ここは地底の旧都の繁華街。故あって地上を追われた者たちの楽園。
両脇に華々しい店々が並ぶ大通りを、一人の少女が歩いていた。
行く道には多くの人や妖怪がいる。しかし彼女が歩けば、まるで旧約聖書の一節のように人ごみは割れる。
(やっぱり皆さん、この目を恐れているのね…)
少女、古明地さとりはゆっくり歩きながら、そう考えつつ自分の胸元に手をやる。
そこには第三の目、あらゆる者の心を見通す目がある。
(でも、恐れてくれた方がこっちとしては都合がいいけれど)
地底の妖怪には荒くれ者も多い。管理が緩めば、すぐに騒ぎが起きる。
しかし、その荒くれ者たちも恐れるものがあれば自粛する。それがさとりの第三の目。
彼女が地霊殿から出てわざわざ恐がられに行くのも、ひとえに荒くれ者たちを抑えるためだ。
少し目を凝らせば、行き交う人々の心の声が聞こえる。
―――古明地さとりだ…目を合わせないようにしよう…
(ふふ、この目が恐いんですね)
聞こえてきたのは、人ごみに紛れつつちらちらこっちを見てくる妖怪。
恐れるのは分かる。自分だって心が読まれたら落ち着かないだろう。
―――見た目は弱そうなんだけど、やっぱりあの目か…
(ええ、鬼の貴方に小突かれたらわたしの体なんてバラバラでしょう。でもこの目がある)
今度は道の角からじっとこっちを見てくる鬼の妖怪。気になるのだろう、その目線は胸元の目に集中している。蒸し返されたくないトラウマさえ喚起するこの目に。
そして次は、その隣にいる鬼の妖怪。
―――あの目からは大層強力なビームが出るらしい…ああ恐ろしや…
(その通り。わたしの第三の目からは強力なビームが出て、辺り一面薙ぎ払…って)
気付けばさとりは、その鬼のもとまでずしずし歩いていた。
「そんなわけありません!!」
「ええ!?」
きっ、と鬼の方を睨みつけてそう言い放つ。
そして、何が何だか訳が分からず慌てふためく鬼に向かって早口でまくし立てた。
「大体何でビームが出るなんて思ったんですか!?ご存じの通り他者の心を読むんですよ!目からビームなんてそんなスットコな話、一体どういう発想ですか!?失礼にも程があります!」
「え、あの、その…」
普段冷静沈着なさとりがここまで怒気を発してしまい、鬼は困ってしまった。
隣の鬼も、どうしていいか分からずうろたえる。
そんな時、頼りになる鬼がやって来た。
「なんだ喧嘩か?…って、さとりじゃないか、一体どうしたんだい?」
「勇儀…」
盃片手に、酔いが回っているのだろうか若干顔を赤らめて、星熊勇儀はふらふら歩いて来た。
そんな勇儀に向かっても、さとりの目からは怒りが消えない。
「どうしたもこうしたもありませんよ!この失礼な鬼がわたしの第三の目からビームが出るなんてスットコなこと言ったんですよ!」
「いや、言ってないけど…」
頭で思っただけなのにとボヤく鬼だが、さとりは無視して勇儀の方を見ていた。
鬼の四天王の一人として、他の鬼がしでかした不始末、謝ってもらうくらいはしてほしかったのだ。
しかし、勇儀から返ってきた答えは、実に意外なもの。
「え、出ないのかい?」
「…はい?」
思わず聞き返してしまった。しかし、それが意味のないことだとさとりは分かっている。
どうやら目の前できょとんとしているこの鬼も、自分の第三の目からビームが出ると思っているようだ。
心を読む必要はない。鬼は嘘をつかないのだから。
「いや、さとりの第三の目からビームが出るって話、旧都中で噂になってるよ」
「そんなバカな!?」
さとりは慌てて辺りから心の声を掻き集める。
すると聞こえてくるのは、さとりの「ビームなんて出ません」発言に驚く声ばかり。
―――ビームが出るって話、嘘だったのか…
―――出ないのか…見てみたかったからちょっと残念だな…
―――いや、本当はビームなんて出ないという話が嘘かも…
―――きっと実はぶっといビームが出るんだ…そうに違いない…
