Coolier - 新生・東方創想話

さなてん 新しいものの話

2012/02/24 00:37:39
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「これももう古くなったし、新しい靴、下ろそうかな」
履き古した皮のブーツを目の高さまで持ち上げ、青髪の少女はつぶやく。履いている時はそんなに
気にならないのだけど、よく見てみると所々に小傷があり、靴底は磨り減って少しデコボコしている。
それでもまだ、十分使用には耐え得るのだけど。
「ま、こんだけ履けば十分でしょ」
少女は靴を置いて立ち上がり、空色のスカートの裾をただした。虹色の宝飾が彼女の動きに伴って
揺れ、腰まであるサファイアのような髪がふわり、しなやかにその動きを追いかける。
「よっこらしょ……っと」
背伸びしてどうにか手の届いた棚の中には、真新しい皮のブーツが何足か、綺麗に揃えられて置い
てあった。どれも中々に値の張る品である。
彼女は大変裕福だった。故に古いものを捨てる事に抵抗などなかったし、裕福故に少しでも古いもの
を履くことには抵抗があった。
少女の名は比那名居天子。かの非想なんとかさんのご令嬢であり、つまり天人である。今日はこれ
から地上におりて、守矢神社の巫女とお茶の予定。
「うん、ピッタリだね。悪くない」
彼女はトンとつま先を突き、しっかり履けた事を確認した。キツく無い程度に靴紐を縛り扉を開け、眩
いばかりの陽光に目を細める。太陽は南南西の空、そろそろ3時。
「よぅ~し! 早苗に新しい靴見せに行こう!」



同刻、守矢神社境内。

「もうそんな時間かぁ~」
天から降ってくる影を目の隅に捉え、この神社の巫女、東風谷早苗は呟いた。彼女、比那名居天子
の来訪は、早苗にとっては終業のチャイムの様な物だった。
毎日3時になると、天界から降って来て、早苗とのお茶を要求する。早苗も、あまり悪い気はしないよ
うで、毎日やってくる彼女をいつも喜んで迎え入れるのであった。ただ、結界を破られて境内に直接
着陸されてはたまらないので、神社の外に降り立ってもらうようにはしてるのだけど。

