Coolier - 新生・東方創想話

老いては子に従がわず『三夜』

2011/11/18 23:54:30
最終更新
サイズ
20.51KB
ページ数
1
閲覧数
658
評価数
4/12
POINT
700
Rate
11.15

分類タグ


気がついたら、森の出口に立っていた
今まで、自分の中で熱く、焦燥していたものが
冷たくなってきて
頭の後ろがしびれて来る




そして私は自分を呪った



*******************************




老いては子に従わず 「三夜」







博麗神社では萃香が霊夢と唄に興じている。

「怒った神ならほめられて 悪い化け物とぶっ殺される~」
「・・・・」
「いや、なにか違うね・・・ 霊夢もう一回!」

霊夢は萃香にやり直しを要求され、ぶすっとした表情で琵琶を構えなおした。

どうやら一緒になって遊んでいたわけではなく、一方的に萃香につき合わされているらしかった。
霊夢が舞子の伴奏のよう上手に琵琶を鳴らし始める。

「荒ぶる神ならほめられて~ 悪しき化け物ならめったうち~」
唄のつもりらしい、霊夢が退屈そうにしている分には、どうもうまくもない唄を適当に練習していることがわかる。

「ねぇ、萃香」
「う~ん、いまいちだね・・・なんか、もうちっと韻をふめないかねぇ・・・」
「聞いてる? っていうか、あんたこれ演れるでしょ? 私に弾かせないでよ!」

霊夢が怒って琵琶の腹をばしばしと叩いて抗議を始めた。

「なにかいいのないかい霊夢?」
「聞いてよ!」
「思いつかないならしょうがないねえ・・・じゃあ今のとこもう一回!」
霊夢と萃香がくだくだと唄の口論を始めだす。

「お~い霊夢~・・・・と萃香か、なにやってんだ?」
魔理沙が箒から降りて境内に立つ。

霊夢が琵琶で縁側を殴ろうとしていたのにやや驚いたのか、ぽかんとしている。

「おう黒白の、見てのとおりさね、霊夢と一緒に次の宴会の出し物を考えてたのさ」
「いや、どういう趣向の出し物なんだよ?」
「はい魔理沙、これ!」
「? 琵琶?」
魔理沙が琵琶を突き出されて思わず受け取る。

どうやら萃香は次の宴会に向けて唄を考えていたようで、それに霊夢をつき合わせていたらしい。

「ちぇ・・・・じゃあ白黒の、なんでもいいからさ何か弾いておくれよ」
「何でも良いのか」

口元を突き出して残念そうな萃香は魔理沙に伴奏をねだりだした。
魔理沙はそれに気を悪くしたふうもなく、素直に琵琶をかき鳴らし始める。

「おっ! いいねいいね~ 巧いじゃないかい」
「そうか?」
「それで魔理沙、何しにきたの?」

魔理沙は会話をしながらもよどみなく弦を響かせる。
それに気分を良くしたのか、魔理沙が余所見をしているのも気にせず、萃香は調拍をつけて謡いだす。

「いや、何しにって訳じゃないんだがな、ほら例のアレだよ」
「アレってなによ」
「妖夢が昨日決闘するっていってたろ、 そのことだよ」
魔理沙が「それの最新情報だぜ」と、朝早くから博麗神社に足を運んだということだった。

「ああ、そのことね。 それで、その様子だと妖夢が勝ったってことなの?」

魔理沙が平気そうな顔をしていたので、霊夢はおそらく妖夢が昨晩の決闘を生き延びたのだと思った。もし、妖夢が斃されていたら、噂好きの魔理沙はもっと血相を変えて駆け込んでくるだろう。

「いや、それがわからないんだ」
「どういうことよ? 魔理沙は妖夢の様子を見に行ったんじゃないの?」
「それがさ、 妖夢に会いに行ったのはそうなんだが、妖夢のやつがさ」


