Coolier - 新生・東方創想話

彼女の休日 ~The holiday of Iku Nagae

2012/04/08 19:35:07
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 平素から忙しい者は暇なときに何をすればいいのか分からないものだ。寸暇を惜しんで仕事の予定をぎゅうぎゅう詰めにしているのに、不意に仕事を休めと言われたら解雇通告かと思われてならない。刹那を生きる仕事人にとって休日をもらうことは暇を出されることと同義ではないだろうか、少なくとも私はそう捉えている。仕事人ほど、休暇をとって自分の趣味に没頭することはない。むしろ仕事が趣味です、と言わんばかりにだ。

 もちろん私――永江衣玖も例外ではなく、日頃から仕事でてんてこまいなのは竜宮の遣いとして生きている以上、避けられない事項であり、生を受けたときから義務付けられている。竜宮様から頂いたお言伝を下界の人々に伝える責務から始まり、他にも数え切れないほどの雑務をこなさなければならない。数え切れないとは言っても把握できるほどの仕事内容なのでそれほど困ってはおらず、生来生真面目な私にとっては、むしろ仕事をすることこそが本分であり本質だ。そんな自分を嫌ったこともないし、仕事を潤滑にこなせる力も備わっていたゆえ、苦労したことも片手の指で数えられるほどしかない。

 だから驚いた。その片手で数えられる『苦労したこと』の中心にいつもいた彼女が。傍若無人で唯我独尊、ワガママを言わせたら天下一品の私の主が、よもやあのようなことを提案なさるとは夢にも思わなかった。

「たまには休みなさいよ衣玖」

 私に休暇を命令した総領娘様――比那名居天子は、私が淹れた煎茶をすすりながら確かにそう言った。



 その言葉が発されたとき、私と彼女は茶室でくつろいでいた。私と彼女、とは言っても実際にくつろいでいるのは総領娘様だけであり、私はただ給仕をするために呼ばれたのだ。しかし、せっかく数分の休息をとれるのだから少々息抜きでもと思い、自分の湯飲みにお茶を注ごうと急須にお湯を入れている。そして急須が半分も満たされぬ間に、不機嫌そうに眉根をしかめて湯飲みを傾けていた総領娘様が、開口一番発した台詞が先述の通り。あまりにも唐突過ぎたので聞き流してしまいそうだった。

「……はい?」

 突然の提案に間抜けな声で言葉を返す私だが、総領娘様は気にもかけず「言いたい事は言ったわよ」と言わんばかりに視線を逸らし、美味しそうにお茶請けの煎餅にかじりついている。どうやらここは私がもう一度口を開かなければならないようですね、と一言目から進展しないこの状況を切り抜けるため、両手で持っていた急須を下ろす。

「休みなさい、と言いますと?」

「言葉通り。空気読みなさいよもう」

 これまた不機嫌そうな返答をお寄越しになったものですね。言葉の語調も先程より低くなり、比例して総領娘様のお顔が不機嫌さを増しています。せっかく整った容姿をお持ちなのに勿体無いですよ。

 彼女の印象は心中に留めておき、未だに状況をつかみかねている私は再三疑問を投げかけることに。急須に入れたお湯を蒸らすにはちょうどいい時間になるでしょうと、お湯で満たした急須に蓋をかぶせて主の方に向き直る。彼女は未だに不機嫌だ。

「つまり総領娘様は私に休めと仰るのですね?」

「そうよ。毎日働いているんだし、たまには休日くらいとりなさいってのよ」

「はぁ。ですが私が休むとなると雑務をこなす者が」

「雑務なんてそんなのあって無きが如くだから雑務なの。そもそも衣玖が休んだって天界の仕事に影響なんて出ないわよ」

「とは言いましても、天界での仕事は私が指揮を執っているもので……」

「あーまどろっこしいわね! いいからアンタは休みなさいっての!」

 秒数にしてだいたい60秒。予想していた通り、総領娘様が一方的に切り上げる形で会話は終了した。私としてはまだ納得していない点があり、できれば小一時間ほど彼女の一言について追究したいのだが、急須の中身が丁度良い頃合に蒸されたので閑話休題とすることに。お湯を入れて一分待機が、美味しいお茶を飲むための秘訣なのです。

「まったく……人の好意は素直に受け取りなさいよ。ほんとに空気読んでるの?」

 背中越しに総領娘様の小言が聞こえてくるが、それらは無視したほうが良さそうだと判断して構わずお茶を淹れていく。彼女の言葉はそのほとんどが本心ではなく、わざわざ声を忍んで呟いていることがバレたとなると、彼女の怒りは収まらないだろう。お湯だった液体は小気味良い音と共に芳しい香りを放ち、煎茶となって私の湯飲みへと注がれる。良い香り、今日も絶好調ですね。

 しかしどんなに煎茶の香りが香ばしいとはいえ、私の素朴な疑問は晴れない。なぜ総領娘様は私に休暇をとらせたのか。私がいると何か都合の悪いことでもあったりするのだろうか。ご友人を呼ばれてパーティ? いや、彼女は酒盛りに呼ばれることはあっても、自らが率先して酒盛りを開催するということはない。一人でしたいことがある? これといった仕事も無い総領娘様がいったいどんな作業があるのだろう。桃を食べながら辺りをうろついているだけの、奔放を絵に描いたような彼女に。

 一向に彼女の命令の真意を導き出せないまま、総領娘様はお茶を飲み終わったらしく湯飲みを机に置いて一息ついた。溜息なのだが、疲れというよりも呆れの意味合いが大きい溜息だ。私の融通の利かなさに対してでしょう。

「とにかく……永江衣玖、貴女にしばらく休暇を命じます。現場の指揮を執り行う立場である以上、それこそ体調を崩しては事でしょう。まずは自らの健康を確保したうえで仕事を再開すること、いいわね?」

 そういい残して彼女は茶室を後にした。その言葉は今までの根拠が無い幼稚な語調とは違い、彼女にしては珍しい、凛と説得力のある毅然とした言葉だった。彼女は真剣だ。私に休暇を与え、仕事に差し支えないよう配慮をしている。あの態度は桃を食べているときの呑気な比那名居天子ではなく、私の上司として君臨する比那名居天子そのものだ。

 表向きは仕事の進行のことを心配しているように見えるが、彼女はそこまで考えてはいないだろう。なにせ本人が仕事をしていないのだから、仕事上の安否など気にするはずが無い。彼女にとって刺々しい語調も他人を意に介さない言動も、ほんの建前に過ぎない。

「まったくもう……素直じゃないですね」

 場の空気を読むからこそようやく解った彼女の本心だが、それ以外にも決め手となった要因はある。長年付き合っているからこそ、彼女の傍に寄り添っているからこそ、初めてその優しさに気付ける。私の能力などなしに、ただ純粋に彼女の――比那名居天子の幼い想いを。

 ――彼女は私のことを心配してくれている。天界でただ一人、同情でも私欲でもなく、純粋な優しさから。

「総領娘様の命とあらば、そのように」

 だから私は、部屋を出て行った彼女の背中に向かって恭しくスカートの裾を広げ、主への一礼を捧げた。



 相も変わらず幼稚で臆病な自分に嫌気が刺す。本心を言えずについ上司権限の命令として威圧をかけるような形になってしまったが、本当は素直に彼女の労をねぎらってあげたかったのに。感情と裏腹に動く自分の口が恨めしい。どうしていつもこうなのだろうか。

