Coolier - 新生・東方創想話

天が下る神の剣

2011/11/11 21:56:12
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このお話は作品集156「仕事の報酬」の流れを受け継いでいます。
さきにそちらをご一読いただけるとより展開がわかりやすいです。










激しい雨が店の屋根を叩く音がする。
一瞬だけ窓の外に光が閃き、数秒の後にどかんと雷鳴が響き渡った。
店の中はどんよりと暗く、どこか陰鬱な雰囲気を醸し出している。

どうやらタチの悪い通り雨のようであるが、屋根の下、家の中に居る僕にはまったく関係のないことであった。
雨というものは外出する時に降られるともの凄く鬱陶しいのだが、そうでない時はむしろ心地良ささえも感じる。
空から落ちる雨は大地にしみ込み、生きとし生けるもの全てに潤いを与えてくれる。
そして大地に染みた水もやがて流れ出して川となり、蒸発してまた空に登っては地面に落ちてくる。
この世界を巡る決して途切れることの無い循環。まるで生命の輪廻のようだ。
雨という事象について深く考察するだけで僕は非常に有意義な時間を過ごせる。

それに雨の音は僕の集中力を高めてくれる。
まったくの無音の空間に居るよりも、一つだけ何かの音が聞こえる方が人は静けさを実感しやすい。
物音一つない家の中、どこからか蝉や蛙の声だけが聞こえて来てこそ、「ああ、静かだなぁ」としみじみ思うのである。
なにより、雨が降っている時は読書に勤しんでいても誰にも文句は言われない。
雨のなかわざわざ買い物に来る者も少ないだろうし、僕は静かに考えに集中出来て一石二鳥どころの話ではないのだ。

しかし、今このタイミングで雨が降っているということは僕にとってはまったく別の意味を持つ。
僕はカウンターに置いた長物を改めて丁寧に手入れしつつ一人ほくそ笑んだ。

「こりゃあいよいよ僕が天下を取る日も近いかもな」

僕は久々にあるものを奥の倉庫から引っ張り出していた。
以前魔理沙から八卦炉の修理の代金代わりに譲り受けたとてつもなく貴重な代物。
緋色金で出来た伝説の剣、草薙剣が僕の手元に収まっていた。

いつもは店の奥の倉庫に大切に保管してあるのだが、いささか倉庫の中は汚いし湿気もひどい。
先ほど別の必要なものを取ろうとして何ヶ月かぶりに倉庫に入ったのだが、あまりのひどさに一瞬のけぞったものだ。
僕は基本無精者だし大抵の売り物は店の中に出してあるので滅多に整理などしないのだが、いくらなんでもひどかった。
床はぐちゃぐちゃに散らかっていて足の踏み場もほとんどなく、至るところに埃が積もってうっすら雪化粧のようになっていたのだ。
こりゃあそろそろ掃除をするか、と思って一歩踏み込んだところ、足にコツンと当たるものがあった。
しゃがみこんでよくよく見てみると、それがあろうことか草薙剣であったのだ。

仮にも日本に伝わる三種の神器の一つであるし、ずっと埃まみれでほっぽって置くのも罰当たりだろう。
それに手入れくらいはきちんとしておかないとこの剣の力も失われていってしまうかもしれないな。
そう思って僕はそれを拾い上げ、踵を返していそいそと店の中に戻ってしまった。
この時点で既に元々持って来ようとしたものや掃除をしようと考えていたことなどは頭の中から消し飛んでいた。
これだからいつまで経っても片付かないんだと思う。


さて、何故僕が天下を取ることを予感したのかというと、まさにこの草薙の剣によるものだ。
店の中に戻ってきた僕は、常備している道具の手入れ用具が入っている箱から必要な道具を持ち出して机の上に置いた。
そしてカウンターに腰掛け、草薙剣を手入れしようと思って刀身を鞘からすらりと抜いた。
まさにその瞬間、辺りに雷が響き渡ったのである。
どうやら結構近くに落ちたらしく窓がビリビリと震え、僕は肩をびくつかせて辺りを見回した。
手にした刀に目を戻すと、錆び付いたり埃を被って汚れた外見とは裏腹に相変わらず刀身は水に濡らしたように綺麗なままだった。
そしてゆっくりと丁寧に手入れを始めた数分後にはすでに外には強烈な勢いで雨が下っていたのである。


雨とはあめ、つまり天を意味するなどということは、既に知っている者も多いことだろう。
雨が降る、つまり雨が下るということはまさに天が下る、そこに天下があるということなのだ。
かの明智光秀公はある日に呼ばれた茶会で次のような歌を詠んだ。
曰く、「時は今 雨が下知る(したたる) 五月かな」という歌がそれである。
その日は五月の時分であり、外にはしとしとと雨が降りしきっていた。
光秀自身は特に何も意図せずその憧憬を詠んだのであるが、茶会に参加した者達はこれを聞いて色めき立ち、光秀もはっと気づいた。

