Coolier - 新生・東方創想話

忘れ得ぬ人

2012/03/01 00:21:54
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     一

寺子屋にかつての主はいない。
今は里の知恵者が子供たちに教えを授けている。
この男はさして学問をさせるでもなく、面白い話・ためになる話を少しでも多く聞かすようにしている。
これが慧音の教え子で、慧音の志を継いだものだと思うと、納得できるような気もするが、一方でどこか変な気もする。
寺子屋を始めてからしばし、次第次第に慧音は圭角が取れていった。
あまり難しいことを言っても、子供には分からぬと悟ったらしい。
時には今昔語をし、子供の知らぬこと・里にいては見聞きできぬことを聞かせてやっていた。
また時には豆を炒って食わせたり、年寄りどもを呼んで煎茶を共に楽しんだりもしていた。
そうしたほうが、真剣に憂いて叱りつけるより、よっぽど子供たちにとっては教えになるのだから面白い。
時にはやんちゃな悪坊がいたりすると、先生預かっては堅く門を出さず、たばこ盆のそうじ、茶の給仕、あれやこれやと羽織着せずに使ってやると、心もすっかり改まるのであった。
平凡人たる里の子供らには、学問修行よりも人格修養こそ大事であった。
寺子屋を始めたばかりの頃は、陰で「あれならば私がしたほうが……」と苦笑されていたものが、すっかり手馴れて名教師になってしまった。
今ではそんなかつての、拙かった頃の彼女の姿を知る者はなく、ただ里の母然とした敬意が残っているばかりである。
そんなことを懐かしく思い出しながら、今日も平和だ退屈だと思って縁側に茶を啜っているのは、蓬莱人の藤原妹紅。
今はこの寺子屋には、留守を預かり、里の警護をする者として、生前慧音と入魂の仲であった彼女が住んでいるのであった。

     二

稗田の十代目が六歳になりしとき、春雨まばらに振り落ちる中、彼女は一人寺子屋を訪ねた。
妹紅はこの意外の来訪者に驚き、珍しき客、これが噂の十代目稗田の秀才かと思いながら、家に招き入れた。
音に聞く十代目は寡黙でぶっきらぼうな人となり。
才知抜群にして、既に編纂の務めを果たしているらしい。
それも黙々と、他に興味を示す素振りなどは微塵も見せず熱心に。
そこは頼もしくも気味が悪い。
およそ、子供らしくも人らしくも無く。
そう聞いていたが、なるほど、これは相手にし難いと妹紅は思った。
この子がいるだけで、空気が途端に張り詰める。
とりあえず、中に入れてお茶とお菓子を出してもてなす。

「何か、用事かな」と訪ねる。

「はい。実は、慧音さんの遺留品を見せて頂きたくて参ったのです」と答える。

「慧音の? 遺留品って言われても……たくさんあってなぁ。まぁ、別に構わないけど、何でまた?」
「わかりません」
「わからないって……」
「ただ、何かを忘れている気がして」
「ふむ」

忘れているとは、変な話だ。
この子がうちに来るのははじめて。
稗田の末裔は、勤めを超えて記憶は残さぬと聞く。
まあ、細かいことは良いか。
私も大分好い加減になった。

「まぁ、わかったよ。慧音の部屋や書斎は、殆ど当時のままにしているから、おいで。案内するよ」

そうして案内すると、「遠慮しないで」というまでも無く遠慮なく部屋をあちこち物色し始めた。
そうして、数冊の本を持ち出した。
「それでは、お邪魔しました」と言って、帰って行った。

     三

数日後、十代目はまた寺子屋に来た。

「あれは、ただ編纂のために必要な資料だったのです」

ならもう返せと思うが、めんどくさいので言わないでおいた。
そうしてまた物色して、今度はティーカップを持っていった。
あれは私のお気に入りだったのだが、そうか、彼女のものだったのか。
道理で、慧音にしてはハイカラなものを持っていると思った。

