Coolier - 新生・東方創想話

偽物の雪

2012/01/31 04:33:10
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※注意!※
この作品は拙作『偽物の私(作品集156)』からの続編です。
先にそちらを読んでおいた方が話を理解出来る(というか読まないと意味が分からない)と思うので、そちらを先に読むことをオススメします。
それでは、よろしくお願いします。















はらり、はらりと雪が降る。ほろり、ほろりと雪が舞う。

触れても冷たくない偽物の雪だけど、それでも雪は降り積もる。

昔、誰かと一緒にこんな景色を見たような気がする。

それが誰だったのかを思い出そうとしても、何かがソレの邪魔をする。

ずきりと痛む頭の奥の、霞がかった過去の思い出。

それが一体誰なのか。それが一体何なのか。

何も分かる事の無いまま、私の意識は堕ちていく。

私の意識は、堕ちていく。



   ◇◇◇



「外に出るのも久しぶりかしらね……」


 雪が降りしきる旧地獄の街道。鬼達の生み出す喧騒は、この様な季節でも途絶える事は無い。
そんな道を、私古明地さとりは一人歩いていた。


「普段こういう仕事はお燐に任せているのだけれど……たまには私が行くのも悪くないかもしれないわね」


 建前上はこんなだが、本当の意味は二つあった。
一つはお燐の用事だ。なんでもお空と一緒に地上に買い物に行くらしい。異変を起こしてしまった私達が気軽に地上に行けるのかという疑問もあったのだが、それは妖怪の賢者の方がなんとかしてくれたとかいう話だ。まあ私が自発的に地上へ行くという事はまず無いだろうが。
そして二つ目は、私の友人に会いに行く為だ。仕事での話もあるのだがそれ以前に友人として彼女と会話することが、非常に楽しみであった。


「向こうは歓迎してはくれないでしょうけどね。まあそれが彼女なのだけれど」


ふふ、と私はひとりでに笑みを零した。
がやがやと騒がしい旧地獄街道を進んでいく。時折すれ違う鬼たちも、私に気付くことなく通り過ぎて行く。
皮肉なものね、と私は心の中で思う。忌み嫌われた妖怪とさえ言われてきた私がこうして堂々と道を歩いていても、誰も私に気付かない。誰もその心の中で私を恐れていたりはしていない。誰も私を、認識しない。


「……つっ」


そこで何かが私の思考を掠める。ぽっかりと大口を開けた空洞が心の中にある様な感覚がする。
大切だった、私の心の大半を占めていた何かが抜け落ちている感覚。私の本能はそれを思い出そうと、必死に記憶の網を手繰りよせる。何が足りない?何が抜け落ちている?何を忘れている?何が……



ずきり



そこで私の思考は、何の前触れもなく停止した。


「……早く向かうとしましょうか、こんなにも寒いんだもの」


 ……私は何を考えていたのかしら?先程までの記憶がひどく曖昧だ。
最近この様な事ばかり起こる。お燐やお空にも心配をかけてしまっているから、早く治さないといけないだろう。
 そんな記憶の欠落をいつもの事だと気にも留めなかった私は、急ぎ目的地へと足を進めたのだった。



   ◇◇◇



「という訳でお邪魔しますね」
「いやどういう訳なのよ」


そんな事を言いながらもちゃんとお茶とお菓子を準備してくれるところが彼女の良い所だと思う。ふむ、苺のショートケーキにダージリンですか。


「流石パルスィ。お菓子の頂き方が分かってますね」
「人のお茶の時間に勝手に乱入して勝手に評価を始めないで。妬ましい」


 彼女の名前は水橋パルスィ。嫉妬心を司る橋姫という妖怪だ。
彼女とは怨霊異変の後に旧都で行われた宴会で知り合って以来、こうした友人としての付き合いを続けている。
 彼女も嫉妬心を操るという心にまつわる能力を持っているせいか、私の心を読む能力をそこまで恐れなかった。「心を読むなんて薄気味悪い能力持ってるのね、妬ましい」等と言葉では言っているが、なんやかんやでここまで親しくしてくれている。