聞こえてくる声とともに、感じたのは強い疎外感。
知らない内に、自分の第三の目からビームが出るということにされてしまっている。
これなら「心を読まれる」と恐れ疎んじられた方がずっとマシだとさえ思えた。
「び、ビームなんて出ませんよ!出ませんったら!」
「あ、さとり!」
いたたまれなくなったさとりは、制止する勇儀の声を振り切って駆け出した。
恥ずかしくて、この場にとどまっていたくなかったのだ。
「あ、おかえりなさいさとり様。…ってどうしたんですか?えらく息が上がってますけど」
「え、ええちょっとね…」
ちょっと驚いた様子の燐に、息をはあはあ切らしながら答えたさとり。
大通りから地霊殿まで、全力疾走で帰って来たのだ。
途中聞こえてきた、「あ、ビームのさとりだ」などという声は完全に振りきってみせた。
「…ふう、お水を一杯もらえないかしら?」
「あ、はいちょっと待っててくださいね」
頬を伝う汗を拭いつつ、呼吸を整える。
水を取りに行った燐の背中を見送りつつ考えた。何故あのような奇妙な噂が広まってしまったのかを。
(駄目ね、まったく心当たりがない…)
考えど考えど、見当もつかない。そもそもこんな突飛な話、どこから出てきたのだろう。
頭を悩ませていたら、燐が空と一緒にコップ一杯の水を持ってきてくれた。
ありがとう、と言ってコップを受け取り、一気に飲み干す。走ってのどが渇いていたから、ただの水でもとてもおいしい。
コップを置いて、ふうっと一息つくと、燐と空が心配そうな顔をして尋ねてきた。
「それで、一体どうしたんですかさとり様?あんなに慌てて帰ってくるなんて。それに、予定よりもだいぶん帰りが早かったみたいですけど」
「ひょっとして誰かにいじめられたんですか!?だったらそんな奴わたしがぶっ飛ばしてやります!」
興奮する空に、駄目よお空、と声をかけながらさとりは笑う。心の底から心配してくれる二匹のペットに、心が和んだのだ。
そんな可愛いペットたちに、例の噂の件を尋ねてみようと思った。
「実はね、いつの間にか旧都中でわたしの第三の目からビームが出るって噂になってるの。何か心当たりでもないかしら?」
いきなりこんな事を聞かれて、さぞかし面喰っているだろうなと思いながら、さとりはペットたちの顔を見た。
案の定、燐も空も目を丸くして驚いていた。
そしてわなわなと震え、同時に口を開く。
「「え、出ないんですか?」」
ずさぁ、と景気のいい音を立てて、さとりはずっこけた。
「で、出るわけないでしょ!」
「え~カッコ良さそうなのに…」
「せっかくメガフレアとどっちが強いか勝負しようと思ってたのに…」
顔を起きあげてペットたちの表情を見てみれば、両方ともすごくがっかりしているようだった。
しかし、出ないものは出ないのだからしょうがない。というかビームを出せるのだったらメガフレアと撃ち合いするはめになっていたのかと思うと、少しぞっとした。
ともあれ、問題はそこでは無い。ゴホンと咳払いし、問題の核心へと迫る。
「それより、第三の目からビームが出るなんてスットコな話、どこで聞いたの?」
身内にまでこんな噂が出回っているとは思いもよらなかった。早く噂の出所をつきとめようと、燐と空に尋ねる。
すると、空の方は完全に忘れてしまっていたようだが、燐が覚えていてくれた。
「確か、こいし様から聞きました」
「あの子…」
これだけで、まだこいしが噂の出所とは決めつけるわけにはいかない。しかし話を聞く必要はありそうだ。
燐と空をその場に残し、さとりはこいしを探した。
「いったっだっきまー…」
「こいし!」
「す!?んぐ!むぐ!?」
おやつの大福をほおばっていたところを急に大声で呼ばれたこいしは、驚きのあまり大福を詰まらせてしまったようだった。
慌ててさとりが背中をさすってあげると、何とか落ち着きを取り戻す。
「げほっごほっ!…あ~びっくりした。もう、いきなり何なの?」
