Coolier - 新生・東方創想話

ほのぐらぼん

2011/09/08 00:04:47
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※とても大切なことなので、注意事項からお読み下さい

①忙しい方はハロウィン以降にお越しください。
 2011年の11月までは、一週間ごとに話が増えていきます。

②これらの話は執筆時期に大きなバラつきがございます。
 その為、本家で新しく判明した情報に対応し切れていない箇所もあります。ご了承下さい。













暗くも明るくもない話と仄暗くもぼんやり明るい話




【倶楽部未満:猫、鳥と出会う】


「大きな鞄ね。死体でも入れているの?」

 観光目的など到底ありえそうにない殺風景な駅に降りたときから、この大荷物が人目を惹くだろうことは覚悟していた。先程まで一緒の車体に揺れていた利用者はスーツ姿の通勤者と制服姿の通学者ばかりだったし、それ以外の乗客は買い物に利用しているのだろう、食品や雑貨らしき物が入った袋を手に提げていた。此処は他所から人がやって来るなんて、まず無いような土地なのだ。加えて、私の格好はどこにいても浮きすぎる。それでも疑われるなら家出だと思っていたが、犯罪者呼ばわりをされるとは思っていなかった。



 無人駅のプラットフォームに降り立ち、躯の筋を丁寧に伸ばした。今朝から何本も乗り継いできた所為で草臥れていたからだ。都会を走り回っているライナーほどではないが、乗ってきた列車は高速で、一つ一つの乗車時間は短いものだから、席に座っていても休めた気がしない。昔みたいに日本を横断するのに一日がかりというのも面倒だけれど。どれほど車や列車が速くなろうと遠回りは生まれるし、乗り継ぎの必要も無くならない。今回だってたかが県三つ越えるのに半日掛かったが、そのほとんどが待ち時間と歩行時間だ。同じ距離でも主要都市同士を移動するなら、二十分もあれば充分だったのだけれど。

 階段横の斜路を下り、改札口に端末機を当てて駅を出る。駅前はロータリーになっていて拓けていたが、それがバスの停留所ではないことは知っていた。駅のすぐ近くに建てられた待合室に入る。誰と待ち合わせているわけでもなかったが、見知らぬ土地を歩き回る前に靴紐を結び直したかったのと、飲み終わった空き瓶を捨てる屑籠を探すためだった。床と天井が白いペンキで塗られた待合室には先客がいた。私と同じくらいの少女だった。黒いジャケットを着て、頭にも黒い帽子を被っている。薄めのジャケットから覗くシャツの襟元だけが白く、それが重たいだけになりそうな見た目にきっぱりとした清潔感を与えていた。

 少女は待合室にいたにも関わらず、入ってきた私には一切視線を寄越さなかった。木製の長椅子に座り、黙って本を読んでいる。カバーが掛けられているためタイトルはわからなかったが、形状からして読んでいるのは新書のようだった。

 人待ちで無いなら電車待ちだろうか。だがそれならば、私がさっきまで揺られていた電車に乗ってしかるべきである。ここは最終駅で、後は引き返していくのだから、電車は一択しかない。また、彼女が来たのがつい先程で、運悪く電車を乗り逃したという線もありえない。プラットフォームから改札口まで駅の外はずっと見えていたが、その時は人っ子一人見あたらなかった。

 駅前はロータリーとあって視界も開けていたし、見逃したというのは考えがたい。加えて、折り返し作業の為だろうか、電車は私を降ろした後も優に五分は駅で待機していた。となれば、彼女は私が乗った電車が着くよりずっと前から、この待合室にいたと考えるのが自然だろう。彼女は何を待つまでもなく、単にここで時間を潰しているだけというわけだ。

 待合室に備え付けられたスピーカーからはミュージックが流れていた。流行りのポップスだ。好きでもないけれど、親しみやすいメロディーは不意に口をついて出そうになる。軽くサビを歌いかけ、慌てて口を閉じる。少女を見た。ここには自分以外にも人がいるのだ。

 少女は入り口から見て奥の方に座っていた。相変わらずこちらを見向きもしない。彼女の座る椅子の横に屑籠を発見したが、頑丈そうな靴を履いた足が通せんぼうをするかのように無造作に投げ出されており、声をかけて退けてもらわない限り、屑籠には近づけそうになかった。瓶を捨てることは諦め、椅子に座る。二つある荷物の内、背負っている方を傍らに置くと、私は弛んでいた紐を引っ張り、はしご結びを解いた。いつの間にか入り込んでいた小石を出し、今度は格子結びにする。在る程度まで組んだら、履いて踵を合わす。とんとんと床を軽く叩き、感触を確かめる。本当はここで立って歩いてみた方が良いのだが、人目がある前でそこまでするのは気恥ずかしい。そんなことを彼女が気にするとも思えなかったが。バランスの確認が終わったら、良い塩梅に締め上げて、最後にきゅっと固く蝶を結ぶ。これで終わり。知っている結びの中では、私はこの格子結びが一等好きだった。


 スピーカーから流れる曲は変わっていた。今度は随分と古いヒット曲だ。昔、それを父が聞いていたのを思い出す。思い出の中の父は何故か背を向けていた。椅子に座り、ゆっくりとミュージックに耳を傾けている。
 父は偶にしかとれない休みの朝には、私が好まない真っ黒な珈琲をたっぷりと時間をかけて二杯飲む。その間に私がベーコンと卵を焼き、黄身を半熟にしたのをトーストに載せ、それをダイニングテーブルに置くと、父は低い声で礼を言い、珈琲と同じぐらい時間をかけて食べる。私はその様子を横目に、やはり同じくらい時間をかけて紅茶を飲み、トーストの他にサラダと作り置きされたスープを食べ、冷蔵庫や戸棚から用意されてあるおやつを見つけて来る。
 三回に一回くらいは父もそのおやつを食べる。父が好きなのは和菓子だったが、滅多には手に入らなかった。中でも特に好んでいたのは豆大福で、私はそれが戸棚に入っているときは、大きく見える方を父に譲っていた。父は私の食べる様子なんて見ないから、きっとそんなことには気づかないのだけれど。

――――――――アマカワサンヤ。

不意に父は口を開く。アマカワサンヤ。耳になれない。何の言葉だろうか。

――――――――アマカワサンヤ。この歌手の名前だ。

 アマカワサンヤ。私は繰り返す。その発音を聞いて、父は首を振る。上着のポケットに手を突っ込み、いつも入れてあるメモ用紙を引っ張り出し、胸ポケットからは万年筆を抜き取る。そして私を手招いた。私は机と父の両腕がつくる不格好な輪の中に入り込み、机に置かれた紙を見つめる。白い正方形の上で、飴色をした万年筆が滑っていく。“雨川山野”と文字は並んだ。私でも知っている漢字だった。

――――――――雨川山野。日本人だ。

 そう言って父から吐き出された言葉も日本語だった。私は父の字をなぞる。雨川山野。父の発音をなぞる。雨川山野。今度の発音には満足がいったらしく、父はその大きな手で私の頭を撫でた。滅多にないことに頬が熱くなり、誇らしい高揚感が胸を満たした。慣れない事をして照れたのか、父はすぐに私の頭から手を退け、ミュージックを聴くのに夢中だというようにそっぽを向いた。

――――――――母さんが好きだった歌だ。



いつの間にか曲はまた変わっていた。今度の曲は知らない。日本の曲ではないようだった。こんな穏やかな昼間には似合わないブルースで、弱々しく拙い歌い手の声よりも、伴奏のフィドルの方が遥かに豊かで深みのある歌声に聞こえた。

 スピーカーの下には電子掲示板があり、丁度この地域周辺の気温と天気を告げているところだった。最高気温二三度。最低気温十四度。晴れ。降水確率は一〇パーセント。天候の心配は無なさそうだと安心する。しかし、そのすぐ後に「熊出没注意」と流れ、ぎょっとした。ここはそんなものが出るのか。日本の熊はそれほど大きくないと聞いているが、人にとって脅威であることは変わらない。車道を外れて山道を行く予定は無かったが、わざわざ警報を出すということは、人里にも頻出しているのだろう。
 なんだか出鼻を挫かれた気分だったが、いつまでもこうしてはいられない。私は左足の靴紐も右と同じように格子状に結び直した。
そして、さてそろそろと荷物を掴み、立ち上がろうとした。
そんな時だった。


     「大きな鞄ね。死体でも入れているの?」


 言葉は突然だった。一瞬何を言われたのかわからず、慌てて未だ耳の中に残っていた音を引っつかみ、リピートさせる。「大きい鞄ね」と言われた。その通りだ。私の鞄は(正確にはザックとトローリーケースだ)二つあって、そのどちらも大きかった。これは問題ない。しかしながら次の言葉。「死体でも入れているの?」こちらは何かの聞き間違いに思われた。私は声のした方――黒衣の少女の座っている方――を見た。いつの間にか本を閉じていた少女は、投げ出していたはずの足を組み、面白そうにこちらを見ていた。




「それ、非電動力のスーツケースだよね。外見だけそれっぽくしているわけじゃない本物の。骨董品愛好家(レトロマニア)なの?でも、遠出に使うのは止めた方がいいんじゃないかしら。駅前って言っても此処はタクシーも市バスもないんだから、そんなの持って歩いたら疲れるだけよ」

 彼女の言葉は前半は興味深そうに、後半は窘めるように、しかしどちらも人をおちょくるような軽さがあった。それだけ、私の荷物は時代錯誤で見る人に奇妙に映る代物なのだ。別に好きで使っているわけではなかった。年代物の登山用ザックは服と全く似合っていなかったし、引きずるトローリーケースは追尾自動走行どころか、車輪に電動補助機能が一切組み込まれていない骨董品だ。半世紀昔の映画から飛び出してきたような自分の姿は、この土地に来るまでも目立って仕方がなかった。しかしながら、それにはわけがあるのだ。

「電動の類には嫌われている家系なの。このザックとトローリーケースは見た目は悪いけれど丈夫なんだから」

 昔から私は、私の一族は電力道具(マシン)とは相性が悪いのだ。懐中電灯などと言った至極単純な物はそうでもないのだか、リモートコントローラーあたりから怪しくなり始め、掃除機や電子レンジ辺りになると半年に一回は壊れてしまう。おかげで私の生家にあるものは、何処から調達してきたのやら、複雑な電子回路に頼らない特殊な物が多い。どの程度複雑な構造だと壊れやすくなるのか、その基準はわからない。例えばテレビやラジオなどは視聴は問題なくできるのだが、録画しようとすると失敗する。エア・コンディショナーは起動した試しがないが、電気ストーブは壊れたことがない(もっとも、我が家では石油ストーブの方を多用しているが)。時計で言うなら、デジタルは駄目でアナログは問題ない。そんな有様だから、小さい頃から非電動力の物ばかり使ってきた。彼女の言うようにレトロな物を愛好しているわけではない。特別貧しい家庭でもないが、安くもないマシンを無理に普段使いにして、試金石のごとく壊し潰していくわけにはいかなかったのだ。

 唯一救いなのは、他人の物や公共物のマシンを壊したことはない、ということだろう。上手く扱えずエラーが出たことは何度かあるが、故障は一度もない。例えば自動販売機での買い物を失敗したことが一度あるのだが、その時も順番待ちにしていた次の人は問題なく買えていた。人の良さそうなおばあさんで、すかさず私は手短に事情を話し、自分の分も買ってもらった。もちろん代金は払った。あの時のおばあさんの不憫そうな眼差しは生涯忘れないだろう。

 私はウンザリしながら一つ前の街で購入した地図を引っ張り出す。これだって端末機にダウンロード出来ていれば荷物にならずに済んだのに、残念ながら駅付きのインフォメーション機と私の端末機とでは型が合わなかった。マシンに関して運が無いことは昔からだが、一度駅から出て本屋を探さなければいけない羽目になり、なんとも閉口した。

「ひょっとしてハンミョウを使えないの?ここら辺は何の目印も無いから、地図なんか役に立たないわよ。もっとも、道も少ないから致命的な迷子にもならないけど」

 端末機の代わりに紙製の地図を取り出した私に、彼女は表情を少しだけ真面目にした。ハンミョウというのは非営利団体が運営するトラベル用ナビゲーションアプリの名称で、経済力乏しい若者の強い味方だ。登録したユーザーは無料でサービスを受けられる恩恵と引き替えに、使用期間中のルートがマッピングされるという個人情報を売り払う義務が課せられる。そして、旅行中は勿論、旅が終わった後も一ヶ月間は旅先で得た情報を提供するよう、アンケートのメールが届き続ける。それを疎ましく思う者は、企業の売り出す有料の方を使うしかない。

 さて、当の私はと言うと、メールを煩わしく思うどころか、登録手続きすらまともに遂行できなかった。何度やっても登録に必要な情報に誤りがあるの画面が出て、そこから先には進めないのだ。HPはまでは何の問題もなく行けただけに、悔しさも一入だった。私だってナビゲーション無しに知らない土地を、しかも大荷物を持って歩きたくなんてなかった。ホテルがあるのなら直接そこに送ったのだが、事前に調べた限り、ここには宿泊施設の類は存在しないようなのだ。排他的な土地柄なのかもしれないと思う。気をつけなければいけない、とも。

「お昼は済ませた?まだならここからちょっと行ったところに蕎麦屋と喫茶店があるよ」

 面白い物を見つけたというように、彼女は歩き出した私の後を追ってくる。暇つぶしだろうか。ここには時間を潰せる物は少ないのだろう。多少汚れの目立つアクティブシューズを見る限り、家に籠もって過ごすタイプでもないようだし。それならば何故あんなところで本を読んでいたのか気になってしまうが。

「蕎麦屋の方のお奨めは山菜蕎麦で、喫茶店なら日替わりスペシャル。貴女、日本語上手いし、洋食専門ってわけじゃなさそうだけど?」
「そうね。味噌汁とか佃煮も大好きよ。でも、緑茶よりは断然紅茶ね」
「私は珈琲。なら、喫茶店で決まりね」

 ほらあそこよ、と彼女は指さす。コンクリートで出来た三階立ての建物の一階―――その一角だけコンクリートに赤煉瓦を貼り付けている―――が件の店のようだった。ステンドグラスの入った木製の扉の前にはいくつもの電球がくっ付いた立て看板が置いてあり、
『喫茶 まちあわせ』と小洒落たレタリングで書かれていた。昼間だから電球は点いていない。夜にもやっているということか。

「まちあわせ?」
「そういう場所にどうぞ、ってこと。もちろんそれ以外にもね」

 店名の下には何故かゴルフボールのイラストがあった。ボールが今まさにカップホールへと転がり込もうとしている。何故こんなイラストなのだろうと近寄ってよく見直せば、ボールだと思っていたのは丸くなっている白い兎だった。ということは、カップホールだと思っていたのは兎の巣穴と言うことだろうか。

「この店は夫婦で経営していてね。旦那さんは大のゴルフ好きだから、店にもゴルフの要素を入れたかったのね。でも、奥さんは大反対。もっと喫茶店らしく可愛いモチーフにしたがったの。それで、お互い妥協しあった結果がその看板絵」

 硝子越しに店内を覗いてみる。ステンドグラスだからほとんど様子を伺えなかったが、どうやら客はいないようだった。混んでいないというのは大歓迎だが、誰もいないというのも考えものだ。今が午後の三時で、お昼時を過ぎていることを差し引いても、流行りそうにない外装ではあるが。目を惹くのはこの大きなステンドグラスだけ。グラスには白い猫と黒い猫が描かれている。二人は仲が良くないのかケンカ中なのか、白猫は黒猫の反対方向を向き、彼女―――おそらく雌だろう―――を振り向かせたいらしい黒猫は、白描の尾を前足で軽く踏んで気を引いている。逆効果だと思うけれど、可愛らしい作品だ。

「味は悪くないわよ。特別美味しいってこともないけど」

 一向に店へ入ろうとしない私に痺れを切らしたのか、彼女は右手で私の手を掴むと、左手で店の取っ手を握り、そのままぐいっと中に押し開けた。ドアベルだろうか、カシャンと頭上で音がした。ベルにしては変な音だった。



 案内だけかと思っていたが、彼女の方もお昼はまだということで同席することになった。私たちは店の出入り口とは反対の奥まった席に座り、花の形をしたランプの下で向かい合っていた。彼女はカリカリに焼いたキノコとホワイトクリームのパスタを、フォークではなく箸で巻き取っている。メニューを見ずに決めた様子からして、彼女はここの常連なのだろう。それは別に良いとして、何故お奨めだと言った日替わりスペシャルを選ばなかったのかは気になった。実はお奨めでも何でもなかったのではないかと疑いたくなる。私はというと鶏肉のフリカッセを食べている。極東の山村で出てくるには不自然なメニューに思われ、気になって特に好きでもないのに頼んでしまった。味は悪くないから、不満は無いけれど。

「いつもあんな風に声をかけてるの?」

 今更ではあったが他に話題が浮かばなかったので、私は甚だ失礼だった彼女の第一声を咎めることにした。彼女はキリマンジャロに手を伸ばしかけ、思い直したように水を取った。この後に出てくるケーキセットの為に残しておく心算なのだろう。賢明な判断だ。

「ポール・アイザックの本を読んだことが無いの?あれは有名なシーンの再現だったんだけど」

 有名なシーンと彼女は言ったが、ポール・アイザックという名前にしても聞いたことがなかった。だいたい、ポールもアイザックもファーストネームではないか。そんな珍妙な名前の作家なんているのだろうか。

「あ、ねえ。一つ提案があるんだけど。おたく未だデザート決めてないよね。このババロアお奨めなんだけど、よかったら一口……」
「生憎、今はダイエット中なの」

どうにも変なヤツに捕まってしまった。
私は水を一口飲み、カウンターを見る。カウンター内ではマスターが奥さんと話している。こちらの視線に気づき、ちょっと微笑む。マスターに何か言われ、奥さんはこちらからは視覚になっている奥の部屋方に引っ込んで見えなくなる。その部屋にはおそらく冷蔵庫があるのだ。私達があらかた食べ終わったので、デザートをとりに行ったのだろう。

さて、ここで一つ簡単な占いでもしてみよう。
彼女のケーキセットを持ってくるのがマスターなら、私はこのヘンテコな少女をナビゲーターとして連れて行く。
もし持ってきたのが奥さんなら、正常な感覚に乗っ取って、こんな怪しげな人間とはおさらばだ。

 私は密かに息を呑んでその瞬間を待った。どこかでチックタックと古めかしいアナログ時計の音がする。ふと扉を見ると、そこにはあの二匹の猫。最初に見たときと左右が反転した所為だろうか。ステンドグラスの白猫はそっぽを向いて、そのくせ、すぐ傍にいる黒猫が気になって仕方がない。今度は、何故かそんなふうに見えたのだった。













【ほのぐらぼん】



暗くも明るくもない話と仄暗くもぼんやり明るい話



【ほのぐらぼん:神様にはならないで】

「夢子ちゃん、お茶にしましょう」

さいきん、彼女はこの言葉が怖くてしかたがない。




「またですか。こう、毎日毎日甘い物ばかりでは、バランスが悪いですよ」
「だって。アリスちゃんが送ってくれたレシピ、どれも美味しそうなんだもの。それに、夢子ちゃんは何を食べても大丈夫よ。むしろ糖分はエネルギー変換率が高いんだから、丁度いいじゃないかしら」
「私が言っているのは精神分野及び行動プログラムの方です。繰り返しの生活の中でも対応力を身につけるべく、私達は日によって気分が変わるようになっているんですよ?」

そうなれば食べたい物もその時々で違ってくる。

「それに、行動モデルパターンの中には、三食甘い物が何日にも続くというケースもありません。ランダムで許容されているパターン外なんです。現状況は[生活]が正常に行われていない、ブレーンは非常事態と判断しています。これはどういう意味なのか、もちろん神綺様がわからないはずありませんね?」

なにしろ私を、私達をお創りになった方なのだから。

「なるほど、最近夢子ちゃんが怒りやすいのも、プログラムがストレスを起こさせているからなのね」
「今お気づきになったんですか」
「ええ。反抗期かと思っていたわ」
「アリスではないんですから、私にはそんなもの、あるわけないじゃありませんか」

そのようにプログラムされている子を除いて、だが。

私はてっきり、抜き打ちの動作テストも兼ねているのだと思っていた。しかし現実というのは空しいものだ。実際は娘からの贈り物を試してみたくて仕方がない、ただの親馬鹿精神だったなんて。神綺様の行動を肯定するのが私の仕事なのだけれど、ことアリスが関わった場合において、このお方は愚者を演じるきらいがある。そうなれば私はむしろ、そのことを指摘し正さなければならない。ブレーンの判断によれば、それが正解なのだから。

「お言葉ですが神綺様。私はともかく、8月からのラインに乗っている子はヴァージョン20009。過剰な糖分の摂取は変調が来す最新種ですよ」
「もう最新じゃないわ。昨日、新しい子つくっちゃった」
「……初耳ですが?」
「だって今初めて言ったんだもの」
「なるほど。お菓子作りに嵌っていたのは、新プログラム作業の息抜きを兼ねていたんですね」

うふふ、と私達の神様はお笑いになった。

「可愛くできたのよ。アリスちゃんのメモリアルデータをパターン化して、行動プログラムに一部だけど反映させてみたの。エラーが出るかなと思ってたんだけど、それはそれで参考になるからいいけれどね。今のところは順調。そうね、今日は完成祝い、しちゃいましょうか」

おそらくアリスの前ではあまりしない話を、神綺様は私には言う。私には言う。

可愛いアリス。愛して止まないアリス。
神綺様の娘で、私達の妹。
自分の出生も、自分の特殊さも、自分がモニタリングされていたことも、それが愛だと言うことも、きっときっと気づかないアリス。
たとえば私達が壊れてしまっても、きっとこの方は愛してくれる。
そんなことも、きっと知らない、可愛いアリス。

貴女は私の妹で、神綺様の娘で。
私は貴女の姉で、神綺様の娘で。

神綺様は私の神様で。
神綺様は私達の神様で。

でもきっと、神綺様はアリスの神様ではないのだと、最近私は考える。


「でもぬか喜びしちゃったなぁ」
「なにがですか?」
「夢子ちゃんの反抗期。プログラム外の行動だと思ってたのに」

神綺様は微笑んでいる。
私はやっぱり少し困ってしまう。少しだけ困惑してしまう。
ブレーンの回答はただの相槌をベストに選んでいたが、私は二番目の沈黙を選んだ。二つの適当度には大した差がなかったから。
茶器と水を魔法で温めて、アリスがいつか帰ってきたら、こんな時間も消えるのだろうかと考えてみる。

「アリスもさみしがっているでしょうか」
「どうかしら。でも大丈夫。あの子がさびしくないように、とっても良い本をあげたのよ」
「存じております。人形の本ですよね?とても喜んでいましたから、良く覚えています」

