Coolier - 新生・東方創想話

老いては子に従がわず『七夜』

2012/02/14 18:54:22
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月が沈むころになると、雨も次第に収まり、霧のかかった視界も晴れてきた。
決闘の時間が差し迫っているというのに、腕の痛みが治まらず、体の奥に鈍い重石が残ったような疲れに似た疲労がある。
雨に打たれすぎたのだろう。



やはり若い体でもこれはこたえるか



俺は、そこらで見つけたあばら家から抜け出た。
隙間風ばかりの、家とも呼び難いものであったが、それでも雨をしのぐ屋根をくれたのだ。
旅先なら、それだけでも手をあわせるほどだった。

「ありがとう」
頭を下げ、そのまま宿を後にする。

修行の旅ではこんなことなど、珍しくもなんともなかった。
適当な宿を探しては、人間らしい食い物を食わずにそこらじゅうを歩き回ったりした。

「ん」
楼観剣の柄の杭目を確かめる。
気づかないうちに少し杭目が緩んでいたようだ、
これでは剣の威力が数段劣る。骨を断つに至らない。


胸が妙にざわつく。
どくどくと波打つ心臓、腹のそこで燻る口にできないものがこみあげてくる。


肩がぶるぶると震える。
思わず、唇を舌で湿した。


「俺は、高ぶっているな」

初めて斬り合いをしたときの高揚、武者震いが遠い記憶からよみがえる。
「ああ」


震えが抑えられなくなり、ぐっと力をこめて目をつむった。


自分にとっては、長い時を経て無数の駆け引きを勝ち続けてきた。
容易く勝ちを収めもすれば、危うい時もあった。


    とうとう、最後まで悟りはひらけなかったな


露に濡れた葉っぱがきらきらと輝いている。
はかなげな滴が落ちるのが妙にさびしげだった。


勝利のたびに、成長を心と体に刻みつけ、真剣勝負の最中でも、決して揺れない心に鍛え上げたのだと思った。
そのたびに、明鏡止水に近づいたと自負していたのだが、

単にそれは自分が歳を取っていただけなのだと、老いた体が煮えたぎる心をむしばんでいたのだ。

若い体が、生理反応として、自分の心に如実に反応するのだ。
どうやったって、抑えられない。

煮えたぎった鉄のように、血流が体中を駆け巡る。
人生の終わりにして、明鏡止水とはまるで正反対、ほど遠い場所に俺はいる。


「なんとう果報か」


抜身の剣を握りしめると、まるで俺の自身の心を映しているように、ぎらぎらと輝いた。

永い永い、自分の生涯の中で、俺は今が一番強い。
厳然として、今が一番強いのだ。


ただの抜け殻として、安穏とした弱い男として、干からびた体で一生を終えるはずだった。

だが、いまこの時にして、最強の剣士として俺はあの女の中で、一生消えない剣士として一生を終えられる。



   あの女のなかで、無限に続く、研鑽の中で生きていられるのだ。



涙がこぼれた。

擦り切れた袖で、ごしごしと涙をぬぐった。


俺はもう十分に長生きもした。
もう、十分に感傷に浸れた。
家族も、人並みの幸せも手に入れた。
俺はなんという果報者なんだろう。


だけど、あと一つだけ叶えたいことがある。
すでに叶わないとわかっている、だがもしも叶えなれるものなら叶えたい。





      もしも、この願いがかなうなら

      もういちどあのあたたかさを、このうでのなかに




****************************

老いては子に従わず「七夜」














私が白玉楼に戻ってきたときに幽々子さまが私を出迎えた。
ひどく取り乱しておられて、お話が私ではつかめなかったのだ。

しかし、庭に入ると幽々子さまが取り乱していた理由がすぐにわかった。
「西行妖が・・・・」

三分咲きというところだろうか、夏もそろそろ終わりに近くなっているというのに葉桜が付き始めている。

「ああ、そうか」

高く伸びた西行妖を見上げていると、確かに美しいと感じる。


   今晩、いよいよ、どちらかが死ぬのだ


そう思うのに、昨日感じていたような、激しい焦燥も、不安も感じない。
戦いの恐怖のせいで、私の感性が壊れているのだろう。

邸内の自室に潜り込んで、棚の中をあさった。
傷薬がいくつか出てくるので、それを師匠に教えられたとおりに処置する。
痛みどめもあるにはあるのだが、これを使うと眠気も同時に感じてしまうらしい、師匠の教えが今になって身に沁みる。

