Coolier - 新生・東方創想話

新聞供養

2011/09/04 11:12:39
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目次

◆01−死人しびとは墓から立ち上がったか◆
◆02−彼女は死人しびとに襲われたか◆
◆03−襲う死人しびとは何を思うか◆
◆04−何故彼女は死人しびとを恐れたか◆
◆05−そもそもそれは死人しびとだったか◆
◆06−死人しびとの思いは何処に有ったか◆
◆07−結局死人に口は無し◆














































妖怪の山で煙が昇る。

守矢の神社の境内の片隅で風祝が祝詞を唱えるその前で、古い新聞が次々に火へとくべられていく。
新聞を焼く者たちの顔はほんの少しさみしそうで、名残惜しそうで、けれどもしっかりと決別の意思を持って。

古い新聞が、色あせた原稿が、掠れた現場のスケッチや人相画が次々と燃え尽き灰になっていく。
昇る煙は風に吹かれて空に散った。月まで届かぬ、か細い煙。


そんな光景を神社の鳥居の前で、射命丸文が眺めている。立ち昇る煙を見つめる瞳は遠い憧憬に揺れていた。



“妖怪山の新聞供養”。今年始まったそれが時節の行事として定着するのは、多分それほど遠くない。

















































◆01−死人しびとは墓から立ち上がったか◆






妖怪の山にて天狗が襲撃され重傷を負った、と言う通り魔事件に対して、射命丸文は当初大して興味を抱いていなかった。


無論、天狗のテリトリーであり自らの生活の場である妖怪の山において仲間が襲われると言うことが大事件であるという認識はあるし、重傷を負った仲間を心配する気持ちはある。


しかし“いったい犯人が誰で、何故そんなことをやったのか”と言う事を、新聞記者として調査しようと文が思うことは無い。
元々文々。新聞の守備範囲から外れている事件であり(なにしろ“遊び”の要素が欠片も見受けられない)、とっくに複数の烏天狗が根掘り葉掘りの取材と言う名の調査を行っているので今更という気持ちもあった。


どの道、この妖怪の山で天狗に刃向かうなどという愚かを通りすぎて滑稽と言っていい行いを為した犯人が、長生きできるとも思っていない。
そのうち順当に犯人は捕まり、順当に抹殺され、順当に解決するのだろう。

だから、射命丸文はこの大事件にさほど関心を抱いていなかった。



その日、天狗の頭領たる天魔に呼び出されるまでは。



























天魔の執務室――天狗の間ではたいてい『頭領の家』と呼ばれている。ほとんど彼が自宅として使っているので――は妖怪の山の頂から少々下った位置の、洞穴の中にある。
鬱蒼と生い茂る木々に隠された入り口から深い深い洞穴を潜って行った先にある広めの部屋。


そこへ、その底へ向かって一直線に突っ走る一陣の風がある。
渦巻く一矢と化した風は、絡み合う木々の中をうねるように駆け、岩肌が剥き出しになった洞穴をまっすぐに穿ち、天魔の執務室の床に突き刺さる。

その途端、その風は人型の生き物として具現化した。風が変じたのか、風としか思えぬほどに速かったのか。
自慢の高下駄ブーツをカラコロ鳴らし、黒髪の少女の形をなした風は気楽な調子で挨拶した。


「はいはい、清く正しい射命丸に御座いますよ、天魔様」


挨拶を投げかけられたのは、無論部屋の主たる天魔である。
部屋の真中、桁外れに大きな応接机に座る天魔はギョロリと瞳だけを射命丸に向けた。


天魔は、大きかった。射命丸と同じ天狗という種族で括られていることが信じられないほどの体格差だ。
背丈が低いわけでもない射命丸の頭の位置は、だいたい天魔の膝辺り。大人と子供どころではない、人形と人間の如きその対比。
専用に仕立てられた礼装――外界との断絶直前に取り入れられた西洋の軍服を模した物――が窮屈なほどガッチリとした骨太な体格で、猛禽を模した頭巾を頭からすっぽりと被っている。

天魔が頭巾を被っている理由は様々に囁かれている。顔に大きな傷があるだとか、見るだけで気が狂うほど恐ろしいのだとか、世の女怪達の尽くが惚れ込むほど美しいのだとか。
射命丸としては、噂の発生によって注目を集めるためにわざわざ被っているのだろうと見当を付けていた。そういう人心掌握も出来る天狗である。


天魔は挨拶を返すこともなく、机の上の小さな書類(天魔にとって小さいだけであり、書類自体は普通の物だ)を、羽ペンでつつくようにして何事かを書き綴りながら用件を切り出した。



「…………つい昨日、通り魔事件の被害者が一人増えた。幸い命に別状はないようだが」

「はあ、それは大変ですね。言っておきますが、わたくしはあの事件についてなんにも知りませんよ。興味ありませんし」

「まだ知らなくともいい。これから調べてもらう」



ちょっと買い物にでも行ってきてくれ、とでも命じるような抑揚に欠けた調子で言う天魔。対する射命丸はこれ見よがしに渋い顔をしてみせた。


「何でですか。あの事件を追いかけてる記者なんていくらでもいるでしょう?
 そうでなくても、貴方が一声かければ正義感に溢れた立派な方々が協力を申し出てくれるでしょうし。

 私は興味がないので申し訳ありませんが失礼させていただき」




「犯人は南武なんぶ恭之介きょうのすけ有頭あるとうだと被害者が言い出している」




その名前が飛び出した瞬間、射命丸の顔色が変わった。
両眉が跳ね上がり、表情筋が強張り、じわりと汗が滲む。口の端は笑みの形に歪んでいたが、それは酷く引き攣っていた。
しばし、そのまま二人は無言であったが、やがて射命丸が震える声で口を開いた。


「――――冗談でしょう?」

「冗談で人を呼ぶほど暇ではない」


射命丸の言葉を、天魔はさもつまらなさそうに切って捨てた。


「真逆本人ではあるまいが、なにゆえ奴の姿を騙っているのか調べねばならん。
 その為の助っ人を呼ぶことにした」

「八坂様ですか?」


射命丸が出した名は、妖怪の山の頂上に社を構える神の名である。
妖怪の山に住まう者達からの信仰を受けている彼女らならば、この山の一大事にも快く手を貸してくれるだろう。
しかし、射命丸の問いを天魔は「違う」の一言で否定した。首を振ったり肩を竦める様な動作は一切無く、筆を書類に走らせながら。


「守矢の神社が動くのなら東風谷早苗が出てくるのだろうが、万一彼女が通り魔に傷つけられては目も当てられん。
 彼女らにはしばらく山を出歩かぬようにしてもらった。

 ――――借りを作りたいところがある。助っ人はそちらからだ」


それは恐らくここ最近台頭してきた勢力のどこか、なのだろう。
おおよそ閉鎖的な妖怪の山ではあるが、紅霧異変以降に次々と現れた勢力達に興味がない訳でもない。
恐らくは事件を口実に、ある程度のコネを持っておこうと言うことだろう。


「その助っ人が来るにも少々時間がかかる、それまでの下調べをしてもらおう。やれるのなら始末してしまっても構わんがな。納得したか」


射命丸は天魔の言葉に溜息を一つ。納得はした、せざるをえない。南武恭之介の名を出されたとあっては納得するしかない。
あれをよく知っている天狗は今や天魔と自分くらいしかおらず、天魔が動いては事が大きくなりすぎる。

しかし、なんと最早馬鹿馬鹿しくはあった。何百年も前の死人・・・・・・・・が墓から這い出して人を襲う、それも射命丸とは因縁浅からぬ男がである。
全く流行らない三流の怪奇小説のようではないか。
真逆本人であろうはずもなく、射命丸としては心底面倒ではあったが、無関係を装えない程度には自分に関わりのある事件であることは確からしい。


「御意。出来れば助手と幾つか機材が欲しいのですが」

「希望通り用立てよう。では頼むぞ」


結局最後まで書類に掛かり切ったまま、天魔はそこで会話を打ち切った。





































「何で私が文さんの調査に付き合わなきゃいけないんですか」

明くる日、抜けるような青い冬空の下、すっかり木の葉が落ちた妖怪の山の上空を射命丸に引きずられるように飛びながら白狼天狗・犬走椛は不機嫌そうに呻いた。
冬の風が彼女の白い毛並みを幾分乱暴に愛撫し、その冷たい感触にぶるりと体が震えた。


「きちんと理由があって連れ出したんだから文句言わないで。ほら、天魔様の命令書ですよ。お山で一番偉い人の命令なんですよー」

射命丸は椛の腕を左の腕で引っ張りながら、右の手に持った書類を彼女に突きつける。
そこには確かに天魔の署名が入った命令書。下っ端哨戒天狗の椛としては逆らいようがない命令書である。
それでも椛は内心納得したわけではなかったが、上司の大天狗に「行って来い」と言われてしまってはますますもって逃げようがなかった。

椛は殊更大きく嘆息すると、無言で射命丸の手を振り払い眼下の枯葉の絨毯へ向けて降下して行く。
幼げな顔に大きく“不機嫌・不満”の文字が染め抜かれているのが見えてしまいそうなほどに、眉間にシワが寄っているのが見える。
射命丸は小さくやれやれと呟くと、それを追って降下して行く。腰に下げている打刀が、鞘と擦れてカシャリと鳴った。




犬走椛は現在の妖怪の山の階級制度が嫌いである。有事には皆兵となり山全体を軍組織として運用する都合上、普段の生活の時点から、有事の際にスムーズに軍組織体制に移行できるよう職業の制限を受ける。
例えば斥候に駆りだされて山を留守にしがちになる烏天狗は、普段から手間のかかる畑の所有や鮮度の悪化が致命的となる飲食物の取扱を許されない。
知恵者が多く器用な鼻高天狗は逆に外回りをする仕事には就けず、千里眼という希少な能力を持つ白狼天狗はほとんどが普段から見張りをやらせられて他の仕事はないも同然、せいぜい軽食の販売を許可される程度だ。
あげく、僅かな選択肢も他種族の妖怪に割り当てられ、ほとんどは成功しないも同然である。

犬走椛はそんな、白狼天狗は白狼天狗の、大天狗は大天狗の決められた仕事にしか就くことが出来ない山の自由の無さに憤っている。
そして犬走椛はそんな階級制度を敷いた天魔が嫌いである。自身の力不足を知りながら、追い落とすことを本気で考えているフシがある。
さらに犬走椛は射命丸文もまた気に入らない。天魔に取って代われる実力を持ちながら低い立場に甘んじている射命丸に苛立っている。

一悶着あって射命丸に対する態度はそれなりに軟化したものの、少々過剰な期待と現実の射命丸の態度のギャップが椛のストレスになっているところは否定出来ない。
射命丸にしてみれば、椛が勝手に射命丸を過剰評価して、勝手に不当な立場に押し込められているのだと怒っているようにしか見えないのだが、椛は未だに射命丸が“そんな不当な山の体制をひっくり返す”ことを期待しているところがあった。


そんな射命丸が天魔の命令に唯々諾々と従っていてさらに自分まで巻き込まれているとあっては、椛の不機嫌ぶりもよく分かる。
分かりはするが、射命丸とて理由があって椛を助手に選んだのであり断られては少々困るのである。




地面に降り立ってみれば、どうやら射命丸を撒こうという気はないらしい。椛はまだそこにいた。


「逃げないでよ、椛。私だってやりたくてやってる訳じゃないんだから」

「逃げてませんよ、落ち着いて話を聞こうと思っただけです」


ぷい、と明後日の方向に視線を逸らしながらぶっきらぼうに椛は答えた。
以前ならばその生意気な態度に腹の一つも立てているところだが、ここ最近はそういう年頃なのだと割り切ってみればなかなか可愛らしい態度ではないかとも射命丸は思っている。
とまれ、納得してくれたのなら話を進めて構わないだろうと、射命丸はそこらの岩を軽く手で払ってから腰を下ろす。


「最近、妖怪の山で通り魔が出るって話があるでしょう? アレを何とか出来る妖怪さんを呼ぶらしいんで、それまでに下調べをしておいて欲しいらしいの。
 場合によっては始末していいとも言われてるけど、まあそこまでやる義理は無いわね」


なるほど、と椛は納得した。人探しの類ならば白狼天狗の千里を見通す程度の能力と烏天狗の速度の組み合わせは有効ではあるだろう。
しかしそれならばもっと沢山の烏天狗と白狼天狗を堂々と招集すればいいだけではないだろうか。

射命丸文だけが――自分はあくまで目の代わりであろうと椛は思っている――単独で動く、動かざるをえない理由があるのだろうが、それは話の続きを聞いてみなければどうにも分かりそうになかった。
射命丸は椛が自分の言葉を噛み砕き理解したのを確認してから先を続ける。


「で、まあ貴方の予想通り、白狼天狗の千里眼で私の目になってほしいのが貴方を選んだ理由の一つ。
 それから、これを持って同行してほしいのよね。万一通り魔と鉢合わせしちゃっても困るし」


射命丸はそう言って、腰の打刀を鞘ごと椛に投げ渡した。
刀を投げないでくださいと顔を顰めつつ、椛はその打刀の刀身を確かめる。

刃渡りは二尺に少し届かないほどか。戦場での脇差として使われていたものと見える。
その刀身は刃こぼれだらけで、今にもポキリと折れてしまいそうな朽ち果てたハガネであった。
なれど、纏う妖気はうかつに吸い込むだけでも臓腑を腐らせ身体を内側から引き裂きそうなほど。その刃金ハガネは些かも力を減じていないのがよく分かる。
椛は思わず息を飲み、その怪しい刃に魅入られている――――。


「ウッカリ折らないでね。童子切安綱なんだから」

「ひゃわッ?!」


射命丸の何気ない一言に、すっかり刀に魅入られていた椛が妙な声を発して驚いた。
ビクリと背筋が反応した拍子に手の中の刀が踊り、椛は慌ててそれを制する。
椛が射命丸の方を見てみれば、彼女は顔を両手で抑え真っ赤になって痙攣していた。笑っている。


「コホン……からかわないでくださいよ。天下五剣の童子切安綱がこんな所にあるわけがないでしょう」


椛はわざとらしく咳払いをしてから、刀を鞘に収めた。その顔はほんのり紅い。

椛の言うことも最もだ。天下五剣の一つ童子切安綱は外の世界に於いて“ただの名刀”として幻想を失いながらも健在である。
そもそも童子切安綱は太刀に分類される刀だ。この脇差に使われていたであろう打刀が鬼神・酒呑童子を斬った童子切安綱であろうはずがない。


「からかっちゃいないわよ。酒呑童子を斬った、安綱の打った刀は一本ではなかったというだけよ。源頼光だって太刀一本なんて軽装で鬼に挑んだわけじゃない。
 斬られた本人が言ってたんだから間違いないでしょ。萃香さんは嘘吐かないし」

「萃香様の刀なんですか?」

「元、が付くけどね」


今回の調査を引き受ける際に、射命丸は天魔に対して強力な概念武装を機材として要求した。万が一、相手があの・・南武恭之介だったとしたらとても生身で対処できる相手ではない。
その要求に対して天魔が持ち出してきたのがコレである。さしもの射命丸も、最初にその刀の銘を聞かされた時は肝を潰した。


「ほら、萃香さんの起こした宴会異変ってあったでしょう? あの後、萃香さんがふらっと山に来てそれを天魔様に渡したそうよ」


鬼、伊吹萃香はこの鬼殺しの打刀を天魔に渡すと、「好きにしていいよ、また遊びに来るから」とだけ伝えて、ふらふらと山の外へ消えて行ったそうだ。
それからずっと蔵で埃を被っていた物を引っ張り出したのだという。

ともあれ童子切を預かった射命丸であるが、彼女は刀の扱いを心得ては居ない。いざ交戦というときに持て余してしまっては最悪命に関わるだろう。
だから射命丸は、刀を扱う心得のある知り合いとして椛を助手に指名した。これが椛を助手に選んだ理由のもう一つ。



「いやはや、存在していたもう一本の童子切、それを後生大事にしていた萃香さん、それより何より童子切に首を斬られた筈なのに生きている酒呑童子・伊吹萃香!
 これはなんだか裏にドラマを感じませんか、椛?」



新聞記者としての口調で、おどけて言う射命丸。
しかし椛は、射命丸の言葉に眉を寄せ、ジッと手元の刀を見つめるばかり。

かつて山を支配していた鬼が、現在の支配者である天魔にこの刀――鬼殺しに耐えうる武装――を渡した意味は、椛にも分かり過ぎるほど分かる。
伊吹萃香は、「自分という“客”が気に入らなければいつでも斬ってくれて構わない」と言っているのだ。妖怪の山の家主・・・・・・・である天魔には、その資格があるのだと。
山の支配者は最早鬼ではなく天狗だと、それも頭領たる天魔であると、鬼たる伊吹萃香は伝えたのだということはよくわかる。

だから、種族=仕事となる社会制度を形作った天魔を嫌う椛に取ってはどうしようもなく複雑な気分であった。


「――――ま、そういう事だから、私と同行するときはそれ持ってて。使わないに越したことはないけどね」

「了解です」


椛は打刀――童子切安綱を腰に帯びる。朽ちた刀は妙に軽かった。


「それで、結局何を相手にするんですか」

「通り魔って言わなかった?」

「アタリが付いていなきゃこんなモノは持ち出せないでしょうに」


誤魔化されてなるものか、と言わんばかりの半眼で椛が鼻を鳴らした。

この刀は、本来一定の儀式を経て初めて退治しうる“鬼”を、その過程を省略して殺しうるだけの呪力を持つ。
それは即ち、この幻想郷に存在する人妖の大半を問答無用で殺傷しうる武器であることを意味している。
持ち出すこと自体が他の勢力への誤解を招きかねない代物であり、相応の相手を想定していると見るのが自然であろう。
さもなければ、妖怪の山の上層部が白痴も同然の馬鹿ばかりか、となるが、さすがの椛もそこまで天魔を舐めきってはいない。


「真逆本物の鬼が相手だなんて言わないでしょうね。
 武器があっても当てられなきゃ棒切れ持ってるのと変わりませんよ」

「鬼が相手だとわかってるなら最初から賢者なり巫女なりが動くわ。
 私達の相手はもっと面倒でもっと荒唐無稽で、もっと出鱈目」


射命丸は真っ直ぐに椛を見つめた。
これから出す名前に椛はどんな反応を返してくるか、予想をしてみる。
笑われるか、頭がおかしくなったかと心配されるか、「そんなわけがあるか」と手厳しいツッコミが入るか。一番可能性が高いのは――――



「犯人は南武なんぶ恭之介きょうのすけ有頭あるとうよ」

「……は?」


――――予想通り、犯人の名を聞いて、椛は訳が分からないといった顔をした。
全く知らない名前を聞いたという風ではなく、こんなところで聞くはずのない名を聞いたという風に、椛は困惑していた。


「冗談にもなっていない、ということは本気ですか」

「私だって信じがたいけどね。襲われた人がそう言ってるからしょうがないわ。
 大昔の死人が、通り魔をやっているのよ。少なくともその可能性を否定出来ない確率で」






妖怪の山から支配者たる鬼が消えたのは数百年前。
強大なる統治者の消えた山を掌握せんと、幾人もの野心家が並び立ち、争いあい、そして消えて行った。
妖怪の山では組織に帰属することを性質として持つ天狗がこの争いの中心に居た。

南武なんぶ恭之介きょうのすけ有頭あるとうはそんな時代に活躍し、消えて行った大天狗の一人である。

背は高く、そこらを飛べば少女たちが思わず振り向き顔を赤く染めるような美丈夫。
物腰は穏やかで教養に溢れ、天狗という種族の常に違わず仲間を大切にし敵にも礼儀は欠かさない。
しかして一度戦場に立てば修羅か羅刹かとも言い表される程の戦鬼となり勇猛果敢に戦った。一説によれば山に残った鬼の一人を討ち取った“鬼退治の英雄”だとも言われる。
【有頭】なる号は、そんな彼の戦場での活躍を称して友から贈られたものだという。曰く、彼が戦場に出たなら皆尽く首を刎ねられ、頭が有るのは彼自身しか残らぬから、と。

妖怪の山の覇権を争う戦の中でも彼は群を抜いた存在として知られ、現在の妖怪の山の頭領である天魔の好敵手としてもよく知られている。
天狗の書く小説や絵物語にも実は生きていた彼自身やその子孫が登場するような話も少なくない、子供もよく知り憧れる天狗の英雄と言ってもよい。

そう、“実は生きていた”とされる話が多い。それを逆に言えば、一般的には死んだと思われているということだ。

南武恭之介はかつての戦の末期、天魔との一騎討ちに敗れ死んでいる。
複数の新聞を通してその事実は報道され、遺体は天魔自身によって手厚く埋葬された。
そう、南武恭之介は死んだ。死んだはずの男だ。



「死人が実は生きていた、ですか? それこそ何処かの三文小説のような話になります」

「実は生きていた、なんてことはありえない。南武恭之介有頭は死んだ。これは紛れもない事実」



射命丸文は断言する。南武恭之介は死んでいる、生きているはずがないと。
そうだ、生きているはずがない。
射命丸はたしかにその目でその腕で、彼の死を確かめた・・・・・・・・のだから。



「だから、これは亡霊か、あるいは南武恭之介の戦装束を着こみでもした物狂い、でなければ被害者が勝手にそう思い込んだか。
 いずれにせよ、間違えられるだけの何かがあるとするならば相応の準備が必要と言う事。わかった?」


椛は射命丸の言葉に答えない。しばらく顎を撫でながら考えこんで、そして、ふと射命丸に問いかけた。


「文さん、もし犯人が南武恭之介と見紛われることを意識していたとしたら、その理由はなんでしょう?」


その瞳は、何かの迷いに揺れていた。その迷いの理由は射命丸にはよくわかる。予想は付いていたからだ。

天魔は南武恭之介が英雄視されることを咎めない。その英雄に勝った自分の名声がそれ以上に高まることが分かっているからだ。
肥大化した英雄信仰は、その英雄を正々堂々と打ち負かした人物の名誉までもを高めているのは事実だ。

一方、弊害も確かにあった。現在の天魔の治世に不満を抱く一部の勢力にとって、その敵である英雄は強力な旗印になりうるということ。
即ち、わざと南武恭之介のように見られることで支持を集めようとする反天魔勢力が、この通り魔事件の犯人である可能性がある。
天魔を嫌う椛にとって、そんな連中は――――果たして彼女の敵だと言えるであろうか?