「時は今」の“時”とは、明智光秀がその生を受けた地、土岐に通じる。
「雨が下たる」というところは、「天が下る」という意味にも取れる。

つまり、「この五月に土岐の出身たる自分の天下が来るぞ」という歌を光秀が詠んだ、と他の者達は受け取ったのだ。
当時は信長が全国を統一して天下を取らんという時代であり、このような歌を詠むことは禁忌とも言えた。
しかし、その歌はつまり詠んだ人間の野心のあらわれ。心の奥底から沸き上がる野望の象徴。
光秀はこの歌を無意識に詠んだことによって自らの野望に気付き、信長への謀反を決めたという逸話すら残っているのだ。

草薙剣は日本に伝わる三種の神器であり、この剣によって天下を取る事が出来るとされる程の力が備わっている。
僕がその草薙剣を鞘から抜いた瞬間に雷が落ち、天が下った象徴たる雨が降り始めた。
これが僕がこの先天下を取ることが出来ることの予兆であると言わずして、一体なんなのであろうか。
そもそも、この剣を手にいれた当時にも似たようなことがあった。
僕の店にだけ大雨が降ったあの時は店の屋根裏に居た梅霖の妖精の仕業だということであったが、僕はそうは思わない。
たまたま居心地が良くて長居してしまったというが、そもそも何故梅霖の妖精が住み着くような環境が整っていたのか。

つまり、草薙剣の力が梅霖の妖精をここに住み着かせたと考えるのが最も適当だ。

草薙剣の神通力が僕の家の屋根裏に湿気とカビを蔓延らせて梅霖の妖精を呼び寄せる。
そしてそこに居着いた妖精に雨を降らせて天がここに下ったいうことを知らしめる。
これこそがあの事件の真実だったのではないだろうか。
やはりあの時に降った雨はこの草薙剣の力、天下を示す雨だったのだ。

ということは、今降っている雨もまた吉兆に違いない。
僕は自らが思案を巡らせて考えついた結論に一人にんまりとしながら上機嫌で刀の整備を続けた。



と、いきなり扉が勢いよく開き、それと同時にまた雷が落っこちたもんだから僕は飛び上がらんばかりに驚いた。
ビクッとした瞬間に危うく刀で指を傷つけそうになったがそこは持ち前の冷静さでなんとか回避する。
僕は草薙剣を手にしたまま店の出入り口の方を見やった。開いた扉からビュウビュウと風が吹きすさぶ音が入ってくる。
手で思い切り扉をバタンと開けた人物は、突然の雷雨に降られてしまったのかすっかり濡れ鼠になっていた。

「邪魔をいたすぞ…」
「布都か…これはまたずぶ濡れだな。とりあえず入って扉を閉めたまえ」

僕は刀を一旦鞘に納めてカウンターに置き、げんなりと元気を失ってしまった物部布都を中に招き入れた。
布都は辟易した様子で扉をゆっくりと閉め、よろよろと中に入って来た。
いつもはシャッキリと天に向かってそびえている立烏帽子が雨に濡れてすっかり腰を折られている。
体全体が雨に濡れて彼女の服はこれ以上無いという程に水分を吸収しきっていた。
このままでは体が冷えて体力も失われていってしまうことだろう。
僕は店の脇にひっそりと置いてある洋服掛けに掛けてあった自分用の予備の服とタオルを布都に渡してやった。

「そら、そのままでは風邪を引いてしまうぞ。奥の部屋で着替えてくると良い」
「おお……有り難い。恩に着るぞ霖之助」

布都は僕の手から服とタオルを受け取ると店の奥へ引っ込んでいった。
僕はその後ろ姿を見送り、あんなにびしょ濡れになって、さぞ大変だったろうと心の中で布都をいたわってやった。
そしてそれから、今日は名前を間違えられなかったなと思った。


初めて彼女と会ったのは割と最近のことである。
彼女は主人から賜った翡翠の原石を僕のところに持ち込んで勾玉にしてほしいと言ってきた。
その時僕は、やれ伸之助だの銀之助だの、名前を惜しい所で間違えられていたっけな。
それからも布都は何回か香霖堂を訪れるようになり、その度に僕の名前を間違えるもんだから僕も一々訂正するはめになっていた。
彼女曰く人の名を覚えるのが苦手と言っていたが、いくらなんでもひどすぎではないだろうかと思ったものだ。
だが、今日の彼女は僕の名前を正確に言えたようだ。彼女もようやっと学習したと言ったところだろうか。

