん、許してあげる。私は優しいからね。
 けれど、お姉様の指が急に止まって――

「フラン、少しお願いしたいことがあるのだけれど」
「なになに、お姉様」

 少し声が不安そうになった。
 揺れるって言うのかな。

「パチュリーと話し合っていたことなのだけれど、これから私たちは天狗たちと全面的に争わなければなるかもしれないの」
「天狗って、あの速いヤツだよね?」
「そうよ、力もそれなりにある妖怪だから、私たちとしてはどうしても戦力になる仲間を揃えたい」
「うん」
「だからね、フラン」

 お姉様いい匂い。
 そんな感覚がしたときには、もう、抱きしめられていた。

「あなたの力を私に貸して欲しいの。危険な戦いになるとわかっている。それでも、あなたが居ないとダメなのよ」

 お姉様の顔がすぐ横に、肩の上にあって。
 耳に直接お姉様の吐息が当たる。
 卑怯だなぁ。
 卑怯だよ、お姉様。

「……いいよ」
「フラン……」
「私、お姉さまのために頑張る」

 こんなことされたら、断れるはずないのに。
 
「ありがとう、フラン」

 こういうときってかっこよく、やるぞーって顔しないといけないはずなのに。駄目だよ、お姉様が近くに居るだけで嬉しくって。すっごく、あったかくなっちゃって。
 うん……きっと、凄く変な顔しちゃってる、私。
 だから、それを隠すために強く抱きついてみた。

「でも、知っておかなければならないことがあるの。教えてくれないかしら?」
「何? 私にわかること?」
「ええ、あなたにしかわからないこと。あなたの力のことよ」

 私の、力。
 お姉様がわからない、ってことは、あのことかな。

「ぎゅっとして、どかーんってやつ?」
「ぎゅっとして?」
「うん、手をぎゅっとするから。ほら、目に少し力を入れたら、変な黒っぽくて丸いのが、一杯見えるでしょ? それをおいでおいでってして、ぎゅってするのよ。
 そうしたら、その黒い珠があったところとかその周りがドカーンってなるの」
「黒い球体……破壊……っ!? まさか、そのような干渉能力が……」
「どうかした? お姉様?」
「え、う、ううん、なんでもないわ」

 さっきまで抱きついてたお姉様が、いきなり離れちゃった。
 そんなに私の力にびっくりしたのかな。
 でも、私がお姉様のことをぎゅっとするなんてありえないのに……

「それで、フラン? その力っていうのは制御できるの?」
「うん、大丈夫だよ。私いっぱい練習したから」
「勝手に発動したりしない?」
「大丈夫、昔はお兄さんとか妖精とか壊しちゃったけど。今はそんなことないよ。あ、でも、右手でしかぎゅってできないけど」
「そう、右手だけなのね……」

 うん、練習したんだけどね。
 どうがんばっても、左手じゃぎゅってできなかった。
 やっぱり何か違うのかな。フォークとスプーンを持つだけの違いかと思ったのだけれど。

「この腕で、天狗たちを……」

 えーっと、お姉様。そんなに右腕を撫でたらくすぐったいわ。
 そんな意地悪するんだったら、お姉様の黒い丸、もう一回見ちゃうんだからね。この前の夜にこっそり眺めただけだから、あんまり変わってないと思うけ――

「我の、大事な子達を……」

 あれ?
 お姉、様じゃ?

「……あなた、誰?」

 違う! こいつ違う!
 黒いものの場所がお姉様とぜんぜん違う!
 誰なのかも、何なのかもわからない! 
 そんな得体の知れない奴に、私っ
 能力を話して、右腕を、掴ませてる。そう自覚した瞬間。

 
 ――引き戻せ!


 胸の中で、大きく声が響いた気がした。
 目の前の、お姉様モドキの口が歪み、笑みの形を作る。握る力はさらに強くなって、私を逆に引き寄せようとしているみたいだった。
 だから私は必死で、右手の中に目の前の奴の黒い丸を集めた。
 握り締めて、これで終わり。
 そう思ったとき、

 じゅっと。何かが焼ける音が身近から聞こえたの。
 それと急に右腕が自由になった感触が――

「――――――っ!?」

 痛い、いたいイタイitaiっ!!
 違う! 自由になったんじゃない。
 こいつ、私の、私の右腕をっ!

