Coolier - 新生・東方創想話

Be Stupid Dolls War ? 第二話

2005/06/23 09:06:59
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 えてして良くないことが起こるのは夜である。

 血に飢えた魑魅魍魎が跋扈するのも夜なら
よからぬ事を企む不届き者が動き出すのも夜。
それだけではない。
冷え切った大気が、漆黒の闇が、そして妖しく輝く月が
人妖の区別なく襲い掛かり、その心を千々に乱して狂わせる。

 そしてそれはその日とて例外ではなかった。


「……そぼ降る~雨に~濡~れ~ている~♪ お前の背中が~寂しげで~♪」


 月明りしか頼る物の無い暗いけもの道を、暇でスキマで年増な大妖怪、八雲紫が歩く。
緩いウェーブのかかった金色の髪に涼やかな夜風を孕ませ、
そっと目を瞑って至極気持ち良さそうに歌いながら。
踊るように軽やかな足取りで獣道を抜け、また暫し歩を進めて
やがてとある『香霖堂』と書かれた看板のある家の前に立ち止まると、
ついと玄関の引き戸を開けて暖簾をくぐった。


「思わず~抱いて~しまったよ~……っと……どうも今晩は~」


 紫の除いた部屋の中では、ぼんやりとしたランプの灯りに照らされて
下手をすると年齢が二桁に届かないのではないかとも思える幼女がガブガブと酒を飲んでいた。
ある意味で犯罪的な容姿に似合わない豪快な飲みっぷりと絶望的なまでの酒臭さが
その幼女がアルコール中毒症患者である事を如実に物語っている。
この歳からアルコール中毒症を煩っている幼女など、幻想郷広しと言えど一人しかいない。


「……んあ? 珍しい、真ッ正面から挨拶しながら入ってくるなんて。
この分だと明日は台風か地震か大噴火が降ってくるよ」

「萃香こそ、まさかこの店に居るとは思わなかったわ」

「ちょっとね。いい酒器でも置いてないかと思って、暇潰しがてら」

「つまり霊夢に襲い掛かって神社から叩き出されたという意味ね」

「(な、何だこのババア!? 私のストーカーでもしているのか!?)」


 そう、それは萃まる酒、アル中、そして家庭内暴力……ではなく、萃まる夢、幻、そして百鬼夜行。
異常な月の事件が起こる暫し前、颯爽と幻想郷にその身を現した伊吹萃香である。
そして紫の姿に気付くと、引っ掴んでいた瓢箪を口から放し、けらけらと笑いながら
大量の酒を飲んだとは思えない明瞭な口調で言葉を紡ぐ。
しかし紫の口から思いもよらぬ爆弾発言が飛び出したのでいきなり言葉を詰まらせた。


「まあ、そんな理由は別にどうでもいいんだけど……あ、ここ座らせてもらうわね。どっこいしょ」

「……そんな事するから皆にとし……いや、何でもないわ」


 紫のあまりにもセクシャル過ぎる仕草に危うく幻想郷滅亡の引鉄を引きかけた萃香だったが、
すんでの所で自分のやろうとしている事の重大さに気付き、辛うじて惨劇を食い止めた。
ひとりの少女の冷静な判断が幻想郷に生きる沢山の命を救った感動の瞬間である。


「何を言いたいかは大体分かるけど、まあ今回は見逃してあげるわ。
……ところで、萃香……もうすぐあの時間よ、忘れてないでしょうね?」

「もうすぐ? 時間? ……ああ、あいつらの……ま、そうだね」

「予定よりちょっと遅れてるみたいだけど……もしかして気付かれたのかしら?
そうだとしたら大変よねぇ、下手すると今頃は霊夢の所に到着してたりして~」

「ふっ……はは!またそんな心にも無い事を!
まさかあんな雑魚が私達に気付く筈もない!
紫がヘマをしたと言うのならまた話は別だけどね!」


 ちっとも身の入っていない、適当に捏造した御伽噺でも語るかのような
白々しい紫の口調に、思わず鼻で笑ってしまう萃香。
あんな有象無象達に自分の気配が悟られるなどある訳が無い。
それこそ周囲に万全の注意を払う警戒態勢を取られていたのならともかく、
あのような隅っこで固まって夢中に何やら話し合っているような状態では尚更だ。
しかし楽観視する萃香の豪快な笑顔に比べ、紫は軽い口調の割に深刻な表情を浮かべていた。


「で…………どうするの?」


 そして珍しく真面目なその表情を崩さないまま、紫が問いかける。
萃香も普段とは少々様子の違う紫に、けらけらと笑うのを止めて真っ直ぐその目を見据えた。


「どうするって……何を?」

「だから、あの人形達の事。このまま放っておいていいのかしら?」

「ああ……いや、それに何の問題があるの。既に結末は見えてるっていうのに」

「あら、果たしてそうかしら。うかうかしてると足元掬われるわよ、『あの時』みたいに」

「……何が言いたいのよ」


 表情はそのままだが、まるで幼子をからかう様な瞳になって萃香を見つめ返す紫。
その全てを見透かしているような、深い光と闇の混在する瞳に
僅かに空恐ろしいものを感じながら、萃香が怪訝な顔で質問を返す。


「忘れたの?ほら、霊夢に『私を妖怪だと思っている時点で勝負にならない』とか
『鬼の萃まる所に人間も妖怪も居れる物か』なんて言っておいて、でも結局……」

「! あ、あれは……」

「ふふ。蟻の穴から堤も崩れる、とはよく言ったものよね」


 反射的に紫の話を遮ろうとする萃香だが、その指摘は紛れも無い事実なので言葉が続かない。
確かにアレは自分の油断と言うか慢心であり、その結果見事霊夢にぶっ飛ばされた。
半分は言葉遊びの心算だったとは言え、鬼である自分がたかが人間風情に負ける筈がないと思っていた。
しかし結果はあの通り。事実は小説より奇なり、この世は何が起こるか分からない。
豪傑たる鬼がひよわな人間に負けることもある、そしてそれはそのまま今の状況にも言える事なのだ。