「妖夢! 何してるの!」
幽々子様の甲高い声がして、後ろを振り向くと肩を怒らせた幽々子様が障子を開け放って仁王立ちしていた。

かなりのお冠のご様子だった。
「傷の手当です」
「だめに決まってるでしょう! もう、白玉楼を出てはだめ、貴女、いったい誰と戦ってるの?! 」

私が戦っているのは誰なのだろう、昨晩までは私自身もそう思っていた。
何のために幽々子さまをねらっているのだろうと。

「言えません、申し訳ありません、幽々子さま」
「私は貴女の主人よ! 主人に言えないことなどありません! 妖夢!」


「すいません」
私はぶっきらぼうに、頭を下げた。
もう、こんな謝り方しかできないのだ。

「この!」
私の横っ面に「ぴしり」と張り手がとんだ。
「・・・・」
幽々子さまに叩かれるのは、いつ以来だろう。


    こういうのはこたえるなぁ


子飼いの家来が思いのままにならないからか、それとも私の身を案じてくれているのだろうか。
じっと、幽々子さまの瞳を見つめていると、幽々子さまが目じりにいっぱいに涙を溜めている。

しばし、そんな風なことを繰り返していた。
私が一点張りに「すいません」と繰り返してなんどもつぶやくのだ。


幽々子さまがとうとう、痺れを切らせたのだろうか「わたしが出張る」と言い始めた。
「それは、だめですよ、幽々子さま」
「なんでよ!? 私のせいで妖夢がこんな目にあってるのでしょう?!」
涙が、頬を一筋、つたってほとほと落ちる。


   ああ、なんだ、そういうことか


私は苦笑いを、そっと浮かべた。
そして、このときに、幽々子さまの心を初めて識った。

「いえ、幽々子さま、それは違います」
ここで、もしも、私が幽々子さまの申し出を受ければ、私はついには、番犬ですらなく、ただの愛玩の子飼いの犬でしかなくなるだろう。

「あれは、私を狙ってきているのです」

私は、初めて幽々子さまを下に見た。
そこには、幽々子さまの「お前は番犬ですらない」と言われたことに対して、憎しみに近い心も伴った。


   私は、この白玉楼の剣士なんだ


「ですので、幽々子さまは引っ込んでいてください」


まさか、私が幽々子さまにこんな口をきくなんて、吃驚した。
そして、ひとつすり足をして、間近に迫った幽々子さまをにらみつけた。

「こ、この」
幽々子さまが顔を真っ青にして、私と視線をぶつけた。
数瞬の後に「かってにしろ!」と怒鳴られた。


心のなかで「申し訳ありません」ともうひとつ謝る。
けど、やっぱり幽々子さまに頼るわけにはいきませんよ。


私は、きっとあの男が幽々子さまを殺そうとやってきたのではないという、確信があった。
あいつが殺したいのは、きっと私だ。
だから、私を殺しても、西行妖に私の血をすわせることは無いと勝手に信じていた。


私は「では失礼します」さっさと踵を返した。次は、新しい剣をどれにするか選ばなければ。

実際、私が仲間に頼って敵を袋叩きにすれば勝ちを拾えるかもしれない。
だが、それをすれば、私はこの庭に棲みつく資格を失うのではないだろうか?

