Coolier - 新生・東方創想話

老いては子に従がわず『五夜』

2012/01/16 03:40:35
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ふと、縁側に出た。










吹き付ける風が、肌にちくちくと刺さるようだった。

太陽の暮れかける白玉楼は、死んだように穏やかな夜を迎えようとしてる。
私は、妖夢の言いつけを守る形で、今朝から部屋に篭りきりだ。

「決して、私が戻るまでお部屋を出ませんように」

妖夢は、先ほど私に釘を指して出立していった。

   調子にのって


面白くない、つまらない
私がこの館の主なのだ。


何で妖夢の言葉を後生大事にまもっていなければならないの?


私は、座布団を縁側に敷いて、紅く暮れかける太陽を眺める。


妖忌は、数日前に帰ってきた。
妖忌は、当然、私にかかりきりになると思っていた。

縁側で、こんな風に座って旅の話でも話してくれると思っていたのに、口を開けば、妖夢とばっかり話をしている。



それに妖夢と共通の秘密を抱えて、私をのけ者にしている。

昨日の妖夢はなにやらご機嫌の様子だった。
そして、打って変わったように、今朝からはなにか真剣に考えているような風だ。


なにか言われたのだ、その内容もおおよそのところ想像が付く。
どうせ「後はお前の時代だ」とか、「後釜は任せた、期待している」などと吹き込まれたのだろう。


別に、あの妖夢に何を言っても、どんな期待をしても何かが突然かわるわけじゃない


   それなのに、あんなに張り切っちゃって、滑稽ったらありゃしないわ



   妖夢はいつも通り、のほほんとしてればいいのに



妖忌は、今朝方帰ってきた妖夢と話してから、なにかごそごそと動き回っていた。
妖夢になんかかまっていないで、主の要望にもっと応じるべきなのに。


妖忌は、今は部屋に入っているはずだ。
私と同様に妖夢に釘を刺されて謹慎の真っ只中だろう。



庭に根を張る西行妖の桜を前にして、酒でも呑もうか。
咲くことがない、西行妖の花。
だが、あれを見ていると何故か、その場に留まりたくなる。



こういうときに呑むと嫌に酒が入っていくのよね



使用人たちは、奥に引っ込んで出てこない。
使用人を呼んであれこれ指図する気分でもなかったので、私は一人で肴を準備することにした。

妖忌でも呼んで一緒に宴会でもしようか



   ひらり


ふっと足元に何かが、通り抜けた。

「えっ」


足元には、紅みがかった、一片の桜の花が落ちている。

「うそ」


空を見上げると

西行妖に、花が僅かに付き始めていた






















*******************


「老いては子に従わず「五夜」」


















覚悟しなければならないことがある。
血みどろの打ち合いになるということを。


私は松明の様子を伺いながら、訪れるかもしれない場面を想像し、歯を食いしばった。

「はー」
静かに、息を吐く。
いつか訪れるだろう瞬間に備えて、私は姿勢を保ち続ける。




もしも、最初の先制で敵をしとめられなければ、膂力で圧倒的に劣る私は、相手に力負けし、受けにまわってしまうだろう。


そうなってしまえば、いくら長引かせようが、最後には女である私は力でねじ伏せられて、殺される。

その光景が瞼の裏で点いては消える。
奥歯がかちかちと鳴ってしまう。

そうならないための、そうなってしまったときのために隠し武器を備えたのだ。



魂魄家は半人半霊の血統。
半分は人で、半分は幽霊の種族だ。

それだけに、私たちは「死」というものに生身の人間よりかは鈍くできているらしい。
長生きだとか、心の問題ではなく半人半霊は妖怪や神と同様に、体が丈夫で死から縁遠い。