「遊んでおいで」

「…………」


 妖しく笑って紫が囁く。
そして何かを考え込んでいるように瓢箪をくりくりと弄繰り回す萃香。
浮かぶ表情は真剣そのもの、先程までの豪気に笑っていた
あけすけな雰囲気が嘘の様な鋭い空気を纏っている。
しばしの沈黙の後、ふんと小さく鼻を鳴らしてすっくと立ち上がり
その姿が一瞬ぼやけたかと思うと、既に次の瞬間には
霧へと散り行く、文字通り霧散するように掻き消えていた。


「さて、と……下ごしらえも終わった事だし、私もちょっと休んだら出かけましょ」


 つい、と目の前の空間をその美しく繊細な紅差し指で真一文字に薙ぐ。
そこに開いた隙間の中に優雅な仕草で手を差し入れると、
何とも趣味のいい造形の、酒で満たされたお猪口が取り出された。


「いい夜ね」


そして窓から覗く満月を眺めつつ、お猪口を薔薇の様に鮮やかな唇に付けたその時である。


「あー……どうでもいいが早く香霖の頭の上からその尻をどけてやれ」


 紫の背後、ランプの光もあまり届かない薄闇の中から響く少女の声。
白黒の二色でコントラストばっちりに決めた衣装に美しい金髪が映え、
その見目麗しい可憐な容姿と、年相応の高い声からはおよそ想像できない乱暴な口調。
自分の事を臆面も無く普通と呼称する何とも面の皮の厚い魔法使い、霧雨魔理沙がそこにいた。
そして何を隠そう、紫が先程どっこいしょと言って腰掛けたのは霖之助の頭だったのである。
あら失礼、と白々しい台詞を吐きつつ、ふわりと床に飛び降りて
自分の自慢の尻攻撃を物ともせず、呑気に眠りこけている霖之助を
僅かに不満そうな、そして多分に疑念の色を湛えた眼差しでしげしげと見つめる。


「でも信じられないわ、私の妖艶さのあまり悟りの境地に達している美尻に耐えるなんて。
前からちょっと思ってたけどもしかしてこの人ってそっちの世界の住人なの?」

「此処のところ肩こりが酷くてかなり疲れてるっみたいだからな、紫の尻でも起きないだろうさ。
って言うか悟りの境地に達してるような奴が寝てる人の頭にケツ乗せる訳ないだろ」

「肩こり? あらあら、それはまた気の毒ねぇ。ちょちょいと治してあげましょうか?」

「どうせ治すだけにとどまらないんだろ。いいから早くそこをどけろよ」


 ただ単に誰かに構って欲しいのか、それとも何か裏の企みがあるのか。
紫が自分のペースに引き込む為の罠を言葉の端々にちょこちょこと挟むが、
魔理沙はいちいち紫の言葉ひとつひとつに取り合うでもなく、
更に読んでいる本から目を離す事も顔を上げる事もなく、ひたすら流す。
まともに相手をしたら霊夢でもない限り紫の思惑に巻き込まれるに決まっている。
君子危うきには近寄らず、真の護身を身に付けたのなら技は不要と言わんばかりの
魔理沙の華麗で豪快なスルーテクニックである。
技は不要ってテクニックは技術っつー意味じゃねーかというツッコミはひとまず何処かに置いておく。


「つれないわね。いいわよ、もう帰るから」

「そもそも帰らないでくれなんて言った覚えはないぜ」

「いけずー」


 徹底的にシカトぶっこいたのが功を奏したのか、相手をして貰えないと分かった紫が
つまらなそうに捨て台詞を吐きつつ、どこからともなく現れたスキマへと消える。
そしてそれを待っていたように、机に突っ伏して眠っていた霖之助が目を覚ました。


「ん……ああ、お早う……魔理沙」

「おぅ、ようやく起きたか」

「……何やら自分が孫悟空になっている夢を見たのだが……まあいいか。
ところで魔理沙、僕が寝ている間に誰か尋ねてきたりしなかったかい?」

「いや全然。それより香霖、約束どおり店番しててやったんだからこの米は貰ってくぜ。
アイツこの間ももう明日食う米もそれを手に入れる術も無いって言ってたからな。
ここで私がまるで純白の宝石の如き米を担いで颯爽と姿を現したらさあ大変。
まったくその先に待ち受ける百合色の未来を想像するだけで溢れる涎が止まらないぜゲヘヘ」


 自分が涎ではなく鼻血を垂れ流している事に気付かず、更に口でも鼻でもなく目尻を拭う魔理沙。
そしてその恋に恋する美しい乙女の純情可憐な桃色吐息を目の当たりにして複雑な思いを抱く霖之助。
そりゃ誰でも幼い頃から知っている女の子が、何時の間にか口に出すのも憚られる妄想に浸って
鼻血をドバドバとぶちまける様な変態にトランスフォームしていたとなれば哀しむなと言うのが無理な話だ。


「……余計なお世話だとは思うが……よくもまあ続くものだね。
霊夢の台詞じゃないが、『報われない努力』というものも
この世の中には確実に存在すると言うのに」

「本当に余計なお世話だぜ。長い事一緒に居ると他に考える事も無くなってくるんだよ。
肉体年齢と精神年齢が共に一ケタレヴェルの幼女にしか興味の無い香霖には
分からない話かもしれないが」

「……一体僕の何処をどう見たらそういう認識になるんだ」

「胸に手を当ててよく考えてみろ。ざっと挙げても霊夢に私に咲夜に妖夢に紫。
これだけの美少女連中とお近づきになれてるっていうのにさして気に止める様子もない。
まあ、あくまでも状況証拠に過ぎないが……裏付けとしてはこれだけで十分すぎるぜ。
この面子に靡かない奴なんて超弩級のペドフィリア、もしくはアレに決まってるじゃないか」