 想い人にすら素直になれない私――比那名居天子は、自分の愚かしい振る舞いを後悔しながら廊下を早歩いていた。すれ違う天人たちが怪訝な顔で私を見つめていた気もするが、それすらも今の私には些事に過ぎない。俯いた視線は床と足しか捉えず、誰かと肩がぶつかっても上げることも謝りもしない。周りのやつらなどどうでもいい、ただ衣玖にだけは本当の私を見せたかった。

 おそらく彼女ならば持ち前の空気を読む力で私の本心を汲んでくれただろう。この能力があるからこそ彼女は私の一挙手一投足に怒りも呆れも愚かさも感じず、本心を理解してくれる。それが嬉しいから私も彼女には素直に接したいのに、ダメだ。好意を持つ人間と対面するとどうしても言葉が乱雑になってしまい、思いなんて伝えられっこない。こんな自分が心底嫌いだ。

 だからといって発言した言葉の内容と乱雑さを取り消すことなんて出来ない。比那名居の娘として元からいい印象を抱かれていないのだから。偉そうに発言したって許容してもらえるほどの信用がある訳でもなし、むしろ天人くずれらしい乱暴で幼稚な言動のほうが目立つので、天界の者たちには認めてなんてもらえない。

 ただ一人、永江衣玖だけは私を上司として認めている。素直に喜べない原因は「上司」としてだから、「比那名居天子」として認められていない。その証拠は私を呼ぶときの呼称にある。

 ――私は彼女に「天子」と呼んでもらった事はない。

「……ふん」

 親に認めてもらえない子供が拗ねるように、鼻を鳴らして口を尖らせる。周りの天人の評価はどうでもいい。その評価は私ではなく、比那名居の先代がつくったものに過ぎないのだから。永江衣玖が私に抱く印象こそ、私が一番気になるとこだ。

 衣玖に認められたい、衣玖に見てもらいたい、衣玖に好かれたい。そういった願望はいつからか彼女しか見えなくさせて、ほかの事には盲目となってしまう。だけどそれでいい。私は彼女に認めてもらえさえすればそれでいいんだ。いつかは上司と部下の関係じゃなくて、比那名居天子と永江衣玖の関係になりたい。彼女の能力無しに心を通い合わせたい。その頃にはきっと、私も少しくらい素直になれていることだろう。

「朝(あした)に道を聞かば夕に死すとも可なり……ちょっと言いすぎかしら」

 次の日になって自らの目的を叶えていれば、夕方に死んでいたって構わない。しかし、衣玖と一緒にいられるのならずっといたいのだから、これは私には到底実行できない教え。

 天人の人生は退屈だ。だからこそ必死になることが大切だ。私はここまで衣玖を好いていることを恥じてもいないし、むしろ目的も無く死ぬよりはいいと思っている。

「ゆっくり休んでもらわないとね、衣玖」

 貴女が病に倒れたとなれば、私だって困るんだから。

 幼さゆえの小さな恋心と、本心から願う彼女の健康とを胸に秘めて。私は桃の木の下で酒を傾けながら自らの退屈な時間を浪費しようと、歩みを速めることにした。



「さてと、どうしたものでしょうか」

 先程の茶室から一転、自室のタンスの前で誰に言うとも無くひとりごつ。突然与えられた休暇であるため何の準備もしていないのはいうまでもなく、今まで休日と言うものを与えられたことがないため、具体的にどのような一日を過ごせばよいのかとんと見当がつかない。休日という漢字から想像するに身体を休める日なのだろうが、私にとって身体を休めるというのは「お風呂に入って睡眠をとる」くらいの認識なので、実際にそんなことをすればよいのかと言うと何か違う気がする。こういう休日は世間では堕落した休日と捉えられているらしく、ならばもっと有意義にこの休みを使わなければいけない。

 そんなことを長考しつつ、永江衣玖はタンスの前で正座して着物を眺めていた。彼女の服装は緋の衣を纏った美麗な着物が主なのだが、今日のような特別な日くらいは特別な服装をしてみようと思い、すでに数十分ほど着物の柄を吟味している。常に愛用している緋の衣以外は服装にこだわりなどない彼女だが、こうやって着物を吟味しながら眉を潜めたり唇を尖らせたりする姿はどこか可愛らしい。

「……こちらは少々派手……この着物は色が薄すぎる気もしますし……これは花柄が素敵でも裾が解れてしまっています……難しいものですね」

 ブツブツと着物の柄や様相に関して呟いている様子は、意中の人とデート当日に小一時間ほど一人ファッションショーを開く女子に見えなくも無い。彼女も彼女なりに、服の洗濯を通して休日を楽しんでいるようだ。その推測を決定付けるように、衣玖の表情が無表情から次第に笑顔へと変わっていた。まるで今日遊ぶための玩具を発掘しようと奮闘する子供のようだ。休日の命を下した天子もここまで楽しそうな衣玖を想像してはいなかったろう。天子に負けず劣らず、彼女も幼かった。

 几帳面な性格を裏付ける綺麗な部屋は、吟味しては放り投げての繰り返しで瞬く間に着物の床を作り出した。目に映るだけでも20着は優に越しており、そのどれもが高級品だ。麻、絹、木綿。藍染め、浅葱染め、紅花染め。種類や銘柄にこだわっていないはずなのに高級品ばかりなのは着物を見る目があるが故か。

「あ、これなんか良さそうです」

 ようやく目に留まった一つの着物は、麻で織られた上布の紅花染め。着物の中でも高級品として知られる上布を、彩り豊かな紅花が染める鮮やかな色合いが見事な作りとなっている。紅の着物と緋の布でコーディネイトしようとでも思ったのか、納得したように着物を広げてうんうんと頷く。

「これなら出かけても恥ずかしくないですよね」

 30分に及ぶ着物選びはようやく終わりを向かえ、そそくさと自らの着物を脱いでいく。着物の奥に隠れて見えない肢体が露になり、別段急ぐ用でもないのでゆっくりと着替える。この状態で誰かが入ってきたら、温厚な彼女はきっと笑顔で対応しながら優しく追い出してくれることだろう。

 雲海を泳ぐことを仕事の一つとする彼女の肢体は雲のように真白く、滑らかで艶やかな肌を保っている。スラリと伸びた細い四肢は男性の横に立っても目立たないほどの長身を印象付けており、それでいて女性らしく成長している胸や尻といったパーツも人並み以上に大きい。普段は幾重にも纏った衣のせいで整った体格が見えないが、じっくり見てみると非常に均整のとれた身体を有している。

「そうですね。せっかくですし、髪もまとめてみましょう」

 全身を紅と緋に染めた後にそのような一言を発したかと思えば、化粧台の前に座って身支度を整えだした。まずは軽く前髪を撫で、赤のリボンを縫い付けた帽子を脱ぐ。まるで触角のように伸びるリボンがピョンと跳ねたことも気にせず、化粧箱から緋色のリボンを取り出して自らの後ろ髪を後頭部で括る。長い後ろ髪がまとめられた事により項が覗き、よりいっそう彼女の艶やかさに拍車をかけた。これでも充分に美しい容姿で老若男女問わず振り向くだろうが、今度は化粧箱の中から紅を取り出して口にさしていく。ほんのりと赤みを帯びた唇が、普段は決して見ることが出来ない永江衣玖にさらなる麗しさを演出する。

