Coolier - 新生・東方創想話

日向をひた走るヴィンテージ・ワイン

2011/10/26 02:06:59
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# Prologue ~ Divin' Drunk Drivers






「ふんっ――黙って聞いてりゃ、ご大層なこと云ってくれんじゃないの、このタコ」
「あぁん? これの価値を知っての言い草かしら? 山ひとつは下らない代物なのに」
「ただの木の枝に、山ひとつの大金? なにそれ、頭おかしいんじゃないの?」
「おかしいのは、霊夢の目の方だよ。根は白銀、茎は黄金、実は白玉――見なさい、この輝きを!」
 なんだなんだ。
 神社の境内に降り立った、私の視界に飛びこんできたもの。クソ美味そうな甘醤油せんべいにかじりつきながら、口角沫を投げつけあう二人の少女。黒と白の髪を逆立て合う二人の肩からは、恐ろしいことに湯気が噴き出していて、シミのひどい座敷の天井近くで、火竜のごとく渦を巻いていやがる。
「おはよ、なにやってんのさ」
 誰じゃい、と云いたげな、タカみたいに鋭い眼光がすっ飛んでくる。
「ぬえじゃない。遅かったわね」
「うん。ちょっと、本堂の雑巾がけが長引いちゃって」
「そう――まぁ、座って」
 霊夢が目じりを下げて、ちゃぶ台の下から座布団を引っ張り出す。私のためのスペースを作ってくれたんだって、そう思うと嬉しい。紅い靴を揃えて霊夢の隣に置き、縁側に膝を乗っけて上がりこんでいく。この前はワンピースの中身を見られて、散々にからかわれたから、自然とネコみたいに用心深い足運びになってしまう。
「なんだ、封獣じゃない。今日もイタズラ?」
 せんべいを噛み砕いて、猛犬みたいな紅い視線をぶん投げてくる蓬莱人――藤原妹紅。
「私だって、年がら年じゅう騒いでるわけじゃないんだよ、藤原。これでも働いてるんだから」
「――えっ? どこで?」
「ここで」
「おったまげぇっ!」
 白髪の蓬莱人は、驚いた拍子にせんべいを喉に詰まらせてしまい、緑茶を浴びるほど流し込んでリザレクションする。
「ふぅ……粗茶がなければ、即死だった」
 何コイツ、あと霊夢の淹れた茶を粗茶って云わないでほしい。
「それで、働いてるってどういうこと?」
「そのまんまの意味。私が雇い主で、ぬえが従業員」
「……そんなんだから、参拝客の足が回れ右してるんじゃないの?」
「うっせぇハゲ。ぬえの他に手伝ってくれる奴がいないんだから、仕方ないじゃない」
 霊夢が腕組みする。妹紅は大げさなため息を落っことしている。でもって、せんべいを咀嚼する音がものすげえやかましい。蝉しぐれも途絶えた秋の美空。飛んでいく音色は、それこそ小鳥の歌声くらいなもんだから、よけいに。
「……まぁ、いいわ。それならそれで、話が早いし」
 そう言葉を転がして、蓬莱人は改めてちゃぶ台の上をアゴで指さす。
 湯のみや醤油せんべいが盛られた盆に囲まれて、ひときわ力強い鼓動を放つ、得たいの知れない金色の物体。風の行く先だって変えてしまいそうな、座敷いっぱいにほとばしる妖力――髪の毛が逆立ち、肌が泡立つのを感じてしまう。
「――これを、質に入れたいの」
 地獄の業火よりも、なお凄まじい炎を両の瞳にたたえて、蓬莱人はちゃぶ台のふちを握りしめた。





―― 日向をひた走るヴィンテージ・ワイン ――






# 1st Step ~ Crimson Mother Goose




 質店「博麗屋」は、幻想郷の素敵な巫女さん、博麗霊夢が暇つぶしに始めてしまった、そら恐ろしい一大事業である。
 このおばけ屋敷ならぬ、おかね屋敷の成立の経緯を語るには、ものの三行で足りてしまう。
①博麗印の麦焼酎に舌鼓を打った封獣ぬえが、「これで商売したら、ひと財産つくれるんじゃないの」と会心の笑いを飛ばす。
②真に受けた紅白巫女が本当にひと財産を儲けてしまい、これを元手になにか変わったことが出来ないか、ぬえに相談する。
③すっかり慌てたぬえが、「か、金貸しはどう? 質屋なら取り立てしなくていいから、けっこう楽だよ」と弾道ミサイルを発射する。
 以上の顛末を辿って、霊夢の達筆で殴り書きされた「博麗屋」の赤のれんを掲げた質屋は、みごとに爆誕を遂げた。
 が、質草の鑑定や管理はもちろん、証文の作成に質別帳の記入といった面倒事は、霊夢にとって痛恨の盲点。かといって、始めてしまったものを途端に投げ出すのも、なんだか惜しい。で、あわれ云いだしっぺの正体不明が雑事にこき使われる次第と相成ったのである。
 そして、今日も質店「博麗屋」に"お客様"が訪れた――。


□     □     □



 秋の青空。高く高く、さえずるヒバリの歌。それを切り裂く、一筋のパチンっという小気味好い音。
「王手」
「ぬぁ、やりやがったなコイツ」
 ぬえの奇天烈な羽が、荒ぶるタカのポーズを決め込んだ。
 一連のやり取りを終えて、煎茶を楽しみながら将棋を打つ、朝の縁側のひと時。質物はちゃぶ台の上にほっぽらかしてあるし、証文の清書だって終わらせていない。まぁ、そこら辺は適当なもんだ。
 霊夢はニヤリと唇の端を釣り上げた。眉根を寄せて脂汗を流すぬえに、からかいの視線を投げかける。
「これは詰めろ決まったんじゃない?」
「いや、まだまだ……」
 ルビーみたいな瞳が、最後の一枚になってしまった甘醤油せんべいへと向けられる。何かしら賭けないと勝負に面白みが生まれないのは、古今東西かわらぬ真理である。で、せんべいを食える程度の権利を賭けて、アツアツの棋戦を繰り広げることになったのだ。
 千金の一手を相方が考えあぐねているあいだ、空色を見上げて、白雲の流れに心を委ねる。
 藤原妹紅、ぬえの遠い腐れ縁らしい。暇を見つけては、神社にタケノコや竹炭を差し入れにくるような、そんな間柄だ。質屋の客としてご足労をたまわったのは、これが初めてのこと。同じ紅白のよしみだろうか、同じ人間としての付き合いだろうか。あの蓬莱人が足しげく通ってくる理由は――まぁ、よくは分からないんだけど、さっきの瞳に燃え上がった炎の勢いは、よく分かる。
 これは、ただ事じゃなさそうだなって。
 それだけの金を欲しがる理由を、妹紅は持っていた。
 なら、それで十分。
 人間だろうと妖怪だろうと、切実にお金を欲するなら、その気持ちのぶんだけ応えてやる。
 それが、質店「博麗屋」の経営方針なのだ。
「あ――」
 それで思い出した。
「ぬっ」
 正体不明が顔を持ち上げる。
「そういや、あれってさぁ――」
「うん、間違いないよ。蓬莱の玉の枝。本物なんて初めて見た。まさに、おったまげぇってやつ」
「そうじゃなくて」
「ボロい取引だったぬぇ、ほんと。ここん辺りの財物ひっくるめても、あれには手が出せないところだったよ」
「んー、それもあるんだけど」
「そこなんだよね。藤原のヤツ、いったい何処で手に入れたんだか――」
「話聞けや」
 首をひねって思慮にふけるぬえの顔に、霊夢は必殺の裏拳を見舞った。不意を突かれた未確認少女は、もんどり打って縁側から転げ落ちた。
「あい変わらずの、手加減のない一撃をありがとね……で、何がどうしたって?」
 興味が尽きたのか、湯のみを手に取って茶を楽しむぬえ。
「あの質草――たぶん盗品ね」
 噴いた。
 それは見事に噴いた。虹ができた。
 唾液混じりの茶が巫女装束に襲い掛かり、思わず悲鳴をあげてしまう。その拍子に将棋盤がぶっ倒れ、勇猛なる志士の諸君――もとい駒たちは、方々に散らばって無残な討死を遂げた。
「せいせいせいせい! ――マジおったまげぇっ!! どうすんのよ、もう融資しちゃったじゃないのさ!?」
 赤青三対の羽が、電撃が走ったみたいにピーンと張った。ルビーの瞳は点になっている。
「あー……やっぱり駄目なの?」
「当たり前でしょ!?」
「当たり前じゃない!」
『何奴!?』
 二人して唱和し、光速で振り向いた先。ブレザー服に赤ネクタイでキメた、月のウサギが一羽。
「どうやら遅かったみたいね。うう、師匠に叱られちゃう……」
 鈴仙・優曇華院・イナバが額に手を当てて、天の使者さながらに、境内に舞い降りたところであった。
「あんた、竹林んとこのウサギ」
「そういう貴方は、寺の妖怪――だったかしら」
 紅い瞳がパスタみたいに絡まり合っては、互いの思惑を読み取ろうとこすれ合って、火花を散らす。
 今日は、紅い眼の奴としか話してない気がするなぁ。
 霊夢はのほほんと煎茶をすすり、ついでにせんべいをかすめ取って歯を鳴らす。
「……うわ、湿ってる!」
「なんだって!? 楽しみにしてたのに!」
「もう、何もかもお仕舞よ! 今日は店じまいして寝ましょう!」
「おまんまの食い上げだ!」
「――ふざけんじゃないわよッ!」
 座敷に逃げ込もうとする二人を追って、鈴仙は駆けだしたが、戦死した王将の駒を踏んづけてしまい、その場にすてんっとひっくり返った。
 障子の隙間から顔を覗かせて様子をうかがっているうちに、月のウサギは子猫のように身体を丸めて、そのまま小鳥みたいな泣き声を立て始めた。
「えっと、なんか――ごめん」
「ニンジン、食べる?」
「いらない……」
 秋の青空。高く、高く。ヒバリが鳴いた。
 これから燃え上がる騒動、巻き込まれていく人妖たちに、せめてもの祝福を捧げるみたいに。


□     □     □



 光。
 紅い光。
 部屋の真ん中には、ちんまりとした円卓。その真ん中に突っ立った燭台のうえには、大きなロウソク。あふれ出た蛍火みたいな明かりが、歪な翼のシルエットを壁面にぶん投げる。翼には、宝石みたいな七色の飾り――しゃらんと物憂げに揺れて、それに合わせて、壁に映ったシルエットもしゃらんと踊る。まるで、ロウソクの機嫌に合わせるみたいに、膨らんだり縮んだりして。
 なんだか、ひと事じゃないみたい。
 フランドール・スカーレットは円卓に頬杖をついて、へたっぴなダンスを踊る自分の影に見入っていた。
 そんなつもりじゃないのに、まるで誰かさんの機嫌に合わせるみたいに、フランドールの影は踊っている。自分から怒ることも、泣くことも忘れてしまって。自分から笑うことも、楽しむことも捨ててしまって。
 今までは、こんなんじゃなかったのに。
 ……私の部屋が、たまらなく、私を私でいられなくしているみたい。
 耳の千切れたぬいぐるみも、ひしゃげた積み木も、自分自身の影さえも。
 私を私で、いられなくする。
 そんな風に、フランドールは干からびた想いを重ねていく。ため息とも欠伸ともつかない呼気。ロウソクの炎を殴りつけて、消してしまう。
 ははっ――ざまみろ。
 笑った拍子に、ナイトキャップが自分から離れていって。
 ぼうしにまで見捨てられてしまったような、そんな気持ちになる。
 ――ダメだよね、うん。好くない傾向。
 両頬をぶっ叩いて気分を変えようとした、そのとき。
「妹様。ノック、ノック」
「なに、咲夜」
「食膳をお下げに参りました。お邪魔しても――」
「いいよ」
「はい」
 白銀色の髪を流したメイドが入ってくる。音をたてないように、一歩、二歩。
 いつからかは忘れたんだけど、ドアは無表情な鉄製じゃなくなった。愛くるしいドアノブのついた木製になっている。いま、咲夜が灯した壁いっぱいのランプだって、前まではなかった代物だ。ロウソクだけが、この部屋の明かりであって――ロウソクだけが、フランドールにとっての明かりだったんだ。
 それなのに。
 いつから――咲夜の顔まで、こんなに明るくなったんだろうって。
 その笑顔も、ナイフみたいな眼が円卓のうえを滑ったとたん、吹き消えてしまう。さっきのロウソクみたいに、ふっと。
「……妹様」
「食べたくない」
「妹さま」
「食べたくないよ」
「大丈夫ですか?」
 そんな目で、見ないでほしい。どこもケガなんてしてないし、病気でもないんだから。食べたくないだけなのに。
 お皿のイチゴタルトに目をやる。
 ひと口かじられたあと、フォーク突き立ての刑、ドタマかち割られた真っ赤なタルトは、文句のひとつも云わない。もともと喋らないんだから当たり前である。
 咲夜が、一切れをつまんで口に投げ入れた。
「これでも……もぐっ、けっこう――むしゃ、自信は、んふっ、あったんですけど」
「口ン中かたづけてからしゃべってよ」
「失礼しました」
「あとそれ――人肉はいってんじゃないの?」
「それが、なにか?」
 なんだろう、この少女のことが、時々わからなくなる。
 わからないってことは、つまり、わかり合えてないって証拠。
「お気に召しませんでしたか?」
「ううん」
「では」
「……人間を仕込んじゃうの、やめてもらえると嬉しい」
「それは――」
 壁から首を吊っているランプへと、目をそらされる。イチゴタルトの死体が、口の端にくっついてしまっている。
「――妹様は、吸血鬼であられますから」
「知ってる。だから、ここにいるんだよ」
「ですから、肉なり血なり……人を食べないことには」
「肉よりは血のほうが好いな」
「では」
 そう云って咲夜がナイフを取りだし、満面の笑みで手首を切り裂こうとしたので、フランドールは全力で止めた。
「そういうの止めてって、前にも云ったじゃん!」
「失礼しました」
「……失礼ばっかりだね」
「失礼しました」
「ん、ありがと。もういいよ」
「――失礼します」
 完璧な発音、完璧なお辞儀、完璧な回れ右――フランドールは思わず笑った。
 咲夜も鈴みたいに声を転がす。
「ようやく笑って下さいましたね」
「だって、なによ今の。いつかの兵隊さんみたい」
「光栄です」
「あぁ、それと――咲夜」
 ひとさし指で口の端を示してやる。ここにきて、やっとイチゴタルトに気付いたらしい。慌てふためいた手つきでハンカチを手繰るさまが、なんだか面白い。
「それでさ」
 からかい半分みたいに、あくまで自然なフリを装って訊いてみる。
「今日は――妹紅は来ないの?」
 首吊りランプの明かりが、また揺れる。そう、今なら部屋中が光で満ちている。
 ロウソクなんていらない。ぬいぐるみもいらない。イチゴタルトだって、欲しくない。
 欲しいものは、たぶん、いつだって――手のひら一杯ぶんの温もり。握りしめても壊れることのない、手のひら一杯ぶんの。
「本日は……恐らく、いらっしゃらないかと思われます」
 なのに。
「あ――や、やっぱり? なんでだろうね?」
「今日が授業日ではないからです。あの蓬莱人は、上白沢先生の付き添いでご来館されますから」
「そっか。そっかそっか。それなら、仕方ないよね」
「……大丈夫ですか?」
 だから、ケガなんてしてないし、病気でもないんだってば。
 だから、そんな目で見ないで。
 だから、分かりあえっこないんだ――そんなんだから。
「ご安心ください。また、すぐにでもいらっしゃいますよ」
「どうして、そんなこと分かるのさ」
「そんな予感がするからです」
「お姉様みたいなこと云うね」
「……メイド長ですから」
 答えになってないよ、ばか。
 咲夜は言葉ではなく会釈を落っことして、やっぱり音を立てないようにして、ドアを閉めていった。
 ……瀟洒な静寂が、紅茶の香りといっしょになって帰ってくる。
 フランドールは右手を閉じたり開いたりしながら、いつか聴いた歌の一節を口ずさんだ。
「...He got married and then there were none.」
 この部屋から、そして誰もいなくなるのは、いつになるんだろう。
 ベッドに身を投げ出して、大の字に横たわる。
 天井の染みたちに、真っ白で真っ赤な答えを探し求める。
 どれだけ可愛らしいドアを付けても、天井は、相変わらず無口で真っ黒だった。



# 2nd Step ~ Undefined Fantastic Feelings




 フランドールが天井遊びにも飽きて眠りこけてしまった、ちょうどその頃。
「……あぁん!? なんやって――じゃなかった、なんじゃって!? 佐和田組のカチコミ!? ――そうかい、儂がちょっと義理沙汰の用向きでシマを出たと思ったら、これってわけかい。タマタマの小さい連中だねぇ、まったく……落とし前はきっちりつけてやんないと、二ッ岩の代紋が泣くってもんじゃい。あぁ、あぁ。わかった。今すぐそっちに向かう。儂が着くまで、馬鹿な真似をしてはいかんぞ……それじゃの」
 二ッ岩マミゾウは、受話器を投げつけるようにして通話を絶った。その場に仁王立ちになって、トックリの酒をがぶ呑みし始める。臙脂と山吹色の尻尾は、いまやハリネズミのように毛が逆立っている。これでは、とてもモフモフ出来そうにない。
「ぷはっ……やれやれ、化け狸の矜持は、どこにいっちまったんだか」
 酒のしずく、命蓮寺の縁側に浮かんでは消えていく。
「こりゃあ、面倒なことになったもんじゃのお」
 丸眼鏡をギラつかせながら、思案を固めるように、耳をピコピコさせる。それに合わせるように、丸く虫食いのある木の葉が、頭の上でワルツを踊った。
 紅葉で化粧された日本の山々、それを借景にした命蓮寺の庭園の美しさは、まさに筆舌につくしがたい。佐渡で長らく妖怪をやってきたマミゾウも、初めて命蓮寺にご厄介になった日にゃ、縁側ではっと立ち止まってしまったくらいである。
 どうやら――この庭とも、しばしのお別れらしい。
 名残惜しさってやつは、酒の味を信じられないくらいに、深いものにしてしまう。宴会だってそう。紅葉狩りだってそう。葉っぱは、ただ散りゆく。散らないものなんてない。命との別れも、またしかりだ。
 客人の身分。黙って発つには、忍びない。
 帳簿の紙を破りとって裏返し、寺の住職への書付けを残す。故郷からの急報のこと、しばらく帰郷するとのこと、今までもてなして頂いたことへの謝意――。
 筆をそっと置く。風にイタズラされないよう文鎮を乗っけて、マミゾウはよっこらセックスと立ち上がった。
「さらばじゃ、また会おうの」
 カエデの落ち葉が、手を振りかえすみたいに、手を握りかえすみたいに、マミゾウの眼鏡の前をさぁっと横切って、書付けへと着地した。ちゃんと伝えておくから、行っておいで、なんて云うように。
「愛いやつじゃ」
 マミゾウは笑った。尻尾も、元のようにモフモフに戻った。
 肌寒い季節には嬉しい、秋の日差しの優しさを受け取りながら、下駄を履く化け狸の大親分。
 正門前で飛び立とうとしたところで、はっと息を呑む。トックリを取り落としてしまう。
「……大結界から出るには、どうすりゃ好かったんじゃっけ?」
 一世一代、痛恨のド忘れであった。


□     □     □



 今日も、紅葉が美しい。よかよか。
 命蓮寺参道の掃き掃除を終えた幽谷響子は、出来立てほやほやのアップルパイを食べながら正門へと向かっていた。
 うん、おいしい。流石はムラサ船長。
 左手に持つは、葦で編まれたバスケット。船長の想いを詰め込んだ、バスケット。中の包みに入れられたるは、やっぱり熱々のアップルパイ。
 響子の先輩でもある封獣さん。博麗の巫女んところで修行をしていると云うから、その差し入れにと焼いてみた、キャプテンの自信作。ムラサ船長は外せない用事があるとかで、ヤマビコ響子に宅急便の大任が回ってきた――。
 が、立ちのぼる甘い香りに我慢ができなくなって、ついつい、つまみ食いをしちまったって訳である。
「ぎゃ~て~ぎゃ~て~」
 もはや癖になってしまった般若心経を、口のまわりをリンゴの蜜でベタベタにしながら唱える。
 今日のお経は、ちょっぴり甘い味がするみたい。
 紅葉の雨をくぐり抜けながら、正門をババァーンと開け放つ。
「うわっ!?」
「ひえっ!?」
 タヌキじゃ、タヌキがおった。
 鉄製の門に背中をぶっ叩かれたマミゾウは、驚きのあまり尻尾を針山にして倒れていた。響子もそれはそれは驚いた。そばを通りかかった雲山までびっくりしていた。
「マミゾウさん、どしたの? ぎっくり腰?」
「それ、本気で云っておるのか……?」
「ん、私はいつだって全力投球。ピッチャーめ、ガツンと来いってんだ」
「ほうかい、ほうかい」
 本当にガツンとされた。アップルパイを一切れ差し出して、貸し借りチャラにしてもらう。
「ふむ、なるほど――初めて賞味するが、これは美味じゃの」
 どうやら機嫌を直してもらったようだ。尻尾も、元のようにモフモフに戻っていく。
 口のまわりを水蜜だらけにした二人は、とどめにゲップを漏らしたあと、真似ようにも真似のできないうんこ座りをして酒を呑みあった。
「で、なにか急用でもあるの? 不肖ヤマビコ、できることなら何でも手伝うよ!」
「そいつぁ頼もしいもんじゃの。実はな――ほれ、あのぉ……」
 さっきの騒ぎで、記憶がちょっとばかし飛んじゃったみたい。
「そうそう――佐渡にカチコミ、タマタマに落とし前、カエデの葉がよっこらセックスじゃった」
「意味わかんないよ」
「や! 思い出した! ちょいと佐渡に戻ろうと思ったんじゃが、帰り方がよう分からん」
「入り方は知ってたのに、出方はチンプンカンなの?」
「そりゃ、おぬしだって同じじゃろう」
「あ、ほんとだ――まぁ、結界のことなら。ほら、博麗の巫女に訊いてみたら間違いないんじゃない?」
「……そうじゃった、困ったときの巫女えもんがおったな」
 うんうん、とうなずき。
「私も、ちょうど神社に用事があったとこなの」
「決まりじゃな」
 二人の妖怪は、郷里への義理とバスケットひとつをぶら下げて、命蓮寺から飛び去っていった。