「それは……」


流石にロリコンはまだしもアレの疑惑をかけられるのは存外なので、
すかさず突っ込もうとした霖之助も思わず言葉を失ってしまうほどの
迷いや疑念など芥子粒ほども無いいい笑顔で清々しく言い切る魔理沙。


「……いや、もういい。しかしこんな時間までここに居るとは珍しいな。
まあ、僕が寝ている間店を見ていてくれると言うから、そのお言葉に甘えて
休ませてもらったんだが……もしかして迷惑をかけてしまったかな」


 これ以上この話題について議論を交していると
またろくでもない疑惑をかけられると踏み、素早く話を逸らす。
普段なら適当に「ああ」とか「そうかもな」とか言って流してもいいのだが
この状況において僅かでも肯定の意味合いが含まれる単語を発すると
一生を棒に振りかねないと判断した霖之助のファインプレーである。


「んにゃ、気にするな。これは半分ただの暇潰しだぜ」

「暇潰し? だったら霊夢の所にでも行けばいいじゃないか。
今ちょうどあの子が幻想郷に居ないんだろう?ほら、あの人形を連れた……」

「ああ、アリスの事か。そうだよ、だから私自らわざわざこんな所に来てやったんだぜ。
迂闊に紅魔館に行くとパチェとフランの戦争が勃発するってのもあるが
まあこれは香霖には関係の無い話だな」

「いや……それは有体に言えば魔理沙にとってチャンスなんじゃないのか?
このような言い方は何だが、立ち塞がる障害がひとつ取り除かれたわけなんだから」

「何をピンボケした事言ってやがる、私は泣く子も黙る恋の魔砲使いだぜ?
その私がアリスが居ない隙に霊夢を掻っ攫うだなんて、小賢しいマネをするもんか。
邪魔する奴はかかって来やがれ、その耳鼻目口髪の毛一本塵も残さぬ、だぜ」


 針でつついたらそのまま貫通するんじゃないかと思わず不安になる程
薄っぺらで貧相な己の胸板をぽんと叩き、誇らしげな表情を浮かべる魔理沙。
その恋の魔砲使いとしての矜持と誇りに満ち満ちた台詞を聞き、
そこまで考える脳味噌があってどうして自分の変態行為を悔い改めようとしないのかな、と
霖之助がしみじみと感慨に浸った事は言うまでもない。


「でも本当は霊夢に三日間出入り禁止を喰らってるのよね。確か罪状はサラシ十本強奪だったかしら」

「なっ! な、何でそれをッ! って言うかお前帰ったんじゃなかったのかッ!?」


 突如背後から聞こえてきた紫の衝撃発言に慌てて振り返る魔理沙だったが、
もはや次の瞬間には紫どころかいつも腰掛けているスキマの影も形もなくなっていた。
ストーカーとはこうやるのだと声高に語っているかのような、髪の毛一本残さぬ見事な消えっぷりである。
そして逃げやがったなあのババアと小さく舌打ちをしながら魔理沙が振り返った先にあったものは
肩を押さえて首を廻しながら、痛みに眉を歪ませている霖之助の姿だった。


「あまり大きな声を出さないでくれ、肩に響く……」

「……あ、悪い。しかしなんだ、随分と酷いみたいだな、その肩こりって奴は。
まあ、店番を私に頼んで寝てるくらいだから相当キツいってのは想像つくが」

「ああ、この間……ほら、あそこの棚に木箱が乗っているだろ。
あれが落ちそうになったんで慌てて受け止めたんだが……恐らくその時に痛めたんだろう」


 霖之助がそう言いながら指を差した先にあったものは、
レミリアやフラン辺りなら二人くらいすっぽりと収まってしまいそうな大きな木箱。
中身が何かにもよるだろうが、この大きさなら箱だけでも相当重量があるだろう。
ちなみに実際その中身に入っているのは全部鉄で出来たフンドシだと言うのは
あの八雲紫すらも知り得ない衝撃にして驚愕の事実である。


「……おい、私が思うにそれは肩こりじゃないぜ。最悪、骨が折れたか外れたか……」

「……確かに、そう言われると……うっ……痛た、参ったなぁ。
……魔理沙、痛み止めの薬か何か持ってないか?」

「待て待て、無い事もないが薬なんて不自然なものに頼るのは良くない。
香霖と私の仲だ、薬なんかよりよりもっといい治療法を紹介してやるぜ」

「いい方法? 魔理沙の怪しい魔法の実験台にされる様な事は御免だぞ」

「あー、じゃあ次からそうするか。いや、魔法でも薬でもなくてだな、実は……」


 ……思えば、惨劇の撃鉄はこの時に起こされていたのかもしれない。
ただ純粋な、至極真っ直ぐな親切心から為された魔理沙の行動。
しかし魔理沙は己の善意が如何ほどの惨劇が引き起こす事になるのか、
この時はまだその欠片する知る由も無かった……。



・ ・ ・


 ところ変わって魔法の森、その何処かにぽつんと佇むアリスの家。
鬱蒼としてどうにも陰気くさい場の雰囲気とは対照的に、
家の中から漏れる灯りと人形達の声は実に明るく楽しく、そしてどこか儚げで厭世的だった。
それは言わば諦めに伴う開き直り、どうせ死ぬならパッと散ってやれ的な
一時の気の迷い、あるいは死に物狂いのやけくそ感の醸し出す明るい絶望。
プラスとマイナスの感情が混ざり合い融け合う、ある意味ではカオスの顕現であった。


「パリジェーン(すみません、そちらにクロム4対エメラルド6の組成の義眼はありませんか?
今の純正ラピスラズリ100%使用の義眼だと、目標を視界内に入れてから
三次元的捕捉(ロックオン)が完了するまでの時間が長すぎまして……)」

「ブブヅケー(ロックオンが遅い? ほんならアレ、圧縮ガラスの奴でええんちゃう?)」

「パリジェーン(いえ、それだと今度は屈折率が高すぎて捕捉精度が下がりますので)」

「チベターイ(……あ、あの……それなら内部魔力管制術式の
第三から第七回路までのコネクト方式をすべて並列から直列に変更して、
眼窩部の視覚情報処理装置と義眼の接続ライン数を半分にすれば、そ、その……
……し、視野は85%まで狭まりますが捕捉速度は劇的に跳ね上がりますよ……?)」

