Coolier - 新生・東方創想話

妖夢は戦場へ行った 前編

2011/12/15 13:01:03
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 響く銃声、爆発音、怒号、悲鳴。定まらない視界には絶望が見えていた。

「………ヨウム、起きろヨウム、もう大丈夫だろう?」

「えぇ、お陰でよく休めました」

「良い夢は見れたかい?」

「えぇ、幽々子様とお茶を飲んでいました」

「この戦いが終わったら幾らでもかなえられるよ、さぁ行こう」

 妖夢はシフティ・パワーズ軍曹の問いに応えた。薄暗い地下の避難壕は緊急照明の赤一色に染められている。
 周りを見渡すと疲れ切ったパワーズの部下と白狼天狗達が出入り口へと向かっている。妖夢も自分の分隊を集合させ、壕の出入口に立った。

「門番長や仲間は館で死力を尽くしている。すぐに急行し、窮地を救わなきゃならない。……行くぞ」

 パワーズの再確認に、皆は頷く。
 扉を開けると、そこは地獄だった。森の木々は燃え、その向こうに陽炎に霞む紅魔館が見えた。

「我々は価値ある場所を目前にしている、即ち帰るべき場所であり、兄弟たちのいる戦場だ」

 火炎の向こうに幾条もの弾幕と、発砲炎が煌めく。
 これが今の様な状況でなければ、どんなに美しいものだろうかと妖夢は不意に思った。

「行くぞ!」

 その言葉を聞いた瞬間、皆は一斉に走り出す。
 曳光弾が妖夢の顔を掠め、地面は砲弾や銃弾による穴が開いており、走行は困難を極めた。
 倒木を飛び越え、燃えている木々を避け、出来うる限りの速度で進む。

「接敵、正面!」

 隊員の言葉に妖夢はいち早く反応し、銃弾を送り込む。森の木々を縫って飛来する銃弾に恐れる事無く、進んだ。

「門だ!門が見えたぞ!」

 その言葉を聞いて妖夢は戦慄を覚えた。あの、美しい紅い門は無数の弾痕によって傷つき、午前零時に鳴っていた時計塔は無残にも倒れ伏している。

「伏せろ!RPGだ!!」

 警告と共に至近で弾頭は炸裂し、妖夢は爆風によってその体が浮き上がり、また地面にたたきつけられた。
 遠のく意識の中で近い昔の事を思い出した。何故、こうなったのかと自問しながら。






 魂魄妖夢は庭師である。庭師であると同時に主の西行寺幽々子の剣術指南役と警護役も兼ねている。だが、剣術指南や警護と言う肩書きはスペルカードルールが制定され安定し始めた今、段々とその存在意義を失い形骸化していった。

「妖夢~、お茶淹れて~」

 庭木を刀で剪定し終えた頃、見計らったかのように幽々子からお茶の催促が来た。妖夢は刀にこびり付いた葉っぱの汁を懐紙でふき取り、鞘へ収めると足早に台所へと向かう。

「どうぞ」

「ありがと、妖夢」

 幽々子に頭を下げて、自室へ引き返す。
 部屋の障子をあけ、文机へと座ると引き出しを開き一冊の書物を取り出した。その本には先代までの系譜と生死が事細かに書かれていた。
 その中で妖夢が最も重要視するのは初代から妖忌の前の代まで、皆一様に戦いで命を落としている事である。そして生死不明の師匠、妖忌も今まさに何処かで死力を尽くした戦いをしているのだろう、妖夢は常日頃からそう考えている。

「………はぁ」

 この書物を開くたびに妖夢の心に一抹の寂寥感が立ち込める。自分は、魂魄家に生まれた武士である、戦人である、その自分が今は庭木相手に刀を振るっていることに大きな引け目を感じていた。
 そして、机にのせられた新聞の自分がつけた赤マルを妖夢は見つめる。







 夜、夕食の片付けを終えた妖夢は幽々子の部屋へ向かった。

「幽々子様、よろしいでしょうか」

「どうぞ」

 障子をあけ、入室すると白い寝巻に身を包んだ幽々子がまだ普段着のままの妖夢を見つめ、何事かと問う。

「幽々子様、お話があります」

「なにかしら」

 妖夢は胸ポケットから新聞の切り抜きを取り出し、幽々子に見せた。

「……藤原焼き鳥店全品値下げキャンペーン?」

「裏です」

 言われ裏返しにした幽々子は表情を変えずに二度三度頷いて妖夢を見据える。新聞には

『紅魔陸軍門番隊要員募集 学歴・資格・年齢・種族全て不問』

 と書かれていた。

「幽々子様、お暇を下さい」

 深々と頭を下げた妖夢を見て幽々子は全てを悟った。
 幽々子の目の前の庭師は馬鹿正直に暇を下さいと言っているのではない『暇をもらいますが何か?』と、もう自分では決定していて、あとはこうこうこうなったからこうします、と言う報告でしかないのだろう。
 年端もいかない少女に見えて相当の頑固者、幽々子は引き留めると言う事を試みず、ただ一つだけ尋ねた。なぜ門番なのか、と。

「師匠の師匠もそのまた師匠も、戦いの中で『自己』を見つけ、『自己』を定め死んで行きました」

 自分も魂魄家の子、戦いの中に自らの存在意義を見つけることに何の非がありましょうか、戦いも知らずに魂魄家の末端に名を連ねることなどできましょうか、妖夢は極めて冷静に自らの主に言ってのけた。

「幽々子様、私は、妖夢は紅魔陸軍門番隊に志願します」

 幽々子は妖夢の願いを聞き届けた。そして翌日、幽々子の目が覚めないうちに妖夢は白玉楼を出発した。桜が咲き始めた春の初めだった。







 紅魔館門番隊はその門番長である紅美鈴に率いられた精兵であると言う事は広く知られている。

「……ヨウム・コンパク、ハクギョクロウからか」

「はい」

「あそこはサクラが綺麗だそうだな、死ぬ前に一度でいいから見に行きたい」

 その門番隊に妖夢は身を置くことにした。
 
「君は今日から我が館の我が主レミリア・スカーレットとその一党を警護する立場になるための訓練を受け、通過した後はそれが現実となる。それはどうだ?」

「構いません、問題はありません」

「フンム、分かった」

 また呼ぶ、と面接官の先任軍曹は言って妖夢を部屋から追い出した。
 先程までいた部屋の前に据え付けられている長椅子に腰を降ろし、周りを見渡す。妖怪や妖精がごった返しにそこら中に座り、雑談をしている。
 周りは皆西洋風の顔立ちが多い。幻想郷では欧米から流れて来た妖怪も少なからずいる、その少ない西洋妖怪の大多数はいわば僻地である幻想郷において最も西洋風の匂いを醸し出す紅魔館へと訪れるのだ。
 この見知らぬ極東の地において赤レンガの館の敷地だけが自らの故郷に思えるのだろう。

