Coolier - 新生・東方創想話

花果子旬報 ―夏の号―

2012/03/29 22:08:17
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春の号の続き。










 夏を迎えた幻想郷。
 私は暑さから逃れるために、今年も例年通り引き篭もっている。ただし、場所はいつもの自宅では無い。昼間の気温は三十度を超え、日陰でも暑さに当てられるようになった昨今、河童製の扇風機から流れる生温い風だけで日中を過ごすのは無理がある。だから紅魔館の地下図書館に吹き溜まっている次第だ。地下故に、肌焦がす紫外線も、茹だる熱気とも無縁の楽園。これで風通しが良ければ――つまり、黴臭くなければ言うこと無しだ。
「取材はどうしたのよ」
 陸に上がった魚よろしく机にへばっている私を見て、図書館の主であるパチュリーは心底呆れた風に溜め息を吐く。
 理由無く居座るのも頂けないし、レミリアの建前も有るから、便宜上、私は新聞作りの資料収集という大義名分の下ここに居る――が、実際のところは避暑が目的なので、本を捲るよりもだらだらしている時間の方が多くなっている。夏の熱気にがっつりやる気を殺がれた私は外出を控えているため、新聞の内容も春で止まったままだ。
「撮影はちゃんとやっているの?」
「やってるよ~。念写だけど」
 ポケットから携帯を出して、ひらひらと振って見せた。今のところ良い当たりは引けていない。尤も、鼻から当てになんかしてないけど。
「あなたねぇ・・・」
 私もただ単にだらけているわけじゃない。
 もうそろそろ新聞の内容も夏に衣替えしなければならない頃合。本来なら植物の写真を撮るために各地を奔走せねばならないが、夏に入ってまだ日が浅く、植物は十全に花を咲かせていない。花々の咲き誇り、撮影に相応しい状態になってからが本番、と言ったような言い訳を用意してある。
「まったく、フランだって中庭に出るくらいはしているのに」
 ――中庭か、それも良いかも。
 紅魔館の中庭は主に美鈴が管理していて、色々な種類の花を見ることができる。あそこを取材対象にするのもありだろう。人間からしたら、紅魔館も十分に秘境と言えるだろうし。
「よし、ちょっと行ってくる」
「まさか、うちの中庭で済まそうなんて思っていないでしょうね」
 椅子から腰を浮かせてカメラに手を伸ばさんとしていた私に、パチュリーは的確に釘を刺した。どうにもパチュリーは私の怠惰心に敏感だから困る。久しぶりの覚妖怪のお出ましに、私は舌を巻いて退散した。


 正門の反対側に位置し、二階のテラスから丁度見渡せるようになっている広い中庭は、季節に合わせた花々を常に手入れの行き届いた状態で楽しめる。直射日光は少し厳しいが、水が撒かれているため、そよぐ風は涼を帯びていて思いの外快適だった。
 眩しい陽光を手で遮りつつ細めた目の先には、既に先客が二人居た。美鈴は中央の花壇に如雨露で水を遣っている。傍でそれを眺めているフランは、日傘の作る影に身をひそめながら、如雨露の先から放たれた水飛沫に映る、小さな虹を見ていた。
「おや、いらっしゃい」
 足音に気づいた美鈴が、こちらから声を掛けるより早く振り返り、つられてフランもこちらを見た。美鈴は水遣りを中断して帽子を外すと、左腕を腰の前にかざして執事みたいに一礼する。
「ようこそ、我が庭へ――なんてね」
 顔だけ上げて右目を瞑った。
 中華風な服だから今一つだけど、燕尾服でも着ていればきっと似合うに違いない。体型も良いし、上背のある彼女だと様になるだろう。
 普段は冴えない門番なのに、こういう気障な仕草が一丁前に恰好良くて気に入らないので茶化してやった。
「門番はサボり?」
「あら・・・そこは乗ってくれないと」
 苦笑しつつも帽子をかぶりなおして、前に掛かった後ろ髪をかきあげると、美鈴は水遣りを再開する。
「それにサボりじゃないですよ。庭の管理も私の仕事」
 植え代えて間も無いのか、花壇に咲く花は疎らで、葉っぱの緑色がまだまだ多く見えた。これじゃ流石にネタにならない。如雨露の水が降りかかったところは、葉や花弁に水滴がついている。
 昼も過ぎ、少し西へと傾いている太陽が無数の草の露に煌いて、日傘を差してしゃがんでいるフランの肌を下から極僅かに焼いた。
「痛っ!」
 慌てて後退るフランの腕には、小さな虫食い穴みたいな火傷のあとが薄っすらとついていた。少しすると、気化して煙を上げていた皮膚はすぐ元通りに修復される。
「大丈夫?」
「うん・・・もう平気」
 爛れていたところをさすりながらフランは言った。下から日に焼かれるとは流石に思わなかったようで、痛みよりも驚きの方が勝っているらしい。目を丸くして、はぁー、と息を吐いている。
 吸血鬼にとって、夏はなにかと過ごしづらい。
 流水に弱いため梅雨のうちは勿論のこと、日差しが強すぎて、晴れた日に外を出歩くのは容易なことじゃない。レミリアも外出の際は日焼け止めを、執拗に腕や顔などの露出する部分に塗っていた。そうでもしないとあっと言う間に肌が焼け爛れてしまう。中庭だから大丈夫だと油断して、フランは日焼け止めを怠ったらしい。
「そろそろ戻りましょうか、妹様」
 美鈴に促され館内へ戻るフランの背中には、羽が縮こまっていて、少なからず落胆の色が窺えた。フランが外の世界に焦がれるのも、夏だから普段にも増して外に出づらいのも仕方のないこと。難儀だけど、これだけは容易に解決し得るものでもない。私の新聞や、一緒に遊ぶ時間が、少しでもフランの不満を和らげてあげられたら――そう願うばかりだ。
(私も頑張らないとな・・・)
 暑いから、なんて理由で日陰に居てはフランに申し訳無い。
 一人になった私はゆっくりと中庭を歩いて回った。
 今からでも少しずつ暑さに慣れておかないと。植物を見ながらぐるりと庭を一周し終わる頃には、早くも額のみならず体中から汗が吹き出してきて、堪らず館内の日陰に逃げた。
 こんなに暑いのに元気に成長している植物は本当にたくましい。苛烈な日光も、梅雨の豪雨も、植物にとってはどこ吹く風なんだろう。快適に夏を過ごせる彼らに、羨望にも似た眼差しで以って中庭を眺めた。すると――
 ――唐突に、左頬に冷たい感触が触れた。
「ィいっ!?」
 何事かと振り向くと、忍び足で近づいていた美鈴が、ドッキリが上手くいってしたり顔で笑いながら、お茶と思しき液体と氷の入った透明なグラスを両手に持っていた。
「はいどうぞ、よく冷えてますよ」
 既に汗をかき始めているグラスの中身は、想像よりも赤味掛かっている。口に含むと、ほのかな砂糖の甘味と紅茶の風味が鼻腔を抜けた。夏といえば麦湯と思っているだけに意外だ、でも悪くない。グラスを傾けるたびにカラリと氷がぶつかり合って、その音が風鈴めいた風情で涼しげに聞こえる。
「だはぁー、美味い」
 物珍しさにちびちび飲む私とは対照的に、美鈴は既に飲み干していた。腰に手を当てて呷る姿は風呂上りのようだ。茹だる暑さの中では、この例えも強ち的外れでも無いのやも。
「そう言えば、中庭になにか御用でも?」
 氷も残さず貪りながら美鈴は問う。
「そろそろ新聞でも作ろうかなー、と思って」
「なるほど。残念ながらもうちょっと待たないと無理ですねえ、ここは」
 ならば寝て待つか、なんて思っていると寝過ごすのが目に見えているので、これ以上先延ばしにしないように取材を始めるべく色々考えてはいるんだけれども、そう易々と良い案が出てくれば誰も苦労なんて知らずに居られるわけで・・・
「いっそのこと、幽香さんを頼ってみますか」
 ――え?
 その名を彼女の口から聞いたとき、多分私は大層間抜けな顔をしていたと思う。美鈴の口からその名前を聞くのが意外過ぎた。
「幽香って、あの風見幽香?」
「勿論、あの幽香さんですよ」
 聞き違いかなにかだと思って聞き返したけど、間違いではなかった。開いた口がふさがらない。
「それほど頻繁に会うわけでもないんですが、季節の変わり目なんかには花の種を持ってきてくれますから」
「え、マジで?」
「ええ。ほらあれ、あの向日葵なんかもそうなんですよ」
 美鈴の指差した方には、高さ50センチほどの植物が群れていた。まだ蕾が開いておらず、太陽のようなあの姿とは似ても似つかない。
 ――幻想郷縁起の四十七頁に物騒な笑みを浮かべてらっしゃる御仁と、この冴えない門番との間に交流があったとは・・・
 風見幽香と言えば、そのお淑やかな外見とは裏腹に残虐且つ嗜虐的な性格と言われており、人里では「外面淑女」と渾名されている有名な大妖怪。たまに彼女が里の花屋に出没するときなどは、どれほど通りが賑わっていようと人影が疎らになるほど、なんだとか。会ったことは無いが、そう言った物騒な噂は耳にする。
 そんな大仰な噂の立つ大妖怪とこの庭師兼門番が、どうしても私の頭の中では釣り合わない。ひょっとすると、美鈴は大妖怪と言って差し支えないほど物凄く強かったりするんだろうか。
「どうします?」
「え? あ、はい。どうしましょう」
「何故敬語?」
 ・・・そんなわけ無いか。美鈴はやっぱり美鈴だ。大妖怪は仕事サボって昼寝なんかしないだろうし。
「なんだか幽香さんのこと誤解してませんか?」
 むしろ美鈴のことを大妖怪だと誤解してた、なんて言ったら付け上がるか馬鹿にされるだろうから言わないでおく。
「言うほど怖い人じゃないんですけどねえ。会ってみれば分かりますよ。紹介状がてら手紙でも書きますから」
 美鈴の頭の中では既に会うことが決まっているみたいで。
 ――例え火の中水の中、か。この場合は食虫植物の口の中かな?
 臆していても始まらないし、他に良い手は無い。美鈴が風見幽香と繋がりを持っていたのも天の配剤と取るべきか。折角付いたやる気の火が消えないうちに動くとしよう。明日になったら本気を出すと心に誓って、今日はフランと遊ぶことにした。










 朝起きると、もうすっかり見慣れてしまった赤い天井が目に入る。
 花果子旬報を作り始めて既に三ヶ月は経ち、その内の多くを紅魔館で過ごした。最早、勝手知ったる人の家。レミリアたちも、私が居るのが然も当然の如くに接するから遠慮なんてものはとうに無くなってしまって、山の自宅に帰ったときの方がその狭さに違和感を覚えしまう。
 シャワーも毎朝勝手に借りている。
 使用人向けのシャワー室は、基本的に朝は私以外に誰も利用しないから、大抵は貸し切り状態。大浴場や個別の風呂もあるにはあるが、遠くて行くのが面倒だから、部屋から一番近いここで済ませている。湯船は無いけど、もともと行水な性質だから特に不便は感じない。紅魔館にはまだ電気が通っておらず、河童に作ってもらったバッテリー式の「どらいやー」なる物を使って髪を乾かすのだが、これが中々に便利だ。長髪には重宝する。
 ここに来た当初なら、朝食の時間になると咲夜がわざわざ部屋まで持って来てくれたが、一ヶ月を過ぎた頃には来賓扱いから外れたので食堂を使うようになった。
 食堂にはメイドや門番隊の妖精たちが賑やかに朝食を食べている。通りすがりに挨拶したりされたりしながらトレイを持って、ずらりと並んだ料理の大皿から適当によそって席に着く。近くの妖精たちと駄弁りながら朝食を取っていると、後から来た美鈴が向かいに座った。
「はたてさん、おはようございます」
「おはよー」
 昼寝ばかりしている印象があるが、別段、朝が弱いわけでもないみたいだ。髪にも着衣にも乱れは見えない。勤務態度は乱れ切っているけど。
「これ、昨日のうちに書いておいたので。幽香さんによろしく伝えておいて下さい」
 手渡された白い封筒には、背面に蝙蝠印の赤い蝋で封をしてある。これが太陽の花畑への切符であり、ともすれば、我が身を守る印籠になるかもしれない。精々ご利益があるように祈っておくとしよう。封筒などを見ると無性に中身が気になる性分なんだけれども、お守りは開けたら験が無くなるもの。故に手紙の内容は探らずにおいた。封筒相手に拝んでいる私に、美鈴は苦笑を禁じ得ない様子でいる。
 ――それにしても、妙な運びになった。
 恐らく、昔の自分なら風見幽香と会うなんて道は絶対に選ばなかっただろう。そんな危険を犯さずとも念写で済む。よくよく考えればレミリアやフランだって大妖怪と見做すには十分な力があり、初めのうちは随分とおっかなく見えた。どうやら私の肝っ玉は、少なからず紅魔館に鍛えられているらしい。
(いい具合に毒されてるなぁ、私)
 いつの間にか吸血鬼の眷属になってしまう日も、そう遠くは無いのやも。おお怖っ。


 時刻は昼を回るより前。
 鞄に手紙が入っているのを確認してから、美鈴の見送りを背に、風見幽香の夏の塒である太陽の花畑を目指して飛んだ。
 空はからりと晴れ渡っている。
 その青空の中、翼を広げて空を切る心地は至って爽快――
「うへぇ、あっつー」
 ――なのは傍から見ているときだけで、実際に飛んでいる身としては遮蔽物が一切無いため、直撃する日光が非常に厳しい。夏場の空気では風があっても然程涼しくは無い。洗濯物が乾きづらいやら黴が生えるやらで嫌っていたが、こんなときばかりは梅雨の曇り空が恋しくなる。どうせ濡れ鼠になってしまうなら、汗よりは雨のほうが幾らかマシだ。花畑は妖怪の山の辺りからそれなりに距離があり、引っ切り無しに滲む額の汗を拭いながら暑さに耐えねばならない。
 眼下の光景は次第に草木の緑に覆われ、里の方から細々と続いていた獣道寸前の、最早道とも言えない線が途絶えた。それでも猶飛び続けていると、遠くに見える緑の中に黄色い一角が姿を現した。軽く一時間は飛んでいたと思ったら、携帯の時計は三十分とちょっとしか進んでいない。まだかまだかと思っていると、時間は悠長になるものだ。
 そんな苦心も手伝ったのか、上空から望む僻地の花畑は絶景だった。
 見下ろす限り、辺り一面に黄色が広がっている。
 びっしりと敷き詰められた太陽の花は、苛烈な日光を受け、まばゆく光り輝いているようにも見える。そんな光景が遠く彼方まで、どこまでも続いて、続いて、続いて・・・・・・――――
「広すぎっ!」
 凄まじい広さだった。
 一体幾つ紅魔館が収まるか定かでないほど広大な面積が、全てヒマワリで埋め尽くされている。ヒマワリは人の背丈を優に越える高さがあり、その下に人影があっても発見は難しく、上空から風見幽香を探すのは至難の業と言える。しかし風見幽香の居場所は太陽の花畑としか聞いていないから、彼女の自宅そのものの在処を知らない私は地道に探していくしかない。そもそも、野に生きる妖怪が自宅を持っているかどうかも怪しいが。
「おーい! 風見幽香さ~ん!」
 大声で名前を呼びながら虱潰しにヒマワリの上を低空で飛んで行く。どこまで行ってもヒマワリばかりが咲いていて、同じところを回っているような気がする。風見幽香は影も形も無い。
 汗水垂らして飛んでいると、暑さに当てられたのか、ヒマワリが丸で小さな太陽の寄せ集めであるかのような錯覚を覚えた。上を見れば、遮る雲の無い太陽はこれでもかと言うほど強火で燃えているし、下は小さな太陽たちが寄って集って私を炙っている――なんてことを想像してしまったせいで余計に汗が噴き出た。垂れ落ちる汗を手巾しゅきんで拭ってはみるものの、それも既に乾いているところが無く、大した益体は無い。
 ――暑い。喉が渇く。
 なにか無いかと鞄を漁る。
 目ぼしい物は入っていない。
 ああ、しまった。水を持ってこなかったのは失敗した。春のうちは汗だくになることもなかったから水筒は要らなかったけど、流石に夏場で水無しは拙かった。引き篭もりが祟ったか。今度から気をつけないと・・・
 ――それから更に数分。
 終いには陽炎さえ見え始める始末。
 ゆらりゆらりと景色が波打って、ヒマワリはそれに合わせて左右に踊っている。段々と揺れ幅が増していき、ダンスも激しいものになっていく。視界は水中に居るかのようにぼやけ霞んで、平衡感覚が無くなった。
 ――あれ・・・?
 いきなり、ぐるりと天地が引っ繰り返ったかと思ったら、左肩から地面に突っ込んでいた。
 衝撃に一瞬、息が詰まる。
 不思議と痛みはあまり無かったが、頭がふらついて、起き上がろうとしても、地面に引っ付いた頭は重石でも乗せたみたいに持ち上がらない。
 酸素を求めて肺が頻りに空気を呑み、それでも息苦しさは一向に回復しなかった。きっと陸に上がった魚はこんな心持なのだろうかと、苦しさの割に案外呑気な頭で考えた。
 力の入らない体をどうにか仰向けにすると、青空を覆うヒマワリの花が見える。日光はそれらに遮られ、私の体にはほとんど届かない。明るく真っ青な空は、やがて暗く遠のいていく。視界が暗転し切る直前、なにか影が見えた気がした。しかし瞼を持ち上げる気力も無く、それがなにかは分からなかった。
(あー、地面が冷たくて気持ち良い・・・)
 薄れ行く意識の中、そんなことを思った。


 意識が戻ると、私はベッドに横たわっていた。
(え、あれ? さっきのは・・・夢?)
 そう思って身動みじろぎしたら左肩が痛んで、そのせいで間抜けな悲鳴を上げることになった。
 目尻に涙を溜めながら左肩を見ると、包帯が巻かれている。そして自分が下着以外なにも着けていないことに気付いて慌てた。薄手のシーツを胸元に寄せてから、部屋の中を見渡す。
 見知らぬ部屋だ。
 鞄はベッドのすぐ近くに置いてあって、中身も減っているものが無くて一安心。窓辺にはサボテンの鉢が置かれていて、窓の外には洗濯物がはためいており、その更に向こうには群生するヒマワリが見える。ヒマワリ畑からそう離れた場所ではないようだ。日はまだ高く、部屋に差し込む光の強い分、光源を持たない部屋の暗がりが際立って濃い。
 暫しの間、ぼうっと部屋を見渡していた。出ようにも服が無いから、仕方なくそうして時間が潰れるのを待つ他無い。
 それから十分もした頃だろうか。扉が開いて、女が部屋に入ってきた。
「あら、起きてたの」
 そう声を掛けた女は、こちらへ歩み寄ってくる。
 夏なのに白い長袖シャツの上に赤いチェックのベストを羽織って、スカートはそれと同じ柄をしている。明るい緑のショートヘアは緩く波打ち、前髪の合間からは赤い瞳が覗く。その双眸と目が合うと、私の背や額からは薄っすらと汗が滲んだ。暑いからではなく、むしろ悪寒のようなものが僅かばかり、肌の上を伝っていく。
 ――風見幽香。
 フランやレミリアのときもそうだったが、大物と初顔合わせする際の緊張感は、やはり早々慣れるものじゃない。しかも今の私は無防備に過ぎる。酒でも入っていれば、大天狗の爺の頭だって難なく引っ叩けるんだけど。
「具合はどう?」
「えーっと、多分大丈夫」
 ベッドに腰掛けた彼女に、取り敢えずここがどこなのか、そして私が裸である理由を聞くと、ヒマワリ畑の近くの彼女の家だと分かった。それから彼女は一方的に事の仔細――私がここに居る経緯を、やれ面倒だった、時間が潰れたなどと愚痴を織り交ぜながら話した。
 要するに、私は彼女を探している最中に迂闊にも熱中症で倒れて、そこを運良く彼女に拾われ介抱されたのだ。裸になっていたのは思い切りぶつけた肩の手当てのためで、土と汗に塗れた服はご丁寧に洗ってもらっていた。思いの外、面倒見の良い人なのやも。成る程確かに美鈴の言うとおり誤解していたかもしれない。私は彼女に抱いていた印象を若干、良い方向に修正した。この天気なら服もすぐ乾くだろうと言うことで、それまでは代わりに彼女のシャツを借りることに。私には少しばかり大きかった。特にその、胸の辺りが。
「それで? 天狗が一体なんの用で来たわけ」
 割と遠慮なしに不機嫌さの混じった声色。まあ当然と言えば当然の反応ではある。鴉天狗の外聞が(主に文のせいで)良くないのは身に染みている。まさか下着にシャツ一枚で追い出されはしないだろうが、やっぱりちょっと怖い。ここは印籠の出番。
 鞄から手紙を出して渡すと、差出人の名前を見て幽香はちょっと心外そうな顔をした。机の方へ移ると、日の光に当てて真剣に読みふけっている。えらい喰いつきようだ。美鈴の手紙になにか惹かれるようなことが書いてあったのだろうか。
 一先ず手紙を読み終えた彼女は、次に花果子旬報を要求した。これは美鈴から、助力を請うため幽香に見せるように言われていたので、恐らく手紙にもそう言ったことが書かれているのだと分かる。幽香が春の号の全てに隈なく目を通している間、私は暇を持て余して、長い袖の端を弄んでいた。
「事情は分かった」
 花果子旬報を折り畳んでテーブルの上に置いて、幽香はその脇にあった手紙を撫でた。放たれた声には、先程のような邪険な響きは見当たらない。そして、美鈴からの手紙を見つめるその眼差しは――どこかで見たような気がした。
「良いわ、協力してあげる。他ならぬ美鈴の頼みだし」
 印籠の効果は覿面。改めて思うが、美鈴は一体何者なのか。
 ともあれ夏の間、花の管理を手伝うことを条件に協力を取り付けた。花果子旬報はお気に召していただけたようで、これで夏の号は安泰だ。風見幽香との取材の第一歩は、服が乾いてから始まることになった。










 服が乾いて、手入れの手伝いを始めたのは三時手前くらいだった。また熱中症に罹っては堪らないから、麦藁帽子を借りて、首には湿らした手拭いを巻いておいた。ツインテールだと帽子を被るのに邪魔なので、髪は後ろで一本に纏めている。
 手入れと言っても、肥料なんかは既に撒いてあるから、やることは基本的に害虫の駆除くらいしかない。幽香お手製の農薬入り霧吹きを片手に一本一本見回っていく。ここのヒマワリは幽香の能力のお陰で丈夫だそうで、油虫が付いたくらいではびくともしないんだとか。それでも害虫は取っておいた方が花も元気になるのと、重労働をして撒いた肥料が一部とは言え、最終的に害虫のものになるのが気に入らないからと彼女は言っていた。
 農薬は魔法で作られていて、一度かければ一夏は蟲が寄ってこない優れ物。これなら同じ場所を何度も回る必要は無い。さしもの大妖怪も、これだけの広さを一人で管理するには一工夫要るみたいだ。
 ヒマワリは等間隔に並んでいて、幽香はこの広い畑を何区画かに細かく区切って管理していた。細かく、と言っても一区画あたり数百本は下らない数が咲いている。今年の春以来積極的に外に出ているが、こうして膨大な数を前に眩暈立ち眩みの類を覚えることが多いように思う。それとも今は暑さでふらついているのだろうか。
 各区画を区切る目印となるヒマワリにはリボンが巻かれている。これを目安にして任された区画の手入れをするのだが、ちゃんと本数を数えながらやらないとあっという間に迷う。なにせ風景が代わり映えしないのだ。知らないうちに一列飛ばしていたりするから時間はどんどん過ぎていき、日は着々と傾いて、空は赤みを増していった。
 実際に手入れをしていると、幽香が夏なのに長袖を纏う理由が分かった。と言うのも、着替えが無いから仕方ないが、半袖にスカートのままで居ると蚊に刺されるのが地味に鬱陶しい。露出している手足には既に、ぽつぽつと赤い点が至るところに浮いている。作業に集中していると案外気付かないもので、掻くと悪化するから我慢する他無い。放っておくと気が散るから、有害な成分が入っていないのをいいことに、農薬を腕や足に直接吹きかけてやった。これで蚊も寄っては来られまい。暑いかもしれないが、明日からは長袖の上下を持って来ないといけないかな?
 初日にして早くも辟易しつつ、ひたすら霧吹きを吹きかける。ちなみにこの霧吹き、容器の方も魔法の品で、見た目の割にかなり大容量。それでいて重くは無いから不思議なものだ。お陰で何度も補充する手間も、大量の農薬を運ぶ必要も無い。魔法は本当に便利だ。パチュリーも、本当にたまにだけど外に出るときがあって、その際は魔法で冷気を発生させて、炎天下でも涼しい顔をしていた。
 私も近々「えあこん」なる物を河童に作ってもらう予定でいる。なんでも、冷風と温風を出せる機械だとかで、「これさえあれば自宅は夏でも冬でも極楽に早変わり」と言う触れ込みで河童が推していた。春の号の売上で懐は大分余裕があるから宣伝チラシを見るやすぐさま予約を入れたが、結構人気があるようなので私の家に来るのはもう少し後になる。
「幽香の手伝いなんて珍しいことしてるねー」
 不意に後ろから声を掛けられた。自分以外に誰か居ると思っていなかったせいでちょっとびっくりして後ろを見ると、小柄な妖怪が一匹居た。頭の触覚からして明らかに蟲の妖怪らしきそいつは、私に寄って来ると馴れ馴れしく話しかけてきた。
「って言うか今日はここOKなんじゃ・・・あれ、射命丸じゃないね。誰?」
 お前こそ誰だ。私はそいつの顔目掛けて農薬を吹きかけた。
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁ目がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
 害虫は駆除しなければならない。たとえ妖怪であろうとも。顔を両手で押さえてのた打ち回るそいつに、容赦なく農薬で追い討ちを掛ける。堪らず逃げるそいつを逃がすまいと追う私。暫しの追いかけっこの後、そいつは悲鳴と共に黒い外套を翻らせ撤退した。鴉の私にはなんとも無かったが、蟲の妖怪にはちゃんと効くようだ。あんなでかい害虫が出てくるとは、流石は大妖怪のお膝元。園芸と言えども一筋縄ではいかない。あれは雑魚だったから良かったけど、蟲の妖怪には古くから強力なものが多い。今度でかいのに会ったら用心せねば。それにしても、なんで文のことを知っていたのかは少しばかり気に掛かった。取材でもしたことがあるんだろうか。文は矢鱈に顔が広いからなあ。
 害虫の駆除は単純な作業の繰り返しのため、慣れてくれば時間も掛からなくなってくる。蟲の妖怪に遭遇した他には特筆すべきことも無く、日が隠れてオレンジ色の空が西に追いやられた頃には、なんとか任された区画の手入れを終えた。幽香の家に帰還するときは、夕暮れの暗い風が、汗に塗れた体に少しばかり涼しかった。


「ああ、それはリグルね」
 あの蟲妖怪のことだ。
 私は今、幽香と二人で食卓を囲んでいる。
 ヒマワリ畑から帰ってきた私は、借りていた物を返却してそのまま家路に着こうとした。すると幽香は私にシャワーを勧めた。確かに汗塗れは不快だし、濡れた服だと、夏と言えども些か冷えるのでお湯を頂戴したが、着替えは持って来ていないから、また汗に濡れた服を着るんじゃあ意味無いじゃんと思い至って浴室から上がると、またしても幽香は代えの服を用意してくれた。今度は膝下まで丈のあるスカートもあって、流石に下着はないからそこだけは我慢せざるを得ない。
 度重なる厚意に恐縮しつつも、今日帰って明日紅魔館で洗濯してもらって返すのは明後日になるかな、なんて考えながら鞄を回収しに部屋に戻ると、幽香が台所で包丁を握っているから驚いた(別に命の危険を感じたとかそう言うのではなく)。
 幽香は自炊するらしかった。案外エプロン姿も板に付いているし、包丁を振るう手付きも大分手馴れた様子。一人暮らしだと料理も自前なのは当たり前と言えばそうなんだろうけど、同じ一人身でも凝った手料理とは縁遠い私からすれば、食材の寄せ集めが瞬く間に料理に化ける過程は魔法そのものと言っても良い。
「料理上手いんだね」
 そう褒めると「そうかしら」とか言って謙遜しつつも若干機嫌を持ち上げたのが分かりやすい辺り、可愛いところもあるんだなと思った。折角だから食べていけと言うことで、向かい合わせに座って夕食を食べている。丁度二人分あったから、多分最初から私と食べるつもりだったんだろう。
 幽香は然してお喋りな方では無かった。だが聞き上手な上に、私も植物の知識が付いてきたから、春の号の取材話などで食卓は割と賑やかだった。たおやかに笑う彼女は淑女と言うか、貴婦人めいた雰囲気を幽かに漂わせ、私はワインと一緒に、時折それに酔いしれた。大人の色香とは、恐らくはこう言うものだろう。丈が合わない服を着ているせいか、猶のこと自分が子供染みて見えて、誰にとも無く恥ずかしい思いを秘かに抱いた。
 そして、世間話で例の蟲の妖怪の話が食卓に上がった。
「害があるでもないし、ほっといていいわ」
 私に撃退されたリグルとやらを、幽香は少しだけ哀れんだ。
 聞けば、蟲を統率する能力を使って、管理を手伝ってくれることもあるらしい。言うなれば先輩だった。そうとも知らずに農薬で目潰しをかましたとあっては、流石に申し訳無く思えてきた。また会ったら今日の非礼を詫びよう。
 食卓の皿が空になって、ビンの中のワインも底を尽いて、ささやかな晩餐は幕を閉じた。
 鞄を肩に掛けて家を出るとき、幽香に一通の手紙を渡された――美鈴への返信だ。こちらが蟲と追いかけっこしている間に書いていたらしい。宜しく頼まれたそれを鞄に仕舞うと、月夜の空を紅魔館へと飛んでいく。私の頭の中で「外面淑女」なる単語は闇に溶け、もう影も形も無くなっていた。
 雲の無い夜空には望月が浮かんでいる。