「ダージリンは香りが良いのが特徴だけど味わいに癖があるからね。こうして甘いお菓子に合わせるのが一番良いのよ」
「そうですか。このショートケーキは一体どこで?」
「勇儀の奴から貰ったのよ。旧都に新しく出来たっていうケーキ屋からのおすそ分けで、一人じゃ食べきれないから私の方に回ってきたって訳」
「早速一口……うん、美味しいですね。けれどちょっと甘みが強い気が」
「これはそういう風に作られてるケーキなのよ。ほら、その為のダージリンよ」
「どれどれ……あら、これは……」
「渋みが強いでしょ?だから口の中の強い味を洗い流すのにはうってつけの紅茶なの。今回は甘さの強いショートケーキだったから渋みを残して淹れてあるけど、この紅茶本来の味を楽しむのなら甘さが控えめのクッキーとかと一緒に食べる事をオススメするわ」
「成る程……パルスィは博識ですね、羨ましいです」
「馬鹿な事言ってないで。ほら、食べるのなら早く食べなさい。折角淹れた紅茶が冷めちゃうじゃない」


 パルスィとする会話はひどく少女的で、楽しかった。普段の地霊殿で仕事をしている時とは勿論、ペットと遊んだりしている時とも違う楽しさがあった。
 この時間だけ、私は私を忘れられる。地霊殿の主である古明地さとりという私ではなく、一人の少女としての古明地さとりでいられる。
 それは幸せな事のはずなのに、どうしてか胸が痛かった。


「……あんた、どうかしたの?」
「い、いえ。大丈夫です。それより、橋の管理の事で話があるのですが」
「ふぅん……」


私は心を見透かされた様な気がして、急いで話を逸らした。本来はこっちが目的なのだ。間違いではないだろう。
その時のパルスィの眼が私の何かを映していた事に、私はついぞ気がつく事は無かった。



   ◇◇◇



「……まぁ、こんな感じかしらね。当面の心配はしなくていいでしょ」
「……」
「さとり?」
「え?あぁはい。ありがとうございました」


 ……いけない。さっきから呆けすぎね、私。
でもなんなのかしら?最近なんか頭も痛いし……お医者さんにでも行った方がいいかしら?
早く帰ろう。ペット達も待ってくれているだろうし。


「それでは、私は行きますので。紅茶とケーキ、美味しかったです」
「……待った」
「え?……ちょ、パルスィ!?」


 私がパルスィにお礼を言おうと振り向いた時、パルスィは私の両目を覗き込む様に立っていた。私の顔とパルスィの顔の距離はほんの数センチ程で、少し顔を動かしたら間違いが起こってしまいそうな近さだった。


「あ、あの、パルスィ?」
「動かないで」


 私を覗き込むパルスィの眼はとても綺麗で、吸い込まれそうな程に澄んでいた。
嫉妬を司ると言われる翡翠色の瞳に映る私は酷く歪んで見えて、同時に醜く見えた。
 私、こんなにやつれた表情をしていたっけ?こんなに疲れた顔をしていたっけ?
そんな事に気をとられている内に、パルスィは何かに納得した様子で顔を離した。


「あっ」
「ふぅん……なるほどねぇ」
「……パルスィ?」
「あんたみたいな心を司る妖怪にこんな術をかけるなんて、かけた方も相当やるわね。同じ類の妖怪か、はたまたどっかの隙間か……」
「ぱ、パル……」




「さとり。あんた、一時的な記憶の喪失みたいなの、あるでしょ」




「えっ……?」
「しかもそれは何かを考えている時、何かに記憶が辿り着きそうな時に決まって起こる。例えばそうね……昔の思い出にふけってる時、とか」
「そ、そんなの……うぅっ!」


 痛い。痛い。痛い。頭の中が抉られる。心の底を漁られる。
これは一体なんなのだろう。私が思い出すべき事実?封じてしまった過去の抑圧?