     四

それから十代目は、度々寺子屋にやって来た。
そのたびに何かを持って帰って行った。
どうやら、先代所以のモノが大分遺留品としてあるらしい。
探すと、ぽつぽつ出て来た。
忘れていることが何かあるというのは、つまりは忘れ物のことだったのだろう。
そう合点して相手をしていた。
しかしこの子は最低限のことしかしゃべらないから、全然会話が盛り上がらない。
そうして子供ながらに、鋭い視線を大人に向ける。
いやぁ、流石にこういうタイプは苦手だよ。
果たして、はじめて私が慧音に会ったときも、こんな感じだったのだろうか。
そう思うと背筋が冷たくなる。
だが、あの当時は、あれが精一杯だったのだ。
別段私も、慧音に敵愾心を抱いていたわけではない。
ただ毎日を張り詰めて生きていたから、どうしても頑なになってしまったのだ。
実際、彼女の好意をありがたいことと思って感謝する気持ちもあった。
しかしそれを表現するのは難しかった。
打ち解けるには時間が要った。
それを慧音は、よく理解していたらしい。
あるいは存外、彼女も好い加減な人だったのか知れない。
あれはあれで、よっぽど図太いところがある。
そんな過去の自分の影が、この子には重なるところがある。
だから仕方ないのだ。
さも当然という感じで、家に上がり込んだり、物を持って行っても、仕方ない……に違いない。

     五

しかしこの子、時には具体的に欲しいものを指名してくるから驚く。
多少は、前世の記憶があると見える。
またある日は夜遅くに、庭で月見酒を楽しんでいるときにふらりとやってくるのだから困った。
仕方が無いから帰りは送っていってやった。
そうして夏も盛りの暑い日に、竹林の私の家を見せて欲しいと言って来た。
流石に私は嫌だと思ったが、慧音の品が大分私の家にあるのも事実である。
慧音が置いていったものも多いが、私が勝手に持っていったものも大分ある。
ただ急では掃除もしていない。
実は最近、めっきり竹林まで帰ることが少なくなって、結構散らかっているのだ。
このような家に招いたのでは、いくらなんでも体裁が悪いから、後日、案内する約束をして帰ってもらった。

     六

さて、それからしばらくは久しぶりに我が家の掃除である。
大掃除をしてみると、大分埃っぽくて困った。
布団も干した。
自分のと、慧音の布団:来客用の布団だ。
最も、慧音が逝ってからは誰も使うことのない布団だが。
そうしてはたきにかけて、部屋に戻る。
いらないものはいっそ燃やしてしまおう。
そう思って、ドンドン外に持って行く。
おかげではかどる。
ふと、香を発見する。
少し懐かしい匂いがした。
あぁ、これは慧音が愛用していた香だ。
そうだなぁ。
久しぶりに、今晩はこの香を焚いて寝るとしようかな。

     七

竹林の家に帰り、慧音の布団で眠り、慧音が愛用していた香を焚いたからだろう。
彼女の夢を見た。
慧音は晩年、私の家で過ごすことが少なくなかった。
こんなところ不憫で寂しかろうと思ったが、子供たちの賑やかな様は嬉しくも疲れると言っていた。
すっかり心細くなってしまったものだと、私は悲しい気持ちになったことだ。
そうして慧音は、年につれて眼が衰えて行った。
殆ど盲に近くなってしまった。
眼が見えぬと耳が逞しくなると聞いたことがあるが、子供の賑やかな声は、かえって年寄りには刺激が強すぎたのだろうか。
耳は不思議と達者であった。
一度、眼が見えぬようになって不便ではないかと聞いたことがあった。
妹紅が世話をしてくれるから不便はないと言った。
しかし辛さはあろうと聞いた。
すると「おもふとも見るとも人にかたりえぬ みみなしやまのくちなしの花」と詠んで答えた。
唖(おし)やつんぼは、語ることさえ出来やしない。
それに比べれば、私は気持ちを人に語って伝えることが出来るだけ幸せだと言った。
慧音は何事にかけても、有難いことだと感謝する人であった。
この言葉にはちょっと胸が詰まった。
それきり、言葉は無くなってしまった。
雨が䔥䔥(しょうしょう:さびしい様)と降って来たものだから、雨音ばかりがこだました。
私も覚えず涙が零れた。
花は露をまとって紅々。
今もこうして枯れることがない。
随分と昔のことなのに、今でもまだ夢に見る。
そして涙零れて目を覚ますが、私の心に憂いは残らない。
彼女とは、死してあの世で会うことも、来世で再会することも出来ないだろう。
しかし夢では、また逢うことが出来る。
私たちのこころもまた、この体と同じように永遠なのだから。

