Coolier - 新生・東方創想話

愛のかたち

2012/04/28 04:50:01
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 初夏の夕暮れ。
 太陽の残り香が土を包みこみ、風がそれを救い上げてさらっていく。
 どこかでカラスが鳴いている。籔からはジリリリ、ジリリリ、と虫の声が滲み出ている。
 紅い空と白ぶむ空、その向こうには、白い空と黒ずむ空。
 その境界から見える影が、私に少しづつ近づいてくる。
 細いホウキの上、細い腕で身体のバランスをとっている。頭にはヘンテコな三角帽子。黒い服からのぞく白い肌。
 身体の太陽の残り香が私の頬を撫でていく。風が私の頬の熱をさらっていく。

「よう。あいかわらず辛気臭い神社だな」

 私の前に降り立つ少女。ホウキを片手に微笑む少女。憎々しい言葉を投げつける少女。
 この目の前にいる星と魔法と恋の少女に、私は。
 夜空のような服装をして、星の煌きをその眼に飼う少女を。


 この少女のことを、私は。





          ☆





 博麗神社の裏手には蔵がある。何の変哲もない、普通の蔵だ。
 祭事に使われる道具をはじめ材木や農具や貰い物の外来品など、雑多なものが詰め込まれている。用がなければ立ち寄られない場所だ。
 しかし私はいま、その蔵の扉に向かって右側、木々が生い茂り鬱蒼としているほうで蔵の壁によりかかっている。
 そして私の前にはコイツだ。さっきから口元を扇子で隠し続けている胡散臭い妖怪が私の前にいる。
 私に呼び出されたことについて心当たりがあるのだろう、口元の緩みを隠し切れないらしい。
 一応、左右を確認する。紫の背後に広がる森もなんとなく確認する。昼間なので暗がりが少なく見通しやすい。うん、誰もいなそうね。さて。

 「紫、あんたの仕業でしょ」
 「違いますわ」

 即答された。だが、その声は不自然なほどうわずっているし扇子で隠された口元はおろか目元まで緩みきっている。顔全体で笑いをこらえているようだ。憎い。
 ここまで分かりやすいと疑いようもないが、コトの犯人なんて最初から分かっているようなものだ。やっぱりあんたか、と確認したところで意味はない。
 重要なのは、コイツ本人から……、
 ……その、なんで? ってことを訊き出すこと。そのために呼んだんだから!

 「とぼけないで、みっともないわよ」
 「みっともないとは失礼ね。女性に言っていい言葉じゃないわ」
 「あんたの仕業だってことはもう分かってるの! そうでなきゃ、急に!」
 「急に?」

 ギロン、と紫の目が私の目を縛り付ける。先程からの笑っていた目とは全く違う、突き刺さるような眼光は、私の目を暴力的に縛り付ける。
 この目は、苦手。

 「私は以前から言っていました。幻想郷を取り巻く結界はむやみに歪めてはいけないと。それは貴方が一番多く聞いているはずだし、理解もしているでしょう」

 幻想郷は外の世界という基盤の上に乗っている空間。外とこことを隔てる壁は結界『だけ』。結界そのものが、壁そのものが薄氷という世界なのだ。

 「それを壊すことは幻想郷にいる妖怪たちの存在に関わります。外の世界に広がる伝染病ひとつが舞い込んでくるだけで、一種族が危機に陥ることもあり得るのです」

 妖怪は人間の精神から産まれ人間の精神に依るものが多い。神も同じだ。恐怖や信仰、智慧の象徴としてそれらは人間の精神に住み着く。
 それらは人間の精神次第で力を増すこともあれば、存在自体が消滅することすらある。
 そして噂とは精神を伝染する病だ。妖怪の正体見たり、という噂が伝染してしまえば、その『流行病』はいとも簡単に妖怪や神を殺してしまうのだ。
 結界に穴を空けることは病の気を招き入れることになりかねない。