この躯、生半可なことでは絶命までは届かないはず

腕を斬られても、耳を削がれても、目を抉られても、血をどれだけ流しても、止まることが無い


師匠はかつてそういった

だから敵に喰らいついて、確実に斃せるのだと師匠は言った


半人半霊の息の根を確実に止めるには首を落とすか、心臓を胸ごと深く断ち割るか、頭を割るか。

剣で腹を撫でただけでは致命傷になりえず、また勝負の決め手にもならない。
腹を剣で撫でられ、腸が出てこないようサラシをきつく巻いた。


敵は最後の止めは、必ず渾身の大振りになる。



そこにこそ狙いが生まれる。

相手に止めを刺す最後の手は、しくじれば自分を危険に晒す。

その渾身の一撃そこが、最後の機会になる。


手のひらに握った寸鉄が、手汗ですこし濡れた。


そうして私は敵が最後の隙をみせるだろう私の絶体絶命まで、敵の猛攻に耐え切らなくてはならない。

きっと、長く打ち合うことになる。
そうなれば二十合、三十合と打ち合い、お互いの体が血みどろになるまでの死闘になるだろう。


それを覚悟しなければならない




松明の光が、暗い森の中に暖かい炎を灯している。
辺りに木々の長い陰がゆらゆら揺れた。


私の姿は遠くからでも良く見えるだろう
私の視線はどこを向いているか解りやすいだろう
これを、人は卑怯だというだろう

不安と緊張が募っていく


私はそれを、敵への怒りと憎悪でかき消した。




私は何度も読み返した師匠からの書を思い出す。



樹木を背にした敵を、正面から襲ってはならない

木を背にした敵を襲うのはこちらの剣が木に邪魔されて、敵に思いがけず届かなくなってしまう。

敵にめがけて振りかぶった剣がもしも木に当たってしまえば、こちらの攻勢が一転してしまうということを記してあった。


言い換えれば。

木を背にして、背後から襲え


私の松明の近くにある姿、光によって長くのびた影が揺れている。
私は暗い森に気を配る。



かさり

「・・・・」
森の風とは違った異質な、わずかに草を踏みしめる音が響く。

息を精一杯殺すようにつとめた

かさり
音の鳴るほうを、闇になれた目でじっと見やる。


死合いの敵の影が、しっかりと私の意識に映った。
私の姿を、森の中からうかがっている様子がしっかりと見える。


荒げる息と、気色ばむ躯。


落ち着け、敵に気づかれては意味が無い


敵は昨日とは逆の方向から来た。
今晩は風の向きが昨日とは逆だったせいだろうか。


敵は 私の姿 をじっと見つめている。なかなか動きを見せようとしない。
性懲りも無くわざわざ敵に姿を晒す私に、幾許かの不審を抱いているのだろう。


不意打ちさせるためにわざわざ 自分の姿 を晒しているのだ。
さっさと襲ってこないとこちらも埒が明かない。


私は敵の様子を伺いながら慎重に、不自然がないように隙を作った。
森の木々から風が吹き抜ける。
森が、さらさらと大きく葉を鳴らす。
慎重に機会を待ち。


ここだ


私は敵の視線から反対のほうを向き、敵に背中を向け大きく視線をはずした。


来い

私は祈った。


瞬間、敵が凄まじい勢いで森から飛び出す。
私の姿は間抜けにも、相手の俊さについていけず抜刀すらかなわない。

自分を庇うようにして両手を頭を守るように交差させるが、凄まじい敵の膂力には細い女の腕など何の意味も無い。



自然、何の抵抗も無く剣が打ち下ろされ、私の姿は頭から真っ二つにされた。




「なにっ」

敵が驚きの声を上げるかあげないか、それを見計らって私も暗い森の端から飛び出した。
鞠のように私の躯が弾んで、敵の死角にもぐりこむ。


腰の私の身の丈にあった剣が鞘走り、敵の背後を捉え、


「やぁああああ!!」

私の剣が、ざくりと敵の肩に深々と突き立った。


「っぐ」
敵が呻く。



松明の近くで敵が斬ったのは、私ではない。
私の姿を真似させただけの、魂魄だ。

魂魄はこういう使い方もできる。
敵は、それを私だと勘違いして、背後からの奇襲を成功させたと思ったのだろう。
私はまんまと敵の裏をかいて、不意を討ってやった。


私の姿をした魂魄は、霧のようにぶわりと霧散して、再び私の元に戻ってくる。


敵の左肩に突き立った剣、
相手の太い体から血が吹き出て、私の服に返ってくる。

だが、敵は背後から襲われ、奇襲直後の不意を衝かれたにも関わらず、ほとんど視界にすら映っていない攻撃を脇差で防いでいた。

私の剣は敵の骨を絶つにいたらなかった。
だが、敵は姿勢を大きく崩し、加えて重傷、脇差のみ。

圧倒的有利。
ここでなんとしても押し込んで頭を叩き割る。


「たあああああ!!」

息をつかせないよう、激しく、渾身の力をこめて殴りつけるように敵の急所を狙った。