     八

翌日、一日大掃除。
思ったよりもたくさんの遺品が出て来た。
私も昔を思い出して愉快だった。
慧音は良いヤツだった。
一時欝気味で気が滅入っていたときなど、お日様に当ればすっかり治ると、私を日中連れまわしたことがあった。
そのとき被った麦藁帽子も出て来た。
ちょっと小さめの麦藁帽子と、ちょっと大きめの麦藁帽子。
慧音は少し頭の大きい人だった。
だから大きめの麦藁帽子は慧音に丁度良かった。
しかし小さめの麦藁帽子は、私にも少し小さいくらいだった。
しかし被れぬことはないから被っていた。
そんなことを思っていると、また昔を思い出して思わず涙が出て来た。

「ついきけば汚いことだ泥だらけ」

そう言って慧音は、泥まみれになりながら笑っていた。
雨の後、晴れたらみっちり、農作業をした様がこれである。

「ついきかなくても汚いよ」

と言って、私は身体を拭くものを貸してあげた。
そうして、すぐに湯を沸かした。

「先に入って」と勧めたら、「たまには一緒に入るのも悪くないだろう」と言われたので従った。
そうして身体を洗って、湯船につかっていると、

「よく見れば醜いことだひびだらけ」

と言って、慧音は私に手を見せた。
この頃から慧音はめっきり体が衰えてきていた。
容貌はあまり変化が無かったが、内臓や手足の先に見える衰えは明らかだった。

「寄せる年波には勝てないね。」と言って苦笑していた。
「足腰も、随分頼りなくなった。」そういう間は、まだ元気だった。
「しかし、大事なところはまだまだ瑞々しいぞ。」と言って笑った。
「だが、髪が最近パサパサになって来てな。抜け毛・枝毛も増えた。それが悲しいことだよ。」と言って溜息をついて見せた。
「私は、皺くちゃになっても、慧音のことが好きだよ。」と答えた。
「ありがとう、妹紅。」と言って慧音は答えた。
それっきり、私たちは何も言わなかった。
そうして風呂場は雨音が嫌に響くものだ。
時雨はしのつく雨となって大変な勢いになった。

     九

次の日、いよいよ倉の掃除になった。
流石にここには慧音のものもあるまいと思ったが、一応探してみた。
すると、彼女の日記が出て来た。
流石にこれは見せられないと思ったので、しまっておくことにした。
だがちょっと、私が見たい気もしなくなかった。
が、やっぱり止めておいた。
私は彼女を尊敬するから、そんなことはしないでおこう。
そうして彼女を尊敬するこの自分を大切にすることが、とても大事なことなんだと思うから、そっとしておくのだ。
だから私は、遂に彼女に想いを告げたりはしなかった。
そのチャンスがなかったわけではないし、告白しようと思わないわけでもなかった。
今までの関係が崩れるとか、色々な考えがあったのは事実だ。
だけれども、それよりも私は、愛情を、それは私の愛情であり、また恐らくは彼女の愛情を、尊敬して黙っていたのだ。
この白髪は忌むべきものであって、その所以は凄烈な感情にあるけれども、それもまた、稚さなくも愚かで、それ故に清烈な感情だったのだ。
その白髪が、青にも赤にも黄にも紫にも染まることなく、永遠の純白であることを、私は嬉しく思って、何時までもこのままであれと願って、愛情を尊敬して沈黙を保ったのだ。
だから、この日記は、このままに留めておいて、決して見ないでおこうと思う。
ただそれでも、虫に食われてしまってはいけないから、日干しくらいはしないとなぁ。
そう思って、整理していると、これは人情だ。
本当に慧音は、私のことを想ってくれていたのか、ちょっと知っておきたいなぁっと思って、仄かな葛藤をしてしまった。

