Coolier - 新生・東方創想話

1400年越しの反抗期

2011/11/01 01:34:25
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※史実に則ってふとじこを親子にした結果がこれだよ!
※なのでそういうネタが苦手だったりする方はご注意願います。











『お母様! 私大きくなったらお母様のお嫁さんになる!』

『ははは、刀自古。我の嫁になりたいとは眼が高い。流石は我が娘じゃ』



遠い昔、そんなやり取りをした頃があった気がする。
まだ蘇我と物部の対立が表面化する、その十数年前の事。

我と蘇我馬子の間に生まれた娘、刀自古郎女。いや、今は蘇我屠自古か。
小さくて純情で、勉強熱心で顔も良くて可愛らしい娘じゃった。
馬子は公務で家を空ける事が多く、実際は殆どは我一人で育てていた、自慢の娘。

今はもう、親子としての縁は切ってしまった。
理由は多々あるが、娘である屠自古を使役する立場となった今、そんな立場になってしまった事から眼を逸らしたかっただけなのかもしれぬ。

それでも、我はまだ屠自古の事を娘だと思っておる。
形としては使役するもの、されるものの立場じゃが、それでも親子の絆は消えない、と。

……そう思っておるのじゃが……。





「布都、暇なら太子様にお茶を淹れて差し上げろ愚か者めが」





馬子、我は何処で屠自古の育て方を間違えたのだ……?





 * * * * * *





「最近屠自古が冷たいのじゃ……」

「いつもの事だな」

「いつもの事のような気がしますが」

「いつもの事ですね」

仙界に佇む、我らの大祀廟。今は我らの住居兼道場となっている。
その一室で、派手に落ち込む我とそれを呆れたと言わんばかりの目で見下す芳香、青娥、そして太子様。
青娥と太子様はともかく、芳香にまで見下されるのは妙に腹立たしかった。

「違うぞ! 昔はもっと大人しくて我を敬愛してくれる可愛い娘じゃったぞ!」

「それは屠自古が幼少の頃の話じゃ……」

「私が道教を教えた頃には、既に今みたいな気の強い方だった気がしますね」

ううっ、た、確かにそうかもしれぬが……。

「じゃが! 今みたいにあんなに人をゴミのように扱うような子ではなかった筈じゃ!」

「まあ、それはそうかもしれません」

「言われてみれば、気が強い方ではありましたが、粗野な方ではありませんでしたね」

そ、そうなのじゃ。
確かに昔、一時を境に急に気が強く真面目になったが、それでも我とは普通に接してくれたはずなんじゃ!
じゃが近頃は……。



『布都、ゴミ出して来い』

『お茶が温い、温め直せ。太子様に温いお茶を渡す気か』

『殺ってやんよ!』

『部屋の掃除ぐらいしろ無精者が』



「なんだか嫁に八つ当たりする姑みたいですね」

そう。まさしくそうなのじゃ。
最近は言う事なす事厳しくて、昔のように二人っきりで話すようなこともなくなってしまって……。

「ううっ、屠自古……我が何をしたというのじゃ……悪い事があるなら謝るから話しておくれ……」

「そんな事言うくらいなら何で親子の縁を切ったりしたのでしょうか」

煩いバツイチ仙人。こっちにはこっちの事情もあるんじゃ。

「これが反抗期と言うものなのか? 小さい頃はそんな事一切なかった反動なのか?
 ああ……我が1400年も眠っていたから……!!」

そうじゃ、きっとそうに違いない。
我が1400年も屠自古を一人にしてしまったから、性格が曲がってしまったに違いない!
何があったのじゃ! 悪い男に捕まったのか!? 夜な夜な不良な輩と遊び歩くような子になってしまったのか!?
ぐぬぬ、許せん!

