Coolier - 新生・東方創想話

みぞれいむ

2011/11/02 02:05:58
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 古今東西、珍妙な事件とは話に聞くものだ。
 例に挙げれば、野良猫が側溝にはまって抜けず住民総出の救出作業――実にアホらしい事件ではあるのだが、そうしたドタバタ劇は見る者の顔を綻ばせてくれる。それもしばしば。

「……お前、何やってんの?」

 それを差し置いてしても――霊夢の奇行は私をドン引きさせるに十分だった。

「魔理沙ね……見れば分かるでしょ、はまったわ」
「はまったわじゃねーよ。いったいお前は何をしたら賽銭箱と本殿の間に挟まるんだ」
「不慮の事故よ」

 今すぐにでも『不慮』と『事故』の単語を広辞苑で引きたい。そんな衝動に駆られる。
 いつも通り博麗神社へ足を運んで、お茶の1つでも貰おう――そう思っていたらこれだ。

「居間にいないし、どこにいるのかと思ったら……」
「そこで帰るという選択肢に至らないところがアンタの図々しいところね」
「うぐ」

 悲しいかな、何も言い返せない。
 話題を変える。

「にしてもお前、はまったなら大声出すなりしろよ……私だって賽銭箱がひとりでにガタガタしてるの見なきゃ気付かなかったぜ?」
「気付いたならいいじゃないの」

 そういう問題じゃなくて、……ああなんかもうどうでもいいや。
 取りあえず、はまった霊夢を救出する事にした。このままでは色々と不便である。

「ほら、右手伸ばせ」
「む」

 霊夢は今、身体を本殿側に向けて、左腕が下になるような体勢で挟まっている。
 つまり右手はフリーだ。掴んで引っ張り上げれば一発である。

「……優しく、してよ?」
「はいそういう茶番いらない」
「むうー、何よ面白くない」

 霊夢が頬を膨らませる。生憎と下ネタに付き合っている暇は無いのである。
 伸ばした右手をしっかりと掴んで、引く。体重の軽い霊夢の事だ、大した手ごたえも無く引き上げ――……
 ……あれ。

「なんだこれ……動かん」
「ちょっと魔理沙、本当に強く引かないで。痛い」
「あ、ああ……悪い」

 ……困った事になった。
 霊夢の身体は、思いのほか溝にフィットしている様子である。
 もっと強く引いてみれば分からないが、鈍感な霊夢にも一応痛覚は存在するのだ。

「力任せには無理そうだな……取りあえず他の奴らにも助けを」
「待ちなさい」

 きっぱりとした口調で、霊夢は私を制止する。

「なんだよ」
「人を呼ぶのはNGよ。私の名誉に関わるわ」
「とっくに私に見られてるんだから良いじゃないか」
「魔理沙は人間じゃないからセーフなの」
「私は人間だよ!」

 ともかく、私以外に自分の醜態を晒す事は霊夢的プライドの根幹に関わるらしい。
 しょうがない……私一人で出来る事を考えよう。


① テコの原理

「支点を作って、霊夢を下からぐいっと。霊夢は引っ張られる訳じゃないし、痛くないだろ?」
「ま、魔理沙が普通に良い案を出している……だと……」

 驚愕の声を上げる霊夢。何て失礼な野郎なのだろうか。女だけど。
 腹を立てていても霊夢は救出できないので、取りあえず支点になりそうな岩、それから適当な木板を探す。
 岩は境内周辺から、木板は神社の物置から見つかった。セッティングして、準備完了である。

「よし、行くぞ」
「おっけー」

 せーの、という声に合わせて、私は板に思い切り跳び乗った。
 ぎぎ……と、板の呻る音が聞こえる。霊夢が痛みを訴える様子も無い。
 これは……行ける! そう思った、次の瞬間――

 ばき

 板が折れた。

「……」
「……」


② 板の強化

「板を強くすれば何とかなるな」
「神社にそれ以上強い板は無いわよ」
「ふむ」

 そもそも、物置に手ごろな板がある事自体珍しいのだ。それは致し方ないだろう。
 となると、どこかで買ってこなければならないのだが。

「人里にでも行けば売ってるかな」
「NGよ。そんな事をしたら『何で木の板なんか……? もしやテコの原理に使う……? 何故テコの原理……? はっ! 巫女が賽銭箱にはまった!?』という事になりかねないわ」
「絶対ならねえよ!」
「とにかく買いに行くのはNGね。それに……まさか、私を一人にする気じゃないでしょうね」