僕はカウンターの上に置いてあった草薙剣を一旦店の隅にどけておき、
布都が着替えている間に雨に濡れた彼女のために熱々のお茶を淹れてやる事にした。









「はぁぁ~~~生き返る。冷えた体にはこの熱い緑茶はまさに玉露のような美味さよ」
「そこらの店で買った安っ葉だけどね」

布都の心底からにじみ出たような声に僕は適当に返事をして椅子に腰掛けた。
僕の衣服に身を包んだ布都は力の抜けた緩みきった顔でお茶をすすっていた。
猫舌なのか、両手に湯のみを持ってふうふうと息を吹きかけながら飲んでいる様子がなんとも微笑ましい。
僕とは身長の差がある布都にはやはり服の大きさが合わなかったのか、袖口やら裾やらがだぶだぶとしていた。
トレードマークの立烏帽子も頭から外され、今ではずぶぬれになった彼女の服共々部屋の隅に干されている。

「それにしても、雨の中よくここまでたどり着いたね」
「我ながら頑張ったぞ。うむ、頑張った」
「そうか、それはすごいな」
「そうであろう」

僕の生返事にも布都は大真面目でうなずき返す。
今までのひねくれた常連達とは反応が違うので、布都と話すときは僕はいつもなんだか面白い気分だった。
その布都の首元に、あの時作ってやった翡翠の勾玉がぶら下がっていたのを見て僕は声をあげた。

「おや、服を着替えてもその勾玉はつけているんだな」
「そりゃあ、これは魔除けだからな。いつだって肌身離さずつけておる」
「へえ?寝るときとか、お風呂に入るときもかい?」
「無論」

布都はなにを当然の事を、といったような調子でまたお茶を口に付けた。
前に何回か布都がここに来たときも勾玉を身につけているのを見て、僕は顔をほころばせた事がある。
自分の作品が誰かの役に立っていることを実感するときほど道具屋冥利に尽きると思う事はない。
しかし、よもやそこまで自分の作った商品を大切にしてくれていたとは。

「そんなにそれがスゴいかね。その、僕なんかが作った奴がきちんと役に立っているかな?」
「何を言うておるか。お主は一級の腕前ぞ。我が保証する。もっと自分に自信を持つがよい」
「あ、ああ」

一点の疑いも持ってない顔で言い切られてしまい、僕はなんと言っていいのか分からず曖昧にうなずいてしまった。
いかん。相手に呑まれそうになっている。この僕が。自分に自信を持てなんて言われるなんて生まれて初めてだぞ。
もはやいつもの連中と反応が違うという領域ではない。彼女はどこまでも真剣で純粋だ。どこぞの紅白や白黒とは大違いだ。
なんて奴だ。これが蘇った尸解仙の力だとでも言うのか。このままでは僕のペースを乱されてしまう。
意味不明に焦った僕は別の話題を振ってみる事にした。

「ところで、今日は僕に何の用かな?まさか雨に濡れてからお茶を飲むために来たってわけでもないだろう?」
「む、そ、それはだな、なんというか」

と、今度は布都の方が目に見えて焦りだした。
視線をキョロキョロと空中にさまよわせてなにやら落ち着かない様子である。
おいおいなんだ。まさか本当にお茶を飲みに来ただけじゃないだろうな。
それじゃやっぱり彼女もいつもの迷惑な連中となんら変わらんではないか。
僕が次第に眉間にしわを寄せ始めると、布都はよりいっそう慌てふためき始めた。

「えーっと、えーっと」

両手をバタバタとさせ、目線を店内に巡らせて必死に何かを取り繕うとしている。
勢い余ってカウンターに置いた湯のみをひっくり返しやしないかと僕がハラハラし始めたところで布都が突然大声をあげた。

「そ、そうじゃ!その、この店は珍しいものが多いだろう!?だから、いくつか持ち帰って太子様にご覧に入れようと思ってな!」

僕は自分の店の中を見渡した。
僕が無縁塚で拾って来たコンピューターやら暖房機器やら、はたまた役に立たないような小物類で溢れかえっている。
確かに、飛鳥の時代に眠りについた布都にとっては見た事もない珍しいものも多いだろう。
彼女とともに復活した仲間達も同様だろうし、彼女の言い分はもっともなものに思えた。
僕は、ふむ、と声をだしてから布都に向き直る。
彼女は僕が貸してやった服の裾を握りしめ、上目遣いでこちらの様子をうかがっていた。
大方上手く僕を誤摩化せたかどうか考えているのだろうが…正直、バレバレだ。
だが、彼女にもなにか事情があるのだろう。ここは一つ彼女に乗ってやろうじゃないか。