「ちょっと話があるのだけど…」
若干涙目になりながら見てくるこいしに、さとりはもったいぶったように話を始める。
「お燐やお空、それに旧都中まで、わたしの第三の目からビームが出るなんてスットコな噂が広まっているのだけど、何か知らない?」
さとりがじっとこいしの目を見据えて話すと、こいしも目をそらさず見つめ返してくる。
そして、あーあれね、とつぶやくと、特に悪びれた様子も無く全て白状した。
「わたしが広めたよ。無意識のうちに」
「やっぱり…」
燐からこいしの名前を聞いた時から、十中八九そうだろうなとさとりは思っていた。
他者の無意識を操って噂話をすり込めば広まるのはあっという間。それに、今回のような突飛なことをやりそうだということは、姉であるさとりにはよく分かっていた。
ただ、分からないこともある。
「目からビームなんて、どうして思いついたのかしら?」
「うーんとね、お姉ちゃんの目を見てたら、何か出そうだな~って思って。それで無意識のうちにね」
「はぁ…貴女だって仮にも元覚り妖怪でしょうに、よくもまあそんな発想を…」
行動が突飛なら思いつきも突飛だった。
諦めのような感情が湧き上がり、叱るに叱れないさとり。
「とにかく、このスットコな噂を早く消してきて。貴女ならできるでしょう?」
「はーい」
頭を抱えながらそう言うと、こいしは素直に返事をして部屋から出て行った。
無意識にすり込まれた噂話も、これで取り消されるだろう。
(これで一件落着ね…でも、ちょっと面白かったかしら)
ずいぶんと馬鹿げた話ではあったが、過去のこととなれば笑い話にもなる。
さとりはぼーっと、今日のできごとを思い返してみた。
(そういえばお燐もお空も旧都の人たちも、ビームが出ないって聞いてがっかりしてたわね…)
意外と旧都でも残念がっていた者は少なくなく、それに燐はビームが出ればカッコいい、空は勝負したかったと言っていた。
(目からビームなんて、そんなにいいものなのかしら?)
そう自問しながら、想像してみる。もし本当に、自分の第三の目からビームが出てきたら。
暴れる旧都の荒くれ者たち。
颯爽と現れるは地霊殿の主、古明地さとり。
それでもなお暴れ続ける荒くれ者たちに、さとりは第三の目から一閃のビームを放つ。
成敗。
(…ちょっといいかも)
目からビームなんてスットコな話、と思っていたが、よくよく考えればロマンが詰まっているように思えた。
強力なビームで悪者を懲らしめ一躍地底の勇者に。心を覗く恐ろしい存在、という今の自分に比べれば、いいかもしれない。
そこで、ちょっと冗談じみた考えをしてみる。
(新しいスペルカードと仮定してみようかしら。そうすると、名前が必要ね…)
どんな名前がいいだろうか、と色々思案する。
「眼光線」や「アイビーム」などでは、流石に安直すぎるだろう。もう少し捻る必要がありそうだ。
冗談で考えたなんちゃってスペルカードでも、せっかくだからちゃんとした名前にしたい。
さとりはマメだった。
(…何か参考にできるものはないかしら?あら、この本は)
机の上に一冊の本があるのが目に入った。
その本をばっと手に取り、再び思考をめぐらす。
(『和英辞典』か…確かこれは幻想入りしてきた本。異国の言葉を参照するための本…)
パラパラとページをめくると、そこには様々な単語が載っていた。
さとりとて異国の言葉を全く知らないわけではないが、やはり語彙数はそこまで多くない。
十分参考になりそうだと、喜んでページをめくっていく。
(「眼の」という言葉を異国風にすると、「オプティック」か…)
今までのさとりの語彙では「アイ」しか知らなかった。それ故やや安直な感があった。
しかし今回は「オプティック」という語。悪くない。
(次は「ビーム」以外に何か…ふむふむ「ブラスト」で「爆発、炸裂」か…)
これもまた「ビーム」のように安直な感じがしない。先ほどの「オプティック」とつないでみる。