「ォルレアーン(うーん、こっちの球形力導体使用型の腕は軽くて動きも滑らかっスけど
その分この二連ジョイント方式の腕に比べるとぶっ壊れ易いんスよねぇ……迷うっス~)」

「ビックベーン(ヒャッハァ! ァハ! は、はまらない! はまらないのぉ! 左のくるぶし絶望的にはまらないよぉ!
の、の、ノー! ガッデム! ユアファーザー! 悪のヒーローハイマウンテン現る! 雑魚は引っ込んでろし!
は、はふん! 取れちゃう! 取れちゃうよぉ! やぁ! やめてぇ! くるぶしやめてぇ! センタリングやめてぇ!
センタリング! センタリングぅ! れ、レイニーランドザックゥ! しかし70%はすでに狂ってるってなめとんかボケぇ!
大体さっきから武家諸法度武家諸法度うるさいって言ってるだろこのブケショハッターがぁ!!)」

「ちゅりーぷー(えーと、おやつはこのくさやあじちょこと
くさやあじくっきーとくさやあじとかげのひものと……えへへ、たのしみー)」

「ハラッショ(チ……準備も片付けも仕事の内だっつーのにまた今更になってダラダラとッ……!
既に出撃予定を四半刻も過ぎちゃってるじゃないのよッ……ッたく……ぶつぶつ……ぶつぶつ……)」

「ホラーイ(フフ……見ちゃおれん、まるで生娘同士のお別れだな……おや?)」

「シャンハーイ(ああ……うう……わ、私は何であんな事を……よりにもよってあんな痴態を……
ま、マスター……ごめんなさい……私では皆を止める事が出来ませんでした……うう、ごめんなさい……)」


 いわくつきドールズ一世一代の大仕事に際して、いそいそとおめかしをして荷物をまとめ
キャッキャと楽しそうにはしゃぐ他の六体の人形達を舐め回すようにいやらしく見つめ、
ほう、と熱っぽい溜息を付く蓬莱人形。
そして戸棚の隅で頭を抱えて慙愧とも懺悔ともつかない独り言をつらつらと垂れ流しす上海人形に気付くと、
さりげなく近寄って俯いた顔を覗き込みながら、馴れ馴れしくその細い肩を抱いた。


「ホラーイ(どうした上海人形、こんな所でひとり遊びに興じなくても後で私がちゃんと鎮めてやるぞ)

「シャンハーイ(ち、違うよ! どこをどう見たらこれがひとり遊びに見えるんだよ!)」

「ホラーイ(いや、分かってるさ。ようするに昨日のアレを悔やんでいるのだろう?
しかし今に始まった事ではないが、アンタは実に往生際が悪いな。
過程はどうあれアンタが昨夜確かに参加の表明をしたのはここにいる全員が聞いている。
これは厳然として揺ぎ無い歴史的事実であり梃子でも動かぬアンタの運命なんだよ)」

「シャンハーイ(あ、あれは……その……うう……)」


 あの時はちょっと精神が錯乱してただけだ、言いかけた上海人形だったが
よくよく考えてみれば確かに蓬莱人形の言うとおり、自分が参加の意思を表したのは
まったくもって紛れも無い、それこそ歴史的で客観的な事実だ。
まさか今更言い逃れなど出来よう筈も無い。
これが蓬莱人形や京人形だったら訳の分からない論理や適当な理屈を並べ立てて
相手を煙に撒く事も出来そうなものだが、あいにく真面目すぎるほど真面目な上海人形では
到底そのような芸当が出来るはずも無かった。


「ホラーイ(フ、じっくりと焦らすのもいいが、程々にしておかないと流石に相手も乾いてしまうぞ?
……さて、そろそろ良いだろう。おーい、皆集まれー。いってみよーやってみよー)」

「ちゅりーぷ(はぁい)」

「ォルレアーン(うっす!)」


 痛いところを突かれてあっさりと引き下がらざるを得なくなった上海人形が
何やらもごもごと口ごもる様子を心底愛おしそうに眺めてから
楽しそうにおめかしをしている他の七体を呼びつける蓬莱人形。
そして和蘭人形の背負ったリュックから何故かくさやの匂いが漂ってくるのを
まったく気にもとめずに語り始める。


「ホラーイ(作戦は確りと記憶回路に刻みこんだな?一応復習をしておくぞ)」


 何も知らない少女の寝込みを襲って不気味な薬ぶっかけて帰ってくるという鬼畜極まりない計画。
蓬莱人形の口から、思わず耳を覆いたくなるような下品な言葉の羅列がつらつらと垂れ流される。
そしてそれに芥子粒程の疑問も抱いていないどころか嬉々としてはしゃいでいる他の人形達を見て
上海人形が「いっそ今ここで自爆してこいつら道連れに死のうか」とまで考えた事は言うまでも無い。


「ホラーイ(……ああ、それと一応言っておくがこれは惚れ薬の類ではない。
そもそもあの巫女には精神的な束縛は全くの無意味だからな、
これはただ単に神経を刺激して例の感覚を鋭敏にする薬だ。
だからまかり間違えて体にかかったりすると大変なことになるから気をつけろ。
まあ上海人形にかかる分には私的にオイシイから構わないのだが)」

「シャンハーイ(いや、構うよ! 怖いよ! 私何されるんだよ!)」

「ホラーイ(まるで葡萄の蔓にもずくをまぶして頭に乗せ
そのまま海亀の卵を捻り潰したような華やかさだな)」

「シャンハーイ(流すなよ!)」


 上海人形のツッコミはいつもの如くあっさりと流された。
こうなるともう手の施し様が無い、無理が通れば道理が引っ込むのだ。
しかもこの状態で下手に突っ込むと蓬莱人形が究極の流し屋モードに移行し
「ああ」か「そうだな」としか言わなくなるので迂闊に動けない。
自分の無力さに思わず歯噛みする上海人形。