アリスは寂しがってくれるだろうか。
何れにせよ、あの子はきっと喜んで人形を創るのだろう。
寂しくても、寂しくなくても。


「ねえ夢子ちゃん」
「はい」
「アリスちゃんに会いたい?」
「はい……いえ、やはりいいです。あの子は自分に必要なことはわかっているはずですから」


ポットを傾けると、ほんわりと湯気がたつ。
神綺様の好きな砂糖の数は二つ。
だから私は角砂糖を四つ取り出して、二つずつカップに入れて、それをゆっくり掻き混ぜる。

とけろ、とけろ、とけろ、とけろ、。

味なんて、と私は思う。
本当はきっと、私達にはそれほど重要じゃないんだと、アリスはきっと知らないんだ。
私がそれに傷つかないことも、アリスはきっと知らないんだ。
それでいいのだと思う。
そうでなくてはと信じている。







「夢子ちゃんは、可愛いわね」

うふふ、と私達の神様はお笑いになった。




だから、神様にはならないで。














【ほのぐらぼん:きみが土に触れる前に】

林檎が落ちるのを見て、ニュートンは重力存在を知った。
この時見たのが林檎ではなく飛び降り自殺者だったなら、彼は落ちる人間を見て重力の存在を知ったのだろうか。
きっと違うのだろうな、と思う。



「霊夢は林檎飴に似ているわ」

いつものように酒に付き合ってあげていたら、不意に隙間妖怪が妙な事を言い出した。妙じゃないことなんて、滅多に言いやしないのだけれど。

「それはあれかしら。色的な意味で?」
「それもあるけれど。もっと寓意的な視点からの話です」
「あんたの言うことはいつもわからない」
「そうねぇ、一つだけ言えることは、林檎も飴も、単独ではそれほど似ていないわ」

余計わからなくなった。李飴では駄目なのだろうか。

「それにしても、木になる全ての林檎が落ちるの待っていたら、そのうち熟れすぎて食べられなくのも出てくるんでしょうね。ああいうのは同時期くらいにどんどん熟していくから」
「その通りよ。だから、落ちるより前にもいでしまうの」
「それで、期待より甘くなかったら飴を塗るわけ?砂糖たっぷりの」
「まさか。林檎飴は皮ごと丸ごとよ。囓って見なきゃわからないのにそんなことは出来ないわ」

紫は炬燵の上の蜜柑を取って、掌で転がす。

「甘くするにはほら、こうやって刺激を与えるのも手ですわ」
「林檎にも効くの?」

紫はそれには答えず、ああカルヴァドスにするのも悪くないわね、と笑うだけだった。



















【ほのぐらぼん:雪が林檎の実のごとく降る】

霊夢。
霊夢。

「なあに」
「寝てたろ、顔に畳の痕がついてる」
「え」
「はは。ほら、蜜柑もう一個食えよ」
「それ、私のなんだけど」
「気にするな」
「そりゃあ、気にしないけど」

ごろごろ。
甘くなれと手のひらで転がす。
ごろごろ。
蜜柑の匂いがする。


「なあ、無重力ってどんなんだよ」
「え?」
「だーかーらー。無重力だよ。あれだな、飛ぶってのは私も出来るが、無重力はそれとはちょっと違うんだろ?前にこーりんが言ってたんだ」

こーりんが言っていたんだ。
割と結構、魔理沙から出る言葉で、それは結構、昔からの言葉。

「あーうん。そうらしいけど。ほら、逆に言えば私はあんたの飛び方よくわかんないわけでしょ?」
「そうだな」
「だからあれよ、説明とか出来ないわ」
「……もしかして、というより絶対に説明を考えるのが面倒なだけだろ」
「いや、実際そんな違いなんてないと思うんだけど」


魔理沙はきっぱりと断言してくれる。嫌だなぁ幼馴染みって。

 魔理沙は出会った時から結構面倒な友達で、どう面倒かというと、面倒だからと言って遠ざけるほどでもない微妙なラインにいる面倒さだ。そういう微妙な面倒さは境内のお掃除と同じでいずれ慣れてしまう。夏が暑いのも冬が寒いのもそういうもんだと受け入れてしまうのと同じ。面倒だと思ってもゴミは掃くし、炬燵は出すし、むしろ出さないと困るし、作るのは面倒なのに毎日の食事はちゃんと食べる。そんな感じ。そんな風に慣らされて、たぶんもう十年近く経つ。

「よーし。それじゃあ、霊夢いこうぜー」
「ごめん。聞いてなかった」
「なんだよ。だからさ、まずは霊夢も箒に乗ってみればいいだろう?」

ぐいぐいと腕を掴んで、魔理沙は私と炬燵を引き離す。なんという非道な行為だろう。こんな暴虐が許されていいのだろうか。
それに、まだ温い熱燗が一瓶残っている。私にはこの子を置いてなんて行けない。

「いいんだよ。これ以上飲んだら前後不覚になる」
「なればいいじゃない。それで、温かいまま私は寝たい」

それに酔った状態で動く物に乗ると、しょっ引かれるらしいみたいなこと聞いたことがある。

「誰だそんなことを言ったのは?」
「さあ。覚えていないけど、そんな変なことを言うのはきっと紫よ」
「あいつの言う事は信用出来ないな」
「いや、今回は信憑性がある気がするわ。すごくする」
「面倒なんだな?」
「いやほんと、今日はそんな気分」
「ははん。第一、誰にしょっ引かれるんだよ」
「それもきっと紫よ」
「あいつは今眠ってるんだろう」
「そんな気もするわね。もう一月ぐらいじゃない」
「……いつからなのか知っているんだな」
「なにが?」
「別に」

がたがた、たんっ。雨戸を開ける。
空気が流れるのを感じた。
雪囲い、しとけば良かったな。
そうすれば、外に出なければ雪は見えないのに。

「およ。また降ってきたか」
「今夜はずっと降るわ」
「勘か?」
「いや、何だったかな?誰かが言ってたの。妖怪だか妖精だか」
「ふーん」

魔理沙は空を仰ぐ。
どこかでこんな光景を、自分は見たような気がする。

「こんなに軽いのに、落ちて来ちゃうんだよな」

不思議そうに、小首を傾げる。

「物が落ちるのは」
「うん?」
「物が落ちるのは重さがあるからで、物が飛ぶのは軽いからじゃない」
「なんだそりゃ」
「べつに。羽をイメージしても、巫女は飛べないと言われたのを思い出しだけ」
「なんて言われたんだ?」
「枷をイメージして」
「かせ?」
「それを外せって」
「…………」
「何にも掴まれていない。何にも縛られていない。そんなイメージ」





「霊夢」
「なに?」

魔理沙は、私を覗き込んで、ちょっと頬に触れる。

「あと、ついてる」


霊夢。
霊夢。



――――――――おきろよ













【ほのぐらぼん:いくたびも雪の深さを尋ねけり】




この雪はどこをえらばうにも
あんまりどこもまっしろなのだ

あんなおそろしいみだれたそらから
このうつくしい雪がきたのだ





眠たいこどもというのは、とてもあたたかいのだという。
けれど私が触れるモノは冷たいモノばかりだから、それが本当かどうかはわからない。
試しに目の前で動いている手頃なのをぎゅっとしてみる。

「おおお」
「うーん。実に冷たいね、氷精は」
「やめな!とけるだろー」
「平気よ。私は温かくないから」
「でもマフラー巻いているし」
「氷を布でくるんでも、かえって溶けにくくなるだけよ」
「え?そうなの?」
「そう。本当は布が温かいんじゃないし」
「そうだったのか。騙されてた」
「じゃなきゃ、アンタだって溶けているでしょ」
「おお!本当ね!」

自分の服をつまんで、きゃきゃっとした。。
やっぱり氷精は馬鹿だ。
馬鹿だからもう一度ぎゅってしてやった。
人間も馬鹿だ馬鹿だと言いながら犬を撫でるものだ。

「なにさー。ぼうせいほんのうってやつ?」
「そういう言葉、どこで覚えてくるのよ」
「ふふん。ひみつだよ!」

しゃりしゃり。
雪の粉が頬にあたる。
ふわふわで、さらっとして。
きっと私じゃなければ、千切れちゃうくらい冷たい。

「妖精は言葉を正しく使えないんだから。秘密なんじゃなくて、どこで聞いたか忘れたんでしょ」
「アンタはあたいをみくびっている。そんなじゃ寝首を凍らされるよ!」
「それで死ぬことだけはないわね」
「そうだった。やっぱアンタは天敵ね!」
「ねえ、耳元で叫ばないで」

「へっへー。恐れ入ったか」

ソイツは笑ってごろごろと転がった。
ごろごろとして、腕から出て行く
壁にぶつかった。間抜けなヤツ。
痛くはないようだけど、壁が少し壊れてしまった。

「わわわ。冷えろー凍れー固くなれー」

氷精は慌てて補強している。
ああ。涼しい。
寝床はパウダースノーで一杯だ。

「直った?」
「よゆーよゆー。あたいにかかれば夕食前ね」
「朝飯じゃなくて?」
「馬鹿だな妖怪!それじゃあオヤツが食べられないじゃん!」


ばかはおまえだ。



**


先日、冬の詩が載っている本を拾った。

 どうやら教科書と言われている本のようだったが、書いてある名前も滲んでいたし、水気を吸った本はぶわぶわと酷い有様だった。だからというわけでもないし、綺麗だったら持ち主に届けたわけでもないけど、私はそれを懐に入れた。偶に木の枝に腰掛けて、ずっと昔に気まぐれに盗み聞いた人の子の朗読を真似てみる。あれは変声期前の小さな男の子の声だった。名前を聞いた気がする。耳に残らないような平凡な名前で、冬が終わって眠って、また冬に起きたときは、すっかり頭から抜け落ちていた。今更、もう思い出すこともないだろう。


「ああ、送り幟がたっている」
「オクリノボリ?」
「ほら、あの大きな墓の近く。雪で見えづらいけど」
「ああ。わかったわかった。なんだ、のぼりか。で、送りのぼりってなにさ?」
「墓の目印。その冬を超えられそうにない人間がいる家はね、ああやって雪で埋もれきる前に、その家の墓に幟をたてるの。それで、それを見た他の村人に教えるのよ。"家の者がもう長く無さそうなので、何かありましたらお願いします"ってね。人間って変なところで謙虚で、変なところで傲慢ね」
「お願いしますって、何をお願いすんだよ」
「氷精はほんっと馬鹿。人間は非力だから、一人では墓に入れないのよ。それを手伝えって遠回しにお願いしてんの」
「馬鹿じゃない。そんなことしなくても、外に置いておいたら誰か食べるよ?」
「だから馬鹿。人間は食べられないように墓に入るの」
「わっかんないなー」
「アンタはそれでいいんだよ」




***



「なにそれ」
「本。アンタは読めないからわからないだろうけど、ここには雪の詩が載っているの」
「雪の?」
「それと、死んじゃう女の子の話」
「凍って死ぬの?」
「むしろ熱いみたいよ。女の子は病気だから、雪が食べたいって言うの。ふん。人間にしては悪くない考え方を持っているじゃない」
「女の子は雪を食べられるの?」
「さあね」
「あ、また降ってきた」
「よく降るわね」
「あの墓、埋まっちゃったかな」
「さあね」



****


「文はどうしてパシャパシャやるの」
「パシャパシャ?」
「それ、そのカラメル?だっけ?」
「カメラです」

真っ黒くてゴツゴツしたそれを、文はいつも大切に抱えている。
空気の入っていない氷みたいなガラスを磨いて、満足げに頷いてたりする。
不思議で、変で、おかしい。

「思い出は信用できないからです」
「そうなんだ?」
「そうですよ。思い出はすぐに嘘を吐くんですよ」
「思い出には口があるのか」
「……ああ、どうでしょう。見えないから何とも」
「見えないの?」
「見えるような―――気がするだけです。それを思い出と言うんです」

「パシャってやると本当になるわけ?」
「そうですねぇ。かなり公正に残りますね」
「残る?」
「うーん。なんと言ったものやら」

文は頭を抱えている。
文はよく頭を抱えてる。
だからそうするのが好きなんだと思う。
真似したことあるけど、別に楽しくなかった。
やっぱり不思議で、変で、おかしい。

いやー案外これは難しいなー。
ぎゅって眉を寄せて、こっちを見る。
そんで、
「おお」不意に手をぽんと合わせた。

「つまりですね。このカメラでパシャッとすると、そこだけ凍るんです」
「凍る」
「凍って、溶けません。ほら、氷付けになったカエルは動かないし、腐らないでしょう?そういうことです」
「うーん」

文は変な事を言う。

「じゃあ、シャシンだっけ?はやく布で覆わなきゃ」
「なぜです?」
「氷は布で包んだら、溶けにくくなるから」
「よく知ってますねー」

ふん。鼻が鳴る。

「あたいが言ったんじゃあ、ないけどさ」
「ほう。誰が言ったんですか」
「白くて青くて、冷たいやつ」
「ちょうど私の目の前にもそんなのがいますね」
「だからあたいじゃないって!」
「ほう、なるほど。友達ですね」
「友達じゃない!」
「友達じゃない?」
「テキだよ」
「ほうほう。つまり、いつも出会えば喧嘩する仲ですね」
「もちろん!……いや、そりゃま、別にいつもケンカばっかじゃない気もする。あれ?」
「ほほう」
「あー。そういや、昨日は一緒にかき氷食べたけど」
「ほー」

「アヤはフクロウなの?」
「文は鴉ですよ」





*****


「あ、鳥の死骸」
「凍死ね」
「墓に埋める?」
「放っておけば誰かが食べるんでしょう?」
「でも、パシャってするか、布で覆わないと嘘になるよ」
「……はあ?」
「わからないの?妖怪は馬鹿だな!」
「馬鹿はお前だ」

毎年冬に会う氷精はいつ会っても馬鹿で、年々その馬鹿さが複雑になっていく。
本人は気にしていないようだから、つまるところ大した差はないんだろうけど。

「ね、もう行くの?」
「まあね。春が来ちゃうし」
「あはは!妖怪は弱っちいね!」
「夏に溶けてしまえばいいのに」
「その前に布で覆うから平気さ!」
「お奨めは黒い布よ」
「なるほど!」
「くろまく?」
「そう、黒幕」

来年起きたときはこの氷精、いないかもな。
なんてね。


最近、妙に眠たくなってきたなと思ったら、案の定もうすぐ春だという。
思えばここ数日、降る雪より溶ける雪の方が増えていた。

「そういえば、あのお墓また見えるようになったよ」
「あーあったわね。そんなのも」
「見に行く?」
「さあね」


しゃりしゃり。
雪の粉が頬にあたる。
ばらばらで、ぼたっとして。
きっと私じゃなければ、千切れちゃうくらい冷たい。

そんでもって、まっしろだ。


「のぼり、消えてるね」
「予定通りだっただけよ」
「土の匂いが少しする」

たぶん、最近の雪をちょっとどけたら、直ぐ下には土色の泥雪が見えるんだろう。

「でも、今は雪がかかってるから、真っ白よ」
「お墓の字、読める?」
「読んでどうするの?」
「ひみつー」
「変な妖精」

墓の白を少しだけ払って、一番新しい文字を読んでやる。

「えーと…」



「あ」



みぞれ、みぞれ。
おもたい、ゆき。









この雪はどこをえらばうにも
あんまりどこもまっしろなのだ

あんなおそろしいみだれたそらから
このうつくしい雪がきたのだ













 
「ね、チルノ」
「なにさ」
「ぎゅって、していい?」

















  
                                         ―――――――――――――――――――――――どーぞ 















【肺に積もる雪:白】


暗くも明るくもない話と仄暗くもぼんやり明るい話



【白紙あるいは黒板】


「わからないんですか、せんせい。私はきっと、貴女の方に近いのに」

聞き分けのない子どもを、あやすように彼女は言う。
私はそれが気にくわない。


そうとも、気に入らないことなど山ほどあったのだ。







【白墨一本目】

起きる時間を間違えた所為で、夜警がそのまま朝の散歩になってしまった。

 大した雨ではなかったが、傘を差しつつ朝霧の中を歩いていく。昨晩は妖精すら里に近づかなかったようで、辺りはしんとしていた。実の重みでしなだれた稲の海を往く。あぜ道は狭く、少しぬかるんでいた。だからだろう。慧音は自分以外の足跡を見つけた。渇いておらず、真新しい靴跡。大きさからして子どもだ、と考えたところで、慧音の足は速くなった。朝の仕事をするにしても、大人にだって早い時間だ。面倒な事が起きていなければいいが。
 早歩きになってすぐに足跡の主は見つかった。こちらに背を向けている。その背格好には覚えがあった。稗田の九代目だ。彼女はただの子どもではない。少しだけほっとして気をゆるめる。しかし、心配させられたことには変わらないから、思わず挨拶より先にで叱責が口を突いて出た。
おいこら、と。こんな時分に何をしている、と。

「ああ。慧音さん」

振り返った彼女を見て、思わず息を飲んだ。
彼女の服には、べっとりと血がついていたからだ。

「その、その血は……?」

みっともなく動揺する慧音と対照的に、彼女の返事はひどく冷ややかだった。

「わたしのじゃありません。コダマネズミですよ。油断していました」

だから怪我なんてしていませんよ、ご心配なく。

 阿求は顔にまで飛んだ血が不快らしく、袖口でぐいと行儀悪く拭った。ああ、と慧音は叫びかけた。彼女の着ているものは結構な上物なのだ。そんな、雑巾のように。せっかくの織物なのに。もっとも、既に服全体が血にまみれているのだから、今更袖口が少しくらい汚れたからといってなんだというのだ。

「何て顔をしてるんですか」

 九代目の声は少し呆れていた。さて、なんて顔をしているのだろう。自分の顔を自分で見ることは出来ない。どうせ聞いても楽しくない顔だろうと慧音は稗田阿求の態度から感じ取った。

「この服はもう着られないでしょうけど、それは別にいいんです。そんなことよりコダマネズミが出たんですから、里の者を狩りに行かせないよう連絡お願いしますね」

事務的な言葉を告げられる。大人ぶった物言いようが慧音の癪に障った。

「狩りの件は心得た。だが、おまえはネズミに何もされていないのか?何も告げられてないのか?だいたい、こんな時間に何故付き人も付けずに歩いている。今朝はとても冷えているし、それに―」

「慧音さん」

阿求の声が慧音の言葉を遮る。

「アナタの声はよく通りますね」 

さすがせんせい。

 耳を押さえ、距離を取りながら阿求は苦笑した。その動作に慧音は堪らなく決まりが悪くなる。まただ。おまえは、もっと年相応にだな。なんてことを胸中に抱くが、口にはしないし、出来ない。

「風邪が流行っていると聞いた。早く帰りなさい」

手ぶらだった阿求に傘を押しつけ、今度は声を落として言った。

「そうですね。寒いし、眠いし、そうさせていただきましょうか」

 阿求はやれやれと肩を回した。大人ぶったといういうよりは年寄りくさかった。やはりおまえには若さが足らないよ、と言ってやろうか。けれどこの少女は、嫌になるくらい弁が立つ。こちらが一のことを言ったら、十くらい返してきそうで、慧音はやっぱり黙ってしまう。

「ああ。そうそう。風邪もですけれど」

帰りかけた足をわざわざ止めて、阿求はこちらを振り返った。

「白墨の粉は肺に悪いと聞いていますよ。せんせいも気をつけてくださいね」

ひょっとして社交辞令以上の気遣いを声に滲ませて、その日初めて本物の笑顔を浮かべた。

「傘、ありがとうございます。そのうち寺子屋で返しますね」

そう言って、今度はもう振り向かずに行ってしまった。


「寺子屋って」




なんだ、生徒でもないくせに。












【白墨二本目】

あめゆじゅとてちてけんじゃ。

いつも通りの慧音の真面目くさった声に、何人かの生徒は笑いを耐えかねたらしかった。

「あめゆじゅとてちてけんじゃってなんだよ」

 と笑っている。この詩を愛して止まない慧音は思わず声を大きくして言い返す。みなさん、この詩は笑ってよい詩ではないのですよ!と。そこから先はありふれた授業風景だった。慧音は詩人の経歴を、分かっている限り洗いざらい声にしてしまうものだから、話の中で彼がその詩を書きだすより前に、終業の鐘が鳴ってしまった。秋の、日没の前の鐘だ。秋は日が短い。こうなると、子ども達を帰さないわけにはいかず、慧音はがっくりと教卓に突っ伏した。いけない。また話が長くくどくなってしまった。いつものことなんだが。いつものことだからへこんでしまうのだが。

はげしい はげしい 熱や あえぎの あひだから
おまへは わたくしに たのんだのだ
(あめゆじゅとてちてけんじゃ)

 さよならというその際に、お揃いの茶碗に雪を取って来て、なんて。

「なんとも切ない、音じゃないか」

 それを笑ってしまうということは、つまるところ自分の教え方が悪いということなんだろう。しかしだな、うむ。何を端折ればいいんだ。歴史を整理するのは簡単だが、授業というのは整然としていれば良い、というわけでもないし、何よりこう、知っていることを教えてしまいたいという欲求には、逆らいがたいものがある。 再び突っ伏す。木目の感触がした。

「慧音さんはあれですね。エンターテイメント性を軽視しがちなんですよ。だから難しいとか、つまらないとか言われるんです」

 授業を受けるわけでもないのに本当に寺子屋にやって来た稗田の九代目は、教室で孤独に項垂れている教師を一匹見つけると、突っつき回して事の顛末を洗いざらい吐かせた挙げ句、ざっぱりと切り捨ててくれた。笑顔まで浮かべていた。彼女の辞書には容赦という言葉は載っていないらしい。

「阿求さん。貴女には人への優しさと、大人への敬意が足らないのではないかと、先生は思います」

恨めしげな慧音の言葉に、しかし阿求は更に笑みを深くした。

「敬意はともかく、優しさならお手頃のを持ち合わせていますよ。ほら、お一つどうぞ」

小さな指に手を取られ、手のひらを上に向かされる。ころんと転がり出たのは桃色のドロップ。

「吉ですね。まぁまぁといったところでしょうか」
「吉?」
「占い付なんです。評判らしいですよ。霧雨の店で」

飴の色で占うのだと、阿求はドロップの入った缶を見せた。

「吉は“ひたすら耐えるべし。驕るべからず"だそうですよ。何か心当たりはありますか」
「私の教師としての評価なのかな」
「さて。そう思うのならそうなのでは?」 

 すっと阿求の指が、慧音が頬杖を突く教卓を滑る。病弱で肉の無い、小枝のように細い指には、書してばかりいる所為で出来た筆だこが不釣り合いだった。彼女の人生そのままの指。短命が義務づけられた生。書に物事を書き記すためだけの命。その指が慧音の眼前で木目を撫でている。

