Coolier - 新生・東方創想話

守り人・フランドール

2012/03/21 23:35:54
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・この作品には、戦闘描写やそれに伴う表現、オリジナルの妖怪が出てきます。そのようなものが苦手な方は、申し訳ありませんが、ブラウザバックをお勧めします。

・また、以前に書いた作品「誰かを認めてあげながら」と世界観を共有しています。特に読まなくても大丈夫なように配慮をしたつもりですが、設定が気になった方は、前作を読んでいただけると、嬉しいです。








悪魔ではあるが、夜には床に入る。そんな人間くさい生活リズムを、存外レミリア・スカーレットは気に入っていた。”いた”というのは理由がある。最近、寝つきが悪くなったからだ。

まだ日も昇っていないであろう時間帯。軽く伸びをして、頭を覚醒させた。少し寒い。しかし、その寒さが心地よくもある。

また、あの顔を見た。

夢なのか、それとも自分の能力が見せた運命なのか。今のレミリアには分からないが、あの顔を見る頻度は、段々と増えてきている。

咲夜は起きているのだろうか、だとしても呼ぶ気にはなれない。窓が無く外の様子は分からなかったが、多分にいい天気になるだろう。

何故だろうか、胸騒ぎがした。







「じゃあな、フランドール」

「またね、フランドール」

その日の午後、そう言って、人形遣いと黒白の魔法使いは去っていった。フランドールはその姿を見送り、部屋へと戻る。日の光を浴びる二人は、いつもより輝いて見えた。

扉を開ける。仰々しい大きさのシャンデリアの下には、自分の身体には明らかに不釣合いな大きさのベッド。その横には簡素なテーブルと二つの椅子。部屋の隅には服の入ったクローゼット。それだけしかこの部屋には無い。

いつからだろう。これだけしか部屋に置かなくなったのは。そう、自分で言ったことは覚えている。いらないと言ったのだ。壊してしまうから。

よくないことを考え始めている。自分でも分かるが、どうしようもないことだった。

何かと浮き沈みの激しい性格だとは自分でも把握している。大体こうなってしまった時は、何をしても満足しない。靴を脱いでベッドに飛び込む。寝てしまえば何も考えずに済むと、短くない生活でフランドールは知った。すぐに寝ることが出来るのが、フランドールが唯一自分でも長所だと思えることであった。

特に不満は無かった。いや、昔はあったかもしれない。だけど記憶には無かった。

自分が壊したものを片付けるメイドの姿を見て、何度も反省した。そして、そのことについて悩みに悩んで、また癇癪を起こす。それが嫌だったから遠ざけた。

初めてそれを告げたとき、姉は何度も自分に問いかけた。それでも色々と、自分が喜びそうなものを持ってきてくれた。

嬉しかった。だけどやっぱり遠ざけた。

二度目にそれを告げたとき、姉は泣きそうな顔をしていた。何度も謝られるのが嫌で、それでも自分に贈り物をしてくれた。

惨めになった。そして遠ざけた。

三度目にそれを告げたとき、姉は何も言わなかった。そして部屋からものが無くなった。

悪いことをしたと思った、けれども嬉しかった。

姉は一度も自分に望みを聞かなかった。自分が何を求めているか姉は知っているはずだし、それについて許しを出すはずも無いのだから、自分も聞かなかった。

ただ無性に、父と母の顔が見たかった。


「……なんで思い出したんだろ」


夢の内容に疑問を持ったが、答えてくれるものは誰もいない。どれくらい寝ていたのだろうか、しばらくぼうっとしていると、鐘の音が聞こえる。数えてみると、どうやら大分寝ていたらしい。

こんな時間では姉は寝ているに違いない、人間の真似事をしているから。他のみんなは起きているのだろうか、よくわからない。

まだはっきりとしない視線をめぐらせると、テーブルの上にはバスケットが置かれている。夕食だろう。バスケットの他には肘が見える。


肘?


そのまま肘の付け根の方に視線を動かす。そこには、知らない人物が座って本を読んでいる。女だった。

明らかに普段とは違う状況だったが、フランドールは特に騒いだりはしなかった。寝起きで思考が纏まっていないというのもあるが、悪意のようなものを感じなかったからというのが一番大きい。以前からこの部屋に住んでいるかのような空気を、目の前の人物は持っていた。

女の視線が止まり、本が閉じられる。ふうと一息ついた後に、その目がフランドールを見つめた。


「こんばんは、フランドール。お邪魔していますわ」

「……こんばんは」


目線があった時点で、何かしら言葉はかけられるだろうとフランドールは思っていたが、まさか普通に挨拶されるとは思わなかった。とりあえず挨拶を返し、考える。少なくとも自分の知り合いにこんな人物はいない。


「あなたは誰?」

「あら、ごめんなさい。私の名前は」


フランドールの羽がしゃらんと揺れた。







数日ほど前のことだった。人形遣い、アリス・マーガトロイドが紅魔館を訪れた。大図書館で探したい本があるとの事だった。目的の本を探し終え、アリスは図書館の主であるパチュリー・ノーレッジと共に茶会を楽しんでいた。


「……これは?」

「見ればわかるでしょう。あなたの目は硝子細工なのかしら」


会話の途中、パチュリーはあるものをアリスに見せた。これは、と尋ねはしたが、どこからどう見てもそれは指輪だった。何か特殊な呪法でも施されているのだろうか、その指輪は鈍くではあるが、赤い光を放っている。

聞くと、フランドールに渡すものらしい。魔力や膂力を封印する一種の呪具なのだろう。しかし、アリスには理解が出来なかった。指輪について、ではない。何故それをこの魔女は自分に見せたのだろうか、という点がだ。

とりあえず、その疑問を直接聞いてみる。どうやら、フランドールを外に出す計画のためにこれは必要なものらしく、最近になってようやく実用の段階までこぎつけたらしい。


「テストも兼ねて、妹様を誘ってもらえないかしら」


なるほど、そういうことかとアリスは納得する。別に構わないとの旨を告げると、パチュリーは少し微笑んでありがとうと返した。


「それにしてもいきなりね。こんなマジックアイテム、そんなにぽんぽん作れるものなの?」


その言葉にパチュリーの言葉がほんの少しだが曇る。もしかしなくても言いづらいことなのだろうか。失敗したなと思ったが、ここで取り繕うのも逆におかしい。テーブルの下でアリスの手が忙しなく動いた。


「この計画自体は私がこの館に来てすぐに計画されたものだったわ。だけど、当時の私には作ることが出来なかった。力量が足りなかったの。まだまだ未熟だったわ」

「だから、魔術の研究を?」

「もちろん一番の目的は自分のため。だけど、もちろん妹様の力になってあげたかったから」


目の前の魔女が存外に情深いことを、アリスは知っている。あまり感情を表には出さないが、この館の者を愛していることは、短い付き合いでも充分にうかがえた。

そう、と一言呟いて、アリスはこの話題を終わらせようとする。フランドールの過去は確かに同情するが、それを聞いたところで自分にはどうしようも出来ない。深い部分には、あまり関わりたくなかった。


「このアイテムは、私一人の力で作られたものではないわ」

「協力者が?」

「……隙間妖怪よ」


紅茶を飲もうとカップを口元に運んだところで出たパチュリーの言葉で、アリスの手が止まる。何故あの妖怪がここで出てくるのか、わからない。少しではあるが、この話に興味がわいてきたことに、アリスは内心ため息をついた。ドライな付き合いというものは中々に難しいものである。


「私が元々くみ上げた魔術回路に、あの妖怪の結界術を無理矢理ぶちこんだのよ。これと同じものを作れと言われても、私一人の力では難しいわね」

「和洋折衷ってやつね……ていうか、もしかしてそれ凄いモノなんじゃないの?」

「もしかしなくても、よ。それに計算上ではあるけれど、妹様程の力を押さえ込むものだからね、呪具としては一級品。外の世にまだ魔術の文化が残っているのなら、かなりの額になるんじゃない?」


しれっととんでもないことを言っている魔女を流して、アリスは指輪を手に取る。少しばかり着けてみたい衝動に襲われたが、フランドール程の吸血鬼を抑え込む呪具だということを思い出し、テーブルに置き直した。