「ホラーイ(よし! 目指すは博麗神社だ! 失敗は許されない!
すべては我等がマスターの為に! さあ、準備はいいか諸君!!)」

「「「「「「(応ッッッッッッ!!)」」」」」」

「シャンハーイ(……おー……)」


 勇ましく鬨の声をあげる人形達の煮え滾った瞳を目の当たりにするに至って
とうとう上海人形も事態の収拾をつける事を諦めてしまったらしい。
そしてこの変態どもの狂気に押し流されてしまった自分を恥じるも
そんなものは何の免罪符にも、それどころか何の慰めにもならない。
もはや今の自分にはこの下品すぎる愚行に加担するしか選択肢はないのだ。
そのあまりにもあまりな現実にこっそりと感動の涙を流す上海人形。


「かすかべ防え……いや、いわくつきドールズ、ファイヤ────!!」

「「「「「「(ファイヤ────!!)」」」」」」


 蓬莱人形が勇ましく叫び、上海人形以外の六体が
拳を勢い良く天高く突き上げた、その次の瞬間。



ぶつり



「シャンハーイ(…………ぶつり?)」

「「「「「「「(…………。)」」」」」」」



 何かが千切れたような音がして、あれほど舞い上がっていたいわくつきドールズが
まるで別人の様に押し黙り、ある者はふるふると震えある者はわたわたと狼狽し
先程までの勇壮で豪快な姿は影も形も無く霧散してしまった。
突然の事態に上海人形が怪訝な顔をするが、何故か皆気まずそうにして
目を合わせようとしない。


……そして、しばしの沈黙の後。


「ホラーイ(……すまん、リボンが解けた。替えを取ってこなければな)」

「ちゅりーぷー(あれ?りゅっくのかたひもがきれちゃった、おやついれすぎたのかなー)」

「ブブヅケー(……あや、ちょっと鼻緒が)」

「チベターイ(あ、あわわ……め、眼鏡のフレームが謎の圧力により唐突に折れて……)」

「ハラッショ(……ぁぁ……あんたらがチンタラやってっから擬似血管がキレちゃったじゃないのッッ……!)」

「パリジェーン(あら、まあ……私とした事が……義眼の交換ばかりに気を取られて
接続部の擬似神経を取り替えるのを忘れてましたわ、焼き切れてしまったみたいです)」

「ビックベーン(たれずはしぶるく)」

「シャンハーイ(幸先悪────────ッ!!)


 この瞬間、こりゃ絶対碌でもない事が起きる、
やっぱり自爆してでも止めるべきだったか、と
上海人形の胸に押さえきれない後悔の念が渦巻いた事は言うまでも無い。
ちなみにこの時家の外には何故か大量の黒猫が集り
屋根にはおびただしい数のカラスが止まっていたのだが
今回の事態との関連性はまったくの不明である。

 そしてその上海人形の「嫌な予感」を裏付けるように、
部屋の片隅に置かれた妖しげな箱が、カタカタと不気味な音を立てて蠢いていた……。


・ ・ ・


「ちゅりーぷー(……あ、そうだ。ねぇみんな、あのひとよばなくてよかったの?
みんなでおでかけなのに、ひとりだけなかまはずれなんてかわいそうだからだめだよー)

「ホラーイ(フフ……その考え方も賛成できるが……切り札は最後まで取っておくものだろう?)」

「ちゅりーぷー(きりふ…………ど、どういういみ?)」

「ビックベーン(ハ! 早い話が命題的相対性理論第三十一項の矛盾点の考察、
及び特殊基軸元素の112319周期における放射性遷移の研究を基礎とした
サンクティ・ソリス学派の考えを応用した完全数の云々の問題だろう? そうだと言って!?)」

「ちゅりーぷー(そーなの?)」

「ビックベーン(私がそんなレゾンデートル行方不明な事言うわけナッシンだろッッ!!)」


 魔法の森の奥深くで、八つの光が小さく煌いた。
想定外のハプニングの所為で少々出発が遅れたが、何はともあれ
準備を万端に整えて意気揚々と出発したいわくつきドールズである。
しかしその勇ましく張り詰めた緊張感はすぐに薄れ、今となっては
散歩やハイキングの様な気楽な風情さえ漂う有様だった。
かと言って彼女達の心構えが真剣ではないという事ではない。
その原因は別のところにあった。


「ォルレアーン(……それにしても珍しいっスねぇ、この時間に外出ると
普段は妖怪の一匹や二匹と鉢合わせしてもおかしくないんスけど……
姿が見えないどころか気配すらしないっス)」

「ブブヅケー(快適でええやーん(はぁと)」

「パリジェーン(でも……わたくし少々拍子抜けいたしましたわ。
何か大きい事を為そうとする際にはそれなりの艱難辛苦を伴うのが常なのですが……
これがまた中々どうして、実に僥倖といいますか、気が抜けるといいますか……)」


 そう、夜遅くということもあり、万が一強力な妖怪に見つかったら予定が狂うので
その危険を避ける為に低空をゆっくりと飛行しているのだが、
何故か今日に限って凶悪な妖怪どころかか弱い小動物一匹目に付かない。
物事が上手く行き過ぎると逆に何かあるのかと疑って不安になるような
殊勝な神経の持ち主はせいぜい上海人形一体だけというのも、気の緩みに拍車をかけていた。


「シャンハーイ(……いや……しかし……待ってくれ皆、ちょっと気付いたんだが……
もしかして、私達は意図的に避けられているんじゃないのか?
いくらなんでもこの時分にこの大所帯でこの編隊飛行、
普通に考えれば誰かしらに見つからない方がおかしい筈だろう?)」