「真っ白。こんなところで突っ伏して。服についちゃいますよ?」

からかうように笑って、ふっと指に付いた白墨の粉を吹き飛ばした。

「お前のと違って、安い布だ。第一、今更さ」

このぶんじゃ髪にもべっとりだろう。あとで湯浴みをせねばならいと思う。阿求は頷いた。

「そうですね、今更でした」
「……」
「どうかしましたか」
「いや」

肯定されてしまうとそれはそれで哀しかった。
そんな慧音の心中を知るよしもないだろう彼女は、何の未練もなく教室から出て行く。

「傘、返しましたよ」

それじゃあ、また、ちかいうちに。














【白墨三本目】

 刷毛で掃いたような雲が目立ち始めた日の休日、慧音は季節だからとお萩をこさえた。顔を見せに来たついでに巻き込まれた藤原の妹紅と二人で、豆を煮る。もわもわと湯気の立つ調理場は少し蒸し暑く、空気はだだ甘かった。砂糖を入れすぎたのかもしれないと混ぜる量を担当していた慧音が申告すると、妹紅は甘くないお萩なんてお萩じゃないさと、さほど気にしない様子だった。慧音は彼女はけっこう気さくな性格だと思う。

「慧音、最近はどうだ」
「今は生徒には詩を読ませているよ」
「詩を?」
「冬の、雪の詩だ。病床にいる妹の為に、兄は茶碗一杯の雪を求めて雪の中を駆け回る」
「冬にはまだ時間があるのに?」
「本当に冬になってしまったら、あまりに現実的で読めないんだ。怖くなる。でも、生徒には知っていて欲しい」
「アンタは、いい教師だよ」

感心したように妹紅はうんうんと頷く。だが慧音は、先の授業で醜態を晒したばかりなので、素直で真っ直ぐな評価が少し恥ずかしかった。

「一つ気になっていることがある」
「うむ?」
「最近、その寺子屋の時間にも、湖や原っぱをふらついている子をよく見かける。あれは慧音の知り合い?」

寺子屋に来ない子なんて幾らもいたが、慧音の脳裏に直ぐに現れた影は一つだった。

「上物の衣を着て、妖怪やら妖精やらに話しかけては邪険にされたり、逆に興味を持たれたりしている。正直、見ていて心臓に良いものじゃないな」
「ああうん。彼女は、なんというか。それが仕事なんだ」
「仕事?」
「そうなんだ。だからなんだ。つまり、仕方がない」

 予想通りだった。ごにょごにょと返事とも言えない返事をしながら、慧音は餅米を丸める。お萩だから餅は半分だけ潰した半殺しだ。半殺しって怖い響きだな。誰なんだろう。こんな表現を考えた人は。

「姓を稗田、名を阿求と言う。この幻想郷の妖怪や妖精や神やその他諸々を書き記し、書に起こす。それに生涯のほとんどを費やす。そういう家の、そういう役目を担う子だ」
「そんなのがいるんだ。知らなかったな」
「そうだな。妹紅は新聞を読まないから。せっかく文字が読めるのに勿体ない」
「いいんだ。人の話や噂に踊らされるとろくな事がない」

なんだかとても感情の籠もった返事が返ってきた。

「ところで」
「うむ」
「慧音は、犬って好きかな?」
「はい?」




【間】





 お萩の入った包みと、竹細工で編まれた籠を持って稗田邸を訪ねた。稗田の家は掃除婦やらなんやらで人がそこそこいるはずだ。重箱に入ってずっしりと重いお萩も、全て今日中に食して貰えるだろう。お餅は一日経つだけで驚くほど固くなる。餡の方を多く作ってきたが、この家ではきな粉と餡のどちらが人気なのだろうか。
 来訪を告げると、客間ではなく家の主の部屋まで案内された。何となくそうなる気がして、実は重箱とは別に餡ときな粉が一つずつ入った小包を持ってきていたから、慧音「今は茶菓子を用意する」という手伝い人を引き留め、茶菓子の菓子を抜いたお茶だけを頼んだ。

 二間になっている彼女の部屋に奥の方にいると言うので、声をかけてから襖を開ける。彼女はこちらに背を向けて、どうやら書簡を読んでいるようだった。部屋には猫が三匹ほどいて、みんな飼い主の邪魔にならない程度に自由に寛いでいた。外の日差しが強い所為だろう。彼女のいる縁側が酷く眩しかった。おかげで阿求を見づらい。慧音はちょっと喉に力を入れて、ええごほん、と大きく咳払いをする。

それでようやっと稗田阿求は振り返る。

「慧音さん。今日はどうかしましたか」

さあ、座って下さいな。促されて座布団の一つに腰を下ろす。一連のやりとりが、何だか医者の問診みたいだなと思った。

「いや、お萩を作りすぎてしまって。かといって、寺子屋の生徒全員に配るには心許ない。それに、この前は飴を貰ったことだし。あと、今日は実に快い秋晴れだ」
「そうですね。確かに良い天気です。それで、私の家でも作っているとは考えなかったんですか」
「………………………………ああ!」

思わずポンと手を打つ。
まったく考えていなかったが、言われてみればおかしくないことだった。

「作ったのか?」
「いいえ。でも、数日中に作ると話していたのをちらほら」
「そ、そうか」

 がっくりと肩を下ろす慧音のリアクションは、阿求から見てあまりに大げさだった。慧音の落胆振りが理解できない阿求が首を傾げるのと、慧音が脇に置いていた籠がガサっと動くのは同時の事だった。

「慧音さん?」
「………だから、少しでも良い気分でいて欲しかったんだが」

 連れてくる途中は静かだったのに。目的地に着いた事で、好奇心が勝ったのか、籠を大きく揺らした後、その茶色い毛玉は飛び出すように籠から転がり出た。実は飼い主より前から感づいていたらしい猫たちは、こちらを遠巻きに見て、しかし自分のテリトリーから逃げるような真似はしなかった。
何とも言えない空気の中、毛玉の発するフンフンともハスハスとも聞こえる、どちらにせよ間の抜けた鼻息が響いた。

「犬?」

ああ、そんな顔をしないで欲しいな。慧音は少し悲しくなった。
犬はまだ小さかった。生後間もないと妹紅からは聞いている。
勢いよく転がり出たはいいが、次とるべき行動がわからずに二人の足下をウロウロしている。

「その、阿求さん」
「なんです、改まって」

 嫌な予感がしたのだろう。阿求の声には警戒が満ちていた。慧音はそれを打ち水のようだと思う。彼女の前だと、いつも自分は燻るだけの火の粉にすぎない。熱血教師ではいられないし、そもそも教師うんぬんの前にちょっと格好悪い大人だ。何故かいろいろ上手く行かないことが多い気がする。被害妄想だろうか。犬はと言うと、猫に睨まれているからか、慧音の周りをモゴモゴと彷徨くばかりだ。ええいままよ。慧音はそのウゴウゴしている毛玉を抱き上げる。

「つまりこういうことです。犬は、飼えませんか?」
「家には猫が沢山いますよ」
「大丈夫」

 慧音は阿求の腕を取り、そっと柔らかい塊を抱かせた。すでに多くの人に品定めされてきたのだろう。子犬は大人しく、湿った鼻を阿求にちょっと擦りつけ、それからコテンと力を抜いて頭を預けた。猫たちはそれを神妙に見守っている。小さくて無防備なこの毛むくじゃらが、いつも自分たちを吠え立てる犬だと分かっていないのかも知れない。理由はどうであれ、それは大変有り難いことだった。

「ほら、違う生物でも、こうして小さい頃から一緒だと喧嘩しないんだよ」
「貴女のように?」

慧音が短く息を呑んだことに気づいた彼女は、珍しく後悔したように俯いた。

「冗談ですよ」
「ああうん、そうかもしれないが」
「慧音先生は、いい人ですね」

稗田阿求は趣旨のわからないことをよく言う。

「うーん。犬ですか」

子犬が大人しいことをいいことに、阿求はころんと仰向けにして腹を撫でてみたり、犬の耳を軽く摘んだり、暫く悩む様子を見せたあと、

「いいですよ。たぶん、主に面倒見ることになるのは他の家の者でしょうが」
「え」
「だから、この子は貰いますよ。それと、そのお萩も」
「それは助かる」

 実際、とても困っていたのだ。昼間は寺子屋があるから、こんな小さな子犬の世話なんて出来そうに無いのに、珍しく頼ってくれた妹紅にいい顔をしてしまった。ここで断られたら大人しく寺に連れて行って、その日の授業を潰して飼い主捜しに奔走させられたに違いない。



「ところで、今日は何を読んでいたんだ」

お萩を食べながら、今更のように世間話をする。

「読んでいたというか、本の装丁を選んでいたんです。何度か改訂するのはわかっていますけれど、一番最初のは気合いを入れたいじゃないですか。ほら、この紙は香を炊き込んであって、良い香りでしょう?」

 白檀の香りが鼻先にちらつく。白地に薄い桃の絵があしらってある、なんとも上品な紙だった。これもいいでしょう、ほらこっちも。慧音の反応の気を良くしたのか、阿求は次々と取り出しては色とりどりの紙を広げて見せた。彼女の持ってくる紙は、どれも気後れしそうなほど美しかった。それらの半分が香料を炊き込んだり塗ってあるもので、色と香りの両方が慧音をそわそわと浮き立たせた。思わず視線を逃したその先に、ぽつんと机の上で所在なさげにしている小物を見つけた。直径五センチほどの、平たくて丸いそれは朱肉に似ている。

「これは?」
「ああ、それですか。路端で売っていたのを、料理番がついでに買ってきたみたいで。私が持っていても仕様の無いし、良かったら先生が持って帰ってください」

蓋を開ける。先程の紙々に劣らないほど鮮やかな色が目に飛び込んできた。

「紅か」
「ええ。まだ使ってません」
「路端と言うのは?」
「さあ。私は最近話題だったこれを買いに行かせただけだったの、詳しくは」

これ、と彼女は前にも見た缶を振る。
ドロップの缶。
安っぽい音に、何故か妙に安心する。

「占いますか」
「そうだな、一つ頼もうかな」
「では」

振ると、今度もまた桃色が出た。

「二回続けてとは。この占いにも信憑性が出てきましたね」
「実は桃色しか入っていないということはないかな?」
「私はいろいろ出ますよ」


“ひたすら耐えるべし。驕るべからず"


口紅の蓋を閉め、言葉に甘えて頂戴することにする。飴玉を舌で転がしながら口紅を懐にしまうのを、阿求はじっと見ていた。

「そう言えば、もうすぐ秋祭りですね」
「ああ。だからその日は寺子屋も休みだ」
「慧音さんは行かないんですか?」
「実は町内会からのど自慢に参加しないかと声をかけられているんだが、どうしたものかな。休み明けに試験でもしようかと思っているから、その問題を作ってしまいたいし」
「真面目すぎですよ。呼ばれたのなら顔くらい出すべきです」
「うーん。でも人前で歌うのはちょっと恥ずかしいものが」
「話すのは好きじゃないですか」
「それとこれとは趣向が違う」
「残念。歌うのなら観に行こうかと思ったんですが」

そう言えば、彼女はこれで結構な音楽好きだったと思い出す。

「行けばいい。話を聞くのは貴女の仕事の助けになるんだから。私も私の仕事をするよ」

さて。そろそろ帰らなければ。
空になった籠を持ち、玄関まで見送るという彼女の言いだしを断ると、慧音は部屋を後にしようとする。
その袖を引かれた。

「せんせい」

少し巫山戯た調子で、稗田阿求は耳元に口を寄せた。

「その口紅を使うときは、もっと良い服、着て下さいね」





私は上手く返事が出来ない。
本当は、この口紅が欲しいわけじゃなかったからだ。
ただ、彼女には早すぎる気がして、無性に取り上げてしまいたくなっただけなのだ。














【白墨四本目】


――――――――しかし冬は越せんでしょうが、冬の間は生きていたいものです



「わざわざお越し頂いてどうもです。先生。父もきっと喜びます」

 薄暗い三和土に立つ慧音に、初老の男は白い旋毛を見せて出迎えた。髪全体ではまだまだ黒が優勢なのに、てっぺんの所だけ染め抜いたように真っ白だ。男が直立になって旋毛が見えなくなった後も、慧音の目にはその白さだけが亡霊のように残っていた。すっと伸びた姿勢に、足腰はまだ衰えていないようだと安堵する。安堵して、会って第一にそんなことばかり気にする自分にどきっとする。
玄関には季節でもないのに矢吹が色鮮やかに生けてあった。

「ああ。花を咲かせて回る妖怪がおるでしょう。この前、里に来ておったんで、どうしたものかなと皆で困って見てたんですが、なあに大人しいもので。ほら、こうして気まぐれに花をくれました。綺麗でしょう?」

慧音の視線に気づいて、男はちょっと気まずそうに、ふはは、と柔らかく笑った。彼の元教師は、妖怪が絡むことには大変な石頭なのだ。

「君のお父さんは、花ではこの山吹が一等好きだった」
「ええ。当たって砕けろ。頼んでみるものですね」
「そうだな。いや、やっぱりよくありませんよ、君。妖怪には――」
「無闇に近づいたりしません。わかっていますよ、慧音先生」

昔、腕白少年だった男は柔らかく笑った。
無闇じゃなかったんですよ。真夏が誕生日だった母親の為に、氷精を脅して氷を出させた時と同じ顔で笑う。
キンと冷えた砂糖水、先生にもご馳走します、なんて。彼は本当に悪気の無い少年だったから。
慧音もそれを叱った時と同じに、仕様のない子だと小突く。いや、あの時は頭突きだったかな、なんて考えながら。

「妖怪は里に何しに?」
「祭りを見に来てたようです。ほら、広場で人形劇をやったでしょう。そこで見たんです。人形劇なんか興味なさそうにしてましたが、結局最後までいましたよ。何もそんなとこにいなくてもいいのに、よりにもよって中央の席を陣取っておりました。ふはは。おかげでその周りだけ、だぁれも座らない」
「それは、さぞかし目立つだろうな」
「目立ってました。でも、やっこさん、まるで気にしてなかった」
「そういう奴らなんだ。こちらの評価なんてどうでもいいのだろう」

 山吹は本当に色鮮やかだった。祭りの日から三日は経っているというのに、今朝に採ってきたように瑞々しい。実際の季節になったとして、これほど見事な矢吹を見かけることはそうそうないだろう。それがあの妖怪の力なのだ。だからなんだというのだ。慧音は首を振る。

「そもそも、その人形師だって妖怪なんだぞ」
「元は人間だと聞いていますが」
「いつの時も、あんな子が里にいたことはない。本当かどうか怪しいものだ」

言い切る。
男は山吹を見て、それから慧音を見て、ちょっと切ないような目をして、


「慧音先生は、良い先生ですね」


ふはは。




【間】



 障子を開けると、その人はすでに寝床から体を起こして、バネの付いた背もたれに身を預けてゆったりとしていた。てっきり寝込んでいるのだと思って慎重に廊下を歩いてきたから、慧音は不意打ちを食らってしまう。それで挨拶が一瞬遅れた。その一瞬を突くように、その人は滲むように微笑んだ。それは先程出迎えてくれた息子に比べれば力のない笑みだけれど、息子と違って一切の気負いもない、見る者がつられてしまいそうな心地よさがあった。長く生きた人間だけが出来る笑いなのだと、言ってその直ぐ後に逝ってしまった人がいた気がする。そんなことを何故か思い出して、だから吊られて出た慧音の笑顔だけがこの場にそぐわない硬いものだった。

「起きていたのか」
「ええ、ええ。妙なことに、歳をとると疲れている時こそ眠れんのです」
「眠るのは実際かなりの体力がいるという。だから夏の暑さにバテると、途端不眠が続くようになるんだ」
「ほう。先生もバテますか」
「私だってバテるさ」
「慧音先生と言えば、いっつもピンと背筋が伸びてて。私はずっと先生には寝不足も二日酔いも無いもんだと思っとりましたが」
「生徒の前だから見栄を張っているんだ」
「今も張っているんですか」
「そう見えるか?」

また、ジンワリと滲む笑い。

「そう、神妙にしていなくても。アレでしょう、先生。送り幟を見たんでしょう?」

 慧音は答えない。老人はずっと寝たきりで、外にはもう何日も出ていないはずだ。家の者が送り幟を上げるかどうかは、本人には告げないのが通例だ。鎌をかけられているのだとしたら、すぐに答えられなかった自分は肯定したも同然。嵌められたのだろうか。

「構わんのです先生。アレは私が言ったことなんですから。自分の事は自分が一番わかってる。持ちませんよ、実際」
「そんなこと」
「冬は越せんでしょう」

だから先生、送って下さい。
何度も言われた言葉だと慧音は思う。
そうだ、腕白もじゃじゃ馬も、みんなみんな、ある時を境にこんな風に笑うようになって、それから口を揃えて送って下さいと言うのだ。
まったく嫌になるな、と慧音は思った。
嫌になる。それで、少しだけ、少しだけ――――――――

「慧音先生」
「なんだ」
「今は授業、何をやっているんですか」

つい最近、同じ事を聞かれた。

「詩を読んでいる。冬の雪の詩だ」
「ああ。ひょっとしてあれですかな。“あめゆじゅとてちてけんじゃ”」
「そうだ、それ。いや、良く覚えている」
「年寄りというのは、昔の事の方が忘れんのですよ、先生」
「ぼけているようには見えないよ」

鼻息のような静かな笑い声を聞く。

「いや実は、それだけでもないんです」
「というと?」
「未だそんな寒くもないのに、先日ちょうどその詩にまつわる夢を見ましてね。いや、夢と言うよりは思い出ですな。ボクはその詩を上手く読めんで、他でもない“あめゆじゅとてちてけんじゃ”の行ですよ。級友にも笑われて、この詩自体に随分と嫌気が差したものです。だけれども、先生もご存じでしょうが、ボクは負けず嫌いなもんですから」
「知っているよ」

 思い出というのは不思議なものだ。急に調子が若々しくなった老人の声に感動を覚えそうになる。相当悪くなったと聞いていた目にも今は力が満ちていた。思い出に視力は関係ないのだろう。なるほど彼にははっきりと見えているのだ。その夢に見たという光景が。

「みんなを見返したくて、その夜のうちに詩を部屋でなんべんも読んどりましたよ。あの時は実際に冬でしたなぁ。寒くて寒くて。居間に行けば火もあるのに、ボクは練習を人に見られたくなかった。秘密の特訓というやつです。家族にだって知られるわけにはいかんのです。夜になって家の灯りが消えて、ボクは月の頼りない灯りを求めて、磨り硝子の窓をほんの少しだけ開けて文字を辿りました。お陰で手は悴んで、詩に出てくる少年の気持ちが痛いほどわかりましたよ。その頃には級友に馬鹿にされたことなんかも半分忘れておりました。正直に言えば、詩も好きになっていたんです。そんな時ですよ。不意に心臓を掴まれたような冷気が部屋に入り込んだのは」

 老人は、昔々少年だった男は一息吐いた。汲み置きの水を差し出すと枯れ枝のような腕が、しかし震えることなく湯飲みを掴む。咽せることなく彼が水を嚥下するのを、慧音はじっと見守った。体調を考えればこんなにも長く話させるのは良くないのだろう。けれど慧音には、少年がずっとこの話を誰かに聞いて欲しかったのだとわかった。

「窓の隙間から見えたのは、真冬でした」

 ことん、と空になった湯飲みが置かれる。話の内容につられてか俄に涼しさを感じ、部屋の隅で見つけた肩掛けを慧音は老人に掛けてやった。対照的に、慧音の手のひらは僅かに汗をかいていた。拳を解いて膝に乗せる。この部屋にも山吹は生けてあった。その鮮やかさが眩しい。

「冬になるといつも里の上空を飛んでいる、骨の芯まで凍る冷気の中心にいるあの妖怪が、どういうわけかボクの部屋の窓のすぐ外にいたんです。月明かりの雪景色の中で、ふんわりと静かに空中に立っとりました。現実感なんぞ欠片もない光景でしたよ。窓は冷気で凍って、犬が哀願した時のような、高い音を幽かだけれど出していました。きゅうっと何かが掴まれたような音です。初めて聞いた音でした。ぞっとしたのは妖怪が傍にいたからなのか、単純に寒かったからなのか」

――――――――ねえ、どうしたの続きは?

「思わず言葉を失っていたボクに、妖怪は言いました。ボクの方からは彼女の姿がはっきりと見えておりましたけど、向こうはどうでしょう。磨り硝子の窓がほんの少し空いているだけで、おまけに部屋は真っ暗だった。覗き込んでいたわけでもなしに、たぶん何にも見えてはいなかったでしょう。その一方的さが良かったのかも知れない。奇跡的にもボクは答えました。“続きを読んだら、凍らさずにいてくれるか”と。馬鹿馬鹿しいことを聞いたというように彼女は笑いました。級友の女がやるのと同じ笑いだった。ただの少女にしか見えなかった」

――――――――人間、名前は?

