Coolier - 新生・東方創想話

姫の暇潰し

2005/06/28 13:37:25
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 真の満月が幻想郷に復活してから数日。
 幻想郷のとある竹林に、突如として豪華な邸宅が建っていた。
 もっとも、真実その邸宅は別に突然生えたわけではない。前から存在したが、誰も気づかなかっただけだ。
 その邸宅、名を永遠亭という。
 永遠亭の住人は多い。主である貴人、蓬莱山輝夜。その従者である八意永琳。輝夜のペットで、永琳の弟子でもある鈴仙・優曇華院・イナバ。そして因幡てゐをはじめとした多数の兎たち。
 永遠亭の住人を知る者は、幻想郷に少ない。今まで“無かったもの”であるのだから、それも当然。僅かな人妖が知るばかりであり、地理的に竹林のすぐ近辺にある山を根城とする妖怪であろうと、永遠亭そのものを知らなかったのだ。
 そんな『竹林のすぐ近辺にある山を根城とする妖怪』が、自分の縄張り内に突然現れたように見える永遠亭を見ていい顔をするはずがない。
 騒動は夕方起こった。







 蓬莱山輝夜は永遠亭の主である。何時起きて、何時寝ようが自由なのだ。主なのだから。
 それこそ昼に寝て翌日の夕方に起きても誰も文句は言わないし、その生活態度を輝夜自身欠片も悪いと思っていない。おそらく誰かにつっこまれることがあろうとも、心底不思議そうな顔で「あら、それがなにか悪いことなの?」と返すことだろう。開き直りすらしない。
 その日も起床したのは昼をいくらか過ぎてからだった。

「ふわ……」

 あくびを噛み殺しながら、布団をのけて起き上がる。
 当然の事ながら姫である輝夜の寝所は永遠亭でも中の方に位置する。しかも寝起きしているのは御帳台の中。よほどの大雨、強風でなければ外の様子は窺うことは出来ない。もっとも、外に出ようとしない輝夜にとっては雨だろうが雪だろうが無関係だが。
 それでも、日々の天気は変わらぬ輝夜の暮らしの中では食事に並んで毎日変わるものである。寝所から天気を予想するのが、ここ最近輝夜のお気に入りだった。

「今日は……そうね、雨かしら」

 適当に呟きながら、廊下に続く襖を開けた。
 暗い廊下に、白いワンピースの少女が暇そうに立っていたが、輝夜の姿を認めるとぱっと顔を明るくして駆け寄ってくる。

「おはようございます、姫様っ」
「ええ、おはよう、イナバ」

 ワンピースの少女は、この永遠亭に仕える地上の妖怪兎の一匹である。各々に名前はあるのだが、輝夜はイナバとしか呼んでいない。地上兎は自分の身の回りの世話をする者であり、それ以上のものではないのだ。名前を覚える必要などあるはずがなかった。輝夜がこの邸内で固有名を認識しているのは自分と従者である永琳だけだ。
 だが、輝夜がイナバに冷たく接しているかと言うと、それも違う。面倒な身の回りの世話をしてくれるイナバ達には、ちゃんと感謝しているし、一匹一匹違った容姿のイナバ達は可愛いとも思う。
 だから輝夜はイナバの髪を優しく撫で、

「面倒をかけるけれど、今朝もお手伝いお願いね」

 丁寧な口調で微笑みかけるのだった。
 それにイナバは嬉しそうに頷くと、輝夜と手を繋いで寝所へと戻る。

「それでは姫様、失礼いたします」

 緊張気味に宣言したイナバが輝夜の夜着のボタンを一つずつ外していく。純和風である永遠亭に住む輝夜だが、衣食住の衣食の部分まで純和風というわけでもない。時が流れるにつれ、それなりに洋装を纏うようになった。かつて着ていた単の類と比べて着るのが楽でいい。勿論あれはあれで嫌いではないが、今の洋装に慣れてしまうと面倒だと感じてしまう。
 そんなわけで輝夜の夜着はワンピースタイプのパジャマだった。もっとも、輝夜の洋装は何処か単の趣を残した、妙に袖や丈が長いぞろりとしたものなのだが。
 ボタンを全部外してしまうと、イナバは背中側に回り、薄桃色のパジャマを床にするりと落とす。

