Coolier - 新生・東方創想話

Road of Scarlet

2011/09/17 00:46:31
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 十六夜咲夜は厳かな口調で主のレミリア・スカーレットに告げた。
「現在紅魔館は財政赤字の状態にあります。今すぐにどうなるという話ではありませんが、このまま何の手も講じないままでは遠からず破綻するでしょう」
「…は?」
 いきなりの通告にレミリアは紅茶のカップを持ち上げた状態でポカンと口を半開きにしたまま咲夜を見る。
「繰り返します。現在…」
 咲夜は表情を変えることなくまるで機械のように再度先ほどの言葉を繰り返そうとする。
「ちょ…ちょちょちょ!いきなり何?」
 カップを置いてレミリアは咲夜の言葉を遮る。
「赤字?破綻?うちが?もうちょっと解りやすく説明しなさい」
 咲夜はふむ、と一瞬思案顔を浮かべ、改めて言う。
「紅魔館からおかねがなくなりかけてこまったことになってます」
「説明のレベルを落とせと言ってるわけじゃないわよ!順を追って説明しなさいって言っているの!」
 テーブルを叩くレミリアに、咲夜は「そうですか」と涼しげに答える。
「早い話―…」
 いきなり割って入る声がした。
「うちの収入より支出の方が大きくなってるってことね」
 スタスタと歩きながらパチュリー・ノーレッジが姿を現した。席に腰を下ろすと咲夜に紅茶を所望する。
「支出の方が大きいって…なんで?」
 いや、それよりもうちの収入ってそもそもなんだ?とレミリアは思ったが、いくらなんでも当主たる自分がそんな基本的な質問をすることは出来ない。
「色々と入用なのです。特に最近は紅魔館の修繕費用などがかさむ事が多いですから」
 むぅ、とレミリアは唸る。
「うちにはじゃじゃ馬の妹がいるからねぇ」
「レミィもね」
 紅茶を飲みながら横槍を入れるパチュリー。その態度にレミリアはカチンと来る。
「ふん、そういうパチェもこないだ図書館で何か爆発があったそうじゃない。それにだって修繕費は掛かってるんだから」
「あれは魔理沙のせいよ」
 カチャン、と音がする勢いでカップを置きながらパチュリーが言う。
 しばらくにらみ合った二人だったが、どちらからともなくため息を吐く。
「ま、そこはいいわ。原因を究明するにしろ、魔理沙に報復するにしろ、とにかく当座をしのぐ纏まった資金が要るってわけね」
「その通りでございます」
 レミリアの言葉に咲夜は首肯する。
「纏まった資金ねぇ…」
 レミリアはカップを持ち上げクルクルと回しながらぼんやりとその水面を眺める。
 ふと…
「そうだ」
 古式ゆかしい閃きの電球が出そうな感じでレミリアがピンと人差し指を立てる。
「お金を稼ぐと言えば、ギャンブルよ!」
「はぁ…ギャンブル…ですか?」
 咲夜は胡散臭そうな目でレミリアを見る。
「どうでしょう…お嬢様の運命を操る能力…?は、知っていますが…この海千山千の幻想郷で易々と馬鹿勝ち出来るでしょうか…?」
「何で私の能力を疑問系で言うのよ…」
 不信げな咲夜の視線に気まずいものを感じながら、レミリアはこほんと一つ咳払いをする。
「それに咲夜は勘違いをしているわ。ギャンブルはギャンブルでも私が言っているのは確実に儲かる方法なんだから…」
 レミリアはにやりと笑う。
「つまり、主催側になるということよ!」
 バン、とテーブルを叩きながらレミリアは言う。
「それは…紅魔館で賭場を開くということですか?」
「そうとも言えるけど、違うわ。別にここでバックギャモンやポーカーをしようというんじゃない…これよ、これ」
 レミリアはカップをクルクルと回してみせる。
 渦巻く紅茶を見ながら咲夜は「あぁ」という。
「麻雀ですね」
「なんでよ」
 回すカップのどこから麻雀を連想するのだろうか。
「いや、洗牌の動きと似てるかと…」
「もう!ちっがーう!よく見なさい!この、水面を!」
 片手をぶんぶん振り回すレミリアに、咲夜はふむ、と再び思案を始める。
「なるほど、レースね」
 いきなり割り込んだパチュリーの言葉に、レミリアはパッと顔を輝かせる。
「さすがパチェ!」
 ビシリ、と指差しながらレミリアが言う。
「はぁ、レースですか?今の動きのどの辺りにレースの要素が…?」
 今ひとつピンときていない咲夜にレミリアが言う。
「レースはレースでも陸上でも空中でもない…つまり水上レースよ!」
 あぁ、と咲夜が手を打つ。
「なるほど、紅茶の水面を回すことで選手が周回する水面を現したと、ちょっと私には難易度が高かったですわ」
「いや、もうそこはいいから、ちょっとはレースの内容に興味を向けてよ…」
 いつまでもジェスチャー問題に拘る咲夜に、レミリアは呆れたように言う。
「でもどうして水上にするんですか?」
 ふふん、とレミリアそういう質問を待ってましたとばかりに鼻を鳴らす。
「空中だったら天狗とかそこら辺の連中の独壇場と化すからね、このレースはボートの性能で競えるから誰にでも平等にチャンスが与えられるということよ。そうじゃないと面白くないでしょう?」
「まぁ、ギャンブルとして成り立ちはしないでしょうね」
 咲夜の同意に気を良くしたレミリアは、調子に乗って言う。
「レースの優勝者には賞金も出しましょう!その方が金の亡者どもを誘い出しやすいわ!選手からは参加費、入場者からは入場料をそれぞれせしめるのよ!さらに賭け金の何%かを私達に入るようにすればもう大儲け間違いなしね!」
 妄想の翼を広げてどっかに行ってしまうレミリアを、パチュリーが制する。
「待ってレミィ」
「何よ」
 いいところで、とでも言いたげに不満そうな顔をするレミリア。
「本当に人が集まりそうなのかとかそこら辺の疑問はまぁこの際置いておくわ。一番の問題はそのレースをどこで行うのかってことよ」
「はぁ?」とレミリアは呆れたように言う。
「うちの周りに折角こんな広い湖があるんだから。使わない手は無いでしょう?」
 レミリアの言葉に、パチュリーはやれやれと頭を振る。
「オチが見えたわー…」
「な…何よ、オチって」
 パチュリーはレミリアをビシリと指差す。
「このレースの結末は、最終的に何らかのアクシデントで暴走したボートとかが紅魔館に突っ込んで大破し、結局その修繕費で稼いだ全額おじゃん!いいえ、寧ろ借金だけが残るというものよ!」
「な…なんですってーー!」
 背景に電流が走りそうなほどの衝撃を受けるレミリアだった。
 そんなバカな、と言ってしまいたいがそう言いきれない何かをレミリアも確かに感じる気がした。
「そ…そんな…それじゃあこの計画は…」
 始まる前から終わっていたのか…とレミリアが言いそうになった瞬間だった。
「お嬢様、諦めるにはまだ早いですわ!」
 シャン!と華麗な音がしそうな振る舞いで咲夜がレミリアの手を取る。
「ここで駄目なら別の場所で開けば良いのです!」
「べ…別の場所って…?」
 咲夜はにこりと微笑む。
「山、ですわ」


 守矢神社本殿。
 咲夜の話を聞いた八坂神奈子はうぅむと唸った。
「湖でボートレースねぇ…」
 胡坐を掻いた両膝をパシリと叩き、天井を仰ぐ。咲夜は見事な正座の姿勢でじっと神奈子からの返答を待った。
「別にいいんじゃん?湖ぐらい貸してあげたって」
 返答を決めかねる神奈子に待ちかねたのか、天井からふわりと洩矢諏訪子が降り立った。
「なんか考えることある?」
「あのねぇ」
 諏訪子の軽い調子を咎めるように神奈子が言う。
「私達は神なのよ?あの湖は私達の信仰が集まる神聖な場所なのは解ってるでしょう?そんな俗なことにほいほいと貸し出し出来る訳が―…」
 諏訪子は「あー、はいはい」とうるさそうに手を振りながら、ぴょんと飛び上がり咲夜の傍に着地した。そうして耳打ちするように、しかしきっちり神奈子に聞こえるような大きさの声で咲夜に言う。
「神奈子はあんなことを言ってるけど、もったいぶって湖の使用料を吊り上げようとしてるだけだからね」
「諏訪子っ!」
 神奈子に怒鳴られ諏訪子は「きゃはは」と笑いながらさっさと部屋から出て行ってしまう。それを見送って神奈子ははぁと深いため息を吐いた。
「解ったわよ」
 そうして言う。
「湖をそのボートレースに貸しましょう。正直、こちらとしてもそういうイベントで人を集めてくれるのは有難い話だしね。ここのところ人足がめっきり途絶えちゃってねぇ」
 咲夜は花のように微笑む。
「色よい返事、ありがとうございますわ」
 当然、咲夜としては神奈子達の人を集めたいという事情を理解してのことなのだが。
「では使用料などの細かい話につきましては後日に改めて伺います」
 一礼をして部屋を後にしようとする咲夜に神奈子は声を掛ける。
「ボートレースをするのは良いし、湖を貸すのも認めるわ。でも人を集めるには宣伝が必要なのよ?そこらの手配は出来ているの?」
「ご心配なく、その辺も抜かりなく」
 パーフェクトメイドはそう言って目を細めて見せた。


「守矢神社と紅魔館協賛でボートレース!それは面白そうですね!」
 咲夜は新聞配達で飛び回っていた射命丸文を捕まえてボートレースの話を聞かせた。
「それで、具体的にはいつ行うのですか?」
「具体的な日程や規模はまだ全然決まっていないわ。ただあなたには先に情報を流しておいて、本決まりになったら宣伝してもらおうと思ったのよ」
「えぇ!是非任せてください!その代わり取材の際は文々。新聞最優先でお願いしますよ!」
 興奮したように語る文。よほど最近書くネタに困っていたのだろう。そんな文に、咲夜は微笑んで見せる。
「優先どころか、宣伝さえ行ってくれれば独占でも構わないわよ」
「おお!素晴らしいです!」
 文はふんふんと鼻を鳴らす。
「では、いつでも声を掛けてください!」
 そう言うと文は張り切ってどこかへ飛んでいった。見る間に小さくなってゆく文を見ながら、咲夜はふむ、と息を吐く。
「まぁ、保険にしてもあれぐらい発破を掛けておけば多少の集客には繋がるわね」
 そう呟いて、咲夜は次なる目的地に向かって飛んだ。