「紫はなんでこんなものを?」

「妹様と一緒にお散歩したいらしいわ」


何故紫がフランドールに興味を持ったのだろうか。アリスの知る限りでは紫とフランドールが一緒の場所にいたことなど、大きな宴会の時ぐらいだ。接触したかどうかアリスにはわからない。

あのスキマがそんなことを抜かすとは。何かしら裏があるには違いないが、そんなことを質す気にもなれなかった。

そこでこの話は終わり、お茶会と言う名目の世間話をしていると、誰かが大図書館の扉をノックする音が聞こえる。小悪魔が応対に出るが、大体二人には予想がついており、案の定それはフランドールだった。










「じゃあ、行ってまいります」

「頼んだわよ、美鈴」

「行って来るね、お姉さま」

主であるレミリア・スカーレットにそう告げて、紅美鈴はフランドール・スカーレットと共に紅魔館を出発した。目的地は魔法の森、人形遣いの館である。

フランドールの右手には、あの指輪がつけられている。余程のものなのだろう。日傘をさすレミリアと違い、フランドールは日光を存分に浴びているが、それでも特に異常は見られない。

レミリアがパチュリーに聞いた話によると、「吸血鬼という存在」を封印することによる副次的な効果らしい。パチュリー自身も驚いていた。

フランドールのお願いで彼女を肩車しながら、美鈴は魔法の森を目指す。顔には出さないが、あまり気乗りはしていない。

というのも、美鈴はあまり魔法の森が好きではない。あの場所に蔓延している瘴気と、あまり波長がよろしくないからだ。とは言っても主の頼みなのだ。断ることも出来ないし、断る気も無い。ただ、気乗りがしないだけだ。

頭上ではしゃぐフランドールと喋りながら魔法の森の奥へと進んでいく。道中でフランドールは様々な話を美鈴に振った。その顔は喜色に満ちている。

制限がつくとはいえ、もし今着けているマジックアイテムの有用性が証明されれば、自由に外に出る日はぐっと近づくのだ。そう考えると、美鈴も嬉しくなってくる。が、懸念もあった。

もう少しでアリスの家に着こうかという時、フランドールが美鈴に止まるように言った。何か見つけたのだろうかと聞いてみると、上を見てと言われた。

ちょうど今立っている場所には木が無いため、開けた木々の間から昼下がりの空が見える。少しの間見上げていると、激しい音と共に青が黒になった。

森に住む鴉達だ。化け鴉の類なのだろうか、多少の妖気は森に入った時から感じていたが、実際に空を覆う姿は美鈴の中にある不快感を上昇させ、その顔を下に向けさせた。

フランドールは、その光景を楽しんでいた。

木々のざわめきに鴉の鳴き声、辺りを覆う瘴気。全てが異常に見える魔法の森で、何故かはしゃいでいるフランドールが溶け込んで見えた。

それは狂気なのか、それとも無垢ゆえの感動なのか。美鈴にはわからないが、後者であって欲しいと願い、アリスの館を目指した。








美鈴とフランドールの姿が見えなくなるまで手を振っていたレミリアは、ふとその手を止め、前に出した。

掌にどんどんと魔力を集中させていく。レミリアが手を横にどけると、凝縮された魔力はそれ自体が質量を持っているかのように地面へと落ちていき、

それを思いっきり蹴り上げた。

蹴り飛ばされた魔力弾が空中で爆裂した。レミリアはその様子を見上げ、爆煙に視線を向ける。


「いきなり攻撃するなんて、ずいぶんと悪趣味ね。ヴァンパイアさん」

「姉妹の時間を盗み見するやつに言われる筋合いは無いわ」


煙が晴れた先にいた妖怪……八雲紫にそう言って、レミリアは館へと踵を返す。


「話があるのだけれど」

一歩

「私には無い」

二歩

「フランドール・スカーレット」


三歩目で、レミリアの足が止まった。


「……なに?」

「貸してくださらない?彼女」


妹の泣き顔が、レミリアの脳裏にちらついた。








「ありがとう咲夜。下がっていいわ」

「かしこまりました」


従者が去ったのを確認して、紫は出された紅茶に手を伸ばす。壁にある柱時計が三度鳴った。

テーブルを挟んで、レミリアは紫に視線を投げかける。その意図を悟って、紫はカップを置いて口を開いた。


「……最近新しい集落が出来そうなのよ。そこが出来るまでの間、社会勉強もかねて、あの子に守り人をやってもらおうかと思って」

「あの子に知識人の真似事をやれと?」

「社会勉強もかねて、と言ったじゃない。あの子の力を抑える物も完成して、タイミングとしては今が最善だと私は思うのだけど」

「……」


レミリアの持つ「運命を操る程度の能力」は、現時点で最も起こりえる確率の高い未来予知のようなものだと、自身で感じている。

見るものも選べず、いつ発動するか、どれほど先の未来の映像なのかは分からないが、レミリア自身はこの能力に満足している。ただ一点を除いて。

運命で見る妹が、悲しい顔をしているのだ。

そこが、レミリアの気がかりだった。


「理由は。正直に言うが、妹よりも適任なのは他にもいると私は思うのだけれど、何故フランドールを」

「……幻想郷が創られてから今日まで、様々な出会いと別れを私は経験したわ。全てを受け入れ、去るものを追わず。そうして、今に至っている」


相槌は打たずに、目線だけでレミリアは先を促す。なんとも言えない、硬質な空気が場を満たす。


「今の幻想郷は、それこそ恐ろしい程ギリギリのバランスで保たれている。貴女なら分かるでしょう。けれども、決して崩壊しない」

「そりゃあ私達には此処しかないもの。お前が創ったというのに多大なる不満はあるが、満足している。で?」

「そう。大半の者達は幻想郷という存在に賛成してくれてるわ。けれども、そのバランスを崩しかねない力を持ちながら、その真意が不明な妖怪が此処にいる。あくまでも未来の話だけれど、ね」


沈黙。レミリアの目が釣り上がる。


「……あんまり言いたくはないのだけれど、今日は八雲紫ではなく、幻想郷の管理者としてここに来ています。だから、最後まで話を聞いていただけないかしら?」

「強制、か」

「勿論、あの子の気持ちは尊重します。あの子が嫌だと言うのならば、私は素直に違う候補者を選びましょう」


いつも、妹の運命が見えたとき、その瞳は悲しみをたたえていた。

レミリアは、フランドールのその姿を見るたびに悲しみ、何か手はないかと模索し、そのたびに空回りするのを感じていた。

幻想郷に来たのも、ここでなら、妹の望みを叶えることが出来ると言う部分もあった。だが、現状はそう変わっていない。

この出来事が要因の一つなのか。それとも、この運命を打破する一手になるのか?


「いい子ね、彼女」

「何を今更」

「いつも、一人で我慢をして。彼女はそれでも何も言わない。貴女、わかってるのでしょう?」

「……」

「今しかないと思うのだけれど」


珍しく目の前の妖怪から、胡散臭い空気が感じられない。幻想郷の管理人として来ているのは正しいのだろう。この選択は、フランドールの運命に少なくない影響を与えるに違いない。

妹を泣かせてみろ。神様だろうが大妖怪だろうが、私が土下座させてやるぞ。


「詳しく聞かせろ」


何かが動く、そんな気がした。


「あ、お姉様!聞いて聞いて。アリスがね」

「フラン、お話があるの」


お茶会から帰ってきたフランドールにレミリアは言った。


「大切な、大切なお話。聞いてくれるかしら」


フランドールの羽が、しゃらんと揺れた。








紅魔館を出発する際、沢山の者がフランドールの見送りに来ていた。勤務している妖精メイドに始まり、小悪魔、パチュリー、美鈴に咲夜、そしてレミリアと、見知らぬ妖怪である。

多少の気恥ずかしさをフランドールは感じていたが、善意でやってくれているのも分かっていたので、照れ笑いを浮かべることしか出来なかった。

受け取った指輪にパチュリーが呪文を唱えた。するとフランドールの羽が消えた。


「妹様、傘を」


そう言われ、フランドールは日傘を畳んだ。だが、日の下にいても何の影響も無い。

「さらに強固な封印を施した」とはパチュリーの言葉である。指輪はフランドールが取ろうとしても、まるで皮膚の一部であるように外れない。身体を蝙蝠に変えようとしても、変身することも出来なかった。

