Coolier - 新生・東方創想話

~ 死神 小野塚小町 ~

2012/02/26 04:36:04
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「命乞いとかしないのかい?」

 男は首を振る。そんなものはしないと。

「ふーん、そうかい。」

 男に鎌を振り下ろした。






「よぉ、小町。今日はもう終わりか?」
「……。」
「相変わらず連れないな。」
「…アンタには関係ないだろう?」
「へいへい。」

 仕事が終わると、いつもそのまま帰る。土間の扉を空けると、家の中には穴が開いたような暗闇、虚無。地獄の入り口みたいだと、帰る度に思う。

「……。」

 今日の人間は、なかなか良い根性をしていた。強い妖怪ですら、最後は命乞いをする。死とはそれほどの恐怖なのだ。
 しかし、今日に限らず、人間は怯えないものが多種族より多い。

「まぁ、どうでもいいさね。」

 目を閉じると、すぐに睡魔がやって来た。




「……。やっちまった。」

 陽が高い。おそらく昼だろう。昨日のうちに目星をつけていた奴には、他の死神が行ってしまっているだろう。
 死神だろうが他の妖怪だろうが、コミュニティーが成立する種族の場合、通貨を基準とした生活様式が成り立つ。それも当然の話で、服を着たければ手に入れなければならない。勿論、無料なんて事は無いのだ。
 死神の給料は比較的良い部類に入るが、出来高制だし内容が内容なので、数をこなして稼ごうという死神は少ない。
 小町自身、金に執着があるワケでもなく、生活できればそれで良いと思っている。

「…まぁ、大丈夫か。」

 財布の中身を確認すると、5日間くらいなら十分生活できる程度は入っている。
 簡単に身支度を整え、外出することにした。目的地は三途の川。普段は近くに行くことすら無いのだが、本当になんとなくそんな気分だったのだ。

「そろそろ手入れ、してやらないとな。」

 砥石となめし皮を巾着に押し込み、大鎌を担いで家を出た。




「昔のまんまだね。」

 もう、あまりに古い記憶だが覚えている。死神は刈る仕事(お迎え)と運ぶ仕事(船頭)があるのだが、研修のような制度があり、両方ともある程度は覚えることになる。
 小町は、船の上でゆらゆらぼけーっとするなんて嫌だったので刈る方にしたのだ。その中で、能力を見出され今の仕事になった。
 その仕事は、死んだ者から魂を切り離す”刈る”仕事ではない。生きた者から魂を奪い取る”狩る”仕事だ。
 手ごろな岩に腰掛け、巾着から砥石を取り出そうとした時、声が聞こえた。助けて、と。
 気が付いた小町が辺りを見回すと、少し離れた雑木林に死神と妖怪がいるのが見えた。そして、妖怪の口元に魂”だった”物がくっついている。

「なるほど…ね。」

 少なくとも、腰を抜かしている死神が発した助けではないだろう。
 小町は大鎌を下段に構え、一気に振り上げる。その大鎌の先は無く、直後、雑木林の妖怪が真っ二つになるのが見えた。

「…あ。」

 当然ながら一気に血が噴出し、腰を抜かしていた死神に襲い掛かる。血のシャワーを浴びた死神の絶叫が辺りに響き渡った。




「いやぁ、悪かった。咄嗟だったから、うっかりしてたよ。」
「いえいえいえいえ!助けてもらったのは僕ですから!本当にありがとうございます!」
「あ、まだ付いてるよ。」

 そう言うと、手を回して後頭部に付いていた肉片を取ってやった。小町の胸元が顔に近づいた所為で途端に顔が赤くなる。

(おやおや。)

 そのままからかっても良かったが、そんな柄ではないので辞めた。

「お前さん、名前と所属は?」
「あ、はい。幸太郎(こうたろう)って言います。船頭になったばかりなんです。」
「コタローね。アタシは小町、小野塚小町ってんだ。まぁ、好きなように呼んどくれ。」
「コタローじゃなくて、こうたろうなんですが…。」

 幸太郎の目線が小町の鎌に行き、急に顔が青ざめた。

「どうかしたのかい?」
「あ、いえ…その大鎌は…もしかして?」
「あぁ、お前さんの考えているとおりだよ。特別なお迎え担当。」
「わっわっ…えっとそのっ…。」

 幸太郎が慌てふためく。小町の所属する部署は、特別だからだ。死神は閻魔管轄のいくつかの部署に所属する事になっていて、小町がやっている生きる者から魂を狩る部署は、限られたものだけが入れる。
 普通の死神が町役場なら、小町は国の行政。まさに、月とスッポン、天地の差なのだ。幸太郎が慌てふためくのも、立場が違いすぎる故の事。
 ちなみに、持っている鎌の刻印で部署が分かるのだが、生きる者を相手にする小町の鎌は一見しただけで普通ではない。強力な妖怪にも通用するように、数多くの細工がしてある。鎌自体にも禍々しい妖気が纏うのだから、低級な妖怪はひとたまりもないだろう。

「落ち着きな。立場なんか気にするな。アタシが気にするやつなら、とっくにおさらばしてるよ。」
「はぁ…そうですか。」
「……気にするな小僧!」
「はひぃぃぃぃぃ!!」

 返事と悲鳴が混じった声。小町は思わず笑ってしまった。

「ふふっ。冗談だよ。この辺りに配属されたのか?」
「えっ!?…えぇ、なんでも出来たばかりの新しい世界らしいです。詳しいことは良く分かりませんが、小野塚さんは何か知りませんか?」
「小野塚さんは止めとくれ。せめて小町さんで。」
「あ、すみません。」

 幸太郎が頭を下げる。いいよ、と顔を上げさせる。

「話の続きだけど、アタシは何も知らないね。どんな所なんだろうねぇ?」
「どうやら、元の世界から切り離したような場所らしいですが、僕にはさっぱりです。」
「はーん。」

 なんとなくだが予想が出来た。確かめるすべはないが、あの男なら知っているかもしれないなと思った。

「しかし、お前さんさ。自衛くらい出来るようになっときなよ?あれくらいの妖怪でビビっていたら、死神の名が廃るってもんだ。」
「いやぁ、面目無いです。でも僕、体が弱いのでちょっと無理そうです。」

 力こぶを作ってみせるが、まったく変化がないように見える。

「船頭も力仕事だろ?大丈夫なのかい?」
「頑張りますよ。」

 幸太郎は笑顔で小町に答えた。







「お待たせした。地獄行きに不満があるようでね、ゴネられてしまった。」

 暗い部屋。気配はしないが声は聞こえる。

「約束の時間までに、用事は済ませるようにしとくもんじゃないか?」
「仕事の時間を守らない貴様に言われたくはないな。」
「そりゃあ、悪かったね。ところで、人と話す時は目を見て話せって母ちゃんに言われなかったかい?目どころか気配もないじゃないか?」

 小町が顔を上げる。だが、部屋の奥はまったく見えない。

「相変わらず、上への口の聞き方を知らないやつだ。まぁ、私も喧嘩をしに来たわけではないのだがな。」
「そんな事は分かってる。また、特別な仕事の依頼か?」
「いや、今回は違う。実は少し前に出来た世界があってな。」
「ん?どこぞの妖怪が作った箱庭かい?」

 小町は、コタローが言っていた言葉を思い出した。その言葉から、結界で仕切って隔離させた物である事は予想していたのだ。

「情報収集まで出来たのか?まぁ、知っているなら話が早い。」
「詳しいことは知らないんだけどね。」
「大丈夫だ。詳細を私は知らない。ただ、そこがややこしい場所になりそうだから、有力なお迎えが欲しいそうだ。推薦しておいたんだが、昨日返事が来てね。貴様に行ってもらうことになったよ。」

 姿も気配も無いが、神経を逆撫でするには十分だ。

「本人には断りなしか?」
「良いではないか、今の担当地域は落ち着いているし問題はない。」
「アンタらしいな。これで、厄介払いが出来たじゃないか。」

 せめて皮肉くらいは言わせてもらうことにした。

「そう言うな。貴様は優秀だよ。それは私も素直に認めている。だが、貴様は縛られるのが嫌いだろう?私も言うことを聞かない部下は嫌なのだ。互いの利害は一致しているはずだが、違うかね?」
「ちっ。まぁ良いさ。どの道決定事項なんだろ?」
「そうだ。外で案内を待たせてある。それでは、二度と合わないことを願うよ。」

 それだけ聞いた小町が出口に向かう。扉に手をかけた所で、

「あぁ、そうだ。一応、これくらいは言っておいてやる。頑張ってくれたまえ、推薦した私の顔を潰すんじゃないぞ?」

 小町は部屋を出た。

(頭が切れるし、基本的には優秀なんだがね…。まぁ、良いか。アレより悪い上司なんてそう居ないはずだ。)

 部屋を出てすぐのところに女が立っていた。こちらに歩いてくる。

「お待ちしておりました。こちらです。まだ、新しい部屋を割り当てたばかりでして…まだ、散らかっているかもしれません。」
「おいおい。良いのか?」
「えぇ、早く顔を合わせておきたいとの事でしたので、ちゃんと許可は取ってあります。」

 長い廊下を右へ左へ歩き、廊下の一番奥の部屋の前に来る。扉の横には真新しい看板が取り付けてあり、幻想郷部と書いてあった。
 案内を見送った後、軽く声をかけてみる。

「小野塚小町、参りました。」

 返事はないが、なにやら物音がしている。まだ、部屋を片付けているのだろう。小町が入るか思案していると、部屋の中から物凄い音と何かが崩れる音がした。それと軽い叫び声。
 慌てた小町が部屋の中に入ると、資料などが山になっていた。その山から腕が出ている。急いで、腕を引っ張り上げると、想像以上に軽かった。

「うあっ!?」

 そのまま思わず尻餅をついてしまった。しかも、その反動で引っ張り上げた人物は遥か後方に飛んで行き、壁にぶち当たって止まる。

「……。えっと?」

 そのまま地面にうずくまった人物を確認する。驚いたことに、その人物は少女だ。しかも、相当若いというか子供そのものだった。

「いたた…ひどい目に会いました。」

 そう言って顔を上げる。やはり顔立ちも相当幼く、背丈も小町の鳩尾程度だろう。 

「あ、小野塚さんですね。私は四季映姫・ヤマザナドゥと申します。」
「って事は、アンタが新しい閻魔か?」
「はい。貰っていた報告書通りですね。目上の口の聞き方に問題あり、と。」
「あの野郎、そんな事も書いたのか。」
「まぁ、それは置いておきましょう。すみませんね、全然片付いていなくて。」

 申し訳なさそうに部屋を見回す。確かに、資料の詰まった箱だらけで、本棚はガラガラな状態だった。

「空き部屋行かないか?ここじゃ座って話もできないだろ?」
「えっと、実は私新米で…ここの事良く知らないんです。案内して頂けませんか?」
「マジかよ…。」

 ややこしい所の担当に新米閻魔など聞いたことがない。きっと、アイツが仕組んだのだろう。

(やってくれるわ。前途多難ってのは、こうゆう事なんだろうね。)

 これが、四季映姫と小野塚小町の出会い。お互いの印象は最悪だった。









~ 死神 小野塚小町 ~









「さて、何から話しましょうか。」

 会議用の部屋を借りて、小町が入れてきたお茶を飲んだ映姫が言う。

「そうだね。まずは、その幻想郷について簡単に説明してほしいね。」
「それもそうですね。元々は普通の自然が美しいところだったんですが、人間の文明に危機感を感じた”八雲紫”という妖怪が、結界を使って切り離した土地です。」
「人間に危機感?」
「はい、本人に聞かないと分かりませんが、妖怪が住みにくい世界になると予見しているのではないか、という事みたいです。」
「自分の桃源郷を作った…にしては規模も大きいしなぁ。」