□     □     □



「ぬえ~ん……」
「なに、もがき苦しんでんのよ。しゃきっとしなさい、しゃきっと」
 これで頭を抱えずにいられるかってんだ、ちくしょう。
 ただでさえ客足は少ないってのに、この不祥事。世間様は許してくれまい、お天道様も許してくれまい。つまりは、人の口に戸は立てられないってことだ。今後の取引に響くかもしらん。
 霊夢はハウツー本を片手に詰将棋しながら、朝食の残りのニボシをぽりぽりとつまんでいる。貴重な海産物をおやつ代わりに食っちまうくらいには、この紅白巫女は金持ちになっている。さすがにというか、神社を建て直すようなことはしない。けれども、明らかに顔に健康的な色が差すようになってきたから、その点では、まぁ安心してんだけど。
 それにしても。
「……あのウサギには、気の毒なことしちゃったな」
「なにそれ、大妖怪たる鵺の云うことかしら?」
 そうなんだけどさ。
 私だって、近頃の自分の日和っぷりには驚いている。そこらの人間みたいに、悩み苦しむようなこともなかった。火を見かければ、油壺を放り込まずにはいられないたちだった時分が、懐かしいくらいだ。
 霊夢は音を立てて茶を飲み干す。ズーッと、風流もへったくれもない。気迫もすさまじく、持ち駒の金が打たれた。
 ――ぱちんっ。
「詰んだ?」
「ふふ、レベルテンも大したことなかったわね」
 お前が異常なだけだよ。千年間、ずっと棋戦を続けてきた私を打ち負かすってなんやねん。意味わかんぬぇ。ニボシを口に詰め込み始めた霊夢に、熱烈なブーイングサインを送ってやった。
 胡坐に頬杖を突いて、もういちど問題を整理する。
 要するに――藤原が竹林の姫と賭け試合をして、その暁にぶん盗ったのが、ちゃぶ台におわします蓬莱の玉の枝なわけで。その賭けは無効だ、とウサギが面倒ごとを押し付けられたわけで。そんで――霊夢が言い放った反論を、そのまま書いちゃうと。
「それじゃあ、これだって盗品とは限らないじゃない。まずは、妹紅と話をつけてちょうだい。融資金が戻るってんなら、この難題は解かずに返してあげるから」
 ……うん、どう見ても詭弁です。本当にありがとうございました。
 とはいえ、それで鈴仙が渋々ながら引き下がったのも事実。あの二人が出会った時のことは、考えたくない。
 私は冷や汗をかいて、無意識に胸元のリボンをいじくっていた。
「……それ、気に入った?」
「へっ」
 霊夢がニヤニヤと笑って、こちらの手元を見つめてきやがる。
「あ――」
 顔が熱くなる。
 黒のワンピースに留まって、喋々みたいに羽を広げている。真っ赤で真っ白な紅白リボン。初任給代わりということで、霊夢がプレゼントしてくれたのだ。雇い主が身につけているのと、まったく同じ柄模様。ボタンをまるっと隠しちゃうくらいに大きな、紅白リボンだった。
「ん、大事に使わせてもらってるよ」
「そりゃ好かった」
 霊夢は将棋盤を片づけると、ふわりと風になって境内に降り立った。
 なんで、こういった動作の一つひとつが、私の目をたまらなく引きつけるんだろう。自慢の羽がひくつくのを感じてしまう。
「ささっ、今日の仕事よ」
「へいへい」
「質別帳とかは私の方で書いておくから、あんたは紅魔館まで焼酎を届けにいってちょうだい」
「めんどいのが来たね」
「私の腕力じゃ、とてもあの量は運べないから。頼りにしてるわよ、大妖怪さん」
「ま――任しといて」
 霊夢が近寄ってきて、胸のリボンの位置を直してくれた。同じ妖怪にだって触れられることなんて滅多にない。だから、こういうことをされると、何だか恥ずかしい……ムラサ? あいつのセクハラは"触れる"で片づけてほしくないから、これとは別問題だ。
 頼られるのは、素直に嬉しい。ほんとに日和ったもんだ。
 お決まりの唐丸籠に突っ込まれた焼酎たちを背負うと、私は掛け声をあげて舞い上がった。
 秋の青空がくれる優しい風。背中いっぱいに受けて、紅く染め抜かれた幻想郷の絶景を見渡す。風は、今日だけは私に味方してくれるみたいだ。
 鳥居を超えたところで、ふと振り返ってみる。霊夢が片手をひらひらと舞わせているところだった。
「あはは」
 なんて。笑っちゃうくらいに、手を振りかえすくらいには、この世界に馴染めてきたってこと。
 正体不明としてはどうかと思うけど、これはこれで悪くないぬぇ。
 ケラケラと笑いながら、紅魔館へと向かっているうちに、とある考えが秋風のごとく脳裏を吹き抜けていった。
「……あれ、これ質屋の業務じゃなくね?」



# 3rd Step ~ An Umbrella and Negotiations




 チリーン、チリーン。
「う~ら~め~し~や~」
「表はソバ――って、あれ? おっちゃんは?」
「腰いためちゃって、竹林の薬師さんに診てもらうって。私は店番とお留守番」
 そう云って、多々良小傘はえへんっと胸を張った。
「傘のことなら何でもござれ。一生ぶんの宝物を見繕ってあげるよ!」
「ふーん。まぁ、いいか。その宝物とやらを買いにきたの。手伝ってもらえる?」
「喜んで! ――それで、どんな一生ぶん? 驚き? 恐怖? なんならオシャレな舌まで付けちゃうよ!」
 愛用の傘を振り回す。会計台の上には博麗印の麦焼酎。あまりのウマさに、営業中なんだけどかっぱらっちまったって訳である。
 もんぺを履いた白銀の髪のお客さんは、酒くさいのか眉をひそめて言い放つ。
「ンなもんいらないよ」
「じゃあ、どんな一生ぶんが好いの?」
「……幸せとか、想い出とか」
「くっさ! これはぶったまげるクサさ!」
「酒ぇ呑んだくれてるアンタに云われたくないわよ!」
 いけない、お客さんを怒らせてしまった。
「ごめんなさい、マジメに注文を聞くよ」
「今までのは真面目じゃなかったんだ?」
「てへっ」
 おどけた拍子に、しゃっくりが出た。まずい止まらぬ。
 もんぺ少女が、店内に陳列された傘をひととおり見渡した。それから、こっちに視線を寄こす。
「日傘ってなかったっけ?」
「あ――ご注文の、ひくっ、お客さんってこと?」
「たぶん、そうじゃないかな」
 一刻も早く酒くさい店を出たいのか知らんが、お客さんは手をうちわにして気のない返答をする。
 親身に頼まれた以上、業務はきちんとこなすのが化け傘の矜持ってもんだ。実は今日は一件、日傘の予約が入っていたのだ。幻想郷じゃ、日傘の需要は滅多にない。だから、オーダーメイドで特別に製作するのだ。その分だけ、高価になるんだけど、その分だけ、時間もかかるんだけど――その分だけ、職人の気持ちがこもってるってもの。
 そして今日も、その気持ちを受け取りに、お客さんがやって来たってこと。
「ん、待ってて。取ってくるから、これでも飲んでて」
「なにコレ?」
「"ちぇりお"って云うらしいわ! お空みたいな色で、ステキでしょ?」
 ものすげえ色をした、いわゆるブルーサイダーをお客さんに差し出して、小傘は店の奥に引っ込んだ。
 うん、これだ。丁寧に包装された、今日付けのラベルが貼ってある日傘。
 小傘は愛しげに包みの表面を撫でてやると、とててっと小走りで戻り、少女に差し出す。サイダーは手つかずだった。
「はい、お代は、ひくっ――ラベルに書いてある通りね」
「やっぱり高いわね……これで足りる?」
 どすんっと札束が差し出されて、驚きのあまり小傘はひっくり返った。
「わ、わちきを驚かすとは……やりおるな、おぬし!」
「まぁ、借りたお金なんだけどね」
「えっ?」
「そんじゃ、これとこれで丁度か。サンキュー、いただいてくわ」
「あ、まいどあり」
 これで用は済んだ、とばかりにお客さんは背を向けて、引き戸を開けようとする。
 小傘は会計台を飛び出して追いかけた。
「ん、足りなかった?」
 白銀色の髪が揺れた。燃えるような瞳が小傘を包んでいく。
「ひくっ、あのね――」
 これだけは、云っておかないと。
「そのコ……大切にしてあげてね」
 ちょっとビックリしたみたいに、お客さんは日傘の包みに目を落とす。秋の風みたいな涼しい笑みを浮かべている。
「もちろん。一生ぶんの、宝物なんでしょ?」
「うんっ!」
 しゃっくりが出なくてよかった。きちんと、返事ができたから。
 お客さんは鼻歌を置き土産に、店を出ていった。
 チリーン、チリーン。
 麦焼酎をお猪口に注いで、小傘は独り酒を楽しむ。
 うむ、好いお酒だ。胸の奥までじーんと沁みこんでいく。人に幸せを与えるお酒は、道具にも幸せを分けてくれるみたい。
「……あのお客さんになら、大事に使ってもらえそう」
 よかったね、よかったね。
 ――ほんと、好かったね。
 小傘は麦焼酎を一息に飲み干した。あぶくが生まれては消えていく、ブルーサイダーの夏色。それを眺めながら、懐かしい記憶に思いを馳せるのだった。
 チリーン、チリーン。


□     □     □



 本日、第三の来訪者がやってきたのは、霊夢が筆を片手にうんうんと唸っていた時分である。
 こっちで書いておくから、なんて云っちまった以上は書かねばなるまい。が、よくよく考えてみれば、質別帳の管理はぬえに任せてしまっていた。それなら、ぬえが書いてきた先例を参考にすれば好いのだが、ぬえの字はどっかの象形文字みたいにぐにゃぐにゃとしていて、まるで古典の原本か壁画のようである。読めたもんじゃなかった。おまけに、霊夢は証文への清書だってやったことがない。これも、ぬえの業務のひとつだ。よう分からんが、正確な書式で記さないと証文としての効力が認められんらしい。
「マミゾウの受け売りだけどね」
 舌を出す従業員の顔は得意げで、霊夢は雇い主としての立場的に、ちょっぴり気まずい思いをしたもんだ。
 ってなわけで、蓬莱の玉の枝は、未だにちゃぶ台に鎮座している。証文だって作成されていない。形式的にではあるが、博麗屋と藤原妹紅との間で交わされた契約は、正式には成立していないことになる――らしい。
「面倒だなぁ……」
 ぶっちゃけると、霊夢は妹紅に融資したことを後悔し始めていた。他人の真摯な事情など、こっちの忙しさと面倒くささの前には数刻で吹き飛んでしまうもんである。これは、なにも質屋稼業に限ったことではない。そんな風にして、霊夢は妖怪を退治してきたんだし、そんな風に考えることで、気持ちよく戦うことができるのである。異変の後始末なんて、勝手に騒いだヤツらにケジメをつけさせればよろしい。それだけの、弾幕のような騒動を受け入れるだけの包容力を、幻想郷は持っているんだから。
 どうしたものか、と霊夢は頭を抱えて、あろうことか、そのまま居眠りを始めた。
「おや、博麗の。ぬえはいないのかい?」
「んぁ――? なんだ、化け狸のばっちゃんか」
「おはよーございます! ヤマビコもいるよ!」
「へいへい、おはよーございますっと」
「声が小さい!」
「うっせえ! 耳元で叫ばないでよ!」
 大声と獣くささに飛び起きたときには、二人の妖怪がバスケットひとつと一緒に座敷に上がり込んだところであった。
「へへぇ、質店『博麗屋』か。ぬえの奴、上手くやっとるようじゃの」
「繁盛はしてないけどね――で、なんか用?」
 そう云って、化け狸のばっちゃん、もとい二ッ岩マミゾウに、ちりめんじゃこを盛った椀を差し出す。
「や、かたじけないね。ありがたく頂こうか」
「いただきます!」
「あんたは食うな」
 ヤマビコの手を払う。犬みたいな耳が寿命を迎えた花のように萎れた。
「ダメなんだ……」
「このタヌキには、いろいろと世話になったからね。あんたとは違う」
 ふたりで質屋業務を始めるにあたって、ぬえが、いわゆるその道のプロから金貸しのレクチャーを受けたのである。
「儂が許可すんよ。みなで食らうほうが味が出る」
「……しょうがないわねぇ」
 響子が野良犬さながらに、ちりめんじゃこにぱくつき始めたのを尻目に、霊夢とマミゾウはちゃぶ台に向かい合って胡坐をかいた。
「ほぅ、蓬莱の枝かのう。なんじゃい、大繁盛じゃないかね」
「どうかなぁ」
 その話はしたくないので、あいまいに返事を投げ飛ばす。マミゾウも経営については深く訊いてこなかった。じゃこをトックリの酒にとかして呑み下すと、ヤクザの座談さながらに身を乗り出してくる。
「――で、話ってのはだね、社長」
「その呼び方やめて」
「すまんかった、ついクセで――結界の外に出してほしいんじゃ」
 じゃこをつまむ手が止まる。
 ほら、また面倒な用事が増えてしまった。
「お断りするわ」
 狸妖怪は動じた様子もなく、鼻を鳴らして手を合わせる。
「そこをなんとか、頼めんかのう?」
「結界の一部に穴を空けるのって、けっこう大変なのよ。あとの修復だって手間いりだし」
 丸眼鏡が、冗談じゃなくギラリと光った。
「……なんじゃい、金かね?」
「お金なら余ってるからいいわ。妖怪からお賽銭もらっても、べつに嬉しくないから」
「では、なにが望みなんじゃ?」
「別にないわよ。面倒だからイヤなの。以上」
 ぶわっという音が、座敷中を転がりまわる。出所であるマミゾウの尻尾が、針葉樹林みたいに総毛だっていた。
 佐渡の化け狸は真っ赤な妖気を振りまいて、こちらを睨みあげてくる。ちりめんに夢中になっていた響子が、何事かと振り向く。
「……こちとら郷里の義理沙汰、抱えとるんじゃ。めんどうの一言で片づけられるほど、二ッ岩の盃は濁ってないんじゃよ」
 ものすげえ貫禄であった。ぬえが一目おくのも、なるほど分かる気がする。
 なんだか知らんが、向こうも面倒事を抱え込んでしまっているらしい。
 先ほど、妹紅の瞳に燃え上がった炎。色は違うんだけど、こちらの心までも焼かんとする必死さは、熱いくらいに伝わってくる。
 なるほど――この妖怪も同じか。
 その切実な気持ちのぶんだけ、応えてやらなければならないのだろうか。その気持ちは、例えばいま、この手に握られているニボシみたいに、ひょいっと噛み砕いて好いもんじゃない。あるいは、いま沸かしている煎茶みたいに、気軽に飲み干せるようなもんでもない。
 ぬえのヤツなら、たぶん、なんだかんだで引き受けてしまうだろう。イタズラがバレて謝る子どもみたいに、あとになって安請け合いを後悔しちゃうような、そんなヤツだから。
 でも、と霊夢はじゃこを抹殺する。
「そうね……頼みたいことがあるの。首尾よくやってくれたら、里帰りを手伝うわ」
 マミゾウの眉が跳ね上がった。
「こっちに戻ってからでは、いかんのかい?」
「それはダメ。今じゃないと、片づけられない案件だから」
 でも――面倒なのも、やっぱり事実なのだ。タダで働いてやるほど、博麗の巫女は安くない。
 そこが自分とぬえのヤツとの、永遠に埋まらないクレバスのひとつなんだろうなぁって思う。
 もちろん、埋め立てる必要なんてないんだけど。そんなことしなくたって、いつだって空を飛べるんだから。
 私たちは。
「ほうほう、なんじゃい――そっちも揉め事ってわけかい」
 勘の鋭いタヌキである。霊夢は目を細めた。
「ま、そんなとこ……いい? 竹林の掘っ立て小屋に住んでる藤原妹紅ってヤツから、これこれしかじかで貸した金を返してくれないかって、話をつけてきてちょうだい。クソ長い、白銀みたいな色の髪をした人間よ」
 おそらく鈴仙の訴えなんかじゃ、妹紅は金を返すまい。ならば、こちらから契約の無効を持ちかけた方が話が早い。
 マミゾウはふんふんと頷いて、帳簿らしき紙にメモを書きつけ、突如ヤマビコに向けて大声を打ち上げた。
「響子、復唱!」
「はひっ――クソなっげえ"しらが"の人間から、あぶく銭をすべて回収する! 以上っ!」
「上出来じゃ! ……ふんっ、日ノ本に玉緒をつないだ三本指たる儂に向かって、取り立ての真似事をさせるとは、見上げた肝っ玉じゃ」
 マミゾウはニボシを一気呵成に飲み下すと、酒と達筆されたトックリを持ち上げ、座敷中をぐいっと睨み渡した。
 キマった。霊夢の耳に、チョーンっと一丁の柝の音が鳴り響いた。
「盗りモンとはいえ、蓬莱の枝を差し出す手合いじゃ。お手並み拝見としゃれ込もうじゃないかい!」
 口を乱暴に拭い、逆立った尻尾を振り回して仁王立ちしたマミゾウを見て、不覚にも頼もしいと思ってしまう。
 そこを、響子が呼び止めた。
「マミゾウさん、アップルパイのこと忘れてるよ」
「……いやん」
 やっぱり、頼りになんないかもしれない。



# 4th Step ~ AssamTea Girls




 午後のアッサムティーは、ストレートとミルクで。
 自分は紅色が好きだから、ミルクは入れない。真っ黒な友だちは、ミルクをたくさん入れちゃう。甘いのが好きらしい。葉っぱの血を濁しちゃうなんて、もったいなあって、いつも思う。
 お茶請けはバタークッキー。お台所から拝借。友だちはクッキーを紅茶に沈めては、かじって、沈めては、かじって。美味しいと云ってくれた時なんて、常識しらずの羽がバッタみたいに跳ねちゃう。
「ぬっ、この紅茶……ほんとにフランが淹れたの?」
「そうよ。練習したの――気に入った?」
「まぁね、おかわり」
「焦らない焦らない」
「ぬぅ」
 フランドールは友人の不満げに崩れた顔に、紅い視線を投げかけてやった。
 ここは地下室じゃない。窓の少ない紅魔館。ゲストホールには、太陽の微笑みを受け入れる窓が沢山ある。やって来たばかりのぬえを捕まえて、ちょっとしたお話しを咲かせようって思ったわけ。
「今日はさ、何しにきたの?」
「お酒だね。ちょこっとお届けに参上したんだよ」
「また金貸しのお仕事? あんまり派手にやらかしてると、斧の背で頭をたたき割られちゃうよ?」
「違うってんだろ。お酒よ、お酒。フランの姉さんが注文したんだよ。とりあえず、入り口の辺りに置いてきたんだけど」
 へぇ、ふーん、そぉ。
「残念だけど、お姉様はいないわ。ついさっき、ぬえんとこの神社にお出かけしたばかりだから」
「私の神社じゃないんだけど……おかしいな、入れ違い?」
 フランドールは笑った。
「もしかして――風に遊ばれて、日傘を落っことしちゃったとか。太陽に翼を溶かされて、地に堕とされちゃった――なんてね」
「フラン」
 友だちが困ったような顔をする。
「レミリアがいないんなら、あの十六夜とかいう人間に任せたいんだけど」
「咲夜も留守。なんか人里にお買いものだって」
「珍しいぬぇ」
「ね? お酒の方は私がサインしといてあげるから――もっと、お話ししましょ?」
「あー……うん」
 ぬえが頭をかいて、アッサムティーに視線を落っことす。なんだろう、なにか、いけないことでも云ってしまったんだろうか。
 私とお話しするやつは、決まってそんな顔をするんだから、とフランドールはバタークッキーを粉々に噛み砕いた。
 そう、困ったような顔をする。どう話題を転がせば、こっちの事情を分かってもらえるんだろう、みたいな。お姉様もそう、咲夜もそう。フランドールは、ロンドンの空模様みたいにスッキリしないその顔が、たまらなく嫌だった――怖かった。
 それでも、ぬえは違う。違うってどこが、なんて訊かれても答えづらい。答えづらいんだけど、ひとつだけ云えること。ぬえの顔に浮かんだミルクみたいに真っ白い気持ちが、フランドールのくすぶった心をかき乱していくってこと。
 家族としてでもない、主人としてでもない、そんな真っ白から始まる、この気持ちは。
 たぶん逃したら、二度とはつかむことのできない、手のひら一杯ぶんの温もり――。
「ぬえ――空を飛ぶって、どんな感じ?」
「はい? フランだって飛べるじゃんか」
「そうじゃなくて――さ。もう、分かってるでしょ?」
「……外に出てって、そういうこと?」
「分かってるじゃない」
「どうって云われても――ぬぇ。やっぱり気持ちが好いよ。いまは、ちょっと寒いけど」
「好いなぁ……私も、早くお外で遊びたい」
 ぬえがクッキーをもぐもぐさせながら、そっと耳打ちするみたいに云う。
「あのさ。なんなら、私からレミリアに云ってやってもいいよ。フランは、立派な一人の妖怪で、吸血鬼で――あんたの妹なんだからって」
 あぁ、もう。
 フランドールは羽を揺らしてケラケラと笑う。
 そんな恥ずかしいセリフを云っちゃうなんて、ぬえくらいしかいないよ。
 ……そんな恥ずかしいセリフを云ってくれるなんて、ぬえくらいしかいないよ。
 妹紅には秘密って云われてたけど、ぬえになら、話してもいいかな。
「ありがと、ぬえ。実はね――もう少ししたら、私も外に出られるかもしれないんだ」
「っ!?」
 ぬえはミルクティーを口に含んだまま、どこぞの彫像になってしまった。
「妹紅がね、近いうちに日傘をプレゼントしてくれるって。ふたりでお姉様にお願いして、一緒に幻想郷を見て回ろうって約束したの」
 話を聞いているうちに、ぬえの顔は青ざめ、額にどろどろとすだれが掛かった。
「でも日傘ってけっこう高いんだって、お姉様から聞いてたから……そしたら、妹紅がお金のことなら心配すんなってさ。紅魔館の五千分の一くらいちゃっちい家に住んでるクセに、どうするつもりなのかな」
 みなまで聞かないうちに、ぬえは鼻と口から同時にミルクティーを垂れ流した。
 ワーワーキャーキャーと、イスから転げ落ちたぬえを助け起こす。
「……こいつぁ、ややこしいことになった」
 なにやら独り言をつぶやく友人に、フランドールは「大丈夫?」と呼びかけることしか出来なかった。


□     □     □



 さて、ここで物語は博麗神社――もとい、質店「博麗屋」にふたたび舞台を戻す。
 というのも、本日で四度目となる訪問者が、吹き抜ける秋風のごとく飄然と舞い込んできたからである。
「やっほー、霊夢ぅ。遊びにきてあげたわよ――って、あらら、留守か」
 紅魔館の現当主、永遠に紅い幼き月こと、レミリア・スカーレットのご参上である。
 レミリアは博麗屋の常連で、返済の期限を過ぎた質草――いわゆる質流れした物品の買い取りを趣味のひとつにしてしまっていた。ついでに、焼酎をいくつか注文しては帰っていく。
 貴族だから、ということで道楽には理解がある。しかし、実を云うと珍品集めはそこまで楽しいもんでもない。心ゆくまで眺めて飽きてしまえば、それでお終いである。それなのに、スカーレット・デビルが神社に通い続ける理由は、ただのひとつしかない。
「もう――今日こそはモノにしてやろうと思ったのに」
 つまり、そういうことである。愛しの霊夢の気持ちを買ってやっているのだ。
 ……もっとも、博麗の巫女が質流れしてしまうなんて、考えられないことなんだけど。霊夢は誰の質草でもない。誰の借り物でもない。それは、云いかえれば、私にもチャンスがあるってこと。私にも、霊夢を愛でてやる権利があるってこと。
 少なくともレミリアは、そう思っている。
「この私をほっぽらかすなんて、いい度胸だわ……」
 レミリアの預かり知らぬことではあるが――マミゾウたちを見送った霊夢は、やれやれどっこらせと、土蔵へ焼酎造りに引っ込んでしまったのである。この土蔵には預かった質物もいっしょに保管されており、VIP専用の結界で厳重に保護されていた。天下の吸血鬼といえど、巫女の霊力はもちろん、甘い甘い乙女の血の匂いを嗅ぎ取れなかったのも、無理はなかった。
 それでも、吸血鬼の嗅覚はごまかせない。
 勝手知らずと座敷に上がり込む。
 血ではないが、なにやら鼻をくすぐる香りがするのである。
「……へぇ」
 レミリアは腕組みして、あろうことか土足で畳を踏みしめる。
 これはこれは。
 とんでもない物が流れついてしまったようだ。
 根は白銀、茎は黄金、実は白玉――どこぞの意匠かは知らんが、とんでもねえ妖力を爆発させた枝が、ちゃぶ台に鎮座していた。レミリアの真っ赤な瞳を引きつけるには充分だ。そのさま、まさに血眼である。
 お宝の隣には、黒いリボンのついたバスケット。匂いの正体はこれらしい。
 やはりというか、なんの遠慮もなく包みを引きはがす。とたん、焼きたてリンゴの蜜がかもし出した、レディにとっては毒といっても差し支えない甘い香りが、巣を叩き落されたミツバチの大群みたいにレミリアに襲い掛かった。
 これはひどい。これは仕方がない。
 自分どころか、こんな美味しそうなものまでほっぽらかした霊夢が、いちばん悪い。
 そして、私は悪くない――。
 あとはとんとん拍子である。
 レミリアは「レミがま」と名前が刺繍されたがま口サイフから、ありったけの小遣いを掴みとって、ちゃぶ台に叩きつけた。バスケットを引っ掴み、ついでに真珠の輝きも麗しい魔性の枝をポケットに放り込んで、きびすを返す。
 枝はプランターにでも突っ込んで、フランの寝室に飾ってやろうか。
 フランドールは、最近になって初めて、友人という一生の宝物をもうけた。
 姉にとって、これほど嬉しいことはない。
 青空にも夕闇にも映える漆黒の翼を広げながら、ふと思い出す。
 そういえば、フランが引きこもっていた地下室から出てくれるようになったのも、霊夢と戦ってからだったっけ。
 レミリアは日傘を広げると、舞い散る枯れ葉のアーチに包まれた、見慣れた博麗神社を仰いだ。石畳に走った亀裂の一つひとつまで、古ぼけた賽銭箱にまとわり付いた煤まで――今は、たまらなく愛しい。
 ありがとう、なんて柄じゃない。自分は貴族なんだから。
 そこに言葉なんていらない。そんなもんなくたって、私たちは紅い糸でつながっていける。
 レミリアは似合わぬ柏手をぱんっと打つと、バラの棘みたいな微笑みを残して、紅く飾られた家路についた。