 館に帰ると門前に美鈴の姿は無く、代わりに門番隊の妖精数名が屯していた。今日は夜勤ではないらしい。さっさと手紙を渡して図書館で用事を済まそうと思っていたんだけれども、先に美鈴の部屋に行くことにした。
 それなりに長く紅魔館に居候しているが、美鈴の部屋に行くのは今回が初めてになる。紅魔館における私の活動範囲は、地下にある図書館とフランの部屋、自室としてあてがわれた客室に、あとは食堂とかシャワー室とかその辺くらいか。美鈴とは食事時か門前くらいでしか会わないから、館の面子の中ではそれなりに親しくとも、今の今まで部屋にお邪魔する機会が無かった。
 美鈴の部屋は使用人――メイドと門番隊――の部屋がある棟に入って一番手前にある。外敵の襲撃など緊急時にすぐさま現場に駆けつけられるように、この棟の出口に一番近い部屋に陣取っているのだと、門番隊の子から以前聞いた。部屋自体も他の妖精たちと変わらないとのことで、レミリアの部屋の近くに咲夜の部屋があるのを鑑みるに、矢張り二人の待遇には差があるのかなと推測した。日頃から門前で昼寝を決め込んでばかりの美鈴を思うに無理も無いかな。
 二度ノックをすると、中から「開いてますよー」と眠たげな返事がした。
「お邪魔しまーす」
 部屋の中は、ベッドの傍のランタンによって薄暗く照らされている。美鈴はベッドの上で寝巻き姿になって横たわっている――のだが、これが中々に大胆な恰好でちょっとドキドキした。
 美鈴の着ている寝巻きは、所謂ベビードールと呼ばれるものだ。
 夏物のワンピースドレスのような形なのだが、胸の下から裾にかけて生地が透けている。腹部から臀部にかけて素肌が見えるし、当然ショーツも丸見えなわけだ。胸元が透けていないやつだから、上は肌着を付けていない。美鈴のプロポーションの良さと相まって、同性の私でも目の遣り場に困ってしまう。美鈴の気怠げな眼や薄暗い部屋の醸し出す雰囲気が、どうにもはしたないことを想像させて顔が火照った。
「す、すごい恰好してるね」
 直視し続けるのが気恥ずかしくて、どうしてもちらちらと盗み見る恰好になってしまう。
 美鈴はちょっと困った顔で笑った。
「これはお嬢様の趣味なんですよ。淑女たるもの寝巻きと言えども色香を忘れるな、とのことで。私や咲夜さんなんかは付き合わされてますねぇ。あとパチュリー様もそうかな? 妖精の子たちは好き勝手にしてますけど」
 趣味が良いんだか悪いんだか分からない。
 ちなみに私は浴衣を寝巻きにしている。夏だし、着ていて窮屈でないところが良い。紅魔館にも自前のを二着ばかり持ち込んでいる。
「べつに、無理にやらなくてもいいんじゃ・・・」
「それが、たまに添い寝しに来るんですよ、お嬢様は。しかも抜き打ちですよ。それでこれ着てないと文句言うんだから」
 ――夜な夜な家臣に夜這いを掛ける紅魔館の主。
 新聞のネタにするならこんな感じか。花果子旬報にはそぐわないから聞かなかったことにしよう。それとも文にでもリークしてやろうか。まともに取り合ってくれるかは分からないけど。
 妙な雰囲気の中、幽香からの手紙を渡す。美鈴は受け取ったが、眠いので明日になってから読むと言ってベッド際の小机に手紙を置いた。返事を書いたらそのときは頼みます、と言うと、シーツを手繰り寄せて寝る体勢に入った。それを契機に私も部屋を出る。
「それじゃおやすみ」
 お休みなさい、と言う声の後、ランタンが消えて部屋は暗くなった。
 扉を閉じて、美鈴の部屋から地下へ向かう途中、あの寝巻き姿が中々頭から離れなかった。日頃門番隊の妖精たちの面倒を見ているのもあって、子供から頼られるお姉さんみたいに思っていたけど、ああして見ると、どうして中々扇情的だ。美鈴も大人っぽいな。紅魔館は妖精が多いし、当主も外見はお子様だから余計にそう見える。
 図書館に降りると、パチュリーの元を目指した。手には幽香のところから持ってきた霧吹きがある。中身はまだ幾らか余っていた。
 私の目的は、これをパチュリーに改良してもらうこと。
 あれだけ広大な面積の畑を見て回るには、かなりの日数が必要だろう。そうなると新聞を作る暇が無い。もっと手入れを簡便にすべく、パチュリーに協力してもらう。
 相変わらず本を読み漁っている彼女は、余程集中しているのか私の足音にも気付く気色が無い。或いはどうでもいいから頓着していないだけか。
「ねえパチュリー」
 肩を叩いて声を掛けると、パチュリーはゆっくりと首だけこちらに向けた。そしてボソっと聞き取りづらい小声で呟く。
「誰?」
 なんと、遂に呆けたか。或いは近眼が悪化したのか。
「いや、私だって」
 パチュリーは首を傾げるばかり。本当に分かっていないのか。
 なにが原因かと考えて頭を掻くと髪に触れた。もしやこれが原因かと思ってポニーテールを解き、ツインテールに戻してみると、「・・・ああ、はたて?」と漸く誰だか分かったようだ。私は髪型で認識されていたのか・・・?
「なんの用」
「これ見てほしいんだけどさ」
 気を取り直して霧吹きを渡した。本に栞を挟んで閉じると、パチュリーは緩慢な動きで観察し始めた。一度噴霧したあと、上部を外して中を覗いている。
「物質を圧縮する魔法ね。あと重力を緩和している。どちらもそれほど高度な代物じゃない。中身はなにかしら」
「農薬が入ってるの。幽香のところからもってきたんだ」
「ああ成る程、風見幽香の・・・。液体自体は薬品の類ではなく唯の水だわ。蟲を寄せない魔法でも掛けているのね」
 ぱっと見でそこまで分かる辺り流石だ。
「それ、もっと大きくできない?」
 しげしげと観察していたパチュリーは、この一言で私の意図を察したらしく、半眼で睨み上げてくる。薄暗さに不健康そうな顔色と相まって恐ろしい。
「・・・私にやれと?」
 何故私が読書を中断してまでお前の新聞作りを手伝ってやらなければいけないのか――と、声に出ずとも顔に書かれている。
「お願い!」
「イヤよ面倒臭い」
 再び本を開くパチュリー。取り付く島も無い。だが私とて伊達に図書館に通っているわけでは無い。舵の取り方は心得ている。
 パチュリーの専門は火だの水だのと言った属性魔法だ。知識だけなら魔法全般に精通しているものの、実践できるかどうかはまた別の話。魔女にだって得手不得手はある。
「そっか、流石にパチュリーでも分野の違う魔法は無理か・・・」
 当てが外れて心底落胆したような感じが伝わるように、ちょっと大げさに肩を落として項垂れてみる。
「・・・聞き捨てならないわね」
 パチュリーの本を捲る手が止まった――掛かったな。
「別に無理とは言ってない。製薬は確かに苦手だと認めざるを得ないけれど出来ないわけじゃないし、その農薬はさっき言った通り唯の水に魔法を掛けてあるだけだからそれくらいなら私にも再現できる。空間圧縮や重力軽減に関しても、もっと大型の容器でも使える上等なやつがあるわ」
 パチュリーはむすっとした顔で乱暴に本を閉じると、日頃ぼそぼそと聞き取りづらい小声で話す彼女にしては珍しく、大きめの声で捲し立てた――ムキになったパチュリーの癖だ。先刻面倒くさがっていたときとは打って変わった態度には、その分かり易過ぎる変貌振りに口の端が笑ってしまいそうになる。堪えろ、私!
「ホントに?」
「本当よ。嘘と思うなら朝までに完成させて見せようじゃないの」
「やった! じゃあお願いね」
 パチュリーは最早読書など眼中に無く、この程度は朝飯前よ、と早速準備に取り掛かり始めた。なんだかんだ言っても魔法が絡めば興味を示すから御しやすいのだ。これで明日からの手伝いは随分と捗るだろう。材料を集めるために叩き起こされた小悪魔には少々悪い気もするけど。


「あ、お帰り」
 図書館を出ると寝巻き姿のフランと行き違った。大方、図書館に寝物語でも探しに来たと見える。こちらは美鈴と違ってパジャマ姿のまま、数冊の本を抱えていて、前に読んだのを今から返しに行くところらしい。
「取材はどうだったの?」
「首尾は良い感じね。これならなんとかなりそう」
「ふーん・・・ところで」
 フランの視線が、私の顔から下に落ちた。
「なんでそんな恰好してるの?」
 フランは不思議そうな目つきでジロジロと私を見ている。私も釣られて自分の態を見た。
 ああ、そう言えば、まだ幽香に借りた服のままで着替えていない。だぶついた長袖の白シャツと赤い膝下丈のスカート。普段の私からすると正反対の出で立ちをしているし、明らかに秋向けの服装だろう。ひょっとして、パチュリーが私のことを分からなかったのもこれが原因かもしれない。
 詰まるところ、フランの怪訝な目付きがなにを言わんとしているかと言うと――
「その服、似合ってないね」
 ・・・私には、大人の色香はまだまだ遠い。










 翌朝の目覚めは早かった。
 六時半に鳴った携帯のアラームを止めて、まだ開ききらない目を無理矢理こじ開けながらシャワー室へ向かう。手早くシャワーを浴びて身繕いすると、その足で図書館に降りた。
 昨日の夜頼んだ物が出来たかどうか覗いてみると、パチュリーと小悪魔は二人して机に突っ伏していた。
「ぁ・・・、はたてさん・・・」
 突っ伏したまま、隈を拵えた目だけこちらに向けた小悪魔は、息も絶え絶えな様子でいる。パチュリーに至ってはぴくりとも動かないから死んでるんだか寝てるんだか定かで無い。耳を傍立てると幽かに寝息が聞こえるから、一応息はあるらしい。
「そ、それ・・・」
 小悪魔はゆっくりと腕を上げた。指差した先には、黒っぽい塊が置いてある。どうやらこれが、昨日頼んでおいた物のようだ。
 それは魔法陣らしき模様の描かれた円筒形の金属容器と、それに軟い管で繋がっている噴射機で出来ていた。噴射機の引き金を引けば農薬が噴霧されるようになっていて、容器の方は背負って運ぶ形になる。重厚な金属質の外観とは裏腹に、容器は片手で軽々と持ち上げられるくらい軽い。あんまり軽いものだから、持ち上げた勢いですっ転びそうになった。
 中身の農薬も強化してあるとの事だが、それがどの程度なのか聞く前に小悪魔は限界を迎え、眠りに落ちた。
 パチュリーも大見得切ったまでは良かったものの、畑違いの魔法には手を焼いたらしく、魔法陣の構築に時間が掛かったり、無駄に魔力を浪費したりと大変だったようで、品が完成するや否や、小悪魔より先に倒れるように眠ったんだとか。
「ありがと。あとごめんね」
 ぐったりと眠りこけている二人に礼と謝辞を――後者は主に小悪魔へ向けて。
 二人を各々の部屋のベッドに運ぶと、私は一度自分の部屋に戻って荷物を纏めてから厨房へ向かった。
 厨房では朝早くから料理当番のメイドたちが朝食を作っている。朝は基本的にバイキング形式だから作る量も多い。妖精たちは好き嫌いが激しいから、多少無駄が出てもこうして好きなものを取らせた方がやる気の面で良いのだと、咲夜は廃棄の無駄に頭を悩ませながらも言っていた。無給なんだからせめてそれくらいはしてやろうとの、咲夜なりの思い遣りだ。お陰様で摘み食いもしやすい。
「これ貰ってくね~」
「あ、こら摘み食いするなぁ!」
 これだけ沢山あるんだからひとつやふたつ取ったところで変わりやしない。妖精メイドの制止を余所に、私は既に出来上がっているサンドイッチを二三頂戴して厨房を抜け出る。夜勤明けで交代を待つ門番隊の妖精たちの頭上を飛び越えると、幽香の元へ向かいながら、サンドイッチを齧って一先ずの腹拵えにした。


 ヒマワリ畑についたのは八時頃。朝方の東の空から降る傾いた日光は、まだ正午ほどの熱量を持ってはおらず、昨日のように熱中症でやられるようなこともなかった。幽香の家の前に降り立つと、玄関の扉を叩いて来訪を告げる。
「・・・早いわね」
 緩慢な動きで、目を擦りながらドアを開けた幽香はパジャマ姿だった。意外に子供っぽいとか言ったら怒られるかな。まだ朝食の途中で、寝癖がそのままの頭は覚醒し切っていない。朝弱いところは私と同じだな、とシンパシーを感じてしまう。
「それは?」
 幽香の視線は背中に背負った容器に向いている。
「ああこれ? 秘密兵器」
 幽香は寝ぼけ眼で首を傾げている。中身は唯の農薬なんだけど。
 幽香の部屋――昨日倒れた私が寝かされていた部屋をちょっと借りて、ジャージに着替えて麦藁を被る。蚊に刺されるのもそうだが、肌が日に焼かれるのを防ぐためにも長袖を持ってきた。昨日一日だけで、もう腕や太股には日焼けの線が引かれている。夏は滅多なことでは表に出なかったから、今更ながら「あぁ、夏なんだな」と感じるくらいには、これほどくっきりと日焼けしたのは久しぶりだった。
「それじゃ行ってくる」
「朝食はもう食べたの?」
「うん」
 朝ならサンドイッチだけでも問題あるまい。幽香も目玉焼きなどの乗った皿の他、トーストにジャムを塗りたくって食べているから内容的には大差無い。
「そう。お昼には一旦戻りなさいね」
 昼は振舞ってくれるみたい。給料は無いが三食付ならこの手伝いも悪か無いな、なんて思う程度には、幽香の腕は確かだ。紅魔館の料理と比べると・・・一概にどちらが上とも判断しかねる。幽香は野菜も自分で栽培しているから、その辺りが美味しさの秘訣なのやも。つまり良い食材を使えば、私ももう少しマシな料理ができる、と思いたい。ご飯は河童の機械で簡単に炊けるし、おかずは専らふりかけとか漬物とかで済ませている。野菜は味噌汁に纏めてぶちこめば良いや――とまあ、私の料理観なんて所詮はこんなものだ。安売りの惣菜が食卓に並べば十分贅沢と言える辺り、我ながらに粗食過ぎて泣けてくる。私が紅魔館に居ついて家に帰らないことが多いのは、図書館があることよりも、飯が美味いと言う理由の方が強かったりする。
 幽香の家を出て、今日担当する区画へと飛んだ。パチュリーの開発がどれほどのものか、その効果を試すときが来た。小悪魔に聞きそびれた農薬についても、実際に使ってみれば違いは直ぐに分かった――それはもう、イヤと言うほどに。
 幽香の農薬だと、吹きかけられた蟲は直ぐに剥がれ落ちて暫しの間もがく程度だったが、パチュリーのを吹きかけると、吹きかけられた蟲は抵抗の余地すら無く即死。更に周囲のヒマワリについている蟲や、飛んでいる蝶に蜂、土中に潜っている蟲まで、農薬から離れようと一斉に蠢きだした。益虫害虫の区別無く我先にと放射状に逃げ惑う蟲たち。その光景には流石に引いた。幾らなんでもやり過ぎだよパチュリー・・・。これじゃ農薬じゃなくて殺虫剤だ。
 強力過ぎてまともに吹きかけたら一夏どころか、未来永劫蟲が寄って来なくなりそうな気がして、飛びながら大雑把に撒く遣り方に変えてみた。それでも効果は十分。私が飛んだ後は蟲の音一つしなくなっていた。蟲にとっては冗談抜きに兵器と呼んで差し支え無い威力だ。
 ちょっと難がありそうだけど、今日担当している区画は既に撒き終えてしまったから、手伝いの時間を短縮すると言う目的は果たせている。農薬の残りもまだまだ余裕があり、朝から来ているから時間もあるので、この調子なら今日中に終わるかもしれない。私は隣の区画にも農薬を撒いた。


 ――そして今、眼下には蟲一匹存在しないヒマワリ畑が広がっている。
 本当に、残る区画全てに撒き終えてしまった。日差しはまだ大分強く、携帯の時計を見ると二時半を超えた辺りを表示している。まだまだ日が暮れる気配は無い。
「あ・・・」
 そう言えば、お昼は幽香が用意してくれているんだった。拙い、調子に乗り過ぎた。もうお昼の時間を大幅に超している。手拭いで汗を拭って、水を飲んで一息つくと、急いで幽香の家に戻った。
 広いヒマワリ畑の上を飛んで幽香の家に戻ったときには、三時を目前に控えていた。大慌てで転がり込むように中に入ると、足を組んで椅子に座っている幽香は、特別感情を表すでも無く平坦な目でこちらを見た。
「遅かったわね」
 なんてことは無い言葉なのに、どうしてか私の耳には威圧感を帯びて響いた。食卓の上には空の皿が並べてある。鍋の中の料理はとっくに冷めているだろう。私も暑さで汗だくだったのが、今度は冷や汗で胆を冷やした。
「えっと、その・・・ごめん」
 動揺した頭で搾り出せた言葉はそれだけだった。
 はぁ、と短く溜め息を吐いてから、幽香は台所に向かうとコンロに火を付ける。
「遅くなるなら始めに言いなさいよ。待ちくたびれたわ」
 ――あ、思ったより怒ってないかも。
 私の口からは、安堵のせいで溜め息が出た。緊張が解けると、腹の虫が思い出したかのように鳴った。温めなおされている料理の良い匂いが鼻に掛かり、それがまた虫の鳴き声を大きくする。お昼は夏野菜のカレーだった。いつもなら夏になると、自宅では手軽さ故にそうめんばかり啜っていたが、たまにはカレーでも作ろうかな。冷たいものだけだと胃腸の調子が悪くなるし。
「さっさとシャワー浴びて着替えてきなさい」
 背負った容器を床に置いて、鞄から服を引っ張り出して浴室に向かうと、蛇口を捻って水を全身に浴びた。初めは冷たさに身を緊張させながらも、余分な熱を奪われて体が冷めていく心地良さを覚えた。ざっと汗を洗い流すと、直ぐに浴室を出て体を拭く。浴室に居た時間は五分も無かったかもしれない。これが所謂鴉の行水ってやつだ。私が長く風呂に浸からない性質なのは鴉だからかも。逆に山伏や鼻高や河童辺りは、だらだらと露天に入り浸っているきらいがある。何れも室内で座ったまま作業することが多いから血行が悪くなりがちなんだな。それで茹蛸になるまで長風呂を決め込むんだ。
 濡れた髪を程々に拭いてから脱衣所を抜けると、食卓は既に整っていた。急いで席に着くと、遅めの昼食に取り掛かる。
「今日は随分と時間が掛かったじゃない。なにしてたの」
 昨日は三時間程度で帰還したところ、今日は六時間半も掛かったのだから不審に思うのも無理は無い。パチュリーに作ってもらった秘密兵器と、農薬をヒマワリ畑全てに撒き終えたことを説明すると、一区画で六時間半も掛かったのかと思っていた幽香は後者について大いに仰天した。てっきり花の撮影で道草でも食っていたと勘違いされていたみたいだ。当の私だって、終わってみれば達成感よりも驚きの方が強かった。それ以上に農薬の印象が強すぎたんだけれども。ちなみにパチュリー印の農薬はかなり余ったので、容器ごと幽香に進呈した。
 そんなことを話しながらカレーをつついていると、日光の差していた食卓が、さっ、と陰った。一瞬、雲で太陽が隠れたのかと思って食卓の脇にある窓を何気なく見遣ると、そこにはヒマワリ畑も青空も無く、ただ真っ黒いなにかが窓の外をいっぱいに覆って日光を遮っている。少し遅れて幽香もそれに気付いた。
「なにかしら」
 幽香は窓辺に寄ろうと席を立った。なんだろう、風でなにか飛んできたのかな。多少薄暗いが、日の光は他の窓からも取り込まれている。原因の究明は幽香に任せて、食事を続ける気でスプーンを口に運んだ。
 ――それが口に入る直前。
 私の耳は、妙な音を拾った。
 ほんの幽かな音で、始めは気のせいかと思ったが、掬ったカレーを咀嚼しているうちに、その音ははっきりと認識出来る程度になった。不思議に思って幽香を見ると、幽香も私に怪訝そうな視線を投げかけている。
 その音はなんとも形容し難いのだが、木々の枝葉や草むらが風に靡いて擦れる音や、雨粒が地面を打つ音を室内で聞くような、或いは河童が弄っていた「らじお」とか言う機械が発していた平坦な砂嵐のように、今一掴みどころの無い茫漠ぼうばくとした音だった。どうやら、音は真っ黒になったその窓から発されている。
「ちょっと表を見てくるわ」
 幽香は踵を返すと玄関へ向かい、口に食べ物を含んでいた私は了解の意味を込めて、ん、と喉で返事をして幽香を見送った。そして視線を皿に戻そうとしたとき――

 ――ざわり。

 窓の外に、不気味な巨影が過ぎるのを、視界の端で捉えた。玄関へ向かっていた幽香の足は止まり、流石に悠長な私もぎょっとして席を立つ。
「なに、今の・・・」
「あまり良いものではなさそうね」
 幽香は辺りを警戒しながら威圧感を放っている。普通なら気圧されそうなそれも、今は無性に心強く感じられた。
 ――ざわり。
 音は一段と大きくなった。
 ぞわぞわと精神を掻き乱すような雑音は、私の不安を煽り、幽香もさっきより神経質になって周りを見張っている。
 窓の外に、またさっきの影が現れた。今度は窓にその身をぶつけて、ガシャンと派手な音を立てる。ただでさえ心細い私は、その音に竦み上がって幽香に縋り付いた。窓は影に覆われて、日の光がまた一つ途絶えた室内は、その影が侵入しているかのように暗さを増している。
 ――そして音が。
 音がまた、大きくなる。
 黒い影の音だ。後ろから、前から、右から左から、そして上から、音の発生源はどんどん増えていく。もう私の頭の中は、両の耳から侵入してくる騒音で満たされている。
 ガシャン、と音がして、また別の窓が塞がれる。光の差し込んでいたところはどこもかしこも遮られて、残すは玄関の扉だけになった。それもたった今、一際派手な音と共に影が外から覆いかぶさって、夏の昼間だと言うのに部屋の中は真っ暗になった。
 なにも見えない。耳はざわざわ、がさがさと喧しい騒音で、目は暗闇に閉ざされて、ただ確かなのは引っ付いている幽香の腕くらいのもの。
(せめて明りがあれば・・・)
 携帯がポケットにあることを思い出した私は、慌てて取り出して開いた。画面が発光して薄っすら周囲を照らすと、その明りで幽香の姿が暗闇にぼんやりと浮かび上がる。
「これで少しはマシに・・・」
 画面を暗闇に向けてみるが、携帯の明り如きでは壁にすら碌に届かない。精々、幽香の姿を確認して気休めになる程度だ。
「どうしようかしら。何者かは分からないけど完全に囲まれているみたいだし、襲撃を待つよりこっちから動いた方が得策かもしれないわね」
 この状況でも冷静な幽香は、闇の中で歩を進めた。離れないようくっ付きながら、僅かな明りを頼りに玄関を探して慎重に歩いていく。玄関まではそれほど離れていないはずなのに、先が見えないと言うだけで果てしなく遠くにあるような気さえする。
「・・・?」
 少し進むと、携帯を持って前に突き出している右手に、なにか当たる感触があった。携帯の画面は前に向いているから、光の当たらない右手は暗くて見えない。画面を手前に向けて手元を照らすと――
「うわっ!」
 私は咄嗟に手を振った。弾みで携帯が手から離れ、宙を舞う。
「なに!?」
「む、蟲がっ!」
 細長く偏平な体、そこから伸びる無数の足。右手親指の付け根の辺りに蟲が居た。あまりの気持ち悪さで反射的に振り払ってしまい、飛んでいった携帯は床に転がっている。
 何事かとこちらを見た幽香は、なんだ、と拍子抜けした息を漏らした。
「蟲ぐらいどこにだっているでしょう」
 幽香は携帯の元まで近づいて、拾おうと腰を屈めた。床に伸ばした手が携帯に触れようとしたとき、ざわざわと騒音が膨れ上がる。襲撃を覚った幽香は咄嗟に身を引いて携帯から距離を取った。
 ――刹那、携帯の発する明りは雑音に呑まれ、再び私たちは光源を失った。
 その光景を目の当たりにして、私は、そして恐らく幽香も動揺している。明りを失ったからではなく、今置かれている状況を漸く、正しく理解したからに他ならない。
 携帯のあった場所からは、一際大きく雑音が発されている。携帯が覆われる寸前、弱い光の中に音の正体――即ち、蟲の陰影を見た。
 今、目前の闇の中では無数の蟲が蠢いている。のみならず、この家全体が蟲に包囲されている。窓に張り付いた黒い影――先刻からざわざわと響いている騒音は、膨大な数の蟲たちが羽を打ち合い、体を擦り合う音。それが幾重にも重なって、この暗闇を作っている。
 私は後退った。直ぐ目の前にある闇――異形の蟲が寄って集って、嫌悪感を覚えずにはいられないそこから少しでも遠ざかりたくて、震える足を半ば引き摺るようにして下げた。一歩、二歩と臆病に、蟲に気取られないように、蟲がこちらに来ないように。
 そして――
 ――ぐちゃり。
「ひィっ――――――――!!」
 踏んだ。踏んづけてしまった!
 丁度踵を下ろした場所に、なにか居た。なにか居た!
 固い甲殻を砕いて、中身が飛び出る感触。それが足裏から体を駆け上り、怖気となって背筋を凍らせた。
 動けない。動いたらまた、そこかしこに居るなにかを踏み潰してしまう。
 明りは失った。出口も見失った。私に出来るのは、ここでただ立ち尽くして、半狂乱の頭で事態が好転することを願うだけ。
 ――騒音が細波さざなみ立った。
 今度は上からだ。頭上の闇が騒がしく波打って、それは直ぐに雨になった。
 腕や頭や顔に、雨が降り注ぐ。雨粒の一つ一つは有象無象の蟲たちで出来ていた。私は恐怖の余り絶叫して、無闇矢鱈に蟲を振り払う。
「っ、あぁ、鬱陶しい!」
 幽香の苛立ち紛れの声が聞こえた。鬱陶しいで済むなんて、どうしてそんな冷静でいられるのか! 雨は止むどころか増すところ強くなっている。もう踏み潰すのもお構い無しに手足をバタつかせて踊り狂った。払えども払えども、蟲は際限なく降り積もる。
 ――ドン、と。
 無警戒の背後から大きななにかにぶつかられた。
 受身も満足に取れないまま、うつ伏せに床へ叩きつけられる。不思議と床の蟲は潰さずに済んだ。背中に覆いかぶさったなにかは、袖や襟、裾から服の中に進入してくる。
 背中に乗っているのは――これも全て蟲だった。
 床に溜まった蟲たちは、寄り集りひとつの塊となって私を押し倒した。服の下、地肌の上を無数の蟲が這いずり回っている。くすぐったいだとか、そんな生易しい感覚ではなかった。生理的な嫌悪感が肌を伝う。もう悲鳴すら出せない。出るのは、両の目から垂れ流している涙のみで、抵抗すら出来ずに嬲られるがまま。
「うっ!」
 呻き声と共に幽香が床に倒れ伏す音がする。幽香ほどの大妖怪が、私と同じく蟲に圧し掛かられ、なにも出来ずにのた打っている。もう、どうすることも出来ない。
 ――厭だ、怖い、気持ち悪い・・・!
 私の心は暗く塗り潰された。ここから出たい。その一心で腕を動かして這う私の前に、一筋の光明が差して、眩しさに目が眩んだ。
 玄関が開けられている。ゆっくりと開く扉に合わせて、白い光は幅を広げ、真っ黒な床を照らした。闇の退けられた場所には、輪郭を得た蟲たちが光の方を向いている。そこに黒い人影が伸びると、蟲たちは道を譲るかのように脇へ控えた。
 扉の裏から足が出た。視線を上げると、小柄な黒い輪郭が見える。
 逆光で顔は見えない。それでも、それが誰かは直ぐに知れた。背には先の分かれた外套が垂れ下がり、頭には二本の角が生えている。その出で立ちは紛れも無く――

 ――あの、蟲妖怪のものだった。










 幽香の家の裏手の辺りには、木に囲まれた広い庭がある。
 裏庭に咲く花々は紅魔館より種類も数も段違いに多い。図鑑で見たものもあるが、知らないのもある。それと、恐らくは開花時期から少し外れているであろう花もあった。それらは幽香の能力で、時期外れでも咲き続けていられるらしい。
 ヒマワリ畑での作業は一先ず済んだため、この裏庭で知らない花の名前を聞いたり、写真を取ったりしながら幽香と一緒に手入れをしているのだが、さっきから非常に気拙い思いをしている。
 ――原因は、手を伸ばせば届く距離にしゃがんでいるあの蟲妖怪、リグルにある。
 リグルと幽香は共存関係にあった。
 リグルは蟲を使って受粉を助けたり、植物にとって害になるような蟲だけをよけたりし、また採取した蜜は幾らかを幽香に提供していた。幽香が農薬を撒くルートは決まっているので、リグルはまだ農薬の掛かっていない花の養分を、枯らさない程度に配下の蟲たちに吸わせていた。幽香は一夏かけてヒマワリ畑を回り、リグルはその間、幾許かの恩恵を受け、或いは見返りとして与えてきた。リグルにしてみれば手下の栄養分を一ヶ所で纏めて調達出来るし、幽香としても世話の手間が省ける上におまけも貰えて二者一両得。共存と言うよりは仕事の間柄と言った方がしっくり来るかもしれない。リグルがその話を持ち出して、幽香も広くなりすぎたヒマワリ畑の管理は苦労していたから誘いを受けた。それでいつの頃からかお互いに、付かず離れずの距離でずっとそうしてきたのだと、今し方幽香から聞いた。
 ところがどっこい、今年の夏は私と言う不確定要素があった。
 幽香もリグルのことに関しては特に気に掛けていなかったせいで、そのうち来たときにでも連絡しようと思って忘れていたらしい。初日は農薬の目潰し、今日は(向こうからしてみれば)殺虫剤の爆撃を受けたリグルは、触角が天を衝くほど怒りに溢れ、蟲の大群を率いて幽香の自宅を包囲するに至った。
 つまり、勝手にヒマワリ畑全体に、それもたった一日で農薬をばら撒き終えてしまった私が全ての元凶だった。幽香も悪くは思っているようなので、二人で頭を下げ(私は頭が床にめり込むほど低頭して)、結果としては大事には至らず矛先は収まったものの、未だにリグルの眉間には皺が寄ったままだ。幽香は既に気にする素振りもなくマイペースに花の手入れをしていて、私一人だけ申し訳無さで居た堪れない。
 おまけに先程の件で大分蟲嫌いになった。私だって鴉天狗の端くれで、元はと言えばカラスで、つまりは鳥なわけで、ならば蟲を食べて生きていた。だから、ものによっては多少気持ち悪く思うことはあっても、蟲そのものは至極身近な存在であり、スズメバチなどの危険な蟲でなければ怖れる理由は見当たらない。
 それが、あの暗闇の中ではどうだ。
 ビビった。そりゃあもう、大いに腰を抜かして身の毛を太らせた。失禁せなんだだけ上等と言うものだ。あんな体験は金輪際御免蒙る。納涼にしたってあれだけ性質が悪いのはそうそうお目に掛かれるもんじゃない。お陰様で当分は自宅に帰りたくなくなった。掃除なんて一ヶ月に一度するかどうかの一人住まいなれば、当然ながらアレが湧く。一匹二匹を見かけたくらいじゃあどうと言うほどのものでも無かったのに、今やアレが物陰に仰山潜んでいると思うに居ても立ってもいられなくなるのは想像に難くない。常に殺虫剤を手にして、出くわそうものなら絶賛仲違い中の文に泣いて縋って退治を懇願して鬱陶しがられる自信がある。
 ――そう言えば、私と文は今、仲が悪い。それも春の号創刊以来ずっと。
 いつか越えてやるぞと、野山に響いた私の声は、思う以上に文を焚きつけたらしかった。顔を合わせても露骨に無視するわ、話しかけりゃ邪険にあしらわれるわ、取り付く島の一片も無い。こちらとしては鞘当てに対する返礼みたいなものだったのだが、私は文に、人里の読者を奪い合う「敵」と認識されてしまったみたいだ。
 その上、リグルの方まで――自分が撒いた種、もとい農薬、或いは殺虫剤とは言え――会って早々最悪な関係に陥ったんだから弱った。今年一夏は幽香の家に厄介になるので、必然的にリグルと顔を合わすことも増えるのに、この先いつまで経っても剣呑じゃあ神経が持たない。それで裏庭に来てからずっと、斜めになったリグルの機嫌を立て直すべく機会を探っているのだが、しかしながら中々糸口を掴めずにいた。
「まだ足らないかしら」
 手元の肥料を使い果たした幽香は、追加を持って来ようと席を外した。
 ヒマワリ畑がダメになった以上、別の場所で養分を賄う必要が出てきたリグルは、農薬の撒かれていないこの裏庭で、配下の蟲たちに養分を取らせている。幽香が自身の能力で植物たちを操って、素早く肥料を吸収させているから枯れることは無いが、吸い上げたばかりの養分を片っ端から蟲に奪われているので特に成長もしない。植物の世話と言っても、実際のところは蟲への餌付けになっている。
 観察や剪定で葉を捲ると、どの植物も蟲に塗れていて、その姿が先程の自分と被って見えて気分が悪くなった。木々花々と接するに当たって、蟲に対する嫌悪感は取材に差し障るから良くないとは思うものの、さっきの今でこの光景は目に毒だ。
「お、バナナムシだ」
 痛んだ葉がないか見ていると、葉の上に黄色く細長い羽蟲がくっ付いているのを見つけた。突っつくと横歩きで葉の裏に隠れてしまった。これくらいなら可愛いもんだ。蝶だの蝉だの蜻蛉だのは問題ないが、ムカデとかワラジムシとかゲジゲジとか、足が沢山あって地面を這うやつは暫くムリそう。でもダンゴムシは許せる不思議。蟲においても可愛いは正義なのだ。
「褄黒大横這って言うんだよ」
「え?」
「その子」
 唐突にリグルの方から話しかけられた。そこでまず驚きだが、喋っている内容がよく分からない。いや、蟲の名前のことを言っているのは分かっているけれども。
「つ、つま・・・? なんだっけ」
「ツマグロオオヨコバイ。横歩きするから横這。それの大型種だから大横這。褄黒は、羽の先が黒いって意味」
「へぇー」
 こんなバナナもどきにもご大層な名前があるもんだなあ。葉を裏返して、隠れていたツマなんちゃらを摘んで観察してみる。上から見るとほんとバナナだなこいつ。羽全体に黒い斑点があったら、時間が経ったバナナそのものだ。
「そうやって乱暴にしてると、刺すかもよ?」
「げっ」
 そう言われてつい指を広げると、バナナも羽を広げて遠くに飛んでいった。
「ま、血を吸うなんて滅多にないから、大丈夫だとは思うけどねー」
 リグルはニヤリと笑って、流し目でこちらを見ている。こんにゃろ嵌めたな。私が思う壺な反応をしたせいか、リグルも若干は溜飲を下げて饒舌に話すようになった。
「蟲にも色々あってねー。こんなのとか」
 リグルが指先を振ってからこちらに向けると、蜂が飛んできた。しかも見た目から察するに、蜜蜂のような穏便なやつでは無い。
「ちょ、あぶないって!」
 慌てて振り払うと、上手い具合に腕を掻い潜りながら周囲を飛び回っている。躍起になって手を振り回す私を、リグルは「あっはっは」と腹を抱えながら見ている。
「はぁー、おかし」
 一頻り笑った後、ほらおいで、と指を立てて蜂を止まらせた。止まった蜂は大人しくじっとしている。
「この子は蜂じゃないから大丈夫だって」
「どう見ても蜂でしょそれ!」
 まあ良く見てみなよ、とリグルは指を突き出した。恐る恐る顔を近づけて見てみると、確かに顎や針は見当たらない。でも透けた羽と、黒地に黄色い縞模様の体は蜂にしか見えない。
「スカシバって言う蛾だから、大した毒もないし刺されることもない」
 ――蛾なのか。
 この子ら大体蜂みたいな態してるからねー、と言ってリグルは蜂もどきを飛ばした。飛び去る姿を遠目に見ると、バナナムシはバナナには見えないが、あれはやっぱり蜂に見える。
「アゲハみたいに綺麗なのはないの?」
「もちろんあるよ」
 得意げな顔で、丸で指揮棒でも振っているかのような動きをすると、やがてどこからとも無く蝶が現れて、リグルの体に群がってきた。花でも飾りつけたような感じだ。派手なのから大人しめのまで、アゲハのような大型から小物のシジミまで各種取り揃えてあり、色や模様も様々で美しく、中々良い画になっている。何枚か写真に収めるとリグルも大分上機嫌だ。指揮棒の一振りで、それらは一斉に私へ飛び移った。美しい蝶たちで誂えたドレスは着飾ってみると中々メルヘンチックで、これなら蟲だって悪くないなと思う。
 綺麗な蟲に興味を持った私は他にもないかと要望を出し、リグルもリグルで、ついさっきまで険悪だったとは思えないほどノリノリで、次から次へと色とりどりの蟲を呼び寄せている。最早植物の世話など忘却し、単体で、或いは群れで、色々な構図で写真を撮っていく。
「あんたたち手伝いなさいよ」
 肥料を両手に満載して戻ってきた幽香をそっちのけで、私とリグルは撮影会に興じていた。撮影に没頭する私たちを見て呆れたか諦めたか、幽香は溜め息と共に一人で肥料を撒き始め、私の方は結局、午後は写真を撮って終わった。
 その晩、三人で囲った夕食の席で、一人だけ除け者にされた幽香はむくれてしまい、今度はリグルと共に詫びを入れることになった。