「なら、好きに見ていくといい。この雨だし、急かしたりはしないよ」
「そ…そうか?なら遠慮なくそうさせてもらうぞ」

僕がそう言ってやると布都は僕と目を合わせないようにして小走りに商品が展示してある棚に駆け寄った。
彼女の心の中ではどうにか上手くいったという感じの考えが渦を巻いているのだろう。
キョロキョロと挙動不審な背中がそれをありありと物語っている。

その様子を眺めつつ、そう言えばまだ彼女に貨幣制度のことを教えていなかったなとおもった。
最初に彼女が来た時以来ちょくちょく布都はここにお茶などを所望しにきたのだが、相変わらず彼女からお金は頂けなかった。
僕は彼女が来る度に今度こそは昨今の貨幣制度について教えてやろうと意気込むのだが…
彼女が自信満々に「報酬」を差し出す顔を見るとケチをつけるのもはばかられてしまい、結局未だに言い出せていないのだ。
まあ、彼女が持ってくる飛鳥の古酒やらなにやらの方がよっぽど高級で、僕は損をしているわけではないからいいのだが。
布都は店の中をあちこち見回し、めぼしいものを探しているようだった。一応の建前なのかもしれないが。
立ち並ぶ商品を手に取ってはふんふんと唸ったり、したり顔でうなずいたりしている。何か専門家気取りなのだろうか。
やがて彼女は僕の方を振り返り、手に持ったものを僕の方へ差し出して言った。

「霖之助!これ、これは一体なんなのだ?」
「ん?なにか珍しいものでもあったのかい?」

僕は布都が差し出したものを受け取ってしげしげと眺めた。
小さな四角い箱だ。振るとカラカラと音がする。まだ中身が入っている証拠だ。
じっくりとそれを観察する僕に向かって布都は胸を張って宣言した。

「我の見たところ、それは歯を磨くためのものだ!中にある棒切れの赤い頭でもって歯を磨く、そうであろう?」
「………」

得意げに自分の考えをひけらかす彼女に僕は閉口してしまった。
───そうか、彼女に時代にはこれすらもまだ無かったのか。確かこれが日本に入って来たのは江戸時代の辺りだったっけな。
千年以上の時を経て復活する気分というのはいったいどういうものなんだろうな。
僕は改めて彼女と僕の間に流れている時間がまったく違う事を再認識し、口を開いた。

「全然違うよ。これはマッチと言って、火をつけるためのものだ。歯磨きなんかじゃない」
「…え?そ、そうなのか?」
「こんなもので歯を磨いたらかえって汚れてしまうよ。それにちょっと小さすぎるかな」

僕は笑って、困惑した表情を見せる布都にマッチというものを実演してやった。
箱の中から一本マッチを取り出して、箱の側面にある摩擦面に先端を勢い良く擦りつける。
するとシュボッと景気の良い音を立ててマッチの先端から炎が燃え上がり、赤々と輝きだした。

「ひっ!?」

いきなり僕の手元から炎が起こったのにびっくりしたのか、布都がビクッとして小さく怯えたような声をあげた。
そして恐る恐る僕の手元で小さく確かに燃えている炎を見やり、おぉー、と感嘆の声を漏らした。

「なんと、すばらしい。火打石なんぞよりよほど、便利なものなのだな」
「今ではこれなんかよりも、もっとスゴいものが作られていってるらしいけどね」

僕はフッと炎を吹き消し、マッチの燃えかすをくずかごに放り込んだ。
しかしマッチを知らないとなると、彼女の住んでいる霊廟は未だに火打石でも使っているのか?明かりを付ける時もそれなのか?
料理を作るときなどはどうするのだろう。それとも、単に彼女がモノを知らないだけなのだろうか?
考え込む僕をよそに布都はまた新しいものを見繕う為に立ち並ぶ商品達の前に舞い戻った。
僕は椅子に腰を下ろし、自分にもお茶を淹れてずずずと音を立てて飲み始めた。


屋根を叩く雨は次第に小降りになってきたようだった。
僕の話を聞くのが楽しくなって来たのか、それからも布都はあれこれと商品を持ってきては得意げに自分の予想を披露してきた。
そして僕は笑いながらそれを訂正するというようなことが幾度か続いた。
数えるのが億劫なほどそのことを繰り返した後、店の中を動き回っていた布都が突然ピタリと動きを止めた。

