Coolier - 新生・東方創想話

東方伝染病

2011/11/03 16:16:34
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※お食事中の方、もしくはこの手の描写に嫌悪感を覚える方は閲覧を控えてください※












「げろげろげー」

霧雨魔理沙はバケツに向かって嘔吐を繰り返して、これがただの食中(あた)りでないことを予感していた。
あまりにもひどすぎる。こんなにも苦しいわけがない。
吐くだけ吐きつくした魔理沙は胃液ばかりの吐瀉物をバケツに垂れ流しており、
もはや通常の食中毒とは明らかに違う重篤な症状を見せていた。

「どうしてこんな目に遭うんだぜ。」

ひぃひぃと喘ぎ涙目になりながらもなおも吐き気は込みあがり、これは本格的な中毒症状と同じく、
喉が苦しいのではなく内臓全体から押し上げてくるような圧倒的吐き気に悶え苦しんでいた。



さて、魔理沙は一人で気ままな生活を営んでいるが、風邪や病気となるとそうはいかない。
介抱する者がおらず病床に伏すのは多大な不安感が付きまとうのだ。
もっとも、風邪気味だの体調が悪いだのという予兆があれば、心配し駆け付けてくる者もいないではないのだが、
今回のように、突然身動きが取れなくなるという状況になると悲惨の一言である。
何が悲しくてこんな生活をしているのだろう。そんな疑問すらも湧き上がってくるくらい魔理沙はまいっていた。すると

トントン。

戸板を叩く音が響いてきた。誰だろうか。
そうだ、今日は博麗神社で御馳走になるという話だったのだが、それをすっかり魔理沙は失念していた。

「魔理沙いるの?開けるわよ?」

博麗霊夢であった。おそらく筋書きはこうだろう、夜遅くなっても連絡のひとつも来ない魔理沙を八雲紫が心配し、
「ちょっと見に行ってあげなさいよ霊夢」とまるでオカンのような事を言われてしぶしぶ出向いてきたといったところか。
そんな霊夢の声からは相応のだるそうな雰囲気が伝わってきた。とはいえ助け舟、魔理沙はそう思った。

「うっうっ、霊夢ありがとう霊夢。」
「どうしたの泣いてるの?開けて中入るわよ。」
「いや、ちょっと待ってくれ。それはやめてくれ。」
「どうして?」
「体調が、体調が悪いんだ。だから霊夢は入ってきちゃダメだぜ。」
「あら、体調が悪いの?だったら余計中に入らなきゃならないじゃない。ちょっとくらいなら介抱してあげるわ。」
「ダメ、ダメだって、待って、」

霊夢の侵入を魔理沙が拒んでいた理由は三つである。一つ目は、そう。

「うっ、何よこの臭い。」
「だから言ったじゃないかよぉ。」

異臭である。こうも吐瀉物をぶちまけているのだから臭くないわけがない。
銃を撃てば血が流れる、それが当然のことであるように、ゲロを吐けば臭くなるのだ。
当たり前の原理であり、すべての人間の体内にはこうした異臭を発するものが平等に蓄えられているのだが、
乙女心とはそれをあくまで拒否したがるものである。

「あんた相当な重症じゃないの。永遠亭まで行って看てもらう?」
「それができたらこうして家でゆっくり吐いてないぜ。」
「行けばいいじゃない。身動きとれないっていうなら私が連れて行ってあげるわ。」
「そんなこと、できるわけないだろう。」
「いいわよ、こういうときに遠慮しないでよ魔理沙。」
「遠慮じゃないんだって、うっ、おえっ、」

霊夢に会いたくなかった理由の二つ目である。魔理沙はげぇげぇと粘着質な胃液をバケツに吐き出した。
その情けない姿はとても他人に見せられるものでも、ましてや見せたいものでもなく、死にそうな顔で嘔吐する魔理沙はあくまで霊夢を拒否した。