 初めてヒマワリ畑に赴いてから一週間と少しあと。
 夜になっても暑さが退かず、太陽から明確な殺意を感じるほどに日差しの強くなった頃に、夏の第一号が完成した。
 今回の写真写りは春の号より格段に良くなっている。それもそのはず、写真は一枚一枚を幽香が吟味して決められた。些細な映りの違いにも厳しく、一切の妥協無き駄目出しの元に撮られたのだから、出来栄えは完璧でないはずが無い。流石はフラワーマスター、花を美しく撮るコツも心得ていた。一つ撮るのに普段の何倍もの労力を捧げた花たちは、構図と相まって、惜しむこと無く躍動感を紙面に滾らせている。
「夏ですよ―――――――――ぅ!」
 とうに夏は来ているが、誰かさんの真似をしてみた。
 定期購読者の家を順に回って、最後は阿求の元へ届けた後、幾らか余った在庫は二部だけ残してそのまま阿求に預けた。新たに定期購読を希望する人が出たときに備えて、阿求の家でも販売を行っている。一号につき一度しか配らないのも勿体無いからと阿求が申し出てくれたのだ。彼女が里の人に勧めてくれているお陰で定期購読者が増えたこともある。だから阿求には無料で配布しているし、預けた分の売上は、微々たるものだが阿求の懐に収めてもらっている。
 尤も、新聞を阿求へ届けた後は大体いつも里で甘いものを一緒に食べるので、その金は往々にして甘味で使い果たしてしまう。今日も例外ではなく、新聞を吐き出して軽くなった鞄を引っ提げて喫茶店に赴き、二人で涼を取った。
「いやぁ、なかなか綺麗なものです」
 阿求はイチゴ、私はブルーハワイ(ハワイってなんだろ?)のかき氷をつつきながら、浅い緑色の新聞――夏の第一号を机に置いて眺めていた。開かれている頁には、リグルの協力で撮った蟲が載っている。花に蟲は付き物。大輪に寄り添う蝶の鮮やかな紋様は、ともすれば花以上に目を引く美しさがある。縦横自在に飛び回る蝶たちの画は、桜吹雪にも肩を並べられるほど見事だ。
「書斎に出るのなんて紙魚しみの類くらいですからね。本を食われるわ気持ち悪いわ、勘弁してもらいたいです」
 私も足がいっぱいなのはお腹いっぱいです。アレを思い出すだに暑さもどこへやら。肝にしろ体温にしろ、冷やすなら幽霊の方がマシだ。幽霊は実際に冷たいらしいし。私も「えあこん」が届くまで一匹飼おうかな。
 知的好奇心旺盛な阿求に、これまたいつもの如く新聞の内容――第一号に載っている花や蟲についてあれやこれやと聞かれて、説明を織り交ぜながらかき氷を掬っていると、あぁそうだ、と阿求はなにか思い出したようだった。
「花と言えば、八月半ばに夏祭りがありますね」
 縁日なんて子供の頃に行った切りだ。山で身内がやる祭りなら知り合いの鴉(主に文)に誘われたこともあったけど、出不精を極めていた私は悉く蹴り飛ばしていた。況や人里の祭りはまだ出たことが無い。しかし、縁日に花とはこれ如何に。
「博麗神社でやるの?」
「いえ、あそこは遠いので。里の大通りに露店を並べるんですよ。なにせ道幅が広いですからね。両脇を出店で埋めてもまだ余裕がある。そこを祭囃子の行列が通るんです。あとは里の外れで花火を打ち上げたりとか」
 なるほど、花火も花と言えばそうかもしれない。山では守矢神社が来て以来、あそこでやっているらしい――らしいと言うのは勿論伝聞だからだ。始めこそ上の連中も警戒していたみたいだけど、守矢への信仰心を利用しようだとか、地底の発電所から電気を引いていることもあって、結局のところ山と神社は懇ろな付き合いをしている。今となっては守矢の信者になる天狗や河童も居たりして、もうすっかり山の一員として違和感が無い。
「はたてさんもどうです?」
「そうだねー、たまには行こっかな」
 面白そうだし――なんて思ったことに我ながらちょっと驚いた。
 こんなとき、以前ならなんと思っただろう。多分、面倒くさいと思ったに違いない。だからこそ出不精引き篭もりのヤモリなわけだ。
 ――変わった、かな?
 いつからだろう、人と接するのが苦にならなくなったのは。春先の、花見の宴会に出た辺りからだろうか。丁度花果子旬報の創刊が出来た頃合で、紅魔館との付き合いもそこから始まったんだった。人付き合い、そこも大分良くなったように思う。花果子旬報を作り始めてから――いや、根源を辿るんであれば、恐らくは更に前だろう。多分、先代の花果子念報を書き始めたときが最初の変化で、もう随分昔の話になるなあ。

 まだ新聞――先代の花果子念報を作る前のこと。私は念写の能力を活かすべく、他の鴉たちが紛失した写真の復元をしていた。単にズボラで管理が出来ていなかったり、写真を撮ったのが大分前だったりでネガを失くし、または傷んで使い物にならなくなっていても、私の念写ならネガも含めて再現出来る。文と出会ったのも、私の家業を聞きつけた文が客としてやって来たのが始まりだった。部屋に上がるなり「汚い部屋だ」と言われたのを今でも憶えている。そこまで露骨に言われたのは初めてだったけど、なにしろ引き篭もりの部屋だ、とっちらかり方は推して知るべし。
 それから文は、ちょくちょく家を訪ねて来るようになった。ある時は掃除をしろと発破を掛けてきたり、またある時は飯や酒を持って来たりと、初っ端からやけに馴れ馴れしく接してきた。今にして思えば世話好きなやつなのかもしれない。見ていられないほど私が自堕落だったせいもあるだろうけど。
 それである日、新聞を作らないのかと聞かれた。
 誤解され勝ちだが、鴉が全員新聞記者と言うわけでも無い。店を営んでいるのも居れば、従業員だって居るし、ただの穀潰しも居る。天狗社会における鴉の役割は、古くは諜報だったが、それが広報に変わってからと言うもの、大して重要な役目でもないせいかサボるやつが出始めた。斯く言う私もその口で、長らく家を空けて、調べたことを生真面目な文章で事細かに纏めなければならない諜報活動の退屈さから来た反動と、生まれ持った面倒臭がりな性分が噛み合ってしまい、引き篭もりになった次第。自営業で食い扶持を稼ぐでも無く社会の相互扶助に寄りかかってばかりのやつには、罰則として内職や肉体労働が回って来たりするのだが、失われた写真を復元することで広報のサポートをしていると言う建前で、少ないなりに一応は収益もあるため自営業的な扱いを受け、私は仕事を回されることも無く悠々自適なぐうたら生活を謳歌していた。
 新聞を作らなかった理由は、単純に興味が無かったから。
 活字は読むが、専ら娯楽小説ばかりで新聞を読んだことはなく、諜報時代とやっていることが変わらない以上、詰まらない報告書とどう違うのかと思っていた。そう言うと、なら読んでみろ、と文は自前の文々。新聞を投げて寄越した。
 ――それが案外良かった。
 報告書とは丸で違う。情報は確りとした裏付けもなく好い加減で、内容もあること無いこと好き勝手に書き散らしている。でもそれが面白い。同じ鴉が書いたにしても、四角四面に真面目くさった報告書と新聞では方向性が正反対だった。あることを元にありもしないことを書く。それは娯楽小説となんら変わらない。黙々と読み耽っていると、文は大層自信あり気に言った。
「どう? 面白いでしょう」
「うん」
 それで興味を持って、自分も新聞を作ってみようとしたのだが、諜報の役から退いて久しい私は、どうやって作ればいいか分からなかった。だから適当に念写した写真を使って、あること無いこと書き立てて体裁を整えた。報告書じゃないんだし、新聞ならそれで良い。文が花果子念報を妄想新聞と称していたが、あれは強ち間違いでは無い。
 そこまでなら問題は無かった。ただ運が良かったのか悪かったのか、一面にした記事の写真が、丁度そのとき文が追っていたネタの写真だったのだ。より確固たる情報を掴むべく取材をしていた文の努力は、花果子念報創刊号で無に帰した。記念すべき我が第一子を目の当たりにした文が家に駆け込んできたときには、既に新聞を捌き終えた後で取り返しはつかなかった。当時はフィルム式のカメラで念写していたからネガも手元にあるため、部外者からすれば、私がオリジナルを撮り、後から新聞にした文の方が他人の写真を勝手に使ったと思われるのは明白で、もうその写真を文が新聞に載せることは不可能。無論、文とは大喧嘩になった。服も髪もお構い無しに引っ張り合って、私は生まれて初めて取っ組み合いの喧嘩をした。だからそれ以来、ネガの残らない携帯のカメラで念写するようになったのだ。あの後は一週間ほど、互いに口を利かずにいた(と言うか文がうちに来なかった)。私の記者人生の第一歩はそんな感じだったなぁ――

「――はたてさん?」
 阿求の声で我に返った。
 知らずに考え込んでいたらしい。正面から阿求の顔が覗き込んでいる。
「どうかしましたか」
「ううん、なんでもない」
 それからまた阿求からの質問が続いて、新聞を閉じる頃にはかき氷もすっかり溶けてしまっていた。
 勘定を済ませて店を一歩出ると、今日も良く晴れた炎天が通り一帯を焼いている。行き交う人々は首に手拭いを掛けていたり手巾しゅきんを手にして、頻りに額や首回りを拭い、或いは極力日陰の内で活動している。鋸で氷を切り出している氷屋や、擦れ違う風鈴売りの音が僅かばかり暑気を払ってくれる。
「いやはや、今日も暑い。涼んだばかりなのにもう汗が」
 阿求は手の甲で額を拭うと、帯に挟んであった扇子を取り出して扇いだ。私は持ち合わせが無いから手団扇で凌ぐ他無い。一応、天狗には葉団扇があるにはあるが、あれは威力が強すぎて暑さどころか体が吹っ飛ぶから、おいそれと持ち出すわけにもいかない。
 見送りがてら阿求の家まで一緒に歩いていると、またぞろ祭りの話になった。
「祭りとなると浴衣を拵えなきゃいけませんね」
「あー、そっか」
 浴衣と言うと寝巻き用のしか無い。柄が地味だし、寝巻きで余所を出歩くのは頂けない。
「誂えるなら早めに頼んでおかないと」
「じゃあ今から見に行こっか」
「良いですねっ」
 進路変更。阿求の家には向かわず、私たちは呉服屋へ寄り道した。
 時期が時期なだけに、浴衣の品揃えが充実している。同じく浴衣目当てと思しき女性客の姿も幾らか見受けられた。
 適当に店内を見て回ると、私の目を引く浴衣を見つけた。
 白地を、ところどころ反転させたように黒地の混ざった生地の上に、紫や藍で鮮やかに染めた桜の模様が描かれたもので、付属の帯も紫色をしている。好きな色に加えて、桜と言えば春の創刊号で一面に載せたゆかり深い花だ。直ぐ気に入って私はそれにした。
 阿求の方は、淡いピンク地に赤い縁取りの朝顔模様だった。帯はさっき食べたかき氷のように、上が赤で下が白のグラデーションになっている。
 勢いで小物の類も揃えてしまった。
 特に下駄は、天狗の一本歯だと浴衣には合わないので適当なのを買っておく。髪飾りに関しては色々物色しているうちに、何故か家に髪挿かんざしが一本あったのを思い出して買わなかった。
 出来合いの品でお互いに大きさが合っていたから、仕立て直す必要も無くそのまま購入して、浴衣などの入った手提げを片手に呉服屋を後にする。久々に服を買ったから奮発しちゃったな。道草を終えた後は、また阿求の家に向かって歩を進めた。
「号外――、号外だよ――!」
 遠くから耳慣れた声がする。
 見上げれば丁度、正面の上空から段々と迫り来る文の姿が見えた。
 相も変わらず、飛びながら手当たり次第に新聞をばら撒いている。
 半紙一枚の瓦版ならそれでも問題無かろうが、それなりに厚さのある新聞は直撃したら割と洒落にならないから、道行く人々は軒下に退避したり、慣れている人は飛来する新聞を何事も無かったかのように避けたり、或いは素手で直接掴み取っている猛者も居る。たまに窓硝子が割れる音が混じった。
 文を目で追っていると、向こうもこっちに気付いて目が合う。すると、一瞬で文の顔が険しく曇った――ここ最近、あんな顔しか見ていない。顔を合わす度に嫌味を言い合う間柄ではあるけど、こうして忌避感をぶつけられたことは今まで無かったのに。どうにかならないかなぁ・・・
 上空の文は、私の姿を認めるや、新聞をこちら目掛けて力いっぱい投げてきた。新聞は一直線に私――ではなく、隣の阿求へ向かっている。
「ぅおっとっ!」
 ぶつかる直前に剛速球を慌てて掴み取ると、両腕を挙げて顔を庇っていた阿求が「ナイスキャッチ!」と歓声を上げ、近くで見ていた人たちからも拍手を貰った。
 空を仰ぐと文の姿は無く、振り返ると、既に遥か後方へと飛び去っていた。
 初めて喧嘩したときは、一週間口を利かなかった。
 ――今度はもう何ヶ月、碌に口を利いてないだろう。
 遠目に見る文の後姿は、蟲のように小さく、遠くにあった。


 阿求と別れて紅魔館に帰ると、定例の報告としてレミリアに新聞を届けに行った。
 新聞の内容は毎号レミリアが検閲するのだが、私が新聞を作る為に紅魔館に滞在していると言う体裁を整えるためであり、内容に関してなにかしら苦言を呈されたことは一度も無い。この暑い中、レミリアは二階のテラスでパラソルを広げてアイスティーを啜っていた。彼女は吸血鬼の割に日差しを忌避することが少ない気がする。
 その後フランの部屋に行き、今回の新聞が出来るまでの紆余曲折を、新聞や写真を広げながら語って聞かせた。外の話はフランにとって魅力的な響があるらしく、楽しみにしてくれている。フランに語り聞かせるこの時間が、何気に私の新聞作りにおける原動力のひとつだったりする。
「――ってなことがあってさー。ホント死ぬかと思ったよ、アレは」
「うぇー、きもちわるい」
 あの蟲地獄の話をすれば、フランも顔を顰める。
「私はこっちがいいなぁ」
 フランは新聞に載せた綺麗な蝶を指さして笑った。こうして間近に見ると転がりやすい表情だ。良くも悪くも感情の起伏がはっきりしている性質だから、こう言うところはホントに子供みたいで、見ていて微笑ましい限りだ。
 夏の第一号に関するエピソードを一通り話し終えると――不意に、楽しげだったフランの顔から表情が落ちた。目線の先には、ヒマワリ畑の写真がある。普通のより格段に大振りなヒマワリが群生している光景は圧巻だ。中庭のヒマワリは開花まであと少し掛かるし、ヒマワリ畑のものほど大きくはならないだろう。
「私も、行ってみたいなぁ・・・」
 その写真は、フランの胸に燻る欲望を焚きつけるに十二分だった。
 フランがこう言うことを呟く度に、どう反応すれば良いのか悩む。無理だと切って捨てる気は更々無いけど、さりとて深い事情も知らない私が「良い子にしていればいつか」なんて気安い言葉で茶を濁すのも憚られる。してやれることと言えば、気を落としたフランの傍で、気を持ち直すまで慰み物になるか――それとも。
「レミリアに頼んでみよっか」
 それくらいなら私にだって出来る、かも。
「どうせ無理よ」
 完全にいじけている。フランは一度機嫌が傾くと中々持ち直さない。良くも悪くも感情の起伏が著しいと、こう言うときにちょっと手を焼く。大体は不貞寝することで解消されるから後は引かないものの、下手な手を打って拗れると厄介だ。
「まあまあ、案ずるより産むが易しって言うじゃん。物は試しよ」
 猶も不機嫌な顔をしているフランを残して、レミリアに上申すべく部屋を出た。


「駄目に決まってるだろ」
 私はレミリアの私室へ行くと、フランをヒマワリ畑に連れていく許可を貰おうと尋ねてみた。すると、テーブルで本を読んでいたレミリアは、なにを言ってるんだお前はと言わんばかりに眉を顰め、私の言葉を聞くなり一蹴した。少し考えるくらいはしてくれても良いだろうに。
「なんでよ、ちょっとくらい良いじゃない」
 得心いかない私はすぐさま反駁した。レミリアの顔が、怪訝なものから不機嫌なものに変わる――こんな顔はフランと良く似ている。
「風見幽香の元だぞ? どれほど危険か分かってるのかお前は」
 その発言には流石にカチンと来た。
 そりゃあ、風の便りばかり耳にすれば良い印象を持たないかもしれないけど、幽香とそれほど親しいでも無い癖に知った風なレミリアには腹が立った。
「幽香はそんなじゃない! どんな噂を聞いてるか知らないけど――」
「やつの性格がどうとかそう言う話じゃないんだよ!」
 レミリアはムキになって、机を拳で叩いて大声を張った。思わず体が強張る。妖怪として格が違うとは言え、少しばかり臆してしまったのが悔しい。
「フランはなぁ、精神的に過敏なんだよ。別に感受性が高いこと自体が悪いとは言わない。ただな、なにかと影響を受けやすいってことは、言い換えれば不安定なんだ。フランは自分の心を自分自身では制御し切れてない」
 確かに今までも、情緒不安定なフランに振り回されたときはあった。満月の夜なんかは特に、躁鬱のように気分が安定しないことが多い。過剰に活発になったり、逆になにもせずに酷く塞ぎ込んだりする。出会って初めの頃は、その落差に戸惑ったりもした。
「風見幽香と言えば音に聞こえる大妖怪。さぞかし妖力も相当なものなんだろう――まぁ、私には劣るだろうがな。それでフランをヒマワリ畑に連れて行ったとして、やつの妖力に当てられて暴れない保証はどこにある? それとも、お前にはフランを押さえ込めるほどの力があるのか?」
「それは・・・」
 無理に決まってる。力の差があり過ぎる。幾ら子供染みているとは言え、フランは紛れも無く吸血鬼であり、幻想郷でも一二を争う種族。それを、高が鴉天狗の私が競り合えるはずも無い。
「でも、強い妖力が危険なら、それはレミリアだって同じじゃない?」
「あのなぁ・・・」
 猶も引き下がらない私に、レミリアは痺れを切らし始めた。いつもなら青白い肌も、怒りに興奮して赤く色を差している。
「五百年近く一緒に居る私と初対面の風見幽香とじゃ違い過ぎるだろ! こっちだってフランを刺激しないように色々抑えてるんだ! 本当ならパチェがやってる魔法の実験だって余所でやってもらいたいくらいなんだぞ!」
 真っ向からレミリアに怒鳴られて、私は早くも他人の家の事情に首を突っ込んだことを後悔した。赤の他人がどうにか出来るわけが無かった。ただ、ここで引き下がったら、フランに向けてやる顔が無い。なんとか反論出来ないかと思考を巡らせて、どうにか言葉を繋いだ。
「そんなにフランが信用できない?」
「そんなわけあるか!」
 テーブルを両の拳で打ち据え、椅子を倒して立ち上がったレミリアの眦は、憤怒で吊り上がっていた。
 ――地雷を踏んでしまった。
 私はすっかり勢いを失い、肝を潰した。今すぐ拳が飛んで来ても文句は言えない。
「そうじゃない・・・」
 私の恐れを余所に激高一転、テーブルに両手を付いて力無く項垂れたレミリアは、譫言うわごとの様に呟く。
「そうじゃないんだ。もしフランが外に出て問題を起こしたら・・・フランはどうなる」
 下手を打てば殺される、なんてレミリア相手に口が裂けても言えない。確実に妖怪の賢者や博麗の巫女に目をつけられるだろう。延いては紅魔館そのものが。そうならないためにフランは幽閉されている。だがあの地下に居る限り、フランは誰にも危害を加えられる恐れの無い代わりに心を蝕まれる。孤独と言う、とても強力な毒によって。
「もしそうなったら、誰が始末をつける。誰がフランを止める。誰がフランを――」
 レミリアの言葉は最後まで紡がれることはなかった。ただ、それで十分だった。レミリアがなにを言わんとしているか――考えてもみなかった。
 馬鹿だ、私は。
 もしそうなったら――
 誰が責任を負う。紅魔館の主であるレミリアに決まっている。そうでなくてもレミリアは全力でフランを阻止するだろう。それでもし、もしもレミリアがフランを抑え切れなかったら・・・
 最悪、レミリアがフランに引導を渡さなければならなくなる。或いは、フランを守る為に妖怪の賢者と対峙するか。レミリアならどちらを選ぶだろうか。
 フランの側に立ってばかりで、レミリアのことを分かっていなかった。私はレミリアの地雷を踏んだ。それは怒りではなく苦しみで出来ていた。フランを信じられないんじゃない、レミリアは自分に自信が無いんだ。
 ――もしも想定し得る最悪の事態に陥ったとき、紅魔館の主として、フランを自らの手で葬ることが出来るのか――その選択を突きつけるのはとても残酷だ。レミリアがフランを嫌っているのでは無いことは、私だって百も承知。誰だって、最愛の肉親を自ら手に掛けなければならない状況は絶対に避けて通りたい。それを責めることは出来ない。己の立場と想いとの間で迷うレミリアを責めるなんて、出来るはずが無い。
「・・・ごめん」
 レミリアの苦悩も知らずに、好き勝手なことを言って、どれだけレミリアの心を抉っただろう。こんなちっぽけな後悔じゃとても埋め合わせられない。
 大きく溜め息を吐いて気を静めたレミリアは、今度こそ完全に沈黙した私を諭した。
「それにな、お前とフランとじゃ、やつの態度は絶対に違うぞ」
「・・・どうして?」
「分からないか? そう難しいことじゃない」
 ここ暫く一緒の時間が多いからか、幽香は私に対して友好的なように思う。あれが恐らくは幽香の本当の姿だと私は思っている。外面淑女などと言っているやつは、外側しか見ていないからそう思うんだ。だからきっと、フランだってそう邪険にはされないはず。
「お前は近視眼的なところが良くない」
 今まさにそれで後悔している私には耳が痛い。私は身近なものにしか目が行っていない、それは嫌と言うほど分かった。フランばかり見るあまり、レミリアを見ていなかった。幽香に対してもそうなのだろうか。近くばかりで見えていないことがあるのか。
「答えは教えてやらん。自分で解け」
 レミリアは最後にそう言うと、私を捨て置いて部屋を出て行った。


 レミリアの部屋を後にした私は、また地下のフランの部屋に降りた。ベッド際にもたれて膝を抱えていたフランは、先程と変わらぬ顔で、部屋に入る私を見た。
「ごめん、駄目だった」
「どうせ、そうよね・・・」
 元から期待なんてしてない、と顔に書いてあるし声色にも表れている。
「やっぱりお姉様は、私のことキライなんだ」
 抱きかかえた膝に顔を埋めて、フランは静かに泣き出してしまった。今日はとことん気分が落ち込む日のようだ。こうなると、一頻り泣かせてから寝かしつけるのが良い。眠って目が覚めれば、少しは落ち着きを取り戻すだろう。泣きたいときは思う様泣いた方が良い。
 泣き止むまで背中を擦って、そのまま泣き疲れたフランをベッドに横たえ、寝付くまでずっと傍にいた。寝息が聞こえたら明りを消して、そっと部屋を出る。
(また失敗した・・・)
 レミリアがフランを外に出すのを頑なに拒む理由は、ちょっと考えれば分かったのに、愚鈍な私は無神経にレミリアを掻き乱したばかりか、フランまで傷つけてしまった。レミリアから外出の許しを得られなかったから、フランはレミリアに嫌われていると思って悲しんだ。全部私が悪い。どうにも私は迂闊に過ぎる。二人のことに関しては、私の出る幕は初めから無かったのかもしれない。
 ――それにしても、フランの気を晴らしてはやれないものか。
 自室に戻ってからずっと、そんなことに考えを巡らせていた。一向に良い案の思い浮かばないまま夕方まで無為に過ごし、咲夜に呼ばれて夕食を取りに食卓へ着くと、フランもレミリアも姿は見えなかった。二人とも今日は自室で食べるそうだ。和やかなはずの食卓をぶち壊してしまったのかと思うに気が重くなって、私はあまり箸が進まず、咲夜や美鈴に心配されながら自室に戻ると、後悔と共にベッドに倒れこんで目を瞑り、遣る瀬無い気持ちと共に意識を手放した。










 目覚めはあまり良くないものだった。
 二日酔いほどじゃないけど、鳩尾の辺りに、胸焼けとは違った嫌な感覚が鎮座している。昨日の夜に浴び損ねたシャワーを頭から被っても、活発になっていく体に対して、気分の方は落ち込みっぱなし。心に沈んだ後悔は、そう安々と消えてはくれない。いっそ吐き出してしまえたら良いのに。
 こんな鬱屈した気分のときは、日がな一日布団の中で眠りこけていたくなるが、夏の間は幽香の元に行かねばならない。身支度を済ませ、食欲は無いから朝食を取らずに紅魔館を出た。空は薄曇りで、日が遮られて涼しいのは良いが、ひょっとすると久々に雨が降るかもしれない。
 ひょろひょろとやる気の無い速度でゆっくりと門を飛び越えたところで、挨拶を交わした美鈴が、次いで呼び止めた。
「すみません、ひとつお聞きしたいんですが、昨日お嬢様になにかありませんでした?」
 狙い澄ましたかのような問い掛けに心臓が縮んだ。尋ねられただけなのに咎められている心持になる。あまり聞かれたくない内容なのか、美鈴は耳打ちするような形で話した。
「いえね、前にお嬢様が添い寝しに来るって言ったでしょう? それで昨日の夜に襲撃を受けたんですけど、どうも様子が変なもので。ほら、昨晩は夕食にもお顔をお見せになられなかったじゃないですか。だからなにかあったのかなと思いまして」
 まず間違いなく昨日の一件のせいだ。私はこれ以上話が拗れるのが嫌で、心当たりが無いかと聞く美鈴に知らん振りを決め込んだ。
「どんな風に変だった?」
「う~ん、やけに萎らしいと言うか、大人しいと言うか。とにかく、あんまり元気がないように見えましたね」
 やっぱりレミリアも、精神的に多少は応えていたらしい。今度から言動には注意せねば。
「いやぁ、普段もあれくらいお淑やかだと面倒がなくていいんですけどねぇ、あははは。あ、今のは他言無用ですよ? くれぐれも」
 ばれたら待遇悪くなっちゃうから、と人差し指を立てた。
 美鈴は真面目なんだか好い加減なんだか良く分からない。有事の際に逸早く駆けつけられるように、部屋を使用人棟の出入り口に一番近いところにしていると思ったら、主についての愚痴を零したり正々堂々と居眠りしたりする。おまけに悪びれる様子も無いと来た。
 おちゃらけた雰囲気の美鈴と話していたら、ちょっと笑えて、気分も僅かに軽くなった気がした。先程よりは幾分か溌溂はつらつと地面を蹴って、今度こそヒマワリ畑へ行こうと飛び上がったとき、
「あ、ちょっと待った!」
 また呼び止められた。
 一度詰め所に戻った美鈴は、封筒を片手に戻ってくる。
「忘れてました、これもお願いできますか」
 手にしていたのは幽香宛ての手紙だった。初めに紹介状をしたためてもらってからと言うもの、二人は頻繁に文を交わしている。直接会うことはあまり無いとか言ってた割には親睦の深いようだ。最初と変わらず赤い蝋で封をしたそれを受け取り、鞄に仕舞ってから――ちょい待ち。
 鞄に突っ込みかけた手紙を取り出して見つめた。良いことを思い付いた。
 これ、使えるんじゃないだろうか。文通なら、手紙だけが移動するから外出の必要もないし・・・
「ねぇ、レミリアはまだ美鈴の部屋にいる?」
「たぶんそろそろ起き出す頃合じゃないかと思いますけど」
 そう言えば夜這いを掛けられたんだったか。
「そう、ありがとう美鈴。お手柄よ!」
「はぁ・・・、さいですか」
 脈絡なく褒められて、なんのことだか良く分からない風な顔で頭を掻く美鈴を背に、私は再び紅魔館へ戻った。