眼符『オプティック・ブラスト』
(直訳すれば「眼の炸裂」なんて、ちょっぴりスットコな気もするけど、他に思いつかないわね)
これでいこう、とさとりは決めた。
そして、次に考えることは
(弾幕の構造は後で考えるとして、宣言の練習でもしてみようかしら)
たとえ面白半分で考えたとしても、何事も形というものが大切だ。
せっかく新しいスペルカードを考えているのだから、そのあたりも手を抜かない。
胸元の第三の目に手を遣り、静かに息を吸い込む。
「眼符『オプティック・ブラス―――!」
「お姉ちゃんただいまー、噂話消してきた…よ…」
ガチャリ、と部屋のドアが開けられ、入って来たのはこいし。
噂を消しに旧都中を駆け回ったのか、疲れた顔をしていた彼女だったが、姉、古明地さとりの姿を見てすぐに変わった。
「ふふ、見ーちゃった」
「こ、こいし、早かったのね」
にんまり笑う妹に、笑顔を向けて誤魔化そうとするさとりであったが、こいしは変わらずにやにや笑っている。
そして
「お姉ちゃんがビーム出す練習してたー!」
「ち、違うのこいし!違わないけど違うから待ってー!」
あっという間にこいしは行ってしまった。走ってゆく後ろ姿に手を伸ばせど、悲しいかな、全く届かなかった。
「さとり様、ビームが出せるんじゃなくて出す練習してたんですね!」
「出せるようになったら、ぜひ勝負してください!」
「ふ、二人とも落ち着いて」
キラキラした瞳で尋ねてくる燐と空を、さとりは必死になだめた。
彼女たちは、こいしから聞いた話を完全に信じ切っている。
彼女たちだけでは無い。旧都中の者たちが、その話を信じてしまっている。こいしが言いふらしたのだ。
(…ぐすん、ちょっとした遊び心だったのに。取り消そうと思っても、こいしは見当たらないし)
旧都中に広まってしまった「古明地さとりは第三の目からビームを出す練習をしている」という噂。根も葉もないと言えないのがつらい。
人の噂も七十五日という言葉を信じて、さとりはしばらく地霊殿から出なかった。
両脇に華々しい店々が並ぶ大通りを、一人の少女が歩いていた。
行く道には多くの人や妖怪がいる。しかし彼女が歩けば、まるで旧約聖書の一節のように人ごみは割れる。
(やっぱり皆さん、この目を恐れているのね…)
少女、古明地さとりはゆっくり歩きながら、そう考えつつ自分の胸元に手をやる。
そこには第三の目、あらゆる者の心を見通す目がある。
(でも、恐れてくれた方がこっちとしては都合がいいけれど)
地底の妖怪には荒くれ者も多い。管理が緩めば、すぐに騒ぎが起きる。
しかし、その荒くれ者たちも恐れるものがあれば自粛する。それがさとりの第三の目。
彼女が地霊殿から出てわざわざ恐がられに行くのも、ひとえに荒くれ者たちを抑えるためだ。
少し目を凝らせば、行き交う人々の心の声が聞こえる。
―――古明地さとりだ…目を合わせないようにしよう…
(ふふ、この目が恐いんですね)
聞こえてきたのは、人ごみに紛れつつちらちらこっちを見てくる妖怪。
恐れるのは分かる。自分だって心が読まれたら落ち着かないだろう。
―――見た目は弱そうなんだけど、やっぱりあの目か…
(ええ、鬼の貴方に小突かれたらわたしの体なんてバラバラでしょう。でもこの目がある)
今度は道の角からじっとこっちを見てくる鬼の妖怪。気になるのだろう、その目線は胸元の目に集中している。蒸し返されたくないトラウマさえ喚起するこの目に。
そして次は、その隣にいる鬼の妖怪。
―――あの目からは大層強力なビームが出るらしい…ああ恐ろしや…
(その通り。わたしの第三の目からは強力なビームが出て、辺り一面薙ぎ払…って)
気付けばさとりは、その鬼のもとまでずしずし歩いていた。
「そんなわけありません!!」
「ええ!?」
きっ、と鬼の方を睨みつけてそう言い放つ。
そして、何が何だか訳が分からず慌てふためく鬼に向かって早口でまくし立てた。
