Coolier - 新生・東方創想話

先輩死神・小野塚小町

2012/02/09 02:00:21
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注意・・・・・・この作品には、

・モブキャラとして死神が出てきます。
・死を取り扱ったお話があります。
・小町の過去が多少出てきます。

そのようなお話が嫌いな方、世界観が苦手な方は、申し訳ありませんが、ブラウザバックを推奨します。









「あたいが、ですか」

「そうです。明日からお願いしますね」


本日最後になるであろう霊を運び終え、小野塚小町は一息をついていた。竹筒に入っている水を一飲みして空を見上げる。三途の川の天気は今日も今日とて澱んでいるが、特に気にはしなかった。

この後は、上司である四季映姫・ヤマザナドゥに報告をして業務は終了である。特に残業などを言い渡されてもいない。さて、この後はどうするかと小町は考えようとし、先日同僚から花札で巻き上げた酒を思い出した。

地獄で作られる酒は、人の世界では大変貴重なものとされている。当然といえば当然かもしれない、世界が違うのだから。

小町は、これを餌にすればもっといいものが釣れるのではないかと考えた。ついでにみんなで酒を持ち寄って酒盛りなどになればなおよい。みんなで呑む酒はそれこそ格別である。

とりあえずの予定が立ち、誰を誘おうかと思ったところでその思考は中断された。映姫がやってきたのである。先に報告しておくべきだったと内心で青い顔をした小町であったが、どうやら説教ではないらしい。

どうしたのかと尋ねたところで、、話は冒頭へと戻る。


「新人の監視、ねえ。どうしてあたいなんですか」

「貴女も昔はやっていたでしょう。上からの決定、と言ってしまえば簡単ですがね。その子の担当が先日」


そこまで言って、映姫は首の前で手を水平に振った。


「に、なったそうです」

「はあ、なんでまた」

「部下の女の子に手を出したらしいですよ」


映姫はまったく、と言って口を閉ざした。小町自身、そういう噂は何度も聞いたことがあるが、首になった。という話は初めてだ。大体は噂のままで終わるか、影で制裁されるかの二択だったが、ともあれその男の自業自得である。とりあえず合掌しておいた。

「というわけで、よろしくお願いしますよ。私が代役に推薦したのですから、立派に先輩を務めてきてください」

「うええ……その間、こっちはどうするんですか?」

「募集をかけたら、たくさんの方が協力を申し出てくれました。心配は無用です」

「……ちなみに、面子聞いていいですか」


映姫が言った面子が全て男だったことに、小町はなんともいえない虚脱感を覚えた。というか、そこまで映姫に奉仕する気があるなら、自分のことを手伝ってくれる奴がいたっていいのではないか。助平どもめ。

少しばかり女としての部分が傷ついたが、顔には出さなかった。後で身包み全部はいでやると思ったのは内緒だ。







中有の道。飲み屋街を歩きながら、小町は空いている店を探していた。

小野塚小町は、ものを教えるというのが生来苦手であった。それは苛々するとか、彼女が教え下手という訳ではない。その行為自体が『柄じゃない』と思っているからであった。

誰かと共に仕事をするということも苦手であった。それも、人見知りが激しいとか、協力するのが煩わしいとかというものではなく、相手に対して申し訳なく思ってしまうからだ。

一応普通の死神業務をやっていたこともあるが、とある理由で船頭死神を選んだ。自分は、少なくとも物心がついた頃から浮雲のような性格をしていた。少なくとも、死ぬまでは直らないだろう。下手したら、生まれ変わってもこのままかもしれない。だからこそ、船頭死神を選んだ。一番波風が立たないだろうと考えたから。

一体何を教えろというのか。自分から学ぶところなど何一つないだろうし、技術的なものなど、基本的な部分は習得しているはずだ。しかし、映姫の顔に泥を塗るわけにもいかない。


「考えてもしょうがないか」


そう呟いて、小町は先程映姫が挙げた候補に入っていた同僚を発見した。完全なる私怨だが、今日くらい罰は当たるまい。こっそりと近づいて後ろから裸締めにかける。

同僚死神はわけも分からぬまま、ずるずると小町に引きずられていくのだった。







――です。お願いします。

そう挨拶した新人死神は、どう見ても童にしか見えない。それほどに幼かった。まだ六十年も生きていないのではないのか。それで死神になれたのだとしたら、中々に優秀なのだろう。余計に気が重くなった。