今は会えない、いずれ決着がついたら連絡します


「って、使用人の幽霊に伝えてたらしくてよ、私は門前払いってわけだぜ」
「・・・・」
「これって、引き分けってことなのかな? やっぱり」

魔理沙は首をひねる。
今自分が言ったことに納得できていないようだった。

その一方で、霊夢はおおよそだが、妖夢に何が起こったのか判りかけていた。

スペルカード戦なら、相手に「まいった」といわせればそこで終わり。
ある意味、そこに引き分けはない。
終わりまで、心ゆくまで勝負を続ければいい。

だが妖夢の向かった決闘の性質上、勝ち負けはお互いの生命の有り無しで結果が知れる。
妖夢が昨晩の決闘で生きて帰ってきたのなら、普通は妖夢が勝ったと考える。

それにも関わらず決着はついていないとなると、話がこんがらがる。
もしかすると、敵は複数いて、すべて斃すまで緊張は続いているとか。

だが霊夢はそうは考えず、決闘の決着がつかない場合がもうひとつあったことを思い出した。
どちらかが、逃げた
つまり、どっちもまだ生きているから決着はついていないということなのか



それが、相手か妖夢のどちらかというところまではわからない



どの道、妖夢が敵を追い詰めたにも関わらずそれを逃したとなれば、それはそれで、しょうもない話になる
霊夢はそう考えた。

「こりゃ、妖夢の相手は相当に強いやつだってことだぜ! まさか白玉楼の御庭番と引き分けるなんてよ!」
と魔理沙が昨日と同じように鼻息を荒くしている。

魔理沙の中では引き分けとは両者の実力が拮抗している、浪漫溢れる格好の良い場面らしい。
霊夢は昨日と同じような心持になる。

「そういうのを相打ちって言うのよ」
「どっちでもいいだろ、 勝負はまだ続いてるんだぜ? こりゃあ、いよいよ目がはなせなくなってきた!」
「・・・・」

霊夢は魔理沙の琵琶を鳴らす指がとまって、萃香の唄も同じように止まっているのに気づいた。
隣の萃香が拗ねたように唇を突き出している。

「まぁ、本当に引き分けたのなら、珍しいかもね」
「だろ! そこでだ、私にすごい考えがあるんだよ!」
「ちょいと! 白黒の、ちゃんと弾いておくれよ!」
「それどころじゃないぜ! 萃香も呑気に唄なんか詠ってる場合かよ!」

魔理沙は自分の言葉に興奮して、乱暴に萃香に琵琶を押し付けた。

萃香は魔理沙の態度に相当な衝撃を受けたらしく、しょんぼりして、一人で琵琶を練習しだす。

「それで、考えってのは何なのよ魔理沙」
「そいつは当然私たちが妖夢に助太刀するってことさ! こんなに珍しいことに首を突っ込まないのは、私の性にあわないぜ!」
「やれやれ」

魔理沙のことだ、この台詞を必ず口にすると思っていた。
魔理沙の様に物見遊山というわけではないが、霊夢にとってこれ以上この決闘をみて見ぬふりをするのは、博麗の立場としても少し具合が悪い。


状況がどう移転しているのかを知るためにも、調査は必要になっているのかもしれない
博麗による仲裁を得れば、その決闘もこれ以上の血を見ないうちに収束するだろう


流石に霊夢も幻想郷の平和を預かる身としては、冷たいようでそこのところは気にはしていた。

「そうね、助太刀したほうがいいのかもね」
「あったりまえだぜ! 妖夢は私たちの友達だからな、応援するのは別に卑怯でもなんでもない、だろ?」
「助太刀に関しては私も異論はないわよ、妖夢に内緒でいきなり助太刀するものどうかとは思うけど、魔理沙の言うとおりだと思うわ」