「ふふ、どうじゃ? 日の光と同じ力を集めた呪を直接受けた気分は」

 額を地面に擦り付けて、痛みを紛らわせようとしても消えない。
 体を折り曲げて地面に這い蹲りながら、何が起きたか頭で整理したかったのに、

「やだ……いたいよぉ……」

 右腕の肘から下。
 そこにあったはずの部分が消し炭になって、ぼろぼろと崩れ落ちていく。吸血鬼は、少しくらいの傷を受けてもすぐ再生するってお姉様が言ってたのに。
 ぜんぜん、なおらない。
 じくじく、って。得体の知れない疼きが広がっていくだけ。

「腕を壊された痛みを知ったか? 小娘よ。己が欲望のままに力を振るう、朽ち果てた矜持を翳す夜の一族め……」
「言うな……」

 痛い、けど。
 許せない。許せるはずがない。

「この世界の害獣、いや、獣にも劣る屑めが」
「言うなっ!!」

 私のお姉様を汚す行為なんて、絶対に許しちゃいけない!
 右手が使えないなら、左手だ。
 左手に、魔力を集めて。
 集めて……

「お姉様の顔で! そんなこと言うな!」

 何か硬いものが手の中にできたけど気にしてなんかいられない。
 ただ、純粋にお姉様の幻影に向かって振った、
 お姉様の敵を、薙ぎ払う。
 ただそれだけをイメージして。

「ほぅ、力の物質化か……これはなかなか」

 私が、痛がってるだけだと油断したね!
 赤い刃が直撃して、お姉様の姿をしていた奴が崩れていく。
 真っ赤な炎を纏いながら。
 夜に光るランプみたいに、燃え盛ってた。
 ふふん、どうよ。右腕がなくったって、あんたみたいなのに負けるわけ――

「まあ、当たればそれなりに痛いじゃろうなぁ。当たればじゃが?」

 うそ……なんで?
 さっき、確かに私の攻撃は……偽者のお姉様を捕らえたのに。
 なんで、声がするの?

「ああ、それか? その燃えておるのは。胡散臭い賢者殿からいただいた呪で作った移し身、じゃよ。演技担当は九尾殿であったがな」

 なんで、嫌な声が、後ろから聞こえるの?

「さて、愛娘たちの話では、羽を壊されたものもおったということじゃからな。仕方あるまい……」
「ひぅっ!」

 なんで、羽が動かないの?
 なんで、なんで?
 羽の付け根から、じくじくって痛みが広がっていくの?

「助け、て」
「ははは、思う様泣くが良い。泣き叫ぶが良い。しかし、主を助けるものなどどこにもおらんぞ?」

 美鈴も居ない。
 お姉様は、地下の図書館。
 頭ではわかってた。でも、右腕と一緒に羽もなくなっちゃうと思ったら、怖くて。怖くてたまらなくて。

「助けて、お姉様ぁぁっ!!」

 もう、声を張り上げることしかできない。
 でも、後ろのヤツは止まらない。
 痛みのせいか、どんどん周りが赤く見えるようになって。
 私の羽がみしみしって、悲鳴を上げ――

「叫んでも無駄じゃと、いうて」
「そうね、無駄ね」
「むっ?」
 
 そのとき周囲に立ち込めていた赤い霧が、ふっと消えた。
 同時に、大好きな声が後ろから聞こえてきて。

「叫ばなくとも、私が救うのだから」

 私の後ろで魔力と風がぶつかり、羽が急に軽くなった。
 そして私の上を飛び越えていく陰に向かって、お姉様の赤い魔力弾が追い討ちをかけていく。一つ一つがものすごい速さで、すごい威力を持っているってわかる。
 すごい、すごいわ。お姉様!
 こんなすごい攻撃なら! 攻撃、なら?
 
「いやぁ、なかなかの速度と精度ではあるが。それだけでは、のぅ?」

 凄いのに、当たらない。
 目の前の陰は、空中で器用に体を動かしてお姉様の攻撃をことごとく避けて。

 とんって、すっごく軽く着地した。

 服に焦げあとも残ってないなんて、こいつ。
 今の攻撃を簡単に避けられるってこと?