「出て行ってくれよぉ、こんなカッコ見られたくないよぉ。」
「そうはいかないわ。背中さすってあげるからちょっとは楽になりなさい。」
「うぅ。」

こうして一時間近く連続して吐き続けている魔理沙の身体は消耗し、それと同時に気力も落ち込んでいた。
なので、霊夢の手のひらが背中をさすさすと動いていると、それだけでありがたいものである。
思わず霊夢に泣きついてしまいたい気持ちが芽生えたが、だが、そうはいかない。

「ありがとう霊夢。涙が出るほどうれしいよ。でもな、お願いだからほっといてくれ。」
「どうしてよ。」
「今の私がチルノと弾幕をやったとしよう。私はきっとチルノにすら勝てないぜ。いや、そればかりじゃない。
 もしも元気の良いダンゴ虫が丸まってこちらに跳ねてきたとしよう。私にはそれを回避する体力すらも無いんだ。
 霊夢に出て行ってほしい理由はそれだ。お願いだからそっとしておいてほしいんだぜ。」
「よく分からないわ。」
「どうせ紫からのおつかいだろう?なんだその包みは?」
「・・・のり巻き。」
「ああ、ずいぶん立派なのり巻きだな。見せてくれるだけでありがたいぜ。
 でも今の私には喉につかえてしまいそうで、とてもじゃないが食べれる気がしないんだぜ。うっ、おえっ、」

酢飯の匂いに刺激されてげーげーと嘔吐を始める魔理沙に、一方の霊夢は憮然としたものを感じていた。
たしかに霊夢が魔理沙の家へ向かった理由は紫のおつかいではあるのだが、こういう事態となったら話は別である。
それなのに「どうせ」などと頭に付けてしまう魔理沙に反感があったし、おつかいだけ済ませてさっさと帰そうという態度が気に入らなかった。
もっとも、それだけ魔理沙は心身ともに弱っており、それがゆえに出てしまった悪態なのだが健常な霊夢にはそれを共有できないのだ。

「いいわ。別におせっかい焼こうだなんて考えてないし。あなたがいいなら私、帰る。」
「ごめんよ。ごめんよ霊夢。でも頼むからのり巻きだけは持って帰ってくれ。」
「分かったわ、じゃあね。」
「早く、早く出て行ってくれ、次の、次の波が来る、」

悲惨であった。
悲惨な惨状という具合に、惨めという言葉を重ねても足りないくらい魔理沙は惨めである。
このままじゃ体内の水分が出尽くしてしまうぞと思い付き、水を大量に摂取したので脱水症状という最悪な事態は回避したものの、
どうにも身動きすらもままならず、内臓からこの大規模な嵐が過ぎ去るのを待つばかりである。
ちなみに、永遠亭は救急車のようなサービスも行っているのだが、どうせ性悪な兎どもに冷やかされ、
今日のうわさが幻想郷中にバラまかれてしまうぞと思ったのでやめた。なんとも信頼の無い病院である。

出すものを出し尽くしたころ峠を越したのだろうか、ようやくピーク時よりかは楽になり、霊夢を心配する余裕が生まれた。
霊夢に会いたくなかった三つの理由、最後の一つである。それは二次感染のおそれ。
そういえば、さっきのり巻きに素手で触れてしまったぞと今更ながら魔理沙は思い出したのであった。
数日後、そのおそれは現実のものになる。



「げろげろげー」

博麗霊夢はバケツに向かって嘔吐を繰り返して、これがただの食中(あた)りでないことを予感していた。
あまりにもひどすぎる。こんなにも苦しいわけがない。
吐くだけ吐きつくした霊夢は胃液ばかりの吐瀉物をバケツに垂れ流しており、
もはや通常の食中毒とは明らかに違う重篤な症状を見せていた。

「魔理沙のが伝染ったわ。」

紫は先程から、大変だわこれは大変だわと右往左往するばかりであり、幻想郷の権威といえども、
こうした自分の専門外の事象に霊夢が脅かされているとなると手も足も出ないのが実際である。