魔理沙は霊夢の言葉に満足して「うんうん」と何度も首を縦に振る。

「けど肝心の決闘の場所がわからないじゃない、妖夢に聞いても素直に教えてくれるのかしら」
「うーん・・・」

昨日の妖夢は決闘の場所をとうとう教えてはくれなかった。
初心を貫く、真面目な妖夢は状況がどうであれ、助太刀を頼むならはじめから頼みこむはずだ

いまから教えてもらおうとしても、素直に教えてはくれないかもしれない


「わたし、その決闘の場所しってるよ!」
「萃香」
「おっ? 本当かよ萃香! 妖夢の決闘のこと知ってるのか?」

一人で寂しく話から疎外されていたのが堪えていたのか、萃香は琵琶を放り投げて魔理沙と霊夢の間にひざを突き入れた。

「いや、誰が決闘してるのかはしらないけどさ、私がそこらじゅうに散って、風にのって散歩してたらさ、森が騒いでたんだ」

幻想郷古参の鬼である萃香は、体を塵にすることができる。
彼女には棲むという感覚が欠如しているが、それはこういう特殊な存在であるということが、性格以上に関係しているのかもしれなかった。

「森の騒ぎ方が尋常じゃなかったんだ、様子を覗いてみたら結構大騒ぎしてたよ」
「そこに妖夢がいたのか!」
「・・・・」

萃香が突然、口を閉ざしてしまう。
いままで、なんとかかまってもらおうと会話に割り込んできたのがうそのように、無表情になった。

「いたよ」
「おお! ってことは、その森の場所で間違いなさそうだぜ!」
「まぁね」

萃香は一度は放り投げた琵琶をもう一度拾い上げる、
滑らかに、指を弦に這わせて演奏を始めた。

「よーし、じゃあお前もこいよ! お前がいりゃあそこらの奴なんてあっという間に取り押さえられるぜ!」
「え?」
「なんだよ、お前こういうの好きだろ? ちょいと暴れたってお咎めないぜ、博麗の巫女が一緒にいるんだぜ?」
「・・・・」



   そういうわけでもないけど



霊夢はここで博麗の肩書きを奮っていいものかとちょっと悩んでいた。
それに、魔理沙がこういう風に博麗の名を使おうとするのは初めてだったのも加え、霊夢は霊夢で萃香と同じように難しい顔をした。

もしかすると、魔理沙は魔理沙でこの状況に心が普段では考えられないほどに荒れているのかもしれなかった。


「やっぱり、いいや」
「え~?」
「今日はそういう気分じゃないね、妖夢には悪いけど、私は助太刀はしないよ」

萃香は縁側の座布団を引き寄せて、琵琶を演りはじめる。
心を落ち着かせるような音色が響き始めた。


「ま、仕方ないわね。 一度言い出すと聞かないし」
「ったく、面白くねーの、 じゃあ昨日の面子で咲夜も一応誘ってみるか?」

「私は、しばらくここにいるよ、いいかい霊夢?」
「いつも無断で居座ってるじゃない、留守番よろしくね、萃香」
「うん」
「じゃあな、萃香」

魔理沙と霊夢は昼前の高い太陽に向かって飛んでいった。

「・・・・」
萃香はそれを見えなくなるまで眺め続ける。
二人が地平線に消えた。
それを見届けてから、萃香は手に腰に巻きつけてあるひょうたんを口元に寄せて、傾けた。


「らしくないね、まったくさ」


萃香がひとりごちる。
角の付け根を「やれやれ」と不機嫌そうな顔で引っ掻いた。

「あたしとしたことが、こんなでいじいじするなんてね」

萃香は琵琶を構えて、縁側でずっと弦をはじき続けた。







白玉楼の時間は、止まったようだった。

朝に響き渡る、妖夢の声は今朝は響かない。
それに伴うはずの住人の動きも止まっていた。


「へんねぇ」
幽々子は、今朝の白玉楼の静けさが気になった。

いつも妖夢は、この昼前の時間は、にこにこしながらお茶請けを持ってきてくるはずなのに

一応はお茶請けを持ってきた。
それはそうなのだが、妖夢の表情はいつもよりうんと硬かった。

厳しく、血の気の薄い白い顔で、二言三言の社交辞令の様な会話を交わしてさっと下がってしまった。

妖忌は、自室に篭っている。

以前の妖忌と妖夢の会話になにか関係あるのだろうと思った。


妖夢は昨日の、夜遅くとも朝早くとも、どちらにもつかない明朝に帰宅した。
妖忌も昨日以降、部屋から顔を見せない。
妖夢は額と二の腕に怪我、とはいわないが、切り傷を付けていた。