 霊夢がジト、とした視線でこちらを睨みつけてくる。
 ……ははあ、なんだ。

「それなら初めからそう言えばいいのに」
「……なによ」

 という訳で、木板強化案は却下である。不思議と未練は無かった。


③ 摩擦を減らす

「物理的に考えよう。ここは抵抗する力を抑える事が肝心だと思うんだ」
「結論だけどうぞ」
「霊夢にローションをかける」
「死ね」


④ 賽銭箱をずらして退かす

 結局邪魔なのは賽銭箱なのである。コイツを退かしてしまえば万事解決だ。
 という訳で引っ張って退かそうと思ったのだが……ピクリとも動かない。

「これ、地面に固定してたりするのか?」
「いや? 別にそういう事は無いけど」
「じゃあ何だ、これ一体何キロあるんだよ」
「計った事ないけど、取りあえず500キロは越えてるんじゃない?」

 どんな密度をしているのか非常に気になるところである。
 それを私一人で退かそうというのだから、まあ……うん、無理。

「どうしてそこで諦めるのよそこで」
「……突っ込まないよ?」
「別にネタじゃないわよ。もうちょっと頭を捻らせろって言ってるの」
「と言いますと」
「例えば賽銭箱を掴んで、そのままマスパを逆噴射するとか」
「賽銭箱吹き飛ぶぞ」

 ……いや、待てよ。それは案外名案かもしれない。

「なあ霊夢、この際賽銭箱を粉砕して」
「それで助かったら、その後私は真っ先に魔理沙を抹殺するわ」
「ですよね」

 却下である。


   ◇


 その他色々と試しては見たものの、先程挙げた例のように企画倒れとなる案が殆ど。
 結局霊夢を救出できないまま、夜を迎えてしまった。

「暗い中じゃまともな事も出来ないな……困ったぜ」
「まあいいわ、明日にしましょう」

 自らがはまっているというのに、この霊夢という人間、滅茶苦茶ポジティブである。
 とはいえ、ネガティブになられたところで私が困る。実際霊夢救出のメドは立っていないので、明日にした方がいいだろう。

「じゃあ飯でも作るか。霊夢、何が食べたい?」
「フカヒレ」
「ねえよ」
「ていうか、そもそも神社に食材の種類なんて揃ってないわよ。漬物でご飯が日常なんだから」
「……それもそうだな」

 突っ込んだ筈が逆に諭されてしまった。何とも言えない気分である。
 取りあえずご飯と漬物を持って来よう。再びジト目になる霊夢に「そんな遠く行く訳じゃないんだから」と言って、座っていた賽銭箱から降りる。

「あ、魔理沙。やっぱりここにいたのね」

 と、その時――境内から私を呼ぶ声が聞こえてきた。

「あ……アリス」
「人里で色々買い過ぎちゃって、お裾分けしようとアンタの家に行ったらいないじゃない? だからここかなと思ったんだけど、正解だったわね」

 笑顔でアリスは言う。
 いやそりゃあ、お裾分けをしてくれる事はとても嬉しい。常々アリスにも感謝している。
 ただ今回はちょっと、間が悪いというか何というか……

「お、おお……助かるぜ」
「栗のおこわ。もう秋になったわね」
「あ、そ、そうだな。秋だな」
「……? 何、そわそわして」

 こういう不測の事態で堂々と出来ないのが私の弱点である。
 案の定、今もアリスから不審がられてしまった。何とか取り繕わないと……

「……魔理沙」ボソッ
「……分かってるよ」ボソッ

 さもなくば、霊夢のこの醜態は白日の下に晒されてしまうだろう。
 ぶっちゃけアリスにバレたところで、言いふらすような奴じゃないと思うのだが。
 しかし誰であろうと、霊夢的プライドの根幹に関わるらしいからしょうがない。

「いや、何でも無いぜ。おこわサンキュな」
「……ん。どういたしまして」

 何事も無かったかを装って、おこわの入った袋を受け取る。
 私にしては、動揺が顔に出ていない方だろう。多分。

「で、魔理沙。もう家に帰るところ?」
「え」
「どうせ帰るなら、一緒に帰らない? 一人より二人の方が楽しいし」

 ……そして新たな問題発生である。
 当たり前ながら、今私が帰る訳にはいかない。しかし、相変わらずの笑顔で話すアリスの誘いを突っぱねるのも気が引ける。
 だから、ここはやんわりと断らなくてはならない。私の実力が真に試される場面……!

