Coolier - 新生・東方創想話

紅魔(前)~紅い魔星、夜間飛行の果てに

2012/02/13 02:17:35
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 (作品全編を通して、かなりアクションの分量が多くなっています。露悪的なグロ描写はしていませんが、苦手な方はご注意下さい)
 
 
 
 
 
 
 
 紅霧異変以前、妖怪と吸血鬼の間に諍いがあったことについて、知る者は少ない。
 ――とある天狗の手記




 月が深紅に染まる夜。月が紅いのは奴らの仕業だと、妖怪達は噂した。
 妖怪を超える力を持った悪魔。姿が見えぬほど素早く、細い腕は圧倒的な暴威を振るい。そして、何よりも異質な眼光に射られたものは、滅びの運命を避けられない。
 眼光。紅く、狂気を宿した死の色合い。

 彼らは噂した。月が紅いのは、奴らの狂気に染められたからだと。



 
 我らも、やがてはその紅をこの身に受けると。




 前篇――紅い魔星、夜間飛行の果てに
 魔星が夜を駆ける。暴威を纏い、破滅を詠い。
 運命を知りながら意にも介さず。
 全てを知りながら抗わないのは、受け入れることこそが、運命への最大の反乱だと知っているからだ。




 日が暮れた夕闇の中、レミリア・スカーレットはむっくりと身を起こし、ベッドの脇に立っている咲夜を見上げた。ベッドから降りると、咲夜が寝間着代わりに使っているベビードールを脱がせて、下着を替え、着替えさせてゆく。ふわふわとした可愛らしいドレスを持ってきて、着せ付ける。
「さて。今日は満月だから、気分が良いわね」
 椅子に座り込み、主人がそう呟いても従者が何かを言うことはない。黙々と、軽く持ち上げた足首に靴下を通している。
「咲夜。今日は食事が終わったら、遊びに出かけるわ」
 はい、と咲夜が答える。窓の外に目をやると、まだ薄明るい空に、うっすらと満月が浮かんでいる。巨大に見えるその月が、妖しく光っている。
「近頃、妖怪達の間で流れている噂を知っている? 満月の夜には、紅い悪魔が出る。紅い悪魔は血を求め、その血で自らも、月さえも紅く染まる」
「ええ……知っています。お嬢様、最早妖怪達の間だけではなく、里でも囁かれていますよ。紅い悪魔は、湖の端の紅い洋館から来ると」
「うふふ、それはまるで私のことを言っているようね?」
「少なくとも、この館を知る者の間では、事実ではないかと。ガラスは割れ、中は荒れて、常に薄暗い。おまけに、住んでいる者は吸血鬼だと」
 幻想郷は、全てを受け入れる。人の生命力を奪う、人から忌み嫌われた吸血鬼という存在でも。目の敵にされ、人々の間でも広く伝わっている存在。
「目立つというのも、大変なものね。こっちに来たばかりだと言うのに、もう目の敵にされて。そのうち、迫害も始まるかしら」
「外の世界ほど、規律立って活動している組織はないようですが……このような噂が続くならば、いずれは」
 困ったわね、とくすくす笑うと、咲夜は笑い事ではない、と言いたげに眉をひそめた。
「お言葉ですがお嬢様、そのような噂もあることですし、このような夜に出かけるのは、いかがかと。そうでなくとも、満月の夜に外出するのは」
 結局は人間。まだまだ心配性だ。レミリアは笑う。
「馬鹿ね、咲夜。何も心配いらないわ。あのような妖怪どもにいくら恨まれた所で、怖いことなんてない。町中の人間には未だ手を出していないことだし。いずれは、分からないけれど」
「ですが」
「覚えておきなさい。我らは、畏怖と忌避、恐怖と狂気を以て、全てに対峙するのよ。あなたのやり方は全て捨てなさい。人間のやり方なんて、まだるっこしいだけ。我々には向いていない」
 さあ、とレミリアは会話を打ち切った。
「食事の用意をなさい。早いうちに出かけて、遊ぶとするわ」