解呪の言葉も教わったが、使ったら即、紅魔館へと強制的に戻されると聞いた。


「お供として、スキマの所から狐を借りてきたわ。たくさんこき使ってやりなさい」


レミリアの言葉に、その場にいた藍は思わず苦笑した。どうやらこの妖怪が自分の手伝いをしてくれるらしい。


(綺麗……)


フランドールの頭の中に浮かんだのは、その一言。

自分と似たような金髪をしているが、その髪の中から狐耳?がぴょこんと飛び出している。ゆったりとした導師服に隠れているが、それでも分かる女性的な身体つきに、知性を漂わせる顔つき。そしてなにより、どういう仕組みか分からないが、九本の尻尾がふさふさと後部で揺れている。

何時だったか忘れたが、こんな大人になってみたいと想像したことがある。そのとき思い描いていた理想の九割程が、目の前の妖怪には含まれていた。

藍はしばらくの間沈黙していた。フランドールが、何かを言いたそうにしていたからだ。だがしばらく待っていても、一向に目線を自分から外さずにぼうっとしている。


「私は藍。主の命で貴女のお手伝いをすることになりました。よろしくね、フランドール」


先に口を開くと少女は何かを呟き、途端にうつむいた。


「フラン。フランでいい」


そう言って差し出された手を、藍は優しく握る。みんなに見送られながら、フランドールと藍は紅魔館を後にした。

力の大半を制御されているフランドールにあわせて、ゆったりと空を飛んでいく。未だに握られている手に、ほんの少しだが力がこもった。


「ごめんなさい」

「……?どうしたの?」

「もっとたくさん、ランとお話がしたいのだけど、なんだか上手く喋れなくて」

「ふふ、そんなこと。構わないわ。これから一緒にいるのだし、少しずつ仲良くなっていきましょう」


きっと、今紡げる精一杯の言葉だったのだろう。幼き者特有の必死さがそこには感じられた。

青い空が広がっている。唐傘お化けや真っ黒い球体や鴉天狗なんかが時折視界に映りはするが、とても平和な風景だった。

普段から主に無茶な命令をされることもあってか、この話が来たときも、自分がやるのだろうと内心ため息を吐いてはいたが、いざフランドールを見ると、そんな気持ちは無くなっていた。

まだ、己のみで外の世界を生き抜いていた頃、藍は様々な人の歩みを見てきた。人を食い殺し、国を滅ぼしたこともあったが。

主と出会い、人の営みに触れ、導くべき存在を得た今の人生は、藍自身の心境にも変化を与えた。レミリアの受け売りではないが、これが運命と言うやつなのだろう。


「似ているわね、私達」

「え?」

「私がランで、貴女がフラン。どう?」


少しばかりおどけてみると、フランドールはしばらくほうけた後に、笑う。この体験が、少女にとって有意義なものになるように、と藍は祈った。








「お嬢ちゃんが、妖怪さんなのかい?」


レミリアの話を聞いたフランドールは、一も二も無く頷いた。初めてまとまった期間、外に出ることが出来るのだ。初めての土地だが、どうにかなるだろうと思っていた。

だが現在、村長に尋ねられて返答に窮している。単純に緊張していた。


「ええ。幻想郷でも指折りの実力者である吸血鬼の妹君です。今はちょっと”あがっている”みたいですけどね」


藍が助け舟を出す。村長はその言葉を聞くと事情を悟ったのか、皺だらけの顔を更にくしゃくしゃにして、フランドールの頭をなでた。

だが、村長が思わず問いただしてしまうのも無理はないと藍はその光景を見て一人納得する。

今のフランドールには、羽が無かった。この様子だけ見ていると、本当に人間の童と変わりが無いように見える。

村に着くまでの道中、少しずつではあるがフランドールは藍と緊張することなく喋ることができるようになっていた。しかし、村に着くと、またもや緊張してしまったようだ。どうやら、根本的に人と接する経験が少ないらしい。

そういえばと村長は質問をした。血を吸う時はどうするのかと。

元々、フランドールは吸血行為をしたことが無い。それは咲夜が調理しているものの中に、人間の血を入れていたからである。だから、フランドールは吸血というものを知ってはいるが、行ったことは無かった。

本来ならば、転送用の魔法陣を使って血液は送られてくるが、藍はそれをフランドールに告げてはいない。この質問にフランドールがどう返すか、興味があったからだ。

呪具の力によって吸血鬼としての力は抑えられているが、吸血行為だけは収まらないらしい。

案の定というべきか、フランドールは困ったような視線を藍に向けたが、あえてどうするの?と尋ね返した。

うむむむと悩んでいるフランドールの姿を見て、老人は本当に目の前の少女が吸血鬼なのかと疑問、というよりは悪いことを聞いてしまったのか心配といった表情を浮かべている。

しばらく唸っていたフランドールだったが、まさしく閃いたといった表情で顔を上げた。


「お爺様、血を吸ってみても、いい?」


たどたどしい言葉でフランドールは村長に尋ねる。村長はお爺様と呼ばれたのがこそばゆいのか、村長で構わんよと笑いながら、首筋を出した。

だが、フランドールは村長の腕を掴む。どうやら腕から血を吸うようだ。さて、どうするのかと藍も少し身を乗り出す。

フランドールの手が、淡く光を帯びる。どうやら少ない魔力で魔法を唱えているようだ。村長の顔が驚きに変わる。そのまま、フランドールは爪で軽く村長の腕を裂いた。

突然のことに藍の身体が一瞬硬直する、だが、村長に痛がっているような素振りは見受けられない。どうやら痛覚が麻痺しているようだ。

腕から流れ落ちる血液を、フランドールは両手で受け止めるそのまま口に含むと、それを飲み干した。

飲み終えた手を傷口にかざし、またもや何かを唱える。その手が離れると、傷口は綺麗にふさがっていた。


「私、噛んで吸ったこと無いから。失敗したらおじ……村長を、吸血鬼の僕(しもべ)にしちゃうかもしれない」


荒い息をつきながら、フランドールはそう説明した。息が荒れているのは、少ない魔力で魔法を行使したせいだろう。

村長はまさしく、魔法でも見たような表情を浮かべていた。







そのままの足で、村の住人達にも挨拶に向かう。やはり大半の者からは藍が使いに見えたらしい。一様にフランドールは皆から可愛がられ、反応に困っていた。

二人は、あてがわれた平屋に向かう。藍としては普段から生活している様式なので特に問題は無かったが、フランドールが気に入ってくれるか、それが心配だった。

衣服などの荷物は、夜にパチュリーが転送魔法で送ってくれる手はずになっている。

受け取るための術式を起動し終えた藍が見たものは、西日の当たる縁側に座る、フランドールの姿だった。


「疲れた?」

「うん」

「村の人たちはどうだった?」

「わからない。けど、頭を撫でられるのは、嫌いじゃない」

「そう」


太陽はその半分ほどを地面に隠している。直ぐに夕闇が訪れ、妖怪たちの時間になるだろう。藍もフランドールに倣って、縁側に腰掛ける。


「すごく綺麗」

「太陽が?」

「うん。初めて日の光をこんなに浴びたわ。美鈴や咲夜が天気がいいと喜ぶの、少しわかった気がする」


そう言って、フランドールは身体を横に倒す。その頭を、藍の肩が支えた。しばらくそうしていたが、藍はフランドールの身体を優しく抱くと、そのまま自分の膝へと導いた。

とても穏やかな時間である。雲も無い、きっと明日も晴れるだろう。


「お日様にも、感情はあるのかな」

「どうしてそう思うの?」

「なんだかね、ランと一緒にここに来るときは、とっても元気な感じがしてね、今こうやって見てると、悲しそうな感じがするの」

「そう。もしかしたら、お日様も寂しいのかもね」

「あ、後ね」


フランドールは身体を起こすと、藍の瞳を見据えた。だが、考えが纏まらないのか、うーと唸っている。まだこの少女には、色々と経験が足りないのだ。

消えていく夕日を眺めながら、藍は少女の言葉を待つ。しばらくの間唸り声は続いたが、やがて小さな声で「怒らないでね」と聞こえた。


「親子みたいだって言われた時、嬉しかった。私、母様と父様の顔、知らないから」


住民達に顔見せをしているときの言葉だった。多分に髪の色から来ているのだろうとその時藍は聞き流していたが、どうやらフランドールにとっては光栄なことだったようだ。

何か良い返しは無いかと思案してみたが、結局藍の頭には何も浮かばなかった。思わず顔がにやけてしまう。それを隠すために、フランドールを胸に抱き寄せた。


「今日は一緒に寝ましょう。そうだ、夕飯の準備手伝ってくれる?」


その言葉に、少女は不安な表情で藍を見つめる。まともな調理の経験など無いのかもしれないが、別にそんなことはどうでもよい。少しずつでも上手くなっていけばよいのだから。