「ハラッショ(……ぁによ……避けられてんなら別に問題ないじゃないのッ……
いちいちそんな語るまでも無い瑣末事をウダウダと……鼓膜と声帯の無駄ッ!)」

「シャンハーイ(そ、それはそうなんだが……)」


 思わず言葉に詰まる上海人形。
確かに京人形や露西亜人形の言うとおりである。
理由はどうあれ、障害のほうからこちらを避けてくれているなら何の問題も無いのだ。
しかし、上海人形は己の中に渦巻く不安をどうしても払拭する事が出来なかった。
……自分達はあくまで血の通わない無機質の塊なので「場の空気」や「雰囲気」という概念には疎いが、
もしも自分たちが人間や妖怪だったら「妖しい雰囲気」と表するであろう、言うなればこれは違和感。
何か、それこそ空気の様な靄のようなものに自分たちが包まれてしまったかのような、
五里に広がる妖霧の中に迷い込んでしまったような、言い知れぬ違和感。


「ホラーイ(ふむ……では少々スピードを上げるか…………ん?)」


そしてその「違和感」に気付いたのか、先陣を切って飛んでいた蓬莱人形が突如静止した。



「ホラーイ(……これは………………全機、ストップ!)」

「ちゅりーぷー(? きゅうにどうしたの、ほうらいおねぇちゃん? かわやにいきたくなったの?)」

「ホラーイ(ハハ、それも悪くないが……まあ、今は別の問題が発生しているからな。
全機、目視を切って魔力波動の探知回路を全開にしてみるといい。
……ここら一体の空間が何やら靄の様なものに侵食されている)」

「ハラッショ(……は?)」


 無邪気な顔で聞いてくる和蘭人形ににっこりと笑いかけながらも
纏う空気は真剣そのものの蓬莱人形が素早く全員に指示を出す。
すると、全擬似神経をそちらに向けて何とか感知できる程度だった靄の様なものが
まるでいわくつきドールズにその存在を見破られて開き直ったかのように
じわじわとその密度と濃度を増していき、やがて靄というよりは霧の様な状態に変化した。


「ォルレアーン(これは……靄……いや、違う……どっちかって言うと……霧っスかね?)」

「チベターイ(も、もしかして毒ガスの類じゃ……あ、ああ、私もうダメ……
ま……マスター、貴方を置いて先立つ不幸をお許し下さい……)」

「ホラーイ(落ち着け! 恐らく妖気か何かの類だろうが直接の害は無い!
万が一何者かによる目くらましだとしたら感知不能は向うも同じ!
……西蔵人形! 波動関数ゼロ除算式解析システムを展開!
直ちにこの霧の組成を分析して発生源及びその系統を調べろ!!)」


 素早く現在の状況を把握して的確な指示を下す蓬莱人形。
そこにはもはや先程までの頭のおかしい変態人形の面影は跡形も無く、
幾多の闘いを勝ち抜いた変態戦場支配者とでも言うべき勇者の姿が在った。
どちらにしても変態という冠詞が付くあたりが実にチャーミングである。


「チベターイ(は、はい……よ、妖怪ではありませんし、魔法とも違います……
わ、私の擬似記憶蓄積回路には該当するデータがありません……。
そ、それと……き、霧の展開されている範囲は460から540かと……)」

「ォルレアーン(西蔵さんが知らないってことは……これ、妖怪でも人間でも無いって事っスよね?)」

「ブブヅケー(そーどすなぁ……いや、確かに妖気の類ではあるんやけど……何かこう、異質な……)」

「ちゅりーぷー(う、うん……なんだかちょっと……うーん、しんかんかく?えくすたしー?)」


 いわくつきドールズ一の頭脳と知識を持ち、独自の第七世代厭世ロジックを操る
『必殺アルゴリズマー』西蔵人形ですらその正体を特定し得ない不気味な、
さらに思考の幼い和蘭人形にも分かるほどの異質さと危うさを孕んだ「妖」しい「気」。
ようやく事の重大さを理解した他の人形達の表情が変わる。


「ホラーイ(そうか……よし、全機に通達! 霧に紛れて各個撃破される恐れがある!
直ちに密集し然る後第三世代防禦円陣を執れ! くれぐれも死角を作るなよ!
一応言っておくが上海人形のスカートの中は私の指定席なんでくれぐれも頼むぞ!
……おいおい、誰も何も言ってくれないというのか? 私が浮いたキャラに見えてしまうではないか)」

「シャンハーイ(今そんな状況じゃないだろ! 第一浮くってそれもう手遅れだよ! 不沈船だよ!)」


 皆の緊張をほぐそうという親切心による試みを見事に失敗させつつ、蓬莱人形が号令を発し
それに従って他の面子が一分の隙も無い必殺の防禦円陣を構成する。


 そして、その膠着状態のまま永い時間が過ぎた。


「ビックベーン(うぅぅぅう……あぁぁあ……ど、ど、何処に……何処に……何処から……何処に……ッ!?
早く……早く早く……早く早く早く……親でも見分けの付かない様なツラに整形してやるから……
うず……うずうず……うずうずうずうず……はッ! こ、これはもしかしてもしかするともしもし亀よ模試も顰めよ!
くすん! 一旦火の付いた女をこんなに焦らすなんていじわる! い、いじわる! バオッッ! ピッシャアアアア!!)」

「ちゅりーぷー(ふぁ~~……むにゃむにゃ……ねえ、しゃんはいおねぇちゃん、まだうごいちゃだめなのぉ……?)」

「シャンハーイ(う、うん……もう少しだけ我慢しててね、和蘭ちゃん……)」


 キョトキョトと忙しなく周囲を窺いながら脈絡の無いオノマトベを口走る倫敦人形と
ちっとも動き出さない状況に退屈になってあくびをしている和蘭人形。
そしてこの二体に限らず、ある者は飽きてある者は苛立ちと言ったふうに
僅かながらチームワークに綻びが見えてきた。
整然と固められた防禦円陣には一糸の乱れも見られないが、
メンタル面の問題についてはそう簡単な話ではない。
そもそもどいつもこいつもじっくり待つとか隙をうかがうとか
そういう控えめな行動の苦手な自己主張の激しい面子ばかりなのが不味かった。