 軽い食事を終えて、玄関先に向かうレミリアに咲夜が付き従う。
「帽子を頂戴」
「はい、お嬢様……付き添いは?」
「いらないわ、咲夜。ありがとう。あなたも食事を取って、休んでいて」
 玄関先まで見送る咲夜を振り返らず、レミリアは羽根を広げ、森を目指して飛んだ。
 今日この日、紅魔館に、妖怪達が大挙して襲ってくるのがレミリアには分かっている。今頃、どこかに集まり始めているはず。連中は月を見上げ、恐怖を集団で誤魔化しているに違いない。レミリアはより高く、月を背後に飛翔した。誰かが見るだろう、私の姿が、妖怪達の恐怖の対象となりますように。レミリアはそう祈った。




 十六夜咲夜はその日初めて、主人の命に逆らった。いや、逆らったことならば過去にも幾度もあった。その日は、咲夜にとって初めて、主人に逆らったことが露見した、というべきだ。
 月影に身を隠して、咲夜は駆けた。レミリア・スカーレットの影を追い、それが魔法の森の方へと飛んでいくのを見、分かっていたことだ、と咲夜は溜息をついた。
 近いうちに、紅魔館の立場は悪いものになる。こんな風に暴れていては。咲夜はこの夜に、主人を諫める為に、ここに来たのだ。やがてレミリアは異様な数の妖怪達の前に降り立った。
「はぁい、皆さん。ご機嫌よう」
 ざわめきは意外に少ない。紅魔館の主だ、吸血鬼だ、と一言二言誰かが呟いたきり、辺りは元の静寂に戻り、レミリアが一人スカートを揺らして立っていた。誰も動こうとはしない。百鬼夜行に対峙する威風を、一人、放っている。
「こんな夜に、こんなに集まって、どこへ行くのかしら? ……いえ、こんな夜だからこそ、かしら」月を仰ぐように両腕を広げ、その両腕を、世界を納めるかのように、胸の前で柔らかく構える。
「夜はこれから。お楽しみは……これからよ」

 レミリアは一人歩みを進めた。周りのことなど構いもしない。そこかしこに転がっているのは、暴風に巻き込まれて飛び散る塵芥に過ぎなかった。
 飛び掛かる一人を右腕の一閃で、左右から踏み込む二人は左手で払い、囲みをかけようとレミリアに近寄ってくる妖怪達の、正面にいる一人を飛び膝に意識を奪いながら、伸び上がった身体を更に空中で柔軟に引き延ばして、蹴った足を振り下ろし、逆足を持ち上げて後ろ回し蹴りを見舞い、蹴った相手を空中で更に踏んで跳躍する。この間、五人の妖怪が昏倒した。

 レミリアは能力を一切使ってはいない。ただ身体能力で圧倒している。
 理由は二つある。一つは吸血鬼という種族、更に一つは敵が複数であるということだった。
 吸血鬼という種族の名は広い。つまり信仰されて、力があるということだ。その名は既に、一つの力の象徴として広く知られている。その身がイメージで構築される妖怪達にとって、名とは即ち力だ。力があるから名がある――その逆も然り。吸血鬼だから、力があるのだ。対してそこにいるのは名前が歴史に消え、存在さえ消えかかった下級の妖怪。そのものの存在力がそもそもの差があった。
 更に一つは、妖怪達は複数で戦っているということだった。個体として存在することを選んだ妖怪という生き物に統率なんて当然存在しなかったし、多数になるということは個を捨てて多くに混じるということだ。一人の妖怪としての存在は消え、雑多な百鬼夜行となる。ただの魔物の群れに過ぎず、当然名前もない。存在そのものが曖昧な有象無象と成った彼らは、最早薙ぎ倒されるだけの存在であった。

 飛び上がったレミリアは木の幹に着地し、妖怪達の群れ、その中心を見据える。反応の早い、勇敢な妖怪が飛び掛かろうとしているのを見、そこを目指して幹を蹴る。反動を幹へ、そしてレミリア自身へ。きりもみに回転しながら突進する中心に発生した風圧に態勢を崩された一人を標的に見据え、強烈な蹴り上げを見舞う。高速に移動しながら、連続して妖怪達に襲いかかる。暴威が拳の形を持って顕現し、打ちのめされ、蹴り上げられた一人が地に落ちた時、最初にいた妖怪達の半数は倒れ伏し、転がる妖怪達の中心には、夜の王が立っていた。
「さあ! 立ちなさい! もっと、踊りましょう? ナイトダンス、夜の舞踏会は、これからが本番よ!」
 腰が引けた妖怪達は、けれど、逃げようとはしなかった。矜持というよりもむしろ、現世から追いやられ、これ以上行く場もなく、せめて力を示さなければ存在が危うい、そういう危機感からだった。例え叩き殺されようと、吸血鬼に対峙した妖怪として、名を残せるだろう。そういう悲壮感があった。