耳を澄ませると、幽々子さまの気配が少しずつ、立ち止まっては遠くなっていく。
どうやら、私は白玉楼の御庭番としてようやく認められたらしい。

今朝に、突然現れた仲間。
最後の、作戦を逃したことが悔やまれるが、いまさらどうしたって無駄だろう。
「いや」
それよりも、あの時に私が隠し武器を使って勝ちを拾えたかどうかは、誰にもわからないのだ。

魔理沙さんには、悪いことをした。



   敵は、今晩、来てくれるだろうか
   咲夜さんは大丈夫だろうか
   どちらが死ぬんだろう
   霊夢さん怒ってないかな




いろんなことがあった、その分私の頭の中でもいろんなことがぐるぐる廻った。

そして、きっとあの敵は、きっと私に近しいなにかだろう。
事実、あの半人半霊の剣士と私はどこも、何一つ変わるところがない。

なにかの天秤が傾いて、いま私が白玉楼にのうのうと贅沢に暮らしているが、天秤が別の方向に傾いていれば、立場は違ったかもしれない。

「師匠だな」


そう、ひとり呟く。
きっと、あれは、師匠が私に放った刺客なのだろう。
昔に、師匠がほかの女に産ませた子供かなにかか。

だから、師匠が白玉楼に姿を見せていないのだ。
きっと、私と師匠が顔を合わせれば、私も聞きたくなくても、敵の事を師匠に聞かざるを得なくなってしまう。
だから師匠は、気を利かせて、また居なくなったのか。



   どんな名前なんだろう

   いったいどんな性格の奴なのか



「おっと、いけない」

細かいことなんて、斬ってから識ればいい。


思考の中に落ちそうになりかけていた。
けど、実際誰かの事を、こんな風に真剣に考えたことなんてあったけか。


軒下の地面が、ぽつぽつ雨に打たれ始めた。
「お、これこれ」

蔵をあさっていると、ちょうどいい長さの剣が見つかった。
手に取ってみると、少し短い気もするが、小さい私にはこれがちょうどいい。

砥石をにぎってから、剣を研ぐために、井戸の近くでしばらく座り込んだ。
「よし」

砥石を濡らしてから、剣を研ぐ。
しゃりしゃりと、唄のように、小気味のいい音がする。
その上に、ひらりと桜の花がひとひら、落ちてきた。

見上げると、西行妖がいよいよ花をつけている。
この調子なら、きっと今晩の内に満開になるだろう。
「ふん」



   お前なんかに吸わせる血は、どこにもないよ



再び視線を落として、剣をしゃりしゃりとならして、桜の中で剣を研いだ。



************************


「やっぱり、見に行こう」
霊夢がそう決心したのは、雨が上がった後だった。

少し、霊夢は自分の事を考えていた。
博麗としての自分はそれはそれは、立派なものだろう。

だが、それ以外の自分というのはどうなのだろうか。
「馬鹿ね、私」
そんなことを考えても、賽銭の中身が増えるわけではない。
まったく、博麗の巫女としては無駄極まりない思考の使い方だろう。

霊夢は以前からも前の博麗たちがどんなふうに代替わりしてきたのかはいろいろと想像してきた。
時には長寿して、妖怪にやられたり、病気で死んだりしたのだろうが、彼女らは全員博麗としての意地を通して死んだはずだ。

霊夢の提案したスペルカード導入から、そういう危険なことをする必要はなくなり、幻想郷の力も安定したものになった。
それ自体は、霊夢の功績であって、それだけで霊夢の博麗の責任は十分に果たされた。
もう誰も、霊夢を博麗として認めないということはないだろう。

だが、すこしわかだまりが残る。

多くの博麗たちが、自分は、博麗だと肩ひじを張り、自分はこの幻想郷で最強だと大声を上げていた理由が少しだけわかってきた気がするのだ。

もし、彼女たちが、それを証明し続けられなければ、彼女たちは、あの里で出会った歩き巫女と同じような境遇に身を落とすだろう。

幻想郷に弱い博麗など必要ないのだから。

「萃香」
「んー?」

境内で傘を振り回してご機嫌な萃香を呼び止めた。

「ちょっと、私用事ができたわ」
「ふんふん」
あまり霊夢の話を聞いていないのか、気ままに水たまりの上をはねて遊んでいる、声を右から左にとおしているといった感じだ。

「しばらく、留守番お願いね」

スペルカードをいまさら無視して、命の取り合いに参加しようなんて、少しも考えていない。
ただ、あの、妖夢の決闘の行先を見届ければ、なにかわかるのではないのかと、霊夢なりの考えがあった。