「妖怪なんぞに教えるものか。普段ならそう言い返していたでしょう。でもボクの口はあっさりと名を告げてしまいました。訳なんか知りません。きっと寒さは人を可笑しくさせるものなのですよ」
「それで君は、詩の続きを読んだのか」
「いいえ。私を可笑しくした妖術の効き目は一瞬でした。名前を聞いて彼女がそれを繰り返すのを聞くと、途端に恐ろしくなったのですよ。私は窓を閉め、回しネジで鍵をかけました。そうして寝床を引っ張って出来るだけ窓から遠ざけると、あとは布団を被って震えておりました。とても寝られないと思っていたのに、意識はきっちり途切れていて、次に気づけば朝がきていた。全てが夢のようで、兄弟の一番大きいのをそそのかして外に行ってみると、ちょうど窓の下だけが、鏡のように丸く凍っておりました」
「夢じゃなかったわけだ」
「全ては現実でした」

ジンワリと少年は、老人はおどけてみせた。

「そして、その夜も彼女は来たんですよ。前日と同じに窓は音を立てて凍っていきました。だからすぐに彼女がそこにいるとわかりました。きっと詩を聞きに来たのだと。けれど、一日でつっかえなくなってましたから、私は窓も開けず、練習もしておりませんでした。けれど窓はきゅぅんと音を立てていた。それを無視するのは何だか無性に罪深く思えた。だからボクはいっぺんだけ詩を読んでやることに決めました。いっぺんだけです。窓も開けません。こちらが気づいたことに気づかれたくはなかったので。月明かりが無くても困りはせんでした。その頃には全部頭に入っておりましたから」
「それで、君は詩を読んだ」
「先生やみんなにも聞かせてやりたいくらいでしたよ」


“あめゆじゅとてちてけんじゃ”


 なるほど、彼の抑揚は見事なものだった。聞くだけで胸を突かれる、切ない響きがそこにはあった。慧音が出せなかった音。この彼の朗読なら、笑う者などいやしない。きっと妖怪もそうだった。


「一度の朗読で、冷気は去っていきました。冬だから相変わらず寒くはありましたけれど、窓は静かになっていた。あれから何度も寒い冬は来ましたが、窓が鳴いたのはあの二晩だけです。彼女はあれきり、二度とこの家には近づかなかった」
「それはよかった。こうして君は生きているわけだから、大事がないことはわかっていたが」
「そうですなぁ。しかし先生、私は最近になって考えてしまうのですよ」
「なにを?」




滲むように、老人は微笑む。



「思うのですよ、先生。どうせなら、たった一晩で終わってしまうのなら、ボクはめいいっぱい窓を開けてやればよかった」
















【白墨五本目】

最近、人里で風邪が流行っていると聞く。

「妖怪の山でもと聞いていますよ」
「まさか、そこが発祥元ではあるまいな」
「妖怪の風邪が、正確には鴉天狗のですが、それが人に移るのかどうかはよくわかりませんね」

興味深いとでも言いたげな阿求の言葉に慧音は眉を寄せる。

「それで慧音さん。今日はどんな用事で?」
「村の歴史で二、三聞きたいことがあったんだが、その様子では無理そうだな」

 昼間から稗田の九代目は床についていた。例の流行りにやられたのだと言う。酷かったのは昨晩までで、今は熱があるだけで落ち着いているという話だった。峠は越したと言えやはり辛いのだろう。いつもの意地の悪い面はひっそりと隠れていた。

「問題は無いですよ。本当に酷いときは熱も出なくなったときですから。体って衰弱しきるともう本当に冷えたままで。魂は暖かくもないのに、命が弱まると何故か冷たくなるんですよね」

 子どもの口から出るには、それはぎくりとするほど感情が籠もっていた。彼女の魂には今より前の自分の記憶が残っているという。その時の苦しさでも思い出しているのだろうか。もしそうなら、彼女は物心が付いた頃から、死ぬというものがどういうものか知っていることになる。

死と詩
詩と詩

 最近、何故かそんな話ばかりを聞く気がしてならない。詩はともかく死なんて毎日は考えたくないものだ。どうしてもと言うなら、毎日食べる生き物たちの死を考える。生活に置いての死の割合は、それぐらいで丁度良い。ケ、ハレ、ケガレ。ケ、ハレ、ケガレ。そういえば、彼岸も過ぎて半月になる。あの山吹はさすがに枯れてしまっただろう。あの頃盛りだった彼岸花も近頃めっきり元気がないのだ。花に限らず、何にでも潮時というものはあるものだ。

「彼岸花という花は妙なものだな。何故あれは葉と花を、別々の時期に地表に出すのだろう。私はあれと桜だけは、開花を過ぎると存在を忘れてしまうんだよ。何しろあの二つの花は、咲いていると誰の目も惹くものだから、きっとその印象ばかりが残っているんだろうね」
「そうですね。とにかく歌に読まれる桜はもちろん、彼岸花の方も相当の名前持ちですから。何か人の情に訴えかけるものがあるのでしょう」
「でも、暗い不吉なものばかりだ」
「しようがありませんよ、せんせい。人は仄暗いものにも惹かれるものだから」
「……阿求さんは、ぎくりとすること言いますね」

 ふふと稗田阿求は笑う。耳の後を擽られたような気になる声だったけれど、それは少しだけ枯れている。本人もそれには気づいていて、はっとして喉に手をやった。手は小さく、それに隠れる首は細かった。年端もいかない少女の線だった。同じ様に床に伏せている所為だろうか。真逆な存在のはずなのに、先日に見舞った老人の姿と重なった。同じ細い腕、細い肩。脆いのだろうなと思う。実際脆い。そんなことはよく知っている。

「痛むか?」
「少し。そこのドロップ缶、とって貰ってもいいですか」

 こうして彼女がその缶を振るのは三度目だ。前二回と違うのは、今回は彼女の分も振ったということ。私の色は葡萄色だった。初めて出た色なので結果を聞いたが濁された。彼女の色はわからない。自分の色に気をとられている内にさっさと彼女は口に入れてしまっていた。そんなわけで、ちっとも占った気がしない。別にかまわないよと慧音は思い直す。飴はきっちり甘かった。ただお菓子を貰っただけだと、そう考えればいいだけだ。

「犬はどうしている。あいや、無理に話さなくても」
「これくらいは何てことありませんよ。正直寝過ぎて眠れないんです。話し相手になってください」

気遣われたのか甘えられたのかよくわからない。後者だと良いのに。前者であってはならない。

「あの子犬なら家の者が毎日交代で散歩に連れて行っていますよ。まだ庭先を歩かせるくらいですけど。猫と違って犬には愛嬌があるからか、みんな可愛がっています」
「阿求さん、君は?」
「偶に撫でるくらいですね。私が構うと、猫の方が機嫌を損ねてしまうので。でも大丈夫ですよ。慧音さんの言ったとおりケンカはしていません」

 飴玉を舐めながらだから、二人の会話はゆくっりと進んだ。次第に小さくなっていく小判状の粒は、暫く慧音の言葉と舌の間を縫って口内を動き回ったあと、息を吸った拍子にころんと胃に向かって落ちていった。

「あ」
「どうしました?」
「飴を飲んでしまった」
「実は私もさっき噛んじゃいまして」
「そうか」

 帰るには良い機会に思われた。お大事にと一言断ってから慧音は立ち上がる。見送るつもりなのだろう。阿求が布団から出ると、膝に乗っけていたドロップの缶が滑り落ち、畳に転がった。慧音が手を伸ばすと、それより早く阿求は拾ってしまう。濁した占いの結果が知られるからだろうか。そう考えたがすぐに阿求は観念したように言う。見えなかったよと教える暇もなかった。

「紫、葡萄味は凶ですよ。“望み無し。心機一転、新たに励むべし”。……なんか、悩んでいるようでしたから」

 悩んでいるのとは違うのだけれど、では何なのかと問われると難しい。特にこの少女には、他の誰より今の心情を訊かれたくない気がした。教師というものは、答えのない質問をする子どもが恐ろしくて堪らない生き物なのだ。

「慧音さん」
「うん」
「口紅は使ってみましたか?」
「いや、機会がなくて全く」
「そうですか」
「悪いね、せっかく譲ってくれたのに」
「謝るようなことですか?」
「たしかに。それも妙な話だ」

 今度は分かった。自分はどうも気遣われたぞ、と慧音の自尊心は傷つく。いや、大したことじゃないさ。弱気になるなと自分を叱咤し、激励し、鼓舞してやる。誰かが言っていたではないか。空元気も元気のうちで、やせ我慢は立派に我慢だ。慧音は少し持ち直す。


なのに、稗田阿求はカラカラと缶を振って、

「これ、恋占い用もあるらしいですよ。今度はそちらも買い求めましょうか」

立ち直りかけた慧音の平静さを根本からへし折った。



「阿求さん」
「なんでしょう」
「ひょっとして貴女は大変な勘違いをしていませんか」
「勘違い?」

例えばそう、この上白沢慧音の悩み事が、恋煩いの類とか、そういった盛大な勘違いとか。

「いやですね、慧音せんせい」
「私は、私は別にそういったことを思い悩んでいたわけでは、決して、決してなくてですね!」

ああ。病人でなければ一発キツイのをかましてやりたい。
慧音は阿求の額を睨んだ。
稗田阿求は本当に楽しそうに笑っていた。

「冗談ですよ。何て顔をしているんですか」

 よほど変な顔をしたのだろう。笑いを堪えるのが苦しいようで、阿求は咳き込んだ。自分は言わずもがな、彼女もそうとう阿呆だと思う。水を飲んでも収まらないのでもう一つ飴を出そうとしたら止められた。

「何度も占うのはルール違反ですよ」

そう言って、枕元にあった喉薬を口に含んだ。そんなものがあるなら、最初からドロップなんて舐めなくてもいいだろうに。
帰り道、己の醜態を思い出す度にやりきれなくなり、慧音は帰ったら水でも浴びようと決めた。





ケ、ハレ、ケガレ。
ケ、ハレ、ケガレ。















【白墨六本目】

夏の疲れが今頃出たのか、ここ数日で急激に冷え込んだ所為なのか、どうにも体がだるい。
椅子の背もたれに身を預けていたら寝入っていたらしく、教室の戸が開く音で目が覚めた。
目を開ける。
寝る前は明るかったのに、今は薄暗くなっていた。

入り口を見る。
何となくあった予感がどおりに、稗田阿求が立っていた。
暗いとはいえ、西日のお陰で相手の顔くらいはわかる。
彼女は犬を連れていた。

「寝ていたんですか」
「いや、意識はあったよ」

ふふと稗田阿求は笑う。
ほおにこな、ついてますよと笑う。

「犬の様子が見たいんじゃないかと思って」
「少し、大きくなったかな」
「はい。もう一月と半分経ちましたから。境内に離しても?」
「構わない」

 縁側から犬を眺める阿求は何か考え事をしているようだった。その思案を邪魔するのは気が引けたが、今言わなければまたずっと先になってしまいそうで、慧音は夕焼けに染まった横顔に大した厚さのない本を差し出した。

「何です?」
「教科書。詩が書いてある」
「それはまあ、読みの教本なら、詩ぐらい書いてあるでしょうね」
「その詩を読んで見る気はないか」
「何故」
「寺子屋に興味があるのかと思って」

 彼女は暫く黙った後、困ったように犬を呼んだ。飼い主の声に答え、犬は走ってくる。犬を撫でながら、言うべき言葉を探すように阿求はぽつりぽつりと慎重に言葉を続ける。

「そういうつもりでは、なかったんですが」
「では、何故二回も此処に?」
「一回目は傘を返しに、今日は犬の成長ぶりを見せに」
「どちらも私の家を訪ねれば事足りる」
「貴女の家には、よく手負いの鳥が迷い込むものだから」
「藤原の妹紅と何か?」
「いえ、私は何も」

私は何も。
引っ掛かる物言いだった。

「わからないんですか、せんせい。私はきっと、貴女の方に近いのに」

聞き分けのない子どもを、あやすように彼女は言う。
私はそれが気にくわない。

「そして貴女は、どちらかと言えば私に近いですよ?」


そうとも、気に入らないことなど山ほどあったのだ。









【輝夜、頭をよくしてあげよう】

暗くも明るくもない話と仄暗くもぼんやり明るい話


――クリーンルーム――


漆塗りされた黒箱は静かに乗客の私を待っていた。待合いの間に送られてきたそれは広さ一坪、高さ七尺ほどのそこそこ大きなものだった。

「本当ならもっと大きなものを寄越さなきゃいけないんですよ」

臙脂色の制服を着た昔馴染みの操者は、開けると蛇腹になる扉がきっちりと閉まったのを確かめて、それから私を振り返って微笑んだ。

「大きさも機能も装飾だって。八意様ともなればいくらも凝ったのをお出ししましたのに」
「いいの、これで」

 そのまま言わせておけば、今からでも呼びかねない様子に、首を振って辞退する。そんな無駄は必要ない。数年に一度使う以外、あとは年中仕舞われている物より、普段使われている物がちゃんと動いていることの方が重要なのだ。堅めに作ってある長椅子に座る。深い緑の布に施された刺繍は蔦だった。シンプルで良い。柔らかすぎる椅子も好みではないし、千秒にも満たない移動時間に贅を尽くすにも限界がある。
 ならば、最初から単純に作ってしまえばいいのだ。そうすれば、疑うことなくそういうものだと人は受け入れてしまうのだから。

ぱん、ぱちん、たん。
ととん、きぃ、ったった、たん。

 操車は慣れた手つきで行き先と使う回廊を打ち込む。国の要人が詰め込まれたこの宮では、日替わりで部屋に繋がる回路が変わっている。その全てを把握している者はほんの一握り。部屋同士もかなり離れているので、此処の住人は自分の隣人を知ることなく暮らしている。

「導箱」

 とこの建物に住まう人々は、この静かに動く乗り物をそのように呼んでいた。建物の構造もシステムも、百年ほど前に私が立案し整えさせたものだ。ひどく面倒な仕組みだが、甲斐あって暗殺の類は何十年の間一度も起きていない。私は私が作った作品の働きと、ひとまず機密が保持されているらしい現状に満足を覚える。

自ら運転することのない要人どもは、自分が閉じこめられていることを分かっているのだろうか。
もちろん、半分の者は理解しているだろう。
だが、もう半分は理解どころかそんな悪意を考えつくこともないだろう。

それは少しだけ苛立たしいことで、それ以上に理想的な構造だ。





――布海――

広い部屋だと聞いていたのに、待っていたのは夥しい数の反物だった。
襖を開けたその向こうは、一面、色鮮やかな布が天井から垂れ下がり、畳に触れそうで触れない位置でユラユラとしてる。
私はその光景を前に暫し面食らったが、やがて気配を頼りに布を掻き分け、その中央を目指すことにする。

ヒラヒラ
ふわふわ
ヒラヒラ
ふわふわ

目が眩みそうになる。
自分の主人になる人の物を乱暴に扱うわけもいかず、歩は遅々としたものだった。
静かにしていたが、音を殺していたわけではない。
やがて最後の一枚を取り除き部屋の中央に立ったときも、その人は私の存在に驚いたりはしなかった。
近くの反物を眺めていたらしく、右手に薄紫色の布を握っている。それから視線を外して、私を見てほっと息を吐いた。

「よかった」

初めまして、という言葉を遮られる。
彼女は布から手を離し、私にしっかりと向き直る。
事前の話通りまだ幼い彼女は、深い考えもなくまっすぐ私を見上げて言う。

「約束の時間より遅いから、ひょっとしてまた忘れられてしまったのかと思い始めていたところよ」
「お待たせして申し訳ありません」
「いいのよ。きっとお父様にも考えがあるのでしょう」

私は指定された時間に来ている。この宮に着いてからは人の案内で此処まで来た。
落ち度があるとしたら、彼女に適当な事を言った人間にあるはずで、彼女の言葉を信じるならそれはこの子の父親だ。
彼女が父と呼ぶ人間には一切の深慮など無いのだが、私には徒に真実を突きつけて子どもを泣かす趣味はない。
子どもの望む父親像を語ることも仕事の内と言えるはずだと、私は否定の言葉を飲み込んでおく。
だからといって嘘を吐きたい気分にもなれず、有りもしない言い訳もしなかったけれど。

代わりにいかにも恭しく膝を折り、予定通り祝いの言葉を述べてから、就任の宣言を済ましてしまう。
誓いを捧げられている筈の本人は意味が分かっているのかいないのか、私の言葉全てを神妙そうに聞いて、私の表情をじっと窺っていた。
どうやら近いうちに、こんなものに形以上の意味はないのだと教える必要があるようだ。感情を出して見る物ではないのだと。

「ところで、お聞きしてもよろしいでしょうか」
「なにかしら」
「どうしてこんなにも、布ばかりを掛けているんですか?」
「あら、そういうことは一番先に聞かなくては駄目よ」

挨拶よりも何よりも大事な事だったとでも言うように。

「理由はいくつかあるの。
 一つ、こうしていれば綺麗な物をいつでも見ることが出来る。
 二つ、これならどの布がどこにあるか一目瞭然だし、失くしたりしない。
 三つ、この部屋に私を狙う輩が現れても、すぐには見つからないわ。
 本当は四つ目があるのだけれど、これは秘密ね」

「そう。それなら私は四つの反証をしましょう。
 一つ、どんなに美しい物も、毎日見ればその感動は失せていく。
 二つ、年中出していては布の消耗は早くなる。
 三つ、敵が貴女を見えない時、貴女もまた敵を見ることは出来ない。
 四つ、以上のことに自分で気づけないようでは、貴女は他人から侮られる一方でしょう」

真っ黒な目が瞬きする。

「お父様の言うことは本当ね」
「上様はなんと?」
「帯解のお祝いに、二つと無い素晴らしい物をお前に!」

手を握られる。

「そうだ、どの質問より先にしなくちゃと思っていたの」
「なにかしら」
「あなたのこと、先生と呼ばなきゃ駄目?」
「まさか」

私は彼女の頭を撫でた。彼女がそうして欲しそうだったから。

「貴女のお好きなように、姫様」





――銀の薬では届かない――


不完全な物を完全にしたいという欲求は、天才であろうと耐え難く、天才であるが故に強くなる。
つまるとことろ私は、"彼女"を完全にしてしまいたいのだろう。


「××様のご様子は?」
「相変わらずですよ。最後に永琳様が会ったときそのままを想像してください」
「そう。月の都が平和なようで嬉しいわ」
「またそういう危うい言い方を」
「大丈夫。ここを隠す術は完璧よ」
「私が聞いていますよ」
「それは怖いわね。でも大丈夫。私が月の都に牙を剥く事なんて無いのだから」
「そうですね。先生にとっては最初から此処は思い通りの場所なのでしょう?そんなことをするまでもない」
「依姫、そっちの発言の方が危ないわ」

失敗作を飲んだその人は籠の中。
不完全な薬がもたらす永遠は、いつか彼女にとって毒となることだろう。
偽りに過ぎない魔法は、いつか解けてしまうものだ。

「それにしても、貴女は私を買い被りすぎるところが難点ですね」
「申し訳ございません。何しろ貴女より凄い人を、私は知らないもので」





――教育係――


ねえ、退屈したの。


口癖のように輝夜は退屈という言葉を口にする。
言って、八意永琳に昔話をねだってくる。
ある時は無邪気に甘える子どものように、ある時は主人という立場を利用して居丈高に。

そのどちらも永琳には大差ない。
ねだるか、強請るくらいの違い。
ニュアンスの問題に過ぎない。
そのことを、きっとこのお姫様は知らない。

「それでは、この前の続きをお話をしましょう」
「地上の話ね。永琳は昔はそこに住んでいたのよね?」
「そうですよ。地上は穢れでいっぱいですが、それを除けば、除けるようなものでもないのですが、まぁ良いところですよ」
「地上は退屈しないのかしら?」
「そうですね、地上の場所にも依るでしょうが。ああでも、今はだいぶ騒がしくなったと聞いています。地上人は我々と違ってとにかく忙しないものですから」
「退屈するよりは忙しない方がいいじゃない」
「姫は変わった事を仰いますね」
「そうなの?永琳ほどではないと思っているのだけれど」
「私は至って普通ですよ」
「でもみんな言っているのよ。永琳は本当は、私より偉くても良いんだって。どういう意味かしら?」
「口さがない者というのは幾らでもいるものですよ」
「ねえ、永琳。私には永琳が言いたいことはわからないわ」
「下々の事は、姫は何も気にかけなくていいんです。さぁ、勤めに戻りましょう。今日の分はあとこれだけなんですから」
「もう、またはぐらかして。仕方ないわね。永琳はいつも予定どおりなんだから。終わったら、お話ししてね」
「ええ、勿論です」

私の言葉に頷いて、嬉しそうに彼女は巻物を広げ、そして朗々と読み上げる。
別に黙読でも構わないのだが、こうする方が時間がかかるし、彼女も早く疲れてくれる。
それに、私は彼女の声が嫌いじゃなかった。

偽りの歴史を延々と読む作業。
彼女が読んでいるのは理想的な国の歴史だ。
やがてそれは彼女の手によって真実になるはずだ。
そうさせる為に私は呼ばれたのだから。






――輝夜――

甘い物を食べながら姫は笑う。
幸福そうに、いつものように。
初めてあったときと同じに。
昨日会ったときと変わらずに。

「永琳より頭の良い月人は存在しないと誰もが言うの。それなら、私ではなく永琳が全部やればいいのに」
「私はすでに姫の教育係として忙しくしていますから」
「だから、私の教育ではなく、都の教育をすればいいのよ。本当にお父様もみんなも無駄が好きなのね。そんなに暇なら、もっと私に会いに来ても良いはずでしょう?」
「勿体ぶるのも仕事の内ですから」
「まあいいの。お父様が愚かでも、私はそれを責めたりしないわ。そうでしょう、永琳。あなたには私もお父様も同じだって話だもの」
「姫様と上様は違いますよ」
「もちろん知っているわ。お父様には永琳のような教育係がいないもの」
「私ではありませんが、私と比べても引けをとらない者が上様にも着いておりました」
「ねえ、永琳。私には永琳が言いたいことはわからないわ。その二つは全然違うことじゃない。私は八意の話じゃなくて、永琳の話をしているんだから。どうしてお父様は永琳が一番と分かっていて、あなたを選ばなかったのかしら」
「上様は最初から私ではなく別の者に声をかけておられました。姫は私を買い被り過ぎなのですよ」
「あら生意気な事を言うのね。それとも本当は生意気でないから言うのかしら」

甘い物を食べながら姫は笑う。
幸福そうに、いつものように。
初めてあったときと同じに。
昨日会ったときと変わらずに。

今日もとても平和だ。


[くるり]


「最近、よく耳障りな噂を聞いてしまいます、お師匠様」
「気にしなくていいの。あなたは知らないでしょうが、その最近はもう随分と長いのよ」

特に八意の姓を持つ者は、人の目から逃れられない。

「しかしこうも毎度毎度噂にされる八意は貴女だけですよ。妹も心配しています。何か考えがあるのでしたら、私達にも聞かせてくれませんか。手足くらいにはなります。主に妹が」
「そうね。そんな機会がくるようなら、真っ先に貴方たちに話して聞かせると約束するわ」
「本当ですか?」
「本当よ」
「約束ですよ?」
「ええ。八意の姓に誓って」
「ふふ。嬉しい。嬉しいから、今日はもう帰ります」

帰ると言ったが、彼女が向かったのは住み処とは違う方向だった。
きっとまだ勤め中の妹の元に行くのだろう。

「あ、ところで、もう一つだけ宜しいですか?」
「ええ、勿論」

かつてと言えど教え子の質問だ。
答えてあげよう。










「輝夜様に地上の話をしたのは何故ですか?」









――シマイ―― 


「輝夜様に地上の話をしたのは何故ですか?」


「……それを、姫が望んだからよ。私はあの方の教育者。知識を求められたなら、包み隠さず全てを述べるわ」
「お願いですから、どうか心にも無いことを仰らないでくださいな。聞いたのが妹なら、きっと泣いてしまいます」

心の底から師と仰ぐ者を問い詰めているというのに、彼女の背筋は伸びていた。
私はそれを喜ばしく思う。
弟子の成長を見るのは幸福なことだ。
それがどのような状況でも。

「最初に話してしまわなければ、姫が興味を持つ道理はありません。貴女は姫君の思考を誘導しているのではありませんか」
「自分の中で結果が出ていることを推測のように騙るのね。でも、慎重なことは良い事だわ」
「何故です。姫は自分の心を偽ることを知らない。誰に対しても問われれば答えてしまいますよ」
「口を滑らせただけよ。長く生きていると、昔話が増えるのよ」