受けきれずに敵の額が割れて血が吹き出る。
惜しいところで、またしても防がれる。

「はぁ!」
渾身の一撃を、ほとんど片腕だけで防がれてしまう。
あと少しが、力の無さで押し切れない。

くそっ

歯噛みして次々と剣を叩き込むが、敵の皮膚を僅かに割くに留まり、あと少しで命には届かない。

今までこれほどに、細い自分の腕を怨んだことは無かった。


そのまま、もつれ込むように鍔迫り合いになってしまった。
こうなってしまうと勝ち目が薄い。

敵も上手く、緩急つけた力加減で私を押し返そうとする。
私は、相手を仕留めそこなったと悟った。


私は敵の脚を蹴り飛ばして、高く飛翔して、距離をとる。
仕留めそこなったからには、覚悟を決めなくてはならない。


敵は有利だった私が距離を取ったことに驚いているのか、唖然としていた。


   間抜けな敵のつらに、私の達成感が膨れ上がる


敵はそれなりに年若い男の様だ、肩が盛り上がって、首も太い。

私よりも一回りも二回りも大きい。
眼が鋭い、わりかし、二枚目かも。


総髪の、白い髪。


昨日はそんなことにすら気づかなかったのか。

「ふん」



   間抜けめ
   これで昨日の借りはとりあえず返した



そう思うと、今までの不安と緊張が吹き飛んだ。
体の芯が気組で火炎のように燃え上がるのを感じる。

覚悟が決まった



男の剣士は自分の左肩を揺らし、動きに支障がないのだと主張するように腕を回した。

   ただの、はったりだ
   あの深手が、なんでもないわけが無い

枯葉を踏みしめて下段に構える。
敵がようやく大刀を抜き放つ。

馬鹿みたいに大きい太刀。
大きな体の男でも手に余るような物干し竿のような長さ。


「な・・・」


  わたしの楼観剣


私が逃げ帰った後に拾ったのだろう。
対峙した剣士はそれを得意げに大上段に構え、左手に脇差を抜き、二刀の構えを取った。

切っ先を頭上でくるくると旋回させる。
脇差は私に突きつけて、ゆらゆらと揺れて剣先を死なないようにしている。

挑発的でふざけた構えだ。


昨晩の汚点が、目の前で私をあざ笑っている。


   殺してから、奪い取ってやる


ぎりぎりと、奥歯を噛み締めて歩みを進める。

そもそも楼観剣は魂魄家以外に扱える代物ではない、人が片手で気軽に振るえるもではないのだ。

それにああして男は二刀を両方同時に自在に操っているように見せているが。
実際にそんなことはできない。
刺突剣術にありがちな、短い剣を盾として使う戦法だろう。

脇差で捌いてから、大刀で仕留める。
その間合いを見切って、うかつに飛びこまなければ、問題ない。


二刀を小刻みに動かしているが、そんなけれんには引っかからない。
むしろ、楼観剣を片手で扱うと正確な剣の扱いができなくなる。


  せいぜいそうやって墓穴でも掘っていろ


相手と自分の間合いを取りつつ、じわじわと詰め寄る。


「!」

対峙する敵、その背から新たな気配が現れる。
敵の助太刀だろうか。

これには、私もぎくりとした。

「・・・」
「ちっ」

影は敵の剣士に寄り添うように、剣士の背中から姿を現す。
一人でも精一杯だというのに、流石に二対一では分が悪い。

もしかすると、まだ敵は他にも助っ人を呼んでいるのかもしれないと、内心冷や汗をかく。


だが、私が本当に仰天する出来事は次の瞬間に起こった。




「こ、こいつ・・・!」




剣士の背中から現れた影は、長年連れ添った伴侶のように男の左肩に寄り添い、まとわり付く。


透明で、霧がかった冷たい雰囲気の固まり。
それは同じように私の背後でも、ゆらゆらと私に寄り添っているものと良く似ていた。

私が敵の助太刀と勘違いした影は、半人半霊の証


魂魄だった



**********************


物心ついたときから私は一人だった。
肉親は、師匠がただ一人。

父親と母親がどうなってしまったのか、どうして消息がわからないのかは知らないし、それほどには興味も無い。

半人半霊の証である、魂魄はそういう意味では私の半身で、姉妹だ。
いつ何をするにも私の周りを付いて回って、一緒に暮らした。

私以外での魂魄の持ち主というのは師匠以外に見たことが無い。


それが今晩、新たな半人半霊を見つける。
斃すべき相手として、対峙した剣士がそれになった。



「・・・」
敵は軽々と、魂魄家に伝わる楼観剣を悠々握り、徐々に距離をつめてくる。


まるで楼観剣を長年扱ってきたような、そんな気配すら感じられる。

もしや、私の父なのではと一瞬想像したが、違う。

父というには、少し年が近すぎる。
私より少し年上か、そのぐらいしかない。



だが、師匠に顔の造りが似ていた。



私とどんな係わり合いのある奴なんだろう。