「永遠亭へ行きましょう。あそこならきっとなんとかしてもらえる。」
「紫。私はそこへ行くまでに何度嘔吐をすればいいのかしら。病原付きのゲロを空中散布だなんて誰も喜ばないわ。」
「私のスキマであっと言う間よ。」
「それでも、嫌よ。あそこにはうわさ好きの性悪兎どもがたくさんいるから。」

永遠亭は実に信頼されていない。医者としての腕は確かなのだが、そもそも彼女らが姫様と呼ぶ蓬莱山輝夜が性悪なせいだろうか、
また因幡てゐの日頃の悪行や、ウドンゲを用いた人体実験の噂がある八意永琳なども大いに手伝って、病院としての永遠亭の印象はすこぶる悪い。
ところが内部の者はそれに気付かず、一連の風評被害を藤原妹紅による仕業だと決めつけてはいるが、それゆえに原因を自覚できないままである。
そんな余談はともかく、霊夢は病院や薬に頼らず自力で治癒することを決心している。

「魔理沙もこうして治ったのよ。だから大丈夫なはずよ。」
「やあ霊夢。お見舞いにきてやったぜ。」
「ちょっと魔理沙!どうして来たのよ!」

魔理沙は一応、紫の許可を得ていたのだが紫自身が混乱していたせいか、霊夢にはそれが伝わっていなかった。
それゆえ勝手に襖を開けて乗り込んできた魔理沙の姿を見て霊夢は動揺を隠せない。

「魔理沙、あんた私に言ったわよね。出て行けって。」
「ああ、そう言ったような気もするぜ。悪かったな、あの時は私もまいってたんだ。」
「私は今まさに、まいってるの。お願いだから出て行って。」

すっかり恢復した魔理沙の心理はこの一言で表される、喉元過ぎれば熱さ忘れる。
その頭の中には「霊夢に悪いことした」という気持ちだけが残り、こうして平気で見舞いなどに訪れたのだった。

「私はこの臭いには慣れてるぜ。なにせ丸一日は吐き続けたんだからな。なあに、ゲロ吐く姿だって気にならないぜ。」
「あんたは気にならないだろうけど、私は気になるの。」

ようやく、あのときの魔理沙の心境が理解できた霊夢であったが、それが却って「意趣返しのつもりかしら」という疑いを生ませてしまった。
とはいえ、あくまで魔理沙には悪気は無い。
霊夢の病状を心配する気持ちと、あの苦しみを理解している私であればきっと霊夢の役に立てるだろうという思いやりだけがあった。

「まぁ、食欲は無いだろうけど持ってきてやったぜ、レモン風味のクッキーだ。」
「あんた馬鹿なの。なんでそんな喉越しの悪そうなものを、うっ、おえっ、」

酸味の効いたレモンの匂いに刺激されて霊夢がげーげーと嘔吐した。
かくして魔理沙、紫に首根っこを掴まれて境内に放り出される羽目となった。
その後、魔理沙と霊夢の関係がしばらく険悪なものになったのは言うまでもないだろう。

「待てよ紫。霊夢のことを介抱してるみたいだけど、お前こそ感染の心配は無いのかよ。」
「無いわ。妖怪だもの。」

この後も紫は、自身が妖怪であるということを根拠に甲斐甲斐しく霊夢の世話をしていたが、
この手の病原菌が妖怪に通用しないという実証がされたことは、過去にあったのだろうか?