「青娥! 何故お主が屠自古を止めてくれなかったのじゃ!」

「いきなり酷い言いがかりですわね」

「いいや! 寧ろお主が屠自古を誑かしたのじゃな! よくも我の娘を!」

「豊聡耳様、何とか言ってやってくださいな」

「一先ず落ち着きなさい、布都」

うぐぐ……。
太子様の言葉とあれば、我も一度は言葉を止めざるを得ない。

くそぅ、悪党め。太子様に助けを求めるとはなんと卑劣な。
じゃが! 屠自古を誑かそうなどとは言語道断じゃ! 事によってはいくら太子様の手前とは言えども許さぬぞ!

「君の勘違いが凄まじいのは昔からですが、少なくとも青娥は関係ありませんよ。
 第一、復活したての頃は昔通りだったじゃないですか。やたら厳しくなったのは此処一週間ほどのことでしょう?」

ぐぅ……。

「君が屠自古を思う気持ちも判りますが、だからと言って勝手に一人で暴走しない。よろしいですね?」

「ううっ……御意のままに……」

太子様に言われては仕方がない。太子様は間違った事は言わぬからな。

「で、では太子様。我はどうすれば良いのですか?」

こういう事は、我らが太子様の管轄範囲だ。
我はあまり助言を聞く機会と言うものはなかったが、元々太子様は人の欲を聞き、的確な指示を出せる才で王となった方。
相談事において、太子様という存在ほど心強いものはこの世に存在せぬだろう。
さあ太子様、我に貴女様の御力を……。

「すみませんが、私からはなんとも言えません」

なんじゃと!?

「いえ、勿論君の欲からある程度の未来は見る事が出来ます。
 しかし、話した事もあるかと思いますが、君の十の欲望の全てを見ない限り、私の能力は機能しません。
 今の君から聞こえる欲は、屠自古への愛情、そして屠自古から愛されたいと言う欲望。その2つだけなのです。
 それだけ屠自古の事を思っている証拠なのでしょうが、思いが強すぎると言うのも考え物ですね」

「と、屠自古を愛しちゃいかんと申されるか!」

「そうじゃなくてですね……とにかく、君の未来は今の私には見えないと言う事です」

太子様の言葉が、やっと飲み込めてきた。
つまるところ、太子様の助言を聞く事は出来ぬのか……。

「なので一般論として助言させてもらいます。
 確かに昔に比べれば今の屠自古は厳しいかもしれませんが、それもまだ常識の範囲内だと思います。
 ちゃんと屠自古と向き合って、素直な気持ちで、母親らしく接してみてはどうでしょうか?」

うー、母親らしく、か……。

確かに、親子の縁を切ってしまってからは他人同士の付き合いじゃったからな。
きっと屠自古も、我の暖かさに飢えているのだろう。そうかそう言う事なのか!

つまり屠自古は我に構って欲しかったのじゃな!
我が娘ながら可愛い奴め! いや、屠自古なりにきっと照れ隠しをしていたのじゃ! そうに違いない!
はっはっは! そうと決まればやる事は一つじゃ!

「流石は太子様じゃ! よし屠自古! 今すぐお母様がお菓子を作ってやるぞ!」

あれで屠自古は甘いものが好きじゃからな! 昔はよく菓子を作って食べさせてやったものじゃ!
ああ、すまなかった我が娘よ! お主の気持ちに気付いてやれなかったとは! だがもう大丈夫じゃ!

もう一度我の事を母と呼んでくれていいのじゃぞ! さあ我に存分に甘えると良い!!














「……豊聡耳様。絶対に楽しんでおられますよね、この状況」

「判りますか?」





 * * * * * *





「屠自古! いるか!」

早速作った団子を持ち、屠自古の部屋へと駆け込む。

「ノックくらいせんかぁ!!」

そして駆け込むと同時に雷の矢が飛んできた。あばばばばばば。

「う、うむ……流石は我が娘、素晴らしき雷じゃ」

「誰が娘だ。親子の縁を切ろうといったのはそっちだろうが」

ううむ、まだツンツンしておるの。これが今の地上の流行と言う『つんでれ』という奴じゃろうか。
しかしもう我は迷わないぞ! さあ親子復縁といこうじゃないか!

