Coolier - 新生・東方創想話

小傘だんでぃずむ

2012/01/01 03:22:59
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 薄気味悪い墓所、幽く積もり積もるは湿った土くれの臭い。生温い風が頼り無く澱んだ空を掻きまわし、何の気無しに鼻腔を膨らませれば足元より漂う僅かな芳香は果てさて腐臭であろうか否か。
 夜四ツ(午後十時)ともなれば斯様な穢き処に足を運ぶ馬鹿もおらず。何事にも例外というものはあるが、それでも、よっぽど急ぎか、訳ありか、人間以外だけだろうと思わせた。例えば火車などならば、にゃんにゃん叫びながら辺り一面掘り返すやも知れなかった。
 月が煌々と光っている。
 からん、からんと下駄の音。
 古びた墓石に腰掛けて足をぶらつかせているのは、今宵も己の獲物を探す愉快な忘れ傘、多々良小傘だった。ひもじさを堪えてうらめしうらめしと唱える事はや幾月か、彼女は、己が存在を最も引き立たせる場所を見つけ出していたのだった。猫の尾がいつの間にか一、二本増えていようと気にしない性質の幻想郷の人間らを驚かすのは決して容易な事ではない。大概“はいはい、やったね、凄いね”と頭を撫でられ何故か腹の足しにもならない飴玉なんぞを貰ったりする。れもんきゃんでーというやつは美味しかった。
 しかし、天空を少女らがひらりひらりと舞いお母さんタマがしゃべったああああああなんていう事が日常茶飯事の幻想郷であっても、真夜中、墓地、挙句暗闇で不意をつかれては誰だってびっくりするというものである。誰だってそーする。田吾作もそーする。つまり条件さえ整っていれば人間はありもしないものにでも怯えるという好例だった。
 ――むふ。
 ――むふふ。
 悦に入って小傘が笑う。久方ぶりに感じる満腹感は心底愉快だった。舌根に残った感覚を思い起こすだけで頬がだらしなく緩む。墓石の側面にから、からと下駄を打ち付けて、はよう来い来いと未だ見ぬ人に想いを馳せる。唐傘妖怪だけに。恋だけに。
 ともかく、これぞ妖怪の醍醐味。この調子で人間を驚かせ続けていれば、いずれはあの小生意気な紅白をも打ち破れるような大妖怪にさえなれるかもしれない。
 妖の類であるくせに、そんな、光り輝くような未来を夢想していた小傘である。
 其のとき、ふっ――と周囲が一層暗くなった。
 上を見上げれば雲が月を覆い隠している。大した事でもない、と小傘は思った。暗くなればなるほど人間はますます怖がってくれるからだ。
 ふうん……と鼻から息を吐いて、鷹揚に傘を開いた。ゆっくりと、本来の使い方に則って肩に乗せた。
 驚かせたい。
 驚かせられる。
 私は――。
「――お前は墓参りに来たのか?」
 おどろ――ッ?!
 心臓が跳ね上がるかと思った。いつの間にか、小傘の隣にちょこんと“そいつ”が座っていた。
 妖怪なので脊髄反射とかそういったもの抜きで、いわゆる死ぬほどびびった小傘は咄嗟に“そいつ”の頭目掛けて得意の「一本足ピッチャー返し」弾幕抜き……まあ、とにかく、何の遠慮もなしに傘を叩き下ろした。
 出身も職業も被っている某赤い屋敷の門番に似た帽子の黄色い星と、意味もわからないが顔面に張られた札が傘に隠れ、おがッ――と鈍く呻きつつ、そいつの顎が心持ち下を向いた。
「……ええと……」
 どわっと吹き出た嫌な汗も過ぎてしまえばやっぱり嫌らしく体を濡らす。後悔先に立たず。この場合何を省みれば良いのかもはっきりしないが、小傘は数秒の間逡巡しとりあえず上を見た。雲間に小さなスキマがあってまるで覗き穴みたくぽっかりと月が見えた。
 そいつに目立った反応はない。返事もない。というか、血色を見るにどうも死体のようだった。血の気はあるのだが、何というか気配が違った。この辺は数多の人間と遣り合ってきた経験がなせる判断である。
 逃げちゃうか、とか内心画策し始める程度の時間が経ち、ようやくそいつが身じろぎをする。そのせいでもないが、とりあえず小傘も傘を手元に引き戻した。
「えーっと……われわれ、は」
 なんだかあまり期待の持てない、例えるなら「十二足す六掛け零は何だ、橙? でもな、そんな事より大事なのはあそこで真ッ昼間から寝ている紫様を見てどう思うかなんだ」というような問いかけにあまり強くなさそうな、もっと言えば前時代のコンピュータ並じゃね、あれ、ファミコン? お前ファミコン? お前ン家ファミコン? という感じであった。ちなみに小傘は風祝のところで配管工がキノコをキメるあれをプレイした事があった。息をふーふー吹きかけるのだ、まるでファンファーレのように。
 ぱちぱちと数度瞬きをして、どういう意図か腕を突き出したまま、暗灰色の若干濁った瞳が小傘を捉えた。
 ただいま小傘は改善された栄養事情により妖気腕力その他もろもろが心なし上昇している。いや、多分。平素と比べれば一目瞭然だよ、とは本妖の談である。
 つまるところ、咄嗟の事とはいえ全力の一撃を入れてまるでダメージを負った様子のない相手を前に、小傘は知らず知らず気圧されていた。――いつも通りといえば、まあ、そうとも言う。
「あんた……誰?」
 声をかけた。次いで、少しだけ尻を相手から遠ざける。今の「良好でハイッてやつだァ」状態ならできない事など何もないような気がしてくるけれど、念の為に。
「……ちーかよーるなー…………」
「……近寄ってきたのはそっちでしょ?」
 どうも駄目臭い。紅白だとか早苗とかとはまた違った話の通じない感があった。
 小傘はこのまま引き下がるか、不毛な気もする会話を続けるか、決断を迫られた。
 と、そこで、あーうーと呻いて首を傾げているそいつの目に、ようやっと理性の火が点ったように見えた。気持ち眉がキリッと上がった。
「思い出したぞ」
 ゾンビに過去を示唆されるような台詞を吐かれると、何やら妙に後ろめたい気持ちになるから不思議だ。思わず小傘も「うっ……」となった。
「そんな、わちきはまだ何も……」
「ちーかよーるなー! ここはお前が這入ってよい場所ではなあい!」
 肩とかで懸命に腕を振って、しっしっと追いやろうとしてくる。だが、小傘だって言われておもしろいはずもない。
