Coolier - 新生・東方創想話

Bad Apple!

2012/04/19 21:24:57
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---私の中に、痛んだ林檎がある。---











コタツに半身を埋めながら、お茶をすする。


「不味いわね」


ちょっと茶葉の量を間違えた……、違うわね。
自分が美味しいと感じていないんだ。

今日は日課の修行も掃除もすんでしまった。来客も今のところ無い。
最近、こういう時間にこれまでを振り返ることが多くなってしまった。




---    ---



先代の巫女が亡くなってから、私は既に覚えていた分の修行と神社の管理をこなしながら
定期的にやって来る村の人達の世話になって暮らしていた。

必要なことの殆どは外から持ち込まれるものによって神社の中だけ済ますことができたが、
この出来事は珍しく私が村に付いていっていときのことだ。

訪問先の家は、稗田といった。


「ふう」


池の前でため息をつく。
向こうからは大人達の喚き声(笑い声かも?)が聞こえてくる。

村に来る用事はたまにあるけど、正直なところ村は苦手だった。
神社や森と違ってなんだか喧しいし、
大人たちも神社で作業しているときと違い、村の雰囲気に合わせて妙に荒っぽくなる。

そこで理由をつけて抜け出して来たんだけど…
知らないところで一人になってもすることが無い。
探検しようにも、家の中だけでなく庭に至るまで少しでも傷つけたら怒られそうな高価なものばかりだ。


「おや、この場所に先客とは珍しいですね」


いきなり背後から声がしたので振り返って見ると、
高そうな着物を着た女の子が立っていた。

私よりははっきりと年上のお姉さんだけれども、一人で大事な使いに出る程の年ではない。
多分客ではなくこの家の子供だろう。
怪しまれてはまずい、まずは挨拶しないと。


「あ、はい。博麗神社の巫女で霊夢といいます。この度は祭りの打ち合わせのためにお宅にお邪魔させてもらっています」

「そうですか、あなたが今代の博麗の巫女なのですね。尊い使命を背負う方にお会いできるとは光栄です」


は?尊い使命?
私がやってることっていうと…、神社の掃除と衣装や道具の手入れと祭りの手伝いと、
後は針投げで遊んだり、御札爆竹で遊んだり、結界編みしたり、踊りを覚えてみんなに見せたりしてるだけなんだけど…


「博麗の巫女について何かご存知なのですか?」

「ええ、それを「ただ知っているだけ」、それが私の家系の使命ですから」


お姉さんは妙に思わせぶりな言い方をして、私の言葉を肯定した。


「ひょっとしてあまりご存知無い?」

「え? ええ…」

「いけませんね、ご本人の人生に関わることを教わっていないとは。もしよろしければ少し私が覚えている言い伝えでもお話しましょうか?」


なんだか興味が出てきた私は、ここに来た理由も忘れてその話を受けることにした。


「はい、ぜひお願いします」

「それでは家の中へ移りましょうか。恥ずかしい話ですが、身体が弱いので外で長く話せる自信が無いのです」

「わかりました。それではお邪魔します… ええっと、お姉さんのお名前は?」

「私ですか? 阿求です」


その後にお姉さんの話を聞いた私は、しばらく神社の書庫の主になった。

神社の掃除も祭りの手伝いも減ったせいで大人達に怒られたり、

「教えてくれなかったあなた達が悪い」
と喚き散らして叱りに来た人を撃退したり、

そしたら書庫の鍵を隠されたりしたけど、

それはどうでもいい話。




---チクチクチク---




博麗神社は巫女が特別な意味を持つ信仰なので、当然神事でも巫女が重要な役を勤めることになっている。
だが先代が病に倒れて以降、神事で巫女の役を引き受けられるものはいなくなっていた。

とはいえ神事が行われなかったわけではない。
こういう時のために、巫女の代役となる人形(ヒトカタ)を用意することになっており、
本来の形式の他に、その人形を使う時の手順も決められていたのだ。

先代が元気だったころを殆ど覚えていない私は、てっきり神事とは人形で行うものだと思っていた。
人形は衣装の飾りに結界の基点がいくつも組み込まれている豪華なものだったので、まさか代用品とは思わなかったのだ。


「え?人形が壊れたけど修理作業はやらないの?」


どういうことだろう?てっきり補修作業をすることになると思っていたんだけど。


「ああ、そろそろ頃合いだろう、ってことになっちまってな」


頃合いってことは、全部作り直すのか。


「今から作って間に合うものなの?」

「うん?作るのが間に合うかどうかでいったら祭りの片付けの後でもいいだろうけどよ」


???


