Coolier - 新生・東方創想話

■お遣いと浴衣と酒と花火と■

2012/02/23 19:38:31
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【二階:客室】



あれ?と思ったのは、私達の部屋の扉をノックしても返事が無かったからである

それ自体は不思議ではない
単純に咲夜さんが中にいないだけだろうから

ただ、そう思えないのは部屋の鍵が掛かっていないからである

見知らぬ、咲夜さんから見て明らかに不穏なこの街で部屋に居ようと居まいと咲夜さんなら鍵を掛けておく筈

そしてそれは住み処である紅魔館でも揺るがなかった生活リズムである

彼女には珍しく、無用心である


「咲夜さぁん?いないんですかぁ?」


再度確認 返事無し


「…入りますよぉ?」


少なくとも替えを覗く様な失態はしないだろう、と扉を開けた








窓際の風鈴が鳴る



「……」


「……美鈴」


咲夜さんは、いた


いたが、それが咲夜さんなのか一瞬迷った


解いた髪は湯を含んで緩み、火照った体を包むのは普段のメイド服ではなく浴衣


それだけなら、単純に綺麗だの何だので片付く

が、それだけではない


畳に置かれているのは女将さんから貰った酒壺とそれを塞いでいた栓、酒を汲み取る小さな杓

そして、今日買ったばかりの
小さなおちょこ


完璧で瀟洒な従者には決してありえない、許されない筈の立て膝をついた座り方

浴衣の襟や裾も少し乱れ、頬は紅く、目も潤んでいた



普段見る事の無い風情ある美しい雰囲気と酔った荒くれ者の態度が同居した


それが“十六夜咲夜らしさ"を隠し、誰なのか分からなくしていた



窓際の風鈴が鳴る



「咲夜、さん?」


「……」


無視   と言うより聞こえていないのか


膝の上に寝かせた腕がおちょこを指先だけで摘みフラフラと揺れる


「咲夜さん?」


「…なに?」


「…お酒、飲まれました?」


「……」


間が開く

酒の為か温泉の為かあるいは両方の為か、熱っぽい体が深い呼吸をつき揺れる


「リストに無かった、から…貴女、が 部屋に持ち込んだお酒だったかと…自分で買ったと…」


寝言のように理由のような何かを呟き、荒っぽく手櫛で髪を掻き上げる


(あちゃ~…)


私が持ち込んだのだから大丈夫だろう、か
信用されていた様だが、素直に喜べない


「……」


逆に私も『咲夜さんなら勝手に、それも人の酒を呑んだりしないだろう』と思い込んでいた部分はあったが…


(て言うか実際そうでしょう)


宿についたとは言え、お使いや探索を命じられた以上は常に勤務時間 ……と、普段の咲夜さんならピリピリしてたろうに


本当に、今日はどうしたんだろう


「ちょっと失礼…」


酒壺の淵についた酒を指で取り舐める


「…ぅわッ」


小さく焦る


飲み応え自体は問題無い

が、胃に落ちてからジワジワと確実に、強い酔いが回るのを感じる


鬼が呑む酒である


自分は妖怪で、一掬い舐めただけなので平気だが、人間の咲夜さんが(見た所)おちょこで何杯も呑んでいる


「…ぁ……」


おちょこを取り落とすが、拾う気力は無さそうだ



(…しかし…これは…)


髪をゆったり解いてるだけでも中々見掛けないのに、加えて風呂上がりで酒に酔っていて着崩れかけてると言う何とまぁ珍しくも魅力的な光景である


「……」


(っと、いかんいかん…)


既に咲夜さんは言葉も発せず廃人の様に虚ろな目でジッと座ったままだ

妖怪をも酔わせる酒を呑んだとなれば、酔うだけでは済まず胃や喉が焼けるかも知れない
文字通りの意味で


とりあえず常に持ち歩いてる漢方薬を飲ませ、布団を二組敷く

最早目を開けたまま夢見心地の咲夜さんに粉薬を飲ませるのは骨が折れたが、何とか出来た


「咲夜さん立てます?お布団で寝ないと…」


「……」


案の定、動かない


(抱え上げるか…)



腕を通そうと屈み込んだ時



何か細い音が聞こえ、反射的に窓の外を見る


驚いた事に、その反応は咲夜さんの方が早かった






ヒュ~~~………




ドォン…………






花火だ


それなりに離れた場所で花火が打ち上げられ、地下の壁や天井を照らしていた

街の方でも歓声が上がり、そこかしこで宴会の声が上がる


やけに出店が多いと思ったが丁度お祭りの時期だったのかも知れない


地上の幻想郷ですらそうそう見ない光景に私も見取れていた



咲夜さんが立ち上がるまでは


「……」


「さ、くやさん!?」


いきなり歩き出したのだ フラフラと、遠くないベランダに向け
しかしあの歩調ではベランダから外に飛び出す勢いである


「危な…!!」


慌てて細い手を引いたが、想像以上にあっさりと胸にポスンと収まり、逆に反動で後ろに尻餅をついてしまった


「ってて…大丈夫ですか?」


ベランダから反対側の壁に寄り掛かる様に座り、脚の間に咲夜さんが収まっている


「……」


「……?」


正面から抱き留める形だが、首を動かして窓の外を見ようとしている


「…花火、ですか?」


両手を離してお手上げ

すると咲夜さんは身をよじり花火が見やすい姿勢に



……って



(   )



正座した私の膝に抱き着く様に俯せにもたれ掛かり、腕で枕を作ってそこに顔を埋めた

顔と目は窓の外に向けて



…膝枕である



(……ん~~~…)



投げ出された白い両足が、襟から覗く綺麗な胸元が、太股に乗る柔らかさと体温が、夜風に乗った髪の香りが、全体的に華奢な骨格が


(…悩ましいですね)


同性でも意識してしまう、儚げな魅力である

元の素材が良いだけに酔いと浴衣姿が加わってそれはもう



テシッ




「?」



テシッ



テシッ



「…咲夜さん?」


「……」


テシッ


テシッ


咲夜さんは窓側の手を解き持ち上げては畳に落とす動作を繰り返していた


「…あ」


ヒュ~…


ドォン  テシッ



ヒュ~…


ドォン  テシッ



花火が上がる軌道を追う様に手を持ち上げ、咲き乱れた火薬の花を掴もうとするが叶う筈もなく、残念そうに力無く畳に落ちる


そんな不毛な、子供の様な事を咲夜さんは繰り返した



何度も  何度も  何度も

子供の様な無邪気な顔で

大人の様な疲れた顔で



誰かは分からないが、やるせない顔で



テシッ



テシッ



テシッ

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