「んっふっふっんっふっふっん~ふ~ふ~ん♪」
ご機嫌に鼻歌をかましながら、にとりは山を闊歩する。
彼女の手には釣り竿が、そして背中にはいつものリュックの代わりに、竹で編まれた大きな篭が背負われていた。となればやることはお察し。
妖怪の山では釣りを趣味にしている者が多い。にとりもその内の一人だ。
今彼女が向かっているのは穴場中の穴場、彼女自身その場所を他の誰にも教えたことの無い、絶好のポイントだ。
皆でわいわいやるのも良いが、一人で集中して楽しみたい時にはいつもそこを選んでいた。
「んっふっふっんっふっふっに~と~り~♪ んっふっふっんっふっふ……ん?」
ようやく辿り付いた。が、どうやら先客がいたようだ。
既に川へ糸を垂らし、腰を落ち着けている者がいる。
(ちょっとちょっと、他にもここ知ってるやついたの?)
内心舌打ちするが、相手が見知った顔だとわかると、表情を取り繕って声を掛けた。
「あれ、椛じゃーん」
「あ、ども」
「今日は非番なの?」
「ええ、なので久しぶりに釣りでもと」
「そっかー。で、どう? 調子は」
「まぁ、ぼちぼち」
そう言いつつ、彼女の隣に置いてある篭の中では数匹の魚が跳ねていた。その活きの良さから、どれも水から上げられたばかりのものであることがわかる。
「謙遜はよしなよ~」
「いやぁ、はは」
(なぁにがぼちぼちだよ。内心ほくほくでしょうに)
(話しかけないでよ。せっかく今日は一人でゆっくり出来ると思ってたのに。空気読んで欲しいなぁ、もう)
会話する二人の表情はにこやかであったが、お互い心の内には悪態ばかりが広がっていた。椛にとってもここは秘密の場所だったのだ。
彼女らの仲は極めて微妙。例えばたまたますれ違った時、挨拶するかしないかの微妙なラインだ。
天狗という種族自体は河童より優れているが、椛はその中でも哨戒という下っ端なので、どちらの方が上かと言えば何ともはや、微妙。
知人以上、友人未満。たまに将棋をさすこともあるが、それは他の相手ともやったりするので、個人的に特に交友がある訳でもない。
いつもは傍に他の仲間がいるので、こうして二人っきりになるのは珍しかった。
「釣りって良いよね」
「ええ、仕事にもやり甲斐は感じてるけど、その中でも息抜きはやっぱり必要っていうか」
「あぁーわかるわかる。私も物造るのは好きだけど、それだけじゃあ気が滅入っちゃうよ」
話しながら、にとりも適当なところに篭を下ろして腰を落ち着ける。
これをきっかけに二人の仲も少しは近くなるだろう。
――と、いう訳にもいかなかった。
にとりの竿は相変わらず川の流れに引っ張られるのみ。対して椛はまた魚を釣り上げ、順調に篭を埋めていた。
これは面白くない。口数も減っていき、遂ににとりは椛と距離を置くことにした。
「どうしたの」
「ちょっと場所を変えようかなって」
引きつった笑みを浮かべるにとりの様子にも、椛は無関心にふーんとだけ言って浮きに視線を戻した。
それから間も無く、
「お? おっ、きたきたきた、きったぁ~はは」
「…………」
先ほどまでの不調が嘘のように次々と獲物を釣り上げていくにとり。
一方椛の竿はうんともすんともぴんともいわなくなってしまった。完全に立場逆転である。
釣れれば機嫌は比例して上がる。にとり絶好調。それに反比例して椛の機嫌はだだ下がり。
僅かな逡巡の後、目を瞑って竿を振り上げた。彼女の異変に、しかしにとりは気付かない。
数分後、椛の入れ食い状態ににとりは唖然とした。
自分も成果は決して悪くない。しかしすぐ近くであまりにも差を見せつけられてしまえば、相対的に「あれ、私全然釣れてなくない?」と思うものだ。
(くっそ、どうしてあいつばっかり……て、あれ?)