「何でさ! ここはわちきの聖域でありんす! 妖怪として新たに生を受け往く年来る年……えーっと、終の居場所をここと定め、ようやく人間を怖がらせられる絶好の舞台、易々と手放す事なぞできはせぬぞォー!」
「でも、ダメなのだ」
「……どうしてもダメ?」
「駄目」
 ぬぬうと歯を食いしばって相手を睨みつけた。だが、任務に忠実な死体はちょうおもくるしい視線をどこ吹く風と云わんばかりに涼しい顔で受け流している。間接が硬直しているらしい腕を、ゆら、ゆらと虚空に八の字を描くように振っていた。
 鼻先で、不意に香る柔らかい香の匂い。どうも、そいつがつけているみたいだった。
 何だか掴みどころのない奴だな、と小傘が思った。
「でも」つんと鼻を持ち上げてそいつが言う。「我々の仲間になるのだったら居てもよいぞー」
「我々?」
「そうだ、死してのち、我が主の手によって戦士として復活させられるのだぞう」
「――あんまり魅力的じゃあないわね」
 もし私が蘇ったら唐傘ゾンビかしら、と思う。
 小傘があまり乗り気でないのを見て取ったのだろう、そいつが、墓石の上でずりずりといざって距離を詰めてきた。どうも死後硬直の訪れた死体には墓石にちまんと座る程度も中々大事であるようで、こいつ尻磨り減るんじゃねえのと小傘が幾ばくかの慄きと共に思った。
「お前は……ええと」
「多々良小傘」
「小傘は、ええっと、この崇高な霊廟に一体何の用だ?」
「用と言うか、何と言うか」
 そもそもそんなものがあるとさえ知らなかった。小傘がここの有用性に気づき積極的に利用し始めたのは、あくまでここ一週間ほどの事である。なるほど、ここにはゾンビさえうろついていたのか。道理で時折尋常じゃないほど驚いた人間が通ったわけである。
 ――何だか妖怪としての領分で負けているような気がしないでもないが、一先ず棚上げにする。
 改めてそいつを見るてもやっぱり、死体にはあんまり見えない。艶々しているようでもある。ゾンビとして考えると健康なんだかそうでないんだかいまいちわからぬが、小傘の隣を占拠しながら、むむっと眉根を上げたり下げたりしていた。
「芳香だぞぉ」
「うん。……うん?」
 思わず頷いてしまってから、言われた意味がよく理解できずに聞き返した。よしか?
「宮古芳香である。――できれば名前で呼んでね」
「はあ……」
 そいつ――“よしか”――は、どうやら退屈だったらしい。使命もうっちゃって、がおーとか吠えている。ただ単に忘れているだけなのかも知れないが。
「理由は忘れちゃったけど、今はあんまりこの辺に近寄らない方がいいぞ、小傘」
「そうなの? ……いや、でも、それだと困るんだよね」
 手首を使って傘をくるくる。いつもより余計に回しており、人間でいう貧乏揺すりのようなものである。
 芳香はおおぅとひとしきり回転する唐傘を見上げていたが、顔を戻すと「どうしてだ?」と尋ねた。
「そりゃアひもじいから――んーと、つまり、食事の問題なわけよ」
 人間の手によって飼い慣らされた動物はやがて野生を忘れ、野に還してもろくに狩もできずに死んでいくという。ぬるま湯にどっぷりと漬かってしまった小傘には、ここを離れる事は割と死活問題であった。猪は豚となり、動物園のライオンに生物の本質を見るという話。
「でも、死んでしまえばお腹は空かなくなるぞ」
 ――さすがに極論過ぎるだろう。言われた小傘が、それは本末転倒というのではないだろうか、と思うほどだった。なに小傘パンがない? 逆に考えるんだ「死んじゃってもいいさ」と考えるんだ。
「そりゃそうだけど。でも、一回死んじゃったら、いろいろ不便じゃない」
「お?」
 始終突き出された腕に触ってみると、やっぱり、その冷たさとか触感とかは死体そのものだった。肘から二の腕にかけて指を這わせると、芳香が「やめろぉぉ」とむずがって身悶えした。そんな芳香の反応に気をよくして調子に乗りかけるが、振り回された腕が物騒な勢いと共に眼前を掠め、こほんと咳払いを一つ。
「まあ、あのおっかない巫女との死闘すらも潜り抜けたわちきであるからして、死んだ後の事なんざそんときになってから考えるわ――そんな事ないだろうけど」
「みこぉ?」
 神の代行者やら森に隠棲する黒魔法使いとも渡り合った云々を口に上らせた小傘を遮って、芳香がぽつん、と呟いた。困惑顔である。首を少しだけ(おそらく本人にしてみれば限界まで)傾け、記憶を洗い出そうと虚空を見つめていたが、しばらくしてから知らないと言った。
「巫女よ巫女。人間で、やたらめった紅くて白いの。なんかいきなり妖怪をやたらめったに襲うおっかない奴で、しかもやたらめったに強いの」
 どこぞで聞きかじったらしい言葉を滅多矢鱈に使って力説する小傘。対して、聞いている芳香の「ほへえー」という相手のやる気を削ぐ相槌。
「ちょっとちょっと、本当に非道い奴なんだってばァ――」
「例えどんなやつだろうと、我々は任務に従うのみなのだ!」
 だああと気負い込んで雄叫びを上げた。だが悲しいかな、弾幕ごっこにやる気はそこまで直結しているわけでもない。せいぜい自機が一つばかし増えるだけだ。
 ――そういえば。と、小傘がふと思い至る。この芳香キョンシーに弾幕ごっこのルールが理解できているのだろうか。会話から察するに黒幕的な存在がいるらしいが、そいつにスペルカードを教えられていなければアウトだ。そうであったとしても、忘れていれば間違いなくあの紅白に退治されてしまう。
 正統派妖怪の自分を驚かした事は正直気に食わないが、だらだらと会話を重ねて顔見知り程度には好感を持っている。このままでは寝目覚めがよろしくない事になってしまうやもしれず、ならば一肌脱いでやろうというのが江戸ッ子というものよ、と傘の柄をぎゅっと握りなおしながら小傘が思う。一字違えば人肌剥ぐ、ともいう。
 弾みをつけて墓石から飛び降りた。そこそこの高さがあり、すらりとした白い素足の履く下駄はそのまま地面に突き立つかと思われた。
 だが、ふわりと。重さの頚木から逃れた小傘は真ッ暗の墓場を背景に、化け傘を頭上に開いた独特の所作でもって芳香と相対する。
「さあさ、立ち合ええい――!!」
「なにしてるんだ?」
 無造作に傘を畳むと軽い音を立てて地面に戻り、スペルカードって知ってる? と言った。