 小町自身、ここまで巨大で大掛かりな結界なんて見たことはない。いや、そもそも無理がある。強力な妖怪が複数集まってなら出来るだろうが、単独で作り上げたなんてにわかには信じられない話だった。

「基本的に妖怪のための場所なので、お迎えに相当の抵抗があると予想されます。そこで、優秀なあなたが選ばれたわけです。」
「ふーん。そりゃ光栄だね。」
「嬉しくなさそうですね?」
「四季ちゃんさ。殺すために私はここにいるんだ。お迎えだろうがなんて呼ぼうが、アタシは殺し屋だ。残念ながら、アタシは殺しを楽しいなんざ思ったことはないんだよ。」

 映姫を睨みつける小町の目には何も写っていない。まるで吸い込まれそうな視線に、映姫は思わず視線を逸らした。

「すみません。無神経でした。」
「いや、別にいいよ。」

 そのままお互い無言でいた。このままでは一向に話が進まないと感じた小町が、映姫に声をかけることにする。

「小町。」
「え?」

 唐突な小町の発言を理解出来ない映姫が、疑問の声を上げ目をぱちくりさせる。

「小野塚さんは辞めてくれ。小町でいいよ。」

 少し緊張がほぐれたようで、表情が次第に明るくなる。

「はい、宜しくお願いしますね、小町さん。」
「ん。四季ちゃんも頑張りなよ。」
「閻魔に対して四季ちゃんって…。」
「部下の信頼は実力で勝ち取るもんだろ?精一杯やってみな。」

 あまりに正論だったので、また黙ってしまった。

「そういえば、他には誰が居るんだ?幻想郷の担当って。」
「え?あぁ、はい。閻魔とお迎えは、私と小町さんだけです。船頭は、一之瀬幸太郎さんって方ですね。」

 ほうほうと頷く小町だが、待っても次の人物が出てこない。

「……えっと、3人だけ?」
「はい。3人だけです。」
「…マジかよ。」

 この日、何度目かの絶望に立ちくらみを起こしそうになる小町であった。








「よう。また会ったな。」

 三途の川、無縁塚の岩に腰掛けて休憩している孝太郎に声をかけた。

「あ、小町さん。こんにちわ。」

 明るく、無垢な笑顔。何故か目を逸らしてしまう小町。

「どうしたんですか?」
「いや、別に。ところで、なんであの時妖怪なんて居たんだ?」

 初めて会った時の妖怪。あの時は気が付かなかったのだが、そうそう出入り出来る所ではない。あんな低級妖怪ならばなおさらだ。
 大抵は、道中にある中有の道で先に進めなくなる。中有の道は、地獄で罰を受けていた魂の卒業試験として、ちょっとした市場が形成されている。簡単なお祭り会場のような場所なのだが、警備が厳しい上に強い者が多い。問題を起こせば一瞬でケリがつくだろう。あんな低級妖怪が、おいそれと通過できるはずがない。

「あぁ、閻魔様に教えて頂きました。どうも、幻想郷と三途の川の位置が変なんだそうです。それで、三途の川に迷いこんでしまう妖怪が出るようで…。」
「なるほど。」
「今度、幻想郷を作った八雲紫に交渉しに行くと仰っていましたよ。」
「そうだろうな。魂の管理なんて出来ないだろうし、そこは四季ちゃんの提案を飲むしか無いよな。」

 断る理由があるとするなら、管理できる場合だけだ。魂を管理するのは出来ないことでは無いが、転生までは絶対に無理だ。幻想郷という箱庭の世界を守るには、転生処理が出来る閻魔に協力するしか無いだろう。

「それに…。」
「ん?」
「僕が一番困ります。」

 無縁塚に小町の笑いが漏れた。










「おい。どうしようってんだ?」

 肩で息をする妖怪が、己の爪を鋭く伸ばす。

「俺は…ここで死ぬわけには…行かないんだよ。」
「へぇ。何故だい?」
「…残したいものがある。子供も出来たんだ…死ねないんだ。」

 妖怪の後ろには人間の死体。複数の死体。全てが切り裂かれて、まるでボロ布のようになっている。

「まぁ、それはそれで良いんだけどね。でも、アンタは食べ過ぎた。取り過ぎた。」

 小町が、ゆっくりと鎌を構える。妖怪との距離は、10間(18.1メートル)は離れている。妖怪は勝てないまでも、隙を見て逃げようとしているようで、小町の動向に注意を払っている。

「魂のバランスを極端に壊してもらっちゃ困るんだよ。閻魔がね。ところで、なんでのんびり話しているか分かるかい?」
「そんなもん…俺が知るか…。」
「いつでも殺せるからだよ。」

 小町がその場で鎌を横一閃。グシャという音と共に、鎌の先がめり込み妖怪の顔が半分潰れて倒れる。

「おや、頑丈だね。」

 地面に倒れて尚、生きている。逃げようと手足を動かしている、まるで羽をもがれた虫のように。
 それを見てため息を吐いた小町が、鎌を振りおろす。妖怪の頭が転がり、胴体に永遠の別れを告げた。
 直後、後ろの洞窟から矢が飛んできて小町の右腕に刺さる。良く見ると、おそらく殺した妖怪の妻だろうと思われる妖怪が、悲しみと憎しみ、それと恐怖を混ぜた顔で小町を睨んでいる。手には弓を持って。

「…絶対に…許さない…殺してやる…殺してやるっ……殺してやるっ!」

 そう叫び、矢をつがえて小町に向ける。

「……。」

 小町は自分の腕から、ゆっくりと矢を引き抜いて矢を投げ捨てた。そして、顔を上げようとした所に矢が刺さる。右肩に矢を受けても小町は動かない。無機質な瞳で、刺さった矢を見つめていた。
 その時、泣き声が聞こえてきた。おそらく妖怪の赤ん坊の泣き声。洞窟の中から聞こえてくる。

「…っ……。」

 仕留められなかった焦りか、怒りか。赤ん坊の事を思い出したのかは分からない。小町に聞こえなそうなほど歯を食いしばって、睨みつけてきている。
 そして、3本目をつがえて、弓を構える妖怪。その動作を見届け、小町は姿を消した。





「仕事……終わったよ。」

 扉越しに声をかける。

「あ、お疲れ様です。どうぞ入ってください、今お茶入れますから。」

 映姫は自分の椅子から立ち上がり、いそいそとお茶の準備をはじめたが、違和感を感じて扉を開けた。

「…!」

 廊下に小町が倒れていた。死神装束は血で真っ赤になっていて、むせ返るような臭いがそこら中に漂っている。廊下には小町が歩いた証である、垂れた血が点々と続いている。これは返り血が垂れたとかそんな物ではない。小町自身から出なていなければ、こうはならない。

「小町さん!?しっかりしてください!小町さん!?」

 映姫は、医務室へと駈け出した。




「……。医務室か。」

 目が覚めた小町は、天井の見慣れたシミを見て呟いた。丁度、医者が小町を診ていたようだ。

「おはよう。気分はどうだい?」
「…アタシの裸見たんだから、銭をくれ。」
「お前の治療費でどうだ?」
「…また、無料見か。」

 医者は肩をすくめて見せて、奥のソファーを指さす。

「ちゃんとお礼は言っておきなよ?」
「…ふー。そうだね。そうさせてもらうよ。」

 そう告げて、小町は瞼を閉じた。





「怪我の調子はどうですか?」

 心配そうに映姫が訪ねてきた。

「別に。あれくらいどうって事無いさ。」

 小町は肩をぐるぐる回して見せ、大丈夫だとアピールする。それを見て安心したようで、背もたれに深く腰掛けた映姫がため息を漏らす。

「しかし、そんなに強い妖怪では無かったと思うんですけど。情報が間違っていましたか?」
「いや、大したことはなかったよ。伏兵が居ただけさね。」
「伏兵?仲間が居た時に戦ったんですか?」

 映姫の顔に少しの怒気を感じる。それもそのはず、狙う妖怪は1人だったのだから、わざわざ危険を冒すなんて言語道断である。つまり、仕事の内容に怒ったのではない。大事な部下が危険な行為をした事に怒っているのだ。

「四季ちゃんは良い閻魔になれる。アタシが保証するよ。」

 閻魔に良い悪いなんて無いけどね。と付け加えて小町は部屋を出た。背後で、待ちなさい。と言っていたが無視をした。


 そのままフラフラと無縁塚までやって来たのだが、幸太郎は居ないようだ。まだ、夕方前だし終わるには早い時間なのだが。もしかしたら渡している最中なのかもしれないので、しばらく待つことにした。

「……。殺してやる……か。」
「あれ?小町さーん!」

 丁度、幸太郎が戻ってきた。体が弱い割には、元気にやっているようだ。慣れた手つきで船を係留させ、小町の元へとやってくる。

「怪我をしたって聞いたんですけど、大丈夫なんですか?」
「あぁ、なんともないよ。」
「そうですか、良かった。えっと、ご無事で何よりです。」

 心の底から出たであろう答え。純粋で無垢な表情。流石に照れてしまい、話を変える事にする。

「…それより、コタローは何の妖怪なんだ?純粋な死神の家系では無いだろう?」
「えぇ。妖怪というか…その…。」
「言いたくないなら良いよ。」
「いえいえいえいえ!その、小町さんに言うにはちょっと…その、恥ずかしいというか…。」

 ますます分からない。恥ずかしい妖怪って何だろうと、小町は思案する。

「えーっと…あのぅ、誰かに見られているような気がする時あるじゃないですか?」
「え?あぁ、あるね。そーゆーの。」
「はい。それです。」
「は?」

 意外な回答に思わず、聞き返してしまった。

「その、見られている気がする原因が僕の一族です。有名なやつは、”壁に耳あり、障子に目あり”ですね。」
「例え話じゃなくて…妖怪だったのか…知らなかったよ。」
「両方みたいですねー。僕も詳しいところまでは分からないんですけど。」

 小町は幸太郎をマジマジと見つめる。成る程、確かに体力がない事や、ビクビクしているところなんかは納得できる。

「でも、なんで船頭なんかやってんのさ?」
「いやぁ、存在感が無いことが売りなもんで、存在するのが大変なんですよ。」

 妖怪とは、基本的に概念的な存在である。自然界から自然と生まれるか、人の無意識の集合体から生まれたりする。幸太郎の場合は、後者だ。誰かの気配を感じるだけなら生まれてこないだろうが、その誰かに恐怖を感じる人間も少なからずいる。その恐れの概念から生まれたのだろう。

「それで、いっその事人間に混じって生活してしまおうという事になりまして。今、人里に住んでいるんですよ。」
「成る程。それなら、本来の活動も出来るわけだ。考えたなぁ。」
「そうなんですけど、当然お金が必要になってしまって…。」

 知的社会では、基本的に貨幣が流通しているから、必然的に仕事をしなくてはいけなくなったようだ。

「でも、まだ幻想郷が隔離されて間も無いので、人間と妖怪の関係がうまくいっていないんですよ。人間は妖怪に怯えているし、妖怪も人間を減らしすぎないように付き合うことに慣れていません。昔は、退治して襲ってという典型的な関係だったんですけどね。今は、外と繋がっていないので極端に慎重になっているようです。」
「それじゃあ、どうしてるのさ?人里に住んでるんだろう?」
「えぇ、人間のふりをして生活しています。僕と妹だけですけど。」

 妹なんか居たのかと、小町が尋ねると幸太郎は苦笑いをした。

「まだ、生まれてそんなに時間が経っていなかったんで、人間について教えなくても大丈夫でした。勝手に慣れてくれますからね。」
「人間の年齢で言うと、どれくらいなんだ?」
「5~6歳程度だと思います。見た目もそれくらいですしね。」
「でも、成長速度が違いすぎるんじゃないか?」