「げろげろげー」

八雲紫はバケツに向かって嘔吐を繰り返して、これがただの食中(あた)りでないことを予感していた。
あまりにもひどすぎる。こんなにも苦しいわけがない。
吐くだけ吐きつくした紫は胃液ばかりの吐瀉物をバケツに垂れ流しており、
もはや通常の食中毒とは明らかに違う重篤な症状を見せていた。

「どうしてこうなるのよ。」

魔理沙から霊夢への連鎖は紫すらをも巻き込んでしまった。
霊夢や魔理沙へふたたび感染させるのをおそれて、面会謝絶という形をとったのは賢明な判断だろう。
幻想郷の重鎮である紫といえどもミクロの存在には如何ともしがたいものがあり、スキマ送りにすることもできず、
また境界を操ってどうのこうのというのも、菌の正体が不明ゆえに能力に目立った効果は無かった。
どうにもならない状況であったが、紫は八雲藍に「永遠亭だけは呼ばないで」と固く言いつけた、
どこまでも信用がない永遠亭は果たして今後経営が上手く行くのだろうが甚だ心配である。

「さあ、橙。お前はマヨヒガの家へお戻りなさい。」
「でも藍様。藍様はいいのですか。」
「ああ、紫様の面倒を看るのは私以外にいないとなれば、運命を共にする覚悟はできている。」
「そんな藍様。」
「行きなさい橙。お前をこの大惨事に巻き込みたくはないよ。」

藍の勇気は相当なものであり、ばかにはできない。
どういう症状が起こるのかをすでに知ったにもかかわらず、また妖怪などへの感染も確認された今、
こうして主人の紫の介抱を決めた藍の覚悟は称賛に値する。

「大丈夫ですか紫様。」
「藍。分かってるだろうけれど、その障子を開けちゃダメよ。」
「承知しております。私も紫様の惨めな姿を見たいとは思いません。」
「惨めだなんて言わないでよ藍。惨めな気持ちになっちゃうじゃない。」
「失礼致しました。」

自分を惨めと自覚するならまだしも、他人から惨めだと指摘されると泣きたくなるのは、人間も妖怪も同じである。
そのあたりのデリカシーを藍は持ち合わせているはずであったが、紫の惨状を前にしてつい口がすべったのであった。

「紫様。栄養を付けたほうがよろしいかと。」
「栄養、そんなもの、いらない。」
「そう仰らないで下さい。」
「分かったわ、どうせ食べないけれど、そこのスキマに置いておいて。」
「紫様のために牡丹餅を拵えました。」
「牡丹餅。藍、そんなモチモチしたものが私の喉を通るとでも思ってるの、うっぷ、」

スキマから漂う餡子の甘ったるい匂いが胸をむかむかとさせ、紫はげーげーと嘔吐した。
さて、どうして誰もかれもがこんなに気の利かない差し入れなどするのだろうか。
それはこの幻想郷に病気や疫病といったものが殆ど存在していなかったからであり、
ましてや、近年になって幻想入りしたコレラ菌の症状など知る者がいなかったのだ。

コレラ。発展途上国で流行する代表的な食中毒のひとつである。
これに感染するとひどい吐き気や腹痛に見舞われて、子供や年寄りになると危篤なレベルにまで至るのだ。
ちなみに筆者は想像でこれを書いているわけではない。実際にこれに罹ったことがありえらい目に遭ったことがある。
しかし、あくまで断っておきたいのは、ここでの描写はこれでもかなりソフトな方である。
真実の症状を書くと確実にグロ指定がかかってしまうからであり、東方少女たちをそんな目に遭わせることはできない。
日本でも昔に流行したことがあるそうだが、現在では東南アジアなどに限られ、この国からは事実上消滅したため幻想入りした。
コレラのどこに幻想的な要素があるのかは、誰も知らない。




「げろげろげー」

とうとう八雲藍にまでコレラが感染してしまった。
しかし、責任感の強い藍はどうしてもここで喰い止めるという強い意思をもって、一切の人の出入りをシャットアウト。
それは主人である紫にも厳格に適用され、「お願いですから」と言い続けて見舞いの品(匂いのきついシメサバ)を丁重に断った。
こんなつらい病気をこれ以上拡大させてはいけない、藍はそう決心していたのだ。

その努力は実を結び、この連鎖感染に一応の終息が見えたのは数日後であった。
魔理沙も霊夢も紫も藍も一様にけろりと恢復してめでたしめでたし。
そうなるはずだったのだが、確実に異変は起こりつつあった。