「うわ~、姫様……お肌白ーい」

 輝夜の肌を目の当たりにしたイナバが歓声をあげた。確かに、輝夜の肌は処女雪の如き白さと肌理の細かさがあり、まさに透き通るように白いとでも言うのが相応しい。
 褒められて悪い気はしないものだ。輝夜は微笑みを絶やさぬまま、

「そう? ありがとう」

 礼を言った。輝夜は気さくではあるがやはり近寄りがたいのも確か。ましてこのイナバはこれほど輝夜に近づいたのは初めてで、ますますぽーっとしてしまう。
 そんなイナバの様子に輝夜はほんの少しだけ困ったような色を笑顔に混ぜて、

「イナバ? 寒くは無いけれど、流石に裸のままは恥ずかしいわ。早く着替えをお願いね」
「あっ。は、はいっ、ごめんなさい、姫様っ」

 我に返ったイナバはまず部屋の外に用意していた水鉢を持ってきた。輝夜が顔を洗うのを待って、手ぬぐいを手渡す。続いて部屋の隅に置かれている衣装箪笥から手早く着替えを取り出し、駆け戻ってきた。見掛けは少女でも、さすが兎妖怪。一連の動作は人のそれと比較すると随分早い。
 最初はスカート、次いで肌着にブラウス。最後に靴下。輝夜の肌に見惚れるイナバが度々手を止めてしまう、ということはあったものの、基本的に問題なく輝夜の着替えは完了した。
 着替えが終わり、続けて髪に手を伸ばそうとしたイナバの手を、輝夜はそっと押さえた。

「姫様……?」
「ありがとう。髪は永琳にやってもらうから、もういいわ」
「え……?」

 今日のイナバは初めて見る顔だった。だから輝夜はわざとそんな風に言ってみる。
 それは、変わらぬ日々の中にあるほんの僅かな変化。新顔のイナバには必ず仕掛ける、輝夜のちょっとした悪戯。
 輝夜は同じことを言っているのに、それに対する反応は様々だ。
 あるイナバはあからさまに不満げな様子を見せた。
 あるイナバは残念そうながら、「姫様が仰るのなら」と素直に引き下がった。
 大体パターンは決まっているが、それでも微妙な差異があって、これもまた面白い。
 今日のイナバはどんな反応をするだろう、と静かに見守っていると、

「あ、あの、姫様……」
「うん?」

 なにやら意を決したイナバに、続きを促すような軽い相槌。

「私、姫様の御髪にずっと憧れてました。だから、ええと、その……」
「……ふふ、ありがとう、イナバ。それじゃあ、永琳にやってもらうのはまた今度にして、今日は貴女に頼もうかしら」

 輝夜の言葉に、イナバの顔がぱぁっと明るくなった。
 可愛らしい、実に可愛らしいと輝夜は顔をほころばせる。
 夜着を脱がせたときと同様輝夜の背中側に回り込み、まず寝る為に編みこんでいた状態を丁寧にほどいていく。まるで絹糸に触れているかのような手触りに、イナバはついぽーっとしてしまうがすぐに我に返り、続きに取り掛かった。
 編みこみが全てほどけたら、今度は櫛を使う。黒黄斑の櫛が、ぬばたまの髪をするりと梳いていく様は感動を覚えるほどだ。
 つい楽しくて梳き終わったのにしばらく続けてしまったのは、輝夜には内緒にしておこうとイナバはちょっとだけドキドキしながら考えた。もっともそんなイナバの内心など、輝夜にはお見通しではあるのだけれど。