「知ったこっちゃないわ。私達は探して目星をつけて、出来れば捕まえ始末する。それだけでいいわ」


努めて冷たく、射命丸は言い切った。
それが椛を助手に選んだ理由の最後の一つ。

(万が一にもこいつが通り魔側に付かないように、私が監視する)

生真面目すぎるがゆえに“謀反”などというとんでも無い事を考えたりもする白狼天狗を守ってやるための、そんな理由で射命丸は椛を助手にしたのだった。







「……まあ、そうですね。皆を守る仕事であることも間違いありませんし、真面目にやりましょう。真面目に」

「真面目に、を強調するのは何、当てつけかしら」

「普段の所業について自分でも思うところがあるのなら、当てつけにも聞こえるんじゃあないでしょうかね。文さん?」



ジャブのような悪態を交わしつつ、射命丸は懐からメモ紙を取り出した。
丁寧に四つ折りにされたそれを何気なく広げる。


「被害者に一人、比較的傷が浅いのが居たそうよ。自宅療養中らしいわね。名前と住所を書いてもらったから、ひとまず情報収集と」


いきましょう。と言い切る前に射命丸が凍りつく。広げたメモ紙に視線が固定され、その頬を冷や汗が伝った。
何事かと、椛もまたメモ紙を覗き込んで同じように硬直する。



メモに記された名は姫海棠はたて。
射命丸と椛の、数少ない共通の友人の名前だった。





































◆02−彼女は死人しびとに襲われたか◆







射命丸文が「友人だ」と他人に紹介できる人妖は、実のところあまり多くない。

取材のために幻想郷を西に東に飛び回る彼女は紅白巫女や白黒魔法使いに負けないほど顔が広いけれども、射命丸にとって顔見知りの大半は「知人」であり「取材対象」だ。

無論のこと、射命丸自身の意識として「知人」達を冷めた目で観察しているわけではなく、それなりの信頼と親愛を持って接しているのは間違いない。
向こうからも、多少はうざったさを感じながらも本気で嫌われることもないだろうと自負し、それに安心するくらいには射命丸自身も心を砕いている。

だが、それでも新聞記者として客観的な視点を維持するために射命丸自身は彼女らを「友人」だと認識しない。
あくまで「取材対象」と「新聞記者」。そんな一線を守るための射命丸なりの割り切り方である。最近の新聞記者の天狗の中では、珍しいくらいに真摯に新聞に取り組む態度だった。



しかして、姫海棠はたてと言う天狗は射命丸にとって取材対象には成り得ない。
何しろ射命丸から見ればまだまだ子供で、しかして妖精ほど純粋でありのままではなく、ひきこもりがちでネタにもならない同業者と来た。
そのくせここ最近はよく突っかかってくるとあっては、間違っても取材を申し込む対象では在り得なかった。

しかしだからこそ、互いに距離を気にすることもなく付き合えたのも確かである。
気がつけば、互いに気負いなく「友人」と呼べる間柄になっていた。



そんなはたてが、通り魔に襲われた?
その事実を正しく認識した次の瞬間には、射命丸は十分に引き絞られた弓から放たれる矢のように、はたての家へ向けて飛び出していた。

いつだ? いつ襲われた? 何故気づけなかった?
当然だ、興味なんてないから被害者のことすら調べていなかったからだ。
嗚呼、そもそも他の被害者達とて同じ山に住んでいることには変わりがないではないか!
それが今更、親しい友人の一人くらいで! なんて愚か、なんて無様!



そんな思考も刹那、射命丸は一本の大樹の枝の先に着地する。
眼前の枝と木の葉の塊をまさぐると、姫海棠はたての家の玄関が姿を見せた。

傍から見ればただの木にしか見えぬそこに家が隠されているその光景は、妖怪の山では別段珍しい光景ではない。
人間の、あるいは敵対者の目を逃れるためのその偽装は、霊的感知を逃れるために敢えて妖術の類を使うこと無く行われている。
予め場所を知っていなければ、同じ天狗であっても見つけることが難しいほどであった。


射命丸は玄関のドアを乱暴に数度叩き、中にいるであろうはたてに向かって声を上げる。


「はたて! 返事をしなさい! 無事なの?!」


一拍の間、家の中からガタガタと何かが落ちたり転げたりするような音が聞こえてきた。
しばしして、切羽詰ったようなはたての声も。


「あっ、文? ご、ごめっ。今日、その、ちょっと」

「襲われたのは聞いてる! 入るわよ!」

「あっ、ダメ、ダメ! ごめん、今日は堪忍して!」


慌てたようなはたての声。声の調子から推測するにひどい怪我を負っているわけではなさそうで、そこは安心する。
しかしここまで強硬に入室を拒否し、顔すら見せようとしないのは何故だろうか。
顔を合わせられない、真逆、顔にでも傷を負ったのではないだろうか。

どうすべきだろうか。本当に顔に傷でも残っているとしたら、これは大変な事態だ。
自分だって、そんな事になったら他人と顔を合わせるのは憂鬱だろう。
とは言え何時までも篭っているわけにも行かないし、なにより射命丸ははたてから聞かねばならぬことがあるのだ。このまま帰るわけには行かない。


そんな風に考えていると、空の向こうに射命丸を追いかけてきた椛が見えた。
射命丸から見れば少々ノンビリとした、しかし一般的な天狗から見れば驚くような速度で射命丸に追いついた椛は何故か、なんとも言いがたい表情をしていた。
口を綺麗なへの字に曲げて、両の瞳はどっしり座って細められている。頭の上の狼耳は、ぴんととんがり天を衝いている。

怒っていた。問答無用で怒っていた。
しかし先程までの赤黒い憤怒とは似ても似つかぬ、何処か呆れたような気だるさを含んだ怒りの表情だった。


椛は仁王立ちにはたての家の玄関の前に立つと、ちらりと射命丸を見る。

「大丈夫です。来る途中でそこの窓から家の中が“視え”ました」

椛は頭上にある小窓を指し示してから玄関に向き直ると、眼前の扉に向かって躊躇なく前蹴りを繰り出した。



耳に響く音と共に扉が部屋の中に倒れこむ。
突然の奇行に目を丸くする射命丸の視線と、ピクリとも揺るがない椛の座った視線の先には、



食べかけの菓子の山だとか、河童の蓄音機だとか、座り心地の良さそうな座椅子だとか、天狗の新聞の最新号の束だとか、そういったものを大慌てで片付けようとしているはたての姿があった。
下着姿のその身体には一片の瑕疵もない。むしろ射命丸や椛と比べても驚くほど血色が良かった。

椛はとてもとても冷たい瞳――――例えるのならば調子にのって賭け事で破綻した悪どい大富豪を見るような瞳――――ではたてを見下ろし、一言だけ小さく問うた。


「はたてさん…………仮病ですね?」


腰を抜かして座り込んだはたてはひきつるように少しだけ笑い、「だってお医者さんが勧めてきたんだもん」と言った。









































白狼天狗や烏天狗は山の内外を飛び回る仕事が多く、それゆえに負傷の頻度も高い。
内勤が主業務の鼻高天狗や大天狗と違ってひとつの怪我が仕事の効率の大幅な低下につながり、また怪我による長期の休養を余儀なくされることから生活に不安を覚える天狗も多かった。
元々外勤は内勤よりも給与が低く、余裕を持った生活を送りづらいということもある。

それらの不安に対処するため、外勤の天狗に対する社会保障は手厚い。
負傷者の発生を想定した勤務スケジュールが何パターンも組み上げられ、負傷療養時の休暇及び復帰後の地位の保証、負傷の度合いによっては食事の世話や相当額の見舞金なども支給されるという至れりつくせりぶりである。
外勤が多く、組織的に下位に甘んじている白狼天狗や烏天狗の不満を解消するための目眩ましだ、と主張する者もいるが、それを差し引いても相当の高待遇であると言ってよいだろう。

しかし世の中善人、もとい善妖だけで成り立っているわけではないのは何処も同じ。
こういった厚遇があればそれを悪用するものが現れるのは最早当然の理であった。


医者と結託しての仮病で堂々と休暇を取り、あまつさえ見舞金の類を騙し取ると言った悪質な輩は年に数人ほどが嘘を見破られて仕置を受けている。
表沙汰になっていないものはその十倍はいるだろう。
医者側も“怪我人を治療した”と言う実績を増やすべく積極的に協力する辺りがタチが悪かった。



「ああ、この前どこぞの鼻高がボヤいてたわね。このまんまじゃ補償制度の見直しがあるのないのって」

「哨戒部隊としても他人事じゃないんですよ。ただでさえ怪我が多いのに、こう言う事をやられたらますます立場が悪くなります」

「――――で、はたてもそういう事をやらかしたってことでいいのかしら?」


二人にじろりと白い目で睨め付けられて、板張りの床に正座した姫海棠はたては居心地悪そうに身体を竦めた。


「だって、何処か打ってないかってお医者さんに見てもらったら“みんなこうしてるから”って言ったんだもん。ここんとこ懐寂しかったしさあ…………」

はたては涙目で抗弁するが、射命丸と椛の冷たい視線に口を噤んだ。
所在なさげに床を見つめながら、ポツリと呟く。


「あんなに文が驚くなんて思ってなかったんだもの」


その言葉に、今度も射命丸は動揺した。ただし椛やはたてに感づかれぬように表情だけは殺す。

ああまったく、自分らしくもない動揺だった。
元から山の仲間が襲われていながら無関心でいたというのに、少し親しい知り合いの一人が襲われた程度で全くなんという無様だろうか。

「それは誰だって心配しますよ。私だって驚きました」

肩を竦めながら椛が溜息をつく。その溜息の色は呆れよりも安心が大きく、なるほど、彼女なりに心配はしたらしい。
それを隠しきれていた椛と、隠し切れなかった自分を比較してしまうのが嫌だったので、射命丸はさっさと本題を切り出すことにした。


「それではたて。結局のところ、通り魔に襲われたっていうのは本当なの? 私達はそれを調べに来たんだけど」

「ああうん、それはマジ。でなきゃ医者なんて行かないもん」


ようやく開放の雰囲気が流れ始めたのを察して、やれやれと全身の緊張を解いてはたてが立ち上がる。
肩にかかるツイン・テールの髪の毛を、鬱陶しげに掻き上げた。

「三日前の夕暮れ頃にさ、新聞作ろうと思って外に出たのよ。例の通り魔のことで前回の現場まで行ったの。
 そんでこう、カメラを前に出したらさ」

ぐっと腕を前に出すはたて。その表情が恐怖に曇る。


「すぱっ、てカメラを斬られたのよ。何の手応えもなくて、斬られたの一瞬わかんなかったくらい。
 呆然としてたらそいつが真正面で槍持ってこっち見ててさ。後はもう、大慌てで逃げたわよ。我ながらよく助かったもんだわ」


はたてのカメラはフィルムを使わず、代わりに撮った写真を映しだす“モニター”なる映像出力装置が付いている。
“モニター”は薄ぼんやり光るので黄昏時の薄闇の中でよく目立つ。襲撃者にとってはいい的になっただろう。


「とりあえずにとりんトコ逃げこんでさ、カメラ預けてお医者行って、後は篭ってた。
 結構ショックだったしさあ、連絡しなくてごめんね」

「別に連絡されても困るわよ、そういう話。
 まあそれは兎も角――――はたて、貴女は犯人の顔を見た?」


単刀直入に問う。元より気を遣う必要のない相手、普段の取材の時のような遠慮はない。
(驚くなかれ、射命丸文の大胆かつ無遠慮な突撃取材は彼女にしてみれば妥協と遠慮の産物なのだ!)

はたては戸惑うこと無くコクンと頷く。


「大天狗様には話したわよ。聞いたでしょ?」

「貴女の口から詳しく聞かせて頂戴。通り魔は、誰だったの?」

「南武恭之介有頭」


一片の躊躇もなくはたては答えた。
射命丸がその瞳を覗き込むと、迷いや戸惑いの色が微かに見えた。

…………自分の言う事の可奇しさを理解しつつも、実際に見てしまったものを伝えざるを得ない迷いと戸惑いの色。
少なくとも、妙な思い込みだけで断言しているわけではなさそうだ。



「どうしてそう思ったの? あなたの言っているそのヒトは、もう何百年も前に死んでいる」

「顔、見たのよ。あんなイケメン、さすがに見間違えやしないって」

「貴女、まだ百歳にもなってないでしょう。南武恭之介の顔を知るはずがない」

「昔の新聞に似顔絵がいくらでも載ってるわ。“新聞爺”に昔の新聞見せてもらってたから覚えてた」

「他に覚えている特徴は?」

「槍持ってた、くらいかなあ」


しばし問答を重ねてから、射命丸はそこから引き出された情報を整理する。
なんと言っていいものか、困った。常識的な可能性が幾つか潰されてしまった。


まず、はたてが南武恭之介の顔を知っている理由については、まあ納得してもいい。
“新聞爺”というのは山で最も新聞が好きだと言われている古株の天狗で、この幻想郷で発行された新聞を全て集めている、と豪語している。
頼めば集めた新聞の写しを気前よく用意してくれるので、多くの天狗が資料収集や娯楽の為に尋ねていく。
はたてが篭りがちだった頃から交流のあった数少ない天狗の一人で、何かしら昔の新聞を見せてもらっていた可能性は高い。

「無関係な普通の妖怪が犯人である」可能性は小さくなった。
そんなに南武恭之介に似た顔をしていて、全く無関係な偶然だという可能性はさすがに考慮しない。


はたての証言で興味深いのは、「顔を覚えているが服装を覚えていない」という点だ。
どれくらいの距離で向かい合ったかは分からないが、睦み合うような距離で睨み合っていたのでなければその全身が、その服装を確認できたはずだ。
南武恭之介の傾いた戦装束を身に纏っていたというなら、まずその事を射命丸に話しているはずである。平時の妖怪の山に置いて、戦装束なんてのはそれだけで十分珍しくて印象深い代物なはずだから。

けれど、はたてが語る犯人の特徴は顔のみ。印象に残るような服装ではなかったのだろう。
だとするならば、「南武恭之介に成りすました者が犯人」と言う可能性にも疑問符が付いた。

顔を変形させて他人になりすます妖術というのはたしかに存在する。
しかし“南武恭之介としての自己主張”を行うならば顔より先に服装を揃えるほうが簡単だ。
一瞬見ただけでそうだと分かるような戦装束さえ身に纏っていれば、わざわざじっくり見てくれるかも分からない顔をそっくりに整える意味は薄い。
それなのに、犯人は顔を偽装し服はそのままだった? 片手落ちもいいところだ。



南武恭之介と無関係ではない。なりすましと考えるには疑問点が多い。本人などではありえない。
――――射命丸にははたての証言が信じがたい。だから。


「――――はたて、ちょっと私の家に来なさい。犯人の“面通し”をやるわよ」


はたてが南武恭之介の顔を覚え違えているという可能性を信じたかった。




























射命丸の家には“資料室”がある。
四畳半一間の堀立小屋の中に過去の文々。新聞のバック・ナンバー、没稿も含めた原稿、集めた資料がうず高く積み上げられたそこは、射命丸にとってある意味自宅以上に大切な場所だった。
そこには自分の過去が折り重なっている。過去を積み重ねて現在いまがある。さらに折り重ねた先に未来の自分がある。

射命丸文なる烏天狗を構成する情報が、その堀立小屋の腹の中には眠っていた。
そんなモノを赤裸々に公開する趣味は彼女には無く、他人をそこに招いたことは一度もない。

他人をそこに入れたのは、今日この日が初めてであった。

「いいんですか、入っても」

「いいわ、一人入れるも二人入れるももう一緒よ」


そう言いながら、射命丸は“資料室”の扉を開け放った。
埃とカビの匂いが鼻を突く。


「うわあ、結構古い新聞あるじゃない。見ていい?」

「後でね」


天井に届かんばかりの棚と、それに溢れんばかりに収められた紙束が我が物顔でくつろぐ室内をキョロキョロ見回すはたてを適当にあしらいながら、射命丸は棚を漁る。
やがて新聞に使った数枚の人相書きを引っ張り出すと、その内の一枚をはたてに示した。

「貴女を襲ったのは、この人ね?」

その絵を数秒ばかり見てから、はたては顔を横に振った。
射命丸はふむ、と一つ息を付き、もう一枚人相書きを取り出して、示す。

「違う」

もう一枚取り出して、示す。

「違う」

もう一枚取り出して、示す。

「……この顔よ」

もう一枚取り出して、示す。

「――違う」

四枚目の人相書き、はたてが「この顔だ」と言ったそれをもう一度示し、問う。

「最後に聞くわよ。貴女を襲ったのは、この顔ね?」

「……うん、そうよ。その顔」

はたては僅かに躊躇いつつも、しっかりと頷いた。


射命丸は“ハズレ”の人相書きをそこらの棚に突っ込んだ。“アタリ”のものだけは手元に残す。
…………“面通し”は、うまくいった。いってしまった。

たしかにはたては南武恭之介の顔を――即ち、四枚目の“アタリ”の人相書きの顔を――言い当てた。
言い当てた後に別の人相書きを示しても動揺はなく、即ち自らの記憶に相応の確信を持っていることも確かだ。
はたての記憶はそれなりに信用できると見ていいだろう。

と、言うよりも、これ以上疑えないと言う方が正しいか。
はたての証言を引っくり返すにはそれなりの証拠が必要になる。現時点では彼女の証言が正しいと仮定するほかない。
つまり、犯人は、南武恭之介の顔をしている。これを前提として捜査を行う必要がある。



「椛、この顔、記憶しなさい。捜すわよ」

「了解です」


椛は人相書きを一瞥してから懐に収めた。
さて、はたてにも幾つかやってもらいたいことがある。そう思って彼女の方に向き直ると、はたては丁寧にファイリングされた新聞の初版刷りを勝手に引っ張り出して読み始めている。
確かに「後でね」とは言ったが許可を得る一言も無しとは一体どういう了見か。
椛も興味深げに脇からそれを覗き込んでいる。

はたてはしばし、真剣な表情でそれを読み続ける。
見れば、読んでいるのは文々。新聞創刊号。未熟な頃に書かれた物を今更しげしげと読まれるのは多少気恥ずかしくはあった。
やがて、はたては顔を上げて射命丸を見据えた。真剣で真摯な視線が眉間を射抜く。


「この昔の新聞、今アンタが書いてるやつよりずっと良く出来てるわ」

「よーし喧嘩買った。表出ろ」


親指で喉を掻っ切る動作、牙を剥くのにも似た笑みではたてを威圧する射命丸。
――――その仕草で、わずかに走った胸の痛みはかき消えた。


「私は新聞を余り読みませんけど、この新聞は面白いと思いますね。興味深い、というか」

文々。新聞創刊号を眺めながら、椛は感心したように呟く。

実際、その新聞は良く出来ていた。
客観的な取材の結果と主観的な射命丸の意見とが明確に区別されつつ、その二つを互いに参照しやすいように記事は配置されている。
情報源は可能なかぎり明記され、また現場のスケッチも悪目立ちせぬ程度の大きさで掲載されていた。

内容は創刊当時に天狗間で行われていた戦争についての内容であり、南武恭之介とその部下たちへのインタビューが一面の記事。
読んでいるだけで当事者たちが目の前で語っているかのように錯覚するほどに、それは濃密な記事だった。
劇的な何かが書かれているわけでもなく地味といえば地味ではあるが、一度読み出せば止まらない味のある新聞である。


「はたてさんから見て、今の文さんの新聞はどうなんですか?」

「博麗絡みの異変以外は小粒ばっかりってのは、まあいいんだけどさ。記事の4割くらいは想像で水増ししてるから酷いもんよ?
 この前だって、『新聞は見出しと写真で9割』なんて言っちゃうし。ちゃんと裏取りしてるだけ、他の天狗の新聞よりマシってとこ」


それだけ他の新聞は酷いんだけど、と言う続きの言葉は飲み込んだ。それらより売れていない時点ではたてにとっても射命丸にとっても負け惜しみにしかならないからだ。
新聞大会で優勝するような大手の新聞は、大抵の場合裏取りすらしない。それは面倒だからではなく、その方が好き勝手に書けるからだ。
写真一枚からどれだけ突拍子も無いことを考え付き見出しをつけるか。それが評価の基準であると言っても差し支えない。
きちんと取材をして書いているだけ、射命丸のほうが確かに幾分かはマシである。


「昔はこんなに面白いのが書けたっていうのに、経年劣化は残酷よねぇ、文?」

「そういうものを書いているうちに色々なことに気づいたから今があるのよ。事実を考察したって誰も読まないんじゃあ、その事実は誰にも知られない。
 真実の周知に必要なのは正しい考察なんかじゃない、最初に目を引く見出しの衝撃と、いかにもそれっぽく量だけ増やした記事なのよ。

 嘘を信じさせるには、本当のことの中に縋りたくなるような嘘を混ぜればいい。じゃあ、本当のことを知らしめるにはどうするか? ――――心地良いデタラメに、本当のことを混ぜるのがいい」


なんだかな、と椛は思った。
確かに言っていることは正しいのだろう。事実を知らせるにはそういった手法が有効なのだろう。

けれどもそれは王道ではない。射命丸文のような人物には相応しくない。
これだけの新聞を書くことの出来る射命丸文という才能には全く相応しくない。
新聞を書くのが好きだと心底から公言する射命丸文という人柄には少しも相応しくない。
大好きな趣味ですら妥協してしまう弱さなんて、射命丸文には一つも相応しくない。

この人はもっと高みに登れる人だ。こんなことさえ妥協してしまうような、そんな停滞が許されるヒトではない――――!