 咲夜はその様子をじっと、遙か木の上に乗って見下ろしている。これ以上、させても良いものか? だが、咲夜には判断はつかなかった。レミリアが、出る前に言った言葉が、咲夜の中に残っている。
『我らは、畏怖と忌避、恐怖と狂気を以て、全てに対峙する』そのやり方がこれか。そして、また迫害と殺し合いの日々を繰り返すのか。
 そうはさせない。例え主人の意に添わぬものでも……咲夜は対峙する両者の間に飛び込もうとした。だが、その瞬間は訪れなかった。
「あの、すみません」
 場にそぐわないどころではない。柔らかい語調は異様ですらあった。
 隣に誰かがいる、と思った瞬間にはもう遅い。脇腹に、全身まで響くような一撃を入れられている。
 どうして気付かれた――いつの間にここまで――こちらに、攻撃の気配を一切掴ませないなんて! いくつもの問いと後悔が咲夜の頭の中を駆け巡る。
 衝撃は重い。身体が動かせない……! 崩れた態勢のまま落下する。背中から地に落ち、咲夜は悶絶して俯せに倒れ込んだ。
「ぐ……!貴、様……っ!」
 痛みは、落下した背中以外は殆どない。だが、痺れたような感覚が全身にある。立ち上がれない、と咲夜は気付く。
「咲夜?」
「動かない方がいいですよ。全身の気脈を乱しましたから。あまり無理をすると、全身の気穴から血を吹いて死にますよ」
 レミリアの声と、今し方咲夜に一撃を見舞い、咲夜を追って地に下りた妖怪の声が届く。その妖怪は長いコートを身に纏っていて、フードを被り、表情が見えない。場の空気にそぐわない、気の抜けたような声で咲夜に忠告した。咲夜はその態度に気遣いじみたものを感じている。
「あなたが見たところ一番厄介そうでしたので、申し訳ありませんが。それで、そちらの吸血鬼のお嬢様? 今日は、このくらいで勘弁して頂けませんか。あまり、乱暴をして、心証を悪くするのも、良くないでしょう」
 そう言って妖怪はフードを脱いだ。長い髪がさらりと流れ、三つ編みにした耳元の髪が揺れる。
「美鈴さん……!」
「あなた達は、怪我をした者の介抱をお願いします。……お嬢様、もし続けると言われるなら……私がお相手しましょう。そちらの方々とされても、楽しくないでしょう? 私なら、楽しませてあげられると思いますよ」
 ふん、とレミリアが笑う。一瞬風が吹き、レミリアの姿が掻き消える。
「!」
 美鈴が一歩を退くと、一瞬のうちに咲夜の方を振り返った。咲夜の傍らにレミリアが立ち、美鈴を馬鹿にするように背を向けている。
「楽しませる? ……この程度で?」
 レミリアが言うと同時に、フードが、上着に纏っていたコートが破かればらばらになって落ちる。深緑の民族衣装が露わになる。
「そのまま裸に剥いてやってもよかったのだけれど。それとも、皮ごと剥いてやった方が良かったかしら。あなたの相手はしてあげるから、ちょっと待ってなさい。出来の悪いメイドの躾をしなくちゃいけないから」
 地面に倒れ伏す咲夜の傍らにしゃがみ込み、咲夜の身体に触れる。
「……この分なら、明日の朝には動けそうね。……咲夜、いいこと? そのまま、朝まで土の味を舐めて、それから帰ってきなさい」
 待たせたわね。そうレミリアは呟き、ようやく、美鈴と正面切って向き合う。
「レミリア・スカーレットよ」
「はい?」
「心魂に刻みつけて、地に落ちなさい。肉も血も、精神も全て奪う。あなたに残すのは、あなたを殺す者の名。それだけよ」
「紅美鈴」
「ふん?」
「あなたに屈辱を与える者の名です。従者共々、朝まで安眠させてあげましょう」
「口だけは達者なようね」
 レミリアは楽しげに笑い、腕を軽く胸の前に。美鈴は右足を前に出し、右手も前に出す。左手は軽く引いて胸の前に。レミリアの圧力を、身体を正面にせず受け流すように。
「いざ」