   私の知らないところで、何か起こっている


嫌な気分だった

妖忌や妖夢が常々にいう「幽々子様の為です」というやつだろうか

それを聞くたびに、心穏やかではなくなる。

幽々子が記憶定かでないときから彼らはそばにいる。
何か起こるたびに彼らは口をそろえてその言葉を言うのだ。

確かに、彼らは幽々子の家来という体を取って、白玉楼に住んでいる。
だからといって、納得できないこともある。



大切な家族が傷つくことを誰が了承したというのか



そのことを思うと、身勝手な彼らにむかっ腹が立ってしょうがなかった。


今回ばかりは問い詰めてやろう


幽々子は先ほど顔を合わせた妖夢を捕まえて、厳しく問いただした。

「妖夢! 私に何を隠しているの!?」

こういえば、いつも妖夢はどんな秘密を隠していても口をあっさり割った。
大抵は、しょうもない程度の秘密、後ろめたさを隠していただけだった。

大切な皿を割った
掛け軸を破いた
実は餅を隠れて食った


妖夢の肝っ玉の小ささにふきだして、そのたびにからかってやったが、
今回は違った。

「申し訳ありません」

妖夢は下を向いて、幽々子の目を見なかった。

「申し訳ありません じゃないでしょう、隠していることを認めるなら、私に早くいいなさい!」
「できません」
「妖夢!」
「幽々子さま、今晩は部屋から出てはなりません、御庭番頭としてのお願い・・・いえ、命令でございます」