初日の夜は、穏やかに過ぎていく。







「なんて声をかけていいのか分からない?」


集落に来て四日目の夜のことだった。夕食の後片付けをしていると、フランドールがこう話してきた。

皆に声をかけたいけど、なんて言えばいいのかな。

なるほどと藍は考える。今回の守り人(という名の社会勉強)の目的の一つでもある「人とのふれあい」に悩んでいるようだった。

基本的に、藍は初日以降フランドールについていない。一応藍自身も村の管理などは行っている。他にも紫の従者としての結界管理などの仕事も同時に行っている。橙にも少しばかり仕事を回す羽目になってしまったが、


「大丈夫です、お任せください!」


と、やる気に満ちていた。妖であれ人であれ、幼き者の成長とは思った以上に早いものだと実感することになった。

紫は、フランドールの指輪を作って以降、爆睡している。どうやら、思っていた以上にフランドールの力が強力だったらしい。


「あの子は将来確実に、幻想郷トップクラスの妖怪になるわ」


爆睡する直前の紫の談である。

フランドールに詳しく話を聞くと、どうやらこの数日は村のあちこちを見ていたらしい。男の子達は外で相撲を取り、女の子達は草花で作り物をして遊んでいる。

ここ数日の話を聞く限りでは、一緒になって遊んでいるものかと思っていたが、どうやら眺めていただけのようだった。


「フランは、みんなと一緒に遊びたい?」

「うん、もちろん」

「何も話さなかったの?」

「ううん、男の子達にまぜて欲しいって言ったんだけど」


どうやら女を男の遊びにまぜたくないとの事で断られたらしい。男女平等という価値観がまだまだ子供達には足りないのだろう。あの年頃ならば仕方の無いことだと藍はため息をつく。

その後は女の子達の集団に行ったが、あまり話しかけてもらえず、程々のところで帰ってきたらしい。女には女特有の集団意識があることもわかる。中々に難しい問題だ。

だが、フランドールには少なくとも悲しみや怒り、と言った感情は見受けられない。戸惑っている、という表情がしっくり来るような顔をしていた。


「怒ってないの?」

「なんで?男の子達の言い分は分かるし、女の子達のほうは私から帰っちゃったから。むこうは怒ってるのかもしれないけど、私は怒ってないよ?それに」

「それに?」

「上手くいかないことなんか、しょっちゅうだもの」


聡い子だ、と藍は感心した。見た目こそ子供だが、その実は五百年を生きる吸血鬼と五つしか違わないのだ。

だが、原因全てを自分のせいだと思っている節がある。これは別にフランドールの責任ではない。それこそ一瞬で輪に入れるものもいれば、何時までも入れないものも、確かに存在するのだから。

数日過ごして分かったことだが、目の前の少女には、やはり絶対的に経験が足りない。

相手に非を見出そうとはせずに、先に自分に悪いところは無いかと考える。今の受け答えを見ても、フランドールの精神そのものは十二分に成長していると言える。

だが実際の体験、経験の乏しさが彼女の理想に追いついていないのだろう。その差が彼女に自信の無さ、考えすぎとなって現れているのではないかと、藍は考えた。

そして、フランドールの最後の言葉に、少しばかり目頭が熱くなった。


「考えては駄目よ、フランドール」


この子は、我慢することに慣れすぎている。


「貴女はまだ子供なのだから、素直に言えばいいの。それはとても勇気の要ることかもしれないけど、貴女なら出来ますよ」

「それでも駄目って言われたら?」

「そうしたら、話し合ってみなさい。考えるのはそこからでいいの。貴女の気持ちを伝えれば、きっと分かってくれるはずよ。もし、それでも駄目なら……」

「駄目なら?」

「理性の利く範囲で、思いっきり怒りなさい」







次の日、少年達が空き地で相撲を取っていると、一人の少年が何かに気付いた。他の少年達が言われてその方向を見る。そこには、一様に心配そうな表情を浮かべている少女達と、昨日自分達が追い返した金髪の吸血鬼の姿があった。

ずんずんと大股で、吸血鬼フランドールは少年達に詰め寄る。詰め寄られた少年は、思わず後ずさったが、すぐにこらえてなんだようと問う。


「まぜて」


昨日もこの少女はそう言ってきたが、無視していると、しばらく様子を見ていたが、結局帰ってしまった。

詰め寄られた少年がなんと答えようか困っていると、別の少年が声を上げる。一回り体の大きい、大将というのがぴったりと当てはまるような少年が、今度はフランドールに詰め寄る。

だってお前、女だろ。女はお花遊びでもしてろよ。

大将格の言葉を皮切りに、他の少年達もはやし立てる。だが、フランドールには「男の子の遊び」や「女の子の遊び」というものの区別が分からなかった。


「私が女だから、交ぜてもらえないの?」


そういうと、少年達は声を上げて笑う。そうだそうだと少年達の声は大きくなり、一人の少女がフランドールが着ている着物を掴んで、帰ろうよ、と小声で呟いた。

そんな身体じゃあ直ぐに怪我して泣いちまうよ。なんだかお前弱っちそうだし、本当に妖怪なのか?

少年の言葉を聞いて、フランドールは思考のために俯いた。どうやら泣いてしまったと思われたらしく、少年達は騒ぎ立て、少女達はフランドールに慰めの言葉をかける。

昨日、藍に聞いた言葉を思い出す。

少女達に素直にまぜて欲しいと言うと、思っていたよりも簡単に輪に入ることが出来た。一人の少女が言うには、私達もなんて声をかけようか迷っていた。らしい。

少年達にもとりあえず素直に言ってみたが、これは駄目だった。理由を聞こうとしたが、どうやら女だと駄目らしい。思わずそうなのかと納得してしまいそうだったが、さっきの言葉が頭をよぎる。

弱っちそう。

ということは、自分は弱いと思われているのだろう。ならば、自分が強いところを見せれば少年達にまぜてもらえるのではないだろうか。今のところは、この回答しかフランドールには思いつかなかった。

顔を上げる。少年達はもう遊びに戻っており、少女達は大丈夫?とフランドールに声をかける。どうやら心配させてしまったらしい。ありがとうと言って、フランドールはまたも少年達の元へと歩み寄る。


「勝負しなさい」


その一言に、少年達の動きが止まる。土俵で相撲を取っていた大将は、なにいと振り返った。


「要は、強ければいいんでしょう?言っておくけど、少なくともこの集団の中じゃあ私が一番強いわよ」

その一言に、少年達は文句を浴びせかける。だが、フランドールには納得がいかなかった。自分の周りにいる強い者達は、皆女の姿をしている。だからこそ、男のほうが強い、と決めかかっているような言葉には納得が出来なかった。