神社の石段を上る靴音は、いつにもまして楽しげであった。
「何かいい事でもあったのかな」
早苗は境内の掃除に使っていた箒を立てかけ、そして鳥居に向き直った。
「今日も神社を乗っ取りに来たわよ!」
鳥居を潜るなり、天子は叫ぶ。別に本気で言っているわけではなく、挨拶みたいなものだ。素直に早
苗に会いに来た、と言えないのである。
「えぇ、いらっしゃい」
まだ、気付いてはもらえないか。天子は思う。とりあえず早苗に歩み寄り。
「はい、これいつもの」
桃の入った籠を早苗に押し付けた。
「ありがとうございます! 神奈子様~、諏訪子様~! 今日も桃農家のご令嬢が桃を持って来て下さ
いましたよ~!」
「あぁ、もういいよ農家で……」
以前は、そう言われる度に天人ですと訂正していたのだけど、最近はもうそれもしなくなった。天子を
ただの嫌味な天人という種族で一括りにしない、早苗の心遣いであるとも受け取れたし。パタパタと
神社の中にかけて行く早苗の背中を見送り、天子は思う。
「あ、天子ちゃん。そんなところにいないで、中に入りなよ~」
と、かけられた声に振り向けば、この神社の神様である洩矢諏訪子がちょこんと、カエル座りをしてい
る。
「え、あ~。そうね、お邪魔するわ」
これは参った。靴を見せに来たのに、靴を抜いで上がる事になる。けれど、せっかくこの神社の神様
が好意でそう言ってくれているのだ。それを断るのは、天人としていかがなものかと。
「客間は分かる?」
「えぇ、大丈夫」
ありがとうね、と諏訪子に礼を述べて廊下を歩く。本来は向こうの方が年上なのだが、年上扱いして
敬語を使うと怒られる。心は永遠の12歳なんだとか。けれどまぁ、そんな可愛い神様も悪くはない。
神様と言えば。普通の神社は信仰の対象を明らかにして祀るのに、あの博麗神社はなにを祀って
いるのかはっきりしなかった。よく考えると得体がしれず少し背筋が薄ら寒くなった。なにせスキマが
噛んでいる神社だ。もうあそこには二度と手を出すまい、と天子は思う。それに対して、この守矢神社
の暖かさ。神奈子様もケロちゃんも優しいし、早苗は面白可愛い。やっぱり、住むならこういう神社が
いいだろう。
そんな事を考えている間に客間についた。格式を尊重した和室である。窓の障子を開ければ、そこ
からは境内の様子が一望できた。真っ白な敷石が陽光を照り返し、境内を覗き込む天子の顔に光の
陰影を映す。彼女はその眩い輝きに目を細め、トンと障子を閉めて座布団に座った。手前側にある
玄関は、見えない。
さて、これはどうしたものか。靴の話を自ら持ち出すのはなんというか、悔しい。それとなく気がつい
てもらえる方法は無いものか。
「お待たせしました~」
スーッ、とん。小さな音を立てて開いた襖に目をやれば、お茶を乗っけたお盆を携えた早苗が入って
くるところであった。彼女はお茶を天子の前に置くと、それを挟んで天子の対面にあった座布団を天
子の横に持ってきた。
「……何故に?」
「真正面に座ると、相手に圧迫感を与えるからです」
「はぁ……」
天子はあまりその手の話は詳しくなかったので適当に流すことにしたのだが。
「それに、こうすると貴女と同じ景色が見れるんです。なんか、良くないですか?」
やはりそこは早苗。油断をすると思わぬところで不意打ちをもらう。
「え、あ……うん」
そう言われると天子はなんとなく気恥ずかしくなり、もぞもぞと足を動かして座布団の位置を微妙に
調整する。無論、早苗とすこし距離を置くように。
「あ……」
そんな天子を見た早苗は何を言うでもなく、ただその一言をぽつりと漏らしたのであった。ただ、天子
にとってはその一言だけで十分であった。いつもならばくりくりとした翡翠の瞳が細まり、普段は笑顔
できらきらしている早苗の表情が、明らかに寂しそうな様相を呈しているのだ。
「え? あ……ちょっと足がしびれただけよ?」
天子が苦し紛れにそう言及する。普通に考えれば、見え透いたいい訳なのだが。
「あ、そうですよね! 女の子は胡坐で座る訳には行きませんもんね!」
彼女は人を疑う事を知らない。天性なのか、あの二柱の教育が良かったのか。
「よかった~。私、天子さんに嫌われたかと……」
そう言うと彼女は例の座布団に座り込み、そして天子にぴったりと寄り添った。早苗の翠色の髪が、
天子の空色の髪の上に重なる。
「早苗……? その、これはちょっと近すぎない……かしら?」
天子はどぎまぎしつつ、控え目に自分の意見を述べた。半袖のバルーンスリーブ、むき出しの腕に
感じる早苗の髪。さらさらと優しいその感触は、天子の本能に安らぎを与えるとともに、天子の理性
に警告を発した。“私たちは女同士である”と。
「嫌……ですか……?」
早苗が天子の顔を覗き込む。この距離で。息がかかりそうな近さだ。
「嫌じゃないわよ! けど……あんまりこういう事されると……私、女なのに早苗の事……」
最後の方はほぼ、聞き取れないくらいの小さな声で。
「そうですか。けれど私は天子さんの事が好きですから。もう手遅れです」
早苗は天子の背中を流れる蒼髪を撫ぜ、そう答えた。
「みゅぅー……」
真っ赤になって丸くなる天子をよしよしとなだめる早苗。天子は本来ならばこんな風になるような性分
ではないのだが、早苗の天然っぷりが天子のツンツンっぷりを遥かに上回ってしまっているためか天
子は早苗には敵わないのである。
「天子さん可愛いです~」
白磁の肌、お人形さんみたいに綺麗な顔。そして長くてさらさらふわふわのロングヘアー。ちょっぴり
素直になれないところもあるけれど、本当は誰よりも真っすぐで正直な娘。言葉にするのは難しいけ
れど、それでも具体的に言うのであれば、早苗は天子のそんなところに惹かれるのであった。
「そんなこと……ないって」
ふにゃふにゃと、天子は言う。まさに骨抜き状態。気がつけばもたれかかっているのは早苗ではなく
天子の方であった。
「そう言えば、天子さん」
早苗は天子の帽子をひょいと取って自分の頭にのっけた。桃の飾りが案外重い。いや……飾りじゃ
なくって本物の桃なのかも。
「なぁに?」
天子は別に気に留める様子もなく返事を返す。
