Coolier - 新生・東方創想話

いちどだけ生まれ変わって、ようやく彼女たちは救われた。

2012/01/23 00:11:52
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「ああ、参ったな。迷ってしまったわ」
「遭難じゃないの?」

 夜の帳が下りる山道を、二人の少女がゆっくりと歩いている。
 遭難、などと物騒な物言いをしながらも、少女たちの表情に怯えのようなものは一切見受けられない。

「ふふふ、メリー。怪異の一つでも飛び出してきそうな雰囲気じゃない」
「どうでもいいから、さっさと星を見てくれるかしら」
「断る。何のためにわざわざ遭難したと思ってる?」
「蓮子、あなたって本当に面倒だわ」

 蓮子と呼ばれた少女は憮然と歩き続ける。その後ろをメリーが不承不承といった様子で付いてきている。
 二人はいま、奇怪な伝承が残る山中へと踏み入っている最中だった。始めのうちは蓮子につられて勇み足だったメリーも、いまは疲労の色を隠そうともしない。
 整備された山道に対して、「こんな小奇麗な道を通るとは言語道断、我らがサークルを何と心得る」と言い張る蓮子は道なき道を進んでいた。

「蓮子、あなたが星を見て、場所を特定して、山を出て、ご飯を食べる。これらの何が問題なの?」
「メリー、私の能力はひどく安全で心強いものだわ。でも、そんなものに裏打ちされた状況で、出会える怪異はあるのかしら?」
「できれば、一人で出会ってほしいものね」
「いつになく突っかかって来るねメリー。心細い?」

 蓮子の挑発に反論することなく、メリーはまた黙々と歩き始めた。蓮子の言葉が正鵠を得ていたせいもある。
 二人が黙ると、山は静かな……というよりは、息を潜めるようにして怪しい静寂に包まれる。
 蓮子の背中と、頭上から差し込む僅かな月明かりのみを頼りにメリーは進んでいる。そして何とか平静を保てているのは、いざとなれば蓮子の能力を使えばいいという安心感からだろう。
 辺りを暗闇と静寂に覆われると、自然とメリーの感覚は鋭敏に、むしろ過敏になり始めた。蓮子が草木を掻き分ける音が、やけに禍々しく聞こえる。そこには悪意のようなものさえ感じられた。
 自分の後ろや横で、不明瞭な音が聞こえ始める。ここには自分と蓮子しかいない……メリーはそれが思い込みなのかと疑い始める。
 己の感覚に猜疑心を抱いてしまうと、あとは奈落に落ちるかのように疑心暗鬼に苛まれる。
 さっき通り過ぎた木々の間から、視線を感じる。あるはずのない、三つ目の息遣いが耳に届く。落葉を踏み潰す足音には、五本目の足が混ざっている。暗がりからこちらを窺うのは、いったい誰なのだろう。 恐怖感に押し出されるようにして、メリーは声を漏らす。

「ああ、もう……」

 まとわりつく視線や息を払うようにして、メリーは頭を振る。視界の端には、黒い人影のようなものが絶えず入り込んでいる。しかし目で追おうとすると、たちまちに影は行方をくらますのだ。やがてメリーは気付く、消えた影の行き着く先が、己の背後であることに。
 膨張が止まない恐怖感は、いまにも破裂してしまいそうだった。メリーはそれを抑えるために、怒気を孕んだ声色で前を歩く蓮子に言う。

「もう、やめにしましょう蓮子。いますぐ山を下りて、家に帰るの」

 蓮子は後ろを振り向こうともせず、歩を緩めることも速めることもせず同じ速度で進み続ける。
 頭上に生い茂る木々は月明かりを完全に遮断し、唯一の頼りとなった蓮子の背中にも、メリーは言い表せない恐ろしさを覚え始めていた。
 メリーがいよいよ蓮子の背中を訝しげに感じると、ようやくに蓮子が口を開いた。

「メリー、私はさいきん上手く眠れない」
「……?」

 それは、状況にそぐわぬ言葉だった。それどころかメリーの不信感は深まるばかりだ。前を歩く背中が、少しづつ形を変える。今まで慣れ親しんだものが別のものに変容する姿は、恐ろしさ以外の何者でもなかった。

「けれどメリー、きっと私は今日からぐっすりと眠ることができる、死ぬみたいに」
「」

 メリーは何か言葉を発しようとしたが、それは形を成さぬまま空気に溶けた。蓮子はなおも歩みを止めようとしない。メリーはもう、前にある背中が誰のものなのか確信が持てなくなっている。