 博麗神社。
 縁側で寝っ転がっていた八雲紫を捕まえた。
「ボートレースぅ?別にいいんじゃない?好きにすれば?」
 欠伸をしながら、別段興味なさそうに紫は言う。
「えぇ、そこであなたにも協力を仰ぎたいのよ、八雲紫」
「なーんで私がそんな面倒なことをしなきゃならないのよ」
 ジロリと睨むように見てくる紫にも怯むことなく、咲夜は言う。
「邪魔をしないで欲しいから、あなたにも協力を仰ぐのよ。自分も係わってるイベントを潰すなんてことしないでしょう?」
 まるで隠す気もない咲夜の物言いに、一瞬紫もぽかんとした表情を見せたが、その後肩を揺らしてくっくと笑い始めた。
「歯に衣着せぬって言うのかしらねぇ」
 そうして身体を起こすと、妖しい笑みを浮かべて言う。
「良いでしょう。あなた方の俗欲に塗れたその願い…聞き届けてあげますわ」
 内心、さすがに多少の緊張を感じていた咲夜は少し息を吐いた。
「ではあなたには―…」
「そう、私には資材の運搬及び魔力や妖力で走らせることが出来るボートの考案、更には広告の配布をして欲しいのね。あの鴉天狗の宣伝だけでは不安に思う、あなたの判断は正しくてよ」
 咲夜が言う前に勝手に自分の役割を言う紫。そのことごとくが咲夜の思っていたものなのでさすがに咲夜も苦笑を隠せなかった。
「もう私が改めて説明することもないようなので、私はこれで失礼致しますわ」
 次の場所へといこうとする咲夜に、紫が声を掛ける。
「あぁ、協力はするから協賛のところに私の名前、忘れないでね」


 その後咲夜は何箇所か回り、首尾を報告するべく紅魔館に帰った。
「なるほど、首尾は上々、と言ったところね」
「細工は流々、と言ったところですわ」
 レミリアの言葉に咲夜は微笑を返す。
「あまりにも周囲に助力を請うているところが少し気に入らないけれど、まぁ今回はビジネスライクな付き合いってやつね」
 ふふん、と笑いながらレミリアは優雅に足など組む。
「後は細かいルールとかを定めなければいけない訳ですが…」
 咲夜の言葉に、パチュリーが割り込む。
「いいえ咲夜。そんなことよりももっと先に決めなければならないことがあるわ」
「さぁ、なんでしょうか?」
 首を傾げる咲夜に、パチュリーはやれやれといった調子で言う。
「大会の名前を決めるのが先でしょう。あなたは料理をするとき先に作ってから名前を考えるの?名前を考えてから料理を作るでしょう?」
「お料理はレシピに従って作ります」
 微妙にかみ合わない二人の会話を、レミリアが切り上げる。
「パチェの言うとおり、名前は重要だわ」
 そう言って曲げた指を顎に当てて思案のポーズを取る。
「どうせなら、私達の主催であるレースであることが一目で解る名前が良いわね」
「でしたら名前を入れますか?レミリアレースとか?」
 咲夜の提案にレミリアは不満げな顔を見せる。
「う~ん、なんかいまいちね…レースっていうのが直接的過ぎて微妙だわ。どうせなら…そうね、Roadにしましょう。その方が詩的よね。あと、名前より姓のほうがしっくりくるわね」
「スカーレットロード?」
 パチュリーの言葉にレミリアはチッチと指を振る。
「決めたわ。今回のレースの名前は…」




『第一回Road of Scarlet』開催のお知らせが霧雨魔理沙に届いたのは明け方近くのことだった。
 自室で寝ていたところにどこからともなく広告の紙がひらひらと舞い込んできたのだ。
「なんだぁ、こりゃ…」
 眠たい目をしょぼしょぼさせながら魔理沙はいきなり降って沸いた広告に目を走らせる。

『第一回Road of Scarlet開催のお知らせ
 
1、 イベント概要
守矢神社湖を一周するボートレース。
選手一同同時にスタートを行い、先着順に順位を決める。見事一位を獲得した選手には賞金が授与される。
一般参加者向けには、レースの順位を予想するtoto Scarletも行う。

2、 レースルール
乗船人数は一人。弾幕、武器持込ОK!ただし、飛行は禁止とする。

3、 賭けルール
一口千円から。誰にいくら賭けてもОK!掛け金の倍率は人気により変動する。
   また、レース参加選手が賭けに参加することも認める。

4、 開催日
○月×日  正午よりレーススタート。
   参加希望の選手は○月△日までに参加申し込みを行うこと。参加方法は後述。

5、 入場料
入場料 大人…500円。小人…100円。

6、 レース参加方法
最寄の紅魔館、担当窓口にて手続きを行ってください。

以上、ふるってご参加ください。
             レース主催 レミリア・スカーレット』

「……」
 寝起きで見るには、あまりにも頭が痛くなる内容だった。


 とりあえず魔理沙は朝一番に博麗神社に向かった。
「よう霊夢。広告見たか?」
「人の食事中にどかどか入って来ないでよ全く…」
 いきなり居間に殴りこんできた魔理沙に対して霊夢は嫌そうな表情を浮かべる。
「あぁ、私も朝食まだなんだ。私の分も頼む」
 持ち上げて口に運びかけていた箸を下ろし、ため息を吐くと霊夢は魔理沙の分のお膳を取りに台所へと向かった。
「で?そんな朝食まで抜いてまで急いでやって来た理由があのレミリアの変な広告のレースに参加するかを聞くため?」
「うん」
 米をぱくぱくと掻き込みながら、魔理沙は言う。
「レース1位には賞金も出るって言うしさぁ、優勝賞金狙って霊夢なら参加するんじゃないかなぁと思ったから聞きに来た」
「馬鹿ね」
 霊夢は呆れたように言う。
「そんな馬鹿馬鹿しいことするわけないでしょう」
 あまりに馬鹿馬鹿言われてさすがに魔理沙はムッとする。
「そういう魔理沙は…まぁ、聞かなくても参加するんでしょうね。あんたこういの好きそうだし」
「ふん、スピード勝負だしな。賞金はどうでもいいが優勝狙うぜ」
 そう言って味噌汁を一気に飲み干すと魔理沙は立ち上がった。
「ごっそさん」
「あっ!こら、片付けなさい!」
 霊夢の制止も聞かずに魔理沙はさっさと縁側から箒で飛んでいった。


 命蓮寺、道場。
 村紗水蜜、通称ムラサ船長は広告を持つ手を振るわせた。
「き…来たわ!こういう大会を、私は待っていた!」
 ムラサはギュッと拳を握りしめる。
「朝っぱらから大声出して…一体何が来たんだい?」
 後ろから朝の身支度を終えたナズーリンが声を掛けてくる。
「その紙はなんだい?手紙?まさか恋文かな?」
 茶化すように言うナズーリンに、ムラサは不気味な笑みで振り返ってみせる。
「な…なんだい?気味悪いなぁ」
「これよ!」
 ムラサはナズーリンの顔のすぐ前に広告を突き出した。
「いや、近すぎて見えないよ、まったく…」
 ムラサの異常なテンションに呆れながら、ナズーリンは広告を手にとって目を通した。
「『Road of … Scarlet』?」
「湖で行われるボートレースよ!」
「今読んでるってば…」
 興奮冷めぬ調子のムラサ、その理由をナズーリンは察する。
「なるほど、船長はこのボートレースに出たいというわけだね。まぁ船幽霊である君の心情は察するに余りあるよ」
 広告を返しながらナズーリンは苦笑する。
「出るのは構わないだろうけれど、一応聖に報告するのが筋じゃないかな?」
「もぅ、そのぐらい解ってるってばぁ!」
 笑いながらムラサはナズーリンをバシバシ叩く。

「私、『Road of Scarlet』に命蓮寺代表として参加することにしました」
 皆を集めての朝食中、聖白蓮は春に芽吹く花のような柔らかな笑みと共に宣言した。
「え?」
 皆が「おー」と声を上げる中、ムラサとナズーリンだけが別の声を上げていた。
「命蓮寺を上げてサポートしますよ姐さん!」
「優勝したら賞金も出るみたいだしね。こりゃサポートし甲斐あるわ」
 わいわいと沸き立つ一同、
「どうかしましたか、ナズーリン。何か顔色が悪いような…」
 隣に座っていた寅丸星がナズーリンの顔を覗きこむ。
「あ、いや…」
 ナズーリンはちらりとムラサに視線を遣る。
「あ…あぅぁ…」
 ムラサは陸上に打ち上げられた魚のように口をぱくぱくさせ、見るも無残なほどに大量の汗を滝のように流していた。
「ん?ムラサ?ムラサがどうか…」
 ナズーリンの視線に釣られて星もムラサの方に視線を向けた。
「って!うわぁ!ムラサどうしたんですか!その汗は!」
 寅丸が叫んだことで皆の視線が一気にムラサに集中する。
「ちょっ!ムラサどうしたの?どこか悪いんじゃないの!?」
「え?あ…や、全然……ほんと…」
 口々に心配の声を掛けられて、ムラサは痙攣を起こしたように頬を引きつらせながら手をパタパタと振ってみせる。
 と、次の瞬間ムラサの周囲に集まる皆をスッと避けて、白蓮がムラサの前に立った。そして、干したての布団のように柔らかな手で、ムラサの手をそっと握る。
「ムラサ、どうか無理はしないでください。体調が悪いのなら今日はゆっくり休んで良いのですよ」
 真っ直ぐな白蓮の瞳に見据えられ、ムラサはあうあうと言葉にならない声を上げる。
「ちょっと失礼!」
 見兼ねたナズーリンはムラサの手を取って一気に部屋の外へと引っ張り出した。
「どうした船長!活造りのお頭じゃあるまいし、口をぱくぱくさせてるだけじゃ駄目だろう!レースに出たいならきっちり言うんだ!」
「もう無理だよ…だって聖が出るもん…」
 体育座りで地面に座り込むムラサに、ナズーリンは歯噛みする。
「別に一団体代表一人というルールがあるわけでもない!うちから二人出たって何も問題は無いだろう!」
「そういう問題じゃないのはナズーリンだって解ってるでしょう!」
「っ……」
 ムラサの叫びに、ナズーリンは言葉を失う。
 そうだ。そういう問題ではない。
 仮にムラサも出ると言っても、反対するものは恐らくここには居ないだろう。いや、それどころか聖は自分は参加を辞退しムラサのサポートに回ると言い出すかもしれない。
 それこそが問題なのだ。自分が参加することで起こる事態…その事実はあまりにも避け難く…
「私は、もういい…大丈夫だから」
 泣きそうな笑顔でそう言われ、ナズーリンはそれ以上何も言えなかった。
「…ふん、馬鹿じゃん」
 周囲には聞こえないぐらいの大きさでそう呟く正体不明の人物が物陰で聞き耳を立てていたことに、二人は気づかなかった。