 いつまでも、まったく体が成長しない違和感は生まれてしまうだろう。そのような病気と言い張るには根拠もない。

「そうですね。でも、噂が出たら別の人里に移り住むつもりなので。」
「そんな苦労しても、人里に住むのかい?」
「はい。人間は面白いですよ。それに親切です。僕も見た目が若いので、気を使って食べ物をくれたりしてくれるんです。」

 確かに幸太郎も13~14歳くらいに見える。苦労している兄妹という感じなのだろう。
 その時、ふよふよと魂がやって来た。幸太郎が急いで立ち上がり、魂の方へ駆けていく。

「小町さん。僕、仕事に戻りますのでー!」
「あいよー。頑張りなー。」




 幸太郎と別れ、幻想郷を見て回って帰ろうと思い立った小町は上空から幻想郷を見渡していた。綺麗な景色が広がっていて、もうすぐ夕日で綺麗な橙色に変わるだろう。

「ん?」

 たまたま足元の森を見ると、何か歪みが見えた。それは自然界に存在する現象の揺らぎとは絶対的に違っていて、微かに妖力も感じられる。
 興味を持った小町は高度を下げて、その歪みに近づいていく。

「あれ?消えた?」

 その歪みは消えてしまい、確認のために地面に降り立つ。

「この辺りだった気がするんだけどねぇ。」

 辺りを探索してみるが、特におかしな所もない。気のせいなのかも知れないと思い、顔を上げると女が一人立っていた。

「こんにちわ。死神さん。」

 小町は最大限に警戒した。自分で言うのもおかしな話だが、修羅場を相当数潜ってきた自分が不意を付かれたのだ。この女は何者なのか、攻撃してくるのか、まったく予想ができない佇まいである。一筋の汗が額から流れる。

(物凄い圧迫感…何者?人間では無いのは分かる…何だ?何が狙い?)

 小町が睨むと、女は微笑む。

「あらあら。随分と警戒するのね。こんな美少女に会えたっていうのに…。」

 悲しむ演技をしてくる。しかし、小町を見る目は鋭い。それも並の鋭さではない。

「ふん。何が美少女だ。美人なら分かるけどね。」

 大鎌に手をかけ臨戦態勢に移行する。小町自身を包む圧迫感は次第に増していき、それでけで呼吸ができなくなりそうなほどだった。

「勝てると?」
「どうだろうね?」

 距離を操れる小町に間合いは無い。鎌の先端の距離を変えてやれば、それこそどこにでも攻撃することが出来る。
 それが小町の強さなのだ。死神は三途の川幅を変える術を覚える。これは誰でも覚える事ができる事だが、閻魔管轄の特殊な術を使うので、死神以外は使えない。引退するときも、術を使えないようにするので、普通は使うことができない。
 本来はそれだけの術なのだが、小町は元々距離を変える事ができた。まさに、死神という仕事は天職だったのだ。

(見極めさせてもらおうか…どれほどなのかっ!)

 小町はいつも通りに鎌を横に一閃した。

「なっ!?」

 一閃して命中したはずの鎌が、小町の目の前を通過して真横の木に突き刺さる。

「んー…。まぁまぁね。悪くは無いわよ。」

 よく見ると女のすぐ真横から鎌の刃が出ている。これは小町が狙った出現位置なのだが、そのすぐ横に”あの”歪みが出来ていた。刃はそこに吸い込まれるようにして消えていて、小町の真横にも出来ている歪みから刃が出ている。
 歪みの中には無数の目が見える。それが小町を見つめていて、まるで全てを見抜かれているようだった。

「……。」

 小町は無言で鎌を引いた。歪みは消え、女はそのまま近づいてきた。

「理解が早くて助かるわ。」

 そう、小町は鎌が当たらない現象を自分なりに結論づけて、導きだした答えが勝てないということだった。圧倒的な実力差。まさしく格が違うという事実から、この女が”八雲紫”であるという事も理解した。そうでなければ、幻想郷の妖怪は自分の手には余る。

「アンタがアタシの想像通りのヤツなら、殺したら閻魔に私が殺されるからね。」
「ふふ。特別待遇ね。」
「そりゃ、そうだろうさ。このちっぽけな箱庭を作ったのはお前さんだろ?なぁ、八雲紫?」


―グシュ


 突如、そんな嫌な音が聞こえた。


 小町が音の方を見ると、自 分 の 左 腕 の 肩 か ら 先 が な か っ た 。


「ああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っっっ!」

 認識した途端に走る激痛。

「くそっ!やりやがったなっ!」

 八雲紫を睨みつける小町。もはや、これくらいしか出来ることはない。

「あら、私の世界を箱庭なんて言うからよ。反省してほしいものね。」
「箱庭はっ…箱庭だろうっ!?…っ……。アンタの自己満足の世界だろっ!?それとも神様気取りかっ!?」

 八雲紫は足を止めた。いや、辺り一帯が止まった。直後に襲いかかる、表現の仕様がない殺気。並の妖怪ならそれでけで殺せるほどの、大量の妖気。
 それでも、小町は目を逸らさずに睨み続ける。ここまでの命だったとしても、無様な格好だけは御免だった。

「………ふっ。良いわね貴女。貴女みたいな人は、私は好きよ。」

 八雲紫は、何事もなかったかのように微笑んだ。辺りも普通に戻っていて、小町の腕も元からあったように戻っていた。小町は信じられずに、指を動かす。なんて事はなく、いつも通りの感覚だった。

「さて。挨拶は済んだし、ちょっと来てもらおうかしらね。」
「…まだ、何かあるのかい?」
「内緒よ。」

 急に訪れる浮遊感。足元には歪みが出来ていて、小町は為す術もなく吸い込まれ、紫も歪みの中に姿を消した。






「紫様?」

 どうも八雲紫の従者のようだ。似たような服を着ている。洗濯物を取り込んでいたのか、縁側には洗濯物が畳んである。

「彼女は?」

 そう言うと小町に視線を向けてくる。

「彼女は、死神さんよ。名前は?」
「小町。小野塚小町。」
「そう、可愛らしい名前ね。藍、小町のお茶も用意してくれる?」

 返事をした藍と呼ばれる従者は、家の中に入っていった。

「なんか、変な雰囲気だな。あの藍とか言うやつは。」
「あら?分かる?藍は私の式神よ。元々は九尾ね。」
「はっ!?九尾だって!?勘弁しておくれよ。とんでもないと思っていたけど、想像以上にとんでもないなアンタ。」
「紫って呼んでくれない?アンタなんて呼ばれたくないわ。」
「…調子が狂うなぁ。分かったよ、紫。」
「よろしい。さぁ、上がって上がって。」

 靴を脱ぎ散らかして、廊下を小走りで走る。ちょっと前までの優雅な仕草が嘘のようだ。

「……胡散くせぇ……。」

 紫の靴を揃えて、自分の草履を脱いで上がる。

「おーい。どこに行けばいいんだよー?」

 仕方なく廊下を進もうとしたが、また歪みが足元に出来ている。

「わっ!?」

 落ちて尻もちをつくと、目の前には炬燵。紫は既に炬燵に入って寛いでいた。仕方が無いので、小町もそれに倣って炬燵に入る。

「で、アタシに何の用なんだ?」
「実は、閻魔との連絡係をして欲しいなぁって。」
「欲しいなぁって…こっちは腕まで落とされたのに!?普通に呼んでくれないかね?」

 藍が入ってきて、お茶と茶菓子を置いて立ち去った。去り際に、紫に聞こえない音量で”頑張ってくれ”と言ってきたあたり、十中八九彼女も苦労しているのだろう。

「まぁ、いいけどさ。何を伝えれば良いんだい?」
「とりあえず、三途の川と幻想郷の微妙なズレの事なんだけど、まだ時間がかかるのよ。」

 お茶を飲みながら答える紫。ほぅと一息入れて、小町に向き直る。その表情は、ただ寛いでいるだけで他の意図は読み取れない。

「その話を知っているって事は、閻魔に会ったのかい?」
「いいえ。会っていないけれど、独り言を聞いただけよ。」
「あぁ、あの歪みね。」
「歪みって…スキマって言ってくれない?」

 紫が拗ねた顔をする。本当に言動が読めないヤツだと小町は思う。

「事情は分かったよ。伝えておく。どれくらい掛かりそうなんだい?」
「そうねぇ…2~3ヶ月はかかるわ。その周辺だけじゃなくて、全体的に調節しないといけないのよ。面倒くさいわぁ。」
「面倒って…ま、アタシは良いけどさ。」
「この家にお客さんだなんて、本当に久しぶりだわー。あ、御飯食べていく?」

 小町は全身の力が抜けそうになるのをなんとか抑え、少し考えた後答えた。

「んじゃ、ご馳走になろうかね。」





 家に帰る頃には、既に日付が変わっている時間だった。帰り道はスキマを使った移動で、スキマをくぐると家の前だった。

(なんでアタシの家知っているんだよ…。)

「そりゃあ、大妖怪の紫ちゃんですもの。」
「心も読めるのか…。」
「まさか。そんな顔していたわよ?それじゃ、閻魔によろしくー。」

 手をひらひらさせて、スキマに消えた。

「八雲紫ね。」

 彼女は本心を見せない。というよりどれが本心か分からない。ただ一つ分かったのは、幻想郷と呼ばれる前からだとは思うが、この土地と妖怪を愛しているという事だけだった。

「ちょっと悪いこと言っちまったかね。」

 案外、純粋な心の持ち主なのかも知れないなと小町は思ったが、心の中に仕舞っておくことにした。

「あ!鎌!紫ん家じゃないかーーー!」





「小町入りますよー?」
「あ、おはようございます。今のところ仕事の予定は無いですよ?」
「生活費…最低限だけでも保証してもらえないのかね…?」
「…あはは、上と相談してみます。」

 苦笑を浮かべて資料に目を落とす映姫。だが、報告をしなくてはいけないので立ち去らずに映姫の顔色を伺う、小町の視線に気がついて映姫が顔を上げた。

「どうかしました?」
「えー…。その、昨日八雲紫に会ったよ。」
「どこで会ったんです?彼女は神出鬼没で、私は見つけられませんでしたよ。」

 頭を垂れる映姫を見て、慌ててフォローを入れる。

「それが、彼女から接触してきて。その、白黒つける能力が苦手って事で…避けていると。」

 流石に、説教されそうで嫌だからと言っていたとは言えない。

「そうですか。それで、彼女はなんと言ってました?」
「それが、ズレの事を既に把握していて、今は調節しているところだと。だから、干渉してほしくないみたいだね。」
「……もう動いてくれていると。それで、期間はどのくらいかかるとか言っていませんでしたか?」

 映姫の目は真剣だった。流石に閻魔になるほどの人格者だなと、改めて感心する。
 現在ある問題が解決するという報告だけで、彼女は安心せずに追求している。案外、それができる奴は少ないものだ。

「2~3ヶ月って事らしいね。それで問題あるようなら、アタシが伝えに行くけど…どうする?」

 映姫は黙っている。どうやら想像以上に長いと思っているようだが、あんな力を持っているやつですらこの期間なのだ。こちらから干渉しても遅くなるだけ、小町はそうとしか考えられなかった。

「…分かりました。ただ、あまりにも遅いようでしたら、こちらからも干渉せざる追えません。きっと、こちらからの干渉での影響を考えているのでしょう。でも、こちらだって魂の問題や、迷い込んでしまう者の対応もしなくてはなりません。なので、3ヶ月は猶予を与えましょう。問題が酷くなるようでしたら…幻想郷の影響は無視させて頂きます。」