「恐らく意識の方に鍵がかけられているわね。一部の記憶に結びつこうとした時に、それを無意識の内に抑制される様に組まれてる」

「く、あ……あぁぁ!」

「その一部の記憶っていうのはあんたの中で何よりも大切な事のはず。それを閉じ込める事は、あんた自身の心を壊す事そのものなのに」

「う、うぅぅぁぁ……やめて、もう、やめて……っ!」

「駄目。今のあんたに目を背ける事は許されない。その両の目で、ちゃんと受け止めなさい」

「あああ、あぁぁぁぁ……!」


この感覚は、何?心の底で何かが燻る感覚。失くしていた何かが暴れだす感覚。
意識の奥のそのまた奥の、深層意識の裏の裏。
私はそれを、想起する――






◇◇◇






「――……ゃん、……えちゃん」
「ぅ、ん……」
「お姉ちゃん!!」
「きゃっ!?」
「もう、どうしたの?普段のお姉ちゃんじゃないよ?」
「え、えぇ。ごめんなさいね……■■■」


……これは、夢?いや違う。これは私の記憶。
なんて事は無い思い出の一つ。
良く言えば整頓された、悪く言えば殺風景なここは、確実に私の部屋だ。
……うん、だんだんと薄く靄がかかった思考がはれてきて、意識がはっきりとしてきた。
思い出した。これは確か私達が地霊殿に住み始めてから数年が経ったある日の事。
 この日は何があったのかは分からないが、とにかく雪が降っている日だった事は覚えている。
なんてことは無い日々の一頁を、私は想起していた。


「全くお姉ちゃんはしょうがないなぁ……ほら、もう行くよ?お燐やお空も待ってるんだから」
「ちょ、ちょっと待っ……て?」


私はその少女の顔を見た瞬間、ある違和感に気がついた。決して見逃す事は許されない、とても大きな違和感に。
そうだ。この世界にも、時間にも記憶にも意識にも。そのなにもかもが認可出来ても、この事実だけは認める事は出来ない。


「……お姉ちゃん?どうしたの?」




前を行くこの少女の名前が、どうにも思い出せないというこの事実を。




「……お姉ちゃん?」
「な、なんでもないわ。早く行きましょう」
「?……変なお姉ちゃん」


 酷く不思議で、不快な感覚だと私は思った。
私はこの少女を知っている。いや、本来なら『この少女』と言い表してはいけない程、私はこの少女を知っているはずだ。
 しかし、思い出せない。まるで雲を掴む様な感覚だ。薄ぼんやりと形は分かっていても、それをはっきりと認識出来ない。


「あ、そうだ!聞いてお姉ちゃん!この前ね、旧都で露店市がやっていたから行ってきたんだ。そしたら綺麗な髪飾りが売ってたから、買ってきたの!」
「…………」
「むぅ……お姉ちゃん、ホントにどうしたの?さっきからず~っとしかめっ面して。また何か考え事?」


 やはり、頭が痛む。これはいつも感じていたあの痛みだ。
……そういえばパルスィは『意識の方に鍵が掛けられてる』と言っていた。
私の記憶。思い出せない少女の名前。不可能な想起。意識の鍵。そして、無意識を意識した時に起こるこの痛み。


「つっ……!」
「お、お姉ちゃん!?大丈夫!?」


 瞬間、私の頭を猛烈な痛みが襲った。今までとは比べ物にならないような、とてつもない痛みが。
 私はうずくまりながら、それでも思い出そうと自分の心を覗いていた。私を心配する少女の悲痛な声が、より一層近くなった様に感じた。


「だ、だいじょう、ぶよ。う、ぁぁっ!」
「おねえ…ゃ…!……ぇ………ん――!!」


 少女の声にノイズが走る。痛みが意識を支配していく。
気が遠くなる程の激痛の中で、私は必死に記憶を探っていた。



初めてパルスィと出会った日



博麗の巫女が地上からやってきて、異変を解決した日



お空やお燐が人化の術を覚えて、初めて私達と会話をした日



地上から地底に移ってきて、初めて地霊殿を見た日



幻想郷の外で、誰かと一緒に過ごした日――



ありとあらゆる記憶を想起しても、そこにあてはまる筈のピースは、ことごとく欠けていた。



違う。違う違う違う!!