 守矢神社、湖付近。
 その日は見事に快晴だった。
「これはいいレース日和ね」
 日傘の下から青空を見上げながらレミリアが言う。
「吸血鬼がよく言うぜ」
 仮設テントの下でごろりと横になっていた魔理沙が身体を起こす。
「しっかし、あれだけの設備よく設えたなぁ」
 湖の周囲を囲むように設けられた四階建ての物見やぐらや、湖上にコースに沿って立てたれた幾本もの御柱や浮き。それほど期間があったわけでもないのによくぞここまでと言ったところだ。
「私達の思っていたよりもスポンサーがつきましたので」
 日傘を持つ咲夜が言う。
 紫から聞きつけたのだろうか、鬼までが手伝いに名乗りを上げてやぐら作成などをこなしてくれたのだ。
 神社参道の方では沢山の出店が並び、まだ正午まで時間があるにも係わらず多くの客でごった返している。いまや遅しとメインイベントのレースが始まるのを待ち構えているのだ。
 これだけ入ればさぞ儲けただろうな、と魔理沙が言ってやろうとした瞬間だった。
 少し離れた場所でワッと沸き立つ声がした。
「なんだ?」
「恐らく、選手の掲示が行われたのでしょう。つまり、賭け開始の時間ですわ」
 驚く魔理沙に、咲夜が懐中時計を見ながら答える。
「おいおい、選手のリストなんて私もまだ貰ってないぜ。一体誰が出るんだよ」
「気になるなら見てくれば?」
 そうは言うが、とてもじゃないがあの人ごみを掻き分けて見に行く気にはなれない。
「まぁ、本番までのお楽しみにしておくぜ。どうせ誰が来ても勝つのは私だしな」
 言いながら、再び魔理沙は横になった。


 魔理沙たちから少し離れた別の仮設テント下。
「賭けが始まったみたいだね」
 喧騒を遠くに聞きながらナズーリンが言う。
「うん、そうね」
 ムラサは心ここにあらずと言った調子で答える。
「他の皆は今露店を回っているようだが、じき戻ってくるだろう」
「うん」
「…うーん」
 やはり今日ムラサをここへ連れて来るべきではなかっただろうかと、思いつつナズーリンは頭を掻く。
「おーい、選手表を貰ってきてやったわよー!」
 そんな二人の気まずい空気を振り払うように、封獣ぬえが紙を持って飛んできた。
「あ…あぁ、すまない」
 ナズーリンは話題が出来たとばかりに紙をぬえから受け取る。
「なるほど、結構な人数が参加しているようだ。これは混戦が予想されるな」
 参加選手一覧に目を通しながらナズーリンは言う。
「どうだろう船長、船乗りの観点から見て誰が―…」
 ナズーリンの言葉がいきなり切れる。登録選手の一点に、目が釘付けられているのだ。
「なに?」
 ナズーリンの様子がいきなり変わったことが、ムラサもさすがに気になった。
「せ…船長、ここを見てくれ」
「?」
 選手表のナズーリンが示す箇所に視線をやる。…と、そこには
「なんで!?」
 ムラサはナズーリンから用紙を奪い取った。震える手を押さえつつ、ムラサは何度も何度も確認する。
 間違いない。そこには…
「私!?」
 村紗水蜜の名が記されていた。
「嘘!?私選手登録なんてしてないよ?なんで?」
 用紙を持ってあわあわと右往左往するムラサ。
「君の仕業だな?」
 ナズーリンがジロリとぬえを見る。しかしその視線は敵意を孕んだ物ではなく、寧ろ感心の念が込められているようだった。
「べぇ」
 指摘を受けてぬえはぺろりと舌を出してみせる。
「あんたが出たいくせにグジグジやってるから私が選手登録しておいたのよ」
「あ…いや、私は」
 まだ事態を上手く飲み込めていないムラサに、追い討ちをかける様に遠くから仲間たちの声が聞こえて来た。
「さ…三人とも!選手表…!選手表を見ましたか!?」
 慌てたように駆けて来る星たち。
「見たよ、ご主人」
 ナズーリンは硬直状態のムラサから用紙を奪って掲げて見せる。
「こ…ここにムラサの名が…!」
「だから見たってば」
 話を聞かずに選手表を見せようとする星を、ナズーリンはぐいぐいと押し返す。そんな二人の脇を抜け、白蓮がムラサに近づいた。
「ムラサ」
 白蓮に呼ばれ、ムラサはハッとしたように震える。
「いや、聖これは違うんだ!船長が登録したんじゃなくてぬえが勝手に―…」
 思わずナズーリンは叫んでいた。別に白蓮がムラサを怒ると思ったわけでは無いのだが、考える前にすでに声になっていた。
「そう、ぬえが…」
 白蓮はちらりとぬえを見る。しかしぬえはまるで悪びれるでもなく、頭の後ろで手を組んでそっぽを向いていた。
 視線を戻すと白蓮はムラサの手を取った。
「ムラサ…あの日、私がこのレースに参加を表明した日…あれほど苦しそうだったのはこのレースにあなたが参加したかったからですね」
「!」
 白蓮の言葉は疑問系ではない。断定に近いものだった。
「気付いていたんですね…」
「あなたの態度を見て気付き…そして己の浅慮を後悔しました。あなたの気持ちを考えることもなく参加を決めた自分、そしてあなたに気を遣わせてしまった事…」
 ムラサは白蓮の言葉に息を呑む。
「あなたが自分を押し殺して私の参加を喜んでくれているのに、今更私があなたのために参加を取りやめるなんて、あなたを裏切ることになる…そう思って今日まであなたに何も言わずにいましたが…」
 ムラサの手を握る白蓮の力がきゅっと強くなる。
「本当に、よかった」
 鼻の頭を赤くして微笑む白蓮に、ムラサは思わず泣きそうになる。
「ぬえ、あなたも本当にありがとう」
 白蓮に頭を下げられ、ぬえは顔を背けたまま言う。
「別に単純にうちから参加人数多いほうが勝率高くなるからしただけだし。別に聖から感謝される筋合いのことじゃないよ」
 ぬえの言葉に聖はふふっと笑う。
「そうですね…そうかもしれないです。でも、ありがとう」
 未だに呆然としているムラサの背中をナズーリンが叩く。
「船長!どうした!」
「あ…いやぁ…」
「ムラサ!水臭いじゃない!どうして出場したいなら言ってくれないの!」
「私達はムラサも全力でサポートしますよ!」
 口々に叱咤激励を掛けてくれる面々に、ムラサは思わずナズーリンの方を振り返った。視線を受けて、ナズーリンはにっこりと笑う。
「これはもう、出ないわけにはいかないだろう」
 ムラサはギュッと拳を握る。
「…うん、うん。そうね」
 何度も何度も頷き、深く息を吸う。そして、聖の方を向いた。
「聖、出るからには私は全力で行きますから!私に出場させたこと、後悔しないで下さいね!」
 不敵に笑って見せながら、ムラサは言う。敵対の言葉をかけつつも、精一杯の感謝を込めて。
 白蓮は「まぁ」と大げさに驚いてみせる。
「これは強敵ね。私も持てる力の限り、戦わせていただきますわ」
 そう言って、二人は笑顔を交わす。
「それから…」
 ムラサはぬえの方を向いた。そして、一番の笑顔で約束するように言う。
「ぬえ、私にチャンスを作ってくれて本当にありがとう!私、絶対に優勝するわ!」
 ムラサの言葉に、ぬえは再び「べぇ」と舌を出して答える。
「とーぜんでしょ。参加費払ってあげてるんだから優勝して倍にして返してよね」
 そう言ってからぬえは、照れ臭そうに微笑んだ。



『皆様大変長らくお待たせいたしましたぁ!』
 設けられた拡声器から文の大きな声が響く。
『ただいまより、第一回Road of Scarletレースを開始しまぁす!』
 運営委員会特別席に腰を下ろしているレミリアは、アナウンスを聞いてムッと眉を顰める。
「あの天狗め…こっちはわざわざレースって言葉を使わないように名前をつけてたって言うのに…」
「まぁ良いじゃないですか。用意するの忘れていたアナウンサーを引き受けてくれたんですから」
 隣に控える咲夜が紅茶を用意しながらレミリアに言う。
「ふん、極東の田舎妖怪には私達のセンスは理解できなかったようね」
「そのようですね」
 咲夜はお愛想丸出しの相槌を返しながらレミリアに紅茶を渡す。
「さて、ようやく選手入場ですね」