「怖いの?私に負けるのが」


いいぜ、やってやると大将がフランドールを土俵へ誘う。少女達は止めたが、やんわりと断って、大将の前に立った。


「私が勝ったら、あなた達の遊びにまぜてもらうわよ」


吠え面かくなよ、という言葉と共に、大将が突っ込んできた。並みの子供やひょろい大人ならば吹き飛びそうなぶちかましだったが、とりあえず受け止めた。

指輪の力で強力な封印を施されてはいるが、少年達は知らなかった。吸血鬼の膂力を。

大将の必死な声が聞こえる。フランドールは、行司役の少年に聞いた。


「これ、どうすれば私の勝ちなの?」


その日の夜、食卓では今日の様子を楽しそうに話すフランドールの姿があった。どうやら上手くいったらしいと、藍は胸をなでおろす。

明日は、皆で野球勝負をするらしい。その予定を嬉々として語る少女の顔を見ると、やはり子どもには笑顔が似合うと藍は思う。

子ども達と打ち解けたのが余程嬉しかったのだろう。喋り疲れたのか、先日よりも大分早く床に着くフランドールを見送って、藍は一息をついた。その顔に、笑顔が浮かんでいるのを知らぬまま。








初めて野球というものにフランドールは触れた。

相手の投げたボールを打つ。それが中々難しい。封印されている力と、もともとの感覚がまだ馴染んでいない。当てるのがやっとだったが、それでもみんなの応援に、少し気恥ずかしくなった。

ある時は、少年達を引き連れて虫を取りに出かけた。

紅魔館にも虫はいるが、観察したり捕まえたりというのは、フランドールにとっては初めてのことだった。

最初はおっかなびっくりといった様子で他の子ども達が捕った虫を眺めていたが、意を決してフランドールもカブトムシを捕ろうと決める。

あと少しというところで飛ばれ、思わずしりもちをついたフランドールを見て、子ども達は笑っていた。

その時に捕ったカブトムシは、今は家族の一員となっている。

またある日は、初めて大人たちの仕事を手伝った。

呪具によって力を封印されているとはいえ、それでも人間よりは力がある。最初は総出で止めたほうがいいと言っていた男衆も、軽々と丸太を担ぐフランドールの姿を見ると唖然としていた。

やっぱりこう見えても妖怪なんだなあ、と一人の青年が呟く。だがしばらくした後、結局フランドールは手伝いを止められた。「子どもを働かせるわけにはいかねえ」というのが理由である。

実際は住人達よりも遥かに長く生きているのだが、やはりそうは見えないらしい。皆よりも年上なんだぞ、とフランドールが言うと、皆は笑っていた。

そんなことは分かっているが、彼らにも誇りがあるのだろう。フランドールは怒って帰ってしまったが、その後の仕事は特にはかどった。フランドールの存在が、一種の清涼剤になっているのだろう。

そのように、少しずつ、フランドールは村の住人達と打ち解けていった。







もうすぐ一月が経とうかという頃の夜だった。フランドールは、既に床に着いている。寝る前に一度村の見回りをしようかと、藍が腰を挙げる。

不意に、頭の中に声が響いた。橙からの念話である。意識を集中させて、頭の中で声を拾い上げる。


(藍様、藍様)

(聞こえている。今日の仕事はどうだった?)

(今点検は終わりましたが、一つ不審なものが)


その言葉を聞いて、藍は何があったのかを聞くと、どうやら結界にひずみがあったらしい。発見時刻はつい先程。場所を聞くと、どうやら藍達のいる集落からさほど離れていない場所だった。

もし何者かが侵入していた場合、一番近い集落はここになる。橙は前もって藍から教えてもらった結界術で補修はしたとの事だが、万が一の不安というものを拭うことは出来なかった。


(すまないが橙、明日はその付近を重点的に捜索してくれないか?何かあると困る)

(わかりました)

(後一つ、留守番を頼まれてくれないか?ちょっと行くところがある)

(今から、ですか?)

(すまない。来てもらえるか)

軽い挨拶を交わして、念話を終了する。折角フランドールも少しずつではあるが、村の者たちとも馴染んできたのだ。要らぬ不安を与えたくは無かった。

だが正直なところとして、もし本当に何かがあった場合、橙だけでは不安というのもあった。実力的なものではなく、親心としてだ。

他に助っ人を頼みたいところだが、さて誰がいいだろうかと考え、一匹の妖怪に行き着く。

多分悪いようにはならないだろう。もし断られたのならば、仕方が無いので魔法店という名の便利屋を営んでいる黒白にでも頼むとしよう。そう結論付け、藍は橙の到着を待った。







「で、藍が言っていたのはこの辺りかしら」

「そう。昨日はあそこの結界にひずみがあったの」

「成程ねえ」

「けど、助っ人がアリスでよかった。知らない人だったらどうしようかと思ったもの。私、アリス好きだよ。藍様に似てるもの」

「ふふ、ありがとう。橙」

「おい、私は無視か。ピクニックみたいな空気が出てるぜお前達」


結界の不調を報告した翌日、橙と、助っ人に呼ばれたアリスと魔理沙が調査に赴いていた。


「だって藍様言ってたもの。魔理沙はアリスと一緒にいたからついでに頼んだって」

「私はついでか。あの狐」

「人徳の差ってやつね」

「お前は妖怪だろうが」


軽口を叩きあいながら、各々は調査を開始する。アリスは、藍からフランドールの件を聞き、快く引き受けてくれた。一緒にいた魔理沙は、手伝いというよりも出歯亀といったほうが正しいのかもしれないが。

しばらく探していると、問題の場所より少し離れた場所で、アリスはあるものを発見した。


「爪痕……」


神経を集中させ、近くの妖気を探る。魔理沙と橙以外にも様々な妖怪たちのものが入り混じっているが、基本的に人も妖怪も、のほほんとしているのが幻想郷である。特別禍々しいものは感じられなかった。

一通りの調査が終わったが、中々に藍の読みは正しかったようだ。


「アリスの場所には爪痕、橙のところには何かを引きずったような後が数箇所。んで私が捜した場所は、犬みたいな生物の骨と、多分妖怪なんだろうな。下半身が見つかった」

「ビンゴ、と言っていいのかしら?」

「多分な。詳しい数は分からんが。ここら辺の奴等がやったっつう可能性も捨てきれないが」

「藍様にはなんて報告すればいいかな」

「どうしようもないな、そのまま報告するしかないだろうよ。証拠が無いんじゃあ動きようも無い。ま、とりあえず報告に行こうぜ」


そう結論を出して、魔理沙達は村へと向かうために浮かび上がる。その時だった、橙は見た。いくつかの木が激しく揺れているのを。まだ魔理沙とアリスは気付いていない。

風は無い。だから、あの木は何者かが揺らしていることになる。だが、自分には原因が分からない。

不意に何かが鼻をつく。血の臭いだった。


「アリス!魔理沙!」


爆音。黒い影が橙の身体を吹き飛ばし、そのまま橙ごと森へと消えていく。魔法使いと人形遣いは、瞬時に橙と影の姿を確認すると追跡を開始しようとし、


「魔理沙!もう一匹いるわ!」


その声と共に、何かが魔理沙の下へと襲い掛かる。咄嗟に強化魔法を施した箒でその攻撃を防いだ。だが勢いを殺すことは出来ず、魔理沙もまた襲撃者と共に森の中へと突っ込んでいく。

黒い影の正体を見る、犬だった。否、犬の頭部をした生き物だった。その肩には巨大な目玉がついている。その姿を見て、魔理沙は瞬時に理解した。

地面に激突する直前、どうにか身体を捻り、そのまま犬頭を地面に叩きつける。

うめき声を上げる化け物からすばやく離れ、八卦炉の照準を合わせると、迷わず魔力を放出した。弾幕戦などで使うような煌びやかさは全く無い。全力の魔力弾を撃ち込む。

以前、同じように熊の化け物と対峙したことがあったが、その時相手は身体から向こうの景色が見えるような、文字通りの蜂の巣にされながらも魔理沙に反撃した。一通り撃ち終えると、聖から教わった身体強化の魔法をかけつつ、油断無く相手がいた場所を見据える。