「今日何かいいこととかあったんですか? 来る時の気配が若干嬉しそうだったので」
「あぁ、ちょっとね。新しくしたのよ」
天子は今日ここに来た目的を思い出した。早苗が自らそれについて触れてくれたのは思いがけない
好機でもある。
「さぁて、何を新しくしたのでしょうか? 早苗なら当然分かるわよね?」
ここぞとばかりに立ちあがり、くるくると回って早苗に向き直る。彼女のロングスカートがその動きを
追って開き、ふわりと閉じた。
「う~ん、目に見える範囲では特に変わっていないと思います」
「うん、いい感してるわね。その通り……」
「ってことは今見えていない部分が新しくなった……」
早苗は人差し指を唇に当て、暫く考えるようなそぶりを見せた。実際の所は何を考えているのかまる
で見当がつかないのだが。
「あ、分かりました!」
ポン、と手を打って、彼女が出した回答はやはり天子の予想の斜め上を飛び越えて行った。
「パンツ変えました?」
「違う! あと私はドロワ!」
「違うんですか? 私は下着は毎日取り替えますけど」
「そう言う意味じゃなくって! 新調したってこと!」
やはり早苗にこの手の問いは無謀だったか、と天子は思う。
「靴を替えたのよ、前のがちょっと古くなったから」
早々にネタばれしてしまうことにした。なにせこのままだと確認です~とか言って全身をまさぐられる
ような事態になりかねない。
「あぁ、靴を……。けど、天子さん前も靴替えたばっかりじゃありませんでしたか?」
早苗が指を折って、天子が前に靴を替えてから何カ月たったかを数え上げる。
「まだ9カ月ぐらいしか経ってない筈ですよ?」
「うん? 9カ月も使えば十分すぎるでしょう?」
天子と早苗の間に数瞬の沈黙が降りる。
「靴っていうのは毎日履いても普通2年くらいつかいますよ?」
「2年も使ったらもうボロボロでしょう?
「ボロボロになってから替える物だと思うんですが……」
「な……私は天人よ!? そんな傷だらけの靴、履いていられるわけ……」
ぴっ。言い終える前に、早苗の人差し指が天子の唇にあてがわれた。
「めっ!」
頬を膨らませ、くりくりした瞳で天子の瞳をじっと見据えて。彼女はそれだけ言った。
 何が“めっ!”なのか。正直なところ、天子にはよく分からなかった。だって、自分は総領娘。少しで
も汚い物を履いていれば……。
「天子さん。確かに見た目は大事です。とくに天子さんのような身分ともなれば。けれど、その靴は」
「分かってるわよ! まだ使えるわ。けれど、そんなありきたりな価値観を私に押し付けるのはやめ
て」
天子は早苗の言葉を途中で遮り、そしてぷいとそっぽを向いてしまった。
「わ、私はそんなことが言いたいんじゃ……」
「ふん! 天人である私にお説教なんてどの道100年早いわ!」
天子は完全に気分を害してしまったようで、部屋を後にしようと襖に手をかけた。早苗が言おうとして
いることが正しいと、天子自身も思うが故に余計にやましく、そして後ろめたい。それがためにひどく
腹も立つのだ。
「天子さん!!」
早苗が、そんな彼女を大声で呼び止める。今にも泣き出しそうな顔で。
「何よ……!?」
彼女のその勢いに押され、天子は思わず動きを止め振り返った。その瞬間、視界に入ったのは胸に
飛び込んでくる早苗の姿。当然ながら天子は面喰ってしまった。なす術もなくそのまま襖ごと廊下に
倒れ込み、早苗に圧し掛かられる形になる。もちろん力では天子の方が勝っているのだが、しかし早
苗の必死さ、その気迫に手も足も動かせなかった。
「貴女が使っている服や物は、ただの物質じゃないんです! 貴女のために、貴女と共にあり、同じ
時間を過ごし、共に様々な想いを刻んだ品たちなんですよ!? 天子さんがそれを、何の躊躇もなく
捨ててしまうような人であってほしくないんです!!」
勝手な理想を押し付けないで。天子は喉元まで出かけた言葉をぎりぎりで飲み込んだ。早苗の瞳の
中には、自分の姿があった。早苗は、自分でも、他の誰でもなく天子を見ていた。自らが天子に嫌わ
れてしまうかもしれない危険を冒してまで、天子を諭そうとしている。それに気がついた。
「早苗……その……。ごめん……」
天子は早苗からどうにか目を逸らし、そしてもごもごと呟いた。
「いえ、いいんです……。私も感情的になり過ぎました」
早苗は立てていた腕をがくりと折り、力尽きるように天子の胸にその身を委ねた。普段あれだけふわ
ふわしている少女なのだ。きっと、相当無理をしたのだろう。
「正直怖かった……っていうのもあるんです」
早苗は小さな声で、ゆっくりと紡いだ。話すべきか、話さぬべきか、迷いの感じられる語調で。
「怖かった?」
天子が問い返すと、早苗は一呼吸、二呼吸おいて頭をプルプルと振るった。心の中にしまっておくの
は良くない。しっかり話さないと。そう、自分に言い聞かせ。
「私も……いつかそんな風に捨てられちゃう……のかなって」
「馬鹿っ! 私が貴女の事を捨てるわけないでしょう!!」
天子は早苗を思いっきり、ぎゅーっと抱きしめた。
 早苗の懸念は、物であろうと何であろうと、万物に等しく愛を注ぐ彼女であるからこそ生まれたのだ
ろう。天子は思う。自分の使っている服や靴をも愛し労う彼女にとっては、天子の主義はそれはそれ
は酷な物に思えた、と。
「天子さん……苦しいです」
早苗が小さく呻いた。
「あ、ごめん!」
思わず本気で抱きしめてしまっていた。少女とは言え天人の力は強い。
「あのね、早苗。私は貴女と違って博愛に満ちているわけじゃないから……ちょっと価値観は違うかも
しれないけれど。けれど! 貴女の事はしっかり愛してる。絶対に捨てないし放さない」
天子は早苗をしっかりと見据えて言い、そして言い終わったところではっと我に返り。
「あれ……今私なんて……」
真っ赤になった。早苗がかぶったままになっていた帽子をバッと取り返し、そしてそれで慌てて顔を覆
う。逃げ出したい。けれど早苗が上に乗っかっていてそうもいかない。
「ふふ……ようやく言ってくれましたね。私も、貴女の事を愛しています」
早苗は天子の帽子を手でそっと退かし、そして彼女にそっと微笑みかけた。