本当ならば、すぐにでも問いただして和解して、凶行の理由を話し合う間柄なのかもしれない。



だが私は初めて他人の魂魄を見て、感情を爆発させた。



「殺してやるっ」



こいつは主人と師匠を殺そうとする、憎悪すべき敵だ。
私が死ねば、二人の命がない。
白玉楼に住む仲間もどうなるかわからない。

細かいことなど、斬ってから識れば良いんだ。
腹の底から殺意をひねり出すように叫んだ。



そうしなければ、ふっと胸に抱いた困惑と、期待、情を吹き飛ばすとこができなかった。


本当は、今すぐ語りかけて、名前とか、年とか、いろんなことを聞きたかった。
  そうすれば、こんなこと止めて、仲良くなれるんじゃないかと思った。


私は敵の目の前に躍り出た。

刀身がはじけて幾度となく火花を散らす。




がちりと、刃の根元がぶつかり合う。
私の腕に刃が食い込む。

白い脂肪が肉の間から見えて、血がふきでる。

冷や汗がぶわりと額からにじみ出、そのたびに頭の奥が氷で冷やされたような嫌な感覚が襲う。
それを歯を食いしばって耐えた。

本当は気絶しそうなくらい、痛い。
だがそれを悟られたくない。

敵の肩からも血が吹き出て、私の白い服に紅い斑点を作る。



    こいつが、平気そうな顔をしているのに、私が悲鳴を上げてたまるか



何度も打ち合う内に、私の額も相手と同じように皮膚が割られて、血がこめかみに温くまとわり付く。
私が予期したとおり、何十も打ち合う、血みどろの打ち合いになっていく。



打ち合ううちに、男の腕にこめられた怪力が伝わってくる。



もしも、お互いに剣が折れて組討になれば、あの大きい掌は私の細腕を引きちぎるくらいのことを難なくやってしまうだろう。

私よりも何倍も大きい手のひらが、楼観剣が何度も私の目の前で轟音を立てて通り過ぎていく。

男の気合とともに繰り出される一撃一撃が、防いでいても、私の意識を刈り取るほどに体の奥まで響く。

あれに捕まったら、首を引っこ抜かれる。



私は、必死に剣を振るった。
剣を振るいながら、敵が大振りになる、最後の隙を探った。


私と相手の剣は技巧の上ではほとんど差がない。
だから私は、今朝に予想したとおりに、力で負け、次第に防戦を強いられることになる。



接戦の末に、私たちは鍔迫り合いになった。
敵もこれを狙っていたのだろう。

私の倍近くある体重に負けて、私はじりじりと押される。
押し返すことができないので、ただ後ろに下がるだけだ。
抜けて相手の腹を斬ろうとしても、巧みに緩急を付けられてしまう。


怪力と無数に付いた刀傷で、体に力が入らなくなってきた。
もう少し耐えれるものと思っていたが、腕が痺れる。

男の形相が迫ってくる。


「があっ!」
「ぐぇっ!」

男の太い脚から繰り出された蹴りが私の腹に深々と突き刺さった。
私の躯は三畳分は吹き飛ばされて、森の土を転げまわる。

その拍子に、大刀を手放してしまった。
もはや、取りにいける位置ではない。

完全に私は、まともな勝機を失った。


男の、私を女と奢って見くびっていた挑発的とも思える表情も消えうせている。
相手は雄たけびを上げて、膝を突いて半ば尻餅をついているだけの私に最後の止めを刺そうと、上段に大きく振りかぶった。


生き死にの間際まで、とうとうやってきた。


「とったッ!」

激しい気組みで地面を踏みしめて、私の頭を叩き割るつもりで振りかぶる。


私は右袖に隠し持っていた、寸鉄をひそかに相手の視線から隠して握り締めた。
周りが、ひどくゆっくり動く。

相手は振りかぶり、剣を今にも打ち下ろすだろう。
私の狙うべきは、眼か、心臓か。

肋骨の合間と小さすぎる眼を狙うには敵は速く動きすぎている。

私の狙うべきは、すべての生き物が弱点とする箇所、喉だ。

冷静に、落ち着いて狙えば良い。
敵が一瞬でも怯み、喉に寸鉄をつきたてれば、後は腰の脇差が敵をしとめてくれる。
平常心だ、落ち着け

ぐわ

眼と鼻の先まで、剣が迫る。





目の前で防御の意識が無いがら空きの喉が晒されている。
男と私はほとんど同時に右腕を振るった。

わずかにだが、私が早く正確に動作に入った。

私の眼の中で、敵の喉に突き立った寸鉄がありありと映った。
私も、心で叫んだ。




   ――とった





だが、現実はそうならずに、私の目の前が、白い閃光と熱で遮られた。

「うらあああああ!」
良く聞いたことのある友人の声と共に、上空から男と私の間に霊気の弾が降り注いだ。



*****************

今際の際で、霊夢達は決闘の場所を探し当てた。
辺りには殺伐とした、怒鳴り声が充満している。
今にも飛び出して加勢しようと、木上で身を屈める魔理沙を、霊夢が腕を割り込ませて制していた。