「大体何でビームが出るなんて思ったんですか!?ご存じの通り他者の心を読むんですよ!目からビームなんてそんなスットコな話、一体どういう発想ですか!?失礼にも程があります!」
「え、あの、その…」
普段冷静沈着なさとりがここまで怒気を発してしまい、鬼は困ってしまった。
隣の鬼も、どうしていいか分からずうろたえる。
そんな時、頼りになる鬼がやって来た。
「なんだ喧嘩か?…って、さとりじゃないか、一体どうしたんだい?」
「勇儀…」
盃片手に、酔いが回っているのだろうか若干顔を赤らめて、星熊勇儀はふらふら歩いて来た。
そんな勇儀に向かっても、さとりの目からは怒りが消えない。
「どうしたもこうしたもありませんよ!この失礼な鬼がわたしの第三の目からビームが出るなんてスットコなこと言ったんですよ!」
「いや、言ってないけど…」
頭で思っただけなのにとボヤく鬼だが、さとりは無視して勇儀の方を見ていた。
鬼の四天王の一人として、他の鬼がしでかした不始末、謝ってもらうくらいはしてほしかったのだ。
しかし、勇儀から返ってきた答えは、実に意外なもの。
「え、出ないのかい?」
「…はい?」
思わず聞き返してしまった。しかし、それが意味のないことだとさとりは分かっている。
どうやら目の前できょとんとしているこの鬼も、自分の第三の目からビームが出ると思っているようだ。
心を読む必要はない。鬼は嘘をつかないのだから。
「いや、さとりの第三の目からビームが出るって話、旧都中で噂になってるよ」
「そんなバカな!?」
さとりは慌てて辺りから心の声を掻き集める。
すると聞こえてくるのは、さとりの「ビームなんて出ません」発言に驚く声ばかり。
―――ビームが出るって話、嘘だったのか…
―――出ないのか…見てみたかったからちょっと残念だな…
―――いや、本当はビームなんて出ないという話が嘘かも…
―――きっと実はぶっといビームが出るんだ…そうに違いない…
聞こえてくる声とともに、感じたのは強い疎外感。
知らない内に、自分の第三の目からビームが出るということにされてしまっている。
これなら「心を読まれる」と恐れ疎んじられた方がずっとマシだとさえ思えた。
「び、ビームなんて出ませんよ!出ませんったら!」
「あ、さとり!」
いたたまれなくなったさとりは、制止する勇儀の声を振り切って駆け出した。
恥ずかしくて、この場にとどまっていたくなかったのだ。
「あ、おかえりなさいさとり様。…ってどうしたんですか?えらく息が上がってますけど」
「え、ええちょっとね…」
ちょっと驚いた様子の燐に、息をはあはあ切らしながら答えたさとり。
大通りから地霊殿まで、全力疾走で帰って来たのだ。
途中聞こえてきた、「あ、ビームのさとりだ」などという声は完全に振りきってみせた。
「…ふう、お水を一杯もらえないかしら?」
「あ、はいちょっと待っててくださいね」
頬を伝う汗を拭いつつ、呼吸を整える。
水を取りに行った燐の背中を見送りつつ考えた。何故あのような奇妙な噂が広まってしまったのかを。
(駄目ね、まったく心当たりがない…)
考えど考えど、見当もつかない。そもそもこんな突飛な話、どこから出てきたのだろう。
頭を悩ませていたら、燐が空と一緒にコップ一杯の水を持ってきてくれた。
ありがとう、と言ってコップを受け取り、一気に飲み干す。走ってのどが渇いていたから、ただの水でもとてもおいしい。
コップを置いて、ふうっと一息つくと、燐と空が心配そうな顔をして尋ねてきた。
「それで、一体どうしたんですかさとり様?あんなに慌てて帰ってくるなんて。それに、予定よりもだいぶん帰りが早かったみたいですけど」
「ひょっとして誰かにいじめられたんですか!?だったらそんな奴わたしがぶっ飛ばしてやります!」
興奮する空に、駄目よお空、と声をかけながらさとりは笑う。心の底から心配してくれる二匹のペットに、心が和んだのだ。