□     □     □



「……つまり、どういうことかしら?」
「つまり――そういうことになります」
 そう申し上げたとたん、小傘の頭上にナイフが突き刺さった。
 目を白黒させて気を失ってしまったが、すぐに頬をぺちんぺちんされて目を覚ます。驚きのあまり、しゃっくりは止まっていた。
「よりによって、こっちがオーダーしていた日傘を売ってしまった……か」
 何がなにやら分からない。分かることと云えば、自分がとんでもない大ポカをやらかしたってことくらいだ。
 人外みたいな人間の少女は、これで二人目のご来店である。
 服の色合いも対照的なら、しゃべるスピードも正反対であった。限られた時を一分も無駄にしたくない、と云いたげなマシンガントークを聞き取るだけで、酔い覚めの小傘は体力を消耗した。
 これはまずい。なんだか知らないけど、これはまずい。
「あのぉ」
「なにか?」
「……ごめんなさい」
 二本目のナイフが、ひゅっという殺人的な音を引っさげて頬をかすめる。空色の髪の毛が何本か抹殺され、紙ふぶきみたいに会計台のうえに落ちた。小傘はまたも失神したが、ナイフの柄で頬をぐりぐりされて覚醒する。
 目の前にナイフみたいに鋭くて、なにより真っ青な瞳が広がっていた。
「謝罪なんて、聞きたくない。訊きたいのは、こちらの日傘をかっさらっていった不届きもの」
 小傘の記憶はおおかた飛んでいた。酔っぱらっていたうえに、ここにきて二度も殺されかけたのである。
「ま、真っ赤なもんぺの女の子だよ」
「なるほど分かった」
 あ、通じた――マジかよ。
 これで役目は終えた。小傘はふたたび幸福な眠りに落ちていこうとしたが、本日三本目のナイフがそれを許さなかった。
「なに退場かまそうとしているのかしら? この物語の、あなたの出番はまだ終わってないのよ」
 いま、ひどいメタ発言を聞いたぞ。
 ナイフを引き抜いて、やっぱりナイフみたいな銀髪を流した少女が、すうっと息を吸い込んだ。
「――さっさとふんじばって連れてこい! このだらずッ!!」
「ヒエっ! "ちぇりお"あげるから許してぇ!」
「いらんわ! お嬢様のトマトジュースになりたくなかったら、今日中にあの蓬莱人を連れてきなさい!」
 襟首をつかまれ、そのまま店の外へと放り出された。とんでもねえ腕力である。
 中空で態勢をととのえ、下駄をからんっと往来に響かせて、小傘はその場から逃げ出した。
「なんで、なんでこんなことになっちゃうのよぉ!」
 半べそをかきながら、もんぺの少女を求めて人里を離れるしかなかった。
 今日は――厄日だ。


□     □     □



「今日は厄日だわ……」
 十六夜咲夜は、そう呟いて化け傘の妖怪とは正反対の方向へと飛び立った。
 親の仇のように、メイド業務必携のカロリーメイト(メープル味)を食いちぎり、ついでにレッドブル(250ml)をイッキ呑みした。紅い館のメイド長ともなると、文明の所産に頼らなければ、とてもじゃないがやってらんねえ。
 給金だってもらってないし、そもそも対価なんて求めてないから、どちらも経費で落としている。単価が高いもんだから、積み重なるとその出費は侮れない。以前、気まぐれに出納帳を盗み見たお嬢様が、あまりのレッドブルの消費量にぶったまげ、そんで丸一日の休暇をいただいたくらいである。
 そう、お嬢様だ。
 レミリアお嬢様に頼まれて、日傘のオーダーメイドを傘屋に頼んだのは、つい先日のことである。で、もう完成したと便りが届いたのが今朝のこと。達人の粋な仕事っぷりに、思わず口笛を吹いてしまわざるを得なかった。
「あの野郎――じゃなかった、あの蓬莱人……日傘なんて買って、どうするつもりなのかしら?」
 ものの一分で食い終えたカロリーメイトをポケットに突っ込み、忌々しげにレッドブルの缶を握りつぶす。
 秋を深める湿った風は、身体の火照りを覚ますにはうってつけ。だが、血が昇りにのぼっちまった頭を冷やすには、風では役不足だ。
「……まさか、自分で使うつもりじゃないでしょうねぇ」
 紅葉が舞い落ちる並木道で、コテコテに装飾された日傘を広げる蓬莱人を想像してしまった。咲夜は不覚にもワロタ。
 なんたって、紅魔館が現当主の特注品なのだ。そのお値段ときたら、天を貫き大地を穿つぶっ飛びっぷりである。どこで購入資金を調達したのかは暗雲の向こうだが、こうなってしまっては、いくら妹様のお気に入りであろうと、ただでは済まされない。
「まったく、こんなクソ忙しいときに――」
 さっきは勢いで怒鳴りつけてしまったが、あの化け傘はどう見ても信用できん。自分で落とし前をつけてやるしかないんだろう。
 館では決して出来たもんじゃない舌打ちを落っことして、咲夜は一路、竹林のあばら家を目指した。



# 5th Step ~ Skyblue Pop Soda




 紅魔館のご当主さんが満面の笑みで帰ってきたとき、私はとっても懐かしい匂いに包まれてしまい、ミルクティーをむせた。
「ただいま、フラン」
「ん、おかえりなさい」
 吸血鬼の姉妹は肩を寄せ合い、それぞれの耳元に口づけを交わす。
 何度もお世話になっているんだし、少しは見慣れてきたかな、なんて思ったんだけど、やっぱり気まずい。こいつらが暮らしていたところでは、頬への接吻も挨拶のうちらしい。信じられん。
 いや、それはいい。それよりも。
「いらっしゃい、封獣ぬえ。焼酎の納品、ご苦労さん」
「ぬ、お邪魔してるよ。それなに?」
「今日のお茶請け、お土産にもらってきた。気に入るといいんだけど」
 バスケットの包みの中には、香ばしい蜜の花粉をまきちらす、どこかで見たことのあるアップルパイが座り込んでいた。
 まさかね――いや、まさかね。
「お姉様ったら、行儀わるい。つまみ食いしちゃったんだ?」
「そんなことする訳ないじゃない。初めからこうなってたのよ」
 八等分にされていたらしいアップルパイは、すでにふた切れが欠けている。
「えっとさ、霊夢はいた?」
 吸血鬼は首をふる。それに合わせて、翼がリズミカルに踊った。
「――それで、仕方ないから、お金だけ置いて帰ってきたってわけ」
「うーむ」
 レミリアのわが道を往くっぷりには慣れているから、アップルパイを勝手に誘拐してきたことに関しては、もう何も云うまい。
 紅茶のお代わりをもらい――レミリアが「好い香り、上出来よ」と妹の頭をなでた――切り分けてもらったアップルパイにかじりつく。
「ごふっ」
 また、むせた。フランが背中を叩いてくれる。
「あー……これやっぱり」
 ムラサのアップルパイだ。
 胸焼けがするくらいに、イカリのように重ったるい気持ちがこもった極上の甘さ。押し寄せては返す波みたいに、焼き上がったパイの素朴な味わいが、甘味と一緒になって心に沁みこんでいく。一言で云っちゃうなら――ドキドキする味なんだ。
 神社に誰もいなかったから、そのまま置いてきたんだろうか。だとしたら、霊夢はどこに行っちゃったんだろう。質別帳、ちゃんと記録とったんだろうな……なんだか不安になってきた。
「それと、これ。フランにあげるわ」
 レミリアがポケットに手を突っ込む。
「なになに?」
「ほら――綺麗でしょう? 部屋に飾るといいわ」
 悪魔が一方的な契約の対価として取り出したもの、それは――。
「ぬえんっ!?」
 目の前が真っ暗になった。


□     □     □



 最初は、ほんと、単なる付き添いのつもりだった。
 子どもと聞けば、野分のなかでもすっ飛んでいく友人のこと。そこが悪魔の館であろうと、指導を求める声に馳せ参じる、勇ましい背中。教育熱心を通り越して執念すら感じてしまう。
 まぁ、悪いようにはされまい。
 ……されまいだろうが、念のためということでついていったのだ。
「なんだ、わざわざ付き合ってくれんでもいいんだぞ」
 強張っていた友人の顔が、つぼみを開いた花みたいにほころんだ。それだけでも、同行する価値はあったのかもしれない。
 悪魔はワインをくゆらせながら出迎えた。
 妹に幻想郷というものを教えてやってくれ、とのこと。
「……郷土歴史学の家庭教師みたいなもんかな。ひとつ、よろしくお願いしたい」
 ワインの味は、なんとも苦そうだった。だって、血のように紅い液体を口にした吸血鬼の顔は、ひどく歪んで苦しそうに見えたから。
 メイドの案内で開け放たれた地下室。虹色の羽をもった、ルビーの輝きを瞳に宿した少女が、ベッドの上にひとりきり。
 フランドール・スカーレット。
「あれ、咲夜――それが新しいオモチャ?」
 ほんと、ただの付き添いのつもりだったのだ。


「――おう、竹林のお嬢ちゃん。ちょっといいかい?」
 藤原妹紅は顔を上げ、灰皿でタバコをもみ消した。銘柄は「朝日」。口付紙巻タバコのひとつで、ちょっとばかし前に幻想入りを果たした、忘れ去られた歴史のひとつである。
「あれ? もう休憩、終わりだったっけ」
 里の収穫祭が明日に迫っている。
 数年前なら全力でスルーしてきた、この人間の営みに、妹紅は片足を突っ込むようになっていた。友人の勧めで、舞台や屋台の組み立てを手伝っているのである。
 ようやく休憩が入り、仮設営の休憩所で一服つけていたところだ。準備を終えるまで、もうひと踏ん張り。
「いやね、ちょいとこいつの味をみてもらいてえと思って」
 ほれ、と差し出されたのは、タレを塗りたくった焼き鳥である。収穫祭なのに、売りに出すのは米でも野菜でもなく、焼き鳥である。
 ――もう何でもありじゃん。
 妹紅はすんでのところで出かかった声を押しとどめると、会釈と交換で焼き鳥を受け取った。
 人里の中央広場は、いつにも増して盛況だ。命の巡ってゆく音が、あちこちから聞こえてくる。そこには笑顔があった。自由があった。そして、妹紅の手元から伝わってくる確かな温もり。香ばしい匂い。お腹が、ぐうっと鳴った。腹が減るってことは、つまり――自分もまた、生きているっていう証拠。
「いただきます」
 焼ける肉の匂いといえば、初めてそろって食事をとったときも、肉料理がでた。友人が授業を終えて、さあ帰ろうとしたら、姉のほうからディナーに誘われたんだ。
 フランは、姉と同じく小食だった。
 友人が「いけないぞ、育ち盛りの子どもが」と、思わずツッコミを入れたくなるセリフとともに、「ほら、こんなに美味しいじゃないか」とフランの皿に横たわっていた肉切れを頂戴する。それを見た姉の吸血鬼が、ニヤニヤと悪魔そのものの笑みを浮かべた。で、とんでもねぇ異常に感づいたらしい友人は、顔を真っ青にして厠へ駆け込んでしまった。
 いったい何事か、と同じ肉を失敬する。
 しばらく舌を転がしているうちに、あぁって声が漏れた。
「これ食ったの、ずいぶん久しぶりだなぁ」
 吸血鬼はかんらかんらと笑った。
「――気に入ったよ、藤原妹紅。好かったら、また来てちょうだいな。紅魔館はお前を歓迎しよう」
 それから。
 それからだったんだ。
「うん、うまい。すごく美味いよ、この焼き鳥」
「おっほぅ! お墨付きとはこのことだぁな。ありがとうよ。悪いね、邪魔しちゃって」
「いや、どういたしまして」
 不思議な縁だ。
 ちょっとした言葉のやり取りが、こんなにもくすぐったく思えてくる。
 気が遠くなるくらい昔。どこかに置いてきてしまったんじゃないか――なんて疑ってしまうような、忘れかけていた何かを、ここでは拾いなおすことができるのだ。
 妹紅は昼下がりの秋空を見上げた。
 いわし雲の行列が、天の大海を横切っていく。このぶんだと、明日も晴れてくれるだろう。
 卓上に横たえた細長い包みの表面を、そっと撫でてやった。


□     □     □



 一方、吸血鬼の姉妹はアップルパイを噴き出してぶっ倒れたエイリアンを、手近な客室へと搬送しおえたばかりであった。
「あー、羽がチクチクして痛いったらありゃしない。もっとこう、まともな形にできないのかしら?」
 それを聞いたフランが涙目になったので、慌てたレミリアは慣れない弁解をさらして自滅した。
 ぬえをベッドに横たえ、紅茶をカップに注いでほっと一息をつく。
 妹が淹れたアッサムティー。香りも味も、色合いすらも、咲夜が沸かした紅茶には劣る。劣ってしまうが、それでも上達はしている。上手くなったってことは、努力をしているということ。そして、努力をしているということは、変わろうとしているってこと。そう考えると、紅茶の香りは何倍にも引き立ったように思えた。
「それで、フラン?」
「なあに? お姉様」
 ベッドに腰かけ、友人の頭を撫でているフランドール。
 たったひとりの妹だ。
「咲夜から聞いたわ。今日も朝食、とらなかったそうじゃない」
「だって、食べたくないものは、食べたくないんだよ」
「だめだめ、それじゃ。朝を元気に気持ちよく迎えるためにも、ちゃんと食べなきゃ」
「吸血鬼のセリフじゃないよ、それ」
 こほんっと咳払い。
「とにかく――お肉がイヤなら、せめて血くらいは呑みなさい。パックとってくるから」
 席を立って、ドアノブに手をかける。
「……なんで、平気なの?」
 背中に声が突き刺さってくる。レーヴァテインほど危なっかしくはないけれど、そのぶん心臓を正確に射抜いてくるもんだから、レミリアは振り向くことができなかった。
「なんのことかしら?」
「とぼけないでよ」
「フラン、私たちは吸血鬼――妖怪なの。当たり前のことをするのに、ためらう必要なんてどこにもないわ」
 説教に聞こえてはいないだろうか。そんなつもりはないのに、妹の声がコルク栓されたみたいに詰まった。
「でもっ――妹紅を食べてるようなもんなんだよ? 霊夢の血を吸ってるようなもんなんだよ!?」
 霊夢の血? むしろ、バッチコイや!
 危うく舌なめずりをしてしまいそうになったが、そこら辺は空気を読んでドアを開けた。
「それはそれ、これはこれ。フランにも、いずれ分かるときがくるわ」
「やだよ、そんなの」
「妖怪として生きるっていうのは、そういうことよ」
 話はおしまい、とレミリアはドアを閉めた。厨房へかっ飛びながら、あごに手を当てて考える。
 それはそれ、これはこれ――か。便利な言葉だ。幻想郷のだいたい七割くらいは、この言葉で成り立っていると云ってもいい。この一級品のシルクみたいに肌触りの好い了解のおかげで、自由に紅茶を呑めるんだし、自由に弾幕ごっこで遊べるんだし、自由に愛しの霊夢へと会いにいくことができる。箱入りの妹には、まだ分からないかもしれないが。
 そこらへんの区別をつけないと、この幻想郷では暮らしていけない、やっていけない。ルールをわきまえられない奴は、すでに三途の川を渡ってしまっており、その肉体は彼岸花の肥やしになっている。
 気持ち好く生きていくための秘訣は、割り切ることである。
 割り切ることに関してはマジもんのプロであるスカーレットデビルは、鼻歌を歌いながら厨房の冷蔵庫を開けた。


□     □     □



 ……あーぁ、つまんないや。
 紅魔館がふんぞり返っている霧の湖、今日の空気は澄んでいて、視界はわりかしクリアである。対岸の木々の輪郭すらも見渡せた。
 湖に住まう氷の妖精――チルノはふんっと鼻を鳴らして、お手製の氷で作ったベッドに寝転がっていた。
 なかなかどうして、快適である。波に揺られてぷかぷかと、まるで揺りかごの中にいるみたい。しかも、過ごしやすい秋のそよ風。昼寝をするにはうってつけなんだけど、朝方に散々と惰眠をむさぼってしまっていた。身体はいっこうに疲れを見せてはこない。
「なんか、面白いことないかなぁ」
 例年のこととはいえ、機嫌はよろしくない。
 夏が終わって冷え込み始めると、どいつもこいつも手のひらを返したみたいに自分から離れていくからである。その後ろには、誰もが引きこもってしまう冬が訪れる。遊び相手もいなくなる。膝を抱えるしかなくなる。
 それが分かっているからこそ、秋という季節は嫌いなのだ。
 実りの季節に、凍てつきはお呼びでないのである。
 季節外れのかき氷をむしゃむしゃしているうちに、森の向こう側から影がひとつ現れた。こっちに近づいてくる。高度まで落とし始めた。これは、自分に会いにきた誰かなのやもしれぬ。
 チルノは六つの羽を限界まで広げて伸びをすると、首をふって立ち上がった。
「なんだ――小傘じゃん」
 あの素っ頓狂なナス傘は、見間違えようがない。
「あぁ、助けて!」
 そう云って周囲を旋回し始めた小傘を見やりながら、チルノは腕組みした。
「どうしたのかね、ワトソンくん?」
「ふざけてる場合じゃないのよ!」
「いや、わりとマジメなつもりなんだけど……」
 地味に傷ついた。
「もんぺの女の子を探してるのよ、髪が白色ですっごい長いやつ!」
 さっきからずっと探し回ってるのに、とイタズラ仲間は半泣きになっている。左右で色の違うはずの瞳が、いまや涙に溺れてしまって区別がつかん。
 チルノは高笑いした。
「ならば安心したまえ。この世には不思議なことなど何もないのだよ、関口くん」
「それ云ってみたかっただけでしょ!?」
「ごめんちゃい」
「それで?」
 おぼろげな記憶を、投げ網でまとめて捕まえる。
「そりゃ妹紅だね。里にいないんなら、霊夢のところじゃない? 仲好いみたいだし」
「霊夢って、博麗の?」
「そ」
「ありがと! お礼にこれあげるね!」
 ありゃ、行っちゃった。
 小傘はナス色の傘を振り回しながら、博麗神社のほうへ全速力で飛び去っていく。
 うーむ、また独りになってしまったか。
 チルノはやれやれ、と小傘からもらったボトルを眺めた。中には得体の知れない色をした液体が、波を打っている。小傘がくれたんだから、まさか毒ではあるまいが。
 ちょうど好い。シロップを切らしていたところだ。
 チルノはなんのためらいもなく、かき氷へとボトルを傾けた。
「……お、これウマい。いけるいける!」
 炭酸が抜けたブルーサイダーの控え目な甘さと色合いは、かき氷のシロップには適任であった。



# 6th Step ~ Dog, Rabbit and Tanuki




 今日ほどツイてない日は永夜の異変以来だよ、コンチクショウ。
 鈴仙・優曇華院・イナバはタンスの引き出しを一つひとつ検めながら、霧の湖よりも深いため息をついた。クソ狭い座敷に訳の分からぬ独り言が、あちこちへぶつかっては潰れて消えた。
「師匠も師匠、姫様も姫様よ……」
 博麗屋から引き下がったその後、鈴仙は昼飯の支度がてら永遠亭に戻ったのである。ついでに事の次第を師匠に報告したら、なにも云わずに首を振られた。長い付き合いの鈴仙には、そのサインが指し示す意味が自然と読み取れた。
 つまり――「ンなの知ったこっちゃねーよ、そっちで何とかしろ」である。
 一方、姫様は部屋の隅で膝を抱えて丸くなっていた。よほどにショックだったらしい。猫が丸くなるには、まだ時季が早い。こたつだって出してないのだ。
 なんでも、賭け事で出した要求は一か月間、永遠亭でタダ働きさせることだったそうだ。その挙句に負けて、大事な大事な宝物を奪われちまったって顛末。蓬莱の玉の枝の価値を考えたら、どう考えたって割に合わない賭けだ。
 こういう場合、火事の消火に駆けずり回る羽目になるのは、いつだって「いや」とは云えない下の者である。
「姫様――お気を確かに。枝は必ず取り返してみせますから」
「……妹紅のウサ耳ブレザー、見たかったのに」
 そっちかよ。
 なんだか泣けてくる。もう、どうなっても知らねぇ。
 とはいえ、そんな訳にもいくまい。鈴仙は昼食を急いでかき込んだあと、妹紅の自宅へ殴り込んだのだが、あいにく留守だった。ちなみに、昼のお膳の主役はタケノコごはんだった。美味しかった。
 もしかしたら、自宅に借りた金を隠しているのかも。それを奪って霊夢に引き渡せば、話は早い。
 ほとんど思考停止の状態で、淡い希望にすがりついて家中を引っ掻き回した。こちとら被害者のはずが、いつの間にか不法侵入に泥棒の真似事である。ますますもって泣けてくる。
 やはりというか、つついた途端に霧散してしまうシャボン玉のように、希望は弾けて消えた。
 ここに金はない。というか、ぶっちゃけると何もない。こんなところで暮らせるなんて逆に感心する。
 ほんと、どこに行ったのやら。検討もつかない。
 あごに手を当ててうつむきながら、玄関へと向かう。
 それがいけなかった。
 盛大な音を立てて勢いよく開いたドアに、鈴仙は吹っ飛ばされた。


□     □     □



「もう! マミゾウさんがさっさと行っちゃうから、こんなことになったんじゃないの!」
「すまんすまん。まさか、ここまで入り組んどるとは思いもよらんかったわい」
 まさに、迷いの竹林である。
 霊夢と別れてから、はや数時間。昼飯も食いそびれてしまったマミゾウたちは、持参してきた干し肉を噛みながら、竹林をさまよっていた。どこへ歩み出ても、斜めに背を伸ばした竹が視界を遮ってしまう。目印となるものもなく、秋晴れだって拝むこともできない。おまけに立ち込めるは、この世のものとも思えぬ深い深い霧である。長らく妖怪をやってきたマミゾウも、これには参った。
「……このままじゃマミゾウさん、佐渡に帰れなくなっちゃう」
 響子のか細い声が落っこちた。薄桃色のワンピースのすそをぎゅっと、ぎゅっと握りしめて。
「なあに、心配するでないわい。答えはいつも、湯のみの中に浮かんでるもんじゃ」
「どういう意味、それ?」
「茶でも呑んでのんびりしておるとな、すうっと気が楽になっての。いつの間にか、目の前に道が開けておる。儂にとっては、これこそが生きていくヒケツじゃ」
「よく分かんないよ」
 ヤマビコの声。竹林の闇に吸い込まれていってしまい、返ってくることはない。
「いまは分からんでもよい」
 ふむ――いったん飛んで、空から探してみるかのう、とマミゾウは口を開こうとした。
 ばきっ。
 二人は同時に立ち止まった。踏みつけられた竹が悲鳴をあげる。
「……聞こえるかの?」
「ん、なんだろ」
 聴力には自信がある。音に敏感な響子だって同じだろう。かなり遠いが、ハエの羽音みたいに微かな、二人ぶんの声が届いてくる。
「もしかして――」
「――ビンゴじゃな」
 二人は目くばせをし合うと、声がする方へと急いだ。どこかの忍者みたいに、音を立てず、なお素早く。