「それなんじゃが屠自古、ほれ」

団子とお茶が乗った盆を屠自古へと渡す。ちゃんと咄嗟に道術を使うことで、雷からは守ってあるぞ。我は焦げておるが。

「これは……」

「昔良く作って食べさせたじゃろう。忘れたか?」

たまたま使いの者達が揃って蘇我家を離れておった際、屠自古のおやつにと我が作ったのが切欠じゃった。
最初は火傷したりで大変じゃったが、そうして出来た団子を屠自古が笑顔で『美味しい』と言ってくれた時には、苦労が報われたものだと涙したものじゃ。
それ以来、暇さえあれば屠自古のために、誰の手も借りずに団子を作っておった。
我にとって、屠自古との一番の思い出の品といっても過言じゃないじゃろうな。

「……確かに、そんな事もあったな」

盆を受け取った屠自古は、何処か懐かしそうな表情を浮かべておる。
そうじゃ屠自古。その団子を食べて、もう一度我の暖かさを思い出すといいぞ。
あの時のような笑顔を……。

「ん……」

団子を懐かしそうな表情をしながら口に運ぶ。
ああ、なんだか緊張してきた。1400年ぶりに、屠自古の真っ直ぐな笑顔が見れると思うと……。

「……ん?」

……見れると思ったのじゃが、何故か屠自古は急に眉間に皺を寄せる。
な、なんじゃ……? ど、どうしたのじゃ屠自古……。

「布都、この団子を蒸した時間は?」

「えっ……」

た、確か10分くらいじゃった気が……。
あれ、言われてみれば昔はもう少し長かった気もするぞ? 気のせいか?

「あと、水の量が足りない」

「うっ……」

「砂糖の配分も間違っているな。これじゃ少々甘すぎるぞ」

「ううっ……」

ズバズバと的確な突っ込みを入れてくる屠自古。
さっきまでの期待は何処へやら、この時点で既に嫌な予感しかしないぞ……。

「1400年ずっと作っていなかったから、作り方を忘れていたんだな?」

ぐさァッ!!
現実にそんな音が響きそうだったくらい、屠自古のその言葉は我の胸に突き刺さった。

た、確かに忘れておったさ……と言うより、思い出そうとすらせずに昔の感覚だけで作っておった……。
何度も何度も屠自古のために作ったものじゃ。例え1400年経とうとも、間違うことなどないと思っていたんじゃ……。

「誰に作るのかは知らないが、これじゃ合格点は出せないな」

ち、違うんじゃ屠自古。我はお主の為にと思って……。

「そうだな、まずは現代の団子の作り方を里で聞くのが良いか。
 1400年前と今とでは少々勝手も違うだろう。今の時代の材料を使うんだ、作り方も今風の方がいいかもしれない」

ううっ……我は昔のお主の笑顔が見たかったんじゃ……。
だから昔と同じ作り方で、昔と同じ味をと……。

「あと蒸す時間は四半刻より少々短いくらいがいい。
 水はもう少し多く入れておかないと硬くなってしまうぞ。弾力の匙加減は難しいがな」

今のお主には、我の母としての心は届かぬのか?
例え一時だけでも、お主ともう一度親子として接する事は……叶わぬのか?

「砂糖の加減は……って、布都?」

ううっ……我は……我はただ……。

我はただ……お主と……。



「ど、どうされたのですかお「うわあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!!!!!!」



屠自古に認めて貰えなかった事がただただ悲しくて……。

我はもう、泣きながら屠自古から逃げる事しか出来なかった……。





 * * * * * *





「ううっ……ぐすっ……屠自古は我の事が嫌いなんじゃ……そうに違いない……」

「泣きながら戻ってきたかと思ったら、どうやったらこのような凄まじい勘違いが出来るのでしょうかこの方は」

「昔からです」

ううっ……もう嫌じゃ……。
屠自古に嫌われては我は生きていけん……。

「布都、よろしいですか?」

「なんじゃ太子様……我にはもう希望などないのです……」

「今まで何があったかは全て見させていただきましたが、屠自古はただ君にアドバイスをしていただけじゃないですか。
 君の事を嫌っているなら、そもそも団子なんて食べないと思いますし、何か言い返すわけもないでしょう?」

「違うんじゃ、我には判る。屠自古は……屠自古はぁ……!」

此処最近の事も、きっと全部そうなんじゃ……。
屠自古は我の事が嫌いじゃから、我を遠ざけるためにああして露骨な事を……。

「勘違いにも限度と言うものがあると思うのですが」

「自分の娘を信用しないのは流石に重症かもしれませんね」

何がいけなかったんじゃ……。
やっぱり親子の縁を切ろうだなんて言ったからなのか?
屠自古はもう我を母だと思っておらぬのか?