「文さんは、それで納得していますか?」

「当然」

揺ぎ無く、あっさりと射命丸は答えた。
当然、嗚呼、当然だとも。




当然、あの頃のような記事を書けない自分に納得してなどいない。
今の自分なんてそんなものだと、見切りは付けてはいたけれど。



















◇   ■   ◇   ■   ◇   ■   ◇






















幻想郷が現在の形になるより何百年か昔の事、鬼という存在はこの地上からすでに姿を消しつつあった。
幻想郷の外に居を構える者はすでに僅か、妖怪の隠れ里たる幻想郷でも見かけることは稀で、その殆どは旧地獄、あるいは最近出来た新地獄へと移り住んでいた。

鬼達は理由を語ることもなく、静かにその姿を消して行く。
一部の賢者達だけはその理由を知っていたようだったが、それを他人に語ることは稀であった。


そんな風に鬼達が姿を消して困り果てた者達は実のところとても多い。

普通の妖怪よりも強い力を持つ鬼は自然とその地方の妖怪のまとめ役となる。
そんな鬼達が姿を消せば、後継者を名乗る妖怪達が次から次へと現れるのは必然であろう。
妖怪達のコミュニティの頂点を目指す者達は争い合うようになり、日本各地で妖怪同士の紛争が激化した。
人間のものから遅れることしばし、妖怪達も戦国時代を迎えることになったのである。

無論、幻想郷もその例に漏れない。
鬼の消え始めた妖怪の山ではそれに次ぐ実力を持った天狗達が覇を争うことになった。
天狗以外の妖怪の大半は組織を率いるということに魅力を感じるほどの社会性を持たず、河童達はそんな面倒なことは天狗様に任せるとばかりに無干渉を貫いた。
かくて野望に燃える天狗達が、妖怪の山を巡る戦争の主役となったのである。



ここで特筆すべきは、その戦のやり方の独特さ、珍しさだ。

本来、戦に必要なものは数である。
敵よりも多くの物資を、敵よりも多くの陣地を、敵よりも多くの兵力を、敵よりも多くの強者を。


だが妖怪の山では、わざわざ協定を結んでまで互いの戦力を僅かな数に抑えこんでいた。
一つの派閥の兵力は平均で二、三十人ほど。五十を越える戦力を有するものは居ない。
そして、予め合意をとった一定の範囲の戦場で、合意をとった日時に、合意をとった人数で戦をやる。

戦場から離れれば山自体は平和そのもので、大半の天狗は戦の行方に興味はあれど干渉することなく暮らしていた。
戦場で戦った天狗もその日の戦が終われば家に帰り、普段通りに過ごすのが当然。
朝方に戦場で槍を突き合った敵と夕方の居酒屋でばったり会ったなどという、笑い話のような出来事も珍しくはなかったという。

戦それ自体は少なくない死傷者を出す苛烈なものだったが、儀礼的なものを重んじた特殊な形態の戦争であったことは間違いない。
命と命のやり取りという極限状況に於いてこのような取り決めが交わされ、ついに破られることがなかったのは二つの理由による。




まず一つは、幻想郷という隠れ里が天狗の全力に対してあまりにも小さかったことだ。
多数の天狗が全力で戦をやれば、幻想郷に間違い無く大きな傷跡が残る。
行くあてのない妖怪達が最後に辿り着く場所が幻想郷であり、別の土地に移り住むという選択肢は最早無いのだから、そこを傷付けることは出来うる限り避けたい。
それに、あまりにも大きな被害を出せば“妖怪の賢者”を筆頭とした幻想郷の有力者達を敵に廻すことになるので、将来の“山の支配者”にとっては全く良い話ではない。



そしてもうひとつは、天狗たちの生来の気質に由来するものである。

天狗は種族として、『身内の結束が強く、外様のものに酷薄である』という性質を持つ。
もし全ての天狗が積極的に戦などやれば、それは種族内で味方と敵という意識の壁を作ることになる。
それでは戦が終わったとしても、敗北した勢力は相当の長きに渡って勝利した側を敵として認識し続けるだろう。
支配者としてはそんな爆弾を抱えて統治などしたくはない。
だからこそ、大多数の天狗には「誰にも肩入れせず、結果勝利した支配者に従う」と言うような心持ちで居てもらいたかったのであり、その為に必要以上の者が参加しない戦のカタチが必要だったのである。

つまりは天狗達が理性的で、郷里と仲間を思いやる心があったからこそこんな戦が成立したのであろう。


結果としてこのやり方は功を奏し、妖怪の山は必要以上の破壊を免れ、当時の戦争に根ざす対立は皆無と言って良い。
人間の里で歴史を編纂する上白沢慧音は『このような“儀礼的な戦争”を行い、成功したと言う経緯こそ、保守的な妖怪の山でスペルカードルールという“儀礼的な決闘”が普及する下地になったことは間違いない』と自著において記している。





そのような戦の中、妖怪の山にもうひとつささやかな革命が起こった。新聞記者という職業の誕生である。

斥候として威力偵察を行っていたある烏天狗が、戦場で見かけた珍しい光景を仲間に話したことが始まりとされており、
やがて報告書の片手間に見たものを文章に書き起こして配りだし、あるいは絵に描いて披露するようになり、そしてそれらが組み合わさって新聞――当時は瓦版と呼ばれた――という媒体が妖怪の山に誕生した。
その新しい文化は活発で新しもの好きの烏天狗たちの間で大流行し、戦場に出ていない烏天狗もわれ先にと瓦版を作りはじめたのである。





射命丸文も、そんな新聞黎明期に記者となったひとりだ。
未だ童女のような姿で自由気侭に飛び回っていた彼女もこの新しい娯楽を知り、自らも参加しようと決めた。

さて、記者をやるからには何を書くのかを決めねばならない。
当時は日常の些細な出来事を書き留めていくような趣味的なものが多数を占めていたが、どうせやるのならばもっと大きなことを書いて、皆に読んでもらいたかった。
今、皆がこぞって欲しがるような内容といえば、戦争の話である。
強く入れ込むことはなくとも華々しい戦場の活躍に惹かれる者はそれなりにおり、少々不謹慎ながらも娯楽として情報を欲しがる天狗は多かった。

そんな戦場で活躍する野心家達の中から、射命丸が南武恭之介を取材することを決めたのは大した理由からではない。
彼は美丈夫で天狗の女性達の人気が高かったので、購読者が増えるかも知れないというただその程度のことである。


なにはともあれ決めてしまえば彼女の行動は早い。
筆と紙とを鞄に突っ込んで、南武恭之介の一党が居を構える陣地へと、真っ直ぐに飛び出して行ったのだった。














陣地、とは言えど、さほど仰々しい拵えをしているわけでもない。
森の中に陣幕を張り、その内側に2、3の倉庫と寝所が建てられているだけだ。
見張りが数人周囲を見張っては居たが、さほど神経を尖らせているわけではない。
時と場所を決めて戦をやる取り決めを交わしているのだから普段は奇襲に備えて見張りを立てる必要もなく、おそらくはぐれ妖怪や野生動物への備えなのだろうと射命丸は見当をつけた。


事情を話すと軽い身体検査の後、あっさりと南武恭之介の前に通される。

陣地の中心、大木の切株をそのまま円卓にした広場で、その男は仲間となにやら話し合っていた。


体格は、思っていたよりも厳つい印象を受けた。戦場に立つのならば当然といえば当然か。
背は高く、小柄な射命丸の倍近い長身だ。豪奢な陣羽織も相まって少々の気後れを覚える。
天狗が一人一種族の雑多な妖怪や土地神として扱われていた頃からの最古参であり、射命丸より相当に年上だという事実もその印象に拍車を掛けた。

それらの印象を打ち消すのは、その顔である。
巷での評判から中性的で美しいと言うような印象を持っていたが、そういうよりは懐っこく子供っぽい顔つきだった。
こちらに気づいたのかその男はこちらに笑みを向けてきたが、影のない心底陽性の笑顔であって、ああ、これは人気も出るはずだと射命丸は得心する。

兎にも角にも挨拶を交わし、名を名乗る。その上で、彼の一党への取材を申し込んだ。
出来ることならしばらくの間の継続取材を許可してもらいたいので、その事も告げる。



「取材か。じゃあ射命丸君、君に覚悟はあるかな?」

「と、言いますと?」

「我々と行動を共にするならば、敵方から我々の仲間と誤解されかねない。
 しかし我々から見れば君は他人だ、いざという時は君よりも自分の仲間を優先して助ける。
 ――――さて、もう一度聞くが君に覚悟はあるかな?」



恭之介の笑みに意地の悪いものが混じる。明らかな挑発だったが、射命丸は敢えてそれに乗った。
少しばかり見かけは幼くとも、齢数百を数える天狗なのだ。舐められっぱなしで居られるほど大人しくもない。


「何をおっしゃいますか。私と貴方は他人? 当然のことでしょう!
 誰が身内の暗部などばら蒔こうとしますか?! 貴方達が私に刺客を立てるくらいでいいのですよ、こういう時は!」


この言動には周りで控えている恭之介の仲間達もざわめきを抑えきれずに居た。
取材を申し込んでおきながら、「お前らの恥部を暴く」などと宣言したのだから、当然といえば当然である。
恭之介自身はと言えば、今にも腹を抱えて笑い転げそうなのを必死に我慢している風に顔を真っ赤にして肩を震わせていた。


「はははははは! これは失敬、射命丸君! 試すようなことを聞いて悪かった。
 継続取材、喜んで受けよう。ただ、いざという時君を守れないかもしれないというのは冗談ではないから、そこは分かってもらえるね?」

射命丸は無言で頷く。ここまで言っておいて、いざとなったら守ってもらおうとするほど恥知らずではない。

「それから、我々としても軍機を暴かれるのはよろしく無いから、そういったものは君には見せないようにするし、見ようとすれば止めさせてもらう。
 だが…………それでもそれらを見てしまったのなら」


ぎしり、と空気が軋んだ気がした。
武力で言えば、妖怪の山でも五指に入るような豪傑である。そんな男にもし命を狙われれば生き残れはしまい。

(上等)

しかし生憎のところ、射命丸文と言う天狗は負けず嫌いであった。
こうまで言われて引き下がるような大人しさとは無縁である。是が非でも秘密を暴いて、ぎゃふんと言わせなければ気が済まない――!

だが、そこで空気が緩み、恭之介の顔に人好きのする笑顔が戻る。


「見てしまったのなら遠慮は要らない、君の仕事をやってくれ。僕の名前に誓ってその件で君に危害は加えない」

「私の仕事、と言いますと?」

「記者だろう? 君が見たものを君の判断で、君が公正と思うように世に知らしめることさ」

「…………組織の長として、外の人間にそういう事を言っていいので?」


彼の言っていることは、聞き様によっては「もし密偵だとしても見逃す」とも捉えられかねない。
射命丸がただの記者――もっと言えば、公平な記者である保証などどこにもないのだ。もし射命丸が悪意的であれば、不都合な事実とその誇張を吹聴して回るかも知れない。
自らの名前に誓った以上、後からそれを翻して射命丸を粛清することだって難しいはずだ。妖怪にとって誓いや約束はそれほどに重い。


「大陸や欧州の妖怪達と総力戦をやっているならそうも行かないが、これは結局お山の大将を決める戦遊びのようなものさ。
 私はこの先山を治める権力者になるんだ、君のような新米記者にしてやられるようではその資格もないだろうよ」


周りの者達も恭之介の言葉にニヤリと笑って頷いた。恭之介の言葉に納得したらしい。

この天狗には人たらしの才能があるなと射命丸は思った。
彼はこの戦を“お山の大将を決める戦遊び”と言った。ある意味では真実だが、それを仲間の前で公言し、あまつさえ同意させるとはただ事ではない。
何せ命懸けなのだ、遊びなどと言うのは聞き様によっては馬鹿にしているようにも取られかねない。
この周りの反応はつまり、納得させるだけの信念か人柄をこの男が持っているということに他ならない。

(人柄、でしょうね)

射命丸はそう判断した。
この男は何しろ小気味いい。涼やかで楽しげで、戦を遊びと称することすら相応しく見えるほどだ。
この男の在り方は眩しく、この男の存在は美しく、この男の生き様は憧れる。
それは理屈を超えたところにある感情である。これは中々厄介な資質で、つまり理性が“理屈に合わない”と感じても感情に引きずられて彼を支持することになる。
実際、射命丸もこの短い会話で彼に対して好感を抱いていた。


しかし生憎のところ、射命丸文と言う天狗は負けず嫌いであった。
恭之介の言葉はつまり、「お前がどんな取材し記事を書いたところでどうにかなるものでもない」といっているのに等しい。
新米記者だから、舐められているのである。


いいだろう、その喧嘩を買ってやろう。
ご期待通り自分の仕事をやってやる。公正に、正大に、私自身が見たものを書き記し、皆に余さず伝えてやる。
私という記者を侮ったことを絶対に後悔させてやるのだ、と射命丸は決意した。










それから数年、射命丸は彼らと共に行動してその光景ありさまを記事にした。
普段の生活に、戦場での戦いに密着し、ある時は堂々と問い詰め、ある時はこっそりと探りを入れた。
南武恭之介達にとって有利な事も、不利な事も、周知が必要だと思えば迷いなく書いた。
少々煙たがられることもあったが挫けることはなく、その直向さと真面目さは結局彼らから高く評価され、射命丸自身もそれは嬉しかった。
恭之介一党は信頼できると確信していたし向こう側も(恐らく)そう思ってくれていただろうが、あくまで記者と取材対象と言う垣根は崩さずに節度を持って接した。

取材を続ける数年で射命丸の手足はスラリと伸び、童女のような顔つきはずいぶんと大人びた。
気ままさはなりを潜め、生来の真面目さが表に出るようになった。

長い間発展途上のまま放置されていた射命丸文と言う人格はこの時そんな風に完成し、その根っ子は多分今も全く変わっていない。


実際の所は、本当に知られたくないことは射命丸には完全に秘匿されて、そうとは知らずに得意げになって取材モドキを行っていただけだったのではないかと、今の射命丸は思う。
けれども、それでいい。彼らにとってみれば当然の処置であって、そうと気づけなかった時点で自分が悪いのだ。
大事なことは、彼らへの取材を通して自分という存在が良い意味で変わっていけたこと。それだけで、幾ら感謝してもし足りない。



今でも、この頃のように熱意と信念を持って真摯に新聞と向かい合えれば、それはきっとこの頃と同じように幸せなのだろうけれど。






今現在の射命丸文には、それはどうしても出来そうにない。
























◇   ■   ◇   ■   ◇   ■   ◇






















◆03−襲う死人しびとは何を思うか◆






「こんちわー、おばちゃん、元気ー?」



店に入って、店番をしていた鼻高天狗の老女に軽く挨拶をしてみる。
老女はこちらを見るやいなや、目を丸くして立ち上がった。


「あらあらあらあら、はたてちゃんじゃない?! 通り魔に怪我させられたっていうけど大丈夫なの?」

「ああ、うん。意外とダイジョブだった。その、ホントはもうちょっと動かずにいろって言われたんだけどね。
 お医者さんも案外アテにならないわ、ははは」


軽く頭を掻きながらはたては笑う。口元の引き攣りは隠せなかったが老女は気にも止めなかった。


「天狗湯、三つ頂戴。西瓜割でね」

「はいはい。嗚呼でも本当によかったよ、貴女が怪我をしたって聞いてみんな気が気じゃなかったんだから! そろそろお見舞いにでも行こうかなって!」


老女はニコニコ嬉しそうに笑いながら湯呑を用意し、足元の樽の蓋を開けて秘伝の甘味ダレを柄杓で汲んだ。
三つの湯呑に均等に、外側を汚さぬよう器用に注ぐと、手早く西瓜を取り出して切り分ける。
その果肉を絞り器に放りこんで絞り汁を先程の湯呑に注いだ。これに氷を二欠ほど入れれば、妖怪の山名物“天狗湯の西瓜割”の出来上がりである。

天狗湯は一年を通じて水や湯、あるいは酒で割って呑まれるが、暑い夏の時期に西瓜の果汁で割ったものは人気が高く飛ぶように売れる。
――――もともと軍用の兵糧で栄養価が非常に高いため、飲み過ぎると体重計の上で悲鳴をあげることになるけれども――――


「うぐ……だ、大丈夫だよ、もうすっかり良くなったし! お、お金これからお釣りを」

「あら、いいのよう。はたてちゃんが元気なだけでおばちゃんは十分だから! さ、もってきなさい」


老女はお札を取り出したはたての右手を軽く制すると、注ぎ分けた天狗湯をはたてに押し付けた。
はたては狼狽えながらもなんとか代金を支払おうとするが、老女の方はほとんど意地になって応じない。

結局、はたては天狗湯に加えて団子も三串持たされて店を出ることになったのであった。
















「ほら、案外追求されないもんでしょ? 嘘を吐くならこそこそじゃなく堂々と吐くのよ」

「ううう、物凄い罪悪感」


店の表で待っていた射命丸と椛に湯呑と団子を手渡してから、はたてが呻く。
そんな彼女の顔は吃驚するくらい青白く、憔悴しきっていた。


「皆心配するというのはわかったでしょう? 今度から仮病はナシです」

椛の説教にはたてはコクンと頷いた。
こういう風に罪悪感を抱けて、目下である椛の言うこともきちんと聞く。
普段なら少々生意気で、典型的な“いまどきの若い天狗”な彼女も性根は真っ直ぐで素直なのだろう。
それは射命丸にとっては少しばかり妬ましく、少しばかりお節介をしたくなる在り方だった。


「じゃ、少し上に登りましょうか。お店の前で立ち話、って内容じゃないしね」


射命丸はそう言って、真っ直ぐ空へと舞い上がった。
数秒も上昇すれば、眼下の森はまるで模型のような小さなものに成り果てる。
ずっと下の方で烏が数羽、旋回していた。

待つことさらに数秒、はたてと椛が追いついてきたのを確認し、天狗湯で喉を湿らせてから、射命丸は本題を切り出す。


「じゃ、打ち合わせに入りましょうか。大したこと話すわけじゃないけどね」

はたてがおずおずと手を挙げる。


「あのー、やっぱり私も手伝うの?」

「見舞金の騙し取り、上層部うえにバラされたくないでしょ? それほどキツい仕事を頼むわけじゃないから安心しなさい」

「ううう、チョー最悪なんですけど……やっぱ嘘なんて吐くもんじゃないわ」


はたてが絶望的な表情で天を仰ぐ。嘘を吐き続けたくはないが嘘をバラされたくもない、そういう弱みがあるのだから、出来うる限り利用させてもらおうと射命丸は嘲笑った。


「椛は私と一緒に犯人を捜すわよ。雑多なことは私がやるから、貴女は千里眼にだけ集中してくれればいい。長丁場になるかも知れないから用事があれば先に済ませておいて」

「了解です」


まずこちらは予定通り、通り魔事件の犯人探しに集中することにする。
犯行の時間帯及び犯行場所に今のところ共通点は無く、山中を捜し回ることになるだろう。


「文、私は?」

「はたてはこれを持って、通り魔に襲われた人たちを訪ねて」


懐から丁寧に折りたたんだチラシを一枚取り出して、はたてに手渡す。
それを広げて確認したはたては訳が分からないと言った顔をする。


「“通り魔事件被害者の会”?」

「それ、貴女が声かけして作ってもらうから」

「うええ?!」


天狗の新聞記者の大半は申し訳程度の取材で(あるいはそれすらも行わずに)とんでもない内容をでっち上げる輩が大半だ。
射命丸やはたてが証言を取りに行ったとして、素直に応じてくれる可能性は低いだろう。
新聞記者など相手にしないと、すげなく追い払われるのが関の山である。

しかし、はたては「同じ被害者である」という立場に居る。これはとても便利な立場だ。確実に相手の口は軽くなる。場合によっては、通り魔事件を専門に追いかけている部隊相手よりも詳しく状況を知れるだろう。
こういった被害者の会でも作れば、犯人逮捕のための情報の共有化と言う大義名分を元にすべての情報を集約することだって簡単だ。
はたての怪我が嘘で本当によかった。おかげで遠慮なく使い潰せる。