「こんなところでしょうか」

 最後に唇を軽く閉じて、全体に紅を馴染ませながらそう呟いた。これでは他人の視線が集まってリラックスどころの話では無さそうだが、彼女にとって余所行きの姿とはここまで徹底しなければ気がすまないらしい。数時間前まで休日の「き」の字も知らなかった衣玖だから、「外出するイコール非常に整った外見で無ければならない」と思いこんでいるので、ラフな服装など頭の片隅にも浮かんでこなかったのだろう。そもそも彼女のタンスにラフな服などどこにもなかった。20着中全てが着物と緋色の布だ。

 何はともあれ外出に必要な全ての用意を終えた彼女は、大鏡の前で入念に容姿をチェックする。着物の袖を広げてみたり引っ張ったり腰をひねって背中を見たり、最終的には裾がはだけていないかといった細かいところまできっちりと確認し、財布や時計といった小物にも気を配る。まさにお手本のような指差し確認だ。

「よし、忘れ物も無いようです」

 ところで彼女は何処にいこうと言うのだろうか。これほどの礼装を施すということはきっとそれ相応の格式を重んじる――

「下界に降りるのも久々です。地震が起こることを伝えたあの時以来ですね」

 下界だった。これほどの礼装を着こなして行く場所がまさかの下界だった。

「まずは人里でお買い物をしたら霊夢さんの神社に参拝をして、と……」

 着替えながらも今日一日の巡回ルートは考えていたらしく、一つ一つ指を折りながら確認していく。動きに無駄が無いのは仕事とまったく変わりない。だが姿は普段の彼女と似ても似つかないほど美しく仕上がっている。おそらく今の衣玖を天子が見たら、この一時間でどんな魔法を使ったのよと突っ込みたくなる変貌振りだ。

 服装と身だしなみのチェックを終えた彼女は部屋の出口にて靴箱から下駄を取り出す。これも普段は履いたりしない履物の一つであり、それだけ今日という日に特別な思いを抱いているのだろう。

「それでは――今日一日、休ませていただきます」

 扉を閉め切る前に、日ごろ世話になっている仕事用具と部屋へ律儀な一礼を下げて。永江衣玖は初めての休日を過ごすべく、軽快に下駄を鳴らして下界へと歩を進めていった。



 本来、天界から下界に行くためには様々な手続きを通してからいくことを義務付けられている。数ヶ月前に総領娘様がおこなった下界への異変を考慮し、天人であれ易々と下界に行くことを禁じられるようになった。以前まで下界ともそれなりの交流があったのですが……まぁ私も彼女の奇行に気付けなかったのだから同罪ですね。

 とは言えその枷は通常の天人たちにのみはめられたもので、天界でわりかし重要な立場にある私は、特別な手続きをせずとも下界へ繋がる関所の門を抜けることができた。守人のお二人が呆けた表情で私を見ていた理由はわからないが、時間を有効に使いたかったので助かった。大方、私が休日をとったというのが珍しかったのだろう。

 門を抜けたら背後で閉門の音が聞こえ、その瞬間に辺りは暗闇で包まれる。関所の先は下界の入り口まで直通となっており、不正を防ぐためにも分厚い雲の壁で周囲を覆っているのだ。そのため、数m先も見えないほど視界が遮られてしまう。堅固ゆえの結果だからしょうがないが、これでは歩くだけでもつまづいてしまいそうだ。照明を設置するなどして何とかならないものだろうか。

 幸い私は竜宮様のお言伝を下界の皆様に伝えるためにここを歩くので慣れている。しかし、天人の方が歩くとなると何度か転んでしまったり、壁にぶつかったりしてしまうということがあるらしい。数分ほど歩くと突き当たる、右に伸びる曲がり角を道なりに進む。するとずっと奥に、雲の壁が途絶えて外界からの陽射しが望める場所がある。ここが天界の端であり、下界に通じる唯一の旅路となる。

 雲に閉ざされた暗闇の回廊を進んで辿り着く終着点は切り立った崖。天界という、超高高度に吹き荒れる強風を身に浴びつつ、ちょっとした暖房よりも高熱の太陽光が射しこむこの場所。守人を二人置いた関所を作ってまで守るものは、何とも単純でわかりやすい下界への道――そう、ここから飛び降りて下界の土を踏めということだ。総領娘様が地震を起こしたのは数ヶ月ほど前の出来事。急ごしらえの関所ではこれが精一杯なのだろう。

 今日は天気が良好だから良かった。もしも風雨で空が荒れていたとなると下界に降りることはまず叶わない。せっかくの休日なのだから、天界ではなく下界で時を過ごしたい。その点においては、総領娘様が今日を休日にしてくださったことに感謝せざるを得ない。もしかしたら彼女はそれを考慮した上で私に休日をくれたのかもしれない。いや、さらに可能性を考えてみると彼女自身が緋想の剣で天候を変えたのでは? 

 ここまで推測して考えることをやめる。休める日くらいはこんな小難しいことまで思考したくない。身体だけではなく心もリラックスしなくては休日と言えないだろう。結局、この結論は『総領娘様の粋な計らい』ということに落ち着いた。私が下界で過ごせるように一役買ってくれたのかもしれない。物事を徹底する彼女ならばここまでやりかねない。もちろんこれは私の想像に過ぎない。

 さて、少しだけ逃避していたがそろそろ現実に戻ることにする。慣れているとはいっても下界へ降りる時は未だに不安だから、ついつい別のことを考えてしまう。何しろ失敗したら怪我では済まされない。

 天界から下界へ行くにあたり注意すべきは強風。八方から吹くものならばまだ耐えられる、困るのは突然来る横殴りの風だ。このせいで目眩がしたり目標地点とずれたりしてしまう。それに、着付けした着物が着崩れしてしまうのは厳しい。完全な状態で地上に辿り着くのは難しいが、なるべく気をつけたい。それでもこの場所を抜ければあとは通常通り飛行できるので問題はない。逆を言えばここが鬼門であるため、抜けられなければ後に響く。やれやれ……雑務よりもまずここを改善するべきだと思うのは私だけでしょうか?

「こんなところで愚痴を言っても仕方がないのですけどね」

 半ば諦めた語調で呟く。いずれ改善はされるだろうし、私以外の人はあまりここを通らない。下界に異変を伝えるのが私の主な仕事だから必然といえば必然だ。私が慣れてしまえば問題ない。目を閉じて大きく深呼吸をする。乱れた心ではこの強風地帯を抜けられない。

 心の準備を終え、いよいよ嵐の中に身を投じることを決める。こんなところで休日の貴重な時間を費やすのは勿体無い。早々にこの関門を突破しようと、崖の淵寸前に背中を向けて足を置き、望ましい落下体勢に入る。嵐の中で大切なのは抵抗することではなく、その流れに身を任せてしまうことだ。空気を読む私ならば、それができる。

「風になってきます」

 腕をゆっくりと十字に広げながらそんな一言だけ残して、強風が踊り狂う青空へ落ちていった。



 今ごろ衣玖は何をしているのだろうか。いつもなら隣で酒の酌をしてくれているのだが、今日はいない。空白の隣席を埋めているのは、頭上から舞い散る乳白色の花弁だけだ。酒のような汗が出る温かさとは違う、心の芯からジンワリと温まる人の温もりを感じられないのは少々寂しく思う。やはり独り酒は苦手だ、と心の中で愚痴りながら、比那名居天子は桜の樹の下で花見酒を嗜んでいる。天界の総本山である屋敷が霞んで見える辺境、天子と衣玖以外は誰も知り得ない秘密基地であり、彼女達が憩いの時を過ごす場でもある。ここから屋敷を見ることはできるが、屋敷からこちらを確認することはできないので、サボタージュには打って付けなのだ。