「どうも話がかみ合ってねえな。次からは霊夢ちゃんが神事に立つんだよ」

「え?えぇー!」


ちょっと待って、神事っていったら皆で準備して皆で人形盛り立ててやるもんじゃないの?

立つ?だれが?いつ?どこに?
私が?祭りの当日?あの舞台に?

どんな風に?
前には祭りの楽しさだけ期待してる知らない人がいっぱいで、
後ろには準備を頑張った後の本番に期待してる顔見知りがいっぱいの状態で?


「えっと、それって人間に出来ることなの?」

「人間っていう言い方がよう判らんけど、なんか賢者さまが結界の編み具合と踊りの腕を見て、大丈夫だって太鼓判押してくれたってよ。
よかったなぁ、霊夢ちゃん!晴れ舞台やぞ!」


おっちゃんはなんだか盛り上がっていたが、
私は「どうも本当のことらしい」という意味を感じた時点で、一瞬で白髪になった気分で石化していた。


とはいえ時間が止まってくれるはずも無く、段取りはどんどん決まり、日課である修行の内容に神事の練習が入ることになった。

けど書庫で内容を調べて途方にくれた。
結界の発動と淀みない綺麗な動作を同時に行うことになっていた。
結界ってじっくり編んで遠くから発動させるもんじゃないの?

頭を抱えていると玄関の方に気配がした。


「ごめんください」


お客さんだ。誰だろう。


「はーい、っと」

「やあ」

「霖之介さんか…、なぁにその格好」


やって来たのは森近霖之介さんだった。
実はこの人のことはちょっと苦手だ。
道具の手入れなんかでそれなりに接点がある人なんだけど、
なんていうか、雰囲気が変で話が噛み合わないのだ。

その人が黒くて妙にぴっちりした服(外の世界の服かな?)を着て玄関に立っている。


「いまはコーチと呼べ、だそうだよ」

「は?」

「コーチっていうのは外の世界で訓練の指導担当を指すんだ。
もとは「目的地に人を運ぶ」という意味の単語らしい。」

「いや、そうじゃなくて」

「ちなみにここに来たのはある人に頼まれて、神事の練習の指導に来たんだ」

「そっちを先に言ってよ」


やっぱり良くわからない人だ。
で、早速さっきのことを伝えてみる。

「…というわけでさ、出来そうにないっていうか…」

「ふむ、結界を二つ作って、同じタイミングで発動させられるかい?」

「いや、まあ、それだったら出来るけど」

「だったら自分の身体に「動作をする」という効果の結界が編まれていて、もう一つの結界と同時に発動させるイメージでやってごらん。」


言われた通りにやってみた。
そしたら出来た。

難関はその後にいくつも現れた。
そのたびに「出来ない」と私は言った。
けど、結局乗り越えられた。

そして…、最初の問題がまた現れた。
何日か練習を続けてみたけど、これが本番につながっていると思うと、体から力が抜けていった。


「どうしたんだい?順調に手順をこなせるようになっているのに、勢いがどんどん無くなっているよ」

「………」

「問題があるなら言ってくれ、今の僕の役目はそれを解決することだ」

「…わからないの?」

「ああ、言葉にしてもらわなきゃわからない」

「こんなの出来ない」

「出来てるように見えるけどね」

「……出来ない。 失敗できない舞台なんて出来ない!
そんなところでいつも通りになんて出来ない!
だから出来ない! 今出来たって出来ない! 出来ない! 出来ない!!」


何かが堰を切って溢れ出した。

ああ、そうだ。
もともと動作の難しさなんて、これまでの踊りや結界編みでもあったんだ。大したことじゃない。
私は「それを超えられなかった」ことにして、
本番に立ちたくなかったのだ。

けどそんなこと言えない。言っちゃいけない。
だから我慢してたのに…、言っちゃった。

怒られるかな?怒られるよね。
「大切な役目を何だと思ってるんだ!!」とか「この意気地なし!!」とか…


「………」


霖之介さんは睨むでもなくこちらを見ている。

あれ?怒られないのかな?
ひょっとして「仕方無いな。一緒に話に行こう」とか、あるかな?