…………はたての目撃証言が間違いである可能性を、検証し続けられる。
射命丸の口元が、笑顔によるものではない形に歪んだ。
間違いであって欲しい。間違いでなければならない。せめて偽物であって欲しい。
本物であったとしたら、自分は一体――――


「あーん、こんな事やったこと無いわよう。文のバカァ」


はたての悲鳴に射命丸は我に返った。
いけない。こんな事、考えたってしようがないというのに。
今更だ。とっくに昔の話だというのに何を怖がっているのか。


「フランクに挨拶して弾幕見せてもらうだけって相手ばかりじゃないんだから、慣れなさい。
 じゃ、早速とりかかるわよ。何かわかったらすぐ連絡するようにね」

射命丸が勢いよく手を合わせると、ぱぁん、と言う乾いた音が小気味良く響く。
それを合図に、はたてはぶつくさ言いながらも素直に眼下の森へと降下していった。


「文さん、私達は?」

「やり方は考えてあるわ。詳しく説明するから聞いて頂戴」



射命丸は飲み干した湯呑をぱっと手放す。
湯呑は重力に従って大地に向かって疾走し――――途中で、眼下を旋回していた烏がそれをしっかり受け止める。
烏は射命丸たちの話に興味を示すでもなく、天狗の老女に躾けられた通りに湯呑を店に届けていった。


























かくて、射命丸と椛の通り魔捜索作戦は開始された。
椛は予め見繕っていたポイントから千里眼で広域を捜索、透視能力者クレアボイアンスでは無いために必然的に生まれる死角は射命丸が直接確認すると言う役割分担だ。
およそ一刻ごとに休憩を挟み、ポイントを変えて探索を再開。それをひたすら繰り返す。

合間の休憩は互いに自由に行動することにしていたが、なにしろ捜す相手が相手だ。
神経は張り詰め、僅かな木の葉のそよぎすら見逃さぬよう目は凝らされ、翼は入り組む木々の隙間を抜けるために引き絞られる。
休憩時間に自分の用事を済ませようなどと気力が沸く筈もなく二人でそこらに座り込むのが大半であった。













「椛、飲む?」

「ああ、ありがとうございます。えっと――――」

「奢らせなさいよ。下っ端哨戒天狗よりかは稼いでるんだから」

「この前、スポンサーが付かないって悲鳴を上げていませんでしたっけ?」

「……経費で落とすから」

「最近は査定厳しいですよ」




















「何です、それ」

「小型蓄音機です。この前河童の店で買いました」

「へぇ、こんなに小さいのにねぇ。ちょっと聞かせて?」

「どうぞ。妖力で動くんでちょっと力を込めてやるだけでいいです」

「ふうん、“Mysterious Mountain”ね。いい趣味してるわ」

「元々山に伝わる民謡を元にした曲だからですかね。聞いてると落ち着きます」

「この蓄音機、いくら?」

「そんなに高くはないですよ。たしか――――」




















「前にも言ったと思うけれど」

「はい?」

「貴女は私に期待をしすぎよ。勝手に人に期待をして、沈んだり浮かれたりなんてのは見てていい気分じゃないわよ」

「それでも、貴女ほど強くて、頭が良くて、色んな種族と交流があって、才覚のある天狗を他に知りません」

「少しばかり長生きをして、少しでもいいから山の外の連中とやり取りをすればいい。私程度のことなんて誰にでも出来る」

「――――そういう風に言えてしまうことが、貴女の才覚の証明なんですよ。
 私に貴女のように生きる才覚があれば、きっと色んな理不尽を変えていけるというのに。どうして、貴女は――――」

「…………」















他愛もない会話を多く交わした。思えば、この自分を慕っているのだか嫌っているのだか分からないような白狼とこんなにも長い間一緒にいるのは初めてのことではなかったか。
会話の穏やかな流れが人格の角を丸く解きほぐしていっているようで、ひどく心地よい。
理解出来ないところを知り、理解できるところを知る。新聞を作るときと同じで、少しだけ違う幸せな気分。

だから、捜索作戦を行っている間だけは、犯人への不安は忘れていられた。






























捜索五日目。
射命丸はこの時点で、犯人の発見と接触を半ば諦めていた。

通り魔側はこの五日間、全く活動していない。気まぐれか、或いは警戒でもされたのか。
どちらにしても面倒な話だ。射命丸が独自に有益な情報を得られるとしたら、犯人との直接接触と被害者からはたてが引き出しうるもの以外にはない。
それ以外の方法、例えば現場の遺留物や第三者の目撃情報の収集などは、天魔の配下あたりがとっくに試みているだろう。
それだけならば組織を使ったほうが格段に有利だからだ。

射命丸に期待されているのは「実際に恭之介を見たことのある射命丸」から見て、犯人にどのような違和を感じるかということと、そこから導きだされる犯人の背景を報告することである。これだけは射命丸にしか出来ないことだ。
はたてが集めるであろう被害者達の詳細な証言は、役には立つだろうがあくまでおまけ、ないよりマシのついででしか無いのだ。

しかして違和を捉えるには、犯人が暴れている現場を押さえるか、せめて何かしらの尻尾を掴まなければ始まらない。これまでに判明した程度の情報では違和感も何も感じようがない。
通り魔さえ現れてくれればすぐさま現場に駆けつけることも出来、一気に犯人に近付ける手がかりも得られるであろうというのに、完全に活動を止められては手も足も出ない。

天魔の頼んだ助っ人と言うのもそろそろ到着する頃だ。それまで手ぶらとあっては酷い目に合うだろう。

酷い目とはいっても、別に天魔はその程度の失敗に罰を与えたりはしない。ただ、頭巾越しにジロリとこちらを一瞥するだけだ。
それが怖い。とてつもなく怖い。明日には自分は山中からゴミ扱いされて捨てられてしまうのではないかという恐怖がかなりの現実感を持って身体を貫いてゆく。
実際何一つとして罰を与えないというのが分かっていても怯えて竦んで腰を抜かしてしまいそうな、それだけの迫力が天魔の瞳には宿っているのだ。


犯人の正体とは別の事柄への憂鬱に溜息を突きながら、射命丸は椛と合流した。
捜索を始めてそろそろ一刻、休息を挟む時間である。日も暮れ始めていて夕日が眩しく、椛もあちこちを見てまわるのは辛いであろうし。


「お疲れ様、椛。そろそろ休憩にしましょう」


「はい。もう一度軽く視てから――――?!」


大樹の頂に立って周囲を見渡していた椛が、凍り付く。
どこか遠くの一点を見つめたまま、呼吸すら忘れたかのように静止した。


「……椛?」


「北北東、一里半先。森の中に烏天狗が居るんですけど……追われてるみたいです。尋常な様子じゃありません!」


椛の叫びと同時、射命丸の背中から漆黒の翼が広がる。
渦巻く風が、木々をざわめかせ木の葉を散らす。


「追ってるのは誰?!」

「見えません。木の影に隠れながら移動しているみたいです!」

「多分ビンゴよ! 私に掴まって。向かうわよ!」


椛の示した北北東の方角を睨めつける。
距離を測り、目標点を定め、椛がしっかりと腰にしがみついたことを確認する。
右手に握った葉団扇を振りかざし、意識と風を集中――――!


「行くわよ!」


団扇を一閃、初夏の夕暮れ空を風が穿った。
渦巻く風の大槍が、射命丸と目的地を真っ直ぐに繋ぎ、旋風の通路を創りだす。
射命丸は全く戸惑わずにその通路に身を投じた。

射命丸自身の加速を風の勢いが後押しし爆発的な加速を生む。
天狗の神たる猿田彦をも先導しうるであろうその神速で、二人は瞬く間に現場へと接近する。



残り四分の一里まで接近したその瞬間、腰にしがみついた椛が叫んだ。

「何か小さなものが飛んできます! 弾?!」

同時に、鋼鉄の壁を金槌で叩くのにも似た音が五月雨のように響く。
射命丸の視界の端、風の壁の向こうで何かが弾けるのが見える。旋風の通路に攻撃が撃ち込まれているのだ。
ぶつかっているのは、何の変哲もない石礫。なれど、それに込められた呪力と与えられた加速は尋常なものではない。

「天狗礫――――!」

天狗の扱う基本的な妖術の一つだ。妖力を込めた礫を放ち、当たった相手に呪いをかける。
本来は威嚇程度の術でしか無く、当たってもせいぜい軽い怪我を負うか負わないかといった程度のものでしかない。

しかし戦場に立ついくさ・・・人が本気で練り上げた礫は最早兵器となり果てる。
その威力は分厚い南蛮鎧すらも容易に打ち砕き、肉を弾けさせ骨を割る。濃密な呪いは弱い妖怪なら即死しかねないほどに強烈なものになる。
巫山戯て仲間に放ったり、弾幕ごっこに用いて良い領域を遙かに超えた業となるのだ。

そして、今撃ち込まれているのはそういう域にある業だった。
妖怪を容易に殺傷しうる威力の死の礫が、雨あられと射命丸達に向かって撃ち込まれている。
もしもこの風の壁が打ち破られでもすれば、射命丸と椛は空中で四散し赤い雲と化して眼下の森に血と肉の雨を降らせることになるだろう。
しかも、しかもだ。


(あちこちから撃たれてる。五人……いや、六人は居る!)


明らかに、礫は複数の場所から射命丸へと集中するように放たれている。
敵は複数いる。それも撃ち方を見るによく統率され、よく練り上げられた“部隊”が眼下の森に潜んでいるのだ。
もしこれが例の通り魔の関係であれ、或いは別口であれ、どちらにしても余りにも大きすぎる火種だ。
これは狂人の仕業ではありえない。何らかの目的を持った集団が組織的に天狗を殺傷しようとしているのは疑いない。
事によると、また妖怪の山で大戦争が起こりかねない――――!



轟、と大地が揺れ、射命丸文と言う名の投槍が地面を穿ち突き刺さる。
射命丸はなんとか礫の嵐をやり過ごし、森の中に着陸することに成功した。
生い茂る樹海の木々が身を震わせ、木の葉が舞う。

じん、と身体に響く衝撃を振り払って、二人は直ぐ様戦闘態勢を取る。
互いに背中をピタリと付けて死角を無くし、妖力をいつでも撃ち放てるよう両手に集中する。
ただし、椛はまだ抜刀していなかった。
木々が身を寄せ合う暗い樹海の中にあっては刀は振るいづらく、切り札である童子切を見せるにもまだ早い。



数十秒ほど全ての神経を尖らせて、潜んでいるであろう敵を捜す。
“何かが居る”と言う気配だけは濃密だけれども、音も姿も確認することは叶わず――――


がさり


射命丸の正面、離れた位置で木葉と枝を掻き分ける音が響く。
椛が肩越しにそちらを見やった。


「追われてる方が向かって来てるのが見えます。後三十秒もあれば接触するかと」

「追いかけてる方は?」

「その後ろに。ただ、木や葉の影に隠れながら何かが追いかけているのは分かるんですが――――死角に入り込まれてます。はっきり目視出来ません」


これはまるで、と射命丸は思った。

監視役の白狼の目を誤魔化す為の進軍法と言うものが、かつてこの妖怪の山には存在した。
敵の白狼天狗の位置を予測し、死角を計算し、白狼天狗に自分達の状態を極力悟らせぬように進軍する技法。
これはまるでそれ・・だ。かつての戦の中で磨き上げられ、戦が終わって廃れた技だ。

これはまるで、あの頃の戦争の只中にいた者たちが黄泉還ってきたかのよう。



射命丸の眼前の茂みが細く白い手で左右に掻き分けられる。
そこから顔を出した歳若い烏天狗は、射命丸を見て絶望に身を引き攣らせた。


「大丈夫ですよ。私達は貴方を助けに来ました」


新聞記者をする時に顔に貼り付ける笑顔を引っ張り出しながら、射命丸は若い天狗に優しく声を掛けた。
膝から崩折れそうになった若い天狗の瞳に、僅かながらも希望の色が浮かぶ。


「通り魔は私達が相手をしますから、貴方はこのまま向こうに逃げてください。
 ただし、森の上へ飛ばないように。狙い撃ちされるかも知れませんからね」


森の一角を指し示す。真っ直ぐ進めば五分もせずに天狗の集落に辿りつけるはずだ。
若い天狗は水飲み人形みたいにコクコク頷くと、そのまま射命丸の示した方向へと駈けだした。
ほんの二、三秒で、若い天狗の姿は森の中に隠れて見えなくなる。
それを確認してから、二人は逃げた彼女を背に庇うように森の奥深くを見据える。


気配はなく、音もなく、射命丸には姿も見えず。
しかし森を駆け抜ける風のうねりが、真正面から何かが迫ってきていることを知らせてくる。

椛が小さく、「十」と呟いた。
森はただ静謐で、風が吹き抜ける僅かなさざめきがその静謐さを一層引き立てる。

椛が呟き続ける。「九、八、七」。
いつの間にか日はとっぷり暮れ、森は薄闇に包まれている。
逢魔時おうまがとき、妖怪の時間の始まりだ。

椛が呟き続ける。「六、五、四」。
森は深く、ただ暗い。
かの“迷いの竹林”程ではないが、この“妖怪の山の大樹海”も侵入者を散々迷わせる死の迷宮として名高い。
空を飛べない生物が奥深くに足を踏み入れるのなら、ここに骨を埋める覚悟が必要になるだろう。

椛が呟き続ける。「三、二……」。
ほんの僅か、瞬きよりも短い時間だけ呟きが止まる。
森が完全な静寂に堕ちた。風もざわめきも、止まる。




「礫!」

椛は叫ぶと同時、手近な木の影に向かって身を投げ出した。
射命丸は叫びより少しだけ早く、椛の呟きが止まった瞬間には動いている。

甲高い耳鳴りのような空気を切り裂く音。
木陰から撃ち放たれた礫が今の今まで射命丸達が立っていた場所を通り過ぎた。
数えるのが虚しくなるほどの礫の雨が土を弾けさせ、木を抉る。爆竹を鳴らしたような炸裂音に耳が一瞬聴かなくなった。
一撃受ければ再起不能に成り果てるような死そのものの軍団。しかしそれは単なる牽制にすぎない。
本来の意味の“弾幕”に紛れ、本命が森の闇から躍り出る――――!


「――――!」


射命丸が叫ぶ。叫びは音にはならなかったが、その驚愕は確かに椛の耳を打つ。
見上げれば、本命の敵が槍を掲げて飛び上がっていた。


妙にぼやけたシルエットの敵は、両手に皆朱の大槍を握りしめていた。
そいつの大柄な身体よりもなお長い、戦場以外では何の役にも立たぬような武器だ。

普通ならば、その有様をみて椛は嘲笑っただろう。こんな鬱蒼と茂る森の中、あのような長物は邪魔にしかならない。
振り回そうとして汲々としているところを余裕を持って討つだけだ。
だが、いかなる怪奇であろうか。その大槍は木々を擦り抜けるかのような巧みな動きで一切の遅延無く二人を狙う――――!

刹那、五月雨のような乱突によって地面に十を超える孔が穿たれた。
椛と射命丸が飛び退くのが一瞬でも遅れていれば、二人の顔面に同じ数の孔が穿たれていただろう。
木の根や草に足を取られ、不様に転げ回りながらも二人はなんとか槍の射程圏から逃れた。嗚呼、空の上ならこんな醜態は晒さぬものを!



擦り傷だらけの身体に鞭を打って、跳ね上がるように立ち上がる。
礫の弾幕は誤射を避けるためか止まり、森に束の間の静寂が戻った。

敵が、目の前に立っている。
誰そ彼時たそがれどきの薄闇のヴェール越しに、ついに二人は犯人と対面した。


「……あ」


射命丸の喉から漏れた呻きは、色濃い絶望を帯びていた。

そいつを一目見れば、はたてが「顔を覚えていて服を覚えていなかった」理由はすぐに理解できた。
その身体は濃い霧にも似た何かで包まれていてその向こうはまったく見通すことができない、否、その不定形の霧そのものがそいつの身体であって確かな実体は何処にもないのだ。
服を着る身体が存在していないのだから、服の印象が残らなかったのは当たり前だった。

その霧の身体からは、地面を踏みしめる高下駄を履いた両足と、大槍を握り締める両手と、大空の風を切る一対の翼と、妙に無表情な顔だけが、確かな実体を持ってあるべき場所から生えている。
そして、そいつの、その顔は。紛れもなく、間違いようもなく、確実に。
――――南武恭之介有頭その人の顔を、していた。



「本物の、南武恭之介?」


椛が呻く。

馬鹿な、有り得ない。本物と表現するには、それは余りに異質な姿をしすぎている。
刃物で抉り取られたかのようにごっそりと感情を削ぎ落とされた表情は、どんな天狗にだってきっと有り得ないような、そんなカタチをしている。
少なくとも、天狗ではない。理性と感情を持った生物ではない。真っ当な存在ではありえない。

亡霊、だろうか。椛はそいつの姿を見て、そんな言葉を連想した。
志半ばにして倒れた悲劇の英雄である。世を恨み化けて出る理由など掃いて捨てるほどもあるだろう。
しかし、亡霊としても何かがおかしい。かの西行寺幽々子のような、たしかにそこに存在すると言うような気配が余りにも希薄だった。
分からない、分からない。目の前の南武恭之介のカタチをしたものは、一体いかなる定義を与えられた存在なのか。


「文さん、コイツ、一体……?!」


南武恭之介と向かい合ったまま、視線を射命丸に移して。
そこで、椛は理解のできないものを見た。


だって、あの射命丸文が。いつだって不敵で不真面目な射命丸文が。
いつだって余裕のある態度を崩さない射命丸文が。人望を、頭脳を、能力を、自分に無い物全てを備えた射命丸文が。
何だって出来るくせになんにもしない射命丸文が。誰よりも、誰よりも憧れる射命丸文が。

膝から地面に崩折れて、はらはらと涙を流しているなんて。
そんな姿は想像すらもしたことがなく、だから、椛にはそれが何を意味する光景なのかしばらく理解することが出来なかった。




放心しきった表情でただ涙を零し続け、恭之介を見つめ続ける。
一秒後にはその瞳を槍で抉られかねないこの状況下で彼女がそんなふうになる理由は、椛には理解出来ない。

南武恭之介が右手を頭上に掲げる。
その背後、森のカーテンの向こう側からのガサガサという木ノ葉擦れの音に、椛はその動作の意図を理解する。
合図、だ。恐らくは『撃て』の。
掲げられた腕が更に動いたその瞬間、二人は非生物に加工されるだろう。


「文さん、来ます、如何するんですか――――!」


喉の奥から零れた甲高い声、それはまごうこと無き怯えた悲鳴だ。
眼前に立つは自分など及びもつかぬ怪物、戦場は普段の大空と比べれば余りに狭く不自由すぎる森の中。
死を覚悟するか、絶望のあまりかの理由でへたりこまないだけ椛は優秀だと言ってもいいだろう。

そして射命丸文は――理由こそ二つのうちのどちらでもなかったが――今この瞬間だけは、椛より愚鈍で無能な存在と化していた。


「恭之介さん、やっぱり、恨んで? だったらどうしてあの時? 答えていただけませんか? ねえ?」


目の前の南武恭之介への虚ろな問い掛けの意味は椛には理解出来ない。
分かるのは、今彼女が使い物にならないという事実のみ。
――――それだけ分かれば、行動だけはすぐに決まった。


「ッァァァァァァ!」


絶叫が椛の筋肉を賦活する。全力で地面を蹴って駆け出す――――南武恭之介に背を向けて。
左の腕を千切れんばかりに伸ばして射命丸をひっつかみ、抱え込むようにしながら逃げを打つ。

逃げ出して十歩目、背後で腕が空を切る気配がした。
十一歩目、一発の礫が頭上を掠めて木の枝を砕いた。
十三歩目、飛んでくる礫の数を数えきれなくなった。
十四歩目を踏み出す直前、嫌な気配を感じて僅かに右に身を躱すと、今まで頭のあった位置を礫が疾った。


後から思い出せたのはそこまでで、後はひたすら無心で逃げた。
木の根に足を取られ、転がり、擦り傷を作り、木の葉で頬を切り、転げ回りながら、礫の直撃だけは避けて。


不様に、不恰好に逃げ出した。































◆04−何故彼女は死人しびとを恐れたか◆





混濁し千々に乱れた椛の意識が平衡を取り戻したのは、倒れこむように自宅の扉を押し開いたその瞬間だった。


板張りの床に頬ずりを強制されながら、自分がまだ生きていることをまず理解する。
全身を軽くよじり、痛みに後悔しながらも痛覚が生きていることと身体が動かせなくなるような傷がないことを把握し、同時に耳を澄ませて追手が居ないことを確認した。

そこでようやく自分以外に意識が向かう。
腕の中で完全に意識を失った射命丸の温もりと重みを感じることを今更のように思い出した。
軋む体に鞭打って、何とか起き上がる。世界が斜めに傾いて感じられた。
射命丸は全身に擦り傷切り傷を作っていたが、大きな出血部位や骨折は見当たらない。自分と似たようなものだろうと椛は見当をつけた。

兎に角至急医者に行く必要が無いのは有難かった。
這いずるようにして射命丸を自分のベッドへ引きずって行き、最早限界だったので投げるようにしてベッドに横たわらせる。
そこに覆いかぶさるように椛も倒れこんで、そこで彼女の意識は完全に断絶された。