「まだ、まだ出ちゃ駄目よ」

そう、視線を送って二人を制止する。
木が密集する森の仲、そこに少しだけ木々がよけた広場のような狭い空間がある。
その中で白刃が僅かな月の光を浴びて「きらきら」と瞬く。


    手を出しては駄目よ



紫の言葉が霊夢の体を木と一体にしてしまっている。
霊夢は疑問に思わざるをえない。


   なんでなのよ


目下の剣の打ち合い、霊夢の見るところでは、どうも妖夢が不利にまわっている。
敵は相当な剣の手練のようである。


   このままじゃ、死ぬわ


今すぐ、敵を取り囲んで、袋叩きにするべきだ。
霊夢はすでに始まってしまっている決闘に「やはり、昨日の晩のうちに妖夢に加勢するべきだった」と自分の重い腰、手際の悪さに後悔していた。

しかし、それと同時に、霊夢にとって不可解があった。


    これだけの死闘で、何故昨晩のうちに決着が付かなかったのか
    なぜ、妖夢は助太刀を頼まないの?


「うぁあああああ!!」

妖夢の必死の奇声が鋭く、少女達の鼓膜を切り裂く。
紅く妖夢のこめかみを血が這う、正視に絶えられるものではなく、咲夜は眼を背けそうだった。


    人の顔じゃない


昔、霊夢が屠ってきた妖怪達の顔が、木々の間で幾通りにも変わって、目の前の大兵を殺そうと力を籠める。





と大兵の怒鳴り声が森いっぱいに響く。


「うっ」
咲夜の腹の底が、ぐわん、と酩酊するようになり、体が強張った。


あの、穏やかで、生真面目な少女の笑顔が、ああも鬼のようになるのか


殺伐とした、決闘の席の血なまぐささ、腹の底を叩きつける大兵の怒声、優しいはずの友人の変貌に気圧され、咲夜は加勢に入る瞬間を計り損ねた。

「がぁッ!」
「ぐえっ!」

少女の胴体以上に太い脚が、小さい女の腹にめりこむ。

「あっ」
そのまま二転三転と凄絶に地面をのたうち回り、剣を落とした。
妖夢はその場でうずくまり、ちっとも動こうとしない。
ただ、大兵を睨みつけている。



  死ぬ、殺される



霊夢は飛び出そうとしたが、



    最後まで、どちらかが斃れるまで、見守りなさい



紫の制止が彼女の足を木の上に縫いつけた。

瞬間、硬直する咲夜、霊夢を置いて、
「妖夢!」
魔理沙が耐え切れず、決闘の頭上に飛び出した。

咲夜、霊夢がようやく「はっ」と正気に戻り、魔理沙の後に続く。


「うらああぁああああ!!」


八卦路から、輝く火柱が妖夢と大兵の間に降り注いだ。




魔砲は、男の頭上に叩きつけられたが、
「ちっ」
男は、それを大げさにかわして、うずくまっていた妖夢と一気に距離を置いた。

その間に、魔理沙達が割りこむ。

「やい! この野郎! この魔法使い霧雨魔理沙様が相手してやるぜ!」
「・・・・」

魔理沙が正面をきった。八卦路を堂々と男に構える。
男は相当に消耗しているはず、体じゅうから血を流していた。


なのに、この迫力はどうしたのだろう。男の目が、絶えずぎょろぎょろと動き回り、間断なく剣先を揺らしている。

いまにも、叫び声を上げて飛びかってきそうだ。
倒れた松明の光が、男の額に流れる血を照らして、てらてらと妖しく光る。


少女達の強気の支えは、こちらが有利と言う、圧倒的事実に寄った。

「―くらえ!」
魔理沙が八卦路に魔力を注ぎ、砲身が臨界間近に迫る。



霊夢が、ぱちぱちと音を立てて、薄暗く燈る松明の光で、恐ろしい事実に気づいた。

「魔理沙、八卦炉は使っちゃ駄目!」
「ちょっとくらい怪我させても仕方ないぜ!」

限界を超えて、出力が一気に上がる。

「『マスタースパーク』!!」
魔理沙が無視して、砲身を爆発させる。
薄暗い森の中が、一瞬にして虹色のまばゆい光で満たされ、

「―うっ」


魔理沙の魔砲は、どんな妖魔も倒せる高性能の武器になりうる。