「………えー、陸軍要員志願者の方たちですね、一列に並んで下さい」

 暫くしていると、紅い髪を腰まで伸ばした館の職員が廊下にやってきて、奥の小部屋を指し示す。

「一体何の注射だい?」

「対瘴気抗体らしいよ、ほら、近くの森の瘴気に中てられないために」

「成る程」

 注射は一本では終わらず、二本も三本も立て続けに刺したため、妖夢の腕は腫れ上がってしまった。そして打ち終えた腕を休ませようとベンチに座った瞬間だった。

「全員立て!」

 キャンペーンハットを被った門番がどなり散らしながら妖夢たちのいる廊下へ入って来て全員を起立させた。これから簡単な体力測定を始めると言って。
 弾かれたように妖夢は女子用のロッカールームへと駆けこんで着替えを始める。
 きっちり四分三十秒後、妖夢や他の入隊志願者は体操服と運動靴に身を包み中央体操場に立っていた。

「噂じゃここの体力測定は初めから実弾入りの銃で殺し合いをさせるそうだぜ………」

「それでも良いよ、野垂れ死によりマシさ………」

 噂話で騒がしくなり始めた頃、先程の門番が全員の前に立ち、大声を張り上げ審査の方法を伝えた。

「これより私が止めと言うまでこのトラックを走り続けろ、少しでも止まったやつはそこで終わりだ、始め!」

 想像以上に呆気ない方法に驚きつつも志願者全員は教官である門番の吹いたホイッスルを合図に走り始める。
 一周大凡四百メートルはあろうかと言うトラックを延々と走り続けた。五十周回り始めた頃から、周囲は胃の中の物を吐き出す音で囲まれた。
 教官役の門番は中央の監視台に立ち、中止を宣言する気配は見せない。
 そんな集団を紅魔館のテラスから見つめる四つの瞳が合った。一人は紅魔館の主レミリア・スカーレット、そしてもう一人は紅魔館門番隊の指揮官紅美鈴。

「今年も多いのね」

「ざっと数えて百名はいます、無事通過できたものは立派に役にたつでしょう」

「そう言えば亡霊ん所の庭師が来てるって聞いたけど」

「はい、事実です」

 書類貸して、とレミリアは言って美鈴から受け取ると目を通した。

「前線勤務希望、ねぇ」

「希望は出来うる限りかなえたいのですが死んだら死んだで面倒なので何とか後方勤務に回したいんですけど」

「無理ね、あの庭師見た目以上に鋭いから人事課の奴らがどんなに細工してもばれるわよ」

 美鈴の提案をバッサリと切り捨てながらレミリアは書類を机の上に放り出す。

「では私が直接……」

「それも無理、普通配属先は人事課の奴らが通達するのにあの子だけあんたがやったらそれこそばれるじゃない、頭使いなさいよ」

 希望通り回してやるしかない、前線へ。レミリアは諦めの様な一言をテラスの天井に吐き出すように言った。
 館の重要(?)な会議が行われている間でも妖夢は走っていた。脱落者はもう両手の指の数だけでは数えられないくらいになっている。
 トラックは志願者の吐瀉物や汗で塗れており、また春先の暖かい陽気でその匂いは更に強烈になって行く。
 激烈な臭気が嘔吐を誘い、その吐き出されたものがまたもや臭気を発する。段々と体中から吐き出せるものが少なくなり、軽くなっていく感覚を妖夢は覚えた。
 視界が朦朧とし、立っているのか臥せているのか分からなくなった頃、妖夢や他の志願者に救いの手が差し伸べられる。

「止め!全員駆け足止め!」

 審査終了の知らせだった。
 終わりまで残った志願者たちは一斉にその場でへたり込んだ。地面を覆い尽くす吐瀉物に服が汚れようが構わず寝ころぶものも出た。
この日だけで入隊志願の百名の内十名が消え、残りは九十名となった。




 翌日、妖夢は猛烈な空腹と共に起き出した。

「コンパク、起きてるか」

「起きてます」

「着替えて出てこい、飯だ」

 この言葉に妖夢は一気にやる気を出し、支給された新品の軍服に数分で着替え部屋から飛び出した。見ると今日一日使用する練兵場の片隅に幾つもの白いキャンバス地のテントが立てられており、調理車からは炊煙が立ち込めている。
 妖夢は早速トレーと一人分のパンを受け取り、列に並んだ。

「ほら食え、スキヤキと同じ牛肉だぜ」

「ありがとうございます」

 白いエプロンと帽子に身を包んだコックは妖夢のトレーに牛肉の細切れをホワイトソースで煮込んだものをトレーのパンにかける。
 パンにかけられた姿を見てどう食べればいいのか周りを見渡すと皆スプーンでパンとそれを混ぜて食べている。それに妖夢も習った。

「………旨くはないな」

「同感、だけどこれしかない」

 周りの志願者の言葉を聞きながら、妖夢は食事について同じ感想を持った。食べ慣れない味に見慣れない場所、それでも胃はそれを口に放り込めと命令してくる。
 食べ終えると、早速訓練開始だ。今日も昨日と同じくランニングだが、やはり食べ終えた直後に行った為周りでは昨日と同じくらい嘔吐の大合唱に包まれた。

「駆け足止め!」

 昨日よりも早めに切り上げられたことに安堵していると、今度は門番達が地面にへたり込んでいる妖夢達に木銃を渡す。

「これより銃剣戦闘訓練を開始する、全員立て!」

 弾かれたように全員は立ち上がり、手近な者へ攻撃を開始した。無論妖夢にも攻撃は来たが、槍術との共通点の多い銃剣術は妖夢にとっては容易いものだった。
 突進してくる『敵』の隙を見つけ、そこに打突を加える。
 その間にも妖夢は周りを見渡す事を怠ることはしなかった、誰が誰を、どのように闘っているのかを知るためだ。
 槍と似てはいるが戦い方は全くの別物だと言う物を知ったのはこの直後である。皆銃を逆手に持って殴り合ったり、突き刺す以外にも銃身で殴打したりとバリエーション豊かな戦いをしている。
 繰り出される攻撃をかわし、一瞬で弾倉の部分を腹に叩き込んだり、倒れ込んだ相手にゴルフのスイングの様に銃床を叩きつけて気絶させたりと妖夢は瞬く間に銃剣での戦い方を閃いて行った。

「訓練終了!」

 ホイッスルと終了を告げる声が鳴り響いた時、前日のランニングをくぐり抜けた九十名は最終的に妖夢を含めた六十名ほどになった。この日この時を以て紅魔館門番入隊審査は終わりを告げ、明日からは一層厳しい訓練が待ち受けていると指導役の門番はそれだけ言って皆を下がらせた。





 その日の夜、指導役の門番は二日間の総評を報告しに美鈴の執務室へ訪れた。

「志願した百名の内、正規と準正規半々くらいです」

「へぇ、で、残った六十名の内正規と準正規の員数は」

「正規志願者の残りは五十名です」

「成る程、準正規も良く残ったじゃない」

「今回は正規も準正規も腕の良い奴揃いですよ。特にこのハクギョクロウから来たコンパクと言う娘、はっきり言って天性の戦士です、二日目の銃剣戦闘の戦果は残った三十名中五本指に入ります」