そして次に目を覚ました時、まだ夜は明けきっては居なかった。
夜空が白く染め上げられ始め、鶏が世界に目覚めを告げようと寝ぼけ眼を擦る時間。

椛が起き上がると、いつの間にやら射命丸は居なくなっていた。
ベッドに倒れこむ姿勢だったはずがきちんと寝かしつけられていて、肌を撫でる風の感触で身体を濡れた布か何かで拭われたこともわかる。
傷も、大きなものは布が当てられ包帯が巻かれていた。
椛はこの家に一人暮らし。で、あるならば、これを為し、たった今も聞こえてくる笛付きやかんの鳴き声を響かせているのは一人しかいるまい。


「椛、お台所、借りましたよ」


椛と同じように包帯を巻いた射命丸文は、普段通りの――――少なくとも表情と態度の上っ面だけは――――様子で台所から顔を見せた。
手にした湯呑からは温かな湯気が上がっている。

差し出されたそれを一口含む。薄い緑茶が消耗した体に染み渡った。

(高い御茶、買っておけばよかった)

そんなつまらない後悔が脳裏を掠めるが、安い御茶をこの上なく美味く飲めたのだと思い直すことにした。
今なら泥水だって甘露も同じ、ならば安い御茶だからと思うこともあるまい。



しばし、無言で御茶を啜る。射命丸と並んでベッドに腰掛け、ゆっくりゆっくり湯呑を干す。
適度に腹が温まり空腹を自覚し始めた頃、ハキハキといつも通りのペースで射命丸が説明を始めた。
とは言っても、射命丸とて少し前に目覚めたばかり。そう大したことをしたわけではない。
簡単な手当てを行った後、簡単な報告書を纏めて配下の烏に持たせたとのことだった。


「報告……ですか」

「見たままを、出来る限り主観を廃して、ね。判断するのは天魔様だから私の推測を交えて混乱させたくはないから。
 身内の天狗ではない、って判断されるでしょうから天魔様も思い切って動けるでしょ。三日以内にケリでしょうね」


にっこりと、射命丸が笑った。
ようやく肩の荷が降りたとばかりに伸びをする。


「なんだかんだと酷い目に遭いましたが、これなら胸を張って仕事をしたと言えるでしょう。
 今日は休みましょうか、報酬には少しばかり色をつけ」

「文さん、誤魔化さないで下さい」


笑顔でまくし立てる射命丸を、椛がピシャリと制止した。
切れ味鋭い視線が、射命丸の瞳を射抜く。

「私は頭は良くありませんけど、そんな事で終わる話じゃないことくらいわかってます。
 何か、南武恭之介とあったんですよね? この間見せてもらった記事でインタビューしてましたけど」

すとん、と、射命丸の表情から笑顔が抜け落ちる。
僅かな苦しみを滲ませた困り顔。それは今まで話さなかったことを話さなければならないという重さから来るもので。
要するに、その射命丸の表情は椛への敗北宣言であった。



「そうね、初めての新聞を作るときの取材相手で、尊敬できる人だった。新聞を作る心構えはあの人に教えてもらったようなものね。
 別段、どうってことじゃなんだけれど――――私はあの人の死に際を看取った」


椛が小さく息を飲んだ。
あの英雄の死に際を看取った。それはこの山の歴史の証人であるということだ。
その顛末を書き記せば、それだけで射命丸自身の名も歴史に残るだろう。

だが、あの南武恭之介の死を看取ったのは一騎討ちの相手の天魔以外には居ないことになっている。
何故彼女はその場に居合わせ、新聞記者としてその世紀の瞬間を語らなかったのか。



「あの戦争の終わり際、恭之介さんの元に天魔様から果たし状が届いたわ。もう残ってる勢力はその二人だけで、ずいぶん長い間拮抗した状態が続いてた。
 恭之介さんは『支配者として人を使う勝負を続けていたが、どうもそれに関しては互角で勝負がつかないね』と言ってたわ。
 だから、最後は、己の命を賭けて、己の全てを比べ合う必要がある。その手段が一騎討ちだったわけ。

 そして私は、恭之介さんに頼まれて立会人を務めることになった。
 嬉しかったわ。私は二人の間に立って立会人をやれる程に中立で、その上でそんな大事なことを頼むほど信頼してくれていたんだから」



そう、嬉しかった。仲間としてではなく、外様の者として射命丸を信頼してくれたことが何よりも嬉しかった。
それは新聞記者としての自分が間違っていなかったことの確かな証明、南武恭之介の侮りが完全に消えたことを実感できた瞬間だったのだから。


「それで決闘の日、私は立会人をやった。恭之介さんは最後に『君の勤めを果たすように』とだけ言ってくれた」


言われるまでもないことだった。新聞記者として観たものを、公平に、正しく、詳しく記憶し書き記し皆に知らしめる。
それはずっと射命丸がやってきたことで、永遠に曲がるはずがないと思ってきた信念だ。そう思っていたのだ、ずっと。


「一騎討ち、凄かったわ。何もかもを搾り出すような闘いだった。
 …………結末は知ってるわよね?」


椛は小さく頷いた。
その一騎討ちに南武恭之介は敗れ、命を落とした。それが語り継がれている『事実』だ。


「天魔様の野太刀で心臓を抉られて、血を吐いて倒れたわ。
 倒れた恭之介さんを天魔様はじっと見下ろしてた。

 私、正直混乱してたけど、なんとか取り乱さずには済んだ。二人共、そういう事は全部納得して一騎討ちをしたんだから。
 一つ違えば立場は逆だった。だからこれはしょうがない結末なんだって思ったわ。

 それでもやっぱり最期くらいはちゃんと看取りたかったから、恭之介さんに駆け寄って抱き起こした。
 ――――どんな顔してたか、分かる?」


椛は小さく、分かりませんとだけ答えた。
椛はかの英雄について人より特別知っているわけではない。
そんな天狗の死に際の顔を分かろうとするのは、無理だった。


「笑ってた。気持ちよさそうな顔してね、私を見て、天魔様を見て、それで事切れた」


それが射命丸の見た伝説の一騎討ちの全て。
その後天魔とともに恭之介を弔い、『立会人として語るべきことを語れ』とだけ言われ、そこで天魔と別れて何もかも終わった。

恭之介の死を彼の仲間達に伝えると、彼らは皆困ったような悲しいような顔をして、小さく笑った。
それ以降、彼らは少しずつ姿を消していった。ある者は幻想郷の外へと去り、ある者は急に老けこんでこの世を去った。
天魔は決して彼らを冷遇しなかったが、それでも彼らは山から消えた。



「しばらく経って、落ち着いて、恭之介さんの死について新聞を書くことにした。
 誰よりも近くでそれを見た私がそれを書かないでどうするのかってね。あの人は逝ってしまったけれど、私の新聞で彼の何かが何処かに遺るのだとしたら、それはとても素敵でしょう?

 でもね、書けなかった」


射命丸の瞳から一筋零れ落ちる涙。
それもまた、椛が初めて知った彼女の一面。


「経緯を書き、一騎討ちの有様を書き、決着を書いて、そして彼の死に様を書こうとした。
 それで、それで、それで……」


射命丸の身体が震えだす。
彼女の身体は普段意識しているよりもずっと小さく弱々しく見えた。
――――昨日の夜からこちら、今まで見たことのない射命丸ばかり見ていると椛は思った。
射命丸文と言う“犬走椛にとっての巨人”のそんな姿を、果たして見たかったのか、見たくなかったのか。それは自分でも分からない。



「なんで最期に笑ったんだろうって。死んでしまうのに、決闘に敗れたのに、どうしてだろうって。
 一番近くで見ていたのに、私はあの笑顔の真の意味を知らない。だから、私はその続きを書けなくなった。

 別に、私の推測で笑顔の意味を書いたって良い。全知全能では在り得ないのだから、そうやって事実の補足を記者が行うのは正しい行いだと思う。

 けど、無理だった、嫌だった。あの人の最期には、きっとあの人の生きてきた全てが込められていた。
 そんな笑顔の意味を私の推測なんかで歪めたくはない。ありのままを伝えきれなくては、私の存在に意味はない!」



搾り出すように、叫ぶ。
言葉にこびり付く絶望が、椛の心をも蝕んでいく。

吐き気のするような憂鬱な気分に耐えながら、椛は射命丸に訴えようとする。
苦悩する必要なんて無い。貴女はそれほどまでに信頼されていたのだ。勤めを果たすようにと言われたのだ。何より貴女は射命丸文なのだ。
あなたの考えるように書けばいい。それが間違っているはずがない。誰にも文句なんか言わせない!

けれど、そんな言葉が空しいことは椛自身がよくわかっている。
射命丸がそんな理屈を理解していないはずがないのだ。死人の意思を確かめる方法なんてもう無い事くらいわかっているのだ。
それでも、南武恭之介という憧れを歪めることが許せない。ほんの僅かも間違いのない真実を伝えられなければ甲斐がない。
とっくに理屈なんかでは語れない話なのだ、これは。


「駆けずり回って、いろんな人に聞いて回って、あの人について書かれた手に入れられる限りの全てを手に入れて。
 直に分かったわ。私にあの人の全てを書くことはできない」


それは三途の川を泳ぎ渡るような所業だったのだろう。
地獄のような苦しみに耐えながら、地獄に向かって泳ぎ続けるような、そんな気持ちで調べまわって、結局地獄のような気分にたどり着いたのだろう。


「筆、折っちゃば良かったのよ。私には真実が書けなかった。勤めを果たせなかった。記者をやっていていいはずがない。
 でも、でもね、新聞書くの、好きなのよ。ホントにホントに楽しくて、充実して、嬉しくて、楽しくて――――」



しゃくり上げる声。そんな彼女の声も椛は聞いたことがない。
嗚呼、今ならば、彼女の気持ちが手に取るように分かる。

――――自分は、この人の事を何も知らない――――

それはなんて絶望的な気持ちなのだろうか。



「新聞は続けたけど、重たい事件のことは書かなくなった。真実を書けない私に人の生き死にや、悪意を糾弾するようなものを書く資格はない。
 そのうち、突拍子のない誇張が混ざるようになった。そうでもしなくちゃ、今の私の新聞はたぶん読まれない。

 今でも楽しいのよ? 新聞を作るのは本当に本当に楽しくて、充実してて。
 なのに、何処かで、引っかかってるの。ずっと」



以前、彼女は「私は新聞記者であることが好きで、新聞記者でありたい」と言っていた。
そんな風に心の底から思っていて、他人の椛にキッパリと言い切れるほどに自覚していて。
なのに本当に求めるカタチには決して近づけない。
自分の首に縄を巻いて走りだすようなものだ。走れば走るほど喉は潰れ、縄に引っ張られて目的地にたどり着くことはかなわない。


「花の異変の時に、閻魔様に会ったんだけど、本当に真実を書くことは不可能だと言われたわ。
 私の感じているものとは少し違ったけど――――嗚呼、でも同じかしら。閻魔様だもの、私の悩みくらいお見通しでしょうしね。

 書くことで、読まれることで、あの人の笑顔の意味は変わってしまう。真の意味よりも、共通解釈のほうが後に真実として語られるのだから。
 だとしたら、私は永遠にこの懊悩と付き合うことになる。何時まで経ってもあの笑顔の意味を皆に伝えられない、必ず変質してしまうなんて許せない。

 それでね、次に会った時には昔の私のように返答してみた。もし真実が変わってしまうとしても、より良い方向に変えていければいいんじゃないかと綺麗事を真剣に答えた。
 それなら、それでいいのなら、書けるかも知れないって思った。それが真実だと悟った気になれた。昔のように新聞を書けるようになれるって思えた」


その射命丸の語り口に、椛はまた一段階憂鬱の色を濃くした。
不自然に早口で、無理に弾ませたその口調。

その正しいとしか思えない言葉は、きっとこっぴどく否定されたのだ。



「三十点だって。新聞によって事件が起きた罪も全て被れ、それはつまり、変わってしまった責任は自分で取れってこと。それだけ。

 ――――無理、よ。あの人を変えてしまうことに私はきっと耐えられない。より良く変える、なんて免罪はなかった! 良いも悪いもない、ただ変えるだけなんて、私には受け止めきれない!」



椛は決意した。閻魔に合うことがあったら命に換えても斬り潰してやると決意した。
変えてしまうことに良いも悪いも無く、ただその責任は受け止めるべき。正論だ。なるほどと納得できる言葉だ。とても正しい論理だ。
だがそれを、その正論をこんなに心をボロボロにしたこの人に突き立てるとは何事か!

射命丸はきっと普段通りの表情で、普段通りの軽口で弾幕勝負でもしたのだろう。
閻魔様のことだから、その裏っかわでどんな気持ちで居たのかも知っていたのだろう。
それが何処までも善意の行いで、何処までも射命丸のことを思った行いでも、椛は閻魔を許さないことに決めた。


「……ずっと、昔の新聞を取ってある。自分でも気づかないうちに、南武恭之介の真意のヒントを書いていたかも知れないから。
 読み返して、やっぱり分からなくて、そんなことをずっとずっと繰り返してた。
 諦めはしてなくても真実に辿りつけるとも思ってなくて、たぶん私はずっとこのままなんでしょうね」

それは諦めよりも質の悪い停滞。諦めて戻ることも出来ず、前に進むことも叶わず、道の真中につっ立ったまま腐り落ちて行く。

「でも」

椛は声を上げた。

「今なら、分かるかも知れません」

そうだ、今なら、今ならば、そんな絶望をひっくり返せる可能性が槍を構えて山を徘徊しているのだ。


「話の通じる相手とも思えませんがね」

「ふん捕まえてしまえばどうとでもなります」

「それが出来ると? このザマで?」


椛と射命丸は揃って自分の体を見下ろした。
疲労が残り、生傷だらけで、あちらこちらを包帯で補強した自分の身体。


「分かるでしょう? 文さんなら」

「全く残念なことに。これなら――――次は、ちゃんと勝負になる」

射命丸は皮肉げに笑った。


昨日の晩の二人は、恐ろしいほど追い詰められた状況にあった。
敵の人数すら把握できず、制空権を握られ地上戦を強いられ、伸び伸びと飛べぬような森の中、相手はそれを意にも介さぬ動きを見せ、極めつけに茫然自失の射命丸を抱えて不様な撤退戦である。

そう、そんなどうしようも無い状況であったにもかかわらず、二人はまだ、生きている。一撃食らえば致命傷になるような、あの天狗礫を一つも喰らっていない。
かの英雄と彼女らの実力にどれほど開きがあるのかは分からないが、あの状況で生き残れる程度の開きならば以前よりも有利な状況を作れれば勝機はある。


「ああ、全く残念ですよ。これで理由をつけて引っ込んでいる事が出来なくなってしまった。
 私達で相手が出来てしまえる。報告を済ませた以上何をしようが自由。決着を妨げるものなんて何も無い。

 …………こんなに怖くて、嫌で、逃げ出したいのに」


決着がついてしまうかも知れない恐怖に足が竦む。腐っていく自分に慣れすぎて、今更真っさらに戻ってしまうことが恐ろしい。
けれど、それでも、あの頃のような気持ちで新聞を書けるのなら。こんなにも好きな事に負い目を感じなくて済むのなら。



「行きましょうか、椛。手伝ってくれる?」

天魔うえの命令書、まだ生きてます?」

「どっちなら付いて来てくれるかしら」

「失効してなかったら命令書には逆らえません。失効してるならアレの顔色を伺わないで済むので万々歳です」

「すっかり不良みたいな言い方するようになって」


二人してクスクスと笑いながら、ベッドから立ち上がる。
嫌われていた頃から考えればずいぶん変わったものだと、射命丸は思った。



























◆05−そもそもそれは死人しびとだったか◆






蒼色で染まり始めた空を射命丸文と犬走椛が舞い、昨日の晩、南武恭之介の亡霊に襲われた辺りの空域を旋回し眼下の森を捜索する。


しかして、それは昨日の亡霊を見つけるためのものではない。
より攻撃的な一手を打つための、下準備だ。

「椛、誰か居た?」

「見当たりませんね。よほど上手く隠れているのでなければ」

「ありがと、下がってなさい」

椛に距離を取らせ、射命丸ははその場で“力”を収束し始める。


狭苦しい森の中と言うフィールドは、自分達弾幕少女には向いていない。
開けた場所で、広がる大空で戦うのが彼女らの流儀だ。
しかし相手はそれを許すまい。妖怪の山とその周りはずっと広大な森が広がっているのだから、そこに潜んで近寄ってきたものを討ち取る、そんな確実な姿勢は崩すまい。

ならば、そういう舞台を作って引きずりだしてやるまでだ!
眼下の森には誰もいない、遠慮は不要。隠れているのならついでに始末をも付けてやる!


竜巻「天孫降臨の道しるべ」



厳かな宣言と同時、暴風が射命丸を中心にして渦を巻いた。
たちまちのうちに渦は大地を貫く大竜巻へと成り上がる。弾幕ごっこでの射命丸の決め技の一つだ。
だが、それは次第にそれどころではない威力を示し始める。

竜巻は徐々に巨大化し、土を草を木を巨木を舞い上げ地形を変えていく。
最早災害と化したその大竜巻の中で舞い上げられた諸々がぶつかり合いこすれ合い、静電気と摩擦熱の発火で眩く光る。
高天原の神々すらも目印とするような巨大な破壊の渦が妖怪の山の一角を暴力的に抉った。


たっぷり数分ほども大地を竜巻が蹂躙し、ようやく収まった。
竜巻を消した射命丸は、びっしりと玉のように浮いた汗を拭いながら自ら“整地”した場所へと舞い降りる。
大地は何もかもがひっくり返されぶちまけられ、驚くほど広い荒地がそこにはある。


射命丸は攻撃的な笑みを顔に浮かべる
さあ、貴方達の潜む場所はこんなにも理不尽に壊された。
早く討ち取りに来ねば虱潰しに同じ事をやって何処までも何処までも追い詰める。
それとも奇襲を受けて、その身を竜巻の中に散らしたか!



椛も隣に降り立ち、周囲を警戒する。
立っているのは切り開いた大地のど真ん中。周囲の森の何処から襲ってきても、余裕で対応できる位置。
しかし、襲撃は二人の思いもよらぬ場所から行われる。



射命丸の目の前を、白い煙の欠片が横切った。
大竜巻の余韻の風に乗るその煙の色に、何か違和を感じる。
見たことがある。つい最近、こんな色合いの煙を――――。

そう思う時間も僅か。何処からともなく集まってきた煙達が一点に寄り集まり始める。
それはまるで何かの力で散り散りになったそれが元の形を取り戻そうとしているようで。
煙は十の塊に別れ、各々に元々与えられていたカタチを再生していく。

人間大の煙の塊、地面を踏みしめる高下駄を履いた両足と、大槍を握り締める両手と、大空の風を切る一対の翼と、妙に無表情な顔。
そう、それは昨夜遭遇した。


「ッ! 南武恭之介!」


それだけではない。その背後には同じような姿の、別の天狗の亡霊が次々と現れていた。
その数九人、南武恭之介と合わせて計十名。

「なるほど。礫を撃ってきてたのは後ろの方々ですか」

半身を切って戦闘態勢を整えながら、射命丸が呻く。
背後の者たちの顔も、彼女はよく知っていた。
射命丸が何度も何度も取材した南武恭之介の側近、いずれ劣らぬ豪傑ばかり。


「て言うか文さん。亡霊って、こんな散り散りばらばらから復活するものなんですか?」

「さて? 西行寺さんはもうちょっとしっかりした実体からだを持ってたと記憶しているけどね」


こうして太陽の下で見てみれば、彼らの姿は一際異様であった。
今まで亡霊と思いそう表現してきたが、西行寺幽々子のような亡霊とはあり方が違いすぎる。
もし今の現象が「竜巻でバラバラにされながらも再生した」という事象であるとするならば、それは射命丸たちにとって不利なことだ。
アレだけの威力を受けても再生可能であるならば、二人の力では勝負が成立してもトドメをくれてやる事が出来ない。なんというイカサマか。

舌打ちをしながら、兎に角一撃食らわせてやろうと射命丸が葉団扇を振り上げた、その刹那。


頭上から飛来した別の一撃が、眼前の敵を一瞬で粉砕した。


「ッ?!」


炸裂する土塊から顔をかばう二人の喉からは驚きの叫びが疾ることはない。
余りに突然のことで、喉から漏れるのは詰まった息が喉を鳴らす音だけだった。

その一撃は先程の射命丸の竜巻と比べればささやかで、一瞬で、単純で、しかしその威力はあの竜巻を一点に集めたものよりなお強い。
無骨な一振りの野太刀によって生み出されたその暴力は、その余波だけで南武恭之介のみならずその取り巻きをも完全に粉砕せしめていた。

野太刀がゆっくりと持ち上がる。
そいつを握りしめているのは、見上げるような背丈の大天狗。猛禽を模した頭巾を被った、その男。


「「天魔様!」」


そう、それは正しく妖怪の山の頭領、天魔その人であった。
普段の礼装ではない、南蛮渡来の技術で鍛えあげられた甲冑を纏ったその姿に、椛は思わず震え上がった。


「射命丸、大儀であった」


あいも変わらず抑揚と感情の見えない声で言う天魔に無言で頭を下げながら、射命丸は胸中でほっと胸をなで下ろした。

(博打には勝ったわね。間に合った)