「レミリア―――!」
「うわ、なんだ!?」
 勢い良くドアを開け放って美鈴の部屋に入ると、寝起きと思しきレミリアは寝巻きのまま、ベッドで上体を起こして微睡んでいたところだった――例によってベビードール姿で。お子様体型のくせになんとマセた寝巻きだ。
「ノックくらいしろ!」
 そう言って胸元を隠す。あぁ、透け透けな上に肌着無しか、過激ィ~。でも見た感じ、ブラが必要なほど豊かでもなさそうだけど。
「お前なんか今すごく失礼なこと考えてなかったか?」
「ちょっと聞いてほしいことがあるんだけど!」
「お前はまず人の話を聞け!」
 一度部屋を閉め出された後、丁度着替えを持ってきた咲夜が「朝から賑やかですね」と笑って入れ替わりに部屋に入り、十分ほど部屋の外で待たされた。着替え終えたレミリアが咲夜を連れて出てくると、話はレミリアの部屋ですることになって、私は二人の後を着いて行く。
 部屋に着いて少々してから咲夜が朝食を持ってきた。テーブルで朝食を取りながら、ようやっとレミリアに話の続きを催促され、本題に入る。
「で、なんだって?」
「これよ!」
 鞄の中から手紙を取り出して、テーブルに身を乗り出しながらレミリアの眼前に突き付ける。顔を仰け反らせたレミリアは鬱陶しそうに手にとって検めた。
「手紙?」
「あぁ、それは美鈴が幽香に宛てたやつね」
「至極どうでもいい情報をありがとう。それで? この風見幽香宛ての手紙とやらがどうかしたのか」
 レミリアは眉を寄せて怪訝な顔をしている。
 ああもうにぶちんめ。
「そうじゃなくて、フランも文通すればいいのよ!」
 文通なら外に出なくて良い。つまり面倒事も起きない。レミリアの心配も全て杞憂に終わると言うものだ。フランも友達が出来て一石二鳥。完璧過ぎる!
 説明を聞いたレミリアは、取り敢えず納得の態度を示し、私の案は昨日のように一蹴されるようなこともなく受け入れられた。
「まあ、お前にしては悪くない考えだな。ところで、相手は誰なんだ」
「え? 相手って?」
「いやだから、文通の相手だよ。目星は付けているんだろう?」
 ・・・。
 あ。
「お前なぁ・・・」
 頭痛を催したかのように眉間を押さえたレミリアは、これ見よがしに大げさな溜め息を吐いて、やれやれと言った感じに首を振った。流石に反論なんか無いです。
「もう少し頭の中を整理してから来い」
 ちょっとはマシになったと思ったらこれだ、とレミリアの呆れ具合は相当なもので、これ以上は朝食の邪魔だから出て行けとすげなく言われ、私は悄々すごすごと退散した。


「というわけでお願いっ!」
「えぇー」
 紅魔館を出てヒマワリ畑に着いた私は、幽香に手紙を渡した後、リグルに文通の相手を頼んだ。紅魔館の面子では意味が無いし、幽香は既に美鈴と文通している上に、レミリア曰くフランとは合わないらしい。かと言って他に誰か適任が居るかと言われると思いつかない。里の購読者の中には親しく接してくれる人も居るけど、見ず知らずの吸血鬼相手に文通なんて誰もやらないだろう。阿求は忙しい身の上だし、文に至っては論外。あぁ、悲しいかな引き篭もり故に知人友人が少ない。つまり、リグルの選任は消去法なのだ。
「手紙なんて書いたことないしなぁ」
「え、もしかして字ィ書けないとか!?」
「そこまで馬鹿じゃないや!」
 スペルカードが普及している昨今、野良と言えども読み書きの出来ない妖怪は少ない。妖怪に成り立てならまだしも、蟲の妖怪ならそれなりに長く生きているだろうから流石に出来るか。
「書き方なら教えるからさ、ねっ」
「まあ、別にやってあげてもいいけどさー。なんで私なの?」
 ――私に友達が少ないからです。消去法です。
 とか言ったら断られるよなあ。うむむ。
「ほら、あれよ・・・なんかこう・・・そう! 囚われのお姫様を救い出す、白馬の王子様的なイメージで!」
 精一杯頭を捻って、褒め言葉っぽい台詞を吐いてみた。実際、フランは囚われの身と称しても差し支え無い身の上だし。あれ、でもそうすると悪役はレミリアになってしまうか?
 なんてしょうもないことを考えていたら、リグルがむくれ顔で睨んでいる。
「――そりゃあ、女らしくはしてないけどさあ」
(そこ地雷だったか!)
 半ズボン履いてるところと言い、短い髪と言い、男の子っぽい身形みなりだから敢えてそうしているのかと思ってた。最初は男だと勘違いしたし、女だと気付いたのは一人称が「私」だったからだ。まさか白馬の王子様がNGワードだなんて予想だに出来ない。
「一応これでも雌なんだけどねー」
「いや、別に男みたいだとかそう言うんじゃなくって!」
 盛大に墓穴を掘った私は、レミリアの言っていた近視眼的ってのはこう言うことなのかなと思いながら、今度はリグルの機嫌を直すのに四苦八苦するはめになった。


 その後どうにか機嫌を立て直したリグルの、歯に噛んでいるような引きつっているような微笑の写真を撮って、テンプレ感満載の挨拶文みたいな手紙を書かせることに成功した。あとはフランに渡して返事を書かせれば一段落付く。早くフランに渡してやりたいな。文通するのはフランなのに、何故だか私が浮かれている。
 逸る私を天が慮ったか、朝から続いていた曇天は次第に雲の量を増していき、昼を回った辺りまでは堪えていた雲も、八つ時を向かえる頃には遂に泪を落とした。雨粒が頬を打ち、雨が降ってきたかなと思って掌を天に返して様子を窺っていたら、雨足は速く、直ぐさま如雨露で水を撒くが如く強くなった。三人揃って幽香の家に逃げ込むと、外はあっと言う間に本降りに変わっている。
「暫く止みそうにないわね・・・」
 外で作業が出来ない以上、今日の手伝いは終わりだ。元々幽香もヒマワリ畑を中心に手伝わせる気でいたみたいなので、最近はそれほど作業量も多くない。ヒマワリ畑の方はもう手を出す必要も無いし。
 以前も手伝いの最中に雨に降られたことがあって、そのときは新聞の記事を作りながら雨が上がるのを待っていたが、フランのことがあるから今日は早々に帰ることにした。合羽は持っていないからずぶ濡れ必至だ。幽香が傘でも貸そうかと気を利かせてくれたものの、空を飛びながら傘を差しても意味が無いし、風は弱いけど万一壊れたら厄介だから丁重に断った。鞄は防水で、手紙が濡れる心配は無いだろうけど、なるべく雨の当たらぬよう脇に抱え持って飛んで行く。紅魔館に着く前に全身水浸しで、服を着たまま風呂にでも飛び込んだような按配になった。
 帰って一番に顔を合わせた美鈴は、雨の中、傘も無しに帰ったものだから慌てて咲夜を呼びにいき、タオルを手配してくれた。
「まあ良くもここまで濡れましたね」
 咲夜も私の恰好を見て驚いている。吸血鬼のレミリアがこんな風になったことはないんだろう。なったら大変だし。一応、誰と文通するのかレミリアに報せておく必要があると思っていたけど、これは先に風呂に入らないと。
「洗濯物を部屋干ししないといけないのがイヤですわね」
 廊下に水滴を落としながら、雨に愚痴る咲夜に連れられて個室の風呂に入れられた。シャワーだけじゃなく湯船付きのやつで、既に湯が張られている辺り、手際の良い咲夜だ。
「あっつ!」
 なんの警戒もせず湯船に片足を突っ込んだところ、余りに熱いから直ぐに足を出した。湯に浸かるのも随分久々だったからびっくりしつつ、手で湯を掻くと熱さは直ぐに馴染んだ。湯が熱いのでなく、体が冷えていたために熱かっただけで、夏でもあれだけ濡れたら冷えもする。一度湯に体を漬け切ってしまえば、じわじわと熱に蝕まれる感触が中々に気持ち良く、文通のことも暫しの間忘れて、思いの外長湯してしまった。
 風呂から上がって部屋で髪を乾かしてから、レミリアの元へ行く。丁度今くらいの時間だとテラスに居るか出かけていそうなものだが、今日は生憎の雨天だから自室で大人しくしていた。雨が降っているせいか鬱屈とした雰囲気の中に居て、部屋に来た私へ用向きを尋ねる声にも覇気が無い。
「文通の相手が決まった」
「ほう、早かったな。誰だ?」
 写真を渡すと、心なしか目付きが動いた気がした。
 気怠さで降りていた上目蓋は、目利きの審美眼に移り変わり、写真に写った微妙な笑い顔のリグルを見つめている。レミリアは運命を読めるみたいだから、ひょっとするとリグルにどんな運命があるのかを見定めているのかもしれない。
「強そうには見えないな」
 農薬で簡単に撃退出来るとは言え、アレを体験した私には、レミリアの言に易々と賛同はしかねた。開けた空間ならまだしも、紅魔館のような室内だと、猶のことリグルにとって有利な場所なのは身を以って実証している。
「あんまり弱っちくてもフランにやられないか心配だが・・・」
 この前は幽香が強すぎてどうのとか言ってたくせに。こう言う気まぐれさはスカーレット家の血筋なんじゃないのかと疑いたくなる。
「大丈夫だって。私とレミリアだって力の差が違うけど、こうやって普通に話してるじゃん?」
「んむ・・・んー・・・」
 ちょっと詭弁っぽい気もするが、レミリアからは反論が無いので良しとしよう。なにか言いたげにうんうん唸っていたが、やがて出した結論は「まあいいか」だった。
「蟲一匹潰れても別に構いやしない」
 これからフランの友人になるであろう相手に随分な言いようだなあ。兎も角、これでお膳立てが整った。ここから先は正真正銘、フランとリグル次第だ。


 地下に降りると、レミリア同様自室に居たフランは、ひとりでジェンガをしていた。分身を三体作って四人で囲っているから、ひとりなんだけれどひとりでは無いと言う、なんだか名状し難い奇態になっている。「フォーオブアカインド」はこんな風にひとり遊びのために開発されたスペルカードなのかと思うと、俄かに切なさの漂う光景でもある。
「フラン、ちょっと良い?」
「なに?」
 三体がジェンガを続行する中、本体と思しきフランがこちらに寄ってきた。分身の方は操っているんじゃなく自動で好き勝手に動いているのかな? もし操作しているんだとしたら、いつぞや里で見た人形師も顔負けの芸当だ。
「手紙を書こう」
「なんで? 誰に?」
 先程レミリアに見せた写真をフランに渡した。
「これが相手。友達になりたいんだって」
 実際はそうじゃないんだけど、リグルとはそう言う方向で口裏を合わせてある。
「へー・・・えっ』
 写真に向いていた顔が驚愕と共に私へ向き直る。分身の三体も同じ反応を示した。意表を突かれて手元が狂ったか、沈黙の合間にジェンガが倒れて、派手にブロックが飛び散る。
「で、これがフラン宛ての手紙」
 フランは唖然としたまま手紙を読み始め、読んでいる間は終始口を開けっ放しでいた。
 大したことも書いてない手紙を、たっぷりと時間を掛けて読み終えたフランは、生まれて初めてのことにテンパっている。
「うそ、うそっ、どうしよう、どうすれば良い!?」
「手紙を貰ったら返事を書くものよ」
「書き方しらないよ!」
「大丈夫だって、教えるから」
 午前のうちにリグルにしたことを、今度はそっくりそのままフラン相手に繰り返した。すっごい既視感デジャビュ。リグルとの相違点は、読書家なだけあってリグルより字が上手いし語彙も豊富なことと、フランが憚りなく笑って写真に写っている点。写真の上で炸裂する笑顔には、嬉しさが全面に表れていた。
 私も友人に含まれると言ったらそうなのかもしれないけど、どちらかと言うと遊び相手の方が適切な表現だ。美鈴も似たようなものだし、咲夜みたいに従者として上下の関係にあるから、純粋に「友人」と称して違和感の無い相手はこれまで居なかった。だから私同様引き篭もりで友人がほぼ皆無なフランにとって初めての、云わば同格の友達になるかもしれないだけに、フランの興奮も暫く収まらなかった。読書も遊びも手につかない、けどじっとしていられない――そんな状態。食卓でこのことを喜色満面に話して、美鈴たちに「良かったですね」と言われると益々気分を高揚させてはしゃいでいた。寝るときも中々寝付かないからレミリアも一緒に添い寝するなど、落ち着きのないフランを宥めすかすのが大変だった。
 良くも悪くも感情の起伏が著しいと、こう言うときにちょっと手を焼くなと改めて思い、寝静まったフランの向こう側に横たわるレミリアを見ると、あっちも大体同じことを思っているらしく、互いに声は出さず視線だけで草臥れた笑いを交わした。不思議と充足した気分になって、体の疲労に導かれるまま目蓋を落とした。


 その日の夜、久々に夢を見た。
 小さな女の子が私の手を引いて、縁日の露店が並ぶ中を走っていく夢で、全体的に懐かしさを伴うものだった。私の手を引いている、やや髪の長い子供が誰なのかは分からない。いかんせん顔が無いのだ。振り向いたその顔は、まるでのっぺらぼうやマネキンの如く、個性を見出せない面をしていた。
 女の子は立ち止まると、腕を突き出して私になにかを渡したようで、私もそれに応える形でなにかを差し出した。なにを交換したのか、それは曖昧な夢の中ではぼやけ霞んで、判別がつかない。内容としてはそこで終わりの、極短い夢だった。
 暗い地下で、夢の終わりと共に目を覚まして、携帯の時計を見たら朝の六時半よりちょっと前。ぼんやりした頭で夢の内容を反芻して、奇妙な夢を見たなと思った。
 まだ横で寝ている姉妹を起こさないようにベッドを抜け出て、寝癖直しのシャワーを被りながら、どうしてあんな夢を見たのだろうかと考えてみた。祭りなんて誰しも一度は行ったことがあるだろうが(フランみたいなのは別として)、私が最後に祭りに行ったのはかなり昔の話。あれは子供の頃の記憶だったのかもしれない。夢は見る者の記憶を元に作られるわけで、実際、見ているときは結構楽しい気分だったし、非常に懐かしくも感じた。昨日の晩は、はしゃぐフランと一緒に居たから、その気分が伝播したのかも。それで子供の頃の記憶が少しだけ思い起こされたに違いない。
 ひとりで合点した私は、髪を乾かして食堂に行くと朝食を摂った。腹が満たされる頃には、もう夢のことなんてどうでも良くなってしまった。










「なんか、自分で書いた手紙が帰ってきたみたい」
 一通目の返信を受け取ったリグルの一言には苦笑せざるを得なかった。
 簡単な挨拶と自己紹介で構成されているそれは、リグルがフランに宛てたものと内容的には大差無いが、最初だからそんなものだろう。
 リグルとフランの文通が始まってから、ヒマワリ畑で手伝うことが減った私は、むしろ新聞のネタ集めと郵便のために幽香の家へと飛ぶようになった。朝持ってきた手紙をリグルと幽香に渡して、帰るときはそれをフランと美鈴に届ける。日が代わればまたフランと美鈴から手紙を預かって・・・と言った具合に。
 初めこそは積極的でなかったリグルも、回を重ねるに連れて自然と手紙を書くようになり、最近ではフランとの文通を楽しんでいる。野生アウトドアのリグルと箱入りインドアのフランは、正反対の境遇が故に却って相性が良く、日を追うごとに親密さを増していった。宛名をフルネームで書いていたのが、途中で「フランへ」「リグルへ」と呼び捨てに変わったことからもそれは読み取れる。
 リグルの手紙には毎回、なにかしら写真が添付してある。
 話題作りの一助になればと思い、山に戻って一台借りてきたカメラをリグルに渡したのだ。これは成功だった。お陰で文通は途切れることなく続き、フランの好奇心も良く満たされた。
 次第に手紙の書き方が分かってきたフランは、段々と手紙の内容を秘匿し始めた。
 文章とは、書いている途中を見られると無性に恥ずかしさがこみ上げてくるものであり、フランも手紙の遣り取りを通じて初めてその感覚を経験したようだった。「手紙書くからあっち行って」と部屋を追い出されることになったのも、文通を初めて一週間も経っていないくらいからだ。春の号の意趣返しに丁度良い機会だと踏んだ私は、フランが手紙を書く頃合を見計らって覗きに行った。当然ながらフランも見られたくないから隠そうとする。隠されると余計に見たくなるので覗くのに躍起になり、フランも絶対に見せまいと私を妨害する(実際に妨害しているのは私の方なんだけれども)。
 そして悪戯も度を越せば只では済まなくなり――遂にフランは弾幕による抵抗を試みた。
 ひとりで使うには些か広すぎるフランの部屋も、飛び回って戦う分には手狭だ。相手は分身を拵えて四人掛かりなのもあるため、私は部屋を出て戦場を上階へと移した。館内を飛び回りながら四人のフランを相手に弾幕を放ち、囲まれないよう逃げ、時には挟撃を受けつつもカメラで弾幕を消し去って、どうにか分身の一体を被弾させることに成功した。
 ここまでなら、格上の妖怪相手に天晴れ鴉天狗の大奮闘、ってな具合に酒の席での武勇伝にでもなるんだろうけど、他人様の家を舞台にしたのがいけなかった。
 お陰で館内の窓やら花瓶やらは割れ、天井や壁にも傷が大量についたのに、勝負に夢中な私たちは一向頓着する気配も無く破壊を撒き散らした。
 一体倒して「これなら勝てるか!?」と調子に乗っていたところで、咲夜と共に出かけていたレミリアが帰宅。館の惨状を目の当たりにしたレミリア渾身の「スピア・ザ・グングニル」により、私もフランもあっさりピチュって勝負は終了。
 その後レミリアの部屋で正座のまま軽く一時間ほども説教を喰らい、あまつさえ脳天に拳骨まで貰った。吸血鬼の馬鹿力で落とすもんだから、頭蓋が陥没したんじゃないかと思うくらいの衝撃だった。絶対に一センチは身長が縮んだに違いない。一緒になって暴れ回ったフランも今回ばかりは反抗出来ず、喧嘩両成敗で仲良く鉄拳による制裁を受け、罰として夕食抜き、弾幕勝負はレミリアの勝ちで幕を閉じた。これにて一件落着――と思うじゃん普通は? まだ終わらない。
 壊れたものは直さなけりゃいけない。では誰が直すのか。勿論、魔法を使えるパチュリーがやるはめになる。
 春は図書館で暴れたから今回は二回目に当たり、当然ながらパチュリーは激怒した。しかもレミリアみたく大声で怒鳴りつけるのとは違って、じわじわと弱った獲物を甚振るが如く静かに怒るから余計に怖い。そのときパチュリーが発していた魔力の凄まじいことと言ったら、単騎で妖怪の山の勢力を壊滅させられるんじゃないかと本気で恐怖したくらいだ。それほどまでに洒落にならない威圧を間近に受けながらまた説教を一時間追加。ここまで来ると拷問と称しても差し支えない。そんじょそこらの軟な妖怪だったら精神に異常を来して死んでしまうだろう。リグルのアレとはまた方向性の異なる恐ろしさだった。
 パチュリーの説教から解放されて、流石に懲りた私と、魔女の恐ろしさを骨の髄まで味わったフランは、もうパチュリーを怒らせないためにも、お互い筆を執っているときは邪魔をしない旨の平和条約を締結し、紅魔館には平安が訪れた。
「よく考えたら、はたてが部屋を出た時点で追いかける必要なかった」
 今更過ぎるフランの言葉は至極尤もだと思ったけど、けしかけた私が「そうだね」とうべなうのも変だから、曖昧に笑って心の中で同意するに留めておいた。
 そんな馬鹿げた悪巫山戯を挟みつつ、交わした手紙の数は増えていった。


 二週間ほど遣り取りを続けると、二人の間柄にも進捗があった。
 話を持ちかけたのはフランからで、紅魔館に来ないかと誘いを掛けた。自分が出て行けないなら向こうに来てもらえば良いと言う逆転の発想だ。これに関しては私も全く知らされていなくて、手紙を読んだリグルの口から初めてフランの企みを知った。
「好い加減、手紙だけってのも難だしねー」
 手紙の中では親しげに話していたから忘れてたけど、まだお互いに顔を合わせたことが無い。写真で知り合ってから初顔合わせって、丸でお見合いみたいだ。憾むらくはリグルが同性なことか。見た目は及第なんだけどね。
「いつぐらいに来る?」
「んー、日時の指定はなかったから別に今日でもいいけどー」
 じゃあ今日は手紙の代わりにリグルを連れて行こう。
 その後の手伝いは早めに切り上げて、昼を回ってまだ日の高いうちから帰り支度を始めた。ところが、いざ帰る段になってからリグルの姿が見当たらない。まさか先に行っちゃったとか?
「幽香ぁー、リグルどこ行ったか知らない?」
「さっき外に出ていったわよ」
「外に?」
 なにか忘れ物でもしたかな。外に出ると、丁度リグルもこちらに向かって歩いて来るところだった。
「あぁ、いたいた・・・ってなにソレ」
「んー? これ?」
 リグルの右手には、サンドイッチでも詰まっていそうな四角い籠がぶら下がっている。幽香に借りたものだとか。
「はたてさー、前にこの家、蟲だらけにしたことあったじゃない?」
 忘れもしないあの蟲地獄のことか。あーやだやだ、思い出したらまた身震いして鳥肌が立ってきた。鴉なのに鳥肌ってのも変な表現だけど。それは良いとして、その籠とあれにどう関係があるんだろう。
「あのこと、フランに話したでしょ」
「うん、話したけど」
「そのせいで蟲に対するイメージがダダ下がりらしいのよ」
 確かに、あの話をしたときのフランはイヤそうな顔をしていたっけ。蟲は気持ち悪いとか手紙に書かれたりしたのだとすれば、リグルにとって良い気分では無い。
 でもまあ、元々蟲に対するイメージなんて良いものじゃない。普通に生活していれば益虫と関わる場面なんてそうそう無いし、蟲と言う言葉で想起されるのは基本的に害虫だろうさ。蜘蛛みたいに他の蟲を駆除してくれるやつだって不快害虫扱いが関の山だ。
「だから払拭しようと思ってねー」
 その籠には、蟲のイメージを良くするなにかが入っているわけか。果たして、私のトラウマも吹き飛ばしてくれるだろうか。


 紅魔館に着いた私は、フランの居場所を確認すべく、まずは図書館に顔を出した。
 折角だから予告なしにリグルと対面させて驚かしてやる腹積もりだ。小悪魔に聞くと、図書館には居ないとのこと。だとすると部屋か? そっちの偵察は咲夜にやってもらおう。拍手二回で名前を呼べば、ぱっと目の前に現れた。一々探しに行く手間が掛からないから便利な能力だ。
「如何しました」
「フランが部屋に居るか見てきてくれない?」
「?」
「実はね・・・」
 不思議そうな顔をしたから事情を話すと、咲夜は乗り気で私のドッキリ計画に協力してくれると言った。ただ様子を見に行くだけでは不自然だから、少し早めのお八つを持って行こうとは機転が利く咲夜の案。
 フランが自室に居ることを咲夜が確認してから、不意に鉢合わせしないよう外で待機させていたリグルを連れて、フランの部屋へと続く階段を降りた。準備は万端。目の前の扉の奥では、なにも知らないフランが呑気にショートケーキを食べていることだろう。
 二度ノックをする。
「フランー? 入るよ」
「いいよー」
 扉を開けると、思い描いていた通りフランは一脚しかない椅子に腰掛けて、テーブルの上のケーキにフォークを沈み込ませていた。
「おかえり。今日は早かっ・・・」
 言い終わる前に、フランの目は私の後ろから姿を現したリグルを見つけた。大きく見開かれた眼は驚愕によるものであり、そのせいで言葉は最後まで紡がれなかった。差し詰め心中は「なんでここにいるの!?」ってな感じか。ふふ、私にだって覚の真似事くらいできるぞ。
「あれー? なんでそんな驚いてるの。来ても良いって話だったじゃない」
 にやにやと相好を崩したままリグルが聞いた。分かってるくせにイヤらしい。
 鯉の如く口を開けていたフランはやがて、はっと我に返ると、椅子が倒れるくらいに勢い良く立ち上がり、わあわあ慌てながら私たちを追い出した。部屋の外から耳を澄ませば、なにやら騒がしい音が聞こえてくる。
「いきなりどうしたんだろ?」
「お部屋が片付いていなかったんですよ」
 いつの間にか、お八つ二人前――私とリグルの分――をトレイに乗せて、椅子を二脚担いで現れた咲夜が、中から聞こえる音の正体を暴いた。フランの反応にばかり目を遣っていたけど、そう言われてみれば色々と散らかっていた気がする。さっき様子を窺ったときに注意してやれば良いものを、咲夜め、敢えてなにも言わなかったな。
「どうやらドッキリは大成功、ですわね。ふふっ」
 会心の笑みを湛えながら椅子を担ぐその姿は、どこまでも瀟洒な従者だった。


 友達が来たらなにをするか。勿論遊ぶに決まっている。
 三人でのお八つを終えると、なにかして遊ぼうとフランが急き立てて、私もリグルと共に付き合うことになった。
「なにやる?」
「かくれんぼ!」
「またか!」
 遊ぶとなると、フランは必ず真っ先にかくれんぼを選ぶ。室内で体を動かす遊びが限られているとは言え、もっとバリエーションが欲しいところだ。いつも同じのじゃ芸が無い。
「じゃあ色鬼とかどうよー」
「リグル、ここ赤ばっかなんだけど」
 色鬼をやるならもっと分かりやすい原色系の色が良いのだが、紅魔館は外装から天井から壁から床から、フランに至っては服まで赤い。赤しかないと言っても過言では無い。かと言って迂闊に外でやるわけにもいかないし。他に分かりやすい色なんて、茶色指定で机やクローゼットにしがみつくとか、白でベッドに潜り込んでいる画しか思い浮かばない。なにより地味過ぎるから却下。
「トランプとかじゃダメなの?」
「つまんないー!」
 やっぱり動きが無いとフランは満足しないか。好い加減、フォーオブアカインドで一人遊びをするのも飽きが来る。
 フランからは新しい意見は無く、リグルも同じく。ここは私が纏めるしかあるまいて。かくれんぼや鬼ごっこはやり飽きた。ボードゲームやカードゲームの類はフランがNG。それ以外で体を動かせる遊び、かつ紅魔館で出来るものと言うと・・・
「じゃあ、アレでもやるか」
 天狗の子供たちにはお馴染みのやつを。


 私の提案で、遊びはケイドロになった。鬼ごっこの亜種だが、鬼ごっことは一味違う。
 同じ天狗であっても、鴉は白狼を下に見ていることが多いし、白狼にしても軟派で不真面目な連中の多い鴉を嫌い勝ちだから、今はそれほど交友を持つことも少ないが、子供の時分には階級だの上下だのに囚われずに白狼の子とも良く遊んだものだった。それで人数が集まると決まってケイドロに興じた。白狼は山の警備が主な任務だし、鴉だって――今でこそ新聞記者だが――昔は諜報部員だったから、必然的に白が警備隊、黒が泥棒になった。子供の頃から鴉は鴉で、白狼は白狼ぜんとしていたんだなあ。思うにこれが、白狼と鴉の対立における原点になってやしないか? その点、山伏や鼻高は自由だった。
 私とフランにリグルだけだと、少なくてゲームにならない。だから他にも、咲夜に美鈴に小悪魔、そしてレミリアにも出動してもらった。パチュリーは喘息持ちなので直接参加はしないものの、別の面で協力を仰いだ。一同がフランの部屋に会したところで、ルールの説明に入る。
 ルールは簡単。警備隊が泥棒を全員捕まえて牢屋に入れたら警備隊の、泥棒がお宝を自陣に持ち込めれば泥棒の勝ち。時間切れの場合は引き分けにした。
 お互いのチームには識別用にお札を配る。掌に収まる大きさで、警備隊が青を、泥棒が赤を、分かりやすいよう左胸に付ける。パチュリーが簡単な魔法で通信機能をつけたもので、手を当てて魔力妖力の類を送ることで、同じ色の札を持つ味方と通信が出来る。これで連携も取りやすい。
 牢屋もパチュリーの魔法陣を使い、泥棒側が囚われた味方を助けるとき、札を持っている者にタッチされないと味方が解放されない仕組みになっている。勝手に牢屋から脱走するのを防げるし、人間がやるのと違い、空からの襲撃もあって警備隊側が不利なために、泥棒側が勝手に援軍を呼んでも、その人員では宝の奪還や味方の救出を出来なくした。
 それから、能力の使用や、弾幕を張る、ナイフを投げる等の危険行為は禁止。時間を止められたりしたらゲームにならないし、遊びなんだから怪我はしないようにね。
「う~ん、宝はどうしよ。レミリア、なんか適当なのないかな」
「倉庫を探せばあるんじゃないか? 咲夜、適当に見繕ってこい」
「分かりました。これなんて如何でしょう」
 言った傍から時間を止めて探しに行った咲夜の手には、お宝が握られていた。金色に光るゴブレットだ。
「うん、良さそうだな。宝はこれに決まりだ」
 見た目に滅茶苦茶高級そうなんだけど、もしかして純金で出来てるんじゃないのかそれ。下手に扱って落としたら、えらいことになりそう。
 杯の内側には黒い札を貼り付けた。これで札を持っている者以外は動かせない。
「しかし館内で飛び回るには狭くないですか。その、この間の件もありますし」
 美鈴はちらりとこちらに視線を寄越した。この間の件ってのはフランと私の弾幕勝負のことらしい。こっちとしても、また色々壊して拳骨を頂戴するのは勘弁願いたい。今回は弾幕無しだけど花瓶とかは危ないからね。
「そこは大丈夫よ。廊下はいつもより広くしてあるわ」
 そう言われて部屋の外を確認すると、確かに廊下の幅や高さがいつもより増している。咲夜は万事抜かり無し。後は組分けだ。
「全部で七人だから、警備隊が四で泥棒が三ね。どっちやりたい?」
「賊は性に合わん。私は警備隊にする」
 レミリアに付き従う形で咲夜も警備隊側に付き、美鈴も防衛が本業なので同じく。
「私とリグルは泥棒ね!」
「だってさー」
 フランは、多分見張り役でじっとしているのを嫌って、リグルと共に泥棒についた。残るは私と小悪魔。
「どっちにします?」
「じゃ、警備隊で」
 理由は単純。あの純金ゴブレットを破損したらと思うとぞっとしないからだ。それと、私は鴉だから警備隊をやったことが無い。この先、こう言う子供染みた遊びに興じることもそう無いし、一度やってみたい。
「よっし、決まったね。制限時間は四時から七時まで。行動範囲は本館の一階から二階まで。泥棒チームは四時までに自陣を決めておいてね」
 自陣の目印となるパチュリーを連れて、フランたちは先に出て行った。私たちも拠点に向かって階段を上った。