 月の影が、人の形を切り取って映し出す夜の下で、剛と技は打ち合った。レミリアが人知を超えた速度で迫ると、冷静に美鈴が見切り、引いて受ける。速度のままに打ち込んでくる右腕を左にかわし、その腕を軽く打った。骨に衝撃が届き、こつ、と音が鳴る。レミリアは意にも介さず、左足を蹴り上げる。対して美鈴は左手でいなし、右手をしたたかに腹に打ち込んだ。
 咲夜に打ち込んだ、充分に気を練った一撃とはいかない。動作を止めたレミリアは痛みを感じる様子もなく、ぱんぱんと打たれた腹を、汚れを払うように払った。
「……こんなもの? 確かに、ちょっと早くて正確だけど、それだけね」
 ふ、と美鈴は息を吐く。吸血鬼の速度、分かっていたつもりでもやはり、速い。意識を丹田に集め、呼吸と共に気血を整える。吸気と共に気を満たし、呼気と共に全身へと漲らせてゆく。美鈴の、髪の先まで気が充満する。
 違和感を見て取ったレミリアは、先手を取って踏み込んだ。打ち込む拳を美鈴が擦れ違うように身体を捻って躱す。レミリアが勢いを逆に振って左手を後ろから振ると、その左手が届く前に美鈴が背中を合わせて打ち込む。
 ――鉄山靠
 発勁により充分な威力を持った体当たりは、質量の少ないレミリアを吹き飛ばし、小さな羽根を使ってレミリアがバランスを取った時には、美鈴は構え直してレミリアを待ち受けていた。
 ダメージは少ない。レミリア自身の膂力が異常なほどあり、またその身体が幼子とは思えないほど頑強であるためだ。
 だが。レミリアは僅かに痺れの残る拳を固く握りしめる。
(何か……変わった? いえ、仕掛けてみれば分かることね)
 再び人知を超えたはずの速度は――けれど、レミリアに違和感を抱かせた。
 すい、と構えられた拳。まるで固定されたものに触れるかのように、レミリアの胸元に触れている。



 正確さ、精緻さ、そういった言葉では説明がつかない。それ以上の神技。



 美鈴の拳は、レミリアに打ち込まれた訳ではない。むしろレミリアを引き込むがごとくに構えられて、一瞬拳の背でレミリアの胸元に触れ、受け流すように擦れ違った。打ち込むのではなく、受け流す。そう……美鈴の拳はレミリアの胸元を少し、ほんの少し……レミリアの拳が目指す目標を、歪ませるだけの目的で押し流していた。
 痛みもなく、圧力がかかった感覚もない。ただ、本当に、ただそこに置いてあるものに触れたかのように……触れられた感覚だけが残っている。レミリアは擦れ違った美鈴を勢いよく振り返り、続け様に三度、拳を開いて爪を燦めかせた。風圧さえ伴って襲う鋭爪に、美鈴は足技を使わず、その場で受けて見せた。振り下ろす一つを、レミリアの手の甲に掌を合わせて下方へ受け流し、振り上げる二つを横へと押しやって躱し、レミリアが振り下ろす三つ目の殺意に対し、美鈴は始めて自分から踏み込んだ。一歩を踏み出し、レミリアの攻撃など存在しないかのように擦れ違い、レミリアの背に回る。
 捻りが加わったレミリアの、崩れた体勢、空いた背中を見下ろして美鈴は左足で地を蹴り、その圧力を全て前方への力に変え、掌底で勁を加えた一撃を見舞った。衝撃を受けたレミリアが、崩れた体勢のままに地を踏みしめて、乱暴に足を踏み込もうとしているのを眼前にしながら、美鈴は、並ぶ肋骨の、十二番目に狙いを定めて、充分に練られた気が込められた拳を僅か、振り下ろす。人差し指と中指を、僅かに突き出す形で握り込まれた拳は、あたかも突き刺さるかのように、肋骨を簡単に打ち折った。