 迷いのない目をしている。これは何が起こっても、3ヶ月で解決しないと駄目だろう。

「そうかい。それじゃあ、次に会ったら伝えておくよ。じゃ、アタシは行くよ。」
「…ふぅ。いつになったら上司として、対応してくれるんですか貴女は?」

 小町は何も言わず、振り返る。
 映姫と小町の視線が交差する。長い沈黙の後、口を開いたのは映姫だった。

「そうですね。私がしっかりして無いのが悪いのでしょうね。」
「いや、アンタはしっかりやってると思うよ。」
「それじゃあ…どうして?」

 映姫の困ったような、悲しそうな顔。

「アタシは…修羅場知らず過ぎると思ってる。綺麗事だけで考えているように思えるんだ。それが…気に入らない。」
「……。」
「じゃあ、行くよ。」

 扉を開けて廊下に出る。

(そうだ。気に入らない。生理的に受け付けない。話しているとイライラするんだ。)







「あ、小町さん。……どうかしました?」

 幸太郎は小町の雰囲気から何かを察したようで、心配そうな顔を向けてきた。

「別に。ちょっとイライラしてるだけだよ。」
「……小町さん、向いてないんじゃないですか?」
「え?」

 幸太郎があまりにも以外な言葉を発したので、驚いて幸太郎を見つめる。

「向いてないって、どうゆう事だい?」
「あっ…いえ。すみません、忘れてください。」
「怒らないから言ってみてくれ。自分では気がついてないって事は多いからね。」

 幸太郎は三途の川を見て、川縁まで歩くと振り返った。

「死神…。向いていないんじゃないですか?」
「それは、どうゆう意味だい?私の能力からして、これ以上ない仕事じゃないか?」
「違います。そんな意味じゃありません。僕が言いたいのは、心の方です!」

 幸太郎が叫んだ。

「初めて会った時から、僕は感じていました。見るだけの妖怪だから…なんとなく雰囲気を読めるんです。それで、思ったんです。小町さんは、凄く辛そうでした。」
「…つらい?」
「はい。初めは気のせいかと思いました。でも、気のせいじゃない。小町さん…貴女は、何か罪悪感を感じていませんか?」
「…罪悪感?そんな物は…無いよ。」

 チクリと何かが刺さったような気がした。幸太郎の言っていることが、心に響いているような、揺らすような感覚。
 そんなハズはない、私は狩る側が一番性に合っているはずだと、首を振った。

「…すみません。僕みたいなのが言い過ぎました。でも、覚えておいてください。いつか、絶対に貴女を苦しめる気がするんです。僕は…そんな小町さんを見たくはありません。」
「…お前に何が分かる。アタシは一人でやってきたんだ。」

 小町は立ち上がって歩き出す。幸太郎は黙って小町を見送った。





―向いてないんじゃないですか?

―凄く辛そうでした。

―絶対に貴女を苦しめる気がするんです。

(そんな事は無い。あるわけが無いんだ。自分の能力を活かしている仕事だぞ?)

 布団に入ったが、幸太郎の言葉が頭を引っ掻き回して、中々寝付けない。
 何度目かの寝返りをうった後、布団をどけて立ち上がる。

(最近、むしゃくしゃする事が多いな。昔のほうが良かったよ。殺して、酒のんで、寝て、殺して…そっちのほうが気が楽さ。)

 家を出た小町は、幻想郷に向かった。




 八雲紫。彼女と初めて接触した森に来た。
 絶対に会える保証は無かったが、なんとなく会える気がした。何故会いたいのかは、小町にも分からなかったが。

「……。やっぱり居ないよな。」
「誰が居ないって?」
「紫だよ。」

 そう言って振り返る。そこに、切り株に腰をかけた紫が微笑んでいた。

「どうしたの?」
「いや、なんとなく会えそうだなーってさ。」
「ふふっ、私もそう思っていたところよ。来ているような気がしたの。渡したいものもあるしね。」
「あっ、そうだ。おっと。」

 目の前にスキマが開き、鎌が出てきたので慌てて掴む。死神らしくなったわねと、紫が笑う。


「それで、閻魔はなんて?」
「あぁ、3ヶ月は待つそうだ。それ以上かかったら…何らかで干渉するそうだよ。」
「4ヶ月って言っておけば良かったかしら…せっかちなのは嫌よね。」
「3ヶ月だと厳しいのかい?」
「どうかしらね。色々ややこしいのよねー。藍も頑張ってくれてはいるんだけど…。」

 紫は俯いて、手をぷらぷらさせた。なんとも言えないという事なんだろうなと、小町は思う。
 小町は結界に関してはド素人なので、どんな事をしているのか、どんな工程が必要なのか想像もできない。

「…ところで貴女。悩んでいるみたいね?」
「えっ?……そんな事は無いよ。」
「自覚が無いのかー。そりゃ、ややこしいわね。お姉さんが手を貸してあげましょうか?」
「紫までそんな事言うのか。何も悩んでなんか無いさ。」



「嘘よ。」



 紫の鋭い視線が刺さる。まるで、すべてを見透かしているような、心の中まで探られているような瞳。
 小町は何も言えず、紫の瞳を見つめる。そのまま、永遠とも思える時間が過ぎてゆくが、紫が口を開いた。

「おなかすいたー。」
「なんだそりゃ…。アタシは何も持ってないよ?」
「そうね。帰るわ。」

 そう言うと、スキマに消える。直後、声だけが小町の耳に届いた。

「後悔だけはしないでね。」

 その声を聞き届けると、上空へと飛び上がる。

(紫まで…なんだ?何がおかしいってんだ?)

 どれだけ考えても、小町には分からなかった。





「小町入りまーす。」

 幻想郷部とかかれた看板の扉を開ける。
 今日は映姫の呼び出しがあり、小町がやって来た。

「あ、こんにちわ。どうです?幻想郷は慣れましたか?」
「そんなに日は経ってないからねぇ。まぁ、ボチボチか。で、今日はなんだい?」

 社交辞令もほどほどに、本題を尋ねる。少し寂しそうな顔をしたが、手元の資料を見て顔を上げた時には戻っていた。

「実は、三途の川の警備をお願いしたいのです。無縁塚のね。」
「は?そりゃまたなんで?」
「先日、幸太郎さんが襲われました。たいした怪我はありませんでしたが、妖怪が迷い込んできたようです。幸い、通りかかった死神が退治してくれたんですが…。」
「なるほど。想像以上にズレの影響があると。」
「はい。しかし、簡単に解決できる問題ではありません。解決するまでの間ですが、警備をお願いしたいんです。お迎えの仕事は頻度が少ないですし、両立してもらうことになりますが…。」

 大丈夫かと、映姫の視線が尋ねてくる。

「大丈夫だと思うけどね。」
「そうですか。ごめんなさい。私にもっと力があれば、上にかけあって人員を増やせるのですが…。」

 苦虫を潰したような表情を覗かせ、映姫は言う。おそらく、門前払いのような扱いを受けたのだろう。
 新米の映姫には、そこまでの発言権が無い。閻魔の内情は分からないが、小町は前任を知っているので想像はつく。

「大丈夫さ。アタシの事は資料で読んだんだろ?仕事はキッチリやらせてもらうさ。」
「そう言ってもらえると、凄く有難いです。幸太郎さんには伝えてありますので、合流してください。今日は以上です。」
「了解。」





 幸太郎とは喧嘩とは言えないものの、あんな別れ方をしたのが気がかりだが、仕事なんだと割りきって無縁塚に向かう。
 そろそろ無縁塚が見えてくる頃、小町は違和感を感じていた。

(…なんだ?若干血の匂いがあるような…まさか?)

 能力を使って一気に無縁塚までたどり着く、無縁塚と言っても広い。小町は、幸太郎を探すが見つからない。

「おーい!コタロー!いるかーーー!?」

 ここまで来るとはっきりと分かった。血の臭いだ。

(くそっ、まずい事になってなけりゃ良いんだが…)

 血の匂いを辿って走る。そして、見つけた。幸太郎と…襲っている妖怪を。

「コタローーーー!!」

 その距離で鎌を一閃。
 しかし、偶然かは分からないが、妖怪は身を低くして躱した。首があった筈の高さを刃が通過する。

「くそっ!」

 そして、妖怪が恐ろしい速さで小町に迫って来る。
 大鎌という武器の性質上、一旦空振ってしまうと立ち直すまでが遅い。その性質をよく理解した動きだ。
 小町は、幸太郎を確認する。幸い逃げる事は出来ていたようで、切り傷が四肢に数カ所あるだけだが。

(それにしては出血が多すぎる。動脈をやられたか?)

 妖怪が鋭い爪を振るう。小町はそれを躱しながら距離を取ろうとするも、間合いを離せない。

(幸太郎は動けない…こっちを片付けないと無理か。)

 小町は能力を使い、一気に間合いを離す。そして、鎌を一閃したが躱される。小町の腕の動きを見て避けているようだ。
 今度は向こうが距離を取り、弓を構えた。小町が反応するよりも早く射ぬく。

「うおっ!?」

 間一髪で矢を躱す。しかし、ギリギリだった。小町が出会った中でも、矢の速さと狙いは一番かも知れない。
 避けたことには避けたが、首から血が垂れる。

(マジかよ…。風圧だぞ?)

 軽い切り傷とは言え、肌が切れるという事はとんでもない速度である。

「まずいな…。」

 幸太郎から感じられる妖気が、少しづつ薄くなりつつある。
 しかし、相手が手強い。勝てない相手ではないが、簡単に終わる程弱くもない。
 その時、妖怪が背を向けて駆け出した。

「あっ!おい!待ちやがれっ!」

 そう言い終わる前に姿を消してしまった。単純な移動速度も相当なものだった。
 油断させるつもりなのかどうか分からないが、十分に警戒しつつ幸太郎の元へ急ぐ。

「おいっ!しっかりしろ!」

 気絶しているようだ。小町の予想通り、二の腕の内側にある動脈が切れている。今も血が溢れ出し、幸太郎の体温も冷たくなっていた。
 慣れた手つきで止血をする。自分のサラシを外して腕に巻き付け、近くにあった棒きれ使って捻るように縛り上げる。とりあえずだが、出血は大丈夫なはずだ。

「この辺りで病院は…無いな。仕方がないか…。」

 心当たりは一つしか無い。小町は幸太郎を抱えると、姿を消した。







 幸太郎が目を開けると、目の前に小町が居た。

「…あれ?ここは?」
「閻魔んとこの医務室だ。大丈夫か?」
「…あ。小町さん、あの妖怪は?」
「さぁ…逃げちまったからな。」
「……そうですか。有難うございます、これで2回目ですね。」

 良いさ。と答えて立ち上がる小町。その横には映姫が立っていた。

「うぁ…閻魔様。もうしわけありっ…っ…!」

 急いで起き上がろうとした幸太郎だが、傷が痛むようで布団に身を預ける。

「無理をしては駄目です、しばらく安静にして下さい。それに貴方は悪くありません。何箇所か骨折もしていたんです、よく逃げ続けられましたね。小町さんも驚いていましたよ。」
「あはは…。ただただ必死で。」
「まぁ、怪我はしょうが無いですし、ゆっくりして下さい。それじゃあ、私はこれで。」

 小町を一瞥すると映姫は去っていった。小町はやれやれといった感じで頭を掻いて、幸太郎に向き直る。

「まぁ、代わりはアタシがやっといてやるから。今はちゃんと休んでおけよ。」
「すみません、何から何まで。でも、家に帰らないと…。妹が待っています。」
「あ。そうだったね。どうすっかなぁ…アタシの家…は無理だしなぁ。」
「?」
「商売柄…その血生臭いモンが多いんだ。卒倒しちまうだろうねぇ。」

 苦笑いを浮かべる小町。つられて幸太郎も笑う。

「一人では無理だもんなぁ…。ちょっと待ってな、自宅療養が出来るか聞いてきてやるよ。」
「お願いします。」
「あいよ。」

 小町は医者の元へ向う。 医者に説明した所、渋い顔をしたが了承だった。
 それを幸太郎に伝えると、よほど嬉しかったのか小町に抱きついてきた。小町はびっくりして、後ろに倒れてしまった。丁度、幸太郎が覆いかぶさる形で。