「まずは正直に話してくれて良かった」

「うん」

「今の問題は動作の難しさではなく、「今の君には本番の神事など出来ない」と言うことでいいんだね」

「うん」

「では、君が考える本番の神事をこなせそうなものは何だい?」

「そんなの…、人形よ。人が見てても人形は意識しないもの」

「なるほど」


わかってくれたのかな?


「ならばこれから「人形になる特訓」をしよう」


…………はい? イマ、ナンテ、イイマシタカ?


「あの、霖之介さん、それはどういうことなの?」

「だって君は今の君には神事は出来ないと考え、人形にはできると考えているんだろう?
ならば君の考える「人形」に君がなることが出来れば、出来ることになる」

「あ、えっと、それは」

「だから舞台に立つために、君には人形になることを目指してもらう」


甘かった。
目の前にいるのは人間ではなく、「博麗霊夢を舞台に立たせる」という目的だけを考える鬼だった。


「そういう方針でまた訓練の内容を考えよう、明日を楽しみにしていてくれ」

「うぅ~、ひとでなしぃぃ」

「これでも半分だけは人間だよ」

「絶対に嘘だぁ~」


その後の変な特訓の成果かどうかはわからないけれども、
祭りの本番では客や舞台裏の皆ではなく、神事の手順が上手くいくかどうかに集中することができた。

というか緊張しすぎて自分しか見えていなかったので、その日に本当に客が居たのかさえわからなかった。




---キリキリキリ---




「ん~、せい!、せい!」

私は森の中で空を飛ぶ練習をしていた。
私に宿っている力は、「空を飛ぶ程度の能力」だと聞いたからだ。

普通、生まれつきの能力は妖怪にしか宿らず、人間は一つ一つ術を身に着けていくしかないのだが、
稀に能力を備えたものが人間にも生まれることがあるらしい。

自分がそうだと知った私は、早速試して見たんだけど…


「ふぅ~、せい!」


だめだ。
「飛べる」と思って霊力を高めたら膝にかかる体重が確かに軽くなるのに、
「よし、飛ぼう!」と強く力を込めた瞬間に戻ってしまう。

練習すればいいかと思って繰り返してみたのだけれど、何回やってもコツがつかめない。
もう二週間くらいこんな感じだ。

なんだか馬鹿馬鹿しくなってきた。
確かに人間に能力が宿ることもあるのだろう、けれどもそれはちょっとだけなのだ。

この土地が幻想郷と呼ばれる所以である妖怪たち、
その多くが持っている「空を飛ぶ」という能力が自分にも備わっている。
しかも自分は博麗の巫女で、私の持っている能力にはさらに特別な意味があるらしい。
そんなことを思って舞い上がっていたさっきまでの自分がひどく恥ずかしくなってきた。
もう帰ろう、そして習った通りの修行を日課通りにしよう。

そう思ってもと来た道を振り返ろうとしたとき、近くの草むらに亀が居ることに気が付いた。

でかい、それに良く見てみると顔が人間くさい。妖怪亀だ。
ひょっとしてずっと見られていたのだろうか。


「ねえ、そこの亀さん」

「ええ、なんでしょう」

「見てた?」

「それはもう。なかなか楽しそうに踊っておりましたな、お上手でしたぞ」

「見え見えのお世辞言わないでよ。あれは、その、ある術の修行よ。失敗したけど踊りに見えるわけ無いじゃない」

「おお、…えっと、ふむ」


そこでいまさら言葉に詰まらないでよ!余計惨めでしょうが。
くそ、こいつも空を飛べるんだろうか。


「ねえ、私博麗の巫女なんだけど、悪い出歯亀は退治するべきだと思わない?」

「おやおや、これは困りましたな。悪くない出歯亀ということでご容赦を」

「どんな風に悪くないわけ?」

「そうですな、健気な少女のお願いを聞く、というのはどうですかな」

「…えっと、それじゃあ…」


そこで私は、自分を乗せて飛んでもらうことにした。

正直なことをいうと悔しかった。
こんなことをしても自分が空を飛べたわけじゃない。


「準備はいいですかな」

「待って」

ここまできて「重くて飛べない」というのは流石にいろいろ困る。
私はさっきの練習で覚えたやり方で霊力を込める

「おお?、降りてもいないのに軽くなりました」

「これならいける?」

「ええ、博麗の巫女からお気遣いとは嬉しゅうございますな」






 そして、




 私達は、




 空を、




 飛んだ。



そこには見たことの無い風景が広がっていた。

山の上から見下ろすのと同じかと思っていたけど全然違う。

周りに木の一本も無い、後ろを隠す山肌も無い、それどころか下を隠す地面すらない!