「お姉様……」
「隠れていなさい、フラン」

 私を助けに来てくれたお姉様が、そいつと私の間に入ってくれた。
 思わず抱きつきたくなっちゃったけど。
 今はだめだ、あんな変な動きをする妖怪相手に、動きを奪うことをしちゃいけない。少しでも敵の姿を見ておくために、お姉様の陰からじっと眺めたら。

「え?」

 闇が覆う空の下にあったのは、私と同じくらいの大きさの可愛い女の子。
 真っ黒の長い髪の毛は、膝くらいまであって、天狗たちが着てた服を長く、大きくした感じの、白が目立つ着物を着てた。
 でも、不思議なことがひとつあるとするなら。
 私とお姉様の周りは、風なんてひとつも吹いていないのに。その女の子の服や長い髪の毛がゆらゆらと流れてたこと。
 それを見てたら、体がぶるぶるって震えた。
 なんだろう。この寒気は……
 
「フラン、あなたの腕を焼いたのが、太陽に関係した力なら、なかなか回復しない。我慢できる?」
「……うん、痛みは消えてきたから、大丈夫」
「わかったわ」

 お姉様は強いってわかってる。
 絶対にどんなヤツにも負けないって。
 でも、怖い。
 あいつのお姉様がぶつかったら、凄く嫌なことが起きる気がして。
 だって、美鈴が……
 ここにいるはずの美鈴がね。どこにもいないんだもの。

「ねえ、ここに美鈴という門番が居たと思うのだけれど?」

 お姉様も、気にしてる。美鈴のこと、心配してる。
 そうやってお姉様が尋ねたら、天狗は首を傾げてた。

「門番、とな?」
「ええ、緑の服を着た赤い髪の毛の妖怪」
「ああ、そうかそうか。あれは門番であったのか。我の正体を見破ったゆえなかなか見所があると勘違いしてしもうてのぅ。少々力を入れすぎてしまったようじゃ」
「……それで?」

 力を、入れすぎた?
 肌に直接氷を刷り込まれたみたいな、一番大きな寒気が私を襲う。
 だって、私もよく、力加減を間違っていたから。
 そのたびに何が起きたか、よくわかっているから。
 でも、そんなのは私の勘違い。思い違いなだけできっと。

「力を込めた風をぶつけたら、消し飛んでしもうた」

 ……嘘だ。

「まあ、あちらの山のほうに飛んで行ったらのう。拾ってくるのが面倒で確認はしておらぬが、生きてはいまい」

 ……だって、美鈴なのよ?
 私と遊んでるときも、ぎゃーぎゃーうるさくしてるけどすっごい丈夫な美鈴が。
 ありえないよ、そんなの。

「まあ、お主等のような分をわきまえぬ吸血鬼に仕えたのが、不幸。仕方ないことじゃて、うむ」

 仕方ないって何?
 不幸って何?
 許せないよ、お姉様。こいつ、やっぱり許せない。
 なのに、なのにっ!
 なんで、動けないの! なんで動かないのよ! 私の脚!
 一発くらいぶんなぐってやらないと、美鈴がっ! 美鈴がっ!

「……フラン」
「お姉様っ! だって!」

 動く左手をばんばんって叩くのに、脚は地面に縫いとめられたまま。
 見えない鎖が巻きついたみたいに、動かない。震えるだけで、何の役にも立とうとしない。
 それが悔しくて、情けなくて、でも、お姉様は私の腕を掴んでくる。やめなさいって、目で伝えてくる。
 仕方なく、私が腕の力を抜いたら、お姉様は満足そうに微笑んで。
 あいつの方へ、向き直った。

「……つまり美鈴はあなたの正体を見破り、止めようとした。ということね」
「そういうことじゃな、羽虫のような脆さではあったが。答えはこれでよいか?」
「そう、それで十分よ」

 お姉様が帽子からこぼれてる髪を、掻き上げた。
 その瞬間、真っ赤な魔力の柱がお姉様を包む。

「美鈴は己の職務を果たした。それはとても誇らしいことだわ。汚す理由がどこにある」
 
 生まれた魔力が、お姉様の右手に集まり、爆発的な力が一本の武具を創造する。
 それは闇の中に生まれた真紅の槍は、すごく美しくて。
 すごく、神秘的で。

「でも、私は……、許せない」
「ほほぅ、我がか?」
「いえ……」

 少しだけ、寂しそうに見えた。

「仲間を……美鈴を守りきれなかった自分自身が、許せない!」

 具現化した槍を一振りした直後、天狗とお姉様の間の地面が吹き飛んだ。
 これが、お姉様の……本気。
 あの夜、天狗にやられてたのが嘘みたい。
 だってお姉様。
 私、震えているのよ。
 目の前のあいつを見たときと同じくらい。私の手足が、怖いって叫んでる。