「む…?」
「どうかしたかい?」

怪訝な声をあげた布都に声を掛けてやる。
布都はこちらに背を向けて店の隅の一点を凝視していた。彼女の前に何があるのかは、ここからは彼女が妨げになって見えない。

「おぬし…この店にあるものは、全ておぬしのものなのだよな?」
「ああ、全部そうだよ。なにか気になるものがあったのならまた教えてやるけど」
「……ならば、これを」

布都は目の前に置いてあったそれをがしりと手で掴んで僕の所へやってきた。
そしてそれを僕の鼻先に突き出して、実に驚くべきことを言い放ったのである。

「これは…天叢雲剣ではないのか?」
「……え?」

その言葉を聞いた一瞬、何故か心臓がドキリと跳ね上がった。
いや、布都が珍しく正体を見極めた驚きというものもあったのだが、問題はそこではない。
布都が店の隅から持ち出してきたもの。まさしくそれは天叢雲剣、またの名を草薙剣と呼ばれる神剣だった。
さっき僕が手入れをしていて、布都が来た時に隅っこに放り出していたのをすっかり忘れていた。
僕がいつか天下を取る時の為に手元においてあった神の剣。

僕が魔理沙からそれを破格の条件で譲り受けた時、魔理沙はそれが非常に価値のあるものだなんて知らなかった。
そりゃあ一国を左右する力を持つ神器なんて知っていたら、誰だってみすみす手放したりはしないだろう。
だが、魔理沙はそれを僕に譲った。何故か?簡単だ。魔理沙が刀の正体を知らなかったからだ。
そもそも、誰も知っているはずがないのだ。その刀の正体を、真の力を。
元々それがかなり古い年代のものであるし、銘などどこにも彫ってなどいないから名前すらも誰にも分からないはずなのだ。

道具の名称と用途が分かる程度の能力を持つ、僕以外の奴に。

「な、何のことかな」
「誤摩化しても無駄ぞ。我の目を欺けるなどと思うてか」

すっとぼけようとしたが、布都の毅然とした口調にバッサリ切り捨てられてしまった。
冷や汗が一筋タラリと僕の顔をなぞった。自分が動揺している事が良く分かる。
待て、落ち着け。何故彼女はこの刀のことを知っているんだ?まさか、これも仙人の秘術なのか?
この草薙剣のことだけは誰にも知られてはならなかったのに、なぜ彼女は一目見ただけで名前をピタリと当てたんだ?
様々な思いがぐるぐると頭の中を巡っている僕の心情を知ってか知らずか、布都は続けた。

「まだ我が眠りにつく前の話よ。あれは確か、推古の大王(おおきみ)の御時であったか。太子様と共に帝の下へ参ったことがあった。
 その時に有り難くも我と太子様は三種の神器を拝見したことがあったのだ。生涯でたったの一度だけだがのう。
 八咫鏡、八尺瓊勾玉、そしてこの天叢雲剣。たいそう感動したものよ。今でも当時のことは鮮明に思い出せる。
 我は太子様と違って帝にお会いするのは初めてであったから、あの時の我は太子様の陰に隠れてビクビクとしておったわ。
 なにせどうして自分が呼ばれたのかも分かっておらんかった。我ながら初いやつであったろうなあ」

そういうことか!
僕は懐かしげに当時を振り返っている布都をよそに、心の中で己の不注意さを呪った。
神器を目にしたことのある者の可能性をすっかり見落としていたとは。確かにそういう奴らだったら一目で分かるだろう。
仙人達のリーダーである豊聡耳神子は生前に相当高位な人間だったということは前に布都本人から直接聞いた。
彼女の下に就いていた布都もほぼ同じくらいに重要な人物であったのだろう。
しかしまさか、三種の神器に直接お目通り出来るような程だったとは露ほども思わなかった。
なぜ当時の推古女帝はわざわざそんなことをしたのだろう?天皇家の神器など、滅多な事が無い限り見せないはずだ。
よほど彼女達の事を寵愛していたという事なのか……?
いやいや、今はそんな事はどうだっていい。そんなくだらない事を考えている場合ではない。

これは今まで彼女を観察していて分かったことだが、彼女は嘘を言わない。
言ったとしても、ド下手だ。さっき彼女がそうだったように、彼女が嘘をつく時は目を逸らしておろおろとするのだ。
だが今の彼女は落ち着いている。まっすぐに僕の目を見据えて言葉を放っている。彼女が嘘を言っていない証拠だ。
間違いない。彼女ははるか昔、この剣をその目で見たことがある。確実に、この剣の持つ真の意味を知っている。
そしてマズい。この展開は非常にマズい。

僕はこの草薙剣を手にいれることが出来たことをとてつもなく幸運に思ってるし、手放す気もさらさらない。
人生が五回あってもお目にかかることの出来ないくらいに貴重なモノだし、これに秘められた力も計り知れないほどだ。
僕は拾ったものを売って生計を立てているが、こればっかりはお金をいくら積まれたって売ろうとは思わない。
だが、この草薙剣は元をたどれば日本の帝、天皇家に代々伝わる神器。
須佐之男命(スサノオノミコト)が八岐大蛇を討伐したときに尻尾の中から光を放って現れたという伝説の剣。
本来、僕のような古道具屋ごときが所持しているなどということはあってはならないことだ。
もしこの剣の正体を知る人間が、僕がこれを持っていることを知ったら一体どうなるか?