幽々子がどうにかして、火照った頭で言葉を紡ごうと、口をぱくぱく開いたり閉じたりしている間に、妖夢はお辞儀して下がってしまった。

かっかした頭でその場をうろつきまわった。
妖忌を探して事情を聞こうとした。
妖忌の部屋の前から、様子を伺った。

妖忌は部屋の座布団の上で身じろぎひとつしないで、目の前の虚空を見つめている。
幽々子は一瞬、妖忌が死んでいるのかと思うほどに、その顔は無表情だった。

「幽々子様?」

妖忌が振り向いて、名を呼んだ。
はっとして、無作法に障子から覗き込んでいたことに恥ずかしい気持ちになる。


「いかがなされましたか?」

心配そうに、声の調子を落とす妖忌の姿に、幽々子はほっとし、

乱れた心が落ち着いた。

「・・・そのね、妖夢のことなんだけど・・・」


幽々子は今朝の妖夢の異様な態度の様子を話した。
そして、妖忌に何か知らないかと、思いの丈を打ち明ける。

随分長い間、話を聞いてくれた。
その間、妖忌はしきりにうなずいて、相槌を打った。


「妖忌、妖夢は一体何を隠しているの? 知っているんでしょう?」
「・・・・・」
「妖忌?」

妖忌は、妖夢と同じように何も言わない。
妖夢とは違い、妖忌の目は幽々子の双眸を離さなかったが、なにも話してはくれない。




   妖忌も妖夢と同じように、何も教えてはくれない
   これは、妖忌と妖夢の二人のひみつなのだ



そう、思った瞬間、幽々子の頭がまたしても、焦燥と怒りで、かっと燃え上がった。

「もういいわ!」
「幽々子様」

障子を乱暴に開けた幽々子の後姿を、いつもの様に、かつていつもそうしていた様に

妖忌の老成した、低い落ち着いた声が引き止めた。

「幽々子様」
「・・・・」
妖忌はもう一度、優しく諭すように少女の名前を呼んだ。


紅く、怒りで歪んだ顔を妖忌に見られたくないと思った。


「孫は今、試練に立ち向かっております」
「・・・・・」
「あいつのことを、許してやってください。そして、妖夢が試練を終えれば、何もかも元通りになります」

幽々子は障子に手をかけたままで、妖忌に背中を見せたままだった。
態度の悪さは承知しているのだが、


怒りと、良くわからないもやもやとした心が幽々子の行動を阻害していた。


「妖夢が試練を終えても、今回のことは妖夢は話さないかもしれない」

わけもなく、舌打ちをしたくなる気持ちをぐっとこらえた。

「ですが、妖夢が試練を終えて帰ってきたときには」

「どうか、笑って迎えてやってくだされ」


そこまで聞いて、幽々子は障子を閉めた。




そこから、ぶらぶらと、敷地をうろつきまわった。

さっきまでの苛々が、嘘のようだった。
だが、その代わりに、幽々子の肩は、まるで憑き物があるかのように重くなっている。


「朝餉はいらないわ」

出遅れた、給仕の幽霊にそう告げてから、
幽々子は妖夢の言いつけ通りに自室に入っていった。



**************************



私は昨日の決闘の晩のことを何度も、何度も反復していた。
自室に入った、最初の半刻ほどは泣いてから、気を持ち直した。
そして、今は、私の手の中には、

長く、尖るように加工された千本とも寸鉄とも似つかない刃物が握られている。


「・・・・はっ!」

畳にひざをついて、袖からそれを取り出して、突き立てる動作を何度か確認する。
具合は悪くない。

卑怯だと、かつての私は言っただろうが、
もはや、自分はそれ以上の卑怯者だ。

この作戦に対して、気後れはなかった。

私は昨日の出来事を思い出し、敵の動きや太刀筋をなんとか思い出そうとした。







試合場に、現れた敵の不意打ち。
私の背後からの一閃。

「・・・ッ!」

私は違和感と共に振り返り、敵の影を目の端に捉えた。

とっさに抜いた脇差で応じた。
短さが邪魔をせず、なんとか間一髪で防ぐことには成功するも、勢いに負けてこめかみで刀身がはじけた。

もし、長物で応じようとしていたら、頭を割られていたのだろう。


「っこ・・・!」

私は、叫ぼうとした。

  この卑怯者!

だが、私は続きを叫ぶことはできなかった。


敵が、息をつかせず、二合三合と剣を正確に入れてくる。


「っが!」

弾幕勝負のときのように霊気の弾を相手にぶつける、
だが、その弾は分厚い肉の皮膚を僅かに裂くだけで、相手はお構いなしに突進を繰り返す。


その間にも、私の正面で刀身がぶつかり合い、火花が散った。
私の二の腕に力負けしてできた切り傷ができていく。
まるで、勢いを付けた、巨木、岩石を受け止めているような怪力だった。