肩ひじをはって、自分こそがふさわしいと、命をかけて博麗にしがみついた彼女たちの心がなにかわかるのではないかと思った。


萃香が水遊びに飽きたのか、その足で縁側に飛び乗る。
「ちゃんと足を洗いなさい」
「はーい」

井戸端にかけていく萃香をちょっと眺めてから、霊夢はゆるゆると飛翔する。

高かった日が少し落ちかけている、もうすぐ決闘が始まる。
今度は、絶対に手を出さない。


空を飛び続けていると、里や山々が見え、目的の森が近づく。


森に近づくと、誰かが藪の中をのそのそと歩いている。
短く切ったおかっぱ頭、腕にはこれでもかと包帯を巻いている。
妖夢が、森の中に入ろうとする直前だった。


「・・・・・」
「・・・・・」

妖夢が霊夢の気配に気づいたのか霊夢の方に振り返る。
それに、霊夢は黙って視線を送るだけにした。

妖夢は、霊夢に興味をなくしたのか、すぐに歩き始めた。
霊夢としても、話しかけられても困るだけなのでほっとする。


   もうすこし、気にならないよう見物しようかな


ひっそりと気配をけして、決闘の場所に先回りをする。
さすがにこれ以上、妖夢の邪魔はできない。

どうやら、妖夢は霊夢に気づいているのだろうが、声をかけてくる気配はない。
霊夢が一切手を出さないという雰囲気を知っているかのようだった。


妖夢は、松明のようなものに火をつけて、適当な場所に座り込んだ。

昨晩とは真逆の考え方で、来るかどうかわからない敵を、今度は正真正銘自分をおとりにして釣るつもりらしい。

昨日の事で敵も相当に用心深くしているだろう。
というか、妖夢が考えたことではないとはいえ数を頼ってしまったのだから、敵が今晩にどんな方法を使ってきてももう妖夢は文句を言えないのだ。

そこは、霊夢も迂闊だったというか、反省しなければならないことだろう。

妖夢は時々、筋を伸ばすようにぐいぐい体を曲げたり伸ばしたりするがそれ以外はその場所からは動かない。

霊夢は、今晩にどちらが死ぬなんてわかるほどの慧眼を持ち合わせているわけではない。
ただ、事が終わった後に、体を運んで供養してやろうというつもりでいた。

そのまま野ざらしにして無縁仏にしてしまうほどに、妖夢と縁がないわけでもない。

日が落ちて、黄昏時も過ぎた。

少し満月から欠けた月が、妖夢の頭上に来たころに、森のなかで一つ風が吹き抜けた。
さわさわと草木が擦り合って優しい音を立てる。


「昨日は、申し訳ありません」
不意に妖夢が暗い森に向かってぽつりとつぶやいた。


   えっ


霊夢が突然の妖夢の声に驚く、沈黙を貫いていた妖夢が霊夢に話しかけているのだと思った。
「・・・・」
霊夢はっとさに言葉が出ない、そのまま、妖夢を眺めて夜が明けてしまうのではないかと思っていた。



妖夢の視界の外から、大きな影が現れる。
松明の光が届く空間に、あの剣士が姿を現したのだ。


妖夢は、霊夢に向かって話しかけたのではなかった、機敏に男の気配を感じとって声をかけただけの事だったのだ。
「・・・・・」

剣士も今までのように、汚く不意打ちをすることはない。
仁王立ちして、堂々と妖夢の前に立ちはだかった。

「ふっ」っと息を鋭く吐いて、妖夢はその場で二回三回とぴょんぴょん飛び跳ねた。
肩を軽く揺らして、筋を伸ばしている。

剣士もその様子を、じっと見守っている。

月の明かりと、松明の輝きで、二人の瞳そのものがきらきらと光っているように見える。

軽く準備体操をして、用意を終えた妖夢が柄に手を置いた。
「お待たせしました、始めましょう」

剣士はそれに軽く頷く。
「うん」

剣士も楼観剣に手をかけて、ゆるゆると抜いた。
するすると物干し竿のような楼観剣を抜き終わると、妖夢がぽつりと、
「ああ、それと、言い忘れていたことが」
「・・・?」
もう一度、風が森の中をとおって、霊夢の髪をさらっていった。