ああ、そう言えばさっきも娘と呼んだら顔を顰めておった。
やはりそうなんじゃ。今の屠自古は我を『1400年も放っておかれたウザい使役主』程度にしか思っておらぬのじゃ。そうに違いない……。

「太子様……我はもう生きては行けぬ……」

何故か近くにおいてあった麻縄を手に取る。

「あ、あの、布都? 何をしようとしているかは想像出来ますが、尸解仙となった以上首を括った程度で死ぬとは……」

「豊聡耳様、確かに尸解仙には『寿命』と言う概念はないに等しいものです。
 ですが物理的な死は別でして、早い話が生命活動を維持出来なければ当然死に至りますわ」

「布都!! 早まらないでください!!」

天井に麻縄を括りつけたところで、初めて太子様に羽交い絞めにされる。

「離してくだされ太子様!! 娘に嫌われた母に生きる意味などないのじゃ!!」

「だから早まらないでと言っているでしょう!! 少しは落ち着いてください!!」

「何故落ち着けと仰られるか!! この絶望を目の当たりにしてどうやってそのような事を!!」

「何でもいいですからとにかく死ぬのはやめなさい!!」

「太子様の命と言えどもそれは聞けませぬ!!」

「ああもう、戯れは終わりじゃ!!」

スパッ!

と言う音が聞こえてきそうなくらいに、我の持っていた麻縄が見事に切り裂かれバラバラになる。
あまりの出来事に、一瞬言葉を失う。そして我の目は、太子様の姿に釘付けとなった。

太子様がその手に、剣を持たれていた。戦いの場でさえ、滅多な事では抜かぬ太子様の宝刀、七星剣。
それ故に太子様の剣技と言うものは我も見た事がなかったのじゃが、これほどまでに鮮やかな剣捌きを……。
そのあまりにも美しき剣技に、今までの事など忘れて我は見入ってしまっていた。

「……布都」

え、あっ……。

「いい加減にしなさい!!」

「ぎゃうっ!?」

突如、我の頭を襲う鈍痛。それもそのはず、七星剣の鞘で脳天を引っ叩かれたのだから。

「た、太子様、なにを……」

「君の勘違いが激しいのはもうどうしようもありません。この際諦めるとしましょう」

これは手厳しい。

「ですが、命を無碍にすると言うのは見逃せません。
 私は、私達は人の命が有限である事に嘆き、こうして尸解仙となったのではありませんか。
 尸解仙となり、不老不死の神となるべく、1400年もの長い間、眠っていたのではありませんか。
 君が今此処でかけてしまっては、何のために私達は今此処にいるのですか」

うっ……。

「それに君は、仮に屠自古に嫌われていたとして、すぐに諦めて命を絶とうというのですか?
 母親なら母親らしく、再び母子を名乗れるように努めるべきではないのですか?
 本当に屠自古の事を思っているのならば、たった一度や二度の事で死のうとしないでください。
 君を失えば、悲しむ人がいると言う事を忘れないでください。いいですね?」

ううっ……。
流石は太子様じゃ……言う事が正しすぎてぐうの音も出ぬ。

今此処で命を絶ってしまっては、太子様の願いも、屠自古の未来も共にする事が出来ぬ。
太子様の言うとおり、我はこんな所で折れるわけにはいかぬ。
なんとしても、屠自古と仲直りをせねばならぬのじゃ!