「ありがとう、イナバ。下がっていいわ」
「は、はい。それでは失礼いたします、姫様っ」

 うきうきと輝夜の寝所をあとにするイナバを見送って、輝夜はしばし考えた。
 輝夜の日常は暇で出来ている。
 永琳などは新薬の調合や月のイナバへの教授など、一応することがあるが、輝夜は何も無い。食う寝る遊ぶ以外することがないのだ。
 退屈である。死にたくなるくらい退屈なのだ。寝ているのが一番手っ取り早い時間潰しなのだが、流石に月の民とは言え妖怪よりは人間寄りの存在、冬眠など出来るはずも無く連続で寝続けられるのはせいぜい二日が限度。適当に遊びを見つけて暇を潰さねば。
 さてまずは食事。それから永琳と歌でも詠むか、それとも久しぶりにイナバ達を集めて双六にでも興じるか。

「……と、なにはともあれ天気かしら」

 自分の天気予報は中っただろうか。それを確認する為に輝夜は庭に面した廊下まで歩く。
 途中何匹かのイナバと出会い、丁寧な礼に輝夜はにこにこと笑顔で手を振り返した。

「……あら」

 中庭に面した廊下に繋がる角の直前で、輝夜は小首を傾げる。
 明るい。
 これほど明るいと言うことは、

「……残念。外れてしまったわね」

 予想通り、中庭から見える空は青く、雲ひとつ無い。晩夏ながら強い陽射しがじりじりと大地を照らしていた。
 残念だがご飯は少なめにしよう。誰と取り交わした決まりではないが、予想が外れたのだから何らかの罰があってしかるべきだ。そのかわり予想が中った時にはちゃんとご褒美を用意する、具体的にはおかずをちょっと増やすとか。
 食に拘りがあるわけではないが、手っ取り早く変化させることが出来るのはそれくらいなので、予報に対する罰とご褒美は食事の内容をほんの僅かばかり変更することだった。

「あれ、姫様? おはようございます」

 ぼうっと庭を眺めていると、声をかけられた。そちらの方へ目をやれば、他のイナバ達とは幾分異なった服装――ブレザー姿――のイナバが立っている。
 永琳唯一の弟子、月兎の鈴仙・優曇華院・イナバだ。

「おはよう、イナバ。今日は晴れね」
「はい。いい天気が続きます」

 ふと見れば彼女の手には筍が積まれた笊があった。輝夜の視線に気づいたのか、

「これですか? 師匠の申しつけでさっき掘ってきたものです。晩ご飯は筍ご飯だとか」
「あら。それはついてないわね」

 予報が外れてご飯を減らす日に限って筍ご飯とは。
 なにがついていないのだろうと疑問符を浮かべる鈴仙になんでもない、という風に微笑みかけて、

「永琳の所に行くのなら、一緒に行きましょうか」
「あ、はい。喜んで」

 主従関係である輝夜と永琳、師弟関係である永琳と鈴仙。永琳を間に挟んで一応関係図が繋がる輝夜と鈴仙だが、実はあまり接点が無い。
 確かに永琳の弟子、月の兎という特徴はあるものの、それは輝夜にとっての特別足り得る理由にはならず、所詮大勢いるイナバの中で毛色の違った一匹、程度の認識だ。
 対して鈴仙だが、師匠の主であり、保護してくれた相手、さらには月の姫であった輝夜は、雲上の人物に近い。こうして気さくに接してはもらえるが、それはその他大勢のイナバと同じであり、積極的に輝夜と交流しよう、という気にはならなかった。勿論十分すぎるほどに恩義は感じているし、敬意も払っているのは言うまでも無い。
 なんでも永琳は私室ではなく、朝から厨房にいる、とのことなので、揃って厨房へと入る。