『では選手紹介に移ります!』
 文の言葉に従って一人目の人物が現れる。
『幻想郷でこの人間を知らない者は居ないでしょう!楽園の素敵な巫女!博麗霊夢選手の登場だぁ!』
 ワッと沸き立つ会場。
『続きまして、ちゃんとルールを理解しているのか?!妖精界の狂犬とはあたいのことだ!チルノ選手でーす!』
「ボートだろうが何だろうが、あたいが一番だからねーっ!」
 チルノの猛りに客は笑いつつも盛り上がる。
『お次は月からの刺客!師匠が怖いからここまで来た!鈴仙・優曇華院・イナバ選手―っ!』
「いや、何てこと言うのよ!間違ってはないけど…」
 微妙なテンションで鈴仙が入場してくる。
『続いては開催地枠だからって不正はしません!二柱の力を借りるのは反則だぞ!東風谷早苗選手!』
「ここで負ける訳には行きませんからね!」
『更に、人形の操作に比べれば船の船の操舵など朝飯前!意外な出場者!アリス・マーガトロイド選手!』
 淡々と入場してくるアリス。
「まさかアリスが出るとはね」
 霊夢は厳しい目つきでアリスを見ながら言う。
『更にお次も魔法使い!スピード勝負なら今も昔も私が一番だ!霧雨魔理沙選手!』
「馬鹿にしてんのかあいつ」
『次は旧地獄からの使者!湖蒸発させて陸上競技にしたるわい!霊烏地空選手―!』
「うにゅ?これから何するんだったっけ?」
『続いては我々山の妖怪からの参戦者!謎の科学が炸裂するか!河城にとり選手!』
「ひゃあ~!人が一杯だぁあ!」
『お次はすごい!まさかこの人が出てくれるとは!命蓮寺から聖白蓮選手の入場だー!』
 さすがに人々からの人気も高い白蓮の入場に、会場も一気に沸く。
『命連寺からはもう一人!お前らにプロの操船を見せてやる!沈めるだけの能じゃない!村紗水蜜船長だーっ!』
 ムラサはギュッと拳を握り締めて入場をする。
「お!聖の次はムラサですよ、ナズーリン!」
「見ているよご主人…」
 肩をがくがくと揺すられながら、ナズーリンは迷惑そうに顔をしかめる。
『以上のメンバーでレースを行います!因みにアナウンスは私!取材をしていたはずがいつの間にか実況になっていたぜ!射命丸文でお送りします!』
「霊夢…まさかあれだけ人のことを馬鹿にしておいてのこのこ出てくるとはな…」
 魔理沙は霊夢に向かって言う。
「魔理沙…何か勘違いしているようだけれど、私は一言も嘘なんて吐いていないわ」
「なに?」
 霊夢はそれだけ言うとスタスタと自分のボートの前に歩いて行ってしまう。
『それでは、簡単にレースの概要を説明しましょう!ルールは至ってシンプル!定められたコースから外れないようにこの全長凡そ10kmほどのコースを一番最初に一周した選手の勝利です!その間相手選手への妨害も認められます!つまりは攻撃ですね!ただ、ボートに乗っていると見せかけて実は浮いてました等の反則が行われないよう、選手達にはレースの前に地霊殿の主、古明地さとりさんからのメンタルチェックを受けていただいております』
 選手達の上を旋回しながら文が言う。
『ではそろそろ時間もやってまいりました!各選手、準備をよろしくお願いしま……あぁああ!?』
 喋っていた文がいきなり実況にあるまじき叫び声を上げる。
 それも止む無し、会場はそれ以上の割れんばかりの歓声に包まれる。
「ひ…聖!?」
 隣に立っていたムラサも驚いて聖を見る。
『なんだぁ!?白蓮選手、突如服を脱ぎだしたぞぉ!?』
 周りの声などどこ吹く風。白蓮はそのままいそいそと服を脱ぎ続ける。
「ひ、聖!こんな所で何をっ!」
『ま…まさか聖職者の裏の顔にはこんな脱衣癖が……い、いや!違う!』
 聖の服の下から出てきたものに、文は声を高くする。
『これは水着だぁあー!白蓮選手、服の下に水着を着込んでいました!この事実の意味するところは一体なんだっ!』
 まさかの白蓮の水着姿に一気に観客のボルテージが高まっていく。
「私にボートは必要ありません」
 凛として顔で、白蓮は宣言する。
「この身体のみで、他の方と勝負をさせていただきます」
『こ…これはなんと!いきなりルール無視の強烈な宣言だぁ!運営委員会!これはいいのでしょうか!?』
 文は運営者席に視線を遣る。
「彼女は申請登録の時点でボートを使わない旨をこちらに告げていますね」
 選手の申し込み用紙を見ながら咲夜はレミリアに言う。
「じゃあまぁいいか。客も盛り上がってるみたいだし」
 レミリアはクルクルと指を回してそのまま進行させるように文に促す。
『運営側からの許可が下りたようです!白蓮選手、まさかの肉体での勝負だぁ!』
 観客から一気に歓声が沸く。
「ひ…聖ったらボート相手に泳ぎで勝負だなんて無茶ですよ」
 はらはらした表情で聖を見つめる星。しかしナズーリンは星の不安をやんわりと否定する。
「いや、そうとも言い切れない。聖はなんと言っても肉体強化に特化した魔法使いだ…技術が必要な船の操舵よりも、純粋に己の力を使うことが出来る泳ぎに賭けたんじゃないだろうか?」
「な、なるほど!さすがは聖!」
 ただ一つ不安があるとすれば…と、ナズーリンは思うが、口には出さなかった。
『では、改めまして、各選手用意をお願いします!』
 文の言葉に従って白蓮意外の全員が用意したボートに乗船する。
 文は渡されていた空砲を用意し、空に向けて掲げた。
 いよいよ、Road of Scarletが幕を開ける!



 大気を震わせる轟音と共に、各ボートが一斉にスタートした。
『さぁ…!』いよいよ始まりました!と文が喋り始めようとした瞬間だった。
 先ほどの空砲の音をも超える爆音と共に、一隻のボートが飛び出した。
『あーっと!開幕早々、飛び出した選手がいます!あれは誰でしょうか!?』
 黒い帽子に黒い服。ついでに今は乗るボートも黒い。
『飛び出したのは霧雨魔理沙選手です!賭けの人気上では六位という微妙なポジションですが、ここで一気に先行したー!』
「うっせ!」
 文を怒鳴りつけながら魔理沙は一気に加速する。これぞミニ八卦路を動力とする魔理沙のボートの緊急加速技『ブーストスパーク』である。
「悪いがこのまま一気に逃げさせてもらうぜ!」
『魔理沙選手独走…いや!追いかけるボートがあります!一瞬遅れていますが等速で飛び出したのはアリス選手だ!』
 文の実況に魔理沙は大きく振り返る。その先にはボート上に立っているのは…
「アリス!」
「やっぱりね!魔理沙なら先行逃げ切りを図ると思ったわ!悪いけど、利用させてもらったわよ!」
 アリスが言う。
「こ…こいつまさか!」
 魔理沙は慌ててボートの後尾部分を調べる。そこには良く見なければ解らないほどに細い糸が括り付けられていた。
 つまり、魔理沙がこうして飛び出すのを予測して、最初から船同士を頑丈な糸でつないでいたのだ。
「アリス…睨んだとおり厄介ね」
 後方からその事態に気付いた霊夢は一人呟く。

「しまった!船長は出遅れたぞ!」
 観客席でナズーリンは声を上げる。
「え?ムラサともあろう者が…?一体どうして!?」
「いや、魔理沙が飛び出したのに気を取られて目を離してしまっていたから解らないが…でも船長ならまだ追いつけるはずだ!」
 ナズーリンの言葉に頷きつつ、星は聖を探す。
「ところで聖は!?」
「あ!あそこだ!」
 聖はボート達の遥か後方でパシャパシャと犬掻きのような姿勢で泳いでいた。
 それはもう…遅い!
 いや、速い。犬掻きにしては十分すぎるほどに速いだろう。しかし他と比べると…
『びゃ…白蓮選手おそーい!他の選手達からどんどん離されています!』
「不安が的中したな…」
 ナズーリンが言う。
「日本で体系立った水泳が完成したのは江戸以降…!つまり、最近まで封印されていた聖が最近の泳ぎ方を知るわけがなかったんだ!」
「な…なら、何故に聖はわざわざ泳ぎを…」
「いや、自分の時代では達者だったのでいけると思ったのだろう…ジェネレーションギャップが生んだ悲劇だな」
『えー、白蓮選手前評判も高く賭け人気も二位と期待値が高かっただけに、観客席からは多くの絶望の怨嗟が響いております』
「と、ともかく聖にはこのまま完走を目指してもらうとして、今は船長を応援しようか」
「そ、そうですね!」
 二人は視線を先行するボートにやった。

「わっはっはー!」
 大きな笑い声と共に、にとりのボートが一気に集団の前に踊り出る。
『おぉっと!ここに来て意外な選手が前に出てきた!』
「ちぃ!こいつ速いぜ!」
 魔理沙は船体をぶつけられないように舵を切って交わしながら言った。
 にとりのボートの船尾に取り付けられた何やら良く解らないごちゃごちゃしている機械的なものは、黒煙を大量に吹かしながら爆走する。
『にとり選手は大会協賛の八雲紫さんが考案した妖力エンジンを用いることなく、自前のガソリンエンジンなるものを使用していると聞いていますが…かなりの速度だー!』
 文の実況に気をよくしつつ、にとりは叫ぶ。
「見な魔理沙!これが私が外の世界のエンジンを改造しまくって作り上げた超ヘヴィモンスターエンジンさ!リッター200mしか走れないのが欠点だけど!」
「いやそれ、完走出来ないだろ…」
「え?」
 魔理沙に言われた途端、にとりのエンジンはプスンと気の抜けたような音を立てて止まった。
『にとり選手勝手に脱落だー!誰か出場を止めてくれる人はいなかったのかー!』

「あ!あんの河童あんなもんでうちの湖を走って!」
「まぁまぁ、あとで浄化すりゃいいでしょ」
 特別席で観戦する神奈子は飛び出さん勢いで立ち上がるが、諏訪子がそれを引き止める。
「それよりほら、早苗結構良い位置につけてるじゃん!」
 諏訪子は指差しながら早苗のボートを示す。
 早苗のボートには他のボートとは異なり風を受ける帆が張られているので遠目でも良く目立っていた。
「他の連中のように何らかの力で回しているエンジンだけじゃなく、それプラス風を操って走る早苗に死角はないわよ」
 神奈子はふふん、と鼻を鳴らす。

「くっ!東風谷早苗っ…!強敵ね!」
 ムラサはボートを進めながら呟く。
 実際船の操縦では風の力は重要なファクターの一つを占める。それを制する力というのがどれほどのアドバンテージになることか…
 しかし、それだけで負ける気はない。水面を読む事に関しては誰よりも優れている自負がムラサにもあるのだ。
「早苗も強敵だけど…」
 ムラサは後方を走る霊夢をちらりと確認する。霊夢の後ろにいるのは現在チルノだけだ。まだ全く動きを見せないのが不気味と言えば不気味である。

『聞こえる?鈴仙』
「えぇ、聞こえているわ」
 鈴仙は耳を押さえながら聞こえてくる声に応える。波長を操り、観客席にいる因幡てゐと連絡を取っているのだ。
『よーし、今鈴仙は50億分の1のラッキーガールよ。天中殺ってあるでしょ?今の鈴仙はまさにその逆。何をやったって勝てる!私の指示通りにすればね!』
「……」
 レース前、てゐからありったけの幸運を与えたと言われているのだが、正直鈴仙はその事実に対して非常に懐疑的だった。そもそも何をしたって勝てるといっておきながら指示に通りにしなくちゃならないなんてその時点で矛盾している。
『鈴仙?聞いてる~?』
「ん、聞いてるわ。で?どうすればいいの?」
 とりあえずこうなってしまっては仕方ない。毒皿のつもりでてゐの指示に従ってみよう。
『とりあえず~、ちょっと左に寄れようか』
「左?」
 左となるとコースギリギリになるが…
「よく解んないけど了解」
 鈴仙が左に舵を切った瞬間だった。先ほどまで鈴仙が居た場所を恐ろしいほどの熱量を放つ熱線が轟音を立てながら突きつける。
「な―…!」
 鈴仙が慌てて振り返った先あるのは制御棒を構えた空の姿。
『ね?ほらラッキー』
 己の身に迫った危機など関係ないとばかりにてゐは軽い調子で言う。
「ラッキーじゃないわよ!狙ってるのが見えてたのならさっさと言いなさいよ!あと一秒遅れてたら私消し炭だったじゃない!心臓止まるかと思ったわ!」

 空の凄まじいまでの熱線照射に、観客席はわっと沸きあがる。
『空選手、相変わらずの恐ろしい火力!しかし鈴仙選手も後方からの不意打ちをよく回避しました!』
「まったく、でたらめな奴だ…!」
 魔理沙は帽子のつばを指でぴんと弾きながら呟く。
 しかし幸いにも空の足は遅い。しかもさっきのを撃った反動で完全に速度が落ちている。つまり、今のはそうそう連発出来るものではないのだ。
(にしても、あいつにはあの力を加速に使うって知恵は無いのかね)
 馬鹿で助かった、と魔理沙は内心思う。
『さぁレースも3分の1を過ぎようとしています!ここからはコース中でも最長の直線が続く一番の勝負所だぁ!』
 文の言葉に、霊夢が組んでいた腕をゆっくりと解く。
「そろそろね」
 呟いて、霊夢は行動を開始する。
「早苗!空!いくわよ!」
「!?」
 霊夢の叫びに、一同が振り返る。
「ま…まさかこいつら最初から…!」
 魔理沙は焦る。
「うにゅ?私?えぇと、なにするんだっけ?」
 霊夢の掛け声に空は首を傾げる。
 空が作戦を忘れているというのは想定の内だった霊夢は、すぐさまボートを空の傍に寄せてにやりと笑いながらささやく様に言って聞かせる。
「カンタンなことよ。あなたはただ、さっきのをより強力にして後ろにぶっ放せば良いだけ」
 霊夢の言葉に、空はなるほどと笑う。