「仰せの通りに」
 
我は跪く。
なんだかんだで、太子様の眼前でこうして跪いたのも1400年ぶりのことじゃな。

「判っていただけたようでなによりです」

「本当に、物部様は単純ですわ」

太子様も安堵の表情を浮かべる。
このような表情を浮かべられるのも、太子様が本当に人の事を思えるからこそじゃろう。
真の聖人とは、やはり太子様の事を言うのじゃろうな。
なればこそ、我も屠自古も一生を捧げてこの御方に付いて行こうと……。

「……って、青娥!!」

「はい? なんでしょうか?」

とぼけた顔で返事しておるが、今の発言を聞き逃すほど我はうつけではないぞ!!

「誰が単純じゃ! この斑鳩宮きっての賢将である我が! 何処が単純だというのじゃ!!」

「あらあら、私とした事が、うっかり本音が」

無駄に可愛らしく自分の後頭部を小突くのが非常に腹立たしかった。

「ぐぬぬ、貴様は我をなんだと思っておるのじゃ!」

「えっと、単純で自分の事を賢将とか言っちゃう勘違いの激しいお母様、ですかね」

「青娥ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

「あらあら、また本音が」

流石の我も我慢ならんぞ!!
我をこうも侮辱してくれたのは貴様が初めてじゃ!!

「青娥、わざとでしょうがあまりやりすぎないように」

「いえ、このくらい唐突なほうが早く忘れられますよ」

太子様と青娥がなにかぼそぼそと言葉を交わしていたが、頭に血が上っていた我には当然聞こえなかった。

「我を侮辱するとは許さぬぞ!! 喧嘩を売るようならば、やってやんよ!!」

「……やはり親子ですわね。まあ、私も教え子がどれほどの力を身につけたのか興味がありますわ。芳香」

「おぉ? なんだ? 戦うのか?」

2対1か! ちょうどいい! 我の術は二つの力の融合じゃ!
物部の術と道教の術の融合、貴様で試させてもらおう!

やってやんよおおおぉぉぉぉぉぉ!!!!





 * * * * * *





「うーん……」

縁側を移動しながら、先ほどの布都……母様のことを思い起こしていた。

母様が何を勘違いしたのかは知らないが、あんなにエレガントな反応を見せるとは思わなかった。
1400年前から勘違いが激しい人だが、大体の場合は勘違いしっぱなしのまま終わる事が多いから、ああいう反応は滅多に見せない。
特に相手が私となっては、親バカ過ぎる事も相俟って、何でもかんでもプラスに解釈する節があったから……。

なんと言うか、私にしては珍しく戸惑っていた。
そんなにおかしな事を言ったと思えないだけに、私の何が母様を傷付けてしまったのかが判らない。

とりあえず、母様に謝ったほうがいいのだろうかと思っているのだけど……。
親子の縁を切った手前、他人として接してきた今更になって母様に頭を下げる事もしたくない……。
素直じゃない性格なのは私の悪いところで、自覚してはいるのだけど……。
私が唯一素直になれるのは、嘘を吐く事の許されない太子様の前だけだ。

「ああもう、めんどくさい事に……」

頭を抱えた。
かれこれ五分ほど、母様の部屋の前でうろうろ行ったり来たりしている。
傍から見れば非常にアホらしい姿だろう。いや、私が亡霊である事を考えると、かなりホラーな光景でもあるだろうか。
そんな事はどうでもいい。とにかく、自分の気持ちに踏ん切りが付けられないのが情けない。
大人しく母様に謝ればいい事なのだが……。

ええい、うだうだ考えているなんて私らしくもない。
……さっき母様は、私の事を“娘”だと言ってくれたじゃないか。
だったら今だけでいい。物部布都の娘、蘇我屠自古に戻れ。

「よし」

漸く決心が付いた。ちゃんと昔通り、母様に敬意を持って……。
布都じゃない、母様だ。母様、母様、母様……うん、大丈夫。やってやん……。





ズドオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォン!!!!!!!