何なの?私が想起するべき事は、私にとって一番大切な事は、私にとって、一番大切なものは!!

教えて、答えて、苦しい、くるしい、分からない、解らない、わからない。

だれか助けて。苦しくて息が詰まりそうなの。

誰かいないの?私の隣には、いつもあなたがいてくれたじゃない。

いくら周りから嫌われていたって、傍にいてくれたじゃない。

いつも私の隣で、無邪気に笑っていてくれたじゃない。

お願いだから、私の言葉に答えてよ。私の瞳に映ってよ。

ねぇ。ねぇ―――












「寂しいよ……こいし……――」












「…………ん、く」
「……あら、やっと目が覚めたかしら?」
「パル、スィ?」


気がつくと、そこは見覚えのある友人の部屋だった。
 あれは、夢だったのか?それにしては、ひどく鮮明に思い出せる……
いや、夢じゃない。夢である筈が無い。私はこうして、思い出せる。夢の全てを、思い出せる……




「……行かなくちゃ。あの子に、会いにいかなくちゃ……」




私の妹、古明地 こいしの存在を。欠けていた記憶が、戻っているという事が分かるのだから。




「……ふぅ。やっとあんたらしい顔に戻ったわね。辛気臭い顔は似合わないのよ、全く」
「すいませんパルスィ……それと、ありがとうございました」
「礼なんか良いわよ、らしくない。あんたはあんたらしく、また図々しくお茶でも飲みに来なさいな」
「パルスィ……」
「その代わり、あんた一人じゃ許さないからね?」
「……分かりました。今度来る時は、三人で話でもしましょう」
「楽しみにしておくわ。ほら、さっさと行きなさい!」
「ええ。さようなら!また今度!」
「たまには茶菓子でも持って来なさいよー!」


 私は地上へと続く道を走りながら、思っていた。



私は本当に、良い友を持った。彼女との友情は、全力で守っていこう。



そして今度は、とびっきりの茶菓子を持って、二人揃ってお邪魔しよう。



あの子は甘い物が好きだから、ダージリンは飲まないかもしれないけど。



よし。まずはあの子を探しに行こう。




偽物の雪は、もう晴れているから。
雪除け水は、紅茶の香り

はいどうもこんにちはorはじめまして。白月です。
まずはここまで読んでくれた方に最大限の感謝を。前回の投稿から一月弱、偽物シリーズとしては約三ヶ月です。多分忘れられてますが、頑張って書きました。

あと一話で完結です。総容量的には大した事無いはずなのに自分的にはとてつもなく書いた様な気さえします。気のせいです。

あとタグ『短編連作』をつけました。前作を見てくださる方はコレをクリックしてくれれば見れると思います。偽物シリーズとつけても良かったのですが、某ファイアーシスターズ主役のアニメと被る気がしたのでやめました。

稚拙な文章ですが、自分なりに頑張っていくのでよろしくお願いします。
白月
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コメント



0.340簡易評価
3.100名前が正体不明である程度の能力削除
あと一話か…!
7.無評価白月削除
名前が正体不明である程度の能力様
>開始から約三ヶ月間、長かったですが次で完結です。
いつになるかは分かりませんが、どうかよろしくお願いします。
9.100名前が無い程度の能力削除
さとりとパルスィで、ほのぼのとした時間が続くのかなあと思ったら急展開で驚きました
とにもかくにも、さとり様の挙動が可愛らしかったです