西の空には夕日がもう眼で見ても大丈夫な明るさで山の稜線に隠れようとしている。
東の空には夜の蒼さをした空が広がり始めている。
上には夕日に照らされながら夜空に飲まれていく雲が流れている。
下には…、下にはさっきまで必死になっていた森の片隅があんなに小さく見え、
その少し東に私が暮らしている博麗神社の屋根と鎮守の森が夕日の光を受けている。
森の南には里の家々と農地が広がり、夕餉の支度の煙が出ている。
森の北には妖怪の山へと続いていく神と妖(あやかし)の領域が広がっていた。

あらゆる方向に景色が広がっている。そしてそれらが全て切れ目無く「一つ」になっている!

眼も眩むような、というよりもその世界に完全に眼が眩んでしまい、
私は言葉を失って景色を見つめていた。


「どうでしたかな。ご満足いただけましたか?」


声をかけられて正気に戻った。
いつの間にか日は落ちて、何も見えなくなっていた。


「うん…ありがとう」

「それは良かった。頑張った甲斐があるというものです」

「ねえ」

「はい?何でしょう」

「私さ、「空を飛ぶ程度の能力」があるはずなのに、空を飛べないんだ」

「そうでしたか。それでさっき身を軽くできたのですな」

「どうしたらいいと思う?」

「なに、大人になれば力が強くなって飛べるようになりますよ」

「そっか、時間がかかるんだね」

「ええ、こればかりは彼の八雲殿でも操るのは難しいでしょうなぁ」


そして空の散歩を終えた私達は元の場所に戻ってきた。

帰るために用意していた提灯に火を灯して、帰り支度をする。


「あのさ」

「ええ」

「あなた家の神社に来なさいよ。割と大きな池もあるし、食べ物もあるから。どう?」

「ふむ、魅力的な提案ですな」

「じゃあ…」

「けれどもすぐに決めるには重大すぎます」

「そっか、時間がかかるんだ」

「ええ、時間がかかります」

「じゃあ、時間がたったら答えを聞かせて」


その後、それなりの時間が過ぎ、それなりのことが在り、妖怪亀の玄爺は博麗神社に住むことになった。

そして私が空を飛ぶときに乗せてくれることになった。
私が大人になって、自分で空を飛べるようになるまで、っていう約束で。




---ジクジクジク---




一つ一つを切り取って見れば、文句のつけようも無い子供時代。
そりゃあ先代は早くに居なくなってしまったし、苦しいことだって寂しさを感じることだってあった。
けどそれを不幸とはいえないくらいに恵まれていることくらいわかっている。

それなのに、それなのに感じてしまったのだ。



”自分は立派な博麗の巫女になることを望まれていても、愛されてはいないんじゃないか?”



周りの大人は私に笑顔を向けてくるけれども、
その笑顔は私が博麗の使命に近づいていることに向けられているんじゃないのか?
私に向けるときも私が使命にやる気を出すための手段として見せているだけじゃないのか?

そんな馬鹿なことを感じるようになったきっかけはつまらないこと、
けど私にとっては忘れられない出来事だ。

博麗の巫女として悪い妖怪を退治する。(という練習のために大人たちが用意した遊び)
その中で出会った魔法使いの弟子の女の子。

その出会い自体も、勝手に運命を感じて自分の中だけで盛り上がっていたりした。
自分は博麗の巫女として使命を背負っていて、同じ年頃の同性が魔法を学んでいるなんて、
宿命のライバルみたいでかっこいいじゃないか。