 ――これは剣呑じゃ。
 竹やぶから慎重に首を出して、マミゾウはそう思った。
 話し声は、やはり二人ぶん。しかも、博麗の巫女から聞かされた尋ね人と一致する、少女の声である。その出所も、巫女が云っていた"掘っ立て小屋"に合致する。あれを「掘っ立て小屋」と呼ばずに「一戸建て住居」と呼称しようもんなら、紙ヒコーキはジェット旅客機であり、佐渡はユーラシア大陸である。問題は、その話し声がぶん投げてくるトーンの高さだ。
「なになに、ケンカ?」
 草葉の陰から顔を覗かせ、なぜか眼を輝かせながら響子が云う。
「そのようじゃの」
 軽いうなずき。
 どうやら先方は口論になっているらしい。よくある展開だ。マミゾウだって取り立ての経験は山ほどある。経験に勝る宝はない。頭の中でそろばんなんて弾かなくとも、大金を借りた人間が誰かと云い争っているとくれば、答えはひとつだ。
「――高飛びする気じゃな」
「タカトビ?」
 返せぬ借金に溺れかけた者が、死にもの狂いでつかまろうとする藁は二本しかない。すなわち、踏み倒すか逃げるかである。
 逃げとくれば、その筋を専門にする"逃がし屋"がいるもんだ。で、大抵は交渉が難航して無駄にもたつく。この上にさらに借金をしたくないもんだから、あのように折角の機会をみすみす逃してしまうのである。いわくつきのブツを質に入れちまったんなら、なおのこと焦りに駆られるのは当然の流れだ。
 久々の殴り込みじゃ。マミゾウは武者震いした。
「……響子よ」
「……響子よ」
「ヤマビコせんでよろしい――おぬしは、そろそろ寺に帰るんじゃ」
「なんでよ!」
「こっから先は、カタギが関わってよい世界とは違うからじゃよ。そも、あっぷるぱいは届けたんじゃし、おぬしが付き合う義理もないんじゃから――」
 みなまで云わないうちに、両手で口を塞がれる。
 響子は口の端から突き出た干し肉を、少しずつ咀嚼しながら、妖怪らしい意地の悪い笑みを浮かべていた。
「ごめん、聞こえなかったよ。ヤマビコして欲しいなら、もっと大きな声で云ってくれなきゃ」
 この状況で大声が出せるわけがねぇ。
 つい先ほどは、きっちりヤマビコして来たクセに、いらんところで聞こえないフリをする。
 ……まったく、どうなっても知らんぞ。
 マミゾウは眉をひそめてうなずいた。口が解放される。にんまりと笑う、ヤマビコのあどけない顔。
「せっかくだから、付き合うよ――最後まで」
「おう……頼りにしておるぞ、響子」
「うん、後ろでいっぱい応援してあげるね!」
 野次馬かよ。


□     □     □



「――なにすんだ、この野郎っ!!」
「そっちこそ何してんのよ」
 咲夜は後ろ手に玄関のドアを閉めた。満身創痍の兵士がすっ飛ばした悲鳴みたいな音である。これでまた蹴破ろうもんなら、ドアは華やかさもへったくれもない戦死を遂げるに違いない。
 土足で座敷に上がり込む。尻餅を突いた鈴仙の心臓にナイフを差し向ける。
「なんで、こんなボロ家にいるのかしら――月のウサギさん?」
「それはこっちの台詞よ――悪魔の狗」
 永夜の異変で「こんにちは、死ね!」とカチコミを敢行して以来、咲夜と鈴仙の仲は険悪である。
 おまけにふたりして、今日は妖精の甲高いおしゃべり一つでぶち切れるくらい虫の居所が悪いことも、妹紅の家にとっては不幸だった。
 咲夜はカロリーメイト(チーズ味)をかじりながら、ナイフを片手で器用に回した。ひとつ間違えれば指が落っこちる芸当だが、汗のひとつも浮かべてはいない。その額に浮かんでいるのは青筋ばかりである。
「見て分からない? あの蓬莱人に用があってきたの」
「それは奇遇ね。私も妹紅ん奴にやんごとなき用事があんのよ」
 ふうん、と咲夜は鼻で笑って、鈴仙の顔をうかがった。
 気に入らない顔。なにが気に入らないって、自分と似たような表情を浮かべているのが気に食わない。それはこっちの台詞ならぬ、それはこっちの顔である。
 おまけに、どうやら用向きも同じときた。
「あなたも、蓬莱人の日傘を狙っているのかしら?」
「はーん――日傘なら、どんだけマシだったことか。こちとら吸血鬼のお買いものに付き合ってるヒマはないのよ」
 ナイフ一閃。手ごたえなし。月のウサギが宙返りして咲夜を飛び越え、玄関ドアの正面に降り立つ。
 咲夜はカロリーメイトを飲み下すと、腰をわずかに屈めた。トランプカードのように自慢のナイフを広げていく。
「ほんと、すばしっこいわね。流石はウサギ――今日のディナーが決まったわ」
「そういえば私、人間って食べたことないのよね。意外とイケる口なのかしら」
 はっ――ちょうど好い憂さ晴らしだ。
 咲夜が両腕を交差させ、鈴仙が右手を鉄砲の形に構えた。
 その時である。


□     □     □



「はい、ドーンッ!!!」
「どーんっ!!」
 魔物のようにぶっ放された二本の足が、あわれ玄関ドアに痛快なホームランをぶちかます。
 続いて枯れ枝を化かした日本刀を大上段に構え、マミゾウは掘っ立て小屋に踊りこんだ。
「おうおうっ! 年貢の納めどきじゃのぉ! 藤原はん!!」
 情報通りである。白銀みたいな色の髪を流した少女が、呆然とこっちを見つめていやがる。
「そうだそうだ、神妙にお縄を頂戴しろィっ!!」
 響子も盛り上げる。が、その口上は任侠団体ではなく江戸の岡っ引きである。場合が場合なので、マミゾウは突っ込むのを止めた。
「ふんっ――こんなに早う来るとは、さすがに予想外だったようじゃの……およ?」
 マミゾウは日本刀を振り上げたまま固まった。見事に戦死を遂げたドアの下から、ウサギの耳を生やした少女が転がり出てきたのである。
「なんじゃおぬし、それで隠れたつもりかのう?」
「あんたがドアを吹っ飛ばしたんでしょうがッ!!」
 そうとう頭に血が昇っている様子である。怒りたいのはこっちの方だ。使いっ走りで何時間も歩かされ、足はすでに棒切れだ。
 マミゾウはとっておきの胴間声で、取り立ての決まり文句を叫んでやろうかと息を吸い込んだ。だが、二人の少女を見つめているうちに名台詞は引っ込み、代わりに素っ頓狂な鳴き声を上げた。
「な――なんじゃおぬしら!?」
「お前らこそなんだ!?」
「なんじゃなんじゃ!!」
「なんだなんだなんだなんだ!!」
「――ほ、ほっほっほ! 問われちゃ名乗るが世の情けじゃ。さっそくのお控え、礼を云うぞ! ――手前、生国は佐渡相川、渡世の縁もちまして、身の片親と発しますは佐渡赤信会九代目、直盃に従います若い者にございやす。姓名の儀は二ッ岩マミゾウ、初代二ッ岩一家を名乗りまして菊の代紋あずかります。御一見のとおりしがない駆け出し者でございやすが、以後、お見知りおかれまして、万事万端、よろしく昵懇に願います。ささっ、どうかそちらさんも、お控えなさっておくんなさんし!」
 マミゾウは燕尾色のスカートの腰を割り、日本刀を肩に担いだカッコウのまんま、周囲をぐいっと睨み渡した。
 またも、キマった。マミゾウの脳裏に、太夫の掛け声と和太鼓の喚声が響き渡った。
 つい郷里のクセと勢いで嘘っぱちの仁義を切っちまったが、内心では焦りに焦っている。
 それもそのはず、目の前でぽかんっと口を開けている二人の少女は、どちらも同じ銀髪なのである。しかも、人間の方はよく見れば短髪であり、ウサ耳を生やした妖怪は長髪である。
 ……いったい全体、どういうことじゃ?
 あの巫女が騙しやがったのか、それとも、こっちの聞き間違いか。
 まぁ、よい。相手方が名乗れば、それで解決する話である。
「こら、若ぇ衆。おぬしら人に控えさせておいて、仁義も満足に切れないってのかい!?」
 それでも銀髪コンビは動かない。
 業界で仁義をわきまえない輩は、その場で撃ち殺されても文句は云えないもんである。たまりかねたマミゾウは二人に詰め寄った。が、ナイフと弾丸の直撃を受け、逆に玄関まで吹っ飛ばされた。
『てめぇ、ざっけんじゃねぇぞ!!』
 ハモった。
「なんやて!? ワレ、もういっぺん云うてみい!!」
「マミゾウさん――この人たち、出身が違うから仁義なんて知らないんだよ、きっと!」
 ヤマビコがなんかくっちゃべっていやがるが、マミゾウは聞いてもいなかった。完全にキレていた。
『――何度だって云ってやるわよ、このクソッタレ! そんな刀なんか捨ててかかってこいやぁ!!』
「てめぇらなんか怖かねェ! 野郎、ぶっ殺してやらぁ――!!」
 マミゾウは日本刀を投げ捨てて、ふたたび座敷へと躍り上がっていった。
 ……しばらくの間、激しい云い争いが狭っ苦しい座敷中へと、なだれ落ちる滝のようにほとばしった。
 普段からワガママな主人に振り回され、あるいはナニ考えてんのか分かんねぇ師匠に引きずられ、あるいは郷里で義理と人情の板挟みに悩まされ――愚痴のひとつも云えない毎日を送ってきたもんだから、いくらその生活が本望であろうと、たまるストレスはたまっちまうもんなのである。
 で、三人は暗黙の合意のもと、互いを罵りあい、手近なものを投げつけあい、中指を立てあった。
 響子は響子で誰の罵声をヤマビコすべきか迷いに迷い、部屋の隅でひとりもがき苦しんでいた。
 妹紅の家に、もし口がついているとしたら、下のように絶叫したに違いない。
 もう、勘弁してくれ!



# 7th Step ~ Having a Cherry




 桜の花が舞う季節に、私は霊夢と出会った。
 あの会食から続いてきた不格好な縁は、いっしょに博麗屋を始めることになってから、ずっと頑丈で、なにより歪になった。霊夢はいつまでも霊夢なまんま。お茶は美味しいし料理も絶品、サボりの腕まで一流だ。秋の空模様みたいに移ろうのは私の方ばかりで、それがなんだか不思議で、なんだか歯がゆい。
 霊夢は、私のことをどうとも思ってないらしい。
 そんな当たり前のことに気づいたのは、夏の宴会のときだ。大人数で集まって騒ぐなんて、と参加を断ったのに、ムラサのやつに強引に連れてかれた。夜空に打ちあがる弾幕花火、うち鳴らされる盃の笑い声、鳥居に乗っかってくつろぐ妖怪たちの合唱――私にとっては苦手なものばかりだった。そうした温かい光のなかで笑ってる霊夢の顔は、やはりというか、私の知らない顔だったんだ。
 ……行かなきゃ好かった。
 口には出せない空元気、一緒になってくだを巻く寺の同居人たち。私の肩を抱いてくれたムラサの腕が、なんだか遠くに感じたのを覚えている。
 そんなことは、どうでも好かったはずなのに。いちど知ってしまうと、引き返せない道もある。
 ……この世界は好きだ。だからこそ、眩しいものだってある。地底の洞窟が振りまいた暗闇に慣れきってしまったやつには、もったいないくらいの光だ。もしも、その陽だまりのあったかさを教えてくれたやつが、私の傍にいるとするのなら――。
 それが、私が霊夢のところへお菓子を持っていく理由で。
 それが、私が博麗屋で働いている理由で。
 それが、私が霊夢と同じ柄のリボンを着けている理由なんだ。
 そして――。


「――ほんとに困った妹ね。さっさと口をお開けなさい!」
「やだよ! やめて、そんなの飲みたくないってば!」
 それが、私がここにいる理由だ。
 鉄を打ったみたいに甲高い口論に、私はたたき起こされた。ふかふかのベッドの上だった。
「好いではないか、好いではないか――って、あら、ようやくのお目覚めね」
 ベッドの横には、パックの血液を妹の口に注ぎ込もうとしている吸血鬼が、紅い瞳を輝かせている。そんで、同じ血液パックが枕元にピラミッドを作っていた。
「――ぬぁ、どうなったんだっけ?」
「ぬえっ! ヘルプ!」
「どうなったもなにも、これを見たとたんにぶっ倒れたのよ」
「ぬゆっ!?」
 レミリアが指差した先、部屋のすみの円卓に横たえられた宝物――蓬莱の玉の枝。思い出したくもない一連の記憶が、濁流になって私を呑みこんだ。
「あらら、また気絶しちゃった――ほら、起きなさい。大妖怪の名が廃るってもんよ」
 水のような何かをぶっかけられて、むりやり覚醒させられる。そうだ、私は大妖怪のぬえ様なんだ、いつまでもヘコんではいられないって――。
「ちょっと! これ、もしかして血ぃ!?」
「そう」
「なにしやがんのよ!」
「血が足りてないと思って」
「はぁ? 貧血じゃないんだからさ……」
 霊夢からもらったリボンに、あろうことか血が染みついてしまった。洗ったら落ちてくれるんだろうか、これ。
「貧血でも金欠でも豚骨でも、なんでも好いわ――ぬえ、どういうことか説明してもらえるかしら?」
「そうそう、いったいどうしちゃったのさ?」
 話題がそれて好機と見たのか、フランもここぞと身を乗り出してくる。姉妹の唇からのぞいた、凶悪な犬歯。それを見て、吸血鬼のばかでかい妖力が、部屋中を台風みたいに覆っているのに気づく。やっぱり鳥肌が立つし、髪の毛だって逆立つ。
 ぬぅ、仕方ないか。
「……そう、あれは私が江戸にいたころだった」
「嘘はやめなさい」
「ごめん、噛み砕いて云っちゃうと――藤原マジヴォルケイノ」
「噛み砕きすぎ」
 どうやら、話さないわけにはいかないようだ。
 蓬莱の枝をめぐる騒動について、知っているかぎり話していく。レミリアの顔つきはカボチャパイを投げつけられたみたいに歪んでいった。フランのほうは「ふーん」と適当な相槌を打ってはいたんだけど、目線は姉をとらえては震えていた。羽なんて垂れ下がってカーペットにキスしている。
 つっかえながらも話し終えた。レミリアがおでこに手を当てて、「くぁーっ」と喉を鳴らしてきた。
「……あの蓬莱人も堕ちたもんね。盗みを働いたうえに、それを質に入れるなんて。下賤の徒がしでかす真似だわ」
「や、盗んだってわけじゃ――」
 慌てて訂正を挟もうとしたが、遅かった。
 次の瞬間には、真っ黒い炎をまとう剣を握りしめたフランが、レミリアに羽をつかまれカーペットに押し付けられていた。
「フランドール、お行儀が悪いわよ」
「……お姉様――いまの言葉、取り消して」
 後頭部に膝頭を乗っけられているもんだから、フランは顔を上げられない。そのうち、千切れる古木の断末魔みたいな音が、首元から飛び散り始める。
 ――やりすぎだ。
「レミリアっ!」
 ベッドから這い出してレミリアの肩をつかもうとする。鉄球みたいな衝撃。伸ばした腕が弾かれたんだ。筋肉がまとめてプレスされたみたいな痛みが突っ走る。声を漏らしてベッドから転げ落ちてしまう。
「封獣ぬえ、これはあなたの不始末でもあるんでしょう?」
「だから、なによ」
 レミリアの顔が、逆さまなって視界に映り込む。逆光のせいで表情がつかめない。
「霊夢の手伝いってんなら、契約は無効にならなきゃおかしいわ。なのに、あなたはなぜ妹たちの味方をするのかしら?」
 それを聞いたフランがもがくのを止める。
「お姉様、それって――」
「知らなかったとでも? 私はあなたの姉、あなたは私のたった一人の妹なの。そして、ここは紅魔館。私の耳であり、口であり、眼であり、私たちの運命が流れ着いた場所でもある」
 そこで、レミリアはフランを解放した。ゆるりと手が差し伸べられる。
「――妹ひとりのことも分かんないようじゃ、この館の主はやってらんないのよ」
 フランが眼を見開いた。けれど、すぐに顔をそむけてしまう。
「……ほっといてよ、もう」
 その瞬間、レミリアの顔が壊れた――ように見えた。
「っ――だから、そんなんだから、外に出してあげるわけにはいかないのよ!!」
 それは、私が今まで耳にした中でも、いちばん悲しい怒鳴り声だった。
 使い物にならなくなった右腕を引きずって、部屋を去っていく吸血鬼を追おうとした。だって――このままじゃ、あまりに孤独だ。あまりに、独りぼっちだ。洞窟の奥で膝を抱えて泣いていた、あの頃の誰かさんみたいに。
 でも。
 立て続けに起こった破裂音が、私の足を引き止めた。お気に入りの黒ワンピースに、自慢の三対の羽に、大量の血液が飛びついていく。
「フラン」
 中身をぶちまけた血液パックの死骸が、そこかしこに散らばっていた。まるで、密室殺人の現場みたいになっている。
 ナイトキャップも、幼い顔も、太陽みたいに眩しい金髪も、なにもかもを真っ赤に染めて。
「ぬえ」
 スカーレットデビルの妹が、真珠みたいな涙をこぼしながら、私の胸に飛びこんできた。
「ぬえ――ぬえ……!」
 泣きじゃくるフランの涙。ワンピースに沁みこんで、私の胸を溶かしてくる。
「フラン――」
 ただ、頭を撫でてやることしかできない。
 そんな自分が。
 あぁ、もう――ほんと。
 泥沼だ。


□     □     □



 来客用の広間まですっ飛んできたレミリアは、窓のカーテンを片っ端から閉めきった。テーブルにしがみつくように向かって、ようやく一息をいれる。
 両のこぶしをうち下ろす。真っ赤な爪をテーブルに食い込ませる。石を投げつけた氷みたいにヒビが入ったところで、ようやく身体の震えが治まった。
 いかん、頭を冷やさねば。紅茶はないのか。
 なんだって、なんだってこんな時に、咲夜がいないのだろう。あのメイド、どこで何をしているんだ。日傘いっぽん買いにいくだけで、どんだけ時間を食っているのやら。
「いや……もう、いいか」
 結局は、何もかも無駄になってしまったんだから。
 あの蓬莱人――妹紅が、フランドールに日傘をプレゼントするという。咲夜にこっそりと聞かされたとき、真っ先に思ったのは、それだけの金を妹紅はもっていないだろうってこと。働いて稼ぐには、時間がかかりすぎる。続けてレミリアは考えた。フランは友人を持った。大切な人もできたようだ。これは、もう自分となんら変わりないのではないか。同じように妖怪の友人と出会い、紅白の想い人を夢見ている。
 ――そろそろ、外の世界を知っても好い時期なのかもしれない。
 どうせなら今までのお詫びは、サプライズといっしょに渡してやろう。妹たちの驚く顔が目に浮かぶようだ。
 思い立ったが吉日である。咲夜に頼んで日傘を注文させるに、大したためらいはなかった。
「これが……運命ってやつなのかしら」
 そう、無駄になってしまった。
 まさか、こんなに早く妹紅が金を工面してしまうとは思わなかった。それも、不公平な賭け事でむしり取るなんて方法で。
 汚れきった金で作られた日傘を、あの蓬莱人はどの面をさげて妹に渡すつもりなのだろうか。スカーレットの吸血鬼として、それだけは受け取ってはならないものだ。
 そして――自分はなんの因果か、その汚れた質草を買い取ってしまった。
 こんな結末だなんて、ため息すらも出ない。
「……紅茶、紅茶はないの?」
 テーブルを見渡す。見渡さなくともすぐ分かる。妹の淹れたアッサムティーと、バタークッキー、もとは封獣ぬえに届けられたはずのアップルパイ。先ほどの騒ぎで食いそびれてしまったんだった。
 パイを取り分け、紅茶をカップに注ぐ。当たり前だけど、どっちも冷めてしまっている。せっかくの香りも、これじゃあ台無しだ。
 テーブルもそうだ。ここまで傷めてしまっては、処分するしかないだろう。いくら咲夜だって、いちど壊してしまったものは、二度とは元には戻せないんだから。
 レミリアは両手でアップルパイを取り上げ、ひと口、かじった。
 その途端だった。
 いつの間にか流れていたらしい涙が、あごへと筋を引いて、ティーカップへと落っこちた。
 ……なんだろう、この味は。美味しいとか不味いとかじゃなくて、もっとこう――胸が痛くなるくらいに正直な味だった。ぜひとも食べてもらいたい人のために、一生懸命に焼き上げたというだけ。本当にそれだけだ。ここまで素朴で力強いパイを、レミリアは食べたことがなかった。
 噛めば噛むほどに、涙はあふれ出てくる。
 思えば――。
 思えば私は、フランのために何かをしてやれたことがあったんだろうか。いや、私は何をしてきたんだろう。何をしてこなかったんだろう。もっと何か、してやれることはなかったんだろうか。
 レミリアは、自分が卑しく惨めな道化のようにしか思えなかった――たった一切れのパイの前では。
 誰もいない広間の真ん中で独り、レミリアは幼い子どものように膝を抱えて泣いた。


□     □     □



「――とにかく、不毛な争いはやめましょう。いまは話し合いが肝要よ」
 悪魔のイヌである咲夜の提案に、月のウサギである鈴仙とマミゾウというタヌキの妖怪はうなずいた。三人とも疲労困憊しつつ、どこか清々しい顔で囲炉裏を囲んで胡坐をかいている。響子とかいう妖怪は、ヤマビコのしすぎでマミゾウの尻尾を枕に寝ていた。
「つまり――おぬしは注文した日傘を横取りされちまった。そんで、ここに文句をつけにきたと、そういうわけじゃな?」
 マミゾウが干し肉を噛みながら訊ねてきた。咲夜はカロリーメイト(フルーツ味)をかじりながら肯いた。
「ということは、妹紅のやつは質入れしたあと、すぐにそのお金で日傘を買ったってこと?」
 鈴仙はニンジンスティックをぽりぽりとつまんでいる。
「そういうことになるわね」
 咲夜は二人の顔を交互に見やりながら、ふと恐ろしいことに気がついてカロリーメイトを取り落とした。
「ちょっと待って、話をまとめるから――鈴仙、あなたはその蓬莱の枝を取り返すために博麗屋へ行ったんだけど、ウマい理屈をつけられ追い返されてしまった。それで、仕方なくここにやって来たってことで好いわけ?」
「そうね」
「で――マミゾウは大結界に穴を空けるのと引き換えに、妹紅から貸した金を取り返してこいって霊夢に頼まれて、ここに来たと」
「そうじゃな」
「……じゃあ、日傘を取り返せば金だって戻るし、蓬莱の枝も戻ってくるってわけよね」
「うん」
「うむ」
「あれ……? ――私たちって、利害一致してんじゃないの?」
「あっ」
「あっ」
 その場の全員が脱力のあまり気を失いかけ、互いの肩を支え合って呼吸を整えた。
「……なんじゃい、先ほどのケンカはほんとに不毛だったわけかい」
 百戦錬磨のマミゾウは流石に回復が早い。咲夜と鈴仙は銀髪の頭をそろえて、今日一番のため息をついた。清々しさも地平線の果てまで吹き飛び、残るは胃にぶちこまれた鉛のような徒労感だけである。
「……もう、帰って寝たい」
「同感……」
 一座は場末の酒場のようなけだるさに包まれた。黙りこくってトックリの酒を呑み交わしあう三人に、それ以上の言葉はいらなかった。天井へと浮かび上がってゆく音は、お猪口のかち合いとヤマビコのどでけえ高鼾くらいである。
 こうなってしまっては、妹紅の帰りを待ち伏せるくらいしか術はない。
 それぞれのひっ迫した事情を酒といっしょに呑み下して、三人は「幻想郷に乾杯」と一気に老け込んだ声でつぶやいた。