 ……先に断っておくけど、いくら私がワガママだからって衣玖の酌じゃないと酒の味に影響が出るなんてことないんだからね? 確かに衣玖の作る熱燗は私にとって丁度良い温度で、一口目から心地よく飲むことができるけど、そんなことは絶対にありえない。私だって熱燗くらい作れるの、衣玖がいなくたってお茶の子さいさいよ。まぁ何度か薬缶の中に酒を溢してしまったり、運んでくる最中に転んでしまったりはしたがそれだけだ。あと飲むときに熱すぎて舌を火傷してしまったがそれだけだ。

 ともあれ三度目か四度目くらいの正直を経て、ようやく桜の下まで酒を運ぶことに成功する。自分で苦労して作った酒は身に沁みるが、やはり胸の奥まで浸透するほど感慨深いものではなかった。既に徳利二本ほど飲み干したにも関わらず熱くなるのは外側だけ、内から感じる温もりは皆無だ。加えて私はそうそう酒に強い体質ではなく、吐き気や頭痛まで起こる始末。だが、こうでもしないと孤独の時を過ごすには不足してしまう。酒に呑まれなくてはやってられない。

 衣玖に休日の旨を伝えてから数時間が経った。燦燦と照りつける太陽は徐々に沈んでいき、そろそろ午後に差し掛かる。遥か遠くに望める邸内の慌しさは最高潮を迎えており、猫の手も借りたいほど時間が惜しいことだろう。もちろん手伝ってやろうという気は生まれない。雑務など私にまったくもって似合わない、取るに足らない仕事だ。そんなことは他の天人たちに任せて、私はのんびりと酒を傾けていればいい。

 しかし普段のありがたみというものはそれが無くなって初めて気付くものである。自らが体感して確信した、私一人では熱燗一つもろくに温められない。衣玖に全てを一任していたので、薬缶から徳利を取り出す苦労やここまで運んでくる苦労など微塵も感じたことがなかった。そういった仕事を、衣玖は文句も愚痴も言わずにやってくれていた。

 単純に、凄いと思った。私の理不尽なワガママも素直に聞き入れ、与えられた仕事は忠実に行う。そんなことは容易に出来はしない。

 同時に、どうしてと思った。何のために、誰のために働くのか。そんなことは私に解りはしない。

 ここに来れば理解できると思った。仕事一筋の彼女が私に仕える動機を。不良天人の私と一緒にいてくれる理由を。

 初心に帰ればきっと思い出すと信じて。初めて彼女と出会った場所に来ればきっと思い出せるはずだと信じて、想い出の桜の樹下で考え続けていた。

 だが願いとは裏腹に午前の時を費やしても思い出すことはなく、霞みがかった記憶に苛立ちながら腕を枕にして寝転ぶ。上空に果てしなく広がる青空と、その空を優雅に漂う白雲が視界に映る。私もあの空のように衣玖と仲良くなりたいと、何気なく思った。天地を統べる私と雲を泳ぐ彼女。目の前の空と雲はこうも華麗に共存しあっているというのに、どうして私と彼女は結ばれないのだろう。

「……衣玖」

 無意識のうちに呟いた大好きな彼女の名前は、桜を運ぶ春一番の音に掻き消されて誰の耳にも届かない。私は酒の酔いとまどろみに身を委ね、桃色の絨毯の上で眠りにつくことにした。






 長閑な空気と比例した平和的な光景が広がる。眼前に広がるみずみずしい草花は流れる風で爽やかに歌い、木陰で一休みしている妖精たちへ挨拶を交わしながら、永江衣玖は下界の春を満喫していた。瞳を閉じた途端に眠ってしまいそうなほど心地よい、暖かな陽射しが後を押してくれて歩く速度は意識せずに速くなる。反面、こんなに恵まれた天気が続いたら、だらけがちになりそうで怖いという不安もある。天界に戻ったときに呆けていなければいいのだけれど、と思わず苦笑してしまう。それでも眼前の光景があまりに長閑すぎるため、出来るだけ羽目を外さないように、とも心の中で心掛けておく。

 とは言っても下界には骨休めのために訪れているのだから休まなくては意味が無い。だから少しくらいはと甘い誘惑に誘われつつ、私は人里目指して歩を進めている。理由はさきほどの飛行中、危惧していた横殴りの風によって人里から多少離れた場所の雲を突き抜けてしまったからだ。さらに着崩れた着物を直すためにしばし森の中におり、思った以上に時間を費やしてしまい、気が付けばもうお昼を過ぎていたのだった。仕方がないので予定を変更し、今日は人里でお買い物をするだけにしておきましょう。霊夢さん、神社に参拝へ行けずごめんなさい。

 別に地上を歩かずとも良かったのでは、ですか? 確かに、天界の雲を抜けてしまえば幻想郷の温和な空しか広がっていないのだから、そうしてしまえば時間の件は解決します。しかし正直なところ空を飛ぶことに少々飽きを感じていますし、何よりもこんな清々しい空気を仕事のときと同じような状況で吸うなんて勿体無い気がしましたので――つまりはいつもと違うことをしてみたかっただけなのでした。たまには地上を歩いて自然の声に耳を傾けるのもいいものです。

 そんなことを考えていたらいつの間にか人里に着いていた。着地地点はそれほど離れていなかったらしく、思った以上に近かったようで内心安堵する。このペースならば人里でのお買い物もスムーズにいきそうで、心躍らせながら私は人里へと足を踏み入れた。

 さすがは幻想郷の中心部というだけあり、数多の人で構成される雑踏の中はいささか歩きづらく感じる。平日であっても賑わっているだろうと予想していたが、まさかこれほど混んでいるとは思いもよらなかった。幻想郷は天界よりも物騒と聞くので、袂の財布を盗られないようにしっかりと袖口を握り締めつつ軽快に人波を泳いでいく。こと泳ぎに関しては自信があるのです、えっへん。

 ところで、私が人里に訪れてから妙に話し声のようなものが多くなったような気がする。私は身長が高いほうなので、人混みの中でもある程度は遠くを見渡せるのだが、それは人混みの中でも目立ってしまうということだ。路上ですれ違う人々が、私の顔や着物を眺めながら感嘆の溜息を漏らしたりひそひそ話をこぼしたりしている。少々目立つ格好だったろうか……まぁ恐らく天界の者が幻想郷に来ているのが珍しいという理由でしょう。

 何はともあれ、来訪の目的である骨休めを満喫するべく向かったのは茶屋。ちょうどお昼時でお腹が空いてきたし、何よりも店の横に立てかけられている「新茶あります」の幟が私を魅惑したからだ。休憩中に飲むお茶はやはり美味しいものが飲みたいということもあり、美味な茶葉を求めて期待を抱きながら緑色の暖簾をくぐっていく。男性と女性の快活な挨拶が店内に響き渡った。

 入り口のすぐ横にあるお座敷に腰をかけると、間もなく茶屋娘さんが注文をとりに駆け寄ってきたので、とりあえず蓬団子と新茶を頼むことに。注文を受けた娘さんが笑顔で応対する姿につられて、私も終始微笑んでいた。やはりこういう空気は気持ちがいい。仕事場に流れる緊張した空気とは違う、爽やかな春一番を思わせる良い雰囲気だ。奥に注文を伝える娘さんの甲高い声も、まるで鳥のさえずりのように思える。このような機会を与えてくれた総領娘様に感謝ですね。