 卒塔婆の群れの中に埋もれるように蹲りながら「こんな馬鹿な……このわちきが……ッ」と呟いているのは、度重なる被弾によって少々ぼろっちくなっている唐傘お化け、一部地域での通称多々良小傘であった。
「ふははあ! 遅い、遅いぞぉ小傘!」
 ……むしろ遅いのはそっちじゃん。
 そんな感慨を抱いたかどうかは定かでないが、とりあえず被弾の許容量のケタが違っている事が小傘の敗因の一つだといえた。タフな野郎だ、と小傘が噛んでもいない煙草を吐き捨てる真似をする。
 苦渋を舐めさせられた事は残念ながら一度や二度ではないが、ここまで理不尽な敗北を喫した事はなかった。死んでて痛くないゾンビ相手に誰が勝てるのよッ――あっ巫女なら余裕そう。
 ふわふわと浮かぶ芳香の前で四つん這いになり、小傘の思考がたった一つの冴えた結論を選択しつつあった。このまま顔を上げれば多分スカートの中が見えるだろうとも悟った。
 お札邪魔だよ顔ほとんど隠れてんじゃねーか――情けない自分への叱咤が次々とあふれ出るがそれらをぐっと堪え、きっと顔を上げた。
「ちくしょおおらあああ覚えてろぉぉ!!」
 ばねのような勢いで踵を返して墓場の出口へ飛び去った。
 覚えていろおお、という去り際の捨て台詞には、「忘れないでねっ」というちょっとだけ不安な気持ちも含まれている。
 翡翠色の髪がたなびき頬をうつ。生温い空気が停滞する墓所の中を小傘自身が掻き乱す風となって、ひたと飛んだ。この前山の巫女に、二藍と薄藍ですね、と言われた両目でただ眼前だけを見据え、いつかこの借りを返さんと固く固く決意した。
 恐れ多くも妖怪である。それに付け狙われるのだ。空恐ろしい。
 だから、飛んでいく彼女の背中に「また来いよー!!」とでっかい声で叫ばれた時も、何かをむむうと耐えるような表情で「次は勝つんだからね!!」と怒鳴り返したのだった。
 やがて小傘の姿も遠く点のようになり、芳香もまた仮初の眠りにつく。
 まるで何もなかったかのように、また、墓場は元の静寂に包まれた。
小傘「――あの人間(半霊)と戦った後を狙えば勝てるんじゃない?」