「……ふむ、あの九尾め。子供の吸血鬼じゃからたいしたことないなどと、適当なことを言いおって」

 そうだ、あのときと一緒だ。
 小さい頃、私を救おうとしたときくらい、お姉様が怒ってるんだ。
 力を放出しているだけで、空気が震えてる。
 そんな力を感じ取ったのか、ばたんって大きな音が屋敷のほうから聞こえて、小悪魔が飛び出してくる。

「レ、レミリアお嬢様何事ですか!」
「小悪魔、か?」
「は、はいっ、パチュリー様から様子を見てくるようにといわれて……」
「そう、ならば小悪魔。咲夜にも伝えなさい、屋敷から一歩も出るな、と」
「え? で、ですが」
「……聞こえなかったか?」
「は、はぃいっ! す、すぐに!」

 館の扉が閉まった直後、目の前の天狗が初めて構えた。
 構えさせられた、と言ってもいいかもしれない。
 それくらい、今のお姉様は凄いんだ!
 やっぱり、お姉様は最高で最強の――

「さて、力を見せるのはこれくらいでいいかしらね」
「む?」
「え?」

 なんで?
 な、何でお姉様、急に力を抜いちゃうの?
 だって、あいつは美鈴の仇で――
 
「それと……出てきなさい。美鈴」
「へ?」

 急にお姉様が回れ右した。
 私も釣られて、そっちを見たら。
 なんか、隠れた。

「……な、なんじゃとっ!?」

 なんか天狗の人の声が裏返ってるけど――
 えっと、うん。
 わかる、その気持ち。わかる。
 今隠れたやつが『アレ』なら、驚きたくなるのもわかる。

「……怒りません?」
「怒らないわよ」
「でも、さっき、怒ってたじゃないですか!」
「あれは、敵の接近を察知できなかった自分に怒ってただけよ。それを相手に合わせて理由をつけただけだもの」
「あはは~、安心しました。出会い頭の一撃で、ちょっと場外まで行っちゃいまして……それで戻ってきたら、私死んだことになってるじゃないですか! 出にくくてしょうがなかったですよ、もう」

 私が、怖いって思える相手の、ちょっと力を入れた攻撃をまともに受けて。
 『ちょっとそこまで出掛けてきた』
 みたいな感じで、ばかげた報告をできる奴なんて、あいつしかいない。
 塀の角から申し訳なさそうに駆け足で近づいてくる。
 緑色の服、赤い髪、それに緑の帽子がトレードマークの……

「……ねえ、なんで頭に長い葉っぱ巻いてるのかしら?」
「吹っ飛んでる間に帽子なくなっちゃって……経費で下りますかね?」
「咲夜に任せる」
「あーん、絶対無理じゃないですかそれ!」

 緑の帽子がトレードマークだった、美鈴、本人だった。
 が、それになっとくできない者が約一名。

「なんじゃ! なんじゃそやつは! その妖力程度で何故あれに耐えられる!」
「……だって、美鈴だから」
「なっ!? そんな理屈が通るわけがあるか!」
「……だって、美鈴だから」
「妹様、何気に酷いですね」

 地団太踏んで悔しがってる天狗の人を見てると、なんだかちょっとかわいそうに思えてくるけど。ホント、美鈴だから仕方ない。
 妖怪に圧倒的な効果のある咲夜のナイフだって、刺さってるのに気がつかないときもあるんだから。
 もう、怒っていいんだか。喜んでいいんだか。わかんない。
 でも、私が怖い思いした分は天狗の人に返さないといけないのかな、なんて、ちょっと考えてたら。