そんな可愛いペットたちに、例の噂の件を尋ねてみようと思った。
「実はね、いつの間にか旧都中でわたしの第三の目からビームが出るって噂になってるの。何か心当たりでもないかしら?」
いきなりこんな事を聞かれて、さぞかし面喰っているだろうなと思いながら、さとりはペットたちの顔を見た。
案の定、燐も空も目を丸くして驚いていた。
そしてわなわなと震え、同時に口を開く。
「「え、出ないんですか?」」
ずさぁ、と景気のいい音を立てて、さとりはずっこけた。
「で、出るわけないでしょ!」
「え~カッコ良さそうなのに…」
「せっかくメガフレアとどっちが強いか勝負しようと思ってたのに…」
顔を起きあげてペットたちの表情を見てみれば、両方ともすごくがっかりしているようだった。
しかし、出ないものは出ないのだからしょうがない。というかビームを出せるのだったらメガフレアと撃ち合いするはめになっていたのかと思うと、少しぞっとした。
ともあれ、問題はそこでは無い。ゴホンと咳払いし、問題の核心へと迫る。
「それより、第三の目からビームが出るなんてスットコな話、どこで聞いたの?」
身内にまでこんな噂が出回っているとは思いもよらなかった。早く噂の出所をつきとめようと、燐と空に尋ねる。
すると、空の方は完全に忘れてしまっていたようだが、燐が覚えていてくれた。
「確か、こいし様から聞きました」
「あの子…」
これだけで、まだこいしが噂の出所とは決めつけるわけにはいかない。しかし話を聞く必要はありそうだ。
燐と空をその場に残し、さとりはこいしを探した。
「いったっだっきまー…」
「こいし!」
「す!?んぐ!むぐ!?」
おやつの大福をほおばっていたところを急に大声で呼ばれたこいしは、驚きのあまり大福を詰まらせてしまったようだった。
慌ててさとりが背中をさすってあげると、何とか落ち着きを取り戻す。
「げほっごほっ!…あ~びっくりした。もう、いきなり何なの?」
「ちょっと話があるのだけど…」
若干涙目になりながら見てくるこいしに、さとりはもったいぶったように話を始める。
「お燐やお空、それに旧都中まで、わたしの第三の目からビームが出るなんてスットコな噂が広まっているのだけど、何か知らない?」
さとりがじっとこいしの目を見据えて話すと、こいしも目をそらさず見つめ返してくる。
そして、あーあれね、とつぶやくと、特に悪びれた様子も無く全て白状した。
「わたしが広めたよ。無意識のうちに」
「やっぱり…」
燐からこいしの名前を聞いた時から、十中八九そうだろうなとさとりは思っていた。
他者の無意識を操って噂話をすり込めば広まるのはあっという間。それに、今回のような突飛なことをやりそうだということは、姉であるさとりにはよく分かっていた。
ただ、分からないこともある。
「目からビームなんて、どうして思いついたのかしら?」
「うーんとね、お姉ちゃんの目を見てたら、何か出そうだな~って思って。それで無意識のうちにね」
「はぁ…貴女だって仮にも元覚り妖怪でしょうに、よくもまあそんな発想を…」
行動が突飛なら思いつきも突飛だった。
諦めのような感情が湧き上がり、叱るに叱れないさとり。
「とにかく、このスットコな噂を早く消してきて。貴女ならできるでしょう?」
「はーい」
頭を抱えながらそう言うと、こいしは素直に返事をして部屋から出て行った。
無意識にすり込まれた噂話も、これで取り消されるだろう。
(これで一件落着ね…でも、ちょっと面白かったかしら)
ずいぶんと馬鹿げた話ではあったが、過去のこととなれば笑い話にもなる。
さとりはぼーっと、今日のできごとを思い返してみた。
(そういえばお燐もお空も旧都の人たちも、ビームが出ないって聞いてがっかりしてたわね…)
意外と旧都でも残念がっていた者は少なくなく、それに燐はビームが出ればカッコいい、空は勝負したかったと言っていた。
(目からビームなんて、そんなにいいものなのかしら?)