ついつい自分の竿より相手の方を見てしまうが、そのおかげでようやく気付いた。椛はずっと目を閉じたままなのである。
(怪しい。まるでどこに魚がいるのか完全に把握してるみたいだ)
「ねぇ」
「ん?」
話しかけられ、ようやく椛は瞼を上げた。
「はい」
「もしかして千里眼使ってる?」
「いや使ってないよ」
「本当のところは?」
「だから使ってないって。仮に使ってたとして、それだと何、何かあるの? いや使ってないけど」
「別に。ただ、もし使ってたとしたら、それは釣り人としてどうかなぁ~、と思っただけ」
「ふーん。んん、まぁ、そうだね。だから使ってないしホント」
「そう。そうだよね」
あっはは~、やだなぁもう、ごめんね~、いえいえ~……こんな社交的やり取りなど何の意味も無い。二人の間には確かな溝が出来た。
(あくまでシラを切るつもりね。だったらしょーがない)
納得のいかないにとりは、竿の持ち手の部分を軽く捻った。かちりと音がする。
すると水中で彼女特製の擬似餌は微量の電流を放ち、近寄る魚たちの体を麻痺させた。あとは針がその魚に伸びていき、勝手に口に引っかかるようになっている。
「ちょっ、何やってんの」
「ひゅい?」
椛が抗議の声を上げた。しかしにとりはそれにきょとんとした顔で答える。
「ひゅいじゃないよ。それもはや釣り竿じゃないじゃん。とぼけないでよ」
「何を根拠に」
「根拠も何も私この目で見たから。現行犯逮捕だから」
「あれれ、水中見えてるじゃん。千里眼使ってないって言ったよね」
「えっ……いや、それは」
「人のこと言えないじゃん。これはそっちがズルするから仕方なくやっただけだよ」
二人の間で視線が火花を立ててぶつかり合う。
「宣戦布告ということか。受けて立ってやる」
椛は剣を抜いた。これにはにとりも焦りを浮かべる。
「なっ、そ、それは流石にやり過ぎなんじゃないの!?」
後退るにとりに、しかし椛はそれを無視して着衣の下を捲ると、川へ飛び込んだ。
「へ?」
拍子抜け。と同時に、彼女が何をするつもりなのかわからなくなる。
水に浸かりながら剣を上に構え、再び瞳を閉じて静止した。
と、次の瞬間、その剣で水面を思い切り薙ぎ払った。ばしん、と強烈な音がし、水しぶきと共に魚が岸に打ち上げられる。
斬ったのではなく、剣を横にして面で魚の体を打ったのだ。
「熊かあんたは!?」
「白狼だ」
椛はそのまま凄まじい勢いで、川の中を歩きながらどんどん魚を弾き飛ばしていく。
(へぇー、そういうことしちゃうんだ。ふーん、そう。だったらこっちも引くわけにはいかんでしょ)
この手段を選ばない戦法で、にとりにも火がついたようだ。主にダメな方向で。
帽子の中に手を突っ込み、銀色の球を取り出すと、振りかぶって川に放り込んだ。すぐさまにとりは自分の耳を塞ぐ。
次の瞬間、球が弾けたと同時に、辺りにぎぃーんという金属を叩き合わせたような破裂音が響いた。いわゆる音爆弾というやつだ。
「ぎゃあああああっ!」
椛の絶叫も響き渡る。流石、白狼天狗は耳も良かった。そして水面には何匹もの魚が仰向けに浮いていた。
「やったー大量大量あごめんもしかしてくらっちゃった? いやー注意したんだけどねーごめんねー」
棒読みで謝りながら、しかし椛そっちのけで魚を回収しようとするにとり。
とうとう椛の頭の中で何かが切れた。目から光が消える。
「うがあああああ」
手当たり次第に剣を振り回す。もはや魚など狙っていない。とにかくばしゃばしゃと暴れまくりだ。
「ちょっとやめてよ魚逃げちゃうじゃん」
「そっちこそ乱獲するな! 竿一本で勝負しろ!」
「刀は良いのかよ刀は」
「一本は一本でしょうが」
激情のせいか椛も言ってることが無茶苦茶である。
「あーあーあー苦しいねぇ言い訳が。天狗ならもっとマシな言い回しは出来ないもんかねぇ」
「頭と脳みそツルツルの河童さんには言われなくないわ。ほれちょっとその帽子とってみんせぇ」
帽子――このワードでにとりの頭の中でネジが取れた。
「おまっ、言っちゃならんこつ言いよらすっべからにっ。もー許さんけんわたすが全河童さ代表しておまんこ