「それでは小町、よろしくお願いしますよ。」

「うい」


にこやかに笑っている映姫ではあったが、そのこめかみはひくひくと動いている。仕方もないだろう。しっかりするはずの小町が、盛大に遅刻してきたのだから。

これ以上あの視線には耐えられない。視線を横にずらすと、昨日無理矢理誘った同僚がにやけた目をしていた。大方映姫に自分が遅れた理由について、尾ひれ背びれ胸びれをつけて語っていたのだろう。なぜか覚えのない内容についても説教されたのだから。

殺気のこもった目線で一睨みし、小町は少年死神に視線を移す。行こうか、と言うと、大きくうなずいた。

なるほど、元気はあるようだ。元々乗り気ではない仕事なのだ。会話も成り立たないような相手だったらどうしようかと思っていた小町は、幸先はいいと笑顔を作る。

場所は幻想郷。名も無き、小さな村落だ。






「そろそろかい?」


小町の言葉に、少年死神は小さく首肯する。その顔は段々と緊張味を帯びてきていた。この場所に張り込んで、三日目の夜のことだった。

二人は目的の場所に着き、件の家を木の上から観察している。その気になれば霊力や術などで姿を隠すこともできるが、一々そんなことをするのも面倒だ、という小町の提案によってこうなっている。

到着するまでの間、小町は少年に色々と質問を投げかけた。緊張をほぐす目的、というのは名目上。こうなったのも何かの縁だということで、もっとこの少年のことを知ろうと思ったのだ。

人間達はよく誤解しているが、地獄にも天国にも生活というものは存在する。住む世界が違うだけだ。新人死神はそんな地獄の、小さな集落の生まれだった。

親はいるらしいが、もっぱら遊びほうけている。ある意味で健全な生活と言えた。少年にはたくさんの弟、妹がいるらしい。その子らのために必死に勉強して死神になった。

中々の孝行息子じゃあないかと小町は感心する。人の世に生まれていれば、さぞやいい人生を送っただろう。

道中、新人死神は様々なことを小町に語った。気兼ねなく話すことが出来たのは、多分に小町の人柄がなせる業なのだろう。

友と呼べる者たちの話や、初恋の話し。貧しくはあったが、それなりに恵まれた道を歩んできたと少年死神は思っており、だからこそこの仕事を頑張って、家族に楽をさせたいと締めくくった。


「人の魂を刈るのは、初めてかい?」


集落につく直前、小町は最後に一つ質問を投げかけた。死神は、はいと呟く。その言葉を聞いて、小町は気付かれないように小さくため息をついた。本当に初仕事のようだ。

この少年死神は優しい。

だからこそ面倒にならなければいいなあと、その時小町は考えていた。

そして、家を観察していく間に、新人死神の顔からは感情が無くなっていった。







今回魂を刈る人間には、年若い妻と三人の息子、娘が二人いる。また、年老いた両親も存命している。親として。また息子として、家族を助けるために、日々農作業や竹細工などを行っていた。

だが、今は床に伏せっている。小町の目には、それが寿命であることがわかっていた。当然横にいる新人も把握しているだろう。

家族は、つきっきりで男の看病をしている。治ると信じて。

日は既に暮れ、鳥の鳴き声、木々のざわめき、そして妖怪達の笑い声。人の時間は過ぎ去り、人外の時間となっている。

少年は、じっと家を見据えている。どこぞの千里眼ほどではないが、多少の透視、霊視は死神にも行える。家の様子を眺めているのだろう。

予想では、しばらくもしないうちに相手の男は息を引き取るはずだ。そこからが死神の出番である。自縛霊や悪霊にならぬよう、相手に死んだことを自覚させ、その魂を刈り、三途の川へと導いてやるのだ。

かすかに、声が聞こえる。男の声だ。おそらく、もう間もなくだろう。

横目で少年を見ると、鎌を持つ手が震えていた。緊張なのか、恐怖なのか。それとも別の何かなのだろうか。それは、少年にしか分からない。


「迷うんじゃあないよ」


少年に呟く。


「あんたが迷ったら、魂も迷う。迷った魂は、生にしがみつこうとする」


少年の顔からは、あの溌剌とした感情は消えうせていた。







実際のところ、今回のように張り込んでまで魂を刈る必要は無い。寿命と言えども波がある。また、死神に見えるのは寿命そのものだけであり、思いがけない事故や、誰かの手によって命を奪われるような事態も存在する。