「おいおい、どうしたんだよアリス。」
「別に、何でもないわ。ただね、もうちょっと距離を取って欲しいなって、思って。」
「なんだよ、いつもあんなにベタベタするじゃないか。」
「まず一つ目の誤解を解いておくわ。私は普段からベタベタなんてしていない。
 もう一つ目の誤解だけど、私は何も魔理沙を嫌っているわけじゃないの。あなたの人格は充分に尊重しているわ。」
「なんだその言い回しは。」

魔理沙がアリス・マーガトロイドの家を訪れたときから違和感があった。
まず苦い顔を見せられ、やたらとよそよそしい態度で出迎えられたのだ。
おかしいなと思いながらも家へ入り込んだが、アリスは魔理沙と一定の距離を置いたまま近付こうとしない。

「まあいいや、クッキーもらうぜ。」
「クッキー、いい、いいわよ。でもね魔理沙。」
「なんだよさっきから。」
「・・・ちゃんと手を洗ってね。」
「さっき洗ったよ。」
「あと、あまり机や椅子、特に食器とかにはあまり手を触れないでね。」
「待て待て、お前は何を知ってるんだ?」

アリスは黙って文々新聞を魔理沙に差し出した。
そこには『博麗神社にて謎の病原菌による集団感染。幻想郷は滅ぶのか!?』という文字が躍っていた。
どういう経緯でパパラッチの射命丸文に伝わったのか分からない、ただ、あの事件は大々的に報道されていたのだ。

「私はゲロゲロゲーになりたくないの。」
「なんだそりゃ!」

魔理沙の怒りはもっともであったが、アリスの用心もまっとうなものであった。
今まで幻想郷が平穏無事である一方で、外の世界では常にこうした疫病の脅威が世を脅かしていたことを知っていたのだ。
もしも幻想郷でそうした伝染病が蔓延し始めたらどうなるだろうか。
この手の経験が無い幻想郷の住民は対策を立てる間もなくバタバタと倒れてしまうのではないか。
そう考えればアリスが魔理沙に対しこうも過敏なまでに慎重になるのは責められないものがある。




魔理沙はぷんぷんと憤慨し、守矢神社で茶でも出してもらうかと思ったが、もちろんここでも冷遇される。
いや、もはや冷遇というレベルですらなく、鳥居にはでかでかと貼り紙がしており、
『博麗神社の者、及び霧雨魔理沙の立ち入りを禁ずる』と露骨に書いてあった。

「ひどいぜ。どうしてこうなるんだ。」

思わず泣きそうになり、「早苗ー早苗ー」と叫んでみたが返事は無く、山並みに虚しくこだまをしていた。
紅魔館などにも脚を伸ばして立ち寄ってみたものの、門番の紅美鈴は「お嬢様たちを脅威から護ります!」といつにない気勢で追い払われ、
チルノたちとでも遊ぶかと思ったが、魔理沙の姿を見るなり「ひええ」と声を上げて妖精ともども逃げ出したのだから、ばかばかしいと思い引き返した。
そして、もしや幻想郷全体がこうなのかと思いぞっと身震いをした。
どうせどこに行ってもこんな扱いを受けるのならばと考え、霊夢のもとへ行って相談でもしようと思い立ったのだが、
あれ以来、なんとなく気まずい雰囲気になっているためどうしようかと躊躇していた。




一方の博麗神社では根本的な対策に出ていた。
あの忌まわしい新聞屋、射命丸文をとっ捕まえて訂正の記事を書かせようというのだ。
夕刊配達のルートはすでに掴んでおり、あとは罠を仕掛けてあの素早い文を如何にして捕らえるかである。