 警備隊側は、一階にある大広間に陣取った。
 普段はパーティを開いたときなどに使う部屋で、四角い部屋の三方に扉が付いており、残る一方は舞台になっている。その壇上のテーブルに宝が置いてあって、舞台の正面を飛び降りたところに牢屋の陣を敷いた。牢屋の捕虜と宝を双方とも背にするため、敵の襲撃を一点に集中させることが出来るから対処しやすい。大広間は本館の一階から二階までぶち抜きだが、二階からは進入出来ない。防衛しやす過ぎても、逆に襲撃しやす過ぎてもバランスが良くないから、ここは打って付けの場所だ。一応はレミリアをリーダーに据えて、開始までの残り十分は作戦を考えるのに使った。
「最低でもひとりは常に見張りを付けておかないといけないな。実動部隊に回せるのは向こうと同じく三人か」
「見張りは定期的に交代でやりましょうか。ずっとここに居るのも退屈ですし、複数で来られると対処し切れませんからね。拠点周辺の見回りも兼ねて」
「そうだな、見張り役も広間周辺を離れすぎない範囲で巡回しよう。敵影があれば直ぐ応援を呼べ」
「相手方の陣地の捜索は如何しましょうか」
「なに、盗られなければ問題ない。のうのうと陣地で待機しているとも思えないしな。それより捕獲が優先だ」
「固まって動いたほうが良いかな? それともバラバラにやる?」
「札の通信で連携は出来る。密集し過ぎない程度に固まって、発見次第連絡を取り合って挟撃に持ち込む作戦で行く。三人のうち二人を相手側のひとりに割いて、その隙に残りの二人で拠点を攻められたら、こちらも手隙のひとりを呼び戻せば見張りと合わせて二対二で対応出来る」
 大まかに行動形式が決まったところで、広間の時計が四時を指した。ほぼ同時に、札からパチュリーの声が開幕を告げた。


 まず私たちは、本館の東側を捜索することにした。
 二階から拠点への襲撃は無いため、一階から順に空いている客室をクリアしていく。いつもより廊下が広いから、一部屋一部屋検めるのも中々大変だ。妖精たちを使用人棟に退避させているのもあって、私たち以外に人っ子ひとり居ない館は無駄に大きく感じる。
 咲夜と美鈴は先行して泥棒側を探している。私は二人より広間に近いところに居て、見張り役のレミリアから応援要請があったときは、すぐさま駆けつけられるようにしている。
『標的を発見、妹様です!』
 虱潰しに近くの部屋を当たっていたら、早速美鈴から通信が入った。
『はたて、お前は一旦戻ってこい。この隙に襲撃があるかも分からん』
「了解!」
 指示通りに急ぎ大広間に戻ると、レミリアと二人で壇上を背にして、リグルと小悪魔が来るのを待ち構えた。
 しかし、この警戒は杞憂に終わる。
『妹様を捕まえました。今から拠点に連行します』
 連絡から少しして、フランを連れた美鈴と咲夜が戻った。フランは特別抗うでも悔しがるでも無く、大人しく牢に入る。
「案外あっさりと捕まったな」
 レミリアが声を掛けるも、フランは反応を示さなかった。外目に粛々と構えていても、表に現さないだけで内面では悔しがっていたりして。
「なんだ、だんまりか。まあいい」
 これで残るはリグルと小悪魔のみ。思ったより早く終わりそうだ。順当に行けば私の出番は無いかもなあ。
 ひとり捕まえたのを機会に、見張りがレミリアから咲夜に変わった。今度は私とレミリアが前に出張って、美鈴は中継ぎに回る。今度は西側を当たった。
 私は一階、レミリアは階段から二階へ上がって二手に分かれて歩き回っているが、いつもより広いせいか、残る二人の姿は中々見えない。それにしても、味方が捕まったのに向こうは攻めてくるのでも無ければ、救出に訪れる気色も無いのが妙だな。これ以上の損害を出さないように慎重になっているのか?
 とは思っても気を抜かずに見回りを続けて、今し方見ていた通路の端を曲がると、ひとつ先の通路に入っていく影を見つけた。丁度曲がったところだったから全貌は見切れなかったものの、その特異な背中は、見紛うはずも無かった。
(あの後ろ姿は・・・)
 感付かれないよう曲がり角まで飛ぶと、顔を半分だけ覗かせてその通路を見た。
 ――そしてその通路には、先程捕まえたはずのフランが居て、私たちと同じく部屋を見回っていた。
(そんな馬鹿な!)
 見張りの咲夜から連絡は無いから、フランが救出されたのでは無いだろう。兎も角皆に知らせないと。フランの姿を視界に納めつつ、胸元の札に手を当てて小声で話した。
「はたてより各員へ。フランがもうひとり居る」
『なにィ!?』
 まずレミリアの驚愕が返ってきた。次いで咲夜からは、牢屋にまだフランが居ることを告げられて、目の前のフランと牢屋のフランが同一でないと知れた――なるほどそう言うことか、盲点だった。
『一体、どうなっているんでしょう』
 美鈴の声にも困惑の色が窺える。他の三人は、フランがひとりのときになにをしているか良く知らないのか、仕掛けに気付いていない。
「スペルカードよ」
『それは反則じゃないか?』
 レミリアの疑問も尤もだろう。そこが盲点なんだ。
「危険行為を禁じただけだから、スペルカードを使うこと自体に違反性はないのよ。弾幕イコール攻撃って思い込んでたけど、フランのフォーオブアカインドは単に分身を作るだけで、攻撃が本質じゃない」
 フランが考えたのかは分からないけど、中々の妙手だ。こちらの動き方も変えなければならなくなった。
『・・・とりあえず、そのフランもとっ捕まえるとするか。場所はどこだ』
「レミリアが使ったほうの階段から一階に降りて左を向いたら、そのまま真っ直ぐ行って三つ目の通路のとこにいる」
『よし、挟み撃ちにするぞ』


 予想外の事態により、一度全員が拠点に集まった。牢屋にはフランが二人収監されている。それが意味するところは即ち、美鈴の言葉の通りだ。
「四対三だと思っていたらその実、四対六だった、ってことですか」
 フランの分身が三体居るため、泥棒側の人員はフランが四人にリグル、小悪魔で計六名になり、そのうち二人が捕まったから、頭数で優勢だと思っていたのが、実際にはやっとイーブンになったのだ。
「厄介なことになったな」
「そうでしょうか」
 頭を悩ますレミリアに意見したのは咲夜。
「札を持っていなければ宝を盗られる心配はありません。あちらの札はあとひとつです。追い詰めたことには変わりありませんわ」
 牢屋で大人しくしているフランの胸元には、どちらにも赤い札が付いている。最初に泥棒側に配った札は三つだから、札持ちの残りひとりを捕まえればこっちの勝ちだ。
「そう簡単にいきますかね」
 そこで更に反論を重ねたのは美鈴。
「札がなければ戦力にならないって単純に考えることは出来ないでしょう。宝を奪うことは無理でも、私たちを妨害することはできます。あるいは囮にするとか」
 殴りかかったりするのは流石に拙いけど、立ちはだかったり纏わり付くくらいならルールには抵触していない。こちらの裏を掻くためにはそうすることも十二分にあり得る、と言うか多分そうしてくる。札を持っている者以外の参加を禁じていなかったのはちょっと迂闊だったかなぁ。札の張替えに関しても規定は無いし。でも、今更こちらの都合でルールを変更することは出来ない。
「下手にこっちから捕まえに行くのは止めたほうがよさそうかも。当たりは四分の一の確率だから、外れを引いたときの防衛力の低下は深刻だよね」
 出払って手薄になったところを突かれたら、同じ数の戦力である以上こちらの分が悪い。しかも、札を持っていない以上は捕まえても牢屋に拘束することが出来ない。こうなると取れる手はひとつだけ。
「・・・迎撃するしかないか」
 決断を下したレミリアは、守勢に転じたことが余程悔しいのか、苦虫を噛んだ。敢えて篭城と言わなかったのは、恐らく意地のためだ。折角初めての警備隊をやっても、結局は引き篭もる運命なんだな、私は・・・


 守備の陣形は、三つの扉にそれぞれひとりずつ対応させる形になった。
 壇の正面に私が、左右は美鈴と咲夜が扉を警戒し、牢屋の前――私の後ろにレミリアが構えている。三つの入り口のうちひとつは、二人掛かりで突入してくるはずだ。レミリアは二人入ってきた扉に加勢する。相手の目指すところがひとつであるなら、まだこちらに多少の分がある。あとは襲撃を待ち構えるのみ、なのだが・・・
「・・・来ない」
 陣形を組んでから十五分くらい経っても、泥棒たちは一向に現れる様子が無い。でもいつ来るか分からないから気が抜けない。じっとしているだけだと、襲撃を待つ緊張感と、いつまでも待たなければならない面倒臭さが妙に交じり合い、どうにも浮き足立って気疲れする。
 そして二十分もすれば、遂に焦れた。誰かと言えば勿論、レミリアが。
「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙遅い! あいつらいつになったら来るんだ! もう一時間は経つぞ!」
「いや、まだだから。まだ三十分も経ってないって」
 帽子の上から頭をぐしゃぐしゃに掻き乱して、苛立ちをそのまま魔力に変えて辺りに放出している。それを私の背後でやるんだからもろに煽りを受ける恰好になった。パチュリーのとも幽香のとも違う、なんとも刺々しく荒々しいオーラ。もどかしいのは分かるんだけど、味方を威圧するのは止めてもらえないかなぁ。咲夜も咲夜で、暇だからってポケットからトランプを出して遊んでるし。真面目に警戒してるのは私と美鈴だけじゃないか?

 ――そんな状況だったから。

 いきなり正面の扉が勢い良く開け放たれて意表を突かれた。
 全員の視線がそこに集中する。
 突っ込んで来たのは小悪魔だった。扉を開けた勢いそのままに、私目掛けて一直線に向かって来る。
(札は・・・!)
 小悪魔は胸元に右手を置いて隠していた。これじゃ札があるか分からない。ならば捕まえて検めるのみ!
 小悪魔はブレること無く、私を見据えたまま突進する。接触する直前で左右か上に躱す算段と見た。だがそうは問屋が卸さない。鴉の目を舐めてもらっては困る。幻想郷でも、速さでは一二を争う種族故に動体視力は他より抜きん出て高く、私だって例外じゃない。
 こちらもその場を動かずに腰を落として両腕を広げると、迎撃体勢に入った。このままぶつかろうかと思うほど接近したとき、小悪魔の体が初めて揺らぐ。
 ――左だ。
 急激に向きを変えた小悪魔に合わせて――否、先回りして――左手を伸ばすと、私の腕を掻い潜ろうとして低い姿勢で走っていた彼女の前襟を掴んだ。背面に回りこむように抱きついて床に押し倒すと、「あうっ」と可愛い悲鳴を上げる小悪魔に覆いかぶさって身動きを封じる。襟を放して、うつ伏せる彼女の左胸の辺りをまさぐると、札の感触は――無い。
 続いて、壇の左右にある扉も同時に開いた。出てくるのはどちらもフラン。
 逸早くそれに反応した美鈴は、床を蹴って自分からフランに近づいた。突撃するはずが逆に突撃されて狼狽えたフランは一瞬、身を固まらせた。動きの鈍ったその一瞬を突いて、美鈴はいとも容易くフランを捕獲する。そちらのフランの胸元には――無い。
 残る最後のフランと対峙している咲夜は、先程まで弄んでいたトランプをフラン目掛けてぶちまけていた。視界を遮られて突進の勢いを殺したフランは、そのまま呆気無く咲夜に両腕を捕らえられた。こっちのフランの胸にも、札は無い。
「こっちは札なし!」「私の方もです!」「こちらもですわ!」
 捕まえた三人全員がダミーだった。つまり札を持っているのはリグルで決まりだ。開け放たれた三つの扉のうち何れかから、リグルは単騎で来る。今手が空いているのはレミリアだけで、一騎打ちになる。私も咲夜も美鈴も、皆それぞれ扉の方に目を向けて、リグルの影が見えようものなら即座に知らせるよう警戒した。
 そこに――
「もらったァ――――!」
 リグルの声が、それも予想もつかない方向――真後ろから聞こえた。
 一度散り散りになった皆の視線が、今度は壇の方へ集まった。
 壇上の更に上。その空中に、どこからか侵入していたリグルが身を躍らせていた。
 着地地点は壇の前に設置された牢屋。床に降り立つと共に、捕らえられている札付きのフランたちの背に両手をあてがった。リグルの胸には無論、赤い札が付いている。札付きの仲間にタッチされたことで、囚われのフラン二人は解放された。状況は振り出しの四対六。こちらが圧倒的に不利だ。
「しまっ・・・!」
 解放されたフランたちは二人掛かりでレミリアに飛びついた。レミリアは堪らず後ろに倒れ込み、無力化される。誰にも追われる心配の無くなったリグルは壇上に飛び上がると、卓上の宝を抱えて舞台袖に消えた――そんなところに通路が!?
「くそ、そこがあったか!」
 レミリアは札付きのフランたちを引っぺがすと、右の扉から廊下へ出て行った。美鈴は逆に左の扉からリグルを追う。咲夜はレミリアを追って行き、私も小悪魔を放すと美鈴の後に続いた。
 廊下に出ると、隣の――とは言っても、空間が拡張されているから随分遠くにある――部屋のドアが開いて、ゴブレットを持ったリグルと札付きのフランが二人出てきた。なるほど、そこは舞台袖に通ずる部屋だったのね。小悪魔とフラン二人を囮にして、唯一札を持っていたリグルは文字通り裏を掻いたのか。でもそこは初めにフランを捕まえた後、交代の際に見回ったときは鍵が掛かっていたはずなんだけど、どうやって入ったんだろう。
 前方の三人も、追いかけてくる私たちの姿に気付き、二人のフランのうちひとりがその場に残ると、リグルともうひとりのフランは、私たちとは反対方向に逃げた。ひとりを足止めにする気か。
『ここから先は通さないわ!』
 前のフランが喋った声が、後ろからも聞こえた。
 後方からは札の無いフランが二人、私と美鈴を追って来ていた。向こうが三でこっちが二。このまま挟撃を受けたら拙い!
 ここでも美鈴の行動は素早かった。前に立ちふさがった札付きのフランへ組み付くと、進路を開けてくれる。
「はたてさん、行ってください!」
 後方の二人は既に近くまで迫っている。追いつかれる前に、私は迷わず美鈴を置いてリグルを追った。
 途中の通路からレミリアが現れ、二手に分かれていた私たちは合流した。だけどレミリアはひとりで、同じ扉から出て行ったはずの咲夜の姿が無い。
「咲夜は!?」
「小悪魔に捕まった! そっちこそ美鈴はどうした!?」
「札付きのフランをひとり足止めしてる!」
 札の数では二対二。しかし泥棒側は前にも後ろにも二人ずつ居て、依然として挟撃の危険が付きまとっている。咲夜が捕まったのは手痛い損失だった。相手の陣地の場所が分からないから先回りも出来ず、ただ後を追うしか無い。
 リグルたちは二階に上がると二手に分かれた。後ろからだと、どちらが宝を持っているか分からない。双方とも札を持っているから、宝を持っている方を逃したら負けてしまう。
「くっそ、どっちだ!」
 慌てるレミリアを尻目に、私はいつに無く冷静にリグルの背中を見つめていた。両方とも見ることは出来ない。ならばどちらか片一方だけを注意深く観察して、宝を持っているか見極める。もしリグルが持っていなかったらフランを追えば良い。
 リグルが角を曲がったとき、その両腕の中に一瞬だけ光った黄金の煌きを、私の目は見逃さなかった。
「こっちだ!」
 レミリアの腕を引くと、急いでリグルの背中を目指した。
 角を曲がった先では、リグルは既にかなり遠くに居た。だけど好都合なことに、その通路は突き当たりまで曲がれるところが無かった。おまけに窓も無い。途中で減速する必要が無いなら、全力で飛べる。久々にやるから大丈夫だろうか。コントロールを失敗しないと良いけど。
「レミリア離れて!」
 私は全身の妖力の大半を掻き集めて足に集中させると、それを一気に後方へ放出し、反動を足の裏で受け止めながら空を蹴った。
 どん、と鈍い音が響く。
 一瞬で加速した私の体を、凄まじい衝撃が襲った。残しておいた妖力で衝撃を軽減させながら、私は砲弾の如くかっ飛んで行く。遠くにあったはずのリグルの背中が、もう眼前まで迫った。
「捕まえたあ―――――――!」
「うわっ!」
 半ば体当たりする形でリグルを後ろから捕まえた。ただ、その後のことを考えていなかった私は、接触した際にバランスを崩し、錐揉み状態になり制御を失った。そのまま墜落すると、速度が乗ったままリグルを巻き込んで床を転げ回る。全身を強打しながらも徐々に減速していき、なんとか止まることが出来た。多少の擦過傷や打撲は出来たけど、骨は折れてない。
「よっしゃあ! ・・・って、あれ?」
「いっつぅ・・・残念ハズレ~」
 リグルの腕に宝は無かった。さっきの衝撃で落としたのかと思ったけど、そうでも無い。確かにリグルが持っているのを見たのに・・・何故だ!?
「捕まえたか!」
「ごめん、こっちハズレ!」
「なんだとぅ!?」
 遅れて追いついたレミリアには怒られた。おっかしいなあ、確かに見たはずなんだけど。見間違えたとしたら、今頃フランは自陣に戻ってしまった頃だろうか。
「お姉さまー! こっちだよー!」
 と思ったら、元来た方からフランが呼んでいる。
 なにをしに戻ったのかと思えば――フランの脇にあるものを見て分かった。
 フランは宝を回収しに来たようだった。
 今居る通路に入って直ぐのところに、花瓶を飾る台があり、そこに置かれている花瓶の影に隠れる形でゴブレットが乗っていた。台自体は紅魔館の廊下の至る場所にある。リグルは角を曲がった際に、宝を花瓶の陰に隠していたのだ。丁度私たちが来た方向からは死角になっていて、リグルを追うことに夢中だったから気付かなかった。私が見間違えたんじゃ無くって良かった・・・いや、良くないか。
 フランはゴブレットを手にして踵を返すと、曲がり角の先に消えた。このまま逃したら負けてしまう。私はフランを追いかけるべく立ち上がろうとした。
「逃さないよ!」
 しかして、リグルがくっ付いて離れないせいで起き上がれない。
 仰向けの状態で羽交い絞めにされ、足は胴体をがっしりと捉えている。体を反転させようとすると、器用に体をずらして邪魔をされる。しかも無理に抜け出そうとすると、強かに打ち付けたばかりの手足がぶつかって非常に痛い。加えて、一度に大量の妖力を放出したことによる倦怠感が、私の動きを更に鈍らせた。
「ああもう!」
 大広間のときと同じように、最後はレミリアが一騎打ちするしか無くなった。単身、フランを追って遠ざかっていくレミリア。しかし結局は、この後もまた大広間のときと同じような展開が待っていた。
 丁度角を曲がろうとしたレミリアの前に、二つの影が現れる。
『お姉さま――!』
「ぉぐあっ」
 すっかり忘れていた。後方からフランが追いかけて来ていたんだった。札無しの、恐らくは分身のフラン二人に出会い頭のラリアット&タックルを受け、もとい抱きつかれて、レミリアは床に引っ繰り返った。
「だあぁぁぁぁ離せえぇっ!」
 力ずくで離そうとしても、今度こそフランたちは頑として剥がれなかった。自力で脱出するのを諦めたレミリアは、左胸に手を当てて救援を求める。
「咲夜、美鈴! どっちか二階に来い! フランを止めろ!」
『あー、お嬢様。申し訳ありませんが、小悪魔が離れそうにないので無理ですわ』
『こっちも妹様の相手で手一杯ですよ!』
 最早万策尽きたか。こっちは誰もフランを追いかけることが出来なくなった。咲夜と美鈴は今の通りだし、レミリアも動けない。私は体が痛いから抵抗したくなくて、大人しく羽交い絞めにされたままでいる。
 成す術無いまま、無情にも胸元の札からパチュリーの声が終幕を告げた。
『ゲーム終了、ゲーム終了。妹様が自陣に宝を持ち込んだので、泥棒側の勝ち』
 勝利の知らせを受けて、抱きついていた二人はレミリアから離れると、「いえーい!」とハイタッチを交わした。
 敗北に打ちひしがれたレミリアは、暫く起き上がれなかった。
 ついでに私も、物理的に打ちひしがれたせいで起き上がりたくなかった。


 日が沈んで夕食の時間になると、今日は懇談会も兼ねてリグルを食卓に加え、いつも以上に賑やかしい晩餐になった。リグルに関することをメインディッシュに据えて、和やかな雰囲気の中で団欒が進行している。
 にも拘らず、席に着いたときから黙々と料理を食べているだけの、空気の読めないやつがひとり居た。
「レミリアもそろそろ機嫌なおしなよ」
「ウルサイ」
 妹にしてやられたのが気に入らないらしく、ゲームが終わってからずっとこの調子だ。見るに見かねて声を掛けてもぶっきらぼうに振り払われるだけなので、レミリアが拗ねたところで誰も相手にせず、皆からほったらかしにされている。それで益々機嫌を損ねるんだから面倒臭い姉だことで。素直なだけフランの方がまだ宥めやすい。
 卓上では、今日のゲームのことに話題が変わった。
「いやしかし、舞台袖の部屋から来られるとは予想外でしたね。あそこって普段はほとんど鍵かけっぱなしで開かずの間みたいになってますからねぇ」
 美鈴は手放しで泥棒側の作戦を褒めている。
 そのことに関しては、警備隊側の面子は全員気になっていて、咲夜も美鈴に同調した。
「鍵を保管している部屋の鍵を持っているのは私だけですから、あの部屋から来られる心配は無いと思っていました」
「どうやって入ったの?」
「鍵を開けて入ったんだよ? ふつーに」
 一旦食事の手を緩めたリグルは、事も無げに言った。
「鍵はどうやって開けたの」
「鍵の在り処は分からなかったから、保管場所を探して、その部屋はフランが鍵を壊して入ったんだ」
 最初に襲撃の気配が無かったのはそれが理由か。そう言やフランもなにかを探して部屋を回っていたっけ。舞台袖の部屋の鍵を手に入れるために、鍵を保管してある部屋の鍵を壊したと。ええい、ややこしい。
「初めから舞台袖の部屋の鍵を壊せば手っ取り早いのに」
「そんなことしたら音で気付かれるかもしれないじゃない。鍵が壊れてたら不審に思われるし」
 それもそうか。リグルも結構考えてるんだな・・・いや待てよ。
「鍵を壊したって言ったけど、能力の使用は禁止だったでしょ」
「うん。だからフランには単純に力ずくで開けてもらった」
 なんと言う脳筋作戦。吸血鬼の膂力があってこそ出来る荒業だ。
 あ、でも鍵を壊したってことは――
「その壊した鍵は、一体誰が直すのかしら?」
 怒ってる。パチュリーが真顔でめっちゃ怒ってる。
 リグルは兎も角として、睨まれたフランは「うっ」と言葉を詰まらせて硬直した。一緒に説教を喰らった身としては、フランの気持ちは痛いほど分かる。そんなフランの様子を見るにつけ、今回は関係無いのに私もちょっと気持ちが縮こまった。
「あー、それに関してはゴメンねー」
 顔を青くしているフランの横で、事情を知らないリグルは軽い口調で一応の謝意を示した。ともすれば好い加減に見えるその反応は火に油なんじゃないかと思ったら、あまり悪びれる様子の無いリグルに毒気を抜かれたか、或いはフランが初めて友達と顔を合わせた記念の日だから大目に見たのか、何れにしろ、パチュリーは「まあいいわ。今回は特別に目を瞑ってあげる」と言って剣呑な雰囲気を引っ込めると、それ以上の追求を避けた。説教の心配が無くなって、フランは胸を撫で下ろしている。
「まあでも、作戦が良かったよね」
「パチェが入れ知恵したんじゃないだろうな」
 私が褒めたところで、ぶーたれていたレミリアもやっとこさ話題に加わった。
「するわけないでしょう。作戦立てたのも指揮を執ったのも全部リグルよ」
 へえ、それは意外。リグルってあんまり頭が良い印象無かったんだけど、見かけによらないものだ。蟲を操る能力があるから指揮官に向いているのかも。皆も一様に感心している。反対にレミリアの頬は余計に膨れていた。
「第一ね、レミィは高が遊びでムキになり過ぎなのよ。ホントお子様なんだから」
 そしてパチュリーが止めを刺して、レミリアの面目は漏れなく全て潰れた。ムキになっていたのは私たちも一緒だから、笑うに笑えない。レミリアは唸り声で喉を鳴らしながら、遣る方無い悔しさをフォークに乗せ、皿の上のハンバーグに深々と突き刺した。


 夕食が終わって。
 そのままお開きになるのかと思ったら、リグルはフランと、ついでに私も誘って地下へ降りた。忘れてたけど、まだリグルが持ってきた籠の中身を拝んでいない。
 フランの部屋についたリグルは、ベッドを部屋の真ん中に移動させた。北の方角を尋ねたリグルの指示に従い、ベッドの上では私とフランが北枕で仰向けに寝転がり、それを確認してからリグルがランタンの火を消す。辺りは真っ暗に。
 なにも見えない闇の中で、フランの七色の羽だけが、幽かに発光してぼんやりと浮かび上がっている。それも、リグルが上から薄手のシーツを被せると見えなくなった。
「それじゃあ始めるよー」
 合図と同時に、暗闇の中にぽつりぽつりと、淡い緑色の光が生まれた。
 無数に増え続ける光の群れは、一心不乱に天井を目指して上っていく。続々と飛んでいくそれらは、天井に引っ付くと、強弱様々に光を発しながらもその場を動かずにじっとしている。
「きれいね」
 フランが呟く。
 パッと見は不規則に並んで見える天井の点の正体は――蛍だ。
 そう言えばリグルは蛍の妖怪だったか。光っているところを見たことが無いから今一実感が薄い。尾を引いて飛ぶ蛍は、蝶のような見目麗しさとはまた違った趣がある。中々乙だなあ。夏は夜と昔の人も言っていたし。ちらちらと線香花火のように明滅することも無く光り続けているのは、たぶんリグルが操っているからだろう。
「さあ、あれはなんでしょう」
「え、どれ?」
 リグルがなにかを指し示したのは気配で伝わったものの、暗闇の中でアレと言われても、なにを指しているのかまでは分からない。蛍雪の功とは言っても、実際に蛍の光で文字を読むのは無理くさいな。
「えっとー・・・二人からだと、真上を見上げてちょっと左」
 言われた通り首を左に傾けてみると・・・。
 天井のそこかしこに、緑色の点が引っ付いている
「蛍が見える」
「これがホタル・・・初めて見るわ・・・」
 フランは初めてか。光っているところは水辺じゃないと見かけないからなあ。紅魔館でお目に掛かることはまず無いだろう。妖怪の山に行けば川もあるから、初夏の夜になると見れることもあったりする。
「そうじゃなくて、ほら、それぞれを結ぶと三角形に見えるのがあるでしょ」
 それと思しき三つの点が、ちかちかと点滅して存在を主張している。
 あれか。
「もうすこし分かりやすくしよう」
 なにをしたのかと思ったら、三つの点の間に点線が浮かび上がった。恐らくは蛍が一直線に並んで微弱に光っているものと思われる。長方形を斜めに切ったようなそれは、ただの三角形以外の何物にも見えない。
「面積を求めればいいの?」
「ちっがーう! あれは夏の大三角だよ」
 ――なんと、蛍狩りだと思っていたら天体観測だった。
 なるほどそう言う趣旨か。闇夜に舞う蛍の光は夜空の星に似ている。
「夏の大三角ってなに?」
「星座みたいなものだよ。あの三つの点がそれぞれ、はくちょう座、わし座、こと座の一部なんだ」
「へえ・・・そんなのがあるのね」
 外に出ないフランは、星座とは無縁らしい。私も人のことを言えた口じゃないけども。
 リグルは夏に見えやすい星座を中心に、ひとつひとつを解説し始めた。どこから仕入れたのか定かで無いが、リグルは星座について博識で、私もフランも終始聞き入った。
 ――こと座とわし座、織姫と夏彦の七夕伝説。
 ――おおぐま座の北斗七星と、いて座の南斗六星が死と生の象徴であること。
 ――外界の神話の英雄。
 星が点線で結ばれて姿を現すと共に、夜空に散りばめられた物語が展開されていく。余計な星が無い分、素人の私にも分別が付きやすくて良い。今や天井には多くの星座が描かれていて、無造作に蜘蛛の巣を破ったらこうなるんじゃないかと思うような有様になっている。
「あそこにあるのがさそり座の心臓アンタレス。ほんとは赤っぽい」
「さそりってなに?」
「そっか、見たことないかー。連れて来ればよかった」
 いや連れて来るな、危ないから。
 星座の中には、イルカやキリンなど、幻想郷では見られない生き物もある。一応は姿を知っているらしいリグルの言葉を頼りに想像してみるけど、中々上手く思い描けない。ふと、私たちも外の世界で、こんな風に間違った姿を想像されていたりするんだろうかと思い、なんだか不思議な気分になった。
 一通り星座に纏わる話が終わると、降って沸いた沈黙を契機に、はくちょう座が羽ばたいた。
 釣られるようにして他の星座もひとつ、またひとつと天井を離れて籠に向かい、全ての星がそこに収まると、仮初の宇宙はリグルの灯したランタンの明りに掻き消され、地下室の無骨な天井が照らし出された。
「きれいだった・・・」
 未だ宇宙に心を漂わせているフランは、そう言って嘆息しながら余韻に浸っている。どうやら、蟲の悪印象を払拭するには十分だったみたいだ。
「私はこっちも綺麗だと思うよ」
 リグルはシーツを少し捲って、フランの羽に垂れ下がる宝石を手に乗せた。自ら光を放つフランのそれを見ていると、蛍の妖怪であるリグルとの巡り合せが、なにか運命みたく思える。触れられてくすぐったいのか褒められてむず痒いのか、フランは照れた顔で身動みじろぐと、シーツを掴んで口元を覆った。さらっと褒めるところがたらしだ。ああ、本当にリグルが男でないのが他人事ながら悔やまれる。あれだけロマンティックな演出のあとでこんな風に言われたら、くらっと来ない女は居ないだろうに。
「そっちの事情はよく知らないけど・・・」
 掌で弄んでいる宝石に視線を落としたまま、リグルが呟いた。
「いつか今度は、本物の夜空で星を見よう。夜風を受けながら、もっと沢山の星を」
 リグルの言葉が耳に届いて、フランは――少しばかり表情を曇らせた、ように見えた。
 ――外に出る。果たして叶うだろうか。
 フランの胸中には、恐らくそんな不安が渦巻いている。
 ついこの間、私の不注意で傷付いた心は、友達との遊びの約束さえ満足に出来ないくらい臆病になっていた。今まで幾度と無く外出をしようとしてはレミリアと衝突し、疲弊した心と、それでも猶、まだ見ぬ世界を望む気持ちとが入り乱れて、フランは容易に返事を返せないでいた。
 ――それでも最後は、希望が勝る。
「いつか、きっとね」
 そう言って体を起こしたフランは、表情に屈託を混じらせつつも、微笑みながら小指を差し出した。リグルの小指がそれを迎え入れる。
 細い指を懸命に絡め合わせて、二人の声が重なった。
『ゆーびきーりげーんまん』