事前に下調べをし、その時が来たらそこに出向くだけでよいのだ。中には担当する地域の魂を、何日も放置していたような阿呆もいる。だが、経験の浅い新人だけは例外である。






それは何故か。







家から、大きな泣き声が聞こえる。亡くなったのだろう。少年の息遣いが、小町にも分かるほどに荒れている。

家の屋根から、何かがすり抜け浮かび上がってきた。魂である。少年は、慌てて魂の元へと向かっていく。小町は、動かない。

魂は、まだ生前の姿を保っている。魂を刈ることによって肉体との繋がりが無くなり、三途の川を渡る頃には人魂へと姿を変えるのだ。

何が起こっているのかわからないのだろう。男の魂は周りを何度も見渡し、そして少年の姿を捉えた。

震える身体、荒い呼吸。そして、その手に握られた鎌。それだけで男は察したのか、叫び声を挙げながら中空を後ずさる。その声は、あまりにも悲壮なものだった。

少年が一歩、前へ出る。男は慌てて後ろに下がり、それ以上下がれなくなった。まだ、魂が肉体と繋がっているからだ。

少年がさらに一歩、また一歩と距離を詰めていく。男は、もはや声になっていない声を叫び続けている。少しずつだが、お互いの距離が縮まっていく。

小町は、まだ動かない。

もう、鎌が届くほどにお互いの距離は狭まっていた。少年死神が、鎌を振り上げる。高く高く振り上げられた刃を見て、男はようやく聞き取れる言葉を発した。


助けて


鎌の動きが止まった。







今でも、小町は覚えている。最初の仕事で出会った人間のことを。

まだ、幻想郷など存在しなかった時代だった。相手は、年若い男だった。身体が弱かったのだろう。早すぎる寿命だった。

男には家族がいた。年若い妻と、二人の息子。先輩の死神が遠くで見守る中、小町は男に鎌を振り上げた。

言葉は、かけなかった。何を言っていいのか分からなかったから。

男は、小町に言った。自分がどうなったのか分かったのだろう。最後に、家族の姿を見たいと言ってきた。

そこで小町の鎌は止まり、男は家族と自分の亡骸を見た。

妻と上の息子は、男の亡骸にすがり付いて泣いていた。

下の息子は、状況が分からないのだろう。男の顔をぺたぺたとさわり、母の泣き顔を見て、泣いた。

男はそんな家族の姿を見て、泣いた。ひとしきり泣き叫んだ後に、小町に準備は出来たと告げた。







小町は、鎌を振り下ろせなかった。







少年の動きが止まったのを見て、男は少年にすがりついた。


助けてくれ

その顔は、人間よりも人間臭く

死にたくない

獣よりも本能がむき出しになり

親が

妖怪よりも、恐怖を与える

息子達が

もはや

娘達が

もはや

妻が

その顔は、人間ではない

たすけ


ごめんよ


男の言葉は続かない。

小町の振り下ろした鎌が、男の魂の緒を二つに裂いた。

男の魂は急速に形を失い、空高く舞って行った。いずれ、船頭死神の手によって三途の川を渡り、しかるべき裁きを受けるのだろう。

振り返り、小町は少年を見やる。初めての体験だったからか、その顔は”腑抜けて”いた。

動かない。否、動けないのだろう。鎌を振り上げた姿そのままで少年は文字通り固まっていた。

その横顔を引っぱたく。何度も、何度も。六度叩いたところで少年の瞳に光が宿る。鎌を手放し、そのまま中空で尻餅をついた。


「大丈夫かい」


少年は小町を見上げ、涙を零した。何も言わず、ひたすらに無言で、ただただ涙を零した。

少年を立ち上がらせ、その身体を抱き寄せる。


「怖かったろう」


その言葉を聞いて、少年はようやく泣き声を上げた。







鎌を振り下ろせなかった小町は、泣きながら鎌を下ろした。

男は何かを期待したのだろうか。多大なる諦めの中に、ほんのわずかな希望を見た。

そして、小町の目の前で男はその魂を刈られた。

魂を刈り終わった後、先輩の死神は、小町の横顔を殴り飛ばした。


迷うな

お前が迷ったら、魂も迷う

迷った魂は、生にすがりつく


その言葉を聞いて、小町はまた泣いた。







初めて人間の魂を刈った時、小町は常に唇を噛んでいた。努めて非情な顔をするために。

魂を刈り終わったとき、口の中は血だらけになっていた。そして、二度と泣くことは無かった。