「女と思って、油断召されるな」
そう言い切ると、妖夢も剣を抜き放った。

お互いに一切の小細工はない。
そういう意味では三日続いた死闘のなかで、今宵初めての真剣勝負。

どちらも、全くおなじ、瓜二つの正眼の構えを取る。
まるで照らし合わせたように、同じようにすり足をして、同じ握りで剣を指で包み込む。

弾幕勝負とは全く異質な勝負の方法、お互いに名乗りを上げるでもなく、勝っても誰も賞賛など送ってくれない。
永い永い、沈黙の後で、勝負は一瞬で決まる。



月の明かりと、松明の光で、この時に妖夢は初めて、男の顔をまじまじと観察することができた。

     あれっ


意外な発見に妖夢は驚く。


    この人、綺麗な顔してるなぁ



昨晩もちょっと二枚目かもしれないと思っていたが、それどころではない。
匂いが漂ってきそうな、色香がある。

大きな手のひらが、あの重たい楼観剣を難なく扱う。
厚みのある体に、黄金色の肌、その上にちょっと眩しいくらいの美貌が乗っかっているのだ。


    こんな、勝負の最中に、私は何を考えているのだろう



どのくらい、そうして対峙していたのか妖夢には判断がつかなくなってきたころに、
二人の間に、ひらひらと、一枚の花弁が舞ってきた。


そのまま、二人の視線に割り込んできた花弁が、月明かりに照らされて、二回三回と風で上がったり下がったりした。
向かい合う男女の間、足元にそっと、桜の花がおちると、



「桜が、血を誘っているな」


妖夢には、男が少し微笑んだような気がした。
それが合図になった。


二人がどちらともなく歩み寄る。

お互いに、二振り目のことは考えない、一撃だけで勝負を決するつもりだった。



   これが最後の打ち込みだ



妖夢は、地面にしっかりと足をつけて、駆けながら、今妖夢が振ることができる最速の剣を振るった。
しかし、それでも、悲しいかな、鍛え上げた同種の男の膂力にかなうわけもなく、数瞬の速度で劣っている。



   ああ、斬られるな



ひどくゆっくり動く世界の中で、妖夢は自分の負けを確信した。
こればかりは仕方がない。
斬られると覚悟すると、今までの妖夢の人生がひどく充実したものだったと感じる。



    最後まで、この目に男の姿を焼き付けたい



そう思った時に、妖夢の意識がふっと消えた。

二人がお互いに抱きかかえるように衝突する。


   ぼきり


鈍く、骨を断ち切る音が霊夢にも聞こえた。


***********************






私は、いま、男の腕の中にいる。
不思議な、まるで夢の中にいるような感覚だった。

上を見上げると、男の太い喉仏が上下している。


   温かいなぁ


私の腹と、腕に温かい血が川のように流れてきた。
私は斬られてしまったのか・・・


私の足元に、どさりと、男の右腕が落ちた。
切断された腕の断面が私にも見える。

「あ・・・」
男の顔を見上げると、男の瞳は私を映していたけど、私を見てはいなかった。
男の大きな厚みのある体が、ずるずると私の体を這うように崩れ落ちていく。

私の体を這っていた血は、男の血だった。

気づけば、私はいつの間にか二刀を握っていた。
いつのまにもうひとつの刀を握っていたのかはよくわからない。
ただ、一方の剣で男の初太刀を防いで、もう一刀で男の剣を出籠手に合わせる形で、右袈裟に切り裂いていた。