「師匠、筍を持ってきました」
「お帰り、ウドンゲ。ご苦労だったわね……あら、姫。おはようございます……珍しいですね、ウドンゲと一緒なんて」
「おはよう、永琳」

 輝夜の挨拶を聞きながら、永琳は鈴仙から筍を受け取ると、手早く下拵えをして鍋へと投入する。

「あら、夕餉には随分時間があるけれど、もう茹でてしまうの?」
「はい。筍は、『掘りはじめたら湯を沸かしておけ』というくらい、手早く下茹ですることが大事なんです」

 輝夜の疑問に、永琳は穏やかに答えた。

「そうなの。そう言えば筍はよく食卓に並ぶけれど、下拵えを見たのはひょっとして始めてかしら」
「そうかもしれませんわね」

 沸騰した鍋に落し蓋を入れ、火を弱める。

「鈴仙、因幡の誰かに……そうね、ひながいいかしら。火の番をするように言ってちょうだい。一時間したら止めるようにと、伝えてね」

 主と違い、永琳は永遠亭に住むイナバ達の名前を全て覚えていた。厨房周りの仕事を任せているイナバの名前を挙げて鈴仙に命じると、鈴仙は元気よく返事をして厨房を出て行く。

「元気ね」
「嬉しいのですよ、きっと」

 数日前のごたごたのおかげで、自分達が住んでいるのが幻想郷であると、輝夜達は知った。閉ざされた空間であるここは、月からの侵入など不可能である。今まで隠れ住んでいたのは月からの迎えから隠れる為だった。それが来られないと知った今、迎えを厭う鈴仙が浮かれるのも無理は無い。

「姫も……嬉しいのでしょう?」
「どうかしらね」

 永琳の微笑みに、やはり微笑みで返す。

「それよりも永琳、お腹が空いたわ。昼餉にしてもらえるかしら」
「はい。畏まりました、姫」

 永琳に命じ、輝夜は厨房を後にする。食事は私室で取るのが常だ。イナバ達などは大部屋で揃って食事にするらしいが、輝夜は私室で永琳と二人で食事を取っていた。稀に招かれた鈴仙、あるいは招きもしないのにやってくるてゐが同席するくらい。本来ならばてゐとて使用人に相当する立場なのだが、その図々しい態度は逆に心地よくもあり、輝夜がにこにこ認めているので永琳も黙認していた。
 私室で歌など考えていると、間も無く永琳が膳を携えてやってきた。
 薬を調合する器用さは料理にも生かされているらしく、見るからに美味しそうな光景が膳の上には広がっている。
 永遠亭はいつも通り平和だった。
 この時点では。







「……んぅ?」

 視界がぼんやりしている。

「……? ?」

 と言うか、世界が直角にずれていた。

「……あら?」

 だが気づいてみれば何と言うことは無い、自分が世界に対して直角――つまり、横になっていただけだ。

「寝てしまっていたのね……うたた寝なんて、久方ぶりだわ」

 午睡などはいつものことだが、うたた寝は確かに珍しい。しかし、はてと輝夜は首を傾げる。
 以前うたた寝した時はてゐが起こしてくれた。不老不死の自分相手に健康に気を遣うとはちゃんちゃらおかしいが、うたた寝などして体調を崩したらどうするのです、と可愛らしいお説教をされたものだ。
 たまたまてゐの目に付かなかった、ということも考えられるが、あの可愛らしい狡猾な少女兎は頻繁に輝夜の側に現れる。ひょっとして、ここ最近だけで考えれば永琳よりも一緒にいる時間が長いかもしれないほどだ。
 そこまで考えて、とりあえず、ということで輝夜は起き上がった。変な姿勢で寝たからか、少し身体がだるい。後で永琳に按摩でもしてもらうか、などと考えていると、

「……あら?」

 聞き慣れない、だがつい最近耳にした音が輝夜の耳に届く。
 聞き慣れないことは聞き慣れないが、しかし聞き間違うはずも無い。この音は、弾幕音だ。

「変ね。この間の連中は通していい、と言っておいたのに」

 首を傾げながら玄関へ行こうとする輝夜の足を、

「姫!」

 背後から響く永琳の声が止めた。
 振り返ればそこには、数日前同様弓矢を携えた永琳の姿がある。

「剣呑ね」

 呑気な輝夜の言葉だが、永琳は硬い表情を崩さず、

「襲撃だそうです。因幡達は先日の人妖騒ぎでそもそも半数が出動不能ですし、ウドンゲが健闘していますけれど、間も無く門まで侵入されるとの報告が。念の為姫はお部屋に……」
「永琳」