# Interval ~ Sunshine Scoping




 秋に賑わう幻想郷を照らしていた日差しも、いくぶんの陰りを見せ始めた。季節が深まりを見せ始めると、太陽の睡眠時間は長くなる。
 子どものころは「お天道様が見てるんだよ」と、よく脅されていたもんだ。そんなお天道様の眼には、いまの幻想郷はどのように映っているのであろうか。もうひと働きしていただいて、紅に染まった木々をしとねに眠りにつこうとしている幻想郷を見ていくことにしよう。


 博麗神社。
 現在は質店「博麗屋」としても稼働しているこの神社には、ひとりの巫女とひとりの妖怪が取り仕切っているのが近況であるが、どちらの姿も境内や社務所には見当たらない。代わりと云ってはなんだが、座敷のちゃぶ台に背を預けて、さめざめと泣いている化け傘がいる。多々良小傘である。自分のミスとはいえ、降ってわいたトラブルに打ちのめされた小傘は、一縷の希望をオッドアイに宿して神社にやってきたのだが、あいにくと誰もいない。精根尽き果ててしまい、膝を抱えて泣くことしか、小傘にできることはなかった。

 では、神社の巫女はどこにいってしまったのだろうか。お天道様はご存じである。
 神社に併設された、こじんまりとした土蔵。博麗霊夢は酒の香りに酔いしれながら、ようやっと酒造の仕込みを一段落させたところであった。汗をにじませるも満足げな表情。風味のよろしい焼酎が出来上がること請け合いである。

 紅魔館。
 カーテンを閉め切ったゲスト用の広間に、ひとりの少女がいる。スカーレットデビルこと館の当主、レミリア・スカーレットである。先ほどまでは、他人には絶対に見せたことのない涙を浮かべて思い悩んでいた。いまは泣き疲れてしまったのか、ひびの入ったテーブルに突っ伏して爆睡している。
 テーブルには半分に減ってしまったアップルパイがある。ご存じキャプテン・ムラサこと、村紗水蜜のお手製である。丹精こめて焼き上げたパイは、本来は親友の正体不明少女に食べてもらいたかった代物である。が、すでに無関係なほか三名にかっさらわれてしまっていた。その挙句、肝心の親友はアップルパイをひと口食べたとたんに噴き出してしまったことなど、水蜜は知る由もない。

 広間からほど近い客室は、有り体に云えば血の海になっていた。
 ベッドに並んで腰かけるは封獣ぬえと、レミリアの妹であるフランドール・スカーレット。フランドールはぬえの肩に頭を預けており、ぬえは血まみれになったフランドールの頭を撫でてやっていた。絡み合った奇妙な羽たちは、みな一様に元気を失ってベッドに横たわっている。部屋のすみの円卓には、今回の騒動の引き金になった蓬莱の玉の枝が鎮座していた。ぬえは爪を噛みたい心境で枝を睨み付けている。

 霧の湖。
 昼間にだけ原因不明の霧が発生するというこの湖は、いまは視界がクリアである。なので湖面の様子もよく観察できるのだが、ふと見てみると、氷の妖精のチルノがお手製のベッドにうずくまって悶絶していた。そばにはかき氷用のカップと空のペットボトル。冷たいものと甘いものの急激な取りすぎは、氷精の腹にもたいそう危険であった。

 人里。
 中央の広場で材木にトンカチを打ちつけているのは、今回の騒動の知らずの主犯格、藤原妹紅である。
 フランに幻想郷の温かさを教えてやりたい、そんな一心で日傘を買ったまでは好かった。だが、その行方を巡ってほか十名の人妖を巻き込んだ騒動に発展しているとは、いくら千年以上も生きてきた妹紅といえど、予想外であったに違いない。

 迷いの竹林。
 なんとか倒壊をまぬがれた妹紅の自宅には、計四名の不法占拠者たちが居座っていた。十六夜咲夜、鈴仙・優曇華院・イナバ、二ッ岩マミゾウ、幽谷響子のご一行様である。
 ひとり野次馬である響子は、マミゾウのふかふか尻尾で至福の眠りを貪っている。他の三人はそれぞれがやんごとなき事情を抱えて駆けずり回り、疲れ果てた末での手打ちを済ませていた。経緯からしても重ったるい深刻な雰囲気に包まれていそうなもんだが、そこら辺は三人とも案外にのん気なもんで、話題は何故かテメェがかつて食らった山海の珍味についての自慢に終始している。


 ――そして、このお話しも、ようやっと最終的な局面へとフライトを始めていく。
 読者の皆さまには、もうしばしのお付き合いをいただければ幸いである。



# 8th Step ~ You're Freemen.




「――遅い」
 月のウサギが不穏な声をあげたので、マミゾウはすっかり出来上がった顔を上げた。
「収穫祭の準備があるんじゃろ? もうしばしはかかりそうなもんじゃが」
「日が沈むまで待てっての? こちとら晩飯の支度があんのよ」
 ボロっちい壁にかけられたカレンダーへの書き込みで、すでに妹紅の居場所は割れていた。
 咲夜という人間の少女が、赤らんだ顔でうなずく。
「わらひも、ひゃかたを長いこと空けるはけにゃあ」
「呂律が回ってないぞい。しっかりせい」
 人間にはキツすぎたのかもしれん、とトックリの蓋を詰める。
 咲夜は銀髪を揺らしておでこを擦ると、きりっと顔を上げた。
「なんだか、ものすっげえ嫌な予感がするのよね。ここでずっと待ちぼうけを喰らうんじゃないかしら?」
「うーむ」
 マミゾウは腕を組み、タケノコの味噌漬けを味わった。妹紅が床下に隠しておいた秘伝の味である。
「じゃが、里で荒事に及ぶのはまずかろ? だいたい、まだ里ん中におるとは限らんぞ」
 そう云いながら、人里のあちこちを探し回る自分を思い描いて、マミゾウはどっと疲れが押し寄せてくるのを感じた。咲夜と鈴仙も肩を組み合って深呼吸しているところを見ると、同じようなそら恐ろしい想像をしてしまったらしい。
「そもそも――妹紅のやつは日傘をどうするつもりなの? 咲夜、心当たりは?」
「……それが分かれば、こんなところに来てないわよ」
 鈴仙は励ますように咲夜の口に味噌漬けを放り込んだ。
「あの蓬莱人は、日傘を差すようなタマじゃないわ――誰かにプレゼントするつもりなんじゃないかしら?」
 奇跡の一声であった。咲夜の瞳に青々とした光が蘇った。
「そういえば……」
『なにッ!?』
 マミゾウと鈴仙がカエルのように飛び跳ねて身を乗り出す。
「まだ何も云ってないわよ――たしか今朝に妹様が、今日は妹紅がこないのかどうか、すごく気にされていたご様子で」
『それだっ!』
 二人はまたしてもアマガエルのように跳ねあがった。その拍子に、ヤマビコがふかふか尻尾から転げ落ちた。
「なら、行き先は紅魔館ね!」
「やってやんぞお!」
 盛り上がる二人をよそに、咲夜の顔には黒々とした雨雲が漂い始める。
「……変なめぐり合わせ、これも運命ってやつかしら」
「あー?」
「いや、こっちのはなし」


□     □     □



 情緒不安定――なんて言葉がある。
 いったい誰が持ち出した云い回しなんだろう。それは事実の半分もつらまえていない、使いすぎた殺虫剤みたいに気の利かない言葉だと思う。少なくとも、妹紅から見たフランドールという少女は、たんに世界の広さを知らないだけの、ほんの五百歳にも満たない女の子だった。
 お疲れさま、と言葉を投げ交わして、妹紅は里を飛び立った。
 日傘の包みが、手に馴染んで心地いい。
 いまを盛りの紅葉が、無何有の郷を真っ赤な海へと染め上げている。
 フランドールの血のような紅い服を思い出して、妹紅はまだ見えぬ紅魔館のことを思った。
 妹紅は、もとは貴族の出身だ。東西の差はあれど、妹紅もフランドールも、世間の眼から隠されて育てられた、いわゆる箱入り娘だった。
 外の世界を知らないままに育てられ、そして知るようになったころには――遅すぎた。
 蓬莱の薬を呑んでからの妹紅には、もう外の世界なんて色あせてしか見えなかった。自分のほかに、永遠なんて存在しなかったから。草木は枯れ果てた。山は削られた。陽は昇っては、また沈んだ。
 血を流して戦うことでしか、自分の影をつかまえられない、見つけることができない。
 だけど。
 そんな永遠に続くけもの道。ひょんなところから結んだ縁によって、いくらでも変えていくことができるのだとしたら。
 ……気が遠くなるくらい昔に忘れてしまった何かを、ここでは拾いなおすことができる。
 繰り返されることばかりが、歴史じゃない。
 昨日よりも、そして今日よりも、明日の自分の天気は、もっと晴れだ。
 友人からもらったいくつもの言葉を、宝箱から取り出すとしたら、それは今しかない。
 いつもの弾幕ごっこを終えてからのことだった。ずっと美味しくなった紅茶を淹れてもらっているときに、妹紅は思いついた。
 そうだ――日傘を買おう。


「輝夜のやつには気の毒だけどね」
 風を切りながらつぶやく。
 ぶっちゃけてしまうと、手段を選ぶ暇がなくなったのだ。たかが日傘、されど日傘だった。幻想郷の収穫祭の規模は、まさに圧巻のひとこと。間に合わせるためには、宿敵の財力を借りるしかなかった。
 どうせなら、最高の一日にしたいってもんじゃないか。
 そんな思いから、宿敵の賭けに乗ったのだ。負ける気がしねぇ。圧勝してやったあと、足にすがりついて再戦を望んできた輝夜のツラといったらなかった。蓬莱の枝といえば、妹紅にとっても因縁の品なのだ。
 しばらく飛んでいるうちに、ようやく霧の向こうに紅魔館が見えてきた。相変わらず、ほおずきみたいに紅い。
 心臓が高鳴るのを感じる。手に汗をかいている。
 眼下の湖面が、自分の脈に合わせて波を打っているような錯覚を覚える。
 あの頑固でワガママな姉をどうやって説得しようか、妹紅は苦笑まじりに考える。
 まさか「お姉さん、妹さんをください!」なんて云うわけにもいくまい。
 そう思うと、身だしなみを整えずに出てきたことが恥ずかしくなってきた。
「あちゃー、ほこりだらけだコレ」
 手伝いに精を出していたあまり、気がつけなかった。いったん家に帰って着替えたほうが好いかもしれん。
 これはひどい、と顔を赤くする妹紅。
 その肩口に。
 稲妻のごとく飛来した、銀のナイフが突き刺さった。


□     □     □



「ぬえ――お願いがあるの」
 背中にフランの声。小さいけれど、小さくない意思のこもった声だ。
「フラン、話はあと。まずはお風呂に入んなきゃ」
 血まみれで歩き回るなんて冗談じゃないよ。
「待って!」
 腕をとんでもない力で引っ張られる。千切れるかと思った。
 紅魔館のエントランス。フランの悲鳴みたいな叫びが、うつろに響き渡った。
「ちょっと、フラン――いたい」
「あ……ごめんなさい」
 ごめんなさい、ごめんなさい。
 フランはゼンマイ仕掛けの人形みたいに、ちっちゃな言葉を繰り返しながら、その場にしゃがみこんでしまう。七色の羽がすがりつくように、私の真っ黒いニーソックスに寄り添った。
 なんとか生き残った左手で、フランの肩に手を置いてやる。
「……あはは。フランの姉さん、ほんと強いね。おかげ様で、右手がほとんど動かないや」
 ほっとけば治るとは思うんだけど、それにしても、骨が燃えているみたいな痛みだ。さっきのレミリアの怒りが、そのまま腕に乗り移ったような錯覚を覚えるくらいに。
「ほんと、ごめん」
「や、そういうつもりじゃなくて」
 ほんとに姉思いなやつ。ずっと独り者だった私にとっては、よく分からない気持ちなんだけど。
「――レミリアはさ、強引にでもフランを外に連れ出すことだって、きっと出来たんだよ」
「知ってる」
「それをしなかったってことは、それもまた、レミリアの思いやりなんじゃないかな」
 フランが顔を上げる。涙の川筋が光って見える。
「……ぬえって、いったい誰の味方なのさ」
「そりゃ――」
 言葉が詰まった。
 ……誰なんだろう。私は、誰の味方をすれば好いんだろう。だって今まで、誰の味方にもなったことなんてないし、誰も私の味方をしてくれたことなんてなかったんだから、答えが出てくれるはずもない。仲間だとか、親友だとか、家族だとか――そんな言葉が持ってる意味の重さだって、地上に出てきてから初めて知ったくらいだ。強いて云うなら、私はいつだって自分の味方だった。
 藤原の気持ちもわかる。フランの気持ちもわかる。レミリアの気持ちも、たぶん、わかると思う。
 でも、それ以前に――私は質店「博麗屋」の従業員なんだ。霊夢が雇い主で、私は霊夢のために働いていて。
 ――なのに、あなたはなぜ妹たちの味方をするのかしら?
 さっきのレミリアの言葉が、グングニルみたいに胸に突き刺さっていた。この右腕なんかよりも、よっぽど痛んで仕方がない。
「わたし――」
「お願いぬえ……さっきの話、たぶん妹紅はいま、とても危ない目に遭ってると思うの。ぬえの力なら、太陽からも身を守れるから、だから――」
 その先は、言葉にならなかった。
 涙をこらえるのにいっぱいいっぱいで。瞳のルビーみたいな輝きは沈んでしまって。血にまみれた金髪が、フランがしゃくりあげるたびに危なっかしげに揺れて、踊って、泣いて。
 ……どうすればいいんだろう?
 いま、私が飛び回っているこの世界。眩しくて仕方のないこの世界。日陰者だったやつには、もったいないくらいの光にあふれた、この世界。なのに、フランは、ずっとずっと地下室の暗闇しか知らなかった。私にとっては、地上に出てきてから初めての友だちなんだ。だから、フランには陽だまりのあったかさを知ってほしい。
 そう思っているのに、でも……。
 どうすればいい、どうすれば。
 必死にエントランスを見回す。迷子になった人間の子どもみたいに。
「あっ――」
 あれは。
 ステンドグラスから差し込んだ太陽のきらめき、その先に。
 とっても――とっても懐かしい優しさを見つけた。
 お決まりの唐丸籠いっぱいに詰め込まれた、博麗印の麦焼酎。
 ……霊夢だ。霊夢の声が。
 いちばんに会いたい人の声が、あの春の風に乗っかって、私の胸にかっと燃え上がった。

『あんたの、好きなようにすればいいんじゃない?』

 ――――。

 そっか。
 そうなんだ。
 そういうことなんだ。
 それで好いんだ。
 博麗屋がどうとか。
 立場がどうとか。
 運命がどうとか。
 そんなの関係ない。
 私の好きなように。
 私がやりたいように、飛んでいけばいいんだ。
 秋晴れみたいにクリアな気持ちさえあれば、あとは充分。
 だって、そんな風にして、私はムラサと、フランと――霊夢と、つながってきたんだから。
「フラン」
「……ぬえ?」
 ニヤリ。
「――おまたせっ!!」
 左手に愛用の三叉槍を呼び出す。
 スペルカード宣言。
 ――鵺符「アンディファインド・ダークネス」
 天高くまでかかげて、黒雲を呼びつける。
「ぬえ!」
 フランが泣き笑いの顔で抱きついてくる。よっしゃ、しっかりつかまってろよ、お嬢さん。
 太陽なんか、クソくらえってんだ。
 羽でフランの腰をひっつかんで、私はロケットのように飛び立った。
 ステンドグラスを思いっきりぶち破って、レミリアに腕のお返しをしてやる。
 ざまみろってんだ、これでおあいこだよ!
 眼下へ遠ざかっていく紅魔館を見下ろしながら、私は舌を出してあっかんべぇしてやった。
 そうだよ、大事な友だちが困ってんだ。
 私はそいつを助けたい。
 それのどこが悪いってんだ。
 もしも、こんなのさえ悪いってんなら。
 それは――この世界の方が間違ってる。どう考えたって間違ってる。
 スナップ、ターン、スロットル全開。
「いくよ!」
 私はフランといっしょに、天高くさえずるヒバリみたいに秋空へと舞い上がった。



# 9th Step ~ Curtain Firing Tragedy




 なんだってんだ、いったい。
 散開してくる。人数は四。いや、向かってくるのは三人。一人は湖面へと急降下。背面に回り込むにしては低すぎる。
 回避して上昇するには位置が悪い。狙い撃ちだ。
 炎で目くらましするか。いや、間に合わないか。
 身体をひねり、第二撃をかわす。ナイフのきらめきが、太陽に反射して一瞬だけ。
 妹紅は中空で宙返りすると、その場で逆さまになって襲撃者たちを見すえた。
「――咲夜、それを返してもらえない?」
 不覚だった。右腕の感覚がない。日傘を取り落としてしまった。
 ナイフみたいな銀髪。真っ白なカチューシャをなびかせながら、紅魔館のメイド長が包みを検めている。
「……お断りするわ、蓬莱人。これはお嬢様にお渡しするものなの。邪魔はさせない」
 どういうことなのか、さっぱり分からない。
 ナイフを投げつけられたことも、日傘を奪われたことも、邪魔者扱いされたこともぜんぶ。
 ひとつ分かるのは、日傘を返してくれる気は全くないってこと。
 ほかの二人は、輝夜んとこの鈴仙に――こっちに来てからはついぞ見かけなかった、タヌキの妖怪。
「霊夢との取引は無効よ! あなたには悪いけど、玉の枝は返してもらうわ!」
「いきなりですまんが――おぬしが借りた金も、耳をそろえて返してもらうぞい!」
 ウサギはともかく、なんだって見知らぬやつからも狙われなきゃならないんだろう。
 あと少しで――あと少しでフランに会えるってのに。
 唇を噛む。血がにじむ。
 火種が身体中にばらまかれていくのを感じる。
「先に持ちかけてきたのは輝夜のバカよ。勝ったのは私なのに、なんで無効になるわけ?」
「あんた、アレの価値を分かって云ってんの? それで公平な賭け事ってんなら、ちゃんちゃらおかしいわ」
 鈴仙の紅い瞳が燃えていた。
 タヌキの妖怪は問答無用といった様子で、トックリに口をつけて酒をガブ呑みしていやがる。
「くそっ――おい、咲夜!」
「しつこいわよ」
 向こうはハナから話し合う気すらないらしい。
 それなら、押し通るまでか。
「……どうやら、訊くだけムダみたいね」
「その通り。あなたが諦めない限りは」
 咲夜がうなずく。メイド服が風にあおられ、音も立てずにはためいた。
 左手には銀の懐中時計、スペルカードも見える。
「三枚」
「私も」
「儂はじゅ――いや、三枚で」
 枚数宣言。
「足して九枚ね……好いよ、まとめてかかってきな」
 もんぺのポケットからカードを一束。
 ほとんど同時に、三人が弾幕を展開してきた。
 早い。
 密度も上々。
 赤、青、黄。
 悔しいくらいに綺麗。
 文句なし。
 血がたぎる。
 身体にまとわりつく浮遊感を消して、一直線に落下。
 何発かカスったが無視。
 咲夜はすでに射角を修正している――さすが。
 湖面スレスレでターン、反転と同時にスペル発動。
 ――不死「火の鳥 ‐鳳翼天翔‐」
 すさまじい熱量、水蒸気で視界が歪んだ。
 火の鳥が弾幕を蹴散らす。
 上空で回避に切り替えている。誰かまでは見えない。
 第二射。
 水面を蹴って、フル・スロットル。
 視界をナイフが横切った。
 もう来たか。
 上昇と見せかけてループ。
 鼻先をナイフがかすめていく。
 札状の弾幕をまき散らして牽制。
 また逆さまになる。
 咲夜が、ハヤブサみたいに真上を通り過ぎていく。
 一瞬、目が合う。
 振り向きざまに、もう一発。
 フェニックスがメイドを追いかけるが――ここは無視。
 すぐさま上昇。
 ウサギとタヌキはどこへ?
 首を左右にぶん回す。
 いた、後方右。
 紅色の弾列にもたついている。
 包囲は脱したか。
 鈴仙が一枚目を発動しているが、遠すぎる。
 タヌキは様子見ってところ。
 向こうで咲夜が反転している。
 回避がほんとに鋭い。
 向かってくる鈴仙の弾幕をいなす。
 ほら、この距離じゃ幻視も役に立たない。
 まるで威力がなかった。
 ――畳み掛けるか。
 右腕は、なんとか動く。
 さらに二枚カードを切る。
 反則かもしれない。
 なんて頭をよぎって。
 三対一なんだから、と言い訳。
 ――不死「徐福時空」
 ――滅罪「正直者の死」
 射出ポイントから大量の弾幕。
 卍のカーテンを鈴仙の正面に。
 米粒弾のシャワーをタヌキの周囲に。
 その間に態勢を整える。
 前後から弾幕。瞬間、鈴仙の全身が光った。
 喰らいボムか。狙いどおり。
 ぜんぜん遠い。
 タヌキは?
 はったりレーザー。
 正直に避けようとしてピチュっている。
 ワロス。
 足止めくらいにはなるか。
 ウサギの二枚目を回避。
 風切り音。
 振り向く。
 ものすげえ数のナイフ。
 咲夜の一枚目か。
 バンクに入って旋回、こっちに近づいてくる。
 上等じゃないか。
 思い切って下方へ飛び込む。
 すぐさま正面を向いて、投影面積を最小に。
 視界スレスレにナイフの大群。
 肝が冷える。
 息が止まる。
 殺人的な擦過音。
 半ロール、いっぱいの青空。
 頭を殴られたような遠心力。
 そう。
 ここだ。
 ここを狙ってくるはず。
 また垂直落下。
 必殺のナイフが、頭があった空間を突き破る。
 カウンターで札を展開。
 咲夜が回避に移った。
 動きにやや精彩が欠けている。
 いまので完全にキマったと思ったらしい。
 ナメてもらっちゃ困る。
 ピッチ・アップ。
 急加速。
 三日月みたいな弧を描く。
 咲夜がこっちに気づく。
 カードが陽に反射してきらめいた。
 二枚目だ。
 ――そうはさせるか。
 弾幕の中を突っ込む。
 咲夜の真っ赤な眼が見開いた。
 ナイフだ。
 左手にナイフが。
 銀色に輝いて――。
 血を噴き出した。
 腹に異物感。
 けど、痛みはない。
 咲夜の左手を握りしめる。
「あ、あなた――!?」
 耳元に叫び声。
 もう逃がさない。
「悪いね――お終いだよ!」
 ――蓬莱「凱風快晴 ‐フジヤマヴォルケイノ‐」
 火山噴火みたいな爆音。
 鼓膜が吹っ飛んだのがわかった。
 紅色の爆弾たちが炸裂したんだ。
 これも反則かもしれない。
 ゼロ距離でスペカを使うなんて――。
 血をしこたま吐き出す。
 耳がイカれた。
 一瞬。
 どっちが空で。
 どっちが湖なのかも分からなくなった。
 ボロボロになった咲夜が。
 堕ちていく。
 回転しながら。
「あっ――やばい!」
 日傘だ!
 日傘も。
 湖面へとすっ飛んでいく。
 まずい、見失う前になんとしても――!