「それにしても紫様。あたかも博麗神社が元凶であるかのような書き方は許せませんね。」
「まったくもって心外だわ。」

いきりたつ藍と紫を余所目に、霊夢はわりとどうでもよく思っていた。
とはいえ、参拝者がほぼ皆無までに途絶えた状況で賽銭の兵糧攻めに遭うわけにもいかない。
ちなみに博麗神社の面々がやつれていたのは病み上がりゆえである。
すると地面がふいにボコッと穴を開け、中から病原菌を操る黒谷ヤマメが顔を覗かせた。

「やあ、嫌われ者どもに大人気、博麗神社・地霊殿支部なんていうのはどうだい。」

これはモグラ叩きの要領でペコッと音を立てて叩き返されたが、こういう事態もありうるであろう不安を藍も紫も覚えていた。
こうして、文拘束計画は実行に移された。



「あやや、忙しい。日暮れまでに全ての契約先へ配達するのです。」

文は西日の空を汗を流してびゅんびゅんと駆け回っていたが、目の前に突然、ぽっかりと空間の切れ目が現れた。
これには方向転換する間もなくフルスピードで突入してしまい、出口の博麗神社内部に飛びだし、頑丈な大黒柱に顔面をぶつけた。
顔を押さえてのたうち回る文の腕を捕らえてがっちり羽交い絞めにしたのは藍であった。

「しまったゲロゲロゲーの罠ですね!」
「お黙りなさい。」
「ぴゃっ」

肩関節に負荷を加えると文は短い悲鳴を漏らしたが、すぐにその減らず口も叩けなくなった。
あわやリンチか、紫の形相にそう覚悟もしたのも無理はない。

「例の記事だけど、あれを撤回する文章を載せて欲しいの。」
「言論統制ですか。」
「そう受け取られても仕方ないわね。でもね、私たちはあなたの記事で被害を被っているの。
 博麗神社というだけで嫌な顔をする人もいるし、橙なんてマヨヒガの猫たちに逃げられて泣きべそをかいているのよ。」
「しかし紫様、お言葉ですが、」
「なによ。」
「今までこの世界に無かった疫病が発生した、その情報は幻想郷全体が共有すべきものなのです。
 そうすれば各々が自衛の手段もとれましょう。しかし、脅威を隠蔽してしまい、被害が拡大したら私は記者としての責任を問われます。」
「そう、あなたもゲロゲロゲーになってみる?思ったより大したことないわよ。」
「わかりました。撤回します。」

こうして記者としての信念はあっさりと曲がった。
もとより後付けの信念であり、面白おかしい記事が書ければいいやと思っていた文には思想も何もたいして無いのだが。
それよりも何よりも怖かったのは、コレラに罹りゲロを吐き散らすという乙女にあるまじき状況であり、
幻想郷の少女たちはこの世界が滅ぶかどうかよりも、そちらを危惧していた面もある。
やがて文は『博麗神社のゲロゲロゲー三人組、疫病の完全な収束を宣言。』という記事を載せたのだが、
言い回しが気に入らないとしてふたたびスキマ送りとなりこっぴどい仕打ちを受けることとなった。




「よう霊夢。」
「あら魔理沙、久しぶりじゃない。」
「いや、この前のことを謝ろうと思ってな。」
「いいわ、もう気にしてないもの。」

博麗神社の境内には色付いた落葉が散らばり、晩秋の気配が漂っている。
あの騒動以来、霊夢と魔理沙は顔を合わせることがなかったが、こうして全てが収束した今、数日ぶりに再会したのだった。

「お互いに見られたくない姿を見られちゃったな。」
「ええ、魔理沙なんてずいぶん汚い顔して吐いてたわ。」
「ま、長く一緒にいればそういうことだってあるよな。それはそうと手土産があるんだ。」

これで上手く仲直りかといったらそうではなかった。
魔理沙が手土産として持ってきたものは、奇しくもあの時と同じレモン味のクッキーであり、
その匂いを嗅いだ途端、コレラの悪夢が脳裏に鮮明に蘇り、霊夢は参拝道にゲロゲロゲーをした。
魔理沙に悪気はなかったのだが、やはり差し入れの類は充分に考慮する必要があるだろう。