「お!やっと前開いた!」
 これまでどう左右に振ろうとも前を霊夢にカバーされて動けなかったチルノだったが、ようやく霊夢が退いたことで前方が開けた。
「あんにゃろー!霊夢め!」
 チルノは氷のパドルを目一杯回して、一気に前に出ようとした…その時だった。
 ガスッ!という音と共に船体が大きく揺れた。
「ぅわっ!な、何!?」
 慌てて確認をすると、ボートの先端に何か太い針のようなものが突き刺さっていた。それには頑丈そうなロープが括り付けられており、ロープの先を辿って行くと…
「あっ!霊夢のふね!くそーっ!これは霊夢のこうげきね!」
 突き刺さったものをチルノは抜こうとしたが、刺さった針には返しがついているらしく容易には抜けない。
 チルノが四苦八苦していたその時、
「え!?うわあ!」
 ロープに引っ張られてチルノのボートに信じられないほどの加速が加わった。完全に不意を突かれたチルノはボート上で転倒してヘリに強かに頭をぶつけてしまう。

『と…とと、跳んだーー!空選手、後方にさきほどよりも強烈な噴射を行うことで一気に加速だぁああ!しかしどういうことでしょう!?空選手のボートには霊夢選手、早苗選手もくっ付いているぞぉ!?ついでに霊夢選手のボートからはチルノ選手のボートがロープで連結されているー!』
「くそ!やられた!」
 魔理沙は叫ぶ。
「あいつら最初っから組んでいやがったのか!」
 魔理沙の叫びを遥か後方に聞きながら、霊夢はにやりと笑いながら言う。
「組む…というのとは少し違うわね魔理沙。私達はお互いの目的の為にお互いを一時的に利用しあっているに過ぎないのだから!」
『れ…霊夢選手何やらものすごく悪人っぽいセリフを吐いているー!』
 人間より聴力の優れる文にはしっかり聞こえていたらしい。
「う…空さん!もうそろそろ噴射を止めないとコースアウトですよ!?」
 いつまでも気持ちよく加速をし続ける空に、早苗は声を掛ける。
「うにゅ?なぁに?」
 音のせいで聞こえないのか、早苗の叫びに空は首を傾げる。
「だから―…」
 早苗がさらに叫ぼうとした瞬間…
「ご苦労様。あなたはもう用済みよ」
 平然と霊夢はボートの連結を切り、チルノを引き連れて離脱する。
「ちょっ!霊夢さ―…!くっ!」
 早苗は一瞬ためらったが、すでにボートはコースアウト寸前のところまで差し掛かっていた。止む無く、早苗も空を放って離脱をする。
「ん?あれ、二人ともどう―…」
 したの?と空が問いかけようとした瞬間、空のボートは陸地へ乗り上げ、そのままの勢いでどこかへ吹っ飛んでいった。
 静まり返る会場。
『げ…』
 最初に声を出したのは自分の本分をいち早く思い出した文だった。
『外道だーー!なんという悪辣!霊夢選手と早苗選手、空選手を利用だけしてそのまま乗り捨てだーー!』
 文の言葉に、時が止まっていたかのような会場が一気に騒ぎ立った。
「あ…あわわ…私、なんてことを…」
「ふん、使えるものを使って何が悪いのよ」
 罪悪感に震える早苗の隣で、寧ろ霊夢は胸を張って見せた。

「お…おくうぅーーー!」
 特別席で観戦していた古明地さとりは、いきなりの出来事に完全に思考が停止していたが、我に返って一気に席から駆け出した。
「あ…あぁああぁ…さ…早苗が不良巫女に声を掛けられて不良巫女になってしまった~…!」
「あははは!早苗やるー!」
 頭を抱える神奈子の隣で、諏訪子は腹を抱えて大笑いをしていた。

「うわー!まずいですよナズーリン!霊夢たちはもうあんなに先に!」
 星はナズーリンとボートを忙しなく交互に見つつ、ナズーリンの肩をがくがくと揺する。
「わかっているよ!」
 煩わしそうにナズーリンは星の手を払う。
 確かに、この差はかなり絶望的に思える。魔理沙のような一発があるのならばまだ勝ちの目も見えるのだが…
「どうするんだ船長…」
 ナズーリンは奥歯をかみ締めた。

「腑に落ちないわね」
 レミリアの隣でパチュリーが呟く。
「何?」
「霊夢の行動…早苗を連れて行くのは解るわ。能力的にまだ利用できると踏んでるんでしょう。でもチルノは違う」
「水面を凍らせての進行妨害をさせる気ではないでしょうか?」
 咲夜の言葉に、パチュリーは首を振る。
「あの妖精にはそれほど一気に大規模な氷を展開させる力は無いはずよ。以前にうちの湖凍らせようとしてて出来なかったぐらいだしね。それにそもそも、あの妖精…」
 オペラグラスを持ち出してパチュリーはチルノを確認する。
「加速の際に頭打って昏倒してるわ」
「あらまぁ、本当ですね」
「本当ね」
 オペラグラスをパチュリーから受け取って確認する咲夜の横で、レミリアは肉眼でその様子を確認する。
「…とすると霊夢の狙いは…まさか」
 パチュリーはふむ、と拳を口に当てる。

「自分が1位を狙うことじゃないのね」
「なに?」
 隣を走るアリスの呟きに、魔理沙は聞き返す。
「霊夢の狙いは自分が1位になることじゃない。賞金を狙っていたわけじゃないのよ」
「おい、アリス何言ってるんだ?霊夢の狙いが賞金じゃない?じゃあ一体何を狙っているっていうんだよ」
「チルノを1位にすることよ」
 アリスの言葉に、魔理沙は「はぁ?」と眉を顰める。
「チルノを1位?そんなことして―…って、まさか!」
 そこまで言われて魔理沙も気付いた。
「そう、恐らく霊夢はチルノを優勝するのに持てる限りの金を賭けている。だからわざわざチルノを連れて飛び出したんだわ」
 確かに霊夢はその幻想郷での知名度も相まって賭け人気は白蓮をわずかに押さえての1位だった。つまり自分に賭けて勝った時の配当も低い。
 その点チルノは大穴狙いが僅かに買うだけの人気最下位。それだけチルノが勝った時の配当は何倍にも膨れ上がる。
「霊夢は自分に賭けて得られる配当+賞金よりも、チルノを勝たせて得られる大穴配当を狙ってたってことか」
「恐らくね」
 アリスは頷く。
『なぁああんと!霊夢選手、恐ろしい企みを企てていたぁ!自分が1位になるのではなく、チルノ選手を1位にする!これ即ち、霊夢選手に期待して賭けた全お客さんへの裏切り行為です!』
 耳ざとくアリスと魔理沙の会話を聞いていた文は、でかでかと霊夢の狙いを告知する。
「ちっ、文の奴余計なことを…」
 霊夢は舌打ちをする。
「えぇええ!?」「そんな!うそだろ!」「ひ…ひでぇ!」「外道!」
 観客たちは口々に本日二度目の怨嗟の声を上げる。まぁ今回は逆に歓声を上げる人も僅かながらいた訳だが。
「勝手に人に期待しといて、好き勝手に言うんじゃないわよ!私のやり方を見抜けなかった自分の不明を恨みなさい!」
 霊夢はそう毒づくと平然とボートを進める。

「くっ!やっぱり霊夢は恐ろしい奴だったわ!」
 ムラサは遥か前方を行く霊夢に歯噛みする。
「でも、まだいける!…はず」
 吹っ飛んでいる瞬間にちらりと見えたが、チルノはすでに気絶しているようだった。つまりこの先霊夢はチルノのボートまで引っ張ってゴールまでいかなければならないということだ。当然スピードは落ちる。
「ならまだ勝ちの目はある!」
 ギリギリのコース取りで、ムラサは目一杯速度を上げる。

「ちょっとてゐ!これまだ勝ち目あるの?」
『う~ん、駄目かもわからんね』
 鈴仙の呼びかけに、通信先のてゐはやる気なさそうに答えた。
「てゐ…あなた飽きたとか言うんじゃないでしょうね…ラッキーはどうしたのよ、ラッキーは!」
『ラッキーね…へいへい何とかしますよっと…』
 いや、だからラッキーに何とかしますとかおかしいだろう!と鈴仙は思うが、ともかく今逆転の一手はてゐに掛かっていると言っても過言ではない。黙っておくしかないだろう。
『んん?お、ねぇ鈴仙、係留ロープ積んでる?』
「ロープ?あるけど?」
『じゃ、先を輪にして思いっきり前に投げて』
 それでどうなるのかを説明して欲しいところだったが、ともかく鈴仙は言われた通りにロープの先を輪にして括り、思い切り前に投げた。

「ともかくこのままじゃ勝ち目が無いぜ!」
 魔理沙は再び『ブーストスパーク』を発動するべく準備をする。しかし…
(せいぜいこの加速が出来るのは今回含めあと2回…それ以上は私の魔力が持たないぜ…それで追いつけるか?霊夢に…!)
 もっと使うべきタイミングがあるかも知れない。一瞬迷ったが、魔理沙は頭を振って迷いを払う。
「迷ってる場合じゃない!いくぜ!」
 魔理沙は再び爆音を響かせる。…が!
「なにぃ!?」
 飛び出そうとしたボートが何かに引き止められるかのようにガクンと揺れる。加速するにはしたが、最初よりもずっと少ない加速量だった。
「おまっ!またアリスか!」
 魔理沙は振り返って叫ぶ。気付いた時には最初と同じようにアリスの糸が絡み付いていた。確かにアリスの姿が後ろにあったのだが…
「今回は私だけじゃないわよっ!」
 そのアリスも更に振り返って後ろを見てる。アリスのボートの後部。動力部分にロープが引っかかっていた。ロープの先にあるのは鈴仙のボート。
「なっ!どれだけ連結してんだ!」
 さしもの魔理沙の加速も空のように何隻も遠くへ運ぶ程のパワーは無い。