「彼女は幻想郷史上最強と名高い剣豪、魂魄妖忌の弟子だったんです、当たり前と言っちゃあ当たり前でしょう」

 門番は書類を示しながら美鈴に詰め寄った。それだけで説明は出来ないと。
 彼は妖夢の中に生粋の戦士の血が流れているだろうことを熱心に説いた。

「門番長、コンパクを我がE中隊に下さいませんか」

「訓練所を修了してからの話でしょそれは」

「この審査を通りぬけた奴にこれまで落伍者は出なかった、そうでしょ?門番長」

「まぁ、そうですが………」

 浮かない表情をする美鈴を余所に門番は上機嫌の表情で執務室を出て行った。夜明けはまだ遠い。






 妖夢達の訓練は一層厳しさを増して来た。
 前日前々日のランニングは日課のようになり、更には教官たちの罵声や鉄拳が何時飛んでくるか分からない状況の中、妖夢達は徹底的な規律を叩きこまれ、中には尿に血が混じるものも出始める始末。
 しかしそんな中でも、妖夢をはじめ訓練生が夢中になったのは紅魔館第一広域演習場、グリーンガーデンに設営された模擬市街の戦闘訓練だった。

「家を制圧しろ!二名ずつ!」

家から家への掃討、映画セットの様な大規模な発破装置、唸り声を挙げ突進してくる陸軍の戦車。皆、互いに空砲を撃ちあい、肌で実戦の感覚を感じ取って行った。来るべき前線に向けて、その感覚を養って行った。
 無論実戦的な運動訓練ばかりでは無く、基本的な知識を叩きこむための座学も徹底的に行われる。

「命名決闘法では無駄弾を美学としているが門番隊で無駄撃ちは醜態以外の何物でもない、何故だか分かるか?バーフォード二等兵」

「はい!弾をばら撒けば敵よりも早く戦闘継続は不能になり、また自分の位置をさらけ出してしまう事になります」

「その通り、女性諸君の中には弾幕ごっこの経験がある者もいるだろうが、館で、門番隊の通常勤務をする間はそれを忘れて欲しい、良いな?」

 スペルカードを用いないどころか逆に弾薬を節約しろ、無駄撃ちを避け、自らの場所を秘匿しつつも敵に決定的な一弾を送れ、その戦い方に妖夢は新鮮味を感じた。

「これが諸君らの使う銃が撃ちだす弾だ。直径は5.56mm」

「そんなに小さい弾じゃあダメージなんか与えられないんじゃないか?」

 示した銃弾を指さして茶化した訓練生に教官は指示棒を突き付け、想像してみろと低い声で言った。
 銃口から発射され着弾した弾頭は体内への侵入を開始した瞬間に大きく横転し内臓を斬り裂き傷つけ、突き抜ければ肉をごっそり持って行くのだと。

「弾が小さいのはデメリットでは無い、むしろ大きなメリットを生むのだ。小さい穴が開くだけじゃ済まされない、体の中の内臓や肉はズタズタになり、突き抜けた向こう側の穴は何倍もの起き差になる、分かったか?」

「……良く分かりました」

 防弾ベストやヘルメットを始めとした戦闘装具を装着してのランニングや戦闘訓練、無論コンパスを使った現在位置測定やフォネティックコード、無線通信や鏡を使った光信号通信のやり方を徹底的に叩き込んで訓練期間の三カ月は終了した。

「……諸君は、明日上等兵の階級章を受理しこの訓練所を修了する。それぞれの配属先でも頑張れ」

だがこれが終わりと思ってはいけない、始まりなのだ。明日より諸君は不断の緊張と、いついかなる時であろうとも紅魔陸軍人らしく振舞う事を義務付けられる。教官はそう言って手に持ったコップを高く掲げ声を張り上げた。

「紅き旗の下に!」

 紅魔館門番隊の標語を全員が唱和し、それぞれの手に持った酒を飲み、訓練所最終日の飲み会は始まりを告げる。
 祝いのシャンペンの栓が飛び、今まさに宴会が始まろうとした頃、宴会場に緊急通信が入った。

『南方第六管区に侵入あり、該当地区要員と応援可能な隊員は急行せよ』

 繰り返しの通信が切れた後、宴会は一気に葬式の気分へと急降下した。

「……南方第六って」

「俺達も行くのか?」

「当たり前だろ、ここの門番を志願したんだからな……」

 全員の目は教官に向けられた。
 訓練生全員の瞳が一斉に集中した先の教官は極めて冷静に行きたいのかと問う。

「………諸君らは厳密に言えばまだ訓練生だ、参加しない自由もある。訓練では無い実戦だ、良いのか」

 最初の行動を起こしたのはフレデリック・バーフォード二等兵。

「俺は行く。仲間が危険に晒されている、ここで一人呑気に酒を飲む気分じゃあない」

 バーフォードがテーブルにシャンペンを注いだグラスを置く音が響いた瞬間、妖夢を含めた他の隊員も同じ行動を取り始めた。

「入隊前の腕試しだな、やってやるよ」

「俺達が隊史上初かもな、訓練所修了前に実戦を経験するなんて」

 全員の意思表示が終わると、教官は静かに口を開いた。

「分かった、全員全速で準備し、窮地にある友軍を救援に行く。作業に取り掛かれ!」

 了解、と全員は声を合わせ宴会場から走り去って行った。自分の仲間を助けるために。





 トラックの荷台は緊張に包まれていた。
 出口側に座っている妖夢は銃を強く握りしめながら漆黒の闇の森を眺めた。振動が緊張を増幅させる。

『到着まで三十秒、総員下車準備!』

 運転席からの声で全員は席についている安全ベルトを外した。
 目的地に着くと同時にトラックは急制動を掛け、荷台の扉を開け放つ。

「Go!Go!Go!」

 一斉にトラックから飛び降り、四方へ銃口を向け安全を確認する。

「我々だけか」

 周りを見渡してみても味方の姿も気配はない。一番乗りの様だ。そして敵の気配もなく、誤報ではないかと言う言葉すら出た。

「……いや、誤報なんかじゃない、これを見ろ」

「なんだそりゃ」

 バーフォードは近くに生えていた木に付着している何かをナイフの切っ先に着け、皆に見せる。
 
「友軍じゃ無ければいいがな」

 教官は全員を訓練時の四人組に分けさせ、互いを警戒させる形で行動を開始した。
 静かすぎる森の夜に訓練生達は一様にのどの渇きを覚えた。口腔内の唾液が粘り気を帯び、かすれた声で傍の仲間と会話する。そうでもしなければ耐えられないほどに、森は殺気を帯びている。

「どんな奴が攻めて来たんだろうか」

「四足タイプか二つ足……人間なんて考えたくない」

「全くだ」

 到着して早一時間、敵の気配を感じる事無く南方第六管区の司令所まで到着した瞬間、訓練生たちは絶句した。

「何だよ………これ」

 バラバラに砕けた木片や肉体、木の幹や葉から滴り落ちる血。凄惨を極めた現場から臭ってくる吐瀉物とはまた違った匂いに訓練生は耐えきれずに辺りに胃の内容物を吐き出す。

「……酷い匂いだ」

「あぁ……あぁ」

 妖夢達は詰所内部の捜索を命じられた。

「ヨウム、無線室を捜索して来てくれ、何かあったらすぐに行くから。俺は向こうの医療室に言ってくる、生存者がいるかもしれない」

「分かった。気を付けて、フレディ」

バーフォードが医務室へ、他の二人が外で警戒している間、妖夢が詰所だったものの内部を捜索すると無線機にうつぶせになっている隊員を見つけ、回収する為に肩に手を掛け引き起こした瞬間、妖夢はここが実戦場であることを再認識する。