てらてらと、流れる滝のように、血が私の服の上を流れていく。
私を抱きかかえるように、よりかかっていた重たい男の体を、何とかそっと地面に降ろすことができた。

地面にみるみる内に、血溜まりができていく。
月に照らされて、青々と血が輝いていた。

体を切り裂いた剣が、血にまみれて、油がこびりついている。
私は、師匠に昔教えられた通りに、布を懐から取り出して、刀身をぬぐった。




   剣はひとたび人を斬ると油で切れ味を失う、その前に油を拭っておけ




師匠の声が、すぐそばで聞こえたような気がした。

男の失った腕が、私の足元に転がっている。
そして、男に残された方には、長い楼観剣がしっかと握られていた。
楼観剣はきらきらと宝石のように輝く。



    私の楼観剣だ



一度は自分から捨てた、手放したはずの楼観剣を手に取る。
よく見ると、柄紐もしっかりと綺麗にまかれていて、杭目もがっちりと食い込んでいる。

私が手放した時よりも、しっかりと手入れされていた。


    私が、白玉楼の御庭番なんだ


鞘にもう一度おさめ、楼観剣を背負いなおす。
なんだか、前よりも重たい。



    終わった


月明かりが、少し開けた森の広場に差し込んでいる。




   帰ろう、私の家に

   明日から、宴会の準備をしないとなぁ




そう思って、男に背を向けて歩き始めようとしたときに、私の足に何かが引っ掛かった。
「え?」

ぐいぐいと、私の足首を締め上げてくる。
そこには、月明かりに気を取られていた間に、私の足元に這ってきたのだろう。
男のぎらついた瞳があった。


今まで、夢の中にいたような気持だったのが、突然覚醒して、現実に叩き込まれた。
「ひっ」


思わず、悲鳴を小さく上げてしまう、背中にぞくぞくしたものが走って、その場でしりもちをつきそうになるのを何とか耐えた。
万力の様な握力で、私の足元を握る男の眼は憎悪と、恨みで満たされているんじゃないかと、目の前の男がもう化け物のように思えた。

私は、力いっぱいに足に取りついた男の手を払って、森の中に足早に逃げ込んだ。



「もう、終わったんだ」
そう何度もつぶやいて、途中からは必死に走って、家に帰った。


****************************




男は、月明かりの中で横たわっていた。
もう、指一つ動かせない。

まるで、湯船の中にいるように温かい。
自分の血がこんなに温かいとは知らなかった。

――最後の瞬間に、あのいとしい女は、とっさに手を放して、脇差で俺の腹を斬ったのか

視線を少し移すと、自分の腕が転がっている。
こうしてみると、自分が思っているよりも太いものだった。

最後の最後で、やってのけた離れ業、完全に敗北したのだと思う。
もう、ぐうの音もでない。
だが、悔しくなかった。
男の中で、今まで感じだ事がない充実感があった。




   もう、あの愛おしい女は誰にも負けないだろう

   もう、たとえ鬼と戦っても立派に勝てるに違いない。




もう一度、頭を撫でてほめたくなったのだが、自分の腕がないことに気が付いた。
無い腕を、地面に這わせて、やっとのこさで愛おしい女の足に縋りついた。


まぁ、最後は冷たくあしらわれて、さっさと帰られてしまったが、それでもいい。

最後に、もう一度だけ、この腕の中に抱けた、それでもう満足だ。


だんだん、視界がかすんで、温かった血が急に冷風呂のように冷える。

最後に愛おしい家族を呼んだ。

「妖夢」

そうして、一気に、男の意識が離れていった。





男が意識を失うと、森の中から一人二人と、姿を現した。
「意外な結果に終わったわね」
霊夢が、俯せになっている男の顔を覗き込む。
霊夢は「ちょっといい男かも」と笑う。

「あんたもやっぱり来てたんだ、魔理沙」
振り向くと、魔理沙ががくがくと、体を震わせて、霊夢と男の体から遠巻きに立っていた。

魔理沙も、霊夢と同じように、決闘の行先を見届けに来ていたのだ。
香霖の言いつけを破っての、見物だった。

魔理沙も魔術を扱う人間の端くれ、妖怪の闘争も、妖怪に食われた人間の末路も話には聞いたことはあるし、綺麗でない死体も見たことがあった。

目の前にあるのは、比較的綺麗な死体だ。



    なのに、どうしてこんなに体が震えるんだろう



魔理沙が木上で見ている限りでは、二人がいきなり瞬間移動してぶつかったようにしか見えなかった。
あの妖夢の無慈悲な瞳、血を顔に塗って、月の光を浴びている光景は妖夢が、全く魔理沙のような少女と違う存在なのではないかと恐怖した。