おそらくは、僕から草薙剣を奪い取ろうとするに違いない。

自分が天下を取る為か、はたまた元の持ち主に返そうとするか…目的はどうあれ、たどる道は変わらない。
僕はわざわざ草薙剣を店の奥の倉庫に大切に保管したのは、なくさないようにする為だけではない。
霊夢や魔理沙を含む周りのあらゆる人間や妖怪に、僕が神剣を所持していることが露見しないように隠すというのも理由の一つだったのだ。
そのためであったのに……僕という奴は、なんと愚かだったのか。
客が来ているにもかかわらず店の隅っこに放り出しておくなんて!

「これは帝に伝わる神聖なる剣。おぬしがこれを持っているということはつまり…だ」

物部布都がじろりと僕を睨む。僕は無意識に唾をごくりと飲み下した。
おそらく彼女は、僕がこいつを宝物庫からくすねたなどと思っているに違いない。
まさか布都が、過去に帝から直接三種の神器を拝見したことがある人物だったとは夢にも思わなかった。
布都はこの剣の真価を知っている。当然、僕から草薙剣を取り上げようとするだろう。
その後どうするかまでは分からないが…今どうするかなんてのは分かりきった事だ。
無論、僕だってこのままみすみすと草薙剣を持っていかれたくはない。
だが僕は弾幕ごっこはからっきしだ。布都は霊夢達と張り合う程の腕前だというし、どうしたって敵うはずが無い。
なんてこった。最悪の展開じゃないか。
僕はどうすることも出来ずに草薙剣が持っていかれるのを指をくわえて見ているしかないのか。

僕は何も言えずにただ布都の顔を見つめた。その間にも自分の頭を凄まじいスピードで回転させて今後の対策を練る。
しかしその短い間には芳しい結果など出ず、やがて布都は続きの言葉をその小さな口からゆっくりと紡ぎ出した。























「霖之助は帝の血を引く人間ということ……だな?」
















「は?」

鳩に豆鉄砲を食らわせたような素っ頓狂な声が僕の口から漏れ出た。おそらく相当間抜けな面を晒していただろう。
僕が帝の血を引いているだって?なんだそれは。どういった理論だ。どんな判断だ。
長い事生きてきたが、僕の生涯でここまで突拍子も無い事を言い出してきた人間は彼女が初めてだぞ。
しかし布都は僕の呆れた様子に気づきもせずに刀を持った方と反対の手を僕の前にかざして続けた。

「お主は昔に大王の血筋から臣戚に下ったのであろう。この天叢雲剣が動かぬ証拠ぞ」
「君は何を言っているんだ」
「よいよい、言わずとも我にはわかっておるぞ」

布都のトンデモ理論に思わず反論してしまうが布都は聞かない。
それどころか、したり顔で自分の考えをペラペラと語りだした。

「大方、帝の家系に嫌気が差したのだろう?我が言うのもなんだが、宮中はちと堅苦しいしな。それで逃げ出したのだ。
 そして誰にも見つからぬ様にここまで落ち延び、こんなところでひっそりと店を営んで暮らしているというわけだ。
 するとお主、この刀は受け継いだのではなく持ち出したというのか?いやはや、霖之助もなかなかやりおるな」

布都は手にした刀で椅子に座った僕の脇腹をカウンター越しにうりうりとつついてきた。きちんと鞘に納まってるから痛くはない。
その間、布都に良い様にされながら僕はかつて無い速さで考えをまとめていく。
そして一つの結論に達して机に手をついて立ち上がり、布都に向かって口を開いた。

「…ああ、誰にも言わなかったんだが、実はそうなんだよ。あんなしきたりだらけの苦しい生活が心底嫌になってね」
「やはりそうか。我の目に狂いはなかったということだな」
「今までばれなかったんだが、まさかこうまであっさり看破されてしまうとはね。君を見くびっていたよ」
「ふふん、褒めて良いぞ?も~っと褒めて良いぞ?」
「ああ、スゴいスゴい。流石は古代日本の尸解仙だ」
「へっへっへー」