光と爆煙の晴れた先に見た犬頭の姿は、身体の四分の一程が削り取られている。

そのまま即座に拘束魔法を詠唱。普段は使わないものだが、この時ばかりは学んでおいて良かったと、魔理沙は自分の生活態度を思わず褒めたくなった。

拘束された化け物の様子を見る。犬の頭に人の身体、少なくとも、魔理沙はこんな妖怪は見たことが無い。そして何よりも、肩部にある目玉である。

魔理沙は一時期、慧音の代わりに教師の代役をしていたことがある。その時に面倒を見ていた一人の少年が、その後行方不明になったという事件があった。

少年は、人外の姿へと変容していた。その掌には、目の前の犬頭同様に巨大な目玉がついていたのだ。

あまりにも似ている。一緒にいた花の大妖が言うには、幻想郷の妖怪ではないらしい。だとしたら、この状況は非常にまずい。

とりあえず二人の様子はどうなったのだろうか、そんなことを考えていると、草葉を分けてアリスと橙が姿を現した。その横では、もう一匹の山羊頭が、宙に浮いたまま拘束されている。目を凝らすと、かすかにだが、アリスの糸が輝いていた。


「証拠が出たわね」

「みたいだな」







「……というわけで、村の外には出ちゃ駄目。みんな、わかった?」


翌日、子ども達の前でフランドールは注意を呼びかけた。大体は神妙に頷いていたが、中には見てみたいなと言っている少年達もいる。軽く睨みを利かせて、子ども達を解散させた。

藍は紫の下へ報告のために戻っている。住民達の見張りをするのが、フランドールの役目だった。村の周辺は橙が昨日に引き続き警備している。

考えてみれば、住民達を守るためにやってきたのだ。初めての仕事ではあるが、嫌な緊張が身体から離れない。会ったことは無いが、人里の守護者と呼ばれる人物も常にこのようなことをやっているのかと考え、その凄さを感じる。

大体の者達は自分の家へと戻ったが、残った子どもたちは各々好きなように遊んでいる。切り株に腰掛けながら、フランドールは姉のことを考えていた。

レミリアは少なくともフランドールの眼から見る限りは、ただの姉にしか見えない。だが、美鈴にしても咲夜にしてもパチュリーにしても、そんなレミリアに惹かれて、その下に集っているのだ。

フランドールが初めて屋敷の外に出たとき、そこは既に幻想郷だった。だから、姉がこの地に来るまでにどんな苦労があったかは分からない。誰かを失ったり、失わないように努力をしていたのだろうか。

もし紅魔館に帰った時には一度聞いてみよう。自分の知らない姉の姿を知ることが出来るかもしれない。

大将格の少年に見張っておくように告げ、フランドールは仕事をしている大人達のところへと向かった。

お、フランちゃんじゃあないかと、休憩していた青年に声をかけられる。何か変わったことは無いかと聞いたが、特に何も無いらしい。

青年の横に腰を下ろし、作業の様子を見る。集落を囲う木の塀は、もう直ぐ完成というところまで来ている。この仕事が終われば、とりあえずフランドールの役目も終了になる。


「さびしいなあ」


フランドールの言葉に、青年は耳を傾ける。


「ここに来る前まではね、私には館の中が全てだった」

「だからね、初めてここに来た時、すっごい緊張した。知らない人ばっかりだったし」

「だけどね、今はここもいいと思ってるの。もちろん、一番はあの館だけど、もしかしたら、ずっとここにいたら、ここが一番になるかもしれない。そう思うくらい」


風が吹く。心地よい涼しさを運んでくれるのを感じながら、フランドールは言葉を続ける。


「風がこんなに気持ちいいことを私は知らなかった。お日様の光があんなに気持ちいいものだなんて知らなかった」

「あとね、ランと別れるのも悲しい」

「お母さんがいたら、こんな気持ちなんだろうね」


青年が腰を上げる。フランドールに振り返ると、その頭を撫でた。その顔は、まるで娘を見るそれのようだった。

何も言わず、青年は仕事へと戻る。その後姿を見て、フランドールは少し泣きそうになった。

子ども達が心配になった。自分の見ていないところで何か企んでいるかもしれない。腰を上げたところで、違和感に気付いた。





嫌な気持ちを感じた。

何かが来る。





駆け出す。戸惑う大人たちを押し退けて、フランドールは村の外へ出た。目の前の森から、何かが近づいてくる。


「村の中に!早く!」


その言葉を聞いて、村人達の硬直が解けた。何人かはフランドールの心配をしたが、構っている暇は無い。振り返らず、大丈夫だと告げると、村人達の気配は遠のいていった。

日はまだ頭上で輝いている。封印を解くことは出来ない。藍もいない。
状況は最悪だった。

杞憂ならいい。勘違いだったと言って笑ってもらえるのならばどれほどいいだろうか。だが分かる、これは確実に悪意を孕んでいると。

口が渇く。足が震えているのが分かった。恐怖なのだろうか。そう、これが恐怖なのかとフランドールは理解する。

嫌だ、初めてなのだ。壊さないでいるのは初めてなんだ。壊されたくないんだ。


「守るんだから」


目の前の木が爆ぜた。


「私が守るんだからっっ!」


現れた怪異を前に、フランドールは吼えた。






目玉がついている部分に爪を突き立てると、怪異は大人しくなった。その様子を見て、橙は荒くなっている息を整える。服は所々破れており、その戦いの激しさがうかがえた。

怪異はしばらくの間痙攣していたが、やがてその身体が萎むように縮んでいくと、変貌する前の姿へと戻る。今度の相手は巨大な蛇だった。やがて、その身体は小さな蛇と目玉の化け物の二つに分離した。

どうやら魔力を放出する量が極端に少ないらしい。探し出すことすら中々に骨が折れる。周囲を見渡してみたが、やはり気配は無い。

藍から頼まれたこの任を、果たさないわけにはいかない。空を飛び、上空からそれらしい動きが無いかを確認すると、あるところで目が止まった。

村から程近い場所。その上空に何かがいた。何か、というのは一瞬橙の思考が停止したからである。

遠目から見ても分かる。

あの羽は、蝶だ。馬鹿でかい蝶が、空を飛んでいた。

橙は空を駆け出した。








巨大な猪。そう形容するのが正しいのだろう。フランドールの目の前に現れた怪異は、勢いを緩めることなく突進してきた。

後ろには、村人たちが頑張って作った塀がある。壊されるわけにはいかない。

腰を落とし、小さな腕を目一杯に広げた。

衝撃。視界が激しく揺れる。踏ん張っていた足が離れるのが分かった。必死に化け物の体毛を掴むが、不意に背中からも訪れた衝撃で、フランドールの手は離れた。塀ごとぶち破ったのだ。


「う、げぇっ」


起き上がろうとして、激痛と吐き気に襲われる。突進の衝撃がようやく身体に送られたのだ。視界も揺れる。それでもどうにか顔だけ上げると、フランドールを敵とみなしたのか、怪異はこちらを睨んで唸っている。

よろめく身体をどうにか起こし、化け物と対峙する。かすむ視界でよく見てみると、その額にはおよそ猪には似つかわしくない第三の目が存在していた。

どうすればいいのかわからない。だが、今戦えるのは自分しかいないのだ。

凶相の猪が、再びこちらに向かって突進してくる。さっきの一合で分かった。こいつを正面から止めることは今の自分には無理だ。

ふらつく身体に力を込めて、フランドールは猪めがけて駆け出した。一瞬遅れて、猪も突進してくる。やるしかないと腹をくくり、足に力を込め、目一杯跳び上がった。

その背に飛び乗ろうとした時、猪の牙が震え、生き物のように伸びた。咄嗟に両手を交差させる。牙はフランドールの脇腹を抉るように突き抜け、またもや身体を地面に叩きつけられた。


「伸びるなんて、反則でしょおっ」


立ち上がれない、必死に起き上がろうとして脇腹の激痛に悶える。口の中から酸味と鉄の味が込み上げて来る。だが、それを吐き出す暇もなく、今度は右腕が軋んだ。

踏まれている。日の光が遮られ、猪の顔が現れた。真っ赤な目に笑っているように歪んでいる第三の目。


「っっ!うああっっ!」


口が開かれる。食べようとしている。開いた左手で砂を掴んで思いっきり投げつけた。一瞬だが、抑えられている力が緩む。どうにか抜け出し、態勢を整える。立ち上がりざまに、第三の目に拳を叩き込んだ。