「……ひっ!」

 隊員の顔はめり込んでいた無線機のせいで顔の左半分は叩きつけられた衝撃のせいで眼球が半分ほど外へ飛び出し、右半分は四角く形どられていて、眼球は真空管や無線の部品が刺さっていて原形をとどめていない。
 
「うぅ……うぷ…」

 先程の匂いは我慢できた妖夢は今度こそ胃の堰が切れ、崩れ落ち床に嘔吐した。
 吐いて吐いて全ての物を吐き出した妖夢は口元を拭うとゆっくりと立ち上がり隊員の死体を担ぎあげた。遺体を回収するために。

「……はい……はい……遺体収容後に該当地区に応援が到着ですね……はい………全滅です………はい……通信を終了します、アウト」

 朦朧とした視界と覚束ない足取りで仲間達に支えられて辿り着いた妖夢が見た物はトラックの運転席から無線機を伸ばして通信する教官とその周りに並べられた黒いボディ・バッグと血の気を抜かれたような友人たちだった。

「………スペルカードルールはどうなってんだよ。こんなん、正気じゃあない」

「言われたろ、ここじゃ命名決闘法は適用されないって、俺達にはそんなの関係無いって」

「………チクショウ」

 それから二時間して全ての遺体は収容された。南方第六管区に詰めていた妖怪、妖精合わせて八九名の内、生存者はゼロ名だった。

「妖精は死んでもまた復活するんですよね」

 その後応援に駆け付けた館のトラック隊に死体を全て詰め込み、妖夢達は司令所だった木屑の山から離れた。妖夢は隣のバーフォードに尋ねた。彼は頷いて一言つぶやく。

「しかし妖怪は戻らない、永遠にだ」

 とんでもない所へ来た。それが今の妖夢の正直な感想だった。





 昨日の凄惨な出来事が嘘のような快晴の下、妖夢達の修了式は行われた。
 訓練生全員が茶色の正装に身を包み、全員が同じ上等兵の階級章を帽子と袖に縫い付けている。

『諸君はこれより、それぞれの部隊へ配属され、その任を全うして貰う………』

 拡声器から流れる訓練所所長の声を聞きながら妖夢は昨日の事を思い出していた。原形を留めていない死体、辺りを埋め尽くした血と吐瀉物と圧倒的な絶望。
 自分もこれからあのような光景を何度も見るのだろうか、見るとして、慣れるのだろうか、慣れたとしたら、自分はどうなってしまうのか。

『………であるからして、諸君らには責任と義務が付きまとう。しかしその義務と責任が必ず報われる時が来る、その時まで諸君らに………』

 これから三年間、この館で寝起きする。三年後、自分の身の回りに居る仲間達は何人生き残るのだろうか、それどころか自分は生きて帰れるのだろうか。いや、帰らなければならない。

『………諸君らにはその命が果てる瞬間まで、栄誉ある紅魔陸軍人としてふるまって貰いたい』

 沸き起こる拍手で我に返った妖夢は会釈をして演説台から去ってゆく所長の背中に向かって慌てて拍手を送った。





 修了式が終わった後、妖夢の部屋に辞令が届いていた。翌日から配属される隊の発表である。

「えーと……101歩兵師団長室所在地は西棟三階、か」

 辿り着いた先は質素な樫の扉が据え付けらた部屋。しかし何百年と使い込まれたであろうその扉は無言の圧力を妖夢に与え続けている。意を決して妖夢は扉のドアノッカーを二度三度打ち付け、数歩下がった。

『どうぞ』

 返答を聞いて妖夢は扉に手を掛け、入室する。
 師団旗と歴代の師団長の写真が飾られている室内のいちばん中央に座りこむ初老の男性を確認した妖夢はすかさず敬礼をし、自己紹介を述べた。

「本日より第101歩兵師団に配属されました、魂魄妖夢上等兵です」

「よろしく、私が師団長のマックスウェル・テイラー中将だ。まぁ座りたまえ」

「はい」

 ふかふかのソファに座った妖夢は何処となく懐かしい、居心地の良い感覚に襲われた。理由ははっきりとは分からないが、目の前の初老の男性の目が彼女の師である妖忌に似ているからかもしれない。

「良い面構えだ、ウィンが君を欲しがったのも分かる」

「ウィン?」

 妖夢が問いかけたのと同時にテイラーは声を張り上げた。

「ウィンターズ中尉、君のお気に入りが来たぞ、挨拶しろ」

 すると隣の部屋に続いている扉が開いた。そこには館内用の戦闘服に身を包んだ西洋系の妖怪が立って喜色をその顔全体にたたえている。

「君か、君がヨウム・コンパクだね、試験での君の活躍は見せてもらったよ。私はリチャード・ウィンターズ、階級は中尉」

「はっ、ありがとうございます」

「私の思った通りだ、うん」

 その後、たっぷりと話しあって二時間半ほど、妖夢は部隊章が入った封筒を直接手渡された。

「明日から君は第506連隊内の私が指揮するE中隊に所属してもらう。君の活躍を期待するよ」

「ありがとうございます、誠心誠意努めます」

 部屋を辞去して自室へ戻った妖夢はたった三時間で一日分の疲れを感じてしまった。しかし、何は兎も角明日より第一線へ配属される期待と不安が、妖夢の心の大部分を覆い尽くして行った。





 翌日、妖夢は新しく支給された戦闘服に101師団の袖章を縫い付けて紅魔館大演習場に立っていた。
 紅魔館の主レミリア・スカーレットが訓練所を修了した訓練生全員に対して行う閲兵式の為である。

「……ヨウム、君の配属先はスクリーミング・イーグルか」

 しかし閲兵まではまだ三時間ある。立ちっ放しの間、その暇をつぶすのに最適な手段は会話であった。

「うん、フレディは?」

「スリーピング・ドラゴン。第3軍隷下の第7即応集団だよ、君とは部署が違うからもう会えないかもしれないな」

「第3軍って、門番長の直接指揮する隊じゃないですか、凄いですね」

「俺はヨウムの部隊へ行きたかったよ、101の主任務は長駆偵察や施設警備、第7よりも戦うチャンスが多いんだ」

「即応だって、白黒が毎日のように攻めてくるんだから戦えるじゃないんですか?」

「白黒相手の出動は認められていないんだよ、大損害は火を見るより明らかだから」

「へぇ、まぁでも即応ってことは何かが起きたら真っ先に戦場へ向かえるじゃないですか」

 それだけが救いだとバーフォードはそう言った。何だかんだと話している内に、レミリアが現れ閲兵式は始まりを告げた。
 メイド長十六夜咲夜がさす日傘の陰に隠れて歩く姿は幼く見えるが、鋭い眼光がそれを打ち消している。