賛辞の言葉を贈ってやると布都は草薙剣を持ったまま胸を張って得意満面になった。
僕は慎重に言葉を選びつつ続ける。

「まあその剣はこっちに寄越してくれたまえ。店の奥で大切に保管しておきたい」
「うむ、それがよい。泥棒などに持っていかれたら一大事ぞ」
「頼むからこの事は他の誰にも言わないでおくれ。なるべく秘密にしておきたいからね」
「任せておけ。この物部布都と霖之助の、二人だけの秘密だ」

布都は僕に草薙剣を渡しつつ、反対の手で僕の服の袖をだぶつかせながらポムンとグーで自分の胸を叩いて言った。
僕は刀を受け取りつつ、彼女にありがとうと返しておいたが内心では頭を抱えていた。
────まったく、とんでもないことになったもんだ。
僕が天皇家の人間だとは僕自身も知らなかったが、布都の中ではそうなったのだろう。
ならば天皇家の血筋である僕が神器の一つの草薙剣を持っていてもなんら不思議ではあるまい。
相手が妙な勘違いをしているとはいえ、剣を持っていかれるという最悪のケースを回避できるのならそれに乗っかった方が得策だ。
この様子なら、どうやら草薙剣を奪われるという事態はとりあえず避けることが出来そうだった。
とはいえ……とはいえだぞ。

「どうしてこうなった…」

僕は背を向けて布都に聞こえないようにしてこっそりとひとりごちた。
そして同時に草薙剣の秘めたる力について思い返していた。

この神の剣は天下を取ることが出来る程の力を持つとされている。
僕はこの剣の力で天下を治めてみたいと常々考えていた。
眉唾物ではあるが、もしそれが本当に可能ならば面白い話ではないか。僕だって試してみたくはなる。
だがちょっと待って欲しい。
この草薙剣が三種の神器として神聖視され始めた時代において、天下を取った人間達とは誰だったろうか?
当時、天下を取って天下を治めた人間とはどういう者達であっただろうか?
草薙剣をその象徴として扱い、あらゆる権力をその手に収めた者達とは。

即ち、天皇家の人間達に他ならない。
古代の日本では神武天皇以来、天皇家が代々絶対的な権力を持って天下を治めてきた。
ということは、当時の日本においては、天下を取る人間=天皇家の人間という方程式が容易に成り立ったはずだ。
そして今。僕は布都の中で天皇家の人間の仲間入りをしてしまった。
それが真実であろうとなかろうと、布都の勘違いであろうと関係ない。
重要な事は、それが草薙剣を巡ることを発端として始まったということだ。

───つまり、僕は草薙剣の力によって天皇家の人間に、天下を取った人間になってしまったということだ。
布都の頭の中、という限定的なところで。

そういえば、今日は雨が降っていた。僕が吉兆と予想した雨が。
まさしく、あれは僕が天下を取るという事の予兆の雨だったのだ。
結果はどうあれ、確かに草薙剣に天下を取ることの出来る力があるという伝説は本当だった。
でもなあ、そういうことを求めていたわけじゃあないんだよ、僕は。
なんというかこう、もっと実質的というか、具体的に天下を取りたいと思っていたのに。

「まさか霖之助が帝の血を授かる者だったとはな。お主と友人になれて我は幸せ者じゃ」

布都が腕を組んでキラキラとした眼差しで僕を見つめてくる。
そんな彼女を横目にしながら僕は今後の対応をどうしようかと頭を悩ませる。
布都にこの事を内緒にするよう取り付ける事が出来たのがせめてもの救いだが……油断は出来ない。
彼女の事だ。弾みでポロッと誰かに漏らしたとしても何ら不思議ではない。
万が一知り合いにこの事がばれてしまったら…また厄介な事になるに違いない。それだけはどうしても避けたい。

「我はこれからもここに来るぞ!もっとお主のことを知りたいからな!」
「そんなの、君の好きにしたらいいじゃないか」
「そうさせてもらうぞ。さて我は喉が渇いた。霖之助、もう一杯茶を淹れてくれ!」
「それぐらい自分でやりたまえよ」

布都はその辺の壷に腰掛け、ぶらぶらと足をぶらつかせながら僕にお茶を要求してきた。
僕はその様子にぶつくさ言いつつも急須を手に取り、自分用と客用の湯のみに一杯づつお茶を注いだ。
また面倒事が増えてしまったなあ、と心のなかでつぶやきながら。


雨はいつの間にかすっかり上がり、窓に残った水滴がキラキラと日光を反射して店内を照らしていた。
Q,「そう言えば結局なんで布都ちゃんは香霖堂に来たの?」
A,「霖之助に会いたかったんだろ、言わせんな恥ずかしい」