そうとも。
地上に興味があるのかと問われれば、あの子はきっと頷いてしまうだろう。
そんなことは分かっている。
それで構わないのだ。
そうでなければならないのだ。

「都は揺れますよ」
「分かっているわ」
「みんな貴女の噂をしています。八意永琳は幼い姫に取り入って、何か一つ案じていると」
「確かに姫に良く思われたいと考えているけれど、それはみんなが噂するようなものとは違う」

それに、姫はもう言うほど幼くはない。
少なくとも、見た目も年齢も、十二分に一人前だ。

「私は、私達だって貴女が仮初めの権力や地位を求めているとは考えていません。しかし我が師、一方で貴女が輝夜姫にこだわっているのも事実です。そして、その理由がわからないのは不安なのです。弟子の質問です。お教え願いませんか、師匠」
「詳しくはまだ言えないわ。でも一つだけ確かに言えることがある。私は都を陥れたりはしない」
「本当ですか?」
「本当よ」
「例えば都が、姫に対して厳しい態度をとったとしても、貴女は今の言葉に沿えますか?」
「ええ、勿論。八意の姓に誓って」

毒にも薬にもなる、八意の姓に誓って。

「いつ、いかなる時も、私が都を陥れることはないでしょう。例えばそれは、都が私を陥れるとしても同じ事です」

それを聞いた途端、彼女はとても安心したように笑った。
難題に答えたときのように誇らしげに、それ以上に感情的に。

「私は、私達は貴女を信じます。どこまでもいつまでもなにがあっても。どうか先生。それだけは忘れないでください」

それは本当にさっぱりとした言葉と笑顔で、私は随分とこの弟子に、無理な笑顔をさせていたのだと理解する。
彼女も彼女の妹も、本当に聡明で野心がない。
この姉妹の師となれた事は、長い人生において私の誇りになるだろう。



そこで終われば、良かったのに。



私は肩の荷が下りたように去っていく弟子を見送った後、再び人払いの術を強める。
豪奢なだけで使い勝手の悪い導箱たちがずらりと並んだ倉庫は、シンとして静かだった。
私は導箱の一つに近づき、そっと扉を蛇腹に曲げる。




「本当に、姫は隠れるのがお好きですね」
「そういう永琳は、見つけるのが上手いじゃない」





――鳴動――


「今の話を?」
「ええ。導路が震えるのを聞いて、誰かが来ると分かったから隠れていたの」
「何故こんなところに?」
「最近は永琳も来ないから、あんまりに退屈だったんだもの。操車の一人を懐柔して、お手軽の冒険を楽しむくらい悪事とよばないでちょうだい」

姫は笑う。
幸福そうに、いつものように。
初めてあったときと同じに。
昨日会ったときと変わらずに。

「盗み聞きは、盗みは悪事ですよ、姫」
「そうね。でもそれも上手く言ったとは言い難いわ。だって永琳は私に気づいていたんだから」

姫は笑う。
幸福そうに、いつものように。
初めてあったときと同じに。
昨日会ったときと変わらずに。
日々の教えの時のように。
いつものように言いくるめてしまおうと開いた私の口を、けれど輝夜は閉じさせて笑う。

「大丈夫、永琳。わかっているわ。永琳が欲しいのは権力でも地位でもない。私の、力でしょう?」

ちょっと自慢げに、姫は私の甘さを笑う。

「簡単な足し引きじゃない。永琳が持っていなくて、他の誰もが持っていない私だけのものなんて、この力しかないんだから」
「いつから?」
「あなたの着任を聞いたときから。最初にお父様が頼んだのは永琳とは違う八意の者だったのに、最終決議でいつの間にかあなたの名前が残っていたと聞いて、なんとなく思ったの。この人は私に用があるんじゃないかって。理由はずっとわからなかったけれど」

ずっと永琳から学んできて、ようやっと分かったの。

「私の力を使って、より完全な薬を作りたいのね。いつまでも魔法が解けない、永遠に疲弊しない魂を」
「ええ、そうよ」
「それをあの人に飲ませるつもりでしょう?そして、今度こそあなたの術は完成する。修行をしなければ永い時を耐えられないはずの魂が、薬によって永遠を耐える魂と変わる。その瞬間を、あなたたちは見たいのね?」
「彼女が見たいかどうかは知らないし、興味はないわ。でも、この薬が上手く行けば、彼女の罪は罪でなくなるはず。そうすればあの籠から出てこられるの。それはきっと彼女にとって有益と言えるでしょう」
「月の民にとってもね。そう、ならばこれは都の為にもなることなのね」

それなら先程の言葉に嘘は無いわねと、彼女は無邪に気微笑んだ。

「いいわ、永琳。あなたの為に私は力を使ってあげる。だからあなたも私の為に頭を使うのよ」

彼女はとても偉そうに、とても健気な事を言った。

「作る薬は一つではなく二つ。どういう意味か、永琳だもの。わかるでしょう?」
「貴女は、私の書いた策に自ら嵌るつもりなの?」

生け捕りにのつもりで掛けた罠が、中の得物を殺してしまう。
そんな予感が、していたのに。

――――――――不完全な物を完全にしたいという欲求は、天才であろうと耐え難く、天才であるが故に強くなる

いつかのように姫は私の手を取った。
私はその手を払わない。


「それから、それから、それからね。何度も言おうと思ったんだけど」
「はい、姫様」
「それよそれ。ねえ、永琳」



「いい加減、輝夜と呼んでくれていいのよ」








 
      
――輝夜、頭をよくしてあげよう――


「輝夜」
「なあに永琳」
「ちゃんと声に出して読んで。急に態度を変えては、周りに怪しまれてしまうわ」
「その方が永琳は嬉しいならそうするわ」
「嬉しいとか、そういう問題ではないのですよ、姫」
「…………」

「姫?」
「輝夜」
「ああ。はい、輝夜ね」
「……嬉しいと、言ってしまえばいいのに、馬鹿ね」
「私を馬鹿と言うのは輝夜ぐらいなものよ」
「そうね永琳は天才だから」

 何が楽しいのか、輝夜は自分の言葉にくすくすと笑い声を立てた。その声がけっこう大きくて、私は少しだけ不安になる。会話の内容を聞かれてしまうほど近くに影は見あたらないが、今の私達は多くの人の関心を買っている。極力目立たないでいたいのに、輝夜と来たらまるで警戒する様子が無いものだから、結果私が輝夜の分も気を張ってなければいけなくなった。
 輝夜がこんな性格だから私もやりやすいところがあるのだけれど、それにしてもこう裏が無い性格は困る。半ばお飾りとは言えこの都の姫なのだ。
もう少し毒が無ければ、他人のそれを見抜けるようになれないだろう。

「輝夜、なにか欲しい物はある?」
「どうして?」
「だって貴女、さっきからまるで進んでいないから。褒美があればやる気も増すでしょう?」
「永琳は真面目ね。もうこんなの形だけなのに。私は地上に行くのよ?まぁ、偶には戻ってくるかもしれないけれど。それは月の都がもっと退屈のしない場所になった後の事よ。ねえ、永琳は私の代わりを勤めるには誰が適任だと思う?暫くはお父様がなんとかしてくださると思うけど、いつまでもそうする訳にはいかないものね。ああ、永琳がなってもいいのよ。本当はそれが一番いいのよ。永琳より頭の良い人なんていないんでしょう?ならそうしましょう。そうするべきよ」

 輝夜はちょっと早口に捲し立てた。大変珍しいことに、焦りのようなものが彼女にそうさせているらしかった。先程まで文字を負っていた団栗眼がつやつやと潤んで私を見ていた。その眼の所為で幼く見えるのを気にしてる癖に、いつも真正面からじっと私を覗き込んで来る。そして、今は何か言いたげに睫を震わしていた。
 輝夜はきっと怖いのだろう。一人きりで見知らぬ土地に行くのも、本当に月に戻ってこられるのかもわからないのが。それでも計画を撤回しないのは、それだけ此処が輝夜にとって退屈な場所ということなのだ。きっと、苦痛を感じてしまうくらいに。これはとても残念なことなのだが、輝夜は私とは方向性が違うが、きっと本人が思っているほど頭の出来は悪くない。だから騙されてはいられないのだ。この子はいつか月の都の安寧に限界が来ることを分かってしまった。頭ではなく、感覚として。この月の都に、退屈が破られるほどの刺激が訪れるとき、それは決して輝夜の望むような楽しいことは起きないということも。だから安定を望むしか無いことも。

それなら私は、彼女の苦しみを少しだけ、今だけは和らげる魔法の言葉を知っている。

「ねえ輝夜。薬は二つではなく、三つ作りましょう」
「え」
「永遠はきっと長いから、一人では足が竦んでしまうでしょう?」

 輝夜は瞬きをする。どうも私はこの姫君の動きが気になるらしかった。今、目蓋が動いた数は3回。輝夜は息を潜めて私の言葉の続きを求めていた。自分にも分かりやすいように、どんな誤解もないように私が懇切丁寧に解説してくれるのを待っている。私は輝夜が今まで何度となくそうしてくれたように彼女の手を握って、はっきりと言ってあげた。寸分の誤解の無いように。万が一にも曲解が無いように。
いつものフリはどうしたものやらと少しだけ頭を掠めて、どうにでもしてみせると思い直した。そう例えば、柱の影から誰が覗いていても構わなかった。


「私も地上に行くわ、輝夜。薬を飲んで、貴女と」


笑わせる為に言ったはずの言葉は、何故か輝夜を泣かせてしまった。
彼女が泣くのを見たのは初めてだったから、さすがに少し焦ってしまったけれど、最後にはちゃんと笑ってくれたから私は安心した。


それが安心させられただけだと知ったのは、全てが取り返しがつかなくなった時だった。




〓〓〓〓 きみがゆく みちのながてを くりたたね やきほろぼさむ あめのひもがも 〓〓〓〓



「ねえ、永琳。でもそれとは別にご褒美が欲しいわ」

ひとしきり泣いた後、輝夜は言った。

「輝夜は欲張りね。どんなものが欲しいの?」

 輝夜が笑って安堵する私は、この瞬間、人生の中でもとびきりの阿呆になっていたのだろう。輝夜がなにを言いたいのかなんて、それ以前にきっと会った最初から、私は輝夜のことをろくに分かってやろうとしていなかった。一度それで手酷く肝を冷やされているというのに、私は輝夜が私に向けてくる信頼を欠片も疑ってなどいなかったし、共犯者であるという関係がそれを助長させていた。

「目が良くなる薬とか」
「それぐらい見えれば問題ないと思うけど?」
「もっとよく見たいの。地上の花が見えるくらい」

 そんなに良くなっても近くが見えなくなるだけだ。煩わしいものばかりが目について、輝夜の良いところを台無しにしてしまうだろう。だから私は言った。そんなものは貴女に必要ないと。輝夜は少し残念そうにして、

「そうね。天才の永琳がそう言うなら、そう思うことにするわ」

輝夜はそう言って、私の言葉に頷いてくれた。



〓〓〓〓 きみがゆく みちのながてを くりたたね やきほろぼさむ あめのひもがも 〓〓〓〓



約束の日、全ては予定通りに進んでいたように見えた。

 私は導路の脇に立ち、役目を終えて倉庫に帰る導箱の一つを待っていた。人影はなかった。辺り一帯、数日前から人払いの結界の準備をしておいたのだから当然だ。やがて僅かな振動音を響かせて導箱が見えた。タイミングを合わせて走り出し、捕まる。蛇腹の扉に手製の万力を差し込み、一気にこじ開ける。壊れても構わない。この後起きる事を考えれば、こんな被害は大したことがないのだから。

 倉庫に向かう導箱には操者はいない。帰還は全て自動操縦だ。そうでなければ、操者は歩いて持ち場に向かわなければならなくなる。彼ら専用の共通導箱を置く部屋が数カ所に設置されてあり、彼らはいつもそれを上手く使って任務をこなしていた。これは従業員の動向を把握し、縛るのにも適した方法だった。そもそも導箱は最初に情報を打ち込んでしまえば、あとは勝手に指示通り動く。操者の本当の仕事は利用客の相手なのだ。

 乗り込んだ私は、箱の異常を知らせる信号が出ないように操作する。すでに最初の信号が送られた後だったが、私は焦らず中止の指示を出す。すると箱はすぐに指示を受け入れ、倉庫への帰還を再開した。こうなってしまえば先程の一瞬の警告など、計量係は気にもしないだろう。ただでさえ彼らの意識は要人が使っている箱に向いている。役目を終えて戻るだけの導箱に意識を割いていられるほど余裕はない。全ては私が作り上げたシステムだった。小細工など容易かった。

目的地には輝夜がいるはずだった。

 彼女は専用の導箱を持っていて、限られた場所なら操者無しでも運転できるということだった。もちろん、これは正規の許可ではない。それなりの地位にいる操者の一人を懐柔して目を瞑って貰っているのだ。暗黙の了解、つまりは輝夜の我が儘と言うことなのだが、今回はその我が儘が役に立った。そういった経緯から、輝夜の導箱は他の導箱の存在を関知すると、進路を変えて迂回するという指示が最初から入れてある。また、行ける場所もごく僅かだから、何処かに出掛ける為というより、移動時間そのものを楽しむのが目的とされている。

 そうやってその日も輝夜は自分の導箱を操って倉庫へとたどり着き、以前と同じ箱に隠れて私を待っていた。いい加減すっかり慣れ親しんでしまった輝夜の気配を辿って、確信を持ってその箱開ける。待ちすぎたのか、彼女はウトウトと船を漕いでいた。私が来たことに気づいてはっとした後、こちらを見て嬉しそうな顔をして、それから永琳は私を待たせてばかりねと宣った。

「ごめんなさい。この倉庫に行く導箱がなかなか来なかったの」
「そういうことなら許してあげる、永琳だもの」

彼女を導箱から降ろす。

「さて」

 さすがに緊張しているのか、輝夜は深呼吸をした。そんな彼女に微笑ましいものを感じながら、私は肩掛けから薬の瓶を二つ取り出した。二つの瓶の見た目はとても良く似ていたが、瓶と栓の材質は違った。私が飲もうとしている瓶はつるつるとしていて、指の腹で撫でても何の引っかかりも感じないが、輝夜に渡すものはザラザラとまではいかないまでも、撫でれば多少引っかかりがある。それだけが二つを見分ける唯一の方法だった。触っている私は一発でわかるが、見ているだけの輝夜には同じ薬にしか見えないだろう。

「それが蓬莱の薬?」
「ええ」
「二つあると言うことは、永琳もまだ飲んで無いのね」
「一人では飲めないと言ったのは輝夜でしょう?」
「飲めないとは言っていないわ。ただ、二人で作ったわけなんだし、こういうのは一緒に飲んだ方がいいじゃない」

 臆病者呼ばわりされてはたまらないと輝夜は頬を膨らませた。その様子が可愛かったので、私はここに来る前に飲んでしまわなくてよかったなと、愚かにもそう思ってしまった。

「そうね。貴女がいなければ蓬莱の薬は完成しなかった。ありがとう、輝夜。貴女のお陰よ」
「どういたしまして。……これを飲めば、穢れの多い地上でも生きていけるのね」
「ええ、もちろん。どこでだろうと生きていけますとも。というより、これはどちらかというと死ねない薬とも言えるのだから」
「嫌な言い方をしないで。『この』蓬莱の薬なら、肉体だけでなく魂も永遠なのでしょう?ならそんなに悲観的に考えなくてもいいのよ」
「そうね、そうその通りよ。だから心配しないで輝夜、大丈夫だから」

言い聞かせるように言う。輝夜に、自分に。信じられるように。

「輝夜。こっちの薬とこっちの薬、どっちがいいかしら」
「どう違うの?」
「片方が苦くて、片方が甘いわ」
「どうしてどっちも甘くしなかったのよ」
「良薬は口に苦しと言うでしょう?苦い方が有り難さが増すと思って」
「ばか永琳。甘い方を寄越しなさい」
「じゃあ、たぶんこっちね」
「じゃあって何よ」
「だって、同じ見た目だもの。区別なんてつかないわ」
「……ばか」



私は指の腹で瓶をなぞり、ほとんど滑らない、持ちやすい方を輝夜に差し出した。
けれど、差し出した私の手をすり抜けるようにして輝夜が掴んだのは、ツルツルとした方の、私が飲むはずの瓶だった。



「ごめんね」
「え」

 完全に不意を突かれ、予め準備していたらしい術で吹っ飛ばされた私が事態を把握したのは、私の薬を持った輝夜がすでに導箱の扉に辿り着いた後だった。輝夜が触れると、いつもは厳重に鍵の掛かっている扉はスムーズに開いた。当然だ。今日その扉を開けられるようにしたのは私だった。
 輝夜は転がり込むように飛び乗り、飛び乗った途端、後ろ手で扉を閉める。

「輝夜!」

追いかけた私の鼻先で導箱は閉まる。
それはこの都で一番偉い立場の者が、祭り時に乗る導箱だった。
民すべてに姿が見えるように透明な作りになっていて、その外見からは信じられないくらい固い。
叩くと手が痛かった。
当然だった。そういう風に創らせたのは、他ならぬ私なのだから。
輝夜は導箱の遮蔽窓を蓋をほんの少しだけ傾けた。

「無駄だって、永琳だってわかってるくせに」

 窓の隙間から漏れる輝夜の声はくぐもっていた。私はというと何だか上手く呼吸が出来ない。きっとその所為なんだろう。頭が全く働かない。脳に全然酸素が行っていないのだ。だから私の頭脳は石みたく固まってどうしようもない。でも体は止まっていられなくて、だん、だん、と扉を、箱を叩く。ヒビも入らない。そんなことぐらい、設計した私は知っていた。この箱を壊そうと思ったら、生身の攻撃ではどうしようもない。そして箱の守りを破るほど強いな力では、中の輝夜も無事には済まない。輝夜は痛ましいとでも言いたげに眉を顰め、箱の内側から私が叩く場所に手を触れさせた。手が止まる。輝夜を叩いてしまいそうだったから。衝撃なんていくはずもないのに。

 コブシ一つ分小さいはずの教え子は、箱に乗っている分いつも違って私より高い位置にいた。変な気分だった。思えば輝夜は偉そうな言い回しをすることがあっても、私に服従を促したことは無かった。出会ったときからずっと、彼女が大事にしてきたものは形だけの主従関係でもなければ、知識のやりとりでもなかったはずなのに。

「駄目よ永琳」

 血が出ているじゃない。私の顔と同じ高さに輝夜はしゃがんだ。透明な箱の中から、輝夜の指が私の手を撫でるような仕草をした。きつく握っていた拳を解き、私は箱の外壁に両手をついた。重ねる様に輝夜も両の手をつく。私が額を押しつけると、箱の中で輝夜も同じようにした。壁はヒンヤリと冷たくて、額を付けたときはコツンと音がした。硬質の感触だけが伝わってきた。それは輝夜も同じだという。

「どうして……?」
「そのどうしては、どうしてこんなことをするのかって意味?それとも、どうして片方だけが蓬莱の薬でないと分かったのかって意味?」
「両方よ」
「両方ねぇ」

輝夜は何か悩む素振りを見せた後、

「二つめの方を答えるとね、最初は勘だったのがそのうち確信に変わった、といったところかしら」
「勘?」
「難しいことはわからなくても、永琳のことぐらいはわかるもの」

永琳は、知らなかったかもしれないけどね。輝夜は笑いながらも、そこだけ不満そうに言う。

「だから、あなたが私を連れて行かないくらい、わかるに決まっているでしょう?」

 だって永琳は永琳だからと、輝夜は相変わらず何も論理的でないことを平気で口にする。どうして私の教え子の中でこの子だけ、こんなにも曖昧で不確かで、なんの根拠にもならないことを言うのだろう。そんなこと分かり切っているじゃないかと私は私に答える。だってお前は、本気でこの子の教育をしてなどいなかったではないか。不完全な薬を作り、かつての主君を幽閉させたことに満足できず、それを解消する手だてとして、目の前の少女を利用しただけじゃないか。この子はその策に嵌るような子だったのだから、つまりはどういうことなのか、本当はもう分かっている癖に。

「輝夜、かぐや、でも……」

 だからって、輝夜のやろうとしていることは、あんまりにも愚かだ。どうしてこの子は、そんな簡単なこともわからないのだろう。わかってくれないのだろう。私の目的も、下心も知っている癖に。利用するために近づいたのだと、看破して見せたのはそっちの方じゃないか。

「輝夜、貴女は、地上に行くの?」
「最初からそう言っているじゃない。永琳が唆したのに、今更そんなこと言うの?」
「でも地上は穢れているのよ」
「だからこの薬を飲むんでしょう?永琳が教えてくれたんじゃない」
「永遠は長いの。輝夜はまだ若いから分からないかも知れないけど、永遠は長いのよ」
「永琳だって知らないじゃない」
「でも、それを知ってしまった人は知っている」
「…………」

 輝夜は押し黙った。何か考えているようだった。どうせろくなことではない。いつだって輝夜は為になる事なんてしないのだ。けれど私はそのままずっと考え続けて欲しいと思った。今の輝夜には黙っていて欲しかった。どうせろくでもない答えなんて、彼女は一生手にしなくて良い。それよりもこんな馬鹿げたことは今すぐ止めにして、いつものように飽いてしまったと、こちらを呆れさせて欲しかった。そんなこと、叶うわけもないのだけれど。やがて短すぎる沈黙の後、輝夜はたどたどしい調子で話し出した。

「……ねえ、永琳。あなたが二人で地上に行くと言ってくれてたとき、本当に嬉しかった。真面目な永琳が都から私を奪うなんて事、あるはず無いって分かってたけど、嘘だってちゃんを知っていたけど、でもそれでも」
「それなら、何故私に力を貸したの?私が貴女に飲ませないと知っていたのに」
「だって。そうしたら永琳は、閉じこめられているその人の事を一生自分の落ち度として、なんどもなんども思い返して行くんでしょう?そんなのいやぁよ。私の従者はもっと自由でいい。従うものくらい、自分で決めないと」

この子は何を言っているんだろう。
言われなくても、私は私のしたいようにやっている。
この薬の完成だって、ただの自己満足からなのに。

「なんて顔しているの、変ね。永琳じゃないみたい」
「どんな顔なの?」
「なんていうか必死な顔」
「わたしが?」
「そうよ、永琳が」

 とても信じられない情報だ。確かに焦ってはいるけれど。客観的に言って、とても事態は深刻だけれど。だけどやっぱりそんなことはありえない。今この場で一番必死になるべきは輝夜なのだから。でもこの子は、そんなこともわからないのだ。だから私が輝夜の分も焦らなくてはならない。そうとも。私が必死なのだとしたら、それは輝夜があんまりにものんびりとしているからなのだ。貴女の所為なのよ、と言ってもこの子は半分の意味しかとならないだろうけど。