「ホラーイ(……妖気が動いたな……恐らくもう少しでこの霧が晴れる! 生体反応感知システムを切って
義眼で捕らえられる範囲の有視界に集中するんだ! 西蔵人形は魔力波動探知回路全開!
敵の位置を確認と共に全機に位置情報を伝えろ! 気を抜くなよ! 鼻毛も抜くなよ! 耳毛も抜くなよ!)」


 そして、停滞していた戦況にようやく小さな波紋が広がった。
この機を逃すまいと素早く、そして精神的な緊張の緩和を狙って
ちょっぴりお茶目なジョークも交えつつ蓬莱人形が皆に声をかけたが
状況が状況なので今回は流石に上海人形もツッコまなかった。
何とも気まずい空気と、ぴんと張り詰めた緊張感の混ざり合った
実に居心地の悪い空間が耳の痛いほどの沈黙に支配される。


「チベターイ(ッッ! は、反応感知……ッ! 方角は丑、距離は……こ、これはっ!?
そ、そんな馬鹿な! き、距離120ッッ! 120ですッッ! 目標はなおも接近中!)」

「ホラーイ(何ィ!!)」


 その静寂を切り裂いたのは、驚愕と衝撃に彩られた西蔵人形の叫びだった。
てっきり敵は霧に紛れてこちらを一網打尽にしようと狙っているものと
想定していた蓬莱人形が、珍しく驚愕の表情を浮かべて叫ぶ。
こんな視界の悪い中をただ一直線にツッコんで来る等無策もいいところだ。
そしてそれが予想外の自体だったのは他の面子も同じらしく、
あまりにも唐突な事態の変化について行けずに狼狽している。


「ブブヅケー(う、丑の方角ってそれうちの見張っとる方やないのぉ!
いや、だって何処にも誰も影も形も……今だってほら、虫一匹も……!)」

「ォルレアーン(それより距離120ってそれもう目と鼻の先じゃないっスかぁ!?
この水も漏らさぬ防禦円陣の間隙を縫うなんて何かの間違いっスよぉ!)」

「ホラーイ(狼狽するな! 有利なのは密集して一斉射撃の出来る私達だ!
この距離ならば相手にも被害が及ぶだろうから広範囲無差別攻撃を受ける心配はない!
更に突撃してきたという事は有効な射撃攻撃の手段を持っていないという事の証明にもなる!
簡単な事だ、目の前の敵を壊せばいい!!)」


 そうは言いつつも、蓬莱人形とて内心では僅かにうろたえていた。
ただツッコんで来るだけ、とは言ってもそこにどんな仕掛けがあるか分からない。
迎撃した瞬間大爆発を起こすようなブービートラップかもしれないし、
だからと言ってこちら目掛けて突撃してくるのを黙って待っている訳には行かない。
そして一度こちらの陣形を崩されたら最後、後は各個撃破されておしまいという最悪のシナリオが待っている。
簡単な事だ、とは言いつつも他にとるべき道が無いのもまた事実であった。
そうこうしている間にも、目標の反応は猛スピードで接近してくる。


「チベターイ(き、距離80……60……よ、40! ほ、蓬莱さん!早くご判断を!)」

「ホラーイ(オープンファイア(撃て)!!)」


 瞬間、色とりどりの殺意の嵐が壮大なオーケストラを奏でる。
熱量光量質量、およそ破壊に繋がるありとあらゆる概念を詰め込んだ奔流が
辺りに漂う霧だけではなく、その先の木々や大気までもを焼き払い薙ぎ倒す。
そして圧倒的な破壊の大爆流が去った後に残ったのは、ぺんぺん草一本残っていない
無残な焼け野が原と化した魔法の森の姿だった。


「チベターイ(……も、目標の魔力反応、25で消滅(ロスト)……探知回路から完全に消えました……)」

「パリジェーン(あれだけの多彩な攻撃を放ったのです、手応えはありましたわ)」

「シャンハーイ(あ、ああ……ご、ごめんなさい、何処かの何方か……)」


 あれだけ多様な弾幕を放てば恐らく髪の毛一本すら残るまい。
そんなスプラッタ極まりない結末を己の手で作り出したというのに
少しでもそれを後悔しているのが上海人形一人だけという辺りに
闘いを繰り返す人類の愚かさとか極限状態に置かれた人間の恐ろしさとか
そんな感じの何かが投影されているような気がしないでもないがこの際深くは追求しない。
何はともあれ、ほっと全員の肩の力が抜けた、まさにその瞬間。


「チベターイ(ッッ!? ま、まだです! 子の方角に反応を感知!
目標は未だ健在、い……生きています!距離…………ご、5ッッッッ!?)」


 安心に水を差すどころか尻に座薬を刺すように、西蔵人形の口から衝撃的な言葉が放たれた。
上海人形にとってはある意味朗報だったが、全体的に見ればのっぴきならない危機的状況である。
完璧に抹消した筈の標的が今だ健在で、その上この超至近距離まで接近を許しているのだ。
相手が相手なら次の瞬間には皆纏めて綺麗さっぱり消し飛ばされていてもおかしくない。
いわくつきドールズの間に、信じられないといった驚愕と衝撃が電撃の様に走る。


「ブブヅケー(な、なんちゅーミステリイ……どないしてあの弾幕を切り抜けたんやろ……?)」

「ビックベーン(だからこそ亀甲縛りだって! 亀甲縛りに決まってるって! 決まってるって!
待ってるって! パパ待ってるって! は、放して! 行かせて! ぱ、パパが待ってるのよぉ!
し、寝具にべっとりびっしりこびり付いた誓いの証をもみ消そうとして待ってるのよぉ! チャモォ!)」