□     □     □



「なによアンタ! 離して――離してってば!」
「駄目だって! 危ないよ!」
 チルノは見知らぬ犬耳妖怪に羽交い絞めにされていた。
 とんでもねぇ腹痛に悶絶していたところ、上から剣呑な話し声が降ってきたのである。なんとか身を起こしてみたら――。
 見覚えのある白髪が、風に揺れているのが見えた。真っ赤なもんぺのポケットに手を突っ込んでいる。見間違えようがない。竹林の妹紅だ。
 そのまま弾幕ごっこに突入してしまった。
 今だって数メートルと離れていないところに、流れ弾が迫撃弾のように飛来しては、どでけえ水しぶきを上げている。
 後ろの妖怪が身をすくませる。けれど、自分と同じくらいにちっこい両手は、腰をしっかりホールドして離れない。
「あいつにガツンと云ってやらなきゃ! 小傘を泣かしたのよ、黙ってらんないわ!」
 なにがあったのかは知らない。
 知らないけれど、小傘の目を潤ませた涙の粒だけは、知ってる。
 それで充分だ。それだけで、ぶん殴る理由としては充分だ。
 迫撃弾がまた一発、チルノは盛大に水をかぶった。
 あのヤロウ! もう許せない!
 全身に空色の炎が燃え上がった。真下の湖面が凍てついていく。あまたの妖精を蹴散らしてきた冷気。
 それでも、見知らぬ妖怪は離してくれない。正面に回り込んで両肩をつかんでくる。
「お願い、ここはマミゾウさんに任せてあげて――あ、ピチュってやんの」
 台無しである。
「とにかく――あれはダメ、絶対ダメ! 私たちじゃ、あんなの止めようがないよ!」
 そう云って、犬耳少女はくしゃみをこぼした。ヒスイの髪も、びしょ濡れのワンピースも、あったかい腕だって凍りついていた。
「あっ……ごめん。またやっちゃった」
 チルノは慌てて冷気をひっこめた。
「ん――」
 少女が微笑んでうなずいた。その時だった。
 ひときわ大きな爆音が、チルノの鼓膜をぶん殴る。飛来した熱波が湖面を巻き上げた。
 何事かと顔を上げたとたん、驚きに息が詰まる。
 上空。
 少女の頭の向こう。
 なにやら細長い物体が、凶悪な勢いで、まるでミサイルみたいに真っ直ぐ突っ込んでくる。
「危ないッ!!」
 無意識に叫んで少女を突き飛ばす。両腕を天へと振り上げる。
 ――「アイスバリア」
 猛烈な寒波にミサイルはたちまち氷結したが、それでも勢いは殺し切れない。
 チルノは身をサナギのように固くした。
 ――ズキッ
「はうっ!?」
 下っ腹が絶叫した。まさかの第二波である。
 思わず。ほんとに思わず。チルノは両手を握りしめてしまった。
 身体中で燃えたぎっていた冷気が、両腕を通して一斉に解き放たれていく。
 ミサイルが空中で木っ端微塵になった。氷の結晶が、お日さまの光に反射してきれい。
「咲夜さんっ!」
 犬耳が叫んだ。
 吸血鬼ンとこのメイド長までいたのか。真っ逆さまに水面へと吸い込まれていく。
 銀髪メイドが堕っこちたのに、チルノはその時、時が止まったのを感じた。


□     □     □



 柱時計の音が聞こえる。レミリアは頭を起こした。
「ん……咲夜、いま何時?」
 額に頬杖を立てて、サファイアの髪を揺らす。でっかい欠伸をする。
「……咲夜?」
 従者の声が聞こえてこない。寝起きのときにはいつも、小鳥の歌声みたいに囁いてくれるはずの、忠実なるメイドの声が。
 かすんだ視界を、ゆっくりと開いていく。
 ひび割れた円形のテーブル、骸をさらしたアップルパイ、湯気を立てる気力も失くしたアッサムティー。
 そっか――そっかそっか。また、ケンカしちゃったんだったか。
 両目をこする。涙の名残がまとわりつく。ナプキンでよだれの跡を拭き取る。
 柱時計がことりっと鳴きやんだ。もう、夕暮れか。カーテンに秋色の日差しが映り込んでいる。まるで、夢の残照を届けようとしているみたい。
 懐かしい夢だった。いつのことだったか、思い出せないくらいに。
 首から下げていたロケットを、爪で傷つけないように引っ張り出す。中から転がり出てきたのは、古ぼけた一枚のコイン。
 ほんとは写真とかをしまっておくための物なんだけど。でも、これで好いのだ。思い出を残したいって気持ちなら、同じだから。
「フランドール」
 たった一人の妹の名前を、呼んでみる。
 答えはない。
 呼びかけは、広間を飛び回っているうちに息絶える。
「フランドール……」
 あの子は、覚えているのだろうか。
 このコインをプレゼントしてくれた日のことを。
 ごめんなさいとか、話し合いましょうとか、そんな月並みな言葉を届けたいってわけじゃない。
 ただ、ただ――会いたいって思った。


「なによ――コレ」
 すわ殺人現場に居合わせてしまったんだろうか。
 レミリアは危うく卒倒してしまいそうになったが、血液パックの死骸を見つけてぐっと踏みとどまった。
「フラン? ぬえ?」
 円卓に残されるは蓬莱の玉の枝。こちらをあざ笑うかのように、七色の光を投げかけてくる。真っ二つに叩き折ってやりたい衝動に駆られたが、なんとか耐えてポケットに突っ込んだ。
「フランっ!」
 真っ赤なシーツを引っぺがし、真っ赤なベッドの下をのぞき、真っ赤なクローゼットを開け放った。血を目に入れて気まで滅入っちまったのは、生まれて初めての経験だった。
 それにしても、いない。フランが、どこにもいない。いてくれない。
 認めたくなんてない。認めたくないが、まさか――。
 レミリアはベッドに飛び乗ると、その勢いに任せてガラスを蹴破った。窓の桟に下っ腹を押し付けて、身を限界まで乗り出す。
 霧の湖。太陽のあくびに合わせるように、霧もおさまっている。
 その先に広がる信じらんねえ光景が、大口を開けてレミリアの理性を呑みこんだ。
「オー・マイ・ガアッ!!」
 レミリアはナイトキャップを投げ捨て、思わず十字を切っちまったあと、砲弾のごとく窓から飛び出した。



# 10th Step ~ the Crying Phoenix




 フランドールが目にした光景は、大火事に見舞われた湖畔の森。荒れ狂う火の鳥をぶっ放す妹紅の姿だった。
 弾幕ごっこの美しさもへったくれもない。命をまとめて灰に還さんとする業火が、湖を、森を、妹紅自身を包んでいく。
「……うそ」
 身体中から力が抜けた。ぬえが背中を支えてくれる。
「フラン、あの大バカを止めないと」
 なんだか分かんぬぇけど、最悪の事態になっちゃったみたい。
 そんなぬえの言葉が、フランドールの頭をミキサーみたいにかき混ぜた。
 ビールジョッキいっぱいに殺意が注ぎこまれた火炎弾が襲い掛かってくる。ぬえの羽に手を引っ張られる。頭の真横をかすめていく。その炎に、いつも妹紅がくれるあったかさなんて、どこにもなかった。
「もう、なんてこった! 今日はおったまげぇの大バーゲンだよ!」
 また火炎弾。ぬえの黒雲から雷がほとばしった。炎を打ち砕いていく。
 妹紅の眼が血走っている。両腕をぶん回して。わけの分からない雄叫びが耳をぶってくる。
「石頭を引っぱたいてやんないと、ありゃ止まりそうもないね――突っ込むよ! フラン、しっかりつかまって!」
 云われるまでもなかった。ぬえの他につかまれるものなんて、なにもなかった。
 姉にでもそうはすまいってくらい、必死にぬえの腰にしがみつく。素人細工みたいに歪な火の鳥が、目の前をひるがえる。思わず目をつむってしまう。
 ぬえの心臓の鼓動を感じた。黒雲から雷走る。ぬえに抱きつきながら、爆炎のなかをかいくぐる。
 眼球をグリルにされてしまいそうな熱波に、フランドールは目を開けることができなかった。爆ぜた炎の、耳を溶かさんとする爆音を、槍の風切り音が引き裂いていく。とどろく雷鳴。思い出したように鼻を突きあげる、黒ワンピースに染みついた血の臭い。
 ――なんで、なんでよ、妹紅。
 友だちの背に顔を押し付けて。紅白の想い人に声ならぬ声を落っことした。
 弾幕ごっこの楽しさを教えてくれたのは、妹紅なのに。壊すことのつまらなさを諭してくれたのも、妹紅なのに。幻想郷の空の高さを教えてくれようとしたのだって、妹紅なのに。
 なんで、なぜ、どうして。
「やばっ――!?」
 ぬえの声。爆音にかき消されてしまう。とんでもない衝撃にぶん殴られた。友だちの羽の感触が消えていく。
 髪の毛が燃えているんじゃないかってくらいに熱い。火炎弾が、すぐそばの空気を食い尽くしていくのが分かる。
 限界だった。フランドールは目を開けた。
 ぬえが、力なく堕ちていく。
 左半身が黒焦げになっている。
 口が、口がわずかに開いて。声を出そうとしていて。
 ――フラン。
 そう。
 そう聞こえた。
「ぬえ! ――ぁつッ!?」
 羽が燃え上がった。火炎のカーテンが頭上を食い破っていく。
 妹紅は止まらない。あと少しだった。声まで聞こえる。
 ちくしょう、ちくしょう、チクショウって、世界のぜんぶを呪い殺してやるみたいに。
「やめて! もう、やめてよ!」
 フランドールはカーテンを突き破り、悲鳴をあげる身体を無視して紅白の想い人に突っ込んだ。
 力いっぱいに胸を叩く。この痛みがぜんぶ、妹紅の心臓へと届いてくれれば。
 やめて、と叫びながら、なんどもなんども拳をふるう。その度に、胸が錐を打ち込まれたみたいに痛んだ。
 わたし、いま燃えているんだなって、妹紅の炎に包まれながら考える。それだって痛いだけだった。でも、胸の方はもっと苦しかった。
 姉に叱られて頬を張られたとき、「ぶってる私だって痛いのよ」なんて云ってたのは、たぶん、このことなんだ。
「――ふらん」
 火勢が弱まった。
「もこう?」
 顔を上げる。色を失った妹紅の顔が、真紅の瞳が、目の前にあった。
 フランドールはその頬をぶっ叩く。
「なんで――なんでこんなことしちゃったのよ!」
 姉の口上そのままだった。
 ほんとだ、こっちまで痛いや、なんて思う。
「約束はどうしちゃったのさ! わたし、あれからなにも壊してないのに! 妹紅が、妹紅が壊してどうすんのよ!」
 一言一言をぶん投げるたびに、フランドールは妹紅に往復ビンタを放った。
「見てよ――これ、妹紅がやったんだよ?」
 方々を指し示す。指先が震えた。
 地獄絵図に姿を変えた森。住み処を奪われ逃げまどう妖精たち。空は炎に燃やされ茜色で。火の鳥が耳をつんざく奇声をあげながら、湖面を駆け回っている。
 そこは、理想郷なんかじゃなかった。
 あの地下室よりもずっと独りぼっちで、あのロウソクよりもずっと薄暗く感じてしまう、そんな世界。
「妹紅は――妹紅は私に、こんなのを見せたかったの?」
 答えてよ。
 やっと、こっちに向けてくれた顔。
 でも、すぐにマシュマロみたいに真っ白い、やわらかい両手に覆われてしまう。
「……ごめん、ごめんフラン。約束――守れなかった」
 泣いていた。
 妹紅が、泣いている。
 初めて見た。
 顔なんて見なくたって、よくわかる。
 だって――自分と泣き方が、そっくりだから。
 聞かれたくないのに漏れてしまう嗚咽と、見られたくないのに震えてしまう身体と――なによりも、自分のことを知ってほしいのか、それとも知らないままでいてほしいのかも分からないくらい、ぐちゃぐちゃに壊れてしまった心と。
 こんなにも、こんなにもつながっていたいと思っていても。
 たったひとつの不器用が、紅い糸を断ち切って灰にしてしまう。
 そんなことを。
 そんなことを、何百年も繰り返してきた二人だった。
「日傘、ダメだったんだね」
「……ごめん」
「いいの、もういいの。もう、いいんだよ」
 それよりもさ――。
 言葉は。
 けれど。
 続かなかった。
 緋色の閃光が。
 視界を焼き尽くした。
 ――神槍「スピア・ザ・グングニル」
 妹紅の胸に。
 フランドールの頭よりも大きな穴が。
「……貴方を招き入れた私がバカだった。残念だ、本当に残念だよ――藤原妹紅」


□     □     □



 麦焼酎を一杯ひっかけご機嫌で神社に戻った霊夢は、質草とアップルパイが消えたちゃぶ台を目にしたとたんに引っくり返った。
「は――へ、あえ、ほろ、あれぇっ!?」
 なんとか一升瓶は割らずに済んだが、代わりに腰が砕けてしまった。
 縁側を芋虫のように這いのぼり、なんとか座敷までたどり着いた。だが、土足で踏み荒らされた畳を一目見て力尽きた。
 って――寝てるわけにはいかねえ。
 気力を奮い立たせて、ちゃぶ台にもたれかかった。どの異変でも振り絞ったことのない気迫である。そこで初めて、ちゃぶ台の下で寝転がっている化け傘を発見する。全身を丸めてぐっすりと、まるで子猫だ。
「ちょっと、あんた! いったい全体なにがあったの!?」
 肩をひっつかんだが起きない。首を絞めて前後へメリーゴーランドさせても起きない。頬っぺたを往復ビンタしても起きない。
 仕方ないので、急所を一撃してやろうかと退魔針を引っ張り出す。とたん、とんでもねぇ不吉な予感がしたらしい化け傘が飛び起きた。
「殺す気か!?」
「殺す気よ!」
「マジでっ!?」
「じゃなかった。なんでゲタのまんま上がり込んでんのよ!?」
「え――ダメだったの?」
「ちがうちがう! そうじゃなくて、なんでこんなとこにいるわけ!?」
 それを聞いた小傘の瞳に、大粒の涙がほとばしった。
「――ふぇぇぇんっ! あなたこそ、どこに行ってたのよぉ!」
「ちょっとちょっと! 苦しいから止めて、止めてってば!」
 抱きつかれた、押し倒された、のしかかってきた。
 ろくに住み処を持たない妖怪のくせに、マミゾウのやつとは違って夏草の香りがする。
 泣き止んでくれるまで、背中をさすってやることしか出来なかった。


「だいたいの状況はわかったわ」
 ぶっちゃけると、ほとんど分からなかった。とりあえずそう答えるしかなかった。
 早い話、妹紅のやつが持っていった金が、回りまわってもんのすげえややこしいことになったらしい。金は天下の回りものとはよく云ったもんだが、ここまで派手に引っ掻き回しやがったとなると考えものである。
 霊夢は小傘を連れて境内へと降り立った。麦焼酎の一升瓶まで持っていた。
 神社を囲った雑木林の遥か向こう、黒煙が活火山みたいに立ち昇っているのが見える。
「どうしよう、こんなに遅れたんじゃ謝ったって許してもらえないよ……」
 小傘が身を寄せてくる。正直いって鬱陶しい。
「土下座でもすりゃ、咲夜だって許してくれんじゃないの?」
「駄目だよ。わたし、トマトジュースにされちゃう」
「ひっでぇなオイ」
 まぁ、咲夜ならやりかねないけど。
「こうなっちまったからには、もう面倒くさいとか云ってらんないわね――妹紅を探しましょう」
「場所、わかるの?」
 霊夢はうなずいた。あのハタ迷惑な煙。おのずと答えが出てしまう。
 咲夜まで関わっているとなると、紅魔館まで巻き込みやがったのか。これは、ぬえのやつと合流した方が好いかもしれない。
 そう結論して、霊夢はトレードマークの紅白リボンに手を触れた。風船みたいに膨らませた霊力を込めていく。
 ぬえの初任給代わりにプレゼントしてやった、同じ柄の紅白リボン。ただのリボンじゃない。霊力で接続してやることで、ぬえの居場所を知ることができるし、五感だってある程度なら共有することができる。式神の応用みたいなもんだ。万が一のトラブルのためと思って渡しておいたのだが、ようやく役に立つときがやってきた。
「……接続完りょ――ぁぐっ!?」
 霊夢は悲鳴をあげて身体を抱え、その場にうずくまった。
「やっ! どうしちゃったのよ!?」
 小傘が上からのしかかってきた。うざかった。
「……ぬえ?」
 いまのは、いまのはなに?
 右腕に走ったのは、骨を砕かれたみたいな激痛。そして、左肩から脇腹にかけての灼熱感、万本の針を突き立てられたみたいだ。でも、そんなことよりも、もっと強烈なラリアットをかましてきたのは――風呂桶いっぱいになみなみと注がれたみたいな、濃厚な血の臭い。
 その出所は。
 霊夢は歯を食いしばって顔を上げた。空の向こう。黒煙の中心ちかく。ぬえは、そこにいる。
「嘘でしょ――?」
 空の色が消える。葉の色も消える。小傘の声まで消える。心臓の鼓動だけが、たったひとつのリアルだった。
 死ぬ、ということを心の底から意識して生きてきたわけじゃ、決してなかった。
 けれど、いつも一緒にいる少女の身に火の粉が降りかかったって知ってしまうと。
 それが、こんなにも熱いものだって知ってしまうと。
 たちまち。
 怖くなった。
「ぬえっ!」
 霊夢は暴れまわる心臓に、何もかもを任せて飛翔した。
 はるか霧の湖。もうはっきりと見えてしまった。あちこちから火の手が上がっている。紅く咲き乱れた命を、さらなる紅が覆い尽くしていく。
『ん、大事に使わせてもらってるよ』
 今朝がたの、ぬえの真っ赤な横顔。クセの直らない黒髪。リボンがよく似合っていたワンピース。霊夢の脳裏にフラッシュバックしては、雪の結晶みたいに消えていく。
 どんなに追いすがっても、まるですり抜けるみたいに、ぬえの声が、ルビーの瞳が、笑顔が――遠ざかっていく。
「ぬえ――ぬえ、ぬえっ!」
 自分の修行不足を、こんなに恨めしく思ったことなんてなかった。
 ひとりの妖怪少女に、一秒でも早く会いたいってだけなのに。
 それなのに。
 まだ。
 見えない。
 見えないよ。



# 11th Step ~ Some More Hug




 絶体絶命。
 そんな言葉が、響子の頭を駆け巡った。
 暇つぶしのつもりで付き合ってみた、それがこのざまである。まさか「ヤマビコの火の鳥焼き ~ シェフの気ちがいコース」にされちまうとは思いもよらなかった。
「後ろッ!」
 響子が大声を上げる。妖精がすぐさま反応して、即席の氷の膜を張った。火の鳥が甲高い鳴き声をあげて距離をとる。
「さっきのアレ、もう出来ないの!?」
「むー、あれ炎弾には効かないんだよ――はぅっ!」
 妖精がうずくまる。まだ腹痛が抜け切っていないらしい。
 そこを襲いかかろうとしたフェニックスを、響子は弾幕で弾き返した。
 火の粉に散々つつかれて、一張羅が穴だらけだ。お寺に帰ったら――帰れたら、誰かに繕ってもらわなきゃ。絶対にこんなところで死んでたまるか。ムラサ船長の顔が、閃光のように脳裏を駆け抜けていく。アップルパイを手渡してきたときの、照れくさそうなあの顔だ。キャプテンがいてくれれば、どれだけ安心できたことだろう。
「そこ!」
「わぁっ!?」
 背中を押された。怪鳥の金切り声。すぐ近くまで飛びかかってきていたらしい。
「このままじゃ、もたないよ!」
 妖精の悲鳴みたいな声。
「なんとか逃げないと――」
 水の中なら追ってこれないかもしれない。けど、時間稼ぎにしかなるまい。肝心なことには、響子はカナヅチだ。お山の妖怪に水泳はお呼びじゃなかった。
「とっておきを見せてやる!」
 妖精がポケットからスペルカードを抜く。
「なんだか知らないけど、やっちゃって!」
 光弾を飛ばしながら叫ぶ。
 けれど。
「あ、いや――これダメだわ」
 こっちを向いた妖精の顔が、氷のようにひび割れた。空色の瞳が揺れている。うっすら涙がたまっていて。
 なんだ――ここまできて他人の心配か! こんな妖精、初めて見た。
「焼き殺されるよりマシだよ! 構わないから、やっちゃって!」
「でもぉ――」
 鼓膜を突き破る奇声。
 また。
 今度は一斉に。
 防ぎようがなかった。
 ひっ、と息が止まる。
「――ごめんっ!!」
 妖精の叫び声。
 響子はかたく、かたく目をつむった。
「そこのけ! そこのけ! 唐傘のおなりであるぞ!!」
 ――驚雨「ゲリラ台風」
 ものすげえ狂風に、響子はたまらず吹っ飛ばされた。
 火の鳥の絶叫。雨風が粉みじんに切り裂いていく。
 目が回った。どんっと衝撃。誰かの腕に抱きとめられたんだと分かった。
「ほら、しっかり」
 ムラサ船長――じゃなかった。
「霊夢さん!」
 博麗の巫女だ。この風のなかを、まるで意に介さないように浮いている。なぜか片手に一升瓶を握っていた。
「小傘! そっちは?」
「だいじょーぶ!」
 お寺によく顔を見せる唐傘お化け、小傘だ。妖精を抱きかかえながら、ナス色の傘をぶん回している。
「ねぇ、ヤマビコ!」
 慌てて目を戻す。霊夢の顔が視界いっぱいに広がった。口元がひきつっている。とても切羽詰まっているみたいだ。
「あんたら三人で、森の消火のほう頼むわ。時間をかせぐだけでも好いから」
「りょ、了解しました!」
「頼むわよ」
 手を離されたので、響子は慌てて宙返りして浮き上がった。
 そうだ、これだけは伝えておかなければ――。
「霊夢さん、ごめんなさい! 頑張ったんだけど、お金はたぶん、もう取り返せない。日傘が壊れちゃって――」
「そんなこと、もうどうだって好いわ!」
 霊夢はすぐに反転して、湖の対岸へ向かってすっ飛んでいった。
 なんだろう、あんなに慌てて。お礼も云えてないのに。いや、今はそれよりも。
 響子は両頬を張って気持ちを入れ替えると、小傘たちの方へ向き直った。
「とにかく、あの火事を止めないと――」
 その先は、声にできなかった。
 小傘の顔が真っ白になっていた。
「日傘……こわ、れた? ――なんで、どういうこと?」
 冬空の雲に突っ込んだみたいに。
 髪の毛からつま先まで激しく震わせながら、小傘が舌をもつれさせる。
 壊れかけの、ゼンマイ人形みたいだった。


