Coolier - 新生・東方創想話

鴉と氷と7月のある日

2011/10/10 16:40:15
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「今月は文ね!」


何がだろう……。


突然かけられた言葉に、ここ最近寝不足気味の射命丸文は頭を悩ました。

満面の笑みの氷精チルノが伝えた言葉を、今一度考えてみよう―――はて。

初夏も超えてぶっちゃけ蒸し暑い空気と蝉の鳴き声が風によって流れてくる。

ちなみに『烏』という漢字の由来は、全身も目も黒い所為で一般的な鳥類と比較して目の位置がはっきりしない為、『鳥』という字から横棒が一つ抜き取られたらしい。
全身真っ黒だからこそ出来上がった漢字であり、そして黒は熱の吸収効率が非常に良い。
早い話が、馬鹿みたいに仕事をする太陽のせいで、今物凄く暑い。


そんな湿度と気温のダブルパンチに不快指数MAXさを肌が感じるけれども、ニコニコと笑いながら下から見つめてくるチルノさんを見てるとそれも何だか瑣末な事に感じられるから不思議だ。

―――うん、チルノさんは先月も今月も可愛い、そしてきっと来月も。



紅魔館傍の湖の湖畔。
チルノが住処としている場所のすぐ傍が、本日の待ち合わせ場所だった。
文々。新聞の配達が終了後、文はまっすぐこの場所までやってきた。
ここ最近、新聞に使える良いネタが不足しており、毎回の新聞の締切がギリギリになるという事態を招いていた。
結果として、チルノと会える日が中々得られず、久々のデートであった。

花の異変からの付き合いだから、出会ってから既にかなり長い付き合いになる。
恋人、と一般的に呼ばれる関係になってからもそれなりに年月は経っている。
今でも一緒に居られる時間は自然と一緒にいる、マンネリとは程遠い普通に仲の良い恋人同士だと自信を持って言える。

よくもまぁ、このような関係にまで昇華したものだ、と文自身も思うが結果が良ければ全て良し。
様々な事が変化した上で、互いが納得出来る形に落ち着いたのだからこれ以上の最良はないだろう―――と、思う。
それでも、恋人となった今でも変わらない事があるとすれば、それは何よりもチルノの思考が文の予想の斜め上、ないし下を行くということだろうか。

ほら、現にこうして今も―――。


「えっと……私、ですか?」
「うん、今月は文なの!」


うん、何がでしょう。


文が待ち合わせ場所に到着した途端に告げられた言葉。
思わず意味が理解できずに、身長差から見下ろすままでチルノを見詰め、脳内で考えを巡らせる。


一緒に遊ぶ強化月間?とかだろうか……それに今月“は”というくらいだから先月や来月は私では無いということ。
そういえば先月は良く花の妖怪、風見幽香のところに行っていたとチルノさんが言っていた……その所為か先月はあまりチルノさんに会えなかった。
……いや、まあ原稿が締切ギリギリを繰り返した自分が悪かったのだが、どちらにせよ中々会えなかったということだ。
仕事の為、と割り切って敢えてチルノさんとは暫く会えないままでいたが、記事を数行書いては思い浮かべるのは彼女のこと。

ああ、今頃何をやってるのかな、とか。
また何処かの強い妖怪相手に喧嘩を売ってないかな、とか。
もういっそ、今すぐ会いにきてくれないかな―――とか。

結果として、会っていようがいまいが、仕事の効率は大して変わらないという事を身をもって体感したのだった。
いや、まぁそれはこの際置いておこう。

詰まるとこ、今月は私、という言葉の意味が重要だ。

よし、最初から整理しつつ、一般的な状況に置き換えて考えてみよう。
やはり何かに焦ったり混乱したりしたときには、己を客観視して今一度理論を立て直す事が重要だ。

デートに遅れまいと精一杯の駆け足で待ち合わせ場所についたとしよう。
恋人がこちらに気づき、笑顔で手を振りつつ、軽い駆け足で近寄ってくる。
遅れてごめんなさい、とか、待たせちゃいました?とかそういったテンプレ的な言葉をかける前に、満面の笑顔で伝えられるのだ。

「今月は貴方ね」と。

……シチュエーションだけ考えればまるで毎月恋人を取り替えている魔性の女の台詞だ。

となると来月は―――まさか、今月はいっぱい一緒にいるけど、来月はまた他の誰かのところに足しげく通うという宣言ですか?!