暗闇で不意打ち、ダメ、絶対(経験談)。
とりあえず、皆さん良いお年を~。
ピュゼロ
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コメント



0.1180簡易評価
1.90奇声を発する程度の能力削除
ボケが面白く、良かったです
この二人は上手くいきそうですね
2.100名前が無い程度の能力削除
なにこいつらかわいい
9.100名前が正体不明である程度の能力削除
かっこいいとおもったらww
13.100名前が無い程度の能力削除
え? 何、これ……。めちゃくちゃ文章上手い。

≫「宮古芳香である。――できれば名前で呼んでね」
このセリフで悶え死にました。芳香可愛いすぎるだろ。
14.100名前が無い程度の能力削除
ハードボイルドのはずなのにどこか可愛い、これが小傘の力なのか…
面白い神霊廟前日談でした
17.無評価ピュゼロ。削除
今までにない高評価にちょっとびびった。おい誰か誤字脱字とか書けよ。

≫奇声を発する程度の能力様
神霊廟のキャラがいまいちうまくつかめてなくてこのペアになったのは秘密。太子とかどないせーと。
ボケというより、自分が書いてて楽しかったです、はい。

≫2様
小傘かわいいよ小傘、そこに芳香が加わる事で1200万パワーに。よし、次はそれだ。
でも結構物騒な事考えてるし危ない連中なんですよね。でも可愛い、これがこがよしくおりてぃ。
とりあえず元旦とはいえ二人とも早く寝たほうがいいと思います。人の事言えないけど。

≫名前が正体不明である程度の能力様
人は不完全な生き物だから不完全性に惹かれるってばっちゃが言っていた(キリ
むしろどこにかっこよさがあったんだ、あれか、傘殴打のとこか。
殴り合いから始まる仲も幻想郷っぽい、のかー?

≫13様
上手いだなんてやめて調子乗っちゃうやめてッ!
私もそのセリフ書けたからもう死んでいい。芳香に噛みつかれたい。がおー。

≫14様
ノリと勢いで書いてたらゴールが見えなくて困りました。原作の前ふりって事にすると困らなくなりました。
本当はジョジョ風味で弾幕シーンもあったけどカット。眠かったし。そして小傘は可愛い。
24.100愚迂多良童子削除
ああ、久々に創想話で味のある文章を喰った気がする。
27.無評価ピュゼロ削除
≫愚迂多良童子様
遅ればせ。感想ありがとうございます。
ヤマ無しオチ無しイミ無し、いわゆるやおい掌編みたいでしたが、楽しんでいただけたなら嬉しいです。
味は味でもほんのり甘くて苦い、を心がけたりしてますが、難しいです。精進します。