□     □     □



 やっぱり、霊夢みたいにはいかないや。ぼんやりとした心模様のなかで、そう思う。
 悔しい。すっげえ悔しい。私は、霊夢みたいにはなれないんだって思うと、傷痕が切なく痛んだ。
「ぬえっ、しっかりせい! 傷は浅いぞ――いや、めっさ深いが」
「マミゾウ……あんたまで、どうしちゃったのさ?」
 気づいたときには、旧友の腕の中だったんだ。
 相変わらずボロっちい丸眼鏡。奥の瞳がせわしなく動いている。
「どうしたもこうしたもあるかいっ! まったく、いつもいつも無茶しおってからに!」
「あはは、マミゾウ。しっぽ焦げてるよ」
「ほっとけバカたれ――おい、鈴仙! なんとかならんのか!?」
 そばに竹林のウサギまでいる。ほんと、どうなってんだろ。
「うぅ、今日は持ち合わせが少なくて……応急処置くらいしか」
 声が震えていた。なんだ、今のわたしってそんなにヤバいんだろうか。
 ガーゼとか包帯とか、丸石のうえに並べられている。そこで初めて、ここが湖の岸辺なんだって気づく。
 そうだ、湖――止めないと。
「フランは? 藤原は?」
 鈴仙が上空を睨みつける。私もならってみたんだけど、視界が紫色に霞んでいて、よく見えない。
「……いま、レミリアが来たわ。貴方が堕ちる前に、咲夜を預けたの。これで妹紅も年貢の納め時よ」
「それ儂のセリフ――」
「行かなきゃ」
 マミゾウの腕から這い出る。
「ストップ! 当たりどころが悪かったら、ほんとに死んでたのよ!」
 うん――だから、なんだってんだ。
 スペルカードは、まだ放棄していない。黒雲は一帯の空を覆い続けている。
 私は、まだゲームオーバーなんかしちゃいない。
「ぬえ、あとのことは儂らに任せろ。ゼニはきっちり取り立ててやる」
 そうじゃない。そんなんじゃない。そんなことをするつもりなんてないし、して欲しくもない。
 必要なのは、いつだって私の気持ちなんだって。
 そう、霊夢は教えてくれたんだから。
「ぬぅぇ……」
 うめき声が漏れて。視界が歪んだ。天地がひっくり返ったみたいな。
 そして――止まった。倒れ込みそうになった身体が、ふわりと浮かんだ。
「え、あれ――なんで?」
「ぬえっ!!」
 答えはすぐに、向こうから飛んできた。
 紅白のリボンが風に乗って。タンポポみたいに揺れている。
 真っ直ぐ真っ直ぐ、一直線に。こっちへ向かってくる、ひとりの少女。ひとりの、巫女。
 心臓がバンジージャンプした。
「……れいむ?」
 なんで、ここに。そう声を出す間もなく、霊夢が岸辺に降り立つ。
 私の姿を上から下まで睨みつけたとたん、蒼白になった顔に亀裂が走った。
 眉間にしわが集まって、すごいことになっている。ズカズカって歩み寄ってくる。
「霊夢、どうして……ぬえんっ!」
 引っぱたかれた。
「――このバカッ!!」
 ふわりって。
 巫女服の袖が、背中に回される。
 霊夢の頭が、私の頭の真横にある。
 霊夢の胸が、お腹が、太ももが――私とくっついている。

 ――ぎゅって、抱きつかれている。

「うそ」
 うっそぉ。
「……どんだけ心配したと思ってんのよ、バカぬえ」
「ちょ」
「ほんとに死んじゃったんじゃないかって」
「その」
「あんたがいなくなったら、お店だって続けられないのに!」
「れいむ」
「あんたがいなくなっちゃったら――わたし、どうすればいいってのよ!!」
 れいむ、れいむ、霊夢。
「……ごめん」
 それしか云えなかった。他になんにも言葉が浮かばなかった。頭の中が、まっしろ。
 霊夢の香りがする。血の臭いがどっかへ飛んでった。きれいな黒髪が、頬をくすぐっていく。
 私の背中と頭の後ろに、霊夢の手が。羽を撫でられて、声が漏れて。髪を撫でられて、心が溶けてった。
 もっと、もっと抱き合っていたい。私の正体が、ぜんぶ暴かれてしまうくらいに。霊夢と、ずっと抱き合っていたい。
 霊夢の温もりを、もっともっと感じていたいって思った。
 痛む腕をあげようとする。
 ――こほんっと咳払い。
「あー……お二人さん?」
 鈴仙が口元に手をあてている。顔がトマトみたいになっている。
 マミゾウはそっぽを向いて、トックリの酒をあおっていた。尻尾がハリネズミになっている。
「……なんなら、そのまま月までトんでっちゃう?」
『や、やだぁっ!?』
 私と霊夢は同時に叫んで、互いを突き飛ばすようにして離れた。


□     □     □



 レミリアはスペルカードをしまい、咲夜を抱えなおした。
「さぁて、どうしてくれようかしら」
 蓬莱人は動かなかった。虚ろな瞳を向けてくるばかりだ。そこに光はない。火のくすぶりさえもなかった。
「お姉様!」
 フランドールが飛んできた。服は焼け焦げ、血で洗濯されたみたいになっている。
 それでも、無事なんだ。吐き出した息が震えてしまう。
「フラン……好かった」
「私のことはいい! ――ねぇ、妹紅は悪くないの! 何か訳があるんだよ、話を聞いてあげて!」
 腕に力がこもった。気絶した咲夜の鼓動が伝わってくる。顔の筋肉が強張っていく。
「これはね、もう悪いとか悪くないの問題じゃないのよ」
 妹紅の肩が震えた。産まれたてのヒナ鳥みたいに。
「……注文した日傘は壊れた。咲夜はケガをした。おまけに森の大火事、ここは戦場じゃないのよ」
 フランドールの目先で手を振ってやる。ぶっ壊れた日傘の柄だ。咲夜と一緒に、鈴仙たちが拾ってくれたのだ。
 火事の方は、なんとか沈静化に向かっている。ヤマビコの妖怪が大声で避難指示を出している。いつも湖にいる氷精は、冷気のばらまきに忙しい。唐傘お化けらしい妖怪も手伝っている。なにがあったのかは知らんが、大泣きのヤケクソで傘を振り回していた。
「これじゃ元の姿を取り戻すまで、何十年もかかるでしょうね」
 フランドールの泣きそうな顔を見ながら。妹紅の壊れかかった顔を見ながら。
 レミリアは、続く言葉を呑みこんだ。
 私たちをつないでいた紅い糸も、あるいは、燃え尽きてしまったんだって。
「あのさ」
 妹紅が言葉をこぼした。胸にぽっかりとした穴が空いているから、声はひどく聞き取りにくい。
「今のはなし……その日傘、レミリアが注文してたってこと?」
「そう。咲夜に受け取りに行かせたんだけど、一足遅かったみたい」
「あぁぁ……」
 妹紅がため息を漏らした。いや、それはため息なんてもんじゃない。身体中の生気を丸ごと吐き出したみたいな、死の臭いにまみれた呼気だ。
「道理で、そうか……あぁぁ、おかしいって思った」
「次からは、オーダーメイドって言葉を覚えてから買い物をすることね」
 次なんて、もう、ないかもしれない。
「弁償……しなきゃ。咲夜のケガも――」
「その必要はない。私が望むことは、お前が去ること。そして、妹には二度と関わらないってこと」
 フランドールが腕を握ってくる。弱々しいのに、痛い。
「こんなのって、おかしいってば……ぜったい間違ってるよ」
「間違ってなんかないわ、フラン。いつもの運命のイタズラよ。私の大っ嫌いな、ね」
 いつだって、きっとこんなもんだったはずだ。ふっとしたことで、壊れてしまうものがある。そうやって自分たちは忘れられて、この世界にやってきたんだから。
 妹紅の胸の穴が塞がった。でも、瞳の光は戻らなかった。
「苦労をかけるね……レミリア、妹さんの面倒をみさせてくれて、ありがとう」
 頭を下げる蓬莱人。白髪がぱらりぱらりと、紙吹雪のように肩から舞い落ちた。
 レミリアは目を伏せる。咲夜の煤に汚れた横顔が映る。
「こちらこそ、フランが世話になった。おかげで、ちょっとは前に進めた気がするよ。でも――これ以上、お前に任せるわけにはいかない」
「悪かった」
 白髪が揺らいだ。
「――妹紅っ!」
 フランドールが追いかけようとする。その腕をつかむ。蓬莱人は、湖を渡って、焼け残った森の向こうに消えていった。その間、レミリアはずっと妹の腕を握っていた。ずっと、握りしめていた。
 これで好いんだって思う。
 これで好いはずなんだって思う。
 これが、いちばんに最善な答えだったって。
 そう思いたい。
 そう思えたら。
 そう思わないと。
「お姉様なんて――お姉様なんて、だいっきらい……」
 そう思わないと、妹の言葉に押しつぶされてしまいそうだったから。
 ――やっぱり私は、あのアップルパイみたいには、正直になんてなれない。
 フランドールが胸元に顔をうずめる。泣きながら、こぶしで両肩を叩いてくる。
 空を仰ぎながら、妹の泣き声を聞きながら、レミリアはほうっと息をついた。
 今だけは、今だけは太陽に照らされていたいなって、そんな想いを黒雲へと漂わす。
「さぁ、フラン。お家に帰りましょう――」



「――レミリア!!」



# Last Step ~ 1 Coin, 1 Chance




「――レミリア!!」
 空まで打ちあがりながら、私は叫んだ。妹紅がいない。行っちゃったみたいだ。
「――あぁ、あなたにも謝らなきゃ。悪かったわね、ぬえ。紅魔館が責任をもって、後始末はつけるから」
 吸血鬼は取り澄まして云う。けれど、私は知ってる。こっちに振り向く前の、子どもみたいに泣きそうなあんたの顔を、私は知ってるんだ。
「藤原は? どこへ行ったのさ」
「蓬莱人なら、向こうの方へ飛んでったわ」
 遅れて霊夢たちも上昇してきた。レミリアの顔が引きつる。
「れ、霊夢……」
「やっほ、レミリア。おかげ様で、アップルパイ食いそびれちゃったわ」
「いやいやいや、あんなところに放っといた霊夢が悪いんじゃない!」
「あー? 聞こえないわねぇ」
 吸血鬼が「うー」と唸って霊夢を睨みつける。
「あ、ぬえ……」
 フランが梅雨空みたいな顔を向けてくる。瞳の色が消えかかっていたから、私はウィンクしてやった。
「そっちの二人――咲夜を拾ってくれたわね。助かった、改めて礼を云うわ」
 マミゾウと鈴仙が顔を見合わせた。二人して肩をすくめる。えらい仲好くなったな、こいつら。
「そうだ、竹林のウサギ。これは返す。ちょっと血がついてるけど、傷はつけてないから安心して」
 レミリアがポケットから蓬莱の枝を取り出す。放られた枝を、鈴仙が慌ててキャッチする。
「あなたは?」
 マミゾウが口の端を曲げた。
「なになに、ちょっとした野暮用じゃて。気にせんでおくれ」
「そう、ならいいけど」
 レミリアが背を向ける。漆黒の翼が風にはためいた。
「――逃げないでよ、レミリア」
 私は云った。フランがはっと顔を上げる。霊夢も、マミゾウも、鈴仙も、こっちを見ている。
 レミリアの背中は、冷たいままだった。
「……逃げる? 帰るの間違いじゃないかしら?」
 心臓だって凍らせそうな妖気が、辺りにばらまかれ始めた。
 髪の毛が逆立つのを感じる。
 それでも。
「いいや、逃げてるよ。逃げてる。いつまでも地下室に閉じこもってるのは、レミリアの方だよ」
「この私がっ――何から逃げてるって云うのよ」
「自分自身……レミリアは、レミリアから逃げたくてたまらないんだ。でも、自分に鍵なんか掛けられないんだよ」
「分かったような口ぶりねぇ」
 レミリアの肩から、緋色の煙が漂いはじめた。フランが身を遠ざけようとする。姉の腕がそれを許さない。
「いや、別に――分かんぬぇよ。あんたら姉妹のことなんて」
 どんな場所で産まれたのか。
 どんな生涯を過ごしてきたのか。
 どんな気持ちで、幻想郷までやってきたのか。
 そんなの、私は知らない。
 知る必要なんか、ないんだ。
 そんなことしなくたって、生きていける。つながっていける。
 肩に置かれた霊夢の手の温もりを、心の中で、ぎゅっと抱きしめる。
「知らないからこそ、分かることだってあるんだよ、レミリア。これは――私からのお願いなの。昔のお話なんか関係ない」
 両手をお腹に重ねて。
 息をいっぱいに吸い込んで。
 私は、頭を下げた。
「お願い、レミリア! フランを――フランを幸せにしてあげて!!」
 早口にならないように、けれど萎んでしまわぬように。
「フランは、もう立派な一人の妖怪で、立派な吸血鬼で――レミリアの、たった一人の妹じゃないか!」
 傷が騒ぐ。すっげぇ痛い。
 その痛みを切り裂くみたいに、声を乗せていく。
「……逃げる必要なんてない。肩肘はる必要なんてないんだよ。悲しくなったら泣いて、嬉しくなったら笑えばいい。一歩だけ、踏み出すだけでいいから。それだけで――この世界は、受け入れてくれるはずだよ」
 そこまで云い切って、私は胸を押さえた。
 届いただろうか。
 届けばいい。
 秋の優しい風に乗って。
 真っ暗な洞窟を飛び抜けて。
 レミリアの胸にまで。
 届けばいい。
「その結末が」
 レミリアが振り向いていた。歯をくしばって、真っ赤な気持ちをこらえている。
「――その結末が、これなのよ。今さら……」
 今さら。
 ……私だって、今まで何万回もこの言葉に、打ちのめされてきた。
 その度に、手を差し伸べてくれる人がいたのだとしたら。
 次に差し伸べるのは、たぶん、私のほうだ。
「それは違うよ、レミリア」
 言葉を切って、集まった顔ぶれを見渡す。
 レミリア、フラン、咲夜、マミゾウ、鈴仙、霊夢。
「きっと、ここにいる誰もが、そばにいる誰かのために、駆け回ったってだけなんだよ。それが、こんなことになったのは残念だけど」
 もつれあった糸だって、いつかは解けていく。
「今からだって、間に合うよ――やり直せる」
 フランが、レミリアの腕を抱きしめた。
「お姉様」
 風は吹き続ける。金髪がなびく。空色の髪も、また。
 レミリアが目を伏せて、ふわりと笑った。
「なんて、なんてクサい言葉なのかしら」
「ぬっ、いいじゃん。ほっといてよ」
 自覚があったぶん、すげぇ恥ずかしい。
「――私からも、お願いするわ」
『えっ!』
 その場の全員が唱和した。霊夢のリボンが跳ねたのだ。あの霊夢が、頭を下げている。
 吸血鬼の顔が、また引きつった。
「れ、霊夢まで……ちょっとちょっと」
「これ以上の乱痴気はごめんだわ。好いじゃない、たかが外で遊ぶくらいでしょうに」
「たかがって――」
「なんかあったら、私が妹さんに説教かましてやるわよ。それとねぇ――」
 肩に置かれた手に力がこもった。痛ぇ。
「そもそも、あんたが蓬莱の枝を持ってったせいでややこしくなったんじゃないの」
「あぅ……」
 レミリアが縮んだ。事態をややこしくしたのは、むしろ霊夢の方なんだろうけど、そこら辺は誰も突っ込まなかった。
「あと、うちのぬえの右腕。へし折ったのもあんたって聞いたけど?」
「あぅぅ……」
 コウモリの羽がしぼんでいく。威厳もへったくれもなかった。
 レミリアはしばらくの間、フランと霊夢の顔を交互に見比べた。涙目で。そして、息を吸い込んで。
「……ねぇ、フラン?」
「うん」
「あなたの気持ちを、聞かせて?」
「私は――」
 フランが姉の瞳を捉えた。真紅の視線が混じりあう。
「私は、お姉様に嫌われたくない。でも、やっぱり――妹紅と遊びたい」
「――そう」
「さっきのは……ごめんなさい」
「うん、いいの」
 レミリアの身体から、妖気が消えていった。黒雲に吸い込まれて見えなくなる。
 また、風が吹いた。優しく頬をなでていった。みんなの味方を、してくれているみたいだ。
「そうね、なら……こうしましょう」
 そう云ってレミリアが胸元から取り出したのは、ルビーの眩しいロケットだった。中から転がり出てきたのは、古ぼけた一枚のコイン。
「お姉様、それ……!」
 フランの声。震えがこちらにまで伝わってくる。
「――"運命"を天に任せるってことで、どうかしら?」
 コイントスだ。
「裏が出れば、あの蓬莱人とは二度と付き合わない。表が出れば――すべて上手くいくわ」
 たぶん、私だけじゃない。みんな顔のニヤつきを抑えられなかったと思う。
 だって、これ、もう、ほんと。
 ――素直じゃないんだから。
「一件落着ね。じゃ、先に行ってるわ」
 後ろから声が聞こえる。手の感触が消えていく。
「まったく、霊夢ったら――さぁ、いくわよ」
 ぴぃーん、と。
 運命のコインが。
 ヒバリのように。
 空へと、羽ばたいた。


□     □     □



「なーに丸くなってんだか」
 そう云いながら、霊夢は陰陽玉で妹紅の左腕を吹っ飛ばした。川原に模様を描いていく鮮血。突然のことで、蓬莱人が盛大にひっくり返る。
「なにすんのよッ!!」
 半泣きになっている。霊夢は今の今まで持っていた麦焼酎を、丸石のうえに置いた。妹紅の隣に腰かけて、川のせせらぎに耳を澄ませる。
「今のは、うちの従業員のぶんよ。派手に暴れたそうじゃない」
「……天下の博麗の巫女さんが、妖怪の報復に人間を傷つけるっての?」
「あんたは半分、人間じゃないから好いのよ」
 言葉をぶっ刺してやった。たちまち、こっちを睨みつける眼が沈んだ。
「あはは……そうなんだよね、いっつもこう。人間にもなりきれないし、妖怪にもなりきれない」
 妹紅が膝を丸める。白髪が石のうえに横たわる。
「私って、なんなんだろ」
 霊夢は答えなかった。一升瓶の蓋を空け、三十五度の焼酎をラッパ呑みした。妹紅がじっと見つめてくる。右腕が早くもリザレクションを始めていた。
「――くっはぁー! このために生きてんなぁ!」
「はぁ!? なんだよ、からかいに来たっての!?」
「他人の不幸も、たまには好い肴になるってもんよ」
「むきー!!」
 妹紅が腕を振り回しながら襲い掛かってきたので、霊夢はすかさず一升瓶を振りかぶった。あまりの早業にノックアウトされた蓬莱人は、もんどり打って川底に沈んだ。
「……霊夢ってさ、本当に人間なの?」
 ずぶ濡れ蓬莱人が浮かんできた。頭に水草が引っかかっている。
「紛うことなき人間よ。あんたと違って、ちゃんと死ぬことができる」
「やめたくならないの、人間?」
「別に」
「死ぬんだよ?」
「だから?」
 妹紅がへらへらと笑った。
「わたしは、死にたい」
「そう」
「しにたい。しなない。しねない――もうヤダ、もうヤダよ……」
 笑いながら、妹紅は泣いていた。
 髪から水滴が伝って、涙と混じりあって、いろんな気持ちを溶かしこんでいった。
 ひくって漏れていく嗚咽だけが、混じりけのない妹紅の悲鳴だった。
「ねぇ、霊夢――殺してよ」
「断る」
「ころして」
「出来ないもんは出来ないわ」
 霊夢は川へと足を沈めた。一升瓶を握って。妹紅に近づいていく。殺して、殺してと、繰り返す蓬莱人へと。
 そして、子どもみたいに泣きじゃくる妹紅の口に、一升瓶を突っ込んだ。
「むぐぅっ!?」
「たあんと呑みなさい。お金は取らないわ。同じ紅白のよしみで」
 暴れる妹紅に、博麗印の麦焼酎を注ぎ込んでいく。濡れた身体がひっつき合う。
「……聞いて」
 妹紅の背中を支えながら、霊夢は呟いた。
「私さ、今朝の取り引き。まだ証文をつくってないのよ」
「むぐぐ?」
「だから、私とあんたとの契約は――初めから無効だったってわけ」
 浴びるほど流し込んだところで、妹紅を解放してやる。顔がイチゴみたいに真っ赤っか。
「にゃ、なにそれ?」
「云ったまんまの意味――ねぇ、それ美味しかった?」
「味なんて、ぜんぜん分からなかったし」
「そう。酔えば酔うほどに、好い夢が見られるわ」
「夢?」
「えぇ、例えば――」
 妹紅の首に手を添えてやる。ゆっくりと、空の向こうへと。息を呑む音が聞こえた。
「例えば、仲直りの夢とか」
 黒煙のなかから、七色の光が現れる。こっちへと、まっすぐ飛んでくる。
「……どうして」
「なるようになるもんよ――さ、行ってやりなさいな」
「や、でも、これ夢でしょ?」
「たった今、正夢になったのよ」
「でも、でも――」
 まどろっこしいなぁ、と霊夢は笑った。
「それでいいの? 吸血鬼は、流れる水を渡れないのよ」
 七色の羽が傾いた。バランスを崩して、堕ちていく。妹紅の眼が見開かれる。
「ふ――フランッ!!」
 火の鳥、再誕。
 なんてね、と霊夢は焼酎を呑みながら、妹紅のあとを追った。
 火の鳥が猛スピードでぶっ飛んでいく。炎の羽をまき散らしながら。
 霊夢はダンスでも踊るみたいに、羽をかわしながら、酒を楽しんだ。
 そして。
 水面スレスレで。
 妹紅はフランドールを、受け止めた。
「おい、フランっ! 水はダメだって教えただろっ!?」
「えへへ……ナイスキャッチだよ、妹紅」
「――――っ!!」
 それ以上は、言葉にならなかったみたいだ。
 妹紅はフランドールを力いっぱいに抱きしめながら、声を上げて、また泣いた。
 千年分の涙は、きっと、この川よりも水をたたえていることだろう。
 もしも受け損なったら――そう考えて御札を構えていたのだが、どうやら大丈夫。
 霊夢は笑いながら二人を見守った。なんでこんなに笑いたくなるのかは、ちょっと分からないけど。
「あったかい……妹紅、大好き」
 妹紅の胸に顔をうずめるフランドール。七色の羽が、嬉しげに揺れては、愛おしげに跳ねて。
 でもって。
 もう一人、奇天烈な羽をもった妖怪が、霊夢の隣に寄り添った。
「お疲れさま――霊夢」
「えぇ、お疲れさん――ぬえ」