 「しかし貴方は私を呼び出したいがために結界を意図して壊します。結界を管理する者として私がそのような行いを許すことはありません」

 そうだ、その度に私は紫から説教をもらってきた。同じことを何度も言われた。そして私は反省しなかった。
 だけど、でも、

 「でも、お仕置きにしても……」



 ――彼女の笑顔、細い身体、香り。



 「……お仕置きにしても、少し、趣向、違うわ」
 「違う、とは?」



 ――どうしたんだ、顔が赤いじゃないか。珍しい。具合悪いのか。



 「その、こういうのは良くないっていうか、あまり……」
 「こういうの、ってどういうことかしら」



 ――よし、今日はこの優しい魔理沙さんが夕飯を作って上げよう。お? いいから病人は寝てろ。ほら台所借りるぜ。
 ――何だ何だ、随分としおらしいな。重症だな、寝間着に着替えたらどうだ。水風呂用意してやるぞ。布団も敷いてやろう。
 ――ついでに一緒に寝てやろうか? え、い、いや冗談だ。うん。重症だな。もう寝なさい。え、ああ、そうか夕飯作るんだったな。ええと……







 「魔理沙を」
 「魔理沙を食べちゃいたい、ということね」





          ☆





 「人間の色恋沙汰は褪せていて面白みもないものだけど、それがあの霊夢に関してだったら見モノです。あのときの表情……、ふふ、可愛かったわ」
 「紫様、お酒も進みすぎると毒ですよ」
 「ねえ藍、あなたは霊夢が魔理沙にどんな愛の告白をすると思う? 私のかけた呪いですもの、今は気持ちを我慢できていてもいつか堪えられなくなるはずだわ!」
 「そうですね……、紫様はその場面を覗かないのですか?」
 「あなたは昔から野暮ね。私はそんなことしません。私は妖怪ですが、人間の気持ちは理解できます。愛を伝えるだなんて恥ずかしいことを他人に見せたくないでしょう」
 「はあ、そうですか……」
 「それに、あの子も同じよ」
 「同じ、とは」
 「人間だけど、妖怪の気持ちに一番近い子なの。一番人間くさいからこそ、まるで妖怪のように気持よく生きている。あの子は霊夢という名の独立した種、妖怪なのよ」





          ☆





 「なんだ、今日は随分と元気そうじゃないか」

 彼女の清々しい声が青空を鳴り渡る。私の心が躍り狂う、彼女にしか使えない魔法の呪文。
 この衝動が紫の仕業であると確認できてからは、魔理沙を見ても少し余裕を出せるようになった。以前はもう自分が自分じゃないくらい取り乱していたのだが。
 今はもう大丈夫だ。と言っても紫のかけた呪いが弱まったわけではない。むしろ日に日に強くなっている気もする。
 しかし、これは自分の本意ではなく紫に無理矢理けしかけられているのだという事実が、魔理沙を前にした私を取り押さえてくれる。私の拠り所になっている。
 まあ、我慢できるだろう。紫もそのうち飽きてこの呪いを解くはずだ。

 「もう大丈夫よ、この前は悪かったわね。全部アイツの仕業だったわ」
 「紫もよく分からないことをするもんだな、霊夢に稽古を付けてきたり地獄へ送り出したり、今度は霊夢を…… って、霊夢、もしかして紫に嫌われてるのか?」
 「いや、そういうことでもないんだけどね……」

 そう、元はと言えば私の所為なのだ。思うところもあるし、こればかりは甘んじて仕置を受け入れよう。
 ああ、しかし。私の横に座るこの少女は。
 流れ星をひとつひとつ紡いだような細い髪、水を鋤くためにあるかのような綺麗な指、一生懸命背伸びしてる子供みたいなとんがり帽子、
 縁側にちょこんと座るだけで可愛さが溢れている、投げ出された足が綺麗な線を描いている。





 私は、この子を、





 おーい、という声にハッとする。魔理沙がこちらを覗き込んでいる。つい目を逸らしてしまう。何でもないわ、と応えておく。
 そう、この程度はなんでもない。これくらいでは、屈しない。
 妖怪のような真似をしてたまるか。
















  ――『現在は人間の思う現実が、妖怪の居ない世界、で理想は居て欲しい世界、ですから。』
     理想や噂は人間の思いという名の伝染病。それは結界の綻びから侵入する。妖怪を殺す伝染病も、妖怪を産む伝染病も。
     そして、そう。結界の綻びのすぐそばには、いつだって。
ごきん

  ぐちゃ ぐちゃ
枝豆クレイドル
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コメント



0.600簡易評価
15.70名前が無い程度の能力削除
2読目はセリフや題名の印象がガラッと変わりますね
こういう話は好きですが