「ところで、そちらの無礼なお客様の名前を伺っていなかったのだけれど?」
「……こほん、我か?」
「ええ、あなた」
「我は、天魔じゃ。天狗の長をつとめておる」

 長ってことは、天狗で一番偉い人ってことだよね。
 だから、すっごく速かったり、すっごく強かったりしたのか。
 
「私は、レミリア・スカーレットこの屋敷の主。こういった場であなたとまみえるのは避けたかったのだけれど」
「それは我も同感じゃ。しかし、鴉天狗たちに重症を負わせた輩が居る。しかもまだ子供。などという報告が下から上がって来たものじゃから、我とて鬼たちから山を借り受けておる身分じゃし、騒ぎも起こしとうない。じゃからなんとか痛みわけにして、山の者を納得させたくてのう」
「こちらに何か要求するということ?」
「ああ、それさえ貰えればお互い不干渉の契約を結んでも良いし、友好的な間柄を作っても良いかと考えておる。むろん、後者の場合はお主等の攻撃的な行動を中断するのが条件ではあるが」

 何かさっきとイメージが違う。
 私を虐めてたくせにお姉様にはあんな態度を取るなんて、なんか不公平。
 そんな奴の言葉なんて聞くことないって、お姉様に伝えようとしたら。

「そこの、お主の妹か? そやつの首が欲しい」
「あ、あげられるわけないじゃない! 馬鹿じゃないの!」

 私の叫び声の後、柔らかくなり始めてた空気が、またピンって張り詰めた。
 美鈴は私の前に移動して、防御する気満々みたい。
 だって、私の命が欲しいって行ってるんだよ! そんなの駄目に決まってる。
 でも、お姉様は。

「……フラン? あなたが不用意に天狗たちを攻撃した結果がこれよ。私の妹として、責任を負うつもりはない?」
「……な、何言ってるの? お姉様」

 私、耳が変になったのかな。
 お姉様がこんなこと言うはずなんて……

「その命を、紅魔館存続のために捧げるつもりはないのかと聞いているのよ」
「そ、そんな……嘘よ、お姉様」

 私を見つめる、半眼の冷たい視線。
 それがすべてを語っている気がした。
 
「パチェとも相談したのだけれど、もし天狗が全力で仕掛けてきた場合。物量差を覆すのは正直不可能なのよ。後半年準備する時間があればなんとかするってパチェは言ってたけれど、そんな時間もくれそうにない」
「嘘よ! だって、私たち吸血鬼は最強の!」
「……そうね、そうかもしれない。でも、フラン。あなたの右腕を見て御覧なさい」
「あ……」
「私たちは強い。けれど、覆せない脆さがあるの。それを理解しないまま力を使えばどうなるか。あなたにもう少し勉強する時間を上げられれば良かった」

 なんで、そんな言い方するの?

「いえ、私が一緒になって教えてあげればよかったのかしら……」

 なんで、そんな昔のことみたいな言い方するの?
 それじゃあ、私が……もう、いないみたい……

「嫌、やだ、やだやだやだっ! 美鈴っ! 助けて!!」

 美鈴は、何も言ってくれない。
 ただ、私をぎゅっと抱きしめるだけで、助けるとか言ってくれない。

「そうか。それでは話が早くて助かる。それでは回復する前に、やってしまうとするか」

 あれ、なんで天魔ってやつ近づいてくるの?
 私、やだって言ってるのに。
 もっと皆といたいって思ってるのに。

「……妹様」

 ねえ、美鈴。離してよ。
 そうやって腰に抱きついて、腕固定されたら、私逃げられないじゃない。
 私、まだ霧になって逃げる方法使いこなせないんだよ?
 そんなので、首切られちゃったら。死ぬしかないんだよ?
 ねえ、美鈴! ねぇっ!!
 ぎゅっとして、どかーんもできないんだよっ!!
 
「お姉、様ぁ……」

 助けて、お願い助けてお姉様っ!
 明日からちゃんと、部屋のお片づけもする。
 好き嫌いもしない。
 お姉様の邪魔もしない。
 嫌いなお勉強もがんばるから!
 だから、止めて!
 天魔ってやつの、上げた右手を止めてっ!!

「ご……さい……」

 お姉様にも……
 天狗にも、ううん。
 天狗さんたちにも、ちゃんと……

「ごめんなさぁぁぁいっ!!」

 ちゃんと、謝るから……
 謝るからぁぁぁぁあああああっ


 ぴたっ


「……ということじゃよ、九尾殿」
「え?」

 なんか天魔が、ぴょんって後ろに下がって見上げてる。
 殺されるって思ったのに、なんで? どうして?