「必死な永琳なんて、ちょっと珍しいわね。最初で最後かも。ねえ、永琳。私は永琳のような頭脳はないけれど、あなたの教え子で、あなたの主人だから。雇ったのはお父様で、それは永琳の目的の為だったけれど。でもだからこそ私は、せめてどうあなたと接するかを考えることが出来た。あなたは私に可能性を見せてくれた。私はこれ以上ここにはいられない。退屈で死んでしまいそうだから」

だからさよならだと、輝夜は言う。

「退屈だから。それがこんなことをした理由なの、輝夜?」
「もちろんそうでもあるし、でもそれなら、もっと別な方法もあったと思わないかしら」
「何なの?」
「……教えてあげない」
「輝夜」
「永琳は頭が良いんでしょう」
「輝夜」
「謎を解いて、くれるよね?」


姫は笑う。
幸福そうに、いつものように。
初めてあったときと同じに。
昨日会ったときと変わらずに。
毎日の教えの時のように。
そうとも、姫は私の答えを待っていた。


けれど私は、私は―――――――――――




何も言わない私に、輝夜はくしゃっと見たこともない笑い顔をつくって、


そうして彼女は、一人っきりで、私の見ているその前で、蓬莱の薬を飲んだのだ。






































薬は失敗だった。


出来たのは前のと同じもの。私はまた、主人を罪人へと追い込んだのだった。














――彼女の処刑は101回行われ、その全てを計画し実行させたのは私だった――



 薬を飲んですぐ、輝夜は意識を失った。それと同時に私は手近の導箱を片っ端から破壊した。輝夜のいる導箱以外は全て壊れても構わないと思った。異常事態を受けて、身を鎧と武具で固めた兵達が駆けつけたとき、私は半狂乱だったと後に聞いた。生憎と私の頭に残っているのは輝夜の姿だけで、その場にいた他の人間は誰一人として記憶に無いのだが、その様子を見ていた知人曰く、私は集まった操者の肩を揺さぶっては輝夜の入った導箱を開けてと繰り返していたらしい。客観的に見てそれは醜態以外の何物でもなかったが、誰に人から何度そのことを口に出されようと、それ以前に起こった輝夜との会話に比べれば、少しも私の心を動かしはしなかった。そして輝夜のことを考えれば、恐ろしいほどの虚無感に襲われる。いくら挑発しても私が反応を示さなかったからか、次第に誰もが興味を失っていったのはありがたかった。

 とはいえ、興味が有る無しに関わらず、今回私が引き起こした事態は重大だった。私は隔離され、何日も渡る取り調べを受けた。当然だった。私はいかなる処罰も覚悟していた。幽閉は勿論、都からの追放も甘んじて受けるつもりだった。私はその頃、どちらかと言えば幽閉が良いと考えていたのを覚えている。前例に倣って輝夜も幽閉されるだろうし、それなら同じ境遇になれば少しはお互いの慰めになっただろうし、もし追放になったその時は、時期を見て輝夜を脱獄させる手筈も考えていた。私は私の罪の重さを十分理解していたし、『彼女』の時とは違い、今回は私の意思で行ったところも大きい。月は私を最大の要注意人物と見なすと考えていた。つまり私は、都が私を見放すだろうと信じて疑わなかったのだ。


けれど月は、私を離してはくれなかった。


 その日、釈放された私が向かわされたのは、『彼女』が幽閉されている邸だった。前に立ち、私を先導したのは、あの昔馴染みの操者だ。いつもの制服を止め、彼女の本来の任務である軍服で身を固めている。

「倒れ伏せる姫を前に取り乱す貴女を見て、議会はこう考えました。罪人、八意永琳は未だ忠義を無くしてはおらず、むしろその忠義故にこのような事態を招いてしまったのだと。貴女にかけられたいた容疑は都への謀反です。姫の身を案じ、そして姫の望みに応えようとした従者を裁くのは、誰にとっても心苦しいもの。そう思いませんか?永琳様」

私は答えない。彼女の言った言葉の中には、あまりに大きな意味がいくつも潜んでいた。

「輝夜様は、全ては自分の計画だと仰いました。議会もそれを認めている。歴書の草書にも、すでにそう書かれていることでしょう」
「上様は、なんと?」
「議会は認めたと申し上げました」

眩暈がした。

「あの方は、あの人はもっと子煩悩な質だと思っていたわ」
「永琳様、さすがに口が過ぎます。どこでだれが……」
「聞いていたからと言って何だというのか!」

「……貴女がそうしているのを見ると、議会の判断は正しかったように思えますよ」

操者は、『彼女』の付き人は、邸の最奥にある重たい扉を開ける。

「灯を、どうぞ。お足下をお気を付け下さい」






 久しぶりねとその人は言った。もっと早く逢いに来てくれてもいいじゃないかしらとも。私は答えない。もっと決定的な言葉を、彼女は言いたいはずだったから。黙りこくる私の態度を、彼女はそんなことは予測していたとでも言うように余裕のある調子で、

「ねえ、永琳」
「…………」
「憎からず想う者を百一回、殺めることになった気分はどう?」

 元より勿体ぶるつもりはなかったのだろう。『彼女』はすぐにそれを口にした。おぞましいことを愉しげに。どうして彼女がこうも愉しげなのか、どうしようもなくわかってしまうから、私は今更ながら昨日までの自分が許せなくなる。

「やはり、知っていたんですね。こうなることを」

私の薬が、どうやっても完全にはならないことを。

「ええ、知っていたわ。八意の永琳。あなたが私にしたことを、今度は幼い月の姫にしてしまうことを。あなたは私の力をよく理解していなかったみたいだから。あなたがいけないのよ。いつも私の言葉を話半分にしか聞かないから」
「それなら何故」
「なぜ、止めなかったのか。まさかあなたは、私にそんなことを言うつもりなの。こんなところにいる私に?この月の都で誰よりも不自由な私に、あなたそんなことを言うのね、永琳」
「でも貴女には自由に出来る手足があった。あの付き人を姫のいる宮に就かせたのは貴女の差し金じゃないと言えるとでも?」

目の前の永遠の罪人は黙っていた。私の言葉を待っているのだ。誰かのように。

「最初から、全てはあまりに上手く行きすぎていた。私が姫に近づけたのも、姫が私に懐くのも、姫が宮を自由に動けたのも、地上へ興味を持つことも。全部があまりにも順調だった。けれど、姫に働きかける人間が私以外にもいたとしたら、それらは簡単に説明がつきます。その人間は私の目論見そうなことを知っていて、姫にも近しい存在。そして、姫に導箱を融通できる立場にいる。そんな人間は一人しかない。――そうよね?」

 私は暗がりを振り返る。そこにはあの付き人が立っていた。いつでも攻撃できる態勢を取り、私を睨んでいる。付き人はたった一人だった。他には誰もいない。舐められた物だと思う。生憎、この都でただ一人私に不意打ちできる人間は、現在自力では抜け出せないところに閉じこめられているわけだが。

「気づいていましたか」
「それはどっちのことかしら。あなたが付いてきたことなら最初からだし、姫に何か吹き込んでいる者の存在なら、そう、間抜けな事に、ここ数日の内よ。隔離されている間、取り調べを受けている以外は時間があったものだから」
「そうなのよ。幽閉されるって暇なのよ、永琳」
「それは私への嫌みですか?」
「そう聞こえるかしら。ならそうなのでしょうね。ふふ。ねえ永琳。あなたですらそうなら、あのお姫様は今頃退屈のあまりどうにかなってしまったかもしれないわね」

 また眩暈がした。本日二度目だ。数日に渡って尋問を受けたと言っても、なんら肉体的苦痛は与えられていないし、睡眠も食事も十分保証されていた。体調が悪い訳ではない。あんまりにも久しぶりなので忘れていたが、これはひょっとして忌々しいという感情ではないだろうか。内蔵を抉らせるような感覚は最悪だった。出来ればずっと忘れていたかった。それこそ永遠に。

「満足がいきましたでしょうか?己の力を過信して、主人を二度も失って、生き恥だと分かっていながら都に従うしかない私を見られて。貴女は満足なんでしょうね」
「八意様、いくらなんでもその口の利き方は」
「いい、お前は黙っておいで」
「しかし」
「いいの。続けて永琳。あなたはこの数日間、私に言いたいことがたくさんあったはずでしょう」
「それなら、貴女だって私に言いたことあるはずでしょう?」
「ええ、ええ。あるわ、あったわ!気が狂うほど!……でも今はいいの。何故だかあなたもわかるでしょう?私の万の気持ちを千の言葉にするよりも、一つの行動があなたをここに駆り立てたなら、今はただ、私は永琳の言葉を聞きたいの。あなたが私に向ける言葉こそ、きっと私があなたに言いたかったものなのだから」

 その通りだ。私は彼女の気持ちがわかる。彼女はきっと私を恨んでいる。憎くて憎くて仕方がない。どんなに経っても許せるはずがない。だって彼女は一生このままで、同じように輝夜も永遠に許されないのだから。

「分かって、いたんです。此処に貴女を閉じこめているのは私の業から産まれたもの。私の力が至らなかったばかりに、貴女はここで永遠に近い時間を過ごさなくてはならないのだから。ですが、でも……それがあの子になんの関係があったと言うんですか。あの子はただ、貴女と似た才能があった、それだけではないですか。なぜ、それだけで」
「それをあなたが言うのね、永琳。あの子の力の価値を誰よりも知っていた貴女が。誰よりも早くにそれを見抜き、耳障りの良い言葉で従わせたあなたが」
「ええ。だから、私は貴女の気持ちが分かるんですよ。貴女と同じ。私は八意永琳が許せない。そしてそれに加担した貴女を許せない。貴女が自分の愚かさを許せないのと同様に」

 いいや違う。私が彼女に向けているこれはただの八つ当たりなのだ。私は当たり散らしている。よりによってこの世で二番目にするべきではない相手に。いや、だからこそ。彼女だけではない。私は都にも憎悪を膨らませていた。自業自得だと言われようと、自分が他人の悪意に踊らされたことは変わらない。ここに来る途中、操者の語った決議は表向きの物だ。本当は都は分かっているのだ。わかっていて私に罰を与えないつもりなのだ。私が受けるはずの罰を輝夜に求めることが何よりの罰だと、知っていて私を牢から出したのだ。

「都が言うんですよ。姫を裁くのが私の報いだと。明日から輝夜は処刑される。何度も何度も。死なない輝夜は何度も殺される。月の都での殺生は認められないが、輝夜は死なない。死なないから何度も殺される。その方法を私に考えろと月は言うんです。その手筈の全てを私に担えと」

とても、耐えられない。耐えられて堪るか。

「それでもやるのよ八意永琳。これ以上あなたが好きにすれば、あなたを庇い立てしていた教え子達が、とても不味いことになる。どの子も優秀な子達なの。都は彼らもあなたも失いたくないのよ。あなたの頭で、それが分からないはずが無いでしょう?」

わかっている。
分かっている。

解っている。
判っている

ちゃんと理解できている。

――――――――例えば都が、姫に対して厳しい態度をとったとしても、貴女は今の言葉に沿えますか?

――――――――私は、私達は貴女を信じます。どこまでもいつまでもなにがあっても。どうか先生。それだけは忘れないでください

わかりすぎるほど、わかっていたのだ。



「つまりあなた方はこう言いたいのでしょう?偶には私に、頭だけではなく心を使えって」









【BGN】

「あーあ。付き合っていられないですよ、あの方には」

本当に小さく漏らしたつもりなのに、主人にはきっちり聞こえていた。
それは当たり前の事かも知れない。この方のいる場所は、あんまり静かな所だから。

「そう言わないでおやり。永琳は最低なのに真面目だからいいのよ」

主人の言葉も大層心が無いように思われたが、私はそれを指摘するつもりはなかった。
それほど八意の知識は危ないものなのだ。
毒にも薬にもなる八意の中でも、特別優秀で、格別規格外の頭脳。
むしろ彼女は、上手く使えている方なのかも知れない。

「悪人が悪行をするだけなら、こうも難しくないのでしょうね」
「あら?悪行をすればその人は悪人になるわ。そして悪いことをする人は孤独な人よ。正しさは多数決で決まるのだから。だから罪人は隔離されるの。だから私はここにいるの」
「その言い方では、八意永琳は決して正しくあれないのではありませんか?彼女ほどの天才は他に存在しないのですから」
「そうよ、可哀想で可愛い人でしょう?でも大丈夫。永琳のあれは孤独と同時に力だから。力を欲しがらない者の方が少数である以上、永琳が孤独なままと言うこともないのよ」
「なんだか判らなくなってきました」
「お前はそれでいいのよ」

確かに、私の仕事は頭を使わないことでもある。私は主人の手足なのだから。手足が頭と別に考えて動くようではどうにもならない。

「あの方が気の毒なことだけはわかりました。これから暫くはお辛いでしょうね。半分以上は自業自得とは言え、私はもうこれ以上は関わりたくありませんね」
「心配しなくても、今度の一件で"私"はもう許してあげてるわ。この計画が上手くいくとき、それは永琳が私を忘れていないということだもの。何も起きなかったなら、私は大層傷ついたでしょうけど、結果は私の読み通り」
「最初に計画を聞いたときは、分が悪い賭に思えましたが」
「私は自信があったわ。だってあの娘、本当に私に似ているんだもの」

それってかなり自惚れているなと思ったが、やっぱり私は指摘しなかった。

「お前、いま私を愚弄したでしょう?」
「滅相もない」
「どうだか。でもそうね、多少は計算違いな点もあるわ。お前が誘導するまでもなく、あのお姫様は永琳の下心に気づいていたのだから。それに似てると言ったけれど、これも正しいと言えないね」
「というと?」
「もっと質が悪い。だってそうは思わない?これまで永琳の中で私が占めていた場所全部、あの子が取って代わってしまったのよ。いいえ、代わるというのはまだ穏やかな言い方ね。私を塗りつぶして、そこに新しくあの子が描かれたと言うべきかしら。退かされてもいない以上、帰っても来られない。死んでしまったと言っても良いかしら。わかる?あの娘、不死の私を殺して見せたの。あんなものに手を出して、永琳じゃなければもっと酷い目に遭っていたでしょうよ」
「すでに十分すぎるほど手酷い目に遭っているように見えますが」
「お前は良い子ね。今に見ていてご覧。あの子が処される百一回。少なくとも、同等分の血は流れる事でしょう。私は、私達は精々それを見守ることにしましょうか」
「止めないのですか」
「何故?私の言葉を聞きたくないと言っているのは都の方よ」
「ですが、先程お許しになったと」
「私が許したのは永琳だけよ。私を罪人にするのも都の都合。永琳だけなの。私の為に責任を感じたのも、傷ついてくれたのも、永琳だけ。ああ、今はお前もいるけれど」
「私は別に」
「そして今はお前だけ。良い子ね。お前の言葉だけが、私の永遠を一瞬にする。それを忘れないで」

そう言って、主人は私に優しい眼差しをくれた。
それが嬉しくて、やっぱり私は、八意永琳は許されなくてもいいのではないかと思ったのだった。






【夜にすれ違っていく】

――――――――綺麗な石を拾ったから、ボクは失くさないように飲み込んだ


――夜にすれ違っていく その1――

「あ」
「あ?」

盆栽を片手に思案顔に暮れていたと思ったら、我らが姫様は急に間の抜けた声をおあげになった。

「どうしよう。今日、妹紅の馬鹿と約束をしてた気がするの」

鋏を手にそわそわとしている。

「え、本当ですか。待ってるんじゃないですか」
「ちょっとイナバ。気づかれないようにこっそり見てきてよ」
「二度手間じゃないですか。ついていきますから、一緒に往きましょう」
「いやよ。だってもう湯浴み済ませちゃったのよ」
「知っています。手伝ったのは私ですから」

無駄足なら出たくないわ、とわがままなこの人は宣った。
うむむと私は、一人で藤原の妹紅に会いに行く自分を想像する。
姫の言い方では、今日かどうかはともかく、すでに約束の時間の方は過ぎているに違いない。
相手はさぞいらいらしていることだろう。
そこで藪をがさごそ言わせ、颯爽と現れる私。

すわ、ようやっと来たか!→違った!→どうなる私!

どう考えても丸焦げだった。
こわい。

「だから、こっそりとでいいのよ?颯爽と現れなくていいの」
「今か今かと待っているんですから、見つかりますよ、絶対に」

それなら格好良く出て行きたい。

「イナバの考えることはちょっとわからないわね」


[くるり]



「なるほど」

秋風が身に染みる竹林の中で、彼女は一人頷いた。

「宮本武蔵を気取るのは構わないけれど、しかし残念だな輝夜。人は歴史に学ぶんだよ」

辺りには誰もおらず、故に彼女の誤解を解く者もいない。

「永遠を持つ者にとって、待つことは苦行に値しない」

彼女は近くの竹を一本倒すと、それを竹籤に変えながらゆっくりと待つことにした。






――夜にすれ違っていく その2――

綺麗な石を拾ったのに、誰に持って行けばいいのかわからない

帽子を被った男は言う
「これまでやった様にしなさい」
それがボクが動く仕組みになるという

雨はとっても冷たい
雨はとっても重たい






――夜にすれ違っていく その3――

「ねえ、場所は拉げ亀石のあるところよ。そんなに遠くもないでしょう?」

「姫様、姫様。問題は近い遠いじゃないです。生きるか死ぬか、それが問題なんです」

「そんなこと言わないで、今度耳かきしてあげるから」

「誠に残念ですが、昨日てゐと代わり番こでやったばかりでして」

「ブラッシングもつけるわ」

「ああ。それはちょっと魅力的。いや、いやいや!騙されませんよ」

「特別に私の椿油使ってあげる」

「姫大好き。でも、お断りさせていただきます」

「なんでよー」

「丸焦げにされたら、梳く髪も何も無いですよ!」

「大丈夫よ、あの子だって手加減くらい出来るもの」

「えーじゃあ白旗上げてもいいですか?」

「駄目よ。私が負けたみたいじゃない」

「なら旗に名前を書きます」

「私の従者も負けちゃ駄目」

「いつもはペットとか言う癖に」

「じゃあ、ペットも駄目」

「そんなご無体なー」




――夜にすれ違っていく その4――

「おかしい。約束の時間からもう一刻ほど経つと言うのに、輝夜のヤツ、来ないじゃない」

竹林の中に待ちぼうけが一人。
どんなに待って呆けても、兎の一羽も来やしない。
来たところで木の株も何も無いけれど。

「場所は此処で間違いない。潰れ亀石の前だ。いや、輝夜は拉げ亀石って呼んでたけど、とにかく此処に間違いはないのよ」

最初は宮本武蔵でも気取っているのかと大らかに構えていた妹紅も、だんだんと本当に今日が約束の日なのか不安になり始めた。
いくらこちらとあちらの時間が無限でも、一日の時間は有限であり、朝になってから来ては遅刻というよりただの嘘である。

こうなったら直接向こうに乗り込むべきだろうか。

藤原妹紅は悩み出す。
ひょっとすると単に面倒になっただけで、輝夜は今頃家でゆっくり憩いの時を満喫しているのかもしれない。
ならば油断しきっている今こそ積年の恨みを果たす絶好の機会である。
ぐっと握る拳にも力が入る。
別に殴り合いをするわけではないのだが。
だがしかし、しかしである。

「でも、もし本当に今日じゃなかったら、これは凄い間抜けじゃないか。どうすれば」

おおお、と妹紅は一人苦悩した。
こんな事なら慧音の提案を受けておくべきだった。
どうせ夜警をするから付き合うと言った慧音を、適当にあしらったのは他ならぬ半日前の妹紅である。
慧音が此処にいてくれたら、毒にも薬にもならない昔話で暇を潰せたことだろう。
偶には彼女の愚痴を聞いてやってもいい。
妹紅は過去の自分が恨めしかった。輝夜にはその何倍も腹を立てていたが。

「もしや、こうやって私を翻弄することこそが狙いなのか!くぅ、相も変わらず小賢しい真似をする!」

おのれ輝夜め。
思わず熱くなった彼女は、物の弾みで折角作った竹細工を幾つか燃やしてしまったが、それを嘆く者も彼女一人だった。


真実は、当たらずとも遠からずである。









――夜にすれ違っていく その5――


綺麗な石が似合いそうな、冷たい人が見つかった

傘を差した女は言う
「これまでと反対の事をしなさい」
それがボクが生きる理由になるという

雨はとっても冷たい
雨はとっても重たい








――夜にすれ違っていく その6――

がさごそと藪を言わせ、現れたのは天狗だった。

「あ、生鳥」
「誰が生鳥ですか」
「もう夜なんだから、鴉は山にお帰り」
「突っ掛かりますねー。ひょっとして、機嫌が悪かったりしますか」
「まあそうね。何しろご期限が過ぎているからさ」
「ご機嫌過ぎるなら良いじゃないですか。そんなことより、お聞きしたいことが2、3あります」
「私は答えたいことは一つもないよ」
「そう言わず、どうせ暇なんでしょう?」
「何故それを?!」

はて、天狗や鴉に人の心が読めたというのは聞いたことが無い。
そういうのは、もっと適任な妖怪がいたような気がするのだが。

「足下、凄い数の竹細工が転がってますよ。いくつか炭になってますけど」
「あ、本当だ」

どうも熱くなりすぎているようだ。
いけないいけない。
これなんかは慧音に上げようと思ってこさえた物なのに。

気を落ち着かせようと妹紅は空を仰いだが、生憎ここは竹林なので見えるのは竹とその枝葉だけだった。
しかしそんなことには目を瞑り――つまり実際は目は開けたままだ――妹紅はどこか遠くを見つめた。

「それで、聞きたい事って何?」
「……最近の話なのですが、夜の内に畑を荒らす影が里に出るようなのです。私としては里の被害状態はどうでもいいんですが、話を聞いているとどうも臭いので」
「うん?」
「やり口が人間でも妖精でもないようなんです」
「それなら妖怪だろう」
「盗みを専門とする妖怪なんていませんよ。悪戯を専門とする妖怪はいますが。何れにせよ、妖怪がやったと分かるように悪戯しない妖怪なんて妖怪とは言えないのです」
「なるほど。妖怪も面倒なものだね」
「そうなんです、けっこう大変なんですよ」

そうか、それなら妖怪でもあり人間でもある慧音はもっと大変なんだろう。
これからは唯一の友達を労ってやらねばなるまい。
妹紅の意識はすでに半分以上此処にはなかった。