狭い森の中で、逃げ場はなかった。
今思えば、この作戦のための、試合場だったのかもしれない。


そのときの私は、度し難いほどに取り乱していた。


     不意打ちをされた
     斬られた
     
     後手に回ってしまった


それだけの事実がくるくると頭を廻る。

実際の傷は、こめかみに刃が触れただけの全くの浅手。
これくらいの傷など、普段の白刃の稽古でも珍しくともなんともない。



しかし、私はそれだけなのに「斬られてしまった」と頭で繰り返す。

それはまるで、自分がもう勝負に勝てないのだと錯覚させる。


私は敵の振りかぶる剣を飛翔で、高く跳んでかわした。
脚を斬られる危険と隣り合わせだったが、そのときの私は幸運だったのだろう。

無傷で窮地を脱した。

「はぁッ・・・!」

私は荒い息を吐いて、ようやく楼観剣を抜くことが許される。


「・・・・」


相手は、さらに距離をとり、私を見定めるように目を細める。


私の両手は、しっかりと剣を握っている。
そのはずなのに、両手はみるみる内に力を失い、危うく剣を取り落としそうだった。


太ももの、外側が痺れてくる
脚が動かない

気づけば私は、相手の様子を伺うだけの木偶の棒になっていた。

剣士は、大刀を正眼に構え、摺り足で近寄ってくる。
切っ先が鶺鴒の尾のように震え、剣先が生きたようにこちらを威嚇する。


剣士は 



と気合と入れ、私の反応を誘う。

その、大気を震わせる気合に思わず、腹の底が縮み上がる。

私は、その誘いに馬鹿正直に乗り、
びくり
と、肩と肘を震わせた。

なんともお粗末な話で、まるで初めて剣を握った素人同然だ。

ただでさえ長い楼観剣の切っ先が止まり、その瞬間動きが死んだ。


そのとき、相手の右足が

ずしっ

と地面を踏み鳴らし、楼観剣が力任せに、相手の剣に巻き込まれて、弾かれた。
楼観剣は、対峙するべき相手に切っ先を向けず、力の抜けた手からほとんど飛び去る直前になる。