しかし、場所が悪かった、狭い空間で火花と土煙を撒き散らすのは視界を極端に狭くした。


少女たちは大刀を間断なく揺らしていた、男の姿をほんのひと瞬きの間、見失った。


   まずい


咲夜は、直感的に悟る。
あの大兵はこれに乗じてなにかしてくる。

視界を覆いつくす閃光に、目を細めながら、咲夜は念じた。


    ――時間よ


どしっ

なにか、咲夜の首が頼りなく揺れる。



「止まれ!」

世界が、咲夜の世界だけのものになる。
果たして、時間は止まった。

自然の時計は、自分の思うがまま
咲夜は、自分達の安全をとりあえずは確保できたことにほっとした。


魔理沙が、魔砲を正面めがけて歯を食いしばって放っている。
霊夢は、激しい閃光に当てられて、目を細めて手のひらで光を遮っていた。

「・・・妖夢」

そうだ、妖夢の安否はどうなったのか
もしも、怪我が酷いようなら、この止まった世界で安全なところまで運んでやろう


止まった時間の中で、咲夜は妖夢の様子をふと伺った。

   ―え?


妖夢が、妖夢だけが、閃光の中でこっちを必死に睨みつけている。
その手には、鈍く光る短刀の様なものを握り締めて。


「う・・・あ・・?」

咲夜はぐらぐらと頼りなく揺れる地面に初めて気がついた。
鼻の奥から、鉄の匂いと暖かなものがこみ上げてくる。

咲夜は止まった時の中で両手を地面について四つん這いになった。
地面に生暖かい液体が、「ぽろぽろ」と流れ落ちた。鼻血である、なぜこんなものが出てくるのか。

もう一度妖夢のほうをみると、咲夜はようやく妖夢が何をしようとしているのか理解した。

「わた・・し、じゃな・・・い」
妖夢は投擲ナイフのようなものを、投げようとしている。

顔を上げると、咲夜の目の前には、さっきまで魔理沙の正面にいたはずの男が剣の柄を握って立っていた。

「は・・・ぁ、・・・はぁ」

あふれ出る鼻血が呼吸をさえぎる。
咲夜の唇はみるみる紫色に変色し、酸欠を起こしていた。

剣の柄で頭の後ろをしたたかに打たれたのだ。

「・・・は・・ぁ」

    あれが、もしも刃で打たれていたら・・・

男の瞳は、止まった時の中で咲夜をじっと監視している。


    ――怖い


咲夜とて、紅魔の狗を名乗るくらい、鉄火場を経験したことはある。

だが、眉間に刻まれた皺、岩のように固く、太い筋肉。
強張る顔から、怒鳴り声を上げているのだろう、殺気を放つ紅い口。


それを一身に受けて、平気でいるには咲夜はまだ若かった。

「う・・・」

ゆっくりと、決闘の場所に仲間を残して、這いながら移動を始める。
妖夢を救うどころではなかった。

それでも、遠くまでは行くことが出来ずに、近くの大木に身を寄せて楽な姿勢をとった。


   足手まといにはなりたくはない


地面がゆらゆらと揺れる中、咲夜は時間の針を戻した。
時間の針が、元通りになっていく。



「―あっ!」
「さ、咲夜!」


閃光が収束すると同時に、霊夢と魔理沙が男の姿をようやく捉えなおす。


   やられた


咲夜の位置に男がいつの間にか移動しているのだ。

「ど、どこだ!」
魔理沙が八卦路をもう一度男に向けた。
「咲夜をどこにやりやがった!」


    殺されてはいない


霊夢はそこに咲夜の体が転がっていないことに安堵した。
おそらく負傷したので、時間を止めて避難したのだろう。

霊夢が札をすばやく取り出し、男と向かい合う。


「殺してない」
男は低く唸るような声で告げる。
「だが、放っておくと死ぬぞ」


男は、魔理沙、霊夢を剣先で牽制しながら後ずさった。
「この・・・!」
憤った魔理沙が八卦路に魔力をこめようとするが、
「魔理沙、逃がしましょう」
霊夢が魔理沙の目の前で手を振った。