「がっ!」


めり込む。眼球の硬い感触を感じながら、そのままさらに奥へと拳を突き立てる。化け猪は狂ったように、その体を暴れさせ、その勢いで、フランドールは三度吹き飛ばされた。

体の自由が利かないのか、猪はその場に倒れこみ、痙攣したようにもがいている。だが、やがてその動きは緩やかになっていき、ついにはその動きを止めた。

吹き飛ばされたまま、フランドールはその様子を見ていた。どうにかこうにか立ち上がると、猪の額から、目玉の潰れた化け物が分離する。それを見て、フランドールは闘いが終わったのを知った。守ったのだ。


「はは、は」


へたりこむ。意味もなく笑い声が口から出た。ひとしきり笑った後、思い出したようにその場で血反吐を吐き出した。

もう動けない。目を閉じて荒く息をつくと、村人達がこちらに向かってくるのが見えた。風が強い。そんな風を感じながら、目を閉じようとした。

少女がこちらに駆け寄ってくる。その身体が、浮いた。

見上げる。馬鹿でかい蝶。そう見える化け物が、少女を抱えて上昇していく。その姿と交差するように、何者かがこちらへと落下してくる。猫耳のついた妖獣だった。


「ちいっ、間に合わなかったか!」


そう呟いて、猫耳の妖獣はフランドールの下へと駆け寄ってくる。肩を支えられながら、その妖獣が橙ということ。そして藍の式であるという事を簡潔に説明された。

どうにか立ち上がると、化け物の姿はもう見えるか見えないかというほどに小さくなっている。村人達は、ようやく状況を理解したのか、それぞれが混乱していた。


「大丈夫?今藍様に連絡を取っているから。休んで、フランドール」


表情から何かを読み取ったのだろう、橙の言葉に、フランドールは曖昧に頷く。だが、その心にはどうしようもなく不安が広がっていた。

痛みは既に引いている。それが痛みを自分の身体が遮断するほどに危険な状態だと、フランドールは気付かない。

確かに藍が来てくれれば、きっとあの化け物を倒してくれるだろう。だけども、間に合うのか。胸の鼓動が早くなる。

身体の弱い少女だった。皆で遊ぶときも、常に木陰で皆を見ている、そんな少女だった。

そう、覚えているのだ。この集落のみんなの顔を。だから、自分が守らなくてはならないのだ。

指輪を見る。これを外すともうここにはいられない。決断は一瞬だった。


「みんな」


振り返る。いまだ困惑顔の住人達に、優しく語り掛ける。

大丈夫。

私が、守るから。

解呪の呪文を唱える。少し、寂しくなった。

身体から、力が湧き上がってきた。次に、背中に違和感。服を突き抜けて、極彩の宝石をつけた歪な羽がその姿を現した。

身体が熱い。日の光を浴びて蒸発する己の身体を、魔力で無理矢理押さえ込んだ。時間は無い。この身が燃え尽きる前に、決着をつける。

羽についている宝石が、火柱へと姿を変える。炎の翼を纏って、守り人、
フランドールは空を駆けた。






赤き光が、幻想郷の空を疾駆する。右手の感覚が無いことに気付いて、フランドールは視線を向けると、その手は黒く炭化していた。

元々、日の光を浴びると蒸発してしまうのを無理矢理押さえ込んでいるのだ。なんとなく、こうなることは予想していた。あの子を救うことが出来れば、それでいい。それがフランドールの嘘偽り無い気持ちだった。


視線の先に、黒い影が現れる。もっとだ、もっと速く。

右足の感覚も無くなった。

影の形が大きくなる。もう少しだ。もっと、もっと速く!

左足の感覚が消えていく。

少女の顔を、はっきりと捉えた。あとちょっとだ。もっとだ!疾く!

残った左手を太陽から隠し、フランドールはその速度を更に上げた。隠した左手から、炎の刃が姿を現す。


「うおおおっっ!!」


守り人の咆哮。深紅の弾丸が、化け物蝶へと突き刺さった。

蝶の脚から、少女が中空へと放り出される。炎剣を手放し、フランドールはその掌を開く。そこには二つの「目」が見える。

化け物蝶と目が合う。その目を見る、躊躇いは一瞬。そのまま握りつぶすと、化け物蝶の姿が弾けた。直後、視界が真っ白に染まる。太陽の光を、直接覗き込んでしまった。

左手も炭化が始まる、駄目だ。あと少し、ありったけの魔力を込めると、背中の火柱が更に巨大化した。

森へと落ちていく少女の姿を捉えて、紅い光は急降下した。


「まにあえぇ!」


真っ白だった視界が、赤と黒に染まる。薄れていく意識の最後で、フランドールは少女に向かって腕を伸ばした。







縁側に座って、周りを見渡す。いつもと変わらぬのどかな風景に、自然と笑みが零れた。

声が聞こえた。向いた視線の先には、息を切らした青年の姿があった。

青年に連れられ、家へと招かれる。そこには、産湯をつかりながら元気に泣き声を上げる赤ん坊の姿があった。

抱いて欲しいと妻に言われ、恐る恐る赤ん坊を受け取る。そこには、確かに命が存在していた。

その日は、村を挙げての宴会となった。

満月を肴に、こんな時間がずっと続けばいいと呟いた途端、意識が遠くなっていく。

そこで初めて、これが夢だとフランドールは理解した。







瞼を開くとうっすらとだが、真っ白い天井が見えた。どうやらまだ生きているらしい。手を動かそうとして、左手以外の四肢に感覚が無いことに気付いた。

喉が渇いている。水が欲しいが全くといっていいほどに力が入らない。どうにかして首を動かすのと同時に、何者かが視界に映った。

金色の髪、可愛らしい狐耳、ふさふさの尻尾。はっきりとしない視界でもわかる。


「ラン」


喉が渇いているせいか、かすれたような声になってしまった。狐の耳がぴこぴこと動くと、顔を上げた藍と視線が合った。

視界が真っ暗になる。抱きしめられたのだという事実に気がついて、フランドールは涙が溢れた。

永琳の話によると、とりあえず峠は越したらしい。絶対安静ではあるが、命に別状は無いとのことだった。左手を残して四肢は無くなってしまったが、しばらくすれば元通りになるらしい。


「噂には聞いていたけど、すさまじい自己修復能力ね。しばらくは絶対安静だけど、心配は要らないわ」


その言葉を聞いて、藍は深く頭を下げていた。よく見ると藍の身体にも、そこら中に包帯が巻かれている。何があったのか教えてはくれなかったが、姉がやったのだろうとフランドールは思った。

何かあったら呼ぶようにと言い残して、永琳は病室を後にする。未だ使い物にならない目を閉じて、フランドールは口を開いた。


「あの子は?」

「皆無事よ。けが人も死人もいない」

「後で謝らなきゃ」

「誰に?」

「塀、壊れちゃったから」

「大丈夫、皆がすぐに直してくれたわ」


思わず安堵の溜息が零れる。皆無事なら、身体を張った甲斐があるというものだ。と、頭になにかあったかいものが置かれる。藍の手だった。


「私こそごめんなさい。まさか私がいない間に、あんなことになるなんて」

「いいよ。気にしてない。ただ、寂しい」

「寂しい?」

「皆と別れなくちゃいけない。それに、ランとも別れなくちゃいけない。後悔はしてない、だけど、寂しいの。とっても」


それは、正直な気持ち。それだけフランドールの中では、皆と藍の存在が大きくなっていた。瞼を閉じているフランドールに悟られないように、藍は静かに涙を流した。







一週間後、村人達の前には、日傘を差すフランドールと藍の姿があった。今回の件で封印を解いてしまったため、紅魔館に戻らなくてはならない。そのことを伝えるために、こうして話をしている。