『何故手を止めるのですか。天魔殿』

 そんなこと思ってたら、天魔が見上げた先、そこに人影あった。遠くて、どんな顔をしてるのかわかんなかったけど。そいつが、聞き取りにくい声を出してた。

「ふむ、お主に言うたじゃろ? 更生の余地があれば、その点も含めて交渉しても良い、と。じゃから我は、そういった面で配慮したというわけじゃて」
『……その、子供のような謝罪に何の重さがあるというのです?』
「そうかの? レミリアとやら、そちらはどうか」

 でも、変な声の奴は納得してないみたい。
 というか、私も何がなんだかわからないのだけれど。
 どういうことかお姉様に聞こうとしたら、そのお姉様がふふんって鼻を鳴らしているし。

「400年以上見てきたけれど、フランが私に謝ったことなんて、指を折るくらいしかないわ」
「ふむ、それはある意味十分信用できそうではあるな」
『天魔殿!』
「それとのぅ……、そこのレミリアという奴。平気な顔をしておるが、両の拳から血が滴り落ちておるし」

 はっとなって、お姉様の方を見たら。
 目に見えないくらいの速さで両手を背中に回してた。
 でも、すっごい羽がパタパタ動いてる。

「好きにしろという態度でありながら。我の選択によっては、この世界そのものに復讐し兼ねんぞ、こやつは」
『……ならば! その吸血鬼二人を始末すれば言いだけの話! 私の力があればそれも……って、あ、え? ゆ、紫様? ち、違うんです! 私は、勝手に行動したとかではなくて、幻想郷の平和を守るため。それを一番に考え――あ、駄目です! そんな、しっぽにそれはああああああああっ!?』

 なんだか、空の上のほうも雲行きが怪しくなってきた。
 遠いから良くわかんないけど、なんか人影の横からまた影がにゅって出てきて、わいわい騒いでる感じ。
 そして、一番大きな悲鳴が終わった後で、最初にいた影がなんだか大人しく。ぐったりなっちゃって。

『さて、そちらの紅魔館の方が、ある程度の実力者であり、指導者の立場も取れるとわかった以上。こちらとしては、歩み寄りたいと考えておりますわ。それで改めて、会談を設けたいと考えております。願わくば、波乱を生み出す存在とならぬよう』

 あきらかに、なんか違う声が続いた。
 と、おもったら。

「あれ?」

 なんか、消えた。
 すばやく移動したとかじゃなくて、うん。
 文字通り消えたの。

「さて、賢者の一人もそう言っておることじゃし、今日はお暇するかの」
「……あら? 紅茶でも準備させようかと思ったのだけれど」
「ぬかせ、そちらの屋敷の中から物凄い殺気が放たれておる。入り口をくぐった瞬間蜂の巣になるのはごめんじゃ」
「ふふ、すまないね。できの悪い部下ばかりで」
「まったく、困った奴らじゃ……」

 えっと、うん。お姉様。
 ふつーに天魔が帰ろうとしてるけどいいのかな?
 
「おねーさま……右腕と羽、痛かった」
「あなたも天狗に同じようなことをしたのでしょう? それに必要以上に怖がらせたそうじゃない」
「むぅ~~~」

 だから痛み分けってこと!
 もう、お姉様の馬鹿!
 
「美鈴も離して!!」
「イタタ、こっちにあたらないでくださいよ」

 知らない。
 もう、皆知らない。
 何よ、何なのよ。
 私一人のけものみたいになって、勝手に心配して。
 ほっぺたに空気を溜めながら、おもいっきり羽に力を入れて移動して。

「な、何よ。フラン」

 後ろに回りこもうとしたら、またお姉様が手を隠す。
 なんなのよ。
 何で私のためにそんな怪我するの、お姉様。
 私、馬鹿だからこういう作戦とかわかんないよ。
 私が失敗したなら、私だけ傷つけばいいってさっき言ってたのに。
 私が責任取ればいいって言ってたのに
 なんなのよ! ホントもう!
 なんで、手の平見せてくれないのよ!