   咲夜のほうが大切だ



そう自分に言い聞かせて、男を見逃すことにした。
「・・・・」


男はじりじりと、二人を見比べながら後ずさり、
そして、暗い森の中に足を踏み込み、身を翻して走り去っていった。



*********************


「・・・くそっ!」
魔理沙が、歯痒い、歯痒いと足元にあった土くれを蹴り飛ばす。



辺りは、魔砲の熱で、蒸気をあちこちで上げて、酷い有様になっている。




「妖夢・・・」
男が去り、気配がなくなると同時に、霊夢は妖夢に駆け寄った。
「・・・・」
妖夢は半ば自失として、ぽかんと霊夢の顔を見つめている。

「逃げた・・・」
ぼそぼそと、唇を震わせて、男が逃げ去ったほうを見て、二言、三言とつぶやく。

「ええ、けどこれで・・・・」


これで、もう大丈夫


それを言いかける。
しかし、妖夢がぎゅっと、右手に何か握り締めているのに気づき、言葉を止めた。

「これは・・・」


妖夢がしっかりと握り締めているのは、黒く塗られた、とがった刃物のようなものだった。


妖夢がみるみる、正気を取り戻していく。
表情がしっかりしてきて、「どうして」と何度も何度も霊夢につぶやいた。


そして霊夢は妖夢の握っていたものが、隠し武器だとようやく理解した。


そして、背中に氷をぶっかけられたみたいに、ひやりとした。




   ――しまった



   『手を出しては駄目よ』




紫の言葉が、そのままに頭の中で何度もささやかれる。

紫はこのことを予見していたのだろうか?