 ――しかし、ここでやってきた思いもよらない来客が、私の周囲を包む心地よい空気に嵐のような強風を巻き起こすこととなった。

 注文が来るまでの間、側にあった御品書きを眺めてどの茶葉を購入しようか悩んでいる。すると店の入り口がやけに騒がしいことに気付く。声音から判断すると、どうやらお客の女性と店員らしき男性がなにやらの口論をしているらしい。おや、無銭飲食でもあったのでしょうか。そう思って上の空で会話を聞き流していたのだが、私はその「お客の女性」の声をどこかで聞いたことがある。たまたま記憶に残っていた声に興味が湧いて、ふいと背後の光景に目を向けてみる。

 聞き覚えのある声の主は黒い羽を持つお方だった。肩先で切りそろえられた美しい黒髪に、烏帽子を被って耳にペンを挟み、胸ポケットには小さな筆記帳を収納している。スカートからスラリと伸びる細い足は、その終点に丈の高い黒下駄を履いていた。首元で光る黒い小型写真機は、新聞記者が携える一種のトレードマークだ。そう、彼女の名は確か――

「何故ですかぁ! 昨日ここの取材許可を頂いたって言うのに!」

 長閑な昼下がり、店先で頑として自己の意見を主張する彼女――射命丸文の姿がそこにあった。

「だってほら……店主が烏天狗の取材なんて断れっていうものでして」

「異議あり! どういう意味ですかそれ! はたての取材は応じたとか言ってたじゃないですか!」

「あぁ、それははたてさんが『スイーツ特集』をしていたからでして」

「あんな念写しかできないヤツを信用するとか何事ですか! 真実求めて飛び回っている私の方がよほど信頼できるでしょう!」

「いやぁ、文々。新聞を読んでいるととてもそうは思えないですよ?」

「はぁ……もういいですよ……ん?」

 男性店員との激論の末、取材を諦めたらしい文さんと目が合う。その刹那、取材拒否をされて悲しみに暮れていた彼女の瞳が、まるで電源を入れた機械のように光り輝いた気がした。その瞳は明らかに「良いネタを見つけた」と訴えてくる、そんなオーラを発していた。だってそうじゃないですか。天界の住人(わたし)が幻想郷に来ているなんて、三流新聞記者(かのじょ)にとっては新聞の一面記事を飾れるほどの出来事なのですから……。

 そのとき私は、残りの休日をのんびりとは過ごせないだろうなと、すぐさま店の暖簾をくぐって私の隣に腰を下ろした彼女を見て悟ったのでした。



 これほど威圧感を感じる食事の時間はかつてない。団子を噛む食感はあるが、蓬特有の香ばしさや苦味をまったく感じることができない。もちもちという弾力をゆっくりと噛み締めながら、ただ何となく食べているだけだ。これではお腹は膨れても、精神的には満腹感を得られない。楽しみにしていた新茶の香りや味も心半ばでしか味わえない。

 威圧感の原因、それは隣で頬杖を突きながらまっすぐにこちらを見つめている彼女――射命丸文の存在に他ならない。

「いやー、こんなところで会うなんて奇遇ですね永江さん! どうしたのですか今日は? 前回訪れたときのように竜宮様から頂いたお言伝を伝えにいらっしゃったのですか? もしそうであるのなら是非とも私にお教えください! なぁに、尾ひれをつけて言いふらそうだなんて微塵も思っちゃいません。貴女が一人で幻想郷の皆々様方に伝えるのは大変だろうと思ってのことです! この不肖射命丸文にかかれば、どんなちっぽけな情報でも地平線まで瞬く間にお届けできるのです! さぁ仰ってください! さぁ! さぁ!! さぁあああ!!!」

 もはや一片の礼儀もうかがえない彼女の猛烈取材のせいで、店内の客も店員も問わずに隅のほうへ避難してしまった。子供連れの大人たちに至っては、幼子の目を隠してしきりに「見てはいけません」と呟いている。茶屋の娘さんはなぜか涙で目を濡らしており、男性はそんな女性を、お客さん含めて宥める役目に徹している。彼らから見れば私達は、知人同士の再会というよりも危ない宗教勧誘者とその被害者の絡みにしか見えないのだろう。でも誤解しないでください、私は一切合切無関係です。

 まずはこの、記事にできそうなネタが無くて新聞発行が絶望的な状況に陥っている新聞記者(かのじょ)の妄想もとい暴走を止めなくてはいけないようだ。しかもそれは半ば強制的に私の役目として負わされている。他の人々は言わずもがな、唯一彼女の抑止力となり得る後輩の犬走椛さんもいらっしゃらないのだから。やれやれ……やはり私はやすやすと休めない運命にあるようですね。よほど仕事と縁のある星の下に産まれてしまったのでしょう。

 未だ口を休めず私にネタの提供を迫ってくる文さんを静めるため、とりあえず誤解を解くことから始める。そもそも私はお言伝を伝えにここへ来たわけではないのだ。それをはっきりさせなければいけない。せっかくの新茶の香りもろくに楽しめぬまま、眼前で血眼になっている彼女に一言告げる。

「あのですね文さん。私は下界ににお言伝を伝えに来たわけではありませんし、ましてや仕事で訪れた訳でもないのです」

「おやおや、仕事上の守秘義務というものですか。ですがそうは行きません! 報道の自由です!」

 あ、ダメですねこのお方。話を聞いてくれません。

「いや、ですから私は」

「問答無用です! いや、私の質問にだけは答えていただきます! ずばり下界に訪れた理由は何ですか!?」

 行儀の悪いことに、机に膝を乗せてズイズイと寄ってくる文さん。身体が近い、と言いますか顔が近い。ともすれば接吻を交わせてしまいそうなほどの至近距離だ。もちろん交わす気はさらさらない。少し落ち着いて欲しいという無言の抵抗として、彼女の頬に平手を置いて押し退ける。仕事に熱心なのは大変殊勝なのだが、その気合が空回りしてしまっては元も子もない。普段の彼女は非常に礼儀正しく、毅然としていて美しいというのに……裏を返せば心に余裕を持てず、自分を見失うほど今週分の新聞記事の材料が壊滅的なのだろう。

 距離が開いたことで一息つく。順を追って説明していかなければならないが、とりあえず彼女の質問に答えておくことにする。私が下界に休養をとりに来たことを話したとして、せいぜい文々。新聞の記事を飾る程度のものだろう。それくらいの些事ならば特に問題もないため、ペンとメモ帳を片手に私の答えを今か今かと待ち続けている文さんに視線をよこし、もう一息ついた後に回答する。

「なんて事はありませんよ。休暇を頂いたため、骨休めに降りてきたまでです」

「というのは建前で!?」

「なんで私がそんな二重の策を張ったりするんですか。本当に旅行気分で訪れたのですよ」

「あやややや。目は嘘をついてないですし……うぅ、本当なんですか?」

「本当です」

 真っ直ぐに見つめて言い切ると、文さんの黒い翼がしゅんと縮んだように見えた。好奇心旺盛な子供のように輝かしかった彼女の表情が次第に萎れていくのには胸が痛んだが、こちらは真実を話すほか仕方がない。虚言の取材で作られた記事なんて、発行者も読者も残念がるだけだ。