「こら、フラン! いい加減二しなさ――」

 だから、これは仕返し。

「っぃく……ひっく」
「フラン……」

 お姉様の邪魔してやる。
 こうやって抱きついてさ、絶対今日離さないんだ。
 そうしてやれば、お姉様困るはずだもん。

「ひっく、うぇぇ……」

 泣いた、振り、とかさ。
 ……してれば、お姉様も騙され、て。

「ごめんなさいね……」

 ほら、やっぱり。
 少し濡れた手の平で、帽子の上から頭を撫でてくれる。

「許さない」

 うん、でも許してあげないんだ。



「今日だけ一緒に、寝てくれないと許さない……」
























 ――ベッドにて


「ねえ、お姉様。そういえば私、思ったのだけれど」
「どうしたの、フラン?」
「お姉様、さっき。私が天狗に酷いことして、怖がらせてたらしいって話してたじゃない?」
「ええ」

「あれ、誰かに聞いた口ぶりだったけど、誰に聞いたの?」
「……あ」
「ねえ、もしかしてお姉様! パチェとずっと作戦会議してたのってこのことじゃないわよね!」
「……な、なにをいっているの、フラン」
「だって、天魔の様子も途中から変だったもの! 私を怖がらせて、反省させる作戦とか!
 そういうのをあいつとしてたりしないわよね!!」






「……て、てへ」






 ドンドンドンドン!!

 その後、妹の部屋の前で謝り続ける姉の吸血鬼が居たとか居ないとか。
後日談1



レ「……それでね、また地下にこもっちゃって。しかもなんだか妙にパワーアップもしてたわけ。だから仕方なく、天岩戸作戦を実行したの。
楽しそうなことしたらでてこないかなーって」
霊「……」
レ「そんな私の作戦がばっちり当たったわけよ! 人間たちもスペルカードを利用した異変を味わえて一石二鳥的な!」
霊「……夢想封印」(炒り豆)
レ「熱っ!」




後日談2
 
 
美「さすがお嬢様、敵まで利用するとは……」
レ「ふふん、私にかかれば造作もないことよ」
美「ところで、私が攻撃受けたりしたときも、あの天魔様と打ち合わせ済みだったのですよね?」
レ「ん?」
美「もう、とぼけちゃって。私と天魔様があったときのことですよ~」
レ「…………あ、うん。もちろんよ。当然じゃない」
美「ですよねー、ははは」
レ「はははははっ」






美「あの、咲夜さん。私の夕飯みんなよりちょっと豪華じゃありませんでした?」
咲「………気のせいじゃない?」




とりあえず、美鈴は妙に頑丈らしいという私の紅魔館イメージ

>一部誤字を修正しました。
pys
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コメント



0.3630簡易評価
14.100名前が無い程度の能力削除
なげえなww
相応に面白かった
18.100名前が無い程度の能力削除
め、美鈴・・・(´;ω;`)ブワッ
20.100賢者になる程度の能力削除
安定の鉄壁美鈴
21.100名前が無い程度の能力削除
長いけどさらっと読めちゃいました。後日談もあわせてとても面白かったです。
23.90奇声を発する程度の能力削除
長さの割にはサクサク読めて、面白かったです
43.100名前が無い程度の能力削除
美鈴ェ…
45.100名前が無い程度の能力削除
サクサク読みおわり、ふと横のスクロールみたら意外と長かったという。
流石美鈴さんやでぇ
50.80名前が無い程度の能力削除
いやいい作品でした。
フランが初めて部屋の外に出たときの描写が個人的には良かったですね。
そして相変わらずpys氏の美鈴は超性能で安心しました。
52.100名前が無い程度の能力削除
ああほんとだ。そこそこ長い作品だったんですね。
こんなに元気な美鈴を見ることができて思わず涙が。
54.100名前が無い程度の能力削除
美鈴が頭を見せようとしないのはやっぱり……w
61.80愚迂多良童子削除
頑丈な美鈴はいいものだ。
>>おそらくパチュリー様が支持したのでしょうね
支持→指示
>>あなたの行動を運命で知ろうとしなかった私の瀬金でもあるからね
多分、「瀬金」ってのがなにかの打ち損じだと思います。
62.100名前が無い程度の能力削除
だって美鈴だし...
なんだろうこの安心感。
65.100名前が無い程度の能力削除
うん、美鈴がいつも通りで安心した
68.90名前が無い程度の能力削除
なんか色々感想あるんだけど、美鈴が全部持っていったような気がするぜ
71.50名前が無い程度の能力削除
(iPhone匿名評価)
74.100名前が無い程度の能力削除
流石美鈴固いなぁ
80.100名前が無い程度の能力削除
いい話だったぜ
92.100ばかのひ削除
だって面白かったし……
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