……心臓が止まるかと思った。あ、もう心臓動いてなかったっけ。

母様の部屋に入ろうと決心した瞬間、いきなり強烈な爆音が鳴り響き、母様の部屋障子が跡形もなく吹き飛ぶ。
そのすぐ後に、部屋を飛び出す3つの影が……。

「青娥ああぁぁぁぁ!! 我を侮辱した事、腹の底から後悔するといい!!」

「おお、なんだお前は! 主にちーかよーるなー!」

「あらあら、恐ろしい事ですわ。芳香、行くわよ」

仙界の上空でなにやら言い争っている青娥と母様。

え、ちょ、なに、何が起きてるの?
母様のあんな鬼のような形相は初めて見る気もする。青娥は母様に何を言ったんだ。

「おや、屠自古。丁度良いところに」

「太子様」

障子が吹き飛んだ母様の部屋から、なにやらいい笑顔で声を掛けてくる太子様。
……太子様はこんなに笑顔を浮かべておられるのに、何であの二人は本気で殺しあうレベルで争っているんだろう。

「あの、太子様。何があったんですか?」

「ああ、あの二人は放っておいて大丈夫ですよ。なるべくしてああなっただけですから」

ワケが判らないよ。

「それよりも、屠自古」

「はい」

「君は布都の事を、どう思っているのですか?」

えっ……。

そんな事を急に訊かれるとは思わなかったので、言葉を詰まらせてしまう。
母様の事をどう思っているか、なんて……。

「……母様には言わないでくれますか?」

「ああ、その言葉だけで大丈夫ですよ。もう君の心は判りましたから」

ぎゃふん。
流石太子様。一を訊いて十を知るどころか、二十も三十も理解されてしまう御方だ……。

……とか思ったところで、無意識に自分が布都の事を“母様”と呼んでいた事に気付いた。

「此処最近、布都は君に冷たくされている事を悩んでいたようですから、もう布都の事を母だと思っていないのかと心配していましたよ」

「はぁ?」

そんな声が出てしまった。

母様に冷たくしているって、そんなつもりは全然ない。
どころか、他人関係になっている中では出来る限り娘であろうと意識しているつもりだった。
だからこそ、最近は目覚めたばかりで自堕落気味な母様にいろいろと指導してきたが……。

……まさかその指導で、私に冷たくあしらわれていると誤解されていたのか……?

「ああもう、母様の勘違いっぷりもいい加減にしてくれないものか……」

ため息が漏れた。

「まあ、昔からじゃないですか。ところで、どうして急に布都に厳しくしようなどと思ったのですか?」

「いや、だから厳しくしているつもりは全然ないんですってば……」

もう一度ため息が漏れる。太子様も、人の話を聞いているようで全然聞いてないから……。
とは言え、急にそう思い当たったのに理由があるのも確かだった。
まあ、太子様に話す分には構わないだろう。母様には絶対に話せないけど……。

「……父様の事を、思い出しましてね」

「えっ? 馬子がどうか……?」

私の父、蘇我馬子。
蘇我家の全盛期を築いた、その名を知らぬものはいない存在。
物部氏を滅ぼし、時の最高の権力を手にしたと言う事実から、権力のためならば何でもするような人間だったと言うイメージもあるかもしれない。

だけど、実際はその知略の殆どは母様の入れ知恵であった。
絶対にそうは見えないだろうが、もし時代が戦の世なら、母様は女性でありながら歴史に名を残す軍師となれたかもしれない。
それくらい、母様は知略に長けている。そしてその母様の知略を実行するだけの力を持っていたのが、父様というわけだ。
ある意味、私の両親は飛鳥時代で最も出会ってはならない、そして最も出会うべき二人だったのかもしれない。

……そして父様は、半ば母様の操り人形だった事を容認出来るほど、気前が良かった人でもある。
父様だって、母様の思惑に気付いていなかったわけじゃないだろう。それで権力者が務まるはずがない。
だけど父様は、それで良しとしていた。きっとそれほどに、母様の事を愛していたんだと思う。