「ホラーイ(チッ! マザーファッカー(くそったれが)! 上海人形!
スペクトルミステリー用意! 援護をしろ! 私が吶喊して仕留める!)」

「パリジェーン(……お、お待ち下さい皆様! 霧が……動きました! ある一点を中心に集まっています!)」

「ハラッショ(こ、このッ……ああ、もう! 得体が知れない気持ちが悪いッ!)」


 数分前までの待ちぼうけの風情はどこへやら、まさに風雲急を告げる事態となった。
仏蘭西人形の言葉どおり、もやもやと周囲に漂っていた霧が
突如生き物の様にざわざわと蠢いて、とある一箇所を中心に萃まり始めた。
そしてこの危機的状況には全くといっていいほどそぐわない、
もはや少女を通り越して幼女の域に近い高くて可愛らしい声が響く。


(……ふん、こうやって脅かしてやれば尻尾巻いて帰ると思ったけど……)

「「「「「「「(……!!)」」」」」」」

「ホラーイ(……成程……避けられていたのは私達ではなく、この霧だったと言う訳か……!)」


 どこからともなく、いや、辺り一面に立ち込める霧の『内』から響く声。
蓬莱人形はこの声を以前耳にした事があった。
……本来幻想郷には居なかったはずのモノ。
……ありえないパワー、スピード、そして激しい弾幕。
……次々と繰り出される非常識な技やスペルカードの数々。
思い出すのも恐ろしい、圧倒的な力との対峙の記憶が付き次と甦る。
辺り一面に立ち込めていた妖しい霧が次第にその密度を増していく。
そしてまるで生きているようにぐにゃぐにゃと蠢いている霧の中に
何やら禍々しいシルエットがうすらぼんやりと浮かび上がった。


(まあ、仕方がない……あんた達みたいな命知らずには、
直接言って聞かせないと分からないみたいだからね!)


 霧の内から、いや、人の形を取り始めている妖霧の中から響く声。
しかし霧のままでも分かる、ギラギラと輝く月明りに照らされて雄雄しく聳え立つゴツイ二本の角と
ぶらぶらと揺れ動く妙テケレンな瓢箪に、使い方にもよるが根本的にふしだらなフォルムの鎖、
辺り一面に撒き散らされる絶望的なまでの酒臭さがそのシルエットの正体を雄弁に語っていた。


 そして、ついにその姿を現した大いなる敵の正体とは────


「動くと呑む!」


(続く)





お久し振りでございます。
いざ投稿しようとしたらなんとクッキーが跡形も無く消えていて
去るものは日々にうとしという諺の意味を身を持って知った
c.n.v-Anthem改め下っぱでございます。
今更改名なぞややこしいと言う方がおりましたら
とりあえず間を取ってハッスルワンとでもお呼びください(何)

それにしても一ヶ月以上間が開いてしまった上に当初の予定の前後編で纏められないという
この悲劇的で絶望的で根本的で抜本的な己の計画性の無さには辟易します。
とりあえず話の骨子とある程度の肉付けは出来上がっておりますので
また次回は一ヵ月後というような事態だけは避けられるかと存じます。
でもまあ人生って何が起こるか分かりませんから何とも言えませんよね。
例えば自動車学校の路上教習中に危うくT字路で事故を起こしかけるとか
50分の授業中に三回もエンストかまして事故を起こしかけるとか(何)
下っぱ(前c.n.v-Anthem)
http://www.geocities.jp/cnv_anthem/
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コメント



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7.70吟砂削除
c.n.v-Anthem改め下っぱ様・・・待望の続編お待ちしておりました。
相変わらず、破滅的な笑いを展開する文書力は健在のようですね♪
出発前の人形の様子も好きですが、
>萃まる酒、アル中、そして家庭内暴力
萃香の座右の銘の悲惨なまでの羅列に大笑いしてしまいましたw

紫の動きや魔理沙と霖之助の間に起きた出来事の伏線が見える分続編が
待ち遠しいです。そして霖之助よ・・・鉄の褌ってどうする心算!?(笑
14.80ABYSS削除
いやぁ、相変わらず面白いですねぇー。
今回は繋ぎの回だからなのか、変態分は控えめな感じ。後半の人形たちの戦闘態勢は普通にかっこよかったです。

あと、
>紫の除いた部屋~
は除いた→覗いた だと思うのですが。
15.60名前が思い出せない程度の能力削除
香霖のみまともっぽいってのもすごいね
時点は上海かな?
21.80大根大蛇削除
取り敢えず一言。「待ってました!」
倫敦のガイキチ具合が最高過ぎて、出来れば部屋に飾りたいくらいです。
後半の戦闘シーンも、何だか別の話みたいに格好良かったですし、流石はc.n.――
じゃなくて、ハッスルワン様とでも言いましょうか。次回も楽しみにさせてもらいます!
24.90秘密の名無し削除
あなたを武器にすると妖刀「村正」だ。
人を狂わせるからだ!(笑いでw
39.60名前が無い程度の能力削除
何このアホ軍団。
もう首を長くして次を期待するしかないじゃないですか。
40.70おやつ削除
午後ティー吹きました……
それはさておき、お待ちしてました。
相変わらずいいお人形さん達で……
上海を弄る蓬莱が羨ましいぜ!!
後編楽しみにしてます。
41.80TAK削除
霖之助は割とまとも…?
鉄の褌なんて何に使ってるのかは理解に苦しむけど…。
それはそうと、いや、相変わらず個性的でステキな人形達です。
特に倫敦人形は口調がステキなまでに狂っ(被弾)
42.70沙門削除
 鉄の褌のくだりで「重装褌士コーリン」とか思いついた私は病院に行った方が良いでしょうか、と思いつつ人形達の大活躍に爆笑。続きが楽しみです。
45.100凪羅削除
結局香霖はまともなのか変態なのか。鉄の褌があるせいで判断が微妙に付きません。
それはともかくとして、いわくつきドールズが色んな意味で最高だと思ったのですよ。上海人形とか倫敦人形とか蓬莱人形とかこの辺り。まともと○チ○イと変態を一緒に羅列するのはちょっとまずいと思いましたが。まる。

さてさて、無事に人形達は作戦を完遂する事が出来るのか。それとも萃香に阻まれて失敗するのか。そして紫んや魔理沙や香霖は何をしでかすのか。非常に楽しみであります。