アレだけ派手な竜巻を作れば、妖怪の山中がこちらに注目することだろう。
その上で、天魔が予め送っておいた報告書に目を通していてくれていたならば、きっと状況を理解して自らこちらに向かってくれるはずだ。
ちょっとした博打に勝利して、現在の妖怪の山で守矢の神と並ぶ最大戦力である天魔をこの闘いに引きずり込むことに、射命丸はまんまと成功したのである。


天魔が無言で僅かに身を屈める。その肩に載っていた小柄な誰かがそこから降りて射命丸の前に立った。


「ふむ、なるほど。貴女が“助っ人”でしたか。お久しぶりです、古明地さとりさん」

「はい、お久しぶり。色々厄介ごとを抱え込んでいるようで何よりです」

旧地獄の首魁、地霊殿の主人あるじ、心喰らいのサトリ妖怪古明地さとりはすこしばかりおどけた調子で射命丸と椛に頭を下げた。


「文さん、この方は?」

「地底の妖怪の偉い人。心を読むから失礼なことは……考えちゃったらしょうがないわ」

「『そう言われたってどうすればいいんだろう』ですか。お気になさらずとも結構ですよ。慣れてますから」



軽く挨拶を交わしつつも、射命丸は腹の底で『彼女が助っ人である理由』を探り始めた。


古明地さとりは直接切った張ったをするのに向いた妖怪ではない。
しかし彼女は問答無用で他人の心を読む事のできる能力を保持している。
犯人を捕まえた後などならば、彼女ひとり居れば犯人の背後関係は割れたも同然だ。

よくよく考えれば、身内の犯罪者を「捕まえられないので助けて欲しい」なんて借りの作り方は、どう考えても恥ずべきものだ。
自らの手で捕まえた後、背後関係を探る事の手伝いを頼むと言った程度の協力が一番角が立たないやり方だろう。

しかしまあ、かつて忌み嫌われた妖怪達を排斥し地下に追放した者の中には妖怪の山に住む者達も多数居たというのに、協力を要請する天魔もずいぶんと神経が太い。
地霊騒ぎの時に射命丸が「彼らは地底に根付き、最早恨みを持っては居ない」と報告したことが一因なのであろうけれど、受ける方も受ける方だ。


ぱち、ぱち、ぱち、ぱち。

「よく出来ました、射命丸さん。貴女が天魔さんの期待通りに犯人を突き止めたおかげで、無駄足を踏まずに済みましたよ」

両手を叩き合わせながら、さとりが射命丸を賞賛する。
射命丸は顔だけは笑顔を保ちつつ、何が期待通りか。下調べなどと言っておきながらもっと色々やらせるつもりだったとは、と小さく悪態をつく。
さとりは当然その思考を読心したが、空気を読んで黙っていてやることにした。


「射命丸、さとり殿、挨拶は終わったか」

話が終わったのを見計らって、天魔が会話に参加した。
今の今まで敵が存在していた空間を凝視したままに。


「真逆これで終わるような相手に苦戦してはいるまいな?」

「これで倒せるなら先ほどの竜巻で終わっていますよ。今のところ、決め手がありません」

「――――下がっていろ。巻き込む」



射命丸、椛、さとりの三人が、弾かれるようにその場から離れた。
先ほど吹き散らされた煙が最結集し、南武恭之介と九人の部下の姿を顕現する。
天魔が野太刀を振り上げ、殺意を刃に宿らせる。



爆発音。



槍と野太刀がぶつかり合った金属音をそう表現せねばならないような闘いを、椛は今まで見たことがなかった。

嵐のような礫の斉射を天魔は豪風の壁で防ぎきり、返す刀で手近な敵を一人斬り倒しながら、真言を唱えて印を切る。
灼熱地獄の炎と見紛うような天狗火が三発ほど炸裂し、爆心地の辺りに立っていた六人の敵が跡形もなく消え去った。
爆炎を振りほどくように駆けながら、南武恭之介の亡霊が槍を掲げて天魔に向かって突っ込んでいく。
槍の刃金と野太刀の刃金がぶつかり合う轟音が、瞬時に七度響き渡る。

ここまでの動作にかかった時間はおおよそ呼吸一回分。
闘いはそこからさらに早回しされ、射命丸ですらその戦いを目視することは難しい。
もっとも、目を瞑っていたとしても轟音と暴風がその戦いの有様を克明に伝えてくれている。


かつて射命丸の見た妖怪の山最大の決闘は、今まさに目の前で再演されていた。



「参ったわね、ここまでのレベルになると割り込めない」


流れる冷や汗を拭いながら、射命丸が呻く。
こういった単純な力比べの形になると、射命丸の疾さを以てしても結果的に天魔の足手纏いになってしまう可能性が高い。
さとりは先程も言った通り荒事向けの妖怪ではなく、椛ではそもそも実力が圧倒的に不足していた。


「作戦変更、ですね。さとりさん、あちらの亡霊の心、読んでいただけません?」


戦場を指さしながら、頼む。
直接割り込めないならば、別の手を考えるしか無い。
あの亡霊が何を考え、何を目的にして動いているのかが分かれば、ひょっとしたら止める術が見つかるかもしれない。

さとりはコクンと頷いて、胸元にぶら下げられた“第三の目”を手に取った。
無数の触腕を備えた不気味に蠢く瞳が、嵐舞う戦場をじっと見据える。
他人の心の底を白日のもとに暴き出すその瞳が、悍ましい怪しさを湛えて煌めいた。

射命丸が小さく息を呑む。
ついに、ついに数百年にも渡る懊悩に決着を付ける時が来た。
知れるのだ。知ることが出来るのだ。死したあのひとが一体何を思っていたのか知ることが出来るのだ!
けれど、さとりの口から零れたのは。




「――――文々。瓦版、創刊号。創刊の挨拶に変えて。
 ……今、妖怪の山は戦争の只中にある。私が筆を取り、この原稿をしたためている理由は――――」




「は?」

「え?」


椛が以前読ませてもらった、射命丸が何度も読み返した、射命丸が自ら書き綴った、その文面。


「私の、新聞?」


射命丸の独り言のようなつぶやきに、さとりは律儀に答える。


「虚ろ、空っぽ、がらんどう。そんな心の中に新聞と原稿が浮かんでいますね。
 ああ、成程、付喪神の類ですね、これは。意思が宿りたての器物はこんな感じになります」


付喪神と言う単語に、射命丸は命蓮寺と守矢神社を行ったり来たりする化傘妖怪を思い出す。
自分の古新聞がああいうものになったということか。
しかし、新聞自体は射命丸の“資料室”から動いてはいない。それに、アレがそんな範疇に収まるような小さな存在とはとても思うことは出来なかった。


「説明は付きますよ? 少しばかり推測は混じりますが」


言葉として口に浮かばぬ思考を読み取って、さとりが先に返答・・・・する。
無言で先を促すと、さとりは学徒に講義するように説明を始めた。眼前の闘いを悠然と見つめながら。



「新聞とは何を売っているのでしょうか? 紙? 新聞紙は便利ですけど、違いますよね?
 書いてあることを読むことに、人々は対価を払う。新聞の本質と言うのは情報なんですよ。

 アレは情報の付喪神。本来媒体なくして存在できぬモノのひとり歩き。

 能力は――――私達風に言うのなら、『情報を再生する程度の能力』でしょうか。
 天魔さんの戦っている相手はつまり、新聞に書かれたことを再現しているに過ぎない。斬られて壊れても、もう一度再現しなおせば元通り」



闘いの天秤は亡霊側に傾き始めていた。
斬っても斬っても亡霊は数を減らすこと無く、疲れも恐れもただ天魔にのみ蓄積していく。
天狗礫の豪雨を受け止めるための風の壁も、勢いを減じ始めていた。


「それは、可奇しいです」


椛が口を挟んだ。


「意思が宿りたて、って言いましたよね。そんな若い付喪神の強さではないはずです」


そんな相手に、自分はともかく文さんが遅れをとるものか。
そんな椛の思考にさとりは心の中だけでくすりと微笑った。



「射命丸さん、貴女はとても良い新聞記者なのですね」

「ッ」


さとりの一言に射命丸は頭を抑えてふらついた。さとりの言葉が耳に届いた瞬間に全身を走り抜けた強烈な不快感に吐き気を催す。
その一言は、今の射命丸には痛烈な皮肉としか受け取れない。
それを分かっていながらさとりは敢えてそう言った。嘘など吐いてもしようがない。



「貴女の原稿は、貴女の記事は、とても事実に近かった。とてもとても近かった。
 だからただ再現するだけであれほどまでの現実感を持ち、あれほどの強さを持っている。

 誰も彼も、納得してしまうんですよ。貴女も私も天魔さんも、ひょっとすると世界そのものさえも、あの人はこんなに強かったのだと。
 納得してしまう私達の想いが、あの幻影の強さを高めている。強いはずだという納得が、僅かな力しか無い幻影を怪物じみたものに変えてしまった」



そしてその納得はもう引っくり返すことはかなわない。射命丸の記事は余りにも事実に近いから。
強いという事実への納得を、弱いという虚構で塗り替えることはできない。事実を書いた射命丸の記事より他人を納得させる虚構はきっと誰にも作れない。

もしも射命丸の新聞が不出来なものであったなら、あるいは幻影は朧で納得を得られず、力を発揮できなかったかも知れない。
射命丸が新聞記者として抜きん出ていたからこそあの幻影は本物と同等に強いのだ。



「貴女はずっとあの新聞を、求める答えのために何度も読み返していましたね?」


さとりが見ていたように射命丸の秘密を語ることは、もう驚かない。
さとり妖怪と言うのは、元々そういうものだ。こういう時は情報の齟齬が発生せず、話が早くて助かる。


「何度も繰り返されたその行為は最早呪いに近く、その呪いはそのまま付喪神の行動原理となった。
 南武恭之介を再現する。再現して疑問の答えを得る。心すら持たないあの付喪神の、その行動原理は恐らくこれなのですよ」


そして、再現するための情報は新聞の記事内容以外に無く、新聞の内容はほぼ全ては戦争の中の出来事だ。
結果として、再現された南武恭之介は森の中でひたすら戦争を続ける存在へと堕してしまった。



「つまり、私はアレを見て恭之介さんの笑顔の真実を知らればならない。そうしなければアレは止まらない。そういう事ですか?」

「あの戦争装置で知ることが出来れば、ですがね」



そんなことが出来るはずもない。
南武恭之介は戦争をするだけの存在ではなかった。長く生きて、友人が沢山居て、山の将来をよく考えた人だった。
あれは、断じて、南武恭之介と言う人格の再現ではない。単なる“戦闘行為”のリピートでしかない。

そんな不様なものがまるで南武恭之介のように振る舞うことが、射命丸にはどうしても耐えられない。
自らの感傷がこんな事態を作ってしまったという罪悪感と恐怖、全身を蝕む吐き気と目眩と倦怠感、それら全てに全力で抗う。
あんなものに動揺して取り乱した自分をどうしようもなく恥じる。その羞恥が、それを繰り返すまいとする気持ちが今現在の射命丸を強く支えた。
アレが自分の不様さによって生まれたものなら、もうヘたりこんでなどいられない。それに。

(昨日の夜からこっち、椛に駄目なとこばっかり見せっぱなしだしね)

すっかり色々世話になったのだ。少しくらいはいいとこ見せて、期待に応えてやらねば女がすたる。

射命丸はふらつく足元にありったけの力を込めて、出来うる限り冷静に、いつも通りの態度を取ろうと努力する。
その試みは成功した。さとりに向かって問いを放る。


「新聞の本質は紙にあらず、情報である。なるほど、あれが独り歩きし始めた情報だとするならば斬るのは無意味。
 しかしです、本質が情報でも媒体がなければ結局誰にも読み取れない…………新聞の紙という媒体を破壊してしまえば、情報であるあの幻影は存在できない、ですね?」


「私は付喪神の専門家ではありませんが、その考え方は恐らく正しい。
 あの付喪神は貴方の家の新聞以外が媒体ではまず在り得ないでしょう。貴方の家の新聞を破壊すれば、消えます」
 


さとりは、断言した。
ならば、やることは決まっている。


「ならば、手分けをしていきますよ。向こうも消されたくない以上妨害は必ず行うわ。
 椛、貴女にはそれを食い止めてもらう」


射命丸は未だ戦い続ける天魔に視線を向けた。あれほどに強大な大天狗・天魔は、幻影の群れに追い込まれ危機を迎えつつあった。
その様子を見る椛には恐れの色はない。
もしあれが記録の再生であり、本体である新聞を叩かぬ限り倒せない存在であるならば。


「了解です。天魔様よりは、私が当たるべきでしょう」


妖怪の山の最高位にある天魔よりも、下っ端哨戒天狗の椛こそがアレを食い止めるのに相応しく、有効なのだ。



























◆06−死人しびとの思いは何処に有ったか◆






(持って五分か)




砕ける大地、逆巻く風、金属同士がぶつかり合う炸裂音の只中で、天魔は自分が生きていられる時間をそう判断した。
南武恭之介の幻影が後退する。追いかけようと一歩踏み出したその瞬間、自分を取り囲む配下の天狗の幻影達が次々に礫を撃ち放った。
渦巻く風を身に纏い、礫を片端から弾き返す。しかしその風の壁も、戦い始めた時から比べればひどく弱々しく頼りなさ気だった。

かつてのままの強さの南武恭之介、それと互角だった自分、ちょっとしたツキの有無で生死が決まるパワーバランス。
そこに介入する南武恭之介の仲間の幻影が均衡を崩し、斬っても死なぬという出鱈目が最終的な勝敗を決定づけていた。否、それだけではなく。


(腑抜けたものだ)


天魔は自嘲する。本来路肩の石のような雑魚が増えたくらいで揺らぐほど低いレベルでの拮抗ではないのだ。

天魔と言う天狗は戦争が終わってからこちら、ずっと山の統治者として生きていた。戦時下ではない、平和な山をずっと統治してきたのだ。
当然、緩んだ。他人から見れば厳しく寡黙で恐ろしい天狗であることは間違いなかったが、それでも戦時よりはずっと寛容で甘い存在になり果てていた。
当たり前だ。平和な世界で戦場のあり方を実践しつづけるのは、物狂いだ。それでは誰もついてこない。
山を統べる者として、天魔は必要な分だけ腑抜けることを許容した。


結果は、このザマだ。このまま力比べを続けていては、いずれ討たれる。
一度引くかとも考えるが、そろそろ逃げきるだけの余裕も無くなり始めていた。
古明地さとりや射命丸文、その部下の白狼らを庇って逃げようとすれば結局皆殺しにされるだろう。

(儂が残るが正着)

この幻影を食い止められるだけの実力を持っているのは自分だけ。ならばここで死ぬまで戦い、残る三人を逃がすべきである。
この犯人の情報を射命丸が巫女なり賢者なりに伝えれば、恐らく事件は解決するだろう。
身内の不祥事を解決できずに恥を晒す形になるが、しようがあるまい。後継者をきっちりと育てていなかったのは失敗であった。古明地さとりはこのようなことになって機嫌を損ね、友好を反故にしまいか。
野太刀を振るいながら死後のことを思案する。自身の死については特に考えない。考えたところで死後の山の統治が上手く行くわけでもないからだ。

さて、そろそろ三人を逃さねばと天魔が思ったその時、視界の端に何処かへと飛び出していく射命丸が写った。
痴者! と怒鳴りつける暇もあらばこそ。その動きに天魔が気を取られた隙を突いて、三体の天狗の幻影が射命丸を追いかけて飛び出した。
――――その姿に、疑問を覚える。幻影共の追いかけ方が迅速すぎる。あの無表情な顔の裏に焦りが覗いたような、そんな錯覚が――――




脳符「ブレインフィンガープリント」





幻影達と天魔との間にさとりの妖力弾が撃ち込まれる。それは一呼吸後の間を置いて炸裂し、土塊と粉塵を巻き上げた。
砂埃から顔を庇いながら、天魔は大きく飛び退く。


(何だ)


胸中には疑問。二人の出鱈目な行動への疑問。
さとりや射命丸は決して愚か者ではないし、焦りや恐怖で判断を違えるような小物でもない。
二人の行動には合理的な理由がある。だがそれは、何だ?

その疑問は、今の弾幕に紛れて目の前に現れた白狼天狗によってさらに大きくなった。

そう、天魔の前に犬走椛が立っている。
左手に盾を構え、天魔に背を向け、堂々と。
あろうことか、その小さくひ弱な白狼天狗は、天魔を庇うように南武恭之介の幻影と相対したのだ。


「下がれ」


即座に告げる。自分と互角以上の存在に対して、この白狼は余りにも無力だ。
敵とぶつかり合えば半秒と持たず体の中身をばら撒くことになるだろう。
どういう意図でこんな無謀に及んだかは分からないが、無駄にただ死ぬような浪費は天魔の好むところではない。

しかしそのちっぽけな白狼天狗は、犬走椛は、己より遙かに強い敵を前にしながら、己より遙かに強い天魔に向かって堂々と宣言する。

「天魔様こそお下がりを」

と。


「古明地さとり様の協力を得て敵対勢力殲滅の手段を確保。射命丸文は実行のために行動を開始しました。
 …………文さんが全てを終わらせるまで数分、それだけ持たせれば勝ちです」

「お前に出来ると思うか、小娘」


天魔の瞳が熱を帯びる。普通の天狗なら一発で竦み上がって動けなくなるような怒りの色。
だが、椛はその焼けつくような視線を背中で受け止めながらも、迷うこと無く宣言した。

「貴方よりは、持たせます」

天魔の視線が、さとりの方へと移る。
古明地さとりは何の動揺もなく、ただ静かに状況を見守っていた。

彼女の事を深く知っている天魔ではないが、それでも冷静で理知的な才女であることは分かっている。
そのさとりが止める様子が無いと言うことは、つまり犬走椛の言動には合理的な理由があるということに他ならない。


「好きにせよ」


天魔が翼を一打すると、その推力で巨大な身体が雷のような勢いで後退した。
巻き上がる風すら置き去りにしてさとりの位置まで一瞬でたどり着く。
さとりはそんな天魔を横目で見て、お疲れ様でしたと少しばかり慇懃に挨拶した。


「何を企んでいる」

「いえ、私は部外者ですから。あの自信は彼女ら自身に起因するものですよ。
 まあ何にせよ心配はご無用。犬走さんと射命丸さんの論理ロジックは間違い無く正しいのですから、敵を喰い止められぬ道理がありません。
 それに」


さとりの第三の目が、見つめる椛の心を暴き出してさとり自身の心に焼き付ける。

(文さんはずっとあんなボロボロの心のままで過ごしてきた。文さんが受け取るべき栄光も喜びも、ボロボロの心が台無しにしてしまった。
 文さんがあんなふうにボロボロになってしまったのはお前のせいだ。お前さえいなければあの人は。私は、あの人のために、お前を)

椛の胸中を渦巻く感情は怒り、そして嫉妬、そして闘志、そして憧れ、そして自身にすら理解できぬ煮えたぎるような気持ち。


「あんな気持ちで戦うひとがつまらないカタチで死ぬような、そんな道理はこの世のどこにもありはしない」

そう言って、さとりは不敵に微笑んだ。







風が戦場を荒々しく撫ぜる。
舞い上がっていた砂埃のベールが剥ぎ取られ、南武恭之介の幻影と椛がお互いをしかと確認した。
幻影は天魔が後退したことを気にも止めない。代わりに立ちはだかるのが遙かに小さく弱々しい椛であることなど気にしない。
自動的に、自らに記録されたやり方通りに眼前の敵を殺戮する。それが彼らの行動原理。

それを繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して。
その行為にどんな意味があるのかを思考する能力は、未だそれには存在しない。
だからあくまで自動的に、幻影は自らに記録された戦争を再現した。




六体の天狗と、ひとりの南武恭之介、計七つの幻影が天狗礫を放つ。
真っ直ぐ椛に向けられた七本の右腕から弾かれるように礫が飛ぶ。それは忽ち弾丸と化して棒立ちの椛を撃ち貫かんと駆けた。
一般の伝承として語られる天狗礫とはもはや別物と成ったそれは、瞬き一つよりも短い時間で椛に食らいつくだろう。

椛はその礫をただじっと見つめている。回避するならば放たれた瞬間に飛び出していなければ間に合わない。防御しきれるだけの力は彼女にはない。
天魔には一瞬後の椛の有様がありありと想像出来た。


にもかかわらず、その天魔の眼前で礫は椛をすり抜けた・・・・・
立ち尽くす椛のいるその場所を、何の抵抗もなく礫が通り抜け虚しく大地を穿つ。

(――――!)