「あ。」

 幸太郎が気がついて身を起こそうとするが傷が痛むのだろう、なかなか身動きできないようだ。小町が手を貸そうとした時、扉が開いた。

「小町さん。まだ居ますか…………え?」

 部屋に入ってきた映姫が目にしたのは、小町に覆いかぶさっている幸太郎と、幸太郎の頭に手を置いている小町。

「ななななななななっ!何をっ!?」
「いえいえいえいえいえいえいえ!これにはっ!そのっ!いえいえいえいえいえ!」
「…はぁ。」

 映姫と幸太郎が顔を真赤にして、言葉にならない言葉を叫ぶ。小町はため息を一つして思った。

(コイツら初心すぎんだろ…。)



「それじゃ、アタシはコタロー送ってくよ。」
「はい。よろしくお願いします。」
「おし、行くぞコタロー。しっかり捕まってろよ?」
「はい。」

 小町は飛び上がり、人里に向けて飛ぶ。映姫はその姿を見届けると、自分の部屋に向かった。今回の事を報告書に記して、増援を今度こそ呼ぶために。

「人里はあっちだったな?」
「はい。でも、死神装束のままで大丈夫でしょうか?」
「あー…。やっぱりマズイよな。……よし、任せろ。」

 小町は方向を変えて、”あの森”へ向かった。

(今回も会える。そんな気がするんだよな。)

 森へ降り立ち、呼びかける。すぐに紫が現れた。

「よっ。」

 小町が片手を上げて、紫に挨拶する。

「よっ。相変わらずね小町。まぁ、事情は知っているわ。ズレてしまっているのは私のせいだし、特別に手を貸すわ。」
「流石だね。もうちょっとのんびり話していたいところだけど、コイツの妹が待っているんだ。特急で頼む。」

 事情がつかめない幸太郎が、紫と小町を不安そうに見上げている。

「しかし…可愛い子ね。式にしちゃいたいわ。」

 そう言うと幸太郎の顔を撫でる。幸太郎が怯えたのを見て恍惚の表情を浮かべる紫。

「……。紫、人の趣味に口出しはしないけど…ちょっと気持ち悪いよ?」
「あらら。小町が気に入っているようだから、てっきり同じ趣味かと思ったのに。ざーんねん。」
「そんな趣味はない。それより、コイツの家の中にスキマ作れるかい?」
「お安い御用よ。」

 そう言うと、スキマが出現する。その先には、妹だろうと思われる人物が見える。

「コタロー。アタシの説明もいるかい?」
「いえ、大丈夫です。えっと、紫さん。本当に有難うございます。それでは。」

 幸太郎は痛みに耐えながら、四つん這いでスキマに入っていく。

「うわっ!?えっ?お兄ちゃんどうしたの!?」

 そう声が聞こえてきたが、スキマが閉じて聞こえなくなった。小町は改めて紫に頭を下げ、お礼を言った。

「良いのよ。それよりも…小町が手こずるなんてね。」

 首をトントンと指でつついて見せる紫。小町は自分の首を隠し、

「いやぁ…油断していたわけでもないんだけどね。妖怪が弓を使うことは少ないし、意表を突かれたよ。もしかしたら、鉄砲より早かったかもしれない。」
「まぁ、非力な妖怪でも人間とは比べ物にならないから、その力で弓を引けば…ありえない話では無いわね。」
「そうだね。さて、アタシは船頭しないといけないから行くよ。」
「あら、そうなの?人手不足なのねぇ。」
「まぁ、死神になりたい奴なんか居ないからな。船頭もキツイし、お迎えも…好き好んでやるもんじゃないだろ?」
「ふふっ。私が死んだらお願いしようかしらね。」
「何千年先だよ?じゃあな。」
「はいはい、お仕事頑張ってねー。」

 小町は森から飛び上がり、無縁塚まで移動する。
 無縁塚までは一瞬で到着、魂が居ないか見ていると1つ漂っているのを見つけた。

「おっ、待たせてすまないねー。ヤボ用でちょっと出てたんだー。」
(おぉ、全然船頭さんが見当たらないから、てっきり来る所間違えたのかと思ったよ。)
「すまないね。さて、渡し賃持ってるかい?」
(これか?いつの間にか在ったんだが。)

 魂は喋らない。死人に口なしだからだが、死神だけは別で念話が出来る。これも閻魔管轄の特殊な術のおかげだ。
 小町が確認すると12文あった。

「へぇ、結構多いね。生きている時、結構尊敬されてたみたいじゃないか。」
(そりゃ嬉しいね。商売をやっていたんだが、そうか…頑張った甲斐があったんだな。)
「……。よっと。さ、乗りな。」

 小町は船を漕ぎ出した。あの渡し賃なら、そんな長い船旅にはならないだろう。
 渡し賃で距離が変わるが、これは死神の能力と川の特性によるもで、死神の能力だけでは川幅が大きく変化することはない。何らかの力が働いているのだろうが、それが何かは閻魔も死神も分かっていない。
 ただ一つ分かっていることは、渡し賃が少ないと距離が伸び、対岸に着く前に魂が消滅してしまうことだけ。そうなると、地獄にも天国にも行けず、転生しても虫とかそんなものにしかなることが出来ない。

「……。」
(なぁ。船頭さんよ。)
「……なんだい?」
(アンタ、なんか余裕が無いな。)
「……そうかい?余裕だらけだって、言われることはあったけどなぁ。」
(俺は人間だし、そんな長いことは生きていないかもしれないが、そんな雰囲気っつーのかね。そんな感じがしたよ。)
「……そうか。」
(何かあったのか話してみないか?これじゃあ、思い残しができちまうぜ?)
「船頭を脅すたぁ、いい度胸だな。まぁ、大したもんじゃないしな。話してやるよ。」

 どうせ何の影響も無いのだからと、小町は色々な出来事を話した。
 船頭じゃなくてお迎えをやっている事。担当部署が変わって、幸太郎と映姫に会った事。幸太郎が襲われたこと。映姫にイライラする事。
 魂は黙って聞いていが、聞き終えて小町に語りかける。

(ふーん。違和感だらけだな。)
「違和感?」
(殺しが好きじゃないのは分かる。そりゃあ、殺しが好きだったら別もんだしな。)
「まぁ、そりゃそうだろうさ。」
(俺が違和感を感じたのは、アンタの意思だ。アンタ、なんで戦っているんだ?)
「え……。」
(つまるところソコじゃねぇのかね?その根っこの部分が全てなんじゃねぇのかい?)

 そこで、対岸が見えてきた。小町は無言で船を係留させ、魂を見る。

「あっちに行けば閻魔のところだ。」
(そうか。俺の言葉が何かのきっかけになってくれることを祈るよ。それとな…)
「ん?」
(オマエは、優しすぎる。それじゃあな、楽しかったよ。)

 魂はゆらゆらと去っていく。

(アタシが、優しい?)






 雪が降っていて、風も強くなったので急いで家に帰った。
 いつも、暗くなる前に帰っていたけど、雪が降ってきたのでつい遊び続けてしまった。
 手も冷たいし、耳が痛い。そんな事にようやく気が付いたのが、つい先ほど。早く帰って、暖かいご飯を食べたい。

「ただいまー。」

 家の中は暗い。奥の部屋も真っ暗だった。

「おとーさん?おかーさーん?」

 私が呼んだらすぐ返事をくれる。いつもなら返事をくれる。

「……。」

 言い知れない不安がした。草履を脱いで土間に上がる。

―ピシャ

「ひゃ!?」

 床が濡れている。あまりの冷たさに思わず悲鳴が出た。

「だれもいないのー?」

 濡れた床をゆっくりと歩く。いつもなら明かり用の小鉢が置いてあるのに、火種も小鉢も無かった。
 一歩一歩歩くたびに、パシャパシャと音がする。物凄く冷たい。水桶でもひっくり返したみたいだ。

「おかーさん?」

 そう言って私は囲炉裏のある居間へと入った。火が付いているはず囲炉裏は、沈黙していて暗いまま。
 火種があるかもしれないと、私は囲炉裏の方に足を進める。
 そこで何かに躓いてしまった。

「わっ!?」

―バシャ

 冷たくて足の感覚がなくっていたから気が付かなかった。居間も床がビショビショになっている。
 私は怖くなって、一生懸命立とうとしたけど、滑って立てない。

―バシャ…バシャ……バシャ…

 身を起こそうとしても、滑って立てない。そして気がついた。これは水じゃない。ヌルヌルしてる。

「う……。嫌だよ…怖いよ……。おとーさん!?おかーさん!?…助けて…助けて…おかあさん!」





「……っ!」

 小町は布団から飛び起きて、辺りを見回す。自分の部屋だ。あの場所じゃない。

「はぁ…はぁ…。……?」

 目元を拭うと濡れている。

「…今更、何が出来るってんだ。」
(…アンタの意思だ。アンタ、なんで戦っているんだ?)

 小町は身支度を整えて家を出た。






「それじゃ、頑張ってきな。」

 魂を見送る。今日はこれで終わりだろう。もう暫くしたら、日が焼けるような赤色になる時間だ。
 船を係留させると、小町は目的の場所に向かう。遠い昔、小町がまだ人間だった頃に住んでいた場所。
 能力を使えば半刻もかからない所にそれはある。

「まだ、残ってるのか…。」

 山奥にひっそりと存在する集落。その全てが朽ちているが、形は残っている。
 小町は、ゆっくりと村だったところを歩く。そして、一番山に近い所に立っている家が見えてきた。
 無言で土間へ入る。持ってきていた提灯に明かりを灯すと、暗闇が逃げていくようで、もしかしたら自分の心も照らしてくれるんじゃないかと思った。
 土足で土間に上がり、居間に入る前で歩みを止めた。いや、足が止まった。足が先に進まない。震えが止まらない。

「…っ!」

 身を翻し家を出る。

「ぅ…。」

 胃の中のもが一気にこみ上げてきて、為す術もなく吐き出す。

「小町!?」

 茂みから声が聞こえた。

「…四季ちゃん?」





「落ち着きましたか?」

 映姫が竹筒を差し出す。小町はそれを受け取り、一口飲んだ。ただの水だったが、美味しかった。

「落ち着いたよ。…ここに居るって事は、知っていたんだな?」
「はい。」
「そうか…。」

 辺りは日が沈んで、虫の声が聞こえる。

「さて、帰ろうか。もう遅いし。」

 小町は映姫に切り出した。もう帰ろうと。

「駄目です!」
「え?」
「貴女は、何故ここに来たんですか?」
「いや、昔住んでたところを見に来ただけで…。」

 そこで小町は気がついた。映姫の目は真剣で、小町を見据えている。そもそも、閻魔に嘘は通じない。

「…あれから、ここに来たことは無かったんだ。この目で確認しないといけない気がした。」
「そうです。過去を精算しないと先に進めません。貴女には、過去を見据える必要があるはずです。」
「…。でも、アタシには入れない。見ただろう?何百年以上も経っているのに、駄目だった。」
「大丈夫です。私も居ます。」

 映姫と一緒に家に入り、土間に上がる。

「深呼吸して、そう…行きましょう。」
「あ、あぁ。そうだな。」

 居間の前、あと一歩で居間に入れる距離。足が震える、歯がカチカチと鳴る。駄目だ、前になんか進めない。
 小町が逃げ出そうとした時、映姫が小町の手を握った。温かい手だった。
 驚いて映姫を見ると、泣いている。何があったか知っていて、小町がどんな心境か知っている彼女が泣いている。泣いてくれている。
 小町は意を決して、何百年もの時を越えて、あの部屋に入った。