「あなたは何処の師団に行くのかしら」

「第一騎兵師団であります」

 妖夢の二つ隣の新品の革長靴を履いてサーベルを吊った兵卒がレミリアの問いに応えた。

「騎兵の親玉は面白い男よ、励みなさい」

「はっ!」

 二度三度他の隊員と会話したレミリアが妖夢の近くへ来ると、レミリアは妖夢に一瞬だけ微笑みかけただけで、すぐに隣のバーフォードに話しかけた。

「フレデリック・バーフォード上等兵ね、知ってるわよ」

「ありがとございます」

「あなたの所属は大変でしょうけど、励みなさい」

「はっ!」

 閲兵はそれから十数分ほどで終わりを迎えた。最後にレミリアはにもう一度隊員達に振り向き、微笑みかけて館へと去って行った。





「今日からよろしく、俺が分隊長のチャールズ・サンダース軍曹だ」

 妖夢の背丈を大きく超える軍曹は自己紹介をした後について来いと合図した。仲間を紹介すると言って。

「全員気を付け!今日から隊に加わる新入隊員のヨウム・コンパク上等兵だ」

「………軍曹、仰られた事が良く分かりませんが、あの……子供じゃないですか?」

「何を言うんだいロン、僕達が入隊したのもこの子と同じくらいだったじゃないか。よろしく、僕はシフティ・パワーズ、みんなからはラビットと呼ばれてる。階級は兵長」

 そう言ってパワーズは妖夢に握手を求め、妖夢もそれに応じる。妖夢の何倍も大きな手で力強く握り、少し笑い手を離した。

「……よろしく、ロナルド・アーキン伍長です、ラビットとは同期」

 アーキンも同様に妖夢と握手をする。

「さて、顔合わせも済んだ所でなんだが諸君、今夜の森の警戒行動は我々の番だ、眠っておけ」

 日は、まだ高かった。





 日が暮れ始めている。
 妖夢は対破片ヘルメットの狭い視界から覗く薄紫の空についこの前の景色を思い浮かべていた。

『スペルカードルールはどうなってんだよ………』

 これまでの自らの戦い方が全否定される場所へ放り込まれる。
 初めて、怖いと思った。

「大丈夫か、コンパク」

「はい、大丈夫……です」

 答えはしたが、全身の震えが目に見えていた。靴ひもが、結べていない。

「貸せ」

 サンダースは屈みこんで、堅結びになっているブーツの紐を解き、蝶結びに直した。
 すると、良い話をしようと言って妖夢の肩を叩いて話し始める。

「ある門番が、初めて実戦に加わった時の話だ」

「……………」

「お前と同じ女で、入隊した時はお前よりも小さかったらしい」

 そして敵に遭遇した時、その門番は初めての敵に怖気づいてその場で蹲り震えだした、周りは勇敢に刀を振るったり引き金を引いたりしていたが、彼女は遂に戦いが終わる時まで顔を地面から上げる事が出来なかった。

「だけど、そいつは今じゃ立派に門番をしてる。誰だって最初から勇敢な訳じゃない。怖がっても良い、泣いても良い、そん時は俺達が助けてやる。緊張するなよ」

「……はい」

 事実、何事も無かった。
 妖夢が所属するサンダース分隊は夜明けの午前4時30分に紅魔館門前へと帰着出来た。帰るなり、妖夢達は兵舎へと駆け込み、眠気と言う最強の敵に抗う事無く降伏することになった。





 目が覚めた頃、窓から燦々と初夏の日差しが降り注いでいた。

『ヨウム、起きてるかい?』

 玄関から声がかかった。ドア越しに呼び掛けているパワーズに妖夢は返事をして開ける。

「何かあったんですか?」

「いや、昼御飯だから呼びに来ただけだよ。行こう、お腹減って死にそうだよ」

「はい」

 食堂は兵舎の右隣にある。食堂、と一言で言えば大層なものを思い浮かべるが、そこにあるのはキャンバス地のテントに、移動式の炊爨車を合体させたような粗末なものだったが、紅魔陸軍全将兵の胃袋はそこで満たされていた。

「……どうだった?初めての任務は」

「怖かったです」

 メロンゼリーを食べながらのパワーズの質問を、妖夢は大まじめに答える。
 妖夢が食事を食べ終えた頃、パワーズは紙ナプキンで口を拭きながら、ある話題を出した。

「ヨウム、君は数日前の南方第六管区詰所襲撃事件の事後処理に向かった訓練生の内の一人だったね」

「………はい」

「辛かったろうね」

「…………はい」

「襲ってきた妖獣が仕留められたそうだよ」

「……本当ですか?」

 パワーズは紅茶を一気飲みして、続けた。

「門番長の第3軍とアキヤマの騎兵隊が実行隊を組んでね、仕留めたそうだ」

「そうですか」

 遺骨は胃の中で溶けた奴もあって全て回収できなかったけど、溶け残った遺品は全て回収できた。パワーズはそう言ってカップをソーサーに戻す。

「平和な時代に、なったはずなんだけどね」

 食器を戻しにいくときのパワーズの言葉だった。





 時が経つのは早いもので、季節は冬へと変わっていた。

「……今日からクリスマス休暇だ、24日までに戻るように」

「はっ!」

 12月14日から12月24日まで、紅魔陸軍には休暇が与えられる。
 妖夢は戻ろうと思えば白玉楼に戻れたが、そんな気にはならなかった。部屋で本を読むか、射撃場に通ったりして過ごすつもりだった。

(……あれは、門番長)

 ある日のことだった。図書館へ行こうと廊下を渡っていた時何時も見る紅魔陸軍の門番が葬られる墓地に訪れる美鈴を見た。しかし妖夢はそれで流してしまったため、彼女が誰と会ったのかは知る由もない。

「……チップ、そこ退いてくれませんか」

「あぁ門番長、どうぞ」

 美鈴は訪れた墓標の先客だったサンダースを押しのけ、煙草に火を付けた。
 サンダースは当然、注意した。館内は禁煙だと言って。しかし美鈴は線香だと言って墓標に火の点いた煙草とその箱を置く。

「マルコの好きだった煙草の銘柄です」

「知っているよ。なんで門番長が知ってるんで?」

「貴方の部下でしたからね」

「俺が上官だったのに、すっかり偉くなっちまって」

 サンダースの言葉は美鈴と、墓に眠るかつての部下に投げた言葉。
 墓標には部下の名と、死んだ年と月と日、そして場所が刻まれていた。







吐く息は既に白い。
 紅魔館の南方に広がる魔法の森の紅魔陸軍前哨警備陣地に冬が訪れている。

「コンパク伍長補、交代だ、前哨観測壕へ行け。ラビットはもう着いている」

「了解です、軍曹」

 休暇終了と同時に伍長補昇進の知らせを聞いてこの陣地へ来てもう二か月ほどが経った。
 まだ暑さが残っていた九月とは違う気候のために新しく支給された戦闘服はその効果を存分に発揮している。
 ヘルメットを頭に載せて冬季森林迷彩と防寒用の裏打ちが施されたトレンチコートに白色のズボンの裾をブーツに折り込んでいるが、小柄な彼女にとってこの格好は歩きにくいことこの上ないが厳寒の魔法の森はこの装備で無ければ生存は難しい。不平を言う気分は今の妖夢には無かった。