なぜ続けたし。皆様こんにちは。スバルです。
勘違いどや顔布都ちゃんを描こうとしたらいろいろ考えたあげくこんなことになってしまいました。
やっぱり布都霖が好きです。もっと流行ればいいなと思います。

拙作が皆様の暇つぶしにでもなれば幸いです。

11/20 追記。
おかげさまで5000点を超えました。皆様に評価していただき嬉しく思います。
またこの続きを書くかどうかは現時点で未定です。のんびりとお待ちください。
当作品を閲覧していただき誠にありがとうございます。
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コメント



0.6250簡易評価
1.100名前が無い程度の能力削除
ドヤァ……
2.100奇声を発する程度の能力削除
あっかん…どや顔布都ちゃんマジ可愛い…
6.100名前が無い程度の能力削除
布都ちゃんはとことん霖之助に懐きそうな感じがする。
勘違い頑張り娘の危なっかしさは霖之助の世話と手を焼かせそう。
面白く読ませて頂きました。
8.100名前が無い程度の能力削除
これは面白い。完全に発想の勝利だ
確かに名目上の天下は天皇だが、実権は時の権力者が担っていたからね
本来天皇家は神官の一族で、統治権を認証する立場。
ローマ教皇も似たような仕組みで国主を周辺国に認定させてたからね
11.80名前が無い程度の能力削除
霖之助の口調がちょっと安定してなかったように思えます。

あ、お話はとても楽しめました!
16.100高純 透削除
馬鹿な娘ほど可愛いの王道を行ってる布都ちゃんは可愛い。
そして布都霖は最高!!
もういっその事シリーズ化してしまえば良いと思いますよ。言い出しっぺの法則的に。
25.100名前が無い程度の能力削除
うん、やっぱり布都ちゃんは布都ちゃんだった。霖之助改め、香霖天皇ってとこだろうか。ちなみに香霖と光臨が掛けてあり……
思えば布都のスペカには「雨の磐船」や「天の磐船よ天に昇れ」などがあるので、やはりこの二人の組み合わせには運命のようなものを感じます。
34.100名前が無い程度の能力削除
こんなに簡単にだまされたら最初から否定するほうが良いかも。

神子に帝の血筋だと紹介されてから一気に看破される霖之助を幻視しましたww
36.100名前が無い程度の能力削除
>ふふん、褒めて良いぞ?も~っと褒めて良いぞ?

はい死んだー
可愛すぎるでしょうwwwもう私のライフはゼロよ!
45.100名前が正体不明である程度の能力削除
布都の天下がとれたね!
51.100名前が無い程度の能力削除
どうしてこんなに親和性が高いのか……
布都霖いいですね。これはぜひともシリーズ化すべき
56.80名前が無い程度の能力削除
布都ちゃん…。ちょっと頭冷やそうか…
63.100削除
布都霖はいいものだ。いいものだ。
シリーズ化を期待してもいいのでしょうか?(チラッ
67.100名前が無い程度の能力削除
良い
73.100名前が無い程度の能力削除
善きかな
80.100名前が無い程度の能力削除
やだ・・・こんなに純粋な子がまだ幻想郷に居たんですね。
香霖と布都ちゃんの相性グンバツっすね!
他の少女達相手だと、少なからず手玉にとられがちな香霖ですから、こんなピュアな子は貴重やでぇ。
82.100名前が無い程度の能力削除
こいつら相性いいなw
霖之助の「君は何を言っているんだ」のあたりがツボでした
96.100名前が無い程度の能力削除
相変わらずの勘違い布都ちゃんでしたw
まじかわゆすw


布都霖流行れ
113.100名前が無い程度の能力削除
一目見て分かるとは、飛鳥時代から既に草薙の剣は今の日本刀のような形状をしていたのだろうか?それとも某原作絵師が描き間違えただけで実は霖之助さんが持っている草薙の剣は両刃の直剣の姿なのだろうか、あるいは布都ちゃんは現在の外見に囚われずモノの本質を見抜くことが出来たのだろうか。
いずれにせよ面白かったです。まさか霖之助さんが皇族だったとは、スキマ妖怪すら知らなかった事でしょうw
125.100名前が無い程度の能力削除
GJ
129.100名前が無い程度の能力削除
あーあ
130.100名前が無い程度の能力削除
続きマダー?
137.100名前が無い程度の能力削除
・・・だな?(ドヤァ・・・
152.90名前が無い程度の能力削除
天皇家というのは正確には正しくなかったはずです。
皇室もしくは皇族と表すのが正解では。