「小町、いいかい。君には特別な力があるんだ。神様がくれた、とても大切な力だ。それをどう使うかは君次第だけど、きっとそれが君を助けてくれるはずだ。」
「んー?」
「アナタ、小町にはまだ難しいわよ。まだ5歳なんですよ?」
「うん、5さいー。えへへ。」
「あー…そうだな。でも、これだけは覚えておくんだよ。大事に使うんだよ。それだけは守ってくれ。」
「だいじ?」




「……。とおさん…かあさん?」
「小町?」

 居間には、何もなかった。血の跡も、遺体も何も。長い年月は全てを消し去っていた。

「アタシは…。期待していたんだ…骨でも残っていて、それを供養できたらって…救われるんじゃないかって…。」
「……。」
「…何にも…何にも無いじゃないかっ!くそっ!くそっ!くそおおおお!!」






「くそっ…どうしろってんだよ。」

 家の縁側に腰をかけて、夜空を眺める。綺麗な天の川が見えた。

「小町。貴女に言わないといけない事があります。」
「…?」
「私は、元々地蔵でした。知ってますね?」

 なんで自分の生い立ちを喋り始めたのか、小町は分からないが耳を傾ける。

「私のいた所は、とても自然が綺麗な所でした。人々が懸命に自然と戦い、調和し、良い村でした。毎日、私にお供え物を届けてくれたお婆さんを私は今でも覚えています。味は分かりませんけど、嬉しかった。私にイタズラする子供も、通りかかるたびに挨拶してくれた人達も、私は大好きでした。」

 映姫は優しい顔で告げる。きっと良い村だったんだろう。

「しかし、ある時。日が沈みかけた時でした。妖怪がやって来たんです。それも物凄い数でした。陰陽師と呼ばれる人は居ましたが、1人だけでしたし、手練の妖怪も居たようで、あっけなく結界は突破されて…そこからは地獄でした。私は、自然的な事で助けることは出来ても、暴力に対しては無力です。あのお婆さんが、私の所に向かってくるのが見えました。その後ろ、笑いながら追いかける妖怪も。あっけなくお婆さんは殺されましたよ。簡単に死は訪れる。」

 小町は黙って聞いていた。遠くを見つめながら語る映姫の顔は、見ないように。

「祟り神になっても良いから、妖怪たちを殺したいと…本気で思っていました。直後、妖怪の悲鳴が聞こえたんです。私は意識を集中させて、その声の方の光景を見ました。そして、驚いたんです。戦っている人間が居た、それもなんの霊力も持たない武器とも言えない農具で。私は必死に逃げて下さいと叫びました。聞こえるはずは無いんですけどね。良く見ると一人の少女が戦っていました。私に良くイタズラしていた、近所の子。でも、私にはその子が人間に見えなくなりつつありました。その子は農具を使って、まるで瞬間移動でもしているように背後に回り、妖怪たちを倒して行きました。そして、妖怪を皆殺しにした後、姿を消したんです。」

 小町は、映姫の方を見る。映姫は頷いて、小町の視線に答えた。

「そうです。その少女は貴女です。立派になりましたね。」
「……あ、えっと……。」
「私は、その場から動けませんから貴女のことを追うことは出来ませんでした。その後、人魂が漂い始めたんです。こんな死に方で成仏できる方がおかしいのですから、まぁ当然でしょうね。ただ、ほとんどの魂は、既に怨霊のようになってしまっていて、私の声は届きませんでした。ただ、貴女の両親が私のもとに来て言ったんです。あの子は、おそらく人間で無くなってしまっていると。だから、あの子を助けてやってほしい。何百年かかっても良いから、あの子に救いを与えて欲しいと。私は分かりましたと答えると、娘をよろしくといって消えました。そうして、私は閻魔になる事を決意したんです。閻魔になって貴女の事を調べようとしたら、他の閻魔から聞いたんです。面白いやつを紹介してやろうかって。」
「…そいつって?」
「はい、貴女の前任の上司だった閻魔です。彼は新米の私の経歴を見て、ピンと来たようです。そう、小町の過去と似すぎていたんでしょう。」
「いけ好かねぇ奴だと思ってたが、やっぱりだね…本当に…。」

 映姫は小町に向き直ると、小町を抱きしめて言った。

「ごめんなさい。もっと早く言いたかった。いざ、言おうとすると臆病になってしまって。もう、貴女は殺さなくて良いんです。」
「…ありがとう。四季様。」








 小町は幸太郎の家の前までやって来た。
 勿論、大鎌は家においてきたし、服も普通のやつだ。

「おーい。コタロー。いるかー?」

 カラカラと扉が開き少女が顔を出す。

「おっ?妹さんだね?コタローは居るかい?」
「お姉ちゃん誰?」

 怪訝な顔をする。知らない人物なんだから当然だろう。

「お前の兄ちゃんと一緒に働いているんだよ。今日はお見舞いに来たんだけど、居るかい?」

 すると奥から幸太郎の声がした。

「麗夢。上がってもらってー。」
「うん、えっと、どうぞ。」
「ありがと。お邪魔するよー。」

 草履を脱いで上がる。幸太郎は布団に寝ていた。

「よぅ。怪我の具合はどうだい?」
「いらっしゃい小町さん。そうですねー、結構良くなりましたけど、まだかかりそうですね。」
「まぁ、あんまり早く治っても不審がられちまうし…良いんじゃないか、ゆっくりで。」
「はい、お茶です。」
「お、ありがとう。偉いなぁ、一人でお茶入れられるのか。」

 そう言って頭を撫でてやる。いやいやと首を振って、逃げるように台所に消えた。

「ありゃ?」
「人見知りが激しいのと、照れ屋なんです。すみません。」
「いや、良いよ。ん、美味いなぁ、このお茶。」

―ガタン!

「くくくく。ちゃんと聞いてるんだねぇ。可愛いじゃないか。」
「……。」
「ん?どうしたんだい?アタシに何か付いてる?」
「いえ。何というか、”付いて”なくなったんですね。」
「え?」
「吹っ切れたというか、なんかそんな風に見えますが…。」

 幸太郎は小町の顔を伺っている。

「そうだね。解決したかは分からないけど、区切りがついた感じだね。」
「そうですか。それは良かった。」

 その後、少し話してから小町は家路についた。







「幻想郷はどうだ?もう慣れたかい?」
「まったく、人が悪いにも程がありませんか?小町が驚いていましたよ。」
「いやいや、私としては彼女に幸せになってほしいとだね?」
「それは建前でしょう?本音は使いにくいから、他に回したいってところでしょうか。違いますか?」
「おやおや、君にも良い条件だったはずなんだけどね。嫌われたもんだ。」
「性格が天邪鬼すぎるんですよ…。あと喋り方です。一言多いんですよ。」
「はっはっはっ。まぁ、良い方向に彼女が進んだようで何よりだ。それでも、私は彼女と組むのは御免被るがね。」

 肩をすくめてみせる。

「何故ですか?」
「そのうち分かる。まぁ、同情はするよ。頑張ってくれたまえ。」
「?」

 小町の前任の閻魔は映姫の前から去っていった。意味深な言葉を残して。
 その後、映姫はその言葉の意味を知ることになり、日々胃を痛めることになるのは、また別のお話。







「あら?気持ちの整理が出来たみたいじゃない?」
「ん?あぁ、そうだな。解決したとは言わないけど、なんでだろうねぇ。落ち着いた気持ちだね。」

 なんとなく会える気がして、あの森で小町は待っていた。
 小町の横に紫が腰掛ける。

「貴女。これからどうするの?今の貴女には、殺しは…。」
「そうだね。でも、ちょっとケジメはつけないといけないみたいだ。」
「ふふっ。気がついているようね。あ、そうそう。貴女におみやげが…これだったかしら?」

 スキマから何かを取り出す。

「じゃーん。」
「立派な鮎じゃないか。貰っても良いのかい?」
「えぇ。今取ってきたの。」
「あー…川に直接かい。まぁ、有り難く貰っておくよ。」

 紫はさらに何匹か手ぬぐいに包み、小町に手渡す。小町が受け取ると、まだモゾモゾと動くのが感じられた。

「さて、私は行くわ。それと、手出しはしないからね?私は傍観者。それじゃ、頑張ってね。」

 そう言って紫は姿を消した。

「やれやれ。今のアタシに出来るのか…ん?」

 空が赤い。夜だというのに、まるでそこだけ夕日に照らされているようだ。

「火事か?」

 小町は飛び上がり、その方角を見た。位置的には人里の一部のようだが、何軒も燃えているわけじゃないようだ。
 変な胸騒ぎがして、小町は急いで火事の現場へと飛ぶ。そう、幸太郎が住んでいる家もあの辺りだ。

「…行くしか無いだろう?なぁ?」

 小町は全力で人里へ向かった。



 小町が人里へ近づく、鎮火させたようで人々が後片付けをしていた。
 流石に死神装束のままという訳にはいかないので、茂みに隠れて様子を伺うことにする。

「まったく、神社の蔵に放火とは…何がしたかったのかな?」
「さぁなぁ。しかし、見事に燃え上がってしまったな、ほとんどの祭具も駄目だ。親方に言って作ってもらうしか無いな。」
「収穫祭まであんまり日がないけど、間に合うかね?」
「うーん…頑張ってもらうしか無いなぁ、はっはっはっ。」
「ははは、そうだな。しかし、犯人は捕まえてとっちめないといかんな。」
「当然だ。妖怪だろうが何だろうが、皆に頭を下げさせないと。」

 放火とは物騒な話だが、神社に火をつけても何にもならないはずだ。
 結界を壊したいとかだとしても、仕掛けを何とかしない限り意味はない。ただの愉快犯だろうか。

(まぁ、いいや。コタローのとこにでも行くか。)

 何もなかった事に胸をなでおろした小町は、近くまで来たのだからと幸太郎の家に向かうことにした。
 一応、周囲に気を配りながら幸太郎の家の前まで辿り着く。

「おーい、コタロー居るかー?」
「開いてますよー。今手が放せないので、入ってくださーい。」

 家の中から返答があった。
 小町は、お邪魔するよと一言告げて中に入る。囲炉裏の温かい光が小町を出迎えた。

「あ、いらっしゃい。晩ご飯ご一緒にどうです?」

 奥の炊事場から、幸太郎と妹が鍋などを運んできていた。

「2人だけなのに、大層なモンでもこしらえたのかい?」

 鍋が予想外の大きさだったので、思った疑問を口にする。

「いえいえ。これしか鍋が無いので…貰い物なんですけどね。」
「そうか。しかし、アタシの分までは無いだろう?」
「ただの味噌煮なんで、具を足せば大丈夫です。ご飯はあまり無いですけど。」
「あ、一応魚はあるけど…ほら。」

 小町は先程、紫から貰った鮎を見せた。





「ふぅ。暗いところが怖い妖怪っていうのも、変な話ですよね。」
「子供の頃ってのはそんなもんじゃないのかい?」

 妹を寝かしつけてきた幸太郎が戻ってくる。怪我は大分回復したようで、生活に支障をきたす程では無いようだ。

「……実は、小町さんに言わないといけない事があるんです。」
「ん?」
「僕、船頭辞めようかと思っているんです。」
「……そうか。良いんじゃない?アタシは止めないよ。」
「はい、ありがとうございます。それで……その、僕の後の船頭なんですけど、小町さん。やって頂けませんか?」
「は?アタシ?…何でさ?」

 幸太郎はしばし無言で小町を見ていたが、一度頷いて口を開いた。

「今、船頭やって頂いてますよね?」
「あぁ、そうだな。」
「小町さん。気がついていませんか?貴女は、楽しそうですよ?」
「え、そうか?」
「はい。きっと、魂たちとの念話で、良い方向に向かっているんだと思います。」
「そうかねぇ?」