さて、外の世界、つまり我々の世界にはコレラよりも余程危険な伝染病がある。
ペスト、ノロ、O-157、インフルエンザ、黄熱病に日本脳炎、それぞれが凶悪な症状をもたらすのだが、
その中でも特に危険度が高いものはWHOが制定した基準により「レベル5」とも呼ばれている。
かつて人類絶滅とまで騒がれ大被害をもたらした天然痘。残虐な症状を残し驚異的な致死率を記録したエボラ出血熱。
これらは現在では核兵器と同等なくらい厳重に保管されているが、誰もがその脅威を忘れ去ったとき、幻想郷入りする可能性もある。
永遠亭の早急な信頼回復が待たれる。
あえてノーコメントで。
逸勢
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コメント



0.1240簡易評価
4.70名前が無い程度の能力削除
個人的に伝染した時の台詞のてんどん等が面白いなぁと思うんですが、
題材の時点で受け付けない人もいるでしょうねこれw

小さい頃癌になって抗癌剤の副作用でキツい時は2分に一回吐いてた経験があるんですがもう想像を絶する苦しみですよね。
吐きすぎると腹筋が割れるという真実を知りましたが。
6.90コチドリ削除
二度目は悲劇、三度目は喜劇。
駄目だ、紫様のパートで笑いが堪えきれなくなった。
俺の天女様にソウル・ブラザーNo.1の真似事をさせるとは、やってくれるじゃないの作者様。

お見舞いのアイテムがいちいち嘔吐感を刺激するブツなのも笑った。
特にレモン味のクッキー。ニュアンス的にスッゲェ納得。見事なチョイスだ。

実際の虎狼痢は人体の上下水道を完膚なきまでに破壊すると聞きます。
そこの描写を自重したところに作者様の良心を感じる。たとえそれが焼け石に水だったとしてもだ。
俺の中の幻想少女達はゲロゲロゲーでは揺るがない。
だから俺はこの作品を楽しむことが出来るのだ。うん、面白かったっすよ。
9.80名前が無い程度の能力削除
タイトルとタグで二の足を踏んでおりましたが、意を決して読ませていただきました。
淡々とした文章と繰り返しのギャグがとても面白かったです。
それはそうと、どういうわけか読了後にお腹が空いてきてしまったのですが、これは……一体?
10.100名前が無い程度の能力削除
むしろ、こんなのをもっと書いていただきたいのですよ。
楽しませていただきました。好かったです。
11.60名前が無い程度の能力削除
永遠亭の信頼度がもっと高ければ……
15.100名前が無い程度の能力削除
とばっちりもこたん。
16.70とーなす削除
みんなの差し入れのセンスに笑ったw
17.100名前が無い程度の能力削除
私も抗がん剤投与してるけど副作用ホントにきついわwトイレに入るのにバケツが必携とか(気張ると上と下同時に噴出する為現行の便器は対応しておりません)。あえて書いてないけどコレラならに多様な状況じゃないかな。
18.無評価名前が無い程度の能力削除
えええええ!?
28.80リペヤー削除
意外とギャグなお話で良かったです。
テンポ良く読めました。
ただ、繰り返しなだけで落ちもあまりなかったのがちょっと残念です。
30.100名前が無い程度の能力削除
げろげろげー
36.100カミソリの値札削除
4本目。ヤバイ、ファンになってしまいそう
38.100名前が無い程度の能力削除
三連続ゲロゲロゲーだとは思わなかったwww
おもろかったっす!
42.90名前が無い程度の能力削除
新聞記事みたいなオチだなw
44.100名前が無い程度の能力削除
とりあえず永遠亭は早急に功績をあげて信頼を取り戻すべきそうするべき。
49.70名前が無い程度の能力削除
バイオセーフティーレベルは、上限がレベル4まで
そして核よりよほど厳重
51.100名前が無い程度の能力削除
面白かったです。ロッパー