「そんなぁ……せっかく独占できると思ったのに……がっかりです」

 私が竜宮様に遣われて下界に来た訳ではないということを知った彼女は、机に突っ伏して途端に意気消沈してしまった。それに合わせて店内にも平和が戻ってきたようで、多少怯えている人はいるものの、茶屋は元の喧騒を纏って再び騒がしくなった。人騒がせな烏だなとかろくな新聞を書かないくせにとかいった、文さんを非難する声もちらほらと聞こえてきたが、彼女には聞こえていないようなので私も聞いていないフリを決め込む。

 被害者の私が言うのも何だが、心の中で文さんは悪くないと擁護する自分がいる。気合が入りすぎて周りのことが疎かになっただけで、彼女は仕事熱心な良い女性なのだ。こうまでして仕事に熱情を注げるという人はそうそうおらず、同じく仕事を常とする私としては親近感も湧くし気持ちも解る。取材と称されて質問責めを受けた際は正直煙たがっていたが、目の前でこうも悲しそうに項垂れれてしまっては流石に可哀想だと思う。同情ではなく、同族として。

「あの……文さん?」

 だから私は彼女の肩を叩いて声を掛ける。できるだけ優しい声音で、彼女を安心させるために。

「竜宮様からのお言伝はありませんが、私が下界に訪れたということを記事になさるのならば極力協力させていただきますよ?」

「ほ、本当ですか!?」

「えぇ。気落ちさせてしまったようですし、答えられる範囲ならば喜んで」

 こういうときに空気を読んでしまうのは少々辛い。たとえ本意でなくとも、嘆いている人を見ると放ってはおけないのが私だ。この能力のせいで幾度か辛酸を舐めさせられた事もある。むしろ損をした機会のほうが多かったかもしれない。他人の苦労を肩代わりするのは思っている以上に大変なことなのだ。

 しかし――

「あ、ありがとうございます!」

 苦難が多かったからこそ、この道を選んだからこそ、助けたときにその人が浮かべてくれる笑みに救われたのも事実である。



 
 文さんの取材に応対していたら、茶屋に来店してそろそろ一時間が過ぎる時となっていた。お店の回転率を悪くしている身としては、店員達の目線が痛くなってくる頃合だ。店の人々も長居している私達に文句を言いたいのだろうが、取材を断ってしまったという罪悪感ゆえ強く言い切れない立場にあるのかもしれない。それに、お昼を儲け時とする飲食店は一時間もすれば客もまばらにしか訪れていない。来店客も、ご年配の方や寺子屋帰りの子供といった儲けられそうに無い客層のため、茶屋のほうも回転率がどうこうと追い出すことはないはずだ。

 取材許可を言い渡してからずっと立て板に水だった文さんもさすがに疲れたのだろうか、すっかり冷めてしまった湯のみを口に運んで、次が最後の質問と言うことで取材を打ち切る旨を私に伝えた。ちなみに、私が頼んだはずの蓬団子はその五割ほどが彼女のお腹に飲み込まれていった。串三本分しか食べていない私とは違い、彼女側の机には実に数十本もの串が散乱している。まぁ私は元々少食ですから構わないのですが、せっかく下界の茶屋を訪ねたのだからもう少しくらい食べたかったのが本音ですね。後で取材料でもせしめてみましょうか。

「いやー、今日は本当にありがとうございました。これでいい新聞記事が書けます!」

「お役に立てたみたいで何よりです」

 それでも文さんの幸せそうな笑顔を見られたので、精神的に満腹感を得ている。たとえお腹が満たされていないとしても、この朗らかな笑みを見ることができたのならば幸せだ。取材された者として冥利に尽きる。

 目の前には仕事をやりきったという清々しい顔を持ってして団子を頬張る文さんがいる。まるで仕事帰りにお酒を飲んで疲れを癒す男性従業員のようで、思わず笑みがこぼれかける。やはり仕事とは素晴らしいものだ。働いているときは確かに辛いときもあるが、辛いからこそやり終えた後の達成感は非常に大きい。今の文さんを見ているとその喜びがひしひしと伝わってくる。

 私も彼女と同じく、仕事を生きがいにしている方だ。竜宮様のお言伝や天界での雑務を終えたときの、その達成感や充実感はとてもよく共感でき――

 ……る? できた? できているのか? 私は、文さんが仕事の達成感を得ているその幸せに共感できているのか?

 唐突に、胸がズキンと痛み出した。怪我などしていないはずなのに、心の臓と同じ鼓動を刻みながら、その痛みは増していく。

 落ち着け。いつものように順を追って、冷静にして冷徹で、心を無にして考えれば答えは見えるはずだ。

 仕事は完璧にこなしている。誰からも文句を言われることなく、機械のように誤りのない完璧な働きをしているではないか。

 じゃあその結果はどうだ? 私は仕事に生きがいをもっているのか。私は仕事で充実感を味わっているのか。

 それが思い出せない。充実感など感じたことが無い。生き甲斐とするほどに人生を賭けていない。

 ――そうか。私は仕事に充実感はもちろん、幸せすら得たことが無いんだ。

「それでは最後の質問を……大丈夫ですか? 一気に質問しすぎちゃったかな……」

 脳裏に過ぎった、答えを得がたい曖昧な疑問を考えていると、文さんが心配そうに眉根をひそめて私の方を見ていた。本当は疑問の方に答えを出してから彼女に応えたかったのだが、いつもの癖で――機械のように無感情に引き受けてしまう自分の癖で、つい首を縦に振ってしまった。

 そして次に彼女が問うてきた質問が、私の疑問をさらに深めることになろうとは、よもや思いもしなかった。

「ずばり! 衣玖さんが仕事を続けるその理由とはいかに!?」

 不意に、胸の奥の大事な『何か』が、ポッカリと抜け落ちてしまった気がした。それでも私は、永江衣玖は、律儀にも彼女の質問に答えようと懸命に思考を巡らせる。しかし、いつの間にか暗転した視界と靄がかかったように薄れていく意識のせいで思考などままならない。何だ、私が仕事を続ける理由はいったい何だというんだ。考えても考えるほどに頭は働かない。

「え、衣玖さん!? だ、誰か医者を! 医者を呼んでください!」

 朦朧とする頭の中でかろうじて理解したのは、自分が糸の切れたように畳へ崩れ落ちたことと、私が倒れたことで助けを呼ぶ文さんの悲痛な叫びだけだった。






 そうだったんだ。

 仕事を第一とする私の思考は、永江衣玖の意志ではなくて竜宮の遣いとしての意志だったんだ。

 だから幸せも憂いも疲れも感じず、その行動に一切の疑問も持たずに、私は仕事をこなしていた。

 この世に生を受けたときから、機械のように人形のように、ただ目的も無く周囲のために働くのみだった。

 竜宮様のお言伝を伝え終えたあとも、彼は私に労いの言葉などくれなかった。充実感などあるはずがない。

 天界で天人たちの雑務を終えたあとも、彼らは私に声すら掛けてくれなかった。やりがいなど感じるはずが無い。

 ふふ、考えてみればお似合いじゃないですか。

 空にたゆたう雲海を泳ぎ、言われるがまま、風に流されているだけの私にはぴったりの存在意義だ。

 ……では真実を知った私はどうすればいいの?