 玄関でフランの見送りを受けたリグルが館を去ると、私も少しだけその後を追った。
 門を潜って紅魔館の敷地を抜けて、空は飛ばずに二人並んで歩きながら話をする。
「星座のこと詳しいじゃん。どこで知ったの」
「あー、あれは幽香のとこにあった本を借りたんだ。覚えるの大変だったよ」
 やけに知識があるから妙だと思ったら、そう言うことか。急拵えの解説でも、ただ見るよりは雰囲気が出ていた。
「私もちょっとは蟲嫌いが直ったかも」
「それはなにより」
 リグルは上を見ながら歩いている。私もその視線を追って夜空を眺めた。
 さっき地下で見たのよりも、ずっと多くの無名の星が光る天蓋の中から、夏の大三角を目印にして、どうにか星座をひとつ見つけた。釣り針のような体の中心に、赤く光るそれは――
「あれがさそり座ね」
「ん、そうみたいだね」
 私の指差す先、天上のさそりの心臓は、本当に赤かった。
「あの赤いのが・・・なんていったっけ」
「えっと・・・ア・・・ア~・・・アなんとか」
 さっきは流暢に話してたくせに、もううろ覚えになっている。早くも剥がれかけている付け焼刃がおかしくって、私は肩を揺らした。蟲の名前なら幾らでも出てくるのに。リグルも、こりゃ明日になったら忘れてるね、と頭を掻いて苦笑いしている。
「よくこんな時期に蛍あつめたね」
 八月まであと何日も無い。それなのに、籠の中には結構な数の蛍が居た。細かいことは知らないけど、蛍と言えば六月から七月が旬だろうに。これも偏に能力故か。
「この子たちはね、不思議と長生きなんだ。もう何年になるかなー」
 蟲がそんなに長生きすることがあるんだな。蝉は地中で何年も過ごすけど、大抵の蟲はそれほど長くは生きない。
「ひょっとして妖怪化してるんじゃない?」
「なるほど・・・そうかも。成虫は食事を取らないのにどうやって生きてるのか疑問だったんだけど、そっか、妖怪になりかけてるのかぁ」
 もしかすると、リグルの妖力に当てられて長生きなのかもしれない。餌では無く、傍に居るリグルの妖力を吸収し、糧にしている。妖怪なら食事を取らずとも生きていくことは出来る。無生物を元に生まれた妖怪は、人型を取るまでは食事をしなかったりするし。
 仲間が増えるといいな、と言ってリグルは籠を両腕に抱えた。本来短命な蟲がリグルのように人型を取れるまでになるには、どれくらいの月日が要るだろう・・・リグルって私より年上だったりして。これでも結構長生きなんだけどな、私も。
「実際に会ってみてどうだった? フランは」
「ん~、そうだなー・・・」
 直ぐに良い答えが返ってくると思ったら、リグルは虚空を見るとも無しに見ながら考えている。その視線の先に、フランの七色の羽を幻視しているのか。
「私は、羽ばたけるのなら飛べばいいと思う。あんな狭いところに居ないで」
 したいようにすればいい――と、リグルは気負い無く言い切った。
 自由だな。野良特有の気儘さ、或いは強さだ。
 それなりに自由奔放に生きている私でも、山の社会での関係に辟易することがある。だからリグルのように、上だの下だのと煩わされること無く生きる姿は、時折眩しく映る。でも自堕落な私には、ひとりで野を生き抜くのは難しいかな。生涯の多くを家族の中で過ごしたフランも、多分リグルのようにひとりで生きていく術を持っていない。フランがこの先どうなるかは分からないけど、私は妖怪の山の、天狗の社会と言う巣から出て行くことは、恐らくありえないだろうな。
「お姉さんの方も言い分はあるだろうし、余所者がどうこう言うことじゃないけどさー」
 考え無しに首を突っ込んだ私に比べ、なんと大人なことか。見かけ同様、中身も子供なんだと思って見縊っていた。これも近視眼のうちだな・・・ああ、恥ずかしい。これからはリグルに対する評価を改めないと。
「今日はありがとね」
「どーいたしまして。こっちも楽しかったよ」
 じゃあまたね、と手を振って飛び上がると、リグルの姿は夜空の星々の中に暗んだ。
 私も踵を返すと、また空を見上げて、星座の姿を探しながら、紅魔館までの帰り道をゆるりと歩いた。










 八月上旬を幾日か過ぎて、いよいよ夏も本番に突入したある日のこと。
 その日は新聞の記事を考えながら幽香の家に居た。ネタは揃っているから、あとはどれをどう配置するか選んで、構図を決めたりしていた。
 机に広げられた写真を見ながら頭を捻っていると、玄関を叩く音がする。珍しくも訪問者だ。幽香は外に居るから、家主の代わりに私が取次ぎに出た。
「あれ、カカシ屋さん?」
「あ、花屋の」
 玄関を開けると、見知った顔があった。
 つい二三日前に夏の二号目を届けたばかりの、里の花屋んとこの長男坊だ。名前はなんだったかな。いつも向こうはカカシ屋さんと呼ぶし、私も向こう方を今の通り「花屋の」と職業で呼んでいるから、ちょっと失念した。花果子旬報創刊号を見て最初に定期購読者になってくれた家だから、新聞の内容的にも、花屋の一家とは取り分け懇意にしている。
 ――いや、と言うか!
「どうしてこんなところに居るの!?」
 紅魔館から直線で飛んでも三十分程度掛かるのに、里から歩きだと距離がある上に、道が途中から無くなっていたりして軽く一時間以上は掛かるはずだ。それを生身の人間ひとりで来るなんて剣呑に過ぎる。おまけに荷車まで持って来てるし。
「どうしてって、仕入に来たんだよ」
 然も当たり前の如く言われたから「ああなるほどね」と納得しかけたが、そもそもに人間がこんなところに来る時点でおかしい。玄関で突っ立ったまま状況を飲み込めずにいると、家の裏手から幽香が戻ってきて、長男坊の姿を認めるや声を掛けた。
「そろそろ来る頃だと思ったわ」
 普通に接してるし。
 長男坊は幽香に誘われるまま家の裏手に車を引いていく。一体どう言うことなのか気になって、私も後に続いた。
 裏庭に着いた二人は、荷車に乗せてあった鉢を下ろすと、庭の一角に咲いている花を鉢に移し替え始めた。そう大した時間も掛からずに荷台は花で一杯になる。それから長男坊がなにやら書かれた紙切れを渡して、幽香は一度家に引っ込み、なにかが入った小さな袋を幾つか持ってきた。受け取って確認を済ませると、長男坊はポケットから巾着を取り出して、十代の子供が扱うにしては多い額の金子きんすを幽香に払った。毎度あり、と言って荷車を引きながら長男坊は帰っていく。一通り終わったみたいだから、見送る幽香に尋ねてみる。
「えっと、なにしてたの?」
「なにって、花と種を卸してたのよ」
 それがどうしたと言った風体には再度驚く他無い。二人の遣り取りを見た感じでは、長男坊が来るのはそれほど特別な出来事でも無さそうだった。
「そうだ、一応里まで送ってあげなさい。道中なにかあるといけないから」
 どうせ暇でしょうと言われると原稿の続きがあったんだけど、幽香が人間相手に心配するなど私が知る限りでは初めてのことだから、二人の関係に興味を引かれて、言われた通りに長男坊を追いかけた。


 直ぐに追いついた背中を呼び止めると、荷車を止めた長男坊は振り向いた。
「カカシ屋さん? なんか用?」
「幽香が送ってけって」
「なんでえ、幽香さんも心配性だなあ。お守りあるから大丈夫だってのに」
 長男坊の首には、確かにお守りが吊るしてあった。妖怪避けの札とか入っているのだろうかと思ったら、幽香から貰ったものらしい。見せてもらった中身はヒマワリの種だった。
「これ持ってれば妖怪に襲われないんだ」
 種からは妖気を感じ取れた。幽香が込めたものに相違無い。これがある限り、長男坊は大妖怪・風見幽香の庇護を受けられ、雑魚はそれを怖れて寄ってこないと言った按配だ。ひとりで来られた理由はこれか。
「さっきはしれっとした顔で居るからびっくりしちゃった。いつから幽香のところに来てるの?」
「いつだっけ、二三年くらい前かな」
 それだとまだ寺子屋を上がったくらいになる。小さい子供が良くこんな辺境まで来られたものだ。なんでそんな気を起こしたのか。少年を突き動かした原動機はなんだろう。
「なんで幽香のところに行き始めたか聞いてもいい?」
「んー・・・、まあカカシ屋さんならいいや」
 暫しの逡巡の後、車を引きながら長男坊は話し始めた。
「昔さ、天狗の新聞であの場所のこと知ったんだ」
 その新聞とやらは間違い無く文々。新聞だろう。里に出回っている天狗の新聞は、私と文のしかない。私のは今年始まったばかりだから、当時はまだ山で念報を書いていた頃だし。
「それでさ、新聞に載ってたのを見て、すっごいキレイだなって思ったんだ」
「幽香が?」
「っ、ちげーよバーカ! 花の方だよ!」
 口ではそう言っても、少年の顔は夏の日差しの下でも分かるくらい上気している。ちょっと鎌かけただけで耳まで真っ赤だ。これは脈アリと見た。でも人間の彼にとって幽香は高嶺の花かな。花屋が花の妖怪を娶る――そんな幻想郷のあり方も良いものだとは思うけど、それが当たり前になるにはまだ早い。通りに人妖入り乱れる里の現状を鑑みるに、少年が大人になった時分には、もしかするかもしれないけど。
「うちは花屋だからさ、昔から花の目利きは教えられてたんだ。初めてあそこのヒマワリ見て、すげー良い花だなって写真でも分かったよ。んで実際に見てみたくなってさ、親に言うと絶対止められるからひとりで里を抜け出したんだ」
 子供ならではの大胆な勇敢さ。初めはお守りも持っていなかっただろうし、大人だったら妖怪を怖れてそんなことは出来ない。尤も蛮勇だから褒められたものでもないが。
「んでめちゃくちゃ迷いながらなんとかたどり着いたんだけど、そんときゃ感動したよ。写真よりもすごかった」
 分かる。私も上空から見たけど、あれは初見だと圧倒される。人がやったら何人掛かりになるか知れないあの花園を、たったひとりで作り上げた幽香は驚嘆に値する。それにしても野良妖怪に襲われなかった長男坊は幸運だった。
「あんまりすごいから夢中になってあの中を走って、そしたらまた迷っちゃって。広いからどこまで行っても外に出れないし、どこもおんなじに見えるから」
 私たちからすれば同じでも、幽香にとってはちゃんと区別されているから凄い。人がそれぞれの人間を識別しているように、幽香もまた植物を一つ一つの個体として接しているから、彼女が迷うことは無い。
「そこで幽香さんに初めて会ったんだ。なにしてるんだって聞かれて、その・・・怖くて泣いちゃったんだよね。迷って不安だったし、怒られたんだって思って」
 聞くだに初日の私と似ていてこっちが恥ずかしくなってくる。しかも醜態振りは私の方が酷いから余計に情け無い。夏場に水も持たずに外へ出る阿呆がどこに居るか――ええ、ここに居ますとも。
「幽香さん、俺が落ち着くまで待ってくれて、なんとか泣き止んで来た理由を言ったら、あのお守りくれて里の近くまで案内してくれた」
 幽香にしてみれば、人間の子供に遭遇したと思ったらいきなり泣かれて、大層狼狽えたことだろう。落ち着くまで待っていたのではなく、どうしたらいいか分からなかっただけに違いない。ともあれ、初見で惚れた少年の心を完全に射止めるには、十分な体験だったと言うことだ。
「そのあとも何回かヒマワリ畑に行ったんだけど、そしたら親にバレちゃった」
 むしろ最初でバレなかったことの方が驚きだ。それで良いのか、里の警備体制。
「すっげー怒られて、幽香さんとこ行くのは危ないからって禁止されたんだけど、どうしてもまた行きたかったから色々考えたんだよ。幽香さんの花の良さを分かってもらえれば、きっと幽香さんは噂されてるみたいな人じゃないって分かってもらえると思って、有り金全部持って幽香さんの花を買いに行ってさ。生まれて初めて土下座したよ俺」
 一途に恋する者は誰だってめくらになる。彼の純情に心打たれたからこそ、幽香も大切な花を売り物にしたんだろうか。嗚呼、浪漫。やばい、恋なんて生まれてこの方したことがないから、こんなガキんちょに恋愛遍歴で負けてるぞ、私。
「そしたら花を売ってくれて、それ親父に見せたら直ぐ気に入って、てのひら返してもっとないのかって詰め寄ってきたんだぜ。幽香さんの花は見栄えも良いし長持ちするから評判良いんだ」
 お陰で荷台はとっても賑やか。多少時期を外しても問題無く花を咲かせ続ける幽香の花は、商品としてこれ以上の物は無い。
「カカシ屋さんには感謝しないとね」
「私?」
「うん。評判は良いんだけど、幽香さんのとこから仕入れたって知ったら、里の人たちは気味悪がって買ってくれないんだよ。でも新聞に幽香さんのことが載って、それ見た人たちが幽香さんの花はないかって言ってくれたから」
 撮影協力者の幽香とリグルのことは、新聞にも確りクレジットしてある。のみならず、ちょっとしたプロフィールも乗せておいたから、それが役に立った。私の新聞が幽香の印象を少なからず改善したのは僥倖だ。なんか良いことした気分。
「だから・・・ありがとう」
 ――まさか、ね。
 天狗の新聞なんて、所詮は退屈凌ぎのゴシップ誌に過ぎない。それがこうして人助けみたく働いてくれることになるなんて。先代の評判が散々だっただけに、感慨も一入ひとしおに強い。あ、やば、ちょっと泣きそうかも。
 その後の道中は何事も無く、里へ着くと去り際にまた礼を言われて、なんだかむず痒くなってしまった。こう言う真面目な雰囲気って性に合わない。お返しに「恋が実ると良いねー!」と囃し立ててから飛び去ると、「うっせえ馬鹿―――!」と大音声が私の背中を押した。


 その日は、昨今のうちでは久々に、日が暮れるまで幽香の家に居た。
 途中、手紙の受け渡しだけしに来たリグルは、その場でフランからの手紙を読むと、手早く返信を書いて直ぐに帰った。もう随分と手馴れたものだ。私も普段ならそろそろ帰る頃合だが、今日は夕食も幽香の家で取ることにした。お願いしたら、あら珍しい、と幽香は承諾してくれた。昼間に長男坊の話を聞いていたら、ちょっと尋ねたいことが出来たのだ。
 流石に只でご馳走になるのも悪い気がするから、私も料理の手伝いをする。と言っても料理の腕はからっきしなので、幽香の指示に従って動いただけ。包丁を使って野菜の皮をむいたのは初めてだったから苦戦を強いられたけど、幸いなことに指はどれも無傷なままで済んだ。おっかなびっくり包丁を握る私には、幽香も呆れ果てていた。仕方無いじゃない、幽香の家にはピーラーが無いんだもの・・・
 出来上がったのは、色とりどりのパプリカが鮮やかな炒飯に、私が切ったせいで個々の大きさがばらばらの、見た目が大変宜しくないサラダ(胃に入ってしまえば同じだ!)、それからカボチャとトウモロコシの冷製ポタージュ。飲み物は白のワイン。これもまた幽香農園のお手製なのだ。
 食膳が整って、私が最初に切り出した話題は、花屋の長男坊のことだった。
「まさか幽香が人間の、しかも子供と付き合いがあるなんてね」
「なによ、おかしい?」
「いやあ、意外だなって。人間と仲良くしてるところを想像したことってなかったから」
「じゃあ誰の隣なら不自然ないのよ」
 そう聞かれると、直ぐには思い浮かばないな。適当に思い浮かんだ顔から並べてみるか。
 レミリアの場合は、何故だか不仲な印象。文だと完全にただの取材だな、これは。リグルは良いとして、他には・・・誰を並べてもしっくり来る顔があんまり無い気がする。自分で言うのも難だけど、私が隣に居ても、傍から見ると妙に思えるんじゃないか。いや、文と同じく取材の光景に見えるだろうか。
「幽香の友達って誰が居る?」
 自分としては本当に、ただ何気無く聞いたつもりだったのに、幽香は急に物憂げな顔を貼り付けると、食事の手を止めてしまった。
「・・・友達、ねぇ・・・」
 そう呟いたきり、幽香からの返答は無く、それどころか完全に黙り込んでしまった。あれ? なんか、聞いてはいけないことを聞いてしまったような・・・。どうしよう、空気が重い――まさか。
「ああ! そうそう、美鈴がいたよねっ!」
「美鈴は・・・友達なのかしら?」
(やっぱりか!)
 幽香は、他人との付き合いが少ないところを多少なりとも気にしているらしかった。目に見えて気分も落ち込んでいるみたいだし。付き合いの少なさも共通点だな、とか一瞬思ったけど、そんなことよりも幽香の周りに漂う、どんよりとした雰囲気をどうにかせねば。
「よく手紙の遣り取りしてるじゃん」
「でも、それほど会う機会はないのよね・・・」
 フォローしようとして逆にどんどん深みに嵌っていく感触。これは拙い。リグルのときみたいに、適当に喋ると却って墓穴を掘ることになりそうだから、さっさと本題を切り出してしまおう。
「美鈴と知り合ったのっていつなの?」
 若干の紆余曲折はあったが、私が聞きたかったのは、美鈴と幽香が知り合った経緯について。今でこそ、こうして一緒に食事をしたりしているけれど、ここに来る前は美鈴が幽香と知り合いだったことが信じられなかった。
 何故そんなことを聞きたいかと言えば、花屋の長男坊の話を聞いて、なんとなくレミリアの言っていたこと――フランと私で幽香の態度が違うと言う話の、その答えがありそうな気がしたからだ。
「ああ、それはね・・・」
 そして私の期待通り、テンションが三割ほど下がったままの幽香の語りによって答えを得ることが出来た。それはちょっと考えれば分かることで、近すぎるが故に、私の近視眼を以ってしても捉えることが叶わないものだった。

 幽香に曰く、紅魔館で開かれたパーティに気紛れで出席したことに端を発する。
 その日のパーティは昼間に催された。暇を持て余した幽香は、なにとは無しに出てみたは良いものの、料理が美味いだけで特に面白いわけでも無く、直ぐに飽きが来てしまい、さっさと紅魔館を抜け出そうとした。ところが、紅魔館が見た目以上に広いせいで少し迷った。案内を聞こうにも、妖精メイドの大半はパーティの給仕や料理のため館内には残っていない。仕方無く適当に出口を探してうろついていると、どうにか館内を出るには出られた。ただ、そこは紅魔館の玄関口では無く、反対側の中庭だったのだ。
 ――その中庭で、二人の邂逅は成された。
 より厳密に言うなら、正門で一度会ってはいた。来賓を迎えるのも門番の役目。パーティに出席したものは皆、一度は美鈴と顔を合わせることになる。幽香も当然、門を潜る際に美鈴と会っているのだが、そのときは別段興味を惹かれなかった。
 幽香が美鈴に関心を持ったのは、美鈴が中庭の管理を任されているところにあった。
 美鈴は出迎えの仕事が一段落付き、パーティの合間の時間に水遣りをしていたところだった。丁度花も盛りの頃合だったため、中庭は見頃を迎えており、幽香としては無論、その光景に惹かれないはずが無い。自分と同じく花を愛でる者がそこに居る――ならば話しかけてみたくもなるのは必然。出口を尋ねるのも忘れて、幽香は中庭の植物について色々と指南した。美鈴の世話によって手入れの行き届いているあの裏庭も、幽香の目からすると粗があるらしい。同じ園芸趣味の仲間がこれまで居なかっただけに――美鈴の場合は趣味でなく仕事としてやっているのかもしれないが――兎も角、植物について語れることが幽香には楽しかったのだとか。
 爾来、季節の節目節目に紅魔館へ赴いては、種を分けたり中庭の管理を手伝ったりして、今日まで関係が続いている――

 と、これが幽香の語った、美鈴との出会いのあらましだ。
 つまりは、幽香が花屋の長男坊や美鈴と交流を持つのも、私がこうして一緒の食卓を囲っていられるのも、全ては「花への愛」に起因する。花屋は勿論、美鈴だって伊達に土いじりをしているわけでは無いし、春の号以来、私も花への関心が高くなっている。花を愛する心こそ、幽香が他者を容認する上での金科玉条なのだ。
 確かにレミリアの言ったとおり、フランでは幽香と関係を持つのはまだ難しい。子供は無邪気で、故に残酷でもある。意味も無く道端の蟲を踏み潰したり、蛙に爆竹を食わせたりと、そんなことを平然とやらかす。フランもそれと同質の幼さを持っていて、例えば路傍に咲く可憐な花を見つけたとしたら、迷うこと無く摘み取ってしまうだろう。花を愛でる幽香にとって、安易に摘み取ることは忌避すべき行いであり、下手を打てば敵意さえ生みかねない。だから、幽香が他人に花を売ると言うのは並大抵のことでは無い。花屋の長男坊は、それだけ入れ込まれていることになる。もしかすると、幽香は長男坊の好意を知っていて、そのために少年を殊更目に掛けているのやもしれない。
 幽香とフランが合わない理由が、あまりに当たり前過ぎて却って気付かなかった。フランはヒマワリ畑を見たがっていたし、いつか外を出歩けるようになったときに備えて、そこら辺のことを教えておこう。そうすれば、幽香だって悪いようにはしないさ。
 しかし、幽香は随分と思い悩んでいたけど、話を聞くにつけ、美鈴については普通に友達と言って良いんじゃないのか。順で見るなら花屋の長男坊より美鈴との関係の方が早いんだし、敢えて躊躇う理由も無いように思う。
 私は思ったことをそのまま口にした。それを聞いた幽香は、逆に私へ質問を投げかけた。
「じゃあ、はたての友達って誰よ」
 そう聞かれると、返事に窮さざるを得ない。
 紅魔館の面子は友達とは言い難いし。具体的にどんな関係かと考えると、居候が一番適切か。そもそも面識のある相手が少ないのに、友達であると言う条件まで付けられると、頭の中に浮かぶ顔は、二つくらいしか無かった。ひとつは阿求であり、もうひとつは――
「ん~・・・あ・・・文、かな・・・」
 そう答えた瞬間――顔面が熱くなるのが分かった。
 顔だけじゃない、体全体が急激に逆上せて、薄く汗が噴き出してきた。心臓も大きく跳ね上がって、口から飛び出さんばかりに――
(ちょっと待てこれは、うわ、うぅわ!)
 肘をテーブルに付き、右手を包むようにして両手を組んだところに額を当てると、視線を落として視界に幽香の顔が入らないようにした。
 ――はずい。
 非常にはずい。
 友達の線引きを明確にするのが、これほどまでに恥ずかしくなることだったなんて!
 今し方の幽香も同じ気持ちで、私の質問を受けたのか。なんてことを聞いていたんだ私は。当の本人に面と向かって言わないだけまだマシだろうけど、それでも凄まじい破壊力だ。
「どう? 少しは私の心情も察して頂けたかしら?」
「・・・痛感した」
 幽香の視線に射抜かれるのが怖くて顔を上げられない。友達であることを意識すればするほど、余計に恥ずかしくって身悶えた。阿求はそうでもないのに、文となるとどうにも駄目だ。自分の無神経な質問をそのまま鸚鵡返しにされると中々応えるぞ、これは。おまけに自業自得で救いようが無いと来た。
 これ以上どつぼに嵌っていても埒が明かないから、この話題はこれっきりにして、顔の赤さを誤魔化すべくワインを呷ってから、私は新聞の内容に関する話に代えた。幽香も私のせいで似たような心持になっていたので、意地悪く追撃を放つことはしなかった。


「ただいまぁ~」
「っ、酒くさ! げほっ」
 夕食で勢い余って酒を呷り過ぎて、へろへろになりながら紅魔館まで帰ってきたら、宵はもう九時辺りまで更けていた。千鳥足で図書館まで降りると、鞄を床に放り出して、紫色の後ろ姿にしな垂れかかる。酔いが回り過ぎてもう歩けそうに無い。私の口から発せられた酒気に咽ぶパチュリーが、私の顔を目一杯押して遠ざけた。
「なんでこんなにへべれけなのよ」
「うぅ・・・ちょっとね」
 肩を借りて椅子に座ると、パチュリーの手配で小悪魔が水を持ってきてくれて、それを飲み干してから机に頭を預けた。普通に座っているのもしんどい。目蓋も開けにくくて、若干の眠気により意識がぼう、としている。
 私が大人しくなると、パチュリーはまたぞろ本に顔を近づけて、他の一切を眼中から排した。二十四時間三百六十五日、つまりは一年の間中、地下図書館に来ると大抵は見られる光景。たまに実験をする時だって材料は小悪魔に集めさせているから、紅魔館の外に出ている姿は極めて稀だ。引き篭もりの度合いは重症であり、私を遥かに凌ぐ。だから多分友達居ないんだろうなー、とか侮った。それで気軽に「パチュリーは友達居る?」と酒に任せて絡んでしまった。
「居るわよ、勿論」
「え」
 パチュリーは本を凝視したまま、小声で、しかしはっきりと即答した。てっきり居ないものだと思い込んでいた私は、想定外の答えに一瞬だけ酔いが醒めた。パチュリーも同穴に住まう身の上だと思っていたら、その実、全く別の穴倉に居たことの動揺が、取って返した酩酊に掻き回されて、頭の中に渦巻いている。
「だ、だれよ?」
 狼狽を隠しきれないままに質問を重ねると、パチュリーは視線を本から外して私に合わせ、平静な面持ちを崩すこと無く言った。
「レミィに決まっているでしょう」
 その瞳には、如何なる表情も表れてはいなかった。
 極めて自然体で、気負いや臆面の微塵も見当たらない。レミリアを友と断ずることが、パチュリーにとっては普通なのだろう。
「よくそんな恥ずかしいこと、さらっと言えるね・・・」
「恥ずかしい? なにが?」
 小声の呟きに、心底不思議そうな顔して聞き返されると、もうなにも言えない。
 きっとレミリアに聞いても、パチュリーが友である、と直ぐに答えるに違いない。二人なら恐らくは、面と向かってでも堂々と言い合えるのだろう。普段は窺い知れない深い信頼関係を見せ付けられて、羨ましく思うと同時に、しょうもない理由で悪酔いしている自分が、とても下らなく感じた。
「どうせ、わたしは恥ずかしいやつですよーぅ・・・」
「?」
 遣る瀬無くなった私は、両腕を枕にして狸寝入りを決め込んだ。成立していない会話を、パチュリーは酔っ払いの戯言と判断したらしく、「暫く休んでなさい」と言って、再び活字の中に没頭した。


 軽く一時間ほど図書館でうつらうつらと舟を漕げば、大体酒も抜けて、立ち上がっても平衡感覚が崩れることは無くなった。自室に戻って鞄を置き去りにしてから、今日の分の手紙を渡すべくフランの部屋に行く。
「入るよー」
 ・・・・・・。
 返事が無い。
 普通なら「いいよー」と返事が返ってくるのに、今日はノックして声を掛けても反応が無い。寝てるか居ないかどっちかな、と想像しつつ部屋のドアを開けると、部屋の中の雰囲気がいつもとは異なっていた。
 部屋の明りが無いから、初めは居ないのかと思った。よくよく目を凝らすと、手元のランタンの明りが僅かにベッドまで届いて、そこにフランと思しき影を照らしている。じゃあ寝ているのかと思えば、それもちょっと違った。フランはベッドの上で、横になるのでは無く膝を抱えていた。
「どうしたの、フラン」
 呼びかけても応えない。
 肩に手を掛けて軽く揺すると、ぴくりと体が反応して、ゆっくりと顔を上げた。
「ぅ・・・・・・」
 腫れぼったい目蓋の隙間から、枯れた瞳が覗く。泣き腫らしたとき独特の錆びれた表情は、明らかに不貞寝した跡だった。視線が合うと、大粒の涙が溢れる。
 ――また、なにかあったのか。
 泣きついてきたフランの背中を擦って落ち着かせると、嗚咽で途切れ途切れになりながらも、どうにかことの仔細を聞くことが出来た。
 早い話が、私の居ない間に姉妹喧嘩をやらかしたらしい。
 天体観測の日以来、何度かリグルと一緒に過ごす時間の中で、フランの渇望――外への想いは一層強くなった。館内で出来ることなど、屋外に比べれば高が知れる。いつも紅魔館でしか会えないことに焦れたフランは、レミリアに直接、外出の許しを請いに行った。そこに来てレミリアは毎度同じくあしらうものだから、フランは激情を露わにし、有りっ丈の罵声を浴びせかけてから、こうして地下でめそめそした挙句に寝落ちしかけた次第だった。
「どうしよう・・・あんなこと言って、また嫌われちゃうわ・・・」
 根は良い子なんだけどなあ。この話は前にとちったから、私としては二の足を踏んでしまう。でも放っておきたくは無い。レミリアとフラン、どっちの味方になるかと聞かれれば、私はフランの側に付く。言い方は悪いけど、咲夜も美鈴も、同情こそすれども温情は掛けない。レミリアの手下だからそれで間違ってはいないんだけど、それじゃフランが寂しいじゃない。
「一回も外に出してもらったこと無いの?」
「・・・一回だけ、えっと、博麗神社? の宴会に連れてってくれたこと・・・ある」
 それはレミリアなりに精一杯妥協したんだろうけど、それ切りじゃ生殺しも良いとこだ。フランはレミリアの姿勢が軟化したと思ったろうし。宴会に行くのが良いなら、またどこかで開けば、レミリアも許可を下ろすのだろうか・・・
 ――先に外堀を埋めてしまうのはどうだろう。
 突如、そんな閃きが脳裏を掠めた。フランの外出について考えるうちに、ある物を思い出した――私の自室で紙の手提げ袋に入れたまま存在を忘れかけていた物を。使いどきはもう直だったと記憶しているが、今から間に合うだろうか・・・明日にでも頼んでみよう。私は拍手を二度打って、咲夜を召喚した。
「なんでしょう」
「巻尺持ってない?」
「巻尺ですか? 少々お待ちを」
 少々どころか一瞬も待たないうちに、咲夜の手には巻尺が握られていた。それを受け取ると、ベッド際に立たせたフランの腰に巻きつけて採寸する。
「なにしてるの?」
「ちょっとね」
 怪訝なフランを余所に、腕や足の長さも測って手帳に寸法を記録する。
 次は咲夜の分も。
「はい、後ろ向いて」
「え、私もですか?」
 困惑しつつも、言う通り背中を見せた咲夜の腰に巻尺をあてがった。一通り測り終えて手帳に記すと、今度はパチュリーのサイズを測るべく、今一度図書館へ向かった。










 姉妹喧嘩から一週間後。
 私は一枚の紙切れを片手に、テラスで黄昏を肴に寛ぐレミリアを訪ねた。時刻は六時半を回って、八月も半ばになると、このくらいから景色が暗くなってくる。私の呼び掛けでこちらを向いたレミリアの顔も、その半分ほどは夕日に照らされ、もう半分は影に呑まれていた。
「これ行こうよ」
 手にしていた紙切れ――里で出回っていたチラシを手渡した。それには、夏祭りの開催日時の告知が書かれている。
「もうそんな時期か・・・ってこれ、今日じゃないか」
 祭りは八時から里で始まる。行くなら早めに仕度をしないと出遅れてしまう。
「行くのは構わんが、うちは洋館だ。浴衣なんてないぞ」
「それについては大丈夫。フラン! こっち来て」
 廊下の方へ声を投げると、はーい、と元気良く返事が投げ寄越された。館内の影からテラスに躍り出たフランは、しかし、いつもとは異なる装いで居た。
「っ、これは・・・!」
 レミリアの顔に動揺が走る。
 無理も無い。フランは私が調達した――赤地に白い点描画で薔薇を象った浴衣を纏っている。勿論、祭りのために拵えた衣装だ。
 おまけに仕込みが功を奏した。
 先週の一件があってから今の今まで、フランは一言もレミリアと口を利かなかったのだ。敢えてレミリアには冷たく当たるように仕向けたために、レミリアはフランに嫌われているのだと思っていたはず。ところが今、目の前には笑顔満開のフランがめかしている。その態度のギャップでレミリアを陥落させる寸法だ。
「どう、お姉さま。似合う?」
「あ、あぁ・・・」
 レミリアの思考は置いてけぼりを喰っている。フラフラと泳ぐ目線は、フランの顔から上半身までを行ったり来たり、生返事を搾り出した口は開けっぱなしのまま。完璧に釘付け状態だ。作戦が良い具合に効いている。
 毎度毎度正面から突っ込んで行っては、喧嘩別れみたくなるから良くないのであって、こんな風に別の方向からアプローチすれば、レミリアも強硬な態度を少しは緩和しやすいのではと思い、今日まで祭りの話は伏せていた。
「ね~お姉さまぁ、私も行っちゃ・・・ダメ?」
 フランは下から覗き込むようにして、上目遣いで聞いた――ヤバい可愛さだ。他人の私だってぐっと来るんだから、シスコンなレミリアには一溜りも無いだろう。なんだかんだ言っても妹思いの姉・・・と言うよりは、娘離れ出来ない頑固親父の方が合っているかな?
「ぐ、ぬうぅ・・・・・・」 
 許すべきか、許さざるべきか――天使と悪魔がせめぎ合うレミリアの脳内の、その拮抗が歯軋りとなって聞こえてくる。牙を剥き、眦を吊り上げて、丸で威嚇しているみたいな顔でフランを睨んでいる、ように見える。
 これだけお膳を整えて、それでもかぶりを振ろうものなら、向こう何十年かは、本当にフランは口を利かなくなるやもしれない。私もそれを承知で二択を迫っている。我ながら卑怯千万甚だしい作戦だけど、今回はレミリアの味方にはなってあげない。
 長らく返事が返せないでいたレミリアだったが、フランが更に顔を寄せて、鼻を鳴らした猫撫で声で「ねぇお姉さま」ともう一度鳴くと、遂に拮抗は崩れ去る。
「分かった! 連れていけばいいんだろ!?」
 レミリアは威嚇した顔をこちらに向けて音を上げた。
「やったぁ!」
 フランは嬉しさの余り飛び跳ねている。それとは対照的に、レミリアは恨めしげな目で私を睨みつけた。お生憎様こちとら元諜報部員、搦め手を突くのは鴉の常套なのだ。