「あ、アリス」
「ん?」
「帰りたいのも山々なんだが、実は……」

 怪訝な表情で私の顔を覗きこんでくるアリス。
 そんな彼女に、私は怪しまれないよう微笑みながら。


「私の八卦炉を、小銭と間違えて賽銭箱に投げ入れちゃったんだよ。ハハ!」


 言葉にしてから約0.2秒後に、私の脳内会議は炎上した。

「……は?」

 戦後最大級の最低な発言だった。
 わざわざ賽銭箱へ注目を向けてしまう愚行……産業廃棄物レベルの酷い言い訳である。

「いや――この、その、あの、どの、じゃなくてアリス」
「こ、こそあど? ていうか、八卦炉を投げ入れたって……賽銭箱の、どこに」
「うわ待てアリス賽銭箱を見るな!」

 このままだと確実に霊夢の事がバレる。数秒前の自分を殴り殺したい気分だ。
 またも取り繕わなければならない状況となった。アリスも突然怒鳴られたことに驚いているのか、恐々とした面持ちで私に尋ねてくる。

「な、何でよ」
「い、今賽銭箱を見ると……その、あれだ。死ぬ」
「死ぬ!?」

 無茶苦茶だ。しかし一度言ってしまった事は押し通すしかないのである。

「とにかく、アリスに手伝ってもらう程困ってないからさ! もうすぐ取れそうだし!」
「な、ならいいけど」
「だから、アリスは先に帰ってていいぜ。私もすぐに帰るよ」
「そう……でも、困ったらすぐ私を呼んでね」

 風邪引かないようにね、そうも言い残しアリスは去って行った。
 打算の窺えない、純粋なアリスの善意に、私の頬には思わず涙が伝いそうになる。
 しかしながら、私には霊夢(のプライド)を守るという使命があるのだ――すまん、アリス。

「ほら……霊夢、もう行ったぜ」
「ふう……危ない所だったわね」
「別にアリスならバレてもいいと思うんだけどな」
「とんでもないわ……アリスにこの事がバレてみなさい、私は性奴隷として残りの余生を過ごす事になるわ」
「せ、性奴隷て……」

 いったい霊夢はどんなイメージをアリスに持っているのだろうか。

「まあ何つーか、夕食もこのおこわで良さそうだな。何気に2人前あるし」

 少し余計に用意してくれるところが実にアリスらしい。
 恐らく、研究中の私がまともに食事をしない事まで考えて、保存できる分を寄越してくれたのだろう。
 本当に抜け目のない人間――もとい魔法使いである。

「は? 何言ってんのアンタ」
「え?」

 そんな台詞を口にしたところ――何故か霊夢は、鋭い口調で言葉を返してきた。

「それはアリスがアンタに寄越したもんでしょうが。魔理沙が食べるのが筋ってもんよ」
「え、でも……さ。折角おこわなんて良い物貰ったんだし」
「あーあー、うっさいうっさい。とにかく、それは魔理沙が食べる。いい?」

 全く謎である。漬物と白米なんて質素な食事より、こちらの方が遥かにおいしいだろうに。
 しかし霊夢も中々強情なものだから、不承不承霊夢には漬物ご飯を用意した。
 おこわを口に運びながら、一方で霊夢の口に漬物と白米を運んでいく。辺りは完全に闇へ包まれ、挟まっている霊夢の表情はよく見えない。
 何というか、食事にも格差社会ってあるんだなあ――などと下らない事を考えながら。賽銭箱での夕食時は過ぎ去っていくのだった。


   ◇


 夕食の片づけも済ませ、相変わらず霊夢は賽銭箱に挟まっていた。
 今日中の救出は諦めたとはいえ、ここまで目途がついていないとなると……少し心配になってくる。

「別にはまってたって死にゃしないし、心配する程の事でも無いわよ」

 しかし、相変わらず霊夢はポジティブ思考だった。
 実に頼もしい限りではあるのだが、はまりっぱなしというのは流石にまずいような気がしなくもない。
 それに、こうも不自由だと――どうしても、独力では駄目な事も出てくるのだ。