「あぁ、本当に今日はひどい不覚を取ったわ……」
真新しい綺麗なブーツ。トンとつま先をついてしっかり履けた事を確認すると、天子は早苗に向き直った。
「今日は大勝利でした!」
いつも以上にきらきらと輝く笑顔で早苗が天子を送りだす。
「これで天子さんと私、新たなステージに突入ですね」
「突入しちゃいけない世界に入っていってる気がしなくもないんだけど」
「大丈夫です、幻想郷では割と普通の事ですって」
「そうかなぁ……」
天子はくるりと早苗に背を向け、首を傾げる。まぁ少なくとも、良かれ悪かれもう引き返せないライン
までは来てしまった気がする。
「天子さん、新しいのもいいですけれど」
「えぇ、分かってるわ。帰ったら、古い靴も磨いてあげることにするわ」
天子は早苗にウィンクを一つ返し、そして振り返る勢いで地を蹴ってそのまま天界へと飛翔した。


 今日も結局早苗のペースだったなぁ。天に向かう夕暮れの空、彼女は振り返る。もしあのまま守矢
神社に完全に根を張ったとして。やはりあそこは天子の神社などではなく早苗の神社になるのだろう。
 ――けれどまぁ、それもまたいいか。神社云々よりも、早苗と一緒に居たい、ただそれだけなのだから。
こんにちは。虚構の人改めさなてん普及委員です。無論私一人です。

2~3週間ぐらい前に頂いたお題『新しい』で短編を書かせていただきました。最近リアルがアレな上に遅筆が重なってこんな時期に。

某ローグライクゲームでもさなてんが見られるということらしいので買おうと思ったのですが、PCのスペックが心配で結局手が出ず。
あれだけ有名なサークルがやっているのに、天子スレでは一人さなてん派を見かけたっきりめっきり見ておりません。
さなてん流行らせたいです。
さなてん普及委員
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コメント



0.840簡易評価
1.100名前が無い程度の能力削除
すまない、いくてん派なんだ・・・。
でもお話は面白かったですよ。えぇ砂糖吐きました。
2.90奇声を発する程度の能力削除
良いですね、さなてん
ほんのりした気持ちになれました
4.100名前が無い程度の能力削除
俺はこれを待っていた!
さなてんだけじゃなく諏訪子様との仲も良好らしくて雰囲気が良かったですねぇ
と、ゆかてんも好きな俺が言ってみました
11.80過剰削除
いいね、さなてんは好きだ

お題に新しいってこんぺかと思ったのは内緒
15.100名前が無い程度の能力削除
ありっすなー
16.100名前が無い程度の能力削除
れいてん派だけど、こっちの巫女も悪くないね!
19.100名前が無い程度の能力削除
この砂糖おいしいよ!
おかわり!
21.100名前が無い程度の能力削除
いいね!さなてん!