 端から見れば寸止めしたかのよう。レミリアは動きを止め、美鈴は手加減したかのようにゆったりと一歩を引いて見せた。だが、レミリアの身体の内部では強烈な痛みが渦巻いている。全力の気が練られた拳は、骨を叩き折るだけに済まさず、相当に位置をずらし、内臓へと突き刺さっていた。衝撃もなく、痛覚に訴えることだけを追求した美鈴の一撃。だが、外見からは誰も分からない。それこそ、睨み合うレミリアと美鈴の他には。
「……分かって頂けましたか? 私の力を」
「ええ。……充分にね。でも、分からないこともあるわ。どうして打ち込んで来ない? あなたほどの力があれば、一瞬のうちに殺してしまうことも可能でしょう」
「別に、殺すことが目的ではありませんから。私には敵わない、と思わせ、ここには二度と来られないようにする。それが達せられれば済む話で」
 くつくつ、とレミリアが笑う。骨がまともな位置にあれば、癒着して蘇生もできる。折れた地点が完全に離れすぎ、癒着が始まる気配もない。内臓の痛みは、修正できそうにない。刃なら抜いてしまえばいい。だが、レミリア自身の骨だ。吸血鬼の骨! ……銀のナイフの他に、自らの身体に突き刺さるものが、あるなんて! レミリアは自虐的に笑った。
「あなた、回りくどいわ。殺してしまえば後腐れもなく二度と来ることもないでしょうに」
「吸血鬼を殺し切れると思うほどには自惚れていないし、吸血鬼殺しに特化した知り合いもいないので」
 レミリアは、自らの腹腔に手を突き刺し、折れた骨を掴んだ。辺りの妖怪達にどよめきが走り、咲夜は目を逸らした。血が溢れ、ドレスを濡らす。腹腔から溢れた内臓がこぼれそうになる。骨を引き抜いたレミリアは、それを噛み砕いて飲み込んだ。腹部の傷に血を塗り込み、撫でると一瞬のうちに塞がってゆく。
「吸血鬼の本気に、いつまでついてこられるものかしら」
 レミリアは覚悟を決めた。眼前に立つ存在は、格上だ。ならば、勝っている部分――身体能力、剛性、スタミナ――を使い、立ち向かっていくしかない。立ち向かっていく戦いなんて! レミリアは久々に経験する境地に震えた。
 レミリアは未だ残る痛みを耐えて跳躍し、木々を避けて跳んだ。一本に着地し、更に速度を増して別の一本へ。高速で飛び交いながら、美鈴へと距離を詰めて跳んだ。
 美鈴の脇を、挑発するかのように飛び回る。風圧、音、質量……を追って、美鈴は意識を研ぎ澄ます。そして、レミリアの拳が美鈴の背に向かったその一瞬の内に美鈴は反転し、打ち込まれたレミリアの左手を打った。高速機動でもお構いなしに、美鈴はそれより疾く動いた。
 一瞬が更に分割され、美鈴は分割された時間の中で同局面に三つの動作を行って見せた――右手で手首を打ち、僅かに崩れた体勢のレミリアの頬にそのまま裏拳を叩き込み、両手を引いて飛び膝。そして、レミリアの浮き上がった身体に合わせて、美鈴も飛び上がって追った――
 震脚を用いた上昇の最中、身体を低空で捻り、身体を半回転、レミリアに背中を見せるような格好のままに振り上げた足を、後ろ回し蹴りに振り抜いて、もう一度。まだ死んでいない勢いに乗って、捨て身の跳び蹴りを見舞った。
 無論一瞬の内の動作。誰の目にも、何が起こったのか理解すら及ばない。レミリアにも、美鈴自身にも、動作の全てを認識している訳ではない。レミリアが受け、美鈴が放った二度の拳と、三度の蹴り、そのどこまでが狙ったもので、どこまでが無意識の内の動作か、美鈴にさえ分からない。
「くふ……」
 空に抱かれながらレミリアは笑う。
 手首、頬、顎、胸。そして腹にめり込む衝撃と鈍痛。つまりはそこに打撃を加えられたのだということを神経で理解した後にレミリアは問題ないと身体の各部に思考の内に答えを返し、墜落した地面から体勢を整えて再び跳ぶ。
 美鈴の正面に着地、右手を振り上げてから美鈴の脇腹を狙うフェイント混じりの蹴りをいとも簡単に美鈴は避けて、反対に顎を殴られる。美鈴の拳は、最低限の動作しか伴わない。殴り抜けるような真似をすれば、レミリアはその腕を掴むだろう。美鈴は常にそこしかないという最も近い一点を、最大限に効力を得て打てる、その一瞬一瞬を狙っていた。美鈴がそれを成せるのは、練り上げられた気と、コンマ00単位にまで極められた集中によってである。どんな暴威にも動作と指向性があり、単純に過ぎるレミリアの動作の起点を見極めいなすことは容易であった。
(……嫌、あまりに簡単過ぎる)
 美鈴は、逆に違和感を持った。吹き飛んだレミリアが血を固めて飛ばしてくる。美鈴に当たる軌道を持ったものを拾い上げ、脇に放り捨てる。血に混じってレミリアが飛んでくる。レミリアの拳を、拳ですっと合わせて脇に躱し、飛び過ぎたレミリアが勢いを殺し振り返る前にレミリアの背後へと跳躍し、地をあるレミリアの足を踏み、背中に両手を押し当てて地に落とす。地に打ち付けられながら足を狙って振り払ってくる爪を、踵で手首を打って勢いを殺し、引いて距離を取る。
(闇雲に繰り出してくれた方が、こっちは楽だけど……単純に捨て鉢になっただけ? それとも、それ以外? 何かを隠している?)
 立ち上がり、足も揃わぬうちに突進、美鈴の足を捕まえようと伸ばされた両手は美鈴が機敏に動くだけで精度を失い、よろけて手を地に着き再び美鈴に向かった。
 むきになったかのような動き。それが美鈴を攻勢に向かわせ、同時に慢心も呼び込んだ。レミリアにとっては好機である。だが、反撃の一手も、レミリアにとって意識した動作ではない。
 それは、言ってみれば運命であった。