……だからこそ、ふと思い出してしまった。今この場にいない、父様のことを……。

「父様はもう、この世にはいません。
 母様や太子様の思惑にもきっと気付いていらしたのでしょうが、それでも父様は私達と同じ道を進まなかった。
 そんな父様の心の底を私は察する事は出来ませんが、父様には父様の思いがあっての事だったのでしょう」

「……そうでしょうね。馬子ほどの者が、私達の事に気付いていなかったとはとても思えません。
 ひょっとしたら、今までの布都の我侭に対する、彼なりの仕返しだったのかもしれませんね」

そうかもしれませんね。
父様がそんな事を思っていたのかと思うと、少し可笑しかった。

「だけど、その父様はもういません。母様に今一番近しい人物は、娘である私なんです」

こんな事、今の母様には絶対に言えない事ですけどね。すぐに調子に乗るだろうから。

「だから、目覚めたばかりの母様を支えてあげるべきなのは、私の役目なんだと思います。
 確かに、母様の目から見ればちょっと厳しかったかもしれませんが……それでも、今はそれでいいんです。
 いつかもう一度親子として触れ合う事があれば、きっと判ってくれると思いますから」

ああもう、私らしくもない言葉だ。
だけど、太子様に隠し事をしたってしょうがない。この方には、人の全てを聞き取る豊聡耳がある。
それに……仮初でも、私の夫であった人だから。太子様にはどうしても甘くなってしまうのが、妻である刀自古郎女というものだ。

「ふふっ、親子の仲がいい事で安心しましたよ。ちょっと嫉妬してしまうくらいですね」

「……なんですか。太子様だって、母様の事を友人以上に見ているくせに」

ギクッ!
……そんな擬音が聞こえてきそうなくらいに、太子様の肩が露骨に跳ねる。
知らないとでも思っていたのですかね。女の勘と言うものを、少し甘く見すぎですよ。

「まったく、妻の目の前でその母親に色目を使うだなんて、あなた様と来たら」

「ううっ、そんな言い方しなくてもいいじゃないですか……」

言いたくもなりますよ。妻である私の立場がないじゃないですか。と言うか否定してください。

「……私には、どちらとも決められないのですよ」

何処か諦めたような眼を浮かべながら、太子様はゆっくりと口を開く。

「屠自古。私は君の事を愛しています」

「当然です。一応夫婦なんですから、それくらい思ってもらわなくては困ります」

「……ですが、私には布都もいないと駄目なのですよ」

むぅ。
言いたい事はなんとなく判るのだけど、やっぱりあんまり気分のいいものではないなぁ。
……尤も、私は太子様のそういうところが好きなのですよ。

「布都だけじゃありません。青娥も、芳香も、私にとっては全てが大切な家族なのです。
 だから、誰が一番だなんて、私には決める事は出来ません。私達は、全員揃ってこその私達なのですから」

こういう、悪く言えば優柔不断だけど、それでも全ての者を愛する事の出来る広き厚き心。
それこそが、同じ女同士でありながら、私が心底太子様を愛している……唯一で絶対の理由だ。

「やれやれ、これじゃ何のためにあなた様と婚約したんだか」

「……皇子として……男として生きていた私が婚約しないのは政治的にも拙いからと、君に協力してもらったのが発端じゃないですか」

本当の事は言わないように。しらけます。

まあ、先ほども言ったように、そんな太子様だからこそ私は慕っているんだ。
太子様の一番ではありたいけれど、きっと太子様に一番に見てもらえる日は来ないと思う。
きっと太子様の中で、誰かが一番になる事もないだろう。だから、せめて私は、太子様の一番近いところにいようと思う。

母様と、太子様と。その二人の一番近いところにいなきゃいけないだなんて、本当に大変そうだ。
こんな事、きっと他のどんな人間にも出来ない。だから、亡霊である私がやらないと。
そう思って、適当に今の立場を正当化しておいた。

「発端だけであったと、信じたいですね」

「……さて、どうでしょう」

私と太子様は、同時に小さく笑った。

私は太子様と違って、人の心なんて判らない。
だからこそ今回、母様にいらぬ誤解を与えてしまったのだし、父様が何を思っていたのかも、太子様が私をどう思っているのかも判らない。