「チルノさん?!お父さん浮気は許しませんよ?!」
「え?!文がお父さんだと、あたい文と結婚できないよ?!」


思わず文はチルノに視線を合わすようにしゃがむと、肩に手を置いてズイっと顔を近づける。
チルノの超天然的なボケには思わずずっこけそうになったが、それ以上に漢字で2文字、ひらがな4文字の言葉がスコーン!と文にクリーンヒットし、思わず仰け反った。


結婚……私とチルノさんが、結婚………―――――――――


「ぐばらっ?!」
「あ、文?!鼻をいきなり押さえてどうしたの?!」


吐血しそうになった。
大丈夫?と心配そうにこちらを覗き込んでくるチルノさん。
脳内に浮かんだ純白のウエディングドレスの裾を地面に付けながらフヨっと宙に浮かぶチルノさんを想像してしまった。

いかん、萌える。

赤に染まる顔と一緒に魂とか赤い何かが出そうな鼻を押さえつつ、ハァハァ、と漏れ出る荒い息を抑えようと努力する―――頑張れ理性。


「ねぇ、文……?何か今日体調悪い?休む……?」
「だ、大丈夫ですよ……チルノさん。 ふふふ……それより式場は何処にしましょうか……」
「式場ってお葬式?」
「それはもう、一緒の墓に入ってやるぜ!っていうプロポーズと取って構いませんか?構いませんね?」
「あたい死にたくないよ? 文ともっと一緒にいたいよ?」
「大丈夫です、同じ墓に入れば死んだ後も一緒です」
「本当?! ならあたい、文と一緒のお墓入る!」


満面の笑みを浮かべてギュッと抱きついてくるチルノさん。
流石氷の妖精、その身に纏う冷気はこの季節にしては涼しく、夏の日差しと妄想でオーバーヒートしそうな思考とか体の熱を冷やしてくれる―――いや、抱きつかれてるから思考は逆にいっちゃいそうだ、斜め上へ。
とりあえず今度機会があれば閻魔様に死後はチルノさんとセットでお願いします、と伝えておこう、そうしよう。


「ぐ……何もしてないのに私のライフはもうゼロです……」
「? 何だか分からないけどあたいったら最強ね!」
「ええ、もうチルノさんは最強です、確実に……本当に、もう……最強に……可愛すぎて……いつか拉致られてしまうのではないかと気が気でないくらいに最強です……」


いまいち言葉の意味がわからないのか文の腕の中で、こてん、と不思議そうに首を傾げるチルノ。
マジで(理性が)壊れる3秒前であるが、来月も先月と同じような頻度でしか会えないとなる可能性があるならば理性を壊している時間はない。
抱きつくチルノの柔らかな髪を優しく撫でると、にへら、と気持ちよさそうに頬を緩ませ、子猫のようにぐりぐりと胸に顔をこすりつける。

―――駄目だ。

パトラッシュ、私の理性は今ものすごく眠いんだ……。

微かに残っている欠片の理性が悲鳴を上げる。
けれども、パトラッシュ(椛)が文の眠りかけの理性に語りかける―――

―――文様、私の能力忘れてませんか? 見えますよ、ここから。 バレますよ、妖怪の山の翁達に―――

……うん、起きようか理性。
最悪、最愛の人と社会的立場の喪失が同時にやってきてしまう。
そんなものこの世の終わりに平等に訪れるべきだ、ここで私一人が陥るべきではない。


「――――――っのわっしゃあぁぁぁぁぁーーー?!!!」
「ひぃ?!」


妄想とか想像とか煩悩とかを追い払うべく謎の絶叫と共にロックバンドも驚愕の速度でブンブンブン!と頭を振る。
すぐ間近でそれを見ていたチルノが真面目にドン引きしかけているが、文は今、チルノに捨てられなければどうってことないくらいの精神である。
絶対に無くしてはいけない大切なモノと、同時に失ったら生きていけない大事なモノを守る為なのだ。


「え、と……文、疲れてる……?」
「え、ええ……ちょっと色々と……ありまして」


主に脳内にて。
この数分間でいきなりやつれ気味の文の姿を、冷や汗流しながらも心配そうに見詰めるチルノ。
何故だか病的にオカシイ恋人の様子に、その頬は若干引きつっていたが逃げ出さないのは愛ゆえか。


「えー……と、ゴホンッ! それより、実際今月は私というのはどういう事なんですか?」
「あ、うん。 あのね、けーねなの」


わざとらしく一つ咳をしつつ、冷静になって訪ねてみると、予想外の人物の名が挙げられた。


「あの、寺子屋の先生ですか?」
「そう、けーね!」


人里で人や幼い妖怪に勉学を教えている半妖である上白沢慧音。
人里の守護もしており、人間、妖怪共々からの信頼厚い常識人なのだが、やっている事はある意味変人の極みだと感じるのが私の気のせいなのかな?と常々思っている文である。
最近ではチルノも良く寺子屋に通っているらしく、寺子屋に行った日には、今日は九九を覚えた、等を自慢気に話してくれる。