 
 再び美鈴を捕まえようと伸ばされた手は同じことを繰り返して目標を失い、ふらついたところを美鈴に突き飛ばされて倒れ込んだ。
 美鈴が狙うは頸椎。ともすれば死んでしまうかもしれない急所。美鈴にとって吸血鬼の生命力はどこまであるものかは理解が及ばなかったが、死んでしまってもいい、そういう彷徨する殺意はレミリアの頸椎へと向かい、深い鈍く音を立てて……美鈴の拳は地面へと突き刺さった。
「捕まえた」
 レミリアの身体は、俯せに倒れ込み、後ろを取られているという絶体の極地から、初めて吸血鬼らしい冴えを見せた。前へと転がって伸び上がり、羽根を使った空中の制御から、美鈴の背後に降り立った。数手前に、美鈴が見せた動きに似ていた。レミリアが伸ばした手に美鈴が反応する前に、美鈴の喉首を掴み、爪が喉に食い込んだ。ぐぎ、とうめき声を上げるよりも早く、レミリアのもう片手、空いた拳が美鈴の腹にねじ込む。そのままレミリアは美鈴を、喉を掴んだままに地面へと叩き付けた。悶え、呻く美鈴がレミリアの動作を意識した時、レミリアは背中が見えるほどに振り上げ、力を込めた拳を、踏み込みと共に繰り出す動作の過程だった。美鈴が地面を転がり直撃を避けると、地が揺れ、大穴が穿たれるほどの衝撃を受けて美鈴は吹き飛ばされ、木に背を打ち付けて地に落ちた。
「ぐ……っが! あぁ、あはッ……!」
 息もできない。連続した攻防の中、高められた緊張で痛む身体を気で整えていたのが一瞬の内に解けて、戦いの中で痛んだ身体が戻ってきたかのようだった。地面に倒れ込んだ姿勢のまま、膝を突き、呼吸を整えて気を練った。服も破けて見れたものじゃない。一撃を食らった腹部には布が切り取られたように穴が空き、背中にまで同じような大穴が空いている。それは衝撃によるものか。身体に穴が空いていないのが不思議なほどの。
「さあ、これでイーブンよ。随分と殴ってくれたじゃない」
 口元の地を拭ってレミリアが美鈴を見下ろし、美鈴は呼気に意識を払いながら、レミリアを見上げた。レミリアが挑発するように指先で呼びかけるようにする。
 イーブンだって? 既に天秤は引っ繰り返っている。一体何を、と美鈴は訝しんだ。
「さあ、立ちなさい。もう果てた訳ではないでしょう?まだまだ、夜はまだまだ――これからよ」
 美鈴はその一瞬の内に、レミリアが好敵手を求めているだけなのだと理解する。思えば喉を掴んだ時も殺せたし、腹への一撃も手加減をしていなければ風穴が空いていた威力であった。そもそも、今身動きも取れぬ美鈴を殺すのは簡単だ。
 正直、骨も内臓もボロボロで、気も練り切れておらず、足元も覚束ない。やっぱり卑怯だ、と思う。一度捕まっただけでこれとは、やはり吸血鬼と言うものは、そもそもが違う。ずるいな、と美鈴は思う。けれど、見得を切ったからには、やり遂げねばならない。妖怪達に義理がある訳でも、目の前にいる吸血鬼に立ち向かうからもでない。
 ただ自分の為、自らの命を突き動かす意志の為。美鈴は過去において他の何を裏切ろうとも、自らの意志を裏切ったことだけはなかった。
「仕方在りませんね」
 一つ咳をすれば、中から赤いものが溢れた。
「付き合ってあげます」
 膝を支点に身体を持ち上げると、各部が痛んで膝に手を突く。
「そうよ、それでいい。全て運命よ。これまでもこれからも」
 その眼前に、手が差し伸べられる。レミリアの右手。美鈴は軽く笑うと、その手を掴み、立ち上がった。全開とは行かぬとも、身体に気は満ちている。