「……ん」

 私の額に勢いよく、冷たい雫がぶつかった。
 ――雨だ。

「困ったな……頼むから晴れててくれよ」
「なに、雨?」
「みたいだ。傘取ってくるぜ」

 未だ小雨ではあるが、どうにも夜空は澱んでおり、怪しげな雲行きである。
 神社の玄関まで走って、備え付けの傘を素早く手に取る。

「……冷えてもきたな。くそ」

 そのまま踵を返し、再び駆け足で戻ろうと思ったのだが――
 雨で下がった気温は、この先訪れるであろう賽銭箱キャンプにはいささか厳しそうである。

――

「悪い、遅くなった」

 そういう訳で――霊夢の寝室へ少々寄り道した私は、2枚の毛布を両手に持ち賽銭箱まで戻った。

「へえ、気が利くじゃない」
「気が利くも何も、このままだと私まで凍死しそうな寒さだからな」
「お茶でも飲んできたら?」
「その間お前はどうするんだよ」
「私は別に大丈夫だって」
「だいじょばない。ほら毛布」

 会話しながら、霊夢の右手に毛布を掴ませる。
 霊夢は一瞬むっと、何か言いたげな顔をする。
 ……が、結局黙ったまま、受け取った毛布をぎこちなく右半身にかけた。

「よっ、と」

 賽銭箱の上に座った私は、自分と霊夢を雨から守るように傘を差した。
 ポツポツ、と。まばらな雨が、傘に当たっては弾ける。

「……」
「……」

 何故だか、会話が続かなかった。霊夢は押し黙り、私も口は開いてみるが、話そうとしている言葉だけが、夜の帳に呑まれていくようだ。
 ……少しずつ、雨足は強まっていく。ポツポツは、いつしかザアザアと――音を変えていた。

「……魔理沙。もう帰っていいわよ」

 そして霊夢は、言うのだ。

「……何言ってんだお前」
「雨も本降りになってきたし……早く帰った方がいいわ」
「はは……なら尚更、お前を置いちゃ帰れないだろ」
「魔理沙」

 口調が鋭くなる。今度こそ、意味が分からない。
 返す私の口調も、少し強くなる。

「さっきから思ってたけどさ……お前、『私は大丈夫』だとか、『心配する事じゃない』とか――そういう事、言い過ぎ」
「……そんなこと」
「無くない。さっきまでは私に遠くへ行くなとか言ってたのに、いきなりどうしたんだよ」
「バッ――」

 跳ね上がるような声が霊夢から聞こえてきた。これは図星の線が濃厚だろうか。
 なんて、調子づいた事を考えていると。霊夢は再び口を固くして――それからボソボソと、話し出す。

「……だって、魔理沙は」
「……私は?」
「……魔理沙は、公共のものだから。私だけで使っちゃいけないでしょ」
「公衆トイレか」

 私は私のものである。基本的人権の観点的に。

「冗談。でも、魔理沙には魔理沙の付き合いがあるじゃない。だから、私だけに構ってくれてたら……色々と、さ」
「……なんだ、それ」

 私には私の付き合い。……多分、アリスの事を言っているのだろう。
 そういえばさっき、アリスに貰ったおこわを霊夢が頑なに拒否したなんて事も、あった。
 全部、私の関係に下手な干渉をしないよう、遠慮していたのだ。――この霊夢という人間は。

「アホだな」
「うるさい」
「だって、私の付き合いがどうとかなんて関係ないだろ。私は一人になりたい時は一人になるし、誰かといたい時は誰かといる。それだけだよ」

 本当にそれだけを告げてから、私は右手の傘を持ち直す。
 再び訪れる――雨音だけの空間。
 しかし今回、それが破られるのはそこそこ早かった。

「……で?」
「……え、なに?」
「今の話よ。それで終わり?」
「終わりも何も、最後まで言っただろ? 『誰かといたい時は誰かといる。それだけだ』って」

 先程の言葉を反復する。私の生き方、自然体を言葉に示す。
 それでも尚、霊夢はポカンと黙っていた。私の言っている意味が、やはり分からないらしい。
 ――と、思いきや。突如「ゴゲボッ!?」と、霊夢は物凄い音を立ててむせ返る。

「お、ど、どうした霊夢!?」
「あ、あああううう、~~~~! ね、ねね寝る!」
「唐突だな!?」

 私の突っ込みは、果たして聞こえていたかどうか。
 言うが早いか、霊夢はさっさと眠りに就こうとゴソゴソ身体を動かし始めた。
 こうなってしまえば、最早聞く耳を持つ事は無いだろう。内心はあと溜め息をつく。