「メリー、この山には多くの〈もの〉が捨てられている」
「」
「山はあらゆる〈もの〉を受け入れる。だから皆、山の深部に悩みの種を捨てていく」
「」
「何でもいい。ただ自分が抱えているものであれば、何でもいい。形の在る無しは些細な問題なのだから」
「蓮、子」

 メリーは、その場に膝をついた。荒れた息と動悸は収まらず、顔を上げるだけで精一杯だった。視線の先にあるのは見知らぬ背中。変容した背中に、蓮子の面影はいっさい残っていない。メリーにはそれがひどく恐ろしく、悲しくもあった。これはどこから来る悲しみなのか、メリー自身にも全く理解できない。

「メリー、私とあなたの愛は、いずれ失われる」

 蓮子は蹲るメリーに構わず歩き続ける。蓮子の声には、さっきまでとは違い感情がこもっていた。それは、いつもメリーに語りかけるような、少々芝居がかった気障な喋り方だ。
 メリーは頬を伝う涙の正体が、やっとわかった。変わったのは蓮子ではない、自分だ。

「蓮子、やめて」
「誰も認めない、理解も共感も得られない。あとは、ゆっくりと腐るだけ」
「そんなこと、ない」
「ならいっそ、捨てたほうが良い。欠片も残さず綺麗に捨てるの。汚れを落とすみたいに」
「汚れなんかじゃない」

 メリーの記憶から蓮子に関する部分だけが次々と抜け落ちていく。幾度となく重ねた唇と体の感触を、メリーはもう思い出せない。蓮子の背中は変わってない。自分が忘れた、だけ。
 山の伝承とはきっと、これなのだ。先ほど蓮子が言ったように、抱えきれないものを捨てる場所。形の在る無しは問題ではない。もちろん愛も、例外ではない。

「これでいい。ようやく私と君は、呪いから解放される」
「呪いじゃ、ない」
「そう、愛ね。でも呪いと言い換えても、さして問題はないのよ」

 メリーは溢れる涙をせき止めるようとする。落ちる涙が蓮子との思い出のようで、必死に目を押さえる。

「こんど会うときは、お互いが幸福になったとき。互いが互いを必要としないぐらい、幸福になったとき、また会いましょう」
「嫌……」

 既に蓮子の姿は視界から消えていて、聞こえてくる蓮子の声と、薄れていく意識のみがメリーが感じることのできる全てだった。

「メリー、私は寸分の狂いなく、あなたを完璧に愛してた」
「蓮子、蓮子……」
「それじゃあメリー、いつか、また」
「蓮子!」
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 ある日の昼下がり、小さな喫茶店で二人の少女が退屈そうにしている。話しているのは、中身の無い話ばかりで、今日の夜には忘れてしまうような話題ばかりだ。
 時間を無為に過ごしていることを理解していながらも、二人はそこから動こうとはしない。

「なんの話をしていたっけ」
「なんの話をするかって話でしょう」
「ああ、そうだった……」

 二人はしばらく黙っていたが、やがて一方が気まずそうに語りかけた。

「ところで、さ。あのウワサ本当なの?」
「私に恋人ができたって話なら、事実よ」
「……なんだか、もう少し躊躇ってほしかったな。聞きがいが無いじゃない」

 噂を尋ねた少女が、がっくりと項垂れた。先を越された、そう思ったからだ。
 それを無視して軽食を摂っていたもう一人の少女が、やがて席を立った。

「どこへ行くんだい」

 項垂れたまま、少女が尋ねる。

「件の恋人と、会う約束がね」
「でぇと……」
「そ、デート。じゃあね、蓮子」

 やがて席を立った少女は喫茶店を出て行き、後には一人だけ残された蓮子がぼんやりと窓の外を眺めていた。

「さよなら、メリー」

 消え入りそうな声で、蓮子は呟いた。


 




 
秘封の二人が好きで書きました。二人は気持ち悪いと罵り合いながらも互いのことで知らないことはない、みたいな関係だと思います。
塩分
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コメント



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3.90奇声を発する程度の能力削除
何とも言えない読後感でした…
でも、嫌いじゃないです
9.70名無しな程度の能力削除
こういう雰囲気は好きです。
ここに至る過程も読みたかったな
12.80名前が無い程度の能力削除
ほう・・・前後は逆転してるのか、それとも幸福になった時という事なのか、他にも色々考える余地がありそうですね
13.100名前が正体不明である程度の能力削除
これはすごい。
15.90名前が無い程度の能力削除
よかった
16.100名前が無い程度の能力削除
短いのに胸がぎゅうっと締め付けられました