手を出すべきではなかった。
霊夢は妖夢の思惑を完全に悟った。

今になり、霊夢は妖夢がただ単に劣勢にまわっていたのではない、ひそかに必殺の機会をうかがっていたのだと知った。

最後のあの瞬間に妖夢が動かず、敵を睨みつけていた理由をはじめて理解した。

一対一での真剣勝負の最中、妖夢はただ蛮勇に任せて剣を振るうだけでなく。
生き残るために、その手の中にひそかに臆病さを隠し持っていた。


    まともに戦っては勝てない


そう踏んで、あの、敵の最後の止めの一撃の最中に命がけで作戦を立てたのだ。


劇に興奮した、馬鹿な観客が舞台に上がってしまった。
そういう覚めた気まずさが霊夢の中でぐるぐるまわる。



自分の、思慮の無い、物見遊山などという考えが全てをぶち壊したのだ。

「よ、ようむ・・・・」
「どうして」

血のりを額に貼り付けた妖夢が、霊夢に縋りつく。

言葉がうまく出てこない。
挙句、仕留められたはずの敵を逃がして、次はどうなるかは判らない。
妖夢の戦いは今晩で終わるはずだったのに。


咲夜もおそらくは怪我をしている。
最悪だ。




  ごめんなさい


そう話しかけることができない。
さっきまでの傲慢さが、いまだに霊夢の中に残っている。



「おい・・・、なんだ、これ」


魔理沙もまた妖夢に駆け寄って、妖夢の手に握られている作戦を見つけた。

だが、魔理沙の思いは、霊夢とは違ったものになった。
「投げナイフ?」
黒く、塗られた鋭い寸鉄をつかみ上げ、妖夢をじろりと三白眼で見る。

「知ってるぞこれ、隠し武器だろ」
「・・・・」
魔理沙の責めるような、辛辣な声。

妖夢が、ぐっと唇を噛んで苦しそうに俯いた。


霊夢は、この妖夢の作戦に心を揺さぶられたが、決して下衆なものには見えなかった。

「これを使うつもりだったのかよ」
妖夢は魔理沙の歪む顔を方膝をついたまま見上げた。

短い鉄の剣をぽんぽんと手の上で遊ばせる。



「剣の達人か、・・・・笑っちゃうぜ」
魔理沙が鼻を鳴らして「ふん」と妖夢を嗤う。






「見損なったぜ、卑怯モン!」





声を荒げて、握った寸鉄を地面に叩きつけた。


「ま、魔理沙」
霊夢はそういわれて始めて「ああ、そういえばそうかもしれない」と思った。


だが、同時に妖夢を擁護して、魔理沙を非難したくなる気持ちでいっぱいだった。



その言葉で、妖夢が地面を踏みつけて魔理沙の目の前に詰め寄る。
「なんだよ、何か言いたいことでもあるのか!」



肩を震わせて、歯をいっぱいにかみ締めて、
「お前に!」
魔理沙の胸ぐらを力いっぱいに、つかみ上げた。


「おまえに、なにがわかる!!」


妖夢の腕に流れていた血が、魔理沙の襟元にべとりと付着した。
額や、白い髪が赤く染まっている。



妖夢の怒鳴り声に霊夢ははっとした。


   私も、魔理沙や咲夜となにも変わらない


昨晩、夕暮れの中で、明るく振舞う妖夢に憤りを感じていた。

けど、あのあっけらかんとした態度は、今日むかえるはずの緊張や、恐怖の裏返しだったのかもしれない。

そんな、思考がまとまらずに点いては消えていった。




妖夢の声は、甲高かったが。
まるで、魔理沙が幼いころに聞いた、親父の怒鳴り声のように、魔理沙の腹をぐらぐらと揺さぶった。

「な、なんだとぉ・・・!」

魔理沙の顔は一気に充血して、かっと赤くなった。






「妖夢!」
霊夢が悲鳴のように、叫び、胸ぐらをつかみ上げる妖夢の腕をつかむ。


「・・・・・」
妖夢は悔しそうに、肩を震わせていた。
もう片方の手で、自分の腕をつかんでいた霊夢の手をぱしりと払った。




「・・・・すみません、皆さん」
二人から距離をとって、すっと、頭を下げる。
「もう、助太刀はいりません」




「明日からは、一人でなんとかします」
「あ・・・」

妖夢は霊夢の肩を押しのけて、辺りを見渡した。
腰の、刃がない鞘が頼りなく、ゆれている。



ふらふらと、情けなく歩きはじめた。
切り傷だらけの自分の腕を庇うように。



「よ、妖夢・・・怪我は・・・」
霊夢が何とか言葉をつなげようと、妖夢に駆け寄るが。

「医者に行くには時間がありませんから、一人でも大丈夫です」
それを手で制して「近寄るな」と霊夢を遠ざけた。


そして、落とした剣を拾い上げると、妖夢も男と同じように、明けはじめた日に向かってとぼとぼと歩き、去っていった。


「おい! 待てよ!」
魔理沙が妖夢を止めようと荒げた声を吐き出す。

「魔理沙」
「なんだよ!」

霊夢は苦しく、俯いてつぶやく。

「咲夜を探しましょう、きっと近くにいるわ」



















*******************************

咲くはずが無い、西行妖の花。

それが、なんの前触れも無く開き始めている。



「うそ」

足元にひとひら舞い落ちる桜の花が、私の正気を狂わせる。



西行妖が僅かに、開き始めて、
鼻腔に妖しい匂いがたちこめる。



    どうして、いまさら


西行妖の異変。
私があれだけの大事を起こしても、それでも満開にはならなかったのに。

思い当たる節がいくつもある。

突然帰ってきた妖忌。
日が暮れると、いなくなる妖夢。

昨日は切り傷をつけて帰ってきた。
きっとなにか恐ろしいことが起こっている。


あれだけ、咲いてほしいと願った西行妖の花。


けど、今はどうしてこれほどに胸が苦しくなるの?


    誰か、助けて


屋敷の中で、私は助けを求めて彷徨う。
妖夢は、私をおいてどこかにいってしまった。



    だれか私を助けてくれ


「だれか・・・」


ふと、あの妖忌のことを思い出した。

きっと妖忌が助けてくれる。





   妖忌、私を助けて



熱く、鼓動する胸を押さえて、妖忌の部屋にたどり着く。


「妖忌・・・」

障子を開け放って、外の冷たい空気が部屋の中に流れ込む。
以前と変わらない、物置のない部屋。


   「妖忌」


もう一度名前を呼んでみた。





そこには、妖忌の姿は無かった。
作者のねおです
今回は全てバイオレンス回でした。


というわけでようやく次回決着!

やたらギスギスしてるのは許してください。
魔理沙には損な役を押し付けてしまいましたね。

深夜に書き上げてしまったので、かなーり不適切なところが多いと思います。
だけど


「いいや、限界だ! 載せるね!」


それでは誤字脱字、表現不適などさまざまな不備があると思います。
指摘いただけると幸いです

それと思い出したように修正するかも

ではノシ
ねお
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コメント



0.480簡易評価
6.100愚迂多良童子削除
妖夢よりもむしろ、魔理沙がどうなっていくのかが気になった。
魔理沙一人だけ弾幕勝負から抜け切れていないから、それが後々どう言う風に変わるのか、或いはストーリーに絡んでくるのか。
7.100名前が正体不明である程度の能力削除
次が楽しみだねん。
10.100名前が無い程度の能力削除
ものすごい楽しみにしています
11.100名前が無い程度の能力削除
うあー、そういう展開か…
こりゃ目が離せねぇ! 続き行ってきます