無論、その瞬間何が起こったのかが解らぬ天魔ではない。
椛はただ単に一歩分だけ身体を右にずらした、それだけである。
椛の身体という一点に礫が収束するのなら、別段慌てて回避する必要はない。一歩だけ横にずれて収束点から離れれば決して礫は当たらない。
事実礫は椛を掠めるように収束し、そのまま明後日の方向へばら蒔かれた。


落ち着いて行ったその動作は天魔にもよく見え、その回避方法は理屈で理解するのは簡単だ。
けれども、それは理屈として合ってはいても決して試みてはいけない方法だと天魔は理解していた。



たしかにその躱し方は華麗だろう、能率的だろう、成功し続ける限り敵を足止めできるだろう。
しかしこんなギリギリの回避法は敵弾の僅かな振れであっさりと瓦解する。
ほんの僅かな読み違いが、死に直結するのだ。

万が一にも皮膚を掠めれば、痛みと出血が集中力を削ぎ被弾の確率を高めていく。
おおよその結果として体の末端に礫が食い込み、動けなくなってトドメを刺される。
大概の場合、頭蓋なり心臓なりに突き刺さってそのまま死ぬ。

そんな恐怖に耐えながら、超高速の敵弾を観察し適切な行動を選択する集中力を維持し続けることが、この戦い方には必須なのだ。



そんな狂気じみた意志力を持ったことを前提とした戦い方は通常考慮しない。
天魔の知る敵の攻撃への対処法とは、絶対に当たらないように大きく回避するか、同等以上の力で防御するか、先手を取って相手を殺すかそのいずれかだ。それが常識だ。
あんな生死を賭けた博打を打ち続けるようなやり方は、真っ先に切り捨てられるべきなのだ。

しかし椛は、下っ端哨戒天狗の犬走椛は、放たれ続ける攻撃をぎりぎり掠めるような形でいなし続けている。
その表情には一欠片の恐れも動揺もなく、只々冷静に礫を躱し続けている。


「どうです天魔さん。あれが、あれこそが弾幕少女わたしたちのやり方なのですよ」


少しばかり得意げなさとりの言葉が天魔の耳に届いた。


「確かに犬走さんは弱い妖怪です。反撃を試みても恐らく簡単にあしらわれ、一つの被弾で虚しく死ぬ、そんな小さな天狗でしょう。
 弾幕ごっこの腕だって、そんなに上等なわけではない。下から数えたほうが早いでしょうね」


幻影達が礫の撃ち方を変えた。敢えて椛を狙わずに、彼女のいる空間を制圧するために礫をばら撒く。まるで巨大な散弾銃が放たれたようだ。
しかし椛は慌てることなく緩やかに後退した。広がる礫の隙間に体を滑り込ませてその全てを回避しきってみせる。
広々とした戦場をフルに使うことで、回避不可能と思われた制圧射撃は単なる隙間だらけの弾幕へと堕した。



「けれども、弾幕少女わたしたちは皆、あんなふうなやり方の決闘を毎日毎日何度も何度も繰り返している。
 妖怪の賢者ですら妖精に撃ち取られてしまう可能性のある決闘遊びを、誰も彼もが何十何百とくぐり抜けている。その結果、十把一絡げの白狼天狗でも百戦錬磨の経験を持つに至った」



南武恭之介の幻影が飛び出して、手にした大槍を椛に振るう。
岩盤すら貫くその連突も、椛にとっては脅威ではない。
要するに、槍の長さと南武恭之介の腕の長さ、それに一度の踏み込みの距離を合わせたものよりもほんの少しだけ長い距離を保っているのなら、鋒は永久に椛に届くことはないのだ。
光の速度で何処までも伸びる魔法使いのレーザーや、死角から自在に迫る巫女のアミュレットに比べればずっと対処はしやすい。
追う南武恭之介の行動をつぶさに観察しながら、椛は戦場を縦横無尽に後退し続ける。



「相手の幻影がいくら強くとも、結局その戦い方は何百年も前のリピートに過ぎない。
 何百年も進んだ戦い方を身に付けた弾幕少女わたしたちを討ち取るには、余りにも柔軟性が足りない。

 この、私達好みの障害物のない戦場におびき出された時点で、あの幻影に勝ちの目はなかったのですよ」



さとりの言葉と眼前の光景の意味を、天魔は静かに理解した。
かつて妖怪の賢者が命名決闘法スペルカードルールと弾幕ごっこを普及し始めたときは、単に派手好みな女怪達の酔狂としか思っていなかったが。
なるほど。遊戯であるとは言え彼女らが日常的に行っていたのは決闘であり、それはつまり妖怪が腑抜けぬための闘いであり、何時か何かが起こってしまったその時のための訓練でもあったのだ。
天魔は弾幕ごっこについては自分には関係のないことと意識を向けることは無かったけれども、こういうことであるならば。


「知っておかねばならないな、ですか」


心中の言葉の代弁を聞いて、天魔がぎょろりと瞳だけをさとりに向けた。
さとりも得意げな両の瞳だけを天魔に向けている。


「それなら今度、少しばかりご教授差し上げましょうか。遊び相手は多いに越したことはありませんし。

 …………ああ、別に貸しにするつもりなんてありませんよ、こんな事くらいで。
 美味しい洋菓子でも奢っていただければ、それでチャラです」


「――――部下に菓子作りを趣味にしているものがいる。必要と有らば用立てよう」


ちょっとした茶目っ気を至極真面目に返されて、さとりは思わず吹き出した。


その眼前で、先程よりもずっと静かな戦闘が淡々と続けられている。
弱くて小さくて反撃すらままならぬ白狼天狗犬走椛は、確実に英雄南武恭之介を封殺しきっていた。









































真っ青に染め抜かれた空に黒い翼が舞う。
背後から次々に飛来する礫を錐揉上昇で回避しながら射命丸は小さく舌打ちをした。
追っ手は三体、回避に専念すれば恐ろしくもないが、逆に言えば回避を疎かにするのは少々危険を伴う相手ではあった。
少しずつ自宅への距離を詰めてはいたが、あまり長引かせるのもよろしくない。椛だっていつまでも耐え切るわけには行かないのだ。


射命丸は数十発の妖力弾をばら撒いて牽制するが、それらは全て切り払われて霧散する。
効果のある攻撃を行うには一旦相手に集中しなければなるまい。とは言え撃ち落としてもすぐに再現し直せる相手ではさして意味が無い。
やはり攻撃を回避しながらジリジリ自宅へ近づいていくしか無いか、そう思った時だった。


パシャッと言う聞きなれたシャッター音と共に、追いかけてきていた幻影の一体が掻き消えた。


「え?」


という射命丸の呟きが音になる頃には、続けざまシャッター音で残りの二体も消えている。
ややくぐもったシャッター音は完全な機械音ではなく、写真を撮ったことを示すためにわざわざ録音した音を流したものだ。
そんな回りくどい事をするカメラの持ち主は、射命丸の知る限りでは、ひとり。


「はたて!」

「ヤッホーッ! 正義の新聞記者はたて☆スポイラーただいま見参!」


何時もの折りたたみカメラを構えた姫海棠はたてが文の頭上で妙なポーズを決めていた。


「貴方、どうして」

「情報収集飽きたしさ、直ったカメラ受け取って様子見に来たのよ。
 せっかく新兵器も完成したんだし。幽霊相手と予想を立てて大正解ね」



はたての指の上で、小さなカメラがくるくる回る。

六日前、射命丸と別れたはたてはにとりの工房に寄ると、修理を頼んでいたカメラについて一つ注文を付けておいたのだ。
「幽霊を何とかしたいんだけど、カメラに吸霊機能とかつかない?」と。
犯人と南武恭之介に先入観を持たないはたては、犯人が南武恭之介の亡霊だと決めつけてそれへの対処法を準備していたのである。
直接目撃したことのあるはたてにしてみれば、アレが単なる仮装や成り済ましの類だとはどうしても思えなかったからであるが、結果としてはそれほど的を外れてはいなかった。

元々写真機は魂を吸い取るなんて言う物騒な幻想を帯びていて、なおかつ天狗のカメラは弾幕を写真の中に取り込んでしまう機能を持っている。それを利用すればはたての望む機能は簡単に追加することができた。
かくてにとりの技術によって、はたてのカメラは幽霊を取り込む吸霊カメラへと生まれ変わったのである。



「でもこれ、南武恭之介じゃないわよね。ひょっとして別口?」

「いーえ、同類。ついでにも一つ訂正するとね」


射命丸はついさっきまで天狗の幻影が存在していた位置を指さした。
そちらを見たはたての瞳に映るのは、何処からともなく現れた白い煙によって再構成されつつある幻影の姿だ。


「厳密には幽霊じゃない。大元を潰さなきゃいくらでも再現され直される」

「うあ゛ー、なにこれめんどくさ。大元って?」

「…………私の、新聞」


射命丸の吐き出した言葉にはたての瞳が驚きに揺れる。


「どゆこと?」

「説明すると長くなるわ、ねっ!」


会話を途中で切り上げて、射命丸とはたてが弾丸のように急上昇する。
一瞬後、二人の居た場所を再生した天狗の幻影の刀がなぎ払った。


「んじゃ文はそれを始末しに?」

「そ。椛も残りのやつを引きつけてるから早めに始末をつけないと」


礫の掃射を捻り込むような急降下で回避しながら状況を説明する。
敵の射撃は精密かつ強力だが、こちらの機動への対応力が低く頑張れば躱しきれるレベル。
はたては僅かな交戦でそれを理解すると、射命丸に向かって「行け」と目配せした。


「……怪我しないのよ。ホントの怪我なんてされちゃ私が面倒」

「前から言おうと思ってたんだけど、アンタ私を子供扱いしすぎ」


憎まれ口と笑顔をお互いに交換して、射命丸とはたては散開した。
射命丸は真っ直ぐ自分の家へ向かい、はたてはそれを庇うように三体の幻影の前に立ちふさがる。


「さあ、文が居なきゃあこの件は私の独占スクープ! 大人しく私の写真に収まりなさい!」






















追手を気にする必要がなくなれば、自宅まではほんの二、三分でたどり着くことが出来る。
射命丸は眼下に自分の家の隠れた大木を確認した。正確な目標は、その根元にある堀立小屋、射命丸文の資料室!

重力加速を凌駕する猛スピードで、射命丸が目標地点へと降下していく。
雷が地面に落ちるのと同じだけの威力と速度で持って、射命丸が堀立小屋に突き刺さった。
屋根と小屋の中身とが、盛大に弾けて辺りに散らばる。どの道小屋ごと全て始末せねば間に合わないのだからそんなことは気に止めない。
降り注ぐ紙片と木片の只中に立ち、攻撃的な意思を全身に漲らせる。
後はちょっとした竜巻でも起こせば、小屋ごと全て千切れ砕けて消え失せるだろう。

そう、それだけで、全て。



射命丸が破壊の開始を戸惑った理由は理性的なものでも本能的なものでもない。耳元で自分によく似た声に囁かれただけだ。
いいのか、と。

最早かつての手がかりはこの新聞しか無い。
何度も何度も読み返して、自分の求める「南武恭之介の真意」は結局見つからなかったけれども。
だけど、ひょっとして、もう一度読み返してみたなら、見逃していた答えの一端を掴めるのではないだろうか。
もう一度、もう二度、もう三度。何度読み返しても結局無駄なのだと分かっているけれど、それでも――――。


どん


空から何かが落ちてきて、床に叩きつけられる音がした。
見れば、はたてが床に倒れて呻いている。スカートの下から覗く太腿が、赤い液体で濡れていた。

「い、た」

はたてが太腿を抑える。そこに開いた穴から赤い液体がどくどくと溢れる。
礫で抉られた赤黒い肉、体を蝕む呪いに青ざめていく顔。
見上げれば、三体の幻影が止めを刺そうとこちらを見下ろしていた。

止めを刺される。誰が? はたてが。



自分でもどういう意味合いを持っているか分からない咆哮を上げながら、射命丸は竜巻で自分の立っている小屋を吹き飛ばした。
しっかりと、はたてを抱きとめながら。




































射命丸の資料室破壊とまったくの同時刻、椛が相対する幻影達に劇的な変化が生じた。
前触れもなく、音もなく、次々と幻影達が消えて行く。まるで空に溶けていくように。

椛は驚くでもなく足を止めた。射命丸文ならば、このくらいは簡単にやる。

一体が消え二体が消え、やがて南武恭之介の幻影だけが残った。
それがこの付喪神の中枢であるからか、少しずつ少しずつ霧散していきながらも、そいつはなかなか消えることはない。
その場に崩折れて、消えて行くのを待つだけの哀れな幻影。
そいつに向かって、椛はゆっくり歩み寄っていく。さとりと天魔の制止の声は、無視した。


一歩、二歩と幻影に近づいていく。槍の間合いに入ってもなお前進した。
座り込むような格好で空中へ溶けていく幻影を見下ろしながら、椛は腰の刀を抜き放つ。
朽ち果てきった童子切安綱が、殺意を固化したような妖気を迸らせた。


「お前に最初は期待してた。私は天魔が嫌いだからだ」


呟きの声は小さく、辛うじて目の前の幻影に届くだけ。
幻影がその言葉に反応を返すわけもないのは分かりきっているから、それはきっと独り言なのだろう。
誰かに向かって伝えたい、独り言。


「だけど駄目だ。お前が本物だとしても絶対駄目だ。あの人をあんなに苦しめたお前なんか、この世に生きてていいはずない」


椛の瞳に映る色は嫉妬。あんな風に苦しむほどに射命丸文の心に残っている存在への嫉妬。
椛の瞳に映る色は憎悪。あんな風に射命丸文を苦しめ続けている存在への憎悪。


「お前なんかより、文さんは凄いんだ、立派なんだ。それを潰したお前なんか、絶対許しておけない」


椛の瞳に映る色は羨望。あそこまで射命丸文の心に残っている存在への羨望。
そして、その瞳に映る色は優越感。


「お前は消えろ。それであの人はお前を振り切るんだ、ざまあみろ」


幻影が大槍を椛の心臓目掛けて突き出した。
跳ね上がる椛の左腕が、そこに括られた盾が、その前に立ちふさがる。

紅葉が染め抜かれた盾が貫き通され、盾を括った腕をも抉られる。血飛沫が舞い、椛の白い服と白い髪を赤く汚した。
しかし、そこまで。消えて行くそいつに残された力はそれで最後。
椛はそれを冷めた目で見届けてから、万感の殺意を込めて童子切を“南武恭之介有頭”に突き立てた。


何の抵抗もなく刃が煙の体を貫いて、その衝撃に幻影が完全に砕けて散る。
それで何もかもが終わった。




「ぐ、あ」

椛が糸が切れたかのようにその場に蹲った。
激情と緊張で忘れていた疲労と死の恐怖、それに痛みが纏まって椛に襲いかかる。
あっという間に脂汗で服が重たくなり、視界がグラグラと揺れだした。

そんな椛の背後に、天魔が立った。
その大きな手を差し伸べて、ゆっくりと椛を立ち上がらせる。二人の視線が交錯した。

「大儀であった」

「……どうも」

交わした言葉はほんの一言。



そんな光景を、さとりは遠巻きに眺めていた。


天魔を見れば、天魔の心の中が聞こえてくる。

(射命丸、なかなか使える部下を飼っているものだ。
 無法を為したかつての英雄を討った天狗、か。女子というのも広告塔としては悪くはない。
 少しばかり、取り立ててやるのも良いだろう。新しい偶像は、儂の元に置いておくべきだ)


椛を見れば、椛の心の内が顕になる。

(討つ、か? 今なら、童子切があれば、私でも天魔を討てる。
 ――――いや、駄目だ。今暗殺したところでどうなる。
 私がそんなことをしても意味なんかない。文さんだ、やるのなら、文さんが堂々とやって、あの人が代わりに上に立たなきゃ意味が無い。
 この山を統率して、理不尽をひっくり返せるのは私ではなくあの人だ。

 命拾いしたな、天魔め。これで文さんはきっと立ち直って、お前なんかすぐに蹴落としてやるんだ)


天魔が椛を支えてやる、そんな明るく希望に満ちた光景の裏で燻る思い。
それを観て、さとりは小さくため息を付いた。

これだから地上は苦手なのだ。
王道を進む者達の野心は、地下に追われた嫌われ者にはいささか刺激が強すぎる。
やっぱり自分たちのようなはみ出し者は、地底で仲間とのんびり過ごすほうが、気楽でいい。



























◆07−結局死人に口は無し◆







かくて妖怪の山の通り魔事件は一応の解決を見た。


とは言え天魔にとってはここからが本番であると言っても過言ではない。
事件は解決して当たり前。いかに事後処理を効率的に行うかこそが為政者の仕事である。


まず、対外的な発表においては射命丸の名は伏せることが決まった。
本人に重大な過失があったわけでもないため、予想が付くはずもないため、事件解決に尽力した功績に報いるため、そして事件解決の協力者の一人が事件に深く関わっていたことを隠すために。
付喪神と化した新聞は山の資料館に死蔵されていたものとされ、射命丸文と言う天狗は単にこの事件解決の協力者としてのみ発表されることになる。



次いで天魔を悩ませたのは再発防止策である。
あのような強力な付喪神になるような出来が良い新聞はそうは存在しないけれども、全く無いと言い切ることはできない。
ちょっとした付喪神が生まれて悪戯をしたりするような類似事件の発生も危惧されるところだ。

一番良い対処法は、定期的に古い新聞を処分してしまうことだろう。
しかし古新聞の提出を義務付けるにも、ただ提出させるだけでは忘れたり面倒がる者も出てくるのは容易に想像がついた。
わざわざ保管しているからには思い入れの強い新聞であるかも知れず、抵抗を感じる者も居るかも知れない。


そして数度山の有力者が会議を重ねた結果出た提案は、「新聞を供養するのはどうだろうか」と言うものだった。
元々道具は化けぬように丁寧に供養されるものだ。人形然り、縫い針然り。
定期的に新聞を供養する名目で催し物を開けば、祭り好きの山の住人は顔を出し、自分の保管している新聞の処分を思い出すだろうし、供養という形なら抵抗だって少ないだろう。

更に何度かの話し合いの末、最終的にまず集められた新聞は新しい紙に転記されること、そしてその後守矢神社で供養することと決まった。











































妖怪の山で煙が昇る。

守矢の神社の境内の片隅で風祝が祝詞を唱えるその前で、古い新聞が次々に火へとくべられていく。
新聞を焼く者たちの顔はほんの少しさみしそうで、名残惜しそうで、けれどもしっかりと決別の意思を持って。

古い新聞が、色あせた原稿が、掠れた現場のスケッチや人相画が次々と燃え尽き灰になっていく。
昇る煙は風に吹かれて空に散った。月まで届かぬ、か細い煙。


そんな光景を神社の鳥居の前で、射命丸文が眺めている。立ち昇る煙を見つめる瞳は遠い憧憬に揺れていた。



“妖怪山の新聞供養”。今年始まったそれが時節の行事として定着するのは、多分それほど遠くない。






「文さん、ここに居ましたか」

背中から声をかけられた射命丸が振り返った。

守矢神社の石段を登ってくるのは三角巾で左手を吊った犬走椛。穏やかに笑いながら右手を上げて挨拶をしてきた。
その後ろには、足をギプスで固定したはたてが低空飛行で後を付いてきている。




全治三ヶ月、後遺症の心配なし。
それが椛とはたての怪我に下された診断だった。

はたては一時呪いの侵食が危ぶまれたものの、呪いの元である付喪神の消滅によってどうにか危ういところは乗り越えることが出来た。
元々頑丈な妖怪である、あっという間にベッドから起き上がれるようにはなった。
しかしそれでも怪我は怪我、特に片腕を使えぬ椛は日常生活に大きな不便をきたすことは簡単に予想がつく。

そこで射命丸は傷が完治するまでの二人の介護を申し出た。
申し出は受理され、ここ一月程三人は一つ屋根の下で暮らしている。色々と大変な生活だが、射命丸はそれが心地良くもあった。


「新聞供養かァ。なーんか結局早苗んとこがいいとこ持ってってない?」

「いいんじゃない? 霊夢さんのところじゃ供養しようとしたとたん妖怪に化ける姿しか想像できないもの」

「違いないわね」


はたてと二人、そんなくだらないやり取りで笑う。
得難い、実に得難い関係だと射命丸は思った。あの時、つまらない迷いでこの関係を失わずに済んでよかった、と。


「そういえば霊夢さんで思い出した。今日、取材の日だったわ。
 行ってくる。お昼は戸棚に入ってるから食べてていいわ」




射命丸の一本下駄が、地面を蹴った。反動で身体が浮かび上がり、妖力がそれを加速する。
高く高く、風を冷たく感じる高さまで登るその半ば辺りで、椛が自分を追って飛び上がってきたのに気がついた。






「何、椛?」

「文さん、やっぱり、まだ」


椛ははっきりとは口に出さない。出さないけれど、何を言いたいかはよく分かる。
だからその真剣な瞳を真っ直ぐ見返して、返答した。


「うん、まだ。まだ私はあの頃のように新聞を書けない」


本来なら、諦めるべきなのだ。
唯一の手掛かりである当時の新聞を無くした今、南武恭之介の笑顔の意味を探る手段は皆無に近いのだ。
本来なら、吹っ切るべきなのだ。
射命丸は自ら決断してあの新聞を処分したのだから、キッパリと未練を断ち切り過去ではなく未来を見据えるべきなのだ。
本来なら、忘れるべきなのだ。
どの道新聞が残っていても解決するはずのない悩みだ。不毛で無駄に苦しむだけの、つまらない考え方だ。

「文さん、貴女は、新聞作りを心底楽しんでいいんです」

昔のように、真実を追求する記者として気持ちよく生きていいのだと椛は言うけれど。


それでも、数百年もの間胸を焦がし続けた苦しみを手放すことは出来なかった。苦しみは心底にこびり付き、もはや射命丸文の一部に成り果てている。
全ては終わったはずなのに、過去を吹っ切り劇的な心の成長を得てハッピーエンドでいいはずなのに。