 しかし、霊夢は。不意に動きを止めて。

「……魔理沙は、私と一緒にいたいの?」

 そう、尋ねてくる。何かを押し殺すような、そんな声で。
 意味深なようで、しかしただ茶化しているだけのような、そんな質問だった。けど、

「いたいよ。お前と一緒に」

 お茶を濁すでもなく――ただ、自分の気持ちをハッキリと。
 伝える。

「……そっか」

 やはり霊夢は、たった一言を素っ気なく返すだけだった。
 それから、一言たりとも喋る事は無くなる。今度こそ、本当に寝てしまったようである。

「まあ、いいか」

 ただ――取りあえず、今日は霊夢がいつもより1割増で素直になった気がする。
 未だ雨足は弱まらない。下がった気温は毛布越しに私の身体を突き刺す。
 それでも――今夜ばかりは、快く眠りに就けそうだ。
 そんな感じがした。


   ◇


 翌朝は前日の雨が一転、快晴の空に気温も暖かいものだった。
 私といえば、気が付いたら睡魔に襲われ気を失っていたようである。
 それでも私の右手には、しっかりと役割を果たしたままの傘が握られていた。
 眠ったまま、それでも傘を差せていたのだろう。恐るべし、私の無意識……

「ふあ。眠い」
「……やっと起きたわね」
「おお? ああ、霊夢。早いな」

 隙間を覗きながら、おはようと挨拶。
 霊夢も挟まったまま、おはようと返してくれる。

「さて、挨拶も済んだところで――脱出作戦、再開よ」
「早いな!?」
「早くないわ。もうはまってから十数時間は経ってるし……私もそろそろ娑婆の空気を吸いたいのよ」

 脱獄犯の如く、霊夢は野心の炎を隠すことなくメラメラと燃やす。
 まあそりゃ、賽銭箱に挟まった状態が楽であるとは思えないし。

「じゃあ早速やるか。で、脱出プランだが昨日の続きを――」
「いや、プランなら私に任せて」
「……お」

 話し始めた私の言葉を遮り、霊夢は自信満々に言った。
 何か考えがあるのだろう。昨日と同様、霊夢を頼もしく思いながら――彼女のプランに耳を傾ける。


⑤ 摩擦を減らしつつテコの原理

「木板を強化できないとしても、抵抗を減らせば折れる可能性も少なく出来るわ」
「なるほど」

 確かにその通りだ。抵抗――ここでいう摩擦力を軽減すれば、木板が弱いままでも何とかなるかもしれない。
 しかし、摩擦力を減らすには……その、アレ。

「……ローションでしょ。いいわ、かけなさい。ドーンと!」
「え、あ、うん……」
「何でドン引きするのよ!」

 冗談である。

「じゃあ、本当に、それでいいのか?」
「くどいわね。それ以外にまともな方法も無さそうだし……いや、本当にドーンとはかけないでよ?」

 とまあ、そんな紆余曲折もあり。
 最終的には、霊夢の身体が引っかかっている箇所に限って、ローションをかける事となった。
「じゃあいくぜ」と、私は懐からローションの入った容器を取り出す。

「……てか、何でアンタの懐にはローションが入ってるの……?」
「ん、ああ……実はこれメープルシロップなんだ。てへぺろ」
「うわ最悪っ!」

 私は健全な普通の魔法使いなのである。そんな猥褻なものは持ち合わせていません。
 という訳でローション――もといメープルシロップを霊夢の身体へ垂らしていく。
 ホットケーキに香る、あの甘い匂いが賽銭箱周辺に漂い始める。

「――よし、こんなもんだろ」
「ま、魔理沙……くさいんだけど」
「言うな」

 ともかく準備は完了した。
 手早く岩と木板もセットして、いよいよ勝負の時である。

「せーの、で板に跳び乗るぞ」
「……おっけー」

 いつか見たような光景。しかし今回は緊張感が違う。
 踏み込む足は少し震えていた。が、ここで怯んじゃ女じゃないぜ――霧雨魔理沙っ!