 永琳の早口を、輝夜の静かな口調が遮る。
 見れば、輝夜の口元に浮かぶのは僅かな笑み。

「通しなさい」
「え?」
「何が目的かわからないけれど、何か目的があって来たのでしょう? なら、まずはそれを聞いてあげるのも一興よ」
「姫……しかし」
「通しなさい」

 二度目の言葉。語調は強いが、変わらず愉しげだ。

「……わかりました。姫の私室に通せばいいのですね?」
「ええ。どんなのが来るか楽しみ」
「品性下劣なロクでもない連中だと思いますが……」

 嘆息しながら、永琳は弓と矢筒を廊下の柱へと凭せ掛けた。武器持ちで行っても怪しまれるだろう。持たずに行っても怪しまれるかもしれないが。
 どことなく、とぼとぼといった感じで玄関へと向かう永琳とは反対に、輝夜は浮かれた足取りで自室へと戻った。
 襲撃者。なんと衝撃的な言葉だろう。
 月からの使者以外で、この兎以外何もいないような永遠亭を襲う者が出ようとは。しかも数日前の満月隠し騒動の時とは違い、何もしていないと言うのに。
 生まれて初めての出来事に、輝夜はわくわくしていた。
 自室に戻り、御帳台に陣取る。流石に御簾は下げずに、輝夜は永琳と襲撃者とやらを待った。
 待つことしばし。

「……姫。永琳です。お客様をお連れ致しました」

 襖越しに、永琳の明らかに苛々した言葉が届いた。お客様を強調しているのは誰に向けての皮肉なのやら。

「入りなさい」
「……失礼します」

 がらりと扉が開き、途端流れてくる異臭。汗と油と酒、酷い臭いだ。
 だが輝夜は顔をしかめることもなく微笑んだまま、入ってくる者達を眺めていた。

「ほお、これはこれは。こちらもまた、ずいぶんとベッピンさんじゃねぇか」

 永琳につれられ、だが入るなり永琳を押し退けるように前に出たのは二人――否、妖怪であることを考えれば二匹と呼ぶのが相応しい。イナバ達のように完全に人化していない、それどころか発する獣性を考えれば人の部分は二割程度だろう。赤ら顔に、尻尾、毛深い姿から察するに、猿の妖物か。

「こちらの方々は頭領殿と副頭領殿だそうです。他にもいらっしゃいましたが、数が多いので大部屋の方で因幡達に対応させています」

 猿妖達の視界にいないのをいいことに、永琳はかなりのしかめっ面だ。視線が、「どうするのですか、姫」と問うている。

「ご苦労だったわね、永琳。下がっていいわ」
「……畏まりました」

 ここ何十年も変化の無かった永遠亭だけに、輝夜の我侭もそれほどでなかったが、今回のは久々なだけに流石の永琳もそれなりの心労らしい。呆れ気味のため息を吐いて退席した。

「……さて。ようこそ永遠亭に。本日は、どんなご用件で?」

 あくまでもにこやかに、輝夜は問う。
 それに気を良くしたのか、猿妖二匹は馬鹿笑いして、

「なぁに、たいしたことじゃねぇんだ。いきなり俺らの縄張りにあらわれたんだ。相応の出す物ってぇもんがあるだろうよ?」
「そうそう。この近辺をとりしきってるのは俺らなんだ。ここらに住む以上、出す物出してもらわねぇとなぁ」

 一息ごとに異臭が空気を犯す。
 ねちっこい物言いに、輝夜は首を傾げてみせる。

「そう言われても……見ての通り大したものはないの。出す物、と言われても……」

 然程困ったような口振りでもない。それに猿妖達は下品に笑って、

「げははははっ。なーに、ウサギどもを何匹かよこしてくれりゃそれで十分よ」
「ついでに、アンタとさっきのねぇちゃんが俺らをもてなしてくれれば、もっといいな。アンタらも俺らの縄張りの一員として、ちゃぁーんと守ってやるぜ」