けどそれはこれまで出会った人たちにも感じたことで、考え方を変えるほどじゃなかった。

周りに対する意識、自分に対する意識が変わったのは、
彼女が本人の望みで魔法使いの弟子になった、って聞いたときだった。

それまで私はどの子供も目指す未来は家によって決まってるって思っていた。
けど本人がやりたいからっていう理由で弟子にしてもらえた女の子を見て、世の中の見え方が変わってしまったんだ。

もちろん私が思っていた様に誰かの跡を継ぐための生活をしている子もいる。
けどその子達だって殆どの場合はわがままを聞いてもらったり、未来を夢見る部分を生活の中に持っている。

私の生活の中には博麗の巫女につながらない部分は無い。
祭りの役割のために練習することだけではなく、生活習慣としての神社の手入れ、
人に説明できなければ自分が困る博麗神社に纏わる知識、子供時代の遊び、
そして周囲の人たちとの共通の話題や予定…
全てが神社の運営に関わることで成り立っている。

束縛などされるまでもなく、巫女になるためのものしか周りに無いのだ。
考えてみればそれは当たり前。そもそも神社とは神と、神に仕える者のためにある場所なんだから。

大人たちのしていることは正しい。何一つ悪意なんて存在しない。
博麗大結界の要である神社も巫女の役割もそれだけ重要なものだし、私だって確かに大事にされている。

だからそれに納得できない私の感情、
この果実の傷んだ部分みたいにじくじくした感じに行き場なんて無いのだ。


「道具の手入れでもしようかな」


腐っていても埒が明かないので、とりあえず手を動かすことにする。

取り出してきたのは陰陽玉。

結界術の道具の中でも博麗神社の宝とされる物で、これを使うと術の威力も種類もぐっと増える。
中でも霊力を陰陽玉にこめることで生み出す光球「夢想妙珠」にちょっと前までこだわっていた。
限界まで大きくしてみたり、そこから制御のバリエーション増やしてみたり、とか。

考えて見るとあんまり意味は無い。
演劇ではない実戦などまずありえないし、あったとしても間違いなく大勢でかかるのだから、
そこで必要なのは必殺技ではなく、正確で効率の良い攻撃だ。


大勢の仲間といえば玄爺は裏の池でどうしてるかな、…止めとこう。
なんか今会うとよくないことを起こしそうだ。

自分でも馬鹿な考えを溜めているとわかっている。
けれども周りの感情を確かめるために、これまでのやり方を離れてわがままを言って、
なおかつ今の生活を壊さずに上手くやるなんて方法はイメージできない。


「だったら壊してやろうかな」


あれ?いま口に出てた? まあいいや。


傷んだ一つの林檎が、同じ樽に入れた林檎全てをダメにしてしまうことがあるという。

この大事な役割のために用意され、中身が詰まった大きな入れ物も、
中にある一つの悪い林檎によって腐ってしまうかもしれない。
もちろん、そんな小さなものなんて大人たちはあっさり潰してしまえるのかも知れない。



本当の私は、博麗の巫女という部分を取ってしまった私は、

何も知らない、何も出来ない、

              ロクデナシ

                    なんだ。













「ふう、今日も寒いぜ」

私は前に「これからはそうする」って決めたとおりの男口調でつぶやく。

実際寒い。早く神社のコタツに入れてもらうことにしよう。
足を進めていくと、博麗神社の鳥居が見えてくる。

鳥居に見下ろされるような位置に来た辺りで、最近たまに来る「アレ」に襲われた。


---あなたが入って歓迎されると思っているの?---


見えていない後ろの方から、声が聞こえてくるような気がしてくる。


---ちょっとだけ魔法が使えるからって勘違いしてる女の子が、仕方ないから相手されてるだけよ---


うるさい、本当に使えるのは事実だろうが。


---自分のわがままで無理やり教えてもらって、勝手に振り回してるだけ。誰もそれを期待なんてしていない---


そんなことは無い!魅魔様だって弟子が出来て嬉しい、って言ってたんだ!愛想じゃない!


---男口調にしたのだって、本物の特別な人に会えたとき、傍に居る人を真似してるだけ---


それのどこが悪い!ああやって自分の行動と、好きな人を自慢できたらいいと思ったんだ!


---あなたの中には何も無い、あなたが周りから期待されることも何も無い---


違う!!