小野塚小町は死神として優秀な成績を残したが、ある時に船頭死神への異動を希望した。

周りの者は不思議な顔をしていた。このまま行けば出世の道は近いだろうと。小町はその時、楽な仕事がしたいと答えた。だが、違った。

無理だった。

あそこまで真摯に命と、魂と向き合うことに彼女は疲れたのだ。

そして、長く船頭死神としての仕事をこなし、四季映姫と出会うことになる。







「お疲れ様でした」

「今度からは、推薦しないで下さい」


一連の仕事が終わり、一日の休暇を貰って、小町は元の船頭へと復帰した。高々二、三日のことであるが、この空気は素晴らしい。やはり平穏と言うものは何物にも変えがたいようだ。

特別に貰った一日は、少年の元へ付き添っていた。あの後ふらふらになりながら戻った少年は、そのまま倒れて急遽医務室へと担ぎ込まれた。

少し薄汚れた無機質な部屋。ベッドから半身を起こし、少年はひたすらに窓を眺めており、小町もそれに倣った。窓から見える地獄の景色は澱んでいたが、特に気にはならなかった。

日も暮れて、火炎地獄の明かりが地獄の入り口をを照らす頃、小町は口を開いた。


「誇りを持ちな」


少年の視線が、小町の顔を捉える。


「あそこまで命と真摯に向き合うのは死神だけだ。だから、誇っていい」


少年は、小さく頷いた。

部屋を出て、小町は思う。あの子は無事にやっていけるのだろうかと。途中で逃げ出してしまった自分に、あんなことを言う権利はあったのだろうかと。

願わくば、あの子の未来が明るいものであるように。

地獄の閻魔に、小町はひっそりと祈った。







今日も今日とて三途の川は平和である。本日最後の魂を運び終え、小野塚小町は近くの椅子に腰掛けた。竹筒に入っている水を一飲みし、空を見上げる。相も変わらず澱んでいるが、、特に気にはならなかった。

後は、映姫に報告をするだけである。特に残業の予定も無い。さてどうしようかと考え、以前に同僚どもから巻き上げた大量の酒があるのを思い出した。

地獄の酒は、人の世では中々に貴重である。住む世界が違うのだから当然だが。これを餌に酒盛りなんかも悪かない。明日は休日だった。


「小町、手紙が来ています」


飛び上がる。後ろを見ると、映姫が立っていた。何を驚くことがあるかと軽く五分ほど説教を食らってから、手紙を受け取った。映姫が受け取ったと言うことは、組織内からの手紙である。

誰からかと開けてみると、そこにはあの時の新人死神が、初めて魂を刈れたことが書いてあった。


「立派に善行を積んだようですね」

「あたいはなあんもしちゃいませんよ」

「貴女の死神としての魂は、彼が受け継いでくれるでしょう」

「あたいの魂なんざ受け継いだら、根無し草になって飛んでっちまいますよ」

「そうやって自分を卑下することはよくないことですね。これから説教と行きましょうか……お酒でも交えながら」

「お、そりゃあいいですね!そうとなりゃ善は急げですよ、四季様」


小町に手を引かれながら、映姫はやれやれと呟いた。


死神としての誇りを隠し持ち、これからも船頭死神は魂を運ぶ。
  
はじめて小町主役のものを書きました。らしさがでているかどうか、不安です。


穏やかに死ぬことって、もしかしたらとても幸福なことなのかもしれません。車がスリップした時、本気でそう思いました。



最後に、この作品を読んでくれた方に感謝を。ありがとうございました。

あとがき、誤字修正
モブ
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コメント



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1.80奇声を発する程度の能力削除
色々考える良いお話でした
7.90名前が無い程度の能力削除
面白いじゃないの
先輩死神の台詞かっけえ
9.80名前が無い程度の能力削除
よかったよ
10.100名前が正体不明である程度の能力削除
おもしろかった。
14.80名前が無い程度の能力削除
なかなか
19.100名前が無い程度の能力削除
面白い
20.80名前が無い程度の能力削除
死神の精神が受け継がれていく、そんなお話。小町がいい性格をしていて好みでした。