基本的に勉強嫌いのチルノに勉強をやらせるのだから、それはやはり人生経験豊富な頭脳と天性の才能なのだろう。
文もまた人里での取材の折には顔を合せることが多いが、その発言や考え方には一目置く部分がある。
つまるとこ、上白沢慧音とは、チルノと共にいる時に何かと話題に登る人物である。


しかし、これはどういう事か。
今月は私の理由が寺子屋の先生、とは。
もしかして「来月は個人授業やるからチルノの時間は頂くぞ」という事だろうか?
いや、もしかしたらあの半妖、個人授業と称して私のチルノさんにあんなことやこんなことをするつもりじゃ―――

 ―――ほら、チルノ。ちゃんと教えた通りにやってごらん?
 ―――うぅ…けーね……無理だよ、難しいよ………
 ―――大丈夫だ、チルノ。お前がやれば出来る奴だって事は、私が一番知っているんだからな
 ―――……けーね……
 ―――さ、ほら……やってごらん、チルノ
 ―――ぅん、わかった、けーね……あたい、頑張るね―――


「ふ、ふふふふふふ……」
「? 文、何か面白いことあったの?」
「ふふふ……ええ、大丈夫ですよチルノさん。 頭突きが得意なだけの半妖なんぞ、千年の時間を過ごしてきた天狗が本気になれば一捻りということを教えて差し上げましょう……」


見た目は比較的幼いとはいえ、文は長い時間を生きてきた天狗であり、幻想郷内においても強大な力を有している妖怪の一人である。
寺子屋の教師が放つ弾幕を掻い潜り、右のストレートを顔面に叩き込み、下に躱されたらそのまま膝を打ち込み、左右に逃げるなら暴風を叩きつける。
そんな攻撃のパターンが文の脳内で幾通りも繰り広げられる。

そうして初撃で怯ませた後にありったけのスペルカードを叩き込む…………うん、いける、やれる、肉片一つ残さない。
待ってて、チルノさん、今貴方と私の憂いの塊を幻想郷から抹消してみせます―――

渡さんぞ、と瞳に殺意の炎を宿らせながらチルノをより抱き寄せる。
しかし、意図しない文の脳内妄想はチルノには伝わらず不思議そうに恋人を眺めているだけであった。
イメトレにより文の脳内で30回ほど慧音が死んだところで、まぁいいや、とチルノが続ける。


「でね、文。 けーねがね、昔は7月のこと文月っていうんだって教えてくれたの」
「……あや? 文月、ですか?」
「だからね、今月は文の月なのよっ!!」


―――ああ、なるほど―――。
腕の中で嬉しそうに笑いながら語りかけてくる妖精の言葉を理解すれば、文は、不毛な怒りが霧散し、ふわりと優しげな笑みを浮かべる。

陰暦の7月、文月。

恐らく国語か歴史の授業で旧暦について触れたのだろう。

そして今月は一週間だけの地上生活を満喫する蝉も精一杯頑張る7月である。


「でね!今月は文の月だから、文が喜ぶ事をいっぱいしてあげるの!」


―――別に誕生日って訳じゃないんですけどね―――

だが、腕の中で「文はどうして欲しいー?」なんて可愛い事をいう恋人見ていると、それこそどうにかなってしまいそうだとか思いながら、指摘するのは無粋だろう、と思う。
とりあえず、脳内で30回ほど死亡した先生には心の中で謝っておく。
まぁ、未遂だし許してもらえるだろう。


「ん…あー……じゃあ、チルノさん。 チルノさんにしか出来ない事を頼んでいいですか?」
「うん! なになにっ?」


こほん、と一つ咳払いして、近い距離にある期待に満ちた瞳を見つめ返す。
今から告げる事が結構小っ恥ずかしい事であると自覚あるため、微かに顔が熱を持つのが分かる。
それを隠すように、くすり、と悪戯な笑みを浮かべ、自分の願いを告げた。


「今月はずっと私の傍に居てください」
「―――え、で、でも」
「なんですか?」
「ほ、ほら! 傍にいるだけじゃ文の役に立たないよ……?」


頬を染めつつ、困惑と嬉しさの混ぜ合わさった不思議な表情で文を見上げるチルノ。
その表情を見て、チルノさんは可愛いなー、と呟きながら、ギュッと強めに抱き寄せる。


「私は、チルノさんが傍にいる時が一番幸せなんです―――それじゃダメですか?」
「だ、ダメじゃないよ! でも、文の傍にいるのはあたいの幸せだから、何だか文に何かをしてあげている気がしないよ……?」


どうにも自分も幸せだと、相手に何かをしてあげている感覚がないのだろう。
お互いに幸せなら、それでいいのに―――とは思うものの、何となくそんなチルノさんもまたいじらしくていい。
ならば、ここは長く生きてきた者として折衷案を出すべきだろう―――