 今まで通り、周りの空気に流されて生を終えろというのか。いや、どう足掻いてもそうするしかない。

 仕事にしか存在意義を見出せない自分が生きる意味などそれしかないのだから。

 あぁ、やっと理解した。

 永江衣玖は、その身が朽ちるまで働き続けることしかできないつまらない存在なのだということに、ようやっと気が付くことができた。






 水の流れ落ちる音が耳元で聞こえる。何の音だろうと考えたとき、額に冷たい何かがベシャっと叩きつけられた。痛い。

「あ、やばっ……」

 半分覚醒し始めた意識の中で、誰かが漏らした声が聞こえた。目を開けようにも朦朧とした脳と、額から滝の如くあふれてくる水がそうさせてくれない。水責めのように思われたがそうではないようで、乗せられた何かはすぐに取り除かれた。しかし時は既に遅く、顔が水でぐっしょり濡れてしまっている。

「絞るんだったわ、忘れてた……」

 再び誰かの声が聞こえる。次いでその言葉通りに何かを絞る音。しばらくして戻ってきた布のような何かはきっちり絞られていて、ひんやりと心地よい冷気を私の額に与えてくれる。

「早く起きなさいよ……心配かけんじゃないっての」

 扉の閉まる音と共に遠ざかっていく幼き声は、憎まれ口を叩きながらも弱々しい声音で耳に響き、ともすれば泣き出してしまうほど悲しそうなものだった。自分の意識はまだぼんやりとしていて起き上がれそうにないが、その声を聞いてしまうと起き上がらずにはいられない。その声の主が、私の存在意義の中心にいる――仕事しかできない自分が仕えなくてはならない、唯一無二の方だからだ。

「ん……」

 小さい呻きをこぼしつつ私――永江衣玖はようやく目を覚ます。意識は戻ったが思考がままならない。頭は鉄槌を下されたかのようにグラグラと揺れており、横になっている身体も思うとおりに動いてくれない。身体中に感じるこの倦怠感は仕事で根をつめすぎた故の必然か、それとも自らの愚かしさを理解したが故の絶望か。ともあれこれでは動くことなどできず、仕事など持っての他だ。

 頭が痛い。かろうじて動かせる右手を額に当ててみるが痛みは治まらない。触れた濡れタオルが冷たくて、右手と共に私の心をも凍てつかせてしまいそう。それにしても滑稽だ。唯一自分を繋ぎとめていたものが仕事で、それがそのまま今の愚かしい自分を形成していたとは本末転倒ではないか。馬鹿馬鹿しくて自嘲の笑みも浮かばない。

 意識が醒めてきたら心が冷めてきた。見るもの全てが下らなく、無意味なものにしか見えない。永江衣玖の人生は仕事のみにしかありえず、それ以外に順ずる事物は一切合切私には関係のないものだったんだ。下界の茶屋で食べた蓬団子の苦々しい味も、新茶を飲む前に感じたあの昂揚感も、射命丸文に出会って感じた懐かしさも、何もかもがどうでもいいことだった。私の存在意義は、他人の言いなりとなって死ぬまで働き続けることなんだ。

 こんなつまらない運命ならばいっそ――

「やれやれ、今年は桃が不作ね。採りにいくのが面倒ってわぁあああああ!?」

 不意に部屋の扉が開いたと思ったら一瞬で閉まった。あまりにも突然の出来事に、はてなと首を傾げていたら再び部屋の扉が開く。今度は閉じたりせず、見覚えのある姿が目に留まる。腰まで伸びる蒼い髪。桃の実と葉をあしらった珍妙な帽子。ビクついた面持ちでこちらを見る朱の瞳。その姿は紛れも無く、私の主である総領娘――比那名居天子の姿に他ならなかった。

「起きてたの……の、ノックくらいすればよかったわね」

 両手に桃の入った籠を抱えて申し訳無さそうに扉を閉めると、真っ直ぐにこちらへ歩み寄ってきて隣の椅子に腰を掛ける。すると同じく籠に入れて持ってきたであろう果物ナイフを取り出し、籠の中から桃を一つ掴みあげて不器用な手つきでそれに刃を這わせていった。要所要所でかなり危なっかしい刃の運び方をしてはいるが、何とか皮は切れている。その所作と同時に、顔を俯けたまま何ごとか喋り始めた。

「烏天狗から聞いたわ、茶屋でいきなり倒れたんですってね。まったく、恥ずかしいったらありゃしない。休日だって言うのに倒れるとかどういった了見かしら。だいたい仕事疲れの身体で下界になんていくからそうなるのよ。休みって言うのは身体を休めるためにあるんだから、大人しく天界でのんびりしてれば良かったじゃないの、やれやれだわ……」

 ブツブツと一方的に恨み言を呟く総領娘様の話を、虚ろな頭で呆けながら聞いていたら、膝元辺りに何か乗せられた。気付けば皮むき作業は終わっており、おそらくこれはその作品だろう。

 ……しかし、何でしょうこれ。桃だというのは総領娘様が持っていたから分かるが原型を留めていない。綺麗な球体をしていた桃は皮むき作業というプロセスを経て、見事なまでの正四面体として生まれ変わった。試しに爪楊枝で刺して持ち上げてみると、なるほどどこからどう見ても四角形だ。あちこちに赤いモノが付いているが、隣で歯を噛み締めながら消毒液と格闘している彼女の名誉のためにも口に出さない。総領娘様は私が桃を切ってきたときの形を見てはいないのだろうか。ちゃんと半月切りにしてきたはずなのだが……いや、むしろこれほど綺麗に四角形に切り揃えるのは私にだってできない、彼女の隠れた才か。

 口に運ぶと味は桃なのに、どうも桃を食べているというより果物の盛り合わせの一部を食べているようだ。あと少し鉄の味がする。それでも慣れない事を懸命にやりきった総領娘様に恥をかかしたくはなく、加えて下界であまり満たせなかった空腹を補うために、皿の上の桃は全て食べきっておく。見た目と味はともあれ、夕食までのつなぎにはなるだろう。私が桃を完食したことがよほど嬉しかったのか、人差し指を押さえて悶絶していた総領娘様の表情が可愛らしく綻んだ。相変わらず幼い笑顔だと、知らず知らずこぼれかける苦笑を隠す。

 ここで、意識せずに笑顔など浮かべかけた自分がいることを自覚する。いったいなぜ、どうして笑ってしまったのだろうか。先程まで暗い絶望を感じていたはずなのに、もはや将来に希望など見出せるはずもなかったのに。総領娘様を見て微笑む自分がいた。

 いま、私の隣で二つ目の桃を切りにかかる幼い少女。こんなに幼く、生意気で、先代譲りの頑固な天人であっても、彼女は私の主だ。すなわち私の存在意義である『仕事』の根源となる。ならば彼女の傍で仕えることこそが私の天命だ。故に私は『総領娘様』と、自らの存在を誇示するかのように彼女をそう呼ぶことにした。初めてこの方と出逢ったあの桜の樹の下でそう決めた。

 だがそれは、仕事を優先する永江衣玖が自分勝手な都合でつけた呼称に過ぎない。私は初めて比那名居天子と接触したその時、すでに自分の存在を、己の運命を『決めてしまっていたんだ』。病的なまでに仕事をこなし、機械的に働くつまらない存在に己で確定しまっていたんだ。

 ではなぜ? どうして私はそう決めてしまったんだ?

 竜宮様に比那名居天子の世話を命じられたから?

 違う。そのときはまだ自分の意志で行動していた。言いなりになる永江衣玖ではなかった。

 上位天人に厄介者の世話の命を下されたから?