「そうね、今は無理。でも、何時かは」


何時か、何時かきっと。この懊悩が単なる過去の記憶の一つにまでなったなら。

「少しは貴女の期待に応えられる清く正しい射命丸に、なろうかしらね」

椛の期待全てに応えられるほど立派な存在には成れないけれど、彼女の思いを正しく公平に他人に伝える事のできる新聞記者になることくらいは出来るはずだ。
昔、南武恭之介を追っていたあの頃の自分を取り戻せたのなら、きっとそれくらいは出来るはず。
それくらいは出来なくては、椛に合わせる顔が無い。


「さって、それじゃあいつも通り、面白いネタを探しに行きましょうか!」


そんな風に立ち直れる日を夢見て、ゴシップ記者の射命丸文は飛び出した。
新聞を作る楽しさを全身で満喫しながら。それでもほんの僅かな引っ掛かりに、今なお胸を焦がしながら。
こんにちはorこんばんはorおはようございます。這い寄る妖怪です。

本作は東方創想話ジェネリック作品集76「天狗のヒエラルキー革命」と関わりがございます。
読んでいただくと、ちょっとだけ理解が進むかも知れません。


今回書きたかったものは大きく2つ。

まずひとつは射命丸の二面性。
生真面目で融通が効かない性格で、裏取りをしてないことは書かないとされてる射命丸ですが、
一方で事件を作っていたり、他の新聞よりはマシと言ったレベルの信憑性だったり、どうせ人間なんて文字数とかだけでしか価値判断できない、みたいな「真面目に作っても無駄」的なことを言ってたりもします。

この辺の情報のどっちを重視するかで真面目な記者だったりダメパパラッチだったりと振れ幅の大きいキャラクターですが、この辺両方を統合してみるというのが個人的テーマの一。
真実を追求したい真剣さ、生真面目さが真面目に作ることの限界にぶち当たる、みたいな形になりました。
「殺人事件などを書きたくない」と言うのもとっかかりの一つだったりします。深刻な事件を書きたくない何かがあったのかなーと。


もうひとつは妖怪の山そのもの。
「ヒエラルキー革命」で山の昔の事をちょこっと仄めかしてみたらいろいろ書きたくなったので書いてみました。
妖怪の山にも歴史はあるのだろうし、社会生活を営んでいる以上社会秩序があるのだろうし、美味しい名物とかもあるだろうと言う発想ですね。

烏天狗が「報道部隊」と表現されていたり、フリーランスっぽい射命丸が対霊夢に引き摺り出されていたりするので、山全体が種族別に専門部隊を編成した軍事専制国家、みたいな形になりました。
ちなみに歴史はそのイメージからの逆算。



あとがき書いてる間も結構ドキドキしたりしてますが楽しんでいただけたのなら幸いです。
ここまで読んでくださってありがとうございました。

9/4追記。
タグ関連何度か修正しました。
某スレの皆さんアドバイスありがとうございます。

以下コメ返し

コメント1さん
どうなるんでしょうねこの後。
椛とか持ちあげられて大変な目に合いそうですが。

奇声を発する程度の能力さん
難産でした。次は100kb以内くらいには収めたいですね

コメント4さん 6さん
さとりん好評嬉しいなあ。
主役にするのはちょっと面倒だけど、脇に立ったときの輝き方が凄い。

コメント5さん
名前が分の悪い賭けの人なのに、どこぞの魔術師元帥みたくなりました。<南武恭之介
コンセプトとしては「上に立たせたくなる人」。天魔様は「上に立ったら納得する人」。

コメント8さん
意外と妖怪の山前史って見ないんで、妄想フルブーストで書いてみました。

コメント9さん
椛は野心とか世直しの意思はあるのに射命丸を立てたがるという、一歩間違えるととてもめんどくさい人だったりします。
まあ自分に才覚ないから、っていうことなんですが。

9/5追記
誤字等を修正。

以下コメ返し


コメント15さん
このままの設定で続行すると色々こんがらがりそうなのが悩みどころ。
次回もできるだけ頑張ります。


コメント22さん
早く第二次でのSRXチームとラトマイの活躍が見たくてたまりませぬ。発売日いつよ。

>誂う
ご指摘ありがとうございました。
あれっなんでこんな間違いを、と思ったら、ぐぐる日本語入力だと「からかう」で一発変換出来る様子。
念のため少し調べてみたけどこれで「からかう」は読みませんね。どういうことなの。

>あややの感傷
まあ見方によっては単に簡単なことも割り切れずに拗らせてるだけとも言えますし。
椛もそうだけど「憧れが理解を妨げている」んですね。どっかのヨン様の台詞ですけど


コメント23さん
「新聞供養」も「蓬莱炉心」と同じくなんか脳内に降ってきた単語だったりします。
またなんか面白いワードが降りてこないかなー

9/7追記
誤字修正。


以下コメ返し

コメント26さん
どうなんでしょうねぇ。妖怪には精神状態で外見まで変わる、何て面もあるようですし、見た目少女な時点で“枯れて”は居ないんじゃないかと。

今不意に、「本当は数百年物の妖怪は感情が摩耗しきっていて、あの感情豊かな外面は“感情が生きてた頃のリピート”でしかない」とか思いつきましたが、
これ突き詰めると怖い話になってしまうな。


コメント33さん
>魔神見参!
幻影達が可哀想なほどボコられて椛が無傷勝利するフラグ

>決着
「南武さんそのもの」を否定したいのが椛で、射命丸の方が決着を付けたいのは「自分の懊悩」。
故に決着の割り振りは作品通りが正着だと思うのです。
射命丸は気持ちを整理する前にはたてを守るため衝動的に破壊しましたが。


コメント34さん
>新聞の評価
椛は本人の申告通り「新聞をあまり読まない」ので、比較すべき現在の文々。新聞をあまり知らず、単純に目の前の新聞に感心しただけ。
はたては単純に喧嘩売ってます。

>セカイ系
射命丸の個人的な悩みの解決(しきってはいないけど)=山の大事件解決 な構図は言われて見ればセカイ系。
閉塞感も射命丸自身が感じていたであろうものですし、なんかあまり意図しないところでうまく行ってますねここらへん。


コメント35さん
当時の戦争中の決め台詞は「どんな甲冑だろうと穿ち貫くのみ」だったって今決めました。


愚迂多良童子さん
あやもみはたが天狗の山の頂点。

>誤字
「クレアボイアンス」だけはこれでも間違いではないようなのでそのままで、残り2つは修正しました。
ありがとうございました。


コメント41さん
もうちょっと自然な流れで説明的な部分を消化できるようにしたいですね。
今後も精進します。

9/11追記。レス返し

コメント49さん
今回の事件以降、南武恭之介について語ることを射命丸女史が「考えがまとまるまで」拒否したため、継続調査は困難な情勢。
今回の事件で貴重な当時の文々。新聞が散逸。残された史料も数少なく、当面南武恭之介に関する研究は停滞することが予測される。
恐らくは数十年の単位で。歴史家としてはとても残念なことだが、しようがあるまい。――――――――上白沢慧音の手記より


コメント53さん
>決着
前段階として自分の気持ちに決着を付けることも出来ませんでしたしね。
書いてて、「ああ、やっぱ射命丸は今すぐ気持ちを決められないだろうな」感がひしひしと。


コメント56さん
色々お作法無視してますが、個人的には行間で間を表現したりするのはアリだと思うのです。


9/19追記 誤字などを修正。

白徒さん
基本射命丸と椛の話なんで、便利キャラというか脇役になったとこは否めませんね。
けど改めて読むと一番「可愛い」ポジに居るような居ないような。


コメント62さん
今作品集を見ても射命丸解釈の多彩なこと多彩なこと。
最近は生真面目な面が強い捉え方が多いですね、ぷにれいむとか。


コメント63さん
これから書くものも何となく繋がってたりつながってなかったりするのかも知れません。多分。
這い寄る妖怪
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0.2110簡易評価
1.100名前が無い程度の能力削除
昔日に消えていった幻想の天狗。
今を煌めかせる幻想郷の弾幕少女。
深い歴史を感じさせるキャラクターたちに、すっかりやられてしまいました。
これからの妖怪の山が、射命丸文と犬走椛がどのような道程を経ていくのか、想像が膨らんでいきます。
素敵な物語と充実した時間を、ありがとうございました。面白かったです!
2.100奇声を発する程度の能力削除
凄い…もう、この言葉しか出ません
ドキドキしながら読ませて貰いました
これだけの大作お疲れ様でした
4.100名前が無い程度の能力削除
様々な登場人物の思惑が絡み合い、最終的な到達点にたどり着く。長編の魅力ってこれだなあ、と久しぶりに思わされました。
メインの面々も十二分にキャラが立っていましたが、その内心を見通してため息を吐いたさとりが一番気に入ったような。
次作にも期待しています。素晴らしい物語をありがとうございました。
5.100名前が無い程度の能力削除
面白かったです。
そうですね、死人の事など生きてる者に分かる訳が無いのです。分かって良い筈が無い。笑顔の意味が結局最後まで明らかにならなかった所に、グッと来ました。これからも文ちゃんには悩んでいて貰いたい。
後は戦闘描写。天狗の人外である事が良く表現されていたと思います。天魔様かっけえ。南武恭之介有頭もしっかりとキャラ造詣がなされていて読んでいてとても楽しめました。
6.100名前が無い程度の能力削除
読み応えあって、面白かったです。
長い話なのに、飽きずに一気読みしました。
文椛はたての関係が、なんというかよかった。文椛の関係が、すごくよかった。
あと、さとり様も良い味出してました。
8.100名前が無い程度の能力削除
すごく面白かったです。
天狗社会の形やら歴史やらがしっかりと書かれてて、とても納得のいく部分がいくつか。
あと、文の心の葛藤もよかったです。
ああ、こうやって色々あって今があるんだな、と。
ここまで感想書いて気付きましたが、このお話から感じられるのは歴史ですねぇ。
9.100名前が無い程度の能力削除
面白かったです。
天狗の社会構造がよく出来ていて、感心されるばかりでした。
文の新聞に対する想いには共感するものがありました。
また、椛のキャラクター(野心家であること、文との関係など)が非常に良かったです。
最後まで興奮を抑えられなかったです。
本当にありがとうございました。
10.90名前が無い程度の能力削除
此迄引き込まれる長編は久方ぶりでした。
13.100名前が無い程度の能力削除
数々の設定の作り込みに感服、納得の100点。
特に椛のキャラクターと野心を秘める2人の心を読むさとりの胸中がツボでした。
15.100名前が無い程度の能力削除
面白かった。ジェネの方も最近読んで気になっていた作品だったのですが、あなたでしたか。
やはり野心家な椛というのがなんというか…グッと来ます。長さも苦にならず一気に読める文章でした。この設定で他の話も読みたいなぁなんて思ったり…。

次作も楽しみにしております。楽しい時間をありがとうございました!
18.100名前が無い程度の能力削除
ただ引き込まれました。凄く面白かったです。
22.100名前が無い程度の能力削除
主はなぜ俺が○G2(まるじーつー。伏せ字である)をさっきまでプレイしていたことを知っているのだッ!
礫をクレイモアに脳内変換したり、槍を白い騎士さんの得物に脳内変換したり、そういえばあんまり分の悪い賭けをしてないなぁとか考えたり、誂るって言葉の読解に悩んだり(辞書を引いてみましたがあの文脈に沿う意味を見出だせませんでした)、これ東方じゃなくても良いんじゃね→ごめんやっぱ東方じゃないと駄目だわ、とか、野心と嫉妬と精神的な脆さを持ったもみもみに抵抗感→ごめんやっぱ主のこのもみもみじゃないとこの一振りは扱えないわ、とか考えを二転三転させたりしていました。

頭はあっちこっちへ、でも心はずっとわくわく一直線。
非常に濃やかに作りこまれていて読みやすかったです。

個人的にはあややの感傷にあまり共感できなかったので、100点を残して読みなおしてきます。
23.100名前が無い程度の能力削除
妖怪の山の過去設定、キャラの設定が素晴らしい。
とくに南武恭之介は少ない描写でありながら、そのキャラの魅力が十分に伝わってくる。
また犯人の正体とその解決法である新聞供養も幻想郷らしくて良い。

時の流れを忘れて読者に一気に読ませる魅力のある作品でした。
26.100名前が無い程度の能力削除
文は長く生きてるからそういう悩みみたいのとか消化済みで枯れてる感じなイメージなんだがなーとか思いつつ、
最後まで面白く読めました自分のイメージと剥離してても最後まで読めたのは、ひとえに面白そうな題材、読み物だったからだと思います
27.100名前が無い程度の能力削除
文、天魔、そして椛、各々の内面描写がすごくよかったです。
29.100スポポ削除
素晴らしい。こんな素晴らしい作品はいつ以来だろう。
30.100名前が無い程度の能力削除
しっかり作りこまれた追加設定に支えられた背景に、魅力的に再構成されたキャラクター達。
それぞれの思惑と絡み合って練りこまれたストーリー。
素晴らしい作品でした。
31.90名前が無い程度の能力削除
独自のものを使いつつも、大きな違和感なく読むことができました。
むしろこのオリジナルの部分が旨味十分でよかったです。
32.90ねじ巻き式ウーパールーパー削除
おもしろかったです
33.90名前が無い程度の能力削除
うはー面白かったー!
なぜかBGM「魔神見参!!」で再生されたもみもみ最終戦に鳥肌マックスです。BGMはほんとなんでだ

しかし贅沢でしょうが、やはり南部(幻)との決着は文に締めて欲しかった…!
34.100名前が無い程度の能力削除
なんというか、どのキャラクターも生き生きしていますね。
原作の設定を上手く使いつつ、独自の設定も苦にならない。
実に良作だと思います。ありがとうございました。

唯一、いつ"撃ち貫くのみ!"とか言い出すかハラハラしたのが、個人的に残念ですがw
37.100愚迂多良童子削除
いやあ、深夜だってのにぶっ通しで読んでしまった。
個人的に良かったのは、天魔と椛の思惑を、さとり経由で描写したところですね。
さとりが間に入っているから、必要以上にどろどろと後味が悪くならず、それで居て両者の強かな内面を垣間見れるのが良い。
そして最後の最後でちゃんと活躍したはたて。この作品は過去から現代の妖怪の山を巻き込んだ、壮大な「あやはた」だったのです!(オイ

誤字報告らしきもの。
>>「だってお医者さんが進めてきたんだもん」
勧める?
>>至りつくせりぶりである。
至れり
>>クレアボイアンス
クレヤボヤンス または クレアボヤンス?
39.100名前が無い程度の能力削除
オリ設定がしっかりと幻想郷に根付いているのが素晴らしかったです
40.100名前が無い程度の能力削除
超燃えた!いい長編を読めてお腹いっぱいになりました。
特に中盤、森の中での戦闘シーンや逃げる描写が滾った。
いい設定がたくさんあって、それを長編なのに破綻させないで最後まで活かしきった作品だと思います。
ただ、少し説明が多すぎて、設定だけを延々と読んでいる気分になるときがありました。
このような良作を読めたことに感謝します。ありがとう!
42.100名前が無い程度の能力削除
いやあ、面白かった!
世界観がとてもよく作りこまれていたのが、素晴らしいと思いました。
46.100名前が無い程度の能力削除
一次設定がしっかりと考慮、解釈されて、その上で二次設定を加えているのがすばらしい。
二次創作はこうあるべき、という作品だと思いました。
お話もすごく面白かった。
49.100名前が無い程度の能力削除
歴史物の小説を読んだ後のような満足感。
設定が本当に良くできていて、所々に挟まれてる説明を読みたびに説得力がぐんぐん沸いてきました。

射命丸文視点での「南武恭之介」を読みたい、と思いました。
思っただけですよ(チラッ
50.100名前が無い程度の能力削除
世界観が広がった、面白かったよ
53.100名前が無い程度の能力削除
評価の高さに惹かれて読んでみましたが、高評価に見合うだけの素晴らしい作品だと思います。
独自設定の部分が多いですが設定がしっかりしているので、違和感がないだけで無く先の展開に強い期待感を持ちながら読むことができました。
あえて残念な点をあげるなら他の方の感想にもあるように決着は文につけてほしかったです。
読んでいてワクワク感を感じる作品は多くないので今回の作品を読めて良かったです。
次回作も期待しています。
55.100名前が無い程度の能力削除
単純に作品として素晴らしかったです

助っ人が誰なのかもワクワクしながら読ませて頂きました
56.100名前が無い程度の能力削除
ビジュアル面もssの範囲を逸脱しない枠で工夫が凝らされていて、スクロールするだけでも楽しめました。ナイスセンス!
59.100名前が無い程度の能力削除
こんなしっかりとした二次設定は滅多に見ないし、魅せられた。

こういうシリアスな作品がもっと増えればいいのに
60.100名前が無い程度の能力削除
既にいろいろ言われているので、一言面白かったと。
61.100白徒削除
この設定良いなぁ…。
長生きの分何かを背負ってる射命丸も、下っ端に甘んじない犬走さんも。
個人的な欲を言えば、はたてちゃんが好きなので。
ラストの登場が多少便利キャラ扱いでちょっと悲しかったです。

オリキャラに馴染めず最初はゆっくり読み進めてましたが。
付喪神とわかってからはさっぱりして、バトルに集中した濃密な時間を過ごせました。
上手いシーン設定。楽しかったです。
62.100名前が無い程度の能力削除
文字量の多さから、読むのを後回しにしていた事を後悔しました。
すっきりさっぱりという終わり方ではないのに、
読了後の満足感が心地よいです。
文の二面性というのは自分も感じていましたが、
納得のいく形の作品を読むことが出来て嬉しいです、ありがとうございました。
63.100名前が無い程度の能力削除
読後感も良い素晴らしい作品でした
それぞれのキャラクターの性格付けも上手でストーリーにマッチしていて引きこまれました
この世界の物語をもう少し読んでみたいですね
66.100リペヤー削除
派手で、すっきりして、どこか物悲しい。なんだよく分からない感情がごちゃごちゃして上手く言えません。
妖怪の山の社会構造なども作りこまれていて、読みやすかったです。
そして、ひょっとして、文は恭之介のことを……?
それを聞くのは野暮ですね。

ぐっじょぶでした!
67.100Ninja削除
いやー素晴らしかった!
68.100名前が無い程度の能力削除
ああ、もうっ! 100点以外につけようがない!
筆力のある作家に書かれた射命丸文にはホント、とんでもない魅力と再発見があります。
某氏しかり、某氏しかり……あなたのことも今後追っかけていくことになりそうです。
深夜だというのに、ぐいぐいと引きこまれて読んでしまいました。
そしてまた、読み返したいとも思える作品でした。
69.100名前が無い程度の能力削除
キャラクターのリアクションが、普遍的な感じじゃなくて
一捻り二捻りあったのが好印象でした。
さとり嬢の、弾幕少女のくだりが個人的には気に入りました。
71.100名前が無い程度の能力削除
良かったです、

個人的には九十九神の化身とは別に、亡霊の恭之助に出てきて欲しかったですね、墓とかで?

そして文と一言二言話して消える、とか、王道すぎて蛇足かもしれませんが

まぁとにかく最高でした、読めて良かった、楽しかったです
72.100名前が無い程度の能力削除
本当に面白かった、次回作も期待して待ってます!
73.100名前が無い程度の能力削除
文の二面性というキーワードで持って色々と散りばめられた設定を拾って、非常に読み応えがありました。
文が一騎打ちの話をする「間」が少し気になりましたが、こういう引きこまれてく作品に出会えてよかったです。
とても面白かったです。
76.100名前が無い程度の能力削除
すごいですね、これは。
妖怪の山・天狗社会を描いた作品として読み続けられて欲しいです。
79.100名前が無い程度の能力削除
主役は射命丸であるんですが、土台となる天狗社会に対して一物抱える存在の椛が非常に魅力的に思えました。
新聞供養事件は一応の収まりをみせたものの、椛という火種を残しておくことで、世界観そのものが更に面白味をましてくれている気がします。
81.100名前が無い程度の能力削除
オリジナルな設定ながら、非常に奥深く作られており、なおかつテーマも興味深い
本当に面白いSSだと思います
83.100名前が無い程度の能力削除
なんという引き締まった構成!
100kb越えでありながら、それを感じさせないのは、物語の構成が良く練られているからでしょう。

一つ、好みを言わせてもらえるなら、多少なりとも射命丸に気持ちの整理をつけてもらいたかったということでしょうか。
最高に面白いssをありがとうございました。100点進呈いたします。
87.100名前が無い程度の能力削除
見事な王道です また、それでもわだかまりが消えない文というのも悪くありません
戦って全てが解決するわけじゃなく、やはり怪我しただけの日常があるだけです しかし、僅かに変わることが出来るかも知れません
96.100UTABITO削除
 天狗の種族に基づく社会体制、南部恭之介をめぐる歴史と文との関りといった舞台設定が本当によく設定が練られていて、ずっと恭之介の歴史と向き合い、彼から信頼されずっと見てきた者として葛藤を続ける文、社会体制に対する反抗心と文への期待を抱く椛のキャラクターがだからこそものすごく輝いて見えました。事件が解決しても迷いのすべては断ち切れず、これから向き合おうとするトゥルーエンドもこの作品の空気に合っていてとても魅力的ですね。
 小説を書くにあたっての一つの理想を見たような気がして、本当に良かったです。ありがとうございました。
97.100まさかり削除
通り魔の真相が面白かったです。読んでいて楽しかったです。