 そこで小町は思い出した。小町が少し変わるきっかけになった、あの魂の事を。
 あの魂の言葉が無ければ、昔住んでいたあの地に行こうなんて考えなかっただろう。あそこは、小町にとっては禁断の地であり、思い出したくない過去その物だからだ。

「でも、アタシは船頭になる訳にはいかないよ。」
「どうしてですか?絶対に小町さんにとって…!」
「いや。ケジメを付けないと駄目なんだ。自分のケツくらいは拭いてから、今後のことは考えるさ。」
「ケジメ?」
「おぅ。そっちが片付いたら、改めてお前さんの後を継いでもいい。どの道、お迎えは引退するつもりだったしな。」
「あ、そうでしたか。実は、無理矢理でもお迎えから降りてもらおうなんて…その、思ってました。恩人が燻っているのを見たくなかったので、閻魔様にも相談してたんです。」
「四季様にかい?」
「はい。でも、その必要は無さそうですね。しかし、そのケジメって…大丈夫なんですか?小町さんの眼の色が変わるほど、危険な事なんでしょう?」

 心配そうに顔色を伺ってくる。無意識にそんな雰囲気を出してしまった事に、若干自分でも驚いた。それほど、無意識に警戒しているのかも知れない。
 しかし、幸太郎に心配させるのも良くないので、小町は笑ってみせた。

「大丈夫さ。緊張はしてるかもしれないが、大事じゃない。ただ、その機会がいつ来るのか分からない事が気がかりではあるけどね。」

 そうなのだ。幸太郎を襲ったあの妖怪は、小町が殺した妖怪の妻だったはずだ。
 目的は、小町への復讐。どんな手を用意しているのか分からない。それに、手の内を2回も晒してしまった。逆に小町は妖怪の力量を把握していない。弓が恐ろしく達者である事以外は、まったくの未知数なのだ。
 そして、一番気がかりなのが、復讐者の精神がどのような物か、小町は知っている事。復讐のためなら、どんな事でもする。相手を精神的に追い詰めることが楽しくてしょうがない。その上で殺す、苦しみながらのた打ち回れと。
 つまり、四季様はともかく、幸太郎や妹。さらにはこの里全体にまで、標的にされかねないのだ。流石にそれは避けたいし、守りたい。それが出来るかは、本当に神のみぞ知る、だろう。

「さて、そろそろ帰るよ。晩飯美味かったよ。ところで、船頭辞めたらどうするんだい?」
「えーっと、実は閻魔様の秘書になれそうなんです。」
「成る程、その手があったなぁ。確かに一人では大変だし…いい考えだね。」
「ありがとうございます。閻魔様も少し疲れているようでしたので、少しでも力になれたら嬉しいですね。」

 小町は温かい気持ちに包まれるのを感じた。
 お迎えとか、船頭とかどうでも良かった。きっと、自分にはこんな相棒が必要なんじゃないかと、そう感じた。









「おかあさん!?」

 なんとか立ち上がった私は、呼ぶ。大丈夫だよという声を聞きたくて。
 次第に目が慣れてきて、なんとか近くの物は見えるようになった。しかし、人影は見えなかった。
 そして気がついた、その家に漂う異臭に。なんの臭いかは分からない。しかし、小町の不安を煽るには十分すぎる。

「……うぅ…うわぁぁぁぁ!…ひっ…ああああぁぁぁぁ……。」

 泣いた。出せないと分かりながら、何かを吐き出すために。薄々感じていたモノを受け入れるには幼すぎる。
 
―ガタッ

 誰かが家に入ってきた。しかし、小町は気が付かない。
 自分の背後に明かりがある事にやっと気がついた小町が振り返ると、妖怪が居た。松明を持っている。
 小町と妖怪の間、照らしだされた空間に転がっている両親だったもの。
 顎から上がない首。明かりを受けて光る眼玉。小町にはそれが何かは分からなかったが、両親の何かだという事。そして、今目の前にいる妖怪の仕業だとは分かった。
 そこからの小町は強かった。幼いなりにこのままでは危険と感じた彼女は、障子を突き破り外に転がりでた。
 驚いたのは妖怪だった。泣き声を聞いて様子を見に来たら、美味しそうな子供が居た。そう思った時には、その幼い足とは思えない跳躍で外に飛び出していったのだ。追いかけて外に出る。いつも通りの狩りの筈だった。


 外に出た小町は冷静だった。村の状態も瞬時に把握できたし、自分がするべきことも決まっていた。死んでしまった父が言っていた言葉。そう、自分には力がある。復讐するための力だ。近くにあったナタを手に取り、家から出てきた妖怪まで一気に接近し、その頭蓋を叩き割る。

―グシャ

 嫌な音がして、妖怪は倒れた。遠くでは未だに妖怪たちが暴れているのだろう、阿鼻叫喚が小町には聞こえる。家を振り返らずに小町は村の中心へと駈け出した。
 村の中心では妖怪達が人間に襲いかかっていた。いや、それもほとんど終わっているのだろう。妖怪たちが輪になり、中心で人間を襲っている。遊んでいるのだ。

「……。」

 小町はその中心に出る。一瞬で。その時には全員死んでいた。知っている顔ばかりが、苦痛に歪んだ顔で死んでいる。

「なんだ?子供?」
「おいおい、まだ居たのかよ。」

 妖怪たちが一斉に小町を見据えた。その中の一人が近づいてくる。小町の手に握られたナタには気づいているはずだが、悠然と歩いてくる。

「ガキ。どうやったか知らないが、何をした?俺の目でも追えない速度だったはずだ。そうじゃなきゃいきなりそこに立っているわけがない。」

 妖怪は強いものに惹かれ、従う。それが掟、本能だ。その本能が察したのだ、あの移動だけで。
 小町があたりを見回す。

「…40。」
「あ?答えろ。何をし…。」

 小町がナタを振り下ろす。すると、歩み寄ってきていた妖怪の頭蓋が叩き割れた。
 流石にこれには警戒せざるえない、辺りの妖怪は臨戦態勢に入る。



 小さな集落。その夜に聞こえたのは少女の笑い声と、絶叫だけだった。










「……。」

 また、昔の夢だ。未だに心に燻っている。
 小町は布団から出て、冷たい水で顔を洗った。少しだけ、本当に少しだけ、何かが落ちたような錯覚。

「いいさ。ケリをつけたら…きっと、前に進める。」

 ふと、背後に気配を感じた小町が振り返る。見慣れた光景が広がっているだけで、何もない。

(アイツか?)

 あの妖怪かとも思ったが、それは無いだろう。
 家に帰る時は能力を使っている。追いつけるわけがないのだ。
 ナーバスになているだけだろうと、小町が家に入ると紫が居た。

「おはよう。…うわっ、このおにぎりカピカピじゃない!?」

 小町はガックリと肩を落とす。

「お前さんかい…それに、それは昨日のうちに作ったやつだからね。朝飯だよ。それをなんで食べてんだよ…。」
「うふ。お腹が空いていたの。」
「だからって人様の朝飯を食うなよ。」
「幸太郎君の里が襲われているわよ。」
「は?」

 小町が凍りつく、恐れていた最悪の事態が動き出してしまった。

「くそっ。さっさと言えってんだ!」

 小町は家を飛び出して、里へと向かった。

「まぁ、このくらいの手助けはしてあげるわ。」

 その声は小町には届かなかったが、微笑むと紫はスキマへと姿を消した。







「遅かったか!?」

 小町がたどり着いた時に死体の山が出来上がっていて、生き物の気配はほぼ皆無になっていた。
 大怪我を負っている人間が居たので、声をかける。

「大丈夫か!?」
「うっ…死にたくねぇ…死にたくねぇ…よ…。」

 首がカクンと折れ曲がる。男は死んでいた。

「……。」

 小町は気がついた。おかしい。あの妖怪の攻撃方法は、爪か弓のはずだ。だが、男の怪我は打ち身や骨折といった、”打撃”によるものだったのだ。
 小町はそっと男を横たえると、幸太郎の家へ向かった。道中で見かける死体は、全て打撃による致命傷で死んでいる。

(一体…何があったんだ?)

 そして、走る小町の目の前に”あの”妖怪が落ちてきた。

「おわっ!?お前…なんだその怪我は!?」
「…あぁ、死神か。くくくく…ぐ…。」

 その手から弓が転がる。破魔の弓。あの時の神社の火事は、この妖怪がやったのだろう。

「まさか、あんなヤツだったとは…思わなかった。…お前に…かかわると…ろくな結果にならんな…。」
「…どうゆう意味だ?」
「…私は…もうすぐ死ぬだろう。……あの小僧は殺したよ。くくく…あははは…ぐっ…。」
「……くそったれがぁあああ!」

 小町が鎌を振り上げて、止めた。まだ、聞きたいことがある。

「コタローの妹、アイツはどうした?」
「…殺そうとした…んだけどね…。まさか…あんな”タマ”だったなんて…反則だよ。」

 唸るように妖怪は笑うと、絶命してしまった。最後に、苦しむ顔が見れて良かったと言い残して。

「……幸太郎。すまない…アタシのせいだ…。」

 直後、恐ろしい雄叫びが幻想郷に響き渡った。





「なんだ?雄叫び?」

 しかし、気にしている時間は無い。幸太郎を探しに向かう。
 幸太郎はすぐに見つかった。驚いたことに息がある。

「おい!?コタロー!?」
「…あ。…やっぱり…駄目ですね……。戦うことに…絶望的に…向いてないようです。」
「喋るんじゃない!くそっ!」

 幸太郎の腹は切り裂かれ、臓物がはみ出ていた。血もどんどん出てくる。

(くそっ。手の施しようがない。)

 魔法でも使わない限り、幸太郎は助からない。小町にはそれが分かってしまう。

「あは…。駄目なんですね……小町さん…お願いが…。」
「…なんだ?」
「妹が祟り神に…なって…しまった…んです。…お願いです…妹を…麗夢を…止め……て。」

 死んだ。逝くときはアッサリと逝く。

「分かった…。コタロー、アタシに任せておきな。」

 幸太郎をそっと静かに寝かせると、涙を拭ってあの声がした方に駈け出した。






 幸太郎の家は里の外れにある。しかし、あの声は里の中央から聞こえた。

「くそ…あのアマ…逃げるなら反対に行けってんだ!」

 悪態を突きながら全力で向かう小町は、心では冷静に考察していた。
 祟り神なんて、そうそうなれる物ではない。魂の器が大きくないと駄目だからだ。せいぜい悪霊が良いところなはずなのだが、あの麗夢という妹はとんでもない器を持っていたようだ。
 それこそ、前世で英雄にまで上り詰めた人間か、世界に影響を与えるほどの妖怪でも無いと祟り神になんかになれない。そう、普通は”神”になんかなれない。

「いたっ!…くっ…なんだこの妖気!?」

 姿形は変わっていない。ただの少女に見えるが、体中から黒い何かが出ている。

「おいおい…どんだけ恨みを溜め込んでいるんだよ…。」

 体から出ている黒いモノ。それは憎悪の塊。それをあそこまで溜める事は出来ない。その前に体が持たない。

「…まぁ、だから神なんだけどな…。」

 祟り神との戦い方は知っている。その源泉となる核のような物が体にあるので、それを破壊すれば自壊する。その場所は分からないが、心臓を狙って小町は鎌を振った。
 当たったと思ったが、違った。小町の鎌は体に吸い込まれるように、何の抵抗もなく体にめり込んだ。

「!?」

 迂闊だった。普通の物理的な攻撃が効かないとは、まったく考えもしなかった。すると、少女は口の端を釣り上げると、消えた。
 直後、小町の背後から衝撃。理解する前に民家に突っ込んでいた。

「うっ…。」

 小町がゆっくり目を開くと、視界が赤かった。どうやら目の毛細血管がやられたようだ。衝撃で体が痛むが動ける。
 小町は元々人間だった。だが、妖怪を殺し続けた事で妖怪になった。そのタフさは、そんじょそこらの妖怪の比では無い。その小町が一撃でかなりのダメージを受けた。
 祟り神になった少女は、悠然と地面に降りて小町に向かって歩いてきている。

「…手加減なんかしてらんないか…。コタロー…すまん。全力で止める。」

 小町は起き上がると、能力を使って背後に回るが…
 首だけが180度回り、小町を視界から逃がさない。

「嘘だろ!?」

 そのまま攻撃するのを止め、距離を離した。小町の能力の簡単な原理は空間干渉だ。
 空間を歪めて、距離を短くする。文字通り瞬間移動する能力なのだが、祟り神は空間移動中の小町を目で追ってきた。
 空間という次元を認識して、それを見ることが出来る存在を小町は初めて見ることになったのだ、驚くのも無理は無い。

「……神様ね…。次元が違う。」

 勝てないかも知れない。いや、勝てない。
 だが、小町も引く訳にはいかない。約束がある。あの、優しい笑顔を向けてきた、あの少年との約束が。


 祟り神が一気に向かってくる。その姿は少女の形をした黒い塊。もう、幸太郎の妹の外見では無くなっていた。
 振り回すだけの拳が頬をかすめる。流石に武術なんてものでは無いので、打ち筋は見えるが早い。恐ろしく早い。見てから反応できる速度ではない。
 連動している肩や、間合い、足運び、体重移動。そういった物を見切り、ぎりぎりで躱す。

(なんとかっ…避けられるけど……ジリ貧だな…うおっ!?)