 レミリアの許しが下りた後、皆を呼んで着付けを手伝った。
 洋館住まいでは和服を着る機会も無く、私以外に着物の着付けを出来る者が居なかったのだ。久々だったから初めはもたついたけど、やっているうちに体が思い出して、然して手間取ること無く順番に着付けを済ましていく。
 浴衣はフランだけで無く、他の面子の分も頼んでおいた。今日に間に合わせるため、呉服屋には多めに金を握らせたこともあって、春の号で蓄えた懐具合は既に素寒貧。当然ながら「えあこん」の予約も取り消しに。極楽快適な我が家は、夏の号の売上で賄うとしよう。
 最後の最後まで外出を面倒臭がっていたパチュリーの着付けを小悪魔と協力して終えると、最後に私とレミリアが残った。先に着付けを済ませた咲夜たちは部屋の外で待機している。
「コノヒキョウモノメ」
「はいはい、謗りたいならあとで幾らでも聞いてあげるから」
 テーブルに肘と悪態をついていたレミリアの腕を引いて立たせたら、洋服を脱がせて、浴衣を羽織らせ、腰に帯を締めていく。レミリアのサイズは咲夜にこっそり測って貰ったから、大きさも確り合っている。
「ん・・・紫陽花か」
 レミリアの浴衣は、黒地を埋め尽くす紫陽花。濃淡の緩急を付けた紫色の花の下を、水色に染めた葉が支えている。レミリアの髪も水色なので、似合うかなと思った。
「ふん、『あなたは冷たい』とでも言いたいのか」
 それは――紫陽花の花言葉だ。
 レミリアにしては花に詳しいなと思ったら、紫陽花は既に夏の号で扱っていた。その際に花言葉も一緒に書いたから、多分そこで知ったんだろう。いつも新刊を渡したときは興味無さそうな顔付きで頁を捲っているけど、実際はちゃんと見てくれているんだな。ちょっと嬉しくなった返礼として、機嫌を損ねたレミリアには良いことを教えてあげよう。
「紫陽花にはね、『辛抱強い愛情』って花言葉もあるんだよ」
 そう耳打ちすると、レミリアは首を捻って、疑わしげな目で私を見返った。
「・・・そんなのあったか?」
「ちゃんと書いといたよ」
 そうだったかな、と言いながら正面に向き直るレミリア。背後から顔色を窺い知ることは出来ないが、その耳朶は赤く色づいていた。
 レミリアの着付けを終え、私も自分の浴衣を身に着ける。
 帯を締めて、皺やヨレが無いか確認すると、髪を後ろでひとつに結って、そこに赤玉の髪挿かんざしを刺した。春に大掃除をした際に押入れから出てきたもので、大分埃を被っていたから古いものなんだろうけど、いつ買ったのか今一憶えが無い。赤は趣味じゃないし、誰かから貰った物かも。見たところ安物だけど、一応綺麗にしてとっておいたので、祭りだから着けていくことにした。作法は知らないから付け方は適当だけど。
「おまたせ」
 部屋を出て、待っていた皆と一緒に人里を目指す。祭りを前にして、私もフランのように浮ついた気分になっていた。


 七人揃って里に着くと、開催時刻を少し過ぎていて、屋台には既に明りが灯り、祭りらしい雰囲気が通りから漂っていた。行き交う人々の中には妖怪の姿もあり、私たちが居ることに不自然さは無い。妖怪が団体で行ったら流石に浮くかと懸念していたけど、これなら杞憂に終わりそうだ。
「早く行こ!」
「まあまあ慌てない」
 急かすフランを抑えつつ、私は待ち人の姿を探して雑踏の中に視線を泳がせた。現地で合流する予定の面子が居る。暫し見渡していると、然程時間を要することも無く、先に到着していたらしきその人影を見つけた。おーい、と呼んで遠くから手を振ると、向こうもこちらに気付いて駆け寄ってくる。
「やあ久しぶり」
「リグル!」
 蜻蛉柄の浴衣を着て、綿飴を片手に駆けて来た小柄なシルエットは、リグルのものだった。フランを連れてくるならと思って私が呼んでおいたのだが、手に持っているそれを見るに若干待たせたか。祭りの空気に浮き足立つその姿は、浴衣と相まって、触角以外は里の子供たちと変わらない。
「それなあに?」
「綿飴だよ、おいしいんだ。あっちにあるから行こう」
 リグルはフランの腕を取ると、「こら待て!」と言うレミリアの制止も聞かずに、屋台を目指してまた人込みに消えた。
「あいつめ勝手に!」
「いいじゃん祭りなんだから。楽しまないと」
 そう諭すと、険しい顔でリグルたちの消えた先を見ていたレミリアは、やがてゆっくりと息を吸って大仰に吐き出して気を沈めると、ええいもうどうにでもなってしまえ、と喚いて漸く吹っ切れた。
「咲夜、行くぞ! 手始めに金魚掬いの屋台を潰す!」
 なにやら物騒なことをのたまいながら、レミリアは咲夜を連れて金魚掬いの屋台を探しに行った。それを契機に小悪魔も、未だ面倒臭がるパチュリーを引き摺って通りに入る。残されたのは私と美鈴の二人。
「それじゃあ、私たちも一緒に行きますか?」
 余り者同士でくっ付こうとする美鈴に、しかして私は断った。あら残念フラれちゃった、と頭を掻く彼女の厚意には悪いが、美鈴にはもう先約が入っている。
「それじゃ私となんていかが?」
 仕方無くひとり歩き出そうとした美鈴の背を、背後から引き止める声があった。
 とうに聞き及んだその声色に、美鈴は意外そうな顔と共に振り返ると、そこには――
 ――ヒマワリの意匠を施した浴衣を纏う、幽香の姿があった。
 こちらも普段のシャツ姿とは打って変わった出で立ちで居る。ちなみに、リグルと幽香の浴衣も私が一緒に頼んでおいた。懐は涼しくなる一方だ・・・
「幽香さん。来てたんですか」
 近くまで歩み寄った幽香の浴衣姿に、美鈴は無遠慮に好奇の眼差しを向けている。
 常日頃、和装とは馴染みの無い者がこうして浴衣なんか着ていると、不思議に、平生とはかけ離れた雰囲気を纏っているかの如く映る。フランはより可愛らしく、そして幽香は、悪辣な噂の印象がすっかり削げ落ちて、彼女本来の清楚な美しさが強く薫っている。
「やあね、そんなジロジロみちゃ」
 幽香は両腕を胸の前に交差させて、その身を半分ほど翻らせ、流し目を送っておどけた。恥らう花のなんと可憐なことか。
「これは失礼。良く似合ってますよ」
 見惚れていたのか美鈴は、ハっと我に返るや幽香の姿形を褒めた。それに気を良くした幽香は、美鈴の腕を取って引くと、祭りの喧騒へと積極的に足を進めた。
「あっと、すみませんが、お先に失礼しますね」
「うん、またあとで」
 睦まじく寄り添う二人の後姿を見送っていると、幽香は首だけ振り返って、片目を瞑ってみせた。こちらも軽く手を振ってそれに答える。
 二人が見えなくなると、私は周囲に目を向けた。
 ――はてさて、私の待ち人は来るかな。
 最後に残った私は、お目当ての彼女を見つけようと、周りを見回した。ざっと見て、この辺りにはいなさそうだった。もしかすると、もう通りを歩いているのかもと思い、私も人の流れに乗って屋台を見て回った。
 しかして中々見つからないうちに、気が付くと反対側まで抜けてしまった。どうやらすっぽかされたらしい。来る確率の方が低いだろうとは思っていたけど、少し残念だな。しかし、ひとりになってしまったか。どうしようかな・・・
 落胆して下を向いていると、落とした目線の先に下駄を履いた足が立ち止まった。誰だと思って頭を上げると――
「や、はたてさん」
 そこには阿求が、前に一緒に買った浴衣を着て居た。こちらも普段よりか可愛らしく見え・・・たりはしてないかも。阿求は普段着が和服だからなあ。でも柄は違うから、活発な雰囲気が出て、多少なりとも子供らしくはなっている。阿求は年の割に老成なところがあるんだよね、落ち着いていると言うか。もし今度、紅魔館でパーティでも開くときがあったら、招待してドレスでも着せてみようかな。
「ちょうどいいところに。一緒に行かない? 友達誘ったんだけど来ないみたいだから」
「私でよろしければ、ぜひ!」
 祭りをひとりで回るのは寂しいからね。幸いにも道連れを得た私もようやっと、電灯に惹かれる羽虫の如く、祭りの明りを目指して足を踏み出した。


 阿求と共に通りに入ったは良いが、祭りなんて幼少以来だから、どこから回ればいいのか見当も付かない。取り敢えず、手慰みになにか買うことにした。
「なにがいっかな・・・」
 食い物の屋台も充実している。杏飴、林檎飴、フランクフルト、焼き鳥、焼きそば、かき氷、お好み焼き、etc。改めて見ると「焼き」が多いな。色々と目移りはすれど、初めに食べるんだから日常的に食べられそうなのは避けていたら、結局はリグルと同じ綿飴に落ち着いた。
 阿求共々口元をべたべたにしながら次なる屋台を探していると、人だかりの出来ているところがあった。遠目から見えるのは、「金魚すくい」と書かれた屋台の文字。
 ――いやな予感がする。さっきレミリアはどこに行くと言っていたか。
 人だかりの隙間を掻い潜って屋台の前に出ると、案の定、レミリアが店を潰しに掛かっていた。ただし、非物理的な手法で。
 レミリアの傍らには、金魚が目一杯入った透明なビニールの袋が沢山置かれており、その横でレミリアは黙々と、生簀の金魚を掬い上げていた。時々、破れたポイを新しいのに持ち替えながら、手に持っている器がいっぱいになると、それを付き従う咲夜に渡して、咲夜は受け取った金魚を水の入った袋に移して口を縛っている。生簀に泳ぐ金魚の数は大分疎らになっていた。
「なにやってんの・・・」
「ん? はたてか。言ったろう、店を潰すと」
 余程集中しているらしく、答えながらもその目は金魚を追っている。荒事にはなっていないと分かって安堵しつつも、同時に呆れ果てた。潰すってそう言うことか!
「しかしまあ、どこでこんな技術を憶えたのやら」
「技術なんぞ必要ない。私の能力を以ってすれば、金魚ごときの動きを読むなど容易い」
「か、かっこいい!」
 何故か感銘を受けている阿求と、それを聞いて、ふふん、と得意になっているレミリア。
 いやまあ確かに、すごいことはすごいんだけど、やってることがショボ過ぎて全然恰好良くない。むしろ悲しいくらい滑稽に見える。本人の言う通り、実際に技術は無いんだろう。レミリアの足元には二十本近く破れたポイが捨てられているし、予備もまだまだ数がある。要するに自分の能力と財力に物を言わせているのだ。しかも妹を取られた腹癒せに八つ当たられているだけなのだから、店主にはお気の毒様、と同情せずにはいられない。
 金魚の数が減るにつれ掬いづらくなり、頻繁に場所を移動しながらも、そう大して時間を費やすことも無く、レミリアは最後の一匹を掬い上げた。群がっている観衆からは拍手喝采が湧き起こり、それを背に受けるレミリアは渾身のドヤ顔を決めている。実に清々しくも腹立たしい顔だった。対照に店主の方は、文句を言おうにも強力な妖怪相手に尻込みして、どうすることも出来ずに顔を青くしている。これじゃ商売上がったりだ。
「さて、取ったはいいが、些か多いな」
 些かどころの騒ぎじゃないだろコレ。何百匹居るんだ? ざっと見て千匹は下らなさそうに見える。
「欲しかったらくれてやるが」
 やっぱり考え無しに取っていたのか。処分に困るならやらなけりゃ良いものを・・・
「まあ、二三匹なら」
「じゃあ私は一袋もらいますね」
 なんでこんなノリノリなの、この阿求。
 余りは欲しいやつに配ろうかとレミリアが言い出したが、流石に店主が哀れ過ぎるので、レミリアと阿求が一袋ずつ、私は四匹だけ貰って、あとは生簀にキャッチ&リリース。使わなかったポイの分だけ余計に金は払っていたし、良い客寄せのパフォーマンスにもなったから、結果的にレミリアは店主に感謝されていた。増すところ上機嫌なレミリアは、増すところ調子付いて、次はどこを潰そうか、と意気揚々に更なる犠牲者を求め、咲夜を連れてどこか別の屋台を探した。
「いやあ、すごいものが見れましたね」
「うん・・・すごかったね・・・ハァ」
 何故か精神的に疲れてしまったんだけど、阿求は楽しんでいるようなので下手に水を差すのは控えておく。
 金魚を貰ったは良いけど、自分で取ったんじゃないから、私もなにかやって遊びたいな。
 そう思って歩いていたところで、丁度良く射的の店があった。
「お、あれやろっか」
 さっき見回った限りでは射的屋は二軒あるようで、こっちの射的はコルク銃で撃ち落した物をそのまま貰えるタイプのやつだった。もう一軒の方は、矢鱈に連射の利く玩具銃を使い、制限時間内に撃ち落した的の数に応じて景品が貰えるタイプで、驚くことに、そちらの屋台の店主は河童だった。一昔前なら考えられない。そのうち、山の祭りに人間が出店を構えるようになったりするかも。
 店主に百円を渡して、弾を十発と空気銃を渡される。棚には小物やら菓子の類が並べられていた(一部例外を除いて)。可愛い小物でも取ってストラップにしてやろう。ハンドルを引いてから銃口に弾を込め、腕を出来るだけ伸ばして的を狙う。引き金を引くと、不安定な姿勢故に銃口は定まらず、初弾は何れの品も倒すこと無く景品の背後に流れた。立て続けに五発撃って、漸くひとつ当てることに成功する。そのまま残り五発も撃ちつくして、当たったのは三個だけだった。しっかし下手いな、私。弾幕は得意じゃないんだよね。未だ撃たずにいる阿求は、私の腕を笑い飛ばした。
「あっはは、下手ですね」
 こうも堂々と笑われると、それはそれで腹立たしい。
「なにおぅ? それじゃお手前、しかと拝見させてもらおうじゃない」
 笑いを引っ込めると、阿求も弾を込めて、真剣な面持ちで射撃体勢に入った。私のように腕を伸ばすのではなく、銃の後ろを肩に当て、左腕は肘を付いて前の部分を支えている。良くは知らないけど、なんか本格的な構えっぽい。
 引き金を引くと、第一射は弧を描いて空を撃つ。阿求は最小限の動作で次弾を込め直し、再び構えて撃った。すると見事、的のど真ん中を射抜いて、景品は背後へと落ちる。それを皮切りに、阿求は外連味無き動作で次々と的を落としていき、最初の一発以外は全て命中させてしまった。
「・・・わぉ」
「ま、ざっとこんなもんです」
 阿求は余裕綽々の体で銃口に息を吹きかけた。もう百円渡して十発撃ち、それも全て的中させたため、店主から貰った紙袋には結構大量に景品が――と言うかお菓子が入っている。どや顔寸前のすまし顔で胸を張っているが、レミリアと違って技術があるからすごい。
「もしかして、前世はマタギ?」
「いやいや、前世は八代目ですから」
 そりゃそうか。あんまり唐突にすごいものを見せられて、素で呆けてしまった。
 負けたようで少しばかり悔しいから、私もワンコイン払って再度弾を込めた。今度は阿求を見習って、見様見真似で肩付けして構えを取る。
「はたてさーん」
「うい?」
 何発か撃っていると、小悪魔がパチュリーの手を引いてこっちに来た。大分色んなところに連れまわされたのだろう、パチュリーは草臥れた顔をしている。
「小悪魔もやりにきたの?」
「はい、今日は全屋台制覇を目標にしていますから!」
「もう帰りたい・・・」
 心なしか、げっそりとやつれて見えるパチュリーが呟き、しかし小悪魔は聞こえていないのか無視しているのか分からないが、弱音を垂れるパチュリーに構うこと無く店主に百円を渡している。
「ん、あのぬいぐるみ可愛いですね。あれとれないかなあ」
「え」
 小悪魔が指した指の先には、高さ五十センチ程度のパンダのぬいぐるみが鎮座していた。あれは無理だ。無理だからこそやってみようと思わせて無駄弾を撃たせるために置いてある、正真正銘の客寄せパンダだ。
 意気揚々に狙いを付ける小悪魔だったが、手始めに撃った三発の弾は、何れも命中はしたものの、予想の通りぬいぐるみはびくともしなかった。
「まあ、流石に無理だよね」
「く、まだまだ!」
 小悪魔は意地でも落とす気でいる。諦め悪く何度も撃って命中させてはいるが、残念ながらどれも通用せず、あっと言う間に残弾は一発になってしまった。非力なコルク銃では、あの重量は落とせない。
「うーん、やっぱり無理なんでしょうか・・・」
 さっきまでの威勢はどこへやら、今やすっかり意気消沈気味の小悪魔が、最後の弾を手に取った時、
「貸しなさい」
 動かない大図書館、パチュリー・ノーレッジが動いた。
 小悪魔の手から銃と弾を取り上げると、なにやら小声で呟きながら、ハンドルを引いて空気を圧搾し、弾を銃口に詰める。
「ねえ店主、あれも落とせばもらえるのよね」
「もちろんだとも。落とせればの話だがねぇ」
 屋台の中で背もたれの無い簡素な椅子に座っている店主は、やや挑発的な物言いで答えた。自信たっぷりなその発言は、言外に無理だと言っている。それだけ確認すると、パチュリーは銃を構えた。阿求と同じく肩当てを使って安定させているが、肘は両腕とも台に乗せて上体を預けきっている。魔法使いが銃を構えている画は、なんとも似つかわしくないものだった。
 照準が定まったらしいパチュリーの指がゆっくりと動いて、じわりと引き金を絞った。
 ――途端、凄まじい破裂音が響いた。
 雷でも落ちたみたいな音と共に、常人では目にも留まらぬ速さで銃口から飛び出したコルク弾は、狙い過たずぬいぐるみを捉え、顔面を陥没させながら弾き飛ばし、猶も勢いを殺さぬまま屋台の後ろに垂れ下がる覆いを貫通、更にはその背後にあった建物の窓硝子かなにかを割ったらしく、ガシャンと剣呑な音がした。
 一方のパチュリーは反動を抑えきれず、銃を手放して背中から倒れた。背面を強か打ちつけると、一拍遅れて、宙を舞っていた銃が地面に落ちる。
「いったあ・・・」
「パチュリー様、大丈夫ですか!?」
「腰を打ったわ・・・」
 痛みに顔を顰めるパチュリーを小悪魔が支え起こして、浴衣に付いた土を払った。
 二人以外には、動く者は誰も居ない。私も、阿求も、店主も、通りすがりの人妖たちも、皆一様に魂消た顔でパチュリーの方を見ている。特に店主は、椅子から転げ落ちて腰を抜かしていた。
「・・・今なにした?」
「ちょっと魔法で威力を増しただけよ」
 コルク銃に殺傷力を持たせるのが「ちょっと」なのか・・・魔女の感性恐るべし。農薬のときもそうだけど、パチュリーは匙加減が大雑把過ぎるんだ。だから製薬が苦手なんだろうな。
「さて、落としたらもらえるんでしょう?」
「へ、へいっ!」
 放心していた店主はパチュリーの一言で我に返り、パンダのぬいぐるみを手渡した。言質は取っていたし、第一あんなものを見せられて拒否出来るわけが無い。パチュリーはそれを小悪魔へと寄越す。ぬいぐるみの眉間は少し凹んでいた。
「頂いてもいいんですか?」
「そのために取ったんじゃないの」
「ああ・・・ありがとうございます!」
 歓喜に打ち震える小悪魔を見て、パチュリーはほんの僅かに微笑んだ。いつも司書として怠り無く働いている小悪魔への労いの積もりかな。そう言うことはあまり直接言葉で伝えない性質だから。表立っては嫌だ面倒だと言いながらもちゃんと祭りに付き合っているし、仲の良い主従だことで。
 和やかな気分に浸っていると、ふと、外野が騒がしいことに気付いた。
 遠巻きにこちらを見ている人たちは、ひそひそと話し合っている。その不審そうな顔を見るに、今置かれている状況を思い出した。あれだけ危なっかしい音がしたのだ、周囲の人たちは、祭りの中でなにか良からぬことが起こっているのではと心配しているようだった。
「ちょっとマズい雰囲気になっちゃいましたね」
「うん・・・」
 状況を把握した阿求も、屈託を露わにしている。当のパチュリーたちだけは、未だ呑気なままでお互いニコニコしていた。
「パチュリー、小悪魔。一旦場所を移そう」
 そう言うと怪訝な顔をした二人も、周囲の視線を感じ取って、概ね状況を理解してくれたので、腰を痛めたパチュリーは小悪魔が抱えて、私たちは路地裏へと逃げた。


 路地に入ると、民家の軒下に置いてある長椅子に小悪魔が腰掛けて、膝を枕にパチュリーが横になった。結構強く打ち付けたらしく、二人はここで少し休むことにした。家の明りは点いておらず、人の気配も無い。多分祭りで出払っているのだろう。ちょっとお借りしますよ。
 パチュリーたちを残して、私と阿求は通りに戻った。
 通りはすっかり元の活気を取り戻し、先程の不穏な空気はどこかへ吹き飛んでいた。良くも悪くも、里の人間は安穏で能天気な気がする。妖怪ながら、平和呆けし過ぎてやしないかと心配してしまう程度には。
「大丈夫そうかな? 大事にならないといいけど」
「一応、あとで自警団の方に事情を話しておきましょう」
「助かるわ」
 あの場に阿求が居てくれて良かった。折角の祭りなんだから、面倒や厄介事は控えなければ。後々変な誤解を受けても困るし。まったく、フランは大人しく祭りを楽しんでいると言うのに、私たちが問題を起こしてちゃ面目丸潰れだ。レミリアもパチュリーも少しは自重しろ!
 そろそろ良い具合に腹が減ったので、遊びは切り上げて食道楽を決め込んだ。
 時間的には夕食を取るにしても少々遅いくらいなので、焼きそば焼き鳥お好み焼き・・・と、焼き物を中心に手当たり次第に食い物屋台を回る。勿論、食後のデザートとして甘い物もたらふく食い漁った。
 食べ歩きの途中、フランとリグルが擦れ違う。
 二人とも、人間の子供たち数名の中に紛れて、屋台で買ったらしき仮面を頭に着けながら通りを駆け回っていた。早くも仲良くなったみたいだ。きゃあきゃあと可愛げのある奇声を上げて後方の人込みに紛れたその後姿を見ていたら、長い年月を掛けて蓄積した記憶に埋没していた古い郷愁が、俄かに蘇ってきた。
(私もあんな頃があったなぁ・・・)
 丁度背格好もあの子供たちと同じくらいだったか。私の前にはいつも馴染の子が居て、その子に手を引かれながら、ああやって気分の高揚に任せて祭りの中を走った。前を行くその子の、髪を結わいた後頭部に見える赤玉の髪挿かんざしが、はっきり鮮やかに思い出された。
 ――ああ、そうだった。
 今私が刺しているのは、以前夢に見た女の子――幼馴染に貰ったやつだ。やっぱりあの夢は私の実体験らしい。
 道理で私の趣味じゃないわけだ。幼馴染なんて居たなあ。昔はなにかにつけて一緒に遊んでいた気がする。もう顔も名前も碌に覚えてはいないけど、今頃はどうしているだろう。もしかしたら、知らないうちに山で擦れ違ったりしているかもしれないな。尤も、向こうにしても私のことなんか忘れてるか。
 子供の頃の記憶と共に感傷に浸っていると、さらに懐かしさを膨れさせる音が鼓膜を揺らした。
 音のする方――通りの端の方から祭囃子と踊り手の一団が現れたのだ。
 ひゃらりひゃらりと鳴る笛に合わせて、大小の太鼓が小気味良く拍子を打ち、四助よすけがそれを掻き立てて、楽隊の後方には男女の踊り手が一糸乱れぬ動きで踊っている。近づいてくるに連れて、大太鼓の音がダンダンと腹に響いてきた。間近で感じるこの感覚は、やっぱり祭りの醍醐味だ。
 行列が進んで最後尾が見えると、そこでは里の人間や妖怪が入り混じって、踊り手に続いていた。老いも若きも性別も、種族でさえ関係無しに、皆陽気で楽しげに掛け声を発しながら踊っている。
 良く見ると、行列の中には既に美鈴と幽香の姿もあった。こっちも仲良くやっているみたいで良かった。美鈴が微妙に太極拳染みた踊り方をしているのがなんだか面白い。
「私たちも踊りましょう」
「え、でも私、やりかた知らないんだけど」
「こういうのは型なんて気にせず適当にやればいいんです。さあさあ、見ているだけだと損しちゃいますよ」
 阿求に押される形で、私も行列に加わった。
 手荷物を帯に挟んで諸手を空けると、それを頭の上に持ってきて、あとは回りの動きを見様見真似すれば、不恰好ながらなんとか形にはなった。
「やっとさーやっとさー!」
 前方の本隊が掛け声を上げると、後ろに付いている一般の参加客も、それに続いて音頭を取る。私も阿求も目一杯、それこそ大太鼓の野太い拍子に負けないくらい声を張り上げた。
 後ろを見てみると、ちゃんとレミリアやリグルたちも混じって踊っていた。
 パチュリーと小悪魔だけは姿が見えず、踊りながら視線を周りに走らせて探してみたら、二人は行列の外からこっちを見ている。腰を打ったのもあるし、パチュリーは運動が苦手だからしょうがないか。行列に加われなくて残念そうにしているのかと思いきや、パチュリーの隣に立つ小悪魔は、射的で落としたぬいぐるみを大事そうに抱えながら、ニコニコと笑っていた。その顔からは、祭りの空気を楽しんでいることがありありと伝わってくる。
(そうだ、私も楽しまないと)
 里では年に一度のハレの日。見渡す限り、誰も彼もが祭りの雰囲気に呑まれ、今日と言う日を謳歌している。私も今ばかりは、人だの妖だのと細かいことは一切合財忘れ去って、祭りを楽しむことに没頭した。
 祭囃子の行列は、長い長い大通りの反対に至るまで、のろりのろりと牛歩が如く進んでいった。










「ふぅ~、あっついあっつい」
「こんなに体を動かしたのは久しぶりですよ」
 踊りが終わると、すっかり汗だくになって体が火照ってしまった。
 袖を捲った阿求は、いつも腰に佩いている扇子を開いて、胸元を引っ張って隙間を空けると、強く扇いで風を送り込んだ。私は帯に吊っていた金魚のビニール袋を額に乗せて、ひんやり冷たい感触を味わう。
「あ、それいいですね」
 阿求も真似して、大量の金魚を頭に乗せた。
 通りのあちこちに置かれた長椅子に腰掛けて辺りを見れば、再び人妖交えてごった返す光景は、先程より幾らか熱を帯びていた。単に暑いだけじゃない。皆の高揚した気分が、通り全体の雰囲気を加熱させている。
「あとなんかあったっけ」
「最後は花火を打ち上げて終わりですね」
 八時から始まった祭りはもう終盤に差し掛かって、今は十時を過ぎている。あっと言う間に二時間も経っていたのに今更気付いた。愉快で楽しいほど、時間はせっかちになるものだ。
「ラムネでも飲みますか」
「そだね」
 中々熱が冷めてくれないから、椅子から立ち上がって二人で飲み物屋台を目指した。一本ずつ買って、飲みながら歩いていると、「本当は――」と阿求が聞いてくる。
「誰と来る予定だったんですか」
「ああ、それはね――」
 質問に答えようとして、阿求に寄った視線を前に戻すと、前を向く私の目に見慣れた顔が飛び込んできた。
「――――あ」
「おや、噂をすれば」
 文が、居た。
 もう来ないものだと思ってた。呆気に取られて、自ずから足が止まる。
 丁度皆の浴衣を頼むのと同時に、一週間前、文にも誘いの手紙を出しておいた。ちゃんと指定した通りに浴衣を着ている。真顔と不機嫌顔の間くらいの表情のまま、じっと私たちを見つめて通りの中に突っ立っているのを見て、果し合いでもやらかすつもりなのかと言いたくなった。心なしか、私ではなく阿求を睨みつけているようにも見える。来てくれたのは嬉しいけど、祭りなんだし、もうちょっと楽しそうな顔してほしい。
「それじゃあ後はお二人で」
「え? あ、ちょっと、」
 引き止める間も無く、阿求はそそくさと逃げてしまった。
 向き直って文の方は、三メートルばかり距離を開けてぼっ立ちのまま動かない。
 ・・・おかしい。ついさっきまで私は、熱気の中で踊りながら祭りを堪能していたはずなのに、いつの間にやらこの場にそぐわない雰囲気で友人と対峙している。
(・・・どーしよ、この状況)
 文は自発的に動く気配が無いし、私がどうにかしないことには、状況は始まってくれそうにない。取り敢えず、近づいて挨拶からしてみることにした。
「久しぶり」
「・・・・・・」
 なんか言え。面と向かって黙られても困る。
 このままだと埒が明かなさそうだし、向かい合ったまま通りに突っ立っているのも変だと思って、一先ず文の腕を取った。
「もうすぐ花火らしいから、上行こう」
 飛び立つと、文はなにも言わずに大人しく付いてきた。


 私たちは、通りから少し離れた民家の屋根に腰を下ろした。
 先程まで私たちの居た喧騒が遠くに聞こえる。周囲にある家屋の屋根には他にも、花火を良く見ようとする人間や妖怪たちの影がちらほらと見受けられた。考えることは大体同じらしい。
 隣り合って座ってからも、文は思い詰めたような顔のまま動こうとはしなかった。ここまで来ると、文がなにを思っているのかちょっと分からない。
「来てくれてありがと」
「・・・私が誘っても来ないくせに」
 文は横目で私を睨む。
 やっと口を開いたと思ったら、第一声が憎まれ口とは。とは思っても、以前は碌に取り合ってもらえなかったから、こうしてまともに話が出来るのは純粋に喜ばしい。
「でも、そっちだって避けてたじゃん。なんでよ」
「それは・・・」
 一度合わせた目を、文は再び逸らして下を向いた。
 今度はこっちが反撃に出る番。色々言いたいことや聞きたいことを一気にぶつけてやる。文が言い淀んでいる隙に、私は溜め込んでいた思いを吐き出した。
「そりゃ、私たちは発行部数で競う間柄だけどさ。でも険悪な仲になりたいわけじゃないのよ。そこら辺、文はどうなの」
 体の芯に残っている祭りの熱情に任せて、些か早口になりつつもそう聞くと、ずっと蟠ったままでいた気分が胸から抜けて、気恥ずかしさよりも「ああ、やっと言えた」と言う気持ち良さが強く湧き出た。こんな台詞、素面じゃ到底言えない。私たちは、飽くまでも好敵手であって、敵ではない――ただそれだけのことを伝えるのに数ヶ月掛かった。
 少しの間が空いて、文は、今度は顔ごとこちらを見据えて口を開く。
「私だってそうよ」
 険しい顔は変わらないまま、しかして私を厭うような表情ではなく、文の顔はどこまで真摯だった。無言で見つめ合っていると不意に、酒が抜けたみたいに我に返り、さっきは鈍く感じただけだった羞恥心が急浮上してきて、直視し難くなった私は文の顔から視線を外した。
「ま、まあ、けしかけたのは私かも知れないけどさ、私と文の新聞って取り扱う内容が全然違うじゃない? だから競合ってそもそも無理じゃん」
 文は新聞大会の入賞を目指し、私の方は天狗のことを一切考慮していない。初めから土俵が違う以上、勝負にならない。里で顧客を取っているとは言っても、内容が被らないなら競い合うことは不可能だ。実際、文々。新聞と花果子旬報の両方を定期で取っている家もある。強いて言えば里での定期購読者の数で競うことも出来るが、それが内容の優劣には繋がらないのだ。つまり、そんなにつんけんする必要は無いと言いたかった。
 それを伝えると、文はまだ煮え切らない顔をしていた。
「それもあるけど・・・」
 ――それ「も」?
 それはなにか、新聞の競合以外に私を避けた理由があるってことか?
 無言で以って続きを促すと、文は若干しどろもどろになりながら頭を掻いた。
「いや、なんて言うか・・・今年の春以降、紅魔館で居候みたいなことしてるでしょう」
「うん」
「里に行けば、稗田の乙女とも交友を持つようになって」
「そだね」
「それではたては、印刷するとき以外はあんまり山に寄り付かなくなったじゃない」
「それで?」
「・・・つまり、そう言うこと」
 なるほどね。
 さっぱり分かんない。
「え、どゆこと?」
「ここまで言っても分からない?」
「全然」
「ああもう、どうしてはたては鈍いんだぁ・・・」
 文は頭を抱えて、自前のショートヘアを両手でがしがしと掻き乱した。
 私が鈍いのか・・・? どう考えても文の説明が悪いと思うんだけど。
 暫しひとりでぶつぶつ呟きながら悶絶していた文は、ぐしゃぐしゃになった髪のまま急に顔を上げてヤケクソ気味に言った。
「だから・・・その、阿求さんとか紅魔館の方々とばっかり仲良さそうにしているのが、私はちょっと面白くないって言うか・・・」