 好色そうな視線が輝夜の平坦な胸のあたりを這い回る。女であれば誰でもいいのか。一応主人と言うことで猿妖達も大人しくしているが、時間が経てばどうなることやら。別室で対応しているイナバ達のことも気になる。

「それは困ったわね。もてなす、と言ってもなにをすればいいのかしら」

「そりゃまあ色々よ。まあ、さっきのねぇちゃんの方がもてなされがいがありそうだけどなぁ」
「いや、まったくだぜ」

 顔を見合わせてにやつく猿妖。

「……一つ聞くけれど」

 にこやかに。あくまでも微笑みを絶やさず、輝夜は問いかける。
 この猿妖達に、数日前の人妖の賢明さの百分の一でもあれば、あるいは気づいたかもしれない。己が何を相手にしているのか。

「このまま帰る気はないの?」

「はあ? なに言ってやがる」
「状況がわかってねぇのか、アンタ?」

 わかっていないのは貴方達。
 そんな余分な言葉は紡がずに、

「そう。残念だわ」

 笑顔のまま、五色の閃光が飛んだ。
 長大な牙めいた輝きは、一瞬で輝夜から向かって右の猿妖の四肢の付け根と首に喰らいつく。
 残された方が驚く間もない。次いで迸るは炎の衣。
 目も眩まんばかりの赤が、瞬く刹那に残った猿妖に絡みついた。
 猿妖が閃滅され、焼滅する。
 床に残る僅かな影だけが、猿妖が世界に存在した証だ。輝夜は御帳台から立ち上がり、

「永琳」
「はい、姫」
「ロクでもない連中だったわ」
「だから言ったじゃありませんか」
「そうね。永琳はいつも正しいわ」

 襖越しの会話。永琳から輝夜の表情を見ることは出来ない。
 だが、

「だからね、永琳。他の連中も追い出して……厭きたわ」

 囁くように紡ぐ言葉を聞いて、永琳は輝夜が笑っていると確信した。

「畏まりました……けれど、出来れば次に似たようなことがあるなら、敷地に入れる前にそう命じて欲しいものです」
「あら。だってもう少し愉快なことかと思ったんだもの」

 くすくすと笑う輝夜に嘆息し、永琳は身を翻した。
 そうして、輝夜一人が残される。
 襖を開き、廊下をしばらく歩けば、そこは朝方レイセンと出会った中庭に面した場所。
 日は既に傾き、空は黄昏。
 今日と言う日も、間も無く終わりだ。

「大した暇潰しにもならなかったわねぇ……もっと面白いものが来ないかしら。この前の人妖みたいなのが」

 言って、輝夜はその言葉の間抜けさにくすくす笑った。
 最早引き篭もっている必要はないのだから、自分から赴けばいいのだ。

「ああ、そうね。明日は本当に久しぶりに出かけてみようかしら」

 穏やかに笑う。
 月からの使者を完全に遮断することに成功した輝夜にとって、今や起こることは全て暇潰しに過ぎない。それに誰が巻き込まれ、どうなろうと輝夜は怒りも悲しみもしないだろう。
 ゆったりと、月の姫だった少女は微笑む。
 さて、次はなにをして暇を潰そうかと。
自分の中の輝夜像をSSにしてみました。
なんとなく常に笑顔の印象。

※05/06/29:タイトル変更、文章微修正
ゆーえむ
[email protected]
http://sakura-yuu-m.hp.infoseek.co.jp/
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コメント



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12.50名前が無い程度の能力削除
……怖。
17.70no削除
それでこその輝夜様。完全無欠のプリンセス。
25.70名無し毛玉削除
たぶんこんな感じで過ごしていたんだろうなぁ、と思わされる輝夜ですね。
34.80名前が無い程度の能力削除
これはよい輝夜ですな。アッパレ!
40.70名前が無い程度の能力削除
これはまたカリスマ溢れる姫様ですね。