「すごいわ、てゐ!ロープ投げたらアリスのボートが自分から縄に掛かりに来たみたいに横に寄れてきた!」
『んふふ、アリスが魔理沙のボートの後ろで何かやってたから、また魔理沙が加速するんだろうなって思ったのよ。で、真後ろにいたら危険だからこっちの広い鈴仙の前に寄れてくると思った』
 それラッキーじゃなくて完全に推測による行動だろう、と思うが鈴仙としてはもはやどっちでもいい。ともかく本当にまだ勝ちの目があるように感じた。

『各選手!まだまだ諦めておりません!レースももう3分の2を終えました!いよいよ終盤です!』

 現在順位: 1位 霊夢 2位 チルノ 3位 早苗 4位 魔理沙 5位アリス 6位 鈴仙 7位 ムラサ 8位 白蓮   リタイア:にとり 空



「マズイな」
 ナズーリンは指でトントンと苛立たしげに自分の膝を叩きながら言う。
「他の連中が加速している中で船長だけは自力でボートの速度を上げることしか出来てない。今明らかに一番不利な状況だ」
 いくら水面を読めてもここは湖。海のように海流があるわけではない。それほど有利にはならないだろう。攻撃をするにしても霊夢との距離は遠すぎる。
「ナ…ナズーリンはもうムラサにチャンスはないと言うのですか?」
 驚いたように言う星。
「…ご主人には悪いが私にはもう…」
「勝つよ」
 ナズーリンの言葉を遮るように、今までずっと黙って観戦していたぬえが静かに、しかし強い言葉で言う。
「ムラサは勝つ」
 ジッと、コース上から視線を外さないぬえに、二人は思わず言葉を失う。

 霊夢は後ろから必死に追いかけてくるボート達を一瞥して、ふぅと息を吐く。
「全く…しつこい連中ね」
 そうしてスッと手を上げる。
「早苗。連中に自分の置かれている現実を教えてあげなさい。夢…希望…所詮そんなものは弱者の見る妄想だということをね!」
『あーっと!霊夢選手もはや開き直ったかのようなヒールぶりです!巫女という自分の立場を覚えていらっしゃるのでしょうか!?』
「で…ですが、霊夢さん」
 ためらう早苗を霊夢が怒鳴る。
「早苗!何を甘いことを言ってるの!私達のしていることはルールに抵触している!?反則でも何でもないのよ!」
「…はい、わかりました…」
 重い動きで早苗はお払い棒を構える。しばらく何やら唱え、早苗が気合を入れた瞬間
『な…なんということでしょう!湖が、割れたーー!』
 後方から迫る集団のコースを遮るように、湖がばっくりと割れた。その距離実に5m近くに及んでいる。
「くっ!早苗を連れている時点でまさかとは思ったが…!」
 魔理沙は苦虫を噛み潰したような顔をする。
「確かにルール上妨害は認められる…けれど、モラルの壁によって常人が越えられない一線をこうも平然と越えてくるとはね…」
 アリスも魔理沙に並びながら言う。
『おーっと、後続の選手はこの反則スレスレの攻勢に全員足止めだー!その間に霊夢選手と早苗選手は悠々と前進!』

「さ…さなえーっ!お前はそんな反則スレスレのことを平然とするような娘じゃなかっただろーーっ!」
「あっははは!いーぞー早苗―っ!今のうちにゴールだぁ!」
 相変わらず対照的な反応を見せる守矢ニ柱だった。
 その隣では咲夜がレミリアに耳打ちをしていた。
「どうしますかレミリア様…霊夢の外道な行為の連続で観客の空気も冷え切ってますが…」
「うーん、ルール決めるの面倒くさいからって何でもありありにしすぎたか…」
 さすがにそろそろ釘を刺さねばまずいかと、レミリアが文を呼ぼうとした瞬間。
 いきなり観客が沸いた。
『魔理沙選手跳んだーー!』

「くっっそ!届けっ!」
 魔理沙は船体にしがみ付きながら叫ぶ。
 一瞬ひやりとしたが、魔理沙のボートは大きな波しぶきを上げながら無事に対岸へと渡った。
『魔理沙選手、本日三度目の加速技でこの危機を乗り切りました!果たしてあと何度この技は出来るのでしょう!?』
 霊夢は後ろを振り返りにやりと笑う。
「やはり来たわね魔理沙…でも長い付き合いの私には解る。あんたの魔力からしてさっきの加速が出来るのは3回が限度!つまりあんたにもう足は無い!」

『さぁ、他の選手はどうしたものでしょうか!?これまでは魔理沙選手の加速にくっ付いていたアリス選手ですが、この度はタイミングを逸したか!?』
 アリスは船を停めながら肩を竦める。
「今のに私がくっ付いていたら飛距離が足りずに共倒れになってたわよ。私はもう降参。諦めたわ」
 人形に白旗を降らせるアリスを、文は上空から確認する。
『あー、アリス選手、ここで無念のリタイア!人気も4位と高かっただけに観客からのため息も大きく聞こえます』

「てゐ!てゐ!私どうすればいいの!?」
 鈴仙はてゐ呼びかける。さすがにこの状況を自力でどうこう出来るとは思えない。
『うーんそうね…』
 しばらく空白の時間があったあと、てゐは言う。
『あっ!今から三秒後に真っ直ぐ出て!』
「三秒?解ったわ!」
 頷いて鈴仙は三秒を心の中で数える。
『大丈夫!鈴仙は50億分の1のラッキーガールなんだから!』
「うん、そうよね!私はラッキーガール!」
 鈴仙は自分に言い聞かせるように呟いてから、一気に飛び出した。
『おぉおっと!鈴仙選手、いきなり行ったーー!』
 行け行け行け!と思う鈴仙の思いとは裏腹に、鈴仙のボートは空中の途中で失速してそのままクレバスに落っこちていった。
「ちょっ!てゐーーーー!」
『あははははは!鈴仙の今の落ちっぷり!あははははは!』
 落ちてゆく鈴仙の耳に聞こえてきたのはてゐの爆笑の声だった。
 鈴仙・リタイア。

『果敢に挑んだ鈴仙選手でしたが空を飛んで脱出してしまったため失格となります。これで湖の割れ目の向こうに残るはムラサ選手のみ。この状況を打開する手立てはあるのでしょうか?』

「どうする気だ船長…!フルスロットルで突っ込んだってさっきのウサギの二の舞になるだけだぞ」
 ナズーリン達はハラハラしながら祈るような気持ちでムラサを見守る。

「まだ、手はある!」
 自分に気合を入れるように叫んだムラサは、そのまま全速で割れ目に向かって飛び出した。
『ムラサ選手行ったー!』

「む…無茶です、ムラサ!」
 星の叫び通り、ムラサのボートは途中で勢いを失いぐらりとクレバスに吸い込まれていく。

『あーっ!駄目だっ!ムラサ選手落ちるっ!』
「ここだ!」
 再度叫び、ムラサは前方のコースラインを示す御柱に手元に出現させたアンカーを打ち込んだ。
「引っけえええ!」
 そしてアンカーを引き戻す力を利用して強引に反対側に着水した。
『わ…渡ったーー!ムラサ選手、見事この難関を突破しました!』
 手に汗握るムラサのウルトラCに、客席は一気に沸きあがる。
「やった!ムラサっ!」「いけるぞ船長!」「もう少しですムラサ!」
 命蓮寺の仲間たちも口々に声援を送る。

「あ…あいつ神聖な御柱になんつーことををををを!」
「まぁまぁ、こないだ切り出したばっかりの形だけのヤツなんだから大目に見ようよ」
 怒り心頭と言った風の神奈子を、ここでも諏訪子が抑える。
「うーん、それよりすっかり早苗が失速しちゃったなぁ。別に気にするようなことなんて無いのに。真面目なんだから…」
 チルノのボートを引っ張る霊夢より遅くなってしまっている早苗を遠目に見ながら、諏訪子は唇を尖らせた。

 先行する霊夢はムラサが起こした歓声に振り返り後ろを見る。
「あの船幽霊も越えて来たか…でもあいつはあそこまでね。早苗の心も計算通り折れた今、何も変わりはしない。この博麗霊夢の勝利は!」
 実際に優勝するのはチルノということになるが。
『さぁ、霊夢選手は最後の1kmに差し掛かりました!このまま一人独走の優勝をしてしまうのか!?』
「当然よ!もう私に追いつける者はいない!」
 勢い込む霊夢の遥か後方から、叫び声が聞こえた。
「待て!霊夢ぅぅぅーーーー!」
 魔理沙が持てる力の全てで以って追いかけてくる。
「悪いわね魔理沙!一手、私が上よ!あんたのミニ八卦路による加速は3回!もうあんたに足は無い!」
 あの割れ目越えさえなければ…純粋な加速に使用できれば或いは追いつけたかもしれない。しかし…
「今回は私の勝ち!」
 高らかに霊夢がそう宣言する。
 しかし魔理沙はそれを聞いてにやりと笑って見せる。
「そう思っただろ?甘いぜ、お前」
 言うと同時に魔理沙のボートが爆音を上げる。
 あの、緊急加速だ!
『出たー!魔理沙選手の加速技だーッ!』
 ワッと湧き上がる歓声。
「なっ!?4回目ですって?」
 予想外の事態に霊夢は驚愕し、そして咄嗟に気付く。
「まさかアリスっ…やられたわ!」
 ギリッと音がしそうなほど歯噛みする。
「霊夢、気付いたみたいだな!その通りさ!あの割れ目越えで加速を発動させたのは、私じゃあない!アリスだぜ!」
 魔法使いのアリスが魔理沙の近くにいた時点で気付くべきだった。
「こんな単純な手…!」
 やはり最初に思ったとおり、霊夢の一番警戒するべきはアリスだったのだ。
「アリスは言ってたぜ!協力する代わりに、お前に一泡吹かせろってな!」
 今まで一度も発動されることの無かった魔理沙一人での加速。その効果は絶大で、見る見るうちに霊夢との差を詰めていく。
『魔理沙選手、このままいけば霊夢選手に追いつきます!』
 一気にヒートアップする客席。
 しかしこの時誰も気付いていなかった。
 霊夢と魔理沙の意識の違い。魔理沙は自分でゴールを指さなければならないが、霊夢は違う。
 ふぅ、と霊夢は深く息を吐いた。
「この手だけは使いたくなかったんだけど…」
 言いながら、霊夢はボートを止めた。
『な…なんでしょうか?霊夢選手なんとボートを止めてしまいました』
 そして、未だ気絶をしているチルノを乗せた氷ボートを先行させると、軽く魔理沙の方を振り返り、言う。
「こうさせたのは魔理沙…あんたよ」
「なに?」
 言い終わると同時に霊夢は叫ぶ。
「宝具『陰陽鬼神珠』!」
 突き出した霊夢の掌から巨大な光の珠が飛び出した。しかしそれは魔理沙に向けられたものではない。
「れ…霊夢!お前ぇえ!」
 魔理沙は叫ぶ。
 光の珠は、霊夢の前方にいるチルノを巻き込むと、そのままゴール目掛けて一直線に飛んでいく。
『ひ…ひどすぎるぅううーー!』
 文が叫ぶ!
『気絶しているチルノ選手をスペカで巻き込んで、そのままゴールに叩き込む気だー!誰もこんなこと考えても実行はしなーーい!』
 観客はブーイングも忘れて完全に言葉を失っていた。
「くっそ!」
 魔理沙は攻撃でチルノを叩き落そうとするが、ここからでは遠すぎる。それに余力の無い今の魔理沙ではあれを打ち落とすほどの攻撃が出来ないだろう。
「さぁ!見なさい!今度こそ間違いなく私の勝ち!」
 完全にボートを止めて叫ぶ霊夢。
 ゴールに迫るチルノ。
 その瞬間、会場にいる誰の目にも世界がスローモーションに感じられた。
 このまま霊夢が勝つ。
 誰もがそう思った。
 ただ、一人を除いて―…
「まだ!」
「ぬ…ぬえ?」
 静まり返る客席の中で、ただ一人ぬえだけが別の結末を見ていた。
「ムラサは勝つ!絶対に!」
 苦し紛れの現実逃避…仲間のナズーリン達ですらぬえの言葉をそう思った。しかし、そうではないことに気付く。ぬえの顔は絶望や悔しさ、そういうものとは全く違う、もっと強い確信にも似た意志に満ちていた。
 一体何が彼女にそう思わせるのか?
 ナズーリンが口を開こうとした瞬間だった。
『うぉおおおおおおおおおおおおおおお!』
 会場が今日一番の歓声に包まれた。
 一体何が…!?
 ナズーリンはコースに視線を戻す。
「!?」
 消えている?
 あの巨大な光の珠が…
 空中に舞うのは氷の欠片、チルノ、そして光の残滓。
 最後にもう一つ。
 あれは…
「「船長の撃沈アンカー!?」」
 星とナズーリンは同時に叫ぶ。
 そして察する。
 ゴール直前に迫った光の珠を、水中から飛び出したアンカーが掻き消したのだ。
『な…なんだあああ!?水中から飛び出したムラサ船長のアンカーが、光の珠を掻き消したーーー!』
 ドボドボと水中に落ちる飛散物。しかしチルノは、いやボートの破片すらゴールラインを割ることはない。
「そうか!船長はスタート時にこれを仕込んでいたのか!」
 ナズーリンは叫ぶ。
 ムラサが露骨に出遅れていたので不自然には感じていたが、最後の保険を仕込んでいたのだ。
「ぬえ!君はそれを見ていたな!?だからそんなに落ち着いていたのか!」
 興奮しながら言うナズーリンに、ぬえは肯定も否定もせず、「べぇ」と舌を出してみせる。