つ殺がしちゃるっぺよぉ!」
※訳:あなた、言ってはならないことを言ってしまいましたね。もう許しませんよ。私が全ての河童を代表してあなたのことを痛めつけてあげましょう。
「やれるもんならやってみそらしど! おまんだけにゃ負くる気せんで! イクほど来んせぇっ」
※訳:出来るものならやってごらんなさい。あなたにだけは負ける気がしません。お死にになる覚悟でかかって来なさい。
一触即発。今まさにスペルカードルール抜きのガ
チンコ対決が行なわれようとしていた。
とその時だ。
「うわー、こんな良いポイントがあったんですね」
少し離れたところで、場違いな程能天気な声がした。
二人とも胸ぐらを掴み合いながら、そちらに顔を向ける。
そこにいたのは早苗と神奈子と諏訪子だった。おそらく声の主は早苗だろう。だいぶ距離があいているためか、向こうはこちらに気付いていないようだ。
「晩ご飯の食材調達、頑張りますよー!」
『頑張れ早苗! やっちゃえ早苗!』
「あ、竿忘れました」
「これを使いなさい」
神奈子が渡したのは、古くなった御柱から削り取った木で作った竿だ。御柱には石造と木造の二種類あったのだ。糸にも神力が織り込んである。
どんな大物でも、ほんの少しの力で簡単に引き上げられるという、優れたしろものである。
「あ、餌忘れました」
「これを付けなさい」
諏訪子が渡したのは、ミシャグジ様の力が込められた団子だ。
獲物の口に入るとねっとりとした邪気が広がり、体内から相手の体力を奪い取るという、恐ろしいしろものである。
「あ、私釣り初めてなんですけど大丈夫でしょうか」
『だいじょぶだいじょぶー!』
「そうですか、それじゃあやってみます。えーい!」
早苗は両手で竿を振り抜いた。この時、彼女は気付かなかったが、遠くにいたにとりと椛には見えていた。
それは何か。
二柱の背後に小さなスキマが現れたのだ。神奈子は顔を前に向けたまま、後ろ手に酒の瓶をその中に押し込むと、ぐっと親指を立てた。諏訪子もぐっと親指を立てる。
スキマの中からも手が伸びて、ぐっと親指を立てると、ご丁寧に領収書まで渡してから、謎の手はスキマごと消えた。
直後、早苗が竿を引き上げると、糸の先端には大きなマグロがぶら下がっていた。
「やったー! 川でマグロが釣れるなんてラぁッキー!」
『ラッキー! ラッキー!』
満面の笑みを浮かべる早苗に、二柱もバンザイバンザイ。
「流石早苗だ」
「あっぱれよ、早苗」
「えへへ、それ程でも。いやぁ、やっぱり釣りは楽しいですね。さて帰りましょう。せっかくですから今夜は宴会でもしましょうか!」
『宴会だ! 宴会だ!』
三人はそのまま宴会コールをしながら意気揚々と帰って行った。
一連の成り行きを眺めていた椛たちは、ただ呆然とその場に立ち尽くしている。いつの間にか胸ぐらから手は離れていた。
「…………」
「…………」
「あれは……ズルいよね」
「いくら何でもやっちゃいけないことってあるよね」
「ね」
「河童馬鹿にしてごめんね」
「こっちこそ調子乗ってごめんね」
「ね」
「ね」
空は青かった。滝の音がする。鳥の鳴き声もする。木々のざわめきが心地良い。魚の跳ねる音はしない。
その夜、守矢神社で開かれた宴会に二人の姿は無かった。
>チンコ対決が行なわれようとしていた。
屋上へ行こうぜ・・・久しぶりに・・・許されない改行を見ちまったよ・・・
二人の関係が生々しすぎるww
だがそれがいい
『ラッキー! ラッキー!』
全てを許してしまう脱力感……!
接待フィッシング…そういうものもあるんですね。
あと、冒頭の芥川でちょっと笑いました。
守矢神社の面々についてはもはや語るまい…
最後に全部持って行きやがった
紫も何やってんだよ
改行は狙ってやってやがるのか…!?
改行に吹いたwwwwwww
そしてコメで改行気づいて爆笑wwwww
いやはや面白かった。
・・・あ、でもずわいがにさんは後で屋上に来てくださいね?
隙間に親指を立てる二柱の図
しょぼんとする二人の顔が目に浮かびます。
あと、早苗さんは竿も餌も持たずに何しにきたの?w
あと改行テメェ
しまった!