その瞬間に、細い首が、大刀の勢いで、胴と泣き別れにされる
そうして私の、首をなくした体が、くたりとその場に崩れる



その光景が、目に痛いほどに鮮明に映った。


私は飛び去る楼観剣を、与えられた力に任せ、両手から離した。
楼観剣は森の中に消えていった。


剣を手放し、私の体は自由になった。




身を翻す。
剣が鼻先を掠めていく。



逃げよう

それだけだった。
私は後ろ向きにがむしゃらに、霊気の弾を撃って、暗い森の中に飛び込んだ。



   どこに逃げよう
   今相手は私を追ってきているのか

   死にたくない


必死に森を転げまわって、逃げまくった。



そして、どれだけの時間逃げ回ったのだろう、私は森の終わりで、呆然と汗を滝のように流して、満月を見つめていた。





気がついたら、森の出口に立っていた
今まで、自分の中で熱く、焦燥していたものが
冷たくなってきて
頭の後ろがしびれて来る




そして私は自分を呪った



私は、家族を捨てて、敵から逃げたんだ



満月の周りに、霞がふわふわと、私を嗤うように浮いては消えていった。

*******************************







どん
畳を踏み鳴らして、寸鉄を振りかぶる。

投擲の練習を何度かしてみる。
思い通りの場所に命中する。


頼りない霊気の弾丸ではない、重量をもった鋼鉄の刃だ。
急所を突けば生身でなくともひとたまりもない。

ここぞの最後の手段、敵の不意を撃つ卑怯の手段だ。
そして、私の勝ち目はそこにしかない。



幼少のころに爺様に剣を習った。
剣だけではなく、具足、組討、投擲術などもその教えの中に組み込まれていたが、かつての私はそれを良しとは思わなかった。

それは弱い、卑怯者の手段だと思っていた。
高潔な剣士なら、剣だけで勝負を決するべきだと思った。



もう一度、隠した寸鉄を相手にすばやく突き立てる動作を反復する。


隠し武器を、隠して使って何が悪い


昨日までの自分を殴りに行きたい。
敵が、正々堂々と挨拶でもして、夜中に松明でも焚いて待ってくれているのだと思っていた。


なんて、油断、不謹慎、傲慢、怠慢。
自分を呪う言葉が次々と浮いては消えていく。


あれほど、爺様が念を押したことを私はまるで理解していなかった。


   負ければ我らに後はない


それらを振り払って、私は、作戦を考え始める。

今夜、借りを返す


楼観剣は、もう使えない。
私がおいて逃げてきたから。

倉から、適当なものを探さなくてはならなくなった。




今朝逃げてきた私をはじめて出迎えたのは爺様だった。


「・・・・」
「・・・・」

爺様の目が、私を見透かしていると思った。
そして、爺様がゆっくりと口を開く。


「敵は」
「・・・・いえ」

私は卑怯にも、かぶりをふって、話をごまかした。


普段の爺様の怒鳴り声が懐かしく思える。
静かな声が、それ以上に怖かった。



「妖夢」
「はい」
「敵は、今晩また現れる、次こそは斃せ」


爺様はそれだけを伝え、白玉楼に入っていった。

酷く、惨めだった。
部屋に入った後に、私は泣いた。

昨日までの自分は滑稽な、小娘だ。
浮かれて、自分は大丈夫なんて、根拠のない自信にとらわれて。

そして、逃げた。
卑怯者と、自分を罵った。

しかし、今は違う。



今晩こそは、汚名を雪ぐ


切り傷に大げさに包帯を巻きつける。
つかの間、気分は悪くない。

研いだ、剣の杭目を確かめ、腰に挿した。


友達に助けを呼ぶことはできない。
私は、自分の力で家族を守る。

柄紐を縛り上げ、さらしをきつく巻きなおした。


********************





「師匠―?」
私は、大昔からの尊敬する人をこんな風に呼ぶ。
「なに? 鈴仙」
師匠も、大昔から、私をこう呼ぶ。

場所は、竹林の奥深くの診療所、永遠亭。
私たち、月を追われた者の楽園。



「いいのでしょうか?」
「何が?」
「あんなもの渡して、あのお爺さん間違いでも起こす気なんじゃないですか?」

師匠は、たまにおかしな薬を作って私に飲ませる。
まぁ、正確には飲ませてくるのはてゐなのだが。

それにしても、入院後のお爺さんに渡すものにしては、いかがわしい代物ではないだろうか?

「いいのよ」
「はぁ・・・」

なんとなく、納得いかない。
人は、死ぬから、病にもかかる。
だが、生涯を目標にするからこそ、がんばったりもできる。
私たち医者は、それを手伝ってやりはするが、覆すわけではない。

それを師匠はそれを覆すことができる技術があるが、それを知っているのと実際にやってしまうのは、違う気がする。


「鈴仙」
「はい」
師匠は、薬を納めた棚を整理しながら、目を合わせないでいつものように私の名を呼んだ。

「男というのはね」

今度は、まったく別の話をするようだ。

「周りが間違っていると口をそろえて言っても、信じてることを突き通してやらなくちゃいけないときがあるのよ」
「はぁ」

どういう意味だろ

良く聞くような、安っぽい台詞のようにも思えるが、一応師匠の言うことなので真面目な顔をして聞いておこう。

それに私は、周りが違うといったら、冷静に考えてたら、それをやめたほうがいいと思う。

「そんなときに女が、ちゃんと支えてあげないとね」
「はぁ・・・」

「よっと」
「あ、運んでおきます」

薬草の束を受け取る。
しっかりと分量を守って調合すれば、胃腸薬の完成だ。


「覚えておくのよ」
「はい、じゃあ、胃腸薬の調合、しておきます」

私は、箱を抱えて、すり鉢を手に取り、自室に入った。
はい作者のねおです こっそりあげてます

急展開に最後までお付き合いいただき、まことにありがとうございます。

次回さらに急展開です

生暖かく、見てやってください

がんばって、誤字脱字など見返してはいますが、もし見つけましたら教えてください

ではノシ
ねお
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.340簡易評価
1.80愚迂多良童子削除
妖夢が迂闊に過ぎると言うか、平和ボケでもしているようだ。
相手の剣士って誰なんだろう。
そして永琳。確か最初の話の終わりに出てきた気がしましたが、次で伏線回収でしょうか。
何となく話の流れが掴めたような、そうでもないような。
2.100名前が正体不明である程度の能力削除
おお。次回が楽しみだ。
6.90名前が無い程度の能力削除
琵琶弾いてるところとか、最後の永琳とか、人物達の振る舞いが素敵ですね。
11.90洗濯機削除
敵の剣士はいったいダレナンダ!
霊夢が琵琶引けるってのがよかったです。