「な…ななな…そんな…嘘でしょ…」
 勝利を確信していた霊夢は走ることも忘れて、ただ震える。
「くっ!」
 そして霊夢は遥か後方を走るムラサをキッと睨む。
「この!船幽霊ごとき薄っぺらな藁の家がっ!私の崇高なる計画をよくも!」
『ショックのせいでしょうか、何やら霊夢選手意味不明な言葉を喋っています!』
「もらったぜ!」
 完全に足の止まっていた霊夢の隙を突いて、魔理沙が一気に霊夢を抜きに掛かる。
「なっ!しまった!」
 慌てて霊夢も走り出すが、もうすでに魔理沙に並ばれてしまっている。

 そんな先を行く二人の背中を見ながら、ムラサは息を吐く。
「私は、ここまでかぁ」
 ゆっくりと、ボートの速度を落とす。
「まぁ最後にちょっとはいいところ、見せれたかな」
 悔しい。
 ものすごく悔しいけれど…
「仕方ないかぁ」
 そう呟いてムラサは空を仰いだ。
 ―と、次の瞬間。
「本当にそれでいいのですか!」
「わーーっ!」
 いきなり水中から何かが飛び出してきたので、ムラサはボートから落っこちそうになるほど驚いた。
「って…聖!?」
 現れたのは、間違えようも無く白蓮だった。
 姿の確認はしていないが、天狗のアナウンスで早々にリタイアしたものと思っていたが…
「どうして聖がここに!?」
 白蓮をボートに引き上げながらムラサは尋ねる。
「ようやくより速い泳ぎのコツを掴んでここまで追いついたのですが、もうさすがに私の魔力も切れそうなんです。やはりスタートの差を埋めるのは厳しかったですね」
 聖ははぁはぁと肩で息を切らせながら言う。
「ス…スタートの差って…」
 一体どれだけの速さで追い上げてきたのだ。魚雷か、あんたは。とムラサは思うが口には出さない。
「それよりもムラサ!何故諦めるのですか!」
「え?」
 水着姿の白蓮にいきなり迫られて、ムラサは仰け反る。
「そ…それなら聖だって」
「私は魔力が切れたから、追いかけたくとも追いかけられないのです。でもムラサは違うでしょう!?」
「や、まぁ…」
 そりゃ走れと言われれば走れるが…でもどうやってもひっくり返せない差がもうすでに付いてしまっている。今、こうしている間にも…
「走りなさいムラサ!今こうしている時も、あなたを信じて応援している者がいるのですよ!?」
「え?」
 ここまで差が付いてまだ?そんな馬鹿な。
「聞こえませんか、あなたにも」
 こんな大勢の人数が叫んでいる中で聞こえる?
 半信半疑の気持ちでムラサは声援に耳を傾ける。しかしやはり、そんな声はさっぱり聞こえはしない。
「聞こえるはずです。あなたのことを想い、送り出してくれた人のことをあなたも想うのです」
 自分のことを想い、送り出してくれた?
「そうだ…」
 思い出す。
 絶対優勝すると、約束していたことを。
 あいつはきっと声に出して応援するような奴じゃないけれど…
「聞こえた」
 大勢の、耳が張り裂けるほどの声援の中に、確かに聞こえた。
「ぬえの声…みんなの声!」
 ムラサの言葉に、白蓮は微笑んで頷く。
「勝ちなさいとは言いません。ただ、あなたの想いで応えてあげてください」
「はい!」
 ムラサは力強く頷く。
 そうなればと、ムラサは急いでボートを動かそうと準備をする。
 しかし、その肩を白蓮ががっちりと掴んだ。
「ところでムラサ、ここから勝つための作戦があるのですが―…」
「は…はい?」
 キラリと目を光らせる白蓮にどアップで迫られ、ムラサは硬直する。

『な…なんでしょうか?』
 前方の二人にばかり気を取られていた文、及び会場の人間たちは完全に停止したものと思っていたムラサのボートがゆっくりと動き出したことにようやく気が付いた。
『ムラサ選手…と、あれは白蓮選手!?いつの間に…』
 ムラサのボートのすぐ後方には、湖に胸元まで浸かっている白蓮の姿があった。
『一体何を―…』
 文が言いかけた瞬間、聖はムラサのボートをガッツリと両手で掴んだ。
 そして―…

「コースアウトしないように、しっかり舵を取るのですよ!」
「はい!」
 白蓮はムラサのボートを持ち上げるとおもむろに―…
『んな…!?投げたーー!?』
 白蓮から放たれたムラサを乗せたボートは、まるで高速回転を掛けた石のように水面を切りながらものすごい速度で進む。
「うぎぎぎ…!」
 自身に掛かるとてつもない重力に耐えながら、ムラサは何とかコースを外れないように舵を切る。
『これはものすごい速度だ!今日見た中で一番の加速かもしれません!』
「なに!?」
「なんだそりゃ!?」
 ザブンと音を立てながら、ボートは霊夢と魔理沙に追いつき、そして
『な…並んだーー!』
 観客は総立ちで声を上げる。
「嘘でしょ!?」
「こいつ…!」
 戦慄する霊夢と魔理沙。しかし、それは一瞬で、すぐに意識を前方へと戻す。
『ラスト!100mにして、なんと三隻のボートが並びましたー!』
「いっくぞーー!」
 ムラサは叫ぶ。
『珍策、奇策、色々と飛び出した本レースでしたが、最後の最後は小細工なし!真っ向勝負だー!』
「だあああー!」
 魔理沙が吼える。
『果たしてこの最後の勝負を制するのは…霊夢選手か、魔理沙選手か、はたまたムラサ船長かーっ!』
「せめて賞金はーーっ!」
 霊夢も猛る。

「頑張れ船長!」
「ムラサ!」
「ムラサぁ!」
 命蓮寺の面々が口々にムラサへのエールを送る。
「が…頑張れムラサぁ!」
 そしてその中に混じる、不器用そうな、不慣れな声援。

 確かに、ムラサにはその声が聞こえた。



 不自然なほどの静寂に包まれる会場…ゴールラインを越えた三人はボートの上で倒れこんでいた。
『けっちゃーーーーく!』
 文が叫ぶ。
『最後の最後でのデットヒート、その激闘を制し、第一回Road of Scarletレース優勝の栄光に輝いたのは…』
 会場中が固唾を呑んでアナウンスを待つ。
『命連寺、村紗水蜜船長ー!』
 一気に沸きあがる歓声に、会場が揺れる。

「やったー!ムラサがやりましたよ、ナズーリン!」
 涙をぽろぽろ溢しながら、星はナズーリンを抱き上げる。
「あはは、なんて顔だご主人、みっともない…」
「あ、いや…そういうナズーリンもじゃないですか!」
「え?」
 言われて初めてナズーリンは自分の目にも涙が溜まっていることに気が付いた。
「なるほど、確かに人のことは言えないな」
 そう言ってナズーリンと星は笑いあう。
「…と、なるともしかして―…」
「こっち見んな!」
 隣を振り返ろうとする二人の顔を、ぬえは両手で押し返した。

「あーあぁ、負けたぜ」
 身体を起こしながら、魔理沙が言う。
「まぁ、間違いなく私が2位だろうけどな」
 魔理沙の視線を受けて、霊夢も身体を起こした。
「いやもーどーでもいいわぁ…」
 二人のやり取りに笑いながら、ムラサも起き上がる。
 …と、いつの間にか隣にボートを寄せて来ていた魔理沙が、ムラサに向かって手を差し出していた。
「え?」
「え、じゃないだろ。こういうのの最後は、こうして終わるものらしいぜ」
 にやりと笑う魔理沙に、ムラサも笑顔で手を差し出して答える。
「いい勝負だったわ」
 ぎゅっと、二人は手を固く結ぶ。
「まあ、お前最後かなり反則くさかったけどな」
「あんたは人のこと言えないでしょ」
 魔理沙にツッコミを入れながら、霊夢もボートを寄せてくる。
「霊夢にだけは言われたくないぜ」
 魔理沙の言葉を無視して、霊夢も手を差し出す。
「勝負の後は遺恨を残さず…ってね」
 頷いて、ムラサは霊夢の手を取る。
「ありがとう、いい勝負だった」
「まぁ、でもとりあえずあんたは後で退治ね」
「遺恨残しまくりじゃねぇか」
 さらりと恐ろしいことを言い放つ霊夢に、ツッコミを入れる魔理沙だった。