「それは確かに気になる、かもしれない」
「なりますよ。むしろ何故ならないことがありますか」

それはきっと目の前の天狗は首突っ込み屋の記者で、自分は違うからだと妹紅は思った。

「人間でも妖怪でも妖精でもないとしたら、後は未知の生物しかありません。どうですか、血が騒いできましたか?」
「いや、まったく」

記者は期待を込めて振り返ったが、妹紅は正直者だった。





――夜にすれ違っていく その7――

綺麗な石を吐き出して、ボクはそれを彼にやる

槇を背負った彼は言う
「私に貴石は要りません。欲しがる人にあげなさい」 
それが僕らの為だという


雨はとっても冷たい
雨はとっても重たい






――夜にすれ違っていく その8――

「文具の墓場を知っていますか」
「文具の、墓場? それはあれか。筆やら定規や記帳本などが埋葬されているってこと?」
「その通りです妹紅さん。ノートやら万年筆が、そこにはいっぱい集まっているのです。無造作に積まれている感じですから、埋葬と言うよりは屑置き場ですが」

天狗は手帳を開き、日付を辿り出す。

「ここからちょっと飛んだ先に、外の物が多く流れ着く場所があります。文具の墓場はそのすぐ近く。ひょっとすると文具も外の物なのかもしれませんね。何しろ変わった形が多いですから。この前見た時なんて、振る度に色が変わる万年筆がありました」
「まだ使える物が捨ててあるのか?」
「とある筋の話では、外の人間は一定の時期を過ぎると、使える使えないに関わらず物を捨ててしまうのだそうです。長く使うことで物に力が宿ることを嫌っているのでしょう。そんなに生きられもしない癖に、まったく無用な対策だと思いませんか?」
「さてね。それと先程の畑荒らしは関係あるのか?」
「そう、そこですよ。その畑荒らしの犯行現場には、いつも何かしらの文具が落ちているというのです」
「なるほど。つまりお前の言い分はこういうことだろう。暇を持て余した人間は、暇つぶしに妖怪退治をするべきだと」
「その通り。いえ、やっぱり少し違いますね。人間が持て余した暇は、妖怪の暇に潰されるべきですよ」







――夜にすれ違っていく その9――


綺麗な石を彼は食べる
見たわけではないけれど、いつの間にか無くなっているから
きっとボクの見ない間に食べているのだろう
だからボクはもっともっと石を探す

夜にぼんやり光る石
紅くて、蒼くて、紫色


でもいつか石は無くなってしまうだろう
そしたら今度は、何を持って行けばいいのだろう


雨はとっても冷たい
雨はとっても重たい









――夜にすれ違っていく その10――


畑の上を小さな影が旋回する。

夜の里は真っ暗で、人間の眼なら、その影を捕らえることなど出来ないだろう。
今夜は生憎の曇り空。
光源は遠くに燃える篝火だけだ。
逆を言えば、我々の姿をを炙り出す光もない。
逮捕の基本は現行犯だろうと、私達は人里の畑を張っていた。
正直なところ、私は天狗の話を信じていなかったので、こうもあっさりと姿を表されては拍子抜けてしまう。

「鳥か、はては蝙蝠かな」
「鳥ですね」
「嫌だね、真夜中に動く鳥がこんなにいるなんて」
「ひょっとして喧嘩売ってますか」

どちらかというと自虐なのだが、そんなことは教える必要はなかった。

「どう思う?私には梟の類には見えないんだが」
「かといって、影はどこからみても畜生のそれですよ。妖精も妖怪でもありませんね」
「そして妖獣にしては生命力を感じない」

眉をしかめてしまう。生命力どころか、辺りに漂うこれはむしろ屍臭ではないだろうか。
魚などの贓物が腐った時とものとは違う、もっと濃密な死の臭い。嗅ぐと言うよりは感じる。
息を吸い込むと喉骨の下あたりでわだかまる気持ち悪さ。それを僅かだが感じるのだ。
こういうのは風が運ぶわけでないから、どこから来ているのかまではわからないけれど。

「ふむ。面倒だし、燃やしてしまって構わない?」
「構います。私は畑の被害なんてどうでもいいんです。話のタネが欲しいんです」
「実ではなく種が欲しいなんて、天狗は謙虚だな」
「そうでしょう?」
「今のは売ったんだよ」
「わかっていたから流したんです」

軽口を叩き合う。
これでも寡黙な方のつもりなのだが、さすが文屋だ。
うっかり余計なことまで話してしまいそうだ。

「後を付けましょう」
「暇鳥め」
「いいじゃありませんか」
「一人で行けばいいんじゃない?」
「ここまで来ておいてそれですか。そもそも待ちぼうけを食らっていたのでは?いいんですよ、私は。取材対象を貴女にしても」

天狗はにまにました。
焼き鳥にしちゃおうかな。
ほら、彼女には紅が足りない気がするじゃないかと私は私に提案してみる。

「正直、即答でないのが意外ですよ。貴女は人間の味方だと思っていた」
「私は誰の味方を気取るつもりはないよ」

重要なのは誰が敵だって事なのだから。

「ささ、話してくれても構いませんよ、あの様子では大分待たされていたのでしょう?あんなに何もない場所で、いつから誰を待っていたのか。実に興味があります」
「わかった、わかった。つまりそうなんだ。やっぱり、アンタには紅が足らないよ」






――夜にすれ違っていく その10――

綺麗な宝石は無くなってしまった
綺麗な宝石は無くなってしまった

彼は何も言わない
彼は何も言ってくれない
彼は話さなくなってしまった

宝石を探すんだ
もっと綺麗な宝石を

雨はとっても冷たい
雨はとっても重たい






――夜にすれ違っていく その11――

勢いに任せて天狗を適当にのした後、当たり前のことだが私達は鳥を見失しなっていたことに気づいた。
そこで、他に当てもないので件の文具の墓場とやらを目指すことにした。
ほどよくのされたくれた天狗は、先程より頭が冷えたと見えて粛々としている。
燃やした方が冷めるなんて、さすが腹に一物も百物も抱える天狗である。

「まったく紅くて白い人間というのは乱暴者が多いんだから」

乱暴とは失礼な奴だ。
おまけにあんな妙な人間と一緒くたにされるのはごめんである。

「火と風じゃあアンタの分が悪いのは仕方ないさ」
「風を吹かすしか能が無いみたいに思われるのは心外ですね」
「判っている。嘘とホラを使うのも、誰もアンタ達に叶わないさ。風評被害、恐ろしや」
「動き足りないのはわかりました。是非その熱意を事件解明に役立ててください」

「それはアンタに任せるよ」


墓場に着くが、影はすでになかった。
すでにと言ったのは、影が訪れた形跡があったからだ。

「なんです、これ」
「誰かの像のようだが?」
「ううむ。こんな人間も妖怪も知りませんねー」

そこには何故か文具の山に紛れて少年の銅像が建っていた。
あまりに所在が無さそうなので、建っていると言うより捨てられていたと言うのが適当に見えた。
像の前にはまだ切り口が瑞々しいままの茄子が、お供えものように置かれている。

「秋茄子か」
「おお、こっちはアケビですよ。犯人もとい犯鳥は山にも現れていたのですね!……やっぱネタにするのは止めて焼き鳥にしましょう」
「おいおい」
「山が関係しているなら話は別ですよ」

前から思っていたのだが、天狗はどうしてこうも妙なところで排他的なのだろう。

「まあ、私だって竹林を荒らされるのは業腹だ」
「そうでしょう」
「しかしだな、風を読むのが得意のアンタならそろそろ気づいているんでしょう?」
「はは嫌だなぁ、だからこそ一人ではご免なんじゃないですか」


天を指し、天狗は笑う。


「ほら、さっそく来ましたよ」




[くるり]



「だからイナバ、私はね――――――――」
「おや?姫、ちょっとお待ち下さい。…………いやいや、これはツいているのかいないのか」
「もう、なによ」
「ほら、姫様」

とん、と障子を開けてにやり。




「雨ですよ」







――夜にすれ違っていく その12――


「けぶってますね」
「ああ」
「やっぱり雨はお嫌いで?」
「そういうアンタはさほど嫌じゃ無さそうだね」
「風は雨と仲がよいのでー。とはいえ、濡れるのは実に不愉快です」
「鴉の濡れ羽が何とやら」
「しかし行水は短いとあるでしょう?」
「へえ?お風呂嫌いなのか」
「いえ、趣味は秘湯巡りですが」

「…………真面目に、考えましょうか」
「そうだな時間を無駄にした」


大きなケヤキの下に入り、状況を整理する。


「さて、どうも畑荒らしの犯人――もう鳥でいいか――は、盗った作物を自分で食すことなく、あの像に供えている。ここまでは確定とします」
「異論はないな」
「影の大きさからして鳥は小鳥ですね。しかしここで、一つの疑問が湧いてきます」
「うん」
「小鳥にあれだけの力はありません。茄子一つくらいなら何とかなることもないでしょうが、被害に遭ったのはそれだけじゃない。そこで妹紅さんの補足を加えます」
「鳥からは屍臭がしている。ここに来るまでは断言できなかったが、像の辺りでも濃密にした。これで間違いないだろう」
「そうです。つまり妖獣ではない。そして霊にも見えなかった」
「鳥は死んでいる。そして体はある」

「傀儡かな」
「おそらくは」
「悪趣味な」
「趣味はどうでもいいのですが、目的はわかりませんね」
「この像、何かの神様なのか?」
「うーん。あんまりそうは見えないんですが」

ぱらり、ぱらり天狗の手が動く。
いつもの手帳ではない、もっと大きな紙の束。

「それはさっきの?」
「そうです、そうです。妹紅さんにも拾うの手伝って貰った紙です。と言うか本ですね。いやー見事な物ですよ。私達も中々の印刷技術を持っているつもりなんですけど、ここまではさすがに」
「鳥やら獣やら色々いるものだ。見たことのないものが多い」
「この辺の生き物では無いのでしょう。雨が降る前に拾えて良かったですよ。紙は水に弱いですからね。強くできない事も無いですが、面倒ですしね」
「お、こっちは魚がたくさん書いてある。知らないのばかりだなぁ」

食べられそうにないけどれど、釣ってみたら面白いかも知れない。
コレなんて人間の赤ん坊くらいありそうだ。

「宜しければ何枚かは差し上げますよ。本の形に戻してみたかったんですけど、頁数の飛び具合から見て、半分くらいしか拾えていないようですし。幻獣や妖獣ならいざ知らず、外の生き物にはさほど興味ありませんし」
「それなら、この[海の生き物]あたりを貰ってもいいかな」
「ええ、どうぞどうぞ。今夜の報酬と言うことで」
「まだ続ける気か」
「いえ、そろそろ帰ろうかと思います。もうすぐ一番鶏が鳴きますよ。雨の所為で薄暗いとはいえ、もう人間の目でもいろいろ見える時間帯です。これ以上里で動き回ると良くないかもしれません」
「そういえば、今夜は慧音が見回りをしていると聞いていたんだが、結局出会わなかったな」
「それはおかしいですね。私は今夜は彼女が家から出ないと踏んで里まで来たのですが」
「そうなのか?」
「ええ、花の妖怪――風見幽香――からそう言っていたんですよ。彼女自体は別の筋から聞いたような事を匂わしていましたが」
「へえ、妙なこともあるもんだ」





雨はしとしと降っていた。










【肺に積もる雪:黒】


【墨汁一滴】

『 
   人生は一箱のマッチに似ている
   重大に扱うのは莫迦々々(ばかばか)しい。
   重大に扱わなければ危険である。
                           芥川龍之介 』



墨というのは服に付くと落ちづらいし、手入れを怠ると腐りもする。
面倒なものだが、私にとっては商売道具だ。無下には出来ない。
それは人間の体にも言える。もっと言えば人生そのものにも言える。






夜を更かしていた為か意識は朦朧としていた。

それが原因で硯を倒し、気に入っていた服の袖が汚してしまった。
何もかもがどうでもよくなったので、気分転換を兼ねて散歩に行くことにする。
付き人は置いていった。
早朝は静かであるべきだからだ。

門に向かう途中で鳥を見つけた。
それは虫の息のツバメだった。
家の猫が獲ってきたのだろう。
酷い出血で、これは助からないと一目で分かった。
ツキのない子だ。
もう少し待てば渡りの日だったろうに。

少し悩んで、興に乗った私はその子を懐に抱いてやった。
家の猫は空腹で困らない。
だからこの子は食料じゃないはずだ。
それに、どうせ庭掃き当番に見つかれば、塵芥の扱いだ。

死ぬなら静かな場所が良い。
埃まみれの場所もご免だ。
きっと寝不足の私は、とても変な事をしている。

「あなた、場所は何処がいい?」

鳥の血はベッタリと服を汚した。
赤は直ぐに黒くなり、先に付いていた墨と同化して判らなくなった。
鳥はぱくぱくと喘いで、それから私を見た。
私には鳥の気持ちが分からない。

だから私が決めるしかないのだ。

悩んで、古い大木の虚に決める。
どうせすでに枯れてしまった木だから、私は幹の樹皮を剥ぎ、誰にも読まれない銘文を送る。
手持ちは鉛筆を削る為の頼りない懐刀のみで、立った一行を書き終わるのに苦労した。


“縁あって鳥、ここに眠る"




いいこ、いいこ。
おやすみなさい。





【墨汁二滴】


一緒に寺子屋に行かないかと誘われた。
あれは納涼祭の時で、妖精の笑い話を、同年代の子どもから引き出した、その折のことだった。
その子の家は花屋だから、彼女はいつでも花の香りした。
ちょっと前から幼馴染みの男の子が遊んでくれなくなったと、愚痴めいたことを二,三度聞かされたことがある。
きっと話し相手が欲しいのだろう。

私は言葉を濁しておいた。
特に学ぶことなど、あの先生からは無いように思われたから。





【墨汁三滴】



最近流行りだという占い付のドロップ缶を持って、花屋の彼女は私を訪ねてきた。
彼女とは本当に小さい頃からの知り合いだが、好奇心旺盛なところはいつまで経っても変わりそうにない。


「こっちが通常用で、こっちが恋占い用。一つより二つセットの方が安いのよ」
「ふむふむ。これが噂の。それで、これがどうかしたの?」
「私がいるのはこっちだけだから、通常のは阿求ちゃんにあげる」

別に欲しくはなかったが、ふと思いついたことがあったので素直に受け取った。

「ところで、家の花で、元気が無い鉢がいくつかありまして。花屋の娘であるあなたに、ちょっと意見が欲しくって」
「うーん。どんな花?私よりお父さんかお母さんの方がわかると思うんだけど」
「大丈夫大丈夫。そこまで大げさな話じゃないから」

 私は彼女を誘導し、部屋から一旦離させる。花の話は嘘ではないが、本気でもない。いくつかの花は確かに元気がなかったが、病気ではなく、きっともう寿命なのだろう。けれど私は何食わぬ顔で家人を呼び、案内させた。

 そうして彼女がいない好きに、缶の中身をそっくり替えてやった。おそらく彼女は例の男の子について思い悩んでいるに違いない。思い込みの激しいところがある彼女の事だ。占いの結果が良ければ問題ないが、あれば落ち込んでしまうだろう。それに、缶が空になるまでの間、占いの結果に従って動いて、それが裏目に出るようなら、事態が悪化するより前に種明かしをしてやろうと思う。




【墨汁四滴】


祭り囃子が聞こえていた。
人の手で行われる祭りだけれど、当たり前のように妖怪達も混じっている。
何人か顔なじみも行くと話していたので、私も適当な紙と鉛筆を持って出掛けた。
これを機に新たな顔が出来ればいい。
家の者は警戒しているが、妖怪の友人というのは悪くない。
彼らのほとんどは長生きだから、次の私が生まれても、人と違っていなくなったりしないから。

妖怪と妖精は思ったより多く来ていて、話だけは聞いていたけど、実際見るのは初めてという者とも挨拶が出来た。
来て良かったなと思う。
宣言通り慧音さんは来ていなかったけれど、舞台上での出し物では騒霊の楽団が興味深かった。
私が来る前に終わってしまったという人形劇は中々好評だったと聞く。
前の私の時代より、人と妖しの関係は確実に良好なモノへとなっている。


鉛筆を走らせ、私は頭の固い寺子屋の教師の似姿を書いてみる。

「うーん」

さて、ただ今纏めている幻想郷縁起。
自分は彼女をどんなふうに書くべきなのか。
私は少しだけ、思い悩んでみる。








【墨汁五滴】



カラカラ、カラカラ。
ドロップ缶を振る。
カラン、カラン。
缶からドロップが減っていく。

私は缶の表面を読み上げる。

「大吉」
「中吉」
「小吉」
「吉」
「半吉」
「末吉」
「末小吉」
「凶」
「小凶」
「大凶」

何が、出たって。

「嘘なんですよ、けーねせんせい」


そして、今のは全部、独り言だ。









[インターバル:海の月]


「今晩は。慧音、ひどい顔してるよ」

一月ぶりに会って開口一番、藤原の妹紅は笑いながら酷いことを言う。

「今晩は。最近よく言われるよ」
「なら、言われないようにするべきね。人に教えを説く立場にいるんだから」
「手厳しな妹紅は」
「こういうのは言われる内が華だと思うね」

妹紅はきょろきょろと首を動かした。

「子犬ならもういないよ。私の薄給で食べるより、もっと良い家に貰われていった」
「それは行幸。しかし慧音、今の物言いは随分と卑屈に聞こえた。永いとは言わないにしても短くもない付き合いだけど、今日は中でも一番卑屈と見える」
「なに、教育者として思い悩むことがあってね」
「ははあ。当ててみせようか。あの子どものことだろう?いつも墨汁の匂いをさせてる子。もしかして犬はそこに貰われたの?」
「……妹紅はすごいなぁ」
「慧音がわかりやすいのさ」
「うむむ。それもよく言われるよ」
「それなら、周りにいる奴も大概正直だ」
「かもしれない。ああ、座るならその座布団を使うと良い。饅頭で良いかな?」
「お構いなく。それにしても今晩は冷える。もうすぐ秋も終わるのかね」
「妹紅も寒いのか」
「私はそこまでではない。むしろ慧音の方が堪えるんじゃないか」
「里の人間ほどではない」

金木犀も枯れてしまった。今年は冬が早く来るのかも知れない。
送り幟も、まだ増えるのだろうか。

「墨汁の、あの子は確かに難しそうだ。慧音のことだから、大方口で負けたのだろう」
「阿求さんと話したことが?」
「何度か。縁起に書くとか何だとかで、あの好奇心はちょっと危ういものを感じるけど」
「彼女はそれが仕事だから。あの子の手には筆ダコあるよ」
「ご苦労なことだね。それで、慧音はどうしてかそれが気にくわないわけだ。何て言って負かされたんだい?」
「いつも書いてばかりだから、偶には読む側に回ってみないかと」
「その二つ、あの娘にとっては全然別なことのような気がするね」
「だから言ったんだ。偶には役目から離れればいい」
「慧音は、あの子の役目を仕事だと思っているんだね。別に、嫌そうでも無かったし、むしろ楽しんでいたように見えていたよ」
「楽しいかどうかというより、私はもっと普通の子どもとして振る舞ってもいいんじゃないかと、そう言ったんだ」
「……残酷なことを言う」
「え?」
「いや、でも同意するよ。あれはアンタくらい頭が堅そうだ」

だからあんまり額を付き合わせてやり合うなとでも言うのだろうか。

「そうそう、ここに来た用事を忘れていたよ」

妹紅は腰を浮かせて後に体を捻ると、背負ってきた籠から何か書かれた紙を数枚取り出した。

「これ、土産物。一冊がバラバラになっていたのを掻き集めて、そこから数枚を分けて貰ったんだ。ここの連中は海を見たことが無いと聞いていたからね」

色鮮やかな魚の絵が載った紙だった。いや、この精密さは絵ではない。新聞なんかに印刷される、写真と呼ばれるものだった。

「ズカンというらしい。ほら、魚の生態について詳しく載っているよ。ここら辺りから海の生き物が詳しく図入りで書かれている。昔、薬草で似たような物を見たことがあるが、これはすごいね。写真というのは本当に凄い。拾ったとき文屋と一緒にいたんだが、さすがの天狗もこの技術には驚いていた。さっそく自分の機械の精巧さを上げると山に飛んでいったよ。今頃河童どもは大変ね」

ああいうのが面倒だから一人がいいのさ。
妹紅の言葉がさびしく聞こえるのは、私の性格から来るものなのか、それとも別な要因があるのか。

――――――――そして貴女は、どちらかと言えば私に近いですよ?