「わ・・・、重い」
そして、目の前の霊夢も、ちぎれた男の腕を抱えてなにやら遊んでいるように見える。

   こいつらは、私と違う

稀に見る、殺人の様子を見て魔理沙はすっかりと怯えきった。

「あ、魔理沙、その人運んでよ」
霊夢がなんでもないように、男の体を指さす。
「・・・・」

霊夢の白い袖が、血でぬらぬらと光り始めた。
魔理沙は、一つ二つと、後ずさる。
もう、霊夢も妖夢も、なにか恐ろしいものにしか見えなくなっていた。

「もう、別に取って食われたりなんかしないわよ! 早くしないと死んじゃうわよ?」
「え・・・?」
「ほら、その人まだ息してるわ」

男の方を見ると、確かに虫の息で、腹のあたりから、チューブのようなものがはみ出しているのだが、辛うじて生きている。 はみ出しているのは、腸だろう。
霊夢は「さすが、半人半霊ね」と一人で納得しているようだった。
「いまから永遠亭に運び込めば助かるかも」
「あ、ああ、そうだな」

魔理沙の瞳に映る霊夢が、ようやくまともな姿に戻ってきた。
――霊夢はただ、この男を助けたいだけじゃないか。



   そうだよ、私と霊夢は友達じゃないか


   いったい、私は何をびびってんだ



とりあえず、魔理沙が大男の体に近寄る。
「・・・・う」
だけど、やっぱり何とはなしに恐ろしい。
「ん? 魔理沙やっぱ怖い?」
「こ、怖くないぜ」
霊夢は「あ、そう」と言って、
「じゃあ私がその人運ぶから、魔理沙はこっちを持って」
と太い腕の方を差し出した。
「・・・・うう・・・・」

どちらにしても、嫌なものだったが、男を運ぶよりはマシと思い腕の方を受け取った
準備よく、腕の方にはすでに白い清潔な布がまかれている。

「よっと・・・」
霊夢が男をつかみあげて、ゆるゆると飛翔する。
「やっぱ重いわね」
「なぁ・・・・、霊夢」
「なに、魔理沙」
「いいのか? 助けちまって、またこいつ妖夢と戦いたがるかもしれないぜ」
「ああー」
男を背負いながら、霊夢が難しい顔をする。
「いや、見殺しにしろって言ってんじゃないけどさ・・・」
「うーん、そうねぇ」

魔理沙の腕力では男の太い腕はものすごく重い。
その重さを持て余している間、霊夢は「うんうん」唸っていた。
「まぁ、もしもそんなこと言い出したら、今度は私が相手をするわ」
「・・・・」
「あ、ちょっと! さっきみたいな殺し合いなんて絶対やらないわよ、普通に弾幕勝負でおとなしくさせるわよ!」
霊夢は続けて「ほら、私、幻想郷の平和も守らないといけないし」と気軽な感じで付け加えた。

「けど、私たちが助けちゃったってことは、妖夢には内緒にしましょ」
と霊夢が申し訳なさそうに魔理沙に微笑みかけた。
「そうだな」


夜の中をまっすぐに永遠亭に進んでいく。

月がやたらと眩しい。
魔理沙が恐る恐る、霊夢の背の男の顔を見ると、



斬り合いの痛みなんて感じていなかったみたいに、

男は満足そうに微笑んでいた
こっそり上げてます、作者のねおです

ふ、前回決着だといったが、終わりだといった覚えはないぜ!! b

というわけで、勝利したのは妖夢です
これでバイオレンス回は完全に終了です。

後は、宴会の様子をお伝えしまして終わりたいと思います。


あと、急いで書き上げあまり誤字脱字なども確認しておりません。
表現の不適切など教えてくださると幸いです。

では長々と読んでいただきありがとうございました

)ノシ
ねお
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コメント



0.440簡易評価
1.100名前が正体不明である程度の能力削除
次で最後か!
ラストも期待してるよ!
2.100名前が無い程度の能力削除
ううむ、面白いッ……! シリーズ一気に読んできちゃいましたぜ。
…さて、かつぎ込まれた剣士に永琳はなんと言うのかな。

続きを楽しみにしております。
7.100愚迂多良童子削除
イケメン剣士・・・一体何者なんだ。
次で永琳のフラグも回収されるのかな。
13.100名前が無い程度の能力削除
今まで読んだシリーズものの中でトップクラスに面白い!