「そおいっ!」

 掛け声と共に――勢いよく、木板の力点部分へ跳び乗る。
 瞬間的に、木板には膨大な負荷がかかる。木板は前日と同じように、大きな音を立て軋み、呻る。
 私は歯を食いしばり、霊夢もまた歯を食いしばる。そして――

 すぽん

 ……という気の抜けた音と共に。
 霊夢の身体は賽銭箱から抜け、宙に舞い上がる。

「って、うわ!?」
「きゃあ!?」

 そしてその身体は、小さく弧を描いて――私に突っ込んでくるではないか。
 どんがらがっしゃん、と。月並みな効果音を立てながら、私達は重なって崩れ落ちる。

「……てて。霊夢、大丈夫か?」
「な、何とか……って」

 そこで、私の上に覆いかぶさっている霊夢と、目が合う。
 私達は暫く、お互いに目をパチクリさせ合って。

「は、はは……っ」
「……はは、あはははっ!」

 それから同時に、大きな笑いを神社に響かせたのだった。


   ◇


「で、ここの隙間にね……」

 復活後。霊夢は私を手招きし、事件の舞台である賽銭箱まで連れてきていた。
 霊夢の指差す隙間――つまり霊夢のはまっていた場所を、じっくりと注視する。

「……あ、あれって」
「そう……『万札』よ」

 ただの紙切れながら、しかし他とは一線を画す『万札』が――そこには落ちていた。
 なるほど……霊夢は諭吉の誘惑に負けて、こんなことにね……

「取ろうと左手を伸ばしたら、落ちたと」
「落ちたわ」

 キリリ、と。霊夢は言う。
 実際やった事といえば、金に目がくらんで――ゲフンゲフン。

「で、結局金も手に入らないんじゃ、骨折り損のなんとやらじゃないか」
「まあそうね。でも――」

 そこで霊夢は、小さく微笑む。

「――何だか悪くない気分だから、それもまたいとをかし。ってね」

 ……はは。
 いつの時代の人間だよ、お前は。

「……まあ、そうだな」

 でも、私もまた悪くない気分だと、思った。
「魔理沙」「ん」「賽銭箱に滅茶苦茶アリの大群が押し寄せてるんだけど」「oh...」

○追記 2012/06/26
>>46様
>ところで一つだけ気になったんですが作者さんが時々使う「だいじょばない」ってどういう意味でしょうか?「大丈夫じゃない」って捉え方であってますかね?ww

そうですww意味不明な言葉を使ってしまって申し訳ありません……
個人的に『だいじょばない』は標準語だと思っていたのですがそんな事は無かった()
SARAyear
https://twitter.com/saramimi_17
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コメント



0.1320簡易評価
1.80名前が無い程度の能力削除
サクサク読めて楽しかった。
4.100名前が無い程度の能力削除
メープルシロップペロペロは?
5.100名前が無い程度の能力削除
二人の軽妙な会話や関係が心地良かったです
霊夢の危機感は皆無のようでしたが、トイレの方は大丈夫だったんだろうか…
13.90奇声を発する程度の能力削除
二人の距離感が良かったです
16.100名前が無い程度の能力削除
レイマリちゅっちゅ
17.100名前が無い程度の能力削除
挟まれいむ
18.100がま口削除
なんという閉じ込められいむ(笑)
テコで飛び出すメープルまみれの霊夢がシュールすぎます。
でも霊夢と魔理沙ならありそうだなぁ、という会話や状況がよかったです。
20.100名前が無い程度の能力削除
コレぞレイマリ。

貴方の作品は読み易く、また面白いのが多いので楽しみにしています。
21.100名前が無い程度の能力削除
oh...
23.90名前が正体不明である程度の能力削除
霙と霊夢のカップリングかと思った私は発想が狂ってる。
26.90ぺ・四潤削除
ギャグかと思ったらなんか感動した。
しかしこの万札を仕込んだのは一体誰か……
賽銭箱の中に入れずにわざわざ裏に落としておくなんて……
27.90とーなす削除
あれ霙は……?
というのはさておき、いいレイマリでした。
照れてる霊夢可愛い。
29.90名無しな程度の能力削除
これはいいはさまれいむ
30.70名前が無い程度の能力削除
霊夢の手の届かない所にお金落とせば自力で脱出したんじゃね?
33.100名前が無い程度の能力削除
メープルまみれの霊夢が魔理沙に覆いかぶさって……?(ゴクッ
34.90H2O削除
メープルシロップ塗れの霊夢…
にしても500kgの賽銭箱、何で出来ているんだ?
42.100名前が無い程度の能力削除
くそレイマリいいな
もっとらぶらぶしてくれ
46.100名前が無い程度の能力削除
霊夢かわいいよ霊夢

ところで一つだけ気になったんですが作者さんが時々使う「だいじょばない」ってどういう意味でしょうか?「大丈夫じゃない」って捉え方であってますかね?ww
49.80ミスターX削除
>46
「だいじょばない」というセリフはFFX-2(通常版)にありました