あの日の彼女の言葉がわからない。
自分は未熟なのだろうか。

「ああ、外の印刷技術は大した物のようだ。これを、私に?」
「子ども達に見せてやったらいいんじゃないかと思って。私が持っていても仕様の無い物だから。それに海には良い思い出があんまり無くてね。人目を避けて生きていたから、時には泳いで海を渡ったこともあったよ。今じゃ飛んでいくことも出来るけどさ。海月に刺されたとき何て生き地獄だった。ほら、これが海月」
「これが?キノコの妖怪みたいだ」
「ある意味怪物であることは否定しない。でも、そんなに強い生き物でもなかったよ。物によっては食料にもなるし」
「これを食べるのか。やぱり味はキノコみたいなのか?」
「いや、歯ごたえのある塩水みたい。時々口の中がピリピリする」
「もしかして、生で食べたのか?」
「乾燥させて和え物にするのが本来の食べ方らしい。先に言っておくけど、木耳の味とは全く似ていないよ」
「そうなのか。それにしても不思議な生き物だ」

 紙を見つめる私を妹紅はじっと見守っていた。私は見守られる眼というのを、妹紅以外からはほとんど貰ったことがない。彼女のことは詳しくは知らないけど、人にしては結構な長生きをしてきたと聞いている。彼女の真っ赤な目は満月の夜の私に似ている。お互いが砕けた口調になった頃、親近感を覚えると漏らしたことがある。私の言葉を聞いて妹紅は笑った。楽しくは無さそうに笑った。赤い目がきゅっと細くなって、でも直ぐに飲んだ酒の熱さで忘れてしまった。
 
「あ、紅があるじゃないか」

 途切れた話題を繋ぎ直したのは、先日件の稗田阿求から貰い受けた口紅だった。私はそれを未だに一度も使っていなかった。。生活に必要がなかったというのもあるが、試しに塗ってみる気にさえならないのだから、思えばこんな私に貰われて実に不憫な口紅だ。

「やっぱり意外に見えるのかな。もらい物なんだが」
「そんなことないよ。引けばいいのに。きっと慧音の緑の服にはよく映えるよ」
「欲しいなら妹紅に譲るよ」

私の感覚では、赤が似合うのは妹紅だった。

「無用だよ。私は隠遁者だからね」
「竹も偶には花を付ける。妹紅が着飾って悪いこともないだろう」
「竹は花が咲くと枯れる植物なんだよ、慧音」
「深い意味のない喩えさ。気にしないで欲しい」
「口が下手だね、教師の癖して」
「手厳しな妹紅は」
「精進しなくなったら人間終わるよ」
「……手厳しな妹紅は」
「そう思うなら、慧音が優しいんだ」

なるほどそれなら、慧音に紅は要らないかもね。

 妹紅はまた要領の得ない事を言う。

紅は狂気の色だから。一月のうちに一晩だけ、一晩だけ狂うくらいの慧音には、きっとずっと永遠は永いまま。
なら最初から手を出さないというの一つの答えだ。

「謎かけかな」
「そういうのは竹林にいる馬鹿の担当だ。気にしなくていーのさ慧音女史」
「女史はやめてくれ」

 ははは、と妹紅は笑った。笑って湯飲みに口を付ける。かなり熱く入れたはずのそれが、ためらいなく妹紅の喉を通り嚥下されていくのを、私は彼女の首の動きで確かめる。いつだったか妹紅は私に話してくれた。自分がお茶を飲むのは、文字通り茶番なんだと言ってくれた。その意味を、私は未だに理解できていない。

「夜釣りにも行こうか慧音。森の近くの沼に妙な魚が紛れ込んだと聞いたんだ。妖怪かも知れない、笹団子でもこさえて行ってみようよ」

 それはとても魅力的な誘いだった。妹紅と出掛けるのはいつも楽しい。彼女がとても自由に見えるからかも知れない。実際はそれと同じくらい不自由なのだけれど。でも妹紅の気ままさと窮屈さは同居できているもので、私に影響するのは自由な側面だけなのだ。そんな彼女の誘いを断らなければいけないのが残念でならなかった。

「駄目だ。その日は満月だ。籠もってすることがある。申し訳ないが、訪ねてもくれるな」
「そう。見られたくない自分というのは、わからないこともないね。相手にも同じ所に下りてきて欲しくなる」
「怖いことを言う」
「もっと怖い連中を相手にしてきたからね、毒されたのかもしれない」

それが竹林に住む人間を指していることは判っていた。
彼女が主語や固有名詞を省くときは、自分自身でなければ彼女たちについて言うときだけなのだから。


帰り際、妹紅は何でもないことのように言った。

慧音、海月は真水では生きられないんだ。
淡水にもいたいなら、回遊魚になるんだね。


それだけ言うと、お休みと去って行く彼女を見送って、妹紅はやっぱり謎かけが好きなんじゃないかと思った。


















                                           .
書けるときに書いておかなきゃ。ふとそんな気持ちになったので。
初めまして、あるいはご無沙汰しておりました。

こちら、歪な夜の星空観察倶楽部です

以下、初めましての方は読みとばしていただいて結構です。

誰も自分の心臓が、明日も動いているなんて証明してくれない。
ちょっと脅迫観念を覚える今日この頃。皆様はいかにお過ごしでしょうか。
久々な投稿は緊張します。PCも新調し、書きたいというか創想話に投稿したい熱が出たので書かせていただきました。

すっかり秋めいてきましたね。朝ぼんやりと歩いているとトンボと衝突しかけます。
一年ほど遅刻した上に一日ごとではなく一週間ごとになりましたが、ハロウィンカウントダウンストーリーやっていくことにしました。
内容はハロウィン別に関係ないんですけど。
中にはとても短い話もあります。
公式で新情報が出る度にお蔵入りにしてきた作品が多いので、いくつか設定の違いがありますが、その辺はあまり気にしないでほしいところであります。
地味な割りに読み手を選ぶ話が多いのですが、一つでもお気に入りの話が出来たら幸いです。

だいたいこんな話を公開する予定です

【倶楽部未満:猫、鳥と出会う】秘封倶楽部(未満)
【ほのぐらぼん】主な登場人物:たくさん
【肺に積もる雪:白】主な登場人物:慧音/阿求
【輝夜、頭をよくしてあげよう】主な登場人物:永琳/輝夜
【肺に積もる雪:黒】主な登場人物:阿求/慧音
【アルティマは傘を差さない】主な登場人物:人形/アリス
【色眼鏡】主な登場人物:早苗
【ファインダー・フラジール】主な登場人物:アリス/文
【古明地さとりは疑うまい】主な登場人物:さとり/こいし
【倶楽部未満:影の電車】秘封倶楽部(未満)

追記
PCを新調でピンと来た、勘の良い方もいるかもしれませんが、去年の一月頃のものは今書き直しています。
現状六割書き終わりました。


追記(2011/09/09)
今回はこういう形式なので、コメント返信には力入れるつもりです。
一部内容が重なった方は纏めて答たえさせて貰いました。

>1氏
>14氏
>15氏
楽しんでいってください。
二ヶ月間よろしくお願いします。

>2氏
>3氏
意見ありがとうございます。ですがこの作品はこの形式でやることに意味があるので、そこは譲れないんです。
このやり方で行くと決めた段階で、読者を選ぶことも、点数が伸びないことも分かり切っているので。
読むのが辛いようならそれは仕方がないことだと思います。
苦労して読む物でもないので、なんでしたら一度忘れてしまってもいいんじゃないでしょうか。
もしハロウィンの後にひょっと思い出しましたら、そして時間が許したのなら、また訪ねてくれると嬉しいです。

>ほっしー氏
分かりづらいですが、【倶楽部未満:猫、鳥と出会う】に出てきているのは秘封倶楽部の二人です。
似ているという小説、気になります。

>6氏
そういう企画なので、このページを二ヶ月間更新していきます。これからよろしくお願いします。
フリーレスは何度でもいいですが、点数は一回ですから、入れるなら最後がベストかと。
点数は問題にしてない作品なので、反応がある方が励みになります。

>8氏
二ヶ月間よろしくお願いします。少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
解説は去年の1月段階の物ですが、お送りしました。そちらも楽しんでいただけたら。
鳥は蓮子で、猫はメリーですね。これは本家のブックレットからの引用です。

>10氏
ご無沙汰しております。
【ほのぐらぼん(全体作品)】は一つ一つの話の繋がりは薄いですが、連作短編です。
ですから全部終わった後に読む二章(と便宜上呼びますが)の【ほのぐらぼん】は、一週目とはまた違った読み方が楽

しめるのではないと。

>17氏
アリスお好きなんですね!
今回も出ますよアリス。でも、
活躍は……先のお楽しみと言うことに。

>18氏
ご無沙汰しております。
体質の下りはちょっとエピソードがくどかったかなと思っていたのですが、コメントに励まされました。
猫の話は実話が反映されています。絵って反転するとイメージ変わる物ですよ。お試しあれ。

>すすき氏
そうです。この企画は二年前に言ってたアドベントカレンダーっぽいあれです。
二ヶ月間楽しんでもらえるよう頑張ります。

>ずわいがに氏
いつもコメントありがとうございます。今回はこのページを更新する形で行くつもりです。
形式上、点数入れづらい作品なので、こうして何かコメントしてくれることが一番の励みになります。
話としては1話完結がほとんどの連作短編なので、展開はしないのです。すいません。
ただ、全体として読むとまた違った面が見えてくるというか、影響し合う作品があったりします。

>21氏
ご無沙汰しております。
アンテルカレールは最初はそうでもなかったのですが、考えていくと難しい作品でして。
自己矛盾が解決したら書けるのですが、未だ突破口が見えない現状でして、本当にすみません。
いきなり100点を貰っちゃいましたが、それに見合うだけの作品になるよう頑張る所存です。

>23氏
アンテルカレール……いつか、きっと、かならず!
取り敢えず二ヶ月間よろしくお願いします。

>24氏
ちょくちょく蘇ります。
毎週金曜をお楽しみに!


追記(2011/09/17)

出掛け先での投稿上手く行かず、一日遅れました。
雪辱は来週二回更新という形で果たします。

なお、生存が分かりやすいよう、今の度、執筆過程報告の場を設けさせていただきました。
ネタバレやその他諸々の理由でフリーレスでは聞きづらい事などございましたら、是非こちらの方にもいらしてみてください。

以下、コメント返信。

>26氏
そうです。ポム・プリゾニエールの方です。ここは丸ごとというのが重要です。絵的にも製法的にも。
大変に楽しそうに仲の悪いレティとチルノを書きたかったので、気に入っていただいて嬉しいです。
さて、【肺に降る雪:白】。予想した方向に行っているでしょうか?

>27氏
さっそく期限オーバーをやらかしましたが、どうぞ11月までお付き合いを!

>28氏
誤字報告感謝します。
タグの扱いがよくわかっていないのですが、この方が開かなくても趣旨が伝わるかと思いまして。
まさか三回目にして期限を守れなかったんですが。

>29氏
今回の話はどうでしょうか。
【ほのぐらぼん】は過去の中でもかなりブラックな話になっていくと思いますが、一つ宜しくお願いします。

>30氏
ご無沙汰しております。
今回は今まであまり書かなかったキャラクターも多く出てきます。
それぞれのキャラクターの面白さが出るような話になっていたらいいのですが……お楽しみ下さい。

追記(2011/09/24)

一週間の生活サイクルに変動が起きましたので、誠に勝手ながら更新を土曜日に変更させていただきました。つまり今週の更新は今夜になります。

>31氏
阿求は結構いい性格してそうなので、書いていて楽しかったです。
黒は主に彼女の視点なので、また違った印象を受けるかも知れませんね。

追記(2011/09/25)
今回は二回更新すると宣言したので、土曜日以外も更新します。
当初より書きたいことが増えての計画狂いでして、予定が本当に予定になっていって申し訳ない気分です。
また、誤字脱字の指摘、感謝いたします!

>32氏
コメントから察するに書き手さんでしょうか。
久しぶりに創想話を開いた読者が、久しぶりに投稿した書き手にぶつかる確率ってどんな感じなんでしょうね。
阿求と慧音がピンポイントとのことで、気合いが入ります。解説はメールで送らせて頂きました。ご確認ください。

>33氏
全力で教師やっている慧音先生が書きたくなりまして。
自分より早く逝く教え子を何人もみてるってどんな気分がするんでしょうね。
群像劇としてはそろそろ繋がる話も出て来て、印象が変わった場面もあるんではないでしょうか。あると嬉しいです。

>34氏
永琳は天才で元月人なので(本当の出身は地球らしいですけど)、何を考えているのか想像し辛いところあります。
でも輝夜に仕えている理由などは狂気を感じるけれど人間臭くて、今回はその辺をクローズアップしました。

>35氏
この永琳はけっこう酷い事していて、これは受け入れがたいかなと不安だったんですけど、よく考えたら東方の子たちはみんなエグい面ありましたね。なんとなく輝夜は明確な悪意も持っていないし、攻撃的じゃないのに業が深いことをしてしまうイメージあります。
攻撃的ではないと言っても、降りかかる火の粉は払いますけど。

>36氏
一週目だと話ごとに温度差を感じますが、全部読み終わる頃にはどれも変わらない気がしてくるかもしれません。
いくつもの誤字脱字の指摘感謝します。


>38氏
感想有り難うございます。話は広がっているような、実はそうでもないような。
お互い影響し合っているのは間違いないのですが。どうぞ今は暖かく見守ってみてください。
解説、送りましたので、確認をお願いします。

>39氏
この永琳は天才で狡くて酷い事もしますが、勝手に墓穴掘ったり自分の人生のハードルを上げるので苦労もそこそこしてます。
輝夜はそんなつもり無いですけど永琳を振り回してますね。
誤字指摘ありがどうございます。

>40氏
個人的に輝夜は偉そうなところと謙虚なところが同居してそうな気がして、こんな感じになりました。
この輝夜は常に「私はいろんなものに譲歩してあげてるの」とか思ってます。でも師匠に似ずに良い子なんです。本当です。
追記 2015/05/11
>42氏
終わっていません。すみません!

>43氏
ありがたいお言葉ありがとうございます。
今年は東方以外の世界をふらふらしておりますが、いずれ必ず続きをお届け致します。

>45氏
ありがとうございます。
お言葉に甘えてプラスチックダイアローグの後日談があがりましたのでそちらを先に更新しました。
よろしければそちらも是非。

>49氏
ありがとうございます!
阿求にあえて先生と呼ばせたくてこの話を書きました。タイトルもきちんと回収しなくては。
完全版了解いたしました。規則に触れない範囲でアナウンスさせていただきます。
お手数ですが、コメント同ページにあります当方のTwitterアカウントをご参照くださいませ。

ご指摘のあった箇所は修正いたしました。
ありがとうございます。
更新が不規則で申し訳ないです。
歪な夜の星空観察倶楽部
http://twitter.com/llo_o1l
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コメント



0.450簡易評価
1.50名前が無い程度の能力削除
とりあえず、がんばってください。
2.無評価名前が無い程度の能力削除
話自体は良いけど、この作品の中で増やして行くの?
珍しい人だ
正直、こういうやり方は余りオススメしない
最後の方誰も読まなくなるよ
どうせなら個別で出せば良いのに
3.100名前が無い程度の能力削除
何やら面白そうな、話の予感。

2さんも言われてますが自分も別に出して欲しい派です。
1週間ならスパンとしては十分です。連投と思われる事もないでしょう。
後書きでリンクすれば古い作品も見られるし繋げられます。
読者のわがままとして、いちいち見に戻るの正直メンドイのですよう。
4.80ほっしー削除
素晴らしい作品だ。
東方のキャラクターが出ていないのか、それとも出ているのかわからないのが悔やまれるが。
書き方が前読んでいた小説の書き方に似ていたのでちょっと好きだ。
6.無評価名前が無い程度の能力削除
いい感じですね。好きですよ。
直接更新していく方式なのでしょうか?
でしたら、一旦点数は保留しておきます。
8.無評価名前が無い程度の能力削除
お久しぶりです。また貴方の作品が読めて嬉しい限り。
情景描写や台詞回し、漂う雰囲気まで、とても素敵で好みです。
鳥と猫ですか、そういえば歪さんの過去作のどこかで見たような・・・。
点数はハロウィンまで保留にしておきます。しばらくの間、週末が楽しみになりそうです。

ところで、彼女の黄昏とプラスチックダイアローグの解説の配布はまだやっておりますでしょうか?
もしよろしければメールで送っていただけたらと思います。他シリーズの解説の方も、完成しましたら是非。
お願いが多くなってしまいました、すみません。
10.無評価名前が無い程度の能力削除
お久しぶりです。
名前を見ただけでわくわくしてしまいました。
また新しい作品を待つ時間が楽しめると思うと、とても楽しみです。

初回は手の内を見せない感じでしょうか?
予定を見る限りあとで補完されそうなので、今は雰囲気に浸って期待を膨らませておくことにします。
14.無評価名前が無い程度の能力削除
おお、面白そうだ。
点数は全部終わってからで。
15.無評価奇声を発する程度の能力削除
一旦点数は保留にさせて貰います
17.無評価名前が無い程度の能力削除
あなたの影響を受けたアリススキーは多いはず
今回はどんなアリスの顔が見られるのか期待
18.90名前が無い程度の能力削除
また貴方のSSを読めて嬉しい限り。
私的に、スーツケースから始まる体質話と
ラストの猫を使った比喩が好みです。
19.無評価すすき削除
ああ、あなたの名前を再び見ることができるとは…感激です
この方式はいつぞやに仄めかしていたような、期待がぐんぐんと高まります
来週来週が楽しみになりそうです。
20.無評価ずわいがに削除
このままこの作品内で話が増えていくのか、もしくは別の作品として投稿されるのか、私的にはどちらでも構いませんです。
前者でしたら全ての話が完結した後で、後者でしたらまたすぐにでも改めて点数を付けようと思いますので、とりあえず今回は「拝読させて頂いてます」アピールだけでも。

まだまだこの話がどう発展していくのか自分には全く見当も付きません。鞄の中身はなんざんしょ?
うんんむ、これからの更新も楽しみにしております。
21.100名前が無い程度の能力削除
ずっとあなたの復活を待っていた。
未完の作品にけりをつけて欲しいという想いもあった。
もしや海外旅行先で...と思ったこともありましたが、また作品が読めるのは嬉しい限りです。
今回は期待を込めてこの点数を。
23.100名前が無い程度の能力削除
毎週の更新が楽しみ
アンテルカレールの続きもぜひ
24.100名前が無い程度の能力削除
うおおおおおとリアルに叫びつつ

復活お待ちしておりました…!
またあなたの話が読めると思うとたぎります
これからも楽しみにしてます
26.無評価名前が無い程度の能力削除
【ほのぐらぼん】、読ませていただきました。
また味わえるこの空気感が大好きです。

カルヴァドスは、ポム・プリゾニエールの方でしょうか?
妖しいほど綺麗な情景が想像できました。

二週目の【ほのぐらぼん】が違う味わいになるという意味が、何となく想像できた気がします。
とりあえず今回最後のお話の二人の仲の悪さがとても気に入ったので、
次に予定されているお話を楽しみにしています。
想像が大外ししても、それはそれで楽しめそうですし。
27.無評価名前が無い程度の能力削除
地味にまっておこう
28.無評価名前が無い程度の能力削除
かつてない斬新なタグに吹いた
やっぱりブラックジョークやシニカルな一発ギャグもいけそうな気がする人だ


歪な人の素敵で独特な作風に誤字脱字はふさわしくないと強く思うので、無粋だけど

変ね事→変な事
そうでうよ→そうですよ

かも
29.無評価名前が無い程度の能力削除
更新分、どれも素敵でした。
30.無評価名前が無い程度の能力削除
おおお、久しぶりの歪さんだ。
またあなたの作品を読めることが楽しみで楽しみで。
色んな人妖が織り成す物語、堪能させてください。
31.無評価名前が無い程度の能力削除
悪戯っぽくて一枚上手な老獪さすら感じさせる阿求が良い感じ。
予想は方向性は当たってましたが、予想通りなんて言ったら強がりすぎですね。
思っていたよりさらに広がりそうなお話に期待してます。
32.無評価名前が無い程度の能力削除
久しぶりに開いた想創話で作者様の名前を見て思わず変な声が漏れました。
あなたの作品には多大なる影響を受けたので(特にアリスとか美鈴とか咲夜とか)
今のところの話では阿求と慧音がいろいろピンポイント過ぎて、続きが楽しみです。

それから彼女の黄昏とプラスチックダイアローグの解説(のようなもの?)を送っていただけると嬉しいのですが。お手数ですがお願いします。
33.無評価名前が無い程度の能力削除
いいかんじに群像劇っぽくなってきた
慧音の心の動きがいかにも人間くさくてとってもほほえましい
黒がたのしみ

ないのすよ→ないのですよ
夢じゃかったわけだ→夢じゃなかったわけだ
けえど窓は→けれど窓は?
かも
34.無評価名前が無い程度の能力削除
永琳の人間性の残量表現は本当にむずかしい。
35.無評価名前が無い程度の能力削除
更新来た!
永琳から底の知れない不気味さが感じられてとてもいいですね。
輝夜からも気持ち悪いぐらいな純粋さを感じます。

忙しくていますから→忙しくしていますから
ですかね?
36.無評価名前が無い程度の能力削除
このシリアスとコミカルのバランス加減が好み
で、各話が絡み合っていきそうなとこにもわくわくしてしまう
やっぱり連載物は、待つのも追っかけるのも楽しい

書き分け→掻き分け
教える必要あるようだ→教える必要があるようだ
見つからないわ→見つからないわ。
聞きいてしまいます→聞いてしまいます
彼女は無邪気微笑んだ→彼女は無邪気に微笑んだ
かも
38.無評価名前が無い程度の能力削除
更新お疲れ様です。
予想していたよりも風呂敷が広がって、早速先の予測がつかなくなりました。
これからどのように畳まれていくのか楽しみにしています。

彼女の黄昏とプラスチックダイアローグの解説をお願いしてもいいでしょうか。お手数ですが、お願いします。
39.無評価名前が無い程度の能力削除
なんかものすごく自分の中の輝夜と永琳像に近いです。
永琳は輝夜にだけは最後の綱渡りで負けてしまうんだよなぁ。

除いていても→覗いていても
だと思われます。
40.無評価名前が無い程度の能力削除
一生懸命な輝夜がいじらしくてかわいい
いつも余裕たっぷりなイメージの永琳の焦りが物語を盛り上げる
いかにも歪な人の作品で読み応えがあっていいなあ
42.無評価名前が無い程度の能力削除
えーとハロウィン終わったけどここまでで完結してるの?
43.無評価名前が無い程度の能力削除
見つけたー! お帰りなさい、また読めるとは嬉しい限りです、甘党です。
何というか、この感動を如何にして表すかと言うべきか、本当に待ち望んでおりました。また素晴らしい東方世界をよろしくお願い致します。

誤字報告
安くもないマシン無理に普段使いにして  を、が抜けています
視覚になっている→死角
45.80r削除
やはり文章に引き込むちからが凄い。
アンテルカレールも読みたいけれど、書き手が苦しいならばいっそ別の作品でも一向にかまいませんよ。

今更ながら、誤字脱字

>(もっとも、我が家では油ストーブの方を多用しているが)

石油ストーブ?あえての表現か?

>安くもないマシン無理に普段使いにして、

マシン無理→マシンを無理

>こればどういう意味なのか、もちろん神綺様がわからないはずありませんね?

これば→これは

>「……はあ?」
「わかないの?妖怪は馬鹿だな!」
「馬鹿はお前だ」

わかない→わからない

>また、行ける場所もごく僅かだから、何処かに出掛ける為いうより、

為いうより→為というより

>輝夜の導箱は他の導箱の存在を関知すると、進路を変えて迂回するという指示が最初から入ってある。

入ってある→いれてあるor入っているetc

>もっと早く逢いに来てくれてもいいじゃないしらとも。私は答えない

しらとも→かしらとも?

墨汁三滴から
>それに、。缶が空になるまでの間、

それに、。
47.80名前が無い程度の能力削除
おお、今更気づいた。この硬質感がすげー懐かしい。
49.100名前が無い程度の能力削除
いつのまにかこんなに話が増えて…と思ったらまだ書かれていないものもあるのですね
自分は間違いなく100点をつけるでしょうし
これ迄のものでもすでに100点を超えていると思っているので
点数は先において行きます

どれも素敵で素晴らしくてシンシンとくるものがあります
霊夢と魔理沙、慧音の場面は個人的には特に好きです
阿求が先生と呼ぶのにクスッとしたりふははだったり

次の作品もこの作品の続きも、アンテルカーレルの先も楽しみにしています
なに、何年でも待ちますとも!

そして3年越しに勇気を出して言えるわけですね
良かったら既作の解説をいただけないでしょうか?
Sabbath完全版のときみたいに悠長に構えて後悔したりはしないのだ
50.無評価名前が無い程度の能力削除
間違えました。申し訳ないアンテルカレールでしたね…!orz