 きわどい所を拳がかすめ、小町は体のバランスを崩してしまう。
 小町が立て直す前に、飛んでくる拳。

(避けられないっ!)

 その小町の眼前で、”スキマ”が開き、拳を吸い込んで閉じる。

「ぎゃああああぁぁぁぁぁ!!」

 祟り神の断末魔。小町がそれを見て距離を取って叫ぶ。

「いいタイミングだな!?なぁおいっ!?」
「当然でしょ。」

 紫が微笑んだ。




「傍観者じゃ無かったのかい?」
「妖怪との喧嘩には介入する気は無かったわよ。でも…祟り神なんて私の幻想郷に必要ないわ。」
「なるほどな。壮観じゃないか。」

 祟り神を取り囲むように、幾多の妖怪が集まっている。人間の姿も見える。

「神と戦うなんて、いい度胸してるな…ここの妖怪達は。あ、人間もか。」
「良い所でしょ?」

 祟り神が動き出した。そこへ天狗たちが突っ込んでいく。
 天狗たちは風を起こして、砂を舞い上げて祟り神へと叩きつける。視界を奪うつもりのようだが、効果が無かったようだ。不用意に近づいた天狗が殴られ吹き飛ばされた。

「おい、天狗が子供扱いだぞ…。どうやって止めるんだ?」
「時間だけ稼いでくれたらいいわ。準備は良い藍?」

 背後にいつの間にか藍が居た。藍は何か札を取り出して紫に手渡す。

「なるほど、結界か。」
「ご名答。時間がかかるから…死なないでね。」
「任せな。これでも死神”イチ”のお迎え小町さんだ!」

 小町は一気に祟り神の真上に移動して、鎌を振り下ろした。やはり、吸い込まれるようにめり込んでいく。

「駄目か。」

 視界の隅で、鬼が瓦礫をかかえているのを見て離脱。直後、風切り音とともに瓦礫が祟り神に次々と直撃する。
 祟り神は、成長しているようで、もうはっきりとした形では無く民家ほどの大きさの黒い塊だ。
 粉塵の中から黒い触手のような物が飛び出した。小町はなんとか回避したが、瓦礫と共に鬼たちがはじけ飛ぶ、中には胴体を貫かれた者もいる。
 頑丈さにおいては、妖怪でも随一な鬼が一撃で貫かれたことに動揺したのか、攻撃の手が一瞬止まる。

「馬鹿野郎!手を止めるんじゃない!」

 小町が叫ぶと同時に、今度はさっきとは比べ物にならないほどの触手が飛び出してきた。
 まさに阿鼻叫喚。とんでもない破壊力である。辺りでは妖怪達が倒れている。流石に死んではいないが、回復まで時間がかかるだろう。

「あらあら。無様ねあなた達。」

 上空から声が聞こえた。小町が見上げると、幼い少女が飛んでいる。その背中には漆黒の翼。

「吸血鬼か?」
「ふふふ。祟り神のおかげで曇っているからね。こんなお祭りに参加できないなんて…つまらないじゃない?」

 そう言うと、祟り神へ一直線に飛び込んでいく。手には禍々しい光を放つ槍。

「おいっ!?」

 小町が接近は危険だと言う前に、彼女は祟り神と向き合っていた。

(早っ!?吸血鬼ってのはこんなに高い身体能力を持っているのか?)

 祟り神から触手が飛び出して襲いかかる。それを左手で切り裂き、少しづつ接近していく。

「私はレミリア・スカーレット!私の名前を刻みこんで滅しなさいな、このファXX祟り神!」

 そう言ってゼロ距離から、槍を投げつける。槍は祟り神を抉り、轟音と共に貫通、遠くの山に直撃した。

「すげぇ…。」

 妖怪達もあっけにとられるほどの破壊力。小町も唖然としていた。
 しかし、それでも尚、祟り神は暴れてる。それを叩きを落とし、避けるレミリア。わずかに頬を掠めた攻撃で血がにじむ。

「ワォ。流石神様って事かしら。あははははは!楽しいわアナタ!」

 祟り神が怒りの咆哮を上げる。小町は援護に駆け出そうとして、呼び止められた。
 小町が振り返ると、四季映姫が立っていた。

「四季様!?なにしてんです!?危ないですよ!」

 小町がそう言うのも無理は無い。ほとんど最前線に近いのだ。

「小町。これを使いなさい。」

 映姫が持っているのは大鎌。しかし、刃が曲がっていて使えそうに見えない。

「小町、聞きなさい。これは昔アナタがあの里で使ったナタから作ったものです。強力な呪いがかかっています。これなら祟り神にも効果があるでしょう。私はここで出来ることはありません。閻魔が地上で戦闘することは基本的に許されないので…私に出来ることはこれを渡すだけ…。小町、死なないで下さい。」

 小町は鎌を受け取った。ズシリと、重さが伝わる。

「…任せて下さい。」

 小町は駈け出した。

「…小町。」




 ぐにゃぐにゃに曲がった刃を祟り神に突き立てる。グサリと確かな手応えと、黒い血しぶきが祟り神から上がった。

「…すげぇ…。」

 小さな小町の怨念と村の人々の恨み、妖怪達の無念。そういったモノが幾重にも絡みついた刃は、想像以上の効果があったようだ。

「死神。なかなかやるじゃない!あと、そこの子鬼!」
「誰が”子”鬼だー!おっと。」

 触手を避けながら酒を飲んでいる。ふざけているようだが、身のこなし並ではなかった。自分の分身を作って飛ばしながら、戦っている。

「吸血鬼だって鬼じゃないか!」
「うるさいっ!この田舎者!」
「なんだとー!?」

 闘いながら喧嘩をはじめる2人を小町が嗜める。

「いい加減にしろ!それにもう終わる!」
「「え?」」

 そう、小町は遠くのほうで紫が手を降っているのを見たのだ。準備は整ったという合図。
 すると、一人の巫女が歩いてきているのが見えた。



「…巫女?」

 小町がそう呟くと同時に、祟り神の攻撃が巫女に迫る。

「ハッ!」

 巫女はそう叫ぶと結界を張る。結界にぶち当たった触手が、焼けたように消滅していく。
 結界でもここまでの物は滅多にお目にかかれないだろう。
 そして、巫女が何かを唱えて叫ぶ。

「夢想……封印!!」

 まばゆい光がいくつも出現し、あちこちに貼られた呪符から次々に結界が出現して祟り神を囲む。
 結界で動きを封じられた祟り神が逃げ出そうとするが、まったく出ることができないようだ。それどころか、身動きすら封じられている。



 そして、いくつもの光が祟り神に向かって接近し、光の大爆発が起きた。














「……。」

 合わせた手をを解いて、小町は墓石を見つめた。

「短い間だったけど…お前良い奴だったよ。後は…小町さんに任せて、いい夢見てくれ。」

 小町は、幸太郎と妹が眠る墓地を後にした。



 家路を歩いていると、横に映姫が並んだ。
 お互い無言で歩いていたが、映姫が口を開く。

「…大丈夫ですか?」
「……何がです?一件落着、私はこれから居なくなった船頭の後を継いでのんびり…」
「小町っ!」

 小町が映姫に顔を向けると、映姫が見上げていた。

「……泣いても良いんですよ。」
「泣きたいですけどね。コタローが…家族みたいな存在になりつつあったし…。」

 映姫は泣いていた。きっと小町の分まで泣いてくれているんだろう。
 小町は苦笑して、映姫の涙を拭いてやった。





 小町は泣かない。





 小町はあの頃の子供のままでは無い。






 彼女は笑う。自分と彼のために。










































「小町!」







「きゃん!」








「また、サボって…………」














 ~ 死神 小野塚小町 ~  おわり。
長い文章でしたが、読んでくださって有難うございます。
公式設定を考慮していますが、もしかしたら矛盾が出ているかも知れませんが、そこはご容赦を。

さてさて、勘が良い人は気がついていると思いますが、祟り神になった妹の麗夢は霊夢と同じ魂という設定です。
流石の霊夢さん。器が違いますね!('∀`)
それと、名前は出ていませんが、萃香も居ました。酒のんで闘いながらレミリアと喧嘩する…規格外ですねw

ちなみに、祟り神のイメージは「もののけ姫」です。

本編に入れることが出来なかったネタ。
・巫女の正体。 時代的には博麗はまだなんで、その構想になるきっかけとなった人物。つまり、構想中だったけど目をつけていた紫ちゃんイチオシの人間。ある意味初代博麗の巫女って所でしょうか。
・幸太郎君。実は幸太郎は魔理沙なんです。魂はね。基本的に真っ直ぐで、努力家なんですよ彼。書けませんでしたけどw
・天狗。あややは居ません。山で傷してそれどころじゃなかったんです。原因?レミリアのグングニr

それでは、別の作品でお会いしましょう。
まなみ
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コメント



0.340簡易評価
3.30名前が無い程度の能力削除
うん。色々と矛盾してますね。特に隔離時期関連があっちをたてればこっちがたたずになってます。
まあそんなことよりも原作キャラじゃなければ幾ら殺しても構わないというやり口がとにかくスッキリしないんですけどね。
4.10名前が無い程度の能力削除
気持ち悪い。
作品と作者が。
「オリキャラは実は~」と嬉々として語ってる様は作品乗っ取りやメアリー・スーと同じ嫌悪感を催しました。
7.80名前が無い程度の能力削除
矛盾は多いけれど試みは面白い
上手くはないし誤字も多いが読みやすい文章だと思いました
8.50名前が無い程度の能力削除
中核になる小町の過去話と、クライマックスを飾る祟り神周りの話が上手く絡んでいないように思えました。
それまでの話のほとんどを小町の過去話に割いているのに、最終的には全く関係のない祟り神をやっつけておしまい…うーん?とスッキリしないものが残ってしまいました。

しかしクライマックスの戦いは熱いですね!紅魔郷以前にレミリアと萃香が共闘とか胸キュンです。
ただおぜう様、安易なF言葉は冷めちゃいますぜ…
10.70名前が無い程度の能力削除
霊夢が二人...
と思ったら字が違った
14.100名前が無い程度の能力削除
良かったです
15.100名前が無い程度の能力削除
大変面白かったです。
後書きの設定もなるほど!ってなりました