「魂魄伍長補です、交代で来ました」

「あぁ、ヨウム、分隊長は後方に下がったのか。機関銃についてくれ、僕達が後方に下がれるまで後八時間ある、最初の四時間は君、次の四時間は僕がつく。まぁそれまで死なないようにしよう」

 頷いて妖夢は伍長に昇進したパワーズの隣に座り、凍結を防ぐためのタオルケットが巻き付けられている機関銃に取りつく。パワーズは欠伸をしながらひたすら自分の手を擦り合わせたり息を吐きかけながら寒さをしのごうとした。

「そう言えば、ヨウムはハクギョクロウってところでガーデナーをしていたんだよね、どうしてそんなに平和で楽な仕事を辞めたんだい」

「辞めたわけじゃないけど、平和で楽だからこそ一度そこから離れてみようと思ったんです」

「日本人はやっぱり変人揃いなんだな、僕がその役職だったらこんな所絶対来ないよ」

 そう言ってパワーズはコートの上から袈裟がけに吊っていた水筒を取り出し中身の水を一口飲んだ。
 妖夢たちがいる前線観測壕にある財産と言えば据え付けの機関銃とその銃弾と交換用の銃身、これがこの観測壕に訪れる兵士たちが頼りにするものである。

「そうだヨウム、鉛筆を持ってないかい?」

「マップ・マーキング用の赤鉛筆ならありますけど」

「それで良い、貸してくれないかい?」

「はい、どうぞ」

「ありがとう」

 妖夢に礼を述べパワーズは受け取った赤鉛筆で懐から取り出した館内郵便紙に文を綴り始めた。
 霧深い森に鉛筆が紙を走る音が響く。妖夢は前を見つめたまま手紙を書いている相手の事を問う。

「……奥さんへの手紙ですか?」

「寂しいだろうから、毎日こうして、ね」

 パワーズはヘルメットを脱いで内側に張り付けていた妻の写真を見せる。紅魔館で働いているメイドとパワーズが結婚式の衣装に身を包んで立っている場面の写真だ。

「可愛いですね」

「あぁ、紅霧異変終結記念パーティーで知り合ってね、そこで意気投合して」

 付き合い始めた、そう言ってまたヘルメットをかぶり直し手紙を書き始めた。じゃあ死ねないですね、と言う妖夢を横目で見て頷く。

「誰か来てます」

「何ッ?何処だ、ヨウム」

「真正面です」

「ほう、良い目だ………奴は気付いてない、静かにしろ」

 妖夢の張り上げた声にパワーズは手紙を素早く服の内側へしまうと小銃を引っ掴み妖夢の指さした方向へ向けた。霧深い森を進む人影、所在なげに進むその姿を見つめパワーズは小銃の安全装置を外した。
 発砲不可の位置にあるレバーを連射の位置まで変更する金属音が森に響き、目の前の人影もこちらに気づいた、そして今度はしっかりとした足取りで妖夢たちのタコ壺に向かってくる。

「害意は無いようです」

「みたいだな。ヨウム、僕が行く、君はここで僕をカバーしてくれ」

「了解です」

 今度は妖夢が据え付けの機関銃の安全装置を外し、悼桿を引いて構え、パワーズはゆっくりと立ち上がってタコ壺から出、小銃を人影に向けながら歩き始めた。
 一人残された妖夢は霧の向こうのパワーズの影と向かって来た影を交互に見ながら、今すぐにでも引き金を引いてしまいたいような衝動に駆られた。無限にも思える時間、静かすぎる森の中では自分の呼吸音ですら嵐のように響く。
 次第に荒くなる呼吸を抑え、妖夢はじっと真正面を睨みつけた。

「ストップ!」

 パワーズは叫んだ。すると人影はその言葉に反応して立ち止まる。

「ジェロニモ!」

「ナバホ!」

 返ってきた合言葉に安堵したパワーズは小銃を下げ妖夢を振り返り大丈夫だと言い、人影の方へ歩いて行った。だが妖夢は大丈夫だと言われてもまだ安心はできないと思い、霧の向こうへ消えて行ったパワーズがもしやられたとしてもすぐ反撃できるように引き金に指を掛けたままの状態で静止した。

「ヨウム!安全装置を掛けろ、敵じゃない味方だ、門番長だ!」

「えっ!」

「門番長、門前に居る筈じゃあ?」

「他の陣地を見て回って来たんです」

 パワーズが伴って来たのは言葉通り紅魔館の門番、紅美鈴であった。今までの緊張と不安が馬鹿らしく思えるほどに妖夢は笑って立ちあがり、敬礼をする。
 美鈴も微笑んで妖夢に向かって敬礼を返し、口を開いた。

「おつかれさま。はいこれ、二人で仲良く分けなさい」

「はぁ……はっ!ありがとうございます!」

 美鈴が去った後のパワーズの笑顔を見て何やら良いものを貰ったのだと解釈した妖夢は傍に近付いて覗き込む。手に握られていたのは二箱チョコレート、それも里で開店したばかりの洋菓子店のもの。

「守矢堂のミルクチョコレートじゃないですか!これ凄く美味しいんですよ!!」

「うわぁ、こんな高級品、貰って良いんだろうか。なぁヨウム」

「まぁ、仲良く分けろって言われたから、貰っても罰は当たらないはず……」

「じゃあ有り難く貰おうよ」

 結局二人はこのチョコレートを貰うことにした。しかし食べる事はしなかった、妖夢は主人の幽々子に、パワーズは館で自分の帰りを待つ妻の為に取っておくことにしたのだった。





 美鈴の通過からすでに三時間が過ぎた。
 妖夢とパワーズはそれぞれの持ち場を交代してひたすら穴の中で寒さに震えていた。腕時計を見ると既に正午は回っている。

「………食事の時間だ。ヨウム、レーションを出してくれ、僕は火を起こすから」

「了解」

 タコ壺の大きさはそれほど狭くは無い。具体的に言えば大の男二人が体を伸ばして寝ようがまだ空く場所がある。これはここでもそれなりの救命措置を想定したうえでの構築だった。
 だが実際は大規模な戦闘のない幻想郷、空いたスペースは専ら火を起こすための穴が開いていたり兵士にとっての必需品が置かれていたりする。

「ヨウム、火が点いたぞ、缶詰は開けたかい?」

「開きましたよ」

 パワーズは妖夢から缶詰二つ受け取り、手製のコンロに乗っけて加熱し始めた。
 煙の少ない固形燃料で熱するため、被発見率はグンと低くなるものの焚火の様な暖かさは無い。

「パンも炙りましょうよ、伍長」

「グッドアイデアだ」

 そして湯も沸かし粉末コーヒーを入れたカップにお湯を注ぐ。寒い森の中で唯一の安らぎを得る事が出来る時間、それが食事時間である。
 二人は前方を警戒しながらも暖めた食事が冷めないうちに食べることにした。
 牛肉の細切れのホワイトソース煮込みをパンに挟んだものと砂糖もクリームも入れないコーヒーの昼食。