だけど、今はそれでもいいか。
どうせ私達はもう、まともな人間じゃない。私に至っては完全に人間じゃない。
二度と壊れる事はないこの身体には、これから長い時間がある。

ちょうどいいや、私は亡霊なんだ。
これからずっと、太子様に取り憑いているとしようかな。
文句は言わせませんよ、太子様。あなた様が全てを語ってくださらぬ故、私はあなた様と言う存在に未練を残してしまうのですから。

母様と太子様、二人の傍に寄り添いつつ、時々邪魔に入る青娥と芳香をあしらう。

それがきっと、私がこの幻想の世界で過ごす、一番理想の家族像なんだろうな。

……太子様の妻らしく、そんな事を考えてしまった。

「さて、と」

気持ちが落ち着いたところで、私は太子様に並ぶように、身体を庭へと向ける。

「太子様、あなたがどう思っていようとも、私の仕える人はあなた様一人です。
 ……これからもずっと、あなた様の傍で御身をお守りさせて頂きますよ」

「心強い事ですね。よろしくお願いします」

太子様は静かに笑う。それはきっと、言葉通りに思ってくれている証拠だろう。

私はこの1400年間、ずっとそうしてきたんだ。
いつ目覚めるやも判らぬ太子様と母様を、青娥と芳香、そして私の3人で護ってきた。

だから、これからもそうしていこう。
太子様に害を成すものは、私が許しはしない。

そう、太子様に害を成すものは、どんな者でさえも……。

だから……。

















「喧しいんだよこの愚か者どもめがああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

仙界上空で騒いでいた耳障りな3人に、全力で雷を突き落とした。





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コメント



0.2290簡易評価
5.90奇声を発する程度の能力削除
このドタバタ感がとても面白かったです
8.100名前が無い程度の能力削除
この屠自古の雷で、さらに嫌われたと沈みこむ布都でありましたとさ。
いいドタバタ喜劇でした。
10.100名前が無い程度の能力削除
史実通りだと神霊廟組はけっこうすごいことになりますね
それにしても良い家族だなぁ
11.100名前が無い程度の能力削除
いいや、俺が蘇我馬子だ
13.100名前が無い程度の能力削除
じゃあ俺が蘇我馬子だ!

母:アホの子 娘:やってやんよ!
……いい親子じゃないか(棒)
屠自古が母親役なイメージが強いですが、布都ママ説も良いですねぇ。
18.100名前が無い程度の能力削除
やってやんよ(笑
23.30名前が無い程度の能力削除
やな感じ。
25.90名前が無い程度の能力削除
ドタバタ喜劇な感じで面白かったです
幻想郷色にどんどん染まっていってるようなw
26.100名前が無い程度の能力削除
>煩いバツイチ仙人。
あれにゃんにゃんって既婚者だったんですか?

史実を知らなかったので、これは新鮮!いい感じ!すごくいいぞ!
27.無評価名前が無い程度の能力削除
言い忘れました。俺が蘇我馬子だ
30.100名前が無い程度の能力削除
また読ませていただきました。好かったですぞ。
31.100名前が無い程度の能力削除
会いたかったぞ、馬子!

いや面白かったです 布都ちゃんの母親設定は妄想力が膨らみますね
32.90とーなす削除
史実をほとんど知らないこともあり、新鮮に楽しく読むことが出来ました。そっかーそんな関係なのかー。

>『殺ってやんよ!』

この台詞はいろいろと卑怯だw
39.100カンデラ削除
布都・屠自古の親子説でここまで面白く物語作ってるの初めて見ました。いいですね!

俺たちが!蘇我馬子だ!
44.100名前が無い程度の能力削除
馬鹿な子ほど可愛いものですが、同時に子供の立場からすれば
馬鹿な親もまた可愛いのですねw
48.100名前が無い程度の能力削除
これは良い
55.100名前が無い程度の能力削除
俺が、俺たちが馬子だ!
57.100名前が無い程度の能力削除
イイネ
60.100名前が無い程度の能力削除
これはいい親子。ニマニマします。