 その後の順位発表、賞金の授与と、プログラムはしめやかに消化された。
「ムラサー!」「船長!」「おかえりムラサ!」
 湖の畔でムラサの帰りを心待ちにしていた命連寺一同は、ようやく戻ってきたムラサに歓声を上げる。
「よくがんばりました、ムラサ」
 先に皆のところに戻っていた白蓮微笑みながら言う。
「結局、聖のお陰で勝てたようなものですけど」
 えへへ、と後頭部を掻くムラサ。
 その言葉に白蓮はゆるゆると頭を振り、そっとムラサの頭を撫でた。
「あなたが、皆の想いに応えてくれたからこその結果です」
「う…う~ん」
 ムラサは、聖がそう言ってくれるのならばそれでいいかと思うことにした。
「あれ?ところでぬえは?」
 ムラサはキョロキョロと周囲を見回すが、ぬえの姿はどこにも無かった。
 ナズーリンが少し申し訳なさそうに言う。
「あぁ、ぬえなら賞金の授与が終わってすぐにどこかに飛んで行ってしまったよ。引き止めたんだが、こういう空気は苦手なんだろう」
「そっか」
 一番優勝出来た喜びを伝えたかった相手だったが、一方でムラサはぬえならそうかもな、と心のどこかで思っていた。
「気を落とすな船長」
 ナズーリンがムラサの肩をポンと叩く。
「今回の船長の優勝を一番喜んでいるのは間違い無くぬえだよ。我々ですら何度ももう駄目だと思う中、ぬえだけが最後まで船長の優勝を信じていたんだから」
「…うん」
 ムラサは心の中でぬえに感謝の言葉を述べる。
「そうですよ」
 ナズーリンの言葉を受けて、星が続ける。
「ぬえったら最後の直線になったら誰よりも必死な大声で応援していたし、優勝が決まってからは泣い―…」
 そこまで喋った瞬間、星の頭にUFOの形をしたものが激突した。星はくらりと頭を一度回してからもんどりうって倒れる、
「うわ!ご主人!」
「余計なこと言うな!あと泣いてない!」
 いきなり上の方から声が落ちてきた。この声は間違いようもなく…
「ぬえ!」
 ムラサは飛び出したい衝動を抑え、下から声を掛ける。
「私、優勝したよ!」
 貰った優勝の証である金一封がぬえにも見えるようにを頭上に掲げる。
「知ってるわよ、ばーか!」
 それだけ叫ぶと、ぬえは皆に背中を向けてどこかへ飛び立とうする。しかし、しばらくの逡巡の後、意を決したようにもう一度こちらへ向く。
「ムラサー!優勝、おめでとー!」
 両手を口に添えてそれだけ叫ぶと、今度こそぬえは何処かへ飛んでいった。
「ぬえ…」
 遠くて表情などは読めなかったが、ムラサの心は十分に満たされていた。
「ぬえったら、あんな顔して…可愛らしいですね」
「え!?聖には見えたんですか?」
 隣の白蓮だけが、あらあらと言った調子で微笑んでいた。
 ぬえが一体どんな表情で叫んでいたのか、結局白蓮は誰にも教えはしなかった。


 こうして第一回Road of Scarletは大盛況のうちに幕を閉じた。



エピローグ・焼かずにはいられない
「いやー、ものすごい儲けだわ、これは」
 レミリア達は左団扇で紅魔館への帰路についていた。
「軽く見積もってもうちの収入の3年分。まぁ純利益じゃないけどね」
 パチュリーは言う。これまでの準備代のマイナスに加え、更に少々分け前を各所に払うことになる。
「でもこれで当座は十分に凌げますわ」
 お金の入った風呂敷を担ぐ咲夜も満足顔。
「こんなに簡単に儲かるのなら恒例行事にしてもいいわね!そうすれば幻想郷の経済を我が紅魔館が握るのもそう遠くないわ」
 ふふふ、と野望の華を咲かせるレミリア。
「……ん?」
 紅魔館の湖畔にたどり着いた一同は、顔をしかめた。
「なんか、変な臭いしない?」
「そうですね。何か焼けているような臭いと言いますか…」
 レミリアに振られて咲夜も首を傾げる。
「そう、ちょうど―…」
「うちが燃えるような」
 指を指すパチュリーの視線に合わせて湖の先に目をやると、そこには見事に燃え上がる紅魔館があった。
「な…何よこれ!!なんで!?」
 慌てて館に近づく三人。
「あら~…見事に炎上していますね」
「ステーキで言えばウエルダンね」
「ってー!なんで二人とも落ち着いてるのよ!」
 レミリアは落ち着き払った二人に怒りの言葉をぶつける。
「あら、あそこにいるのは美鈴達。全員無事なようで何よりですわ」
 レミリアの言葉を聴いているのか、咲夜は外に非難していた美鈴たちに声を掛けた。
「さ…咲夜さ~ん…」
「もう、あれほどゆで卵を作る際には気をつけるように言っておいたでしょう?」
「ゆで卵じゃないですよう!何かどこからかいきなりボートに乗ってあの地獄の烏が火を噴射しながら紅魔館に突っ込んできたんですよ!」
「地獄烏が?ボートで?」
 そう言えば、今日まさにそんな映像を見たような…
「い、いやいや!いくらなんでもそんなに飛んで来ないでしょう!それもこんなピンポイントに!」
 レミリアは手をぶんぶん振りながら叫ぶ。
「い、いやそれが…」
 美鈴は言いにくそうに言う。
「妖精メイドの話では、烏はいきなり空間の裂け目から現れたように見えた…って…」
「あらまぁ」
 咲夜はわざとらしく驚く。
「つまり…これは、あれね…」
 レミリアは肩を震わせる。
「八雲紫ぃいいーー!」
 うがー、とレミリアは両腕を上げて叫んだ。
 なるほど、紫は大会運営の協力はしても、はなからレミリア達を儲けさせる気などなかったということらしい。

 その後紅魔館一同の必死の消火活動により、三時間後には無事鎮火した紅魔館だったが、その修繕費にはきっちり紅魔館収入の3年分を要したという。

「ほらね、私の読みは当たったでしょ、レミィ」
「もう、こんな大会二度としない!」
                            《終わり》
 何も書いてなかった四年間で出た新キャラを動かしたいなと思い、とりあえずレースなら大勢出せるだろうと考え出来た作品でした。それに、動きのある話に挑戦してみたかったので…動きを盛り上げる表現ムズカシイです。
 船と縁のあるらしい神霊廟のキャラが出ていないのは新作を買い損なったからです。チキショウ!

 シーンとか登場キャラとか色々と削ったつもりですが、それでも前作の3倍以上の長さになってしまいました。撤収はかなり急いだのですが…分割して投稿するべきかとも思いましたが、一括で投稿させていただきました。

 まだまだ色々と書きたいことはありますが、キリが無いのでこの辺で…
 あぁ、タイトルはゲーセンにあるゲームからのモジリです。英語力が全然無いので、英語的におかしいぜ、とかは解りませんが。

 >>2様 奇声を発する程度の能力様
 うぼあ。読み直しをしたつもりがこんな盛大なミスをををを…
 これは妖精じゃ!妖精の仕業じゃ!…というわけで修正させていただきました。ご報告ありがとうございます。
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コメント



0.780簡易評価
2.90名前が無い程度の能力削除
>妄想の翼を広げてどっかに行ってしまうレミリアを、パチュリーが制する。
>「待ってパチェ」

ここは「待ってレミィ」ではないかと。

しかし、たしかに紅魔館の収入源って何なんだろう?
3.100名前が無い程度の能力削除
霊夢の外道っぷりに惚れた。
4.100奇声を発する程度の能力削除
>妄想の翼を広げてどっかに行ってしまうレミリアを、パチュリーが制する。
>「待ってパチェ」

ドキドキハラハラしながら読ませて貰いました!
12.20名前が無い程度の能力削除
オチが酷い。こんな明らかな破壊活動じゃギャグとして受け取るのも難しい。
13.90名前が無い程度の能力削除
面白かったです!外道っぷりが素晴らしい。
14.10名前が無い程度の能力削除
何でもありにし過ぎて興がそがれました。てか最後の落ちは必要ですかね?
てゐも酷いし、紫は論外。後味が悪すぎる。
16.無評価aba削除
>>2様
 個人的には領地を何かに貸してたりするのかなぁとか思っていますが、多分今後も公式に明らかになる日は来ないでしょうね

>>3様 13様
 霊夢もたいがいですが、実はまともにレースに打ち込んでいた奴がほとんどいないという…

>>奇声を発する程度の能力様
 いつも感想をありがとうございます。少しでもハラハラしていただけたのでしたら本懐を遂げれたものと言っても過言ではないです。

>>12様 14様
 コメントありがとうございます。
 私としてはむしろいかに理不尽に紅魔館を破壊するかばかりを考えていました。これこれこういう理由があってのオチです、というのも一応はありますがやはり感想は読者に委ねられるものになると思うので解説などは控えます。
 オチの必要性については、紅魔館からスタートした話ですので最終的に無視して終わるというのもどうかと。命蓮組で止めたほうがさわやかに終わるのは間違いないでしょうが、自分としてはそれは無いです。
>てゐも酷いし、紫は論外。
 紫はオチの都合上割を食った形になりましたが、てゐは正直私の中では普通にこういうキャラのイメージでした…
>何でもありにし過ぎて興がそがれました。
 これはもう心当たりありすぎて申し開きも出来ません。しかしどこまでありか、というラインを個人が自由にいじれるのが東方二次創作の魅力だと個人的には思います。いや、だから自分の設定を受け入れてくれという話ではないです。

 万人に受ける笑いを生み出すのがいかに難しいか、勉強させていただきました。
18.10名前が無い程度の能力削除
作者の視野が狭すぎる。自分の書いたものしか見てなくて自分の書いた世界が見えてない。
20.80名前が無い程度の能力削除
ちっと待て~い!!小町が居ねーじゃぁねぇかぁ!
まさに『いともたやすく行われるえげつない行為』だぁ!
だが面白かったぜぇ!
21.100名前が無い程度の能力削除
次に開催されるときには、物部布都ちゃんも出ますよね!?
単純に速さ比べじゃ盛り上がりに欠けるし、これくらいはっちゃけてても良かったと思います。
22.80名前が無い程度の能力削除
ふとちゃんがでてくれればいいです。
そして、オチは絶対こういう展開になると思ってたwww乙です
25.90名前が無い程度の能力削除
ああレミリアお嬢様……。
楽しかったです。
29.100名前が無い程度の能力削除
面白かったです。
ありがちなレースものかと思いましたが個性があって良かったです。
32.100名前が無い程度の能力削除
ぬえがぬえかわいい。