「慣れたね、コーヒー」

「えぇ、まぁ。でも紅茶の方が好きだなぁ」

「後方に下がれば幾らでも飲める、それまでの辛抱だ、ヨウム」

 カップから立ち上る真白の湯気が視界を曇らせ、暖かい食事が冷え切った体に少しの熱をもたらした。
 食べ終わるとゴミなどを開いた木箱に放り込み、また前方を見据える。






 紅魔陸軍前哨観測警備陣地司令所、所定の勤務時間を終えた二人が食堂で夕飯を食べながらこれからの事を話していた。そう、紅魔館への帰還の話である。

「あと三日でこの前哨陣地からおさらばだ、素晴らしいね」

「そうですね、私は帰ったらいの一番にお風呂に入りたいなぁ」

「それは僕も同感だ、その後妻とゆっくり話をしたい、二人っきりでね」

 ただ、と妖夢はフォークを皿に置きながらぼやいた。

「先月から今日まで、一度の戦闘もできませんでした、何のために此処に来たのか」

「おい滅多なこと言うなよ、死にたいのか?」

「そうじゃないけど……私はここに来る前までここの事を幻想郷で今なお残る実戦場だと聞きました、なのに私は椅子に座りミニチュアのクリスマス・ツリーが置かれたテーブルの上に行儀よく並べられた御馳走にありついて………」

 妖夢は話を聞きながらデザートのメロンゼリーをスプーンですくって食べるパワーズを見据えて続ける。

「………伍長は食後のお菓子を楽しんでいるし、向かいのテーブルの彼は紙ナプキンで口を拭いて食事に満足している。危険地帯って言う感じがしない、拍子抜けって感じです」

「ヨウム、確かに君の気持は分かるよ、でも態々死を間近に置くなんてことしなくても良いんだよ、今は平和だ」

「平和なんだったら、なんでこんな寒い場所にいるんでしょう」

「平和だからこそここにいるんだ」

 そう言ってパワーズが残ったメロンゼリーにスプーンを突きたてようとした動かした途端、丁度良く二人を呼び掛ける声が食堂に響いた。

「ラビット、コンパク、二人とも司令室へ来るんだ!」

「あぁマジかよ……ヨウム、行こう」

 パワーズは心底嫌そうな顔をしてメロンゼリーを一口で飲み込みテーブルを立ち、妖夢もそれに続く。






 見るからに堅そうな樫の扉の前で立ちすくみながら二人は飛び出しそうな心臓を押さえつけるのに必死になっていた。
 妖夢もパワーズも、出来うる限りこの場所には来たくないと常日頃から考えていたのだが、その考えが一瞬で潰されてしまったことに嫌な汗が止まらない。

「司令官室には嫌なモノがたっぷりとある。お小言やお節介、そして規律に厳しい上官殿……」

「来いってのは命令ですけど………うぇ」

「出来る事ならここには来たくない」

「……はい」

「…………行こうか」

「………………はい」

 ノックをし、返答が聞こえ入室と同時に敬礼。

「あぁ、二人とも、まずは楽に」

 入室した瞬間目に飛び込んだ人物が二人の息を詰まらせた。紅魔陸軍最高指揮官、紅美鈴がそこにいたからである。
 しかし口を開いた美鈴は二人が予想する嫌な事とは正反対の内容を言った。

「まずは二人とも、おめでとう」

「門番長、一体何がでしょうか?」

 パワーズが尋ねると美鈴はにっこりと笑って二人に茶封筒と小さい正方形の箱を渡した。箱を開けてみると新品の軍曹の階級章が鎮座し、茶封筒の中には辞令。

「パワーズ伍長、魂魄伍長補、本日付で軍曹に昇進です、これより一層職務に励んで下さい」

 妖夢とパワーズは互いに顔を合わせ、顔を綻ばせた後、決意をみなぎらせた顔で敬礼をした。
そしてもう一つ、と美鈴が付け加えたのはすぐ後だった。

「二人とも三日後に館へ帰還する予定でしたね」

「はい、そうであります」

 パワーズ伍長改め軍曹が応えると美鈴は頷きながら言う。

「明日になりました」

「はい?」

 言っている意味がよく分からないとでも言いたいかのように妖夢は聞き返した。するともう一度はっきりした声で帰還予定が二日早まったと言う事を美鈴は二人に告げた。
 暖かいベッドに隙間風の入らない部屋、銃を隣に眠らなくてもよい、二人はその願いが早くに叶う事を知って顔を輝かせた、漸くこの雪と土しか無い場所からおさらば出来ると。

「二人とも、館でまた会いましょう」

「はっ!」

 入室する時よりも軽い足取りで二人は司令官室を後にした。

「そう言えば軍曹は一階級昇級ですけど私は伍長補から軍曹、良いんですか?」

「伍長補ってのは準正規にしか与えられない階級だし、ヨウムは入隊テストの成績も良かったからね、このまま調子よく行けば来年の除隊時には中将にでもなってるかもな」

「そんなことありませんよ」

 妖夢は笑いながら否定し、言葉を繋げる。

「でも昇進と言う事は給料も上がりますし、それに館へ戻れる」

「最高だね」

 そして二人はそれぞれの部屋へ戻った、明日の為に準備を済ませるために。






 翌日、二人は他の帰還隊員と共にトラックに乗り込んでいた。
 パワーズはもう既にヘルメットを脱ぎ去り、略帽を頭に嵌めこんでいる。

「ヨウム、昨日は眠れた?」

「えぇ、ばっちり。軍曹は?」

「最高の気分だよ」

 妖夢が周りを見渡すと、皆一様に笑顔で、これからの事を話しあっていた。
 里へ行く話、館で趣味を過ごす話、帰りのトラックと言うのはこれ程まで緊張感が無いものらしい。

「ロン、ラビット、ヨウム、今日でお別れだな」

「そうですね、分隊長」

 そう話しかけて来たのは曹長に昇進したサンダース。彼も昇進し、今度は小隊を任されるのだと言う。

「本当なら少尉か中尉が小隊長だが、俺は軍歴が長いからな。そこいらのエリート尉官よりはずっと実戦経験が豊富の大ベテランで、生きている時間も長い」

「じゃあなんで、その大ベテラン様がその年まで軍曹に甘んじていたのか、ご教授願いましょうか“曹長殿”」

 アーキンの嫌味を含んだ一言に詰まると、今度はパワーズが妖夢に小声で答えた。

「……実はチップは酒癖と喧嘩癖のせいで昇進しては降格を繰り返してるんだ。門番の中で唯一、二等兵まで格下げになったんだよ、彼」

「ラビット、なんか言ったか?」

「いえ、なんでもありません、曹長殿!」

 館に着いたと同時に帰還した隊員は全員大浴場へ送られ、森で過ごしていた間の汗や垢を洗い流すことに専念した。そして上がるとこれまで来ていた森林用の防寒迷彩服は全て補給係が洗濯に回すため回収されており、そして代りに館内業務用の清潔な通常戦闘服が支給されていた。