 ――それって要するに。

 文は、私が阿求とかと一緒に居るのを見て、妬いてた、と。

 ・・・なんか、凄く恥ずかしいことを面と向かって言われた気がする。
 言った本人はと言うと、ジト目で私を睨みつけたまま顔を真っ赤にしている。羞恥に染まったその顔を見返していると、恥ずかしさを差し置いて笑いがこみ上げてきた。
「っふ、あっはっはっはっは!」
「わ、笑うな!」
 まさか、矢鱈と対抗心を燃やしていると思いきや、単に会う時間が少なくなったから、とはね。こう言う台詞は恋人に言うものだろうに、私に言ってどうする気なんだ。
 ひとりで腹を抱えていたら、文も大分むくれてしまった。
「今回はどうせ阿求さんに誘われたんでしょ? こっちがなんべん誘っても頑として来なかったくせにさぁ」
「確かに浴衣は一緒に買ったけど、今日は文が来なかったからじゃん。ていうか手紙出したし」
「あーはいはい、私が悪うございました!」
 自棄になって変な風にテンションが上がった文に逆切れされた。もう酒でも入ってるのかと思うほどだ。甘酒なら売ってたけど。
「こちとら毎年毎年はたてに振られては、取材と称してひとり寂しく祭りに来ていたと言うのに・・・」
 家族連れやカップルの中、ひとりで縁日・・・。
 うわあ、悲惨過ぎる。私だったらトラウマになるレベルだわ。阿求が居なかったら、今日の私もそんな風になっていたのか。
「他に友達さそえばいいじゃん」
「・・・特別親しいのは居ないのよ、はたて以外には」
 そんな馬鹿な。
 なんの冗談かと思ったら、文はわりかし真剣に落ち込んでいる様子。嘘だと疑ってみると、文はくだくだと、諸々の事情を語った。
 元々、山の外への興味が強かった文は、保守的で石頭な天狗社会とは性格的に折り合いが悪く、一時期は上からの評価も良くない、冬の時期があったのだと。ただ、文とてそのままでいるほど馬鹿ではない。と言うか、むしろ頭は良い方だ。偵察や諜報の仕事以外にも個人的に山の外に出ていた文は、当然ながら情報量が他の鴉とは違う。その情報を武器にして、文は上層部に取り入った。これほど野心的だったとは意外に尽きる。
 そして、それを面白く思わないやつが出てくる。勝手に山を下りるようなやつが、懲罰を受けるどころか上に気に入られているのがけしからん気に食わない、と妬み嫉む連中が鴉には結構居たらしい。閉鎖的な山の社会は陰湿で、出る杭は打たれやすい。
 しかし結局、文は大して打たれることも無く、今日まで過ごしている。それは天狗が幻想郷に移り住み、博麗大結界が出来て、以前に比べて平和になったが故に諜報の仕事が無くなったためだ。諜報部員としては優秀であっても、新聞記者としての評価は、お世辞にも良いとは言えない。云わばエリート街道から凋落した文を見て、かつては妬んでいたやつらも溜飲を下げたらしい。
 それで関係が改善されれば良かったんだけど、残念ながらそうはならなかった。一度出来てしまった溝は、そう簡単には埋まらない。加えて、文が古参並みに長生きなことが拍車を掛けた。上下関係の厳しい山は、年功序列的な部分も多く、結界が出来たあとに生まれた天狗も増えてきた。それ以前に生まれた天狗たちは、精神的な衰えにより病で身を崩したり、或いは不慮の事故で死んだりして、ゆっくりとだが数を減らしつつあるようだ。妖怪なりの世代交代が山では進んでいる。
 年の近い者たちからは疎まれ、若年には見上げられ、文には、肩を並べられる相手が山に居なかった、と。
「・・・まあ、そんなわけでさ、仕事以上の付き合いって、はたてくらいしかないのよ。他は全部、同業者とか上司とか取材対象とか、そんなのばっかり」
 私が長らく家に篭りっきりの間に、そんな波乱万丈があったなんて。表立っては強気で社交的な印象の文にも、柔な内面があることを初めて知った。それと同時に、なんだか見てはいけない世間の薄暗闇を垣間見てしまった気分になる。良く家に来ていたのは、窮屈な社会に辟易していたからなのかもしれない。
 しかし、そんな暗い話を聞いても、今の私の頭はいつにも増して楽観的だった。
「考えすぎだと思うけどなあ。そんな重苦しく考えることないじゃん」
「そうかな」
「そうだって。妬んでた連中だって、今はもう昔のことなんて忘れてるでしょ。文も下らないしがらみなんてさっさと忘れて、あっけらかんとしてればいいのよ。そうすりゃ向こうから自然と絡んで来るわ」
「そういうものかしらね・・・」
 私の意見には、あまり納得していないみたい。根が真面目だから、些細なことにも考え込んでしまうのだろうか。取材ならいざ知らず、個人的な関係となると、昔は昔、今は今とさっぱり割り切った考え方は出来ないらしい。文も大概、石部金吉だ。
 しかし、そうなるとひとつ気になる。
「なんで私だったの?」
「え? なにが」
「なんで私が、文の『特別親しい』友達に選ばれたのかなーって。とくに接点なかったじゃん?」
 そう言ったら、文は悲しそうな顔で、やっぱり憶えてないんだ、と呟いた。
 そして帯の隙間に手を入れると、なにか取り出して私に見せた。
「これに、見覚えありませんか」
 文が手にしているのは、紫色の玉が付いた、安物の髪挿かんざしだった。

 ――強烈な既視感に、頭を揺さぶられた。

 視界が一瞬ぶれると、眩暈に襲われて意識がぼやける。
 文が持っている、紫色だったはずの髪挿かんざしが、いつの間にか真っ赤な玉になっている。
 民家の屋根に居たはずの私たちは、祭りの喧騒と明りに包まれていた。
 そして文は――見知らぬ少女に変貌していた。
 真っ赤な髪挿かんざしを差し出す少女。
 そして、それを受け取った私も、紫の髪挿かんざしを――

「はたて!」
 気が付くと、私は文に寄りかかっていた。急に倒れこんできて驚いただろう文が、心配そうに私を抱いて支えている。
 全部、思い出した。

 あれは――夢に出てきた、幼馴染の少女は、文だ。

「どうしたの」
「ぅん・・・ちょっと眩暈が・・・もう平気」
 文から体を離すと、猶も気遣う眼差しを向けるその顔を見つめた。そうして、頭の中にある少女の面影を、今の文に重ねてみた。だが、幼い子供の面影を文に見つけることは、差異が多くて難しかった。特に――
「髪、昔は長かったよね?」
 文の顔に広がっていた屈託が、一瞬にして驚きに塗りつぶされた。
「憶えてたの」
「今思い出した。これ、文のだったんだ」
 赤玉の髪挿かんざしを抜き取って、文の手にある紫のと見比べると、色が違うだけで姿形は同じものだった。文の趣味だから赤かったんだ。多分祭りに託けて大人に買ってもらって、なにかの記念だか印に、文と交換したんだった。
「どうして交換したんだっけ」
「私の家が別の集落に行くことになったからよ。しばらく会えなくなるからって」
 そうだった。確か勢力の減った集落に親戚が居て、数を補う為にその集落に家族で越してしまったんだ。幻想郷に来る以前は、一口に天狗と言っても、一箇所に纏まっているわけではなかったな。しばらくどころか、再会したのが何百年も後になってしまった。そりゃあ幼馴染のことも忘れるわけだ。
「でも、私は憶えてたわ」
 私が言い訳すると、文はそう言って非難しながらも、思い出してくれて良かった、と喜んでいた。その微笑む顔が、夢の中の少女と確り重なって、ああ、やっぱり文は幼馴染なんだなと実感した。
 
 ひゅうぅ――――――――――――

 鏑矢のような音が遠くから聞こえて、文も私も反射的に闇夜の空を見上げた。間を置いて、ばん、と花火が咲裂さくれつし、鮮やかな大輪が現れる。
「昔は、あんな大きな花火はなかったわね」
 まだ物騒な時代だったから、遠くまで見えて大きい音が鳴る打ち上げ花火は、子供の頃には見られなかった。文の声にも、懐かしさと、新鮮なものを見た感嘆が入り混じっている。
 交わす言葉も無く見入っていると、文がいきなり大声を張った。
「たぁ――まやぁ――――!」
 花火と言えば、この掛け声。私も続こうとして、ただ続くだけだと面白くないと思い、ちょっと捻ってみた。
「かぁ――かしや――――!」
 私の呼気を聞きつけて、定番の鍵屋で来ると思ったであろう文は、予想外の合いの手に目を丸くしている。
「なにそれ」
「私の屋号」
「そんなのあったんだ」
「最近できたの」
 無論、里の花屋に由来する。
 文もなんて言おうか考え始めた。こうなると、なにか捻ってみないことには恰好が付かない。文だと「文々。屋」? う~ん、長いし語呂が悪い。ならば縮めて「ブン屋」・・・だと屋号になってないな。
 文がすぅ、と息を吸った音が聞こえた。はてさて、どんなのが来るかな。
「あや―――――――!」
 これまた予想外な切り返しには、内心ずっこけてしまう。ただ自分の名前を叫んだだけで、最早屋号ですら無かった。
「そっちこそなによそれ」
「いや、良いのが思い浮かばなくて」
 決まり悪く頭を掻く文を見て、私は腹を抱えた。文も、流石に今のは無し、と苦笑いで照れ隠しをした。この和気藹々な雰囲気が、今は只管に気持ち良く感じる。
 やがて笑みも途絶え、言葉も少なになり、ただ二人で花火を見上げた。
 夜空には色とりどりの大輪が、息をつく間も無く次々と花開いては、枝垂れ柳の如く落花しながら散っていく。
「きれいね」
「そうね」
 茫然自失な文が溜め息みたいに賞賛すると、私もどこか上の空で同意した。
 手癖で写真を撮ろうとしたら、今はカメラを持っていないことに気付いて、携帯で撮ろうかとも思ったけど、それも野暮天な気がして結局やめた。こう言うのは目に心に焼き付けておくのが風情。花は散るからこそ、美しく思えるのだ。別に今日限りで花火が見られなくなるわけじゃない。また来年、再来年、ずっとこの先も、こうして二人で見に来れば良い。
 もう一度、文が玉屋と叫んだ。今度はちゃんと鍵屋と続ける。文と視線がぶつかり合うと、先程の遣り取りを思い出して、また、どちらからとも無く笑った。










 夜、取材から帰った私は、山の自宅で机に向かっている。
 しかし、今日仕入れたネタを元に記事を作るでも無く、私は便箋の上に筆を走らせた。
 美鈴と幽香が、そしてフランとリグルがそうであるように、およそ一週間前の祭り以降、私と文の間にも結構頻繁に青鳥が飛び交うようになった。
 表向きは里で発行部数を競う新聞記者として、そして手紙の中では、気の置けない友人として、文との関係は良好に続いている。今は貰った手紙の返信を書いているところだった。
 文の手紙には、どっちのネタを一面にすべきか、どちらの写真が良いかみたいな新聞に関する相談事や、この前教えてもらった紅魔館の主が臣下に夜這いを掛ける話は、私に累が及びそうだから新聞には載せないでおくとか――あとは、今度山の神社で祭りがあるから一緒に行こうとか、そんな内容が詰め込まれていた。
 筆立てに入っている赤い髪挿かんざしと、机の上にある鉢の中を泳ぐ金魚を見ながら、私は祭りのことを思い出していた。誘いの返事は勿論、イエス。
 諸々の回答をしたためて、簡素な茶封筒に三つ折の手紙を入れて糊付けすると、それを文の家に投函しに行こうと自宅を出た。
 そして玄関のドアを開けると、丁度文が来ていた。
『あ、』
 文は着地した態勢で、私はドアを開けた姿勢のまま、二人とも固まってしまう。
 普段は対抗新聞記者として、顔を合わせりゃ皮肉の応酬を交わし、手紙の中では素直に腹を割っているけど、こうやって素の状態で顔を合わすと、どう接したものか、最近は距離を掴みあぐねてしまう。一緒に買い物したり、甘い物を食べに行ったりすることが無いわけではない。でもそういうときは事前に手紙とかで決めた上で会うから、こんな風に予期せず遭遇してしまうと、心の準備的なものが整わない。しかも手紙を出すときはかち合わないように、自然と気を遣ってきたから、記者としてか、友人としてか、会わせる顔を互いに決めかねている。仕事ならいざ知らず、友人関係となるとそこら辺の切り替えが文は下手で、私はそれに引き摺られる形だ。
 妙な気恥ずかしさの抜け切らないままに、文がぎこちなく沈黙を破った。
「あー、えっと、その、新聞のことで、聞きたいことがまだあったから、追加を持ってきたの」
「そ、そう」
 そう言って手紙を手渡す――のではなく、なぜか郵便受けに入れた。目の前に居るんだから直接渡せば良いものを・・・。生真面目って言うか、元々はシャイな性格のだろうかと最近思い始めた。
「・・・それじゃ、私は、これで」
「うん、またね」
 文はそれ切り、翼を広げて飛んでいった。
 あ、しまった。私も手紙を渡せば良かった。文の調子が変だからか、私もちょっと平静さを欠いていた。
 フランはリグルと友達になって、ときどきだけど外に出られるようになった。そのお陰で姉妹の仲も、少しずつだけど修繕されつつある。幽香も、美鈴との関係がより深いものになり、手紙の遣り取りばかりでなく紅魔館に足を伸ばすことが増えた。休みの日なんかは、美鈴が幽香の家に行ったりもしている。双方とも関係の進捗が著しい。
 ――なのに、私たちは、前とあんまり変わっていないような気がするなあ。
 むしろ、一夏掛けて元に戻ったと言うべきかな。強いて言えば、昔を思い出したくらいだろうか。
 そう思って、文の飛んでいった夜空の更に上――満天に輝く星たちを見上げると、沢山の星の中から、私は直ぐにさそり座の心臓アンタレスを見つけることが出来た。
 私が変わったところと言えば、精々そのくらいだった。














はたてのフィギュアが出ると知って予約してしまったぐうたらです。
あやはたって普通、はたてよりも文が優勢に描写されることが多いと思うので、たまにはこんな文でも良いかな〜と思って、真面目であると言う設定を強めにしたら文がボッチになりました。何故だ!?
そして書き始めからすると自分でも想定外のリグフラ。
しかし、ポニーテールのはたても乙だな・・・
愚迂多良童子
luncer_7@yahoo.co.jp
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コメント



0.2720簡易評価
1.無評価名前が無い程度の能力削除
>「やってるよ〜。年社だけど」
念写
2.無評価愚迂多良童子削除
>> 1 さん
しまった直してなかったそれ・・・ご指摘ありがとうございます。
一応元ネタがあったりするんですが、分かる人居るかな・・・?
4.100名前が無い程度の能力削除
これは、実に、少女たちの幻想郷だ。
7.100名前が無い程度の能力削除
良い

誤字報告を

》感受性が高いこと事態が悪いとは言わない
自体

》想像されていたりするんだろうかと不図思い
ふと思い?
8.100名前が無い程度の能力削除
夏の情緒が溢れてますね。
なんだか暑くなるのが待ち遠しくなりました。
11.100名前が無い程度の能力削除
すんなりと読めました。春から。
16.100名前が無い程度の能力削除
続きを楽しみにしていました。
これほどのボリュームに相変わらずのクオリティ、本当に素晴らしいです。確かにはたてが更生して文が若干置いてきぼりになるのは珍しい展開ですね。
秋の号が出るのを楽しみにしています!
18.100名前が無い程度の能力削除
春から続けて読んできました!
やはりこちらも風景描写に力が入ってますねぇ。
春になったばかりなのに、夏を待ち焦がれちゃってます。
いやいや、まずは春を楽しむべきですよね。

あと、今回の主題となっている友達も色んな形のものが調和されていてよかったです。
きっと秋の号でははたてと文ももうちょっと素直になってるんだろうなぁとか。
20.90コチドリ削除
スクロールバーの位置がヤベェ。引っぱるのか? 色んな友情物語を見せておいて、
肝心要は簪フラグが一本たつだけなのか? 秋の号なのかそれは許されるのかだがそれはそれでおお、もう……。

ってな感じ。気持ちよく作者様の掌の上で踊らさせて頂きました。

もうちょい詳しく作品について語らせてもらいましょうか。
まずはやっぱり200KBに垂んとする物語だけあって、ゆったりとした気持ちで文章を目で追えますね。ラストは別として。
地の文は、……相変わらず丹念っすねぇ、心情・風景描写を問わずに。俺の好きな文章だ。
尺が長いせいかな? 時折「作者様の本来はたぶんこっちなんだろうな」みたいな文体が出ているように俺は感じました。
統一感を損なうといった意味ではなく、文章を彩るアクセントのような側面が強い感じ。悪い意味じゃないですよ?

作中の各種友情イベントについて。
はたてと文は別格として、可愛らしいのはやっぱりフランドールとリグルかな。蛍が描く星座は白眉の一つであると思います。
味があるといえば幽香と美鈴。紅さんの懐の深さがこの関係の鍵を握りそう。
文脈からはちょっと外れるのですがスカーレット姉妹についても一言。
「こりゃシスコンってのもあるんだろうけど、どちらかといえば頑固親父だなレミ様は」みたいに思って読み進めていたら、
直後にズバリとそう表現した文章に出会ったので、驚きとともに我が意を得たりという思いが。
ちょっとしたことではあるのでしょうが、イメージを共有出来たことに勝手ながら嬉しさを感じました。

Gとカマドウマ以外の蟲ならほぼ許容出来る自分にとって、リグル絡みのイベントはまさに俺に好し。
可愛いよね蟲って。マルハナバチのころころ具合と配色は神。
某インディアナ・ジョーンズを想起させる蟲々大行進は流石に勘弁だけど。

ケイドロイベントに関しては若干の毛色の違いを感じました。
なんていうのかな、作品の主題を補強するというよりは、作品自体を補強するエクストライベントといった趣き。
なので、個人的には物語の流れがちょっと停滞したかな、という印象。

夜祭イベントは問答無用で良い。浴衣で着飾った少女達には、こちらを無条件降伏させる何かがあるね。
滑り込みセーフのはたてと文に感慨無量です。

エモーショナル、又の名をノリといわれる姿勢で感想を吐き出す俺にとって、
本作のようなきっちりとした長編は、コメントをするという観点からみれば相性はさほど良くないと自分では思っています。
このダラダラした長文コメから、貴方の作品を拝読できた喜びと感謝を少しでも汲み取って頂けたら、これにすぐる喜びはありません。

長編執筆お疲れ様でした。
21.100黄十字削除
ボリュームたっぷりで、しかもただ花の話だけではなく、小さいネタもしっかりと味付けされてて楽しめました。

「次の号くらいで、文と仲直り押してくれないかなぁ・・・」なんて期待してたら、なんとこの回で!

さて皆さん、次の号を期待すべく、また愚迂多良童子さんを包囲しましょう!w

そして誤字の報告をば・・・
×鼻から当てになんかしてないけど。
○端から当てになんかしてないけど。
24.100名前が無い程度の能力削除
向日葵、虫、そして子供時代。
夏、と一言で言っても色々な場面がありますね。
ほんと読んでいて面白かったです。
29.無評価愚迂多良童子(レス返)削除
>> 4 さん
設定的にフランと文は(そしてこの作品に置いてははたても)結構いい年してますけどねw
外見≒年齢ということでFA。

>> 7 さん
ありがとうございます。
遅ればせながら誤字も修正しました。「不図」は探したらもう一箇所ありましたのでそちらも。
「不図」って当て字なんですかね。

>> 8 さん
自分も、夏が嫌いなはずなのに、なんだか夏休みが待ち遠しいです。
どこか都心を離れて星でも見に行きたいですね。

>> 11 さん
春の号に比べて予想外に長くなってしまったので途中でダレるかなと思ったんですが、読みやすくなっているようで何よりです。

>> 16 さん
正直、文の設定は合わない人が多いかな、と懸念してました。
たまには、こんなのも。

>> 18 さん
一応、リグルとフランで子供、美鈴と幽香で大人、あやとはたでと阿求で十代後半〜二十代前半の友人関係を表してみようと試みたんですが、結果的にはあんまり意味無いっぽかったですかね。幾つだろうと親しけりゃ一緒に居るものですし。

>> コチドリさん
今回、意図的に地の文よりも台詞を重視した部分があったので、そこの描写がちょっと不安でした。
「『作者様の本来はたぶんこっちなんだろうな』みたいな文体」ってのは、たぶん、「同穴に住まう身の上〜」とか、「常日頃、和装とは〜」の辺りだと思うんですが、ホントはこう言う小説的と言うか、欲張った言い方すると文学的と言いましょうか、そんな文章を書きたいなと常日頃思ってますので、これからはそう言った部分も積極的に出していきたいですね。
頑固親父なレミリアのイメージは春の号の時点で既にあったので、今作では保護者的な面を推してます。今度は見た目相応に子供っぽいところも出していきたいなあ。
Gはともかく、カマドウマに一体どんな思い出が・・・。ゲジゲジも結構ヤバいですよ、アレは。
ケイドロに関しては、正しくその通りで、フランと友達になりましたお終い、だとあまりにリグルの出番が無さ過ぎるので、なにかしら印象的なエピソードを入れたかったんですよ。
幽香の家でのシーンでも十分インパクトはあると思いますが、悪い方に目立っているので、良いイメージを持たせたくて地下室の天体観測を思いつきました。
ただ、初顔合わせが天体観測だけして終わりってのも味気無いし、フランは絶対にリグルと遊びたがるだろうなと思ったので、ケイドロはリグルがフランと会ってから天体観測をするまでの繋ぎなんですね。その割には長くなりましたが。
文の簪については、物語の都合上、文とはたては殆ど接触が無いので、なにかしら一工夫無いと、最終的なテーマである「友情的あやはた」が不十分なままで終わりそうだったので、急遽幼馴染の設定を入れました。和解したので今後は文もストーリーに組み込みたいですね。
>>エモーショナル、又の名をノリといわれる姿勢で感想を吐き出す俺にとって、
>>本作のようなきっちりとした長編は、コメントをするという観点からみれば相性はさほど良くないと自分では思っています。
いや、むしろ長編とか結構読んでるなって印象ですよ、自分としては。ってかこれだけしっかりと感想書いておきながら「ノリで」ってあなたご冗談をw

>> 黄十字さん
春の号の続編を書こうと決めた時点で、文とはたての和解は次の最重要課題にするつもりでした。いつまでも二人が不仲なままじゃ流石にイヤですんでね。
「鼻から」と言う表現は気に入っていて、敢えてそうしてます。

>> 24さん
夏は自然も人も一番アクティブな季節ですからね、良きにつけ悪しきにつけ。そりゃあ僕夏が人気なわけだ。
32.100名前が無い程度の能力削除
いいなーこの雰囲気
33.100がま口削除
春に引き続き、夏編もお見事でした。
自分は夏生まれの影響からか、夏が好きです。
高揚感といいますか、生命が躍動している感じが好みです。あ、作中のような蒸し暑さと虫のアクティブ加減には辟易してますが……
そんな季節感を、色彩豊かに表現しているがいいなぁと思いました。
文ちゃんとはたての関係もうまく元の鞘に戻って、よかったね! と思わず口元が綻びました。

春夏ときて……四季、制覇しちゃいませんか? なんちて。
35.100名前が無い程度の能力削除
おお来てた。予想したタイミングよりちょっと早かったですが、待ってました

この何とも言えない…あーなんだ、何と言えばいいのか?
まあとにかく、この良い感じの雰囲気がたまらないです、はい。
36.100名前が無い程度の能力削除
本当に面白かったです。この分量なのに、飽きずに最後まで読めました。
冬までやるとなると、冬に咲く花が限定されそうなのが難しいかな。
37.100名前が無い程度の能力削除
なんだろ、このはたての駄目っぽいというか、のほほんとしているというか。
レミリアとか他のキャラも魅力的だし、すごく面白かったです。
39.90名前が無い程度の能力削除
大作ご苦労様でした。
じっくり読める良作の、楽しい時間をありがとう。
第三者キャラが紅魔館に行く話数あれど、個性が出ていたと思います。
もう夏かあ。
40.無評価愚迂多良童子(レス返)削除
>> 32 さん
祭りの雰囲気とかちゃんと伝わってますか。
多分、最後に祭りに行ったのが中学だったので、あの独特の雰囲気を思い出すのが大変でしたね。

>> がま口さん
この話を書いて、多少は夏に対して好意的になれました・・・とは言え、自分は今年の夏も冷房の効いた部屋でぐうたらしているだろうと思います。
秋は・・・これまた先になりますねえ。ちなみに自分は秋の生まれです。だから飽きっぽい性格なのやも。

>> 35 さん
>>予想したタイミングよりちょっと早かった
春の号は去年に挙げていたので、実は遅いんです・・・。ホントは去年の夏にでも出せたら最高だったんですけどね。
いっそ今年の夏まで待とうかな、とも考えたんですが、一年以上空けるのも拙いので春に出すことになりました。季節感的な意味でKY。

>> 36 さん
ありがとうございます!
>>冬に咲く花が限定されそうなのが難しいかな
いやもうホントにその通りで、冬は大分毛色の違う感じになりそうな予感がします。ホントどうしよ・・・

>> 37 さん
駄目っぽいw でもそこが可愛い。元々はたては凄いマイペースで自由人なキャラですからね。
キャラに関してはリグルが難しかった。何分、馴染みの無いキャラだったので。

>> 39 さん
まだ春ですよーw
むしろ、じっくり読んでいただいてありがとうございます。
長いから倦厭する人が居るんじゃないかとか心配でしたけど、なんとか四桁行けてよかったです。
46.100こうがまひる削除
待望の夏の号!!
今回もはたてちゃんが頑張っていて幸せです、1年待ったかいがありました…。
前回よりさらに活動範囲が広がって登場キャラも増えましたが一キャラ一シーンとても丁寧に描いてあって素敵ですね、ゆったり読むのにちょうどよかったです。ドロケイとか懐かしくなりましたし。
個人的にはリグルが大好きなので!素敵に描かれていたのが本当に幸せで!!
パチュリー小悪魔もちょっと抜けた感じや、レミリアのむきになる感じがまた可愛らしくて。ほんのりえろすもよかったですウヘヘ。
次は秋の号ですね。またゆっくり待ちます!!
47.100名前が無い程度の能力削除
春に続き夏も非常に楽しめました。
美鈴のベビードールはえろいな
今回も出てくるキャラ達が生き生きとしていて良い感じ
特にリグルはかなりおいしいポジションでリグル好きとしてはとても嬉しいです
はたてと文の関係も新鮮でこんなのもアリだなと次回が楽しみになりました

美鈴のベビードールはとてもえろいな
49.無評価愚迂多良童子(レス返)削除
>> 46 さん
大変お待たせしました!
リグルは書いていて、とても不思議なキャラだなと思いましたね。大人なのか子供なのか、頭が良いのか悪いのか。そこら辺を結構自由に出来るのも良いところですね。同時に難しくもありますけど。
秋の号が出来るまで、ゆっくりしていってね!

>> 47 さん
おお、意外とリグル好きな人は多いのかな。
春から夏にかけて、フランを中心に物語が展開していたのでリグルはかなり重要な役回りになりましたね。元はと言えば登場しないはずだったのに。
レミリアのベビードールも中々えろいですウヘヘ。
51.100名前が無い程度の能力削除
200kb近いじゃないですか。
すごい。
53.無評価愚迂多良童子(レス返)削除
>> 51 さん
春が50kbくらいだったので、夏もそれくらいかなと思ったらまさか四倍になろうとは、流石に予想だにしませんでした。書いた自分が一番ビックリ。
55.100名前が無い程度の能力削除
春の号からずっと待っていたかいがありました
あなたの書く物語がとても好きです
久しぶりに春の号を読み返してから読みました
はたてがかわいい!次は秋の号ですね、楽しみに待ってます
56.無評価愚迂多良童子(レス返)削除
>> 55 さん
ありがとうございます!
はたてはもうほんっとに可愛くて、どれくらい可愛いかと言うと、思わずフィギュアを予約するくらい可愛いです、はい。
秋の号も頑張ります!
57.100名前が無い程度の能力削除
夏の第一号が出たあたりで、いい話だったなぁ・・・と思ったらまだ三分の一だった・・・
何を(ry
こんなに密度の濃い長編は一気に読んでしまうのが勿体無い気がするので、もう数回読み返します!
58.無評価愚迂多良童子(レス返)削除
>> 57 さん
春は一号目を出したところで終わりでしたからねw
繰り返し読んでいただけるとはありがたい限りです。
59.100名前が無い程度の能力削除
パチュリーさんいいキャラしてます
射的のくだりは笑いました
あと気に入ったのはケイドロのとこですね

面白かったです
60.無評価愚迂多良童子(レス返)削除
>> 59 さん
このシリーズは当初、はたてと阿求とパチュリーがメインだったので、その名残でパチュリーは色々と良い立ち回りをしてますね。阿求もそうかな。
ケイドロは今シリーズでは珍しく動きのあるパートなので、書いていて新鮮ながら面白かったです。若干の場違い感も否めませんがw
63.90名前が無い程度の能力削除
リグルが何故はたてと一緒に幽香までおそったのか、それだけが違和感として残りましたが、面白かったです。
64.無評価愚迂多良童子(レス返)削除
>> 69 さん
そこの場面は、あまりリグル側の心情を書いてませんでしたね・・・
リグルは幽香に対して「なんで大事なことをちゃんと連絡してくれないんだ」的な意味で怒ってたんですよ。実際に加害したのははたてですけど、幽香がちゃんと伝えていれば無用な齟齬が生じることもありませんでしたから。程度としては断然はたてが悪いんですけど、幽香にも非はあるので、怒りの矛先が二人に向かったわけです。
リグルにしても、別に二人をとって食おうとか考えて蟲を嗾けたのではなく、単純に頭に来たから懲らしめてやろうくらいの気持ちでやりました(襲撃のシーンははたて視点故におぞましさが強調されていますけども)。
こう言うところを頭の中に仕舞いっぱなしにするのは良くないですね。申し訳ない。
今からでも補足的な文章を加えようかな・・・