---憧れているものと違う惨めな自分が嫌で、一人よがりにもがいている可哀相な女の子---


…違う……

………

……




意識が過去の記憶に沈んでいく。

浮かんで来るのは紅白の記憶。
小さいころに祭りの神事で見た、本物の魔法使いの女の子。

その時は何も感じなかった。
目の前に広がる綺麗な世界は、眼には映っていても絵本と同じで幻想を描いた風景だった。
けれども香霖からその女の子が知り合いだっていう話を聞いた途端、何かが変わったんだ。

周囲に期待され、厳しい修行を乗り越えて、大人のように期待に応えている、自分と殆ど同じ年の女の子。
自分のすぐ傍に居る冴えないお兄ちゃんは、その子と知り合いで、仕事をしてその子を支えていた。

それまでみんな自分のことをを可愛いと思ってると信じていた。けど、その子が同じ世界に居ると分かったら、
みんな自分のことを軽蔑しているんじゃないかと感じるようになったんだ。

精一杯悩んで、香霖に弟子を取りそうな魔法使いは居ないかなって相談して、魅魔様に弟子にしてもらって…

ずっと自分なりに頑張ってきた。
けど同じになんてなれない。何一つ勝てた気がしない。

出会う前に積み上げられた努力、周囲の期待と助け、しっかりした立場から来るぶれない方向性、そして… 才能そのもの。
霊夢のことを知れば知るほど、超えられない壁が見えてくる。

けど、どうすればいい?「おとなしくて控えめな女の子」に戻るなんて今更出来ない、
そのために必要な物を、ここに来るまでに捨てすぎてしまった。

どうすれば?私に何がある?



「熱っ」


手に感じた熱さに我に返った。
いつの間にか懐に入れたカイロを握り締めていたらしい。

カイロとして懐に入れてあるのはミニ八卦炉。
このまえ香霖が手ずから作ってくれた魔導具だ。

多分風見幽香の傘についていたのと同じものだと思う。
女の子向けの飾りじゃない、大人が使う実戦用の道具だ。

魔力を溜め込み、自在に放出する機能を持っていて、今のようにゆっくり放出して物を暖める程度にすることも出来る。
そして最大出力で放出すれば…

そうだ、何を考えていたんだろう。
そもそも今日ここに来た理由を忘れてしまったのか。

「うしっ!」

頬を叩いて気合を入れる。
胸に思い切り空気を吸い込んで、向こうに居る霊夢に向かって叫ぶ!


「おーい、霊夢! 必殺技思いついたんだ!! 修行するから付き合えよ!」


私は鳥居を超えて、神社の奥へと駆けていった。











これは幻想郷117季冬の出来事。

このあと考案された決闘遊戯のルールの中にあった
「スペルカード」が妖怪がその存在意義を示す「異変」の正式ルールに採用され、幻想郷を大いに賑わせるのは、
次の年の夏に起きる「紅霧異変」が最初である。
悪い林檎 悪い林檎、苦くて食べられない悪い林檎♪ それは樽をダメにしてしまう腐った林檎?
いいえ、それはまだ青いだけ。

初めまして。motsuといいます。

ここまでお読みいただきありがとうございました!
ネット投稿は初めての拙い文章ですが、いかがだったでしょうか?

霊夢がヘタレすぎると感じるかもしれませんが、霊夢って結構本音を出せない、強くなければ立っていられないタイプなんじゃないかと勝手にイメージしてるんですよ。
自信がまだ育ってない頃はこうだったんじゃないかな?と考えてこんな感じの子供時代に書きました。

それでは皆様からのの感想、駄目出し、アドバイス、その他何でも感じたことを書き込んでいただけたら嬉しいです。
motsu
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コメント



0.470簡易評価
2.100名前が無い程度の能力削除
作品のテーマは別にそれほど、といった感じです。なんですけど、書き方が愛情溢れているというか、何か共感を誘って已まないのです。旧作の世界ですけど、永夜抄の音楽をイメージしました。二次創作としても懐かしい感じ。とにかく描写が好きです。これから作者さんがどんな主題を書いてもちょっと気になりそうですね。
3.90奇声を発する程度の能力削除
この雰囲気は好きです
11.80名前が無い程度の能力削除
んー、霊夢は悩んでいたけど、別にヘタレとは感じなかったかな。
14.100名前が無い程度の能力削除