「はぁ~、生き返った」

 濃緑の戦闘服へ着替え、まだ湿り気を残す髪の毛をタオルで拭き取りながら自室へ向かう。

「久しぶりだわ~」

 部屋に入るなりベッドへとダイブ、忘れていた柔らかさを堪能しつつちらと横目でライティングデスクを見やると何枚もの茶封筒が山をなしていたことに妖夢は気付いた。開けてみると、それは森で過ごした三カ月の未払いのままの給料だった。

「……うわ、結構溜まってる」

 軽く見てゼロが六つ。
 妖夢は困り果てた。生まれてこのかたこのような大金を自由にできた試しが無かったのだ。

「………どうしよう」

 考えてまず最初に思いついたのは賭け。適当にやって、負けて、少し減らそう、そう考えた。そしてぶらぶらしつつ見つけた館の即席の賭場で参加した結果………

「増えた………だと………?」

 賭けの種類は紅魔館で最も多く行われているポーカー。これまで妖夢がやった事のある賭けと言えば花札、チンチロくらい。初見でポーカーは絶対に負ける自信がある、その勢いでやった結果がこれである。
 頭の数字があと少し大きければゼロがもう一つ増えるはずだ。

「どうしようか」

 呟きつつ、閃いた。良い場所があるじゃないかと、金に困っている人が一人いるはずだと妖夢は思いだした。そう、博麗の巫女、霊夢である。

「明日は早速休暇、よし!」

 自室の机に山積みにされた札束達に勝利の目を向けた妖夢は一人静かにガッツポーズをするのだった。






 翌日、朝食を済ませた妖夢は門前で美鈴に外出許可証を提示して出かけようとしていた。

「何処に行くんですか?」

「いやまぁちょっと、散歩です」

「楽しんで来て下さい」

「ありがとうございます、門番長」

 真っ先に向かうは博麗神社、給料の約三分の二の量のお札がギッシリと詰まったバックパックを背負い、飛ぶ。
 ようやく見えて来た頃には既に昼時を過ぎていた。妖夢は境内で掃除をする霊夢を見つけ、声をかける。

「あら、アンタ、紅魔館に就職したって聞いたけど、ホントらしいわね、何?幽々子から暇出されたの?」

「違うわ、それよりもコレ」

 と言って差し出されたバックパックを受け取った霊夢は一瞬で表情を変え、中身を改めた。果たして霊夢の想像通りのものが詰まっていたのだ。
 予想通りであったとしても、霊夢はまず確認を取る。

「なにこれ」

「……お賽銭」

「ワァオ」

 一気に大量のお賽銭を運んで来た妖夢にお茶と菓子(香霖堂からパクって来た高級品)を出しつつ霊夢は尋ねる。何故紅魔館に入ったのかと。

「別に良いんじゃない?給金は無いけど平和じゃない、門番って美鈴とか見てると生傷絶えない仕事じゃない」

「霊夢さん、私はそう言う考えが出来る貴女が羨ましいです」

「はぁ?」

 茶を一口啜り、妖夢は続けた。
 戦いを知りたいのだと、死を間近に置く戦いを、スペルカードでは味わう事の出来ない緊張を、味わいたいと。

「あんた狂ってるわ」

「仲間にもそう言われます」

「いやまぁ、ここには狂ってるで済ませられない奴がうじゃうじゃ居るけど………あんたみたいに自分から死に向かうような奴、居ないわよ普通」

 霊夢の言葉に肩を竦めながら妖夢は残りの茶を一気に飲み干し、続けた。
 
「魂魄家の者の多くは、私が知る限り戦いの中で命を落としてきました」

「何が言いたいの?」

「羨ましいんです、私には想像もできない事を私に近い人たちがやっていたなんて」

「羨ましいって何、自殺願望でもあるの?弾幕ごっこじゃないのよ?普通の命のやり取りなのよ?」

「我がことながらそう思います。でも、現に、迷彩服に身を包んで武器を握って息を殺してじっと待つ事が、今考えれば楽しいんです、凄く」

 妖夢が言うには戦闘と言う行為には魅力があるそうだ。敵は来るのか、来ないのか。来たとしても強いのか弱いのか、それは戦うまで分からないと。
 マッチ一本の火にすら気を付け神経をすり減らす夜に上がった照明弾はこれまで見た花火よりも美しく、訓練場を満たした硝煙や弾雨、怒号や土埃は心地のいい音楽の様に聞こえる。
 
「でもひょっとしたら、戦いで死ぬかも知れないわよ?今は平和だけど、何時何が起こるか分かったもんじゃない」

「その分かったもんじゃないのが起きて欲しいのです、ひょっとしたら私は命を落とすかもしれない、でもそれで良い、戦場で死ぬのは寧ろ本懐かもしれないのです」

 館に戻ろうとして、鳥居をくぐる前に霊夢は妖夢の背中に声を投げかけた。

「妖夢!幽々子と同じ場所に行くんじゃないわよ、悲しむだろうから」

「私が死んで幽々子様が悲しむなら、それは不公平ってヤツですよ」

 それだけ言って、妖夢は霊夢に敬礼をして去って行った。
後編鋭意製作中

どうもちゃりんこ先任軍曹です。
某氏の武装化SSに触発されたやってしまいした。

因みに今作のシフティ・パワーズ軍曹は前作「バンドオブブラザーズ」のシフティ・パワードとは関係ありません。

それからグロ注意ってやったけどそこまでグロくないよなぁ……
ちゃりんこ先任軍曹
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コメント



0.190簡易評価
1.70名前が無い程度の能力削除
いったい何と戦っているんだ…w
2.10名前が無い程度の能力削除
うん、これ東方でやる意味(ry
3.60名前が無い程度の能力削除
大規模な軍隊持ってる理由は後編で説明されるんですよね。ね!
4.10名前が無い程度の能力削除
話も状況も全く飲み込めません
5.50名前が無い程度の能力削除
数年後に思い出してベットで悶え苦しむ黒歴史キター!
6.80名前が正体不明である程度の能力削除
もしやこれってクロスオーバー?
7.10名前が無い程度の能力削除
……単にネタを被らせたいだけ?
実際東方おまけになってるから続編はいらんよ。
11.無評価名前が無い程度の能力削除
おもしろいwww後編期待!
13.80保冷剤削除
なにに触発されて、なにを材料にして書いているのかが解らないけれど、少なくともここに出力されたものだけならばそこそこ咀嚼はされていると思います。
とりあえず読後の第一声は「妖夢がセクハラされなくてよかった」。そして後編に関しては「妖夢がちゃんと死ねますように」。"半人半霊"、さらには戦うことに本懐を見出している妖夢の姿勢を加味すれば、彼女にとって最も残酷な状況がタイトルの元ネタにおける"半死半生"であることは明らか。不安だなあ、妖夢大丈夫かなあ。
いわゆる訓練キャンプものをやりたかったのか、それともそれも含めた志願兵の物語をやりたいのかは後編次第でしょうか。妖夢の身の回りだけに物語を狭めず、いっそ突き抜けてどんどん世界を作って行ったほうが楽しいと思います。描写も同様に、読む人がドン引きするレベルで深く書き込んで。
なにと戦っているのか。そこは誰もが気にするところです。そういった説明は、する気がないのかもしれませんが、あったほうが面白かったと思うので、この点数で。