# Epilogue ~ 明日はもっと、晴れれば好い。




「はい、王手っ」
「あっ、やりやがったな!」
 なんだなんだ。
 神社の境内に降り立った、私の視界に飛びこんできたもの。
 霊夢と妹紅。紅白の少女二人。将棋盤を挟んで向かい合っている。
「やっぱり、藤原でも敵わないかぁ」
「いや、おかしいでしょ? これでも私、ここ何百年かは負けなしだったのに!」
「修行が足りんわ」
「ぐうたら巫女に云われたくないわよ!」
「んだとコラぁ!」
 取っ組み合いに発展しそうな雰囲気だ。私はケラケラ笑いながら、二人の間に割り込んだ。
「あのさ、もう来るってさ」
 それを聞いた藤原が、慌てふためきながらリボンの位置を直し始める。霊夢が腹を抱えて笑い、朝食の残りらしいシラスをつまんだ。
「今さら身だしなみ整えたって、大して変わんないわよ」
「ほっといてください」
 日傘を横取りした挙句に壊しちゃったこと。そして、森を炎上させて景観を大いに損ねたかどで、藤原は紅魔館その他に多額の負債を背負っちまっている。もちろん、博麗屋にも永遠亭にも。その合計額は聞かされてはいないけれど、少なくとも、藤原がこの先の人生で退屈することなんて、当分の間はなくなっちゃうくらいの数字なんだろう。あちこちに頭を下げてまわる生活が続きそうだ。
 ドンマイ、藤原。
「あ――来た」
「なんだって!?」
 霊夢につられて、私も藤原も鳥居のほうを振り返った。
 まず、見えたのは。
 コテコテに装飾された、なんとも可愛らしい日傘だ。そして、手をつないだ吸血鬼の姉妹が石段を登ってくる。
 レミリアはいつもの桃色、袖口を紅いリボンで結んだ衣服を着ている。フランのほうは――。
「ぶっ!?」
 霊夢がシラスを噴いた。きったぬぇよ、まったく。藤原の方は口をあんぐりと開けて放心していやがる。
 ま、仕方ないか。私も、さっき見たときはおったまげたんだから。
 フランの浴衣姿ってやつは。
「ごきげんよう、藤原妹紅」
 賽銭箱の前までやってくると、レミリアはナイトキャップを脱いで目礼した。
「こんにちは、妹紅!」
「へ、へい――ごきげんやす」
「どこの江戸っ子よ」
「ねぇ、妹紅……どう? これ、似合う?」
 蓬莱人は無言で何度もうなずいた。首が千切れそうなくらいに。
「そっかぁ、ありがと」
 フランが照れたように笑って、浴衣を見せびらかす。
 紅梅を染め色に、桃色の朝顔や、藍色の喋々が踊っている。ナイトキャップの代わりに、真っ赤なバラの髪飾りが咲いていた。
 夕日をバックに、くるくると回るフランの影。境内に線を引いて、藤原の足元まで伸びていた。日傘からはみ出ようとするフランを、レミリアが慌てて追いかける。
 藤原がこっちの世界に戻ってこない。私と霊夢はうなずき合うと、いっしょになって背中を蹴った。当然のごとく、縁側から転げ落ちる。
「――お前ら、オモテ出ろ!」
 蓬莱人がわめく。
「もう始まってんじゃないの? さっさと行きなさいよ」
「フランを待たすんじゃぬぇーぞー」
 吸血鬼の姉妹も笑っていた。怒ってるのは藤原だけ。
 目じりを拭って、レミリアが日傘を差しだした。
「それじゃ――あとはよろしく、妹紅」
「ったく……はいよ、任せてちょうだいな」
 フランが藤原の腕に抱きついた。
「いってくるね、お姉様!」
「えぇ、楽しんでらっしゃい、フラン」
 手をつなぐ藤原とフラン。何気ないことなんだけど、これだってたぶん、ようやく手に入れた――手のひら一杯ぶんの温もり。
「あっ、そうだ――霊夢」
「なによ」
「返済のことなんだけど」
 あぁ、と霊夢はシラスを口に放り込んだ。
「タケノコでも炭でも何でも好いから、また持ってきなさいな」
 にっと笑う。
「――ありがとうございました。またのご利用をお待ちしております」
 二度とごめんだ、なんて顔をして、藤原はフランを連れて飛び立つ。
 ふと、こちらを振り返ったフランに、私は手を振ってやる。ありがとうって、唇が動いたから、どういたしましてって、言葉を紡いだんだ。
「いやぁ、疲れた疲れた。フランったら、ずーっとはしゃぎ通しでさぁ」
 レミリアがごろんと横になる。ちゃっかり霊夢に膝枕されていやがる。
「そういや、咲夜は?」
 ケガ、大丈夫なんだろうか。
「ああ、なんかそわそわしてたからね。今日だけ休暇を与えたの」
「めっずらしいぬぇ」
「従者の頼みを聞いてやるのも、主の役目よ」
 霊夢がどうだか、と笑ってレミリアの口にシラスを放り込む。餌付けかよ。
「……というか、飛んでくれば好かったのに。わざわざ石段を登ってくるなんて、物好きな」
「それでも好かったんだけどねぇ――」
 レミリアが満足げな笑みを浮かべた。
「――せっかくだから、ふたりで歩きたいじゃない」


□     □     □



「こ~みょ~へん~じょ~」
 ヤマビコの響子が唱えるお経を、小傘は黙祷を捧げながら耳に刻んでいた。その隣では、氷の妖精のチルノが、目をつむって合掌している。
 騒動から丸一日。最速の消火トリオとして活躍した三人は、命蓮寺の墓地に集合していた。喪主は小傘、坊主は響子、チルノはなぜか納棺師の役どころであった。
「じっぽ~せ~かい~」
 響子のお経に合わせて、二人は唱和する。
 野辺の煙。そこらの枯れ草をまとめて焼いて、それっぽい雰囲気を演出している。煙たいだけであった。
 チルノが、目をこちらに向けてくる。小傘は無理に微笑んでみせて、首を振った。
 あなたのせいじゃないから、気に病まないで。
 ――私が、ちゃんと正しい人に渡していれば、こんなことには。
「ねん~ぶつ~しょ~じょ~」
 お経は続く。それが正しい格式にのっとっているかなんて、小傘にはどうでも好かった。ただ、弔うことができるなら、それで好かった。
 あの日傘。見つかったのは、柄の部分だけ。あとは氷の欠片となって、湖に沈んでしまった。
 柄を差し出してきた吸血鬼の、ばつの悪そうな表情は、しばらくは忘れられそうになかった。
 壊れてしまった道具には、誰も見向きなんてしないんだ。
 うらめしや、うらめしや、うらめしや。
「う~ら~め~し~やぁ~……」
 たまらず声が漏れてしまう。驚いた響子がお経を中断する。でも、小傘のお腹は満たされなかった。なにも食べたくなかった。
 だれを恨めば好いのか。だれも恨めるはずがなかった。みんな、いっぱい傷ついて、みんな、少しずつ幸せになったみたいだから。
「小傘ちゃん」
 響子が肩に手を置いてくれた。チルノも、恐る恐ると。夕日で照らされ、長く伸びた三人の影が重なった。
 ありがたい、と思う。ちんまりとした墓石。事情をすべて話したら、寺の住職さんが無償で建ててくれたのだ。
 供えた花束を眺めながら、想いを夕日に溶かす。
 もっと、役に立ちたかったことだろう。
 もっと、触れ合いたかったことだろう。
 もっと――生きたかったことだろう。
 それが叶わなかったことが、ただただ、うらめしいのだ。
「うらめしやぁ……」
 泣いちゃいけないって思う。散々に泣いたじゃないかって思う。
 それでも、雨雲は絶えることなく天を駆け抜け。花は咲いては、また枯れ続ける。
 お別れを云うのが、あまりに早かったってだけなのに。
 それだけで、ほら――私の空は、こんなに雨模様。
 もうすぐ、寒い寒い冬がやってくるというのに……。
「――よいしょっと」
 小傘は立ち上がった。ナス色の傘を広げて、もう一度だけ、手を合わせた。
「なむあみだぶつ、なむあみだぶつ」
 響子がお経を唱え終えた。三人は、はるか真っ赤な夕焼けの前に立ち尽くした。
「明日、晴れるかなぁ」
 チルノが呟く。
「晴れたら好いね」
 小傘はうなずいた。
「そん時は、いっしょに遊ぼうよ。帰りにさ、お墓参りしよ」
 響子が引き継ぐ。
 ……うん、晴れれば好い。
 昨日よりも、そして今日よりも、明日の自分の天気は、もっと晴れれば好い。
 晴れ渡っていて欲しい。
 野辺の煙のような、このむせぶ気持ちだけは、残したままで。
「あ、そうだ!」
 ヤマビコが明るく云った。
「これ見てよ。紅魔館のメイド長さんから、お詫びの印にって!」
 取り出したるは、真っ赤な液体の入ったミルクボトルである。
「なにこれ?」
「さでずむ?」
「トマトジュース!」
 ものすげえ嫌な予感がする。小傘はボトルを取り上げた。蓋をひん剥いて、においをかぐ。
「……あれ?」
 血、じゃない。
「これ、トマトじゃなくてワインだよ?」
 ボトルから顔をあげて、チルノが云う。
「な、なんと!」
「墓前で告別式を開けとな!?」
 二人してボトルを見つめた。ちょうど三本。そこまで考えて用意してくれたのだ。
 もう迷いはなかった。三人はその場で胡坐をかいた。
「こほんこほんっ――えー、それでは故人様を偲びまして……」
 響子の声を聞きながら、チルノの顔を見ながら、小傘は思う。
 これからも、辛いことはたくさん起こるだろうって。ひもじいことだって、たくさん降り積もるだろうって。
 だから、この赤ワインがつないでくれた縁は、忘れないでおこうって。
『――かんぱいっ!』


□     □     □



「……なんじゃい、おぬしら。こんな夜更けに」
 日が沈んでから、マミゾウは命蓮寺を辞した。そこで、イヌとウサギの待ち伏せに遭遇した。
「あら、ご挨拶ね」
「せっかく見送りにきてあげたのに」
 ひっそりと出ていくつもりが、馬のはなむけをもらい受ける羽目になっちまったようだ。咲夜と鈴仙が腕組みをして立っている。この寒い中、参道の前で待っていてくれたらしい。
 結局、妹紅が借りた金は取り返せなかった。仕方なく博麗の巫女に頼み込んだら、里帰りはあっさりと実現の運びになった。巫女は多くを語らなかったが、あの時、撃墜されたぬえを助けたのはマミゾウだった。そこん辺りの事情を考慮してくれたのやもしらん。
 マミゾウは頭を掻いて、正門を後ろ手に閉めた。
「あー……そっちはどうじゃ? 片付いたのかい、いろいろと」
 いろいろと、という言葉の響きに、三人はそろって苦笑した。
「えぇ、なんとか丸くおさまったわ。テーブルの新調と、ステンドグラスの修繕と、客室の全面リフォームくらいかしら」
 こんな業務のラインアップを"くらい"で済ましちまうあたり、この人間はただもんじゃねぇ、とマミゾウは思った。
「こっちも上々。蓬莱の枝は戻ったし、妹紅の方から『仕事をくれ、いやください』なんて云ってくるし。姫様も大喜びよ」
 鈴仙がガッツポーズをキメた。で、腰から下げていた包みを解いて、タッパーを取り出す。
「迷惑かけたお詫びだってさ。餞別に持っていくといいわ」
 タケノコの味噌漬けであった。腹立ち紛れにかっぱらっちまったことを思い出して、マミゾウは心の中で妹紅に謝った。
「これはこれは、すまんのう。駅弁のおかずにでもしようか」
 帰省中の電車内、なんとも云えない気持ちを誤魔化すには、ちょうど好い一品であった。
 ……弁当をかっ食らうとき、車窓を流れる風景を眺めながら、目の前の二人のことを思い出すんだろうなぁ。
 そう思うと、マミゾウはいても立ってもいられなくなる。二人にずいっと近づいて、両腕を広げて抱きしめてやった。
『ちょ、なにすんの――!?』
 またも、ハモった。本当は仲好いんじゃないのか、コイツら。
「……正直な、不安だったんじゃ」
『あー?』
 二人を抱きしめたまんま、首だけを動かす。紅葉の舞に見初められた、命蓮寺が映り込む。
「ここでは、儂はあくまでも客人じゃ。ひょんな縁筋から呼ばれて、やれ人妖の均衡だの、やれ聖人との対決だの、みこしに担ぎ上げられてなぁ」
 おずおず、といった調子で、二人の腕が背中に回される。
「儂は、そんなご大層な侠客じゃないしの。おまけに、旧友のやつは博麗の巫女さんにご執心のようじゃし。どれだけ美しい原風景を見ても、それを分かち合う酒の友がいないってのは……」
 なにを――なにを云っておるんじゃろうか、儂は。
 こんな気持ちになったのは、ずいぶん久しぶりのことだった。
「ちょっと、の」
 マミゾウは身体を離した。下駄の音が、からんっと転がる。
「ありがとうな。月並みな言葉じゃが――おぬしらに逢えて、好かったぞい」
 咲夜と鈴仙が顔をそらす。で、お互いの顔にばったり出くわして、はっと反対側へ首を巡らせた。
「その……佐渡がどんなところなのかは知らないけど、けっこう大変なことになってるんでしょう?」
 メイド長は頬をかいている。
「なんか、私の方こそ月並みだけど、気をつけてね」
「帰ってきたら、またウチにも顔を出しなさいよ」
 竹林のウサギは前髪をいじくっている。
 胸が詰まった。まだ年を食ったつもりはないが、なるほど、涙もろくなっちまうもんらしい。
「ほっほっほ……」
 マミゾウは笑って、湧き上がってくる熱い塊をごまかそうとした。
 その時である。
 突然、辺り一帯が真っ昼間のように照らされた。続いて、雷鳴のごとき爆音が鼓膜に轟いた。
「――か、カチコミじゃ!!」
 マミゾウは銅鑼のような大声を立てて、その場に伏せてカバーポジションをとった。それにつられた咲夜と鈴仙まで慌てて身を伏せた。が、爆音はおさまらず、立て続けに耳を揺さぶってきたもんだから、すっかりパニックになっちまった三人は悲鳴をあげて、その場を逃げまどった。
「って、なんじゃ、花火かい……幻想郷じゃ、秋にまで花火をやるのかのう」
 拳銃やダイナマイトかと錯覚しちまったのも、無理もなかった。色とりどりの弾幕と火薬を融合させた、派手さと華麗さを追求した大輪が、夜空にオーロラのごとく咲き誇っていたのである。
 マミゾウはやれやれ、とため息をついて、身を起こそうとした。
「……はて?」
 身体が動かなかった。咲夜と鈴仙が尻尾に埋もれていた。
「こら、おぬしら。それは儂の自慢のしっぽじゃ。離れんかい」
『……やだ』
「むむ?」
 でれでれに溶けきった恍惚の表情を向けられる。冷や汗が背中を流れ伝うのを感じる。
「くっはぁー、こんなモフモフったらないわ」
「すんげぇしっぽ持ってんじゃないの、あんた」
 まるで木の枝にしがみつくナマケモノのようである。ストレス解消に最適なしっぽであることは、マミゾウの請け合うところではあったが。
 いや、これはまずい。こんな場所で、この態勢はまずい!
「おぬしら、人のしっぽをなんだと思ってるんじゃい!」
『うぁ~もふもふ~ごくらく~』
「こ、こりゃ、くすぐったいわい。お願いじゃ、やめろ、やめてくれ、やめ――いやんっ!!」


□     □     □



「おー、始まった始まった」
 隣に腰かけたぬえが歓声をあげた。
 人里のほうから弾幕花火が打ちあがり、月もぶったまげる彩光をまき散らし始めたのである。
 膝のうえでぐっすりと眠りこんでいるレミリア。その頬が、フランドールの羽の宝石みたいに七色に照らされる。
「霊夢、お酒だよ」
「ん、ありがと」
 相方と並んでお決まりの麦焼酎を呑みあう。つまみは盆に盛られたいかそうめんである。
「秋の花火ってのも、悪くないもんだね」
 いかそうめんをつまんで、酒をあおる正体不明少女。すでに頬は火照っている。癖の治らない黒髪が、虹色に光り輝く。初めて逢ったときの虹色UFOの軌跡が、霊夢の心に蘇った。そして、取り乱して抱きしめてしまったときの、ぬえの身体の温かさも。
 霊夢は咳払いして、苦しまぎれにレミリアの髪をなでた。
「……今回は大赤字ね。妹紅の返済も期待できそうにないし」
 紅魔館のステンドグラスをかち割ったことで、ぬえのケガの治療費も相殺になってしまった。レミリアが質草とアップルパイを引き換えに置いていった金では、とても損失はまかなえない。
「あー……うん、ごめんなさい」
「やっ、そういう意味じゃなくてさ。あんたの給金、上げてやろうかと思ってたんだけど、これじゃ厳しいかなって」
「えぇっ」
 ぬえの羽がバッタのように飛び跳ねた。
「霊夢、好いの?」
「なにがよ」
「私、フランと藤原を助けちゃったんだよ? ――クビに、ならないの?」
「はぁ? そんなわけないじゃない。博麗屋は、あんたがいないとやっていけないのよ」
 ぬえの顔がトマトになった。落ち着きなく胸の紅白リボンをいじくっている。
 うん、よく似合ってる。
「……質屋、続けるんだ」
「もちろんよ。好い暇つぶしになるし、縁側にいながら妖怪退治ができるし」
 質を入れた妖怪たちは、霊夢に頭が上がらなくなるもんだから、自然と厄介事を起こすことが少なくなる。創業時には予想もつかなかった、ちょっとしたパワーバランス調整機能を、博麗屋は果たしているのだ。
「ふぅん……」
 ぬえが顔を伏せた。羽が垂れて縁側にキスしている。黒のニーソックスをすり合わせて。口を開いては、また閉じた。
「どうしたのよ?」
「あのさ、霊夢は……私の味方じゃないよね?」
「ん、意味がわからない」
「ほら、あの夏のときにさ」
 あの夏――夏ね。
「はぁ……なるほど、あれか」
 夏の空色、入道雲。屋根に座って、二人で酒宴をしていたときのことだ。
 ――ずっと前にも云ったけどさ、私は、あんたの味方じゃないから。
「あはは、くだらないことばっかり覚えてんのねぇ、あんた」
「な、なによ。くだらないって――」
 ぬえの頭に手のひらを乗せてやった。
「私は雇い主。あんたは従業員。だから、今の私は、あんたの味方。これじゃ駄目なわけ?」
 ルビーの瞳が、ひときわ目映い大輪に照らされた。きれいな瞳だって、素直に思う。
「……わ」
「わ?」
「……悪くぬぇ」
「なら好いじゃない」
 黒髪を撫でてやった。
 正体不明少女は、膝に手を置いている。唇を噛んで、ひくつくのを抑えている。
 ほんと、意地っ張りなやつだ。
 そんでもって。
「……まったく、可愛いやつ」
「ぬぇぇっ!?」


□     □     □



「……なぁ、フラン」
「なぁに、妹紅?」
「――これからも、よろしく」
「うん、よろしくねっ!」





~ Fin or To Be Continued ? ~



.
ムラサ「…………ぐすん」
ぬえ「つ、次は出番あるって!」

 船長、ごめんなさい! ようやく三作目です。ぬえれいむスキーの輪が広まることを願って書きました。
 前作、前々作とコメントをくださった皆さん、この場を借りてお礼を申し上げます。お陰さまで完結できました。
 それと、ぬえちゃん、神霊廟出演おめでとう! 「お前はここで終わりだがな!」なんてカッコ好いぞ!
 ではでは、ここまで読んでくださった皆さん、本当にありがとうございます!


▽10月27日 追記
 皆さま、貴重なご意見をお寄せくださり、どうもありがとうございます。

 ①登場人物の多さについて
  これに関しては、完全に私のエゴになってしまいました。ご指摘、痛み入ります。
  視点が二転三転するのは、いわゆる群像劇みたいな作風に憧れがあったからなのです。
  それが結果的に、複雑なだけで面白みに欠けるお話になってしまったのは、無念です。

 ②口調の乱暴さについて
  これも、私の短慮、見通しの甘さが招いた失敗です。申し開きのしようもございません。
  物語に緩急をつけようとの試みですが、その行き過ぎによる弊害が、滲み出てしまいました。
  正直に申し上げますと、書いている間中、人物の口調が乱暴だなんて考えも及びませんでした。

 なんと云えば好いのか、本当に申し訳ないです。ごめんなさい。
 ちょっと、自分の物語について考え直してみることに致します。

▽11月1日 再追記
 皆さま、引き続きコメントやご評価をくださり、どうもありがとうございます。

 文体に関して、お褒めの言葉を複数お寄せいただき、驚きと嬉しさでいっぱいです。
 ただ、「だらず」だの「クソッタレ」だの「ぶっ殺す」などの過激なワードは、
 自分で読み返してみても「ねーよ」と考えさせられたことも事実であります。
 なので、次回作では、上記に類する表現etcを排して、なおかつ物語の雰囲気を
 できるだけ損なわないような、そんなお話作りを目指していきたいと考えております。

 ご意見をくださった方々、ご感想をくださった方々、重ね重ねお礼を申し上げます。

▽12月16日 コメント返信
 >>39
  今になって、このようなコメントを頂けるとは思ってもみませんでした。
  おかげで、自分の物語に以前よりも前向きになることができました。
  暖かいお話を、この言葉を忘れないようにします。ありがとうございました。

▽12月21日 コメント返信
 >>41
  このような形式のお話を書くにあたって、当初から「一方的な悪役を作ってはいけない」と課してきました。
  そのお陰で、仰られた通り、こちらの都合で損な役回りを押し付けられたキャラクターも出てしまいました。
  それでも、群像劇の楽しさを味わってもらえたことは、大きな喜びです。次回のお話を書く活力になります。
  遅ればせながら、コメント、ありがとうございます。励みになります。
かべるね
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コメント



0.1630簡易評価
7.80名前が無い程度の能力削除
全体の流れはとても好きなのですが、
一部の言葉回しがちょっと気になったのでこの点数で。

ぬえれいむはいいものです、ハイ。
8.90奇声を発する程度の能力削除
大ボリュームでとても読み応えがありました
凄く面白かったです
10.90名前が無い程度の能力削除
全員が生き生きとしていて、長さを感じませんでした。
ころころ視点が変わっているのにしっかりとついていけましたし。
いいものを読ませていただきました。

貴方のぬえれいむがもっと見てみたい!
11.70オバマ削除
これだけの容量を書き上げた労力に最大の賛辞を。
ええ、面白かったです、ノリの良さに惹かれました。それは確かなのですが、幾つか気になるところが。

・必要以上に口調が乱暴なので、ちょっと。笑いよりも先に「何だか喧嘩腰だな」と感じてしまって。この辺は感性の違いかもしれませんが。

・登場人物の多さ。時々混乱しそうになりました。
どうしても話を進めるため、このキャラを出さなければならない理由があった、というより、やりたいシーンが有るからとりあえず出演して貰った、ように見えてしまいます。

何だかちまちまとした小言のようになってしまいましたが、次回作も期待しています。
13.60名前が無い程度の能力削除
基本的には面白かったです。ただ、後半ごちゃごちゃしすぎて読みにくいのと、
鈴仙が完全にあたまオカシイのが気になりました。
14.100名前が無い程度の能力削除
粋な文体とちょっとお下品な喋りやらなんやらも乙ですな

ぬえちゃん 紅白大魚超脈ありっぽいっすよ! 続編期待してマッス
17.40名前が無い程度の能力削除
せっかくいい話なのに一部の言葉使いがあまりにも下品すぎる。
ここ一応全年齢向きなんだからちょっと自重すべきじゃないでしょうか?
それを抜きにしてもやはり下品すぎる言い回しはキャラを貶めるようで
好きなキャラがいる人は気分悪いし、物語に入りにくい。
わざわざこういう言い回しで表現すべきものがあるようにも思えなかったし。
はすっぱさやフランクさと下品は別物だと思います。
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俺はこんな口調もありだと思いますけどね
ぬえれいむ…ありだ
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ちょっと読みづらかったですが、これだけの人数の群像劇をまとめあげたのは見事としか…

個人的にもこふらを応援してます!
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良い良い
文章が好みですた

もこたんが喧嘩口調......いいっ!
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仰っている通り色々と気になりましたが
話がとにかく面白かったです
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喧嘩腰の文体だったからこそのこの作品の空気かなぁ、と思います。個人的には特に気になりませんでした。幻想郷ならアリだなと。
しかしぬえれいむ、いいですね…
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ただ一言、GJ!
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口調とかもとてもよかった個人的には2ボス3人組が1番好きになりました。
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自分も言葉遣いは気にならなかった。あまり硬くは思わないで欲しい。
下品や下世話はヒトのなかでは比較的大きなシェアを占める感情。
そればかりでは魅力を損ねるし、言葉はその人物の感性(キャラクター性)を表しもするが、
少なくともこの物語の人物達はとても魅力的だった。
マミゾウ、良いな。だいぶキャラクターとして固まって来た。
作者名を見ずに読み始めたが、途中若しかしたらとあなたの前作、前々作が脳裏を過ぎった。
いつも暖かい話を有り難う。
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作中人物達が皆が皆エゴイズムでゴーイングマイウェイした結果、この祭りに発展した感じですね。
しかもその根底には思いやりがあるだけに、非難ばかりもできず。
「好きにすればいい」を実行するとこうなり、しかしその絡み合った複雑さが幻想郷のごった煮っぷりを表しているようにも思えます。

それだけに、ストーリーの動きに数人のキャラが振り回されていた感もありました。
しかしストーリーにではなく、事件に関わった人物模様に焦点を当てるならば、群像劇としての楽しさに溢れた小説でした。

余談ですが、個人的にこんな蓮っ葉な口調の幻想郷は好きです。