     十

そうして、倉の掃除が終わったので里に帰った。
翌日、十代目が来るのを待つ。
あまりにも暑いので、水をまいた。
すると陽炎が立っておぼろげになった。
白昼ながら幻想的だ。
しかしこう、風も吹かねば辛い辛い。
風鈴の音も寂しい限りだ。
そんな中、陽炎越しに人影が近づいて来た。
十代目が、約束どおり昼過ぎに来た。
このひどく熱いのにご苦労だ。
麦茶を出してあげたら、小さい喉の鳴る音が聞こえんばかりに飲んだ。
「おかわり、あるよ」
と言ったら、躊躇って「結構です。」と答えた。
中々素直になってくれない。
水筒を持っていこう。

「じゃ、行こうか」

そう言って、私は小さめの麦藁帽子を十代目に被せてやった。

「ちょっと大きいかな」

そうして、私は大きめの麦藁帽子を被った。

「これは、私にはちょっと大きいね」

そうして十代目を見た。
すると十代目は、大粒の涙をぽろぽろと溢して泣き砕けた。

「慧音さん、慧音さん……」

と言って、麦藁帽子を抱き抱えた。
あぁ、そうだったのか……。
私は何も言わずに、白いハンカチを取り出して、彼女に渡してあげた。
ありたけの 美を込めて詠め 蓬莱の歌
ありたけの 美を詠み上げよ 蓬莱の歌
あわれまば あわれとぞおもえ 純白の 花の乙女の 永久の操を
蓬莱の 花の祈りの 恋の歌 ふじの娘の 永久の祈りの
蓬莱の 花の乙女の 初恋は 人知れぬこそ 永久に薫らむ

色々と考えましたが、どれも挿入して不自然になりそうだったので、没にしました。
でも、そのまま埋葬してしまうのは、何だか惜しかったので、あとがきに載せておきます。
直江正義
letusgojustin@gmail.com
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コメント



0.780簡易評価
2.90奇声を発する程度の能力削除
何とも言えない雰囲気で素晴らしかったです
4.100愚迂多良童子削除
阿求はどんな情を抱いて泣いたんだろか。
5.100名前が無い程度の能力削除
素晴らしいですね。
真似できません
8.80名前が無い程度の能力削除
おおぅ。言葉は不要か
13.100名前が無い程度の能力削除
良かったです!!
19.100名前が無い程度の能力削除
十代は何を覚えてたんだろうなあ
24.100名前が無い程度の能力削除
妹紅は慧音の操を貰おうとは思わなかったのだろうか……
26.100名前が無い程度の能力削除
涙を流させた、十代目の記憶に残る二人の話も拝読したいと思いました。
27.100名前が無い程度の能力削除
とても優しい作品でした
28.100絶望を司る程度の能力削除
自然に、すっ、と入り込んできた。
29.無評価ルカ削除
>あれは私のお気に入りだったのだが、そうか、彼女のものだったのか。
道理で、慧音にしてはハイカラなものを持っていると思った。
文脈おかしくありませんか?[慧音]のところは[私]だと思います
30.無評価ルカ削除
>あれは私のお気に入りだったのだが、そうか、彼女のものだったのか。
道理で、慧音にしてはハイカラなものを持っていると思った。
文脈おかしくありませんか?[慧音]のところは[私]だと思います
31.無評価ルカ削除
>あれは私のお気に入りだったのだが、そうか、彼女のものだったのか。
道理で、慧音にしてはハイカラなものを持っていると思った。
文脈おかしくありませんか?[慧音]のところは[私]だと思います