 違う。上の圧力に脅されたりはしなかった。それに、比那名居の娘がどのような方か純粋に楽しみだった。

 それとも――

「ほら」

 思考を声が妨げる。何事かと俯けていた顔を上げると、爪楊枝に刺した桃を私に差し出す総領娘様がいた。案の定、指はあちこちに切創
があり、真っ赤に充血した指と同じくらい紅く染まる彼女の頬も目に映った。

「ぼぉっとしてないで、さっさと食べなさいよ」

 台詞と同時、果汁溢れる白桃が私の口へねじ込むように強引に食べさせられた。多少息苦しかったが、天界の桃の美味と空腹も相まって
、モグモグとしっかり咀嚼する。

「まったく……」

 瞬間、空気が和らぐ。彼女が微笑みを浮かべたのだ。私が桃を食べることで元気を取り戻したのだろうと勘違いし、にこやかに微笑んでいた。その微笑みを、私はいつかどこかで見たことがある。いつだったか、どこだったか――あ。

 あぁ、なんだ。やっと思い出しました。

 竜宮の命でもない、天人の圧力でもない、ましてや今のように機械然としたつまらない永江衣玖でもない。

 私が若かりしとき、初めて彼女と出会ったとき、あの桜の樹下で初めての挨拶を交わしたとき。あの時に決めてしまっていたんだ。

 この子のために精一杯尽くそう。この愛らしい主のために仕えようと。

 思えばこの頃から愚かでしたね。一目惚れしたからってその後の人生まで変えてしまって、挙句の果てに勘違いですか。

 それは間違いにも程があった。されど想いは一向にして変わらない。

「あぁもう! 皮むきなんて面倒だから丸かじりしなさい衣玖!」

 大声が聞こえたかと思えば、私のほうに桃の入った籠を押し付けてそっぽを向いてしまった総領娘――いえ、こんな呼称で呼ぶのは私を慕ってくれる彼女に失礼ですね。つまらない妄想の果てに生まれた、存在意義だとか運命だとかは関係ない。それに今日は休日。仕事というしがらみも無い。

 呼んであげましょう? 私が愛し、愛されている彼女の名前を。

 この想いはあの時と変わらないのだから、恥ずかしくなんてない。

「皮むきくらいできないとダメですよ。私が教えてあげますから一緒にどうですか? ……天子」

 ――永江衣玖はこの世の何ものより、比那名居天子が大好きです。






「え……」

 よく聞こえなかったが、聞こえた。曖昧な音しか耳に入ってこなかったけど、胸の中に彼女の声が響き渡る。

 いま確かに、衣玖は私を『天子』と呼んでくれた。

「衣玖、いまなんて……」

「え? 皮むきくらいできないと嫁の貰い手がないって言ったんですよ」

 違う、そこじゃないわよ。しかも微妙に内容変わってるじゃないのコイツ。

 だけど確信した。衣玖は絶対に私の名前を言った。照れ隠しか何かで言わないだけに違いない。いつもの私なら「白状しなさい」と詰め寄るところだが、それができない。迫ろうとしても足が動かない、手も震える。

 衣玖が私のことを天子と言ってくれた。その感動は想像以上に大きく、感極まってしまい詰問なんてできない。あまりにも嬉しくて呼吸を忘れているのに不思議と苦しくない。身体中が信じられないほど熱くなり、特に目頭の部分から零れる水がお湯みたいに熱い。服の袖で拭いても、そのお湯は拭えない。たまらず衣玖から目線を逸らして両手で顔を覆い隠す。

「……天子?」

 もう一度、今度ははっきりと聞こえた。胸が締め付けられる。嬉しい。心臓が壊れてしまいそうなくらい鼓動が速まる。嬉しい。身体が自分のものじゃないみたいに熱くなっていく。嬉しい。

 嬉しい。嬉しい。嬉しいのになんで――なんで泣いてるのよ私は……!

「泣いているのですか?」

「う゛るざぁい! ごっぢみん゛なぁ!」

 鼻声になったことも気にせず泣き喚く。目からだけではなく鼻からも水が出てきた。枕元のティッシュを大量に引き出し、紙吹雪みたいに舞い散る中から数枚を引っ掴んで盛大に鼻をかむ。鼻が赤くなるくらいかみ続けても、一向に涙と鼻水は止まらない。止まってくれない。だけどこれは嬉しさの証だから良いんだ。ちょっと汚いけれど。

 私が顔をくしゃくしゃにしてティッシュを使い果たしている横で、嬉しさの根本であり事態の根本でもある衣玖は、口元を押さえて笑いを堪えていた。人が苦労しているのに、涼しい顔をしているのが気に食わない。

「なに゛わらっでんの゛よ!」

「いえ……ふふふ。ただ幸せなだけですよ」

 滅多に笑わない紫色の華が綻びを見せた。驚くべきことなのだけど、今の私にはあまり衝撃的じゃない。衣玖は無表情で機械みたいではあるが、その実、とても面倒見が良くて優しい。私がしてほしいことをしてくれるし、やりたいことを手伝ってくれる。でも、そんな衣玖だから好きなんじゃない。私が衣玖のことを好いているのは、そういった気の利いた性格からじゃない。

 あの時と変わらない麗しい微笑みに、今もまだ恋慕を抱いているからだ。

 最近はめっきり見なくなった衣玖の笑顔。だけど今こうやって、前以上の輝きを持って私を魅了する。衣玖は卑怯だ、ずるい。これでは文句なんて言えないじゃない。心の中で悔しがっていると、苦戦した鼻と目の洪水がそろそろ治まってきた。衣玖はまだ笑っている。悔しいから彼女の胸元に飛び込んで腕を背中に回す。

「ひゃっ!?」

 らしくない声をあげる衣玖。しかしすぐに状況を理解したようで、私の頭の上に柔らかい手のひらが乗っかる。うんうん、やっと空気を呼んでくれたわね。私だって恥ずかしいんだからアンタも恥ずかしくていいのよ、と屁理屈を言って正当化した私は、恥じらいながらも彼女の胸に顔を埋め、ゆっくりと瞳を閉じてその心地よさに身を委ねることにした。
はじめしぶりでございます、綾瀬です。
『はじめしぶり』とは『初めまして』と『お久しぶり』を掛け合わせた造語――つまり私はここに来たことが一度だけあります。
名前を覚えてくださっている方はいらっしゃらないとは存じておりますが、このたび新しい作品が出来上がったため載せてみようとまたここに訪れてきました次第です。
まぁ単純明快に言うと、評価が欲しいだけですw

今回はいくてんでした。
主に衣玖さん視点で進む、二人の微妙な距離を頑張って書いてみました。
どうでもいいことですが、私は衣玖のことを「」さん付けで呼びます。お姉さん的存在だからです←
でも比那名居天子は私の恋人であり、永江衣玖は私のお母さんです(脈絡なし

何はともあれ懸命に綴ったこの作品。
拙い部分、支離滅裂な部分も多々あるでしょうが楽しんでいただければ幸いです。
感想や評価などをいただければ嬉しいです。

ではではー。
綾瀬瀬谷
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コメント



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4.100名前が無い程度の能力削除
いいよいいよいいよ!いくてんイイネ
6.100名前が無い程度の能力削除
いいですね
8.100名前が無い程度の能力削除
素晴らしいいくてん
9.100名前が無い程度の能力削除
とにかく素敵でした
12.90名前が無い程度の能力削除
誤字報告
>服を洗濯
選択?

不器用な二人だからこその素敵なお話でした。
16.100名前が無い程度の能力削除
とても良かったです。