「みんな、今までありがとう。私は、ここでたくさんのことを経験しました。それも皆のおかげです。本当に、ありがとう」


身体はほぼ全快している。村人達はフランドールに、感謝の言葉を述べた。子ども達の中には泣く者もいたが、終始フランドールは笑顔を絶やさなかった。

家に戻り、荷物をまとめる。飼っていたカブトムシは野へと返した。縁側に座りながら、フランドールは村の風景を眺めていた。藍も隣に座る。


「初めて野球をやったの。あんなに大人数でやる遊びって初めてだから、凄く楽しかった」

「虫捕りも面白かった。お花遊びも。そおっとやらなくちゃいけないからさ、なんだかとっても緊張するの」

「相撲なんかさ、男の子達がみんな勝負を挑んでくるの。きっと私に負けたのが悔しいんじゃないかな」


相槌を打たずに、藍は耳を傾ける。


「……あの時、あの妖怪達の命を奪った時にね、すごく重たかったの。もしかしたらさ、壊さなくても解決できたんじゃないかなって。そう思うと、今まで壊したものを思い出して、怖くなった」

「けどね、それでも嫌だった。守りたかった」

「もっと、もっと一緒にいたかった」


昼下がり、抜けるような空が滲む。我慢していた感情が、涙になってフランドールの頬を濡らした。

初めて村に来たときのように、藍は小さな身体を胸へと抱き寄せる。


「ありがとう、ラン。大好き」


出会うことの楽しみと、別れることの悲しさを知って、フランドールの守人体験は終了した。







霧雨魔理沙は空を飛んでいた。目的地である紅い館へと、ゆっくりと飛んでいく。門前に下りると、美鈴がいない。代わりに門番隊の妖精が番をしていた。

フランドールに呼ばれたらしい。門番妖精に弾幕をするつもりは無いと言って、ある手紙を取り出す。これを届けるのが、今回の目的だった。


「何の用かしら」

「いきなり現れるなよ、心臓に悪い。ほらよ」


咲夜に依頼の品を渡す。覗いてく?と誘われ、一緒に大図書館へと向かう。静かに扉を開けると、パチュリーと美鈴が、フランドールに何かを教えている姿が見えた。その横では、非常に面白くなさそうな顔をしたレミリアも見える。


「パチュリー様に頭を下げて妹様が頼んだのよ。私に魔法を教えてくださいって。美鈴にも気の流れとかを学びたいみたい」

「いい経験になったみたいだな」

「みたいね。お嬢様は大層不機嫌だけど」

「そりゃあ大好きな妹が大怪我して帰ってくれば誰だって怒るだろう。藍に八つ当たりしたらしいじゃないか」

「どちらかというと、あの狐に妹様が懐いてしまったのが気に食わなかったらしいわ」

「……シスコンってやつか」


図書館には入らず、魔理沙は紅魔館を後にした。扉の前で、咲夜は渡された手紙を眺める。中身を読む気は毛頭ないが、どこから出されたのかは予想が出来た。


私に、勉強を教えてください。


フランドールの真摯な態度に、魔法使いと門番は、力強く頷いていた。どうやらしばらく見ない間に、フランドールは立派に成長したらしい。美鈴にいたっては余程感動したのか、涙目になりながら何度も首を縦に振っていた。


「さて、と」


扉を開けて、フランドールに手紙を渡す。最初は誰からだろうかと訝しげな表情をしていたフランドールだったが、読み終える頃には、その顔は笑顔で溢れていた。

悪魔の妹は、新たな一歩を踏み出した。







「おはよう、霊夢」

「珍しいじゃない。こんな朝っぱらに来るなんて」


ある日の朝、縁側で茶を飲もうと準備をしていると、すでに紫が縁側に腰掛けていた。なんとなく用意しておいた湯飲みを渡し、茶をすする。その様子を紫に笑われ、霊夢は少し眉根を寄せた。


「今日の夜、宴会しない?」

「……珍しいわね。ぐうたら妖怪様がそんなことをおっしゃるなんて」

「素敵なイメージをありがとう。いや、最近藍が使いものにならなくってねぇ」

「なんでまた?」

「フランちゃん欠乏症。さっきも布団の中でふらーん、ふらーんって」

「……あー、それはそれは」

「この間の件もあって、橙も何か思うところがあったみたいね。藍の手伝いをしようと、今まで以上に修行に励んでいるみたい。ただそのせいか、藍も寂しいみたいね」

「まあ、藍とフランドール、ね。親子っぽく見えるものね」

「まあそういう訳でね、料理の準備が面倒くさいのよ」

「なーるほど」


今回の件は特に関与していない霊夢だったが、一つ気になる点があった。何故、フランドールが選ばれたのか、というところである。

そのことを質問すると、紫は珍しく、まじめな顔をしていた。


「……だって、可愛そうでしょう?妖怪として生まれたのに、妖怪の楽しみを知らないなんて」


宵闇の時間を闊歩する楽しみを知らない。

気の合う仲間と飲む酒の美味さを知らない。

世の営みを眺める楽しみを知らない。

そして、人間と触れ合う楽しみを知らない。

それは、とても悲しいことだと紫は言葉を結んだ。

しょうがないわねと呟いて、霊夢は立ち上がる。藍は頼んだわよと言い残して、霊夢は空へと浮かび上がった。紅魔館へと向かうのだろう。

お茶を一口。穏やかな朝の風景を眺めながら、紫は呟いた。


「一緒にお散歩、したかったなあ」


今日も、幻想郷の一日が始まる。
 


初めて、これだけの文章を打ちました。長文を書ける方は尊敬します。

気温の変化が激しいので、風邪などには充分お気をつけください。

最後に、この作品を呼んでくれた読者様に感謝を。ありがとうございました。


誤字修正。ご指摘、ありがとうございます。
モブ
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コメント



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7.100名前が無い程度の能力削除
良かった。
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ビューティフォー
12.90コチドリ削除
フランドール・スカーレットの成長譚、楽しく拝読させて頂きました。
そんじゃ、作品について感じたままをつらつらと書かせてもらいます。多少の無礼は御容赦ってことで。

物語前半。良いですね、なんかこう、羽がしゃらんと揺れる時物語は動き、加速していく、
みたいな感じで、この先の盛り上がりを弥が上にも期待させてくれる。
バトルシーンも好きだな。作品タイトルはここに凝縮している。
皆を守るためにその後の別れを知りつつも真の力を解放するフランドール、バトルものにおける王道であり浪漫やで!
ラストもまた結構。フランドールの確かな成長と明るい未来が約束されているようで、自然と頬がほころびますね。
お疲れ藍様、妹離れしろレミ様。

そんで残るはフランドールと藍や村人達との交流が軸となる中盤のみとなるわけですが、
うん、不足も不満もない。ないんだけどもうちょっとボリュームがあると更に良かったかな、というのが正直な感想。
自己最長の文章を打ち込んだ作者様を鞭打つようで甚だ申し訳ないのですが。

それは餓鬼大将の淡い恋心でもいいだろうし、
おそらく初めての生きたペットであろうカブトムシ君のお世話でもいいだろうし、
夢ではなく実際にも青年には身篭った奥さんがいるのかな? ならば妊婦さんのお腹に手を当てる、耳を当てて鼓動を聞く、
などというのもめっさフランちゃんの情操教育にいいだろうし、
でかい蝶に攫われてしまった身体の弱い少女との交流でもいい。

なんでもいい。フランドールや読者である俺に「守りたい、守って欲しい、この世界が壊れないで欲しい」
みたいな気持ちをもっともっと抱かせてくれるならなんでもいいのだ。
……普通に100KB超すねこれ。まあ、いつかそんなお話を読ませて頂けたら感激です、ってことで一つ。

同じ高さで、或いはちょっとでこぼこの高さの日傘が二つ並んで新しい村までの道のりをお散歩をしている。
そんな光景が見られる日もそう遠くはないのでしょうね。
16.90名前が無い程度の能力削除
優しさと慈愛と一抹の哀切に満ちた幻想郷。こういうフランちゃんの情操教育モノは、周りの人々が暖かくていいやな。
藍さまの超母性、ゆかりんの小さな願い、ほかにも、作中での描写以外の余白に情緒を感じました。
19.100すすき削除
大変に面白い作品でした
違和感のない流れ、雰囲気、話の落としどころ。読了後もすっきりとした気分で読める話づくり、良かったです。
31.100名前が無い程度の能力削除
ただ満足。この長さの作品を不自然なところもなく書き切ったのは本当に見事でした。
37.90名前が無い程度の能力削除
フランが太陽の下でいろんな活動をするシーンと、カブトムシを野に帰すシーンがなんか好きです