そう自問しながら、想像してみる。もし本当に、自分の第三の目からビームが出てきたら。
暴れる旧都の荒くれ者たち。
颯爽と現れるは地霊殿の主、古明地さとり。
それでもなお暴れ続ける荒くれ者たちに、さとりは第三の目から一閃のビームを放つ。
成敗。
(…ちょっといいかも)
目からビームなんてスットコな話、と思っていたが、よくよく考えればロマンが詰まっているように思えた。
強力なビームで悪者を懲らしめ一躍地底の勇者に。心を覗く恐ろしい存在、という今の自分に比べれば、いいかもしれない。
そこで、ちょっと冗談じみた考えをしてみる。
(新しいスペルカードと仮定してみようかしら。そうすると、名前が必要ね…)
どんな名前がいいだろうか、と色々思案する。
「眼光線」や「アイビーム」などでは、流石に安直すぎるだろう。もう少し捻る必要がありそうだ。
冗談で考えたなんちゃってスペルカードでも、せっかくだからちゃんとした名前にしたい。
さとりはマメだった。
(…何か参考にできるものはないかしら?あら、この本は)
机の上に一冊の本があるのが目に入った。
その本をばっと手に取り、再び思考をめぐらす。
(『和英辞典』か…確かこれは幻想入りしてきた本。異国の言葉を参照するための本…)
パラパラとページをめくると、そこには様々な単語が載っていた。
さとりとて異国の言葉を全く知らないわけではないが、やはり語彙数はそこまで多くない。
十分参考になりそうだと、喜んでページをめくっていく。
(「眼の」という言葉を異国風にすると、「オプティック」か…)
今までのさとりの語彙では「アイ」しか知らなかった。それ故やや安直な感があった。
しかし今回は「オプティック」という語。悪くない。
(次は「ビーム」以外に何か…ふむふむ「ブラスト」で「爆発、炸裂」か…)
これもまた「ビーム」のように安直な感じがしない。先ほどの「オプティック」とつないでみる。
眼符『オプティック・ブラスト』
(直訳すれば「眼の炸裂」なんて、ちょっぴりスットコな気もするけど、他に思いつかないわね)
これでいこう、とさとりは決めた。
そして、次に考えることは
(弾幕の構造は後で考えるとして、宣言の練習でもしてみようかしら)
たとえ面白半分で考えたとしても、何事も形というものが大切だ。
せっかく新しいスペルカードを考えているのだから、そのあたりも手を抜かない。
胸元の第三の目に手を遣り、静かに息を吸い込む。
「眼符『オプティック・ブラス―――!」
「お姉ちゃんただいまー、噂話消してきた…よ…」
ガチャリ、と部屋のドアが開けられ、入って来たのはこいし。
噂を消しに旧都中を駆け回ったのか、疲れた顔をしていた彼女だったが、姉、古明地さとりの姿を見てすぐに変わった。
「ふふ、見ーちゃった」
「こ、こいし、早かったのね」
にんまり笑う妹に、笑顔を向けて誤魔化そうとするさとりであったが、こいしは変わらずにやにや笑っている。
そして
「お姉ちゃんがビーム出す練習してたー!」
「ち、違うのこいし!違わないけど違うから待ってー!」
あっという間にこいしは行ってしまった。走ってゆく後ろ姿に手を伸ばせど、悲しいかな、全く届かなかった。
「さとり様、ビームが出せるんじゃなくて出す練習してたんですね!」
「出せるようになったら、ぜひ勝負してください!」
「ふ、二人とも落ち着いて」
キラキラした瞳で尋ねてくる燐と空を、さとりは必死になだめた。
彼女たちは、こいしから聞いた話を完全に信じ切っている。
彼女たちだけでは無い。旧都中の者たちが、その話を信じてしまっている。こいしが言いふらしたのだ。
(…ぐすん、ちょっとした遊び心だったのに。取り消そうと思っても、こいしは見当たらないし)
旧都中に広まってしまった「古明地さとりは第三の目からビームを出す練習をしている」という噂。根も葉もないと言えないのがつらい。
人の噂も七十五日という言葉を信じて、さとりはしばらく地霊殿から出なかった。
確かにビームは漢のロマンです
妙な期待に応えようとしちゃうロマンの分かるさとりんには、『頑張ったで賞』をプレゼントしたいところですね。
スットコって単語好きだなさとり様wそして言い訳に便利だな無意識。
三つ目幼女なさとりんとは対極の存在だよね
そういえばエックスメンの能力と東方の能力って相性いいはずなのにあまりかぶってない気がする
ぱっと思い付くのが下記くらい
・さとりん+咲夜さん=教授
・もこたん=炎の人+不死鳥の人
・チルノ=氷の人
・まみすてぃーく
なるほど、スッt……スコットさんか。
さとり「あ、出せた」
こいし「(ジー)」
いつか出せるよ、きっと!
目からビームなどできん!!
あれは嘘こいしが流した嘘だ!!!
お空も制御棒からビームだせそうだな、とか思ってたら、天側でほんとに出てた。
さとりもきっと格闘に進出すれば…
そうじゃないと、近接攻撃以外できないもの。