「んー……そうですねー……じゃあこういうのはどうでしょうか? もうすぐ夏本番なので、毎日暑くてどうにも新聞の作成が進まないのですよ」
「? うん……」
「ですから―――」


抱き寄せていたチルノの耳元に口を寄せると、文は静かに囁いた。


「仕事を効率的に終わらすためにも、一番近くで私を冷やしてくれませんか?」
「―――ッうん!」


言葉の意味を理解すれば、ぱぁ、と綺麗な笑顔が咲き誇る。
嬉しそうな声で先ほどまでの不安そうにしていた顔が破顔すると、大きく頷いた。
その様子を見て、文もまた穏やかな笑みを浮かべていたが、さて、と呟き漆黒の翼を広げるとチルノの体を抱き寄せたまま立ち上がる。


「では、早速ですが行きましょうか、チルノさん」
「うんッ! 文のお家楽しみだよ!」
「ふふ、一ヶ月働いてもらうんですから、仕事以外ではちゃんとおもてなししますね?」


文は、おー!と腕の中で気合を入れるチルノを見ながら、バレないように苦笑を零す。
多分、言うほど仕事は捗らないだろう。
それこそ暑いから、なんて言い訳を使って一日中抱きしめているだけになってしまうかもしれない。
それでも、居なければいないで集中できないのだから、騒がしくも愛おしい時間である事は疑い無いはずだ。


妖精の小さな体を抱いたまま、バサリ、と大きく羽ばたいて飛翔する。

生暖かい風が体を撫でるが気にもならない。
先月だろうと今月だろうと来月だろうと。
結局のところ、彼女と共にある時が一番幸せなのだから。

腕に収まった体から発せられる冷気を心地よく感じつつ、鴉は大切な宝物を巣へと持ち帰るのだった。
初投稿作品です。
読んで下さりありがとうございます。

頭の良いはずの文が最初の段階で気付かなかったのは暑さのせいです、きっと。

そして文チルよ増えろ(念


追記
多くの評価を頂き、ありがとうございます。
最初、この作品を作ったとき既出のネタではないかと戦々恐々でしたが……やはり考えられますよね(笑)
私としては、他の方が描くこの題材の文チルの物語を是非読んでみたいな、と思ったりします。

皆さんの暖かいお言葉を励みに、これからも頑張っていきたいと思います。
ありがとうございました。


12/11/23
諸事情により、Twitterへのリンクを表示致しました。
不知火
http://twitter.com/Unknown_fire
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コメント



0.2320簡易評価
1.100とーなす削除
うわーん、頭の片隅で考えてた私の話とかぶったー!
文チルというカップリングも、作中の台詞も自分でぼんやり考えていたものに近かったもんだから思わずびっくり。
ちょっと先を越されて悔しいですが、裏を返せば「こういうのが読みたい!」という私の欲求にどんぴしゃ、どストライクの作品ということ。むしろ書いてくれてありがとう、とお礼を言わねばなりません。
二人のラブラブっぷりがこっ恥ずかしくも微笑ましいSSでした。文チル増えろー。
4.90奇声を発する程度の能力削除
読んでて自然にニヤけましたw
5.100名前が無い程度の能力削除
も……もうやめて、俺のライフは0だ

チルノには水色のドレスで文にはタキシードが似合うと……(ここから先は赤く塗り潰されている)
12.90名前が無い程度の能力削除
文チルは俺のヘイルストーム

…ゴロが悪いな
16.100直江正義削除
ちょっと、何やってるんですか文さん。やめてくださいよ本当に。
何で平然とチルノと交際してるんですか。ガチロリじゃないっすか!!
と思う一方で、多忙な文さんが求める恋人像は、純真無垢で幼くいからこその尊さがあるチルノなのかも知れません。
霊夢とか、結構生意気(年相応?)に育ってますしね……。
新しい世界を見せてもらえました。
いやぁ、これもありですね。
良かったです。
21.100名前が無い程度の能力削除
いやあ、暑さは強敵でしたね…
チルノが可愛すぎる
30.100名前が無い程度の能力削除
おおう、これは見事な文チル…
文の思考が若干いけない方向にぶれていますが、何はともあれお似合いのカップルだと思います
34.100図書屋he-suke削除
しかしチルノは最低でも60年以上生きているのが確実なので
あやれいむあたりと比べると断然健全という罠

この二人には幸せであってほしい
39.100名前が無い程度の能力削除
うほっ、これは期待通りの文チル
続きを読むのが楽しみですわ
45.603削除
この文色々とダメだw
最初からカップルになっている文チルは珍しいかも。