 夜明けが近い、山の向こうに白いものが浮かび始める空の下。美鈴は大の字に横たわり、レミリアがその隣に倒れ伏している。レミリアがゆっくりと立ち上がると、美鈴の腹に乗りかかって座る。軽いからそこまで辛くはない。全身が麻痺して痛みさえ感じないようだ。
「いいことを思いついたわ」
「……ろくでもないこと、でしょう」
「門番を探していたの。家のことなんだけどね、ちょっと厄介なのを飼ってて。それを外に出さない為の門番が欲しいの」
「家の中を守る門番なんて、前代未聞ですよ」
「いいのよ。悪魔の家に泥棒に入る奴は、いい獲物なんだから。むしろ外からのは入れてくれなきゃ困るわ。たまには生ものも食べないと。ああ、あなたに拒否権はないから。断ったらここらの妖怪皆殺し」
 はは、と笑う。笑うと腹が痛んだ。
「それも運命ですか、お嬢様?」
 美鈴が力を込めて半身を持ち上げると、レミリアは立ち上がった。美鈴に向かって右手を差し出してくる。その手を取ると強く引く力が返ってくる。立ち会って向き合うと、眼前の幼女はこんなにも小さい。
「全ては運命で出来ている。運命の外に世界はない。自明のことよ。さあ、疲れたから……私を、家まで連れて行きなさい。まだ、飛べるでしょう?」
 無茶を言う、と思いながら、美鈴はレミリアを抱え上げた。軽いな、と思う。分かっていたことだけど、どこからあの膂力が出てくるのだろう。
「その厄介なのって、何ですか?」
「妹よ。正直、私より厄介。まぁ、遊ぶくらいの気持ちであしらってくれればいいわ。それで、たまに私と遊んでくれればいいから」
 家、とはあの紅い洋館のことだろうと、美鈴が目指して飛んでいると、レミリアは美鈴の腕の中ですやすやと眠り始めた。ちょうど、上がり始めた朝日が辺りを照らし始めていた。

 急ぎ辿り着いた洋館に降り立つと、ぬかるんだ土に足を取られ、ととと、と慌ててバランスを取った。おかしいな、雨なんて降っていなかったのに。




 前篇――紅い魔星、夜間飛行の果てに:了
 とりあえずは前篇です。VSレミリア。アクションが書きたかったので分量過多気味ですが。
 ついでに言えば、幕間、後篇ともにアクションは多めです。
 書きたいものを書きました。天則でのアクションを意識しているので、スキルを意識した描写を少し。そういうのが伝わっていれば幸いです。

 とりあえずは、ここまで読んで下さってありがとうございました。引き続き、幕間、後篇ともにお楽しみ下さい。




 PS:近頃、コメントをまた沢山いただきました。この場でお礼を言わせて頂きます。ありがとうございました。いつも励みになってます。
RingGing
https://twitter.com/#!/ProdicateJacks2
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コメント



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5.100名前が正体不明である程度の能力削除
さあ、次だ。
10.100名前が無い程度の能力削除
次いきます。
こういう風に連投してもらえると読みやすくて助かります。ありがとう。